ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1845.2012年6月1日(金) 楽しみなヨルダン旅行

 明後日からヨルダンとイスラエルへ出かける。「JTBルック」ツアーに参加し、ツアーがヨルダンを離れる当日ツアー一行と別れて、単身アンマンとアブダビに1泊ずつ滞在して2日遅れの11日に成田へ帰る予定である。控えの日程表を妻に渡したら、不安そうにアンマンとアブダビのホテルが決まっていない理由を尋ねるので、それならと愚妻を安心させるために、今日インターネットでアブダビ海岸沿いの「シェラトン・アブダビ・ホテル&リゾート」を予約した。税・サービス料込みで9,399円だった。アンマンについては、45年前に宿泊した「ホテル・アルカサール」を現地で予約したいと考えている。

 しかし、この「ホテル・アルカサール」が昔通り現在も営業しているかどうかが少々気になるところである。あの当時は中東戦争により戒厳令下にあり、街には軍用車や軍人ばかりが目につき、外国人観光客なぞほとんどいなかった。ホテルもこじんまりした古い石造りの建物だった。だが、このホテルはアンマン旧市街の目抜き通りに面して、目の前にローマ時代のコロシアムがあるという絶好のロケーションにあり、しかも空港案内所が薦めてくれたホテルだ。それなりに信用のあるホテルだったのだろう。だが残念ながら、ホテルリストをいくら探しても同じ名前のホテルは見当たらない。あれはいかにも伝統のありそうな3階建ての古いホテルだった。今では市内に欧米系の近代的なホテルが進出する中で地場資本としてはやっていけなくなったのかも知れない。もし建て直しされていたら、多分45年前に私が宿泊した痕跡なんてなくなって、しかめっ面の軍人に尋問された支配人室なども検証することは絶望的だ。

 何とかして当時の身が震えるような鮮烈な臨場感を呼び覚まして、アンマン市内を歩き回ってみたい。アラブ諸国の中でも比較的治安が安定している今日のヨルダンは、あの第三次中東戦争でヨルダン川以西をイスラエルに占領され、不倶戴天の敵とまで言われたお互いがこれほどスムーズな外交関係を築き上げているとは驚きである。しかも、陸路で国境を横断できる現状にはつくづく時代は変わったものだと思う。もちろん油断はできないが、今では軍隊に捕捉されたような、ぴりぴりした危険な治安ではないだろう。不安の中にも大いなる期待と楽しみがある。ちょうどその日、8日は日本対ヨルダン戦のサッカー・ワールドカップのアジア最終予選が日本で行われる。ヨルダンにもきっと友好的なムードが生まれてきている筈だ。現地でも日本に対する関心が高まって、興味本位にサッカー談義に引きずり込まれるかも知れない。

 それに引き換え、北隣のシリアの国内の混迷は益々酷くなるばかりである。アナン前国連事務総長がアサド・シリア大統領に会い、政府軍による人民への暴力的弾圧を止めるよう説得しているが、一向に効き目がない。

 ついに堪忍袋の緒が切れたか、アメリカのクリントン国務長官がロシアに対して名指しで非難口撃をした。シリアに対する武器の輸出を止めるようにとの忠告である。ロシアも中国も内政干渉は控えるべきと主張しているが、所詮中ロが自分たちの都合を代弁する都合の良い弁護こそが残虐行為を野放しにしていると欧米諸国から批判されている。この間に毎日罪もないシリア人の尊い命が失われていく。変わらないのは、世界紛争の火種は今もアラブ諸国のどこかにあるということである。

2012年6月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1844.2012年5月31日(木) やはり原発を稼動するのか。

 原発再稼動の動きが急激に加速している。あれほど原発反対の声が高まり、福島原発事故の収拾も、事故検証もまだ終わらず、脱原発の流れは変わらないというのに、突風のように慌てて再稼動へ舵を切ろうとする意図は何か? 確かに真夏の電力消費ピーク時を憂慮した電力供給不足を何とか回避しようとの気持ちは理解できる。だが、賛否の議論を半ばにして打ち切り、強引に再稼動しようとする手順には、追い詰められた原発賛成派の遮二無二原発を再開しようとの執念というか、怨念のようなものさえ感じる。空恐ろしいことである。

 大向こうを唸らせることにばかり熱心な橋下徹大阪市長は、暫定との条件付で大飯原発再稼動を受け入れると表明した。やはりメッキが剥げたと言うべきだろうか、本音が表われたようだ。見得を切って格好の良さばかり売り込んでいるが、所詮その本心は一般庶民の声をないがしろにする大根役者である。

