昨夕妻のただ一人の兄妹である兄が天に召された。昨年12月以来頭部挫傷のため、入院中で回復を図っていたが、意叶わず旅立った。享年86歳だった。奇しくも兄妹2人の母親は2001年の今日亡くなった。
義兄は夫婦で四国、関西方面へ旅行してJR姫路駅から新幹線に乗車して横浜の自宅へ帰る途上だった。バスが遅れて姫路駅の新幹線出発時間ギリギリとなり、急いで階段を駆け上ったところで転倒し、頭部を強打してそのまま失神した。人事不省のまま新幹線で新横浜まで乗せられ、新横浜駅から救急病院へ搬送された。以降治療を続け乍ら病院を度々転院させられ、治療を続けていたが、昨日特に苦しむことなく旅立たれたようだ。妻は少しショックを受けているが、これも世の習いで仕方がない。義兄は学部こそ別だが、大学は私と同じであるが、私より2歳年少である。今後のスケジュールは、17日通夜、18日葬儀が予定されているが、義兄のご冥福を心よりお祈りする。
ところで、今日は中国の毛沢東主席が亡くなってからちょうど50年・半世紀になる。今年は中国共産党創立105年に当たる。毛沢東は中国を今のように真の共産主義ではない自称共産主義国家ならしめた張本人であり、主義主張を通すために世界最多6千万人も殺害した殺人鬼でもある。中国国内では公的には、「功績7・誤り3」と評価されているようだ。ただ、毛沢東を知らない若い世代からは評価が見直されているという。それにしても毛沢東のいう共産主義と中国共産党が唱える共産主義は、マルクス、エンゲルスが宣言した共産主義とは、今や大分かけ離れたものとなってしまった。敢えて言うなら、経済的には貧しいが、国民の間にほとんど貧富の差がなく、医療費、教育費が無料のキューバが、最もマルクスの考える社会主義、或いは一歩進んだ共産主義に近いのではないだろうか。
実は、毛沢東が亡くなった翌10日、成田空港で私にとって初めての全国の教職員の海外研修団のお世話をする「文部省教員海外派遣団」の出発式を行っていた。その時同僚から、毛沢東が亡くなったと耳元で囁かれて、驚いたものである。私は31名の先生方とともに、スウェーデンからヨーロッパ、アメリカで教育施設を1カ月に亘って訪れ、欧米の学校施設や教育実態を見学し、学んだ。ニューベッドフォードでは、ジョン万次郎が滞在していたホイットフィールド船長宅を訪れたこともある。
幸いこの文部省研修団は、評判も上々で爾来文部省から毎年研修団数団体のお世話を委任されることになり、個人的にもその後20年間に21団のお伴をすることになり、海外の教育施設を毎年訪れる機会を与えてもらった。そのお陰で、東西対立時代にあまり日本人が訪れることのなかった当時の東欧圏のブルガリア、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニア、東ドイツなどの学校など教育施設を視察し授業に加わることも出来た。
旅行エージェントとして勤めながら、普通では訪れる機会のない国々や都市を訪れ、稀有な経験を積むことが出来たことは、最大の喜びでもあり、その後私自身の得難い財産ともなった。