充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1786.2012年4月3日(火) 民主党の危うさはどうにかならないか。
朝から天候がおかしかったが、午後になって風雨も強くなり4月としては珍しい暴風雨となった。神戸では昭和12年に統計を採って以来最大の風速を観測した。和歌山県友が島では風速41.9mを計測した。交通機関も大きな影響を受け、JRや各私鉄でも大分運行見合わせがあった。国内線も相当数欠航となった。不思議に思うのは、なぜか成田空港の様子が伝えられず、国際線運航状況も一切報道されなかった。どうしてメディアは国際線に関する情報だけ報道しないのだろうか。
昨日夜遅くやって来た長男夫婦と娘は朝食後近くの駒沢公園体育館へ出かけた。演技を終えて帰ってから今度は奈良へどう帰るかが難題である。それでも一時不通だった東海道新幹線が回復したのを見計らい奈良へ帰って行った。長男は今日から家族と別れ転勤辞令が発令されるまでわが家に居候することになった。いずれにせよ今日は悪天候に振り回された一日だった。
さて、民主党政治の無力・無能には呆れ果てて言うべき言葉もないが、普通なら誰かグループ内でまとめ役とか調整役が現われて来そうなものである。この党の救いようのないところは、この党存亡の危機に際しても火中に栗を拾う人材が誰ひとりとしていないことである。党内は最早分裂寸前である。消費税値上げ騒ぎで党執行部と小沢一郎元代表グループが完全に対立している。沖縄基地問題は一向に進展せず、環太平洋経済連携協定(TPP)は方針が固まらず、原発再稼動問題をどうするのか結論は出ず、北朝鮮核ミサイル発射で関係国との調整も捗らず、核サミットでは野田首相があの体たらくのうえ早々に帰国し、サミットでは国際社会に対して何の存在感もアピールもできなかった。
これでは早晩支持団体からも見切りをつけられる可能性がある。昨日行われた日本医師会会長選挙で民主党支持の現職会長が落選した。強力に民主党を支えてきた日本労働組合連合会(連合)も流石に呆れ果て周囲を見回し支持を再検討しだしたように見える。
これほど実行力がなくだらしない政権政党がこれまであっただろうか。これでは国の政策すら決められまい。
例えば、消費税値上げに強硬に反対している小沢氏は、グループを挙げて役職辞任などで党執行部へ揺さぶりをかけている。国民の前でいつまでもこんな醜態を晒している政党に信頼が置けるだろうか。党員としていかがかと思うのは、衆議院採決時に造反も考えていると見られていることである。仮に衆議院で採決の際、野党が一致して反対した場合、民主、国民新党、新党大地の議員299人の内60人以上が造反すれば増税案は否決される。小沢氏に近いグループの議員は軽く80名を超える。そうなった場合散々すったもんだしていた消費税増税議論は一体何のためだったのか。国民にきちんと説明できるのだろうか。果たしてこの消費税増税案はどうなるのか。民主党には責任を持って行動する覚悟が必要である。
1785.2012年4月2日(月) ビルマ民主化へ仄かな光
土曜日の土砂降りから見れば、今日はのどかな陽気である。庭の白梅もほとんど花は散ってつぼみ状態となり、代わりに近くの呑川沿いの桜並木は、今がつぼみで間もなく春爛漫を謳歌するだろう。
さて、民主化のための総選挙という謡い文句の下に昨日ビルマで行われた国会議員の補欠選挙で、国民民主連盟(NLD)が圧勝した。45選挙区の内、43選挙区を制した。代表のアウン・サン・スーチーさんを始め全国45選挙区でともに軍事政権の継承与党・連邦団結発展党(USDP)と争ったうえで堂々勝ったのである。民主化勢力に立ち向かう軍事政権与党に対する勝利であるが、現在全議員数の75%を占める USDPの優位の前には国民民主連盟(NLD)が直ちに民主化運動で効果を発揮することは中々難しい。NLDは突破口を開いたとは言え、今後与党がどういう手手練手管でつぶしにかかってくるのか予断を許さない。ビルマ政府がNLDに対して排除や弾圧を行うことは欧米先進国の厳しい目もあり、露骨な行動は取れない。ビルマ政府にとっては国際社会から経済制裁を受け、この総選挙は完全な民主化への道というより経済制裁解除を狙った苦肉の策である。確かに少しずつではあるが、民主化への道は開かれてきた。まさに意外だと思うくらいにこれまでの締め付けを緩めた。但し、2010年の総選挙では軍部が一方的な権限を強めて国会議員のうち、議席の1/4以上を軍人に割り当てた遺産によって軍事政権の磐石な基盤はびくともしないのではないか。これからどういう方向へ向けて民主化政策を実施し、議会で過半数を得るためにいかなる対策を取るべきか、アウン・サン・スーチーさんの指導力と手腕が問われるところである。
