充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
1969.2012年10月3日(水) 中国の反日運動、益々エスカレート
ラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事が日中関係の悪化に懸念を示し、日中両国に混乱回避を求めた。だが、残念ながら当分その気配は見られない。こともあろうに9日から東京で開催される、そのIMF年次総会に中国の大手銀行が揃って欠席することになった。東京で開催される会議だから出席しないということのようだが、まるで幼児のずる休みの発想と変わりない。この決定も中国政府の意向を受けたと見られている。
今日も天津で開催される国際モーターショーに日本のメーカーではトヨタ、日産以外はブース出展を取りやめることを決めた。こんなことは初めてである。昨日は日本から郵送された日本の日刊新聞が中国の税関でストップをかけられ輸入を止められた。日本からの輸入品も中国港で厳しい審査を受け、許可されるまでかなりの時間がかかるようになった。書店で日本関係の書物が店頭から姿を消した。これは少し緩和されてきたようだが、ほかにもとても日本では考えられないような嫌がらせが頻発している。数日前にはワシントン・ポスト紙に、その翌日にはパキスタンの著名日刊紙に尖閣諸島は日清戦争の戦果として日本が中国から奪い取ったものだと広告を掲載したり、とにかくやり方が陰湿で質が悪い。
スポーツ、文化面の交流事業も中止されることが増えてきた。観光面でも両国に顕著な影響が現れてきたようだが、日本人は自主的に判断して中国へ旅行したり、中止しているが、中国では日本に行くと反中国デモで身に危険が及ぶから中止した方がよいとアドバイスされるそうだから、とても話にならない。相手国を陥れる悪質なデマを造成しているのだ。
世界は先日の中国国内の無軌道な反日デモで、破壊、略奪、狼藉を繰り返した中国人の野蛮な行動を冷静に見ているので、そのツケはいずれ中国に跳ね返ってくるであろう。双方にとって何のプラスにもならない中傷、誹謗の繰り返しは、益々両国の和解への道のりを遠ざけるものである。中国政府には国民の暴力的な反日運動を容認し、側面的に支援している空気さえある。元へ戻るまでに相当時間がかかると思われるが、政治的な面はともかく、その他の分野では今後相手国に対する嫌がらせ行為を自粛するだけでも対立解消に貢献するのではないかと思う。両国の思いやりと知恵が問われていると思う。
あまり良いニュースが聞かれない中で、珍しく日本でシェールオイルが採掘された。シェールオイル(shale oil)とは深い地層に埋もれた頁岩油(けつがんゆ)のことである。その埋蔵量の多いアメリカではすでにシェールオイルはかなり産出され、利用されている。石炭採掘をほぼ止めてから、日本では天然資源が採掘され利用されることはほとんどなくなり、必要なエネルギー源はすべて外国から輸入されるようになった。そんな折僅少とは言え秋田県内でシェールオイル鉱脈が見つかり、今日初めて国内で掘り出された。量的にはまだ少なく採算ベースに乗るものではないが、採算性さえクリアできれば他にも鉱脈の可能性があると見られているので、今後新エネルギー源として大いに期待できそうだ。数少ない明るいニュースのひとつである。
1968.2012年10月2日(火) オスプレイ配備に政府の無策と無慈悲
昨日山口県岩国基地から沖縄・普天間基地へ配備されたオスプレイ6機以外に、岩国に残った6機のうち理由も分からないまま出戻った2機について、今日駒沢大学の片山正彦講師がそこには何か原因がある筈だと言われた。片山講師は共同通信の出身であるが、在職中防衛庁担当だった時代があり、防衛関係について大変詳しい。その片山講師が発表しにくい原因が隠されているのではないかと仰っていた。
今日在日米軍は機体の故障だと発表した。そして、それらの2機を除いて3機が普天間へ配備された。沖縄県民がいらだち、オスプレイ配備反対の声が強くなる中で、敢えて予定通り配備を強行するというこの非民主的なムーブメントをこのままにしておいては、国と国民の間に不信感を募らせるばかりであろう。
