充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1676.2011年12月15日(木) 高校時代の友と会う。
高校時代の親友5人と藤沢市内で会食した。みんな気の置けない友人で学校でもよくつるんでいたし、伊豆大島、昇仙峡へも一緒に行ったり三浦半島へも自転車で行った。中でも自宅も近かった轟貞雄くんとは家族同士で親しくしていたので、久しぶりに会えて嬉しかった。94歳になる母上の具合が悪くそのお世話で、最近の同窓会にも欠席続きだった。よく存じ上げていたお母さんも最近は私のことを思い出せないようだと言っていた。ちょっと寂しい気がする。年齢的な衰えがどんどん忍び寄っている。われわれ同級生もそれぞれ大なり小なり病気を抱えている。ある程度年齢的な衰えは止むを得ない。トラック島のエッセイについても単行本として上梓するよう力強く勧めてくれた。これからも時々会って話し合おうということでお開きとなった。
昨日本ブログで取り上げた中韓間の対立は、お互いに反発して北京では韓国大使館に金属球を撃ち込み窓ガラスを割る騒ぎがあった。一方ソウルでは中国大使館近くで中国漁船に似せた模型を叩き壊す人たちのデモがあった。
相変わらず中国の韓国に対する反応は常軌を逸していて話にならない。自ら蒔いた種なのに、中国人の国民感情が韓国への反発を強めていて、一方的謝罪だけするような態度はとりにくいというのが実情のようだ。この中国人の精神構造は異常と言わざるを得ない。ある中国紙の社説では、こうまで言っている。韓国沖に漁に出る中国人漁民は生活のためにギリギリの危険を冒す「同情」すべき人々だと主張している。更に、中国近海の漁業資源は枯渇しているが、韓国社会は中国の漁民の悲しさが分らないなどと、まったく筋の通らない、利己的な弁解を載せている。自分たちの不始末の原因を他人のせいにしている図々しさにには呆れるばかりである。こんな身勝手な自己主張を述べているのが、何と国際情報紙としても知られる「環球時報」なのである。このような主張が、中国国内では堂々通るとしても、国際的にはどの社会からも常識的な理解が得られる筈もない。総スカンを食うのが関の山である。そんなことすら意に介しないのが中国流である。これに対して、韓国紙は「加害者側が開き直っているのが深刻で、韓国世論の憤りを伝えざるを得ない」と言っている。ごもっともだと思う。
その中国が新たに監視船を東シナ海へ出港させた。「違法行為を取り締まりたい」と言い違法漁業を取り締まる目的かと思いきや、日中が共同開発で合意している東シナ海付近の海域で監視活動をするのが目的のようだ。まったく昨日に続いて中国人の奇想天外な考え方とそのやり方は、世界の秩序を乱すことしか考えていないとしか思えない。どうも中国という国家は世界的に異質の国のようだ。
さて、今日アメリカのオバマ大統領がノースカロライナ州の米軍基地でイラク戦争終結を宣言し、順次イラク駐留米部隊を撤退させると述べた。2003年3月20日に電撃的なイラク空爆により始まった戦争は、すでに8年9ヶ月になる。シベリア鉄道横断旅行を終えて、その帰りにウラジオストック空港で臨時ニュースにより知った開戦だったが、問題は現在本当に戦争が終結したと言える状態なのかどうかということである。今もイラク各地ではテロ攻撃や爆発が絶えない。果たして米軍撤退後にイラクの治安をイラク軍と警察だけで安定させることができるのか。
そこには戦争終結を発表せざるを得ないアメリカの国内事情があるように思えてならない。経済低迷で100兆ドルに達するという戦費は、これまでに4,500人の戦死者と3万人の負傷者を生んだことと併せて、大国アメリカにとって巨額の戦費負担が耐え切れなくなった証左ではないのだろうか。
追々アメリカ撤退の原因が明らかになるだろう。
1675.2011年12月14日(水) 中国の暴虐行為と不遜な態度
一昨日中国の密漁船船長が韓国の海洋警察官を刺し殺すという、国際上あり得べくもない事件が起きた。黄海における韓国領海内排他的経済水域内での、中国漁船密漁取締りの際起きた不幸な事件である。ビデオ動画を観ていると中国漁船、それに中国人乗組員の荒っぼい抵抗ぶりには驚ろかされる。昨年日本の海上保安庁監視船が尖閣諸島周辺で中国の国境侵犯魚船に体当たりされた時と同じように、死に物狂いで暴れまわるような凶暴な行為である。
これまでも中国の密漁漁船は韓国によって度々拿捕されていたが、流石に今度ばかりは韓国警備艇の正当な行動に対して警察官を殺害するという凶行に対して、申し開きができないと考えていたところ、これが中国流というのだろうか、一向に謝罪する様子が見られない。当初は遺憾の意を表明することもなく、昨日になって漸く遺憾の意を表明した。韓国内の中国への反発が高まってきたからである。しかし、中国側には謝罪の気持ちがないようだ。あまつさえ韓国が逮捕した殺人船長の身柄に配慮を要請する有様である。中国国民もこれに右に倣えのコメントばかりである。
