充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2008.2012年11月11日(日) 「万里の長城」遭難に想う。
3日に「万里の長城」付近で遭難した日本人3人の遺体が、昨日無言の帰国をした。成田空港で全日空機から3つの大きなコンテナが降ろされ、悲しみの中に物言わぬ帰国となった。今日司法解剖を行ってその後遺体は故郷へ帰ることになる。
幸い私自身現場で死者の遺体を取り扱ったことはないが、30年ほど前になろうか、かつてハワイ・ツアーで顧客のひとりが心臓発作で亡くなられた時、夜遅くなって突然添乗員から自宅へ国際電話があった。すぐ添乗員に対してアドバイスをし、指示を与えたことが思い出された。今度の中国の事故は大部分主催旅行会社に責任があると思うので、遺族が遺体の搬送費用を負担することはまずないと思うが、ハワイの例では、死亡原因が死者の病と言う点から自己責任となり、実質的な費用は死者の遺族負担になり、それは遺族にとっては相当重い。親しかった日航パイロットから、その当時一切合財含めて輸送費用として5百万円ぐらいかかると聞いた覚えがある。その点について添乗員を通して死者の夫に実情を話して、遺体とともに帰りたいだろうが、現地で火葬にして遺骨を白木の箱に納めて、夫の手で持ち帰るよう説明させて納得してもらったことがある。
帰国に際して成田空港に迎えに行った時、空港ロビーで涙ながらにご主人から世話になったと丁重にお礼の言葉をいただいたことを思い出す。従ってあの時、昨日のようなあんな大きなコンテナはなく、死者の遺骨は夫の手に抱かれてあまり他の乗客にも気付かれず、ひっそり帰ってくることができた。あまり楽しい思い出ではないが、いつまでも忘れられない、顧客が亡くなられた帰国例である。
思えば、随分昔のような気がする。
2007.2012年11月10日(土) 風前の灯・田中真紀子文科相
田中真紀子・文科相が3大学の開学不認可を撤回して、改めて認可した不手際について昨日になって漸く謝罪したが、ことは納まりそうもない。大臣としての資質に欠けるとして、問責が提出されそうな雲行きとなってきた。与党内でも辞任を求める声が上がるなど四面楚歌の中にある。
日経紙社説は「田中氏に閣僚の資格はない」とまで決め付け、「これほどの混乱を引き起こしておいて、大臣の職にとどまるのはあまりにも無責任ではないか」と大臣辞任を求めている。このほかにも毎日、読売新聞も田中大臣の辞任を求めているが、とりわけ手厳しいのが産経新聞である。同社HP上に「大学不認可騒動、虚言と言い訳の真紀子『暴走大臣』」として約4千語に及んで、過去の罪状(?)を含めて大臣の考え方や行動を徹底して暴いている。「人の心の痛みが分る政治」を志向していた田中氏の真逆の言動が呆れられているのだ。特に記事を書いた新潟出身の酒井充記者にとっては、過去によほど腹に据えかねることでもあったのか、北朝鮮拉致被害者に対する大臣の対応や、外務大臣時代の役所との軋轢などについて容赦しないほどの激しい非難である。やはり、父親角栄氏の過剰な庇護の元に育てられた我が侭し放題の家庭環境が、「人の心の痛めがまったく分らない政治」を行うようにさせたのだろう。
国会ではここへ来て俄かに年内解散の話が浮上してきたが、野田内閣にとっては就任1ヶ月余りで二人の田中大臣の辞任という最悪の事態になって、総選挙で大敗するのがよほど心配なのだろう。いよいよ民主党にはプラスのカードが無くなったようだ。
さて、またお隣の「大国」中国の話題である。25日に開催される北京国際マラソンに日本国籍の選手は参加できないと同マラソン組織委員会が明らかにした。これはどういうことだろう。これでは国際マラソンの看板が泣くばかりか、オリンピック精神に悖るのではないか。「中国国際人種差別マラソン」と看板を付け変えた方がよほどすっきりする。
組織委員会は、日中関係悪化の影響から選手の安全を考慮したためだという。しかし、そんなに心配なら安全を確保するためにコース際に警官を配備すれば良いだけではないか。どこの国の選手も歓迎というのがスポーツマンシップではないだろうか。それを人種差別するが如き行為は、これから大国を志向する小国・中国としては国際社会に対して恥ずかしくないだろうか。
先日北京で開催された今年度世界フィギュアスケート中国大会でも、当初中国の対応はおかしかった。出場選手の安全のためと称して、案に日本選手の出場辞退を求めた。こんなアンフェアな気持ちなら大会自体を開催する必要がなかったのではないか。国際スケート連盟の仲介により、何とか日本選手の出場は叶ったが、男女とも優勝した日本選手の表彰式は、観客を場外へ出してがらんどうな会場で国旗を掲揚し、「君が代」を演奏する異常なセレモニーとなった。
日本はこんな馬鹿げた行為には反応せず、時間はかかると思うが、中国選手を歓迎してイベントを行えば、そのうち中国サイドから歩み寄ってくるのではないか。ぜひそう願いたいものである。中国人は日本を軽蔑して「小日本」と呼ぶそうだが、「小中国」には、このままそう呼ばせておけば良いのではないか。
