充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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2038.2012年12月11日(火) 敦賀原発に廃炉の結論を下すのか。
昨日原子力規制委員会では、「日本原子力発電敦賀原発の2号機建屋の直下に活断層がある可能性が高い」と全委員の判断が一致し、田中俊一委員長も「今のままでは再稼動の安全審査はとてもできない」と述べて、敦賀原発は廃炉となる公算が大きくなった。
国の指針では原子炉の建屋など安全上、重要な施設を活断層の真上に建てることは認めていない。大飯原発に始まった原発の断層調査で、規制委員会がほぼ活断層と判定するのはこの敦賀が初めてである。
敦賀原発1号機はすでに稼動して42年が経過した。規制委は40年以上の原発は原則として再稼動を認めない方針を示してきた。活断層の上にある2号機もすでに稼動から25年が経った。これも再稼動が難しくなった。増設の計画があった3号機と4号機の可能性も薄れてきた。
規制委は引き続き東北電力東通原発、北陸電力志賀原発の敷地内を調査する。今回の調査結果は明らかにクロと判定され、再稼動への道は閉ざされたように思えるが、これは科学的な判断である。実際に廃炉となるかどうかは、事業者である日本原子力発電の決断であるが、日本原子力発電そのものの経営にも影が忍び寄っている現実を考えると、同社がすんなり廃炉を受け入れるとも思えない。実際、昨日の規制委の結論に対しても、同社は受け入れがたいと同社独自の追加調査を行うという。しかし、それ以上に最終的な結論は、国のこれからのエネルギー政策によって導き出されるべきであると思う。
いま衆議院総選挙でエネルギー及び原子力政策は大きな争点のひとつになっているが、あまり突っ込んだ議論が戦わされている様子が見られない。告示直前になって再稼動容認から正反対の脱原発へ転向するなど、確たる信念で活動しているのか怪しい政党もある。それぞれの政党が脱原発へ向けたスケジュール表をきちんと示してくれないことが一番困る。
果たして総選挙を制した次の政権政党はいかなる道筋をつけて脱原発、或いは悪くすると再稼動の道筋を示すのだろうか。注目してみてみたい。
さて、急に冷え込んできて各地に大雪をもたらしているが、ご他聞に漏れず昨晩山岳地帯にもドカ雪が降った。昨日から今日にかけて3件の遭難騒ぎがあった。そのひとつが、南アルプス・仙丈岳で遭難した53歳と47歳の兄弟のケースである。私自身、かつて山男として仙丈岳には夏1回と冬2回ばかり登山企画を立て現地へ赴いたが、冬は北澤峠近辺でテントを設営して雪上訓練をするのが目的で、最初から頂上を極める予定はなかった。雪山の仙丈岳はそう簡単に征服できる山ではない。この時の写真が私のホームページのトップに掲出してある。夏山では仙丈岳と甲斐駒ケ岳に登頂したが、中央線車窓から見える美しい山容の駒ケ岳に比べて、仙丈岳は見え難く標高も3033mの高さを誇り、長い歩行の末に漸く辿り着くことができる懐の深い山だ。一旦奥まで入ったら中々捜索するのも難しいような気がする。現時点で一人は心肺停止状態で、もう一人は行方不明のようだ。無事でおられることをお祈りしたい。
2037.2012年12月10日(月) 俳優・小沢昭一さん逝く。
最近大物芸能人が鬼籍に入るニュースが目について寂しい気がしている。今日も午前1時過ぎ個性的な俳優・小沢昭一さんが亡くなられた。享年83歳だった。つい最近歌舞伎役者の中村勘三郎が亡くなられたばかりで、1ヶ月前にも女優の森光子が亡くなられた。それぞれひとかどの役者だった。メディアでは小沢さんは伝統芸の勘三郎ほど騒がれることはなかったが、映画はもとより、舞台、放送などでも幅広く、丁々発止と活躍された。私はラジオを聴くことがほとんどないので、これまで小沢さんの独特の語り口を耳にすることはほとんどなかった。それが新聞に依れば、TBSラジオの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、1973年1月に始まり、昨年5月に1万回を突破し、今年9月1万355回が最後だったというから私のブログ連続2千回程度では甘っちょろいと自覚している。この程度に満足せず、まずは連続3千回、理想として1万回は無理としても、せめてその半分の5千回を目指したい。
