充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1890.2012年7月16日(月) 新聞連載小説と現実の相似性
日本各地の気象が荒れに荒れている。九州北部を襲った豪雨は一段落したかと思いきや、再び九州地方は豪雨に襲われている。本州日本海側と東北地方、特に青森も激しい雨のようだが、打って変わったように関東地方だけは猛暑日となり、朝から日差しが強い。東京八王子では36.5℃を記録したし、今日の全国最高気温は群馬県館林の37.6℃だった。日本で一番暑いと言われる熊谷市では36.3℃を記録した。蒸し暑さも相当なものだ。
さて、このところ連日滋賀県大津市の中学2年生の自殺について、いじめ事件ではないかとメディアが大きく報道しているが、とりわけほとんどの民放局のエンタメ番組で、教育専門家を呼んで、その原因や防止対策についてあれこれ話が尽きない。
ところで、先日本ブログにも書き込んだが、直木賞作家・奥田英朗の朝日朝刊連載小説「沈黙の町で」について、作者自身が今朝「連載を終えて」と自分の考えや感想を書いている。
実は、偶々この事件と時を同じくして学校内の少年自殺事件を取り上げ、その筋書きに興味を抱いていたところ、突然話の腰を折られたように連載が「完了」となってしまった。ストーリーが終わったようにはどうしても考えられなかったからだ。なぜだ?と狐につままれたような不思議な気持ちでいたところ、本人も気になったのか次のようなコメントが述べられていた。
「裁くつもりはさらさらなく、ただ登場人物の声に耳を傾けただけである。したがって結論もなければ着地点もない。一人の少年が死んだ。それを巡る周囲の人間の、心の揺れを描いてみたかった」と語っている。でもこれでは読者の気持ちに応えていないと思う。作者も現実の大津市の事件に相当衝撃を受けたようで、こうも付け加えている。「書き終えた直後、奇しくも現実の世界で中学生のいじめ事件が発覚し、世間を揺るがせた。わたしはこのことに恐怖を覚えている。もしも執筆時と重なったら、書けなくなったかもしれない」とまあこんな心境を述べている。作者の気持ちは分からないではない。しかし、読む方の立場としては、中途でおいてけぼりを食ったような釈然としない感じであり、やはり物足りないものを感じるのも事実である。
朝日は今の夕刊連載小説の前でも中途半端な終わり方をした。確か中国人作家・楊逸の作品「獅子頭」がそうだった。あれも中途半端で終わってしまったような気がしている。新聞小説のちょっと気に入らないところだ。
そう言えば、奥田作品の次の連載小説、筒井康隆著「聖痕」も始まったばかりの第4回目だが、出だしから何が何だかさっぱり分からない。いつになったら気楽に楽しむことができるだろうか。それにしても新聞連載小説は、あまりにもでき、不できが甚だしいと思う。
1889.2012年7月15日(日) パリからニューヨークへ鉄道旅行は可能か。
この数日熊本、大分両県を中心に九州地方を襲った豪雨が、更に北上して福岡県に大雨を降らせている。すでにこの集中豪雨で20名を超える犠牲者が出ている。大きな河川も堤防が決壊して田畑に豪雨が流れ込み、悲惨な状態である。恐らく農業に相当な被害が出ているのではないだろうか。
わが家では、新潟の二男家族が昨日1歳半の子どもを連れて東京ディズニーランドへ遊びに出かけ、妻をTDLへ呼んで合流しそのまま自宅へやってきた。早速夕食のおねだりをされ息子の大学ラグビー部時代の先輩が、横浜市都筑区内でオーナーをやっているイタリアン・レストランへ出かける。自宅を出る前に別のイタリアン・レストランのメニューちらしを見て「サンドウィッチ・BLT」とある。このBLTとは一体何なのか見当もつかない。ところが、妻も息子も「B」はベーコン、「L」はレタス、「T」はトマトと平然と応える。何と言っていいか分からないが、最近の過剰な略語造語ブームにはお手上げである。
尤もあの堅いNHKですら、朝から生放送で「あさイチ」だとか、「おはスポ」なんて堂々と造語的略語を使って当たり前のような顔をしているのだから、知らない方が悪いのかもしれないと思ってしまう。息子たちは今日午前中も妻にせびって「トイザラス」へ買い物に連れ出してから新潟へ帰って行った。
このアメリカのオモチャメーカー「トイザラス」の意味をアメリカ人で知っている人があまりいないから面白い。いつかアメリカの小学校で、先生に尋ねてみたがご存知なかった。私が‘Toys are us.’(オモチャは私たちのもの)を詰めたのではないかと言ったら、「そうかも知れない。きっとあなたの言うとおりだと思う」と言ってくれた。一度日本のトイザラスで聞いてみたいものだ。
