充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1656.2011年11月25日(金) 辛亥革命のビデオを診て、あれこれ考える。
今週初めにNHK・BS放送で3日間かけて各回1時間半のドキュメンタリー番組を放送していた。落ち着いて観ようと録画して、昨日と今日3回分まとめて一気に観た。タイトルは「辛亥革命」である。辛亥革命が起きた1911年から今年でちょうど100年である。第1回は「孫文・革命を支えた日本人」、第2回「ラストエンペラー・溥儀の真実」、そして第3回で「蒋介石・秘められた対日戦略」となっており、革命と直接、或いは間接に関わった3人の活動を紹介している。3人にとってそれぞれ因縁深い土地を私自身も訪れているし、昔台中で蒋介石一行に遭遇したこともあるので、興味深く感じて日中の歴史を改めて考えた。
今ちょうど中国映画「1911」が公開され、監督を務めたジャッキー・チェンが、辛亥革命に日本人がいかに関与していたかということを初めて知ったと語っていたが、私もこれほど多くの日本人が革命を陰で支えていたかということを改めて知った。ぜひこの映画を観てみたい。
特に、孫文が日本で革命を準備し、満を持していた時に、孫文を資金面で支援していた宮崎滔天、梅屋庄吉、山田良政・純三郎兄弟、犬養毅らのサポートには損得を考えず、孫文の理想と心意気に心を打たれて心情的に彼を助けよう、彼の志を叶えさせてあげようとの真摯な気持ちがあった。
宮崎が孫文を高く評価したことは次の言葉によく表れている。
‘その思想の高尚さ
識見の卓抜さ
我が国にこれほどの人物が
何人いることだろう
まさにアジアの宝である’
これほどまでに宮崎は孫文を一目見て惚れこんだ。爾来孫文を陰になり日向になって支援した。
映画会社「日活」創業者の1人でもある梅屋庄吉も、
‘君は兵を挙げよ
我は財を挙げて支援す’
と物心両面で助けたことが、紆余曲折を経て革命という目標へ近づけた。
今この孫文のような高い志を持った人物、そして宮崎や梅屋のような、高邁な理想を抱き打算的でない資産家がどれだけいるだろうか。
革命は時代に遅れた中国清朝時代が背景にあるが、登場人物は案外今日の日本に求められている人物像ではないだろうか。
さて、今夕母校・湘南高校の東京有志会が4年先輩の森稔・森ビル会長のフランチャイズ・六本木ヒルズのヒルズクラブで開かれた。1日の創立90周年記念式典が開かれて間もないこともあり、「いけいけドンドン」の明るいムードだった。同級生の牧野力くん(元通産次官)から、アイザワ・トラック島大酋長のエッセイを過分に評価してもらったが、聞けば登場人物主役のひとり、森喜朗・元総理とは森さんが通産大臣だった時以来割合懇意にしてもらい、1年に2度ほど酒を交わすことがあるとも言っていた。
ほかにも多くの同窓生と話を交わすことができて楽しかったが、この会場の豪華さは、流石に「六本木ヒルズ族」という言葉を生み出すきっかけになった建物と施設であり、感慨深いものがある。ほんのひととき楽しく良い経験をさせてもらった。
1655.2011年11月24日(木) ついに糖尿病の入口に
先週行きつけの森内科医で糖尿病のための血液検査をしてもらい、今日その検査結果を教えてもらった。松本整形外科医で1ヶ月半1度の割合で調べてもらっているCRP検査の際、血糖値も教えてもらっているが、森内科で調べてもらったヘモグロビン検査(HbA1c)の結果は[6.1%]だった。安心できる数値は4.3~5.8%だそうで、私の場合数値は軽くて極度に心配することはないが、糖尿病の入口にいるとの診断だった。従って今後この数値を上昇させないことが重要だ。血糖値がその時点の糖分の含有量を表しているのに対して、この(HbA1c)検査は、瞬間風速的な数値を表示するのではなく、1ヶ月前から検査日までの糖分の平均含有量を示しているとのことだった。
