ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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2028.2012年12月1日(土) 大ウソツキの新党代表者・嘉田由紀子知事

 毎年1度だけ講義を引き受けている東京交通短期大学の「特別教養講座」で、今日「海外ひとり旅のすすめ」と題してパワーポイントを使用しながら、1時間40分間学生相手に私のひとり旅体験をベースにした講義を行った。臨場感、現場に行かないジャーナリスト、大事件の予知、現場体験で培われる勘、読書のすすめ、手紙と日記を書く習慣をつけること、等々について持論を話した。

 担当の桑原賢二助教がかつて私の下で働いていてくれた関係もあり、遠慮なくスムーズに打ち合わせすることができるので助かる。松岡弘樹副学長も交えて就職問題を話し合ったが、同短大では学生が交通関係企業への就職に拘る傾向があるので、採用数も減りつつある鉄道会社などの事情を考えると、全般的に就職が年々厳しくなってきたと実態を話していただいた。

 そういう厳しい就職環境の中にある学生を対象に、思い切って海外へ武者修行してみろと薦めてもどれほどの効果があるかは分からないが、例え少なくとも若いうちにどんどん海外へ出かけ、外国人の考えを直に知ることは将来的にも決して無駄ではない。若者には少しでもそういう事情を分ってくれて海外へ出かけ、多くのことを掴み取って欲しい。

 さて、昨日は外出していたので残念ながら総選挙を前に、開かれた11党による党首討論会をテレビで観ることはできなかった。雨後の筍のように乱立した政党が、既成政党に対してどれだけ自らの公約を主張して独自性を訴えることができるか関心を持っていたが、朝令暮改のように主張がころころ変わるので些か戸惑いを覚えるほどである。

 今日一番がっかりしたのは、発足したばかりの「日本未来の党」の嘉田由紀子代表の発言である。これまで嘉田代表は脱原発という以上に卒原発を主張していた。当初は原発再稼動を認めない立場から協調していたと思っていたところ、その後「日本維新の会」の橋下副代表と袂を分ったのはそもそも脱原発に対する考え方に大きな違いを感じたからである。嘉田代表は断固原発再稼動に断固反対の立場にいると思っていた。事実昨日の党首討論では、「大地を汚し、ふるさとを奪う原発から卒業する。10年後までの卒業を目指す」とまで述べていた。しかも「日本未来の党」副代表は原発再稼動に終始反対してきた、環境エネルギー政策研究所所長である飯田哲也氏である。

 しかるに今日午前テレビの嘉田代表の発言は、「原子力規制委員会が安全性を担保し、必要という判断を政府がした場合には再稼動になる」とこれまでの主張を180度ひっくり返してしまったのである。はっきり言って、今日嘉田代表は国民に対して大きな嘘をついたことになる。よくもまあこんな嘘をテレビで国民に向かって平気で言えるものである。これまで学者らしく誠実に知事職をこなしてきたと考えていたが、いざとなればこんな裏切り行為を堂々と行う人間なのだということを世間に暴露した。

 これほど1日で国民を騙した人はあまりいないのではないだろうか。大人しく、実直そうな雰囲気を漂わせていながら、やることはヤクザも顔負けではないか。「日本未来の党」なんてとても信用できない。

2012年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2027.2012年11月30日(金) 山崎洋さんの講演を聞く。

 日本セルビア交流130周年記念行事「日本とセルビアの交流についての講演会」が、日本セルビア協会主催・在日セルビア共和国大使館後援により学習院女子大で開催された。ゲスト・スピーカーは山崎洋さんだ。先週渋谷で会った時、ぜひ出席するよう依頼されたので、ゼミの仲間3人と高田馬場駅で待ち合わせ、初めて学習院女子大へ向かった。暗くなったので、キャンパスの情景はよく分からなかったが、それでも女子大としては中々良い環境で、建物も新しい。

 山崎さんに先立ち日本セルビア協会会長で三井物産戦略研究所特別顧問の都甲岳洋・元ロシア大使が15分間前座講演を行った。都甲氏は元外交官らしく日本とセルビアの公式外交関係について歴史を遡って話された。1882年3月10日ミラン一世オブレノヴィッチ王が明治天皇に書簡を出し、明治天皇から返書が届いたことで国交が始まった。あまり知られていないが、2007年今上天皇誕生日を祝して、セルビアで「初日」と題された記念切手と封筒が発売されたことについても話された。

 山崎さんの講演テーマは「私の日本・セルビア文化交流史」で、大学卒業後渡った旧ユーゴにおける翻訳家人生と父・ブーケリッチ氏のポリティカ紙への送稿文をユーモアたっぷりに解説してくれた。特に、翻訳家として先輩の故田中一生氏について述べたことが印象的だった。山崎さんは田中氏との共訳著書が多い。田中氏の人間性、能力、心構えなどに惹きつけられたと敬愛の念を込めて語っていた。今岩波文庫で発行するべく話を進めているセルビアの抒情詩人ニェゴシュの著書「山の花環」について、生前田中氏に文庫本として上梓すると約束したと話していたが、山崎さんが岩波文庫本に拘っていた気持ちが何となく分ったような気がした。