昨日の抗議集会で、翁長雄志・那覇市長は「県民が一つになって反対しているオスプレイ配備を強行する。ほかの都道府県でこんなことがありえるのか」と憤りをあらわにした。沖縄県内の全41市町村長と全県議が反対の意思表示をしている。野田政権も苦しい対応を迫られているが、政府・民主党内からは誰ひとりとしてこのこじれた事態を解決しようとの意欲も姿勢も見られない。常套句の抽象的な言葉で逃げているだけである。無責任なのである。沖縄県民の怒りと不満、そして事態の深刻さがまったく分かっていないとしか言いようがない。
ところが、他国のことだからと真剣味がないのが、アメリカ国内の反応でもある。日本の防衛を肩代わりしてやっているのだから当然とでも思っているのか、メディアの報道も概して関心が低いようだ。国防総省ですら「アメリカでも我々の家の上空でオスプレイを飛ばしている。どの軍用機でも安全性は最大の関心事だ」程度の認識である。まるで沖縄住民にオスプレイの騒音ぐらい我慢しろとでも言わんばかりである。沖縄米軍基地が存在する複雑な住民感情や歴史背景がまったく分かっていない。こういう無理解を解くのが、政府の責任のひとつではないのではないだろうか。
これだけ土地の反対が強いのに、どうして日本政府はアメリカ政府と話し合って、冷却期間を置いて徹底的に話し合いを行い、少しでも理解してもらおうとの努力を払わないのだろうか。現状のままでは、60年安保条約成立で日米安保体制にも影響が及んでくるであろうが、こうなるとその安保自体を成立させたことが足を引っ張っているということにもなる。このままだと沖縄県民の心は政府から益々離れて取り返しのつかないことになってしまうのではないかと思う。どうにも政府には国民を守るとの気概が見られない。こちらがいらいらしてやり切れないし、情けないとも思う。
1967.2012年10月1日(月) 何もかもぱっとしない中で年度後半に入った。
昨日は日本列島で大型台風17号が猛威を振るい、各地で交通機関に大きな支障を来たした。中でも航空機の欠航が600便を超える状況に、最近参入した国内外の格安航空会社がいかに多いか、改めてその存在の大きさを再認識させられた。今日は台風一過というところだが、また近日秋の台風がやって来そうだ。やれやれである。
さて、今日から年度の後半である10月に入った。いろいろなことがある。早速今日野田第三次内閣が発足した。これまでの民主党政権で脱官僚・政治主導を叫んでいた民主党が、かくも管掌の大臣をころころ交代させては新任大臣が傲岸不遜な官僚をうまくコントロールできるだろうか気にかかるところである。
良きにつけ悪しきにつけ過去にとかくの噂のあった田中真紀子氏が、文部科学大臣として入閣した。総選挙を控えてその発信力を買われたとの声がある一方で、民主党代表選に立候補せず、野田代表支持へ回ったことが評価された論功行賞とも言われている。全般的にかなり若返って第三次野田内閣全閣僚19名の中で年齢的に私より年長者は、同年生まれでやや年配の、かつて医療費違法請求や野次を飛ばした通行人を投げ飛ばしてスキャンダルとなった柔道五段の田中慶秋・法務相ただひとりとなった。しかし、この人事もミスマッチでなければ良い。法律を守るべき法務省のトップとしては、法破りの前科のある御仁だからだ。
一方明るい話題として注目を集めているのは、ほぼ100年前の姿に復元されてお披露目された東京駅丸の内駅舎である。ステーションホテルも開業したようだ。このホテルには今月29日に1981年文部省教員海外派遣団でルーマニアへお供した先生方と宿泊する予定なので、その翌日東京スカイツリーへ搭乗することとともに楽しみにしている。
また、今朝の日経新聞「私の履歴書」では、高校の先輩であるノーベル化学賞受賞者・根岸英一博士の1ヶ月の執筆連載が始まった。博士には何度かお目にかかっているが、その際伺った話が早々に紹介されている。母校思いの博士なので、これから懐かしい話をご披露していただけるのではないかと楽しみにしている。
