充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2018.2012年11月21日(水) セルビア語訳書の岩波文庫出版について
駒沢大で公開講座を受講した後、清田義昭講師とともにバスで渋谷へ出て、定番の「ハチ公像」前で一昨日ベオグラードから一時帰国した山崎洋さんと会った。3人で夕食を取りながら、山崎さんの翻訳書「山の花環」の出版について改めて話し合った。すでに4月に話した一件だが、山崎さんの思うようには計画が中々進まない。その後清田講師から岩波、中公、新潮等々にも話を通してもらったが、希望通りにはならなかった。その後セルビアへ戻った彼ともメールで話合った中で、彼が岩波文庫出版に強く拘っていることを知り、清田講師に改めてそのコネクションをお願いしたところだ。
今日清田講師と山崎さんがその点をじっくり話し合い、また山崎さんの翻訳書への思い込みと原作者ニェゴシュに対するセルビア人の気持ちを清田講師が汲み取ってくれ、近々清田講師が改めて岩波へ山崎さんの気持ちと「山の花環」の出版価値等を伝えてもらい、担当者と山崎さんの橋渡しをしてもらうことになった。まぁ少し話が進捗したので、ほっとしているところだ。
偶々ではあるが、来年2013年は岩波書店創立100周年の記念すべき年に当たり、同時にニェゴシュ生誕200年に当たる。この符牒も何かの因縁だと思うので、岩波が101年目の文庫企画の中にぜひともニェゴシュ作、山崎洋訳「山の花環」を加えられることを切に望んでいる。
2017.2012年11月20日(火) ビルマ民主化とビルマへの経済支援
再選後最初にアジア諸国を訪問先としたオバマ米大統領とクリントン国務長官は、昨日ビルマを訪れた。オバマ大統領にとってビルマは初めての訪問であり、アメリカ政府のビルマへの援助再開のスタートとなった。
オバマ大統領のビルマへの訪問は、ビルマ政府に対する経済封鎖解除を世界へ訴える狙いがあった。大統領は滞在僅か6時間の間に、ティンセイン・ビルマ大統領と会談し、2年間で136億円の経済援助を約束した。
昨日カンボジアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議に出席した野田首相も日本から500億円の資金援助を約束した。日米両国がビルマ政府の民主化進捗を歓迎してビルマへ援助を再開したのは、その一方で中国のビルマ国内におけるインフラ事業に伴う中国の圧倒的な存在感を少しでも抑えようとの思惑があるからである。
そのビルマで民主化運動のリーダーで、国会議員でもあるアウンサンスーチーさんの政治家としての存在感が今少しずつ薄くなりつつある。月刊誌「選択」11月号に、「色褪せるアウンサンスーチー」として取り上げられているが、その副題にはやや悪意があるのではないかと勘ぐりたくなるような「政治家としては『役立たず』か」と極めて露骨で辛らつなタイトルがつけられている。
今年クリントン長官が初めてビルマを訪れ、スーチーさんと会った時お互いに抱擁し、スーチーさんの不屈な民主化への不屈な行動を高く評価したクリントン長官だったが、どうも最近では政治家としてのスーチーさんの力量にやや疑問を感じているようだ。15年間も軟禁状態に置かれ、外部との接触を禁じられ、国民的人気がプレッシャーとなって下手に動くこともできず、また周囲にも必ずしも優秀な人材に恵まれているわけでもない。ただ、最もスーチーさんの評価を下げたのは、ビルマ国内の民族問題にスーチーさんが一歩引いた発言をしたことが大きく影響しているようだ。ビルマには現在少数民族だけでも130以上もあると言われており、複雑な民族問題が国内における大きな社会問題となっている。「選択」は西部ラカイン州で勃発した仏教徒と少数派イスラム教徒・ロヒンギャ族の衝突事件で、ビルマ国籍を与えられていない最下層の棄民・ロヒンギャ族に対するスーチーさんの対応について、「ただでさえ複雑な民族問題を抱える中で、国民ですらない『異教徒』に肩入れするのを避けた」と手厳しく非難している。
