ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1905.2012年7月31日(火) 柔道の二重審判制度に疑問

 オリンピックも日に日に気分が盛り上がってきているようだが、昨日柔道男子66kg級の試合を観ていて少々不明瞭な判定に驚かされた。日本の海老沼匡選手と韓国選手がともに相譲らぬ好勝負となり、延長戦に持ち込まれた。結果は判定となり、やや海老沼選手が有利と見られていたにも拘わらず、主審と2人の副審がともに韓国選手の勝ちとした。そこですかさず、試合の判定をビデオでチェックしているジュリーが異議を申し立て、協議の末審判3人はいとも簡単にジュリーの判断に従い判定を覆し、海老沼選手の勝ちと一旦出した判定を訂正したのである。誰が観てもこの勝負は、海老沼選手が勝っていたと思っていただけに、勝敗が正されたことは評価できるにしても、3人の審判員が揃いも揃って判定を変えたのは、審判の権威を歪める行為以外の何物でもない。どうしてこんな杜撰な判定がオリンピックの場で許されるのだろうか、疑問に感じられてならない。

 そもそもこのジュリーという存在とそれを認めている審判制度自体が、よく理解できない。この試合でも延長戦に入ってから海老沼選手がかけた投げ技で、一度は主審が「技あり」だか、「有効」だかを宣告した。これで「勝負あった」の筈だったが、ジュリーの声で取り消された伏線があった。この投げ技がジュリーの判断に微妙に影響していたと考えられるのではないか。2度までもジュリーは、審判団の判定にアピールし、自論を押しつけた。勝負判定について試合場に最も近い場所で権限を与えられている筈の審判が、マット下でビデオをにらめっこしているジュリーより権限がないという摩訶不思議に驚く。こんな審判ジュリー制度はかつてなかった。それがどうして、審判の権威を損なうような二重審判制度を採用したのだろうか。

 2000年シドニー・オリンピックの決勝戦で日本の篠原選手がフランスのドイエ選手にかけた返し技が決まったと見られたが、意外にもドイエ選手の勝ちと判定され、この勝負判定が疑惑を抱かれて、シドニー以降審判が見えない角度をビデオを基にジュリーが判定するという、奇妙な二重審判制度を導入することになった。

 しかし、これでもオールマイティというわけではない。ジュリーの権威が高まる一方で、相対的に審判への評価が下がっている。大会の審判の選定も、ジュリーが行うという制度の下では、審判がジュリーのご機嫌取りを行うことも考えられる。

 これだけに留まらず、柔道が世界的に普及しつつあるのは喜ぶべき現象であるが、日本の武道から発展した心身のバランスが取れた精神的スポーツである点を考えると、柔道が他のスポーツが目指している「技と力を駆使して勝負を決するスポーツ」に傾斜していくことに大きな違和感がある。ロンドン大会会場からも柔道への熱気が感じられるが、本来の精神修養のための武道の精神が少しずつ損なわれているように感じられて少々残念である。

 勝負の後の勝者のガッツポーズが目立って、お互いの健闘を称えるべき礼儀がないがしろにされているように思われることがしばしばある。試合中でもほどけた柔道帯をきちんと結ぶよう主審が注意すべきなのに、主審にもあまりそういう動作は見えない。日本柔道連盟が、国際柔道連盟に対してきちんとその辺りの柔道本来の精神的なものについてどれほど説明しているのか。疑問が残るところである。

2012年7月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1904.2012年7月30日(月) 次代のエネルギー政策について真剣な議論を

 政府が将来の原子力政策、とりわけ脱原発か、原発推進か、について一向に指針を出せないでいるが、今国民の声を聞く意見聴取会が全国各地で行われている。昨日は広島と那覇で開かれた。

 大雑把に言えば、2030年までにわが国の原発比率を、経済発展に大きくブレーキをかけない程度でどの程度原発を容認すべきかという国民の受け入れ容認度を話し合っている。それは、①全原発廃炉=0%、②15%、③20~25%、の3つの選択肢に分けられている。①0%以外は、積極的、消極的を問わず、2030年までは原発再稼動を認めようということである。原爆の被災地である広島で絶対受け入れないと回答した人は約7割であるのに対して、那覇ではそもそも来場した人が少なかったとはいえ、全員が0%を選択した。これまで8会場における割合は、①70%、②11%、③17%という数値を示した。この数値をどう見るか。

 すでにこういう調査を行うことに消極的で、一日も早い原発再稼動を望んでいる経済団体などでは、このほど経団連が意見書をまとめた。

 経団連が作成した「2030年における経済への影響」によれば、10年実質国内総生産(GDP)実績が、①の場合▲8~45兆円、②の場合▲2~30兆円、③の場合▲2~28兆円、落ち込むと予想している。このほかにも家庭の可処分所得が、それぞれ、57万円、38万円、34万円減ると予想している。失業者数も10年度実績・297万人が、①486万人、②419万人、③405~412万人にまで増えると想定している。