歓迎されないニュースとしては、今日オスプレイが岩国基地から沖縄・普天間基地へ反対の声を振り切るように飛行して配備された。今日は反対するデモ隊が気勢を上げる中を強引に12機中6機が飛来した。残る6機は近い内に配備されると言われているが、今朝岩国基地を離陸してすぐ戻った2機も含まれている。なぜ戻ったのか。そこには機器系統に不具合でもあったのではないか。本当に安全なのだろうか、疑問を残したオスプレイの今日の動きである。
他方で、年度後半に当たり大型企業同士の合併が話題を呼んでいる。その最たるものは今日大手鉄鋼会社同士が合併したことだ。粗鋼生産世界6位の新日鉄と27位の住友金属の合併である。この合併によって新会社「新日鉄住金」は、世界第2位の規模になるが、その規模は1位のアルセロール・ミタル社(ルクセンブルグ)の精々半分であり、背後のベストテン内には中国企業5社と韓国企業1社が間近に迫っている。往時は世界でもダントツだった新日鉄も今ではその陰が薄くなってきた。
かつては「鉄は国家なり」と豪語していた鉄鋼会社も、国際的な激しい競争の中で苦戦を強いられ、今度の合併は日本の鉄鋼会社の反転攻勢への第一歩と受け取られている。
思えば、1970年に八幡製鉄と富士製鉄が合併して新日鉄となった時、当時大企業同士の合併という、その意外性に驚き、ショックを受けたくらいだが、国際社会の中では今や企業を発展、成長させていくためには企業規模を大きくすることが要件のひとつとなっているようだ。
「鉄の町」として知られる新日鉄のある北九州市では、かつて4万人の従業員がいたが、それが今では当時の1/10の4千人に減少したそうだ。日本の鉄鋼会社は、今後世界的企業間の争いの中に伍して戦っていけるのだろうか。時代の変遷とは言いながら、「鉄の町・八幡」と「北九州工業地帯」の力強いイメージを持っている我々世代には何とも寂しい話である。
1966.2012年9月30日(日) 民主党政権の日本よりアメリカを重視する二枚舌
昨日の本ブログでカメレオンも真っ青な変幻自在で、頭がどこにあるのか分からない八岐大蛇のような野田政権の原子力政策について懸念する心情を書いたが、その政府方針の本音の一端が今朝の日経新聞から垣間見えた。
同紙記事に依れば、政府はアメリカに対して「安全が確認された原子力発電所は引き続き重要な電源として再稼動させていく」との方針をすでに伝えていた。何のことはない。日本国民に説明し理解してもらう前に、すでにアメリカ政府に本心を伝えていたということだ。これは日本国民よりもアメリカを重視しているということだろう。しかも、日本国民には原発ゼロという幻想を与え、その一方でアメリカには「安全な」原発は再稼動するということをはっきり伝えていたのである。日本政府は二枚舌を使っていたのだ。こんな卑怯なやり方は日本国民に対する背信行為であり、騙まし討ちではないだろうか。更に驚くのは、アメリカにそのメッセージを伝達したのは、原子力を司る最高機関と位置づけられた原子力規制委員会発足前で、委員会が最終決定を下す前に結論は出ていたのだ。原子力規制委員会は原発稼動の是非を決める権限を有すると政府から一方的に押し付けられたが、すでに委員会発足前に賽は投げられたのである。こんな理不尽なことが許されるのだろうか。
アメリカは福島原発事故発生当時から、日本が原発ゼロへ向かうことを密かに恐れていた。そこには、確かにアメリカの方向性とは相容れない問題点があったからである。
アメリカは核燃料サイクル政策で、日本が原発ゼロを目指すなら再処理事業を停止することを要求していた。使用済み核燃料からプルトニウムを取り出すサイクル政策が残ると日本に核兵器への転用が可能なプルトニウムが溜まり続けるからである。もしこのままだと、アメリカはイランや北朝鮮に核不拡散を迫っている日米の方針との整合性を欠いているからだと主張したのである。これはやや押し付けがましい理由付けだと思うが、アメリカ政府としては、アメリカの原子力政策は官民一体となって日本との共同によって行われていると考えているので、仮に日本が脱落すれば、アメリカの原子力産業にとって、人材育成を始め多くの点で致命的な打撃を蒙ることを恐れているからである。更にこんなことも理由に挙げている。原発を止めれば、中東を中心に資源獲得競争が激化して石油価格が急騰する恐れがあるとしている。