数値的には神経質に心配するほどのこともないようだが、糖分は控え目にと医師のサジェスチョンもいただいたので、割合好んだチョコレートなぞこれからは諦めるより仕方があるまい。普段からコーヒーはブラックなので、これは諦める必要もない。ただ、パーティなどでデザートが食べられないのがちょっと寂しい。医師の話では毎月検査することもなく、3ヶ月に1度ぐらい継続的に調べた方が良いとの診断だったが、原因はやはり年齢的な問題が一番だろう。
さて、国会ではこのところ年金問題が喧しい。それも年金の本質的な問題ではなく、貰い過ぎた年金の減額を検討するというのだから、受給者にとってはあまりぱっとした話ではない。年金支給額というのは物価水準の上下に連動して増減されるという建前になっているが、1999年から3年間は物価が下がったのに「高齢者の生活への配慮」という特例を設け、下げることをしなかった。下げていれば2.3%少なかった筈だという話がいま話題になっている。その払い過ぎの年金総額が財務省の試算によると累計で7兆円にもなる。来年度以降特例を見直し、年金を減額し埋め合わせしようと検討している。
しかし、これを槍玉に挙げた政策仕分け人の言い分は、「7兆円を現役世代が負担しており、世代間の不平等が広がっている」ということのようだ。果たしてそれだけだろうか。むしろこの7兆円は現役世代が負担しているとの説明そのものが、必ずしも正しい指摘ではない。
小宮山洋子・厚労相は「早くやらないと負荷がかかってくる。やるべきと考えている」と述べたが、それより何より特例は一体誰が決めたのか。与野党の立場は逆転したが、特例自体は国会議員が国会で決めたことではないのか。減額しないと約束してもらった高齢者が、10年も経って掌を返すように返還せよと言われても戸惑うだろうし、今更返すだけの手持ち現金があるのだろうか。
その前に国会議員がやるべきことは、自分たちの歳費を削り、公務員の給与を引き下げ、更に言うなら民主党が前回の総選挙で約束したように、議員定数の削減を実効するなりして自ら進んで身を切る方が先ではないか。自分たちは何もせず、間違った法律特例を勝手に作っておいてすべて国民につけを廻す、相変わらず狡すからいやり方の結果は、いずれ自分たちに降りかかってくることが分らないのだろうか。
これに関連してこんな場面もあった。一昨日夜の日本テレビ「ZERO」の最後に、鈴江奈々アシスタント・キャスターが「これでは今まで真面目に年金を支払ってきた高齢者にも言いたいことがあるでしょうね」と村尾信尚キャスターにさりげなく疑問をぶつけたところ、村尾氏は「まぁ意見はいろいろあるでしょう」と質問をはぐらかせて取り合わないまま番組は終ってしまった。
それにしても、いつも賢明で明快な説明を歯切れよくこなす「ZERO」の村尾キャスターの、いつにない後ろ向きの言葉には、やはり元役人らしいなぁと不審感が募った。
1654.2011年11月23日(水) 戦略のない日本のリーダー
福島原発から50㎞圏内に湯の岳断層という活断層があることが判った。これまで土壌の表面を目視しただけでこの周辺は活断層ではないと東京電力も原子力安全・保安院も安易に見ていた。それにしてもこれだけ大それた事故を引き起こした原子力発電所について、政府は脱原発依存に向けた新たなエネルギー政策を来夏までにまとめる方針であると公言しているが、原子力安全対策について些か鈍感であり、その対応はスピードが遅い。
