ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1835.2012年5月22日(火) 世界一の電波塔・東京スカイツリー開業

 朝からどんよりとした雲行きで、肌寒い陽気となった。日中の都内の気温が13.7℃というのだから晩冬の気候と言ってよい。6年前に計画が具体化されて3年9ヶ月の工期の末完成した東京スカイツリーが今日開業した。すでに話題性が先行していたが、これからも何かにつけ話題となることだろう。10時オープンと同時にどっと予約客が押し寄せ、今日一日熱気に包まれるかと思われたが、生憎強い雨が降り出し展望台からは期待の展望が望めなかった。そのうえ夜になって強風のため上りエスカレーターの運行が中止される有様だった。しかし、下町には台東区内の浅草雷門以外にこれといった名物観光地があるわけではなく、スカイツリーによる経済効果が期待されている。

 高い建物としては、これまでにニューヨークのエムパイア・ステートビル、シカゴのシアーズ・タワー(現ウィリス・タワー)、トロントのCNタワー、シアトルのスペース・ニードル、ナイアガラのスカイロン・タワーに昇っているが、残念ながらエッフェル塔には昇ったことがない。高さという点だけではなくエッフェル塔には、美景、品格、立地などの点で他の最新の建造物には見られない魅力がある。妻と2度目のパリへ行った時、エッフェル塔へ昇ろうと近くまで行ってみたが、塔を取り巻く、あまりにも長い行列に諦めたことがある。それぞれの建物にはやはりそれなりの魅力があるものだ。ただ、「高い」というだけでは、それほど自慢にもならないと思う。その証拠にかつてポーランドのワルシャワにスカイツリーを追い抜く646mの高さのテレビラジオ塔があったが、1991年東西の壁崩壊と同時に取り壊されてしまった。そのまま観光用に改装され現存していれば、今や話題になっていたものと思う。

 今ではアラブ首長国連邦・ドバイの「ブルジェ・ハリファ」が世界で最も高い828mの高さを誇る建造物ということになっているが、634mのスカイタワーは、電波塔として世界一の高さとしてギネス・ブックに認証されたそうだ。

 まあいずれこの電波塔だって世界のどこかに新しい塔が建って追い抜かれるのも時間の問題だろう。スカイタワーも果たしていつまで人々の気持ちに印象として焼き付いているだろうか。

2012年5月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1834.2012年5月21日(月) 132年ぶりの金環日食を見る。

 朝7時32分、頭上の薄曇の中に金環日食を見ることができた。これがこの世における金環日食の見納めである。天気予報通り薄い雲がかかっていたが、先日「ITO-YA」で買った315円の日食グラスでもかなりくっきりと見ることができた。お隣の小学生も道路脇でグラスをかけて空を見上げていた。これまでにも日食や月食は見たことがあるが、やはりダイヤモンド・リングとなる金環日食はある面で最高のものだろう。気の毒なことに台中では天候がぱっとせず、台中市民の恨めしそうな顔が何とも哀れである。富士山頂でも生憎吹雪に襲われ見られなかったという。

 金環日食が次回日本で見られるのは18年後、2030年の北海道だそうだが、日本各地で広く見られるのは300年後の2312年だというから気の遠くなるような話だ。これほど正確に天体の行動を予測できるのは、素晴らしい科学の為せる技かと思ったところ、案外身近な数値が、まだ突き止められていないことはやや意外だった。それは太陽の直径である。こんな身近な距離は現代科学の粋を以ってすれば、わけなく算出できるのではないかと思っていた。月までの距離とか、各衛星間の距離などがとっくの昔に解明されたのに最大の惑星・太陽の直径が判明していなかったとは、実に意外である。それを今回の金環日食が完全に見える金環日食帯を正確に計測して月との距離関係、太陽との距離から直径を割り出すという。小学生にも手伝ってもらうというから、小学生が天体、宇宙に対する好奇心や知識を駆り立てることは間違いないだろう。

 今日見られた金環日食は、地球と太陽の間に月が入り込み一直線上に並んだものだが、今日のテレビ解説を聴いていると、来月6日には太陽の手前を金星が横切る「金星太陽面通過」現象が見られるので、日食グラスを処分しないようにと親切な情報を流していた。生憎その時ヨルダンを旅行中なので、残念だがお目にかかれない。

 さて、昨日大相撲夏場所で初優勝を果たした旭天鵬が賞賛される一方で、今日の朝日夕刊「素粒子」には案の定千秋楽の出場をドタキャンした琴欧州と、負けが込んだ大関陣に対して皮肉たっぷりのコメントが紹介されていた。曰く「旭天鵬の男の涙は美しいけど。優勝争いの一番を休んだ琴欧州。6人の半分が8勝7敗の互助会みたいな大関陣」とある。まったくその通りである。

