ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1830.2012年5月17日(木) プロ野球交流試合に隠れた意外性と面白さ

 先週来気になっていたギリシャの総選挙の結果がもたらずヨーロッパ経済の不安は、行き着くところまで行ってしまったかの感がある。韓国や香港などのアジア株が今年最大の下げ幅を記録し、日経平均株価も8801円を記録して3ヶ月半ぶりの安値となった。

 問題はヨーロッパ経済が今後まだ不安材料を抱えていることである。発火点となったギリシャがどうなるか、また他のEU諸国がギリシャに対してどう接するのかはっきりしないことである。

 ギリシャでは、過半数を取った政党がなく連立与党政権を確立すべく、政党間の話し合いが持たれたが、結局まとまらず、ついに再選挙という最悪の選択肢を取ることになった。ギリシャではユーロ圏からの離脱まで話題に上っているが、これが究極の選択肢だとするとヨーロッパ経済の不透明感は益々強くなる。仮にユーロ通貨から元の通貨ドラクマへ戻ったとすると、その価値は急落することが懸念される。ドルはギリシャから逃れギリシャ経済が破綻に追い込まれることは目に見えている。

 賢人を輩出したギリシャに対して、他のEU諸国が賢明な知恵を提供することはできぬものだろうか。

 さて、プロ野球も花盛りであるが、昨年に比べて観客動員数は下がっている。あの手この手でファン・サービスを心掛け、われわれの少年時代に比べて遥かに良くなったと思う。しかし、それでも見せかけのサービスと本物のサービスにちょっと思い違いがあるような気もする。その中で昨日から始まったアメリカ大リーグに倣ったセ・パ交流試合なぞは、割合評判が良い方である。それでもプロ野球人気は年々低落傾向にある。

 そのプロ野球のセパ交流戦を前にして、先日落合博満・前中日監督がテレビで面白いことを言っていた。

 ひとつは、指名打者制度の活用方法で、パ・リーグと違ってペナントレースでその制度がないセ・リーグのチームにとっては明らかに不利だと言っていた。その理由として、指名打者を組み込んだクリーン・アップ打線をシーズン前に固めることができるパ・リーグと、交流戦のためだけに俄仕立てのクリーン・アップ打線を組むセ・リーグの差だという。前者の方が遥かに強力な打線となる。

 もうひとつに見方は、勝負に拘ることは当然だが、あくまでペナントレースの優勝を狙っているので、例え別リーグのチームに負けても、同じリーグのチームが負ければあまり気にならないと言ったことである。もうすでに真剣勝負ではなくなっているのだ。見かけはファンに面白い試合を提供しているように見えても、チームとしては他チームの勝負の展開次第では、駆け引きがあると述べたことである。流石に百戦錬磨の勝負師は鋭いと感じた。同時にプロ野球界は大丈夫かなとちょっと心配にもなった。

2012年5月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1829.2012年5月16日(水) 沖縄の悲劇

 駒沢大学公開講座の清田義昭講師の講座が始まったので出席した。毎年楽しく聴講しているが、それは普段あまり観ることができない地方のテレビ局制作の問題作、話題作のビデオを見せてくれるからで、大いに参考になる。今日の講義では、終戦後60周年記念として2005年に制作、放映されたNHKドキュメンタリー番組「読谷村史・沖縄 よみがえる戦場」だった。読谷村では村の犠牲者の歴史と記録を残そうと職員が遺族や生存者から聞き取り調査を行って、悲惨な沖縄・読谷村戦史を出版物にまとめた。その経緯をNHKが映像化したものである。中には遺族同士が初めて会って慰めあう奇跡的なストーリーもあったが、日本兵によって島民が殺戮されるような戦争の残酷さも映し出していた。感想を訊ねられたので、遺骨収集の折の体験談とか、沖縄の貧しさ、死の淵に追い詰められた人々の気持ちなどについて私見をお話した。

 特に、今年は清田講師にベオグラードの友人・山崎洋さんがセルビアの抒情詩人ニェゴシュの「山の花環」日本語訳本の出版仲介のお願いをするために、一時帰国中の山崎さんを清田氏が社長を務める「出版ニュース」社で引き合わせてお願いした経緯がある。今日講義の後にその後の経緯について訊ねてみた。清田氏から出版に価する書で、岩波書店へ話を通したいと言っていただいたので、感触は良いのではないかと期待している。