国内では、民主党内で小沢一郎元代表に近い副大臣、党幹部、政務官ら29名が消費税増税に反対して辞表を提出した。まだ、辞表は受理されていないが、コップの中の騒ぎながら党内部の足並みの乱れは見苦しいこと夥しい。民主党自体と民主党員の未熟なところだろう。
ところで現実に強い風が明日日本列島を襲い、台風並みの風が吹きまくるという。気象庁ではできるだけ外出を控えるよう警告を発している有様である。今までこんなことはなかったと思う。一昨日横浜で突風と雨にやられたが、それを上回る風雨が吹き荒れるという。
今晩長男夫婦が引っ越したばかりの生駒市から長女だけを連れて泊りにやって来る。明日近くの駒沢オリンピック記念公園内体育館で開催される長女の新体操の大会に参加するためであるが、ちょっと心配である。
1784.2012年4月1日(日) 冷え冷えする南海トラフ地震の想定
「南海トラフ」という日本列島の東側に沿った海溝がある。それが予想される東海、東南海、南海地震を起こす原因と言われている。今朝の新聞各紙に最大級の地震が起きた場合の津波高と震度分布の推計を内閣府の有識者検討会が公表した。このところ首都直下型地震発生のニュース、並びにそれに備えた対策がしきりにメディアでも伝えられるようになったが、この最大級地震の想定、つまり様々の仮定に基づく複数の試算から最悪の結果をつなぎ合わせて出された数字には思わずびっくりである。
あまりにも大規模な地震に対する、関東から九州方面にいたる自治体と企業、公共機関の備えは現時点では十分ではなく、今後早急に防災対策の検討を迫られることになりそうである。
東日本大震災の教訓から想定を「数百年に一度」の地震から「千年に一度起こりえる最大級」に変更した。Mは9.0、津波は9.1と想定した。これによりこれまで津波高が20mを超えることがなかった高知県黒潮町が、最大34.4mと推計された。伊豆諸島の新島は29.7mとされたが、これでは伊豆7島は全滅ではないか。現在津波防波壁を18mに整備中の中部電力浜岡原発では、何と最大21mの津波が押し寄せる計算になり、防波壁を修正することを余儀なくされることになりそうで、原発再稼動にも影響を及ぼしそうである。
朝日、日経紙の朝刊にもトップ記事ではカラー写真付の解説が掲載され、震災前なら軽視されそうな記事も、震災と前記の首都直下型地震襲来の情報が相乗的に関心を呼び国民の間でも真剣に受け取られるようになったようだ。政府は国家的な観点から対策大綱をまとめるようだが、6月までに死者数や建物倒壊戸数などを公表するそうだ。まああまりいい気分にはなれない。この南海トラフでは東京都は伊豆諸島しか対象に入っていないので、23区内では津波より地震自体への警戒を怠らないことが求められている。
最近興味深く読んでいた小松左京著「日本沈没」第一部(上)(下)を今日読み終えた。本書は1973年に出版されたものだが、内容が南海トラフ地震を含めて現代に通じているように思える。著者自身が後記に「この作品は完全なるフィクションであって、いかなる実在の人物、事件をも、モデルにしていない」と敢えて強調しているところがミソである。実にリアルな描写に、つい日本の近未来と将来像を予測しているのではないかと思い過ごしてしまうほどである。数年前に観た映画「日本沈没」ではとても描ききれなかった登場人物の内層心理や日本国土が沈み行く様子が、実に迫力を持って描かれている。それにしてもこの作品の幕引きの構成が分からない。最終頁の最後の場面で、主人公の小野寺が八丈島の沖合いを船舶でタヒチ方面へ向かって南下したが、どんづまりの最後のたった2行で突然彼はシベリア鉄道で西へ向かった。ストーリーにはまったく関係ない。どうもこのどんでん返しの結末の意味がよく分からない。小野寺は一体どっちへ向かったのか。
好評だった第一部は瞬く間に上下併せて400万部を売りつくしたという。第一部出版の33年後に、第二部が世に出た。第二部では国外へ避難した日本人がカザフスタンやパプア・ニューギニアで苦難に負けずに生き延びていく姿が描かれているようだ。近い内に苦難の日本再生物語を描いたその第二部も読んでみたいと思う。
1783.2012年3月31日(土) 悪天候下の7人制高校ラグビー大会
朝から雲行きの怪しい年度末を迎えた。ちょっと気がかりなのは、横浜市内に住み話題の「オリンパス」に勤務している長男が今秋大阪へ転勤するとのほぼ確実な転勤辞令を考慮して、長男家族5人が揃って大阪に近い奈良県生駒市へ今日引っ越して行ったことである。尤もまだ辞令の出ない長男はすぐ帰る。3人の子どものうち、今月小学校を卒業した孫がこのまま横浜市内の中学校に進学して、その半年後に関西へ転校しなければならないことを気にした長男が、家族を一足先に引越しさせて新しい中学校へ入学させ、自分は半年間わが家へ居候したいと言い出した。短期間の居住のために1DKアパートを借りるのも無駄なので、同居を認めたが、長男がこのまま仮定転勤に終わらないよう願うばかりである。