さて、今朝の朝日新聞のトップはシベリア鉄道に関する記事だ。11年前にシベリア鉄道で大陸を横断した時は、あまり頼りがいがない気がしたものだが、現在ではかなりハード面が整備され、貨物列車の物流が大幅に向上したようだ。特に車の輸送に大きな力を発揮している。船の3倍以上のスピードで目的地へは輸送できる。コスト的にもかなり経済的である。ヨーロッパから極東へ、またその逆コースで近年では自動車産業なぞは、船舶よりシベリア鉄道を優先的に使うようだ。
シベリア鉄道の潜在能力が急速に評価されるようになったおかげか、長距離輸送手段として長距離列車が脚光を浴びるようになった。そのため他の長距離鉄道も新たに開発が検討されるようになった。驚いたことにベーリング海峡に海底トンネル工事が考えられている。世界一の海底トンネルである青函トンネル(54km)より遥かに長い86kmの距離である。それ以外にも厳しい冬季の寒さ対策は大丈夫だろうか。
鉄道技術の進歩は目覚しいものがあり、やればできるかもしれない。朝日にも書かれていたが、実現すればパリからニューヨークへ陸路を旅することが可能となる。夢は大きく膨らむ。問題はざっと4兆8千億~5兆6千億円と算定される巨額投資額である。あるNGOの代表が語る「シカゴから北京まで鉄道で結ぶと、距離は船の航海ルートの約半分」の言葉が背中を押してくれるだろうか。
夢としては壮大で、実現すれば大きな経済効果をもたらすだろう。期待をしつつ明るい結論を待ちたいと思う。
1888.2012年7月14日(土) オスプレイ問題をどう解決しようと考えているのか。
沖縄・普天間米軍基地に配備される予定の新型ヘリコプター・オスプレイについて、地元沖縄はもとより、その前に一時的に配備される山口県岩国市でも強い反対の声が上がっている。今年になって海外で2度も墜落事故を起こして、その安全性が大いに疑問視されている。そこへまたもやアメリカで墜落はしなかったが、緊急着陸してその安全が改めて大きな障害となっている。
沖縄や山口だけに留まらず日本国内各地からオスプレイ飛行反対の動きが出てきた。にも拘わらず、アメリカ政府は既定方針通り岩国の一時配備、そして沖縄への常駐配備の考えを変える気持がないことを断言した。中に入った森本敏・防衛大臣は沖縄県の配備反対の声をアメリカ政府に伝えるというだけに過ぎなかった。
そこへ最近になって全国的に高まってきたオスプレイ配備反対の声は、飛行訓練コースとして国内地上の7つの訓練コースが知らぬ間に設定された自治体から出てきたものである。なぜ低空で日本の上空を訓練飛行しなければならないのか。この点について日本政府は自治体に説明しようともせず、アメリカに対して訓練飛行を中止するよう抗議しようとの姿勢も見られない。アメリカは日本の世論を無視してこのまま既定方針通りオスプレイ沖縄配備を強行する構えである。
これでは日米安保の事前協議の精神にも悖るし、アメリカに日本の気持ちを斟酌する考えなぞまったく感じられない。下手をすると日米間の友好ムードを損なう恐れがある。
なぜ日本政府はこのオスプレイ問題でアメリカ政府に強くねじ込めないのか。また、アメリカはどうしてこれだけ反対意見のあるオスプレイを一方的に押し付けようとするのか、どうも理解に苦しむ。
昨日になって民主党の前原誠司・政調会長が党として政府にアメリカへ安全性について申し入れるよう要望したと述べたが、何を今更という気がしてならない。また始まったかという感じである。この自分本位の御仁の行動はどうもよく分からない。こんな「自分たちの生活が第一」と考えているような人物が、今も大きな顔をしていること自体、民主党の中がぐじゃぐじゃだということだ。この口先だけの政党はもうお終いだろう。
1887.2012年7月13日(金) 衝撃的な自然災害と中学生自殺事件
このところ、自然災害と学校教育のでき事が日本中に大きな衝撃を与えている。自然災害について言えば、その現象は一昨日から九州地方を激しく襲っている集中豪雨である。活発な梅雨前線が停滞して、その影響で記録的な豪雨に見舞われた熊本県と大分県では、昨日現在18名が犠牲となり、行方不明者も10名を越えている。熊本県阿蘇市では、1978年の統計開始以来1時間当たり雨量は最多を記録した。実際テレビ画像で河川を流れる洪水の勢いと早さを観ていると空恐ろしくなってくる。こんなに川面が波を打っているようなシーンはあまり見たことがない。