 9日に西国分寺でコンサートを開くセルビア在住のヴァイオリニスト豊嶋めぐみさんも会場へ来られて、山崎さんから紹介された。

2012年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2026.2012年11月29日(木) 徐々に高まってきた選挙ムード

 一昨日新党「日本未来の党」が結成されたが、これは「卒原発」とか「脱原発」とか、要するに原発稼動をやめるということを「錦の御旗」に、この指止まれとばかりに第三極を結集しようとのひとつのプロパガンダ的動きである。そこへ最近存在感が薄くなっていた「国民の生活が第一」が積極的に合流し、他にも「脱原発」の一点で合流を模索している集団がある。

 来月4日の総選挙告示を控えて慌しい動きであるが、あまりにも短兵急にことを進めている様子から察するに、「日本未来の党」嘉田代表も表向きは、「国民の生活が第一」の小沢一郎代表を役職に就けないと語っているが、果たしてどうだろうか。党内で圧倒的な勢力を占め、百戦錬磨で選挙上手の小沢氏をないがしろにする形で総選挙も党内結束も順調に行くのだろうか。現時点ではともかく、総選挙後に波風を立てずにうまく話し合って行けるのだろうか。今のところ小沢氏は沈黙を守っているが、小沢氏周辺はいずれ出番が来るだろうから、それまで出過ぎた行動を差し控えていようとの自制があるのではないかと勘ぐらざるを得ないところだ。これから他のグループの合流も考えると、あと半月の間に合従連合、付和雷同などが激しくなり、今までとは少し違った選挙戦になるような気がしている。

 それにしてもひとつ気になっていることがある。今度の嘉田滋賀県知事ばかりでなく、橋下大阪市長、松井大阪府知事など、都知事を辞めた石原氏は別にして現職の地方自治体の長が、総選挙の台風の目になっているが、全国に遊説に走って本職の首長の業務は大丈夫なのか気になるところである。

 今朝の日経紙の世論調査によると、支持政党ではトップは自民党23%、次いで「日本維新の会」15%、民主党は三番人気で13%だそうだ。まだできたばかりで不安定な「日本未来の党」は、旧世帯の集団を集めると5%ほどになり、公明党とみんなの党のそれぞれ4%を追い抜くことになり、このまま伸びれば声強き党になるのではないだろうか。それにしても、「脱原発」だけでは投票しようにも判断材料が少なすぎるのではないかと思う。

 今日総選挙と同じ投票日の東京都知事選が告示された。都知事選も多くの候補者が立ち、選挙戦がどうなるのかちょっと判断がつかない。石原前都知事の辞任があまりにも唐突だったため、候補者自身も心の準備ができていなかったようだ。こちらは国政と違って争点は新銀行東京の扱い、五輪招致、行政改革などだが、東京も予算規模としては韓国やノルウェイに匹敵する規模で、それがため両国の大統領と同じ権限を持っていると勘違いする御仁がいるようだ。

 今度の知事選では、これまでの石原前知事が80歳という高齢だったせいもあろうが、9人の候補者がややお歳を召していることが、厳しい問題を抱える都政を担っていくうえでかなり健康上の負担になるのではないかとの心配がある。3人の高齢候補、84歳の中松義郎氏を筆頭に、77歳の笹川尭氏、76歳の元ネパール大使・吉田重信氏、そして伯仲するであろう猪瀬直樹・元副知事66歳、弁護士・宇都宮健児氏66歳、松沢成文・前神奈川県知事54歳の有力3候補と、3人の泡沫候補、81歳、64歳と46歳で、平均何と68.2歳である。在職中に70歳を超える。激職の割りには、少々年老いていないだろうか。

 ちょうどこのブログを書いていた夜9時少し前、総選挙に関して投票行動のアンケート調査に協力を求める電話があった。地元選挙区の候補者名、比例代表区の党名、投票に行くか行かないか、年齢・性別などについて録音による無機質な協力要請だった。まだ考えがまとまっていない中で多少中途半端に応えてしまったかも知れない。

 これから選挙ムードが高まってくるにつれて世間も騒然としてくるだろう。しかし、これは一国民として受け止め、応えなければならないことだと思う。

2012年11月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2025.2012年11月28日(水) 永山事件に隠された複雑な事情

 今日駒沢大で今年度最終回の講義に出席した。いつも清田義昭講師が精選される社会的問題作品のビデオを鑑賞するが、今日鑑賞したのはNHK教育テレビの「永山則夫100時間の告白」で、副題として「封印された精神鑑定の真実」が付されていた。1時間半もので、80分の授業では時間不足なので、いつもより早めにスタートさせたいとの清田講師の考えもあり、普段より早く出かけた。

 永山則夫とは昭和43年に世間を恐怖に陥れたあの連続殺人犯である。何の縁もない4人の市民を殺害した少年死刑囚として世間を騒がせた、連続殺人事件犯人・永山則夫の精神鑑定書を書いた石川義博・精神科医師が、犯人とのけれんみのない会話を録音した49巻・100時間の記録のダイジェストである。今まで寡聞にして知らなかった内容だった。石川医師が犯人永山に面会して長きに亘って録音すると同時に、永山の母親からも話を聞いて複雑で壊れた家庭環境、肉親の愛情に恵まれなかった少年時代を描くことによって、犯罪に走った永山の暴走ぶりを許容せざるを得ない気持ちにさせる作品である。