2006.2012年11月9日(金) 東京新聞のコラム「筆洗」と文化批評「大波小波」
一昨日ノーベル賞受賞者・根岸英一博士の義兄である、鈴木健次・大正大名誉教授にお会いした際、小中陽太郎さんから送ってもらった小中さんの近書「翔べよ 源内」について書かれた東京新聞夕刊のコラム「筆洗」のコピーを差し上げた。鈴木先生と小中さんは東大同期生で、同時にNHKの同期生でもある。そのコラムを鈴木さんにお渡ししたことを小中さんにお伝えしたところ、東京新聞にはその他に文化面の匿名批評「大波小波」があって、それにまつわる裏話が書かれ、伝統ある文化批評であると紹介した小文をメールで送っていただいた。
「大波小波」は東京新聞の前身・都新聞創立以来、延々80年に亘る伝統があり、当初から「痛烈骨を刺す時評」で波紋を投げると宣言したそうであり、芥川龍之介の自殺が社会的に興味本位に取り上げられたことに対して、第1回で「個人の私生活を暴き、巧みに社会問題化しているが、それは他人の迷惑など構わぬゴシップ的興味に過ぎぬ」と手厳しい。その間多くの文人が酒の肴にさせられたり、辛らつなコメントに晒されたり、内輪同士の知らぬ顔で攻撃したり攻撃されたり、話題は尽きなかったようである。かの直木賞の生みの親、直木三十五にしても第2回で「批評ではなくご託宣だ」とけなされている。これが原因ではないが、直木は翌年43歳で亡くなったそうである。
匿名で青野季吉、尾崎士郎、大宅壮一、舟橋聖一氏ら錚々たる文豪が書いていたというからすごい。槍玉に挙げられた文士もまさに綺羅星の如くで、確かに骨太い批評に溢れていたのではないかと推察される。
その小中さんが私のゼミ恩師の追悼文集で、若気の至りで辞表を提出したり、チェコ留学がダメになったり、若き心の悩みを書き綴った拙文について「身につまされる青春だね。後輩でコンプライアンスに飛ばされた男に読ませよう」と仰っていただいたうえに、今度その方をご紹介してくれるという有難いメールをいただいた。
ドナルド・キーンさんのお話を聞くことができる26日のペンの日の集まりでお会いできると思う。
さて、昨日中国共産党全国大会初日に胡錦濤主席(国家主席)が活動報告で、今後の中国の進むべき方向、思想、ビジョン等を述べた。その中で気になるのは、「海洋権益を断固守り、海洋強国を建設する」を強調したことである。周辺諸国とのトラブルをものともせず、公海、更には他国領海へ積極的な進出をしようというのである。それを敢えて国家の政策として打ち出すところに、覇権国家中国の一刻も早く大国たらんとする焦りと好戦的なスタンスを感じないわけにはいかない。今では日本との尖閣諸島の他にも、フィリピンとベトナムとの間で軋轢を生じている。
今後この中国の覇権路線は益々エスカレートしていくだろうが、中国の内部事情の判り難い点は、中国の近未来の国家戦略の柱である海洋進出について次期主席の習近平氏ではなく、今大会で主席の座を去ろうとする胡錦濤主席が内外へ向けて力説したことであり、他の国では有り得ないことであり極めて異常なことではないだろうか。通常は一旦身を退くことを公にしたら、「老兵はただ消え去るのみ」と静かに表舞台から去るのが常識的なシナリオだ。この辺に胡主席の院政の影を感じざるを得ない。更に言えば、すでに10年前に主席を降り引退した筈の江沢民氏が、ひな壇の胡錦濤主席の隣席に座っているのも、不思議と言えば不思議な光景である。
相変わらずよく判らない国である。
2005.2012年11月8日(木) 第18回中国共産党全国大会開幕
昨日はオバマ大統領再選でアメリカ国内も熱気に包まれていたようだが、落ち着いて考えてみると現今の経済情勢は前途多難である。オバマ大統領は選挙運動中と同様、景気下支えのための、財政出動や富裕層への増税を勝利演説でも訴えたが、その道のりは極めて険しい。オバマ大統領の思惑に反して、今日のニューヨーク株式市場はアメリカ財政の先行き不安が高まり、ダウ工業株平均は急落し全面安となった。「アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひく」とはずっと言われ続けてきたことだが、案の定今日の日経平均株価も大幅に値下がりした。
日本の経済立て直し以上に、オバマ政権には世界経済復興のためにもアメリカ経済を立て直してもらわなければどうしようもない。実際今日財務省が発表した2012年度上半期の経常収支黒字が前年同期に比べて41%減という厳しい数値を示し、上半期黒字額としては1985年以来過去最低となった。
こんな非常事態下にも関わらず、いつもながら日本の政治はぱっとしない。衆議院解散の言質を口実に自分らに有利にことを運ぼうとする与野党の駆け引きと鞘当が、実はとんでもない事態を引き起こしたとも云える。2日に下した田中真紀子・文科相の判断を巡って衆議院文科委員会で野党のみならず、与党内からも田中大臣に対する激しい反発があり問責決議まで話題に挙がっている。