しかし、これはスーチーさんには少々厳し過ぎると思う。15年間手足を縛られ、外との連絡も絶たれて苦しみながらビルマの民主化のために耐え続けて、1年前に漸く自由の身となって公に活動を始めたばかりである。ロヒンギャ族問題にしても情報のない中で、スーチーさんはほとんど何も知らされなかったのではないだろうか。今でもビルマ民主化のためには、スーチーさんはなくてはならぬ人であるし、彼女がいなければ、今日の民主化の芽もなかったのではないかと思う。
中国のビルマにおける影響力をできるだけ排除したい日米両国としては、極力ビルマへ支援を続けようと考えている。日本としては、30年以上前には絶対額は少なくても、相対的に影響力があった存在感を再びビルマ国内で取り戻し、日本とビルマの経済的な友好関係を維持しようと考えている。
アジアでもまだ充分開発されていない自然資源の宝庫であるビルマに対して、戦前から歴史的にも、ビルマ独立の過程でも強いつながりのある日本が、経済制裁解除を機に経済面ばかりでなく、人的交流の伴う文化的な援助を含めて援助の手を差し伸べ、中国とは違った形でその存在感を高めてもらいたいものである。
2016.2012年11月19日(月) 心配なパレスチナ情勢
イスラエル空軍機がパレスチナ自治区のひとつ、ガザ地区を空爆して、イスラム過激派組織ハマスから反撃を受け戦闘に火がついた。これまで危険な綱渡りのように、危ない均衡状態が保たれていたイスラエルとアラブ諸国のバランスが微妙に崩れた。これは単にイスラエルとハマスの戦いだけではなく、かねてからイスラエルによるイラン攻撃が懸念されていたように、他のアラブ諸国とイスラエルの多角的な局面での戦いが点火する危険性が増してきた。
18日になってエジプトが仲介したイスラエルとハマスの停戦交渉が平行線のまま終わった。
この先パレスチナを巡る駆け引きと交渉はどうなるのだろう。もともと好戦的なイスラエルはイランの核施設を攻撃すると度々公言していたが、或いは最近になってその機が少しずつ熟してきたのだろうか。
1967年勃発した第三次中東戦争では、アラブ諸国のうち、シリアはゴラン高原を、ヨルダンはヨルダン川西岸を、そしてエジプトはガザ地区をイスラエルに奪われ、アラブ諸国はイスラエルによって完膚なきまでに叩かれた。その直後に現地を訪れた時感じたアラブ人の怨念を胸に、長きに亘って反撃の機会を狙っていたアラブ側が、今月に入りついにシリアがイスラエル占領地に迫撃砲を着弾させ、一触即発の危険性は高まってはきていた。
今年6月ヨルダンとイスラエルを訪れた時に現地で感じたのは、お互いの反発や反感ではなく、むしろ意外なほど冷静な両国の感情だった。少なくとも敵対心とか、嫌悪感は表面上感じられなかった。それが第三次中東戦争の敵対国同士でありながら、陸路で国境を越えられる意外に緩い出入国管理に接してみると、事前に懸念していた両国間の強い怨念の篭った対立感情が和らいでいるのではないかとさえ思わせるものだった。
当事者が考えることと、我々部外者が感じることにはもちろん落差があるとは思うが、それにしても中東戦争当時の殺気立った雰囲気がほとんど感じられなかった6月の空気と、ここ数日のイスラエルとアラブ諸国の間に急激に高まってきた嫌悪感剥き出しの感情的な対立はどう理解したら良いのだろうか。
願わくは、戦火が地上戦へエスカレートして欲しくはない。
2015.2012年11月18日(日) 政治的にも外交的にも頼りにされなくなった日本
解散総選挙に向けて与野党、第三極とも呼ばれる「日本維新の会」を始め、他政党も一斉に走り出した。先日4年に一度のアメリカ大統領選挙が大きな脚光を浴びるのと時を同じくして、中国共産党全国大会及び最高幹部の交代も大きく注目された。その最中に多分6年間で7人目の総理大臣が選出されるであろう、日本の解散総選挙は外国でも一寸ばかり報道されたが、それもいかにも皮肉交じりである。残念なことは知日派のハーバード大学名誉教授エズラ・ヴォーゲル氏の朝日新聞に紹介された言葉にも表れているように、日本の政治と外交が世界から関心を持たれることなく、期待もされなくなっていることである。
