充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1820.2012年5月7日(月) 緊縮財政は大衆受けしないのか。
やっと今年の長いGWが終わった。その最後っ屁のように茨城県つくば市を昨日昼竜巻と雷雨が襲い、890棟の民家が被害に遭い、中学生が倒壊家屋の下敷きになり亡くなった。北アルプス・奥穂高岳では今日2人の男性登山者が滑落して亡くなった。連休中北アルプスで遭難した登山者は10名になった。各地の高速道路では交通事故も頻発し、いつもながらあまり目出度い連休とはならなかったようだ。
さて、注目されていたフランス大統領選挙の決戦投票が行われ、現職のサルコジ氏が左派勢力・社会党フランソワ・オランド氏に敗れた。現職大統領が再選で敗れたのは、ディスカール・デスタン元大統領以来のことであり、ミッテラン元大統領以来17年ぶりに左派系大統領が誕生することになった。
ギリシャ経済危機に端を発したヨーロッパ経済不況の中で、復興のためサルコジ大統領はドイツのメルケル首相とともに主導的な役割を果たしたが、国内の緊縮政策に伴う失業率が10%台となり、雇用不安から国民の間に反発が出て、不本意ながらフランス・トップの座から降りることを申し渡されてしまった。
第1回の予備選では1位オランド氏とサルコジ氏の獲得票差は7ポイント程度あったが、決戦投票では僅か3ポイント強の僅差まで迫り、サルコジ氏としては何とも諦めきれないものがあるだろう。多くを語らず政界からの引退をほのめかしている。オランド氏はこれからフランス、そしてヨーロッパ経済の不況からの脱却に腹を据えて取り組まなければならない。ドイツとの連携もサルコジ氏だからこそできた側面もあり、フランスにとってはこれからが正念場となるであろう。それにしてもこの5年間、世界にフランスの存在感をアピールしたサルコジ大統領が表舞台を去る。私生活においてもとかくの噂があったが、その背中には一抹の寂しさが漂う。
フランス大統領選挙と轡を並べるように、経済不況の元凶でもあったギリシャでも昨日総選挙が行われ、フランス同様緊縮財政に反対する政党が躍進した。経済引き締めにより失業者の数が増大し、若者の2人に1人が失業という地獄図絵である。これにはきれいごとなぞ言ってはおられなかったのだろう。連立与党が過半数割れとなった。
しかし、国民が異を唱えた緊縮財政はギリシャにとってEUから支援を受けるための、いわば条件のようなものではなかっただろうか。これにNOのシグナルを出すことは、支援を受けないことを表現することになるのではないだろうか。難しい問題である。
ヨーロッパ経済の信用不安からユーロが下がり、円高が進み、東証日経平均株価は今日一日で261円も下がる今年最大の下げ幅となった。日本にとっても不安材料が増えた。この調子ではまだまだ先が見通せない。のんびりしているのは、日本の愚かな政治家だけだ。
1819.2012年5月6日(日) 国は原発をどうしようというのか?
原発が止まった。これで国内50基の原発、すべてが止まったが、これは実に42年ぶりのことである。今朝の新聞では原発ゼロ運動の大きなうねりと小さな「再稼動」の声が、大きく取り上げられている。昨日の本ブログにも書いたが、原発は危険だから全廃へという運動の一方で、遠慮がちながら現在の日本経済を衰退させないためには、安全性に充分注意しながら再稼動すべしとの相対する意見がある。
私は個人的には原発は絶対廃止すべきと考えているが、その根拠を挙げてみたい。
まず、原発は福島原発で見られたように「想定外の危険性」、なかんずく放射能漏れの可能性を常に内包し、絶対安全ということはあり得ない。いつか再び第二の福島事故が起きる。第二に経済が後戻りするというが、相変わらず無駄に電気を使用している現状に鑑みて、節電しながら新エネルギー開発を進め、それでもなお経済後退であるようならそれも受け入れざるを得まい。第三に原発稼動は現状では使用済み核燃料の処理ができないという深刻な問題を抱えており、現時点では処分方法が見つからず、そのまま10万年の長期間いずこかへ埋蔵することになり、これが極めて危険なことである。
これらの疑問について、現状は再稼動賛成派の人たちから納得のゆく説明がなされていない。いわんや政府からは、賛成なのか反対なのか、明確な考え方を聞いていない。民主党歴代総理のうち、鳩山元首相は原発推進派だった。菅前首相は脱原発で再稼動に反対だった。野田現首相は「減原発」と言いながら、大飯原発再稼動のために暗躍しているように思えて仕方がない。同じ党の3人の首相がそれぞれ意見が異なるのだから、一貫性のある方向性はあまり期待できない。国に原子力政策の青写真がまったく見えないのが無責任であり、国民としては殊更気になる。
一体全体政府は国民にとってこの大事な問題をどうしようというのか?