 さて、唐突だが、先日脱原発を訴えてハンストを行った作家の瀬戸内寂聴さんが、「今の日本人」について今夕の日経紙上に「誰もが自分さえ良ければいいという世の中になった気がして仕方ない。隣近所には無関心、道で人が倒れていても知らんぷり。震災後のがれきの受け入れの問題にしても、ともに苦しみを分かち合う仏教の考え方からはありえない。素朴で優しくて、人の痛みを感じていた日本人はどこへ行ったのかしら」と嘆いておられる。その通りである。痛いところを言い当てられた。自らも戒めたい。

2012年5月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1828.2012年5月15日(火) 沖縄祖国復帰40周年記念日を迎えて

 5年前の今日5月15日にHPを開設し、このブログを書き始めた。われながらよくぞ5年間も拙い文を書き続けられたものだと思う。一日も欠かさずまもなく連続2000回に達する。この間チベットで書き、中国、韓国、インドへの旅行中も書き続け、来月はヨルダンとイスラエルでも書き込むつもりだ。

 さて、今日はわが国にとっても、沖縄にとっても忘れられない一日である。沖縄が祖国日本へ復帰の願いが叶って40周年記念日に当たる。本来ならアメリカから施政権が日本に帰ったこの日を記念して国を挙げて祝賀して当然であるが、全体として今ひとつ盛り上がらない。それは日米両政府が約束した米軍基地撤退が今になっても実行されず、沖縄県民が国から半ば見放されたような気持ちになり、本土の人たちが沖縄について理解していないと感じているからだ。これでは心から喜ぶわけにはいかないのも当然だろう。

 40年前復帰当日、沖縄復帰記念式典で当時の佐藤栄作・首相は、「沖縄は本日祖国に復帰した。戦争で失われた領土を外交交渉により回復したことは史上極めてまれであり、これを可能にした日米友好の絆の強さを痛感する」と述べた。その一方で、屋良朝苗・沖縄県知事は「復帰の内容は必ずしも私どもの切なる願望が容れられたとは言えない。米軍基地をはじめ、いろいろな問題を持ち込んで復帰した。これからも厳しさは続き、新しい困難に直面するかもしれない」と復帰の現実的な形を懸念していた。現実には屋良知事の不安が的中することになって、今日も事態は解決されていない。

 沖縄返還の基本方針は言うまでもなく「核抜き本土並み」である。核抜きとは沖縄に配備されていた核兵器の撤去であり、本土並みとは安保条約と関連取り決めが沖縄にも変更なく適用されることを意味する。同時に沖縄県面積の12.6%を占める米軍基地を本土並みに縮小することでもあった。

 佐藤首相は「沖縄の基地は、当然日本の本土並みになるべきものだから順次撤去、縮小の方向にいくと思う」と国会でも答弁している。だが、現実には沖縄県面積に閉める米軍基地は10.2%と依然として高く、在日米軍基地の約74%は沖縄に集中している。40年が経過しても「本土並み」はほとんど達成されていない。

 私自身若い頃沖縄返還運動に若干関わってきた経験から言えば、現状は心より願い期待していた本来の日本復帰とは大きなずれがあり、現実的には思い描いていた祖国復帰とはギャップがあると思わざるを得ない。沖縄県民が思い描いていた復帰イメージを大きく損なっているのである。とりわけ彼らが感じるのは、沖縄は日本国内で同じ日本人から差別されているという意識であり、その鬱積した感情には拭い難いものがある。NHKの調査では、沖縄を理解していると思っている本土の人が71%であるのに対して、沖縄県民は僅か26%である。まったく逆の数値である。更に1996年に橋本龍太郎首相が日米間で合意した米軍基地全面返還が、5~7年内に実施されると述べたのに対して、未だ実施されていないことである。日本への返還が進行しない現実に少しずつ日米間に齟齬と隙間を広げている。返還を前提に考えれば、普天間基地の辺野古への移設問題も本来あり得ないが、これがまたこじれて日米両国間の摩擦が一層高まっている。一部の沖縄県民が抱く差別感には、日本から見放されたとの諦観がある。なぜ自分たちは我慢しなければならないのかとの不満が燻っている。

 これら県民の声に対して、相変わらず政治が機能しない。沖縄問題を子どものオモチャ遊びのように考えていた鳩山由紀夫元首相の如きは、沖縄県民の顔面を平手打ちするようなことをやって平然と沖縄を裏切った。しかも今日ものこのこと沖縄へ出かけ、野田首相、仲井真知事出席の祖国復帰40周年式典で、かりゆしを着て沖縄県民の心の痛みは分かるという心にもないスピーチまでやっている無神経ぶりである。そこには政府の対応に不信感を抱く沖縄県第2代知事・大田昌秀氏の姿はなかった。