ついに田中大臣は3大学の開学不認可の当初案を引っ込め、一転現行基準で認可をすると態度を変えて発表した。不認可とする「英断」発言から僅か5日後のことである。田中大臣の軽薄な「朝令暮改」的言動により右往左往させられた大学当局はほっとしたのかも知れない。つい口を滑らし「勝ったと思った」とする大学側の軽はずみな世迷いごともあった。紆余曲折の末、教育関係者だけで構成する審議会ではなく、田中大臣が求めている外部から人材を迎える審議会となるよう制度を変えるということは、いずれ実現されるだろう。
それにしても大臣の真意はともかく、自分の存在感だけをアピールしようとのパフォーマンスにより、独断的で一貫性に欠ける言動によって事態を混乱させた大臣と、自分たちの立場だけを守ろうとする文科省当局の責任は重く、大いに反省してもらわなければ困る。とにかく来年4月の開学は認可され、一時振り回された大学側は安堵したことだろう。
さて、今日から中国では第18回共産党全国大会が開かれている。5年に一度開かれる党大会であるが、今年の大会は指導部が交替するため、世界中から注目されている。10年間に亘って中国のトップに君臨してきた胡錦濤主席(国家主席)は習近平氏に後事を託して身を退くと見られているが、影響力を残し、院政を敷くのではないかとの観測も根強い。
この10年間で中国経済は飛躍的に発展し、その存在感を世界にアピールした。今日の胡主席の演説でも2010年の国内総生産(GDP)と国民1人当たりの収入を、2020年までには2倍にすると自信満々の目標を掲げた。現状は国民の間には経済格差が広がり、中央幹部から下級役人に至るまで汚職が蔓延し、国民はさほど繁栄を享受しているようには見えない。そのうえ露骨になった覇権主義が世界、特に東アジア諸国から警戒されている中で、国家のリーダーとして国家、国民をその理想に沿って発展させていくには相当な決意と努力が求められる。
2004.2012年11月7日(水) オバマ大統領再選と東京湘南有志会
昨6日はアメリカ国内はもとより、世界中の注目を集めている4年に1度のアメリカ大統領選挙投票日だった。時差の関係でどうしても日本の報道にはズレがあるが、今日午後辺りからメディアが刻一刻投票経過を伝えている。4年前は、マケイン共和党候補に対するオバマ大統領の圧倒的な勝ちっぷりと、スマートに語る‘Yes,we can.’の一語が強く印象に残った選挙だった。しかし、今回はそのオバマ民主党候補とロムニー共和党候補が拮抗して、その結果を読みきれず、結局昨日の投票まで持ち越された。
予想通り激しいつばぜり合いの末、午後になってアメリカのメディアもオバマ優位から、オバマ再選確実へと風は徐々にオバマへなびいて行った。夕方になって最終的にオバマ大統領の再選が決定した。
オバマ大統領が引き続いて大国アメリカの舵取りを行うことは、外交音痴の日本政府にとっては大きな変化がない点で救われるかも知れないが、今後よほど腰を据えて対米外交に真剣に取り組む気持ちがないと、鳩山由紀夫・元首相が日米間に若干亀裂を生じさせてしまった、両国の友好関係を修復させることは難しいのではないかと思う。
当面大きな動きはないと思うが、国際関係が多面的で複雑化している現在、アメリカが今後も世界の一等国として自我を強引に押し通すのも難しくなってくるのではないか。それに合わせてわが国はどうやって日本の言い分を世界に訴えることができるだろうか。期待半分以下、不安半分以上である。
さて、今夕主に東京で活動する湘南高出身者の集い「東京湘南有志会」が、大手町ビル23階の「宴」で開かれた。先日野球部OBの佐々木信也さんから電話で出席されると伺っていたので、楽しみにしていた。実は、昨年書いたエッセイ「トラック島の日系大酋長が見せた大和魂と謎」を、知り合いの元新聞記者らの勧めで少し膨らませて単行本にする企画について、佐々木さんからプロ野球時代の話をもう少し詳しく聞く必要があった。佐々木さんは極めて好意的で近い内に元チームメートとマネージャーに会わせてくれると約束してくれた。
また、ノーベル賞受賞者・根岸英一博士ともそのエッセイについて話をして、エッセイで大きく触れた母校を単行本でPRしましょうということになった。同期生の元通産次官・牧野力くんは6月に私が検証のためアンマンを再訪したエッセイを読んで驚いたとも、感動したとも言ってくれ、トラック島と大酋長一族のプライバシーの書き方が難しいがぜひトライして欲しいと激励された。彼はこのエッセイの主役の一人でもある、森喜朗元首相とも親しいようなので、大変好都合である。いずれ森元首相ともまたお会いして父上のお話を伺わなければならないし、トラック島も再訪して大酋長の娘さんにも会って直接話を聞く必要があると思っている。
この件については、まだまだ検討すべき多くの課題が残されているが、何とかまとめて楽しく読んでもらえるドキュメントに仕上げてみたいと考えている。