 今朝の朝日のトップ見出しは「首相、再稼動決断へ」であり、経済紙日経にしても「大飯原発、再稼動へ」とある。内容を読むともう大飯原発再稼動は既定路線のようで、いかなるニュアンスであろうと反対と受け取ってもらえるうわべたけの発言をしても、真意は再稼動を容認することが明白になってきた。こういうだまし討ちのような決め方はいかがなものだろうか。関西広域連の受け入れ容認や関西経団連の強い再開要望に、結局政府が折れたと見るしかない。これで近いうちに条件付ながらも大飯原発が稼動し、他の原発も雪崩現象的に再稼動へ踏み切り、震災以前の「原発は安全で安心、安い」のキャッチフレーズの下に、電力の無駄遣いをやる。そして、放射能の恐ろしさが忘れられた頃、いつの日にか再び原発事故を引き起こすという恐ろしい構図が目に浮かんでくる。憂慮すべき事態である。

 さて、今日の新聞を見ていて妙なところが気になった。今朝の朝日は全紙38頁である。新聞は通常B全紙を二つ折りにして見開きとして頁を重ねるので、4の倍数が普通で、今朝の新聞なら40頁か、36頁であるべきなのに半紙が1枚入って38頁となっている。手間隙かけてなぜこんな中途半端なことをやっているのだろうか。ちょっと気になった。全面広告頁が10頁もある。その他の広告頁を加えると全体の半分近くが広告ということになる。結局読者は購読料金のうち、気が向かなければ読みもしない新聞購読料を支払わされているわけである。どうでも良いことかも知れないが、どうもよく分からない。

2012年5月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1843.2012年5月30日(水) 野田首相は原発問題にどう立ち向かうのか。

 今朝の朝日新聞一面に「原発なしでは、首相『生活成り立たぬ』」とある。あれっ、いつの間にか野田首相は原発賛成派に転じたのかと思わせる記事である。首相はこれまで菅前首相の脱原発路線より一歩後退したが、減原発の立場を取ってきたと信じていた。それが記事をよく読んでみると「電力供給の3割を担ってきた原子力発電を直ちに止めては日本経済、国民生活は成り立たない。安全性や必要性が確認された原発は、関係自治体のご理解を得つつ、再稼動について判断していく」と衆議院本会議で語った。完全に態度を豹変させた。

 昨日原子力安全改革2法案が審議入りしたのに合わせた質問に応えたもののようだが、原発再稼動へ向けて姑息な手段により外堀が少しずつ埋められつつある。経済産業省が電力会社の発電部門と送配電部門を分ける発送電分離を進める腹を固めたことも原発再稼動と無縁ではないと思う。

 それより何より、一昨日国内電力のうち原発の割合をどれくらいにするかということについて経産省の審議会が4つの選択肢を最終決定したばかりではないか。当然そのひとつには2030年には原発をゼロにする案も含まれている。にも拘わらず早くもその翌日、原発行政に大きな責任を担うべき首相が、審議会の案を無視するが如き早目に原発再稼動を語るなぞ、無責任と軽率のそしりを免れないと思う。一国の総理大臣ともあろう者が一体何を考えているのかと問いたい。これでは原子力行政はメチャクチャで、審議会や委員会がいくら最善の案を提案しても意味がないのではないか。周囲の顔色ばかり窺っているような野田首相のカメレオン的態度には、関西電力大飯原発を再稼動させるために福井県に同意を要請し、逆に西川一誠知事から原発が重要な電源として住民から理解されるよう首相から国民へのメッセージを求められたことがその背景にあるのではないか。知事は福井県や自分の意向や責任で原発再稼動のイニシアチブを取りたくない。電力は国のエネルギー政策であると説得して、その後押しを態度が煮え切らない野田首相に委ねたのである。野田首相ばかりでなく、みんな自分の意見や希望をひた隠しにして、表立って批判を浴びたくない様子がありありである。その陰で上手に有利にことを運ぼうとする。ことは国家戦略である。よく観察しているとずる賢いやり方だということが分かってくる。こんなことで野田首相以下国会議員は国のエネルギー政策をリードしていけるのだろうか。

 さて、今日注目の野田、小沢会談が開かれた。野田首相としては小沢民主党元代表へ消費増税法案への協力を要請し、小沢氏の翻意を促すつもりだった。だが、予想通り小沢氏は自説を曲げず、議論は平行線に終わり、会談は実りのないものとなった。はてさて野田首相は多くの難題を抱え込み、これからどうやって政権を運営していくのだろうか。

2012年5月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1842.2012年5月29日(火) シリア国内の混迷がヨルダンへ及ぶことはないか。

 来週から中東へ出かける。その中東・アフリカの中で質的には状況はやや異なるが、世界の注目を集めるような社会情勢の変容と混乱がある。

 そのひとつはエジプトの大統領選挙である。エジプトでは、昨春「プラハの春」ならぬ」「ラブの春」として30年間君臨したムバラク政権が倒れ、早い時期に民主国家の誕生が期待されたが、1年以上を経過して未だ民主的政治機構と統治が確立されていない。その最大の課題であるポスト・ムバラクのリーダーがまだ決まらないからである。先週漸く大統領選挙が実施されたが、過半数を制した候補者が見当たらず、上位二人による決戦投票が来月半ばに実施されることになった。