 ところで、5月15日と言えば、本ブログで毎年指摘しているように「5.15事件」が勃発した日である。ところが、今朝の新聞にはどこを見ても小さな関連記事すら見当たらない。卑しくも時の総理大臣犬養毅が海軍若手将校に暗殺され、時代は暗い軍国時代へ突き進んで行った大事件である。歴史上国家にとっての大事件がほとんど報道されない現状は、主義・主張の如何を問わず、おかしいのではないか。これは2.26事件についても云えることだ。軍国時代を思い出したくないとか、その暗黒時代に戻りたくないというのとは、話が違う。歴史上の事件であり、正確に前後関係、時代背景を伝えるのはマス・メディアの責務ではないだろうか。

 高校時代の友人・牧野力くんの曽祖父・牧野伸顕が襲われ、難を逃れたのもこの事件だった。そう言えば、私も活動歴を紹介された母校・湘南高校の「湘南大樹」の一葉に、彼は彼の一葉に牧野伸顕の曾孫として紹介されていたっけ。

 今日から駒沢大学マス・コミュニケーション研究所の今年度公開講座が始まった。今日は2科目受講だが、今年は昨年までより以上に週3日5科目を受講するつもりである。どれほど出席できるか少々心配だが、できる限り出席できるよう努力してみるつもりだ。

2012年5月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1827.2012年5月14日(月) 新聞連載小説について

 昨日465回で最終回を迎えた日経朝刊の連載小説「等伯」は、久しぶりに骨太な内容で面白かった。安部龍太郎の小説は初めて読んだ。前回の辻原登の「韃靼の馬」も面白かったが、「等伯」の方が予定外の挿話が多くてより面白かった。現在購読している日経、朝日朝夕刊の4つの連載小説のうち、3つしか読んでいないが、この「等伯」以外はあまり面白くない。

 等伯とは、戦国時代に狩野永徳率いる狩野派に対抗して長谷川派を立ち上げた長谷川等伯(本名信春)のことである。等伯は元々武士の血を引いていたので、その生活と仕事ぶりにはところどころ武闘派的思考と行動が見られる。故郷の越前七尾を出て上京し、屏風絵でいくつもの秀作を描きその技量を高く認められるが、主君浅井家に忠誠を誓い、敵討ち的行動によって信長に遠ざけられ、秀吉に疎んじられながらもひたすら自分らしさと自己主張を貫く。生死を賭けた一世一代の博打的パフォーマンスもあって、中々興味は尽きない。秀吉の嫡男秀頼の実の父親は秀吉ではないのではないかとの疑問も初めて知った。実は、秀吉には種がなく、だからと言って別の男が厳重な警備をかいくぐって淀君の閏房にまで忍び込める筈もなくというように興味津々な話題も提供したが、結論はうやむやのまま終わった。ここは多少フィクションであっても良いからもう少しはっきりさせて欲しかった。

 「等伯」を継いだ次回作品としては、今日から浅田次郎の「黒書院の六兵衛」が始まった。主人公加倉井隼人は幕末の官軍の江戸城入りの先遣隊を務めるようで、初っ端から結構面白そうな予感がする。これから毎朝楽しみに読みたい。

 それはともかくどうして昨今の新聞連載小説はつまらなくなったのだろうか。新聞社があらすじを事前に知らされても、最終的に内容まで突っ込んで吟味することができずにイメージと現実のストーリーが少しずつ乖離して、つい「こんな筈ではなかった」と後の祭りになってしまうことがあるのだろう。

 さて、来月初旬のヨルダン、イスラエル旅行に備えてユダヤ教とイスラム教の書物を手元に積んで読み進んでいる。ちょうど岩波新書のサルトル著「ユダヤ人」を読んでいるところだが、これは第二次世界大戦中に書かれたもので、サルトルはもちろんすでに世を去った。翻訳も物故されたフランス演劇史専攻の安堂信也氏によるもので、初版本は何と1956年に発行された。すでに71刷を重ねているから、多分隠れたベストセラーに違いなかろう。

 宗教について私自身予備知識があまりないので、理解するのに中々難渋するところがある。3年前共著「知の現場」(東洋経済新報社刊)の執筆に当たり、小中陽太郎氏を取材した時にサルトルの話を伺った。小中氏から発せられた「アンガージュマン」という言葉の意味がその時よく分からなかった。「アンガージュマン」とは、英語でいう‘engagement’と同じなので、「約束」とか「婚約」とかいう意味でフランス語では一般的には社会にコミットするということを表現している。サルトルによれば「社会主義革命に向かう立場の決定」ということのようである。小中氏も当初はその意味がよく分からなかったと言っておられた。この言葉を安堂氏はサルトルの哲学の根本思想と位置づけている。ようやく氷解したような気分である。