法を犯し、取り締まろうとする相手を殺害して、謝ろうともしない中国の傲慢さ、そして同じように船長を擁護する中国国民を見ていると、どうも中国政府としては外国に頭を下げるような軟弱外交は国民に弱みを見せることであり、政府の信頼度を低下させる行為につながると考えていると思われ、一方で国民の情報源は狭められ真実のニュースが得られないための誤解から、国民の常識はずれの殺人者擁護の偏見が生まれているのではないかと思わざるを得ない。
中韓両国の間には、貿易の拡大、北朝鮮の韓国人拉致被害者の救出など、壊されたくない事情がある。しかし、このまま中国政府が謝罪もせず、韓国側を非難するようなことなら事態は深刻になるばかりだろう。
それにしても最近中国で起きている高速鉄道脱線事故、定員オーバーのスクールバス事故、幼児人身売買、南シナ海領有権問題など数々の不祥事、人権無視、人命軽視、傲慢な外交姿勢を見ているとあまりにも行き過ぎていて、こんなおかしな民族がいるわけがないと思え、これは本当の中国、及び中国人とは違うのではないかとも思えてくる。国内のみならず、国際的にも顰蹙を買うような事件の噴出は、いかに経済大国とは言え、とても容認できるものではない。
これから中韓問題はどう落としどころを探るのか分らないが、早急に解決することは難しいだろう。中国のように酷い国であっても、今後も付き合っていかなければならないのが国際社会というものである。中国には一刻も早く目覚めてもらいたいと思う。さもなければ、世界の孤児となってしまうのではないか。
今日は小中陽太郎さんを囲む「ヨタロウ会」の忘年会で、親しい人ばかり4組のご夫婦を合せて15人が、東横線・都立大学駅近くのイタリアン・レストラン‘TRATTORIA LA BARACCA’で美味しいイタリアンを食べ、それぞれ来年の活躍を申し合わせた。小中さんの奥様の具合が悪いと聞いていたが、大分良くなられたようでほっとした。
1674.2011年12月13日(火) 田原総一朗氏の講演を聴く。
昨日の本欄でCOP17がよく分らないと書いたが、それを見透かしていたかのように今日憲政記念館で開かれた「ふるさとテレビ」主催の「田原総一朗・時代を読む」講演会で、田原氏が冒頭から新聞がよく分らないと話され、その槍玉に上げたのがそのCOP17である。新聞自体がよく分かっていないのに、記事にするから読者には分る筈がないとまで言われた。COP17については田原氏が分り易く解説してくれた。
昨日私が書いた内容とほぼ同じだが、田原氏はより具体的に中国、アメリカ、インドのような大量二酸化炭素排出国が、我儘で排出量削減義務を負わないしたたかな外交術と、いつも通り厚かましい外国の言う通り引き受けてしまう日本の外交下手、そしてヨーロッパが削減義務を率先引き受けると言い出した理由について説明された。後者については1996年に京都で日本が議長国となって議定書を成立させた時の排出量削減は、ヨーロッパ8%、アメリカ7%、日本6%で、一見ヨーロッパに厳しいようだが、基準となった1990年が社会主義体制崩壊の時でヨーロッパには大量の排出ガスが溢れて、その基準から言えば8%は容易かった。だから度々1990年という年がことあるごとに出てくるわけだ。それにイニシアチブをとられて、アメリカ7%、次いで日本6%という根拠に乏しい数値目標義務を課せられたわけだ。そして、つむじを曲げたアメリカの離脱である。
一番バカを見たのはお人好しの日本ではないか。日本の外交下手とお人好しぶりが国際舞台で舐められうまく利用されてしまったのだ。田原氏もその点をくどいくらい述べておられた。
田原氏はそのほかに、①野田内閣支持率の低下の原因、②普天間基地移設問題、③日本企業は攻めの経営から守りの経営に変わった、④失敗を恐れる風潮、等々についてちょうど1時間話された。
話を終えて田原氏が質問を受けましょうと言ってくれたが、質問者が自分の意見を長々と述べて時間がかかったために、たった2人しか質問が許されなかった。最近こういう質問者が多くて困る。こんなことなら、私が質問したかった。ズバリ「田原氏は原発推進支持か、脱原発支持か?」と。
開始前に主催者「ふるさとテレビ」の角広志氏と田原氏の原発感について立ち話をした。先日のペンクラブの「脱原発を考えるペンの集い」で、躁状態の袖井林二郎・法政大名誉教授が「田原総一朗は殺人者だ!」と脱原発の立場から乱暴に一方的な発言をしたが、田原氏当人の口から原発についてどう思うか聞いてみたかった。田原氏は原発事故について「時代を読む」と銘打った以上当然触れてくれると考えていたが、原発に言及してくれなかった。残念ながら、元々1時間では時間的に足りず、今日の田原氏は客観的な話が多く、氏の本音を聞き取ることはできなかった。
10年以上前に田原氏の講演を聞いたことがあるが、今日は若干フラストレーションが溜った。それでも氏の相変わらず分り易くメリハリの利いた話しぶりにはそれなりに楽しませてもらった。
1673.2011年12月12日(月) COP17の実効性は?
