充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1965.2012年9月29日(土) 原子力政策に民主党政府の無責任ぶり
丁度半月前の今月14日政府は2030年代に原発ゼロの方針を打ち出した。その直後から米英仏の消極的反対論や、経済成長にブレーキをかけるとの経済団体の反発、そして原発立地自治体からの脱原発に反対の声が寄せられ、政府の方針は揺さぶられぐらりとしている。政府の本音は脱原発なのか、再稼動容認なのか、分かりにくいところだが、脱原発を目指しながらも安全確認がなされれば稼動もあり得ると曖昧なことを発言し出したり、原発新規建設はしないが、建設途中の原発施設についてはそのまま建設中止を意味するものではないと言ったり、毅然としてYes or Noをはっきりさせないところが原発政策に党としての理念と信念がない中途半端なところだ。
そして‘Go or Stop’の重要な結論を出すべき決定機関を政府自身ではなく、最近発足したばかりの原子力規制委員会に押し付け、責任を逃れようとする無責任極まりない決断をした。
昨日枝野幸男・経産相は「安全性に原子力規制委員会がゴーサインを出して、地元の理解が得られれば重要な電源として活用する」と表明した。これまでの原子力発電推進という重要な国のテーゼの是非を独立機関とは言え、国家の下級組織のひとつに決断を委ねるという図式は、国の行政府としてはあまりにも無責任ではないだろうか。これでは、こと原子力に関しては、政府はまったく関与しないと言っているに等しい。
そんな折も折、電源開発は青森県大間町で、東日本大震災により中断していた大間原発の建設工事を再開することを決定した。財政の厳しい市町村では、補助金欲しさに不安視されても危険を承知のうえで原発誘致に執着しているところが多い。原発工事がすでに4割方進んだ大間町では、補助金の甘い蜜に味を占めて、最早その魅惑から抜け出せなくなっている。津軽海峡を隔てた対岸の北海道・函館市では危険が及ぶ一方で、何らの甘い蜜もなく当然のことながら市長自ら強い反対と怒りの声を上げ出した。
それにしても本家の民主党内に、党としてどうすべきかの意見がまったく聞かれないのはどういうわけだろうか。我々国民は政府見解により、2030年代には原発稼動を中止すると理解している。それは、取りも直さず調査会意見、アンケートで国民の圧倒的多数が原発反対の気持ちを表し、また、原発稼動を続ければ、排出される使用済み核燃料の処分方法がないまま将来に亘って国内に核のゴミが溜まってしまうことを懸念し、政府がそれを受け入れたと理解しているからである。それがその直後から自らの方針を曖昧にし、最高権威の決断を丸投げするとは、政治を与る者として無責任であり、呆れ果てるばかりである。政府は国民を愚弄するのも好い加減にして欲しい。
それにしてもこの民主党の曖昧な原発政策と原発丸投げ問題について、昨今鳴りを潜めている社民党や共産党はどう考えているのか。国民の立場に立って少しは自己主張をしたらどうか。
1964.2012年9月28日(金) 防衛省の杜撰な予算管理
米軍海兵隊のオスプレイ配備問題が依然として視界不良である。アメリカ国防総省と防衛省は安全であるとしきりに訴えているが、その安全性について不安視する声が一向に収まらない。岩国基地から沖縄・普天間基地へ今日移動して配備される予定だったが、台風が予想されるため移動は明日以降に延期された。普天間基地周辺では相変わらずデモ隊がオスプレイ配備反対を叫び、その配備は中々一筋縄では行きそうもない。
米軍と防衛省は予定通り来月には普天間基地にオスプレイを配備し、訓練を行うと前言を考え直す気はないようだ。だが、これだけ沖縄県内、特に基地周辺で拒絶反応が表面化すれば、そう簡単に強行するわけにはいかないのではないか。日本政府がいくら口先だけ安全と言っても、配備に反対する住民の心情を政府が理解しないようでは所詮両者の主張は平行線を辿るばかりだと思う。そこには「相互不信」と「危険」という大きな壁が立ちはだかっている。遮二無二配備を進めるのではなく、ここは頭を冷やして予定を少し先延ばししてはどうだろうか。
仲井真・沖縄県知事が再三述べているように、「オスプレイ配備、先に在りき」でどうも当事者同士が実質的に話し合う様子が見られない。難しいかも知れないが、取り敢えず話し合いの時間をオスプレイ配備を先延ばしにして、多少妥協点が見えそうになった時点で配備させるということにはならないものだろうか。どうも拙速のキライがしてならない。
それにしても防衛省という組織は普通の役所とは、一味違うようだ。防衛省の交渉、折衝術というのは浮世離れしているところがあり、一般の感覚とは相当ずれていて普通人には中々理解できない。
