ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1771.2012年3月19日(月) 社民党の凋落ぶりが情けない。

 もう長い間社会民主党の低迷ぶりを情けない思いで見守ってきた。党勢の落ち込みが甚だしく、党員数は全盛期の13万人から今や2万人のレベルにまで凋落した。更に深刻なのは、国会議員数も今やたったの10人となった。国政の場でも影が薄いのだ。かつて最盛期には200人近い議員がいたことを考えると、ここまで議員数が落ち込んだのは、時代背景もあると思うが、やはり党として国民に支持される活動を怠ってきたからだと考えざるを得ない。

 翻って社民党は、これまで支持基盤だった労働者層や学生層に今どれだけの支持者がいるだろうか。ほとんど何もやっていないので、支持者がそんなにいるとは思えない。毅然としてリーダーシップを取り、国民と党を引っ張っていけるリーダーが党内にどれほどいるだろうか。これもノーである。最大の問題は党内に活力がないことである。戦後社民党(前身の社会党を含めて)が伸展してきた背景には、その支持母体だった第一線の官公労、現場で働く鉄鋼ら大手企業の労働者、国鉄労働者、炭鉱労働者ら、及び学生らの強いサポートがあった。

 組合運動の旗を振っていた社民党が、とどのつまり旗を振らなくなったのだ。戦後日本の労働運動を理論的にリードしていた進歩的学者、大内兵衛氏や向坂逸郎氏らのようなカリスマ的な理論家がいなくなった点も組合運動を減退させた要因のひとつである。総評のように強力だった労働運動総本山が旧連合と合併して、新たに発足した連合が社民党を見限り保守路線へ舵を切ったことも凋落の大きな原因と考えられる。そして新連合は与党民主党の支持団体へ鞍替えしてしまった。強力なシンパだった国労、動労、炭労、炭労は、社民党のシンパとはなり得なくなった。

 確かに今ではかつての国鉄は解散してJRとなり、かつての国労や動労のようなスト権も辞さない強力な組合運動に支えられていた時代は遥か昔のことになってしまった。今では分社化されたJRは、社民党支持者ではなくなった。社民党の支持母体はみな「自然没落」してしまったのである。そんな時新しい風を吹き込むべきリーダーがいなかったことが党の発展にブレーキをかけてしまった。

 労働者の待遇が向上するにつれ、労働運動の低下はある程度予測できたはずである。なぜ学生団体へ呼びかけて学労一体となった労働運動発展の道を探らなかったのだろうか。労働者と学生へ目を向けていると言っていた社民党ではあるが、あまりにも対応が甘い。これでは何もやらなかったのと変わらない。

 連合の力の衰えに比例するように学生運動も完全に勢いを殺がれた。学生のエネルギーの衰えは、基本的に学生自身に問題があるが、社民党のエネルギーの減退とも深い関連がある。

2012年3月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1770.2012年3月18日(日) フランス革命の原因は意外なところに

 雨模様の中を近日大阪へ転勤予定の長男家族5人、及び新潟に赴任中の二男家族3人と一緒にわれわれ夫婦を合せて10人の大所帯でお墓参りへ出かけた。まず、わが実家のお墓のある中野の宝仙寺へ出かけたが、春分の日が近い日曜日ということもあったようだが、境内はお墓参りに来た人の車で溢れ、ガードマンが整理している有様である。貸切で葬儀を行う特別な場合を除いて、これまでこれほど宝仙寺が混み合ったのに遭遇したのは初めてである。

 近くの蕎麦屋で昼食を済ませてから、妻の実家のお墓参りのため多磨霊園へ向かう。中央高速道が混んでいたので、ここも混んでいるのではないかと懸念していたが、宝仙寺に比較してそれほど混み合ってはいなかった。

 ともかく先祖への供養を済ませるとほっとする。家族に健康を害した者がいないことに一番気が休まる。これからもいつも順風満帆というわけには行かないだろうが、そうあるようご先祖さまにご加護をお願いした。