 はっきり言って経団連は原発を止められては困ると圧力をかけているに過ぎない。原発割合を0%とする案では反って国民負担を強いると批判しているのだ。先に反対ありきである。代替エネルギーの開発に関しても、あまり前向きな意見が出てこない。米倉弘昌・経団連会長が「過度の楽観的な前提を置いている。実現しないとどうなるのか空恐ろしい。誰が責任をとるのか」と傲慢な発言をしているが、本音は産業発展には電気が必要なのだ、それが原発であろうと他のエネルギー発電であろうと問わない。もしそれが得られなければ、生活はレベルダウンするが、それでも良いですねと言っている。経済人は原発の危険性をまったく考慮していない。未だに福島第一原発の事故原因が突き止められていない中で、しかも、原発使用済み燃料を排出する問題がまったく解決されていない中で、電力需要のためには危険は二の次と言っている利己主義しか伝わって来ない。この経済性一辺倒の経済界に、民主党政権が乗っかっているのだから、何をか言わんやである。

 哲学のない政治家に、将来のエネルギー政策を語る資格があるのだろうか。

2012年7月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1903.2012年7月29日(日) 嘘つき政治家、消費増税分を社会保障ではなく公共事業へ

 日本中がオリンピックムードに巻き込まれ、最近のいじめ問題、警察官不肖事件、オスプレイ配備、猛暑なども加わってせわしなく暑苦しい感じの日本列島になったが、いつも何事も前へ進めない政治家が国民を惑わして、こっそり良からぬことを企んでいるようだ。

 やっと消費増税案が通り、その目的を社会保障に充てると断言していた政府・民主党が、またぞろ嘘をつき出した。自民党が消費増税で余裕ができた分を使って災害対策などの公共事業費を増やす考えであることを言い出したのだ。すでに、民主党と公明党と同法案で合意している自民党は、秘策ありとその考えを崩していない。民主党も自民党と結託して、旧体質の土建政治を復活させようとしているのである。情けないことに政府・民主党は、自民党の悪巧みを耳にしながら、消費税の目的について毅然として自説をかざして反論しようとしない。所詮民主党も旧来の自民党土建政治と変わらない。

 政府・民主党は今年度全社会保障費22.8兆円のうち、消費税を10%に値上げして見込まれる増収分13.5兆円について、子育て支援などに新たに2.7兆円を、消費増税による年金などの物価上昇分に0.8兆円、年金の国庫負担1/2に2.9兆円、そして7兆円を社会保障のために毎年借りている借金を減らすことに使うつもりだった。それが増収分の半分の7兆円を公共事業に「横流し使用」するのだという。このほかに自民党は10年間で200兆円の公共投資を考えているというから、一時的に懐に入った金を積もり積もった借金の返済に充てようとか、財政基盤を建て直そうとの気持ちなんかさらさらないようだ。こうして、庶民の懐を痛めて重税を課し、いくら税金を上げてもすぐに嘘で誤魔化し、将来へ借金のツケを先延ばしする構図は変わっていない。それを政権政党が堂々と行い、手を組んだ野党が連携するというのだから、政治家というのはグルになって国民を騙し、自分たちの利益のために一見「まともな」政策を提案し、陰でこっそり舌を出している輩どもではないかと言ってやりたくなる。

 もともと今の政治家なんて、国家、国民のために奉仕しようという気高い志なんかまったく持っていないくせに、綺麗ごとや言いたい放題のゴタクを並べ、国民を騙すことしか頭にない。政治家の劣化現象も極まれりと言わざるを得ない。

 そろそろ国民による国会議員の通信簿を公表する制度が必要ではないかと思う。

2012年7月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1902.2012年7月28日(土) ロンドン・オリンピック開幕

 待ちに待ったというべきか、また騒がしいお祭りが始まったと言うべきか、今日明け方からロンドンでオリンピック開会式が行われ、いよいよ3度目のロンドン・オリンピックが正式に開幕した。セレモニーは毎回回を重ねるごとに仕掛けが派手にエスカレートしている。今日の開会式は格別素晴らしいとも思えなかったが、元ビートルズのポール・マッカートニーが「ヘイ・ジュード」を歌い、会場が合唱した時は盛り上がったようだった。この「ヘイ・ジュード」を聞くと、この曲が発売された1968年の「プラハの春」を思い出す。会社への辞表提出、カレル大学留学断念等々に翻弄され煩悶し、悩みの多い1年だった。この辺りの悩みに関してゼミの恩師に相談した経緯について、今秋発行予定の恩師の追悼文集に書いたところである。

 日本が1912年に初めて金栗四三さんらマラソン選手がストックホルム大会に参加してから、今年はちょうど100年になる。これだけ華やかなスポーツイベントではあるが、若いころに比べてやや興味は薄れてきたが、それでも日本選手の活躍ぶりは気にかかる。早速朝から一日中各テレビ局はオリンピック関連番組花盛りである。

