充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
1930.2012年8月25日(土) 核燃料サイクル限界で方針転換
毎週金曜日の夕刻首相官邸周辺で、市民団体による「脱原発」「原発再稼動反対」のデモが行われ、原発反対の国民の声が少しずつ大きくなってきた。22日には市民グループの代表が野田首相と直接話し合いする場も持たれた。しかし、残念ながらこれはごく限られた30分程度の時間内で双方がお互いの言い分を主張するだけの平行線に終わり、市民団体側にはやや失望と消化不良の気持ちが残ったようだ。
原発に関しては、相変わらず政府・民主党内に容認派と反対派が混在していて、党としての見解がまとめられず、党としてどういう方向を目指し、どういう考えで政策を進めていくのかどうもはっきりしない。実際菅直人・前首相は脱原発を主唱していたし、野田佳彦・現首相は将来的には脱原発路線を歩むという煮え切らない態度に終始している。今判断の基準として提示されている「2030年」という目安の時期についても、民主党内有力者のひとり、政調会長であり、エネルギー・環境調査会長でもある前原誠司氏が、この期に及んで「2030年に拘わる必要はない」と言い出す始末で、その時期の変更も示唆するような無責任なコメントを述べる有様である。これでは、党内で意見がまとまる筈がないし、国民の信頼も得られない。
そこへ、また大きな問題が持ち上がっている。政府はこれまで原発を推進する前提で、すべての使用済み核燃料を捨てずに再利用するスケジュールの下にエネルギー政策を推進してきた。そのスケジュールの下に1993年建設以来トラブル続きで試運転すらできず、経費も予算を大幅に上回る2兆円を超えている青森県六ケ所村の中間貯蔵施設のようなゴクツブシがある。まったく無駄な投資に終わっている。しかし、脱原発を進めると核燃料の再利用の必要性がなくなるため、この六ヶ所村の施設は将来的に必要なくなるし、無駄遣いになる。当然核燃料サイクル政策の転換を考えざるを得ない。そうなると現在ある使用済み核燃料を再利用するための六ヶ所村以外の再処理工場の処遇も問題となる。原発を稼動する以上、使用済み核燃料、つまり核のゴミが排出される。このゴミを処理、或いは保管しておくための一時的な施設が中間貯蔵施設であり、その後ゴミを最終的に処理するための最終処理施設が必要である。だが、現在わが国には最終処理施設はない。中途半端なまま保管されている核のゴミを今後は最終処理しなければならず、それを地中へ埋めて捨てる直接処分ができるように法改正しようとの方針が経産省で考えられている。その場所の決定は今後に委ねられる。
先日福島県内の中間貯蔵施設の建設場所を巡って予定施設周辺住民から強い反対意見が出ていた現状から考えると、最終処理施設の建設には今後相当な時間と労力が求められそうだ。それでも今も毎日ゴミは排出されている。原発はトイレのないマンションと揶揄される始末だ。はてさて、この重要な使用済み核燃料排出物処理問題をどう解決しようというのか。
1929.2012年8月24日(金) 懐かしい昔の企画ツアー
夜になって不意に福岡県みやこ町にお住まいの方からお電話をいただいた。かつて私が毎年企画し、お供した海外旅行へ参加していただいた女性の方で、改めてお歳をお伺いしたら85歳と仰っていた。1週間前にも北九州の医師ご夫妻から残暑お見舞い状をいただいたが、申し合わせたようにロンドン・オリンピックをテレビで観ていると一緒にロンドンへ行ったことが懐かしく思い出されると仰っていた。素晴らしい旅行に連れて行ってもらい、本当に楽しい思い出ができて感謝しているとも言っていただいた。率直に嬉しく思う。旅行業者冥利に尽きる話で、こういう旅行業者の気持ちをくすぐるような話を聞かせてもらうと嬉しくなる。このグループの方々は九州・関東を中心に、毎年ヨーロッパへクオリティの高い贅沢な旅を続けていた。ご高齢の方が多かったので、私の退職とともにグループは解散し、今ではかなり多くの方々が亡くなられた。約20年に亘り、ともに欧米、アジアを旅行して私自身も随分大きな経験を積むことができて、多くのことを学んだ。このツアーとグループは、旅行業者と顧客の理想的なあり方として旅行業界紙‘Travel Journal’にも紹介されたことがある。私が旅行業界人として多くのことを学んだ背景には、ひとつにこの個性的なツアーの存在があった。参加される方々も旅行から帰ったらすぐ翌年のツアー参加を楽しみにしてくれ、旅行中もみんな和気藹々で雰囲気の良い心に残る印象的なツアーだった。こういうツアーを企画できて、多くの方に参加していただき、私自身も旅行業界人として少しは成長できたことをつくづく幸せだったと思っている。こういう方々のお蔭で旅行業界人として楽しく充実した人生を送ることができたと思っている。ありがたいことである。