 さて、昨日TBSテレビのクイズ番組「世界不思議発見!」を観ていて、意外なことを教えられた。クイズではフランス革命の仇花と消えたマリー・アントワネット王妃を取り上げていた。1789年フランス革命が勃発した最大の原因は、貧しい民衆が苦しんでいた最中に絢爛豪華なベルサイユ宮殿を造営し毎夜舞踏会で贅の限りを尽くし贅沢三昧な生活に浸っていた貴族階級にその矛先が向けられて、庶民階級の怒りを買い彼らに襲撃されたというのが一般的な定説だとこれまで理解していた。

 ところが、昨日のクイズ番組では、その背後には何とアメリカ独立戦争が絡んでいたと解説がなされた。つまり、1776年アメリカ合衆国はイギリスから独立を勝ち得たが、その独立戦争においてフランス王政はアメリカに加担してアメリカ独立の大きな支えとなったというのである。フランスはアメリカ独立のために巨額の戦費を投入して自らを財政的に追い詰める結果となり、その挙句苦しい財政のツケが庶民の生活にしわ寄せされた。偶々派手な貴族の生活ぶりが、庶民の知るところとなり庶民の怒りに火に油を注いだ格好になったというのである。今まで世界史でフランス革命成功の背景にアメリカ独立戦争があったと学ぶこともなかったし、考えてもいなかった。思いがけない豆知識を得た。だが、これからもう1度フランス革命史を紐解いて精査してみなければなるまい。

2012年3月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1769.2012年3月17日(土) 文人ゆかりの地と記念館

 鉄道各社の春のダイヤ改正に伴い、今年も悲喜こもごものニュースが聞かれる。昨日JRでは東海道新幹線300系「のぞみ」が20年間走行していた表舞台から姿を消した。同時に青森から大阪まで日本海沿線を走っていた寝台特急「日本海」も舞台から去った。それぞれの出発駅と到着駅における鉄道ファンの感情移入した熱狂ぶりには恐れ入る。

 また、小田急でも1987年開業60周年に登場したロマンスカー「HiSE」が25年間のお務めを終え引退した。同時に「RSE」も幕引きをした。一方で東武鉄道は5月22日の東京スカイツリー開業を前に由緒ある「業平橋」駅をまったくセンスの感じられない「とうきょうスカイツリー」駅に駅名変更した。由緒のある名前「業平橋」をいとも容易くお祭り騒ぎのような名前に替えてしまった。よくもここまで悪乗りしたと思える駅名変更ではないか。それでも恐れ多くも80年以上もの長い間名称を名乗っていた在原業平に申し訳ないとでも思ったのか、新駅名の脇に「旧業平橋」と付けたようだが、東武鉄道の文化的センスの欠如には呆れかえる。今後も近所に新名所が誕生すれば、またえげつなくその名を騙るのではないだろうか。

 さて、今朝の日経紙付録「NIKKEI」一面に「訪ねてみたい文人ゆかりの里」10傑が掲載されている。それを見ているとそれら文人のイメージが浮かんできて何となく訪ねてみたい気持ちになる。因みに、①太宰治記念館と青森・五所川原、②宮沢賢治記念館と岩手・花巻、③子規記念館と松山、④室生犀星記念館と金沢、⑤森鴎外記念館と島根・津和野、⑥池波正太郎記念文庫と東京・浅草、⑦小泉八雲記念館と松江、⑧藤村記念館と岐阜・中津川、⑨旧江戸川乱歩邸と東京・池袋、⑩松本清張記念館と福岡・小倉など名だたる文人ゆかりの記念館がずらっとリストアップされている。番外として京都宇治市の「源氏物語ミュージアム」や、三重県伊賀市の芭蕉翁記念館、松阪市の本居宣長記念館も挙げられている。私自身は仕事の合間に、③子規記念館、⑦小泉八雲記念館、⑩松本清張記念館ぐらいしか訪ねていないが、今でも建物ははっきり憶えている。