さて、お隣のお騒がせ国・北朝鮮が先日今日10日から22日の間に人工衛星(実際は長距離弾道ミサイルと見られている)を打ち上げると公表し、日本を始め周辺各国はその打ち上げに強く反対を唱えつつ、その対応策に追われている。それが打ち上げ予定日に入った今日になって、ミサイルに技術的欠陥が発生したとして、打ち上げは1週間延期され29日まで延びたと朝鮮中央通信が一方的に発表した。毎度のことながら周辺諸国をいらいらさせ迷惑をかけている。いつも北朝鮮に同情的な態度を取る中国も、今度ばかりは日米韓と連携して打ち上げを中止するよう北朝鮮を懸命に説得しているが、子どものような北朝鮮は依怙地になって自らの独断的な主張と立場を繰り返し述べては、聞く耳を持とうとしない。
日本政府も打ち上げに備えて石垣島へイージス艦を出動させたり、迎撃ミサイルPAC3を配備させたり大童の対応に明け暮れている。北朝鮮の気分次第で緊張状態を強いられる各国こそいい迷惑で堪ったものではない。北朝鮮はいつもながら偉そうなことを言う資格なんてとてもない。
それにしてもこの機会に、J-ALERT(全国瞬時警報システム)を管理する消防庁の上層組織トップの樽床伸二・総務大臣が、居並ぶ消防庁幹部を前にJ-ALERTの運用を睨み激励の挨拶の最後に「~よろしくお願い致します。ありがとうございます」とスピーチを締めていた。だが、組織のトップが瞬時も目が話せないような緊張を強いられる業務の中で直属の部下にこういう言葉遣いをするのは少々おかしくはないだろうか。優しい(易しい)言葉遣いを誤解しているのではないか。大臣というより、政治家の質も落ちたものである。
2036.2012年12月9日(日) セルビアで活躍する豊嶋めぐみさんのコンサート
セルビアで活躍しているヴァイオリニスト・豊嶋めぐみさんのコンサートが西国分寺駅前の「いずみホール」で開かれた。山崎洋さんから大分前に鑑賞するよう勧められていたので、楽しみにしてゼミの仲間にも声をかけたところ、ゼミ関係で4人が来てくれた。
今日のコンサートは、「セルビア・日本友好130年」「信時潔生誕125年」「東日本復興支援コンサート」と欲張った看板を掲げ、冒頭山崎さんが今回のコンサート開催主旨と経緯について説明をし、豊嶋さんのセルビアにおける活動ぶりを紹介した。その後列席されたボヤナ・アダモヴィッチ・ドラーゴヴィッチ駐日セルビア大使が挨拶された。今回は国分寺に所縁の深い信時潔の曲とセルビアの作曲家の曲、それにモーツアルトとブラームスのピアノとヴァイオリンのためのソナタを演奏された。
前回は信時作曲の名曲「海ゆかば」を聴いたが、今日はそれはなしというので、山崎さんに尋ねたら口を濁していたので、未だに「海ゆかば」を戦争協力曲とみている人たちのことを配慮したのだろうか、とつい余計なことを考えてしまう。歌詞は大伴家持だし、格調高いリズムもメロディだって決して戦争賛美の曲とは思えず、荘厳で素晴らしい曲だと思うのだが、なぜかそう受け取られるのは至極残念である。その代わりと言ってはこじつけのようだが、アンコール曲として2曲演奏することになった。そのひとつはこれも信時潔作曲による母校・慶応義塾塾歌である。豊嶋さんが舞台上から国分寺三田会の会員は舞台に上がって合唱して欲しいとお願いしたところ、何とかつての慶應ボーイがぞろぞろと老いも若きも舞台へ上がった。その数30人もいたのには驚いた。われわれ飯田ゼミ生は座席で声高らかに唱和して久しぶりに塾歌を歌う興奮を味わった。国分寺三田会の統率力の執れたまとまりの良さには脱帽である。コンサート終了が、9時半になってしまったので、誘われた打ち上げ小パーティを遠慮しようとしたところ、山崎さんからぜひ参加して欲しいという希望もあり、途中まで赤松さんと長谷川さんとともに心温まるパーティに参加させてもらった。