今日まで4日間行政刷新会議による政策仕分け作業が行われたが、原発関連支出では高速増殖炉「もんじゅ」が稼動しないまま、ほぼ20年間に亘り維持費だけで年間200億円もかかる無駄遣いなどはそのまま置き去りにされている。それでいて、今朝の朝日はトップ記事が「原発コスト『4割高』―04年事故リスクを加算」であり、セカンド記事が「チェルノブイリ原発事故から25年」とあり、「300年は住めない」ととんでもないびっくり記事が書かれている。加えて社説では「まず脱原発を固めよ」とまで提言している。最早原発問題は放っておける状態ではない。これだけ原発の危険性が報道されていながら、その一方で案外直接関係ないところでは、原発の危険性は軽視し放置されている傾向がある。結局いつまで経っても日本人には、深刻な事態を一過性と捉えたがる性癖があり、権力者には重大事に決断が遅く方針を立てても戦略がないのではないかと思う。原子力政策もまったく同じである。
そんな折り今朝NHKが「未来をつくる―森永卓郎のリーダー論」という面白い試みの番組をやっていた。経済ジャーナリスト・森永氏が佐賀県の十数名の公立中学校生徒に、佐賀県人のリーダーについて語り聞かせ、彼らと話し合って佐賀県をどうしたら世界的に売り出し、価値を上げることができるかと4つのグループに分けてプレゼンテーションを行わせていた。その中で森永氏は佐賀藩主・鍋島直正について、幕末という混迷の時代に世界を最も知っていた日本人であり、いかにリーダーとして優れていたか、と話していた。同時にリーダーは戦略を持ち、戦術は部下に任せるべきだと述べていたが、まったくその通りで今わが国のリーダーには戦術はあるが、肝心な戦略がある人物がどれほどいるだろうかと考えると少々首筋が寒くなってくる。
日本はどうして戦略のないリーダーを抱えることになってしまったのだろうか。平和な証と言っては皮肉だろうか。
1653.2011年11月22日(火) 駒沢大学公開講座最終講義
駒沢大学マス・コミ研究所の今年度公開講座が最終回とあって、講座は2人の講師、菱山郁朗氏と片山正彦氏が一緒にコーディネーター役となって受講者と今年のニュース、気になった事件などについて諸々話し合うスタイルで進められた。今年のビッグニュースは何と言っても震災であり、原発事故だ。私は日本ペンクラブのシンポジウムやセミナーのケースなどを話して、わが国は脱原発へ向うべきということと、学校教育で原子力全般についてもっと詳しく教えるべきだと私見を述べた。
2時間の講座を終えてから、近くの蕎麦屋で打ち上げをした。今年は後半になって欠席が多くなり、その点で少し悔いが残るが、講義はすべて分り易く仕事上も大分参考になった。来年も時間を見つけて参加するようにしたいと考えている。
「最終」と言えば、1924年日本で初めての本格旅行雑誌として「日本旅行文化協会」が創刊した、月刊誌「旅」が来年3月号を以って休刊と決まった。発行元が戦後日本交通公社へ移り、7年前創刊80周年記念の年に新潮社へ移った。昨年共著として発行した「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊)の中でも本雑誌「旅」について一寸触れた。こういうオーソドックスに旅行と向き合う真面目な旅行専門雑誌が休刊となるのは、いかにも残念である。旅行情報誌というより、むしろ紀行文を取り上げていたが、スピード時代に入って今では玉石混交の情報満載で回転の速い週刊誌に些か遅れを取るようになった。月刊誌ではスピードに最早付いていけなくなったということだろうか。かつては、松本清張の名著「点と線」が連載され、文壇でも注目を集めた。父方叔母の日本女子大時代の同級生・戸塚文子さんのような一世を風靡した名物編集長もその後輩出されなかった。今の状態では、休刊とは言うが、廃刊も覚悟しなくてはならないだろう。90年もの長い歴史を重ねてきた老舗雑誌が姿を消すのはいかにも惜しまれてならない。