 ⑤森鴎外記念館が津和野市内にあるものとは別に、JR小倉駅近くにも名称は正確に覚えていないが、日本家屋風の森鴎外記念館がある。鴎外が軍医として小倉に勤務していた頃に住んでいた旧宅のようだ。10年ぐらい前に見学した時鴎外の孫で、慶応日吉時代にフランス語を習った山田ジャク氏(このフランス語ジャックに準えた漢字が難しくPCでは見つからない。「爵」の「ノ」と「ツ」を「木」に差し替えた字)について係員と立ち話をしたことがある。また、東西の壁崩壊前に、その当時東ベルリン側のブランデンブルグ門近くにあった鴎外記念館を訪ねて、ドイツ人女性研究家から解説してもらったことがある。その時件の女性は「舞姫」のヒロイン・エリスについて熱を込めて話してくれたことが懐かしく思い出される。聞くところによると今秋都内文京区にも鴎外記念館がオープンするという。また、かつて訪れたことのある馬籠村については、生憎その時時間がなく見学できなかったが、⑧藤村記念館には「夜明け前」に関する貴重な資料があって一見の価値があると薦めるコメントがあったので、ぜひ一度訪れてみたい。特に中学生の頃読んで感銘を受けた「破戒」や、愛読書のひとつ「夜明け前」の雰囲気が感じられるところだけに興味がある。

 最近は文豪の長編小説を読む機会が大分減っているが、こういうコラムを見ると知らず知らず文豪と彼らの著作への想いが募ってくる。

2012年3月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1768.2012年3月16日(金) 1人暮らしになった人と1人暮らしを好む人

 昨日の松本整形外科医のCRP結果にすっかり気分を良くして、今日は1ヶ月ぶりに痔の検査を受けた。前回の診断では今日の様子を見て2度目のジオン注射を試みるかどうかを決めようとの話だった。結局2度目の注射を打つことになった。やはりそう簡単に完治するようなものではない。これから1ヶ月後に改めて患部を診てもらうことになった。

 さて、日本社会に少子高齢化の傾向が表れてきたのは、割合最近のことであるが、その傾向の顕著な例として、東京都内に住む1家族(世帯)当たりの構成人員が2人を下回る1.99人という結果が示された。つまり、平均して1世帯に家族が2人はいないということである。かつてこんな寂しい家族像を誰が予想しただろうか。これは昭和32年に統計を取り始めてから初めてのことである。その大きな原因は一人暮らしの人が増えてきたことであり、老人夫婦の内連れ合いが亡くなってやもめ暮らしをする人が多くなったことが大きく影響している。最近では近所の誰しも看取られることなく、1人暮らしの老人の孤独死が目立つようになり社会問題化している。

 一方で都会に住む若者が結婚しようとせず1人暮らしを好む風潮のせいもある。高齢者のやもめ暮らしは、ある面で止むを得ない一面もあるが、若者の1人暮らしの生活は必ずしも人生のうえでプラス面ばかりではない。これについて若者にインタビューすると、自分の好きなように、誰からも指図や邪魔されずに自由に生活したいという甘ったれた声が多かった。これも自分の将来をあまり考えない現代の若者気質なのだろう。将来のことは2の次で、現状が楽ならそれを実践するというひとりよがりの傾向が見られる。

 しかし、この風潮には嫌なものから逃げるという逃避的心情が覗ける。自分が嫌いなことから逃避することもさることながら、他人が困っている場面でも援助の手を差し伸べようとの気持ちから逃げていることになる。人生には嫌なこと、真正面から見たくないもの、避けたいことなどはいくらでもある。嫌なことからみんなが逃げていたら世の中の問題は解決しないのではないか。また若者自身にも物事を解決する力が育たないのではないかと危惧するのだ。時には嫌なことから逃げないで正面からぶつかり、解決することによって人は少しなりとも前進することができる。一人で解決できないことでも、他人と協力することによって事態を打開する力を身につけ、ともに前進、向上することができると思う。苦しい現状から逃げることばかりでは、個人の能力も向上しないし、他人とのコミュニケーションも図れない。

 最近の若者の行動パターンを些か心配しているが、実際に統計上表れた1家族当たりの構成人員の減少を知って改めて憂慮している。

 今朝詩人であり、評論家でもあった吉本隆明氏が亡くなられた。享年87歳だった。半世紀前の学生時代に月刊誌「世界」を通して氏の論文を読んだものだ。60年安保闘争では、抗議し行動する学生にシンパシーを示していた。理論家ではあったが、それでも能書きより行動を買ってくれた。その意味では現場感覚の分かる思想家だった。過去に丸山真男ら進歩的知識人を批判したり、その一方で近年はイラストレーター・糸井重里氏らとも対談してサブ・カルチュアにも関心を示したユニークな一面もあったようである。論客がまたひとり逝った。