 問題となったのは、ひとつに裁判で精神鑑定書が採用されず、また最後には同鑑定書に石川医師が指摘した永山の大人として成熟していない点を永山自身が他人事のように述べたことである。また、医師が正常な家庭環境ならこのような事態にならなかったと指摘したことに対して、検事が家庭がダメでもまともに成長した人間はいくらでもいると論告の中で述べたが、永山の場合、両親が不仲で、幼少時に面倒をみてくれた長姉は精神病院へ入退院を繰り返して若くして亡くなったり、高校生の時女性を孕ませた早熟な長兄、次兄とも警察のお世話になって若くして世を去っている家庭環境からすれば、医師の指摘は至極的を射ている。その裁判の結果を左右する場で重要資料の精神鑑定書が採用されなかったことが、後々まで司法の在り方に問題を残したのではないか。

 4人を殺害したとは言え、当時永山はまだ少年だった。その点で罪が軽減されることはないが、1審で死刑判決を受け、2審で無期、最高裁で再び死刑となった難しい裁判だっただけに、重要な要素を含んだ石川医師の精神鑑定書が採用されなかったことはやや疑問を残したと思う。

 救いは、永山が死刑を望んでいたかのような死生観から、一旦は永山に裏切られたと感じた石川医師が、実は永山が医師の指摘を充分理解していたことを永山の鑑定書に書き込まれたメモから汲み取って石川医師も納得したことであり、永山の最後の写真が意外に安らかで良い笑顔だったことである。

 いずれにせよ昭和43年永山が犯した連続殺人事件は、その当時世間に強い衝撃を与えた。今もって司法の場で反省を含めて多くの問題を提起しているのは、いかにも特異な事件であり、特異な犯人によって引き起こされたからだということをつくづく感じさせられる。

2012年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2024.2012年 11月27日(火) 終戦翌日の讀賣新聞「社説」

 今年の駒沢大の公開講座も今週が最後だが、今日は2つの講座を合体してそれぞれ担当の菱山郁朗講師と片山正彦講師が代わる代わる交替して講師を務め、現在日本が抱える大きな問題として挙げられている、憲法改正、原発、中国問題などについて受講者の意見や考えを聞きながら授業を進めるスタイルを採った。僭越ではあったが、私も60年安保闘争に参加した忸怩たる経験から感じ取った考えとして、現行憲法に対する一般的な理解の現状と、憲法と安保条約の関係などを話し、改憲に反対する持論を述べさせてもらった。

 冒頭菱山郁朗講師が資料を配布してくれた。終戦翌日・8月16日付「讀賣報知新聞」だった。当時の新聞は裏表の1枚紙だったと思うが、その一面に「鈴木内閣総辞職」「阿南陸相自刃」「休戦協定連合軍代表マッカーサー指名」等々の鮮烈な歴史的トピックスが掲載されている。更に社説には「気力を新たにせよ」と題した一文が載っている。当時の讀賣新聞論説委員で、何と菱山講師のご尊父が書かれたものである。以前話には伺っていたが、このような玉稿を手にして興奮すら覚えた。菱山講師もこのような名文を書かれた父上を尊敬されていると話されていたが、最も心を打たれたのは、敗戦が決まってからほとんど時間的余裕がない中で、翌日の朝刊に敗戦の現実と今後の日本の歩むべき道筋、そして日本人が再起するために、政治の安定と若返りについて書き、提言していることである。

 予想もしなかった現実に、慟哭し悲憤痛憤した中で狂騒にかられることなく、何を置いても堪忍が大切だと切々と訴えている。筆者の心中を思うと切ないものがある。

 終戦でしゅんとなった当時の日本国民の惨めな気持ちを思い、日本の再生を誓った国民心情を考え、改めてこの新聞に目を通すと今の日本人は当時の人々の気持ちを忘れてしまったような印象を受ける。その意味では、このような当時の新聞記事を精読することによって歴史を学び、未来観を育み、しっかりした日本観と自己思想を構築することができるのではないかと考えた。学生たちに対しても昔の新聞を何度も読み返して、当時の人々の心情を斟酌するような研修の仕方を考えてみてはどうだろうか。

 さて、今日の授業の中でさわりとして述べておられた政界第三極の一分が、また大きく動き出した。嘉田由紀子・滋賀県知事が「日本未来の党」を立ち上げると発表した。第三極の中でも「日本維新の会」と脱原発構想で相容れなかったために、「脱原発」を旗印に新たな仕掛けを行ったのである。夜になって早速小沢一郎氏が代表を務める「国民の生活が第一」が合流を決断した。更に毀誉褒貶の激しい「脱減税党」も合流を視野に入れているようだ。まだまだ一波乱も二波乱もありそうで、当分目が離せそうにない。

2012年11月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com