2012年5月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1833.2012年5月20日(日) 大相撲夏場所で平幕旭天鵬が初優勝

 明朝7時半ごろ173年ぶりに都内で金環日食が見られ、全国的にこんな広い範囲で見られるのは、何と平安時代以来932年ぶりというから一寸信じられない気がする。紫式部は金環日食を見たかなぞというクイズ紛いの話題も供される有様である。そんな中で数日前から天気予報で明朝の天気が細かく「晴れ」の期待を込めて伝えられている。生憎空には雲がかかるようで気がかりなことである。学校などでは太陽などの宇宙系の天体知識を知る良い機会とばかり、授業の一環として教育効果を期待している。小学校などでは丁度通学時間帯に当たるので、授業開始を遅らせてゆっくり自宅で空を見上げてもらおうというところもある。天下の名門・麻布学園では学校を休みにしてまでも、自宅で生徒に金環日食を観測させて研究発表させる計画を立てているようだ。

 一方で明後日東京スカイツリーがオープンするというので熱気が高まり、ここ数日スカイツリー自体と商店街のPRと現状について前宣伝を兼ねて報道している。スカイツリーはしばらくの間は搭乗希望者が多くて予約しないと展望台へ登れないようだが、高い料金にも拘わらず物珍しさで多くの人たちで溢れかえると予想されている。今年10月に開かれる、ある文部省教員海外視察団懇親会の折に登る予定があるので、私は当分周囲から眺めるだけで充分である。

 さて、昨年不始末とスキャンダルだらけだった大相撲が今日夏場所千秋楽を迎えた。優勝は誰も予想もしなかった12勝3敗の平幕力士同士の優勝決定戦となった。モンゴル出身の幕内7枚目旭天鵬が、同じく4枚目の栃煌山を下し昭和以来最年長の37歳8ヶ月で優勝を決めた。平幕同士の優勝決定戦も初めてである。千秋楽の本割で不戦勝の栃煌山が優勝決定戦へ駒を進めるという初めての珍しい一番ともなった。考えようによっては、旭天鵬が横綱や6人の大関のうち5人と戦っていない点に、幕の内最高優勝の資格ありやの疑問なしとしないが、上位者が自滅したと思えば目くじらを立てることもあるまい。

 今場所も序盤戦は今ひとつ土俵が盛り上がらず、相撲景気もいよいよ厳しくなったと思っていた矢先に、後半戦の盛り上がりによって辛くも救われた。初日横綱白鵬が思いも寄らず敗れて幕開けから荒れた。お客の入りもあまり芳しくなく中日までは空席が目立つほどだったが、それが後半に向かうにつれて旋風が巻き起こった。

 当然先場所優勝の横綱白鵬に、先場所準優勝で大関昇進した鶴竜を加えた6人の大関の中から間違いなく優勝者が出るものと思われていた。だが、終わってみれば、白鵬は5敗、鶴竜は7敗と散々の成績だった。結果的にこの混沌とした優勝争いがファンの今までとは違った関心を高め、後半戦で連日満員御礼が出るようになった原因ではないか。

 しかし、常識を疑いたくなるようなでき事もあった。千秋楽当日になって大関琴欧州が前日の怪我を理由に急遽休場を申し出たのだ。普段なら大して問題にもならないところだったが、戦う相手が優勝戦線に残っていた栃煌山だっただけに禍根を残した。栃煌山は不戦勝となり、もし優勝した旭天鵬が本割で負けていたら、栃煌山は千秋楽に戦わずして優勝が転がり込んでくるという椿事となるところだった。これには、相撲協会内部でも琴欧州と親方の判断に批判が集中している。実際優勝争いを観戦に来る熱心な相撲ファンの気持ちを裏切るような軽率な判断だったと断じざるを得ない。八角親方(元横綱北勝海)の如きは「土俵へは這ってでも出てくるべきだ。前日の申し出ならまだ取り組みの割り返しもできた」と怒り心頭である。実際こんなことを繰り替えしているようでは、相撲協会はまだまだ反省が足りない。

 それにしても旭天鵬の37歳8ヶ月という年齢での優勝は、力勝負の相撲では限界を超えていると思う。ありきたりだが日ごろのたゆまぬ努力の賜物ということだろうか。

 プロ野球でも先日2千本安打を放った稲葉篤紀選手や宮本慎也選手のように、40歳を超えた中年選手が頑張っている。こういう姿を見ていると、われわれ中期高齢者も大いに力づけられる。