もうひとつのでき事は、滋賀県大津市内の中学2年生の自殺を巡る騒動である。昨年生徒が自宅マンションから飛び降り自殺したのは、以前から同級生のいじめによるものではないかと疑問が出ていた。学校は否定しているが、こっそり生徒へのアンケート調査をやって事実を把握する姿勢を示した。その中には「自殺ごっこ」や「葬式ごっこ」をしていたとの記述があった。それにショックを受けた学校が右往左往し出した。だが、そのことを保護者には言わず、「いじめ」と自殺との間には直接的関係はないと突っぱねた経緯がある。それが、ここへ来て学校と大津市教育委員会の対応が稚拙だったせいもあり、大ごとにしてしまった。改めて大津市長が「いじめ」と自殺との間には関係があると思うと述べ、市に調査のための委員会を立ち上げ、市長自ら真相の解明に当たると発表した。これに追い討ちをかけるように、昨晩は滋賀県警が神聖な教育の場である学校内の立ち入り捜査を行うという衝撃的な事件に発展してしまった。
多くのメディアが取り上げ、専門家の論評を交えてこの自殺事件の行方を追っている。ことが中学生のこと故あまり騒ぎ立てるのもどうかと思うが、改めて中学生のいじめ事件というものを考えさせられた。
偶然朝日朝刊に連載中の奥田英朗作「沈黙の町で」が、中学生の死亡事件を取り扱い、事故死か自殺かで物議を醸している。それが昨日420回目で突然終わってしまった。最近の新聞小説は突然完了という筋書きが多い。あれっ、まだ終わっていないではないかというのに完了となってしまう。奥田作品もその類で、中途で腰を折られてしまったような気分である。
大津の中学生自殺事件も新聞連載小説と同じように中途半端で終わらないよう、納得できるような解決方法を探って欲しいものである。
さて、今日は日比谷の東京會舘で開催の日本ペンクラブ例会と、近くの日本プレスセンターで開かれるゼミ恩師の追悼文集編集会議が重なってしまった。編集長として追悼文集の編集を主導する手前会議を進める必要があり、プレスセンターへ出かけた。ほぼ原稿も出揃ったので、あとは各頁のレイアウトを仕上げて、レイアウトと組版をきちんとやって、全体的に体裁をうまく仕上げられれば良い。何とかゼミ会員の期待に応えたい。会議の後で夕食をプレスセンター10階の「アラスカ」の高級ディナーをピアノの生演奏付で賞味する。そこで、何とそのゼミの先輩である利光國夫さんにばったり。ゴルフ仲間との懇親だそうだが、こんなこともあるか。
1886.2012年7月12日(木) 新党「国民の生活が第一」は、大丈夫か。
昨日民主党を離党した小沢一郎・元代表以下民主党衆議院議員37名、参議院議員12名が新党結成を発表した。新党の名称が「国民の生活が第一」という民主党の公約をそのまま新党に使っている。
どうも従来の政党らしい名前ではなく、政権公約とか、スローガンを党名につける風潮が出てきたのだろうか。海外では「オリーブの木」とか、「みどりの党」という名があるが、日本では「みんなの党」や、「立ち上がれ!日本」のようなちょっと変わった名前でも中々馴染めない。それが、「国民の生活が第一」と国民向けの名前をつけたが、本音は「自分たちの生活が第一」ではないのかとつい勘ぐりたくなる。
小沢氏は過去にも3度も離党し、新党を結成している。新党はいずれも合従連合を繰り替えして、結局は小沢氏は天下を取るまでには至っていない。今度も政界通に言わせると、以前党を割って新党を結成した時に比べて国民の目は冷ややかだと診断している。下手をすると小沢氏にとっても命取りになりかねず、これが最後のパフォーマンスとなって、求心力を低下させていく可能性もある。
今度の民主党分裂、それに伴う新党結成は民主党の「消費税を上げない」とのマニフェストに反するとして、新党はこの消費増税法案の撤回のために戦うと威勢はよいが、三党合意のうえで衆議院を通過した法案を阻止するのは至難である。小沢新党は、消費増税反対と脱原発を主に主張しているが、主張自体は受け入れられても、現状の財政状態を勘案すると、その前に財政基盤が潤うような主義、政策を詳らかに公表する必要があるのではないか。
ただ、それ以前に新党自体の財政基盤は大丈夫なのか。党員は1年生議員が多く、次の選挙に勝てる可能性のある人は少ない。また、政党交付金も来年4月までもらえない。行き倒れ状態にならなければ良いがと他人事ならず、気にかかる。大山鳴動して鼠一匹出ずにならないことを願うばかりである。