例えば、今朝の朝日新聞に暴露された航空自衛隊の練習用飛行機の入札に際して、メーカーの提案した価格を実際には大幅に超過していたことが、会計検査院の検査で判明したという。その差額たるや「20年で227億円の予算が、11年で240億円かかった」という。これだけ無駄使いしていながら、内部でこの暴走にブレーキをかけるサーモスタットが働かないのだ。このザルのような予算管理意識はどうして生まれるのか。防衛省内にはチェック機能がまったく働いてない。普通の組織だったら破産、お家断絶である。税金ですべてを賄ってもらいながら、その意識がないのだ。これは国民への背信ではないだろうか。まったく金銭感覚に疎く、予算管理意識が欠乏していると言わざるを得ない。防衛省がこういう杜撰な感覚で業務を行っているとすれば、安全管理も相当目こぼしがあったと考えざるを得ない。これではオスプレイの安全宣言だって信用できる筈がないではないか。普段から杜撰な業務を行っていて、沖縄県民が安全性が担保できないからと反対することに対して、どうして絶対安全などと言えるのか。税金の無駄使いを止めて、せめて普通の役所並みに粛々と業務を行ってもらいたいものだ。
1963.2012年9月27日(木) 一時上がった血圧が下がった。日中国交もそうありたい。
どういうわけだか、毎日測っている血圧が夏になってからちょっと上がり気味だった。実は、ここ数年血圧降下剤を服用しているおかげもあってか、血圧はこのところ比較的安定していたのだ。それが6月にヨルダン・イスラエル旅行から帰った辺りから急に上がりだし、朝の数値(上)が140を超える日が7月に3日、8月に至っては何と8日もあったのである。寒い冬の時期ならある程度納得できるが、この暑い時期に血圧が上がるというのも気になって、今月初めに森内科医に相談して、降圧剤として毎日朝食後に服用しているブロプレス錠とアムロジン錠のうち、ブロプレス錠を夜間に切り替えて飲むことにしてみたのである。
その処方が効いたのかどうかは分からないが、今月に入って今日まで27日間に140を超えた日は1日もない。元々そんなに血圧は高くなかったので、割合簡単に成果が表れたようだ。一度夜に変更してみてはどうかとアドバイスしてくれた、かかりつけの松本整形外科医に今朝その話をしたところ、そうですか効きましたかと言っていただいた。アルコールも含めて身体に良くないことはあまりやっていないつもりであるが、それでも内科的要因はCRP数値にしても基準値0.35まであと一息のところまで下がりながら、直近値が0.41でなかなか基準値を下回ることができず、根治するには時間がかかるものだ。とりあえず血圧が下がってほっとしている。
さて、尖閣諸島をめぐる日中間の不穏な空気は、一向に収まるどころか加熱する一方である。今日国連総会で演説した後の記者会見で野田佳彦首相は、尖閣諸島の領有権について歴史上も国際法上もわが国固有の領土であることは明白で、中国に対して譲歩しないと述べた。国連総会の演説では名指しは避けたが、これを受けた中国は「公然と他国の領土主権を侵犯し、世界の反ファシズム戦争の勝利の成果を否定するもので戦後の国際秩序への重大な挑戦だ」とけん制した。だが、この中国の論理は少しおかしくないか。案の定、藤村修・官房長官は日本が第二次世界大戦の結果に挑戦しているかのような主張は、まったく的外れで不適切コメントだと批判した。どうも中国は前方だけしか見えなくなっているような発言が相次ぐ。大国を自認するならもう少し国際情勢や周囲に目を配れる配慮のあるコメントを述べるべきであろう。これでは、気に食わないことを思いつくままの言いたい放題ではないか。もう少し大人の国かと思っていたが、あまりにも子どもじみた言動には失望するばかりである。
今日も呆れた自己本位の行動があった。河野洋平・元衆議院議長、加藤紘一・元自民党幹事長や、日中友好協会幹部が搭乗した全日空機が定刻になっても羽田から飛び立てず、相当遅れて飛び立った。原因は中国航空局から北京空港への着陸許可が出なかったため、羽田で待機していたのだという。だが、中国国際航空の定期便は北京を予定通り離陸して定刻に羽田空港へ着陸した。トヨタの張富士夫会長の社用機は待たされた挙句にフライト・キャンセルしたそうだが、こんな幼稚な嫌がらせを中国はいつまでやるつもりだろうか。何の得にもなるまいに。
この行き詰まった状態を元へ戻すのは、並大抵のことではない。せめて両国がこれからはマイナス的な行動を止めて、少しでもプラスの行動を行い、相手国を中傷する言動を慎んで歩み寄る気持ちを抱くことが大切である。
欧米から見るとどこにあるか分からない小さな孤島のことで、両国がぶつかりあってお互いに批難し合っている愚行と見られている。お互いに尖閣から遠く離れて見るアングルが必要かもしれない。
1962.2012年9月26日(水) 自民党新総裁に安倍晋三・元首相を選出
今日午後行われた自民党総裁選挙は予想通り、国会議員と地方議員を合わせた1回目の投票ではケリがつかず、決戦投票に持ち越された結果、安倍晋三・元首相が第1回でトップだった石破茂・前政調会長に逆転勝利を収め新総裁に選出された。次の総選挙では自民党は民主党から与党の座を奪還する可能性が高く、その折は安倍新総裁が再び日本のリーダー、即ち次の総理大臣になるであろう。