イギリスの老舗高級被服ブランド‘Aquascutum・アクアスキュータム’が先月破産申告したことは寡聞にして知らなかった。今朝の日経にかなり大きなスペースを割いて関連記事が掲載されていたが、私自身今はあまり着用することはなくなった。それでも3着のトレンチコート、ロンドンで買ったアクアスキュータム2着とニューヨークでバーバリー1着を手に入れた。
あまり衣装に思い入れをするとか、お金をかけるということはないが、それでもかつてそれぞれの歴史と品質の良さを勧められ、つい誇らしい気持ちになって手に入れた一品である。残念ながらアクアスキュータムは近年販売不振が続いて、ついに破綻の淵に落ち込んでしまった。歴史的にアクアスキュータムはバーバリーと同じ時期に創業され、クリミヤ戦争でその防水性を実証し、高く評価され、英国王室御用達とまでなり、チャーチルやサッチャー元首相らも愛用した名品である。一時日本のレナウンが買収したが、事業は回復せず、再びイギリス企業の手に戻った。結局高級ブランドの戦略も時流と消費者の嗜好に付いていけなかったのだろうか。幸いアクアスキュータムの凋落を尻目に、ライバル企業・バーバリーは好調を維持しているようだが、何とかアクアスキュータムに復活してもらいたいものである。
1818.2012年5月5日(土) 盲目の人権活動家は解放されても自由に発言できるか。
あっという間の電撃的な幕引きだった。盲目の中国人人権活動家・陳光誠氏が北京市内の病院へ幽閉されたような不審な動きから、一転して陳氏はアメリカへ留学することになった。どうもその急転直下の事態解決の裏には、双方に外からは窺い知れない駆け引きがあったのではないかと思える。
一昨日の本欄にも取り上げたように、陳氏が本人の希望とは異なり保護下にあった北京のアメリカ大使館から市内の病院へ入院させられたことが、問題をより複雑にして米中間の大きな外交問題に発展しかねない状態になった。とりわけアメリカ議会では陳氏の言葉が携帯電話を通して公聴会会場に伝えられる異例の議会証言が行われた。解決には相当な時間がかかるのではないかと思われた。それが見事なまでの電光石火の早業だった。
現在やや人気が翳りがちのオバマ政権にとっては、人権問題を軽視したとアメリカ国民から批判されることは最も避けたいことであり、不本意なことでもある。米中戦略・経済対話に参加したクリントン国務長官が中国滞在中に何とか問題を解決したかった。そこでアメリカはいかなる策を弄したのか、またどんな裏取引が講じられていたのか、想像することはできないが、米中双方にとって何とか受け入れられる妥協点を見出すことができたのだと思う。
仮にクリントン長官が問題未解決のまま中国から帰国すれば、米中経済協力を優先し人権問題を後回しにしたと批判されるのは必至だった。中国にしても事態がこじれれば、負担は膨らむばかりで何とか早めに事態を収めたいとの思惑があった。それが中国政府にとっては過去に見られなかった柔軟な対応を取らせることになったのである。中国政府としては、一旦大使館を出た陳氏を再びアメリカへ引き渡すための理由が必要だった。主権が絡む問題でアメリカに譲歩したとの印象は与えたくない。中国政府は陳氏を亡命ではなく、普通の市民として自由意志に任せたとの行動が最も無難だとの考えに落ち着いた。
尤もアメリカは今後も引き続き中国の民主化政策を注目していくと言い、中国は中国でアメリカが他国の政策に口出しするのは、内政干渉であるとアメリカを非難している。
いくら口で大法螺を吹いても、これだけ国際的に注目されるようになった陳氏を邪険には扱えなくなった中国としては、国内に身柄を拘束するより氏を自由にさせて中国の取った対応が反人権ではないと受け取ってもらえる方がよりメリットがあると考えたのではないか。
ただし、陳氏の願う通り家族ともども身柄を解放され、アメリカへ渡ったとしても中国としては掌中の玉をみすみすアメリカへ手渡してしまうわけであり、当然中国政府としては陳氏に無理難題を押し付け、氏から何らかの担保を取るような密約を交わしたと勘ぐられても致し方あるまい。その点でこれまで通り陳氏が、国際社会へ向けて中国政府の非民主化政策を告発し続けられるだろうか、何とも言えない。
今日は「こどもの日」である。敢えて言えば国内の全原発が止まる日でもある。日本国内にある原発50基のうち唯一稼動していた北海道電力の泊原発が今晩11時にスイッチオフされ、明日午前2時に稼動が止まる。先日来大飯原発の再稼動問題がクローズアップされたが、反対の声に押されて、国内では遂に1基も稼動しないことになってしまった。今こそ原発をどうすべきか国民的見地から議論を行うべきであるが、賛成派と反対派がそれぞれ一方的に自論を述べるだけで大所高所から今後のわが国のエネルギー政策を真剣に検討しようとの声が盛り上がってこない。