昨日から過激になった日韓両国の対立が今日も尾を引いている。衆議院本会議で李明博・韓国大統領の竹島上陸と、香港の活動家らの尖閣諸島上陸に対する抗議決議を賛成多数で採択した。竹島関連の決議は1953年の李承晩ラインで初めて韓国が自国領に取り込んだ時以来2度目である。
日韓両国ともに最悪の事態に陥るのは、両国にとってプラスにならないとの考えはあるが、現実は今の事態沈静化のための有効な方法を、探しあぐねているというのが実態である。流石に日韓両国の友好国であるアメリカのヌーランド報道官は、「アメリカの重要、かつ価値ある同盟国同士の争いが愉快でないことは明白である」と述べている。子どもじみた相手国への批難の応酬が呆れられているのである。
1928.2012年8月23日(木) 大阪桐蔭高校が全国優勝
今日は暦の上では「処暑」といい、そろそろ暑さが治まる時節だという。ところが、関東地方ではこの夏最高の暑さで、館林37.5℃、熊谷37.2℃、東京34.2℃だったそうだから、当分の間涼風は期待できそうもない。その暑い中で、ロンドン・オリンピックに続いて連日野球ファンを熱狂させていた甲子園の高校野球も、今日決勝戦が行われた。昨年の決勝戦とまったく同じ顔合わせである。つまり学校ごとに強弱がはっきりしてきたのだ。公立高校はほとんど甲子園への出場すら難しくなった。大阪代表の大阪桐蔭学園と青森代表の光星学院という春のセンバツと同じカードで争われ、大阪桐蔭学園が勝って3度目の優勝をした。両校とも他府県出身の選手が多くなった。これでは地元高校として応援する気持ちにはなれないのではないか。どちらが勝ってもそれほど力が入るわけではないが、一種の夏の風物詩となっている。
かつては母校・湘南高校も優勝したし、中学時代に一時学んでいた平安中学の同級生が平安高3年生になった夏には、岐阜商を倒し全国優勝した。かつての同級生が優勝旗を持って誇らしげにグランドを行進する姿がいつまでも脳裏に残っていた。例え1回戦で敗れても、この大舞台でプレーできた経験はきっと将来に役立つものと信じている。
さて、日韓の外交関係がまた荒れてきた。李明博大統領の国家を代表するトップとして儀礼と常識を欠く言動に対して、野田首相は李大統領に宛てて抗議と謝罪を求める親書を送った。ところが、韓国側はその親書を受け取らず、そのまま返すと公表した。今日駐日韓国大使館員が外務省へその親書をアナンでいた届けに来た。しかし、件の大使館員は外務省の建物内へ入ることができず、結局親書を持ち帰った。その後韓国側は親書を書留郵便で外務省へ送り返したというからどうしようもない。
この鞘当と批難の応酬合戦はいつまで続くのだろうか。わが国はもうひとつの領有権問題である、尖閣列島も抱えている。普段から外交に理念のないわが国が、これだけ外交問題をこじらせてしまって、今後果たして対応していけるのだろうか。
今日は朝っぱらから恩師の追悼文集の原稿のチェックと印刷会社とのやり取りに忙殺された一日だった。ある程度PCで作文、編集、組版などを行うことは問題ないが、それでも新たな問題が後から後から生じて、その意味では今日はその処理に追われていたと言ったら良い。
友人には「世界一の暇人」と嘯いているが、これでは看板を下ろさなければなるまい。
1927.2012年8月22日(水) 電力は足りている。つまり原発は要らないということ。
今年の夏も電力不足に悩まされるとの官製事前PRによって、各地で節電ムードが高まり、その中で関西電力地域では大飯原発が再稼動された。この結果消費電力に少しは余裕が出ると期待されたが、あにはからんや電力は充分足りているとの報道がある。昨日の朝日朝刊一面トップに「節電効果、ピークも余裕」の記事が堂々と出ていた。今夏はいつもより暑く心配されたが、何のことはない、電力は足りそうなのだ。狼少年が、電力が足りないと声高に叫ぶのに乗せられ、本当に不足であるかの気持ちにさせて電力不足を煽り、世論を原発再稼動へ誘導する一種の策略なのではないかと勘ぐりたくなる。
