来年になるが、ある出版社が「昭和100年史」のいくつかのテーマごとに昭和生まれの人を選び、インタビューしてその結果をまとめて1冊の書にして出版する計画がある。そのプロジェクトの「若者たちに訴えること」(仮題)テーマの被取材者20人のひとりに私も選出され、今日港区三田にある出版社の事務所で1時間余りインタビューを受けてきた。オンライン通話により、取材者と私が離れたところでPC画像を観ながら会話する、私にとっては初めての経験である。社員がひとり立ち会ってPCを調整してくれ、直接の取材者は、聞けば出版社広報部に努める若い女性で、今日は熊本市からだという。書籍では1人分10頁ということだった。すでに私の概略レジュメは送ってあり、取材者は拙著を何冊か読まれているということで、私の考え方、特に私が若者に望むことをある程度把握されている。若者には「若い内に極力ひとりで未知の海外へ出かけなさい、つまり海外武者修行をしなさい」、「戦争には絶対反対しなさい」、「読書をしなさい」などと要望した。とりわけ若い内に極力大河小説を読むことを期待した。私の経験上、大河小説と武者修行は関係深い。例えば、トルストイの「復活」を薦めた。私自身これを読んでロシアの広大な大陸に憧れ、シベリア鉄道で大陸を横断した。また、「風と共に去りぬ」もアメリカの南北戦争史を知り、アトランタにある作者マーガレット・ミッチェル記念館を訪れた。「若者は躊躇してはいけない」、「進むべきか、退くべきかと迷ったら進め」、など僭越な要望も話した。これから取材者が、文章化した原稿を私が校正して、それが1冊の書の1/20 のスペースにまとめられて掲載されることになる。他に取材された19名の方々の原稿も興味があるが、私は、自身の戦争体験、特に戦時中の怖かった体験、実際に参加した60年安保反対デモ、ベトナム反戦運動、加藤隼戦闘隊慰霊団をはじめとする戦友会による戦跡慰霊団、厚生省主宰の太平洋戦争戦没者遺骨収集事業などの他に、その延長戦上で戦時下のベトナムや、第3次中東戦争直後の危機一髪の体験、N.Y.9.11テロを予感したカイバル峠への旅などについてありのままに話をした。
自分だけが書いた作品とは異なり、他の人の作品も交じり、それはそれなりに第三者が見れば、楽しいのかも知れないが、やはり1/20の色合いしか表せない点では、物足りないと思う。とにかく書が完成して見なければ何ともいえないが、期待感もあるので、完成を待ちたいと思う。
ところで、今日は地図で目的地が直ぐには分からず、久しぶりに母校の大学の周辺を歩き回ってしまったが、幾分街の雰囲気は変わったように感じた。変わらなく懐かしかったのは「慶應仲通り商店街」で、ここをゆっくり歩いた。JR田町駅前には国道1号線が走っているが、当時は高速道路がなく、学生時代にここで長く信号待ちをしていたら、パトカーに先導されてオープン・カーに乗ったソ連の宇宙飛行士第1号のユーリイ・ガガーリンが通り過ぎて行った。それが今では跨線橋も出来て、すぐ傍には都営地下鉄三田駅がある。懐かしさが蘇って来たりもした。
さて、昨日辞任された簗和生・農林水産大臣の後任に、武部新・元農水副大臣が決まった。元自民党幹事長で、農水相も経験した武部勤氏の子息で、世襲議員である。これで高市内閣は落ち着くだろうか。