 まだまだ出発までに読んでおかなければならない本は、イザヤ・ベンダサン著「日本人とユダヤ人」の再読を始めとして山ほどある。

2012年5月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1826.2012年5月13日(日) フランス大統領選とギリシャ議会選挙結果が欧州危機を招来か。

 1週間前に行われたフランス大統領選挙とギリシャの議会総選挙の結果が、両国の経済と社会情勢に大きく影響しそうな様相である。ことはこの2カ国だけに留まらず、ヨーロッパと世界経済にも少なからぬ打撃を与えつつある。遠く離れた日本もその例外ではなく、日経平均株価は選挙後下がりっ放しで先週末には3ヶ月ぶりに9千円を下回った。経済界からもヨーロッパ債務危機の再来なんか考えたくもないとの声が聞こえる。

 フランス次期大統領に選出された社会党のオランド氏は、囁かれているヨーロッパ経済危機や緊縮策への国民の不満を吸収したと考えられている。実際ヨーロッパ経済は昨秋以来マイナス成長に陥っていた。ユーロ導入以来失業率も最悪の10.9%を記録した。オランド氏の「これから改革が始まる」との訴えは威勢が良く、ヨーロッパの新たな出発と気構えは良いが、だからと言ってオランド氏が選挙中訴えてきたように、ここまでサルコジ大統領がドイツのメルケル首相とともにまとめてきた、EU25カ国の財政協定を改定するための再交渉が現実的に可能なのだろうか。すでにメルケル首相は再交渉には応じられないとの否定的な立場を明確に示している。更に、今後緊縮政策への不満を解消しながら、経済成長に重きを置くというが、あれもこれもの両手に花がそう簡単に実現できるとは思えない。オランド氏は当面年金受給開始年齢を一部60歳に戻すとか、教職員を増員するような支出を伴う政策を視野に入れているようだが、苦しい財政事情の中でどう財政規律と両立させていくつもりだろうか。前途は益々もって多難である。

 一方、ギリシャ政界も極めて視界不良である。第1党となった新民主主義党(ND)が第2党の全ギリシャ社会主義運動(PASOK、選挙前は129議席を占め第1党だったが、今回41議席と惨敗して第3党へ転落した)以外の政党と連立政権を組めなくなった結果、過半数に達せず組閣を諦めざるを得なくなった。改めて近い内に総選挙を行う可能性が生まれてきた。だが、財政危機が身近に迫った今、手間隙のかかるそんな悠長なことをやっている場合だろうか。また、第2党に躍進した「急進左翼進歩連合」の若きチプラス党首が債務返済拒否を主張しているが、一昨年の財務危機の際EUの緊急支援によって何とか急場を凌いだはずである。借金を抱えながら返済しようとしない人に今後誰が金を貸すだろうか。時々刻々経済危機は身近に差し迫っているのだ。

 それにしてもその昔ソクラテスやアリストテレス、プラトンを生んだ賢人の国・ギリシャがどうして、現実の政治に賢明な知恵を出すことができないのだろうか。

 もうひとつ疑問を感じたのは、あの外国人好きなギリシャ人がどうして移民排斥を訴えた極右の「独立ギリシャ人(議席数10→33)」や「黄金の夜明け(同0→21)」に賛同し、議席数を大幅に飛躍させたのかもよく分からない。「フィロクセノス」はギリシャ語で「外国人が好き」という、世界でただひとつの言葉を持つほど外国人が好きなギリシャ人が移民排斥とは信じられない。このホスピタリティ溢れる言葉に感激した小田実が著書「何でも見てやろう」の中でこの言葉を紹介して、私もそれを題材にエッセイを書き、「ギリシャ観光局長賞エッセイ入賞」をいただいた。実際ギリシャの地方都市ではギリシャ人のホスピタリティを感じ、「フィロクセノス」を強く意識したほどである。世界の経済的浮沈と金儲け主義の悪弊が、回りまわって本来根っからのお人好しだった素朴な国民性まで傷つけてしまったのかと考えるとつい憂鬱になってくる。

 そんなことも考えさせられるフランスとギリシャの選挙結果、そしてヨーロッパ経済の行き詰まった現状と政治力学の停滞である。

2012年5月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com