 結局日ごろから節制と努力を怠らない選手こそがいつまでもプレーできる根拠だということと、面白い勝負と意外性がスポーツの世界では、興味を盛り上げるものだということが今場所の相撲を見ているとよく分かる。

2012年5月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1832.2012年5月19日(土) 大学恩師のお墓参り

 大学ゼミの恩師・飯田鼎先生一周忌のお墓参りをした。私の同期に近いゼミ会員8名で先生の奥様と東武野田線・鎌ヶ谷駅前で待ち合わせ、3台のタクシーに分乗してお墓へ向かった。

 先生がお亡くなりになったのは昨年5月10日で、あっという間に一年が過ぎ去った印象である。このところ一周忌が迫るにつれみんな気になっていたが、漸く今日先生の墓前へ額づくことができてやっと気持ちも落ち着いた。私も心の中で改めて先生に感謝の気持ちを伝えた。帰りに先生のお宅へ立ち寄り、残された写真と懐かしい先生の書斎を見させていただいた。立派な建物に学術書が満載である。あまり書店で目につかない、よだれの出るような書物もいくつかあった。娘さんも息子さんも別居されておられるので、あまり書斎を覗かれることはないようで、奥様は整理が中々大変だと仰っていた。

 今、追悼文集作成のための作業を進めているが、今日は文集へ掲載する写真を見せていただき、10枚ばかり拝借した。誠実で温かいお人柄だった飯田先生像をできるだけ、文集に反映させたいと思い、ご家族と一緒の写真、イギリス留学中の写真、マルクス下宿先の写真、退職記念スピーチ、福沢諭吉記念講演などの写真をお借りした。編集長として恥ずかしくない追悼文集にまとめる責任を感じているところだ。

 今日も先生とゼミの思い出話は尽きることがなく、お宅を辞してから新宿まで出かけ、「新宿ライオン」で内輪の弁論大会となった。キリスト教、ユダヤ教、ホロ・コースト、ナチ、北方領土問題等々、一献傾けながら談論風発する気風は相変わらずで、「思うことと言いたいことを自由に言う」ことが飯田先生の教えであり、飯田ゼミの気風でもあり遺産でもないかと思っている。

 われわれゼミの仲間は同じ学年というだけではなく、年齢を超えて同じ学問的志向で結ばれた同志が、素晴らしい恩師に教育を受ける幸運に浴したものと心より感謝している。

2012年5月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1831.2012年5月18日(金) お粗末なアマ・スポーツ界の対応

 日本アマチュアボクシング連盟がお粗末な対応で日本選手のロンドン五輪出場の可能性が遠のいた。お笑いタレントの山崎静代選手が出場した世界選手権でベスト8入りを目指して五輪出場を狙ったが、敗れた。これでチャンスが遠のいたと受け取られているが、実際には世界選手権の結果ではなく、五輪出場権はアジアで一人の枠をクリアすることだった。もう間に合わない。日本オリンピック委員会は、ボクシング連盟へ資料を配布していた。資料を受け取ったボクシング連盟の軽率な解釈と杜撰な対応の結果、まだチャンスがあったかも知れない五輪出場の夢は掌中から逃げて行った。

 一方で、先日五輪マラソンにカンボジア代表と決まっていた猫ひろし選手が、国際陸連からカンボジア選手としての無資格を問われ失格した。これはカンボジア陸連のドジと言えるかも知れないが、猫選手の判断、彼を取り巻く陸連関係者に甘い判断があったと言わざるを得ない。

 この二つの五輪がらみのトラブルには、失礼だとは思うが大人としての律し方ができていない大人の姿が浮かんでくる。ボクシング連盟関係者には、大事な出場への申請書ぐらいしっかりチェックしろよと言いたい。マラソンの猫選手には、なぜ生活の基盤が日本にありながらカンボジア代表選手を狙うのか、カンボジア選手の権利を奪うことになりはしないだろうか、と考えると自分の権利主張ばかりでなく、もっと広い意味でもう少し他人への思いやりが必要だったのではないかと思う。

 自分だけのことしか考えない人間が多くなった。今日も東横線で終着渋谷駅に着いた時、車内にぐっすり眠ったままの学生風の若者がいた。肩を叩いて「渋谷に着きましたよ」と起こしてあげたら、一声唸って目を覚まし、そのまま黙って立ち去った。こういう周囲の人や、ちょっとした親切な行為に対して何も感じない嫌な奴が増えてきた。

2012年5月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com