途中で今日演奏されたヴァイオリニスト豊嶋めぐみさん、ピアニスト岩井美子さん、それに友情出演されたヴァイオリニスト山室牧子さんが合流され、華やかな雰囲気となった。最初豊嶋さんは山崎さんに好きな作曲家・信時潔が作った慶應塾歌の楽譜を探してくれるよう頼み、山崎さんから私に依頼があった。直ちに私から赤松さんにお願いして彼のコネで楽譜とCDをゲットして逆送りに届けた経緯があったので、豊嶋さんからこの場でお礼を言われた。ともかく今日の催しは、最初の楽譜探しに始まり、3月のベオグラードの演奏会、そして今日のコンサートと小パーティにいたるまで一連の充実した楽しいイベントとなった。
山崎さんは明後日ベオグラードへ帰ると言っていたが、残る課題は岩波文庫本の出版だ。彼はまだ時間はあると言っていたが、最後の手段は出版費用として寄付を募ることではないかという点で考えが一致した。
山崎さんには開演前に昨晩小中陽太郎さんから署名入り著書「翔べよ 源内」を預かったので、それを手渡しした。
2035.2012年12月8日(土) 日本の破滅へ突っ走った開戦記念日
また巡ってきた71回目の開戦記念日である。今朝の日経「文化」欄に日米開戦を巡る新事実が明らかになったことが紹介されている。
「最後通告の手直しが遅れ、米国に『だまし討ち』と非難された問題で、修正を指示する日本から大使館への電報が半日以上を経て発信されていたことを示す傍受記録が米国で見つかった。これまで不明だった発信時刻が判明。『在ワシントン大使館の職務怠慢による遅れ』とする通説に一石を投じそうだ」と冒頭書き出されている。この電報が予定通り発信されていたら開戦が回避されたというわけではないが、史実に間違いが明かされたということになろうか。対米開戦が話題であるが、真珠湾攻撃よりいち早く帝国陸軍は電撃的にタイのシンゴラとマレー半島コタバルに上陸作戦を開始し、それが昭和17年2月15日のシンガポール陥落への破竹の進撃となった。その臨場感を実戦に参加した人たちから聞かされたことがある。また、30年以上も前になるが、ひとりコタバル海岸を歩きながら往時の日本軍の勝どきを感傷的に想像したものだ。
新資料は昨年9月にメリーランド州にあるアメリカ国立公文書記録管理局で三輪宗弘・九州大学教授が発見した。当然のことながら、史実は正確に伝えられなければならない。塩崎弘明・長崎純心大学教授も「真珠湾の奇襲を成功させるため意図的に電報を遅らせたことがこれで明らかになった。打電時間についての新資料自体は細かなことだが、正確な歴史認識を得るためには、こうした史実を丁寧に掘り起こしていく必要がある」と述べている。だが、戦後70年近く経過して重要資料が発見されたという事実は、あまりにも遅きに失しているとの印象が拭えない。
われわれはいくら時間が経過しても大東亜戦争の翳から逃れることはできない。私自身仕事で随分関わってきたが、今またドキュメントの書き直しでトラック島と戦時中の史実に触れないわけにはいかなくなった。海軍ばかりでなく、陸軍航空隊の元戦士の皆さんから伺ったビルマ戦線の様子も付け加えてみるつもりだ。
さて、今日はヨタロウ会の忘年会が茅場町の「鳥徳」で開かれた。いつもなら休日のところを、小中さんの特別な要望とお店の計らいで、平賀源内の命日には10日早かったが、無理に貸し切りでオープンしてもらった。夏に白金で開いた時は、生憎ヨルダンを旅行中だったので参加できず、今日は久しぶりに酒好きの人たちと話を楽しむことができた。残念ながら糖尿病のイェローカードが出たので、あまり飲むわけにも行かず、二次会も付き合うことはできなかった。
皆さん、小中陽太郎さんを慕って集まる仲間なので、気持ちの良い人たちばかりで、毎度心地よい雰囲気を楽しんで帰ってくる。
須藤甚一郎・目黒区議の巧みな司会でそれぞれ近況報告をしたが、終わりになって小中さんが言い足りない人もいるから、現状で何でも発言して欲しいと促された、元朝日記者が今度の選挙の空気、特に原発に対する弱い反対意見をどう思うかと問い、週刊朝日の特集「ハシシタ」記事に対する元在職の朝日の対応に関する不満も述べていた。それに対して、テレビにも度々出演される毎日新聞の鈴木琢磨氏がアンチ朝日的な持論を混ぜ合わせながら、橋下問題と部落問題について話された。お互いに時間的にも不十分なので、不満だと思うが考え方の一端を話された。もっとお二人の論争をじっくり聞けば面白かったのではないかと思った。他にも小中さんの近著「翔べよ 源内」の書評を「筆洗」で紹介した瀬口晴義・東京新聞論説委員など多士済々だった。もう少し話し合いたかったというのが率直な気持ちである。それにしても恨めしい糖尿病である。