今朝の朝日新聞で昨日の石原・橋本新党発足について、「石原代表・橋下代行―維新・太陽合併に合意」とニュースではトップ記事に取り上げながら、社説では「総選挙『維新と太陽』腑に落ちない合流だ」と首を傾げられ、その合意について手厳しく批判されている。
朝日2面の「座標軸」では、解散総選挙についてヴォーゲル教授の最近のコメントを取り上げている。「日本ではあまりにリーダーがくるくると代わり、政権が弱すぎるので、米国政府も日本とは長期の話ができなくなった。忍耐力を失ったのです。その点、異質な相手でも中国となら長期の話合いができる」と対中外交に比べて、がっかりするような内容が書かれている。日本とは真剣な外交ができないと友好国のアメリカから袖にされるような見方なのは何とも情けない。
かつて1970年代に流行ったヴォーゲル教授の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を始めとして、私の書棚にもエドウィン・ライシャワー著「ザ・ジャパニーズ」、ロベール・ギラン著「第三の大国日本」、ハーマン・カーン著「超大国日本の挑戦」等々錚々たる名著が並んでいる。当時の経済大国・日本を賞賛する声はひっきりなしだった。私もこれらの書を読み耽り日本の底力を随分頼もしく思ったものである。それが、30有余年の間に徐々に地盤沈下して最大のパートナーであるアメリカからの評価も下がり、今では外交の相手として頼りにされなくなっているのが実態である。
しかし、現実はすぐに解決できるものではない。漸進的にあるべき姿へ軌道修正していかざるを得ないのではないか。現状を見ていると気の遠くなるような話だが、それも仕方ない。我々国民が選んだ政治家が、真面目に職務を遂行してくれないのだから、しゃくに障るが、選んだ我々にも大きな責任があると言わなければなるまい。
2014.2012年11月17日(土) 石原新党「太陽の党」が「日本維新の会」に合流
衆議院解散により各政党は一気に総選挙モードに突入した。世評では政権政党の民主党は離党者が絶えず、このままでは第1党はもちろん望むべくもなく、野党に落ちて議員数も相当減らすだろうとの見方が強い。取って代わるのは、政権奪還を狙う自民党で、いずれにせよ現時点では政権交代の可能性はかなり高いと思う。
それ以上に今回の総選挙で広く関心を集めているのは、橋下徹・大阪市長が代表を務める「日本維新の会」と東京都知事を辞めたばかりの石原慎太郎・党首の「太陽の党」の、第三極の流れと影響力である。
それが、今日唐突に驚ろかされたのは、その2つの党が合流すると発表されたことである。つまり、石原新党と橋下新党が手を結び一つの政党として、民主・自民党ら既成政党を相手に総選挙で戦おうというのである。まさかこれほど性急にことを進めるとは思いも寄らなかった。まだ、提携するにはまとめるべき政策課題が沢山残っていると思っていただけに意外なスピードぶりには些か驚いている。石原氏が再三繰り返し言っていた「小異を捨てて大同に就く」に納得して踏み出したのだろうか。発足したばかりの「太陽の党」を敢えて解散までして「日本維新の会」へ合流するというのもびっくりである。代表は石原氏、副代表が橋下、幹事長は「日本維新の会」の松井一郎氏、国会議員代表は「太陽の党」の平沼赳夫氏だが、果たして他の第三極を目指す会派とともに政策協定を結びながら、どれほどの風を巻き起こし、台風の目となることができるか。
石原代表はすでに80歳でかなり高齢であり、自身最後のご奉公と言っているように、短期決戦で第三極の道筋さえつければ佳しとしているのかも知れない。
ただ、既成政党にとっては自分たちの縄張りの中で、談合して票を分け合っていたような政界だけに、まったく異質な政治家集団が切り込んできたことは、彼らにとっては衝撃であろうし、政界には新風を吹き込むという点で意味のあることだ。
今の政治は世の中の動きに大きく後れて国民の信頼を失っているだけに、この大転換期に際して新しい政治の風と流れを呼び起こし、社会をリードして政治に対する信頼を回復して欲しいものである。
その点で石原・橋下新党の影響力はどうなのか、注目して見てみたい。