今日は横浜のY.C.& A.C.グランドで7人制高校ラグビー大会が行われたが、生憎昨日から心配していた通り時間の経過とともに風雨が激しく最悪のコンディションになってしまった。これほど酷いグランドコンディションは私の知る限り初めてである。JR山手駅からY.C.& A.C.へ行くのも一苦労で横殴りの雨に強い風の中を迷いながら何とかグランドに辿り着いたが、試合は1回戦だけですべて中止と決まった。母校湘南高は都立大泉高に勝ち、2回戦で県立千葉高と戦う予定だったが、中止に決まった。結局1試合も観戦することはなく、参加校OBが参加する懇親パーティにだけ出席することになった。
今年は文武両道と言われる東日本の公立高校7校に日仏学園を加えた大会になったが、主催者と後援者がよく高校スポーツの意義を汲み取り、和気藹々にしてホスピタリティを持ってもてなす運営は、気持ちの良いものである。東大ラグビー部と慶應J.S.K.S.が陰で支えていた。実際懇親パーティでもボランティアの人たちの気持ちが伝わってきた。特に震災地から宮古高が招待参加し、後援する東大ラグビー部が別室でパーティを開催して宮古高との交流を深めていた。湘南は門田OB会会長、大石コーチらが大会幹事校として主体的な役割を演じていた。
私はパーティで予めスピーチを要請されていたので、1978年にラグビー校を訪れた時のエピソードと、森喜朗元総理の父親が戦時中トラック島でラグビーを通して島民と交流を深めていた話をした。残念ながら今日は試合を応援することは叶わなかったが、Y.C.& A.C.の組織とこのトーナメント大会の主旨を知ることができた。来年以降母校湘南がどのように関わって大会開催に協力し、継続していくのか、OB会でも検討する必要があるかもしれない。
1782.2012年3月30日(金) 卒業シーズンに想う。
桜の便りとともに卒業シーズンを迎えて各地の学校でも思い出深い卒業式が行われているようだが、とりわけ震災被災地の学校では辛く悲しい思い出の卒業式が挙行されているようだ。
思い返せば、卒業と言えば私にとっては何と言っても中学校の卒業式である。仲の良かった同級生と同じ高校へ進学することも決まって嵐山界隈で小鳥捕獲に熱中していた。松尾山で猪に追いかけられたのもこの頃だった。ちょうどその時京都工場勤務だった父が東京本社へ突然転勤することになり、わが家ではてんやわんやだった。</B>結局家族揃ってその後結婚するまで過ごすことになる藤沢市鵠沼へ転居することになった。1歳年長の兄は京都府立高から湘南高へ編入することができた。私も兄と同じ府立高に合格し、書類提出が間に合ったので、急遽書類審査による受験だった湘南高も受験した。湘南が駄目なら京都で下宿しながら府立高に通い1年後に湘南か、近くの他の高校へ編入するつもりだった。幸い湘南に合格することができたので、家族と生き別れと言う最悪の事態にはならなかった。とにかく慌しかった。受験の関係で家族より一足先に私を藤沢へ連れて行くために京都へやって来た祖父とともに、国鉄の鈍行で12時間ほどかけて夕刻に藤沢まで来た時は疲れ切ったという思い出しかない。
京都の中学校では勉強は二の次に遊びまわったことが楽しかった思い出として残っている。当時の友人4人とは今でも付き合っているし、恩師はまだご健在で手紙の交換をしている。
3年間ラグビーに明け暮れた、その湘南高を卒業して今年で55年になった。おかげさまで先月母校が昨年創立90周年を迎えた記念に建設された「湘南高校歴史館」内に、オブジェ「湘南大樹」の一葉として名前と活動歴を顕彰してもらえた。光栄なことである。タイミング的にきわどいケースだったが、今思えば湘南高校で学べたことをつくづく幸せだと思っている。これからも後輩たちの目標になれるよう心していかなければならないと覚悟を新たにしている。
さて、すったもんだだった消費増税については、今日閣議で消費増税関連法案を決定した。今後衆議院で議論され、法案成立を図る。ところが、本案同意のために46時間も党内議論を戦わせたにも拘わらず、民主党では今も反対派が気勢を上げて小沢一郎元代表派の副大臣や政務官が辞職したり、連立内閣を組んでいる国民新党が分裂状態になってもいる。これも別の観点から今後メディアが注目するだろう。ともかく、今日の閣議決定により2014年4月に3%、15年10月に2%の消費税アップがスケジュールに乗ったと言える。
それにしても民主党政権の頼りなさは、どうしようもない。一段落したらやはり総選挙を行って実行できるマニフェストを各党に開陳してもらい、国民の審判を仰ぐより手段はないのではないか。