2012年3月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1767.2012年3月15日(木) 紳士を標榜する読売巨人軍に紳士協定は無縁か。

 天下の朝日新聞今朝のトップ記事がライバル読売を標的にしたプロ野球・読売ジャイアンツのルール違反を非難する記事である。フロント・ページの半分以上と社会面でも取り上げて過去の新人選手入団に関わる契約金申し合わせの超過を厳しく批判している。

 見出しは「巨人、6選手に契約金36億円」とあり、入団後チームの主力となった有名選手の入団に至る交渉経緯を暴いている。高騰する契約金を抑制するために、プロ野球全12球団がその最高標準額を、1億円プラスでき高払い5千万円と決めたのは5年前である。その目的と意味は充分に浸透していると思ったが、「球界の盟主」を自認する巨人軍は平然とその申し合わせを無視し、プロ野球界に波紋を投げ撹乱しているのである。

 私自身個人的には、小学生の頃から現在に至るまで熱烈な巨人ファンであるが、残念ながら野球界にトラブルが生ずるとこれまでその中心、或いは源流には決まって巨人軍の存在があったと思う。昨日も読売新聞のナベツネさんについて、ナベツネさんのプラス面を出版ニュース社の清田社長と話したばかりである。この高額契約を承知していたと思う、友人の前巨人軍オーナー・滝鼻卓雄くんはこの問題をどう考えているのだろうかちょっと気になる。

 この朝日の報道が明らかになることを察知して、昨晩巨人軍はメディアに都合の良い巨人情報を送付している。曰く「ルール違反ではない」。果たしてそうだろうか。確かにルールで決められているわけではない。紳士協定に基づく標準の目安である。阿部慎之助選手のように、あまりにも多額の10億円で契約した選手もいる。これをルール違反でないとするなら、何のための目安であり、紳士協定とは一体何だろうか。その契約も巧妙で表面に出ないよう分割払いにしていたという。およそ紳士協定にはそぐわない。これでは他のチームはどうあれ、自分たちは欲しい選手を獲得するために球界の信義やルールを度外視してもかまわないと考えているとしか思えない。

 同じルールの下でゲームを行う野球界で、そのリーダー格がルールを無視するような行動をとるようではファンに対して何と説明するつもりなのか。朝日紙上に暴露された内容はかなり具体的で、内部から流れた資料でしか分からないような個人情報である。しかも、巨人軍がないといっている資料のコピーが朝日にもたらされたのである。

 経済紙である日経夕刊にも取り上げられたほどの本記事に関しては、この記事の内容だけに留まらずその情報元が追求されるのではないか。これだけ金額的にも、また具体的にも長い間に亘る詳細な契約内容から推して、その情報元は、巨人軍と裁判沙汰になっている元巨人軍代表だった清武英利氏ではないかと思う。

 これから週刊誌を始めとしていろいろ追求や詮索が始まると思うが、それにしても巨人軍の協約破りにはほとほと呆れ果ててしまう。少年たちに範を示すとしてフェアプレイを訴え続けてきたプロ野球界は口で言うことと、実際に行うことが間逆ではないか。情けないことだ。巨人軍は堂々自らの考えを明言すべきだろう。

 さて、2週間前に松本整形外科で血液検査をしてもらった結果を今日教えてもらった。嬉しいことに最大の目標、CRP(炎症や組織細胞の破壊が起きると血清中に増加するタンパク質のこと)がこれまでで最低の数値、0.36を示したことである。2007年6月4日に最初に検査してもらって以来30数回に亘って検査してもらって、アップダウンを繰り返し先生が目安として0.3以下を目標に軽いステロイド、プレドニン5mgを服用し続けてきたが、ここまでの数値は今ひとつ期待に応えるものではなかった。今日の結果で何とか目標値0.3以下への明るい展望が抱ける。

 今冬の寒さのせいで遅咲きだった庭の白梅も漸く花びらが開いてきたのも嬉しい。相変わらず寒さは厳しいが、春が巡ってきた感がする。

2012年3月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com