その一方で、変わった新たなデビューもある。日本人シンガーのCDアルバムがアメリカやカナダ、ヨーロッパで人気を博し、その影響を受けて次第に日本国内でも販売数が増え、それをリリースした日本人歌手のアルバムがいま話題を呼んでいる。
歌手・由紀さおりが出したアルバム「1969」がそれだが、その中に同年ヒットした「夜明けのスキャット」が挿入されている。私たち夫婦は1969年に結婚してタイへ新婚旅行にでかけたが、バンコックのホテルで食事をしていると毎日耳にした忘れられないメロディーだった。それ以来このハミングばかりで歌詞の少ない異色の曲を聴く度に、タイへの新婚旅行を思い出したものだ。そう言えば、あの時ペナンへ向う予定だったが、マレーシアで突如戒厳令が発令され、バンコック空港からマレーシアへ飛び立てず、方向変更してチェンマイへ行ったり、いま洪水で大騒ぎのアユタヤへも行った。まぁいろいろハプニングはあったけど、想い出は尽きない。
1652.2011年11月21日(月) スペインに新政権発足、日本ではオウム裁判終結
スペインもサパテロ政権に代わって56歳のマリアノ・ラホイ氏が新しい首相に選出された。ヨーロッパの経済危機は政界トップの辞任に象徴され、3月のアイルランドに始まり、6月のポルトガル、10月ギリシャ、11月イタリア、そしてついに昨日スペイン政界にまで影響が及んできた。
スペインでは、サパテロ社会労働党政権から7年ぶりに交替した中道右派の国民党・ラホイ新政権が苦境を乗り切ることを期待されているが、前途は茨の道である。現在スペインの失業率はEU加盟国の中でも最悪の22%台である。しかも、若者の失業率が飛びぬけて高く、25歳未満のそれは実に48%にもなり、若者2人にひとりが失業している状態である。こういう厳しい労働環境の中で新政権が緊縮財政を実行していくこと、とりわけ公務員の給与カットや柔軟な解雇の仕組みの導入などを巡っては労組から強い抵抗が予想されている。
こうしたヨーロッパの一連の経済不況が、一部には次はフランスへも及ぶのではないかと心配する声もある。実際パリやフランクフルトの株式市場では今日株価が2%も値下がりした。これに影響を受けたかのように、今日から午前の営業時間を30分間延長した東証日経平均株価も今年最安値を記録して8348円にまで下がった。1日も早く経済が立ち直ることを願うばかりである。
さて、今日オウム事件の裁判が終結した。裁判が終了したということは全被告189人の刑も最終的に確定したということだ。今日13人目の死刑囚が確定した。無罪ひとりと罰金刑3人を除くと、あとは全員量刑者である。思い出すだに忌まわしい事件である。
知り合いのご子息も松本サリン事件で亡くなった。お気の毒で心境なぞはとても聞けない。事件の前、まだ私自身現役会社員だったころ、会社からの帰路JR代々木駅前で風変わりの衣装を身につけた10人足らずのグループが踊り狂っていた光景を1~2度見たことがある。彼らの口から♪~ショーコーショーコー、アサハラショーコー~♪とおまじないのような言葉が繰り返えされ、ただあっちへぶらぶら、こっちはぶらぶらしているだけだった。あれからしばらくして衝撃的なサリン事件が起きた。それにしてもあんな残虐な事件を引き起す犯人とはどんな極悪非道な悪党だろうと考えるが、実際には結構高学歴のインテリが多く、元医師とか、国立大学で遺伝子を研究していた知識人も含まれている。どうして彼らが邪悪の道へ入り込み、何を言っているのか分らないような麻原ごとき男に心酔するようになったのか。29人もの尊い生命が犠牲となったが、他にも後遺症を抱え苦しんでいる人が沢山いる。首謀者の極悪人・麻原彰晃が本心をまったく語らない現状では、遺族も堪ったものではない。遺族にとって事件はとても終ったとは思えないのではないだろうか。
直接関わりはないが、私にとっても嫌な思い出としていつまでも忘れられない事件である。