夏の電力消費期間の節電の話ばかり盛り上がっているが、肝心要の供給の話がなされない。最も大事な時だというのに、政府を始めメディア、経済団体、電力会社、教育機関等々でも一向に議論をまとめようとの声が表面化しない。将来的に電力をどう供給していくのか。政府は目の前に消費増税がぶら下がり、とても電力問題まで頭が回らないようだ。情けない。
さて、今日北アルプスで8人の登山者が亡くなった。白馬岳で北九州の6人、爺ケ岳で62歳の大阪の女性単独行登山者、涸沢岳で福岡の6人グループの1人が生命を落とした。登山者の全員が60歳以上で、登山歴が豊富らしい。その彼等がどうにも軽率な行動をとったとしか思えない。雪山へ入山するのに単独行とか、薄着とか、常識では考えられない行動をとった。白馬岳グループの如きは、6人中4人が医師で1人は獣医師である。最高齢は78歳だという。死因は低体温症である。これらの山には私も学生時代に登ったことがあるが、今回は天候が変わりやすい春山のことであり、荒れれば危険であることぐらい、ヒマラヤやキリマンジャロなど登山経験豊かな彼らにとっては分かりそうなものである。年齢的にも充分常識とか分別もある登山をよく知る人たちが、これほど安易に悪天候の下で雪山へ入っていく非常識はとても理解しがたい。現代社会は若者に負けず、いい年をした人生のベテランの判断力をもブレーキを効かなくさせてしまうのだろうか。気の毒だが、とても同情する気持ちになれない。むしろ嘆かわしい。
1817.2012年5月4日(金) ビルマは民主的改革路線を歩めるか。
先月行われたビルマ議会の補欠選挙で、アウン・サン・スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)が圧倒的な勝利を収め、スー・チーさん自身も悠々当選した。晴れて国会議員となった彼女は議会へ登院するかと思いきや、登院を前に現行憲法を護持するとの宣誓文を読み上げることについて、「護持」を「尊重」に変えるよう要求して暫し宣誓を拒否した。スー・チーさんにしてみれば、非民主的な現行憲法を改正することを目指している以上容易に妥協できなかったわけである。しかし、その後支持者からとりあえず議員になることを勧められ、不本意ながら宣誓文を読み国会へ登院した。
ビルマ政府への経済制裁を課している先進諸国は最近のビルマ政府の変身ぶりを見て、英米を始め制裁解除の動きを見せている。だが、議員総数のうち僅か6%程度のNLD勢力がいくら正当性を主張しても、所詮選挙で選出されない軍出身議員</B>が幅を利かせる国会では、スー・チーさんたちの声は埋没しかねない。民主化のポーズを取るティン・セイン大統領も訪日してビルマの経済開発に対する日本政府の援助取り付けに躍起になっている。一方、亡父アウン・サン将軍と親密だった関係から日本に支援者の多い、スー・チーさんも今秋来日が予定されている。経済界もビルマ経済への投資に積極的な活動を始めた。元々歴史的にも日本とのつながりが強く、親日的なビルマにおける日本企業の投資はビルマで期待され、ビルマ経済を発展させることは間違いないと思われている。かつては、諸外国の中でも心情的に最も固い絆で結ばれていたのが日緬関係だった。親密な友好関係が途切れて25年もの歳月が経つが、幸いにして仄かな復活の芽が芽生えてきたのは喜ばしいことである。
日本政府としては、過去において返済されないままに残されていた3千億円の円借款を思い切って放棄し、改めて円借款再開に踏み切るという。財政が豊かではないわが国も随分思い切ったことをするものだと思う。もちろん反対するわけではないが、どうも結論先にありきの感が拭えない。放棄する円借款3千億円のうち、1千7百億円は向う1年間のビルマ政府の改革努力を見て決めるという。ビルマの民主化次第だが、ビルマの再生に日本が力を貸してあげられるのは、ビルマとの長くプライベートな交流史を抱える私にとっても嬉しいことではある。
さて、昨日ニューヨークのサザビーで絵画のオークションがあり、1枚の絵画が史上最高額で落札されて大きな話題を呼んでいる。その落札額が何と約96億円というのだから驚く。その名画とはノルウェイのエドヴァルド・ムンクの作品「叫び」である。一時盗難に遭ったが、その後発見されたものである。1998年にオスロのムンク美術館で鑑賞したので、私はその作品だとばかり思っていたところ、さにあらずこの「叫び」には油絵、テンペラ画、リトグラフ、パステル画など5点があるそうである。私がムンク美術館で観たのは、その中のひとつのパステル画だった。それにしても一度観たら絶対忘れることがないほど強烈に脳裏に焼き付けられる。その点で本物を観られたというのは、幸せだと思う。