 第1回の投票で1位となったのが、穏健派イスラム団体ムスリム同砲団が推すムハンマド・ムルシ氏で、2位がアフマド・シャフィーク氏である。このシャフィーク氏というのが中々の曲者で、実は失脚した晩年のムバラク政権下で首相を務めていた。本来ならムバラク氏同様に追放処分を受けて当然の人物であると思う。今更どの面下げてと言いたいような御仁である。しかも元空軍司令官でもあった、れっきとした軍幹部である。ムルシ氏とシャフィーク氏の差は僅差であり、イスラム宗派と軍部との勢力争いに発展することもあり得る。

 仮に正当な国民の総選挙によって選ばれた大統領ということになっても、かたやイスラム教国家としての力が強まるか、こなた似非軍事政権になるかという民主化とはかけ離れた政権になりそうである。期待した民主国家への道は極めて厳しいものと言わざるを得ない。あれほどムバラクはもう堪えきれない、我慢の限界であるとばかり、一旦は民主化運動の流れの中で悪名高き独裁者を追放しても、とどのつまりは宗教指導者か、ムバラク継承者の軍人になってしまうのではあまりにも寂しい。早晩周辺国にもその影響は及んでくるのではないだろうか。

 国民の半数以上が新しい国を背負う政治家に期待しないというのだから、国家再建は道遠しである。実際第1回選挙の投票率は46.2%で半分の50%にも満たない。いろいろな要因はあるだろうが、まだ民主国家、また国民としての精神が成熟していないということだろうか。これでは新政権が発足しても早晩新たなトラブルが起きそうな気がする。

 もうひとつの懸念材料は、旅行先ヨルダンの北隣シリアの国内情勢が益々流動的になり、一層危険な様相を帯びてきたことである。

 27日にホウラで起きた100人以上の住民虐殺事件を憂慮して、即時首都ダマスカス入りしたアナン前国連事務総長はアサド大統領と会い、一時的停戦などの調停案を守るよう強く説得する。これまでシリアの立場を擁護していたロシアと中国の中でもロシアは、虐殺に関与したのは政府側との西欧側の言い分に若干譲歩する姿勢を示した。しかし、シリア国内に利権を持ち、シリア内の体制が代ることを危惧するロシアと中国は、基本的には相変わらずアサド政権を支持する考えを崩していない。他国がシリアに物申すのは、内政干渉だとの主張を繰り返している。これまで散々他国への内政干渉を行ってきた両国がよくそんなことを言えるものだ。イスラム教内宗派の対立もあって西隣国レバノンにも火種が燻んできた。これからシリア内の対立がレバノンへ波及しないよう望んでいる。

 まかり間違っても旅行先ヨルダンへ火の粉が飛んでこないことを祈るや切である。

2012年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1841.2012年5月28日(月) 原発事故の消えない不安

 福島原発事故に対する検証と再発防止に関する調査がいろいろな形で進められている。すでに「福島原発事故独立検証委員会」なる民間の調査・検証報告書が出され、私もその分厚い調査書を入手し、ぱらぱらと目を通した。一部には民間事故調と言えども、必ずしも公平ではないとの意見も聞かれる。

 昨日国会事故調査委員会が開かれ、事故当時官房長官だった枝野幸男・経済産業相を参考人として出席した。枝野氏はメルトダウンの公表や住民への避難指示のあり方について反省の意を表明したが、人命にかかわる緊急事態発生について、原子力の専門家ではない政府がどの程度イニシアチブを取って情報発信と管理をすべきかという点で難問を突きつけられたように思う。

 今回特に問題になったのは、東京電力が水素爆発を察知して全面撤退を言ったのか言わなかったのかという点と、当時の菅首相がヘリで現場に乗り込み、東電の指揮系統を無視して現場で口出ししたことが妥当だったのかどうかという点である。

 結局水素爆発は起きた。だが、全員避難するまでのことではなかったと簡単に結論付けられては困るのだ。もし、仮に放射性物質が漏れて住民が全員避難という事態が現実に起きたら、周辺地区のみならず、日本全体はどうなっただろう。原子力には想定外の事態が予想されるではないか。こんな危険なものを再び稼動させようとする神経は人間の知恵とは遥かにかけ離れたものである。

 一昨日ペンクラブの懇親パーティ開催に先立って、先般チェルノブイリを訪れ、事故後26年も経過して今も引き摺る悲惨な現状を見て、ペンクラブ環境委員長・中村敦夫氏が悲惨を通り越して人類の破滅との話をした。今日も国会事故調では菅前首相を参考人招致して、当時の状況を聞きただしていた。原因究明は大事だが、一番大事なことはこんな危険なエネルギー源はもう止めるより他ないのではないか。

2012年5月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com