地球温暖化防止のための具体的な対策として「COP17」が南アフリカのダーバンで開催されていたが、すったもんだの末漸く合意し閉幕した。このCOP17というのがよく分らない。一昨年にはCOP15をコペンハーゲンで開催された。
そのCOP17とは、正式には「気候変動枠組み条約締約国会議」と呼ぶのだそうで、この日本語の意味も専門家ならともかく一般人にはとんと見当もつかない。
今回会議開催の理念としては、これ以上温暖化の原因である二酸化炭素の排出を各国が共通して抑えようというのだから、未来社会のために協力のルール作りをすべきなのに、各国のわがままや思惑が噴出し、共通のルール作りができない有様である。今回の会議も協定書について参加国から合意が得られず、1日延長して何とか不完全な合意を取り付けたに過ぎない。
だが、それも紳士協定みたいなものだから、全参加国がその気にならなければ正に砂上の楼閣である。
当面の懸案事項は、京都議定書の温室効果ガス削減義務を、期限が切れる2012年末から2013年以降へ延長し、新たにすべての国が参加する体制を作ることである。妥協のうえに妥協を重ねて何とか表面的に取り繕って「ダーバン合意」は採択されたのである。
しかもこれには、今後相当な努力が積み重ねられないと実質的な効果はほとんど期待できない。そもそもの誤算は京都議定書自体、排出ガス量の1位中国が削減対象国から外れていることであり、排出ガス量2位のアメリカも条約を批准しないことであり、実行できるかどうか、が疑問視されていた。
いずれにしても2020年には、すべての国が参加することを前提に長い道を歩むことになった。その過程で、中国とアメリカの自己本位な態度に痺れを切らした日本、カナダ、ロシアは2013年からCOPから離脱することになった。
それにしても、国際条約でありながら、各国に建設的な協力の姿勢が見られず、これだけ大規模な会議であるにも拘わらず、実りの少ない、実にお粗末な会議だった。こんな調子で果たして今後地球温暖化を防止することができるのだろうか。
1672.2011年12月11日(日) 見応えのあったテレビの戦争?番組
今日はテレビとビデオで日本近代史上興廃を分けた2つの戦争関連番組を観た。
ひとつは太平洋戦争に関するドラマである。わが国の戦争に関しては、不思議なくらいメディアで主題として報道されることが少ない。特に民放テレビではほとんどと言っていいくらい、報道ニュース番組以外では取り上げない。そんな中で流石にNHKは、公共放送だけあっていろいろな角度から取り上げて放映し考えさせてくれる。
昨日NHKで放映された「真珠湾からの帰還」というタイトルに、「軍神と捕虜第1号」と副題が付けられた 90分ドラマは中々の秀作である。実在の人物の行動とその周辺人物を取り扱った番組である。5艇の海軍特殊潜航艇が真珠湾攻撃に参加したが、撃沈され乗組員10名のうち9人は戦死して「軍神」として崇められる一方、死に損なった酒巻和男少尉が太平洋戦争で最初の捕虜となった。心理描写の多いドラマだが、生き残った酒巻が上官だった少佐から教えられた「死に方を考えろ」との教えを考え続ける。米軍の捕虜となったが、その後同じように捕虜となった日本人兵士たちのリーダーとして収容所内で米軍から一目置かれるようになる。酒巻は国内で非国民、国辱として非難されるが、戦後復員することができた。仲間や部下の死を背負い、悩みながら生きていく。その後トヨタ自動車に入り、トヨタブラジルの社長になったという。
われわれ戦争未体験者にとっては、兵士たちの深層心理までは理解し難いが、こういう辛い体験を味わった人が大勢いたということは知っておくべきである。深く考えさせられるドラマだったと思う。
もうひとつは、今晩放送された NHK連続大河ドラマ「坂の上の雲」である。日露戦争で勝負を分けた旅順郊外の「203高地」における日露両軍の激しい攻防戦のシーンが印象的だった。この「203高地」を奪取したことによって日本の勝利が確実なものとなったが、歴史上の有名人が入れ代わり立ち代り登場する。司馬遼太郎の同書を読んだ時、司令官・乃木希典の評価があまりにも低いのに当初驚いたが、今日は存在感が薄く、リーダーシップが見えない乃木が描かれていたのは原作に忠実だったのだと確認した次第である。
戦争関連のドラマには、その時代の世相や社会現象が反映されるケースが多い。その点では歴史や歴史上の人物、時代背景を学ぶことができる。更にこれは書物でも同じだが、深く学べば学ぶほど興味も尽きない。
それにしても、上記2つのドラマは腰を据えて観るのに格好のドラマだ。今日は併せて3時間を長々とじっくり楽しむことができた。ロケ場面なんかを考えると相当の手間と金がかかって大変だと思うが、テレビでも真面目で反戦思想が滲み出てくるような戦争関連番組をもっと制作してほしいものである。