単刀直入に言えば、アメリカ政府としては日本と二人三脚で原子力政策を進めてきたにも関わらず、一方的に日本がその協調から逸脱することは容認できないと主張したいのだ。しかし、これは自分たちの都合だけを自己本位に相手国に押し付けているのだ。日本国民が脱原発を求めているということがアメリカには正しく伝えられていないことは問題である。しかし、そんな基本的な問題については日本が原発ゼロ方針を発表する前に話し合っていた筈ではなかっただろうか。肝心な問題点をクリアせず、一方が勝手に行動を起こすというのも不思議な話だ。それでも言語道断にも結局、日本政府はアメリカの腹の内を慮って日本国民には騙まし討ちをして、アメリカ政府には忠義を尽くしたということである。
それにしても少々全体の話の組み立てがおかしいのではないだろうか。日本の総理大臣として、まずは日本及び日本国民のことを考えるべきではないか。主権を失いイニシアティブの取れない野田政権には正直言ってがっかりである。これでよくも中国に対しては、領土問題は存在しないと強気が貫けるものだ。一方に強く他方に弱くが、野田政権の表看板なのか。
1965.2012年9月29日(土) 原子力政策に民主党政府の無責任ぶり
丁度半月前の今月14日政府は2030年代に原発ゼロの方針を打ち出した。その直後から米英仏の消極的反対論や、経済成長にブレーキをかけるとの経済団体の反発、そして原発立地自治体からの脱原発に反対の声が寄せられ、政府の方針は揺さぶられぐらりとしている。政府の本音は脱原発なのか、再稼動容認なのか、分かりにくいところだが、脱原発を目指しながらも安全確認がなされれば稼動もあり得ると曖昧なことを発言し出したり、原発新規建設はしないが、建設途中の原発施設についてはそのまま建設中止を意味するものではないと言ったり、毅然としてYes or Noをはっきりさせないところが原発政策に党としての理念と信念がない中途半端なところだ。
そして‘Go or Stop’の重要な結論を出すべき決定機関を政府自身ではなく、最近発足したばかりの原子力規制委員会に押し付け、責任を逃れようとする無責任極まりない決断をした。
昨日枝野幸男・経産相は「安全性に原子力規制委員会がゴーサインを出して、地元の理解が得られれば重要な電源として活用する」と表明した。これまでの原子力発電推進という重要な国のテーゼの是非を独立機関とは言え、国家の下級組織のひとつに決断を委ねるという図式は、国の行政府としてはあまりにも無責任ではないだろうか。これでは、こと原子力に関しては、政府はまったく関与しないと言っているに等しい。
そんな折も折、電源開発は青森県大間町で、東日本大震災により中断していた大間原発の建設工事を再開することを決定した。財政の厳しい市町村では、補助金欲しさに不安視されても危険を承知のうえで原発誘致に執着しているところが多い。原発工事がすでに4割方進んだ大間町では、補助金の甘い蜜に味を占めて、最早その魅惑から抜け出せなくなっている。津軽海峡を隔てた対岸の北海道・函館市では危険が及ぶ一方で、何らの甘い蜜もなく当然のことながら市長自ら強い反対と怒りの声を上げ出した。
それにしても本家の民主党内に、党としてどうすべきかの意見がまったく聞かれないのはどういうわけだろうか。我々国民は政府見解により、2030年代には原発稼動を中止すると理解している。それは、取りも直さず調査会意見、アンケートで国民の圧倒的多数が原発反対の気持ちを表し、また、原発稼動を続ければ、排出される使用済み核燃料の処分方法がないまま将来に亘って国内に核のゴミが溜まってしまうことを懸念し、政府がそれを受け入れたと理解しているからである。それがその直後から自らの方針を曖昧にし、最高権威の決断を丸投げするとは、政治を与る者として無責任であり、呆れ果てるばかりである。政府は国民を愚弄するのも好い加減にして欲しい。
それにしてもこの民主党の曖昧な原発政策と原発丸投げ問題について、昨今鳴りを潜めている社民党や共産党はどう考えているのか。国民の立場に立って少しは自己主張をしたらどうか。