 日経夕刊に目を通していたら水泳の橋爪四郎さんの回顧談が載っていた。メダル獲得の実力がありながら1948年のロンドン大会に参加できず、ただ「悔しかった」と語っておられる。下り坂ながらまだ余力のあった橋爪さんは、次のヘルシンキ大会1500m自由形で日系アメリカ人のフォード・コンノ選手に次いで、2位となってメダルを獲得したが、いつも絶対勝てなかった古橋広之進選手は、すでに往年の力が衰えていた。古橋選手は400m自由形に出場したが、決勝レースで最下位の8位となり、プールから肩を落として引き上げる姿は、その当時の中学生の目から見ても悲壮感が漂っていた。このレースを制したのは、フランスのボワトー選手で優勝の瞬間、喜んだ父親がコートを着たままプールへ飛び込み、ゴールドメダリストとなった息子とプール内で抱き合っていた光景が昨日のことのように目に浮かんでくる。

 そう言えば、日本人選手が振るわなかったヘルシンキ大会で、1500mのメダリストは、全員日系人だったことも異色だった。金メダルは日系アメリカ人コンノ、銀は橋爪、銅は日系ブラジル人のオカモト選手だった。

 こんなオリンピックに思い込みの強い昔の選手たちの思いを考えると、現代選手は明らかにドライである。絶対金メダルを獲ると宣言したり、出場したら楽しんで来るなんて発言を、時代の流れとは言え、泉下の古橋さんが聞いたら果たしてどう思うだろうか。

2012年7月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1901.2012年7月27日(金) JN協会前理事長・松尾道彦さんにお別れ

 ロンドン・オリンピックの女子サッカーチーム「なでしこジャパン」の勝利に次いで、昨晩遅く行われたサッカー男子1回戦で日本は、予想を覆して優勝候補筆頭のスペインを1-0で打ち破る大金星を挙げた。今日の朝刊、夕刊、テレビとも大騒ぎである。曰く「日本、無敵艦隊を破る」。スペインは日本の実力をやや甘く見ていた節があった。スペイン・チームの監督にしても、戦前日本はスペインと試合することによって集中力が高まるだろうと不遜なコメントを発していたくらいである。スペインA代表チームは前回のワールドカップで優勝し、昨年のヨーロッパ選手権の覇者でもあり、かつての日本ならとても敵う相手ではないが、わが日本も近年少しずつ力をつけてきた。

 この試合では、日本のボール支配率こそ35%だったものの、永井謙佑選手ら日本FW陣のスピードは、むしろスペインDFに走り勝ち、シュート数ではスペインの2倍だった。スコアも3-0くらいの差があったと思っている。この勝利は、必ずしもフロックとは言えないのではないかと思う。それでも世界中のメディアが、この勝利を今大会最大の番狂わせになるだろうと報じたほど世界的にも予想外のことだった。試合会場のコベントリーでは、地元の観客はほとんど日本チームを応援していたそうだ。これで男女チームとも幸先の良い滑り出しができて、これからの勝負に期待が持てる。

 さて、今日は5月26日に亡くなられた、松尾道彦・JAPAN NOW観光情報協会前理事長のお別れの会が平河町の日本海運クラブで行われた。肺がんを患って、入退院を繰り返しておられたようだが、今年になっても何度かお会いした際、格別健康状態が悪いような印象はなかった。5月18日のJN協会総会で欠席のまま理事長を辞められたばかりで、突然のように黄泉の国へ旅立たれた。今日も松尾さんのお人柄を偲び、お別れの気持ちを伝えたい多くの参会者が列をなした。

 松尾さんはお人柄が良くて多くの人々から慕われていた。今日も発起人である運輸省同期入省の方が仕事ぶりとお人柄を淡々と述べておられたが、私も松尾さんのおかげで随分貴重な経験をすることができた。今問題になっている東京電力柏崎・刈羽原発見学会を始めとして、鉄道建設公団総裁時には開業に先立って九州新幹線試乗、そしてつくばエキスプレス試乗、横浜みなとみらい地下鉄試乗、山梨リニア・モーターカー試乗等々、度々松尾さんのお世話になった。一昨年JN協会の「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊行)発行に際して、私は冒頭の観光編を担当執筆したが、松尾さんは巻頭言を書かれた。

 いつも笑顔で優しい口調で話され、とかく評判の良くない高級官僚出身で、しかも官僚としての頂点を窮め運輸事務次官を歴任したにも拘わらず、役人臭がなく丁重で誰にも気さくに話しかけられていた。私より1歳年長だったが、まだまだご経験を活かして活躍していただきたかった。衷心より松尾さんのご冥福をお祈りしたい。

2012年7月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com