確かに安倍氏のおしゃべりは経験を積んで立て板に水の感じになってきたが、何とも中身が薄い。分かりやすい一般的なテーマなら今までの経験則から考えて喋るのはそれほど難しくはあるまい。だが、深みのある論題に対してしっかり理論武装した持論を開陳し、それを展開できるのか、そしてそれを根拠にディベートで相手を説得できるのか、極めて悲観的にならざるを得ない。敢えて言えば、安倍氏の理論構築はあまりにも表層的で、一国を代表するリーダーとして心許なく、とても納得できるものではない。
元々右寄りの立場上今対立している中国に対しても強気の政策を進めるだろうから、反って中国の反発を買い、日中間の対立を益々加熱させることによって当分対立解消は期待できない。この人には総理大臣として一国をリードする資格と能力に欠けるのではないかと心配である。右翼的な勇ましい掛け声ばかりで、わが国の将来像をきちんと見据えた哲学や理念がほとんど感じられない。5年前に発刊された中公新書「美しい国へ」も陳腐な内容だった。国会議員というのは、どうして弱気で、かつて政権を放り出したようなこんな人物を総理の座へ押し上げてしまうのだろうか。こんなリーダーを戴くようでは日本は益々救われない。困ったことになりそうだ。
さて、今日駒沢大学の清田義昭講師の講座では、2007年2月に放映されたNHK特集番組「焼け跡から生まれた憲法草案」ビデオを鑑賞した。終戦直後日本政府に対して占領軍が、帝国主義と軍国主義を排除した新しい憲法草案作りを命じた。巷間わが国の憲法は占領軍に押し付けられたものと信じられている。安倍自民党新総裁も、それ故憲法改正して自主憲法を制定すべきであると改憲論を持論としている。だが、このビデオを観る限り、必ずしも押し付けではなく、むしろ明治の植木枝盛、大正の吉野作造らの精神を取り込んで、終戦直後の昭和20 年11月に発足した憲法研究会委員7人衆が練り上げた「憲法草案要綱」に基づいて作られたものだと主張している。私もこのドキュメントを観る限り、日本憲法はアメリカから民主的たれとのアドバイスこそもらったが、その当時の日本の実情に合った自主的な憲法だと思う。実際、その経緯を追ってみると「天皇の主権」「主権在民」などが最も難しい課題だった。アメリカは日本が提案した憲法草案に対して、憲法が国家の最高法規であるとの表現が欠けていると物申したほかには、ポツダム宣言の精神、労働者の権利保護、国民投票採用、差別廃止などをアドバイスしたということのようだ。このビデオを観たところでは、それほど占領軍、つまりはアメリカの押し付け憲法という印象はなかった。
ところでビデオに簑島清夫さんが登場したのには驚いた。しばらくお会いしていないが、箕島さんは憲法研究会委員で7人の中で唯一の憲法学者・鈴木安蔵が小田原の宿に滞在した、その宿・国府津館の主人であり、かつて仕事の場で何度もお会いしたことがある。
1時間半のビデオは、改めて憲法誕生の内幕を見せてくれ、新しい事実も知ることができた。中々見ごたえのあるドキュメントだった。
1961.2012年9月25日(火) 駒沢大学後期公開講座始まる。
駒沢大学マスコミュニケーション研究所の後期公開講座が今日から始まった。「現代日本政治と報道論」を担当する菱山郁朗講師は、「包括的政治報道論」として最近のわが国の政治情勢について話された。民主党代表選については、結果は予想通りと触れただけで特別なコメントはなかった。自民党総裁選については、元日本テレビ政治部長らしく、元部下の石原伸晃・幹事長について立場上発言は拙いと言いかけて止められた。ある週刊誌からコメントを求められたが、断ったとも言っておられた。「週刊朝日」では、この石原氏について「軽すぎる」として、全体的には「もうウンザリだよ」と書いている。だが、天下の朝日が、立候補者のどんぐりの背比べに愛想尽かしをして匙を投げているのだ。そんな風に簡単に放り出して良いものだろうか。そうなった責任の一端は、マス・メディア、特に朝日新聞にもあるのではないだろうか。
その総裁選については、メディアの予想と同じように第1回の投票では石破茂氏が過半数には達しないがトップだろうが、第2回目の国会議員だけの投票では3位以下の票をどう取りまとめるかにかかっていると話された。今日の講義の中では、メディアは「尖閣諸島の国有化」について、きちんと検証すべきであると話されたことが印象に残っている。
「報道メディア論」を講義した片山正彦講師は、共同通信社が作成したDVD「世界に衝撃を与えた21世紀のでき事」を観せてくれた。9.11テロ、リーマン・ショック、アフガン情勢、中国の現状、東日本大震災等の映像を観せてもらったが、その中で現場で撮った写真だからこそ訴えるものがあると画面に向かって語る写真家の言動に同感だ。これからどんな授業を展開してくれるのか楽しみにしている。
明日も映像を通して現代を反映させるテレビ番組について、清田義昭講師の講義がある。