中でも電力不足が最も心配された関西電力管内では、大飯原発の再稼動がなければ厳しい状況だったと関電自身が述べているが、西日本全体でトータルすると電力供給力には充分余裕があり、電力会社間で融通し合えば充分足りると言われている。なんだかんだ言っても、原発推進派の言うことには、その裏に原発再稼動の理由を何とか見つけようと考えていることは明白である。
政府が将来のエネルギー政策として原発をどう考えるのか、各地で調査を行っているが、脱原派の勢いが日に日に強くなっている。
討論型世論調査と称して、政府が国の政策をテーマに初めて実施した「2030年の原発割合」について、3回の調査では討論した後に「原発0%」を支持する人が徐々に増え、32%、41%、そして
46.7%へと増加している。これは国民が原発の実態を知ってから、その危険さを知り反対する気になったからではないだろうか。
今日は脱原発を主張して毎週金曜日に国会、首相官邸周辺でデモ行進している市民団体の代表者と、野田首相が官邸で初めて対談し、市民代表は首相に脱原発、廃炉を要求した。それに対して首相は脱原発志向への気持ちはあるというばかりで、僅か30分間の話し合いでは市民代表は納得できる回答は得られなかった。どうも民主党政権内には、原発賛成派と反対派が混在しているようだ。民主党政権は政府としての考えを早くまとめるべきではないだろうか。
1926.2012年8月21日(火) 日本人女性ジャーナリスト、シリアで撃たれ死亡
内戦中のシリアで日本人女性ジャーナリストが死亡したとのニュースが今日伝えられた。最近になって激しい戦いを続けているシリア第2の都市アレッポで、山梨県出身の山本美香さんという45歳の記者が銃弾を浴びて死亡した。ジャパン・プレスという組織に所属し、同僚とシリアに入り、戦闘を取材中に政府軍兵士から銃撃を受けて亡くなった。大変お気の毒である。彼女の存在はまったく知らなかったが、一部ではその能力は高く買われていて、一時日本テレビ系の番組でキャスターを務めたり、2003年にはボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受章している。昨年の政府の事業仕分けで質問者にもなっていたようだ。
私自身の浅い戦場取材経験から考えても、戦場取材は危険が多く、敏捷な行動力と判断力を求められ、どうしても男だけにしかできないと言われていたが、彼女は女性とか、子どもたち弱者の視線から戦争の現場を取材したいと女だてらに勇敢に活動を続けていたようだ。有能な人を失ったものである。
シリアの内戦は、政府軍と反政府軍の対立がエスカレートして休戦の見通しがまったく立たなくなっている。4月以来休戦交渉をまとめるため現地に入っていた国連休戦監視団が、休戦のメドが立たず、危険が身辺に押し寄せてきたため撤収する有様で、団員らは昨日事務所を閉鎖して母国へ引き上げたばかりだった。
この後、シリアはどうなるのだろうか。このまま双方が対立を激化させたまま戦闘だけがエスカレートするようだと、結局国民は一層死の危険に晒されたままである。市街でゲリラ戦になると住民が巻き込まれるようになり、双方合意の休戦へ持ち込む以外に悪化した事態は解決しないと思う。その点でも、現状は国連安保理がシリア制裁決議を成立させ一気に事態を打開しようと思っても、毎度常任理事国、ロシアと中国の反対で実行できず、休戦へ持ち込むことができない状況にある。ロシアと中国の責任は重いと言わざるを得ない。
それにしても、アサド政権は反政府軍に対して他国から援助を受けたテロ集団だと喝破しているが、だからと言って丸腰の国民を武装兵士が残虐に殺戮し続けるというのでは、事態を悪化させるばかりでいずれ国民を巻き添えにして国家を滅ぼしてしまう。墓穴を掘ることになるのではないか。医師として人を救うことを徹底して頭に叩き込まれている筈のアサド大統領が、非業な手段で自国民を平気で殺害できる野蛮な原動力は、一体いかなる思考回路に根ざしているのだろうか。この独裁者の責任は極めて重いと思う。