2034.2012年12月7日(金) 争点がありそうで、争点のない総選挙
夕方5時18分ごろ大きな地震があった。昨年の東日本大震災(M9)と同じように自室でパソコンに向かっていた時、突然ぐらぐらっと来た。大分長い時間揺れていたので、ガラス戸を開け外を見たら、電線が大きく揺れていた。室内でも本と木彫りの人形が床へ落ちた。直ぐテレビを観ると強い口調で緊急地震速報を流していた。震源地は三陸沖合いで、マグニチュード7.3ということだが、幸い震源地に近い東北地方でも大きな被害はなかったようでほっとしている。渋谷では震度4だった。昨年の大震災の余震という話もあったが、ニュース番組は選挙どころではなかった。ともあれ大災害にならなくて良かった。
さて、昨日の大手新聞各紙が総選挙の当選者数を予想し、自民党の過半数獲得を挙げたことに対して、当の自民党はもとより他政党にも戸惑いと複雑な気持ちが見られ、その異常なまでの受け取り方は些か滑稽ですらある。いとも安易に過半数超えを予想された自民党では、安倍総裁以下執行部が気持ちの引き締めに懸命の様子である。
各社の情勢調査は以下の通りである。朝日「自民、単独過半数の勢い」、毎日「自民、単独過半数の勢い」「民主激減、第3党は伸び悩む」、読売「自民 過半数超す勢い」、日経「自民 過半数の勢い」「民主は半分以下も」「第三極、浸透に遅れ」、産経「自民、政権奪還の公算」「民主激減、第三極も伸び悩み」等々である。確かにこれでは自民の圧勝であり、執行部が気持ちを引き締めようとするのも理解できる。
自民党では石破茂・幹事長が各候補者へ向けて「本日の朝刊各紙に自民党が優位である旨報道されているが、万が一にもこのような報道に気が緩むことのないように、最大限の緊張感を持って全身全霊で選挙戦に臨まれたい」と引き締めに懸命である。一方で、第三極の「日本維新の会」や「日本未来の党」らの伸び悩みが目立っている。これはこれで当事者から戸惑いや不満が出ている。
その大きな理由に総選挙の争点と見られ、票を左右すると見られていた原発問題が、大同小異ながら「脱原発一色」になり、争点がぼやけたことが挙げられると思う。それが無難な政策を掲げる自民党がパッシブに伸びた原因ではないか。実際各党の原発に関する選挙公約は、思惑はあろうが文言上ほとんど差が見られないように思える。
因みに12党の原発公約を要約すると、民主「30年代に原発稼動ゼロ」、自民「10年以内に電源構成のベストミックスを確立」(分り難い表現だ)、日本未来「卒原発。10年以内に完全廃炉」、公明「可能な限り速やかに原発ゼロ」、日本維新「脱原発依存(政策実例に30年代までにフェードアウト)」、共産「即時原発ゼロ」、みんな「電力自由化で20年代に原発ゼロ」、社民「原発稼動はただちにゼロ」、新党大地「原発ゼロ」、国民新党「安全性が確認できない原発は即時廃炉」、新党日本「原発廃炉を新しい公共事業に」、新党改革「原発に依存しない社会を構築」である。これでは凹凸もなく、とても争点にはならない。原発即反対を唱えている政党にとっては、折角の得点稼ぎを徒にしてしまうような公約横並びである。
これは社会保障についても同じことが言える。社会保障では各政党ともほとんど争点となる公約らしいことは言っていない。特に酷いのは自民党で、たったの4項目しか挙げていない。①消費税収は社会保障以外には使わない。②生活保護の見直し(給付水準の原則1割カット)、③年少扶養控除の復活、④年金の官民格差を是正する年金の一元化、だけである。民主党が公約にしている年金、医療、生活保護については一切見て見ぬふりである。自民党が政権政党に復帰したら恐らく弱者切捨てを推し進めるのではないだろうか。
結局原発問題を見ている限り、これではどの政党も代わり映えしないということになるのか。