先日プロ野球の北海道日本ハム・ファイターズの稲葉篤紀選手が史上39人目の2000本安打記録を達成した。そして、今日東京ヤクルト・スワローズの宮本慎也選手が40人目の2000本安打達成選手となった。新潟に住む二男が妻子を連れて神宮球場へその試合を観戦に行った。偶々わが家に単身居候中の長男が弟家族に合流した。朝から雨が降って試合開催が危ぶまれたが、何とか試合が行われ記念すべき宮本選手の記念的大記録を見られて息子たちは幸運だったと思う。
1816.2012年5月3日(木) 米中間に新たな外交問題の火種
今日は憲法記念日である。民放はいざ知らず、流石にNHK・BSは真面目に現行憲法以前の大日本帝国憲法の誕生秘話を専門家による座談会形式で、映像を交えて分かりやすく伝えていた。帝国憲法制定につき、伊藤博文が国家と国民のあるべき姿、つまり義務と権利をどう憲法に採り入れるべきかという点に腐心した経緯と背景を克明に映していた。旧憲法誕生の裏面史を改めて知った。
今日も朝から激しい雨が降り続く中を母校・湘南高校へ出かけた。県立静岡高校ラグビー部が練習試合のためバスを仕立ててやって来た。前日からの降雨でグランド・コンディションを心配したが、予定通り試合を行うと連絡があったので車ででかけた。
試合は31-12(トライ数5-2)で昨年負けたリベンジを果たした。悪コンディションにも拘わらず、幸い選手たちにも大した怪我もなく練習試合、親善試合としての役目は果たせたと思う。その後校内セミナーハウスで開かれた両校関係者参加のファンクションでレフェリーを務めてくれた相田真治氏の話を聞いた。相田さんは高校生にラグビー、ラグビーのルールを知ってもらおうとの気持ちで笛を吹いたと言っておられた。それが一時退場だったり、アドヴァンテージをしっかり見届けるレフェリングだと仰っておられた。高校生にも参考になる話だったと思う。
相田さんは、これまで日本ラグビー界のトップ・レフェリーだったが、若手育成の立場から51歳になったのを機会に昨年度限りでA級国際試合では笛を吹くことを退いたという。今年の日本選手権準決勝で最後の試合のノーサイド後に両軍フィフティーンから胴上げされたというから、選手からもレフェリングを信頼されていたのだ。その他にも創立130年という伝統校・静岡高の先生からも、同校校歌の裏話など有意義な話を伺った。高校生のこういう交流は我々の時代にはなかったが、昨今は私立校のみならず、公立校でも校外でのいろいろな交流を広げている。羨ましい限りである。多感な高校生たちにとって、こういう機会は貴重な経験になると思う。ラグビー部OB会としても陰ながら支援していければ良いと思う。
さて、先月末中国の盲目の人権活動家・陳光誠氏が軟禁されていた山東省の実家から脱出し、北京のアメリカ大使館に駆け込み身柄を保護されたニュースが世間の注目を集めた。何でも陳氏が一人っ子政策によって生まれた二人目の子どもを中国は強制的に妊娠中絶させていると再三告発したことから、中国政府の監視が厳しくなり故郷を逃げ出した。いずれにせよ米中両国にとって外交上の難しい問題になるのは必至と見られているが、敢えてアメリカは中国の非民主化、反人権政策を国際社会で糾弾するためにも、中国から非難を浴びせられるのを承知のうえで陳氏に救済の手を差し伸べたように見えた。
それが、昨日陳氏が米大使に付き添われ北京市内の病院へ入院した辺りから様子がおかしくなった。米中政府間で充分話し合った末に妥協が成立してそうなったと見られていた。陳氏はアメリカへの亡命を申し出ず、家族と中国に留まることを望んだと伝えられた。だが、その両国の公式ステートメントにはどこか奥歯に物が挟まっているような印象を受けた。両国とも問題の解決を急ぎ過ぎていると受け取られている。
案の定陳氏が病院でアメリカ人記者団に自分は家族とともにアメリカへ亡命したいともらしたのだ。米大使館を追い出されるように入院させられた陳氏は、アメリカの対応に失望したとも述べた。これによって事態がこじれる恐れが出てきた。今日米中戦略・経済対話が開かれたが、早くもこの問題で両国首脳の応酬が始まった。現時点では陳氏を救った形のアメリカが逆に陳氏を欺いたとの報道がなされている。米中両国はこの問題にどう決着をつけるつもりなのか?