648.2009年2月20日(金) 少数民族の言語は消え去るのみ

 景気が悪いと心配していたが、昨日のNYのダウ平均株価は6年4ヶ月ぶり、今日の日経平均株価も一時7,400円を割り、バブル後最安値となった。東証全33業種中31業種が下落した。月曜日に内閣府が発表した今年度第3/4半期のGDPは、マイナス12.7%の落ち込みで、実に35年ぶりだという。政府も追加経済対策を検討している。 

 しかし、ふらつきよろめき視界不良の今の政府が、来年度の第1次予算案すら通せず、政治空白の現状で、果たして追加経済対策まで頭が回転するだろうか。マス・メディアが報道しているように、今の麻生政権はまったく何も出来ない政府である。死に体と言ってもいい。だが、可及的速やかな手を打てないのは、やはり政治家の質、能力のレベルが一般人と比べて格段に低いことが原因だと見ている。突き詰めれば、現在の政治家の輩出システムに問題があると思う。結論ははっきりしている。一日も早く政治家の世襲制度に何らかのメスを入れる必要がある。問題が起きているのは、みんな世襲政治家の周辺である。ここから目を逸らせてはならない。

 さて、世界に言語は約6,000あるという。そのうち程度の差こそあれ、消滅の危機に瀕している言語が約2,500あると言う。旧約聖書によって紹介されたノアの洪水により増えた言語が、今度は逆に衰退の道を辿るとは何とも皮肉で寂しい感じがする。日本でもアイヌ語が最も危険な状態にある言語だそうである。今や話す人が少なくなり、アイヌ文化も絶滅の瀬戸際にある。

 国立民族学博物館の崎山理・名誉教授によれば、話し手が固有の文化を持っていれば独立した言語であると捉えている。アイヌ語が危機に瀕しているのは、一義的には話し手が最早15人に減ってしまったことによる。千島列島やサハリンで伝承されていたアイヌ文化が、その場を失ったことにより言語も失ってしまったからである。そういえば、かつてサハリンの博物館を訪れた時に陳列品の中にアイヌ民族関係の展示物が多かったことが強く印象に残っていたが、ソ連に島を召し上げられてからアイヌ民族もアイヌ文化も風前の灯となってしまった。

2009年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

647.2009年2月19日(木) 経済も政治もダメの日本をどう立て直すのか。

 今日本経済は最悪の事態に追い込まれているが、そもそもの経済不況の発信地であるアメリカ経済もどうしたらよいのか、彷徨い出している。本当のところはオバマ大統領もとんと見当がつかないと思う。

 アメリカは金融を別にして、製造業が国の経済を引っ張ってきた。その中でも自動車メーカーの役割は大きかった。その自動車メーカーがここへ来て完全に行き詰まっている。まだ、自動車メーカーが要請した追加支援が決定したわけではないが、すでに支給された分を含めると支援総額は実に9兆円に達する。破産法の適用すら検討され始めている。そこへ住宅対策として公的資金7兆円投入の計画が浮上してきた。ローン返済条件を緩和することによって最大で900万世帯を救済しようというものである。

 しかし、果たしてアメリカ連邦政府にそれだけの資金的余裕があるだろうか。アメリカにはいつも好い顔を見せる日本政府が、アメリカ政府に言い含められてアメリカ国債を持たされたままドルの価値が低下させて、資産価値が目減りするというお決まりの構図になるのではないかと少々心配でもある。

 日本では経済の元締めである財務省の国辱大臣が辞職して、後任となった与謝野馨大臣も3つの官庁を抱えることになり、あまり健康そうでない大臣の負担は並大抵ではない筈である。国内の経済対策は一向に進まず、ましてや外交問題はまったく手付かずの有様である。いずれアメリカから強要されるかも知れないのは、アフガニスタンへの支援である。就任前からオバマ大統領は、イラクから撤退して重点的にアフガンへ力を入れるとのコメントがあった。そして、現実に現在アフガンに駐留する外国軍は6万6千人であるが、アメリカ軍が増派されると8万3千人となる。当然日本にも、経済面での協力を求めてくる。アメリカが強い調子で協力を求めてくる、この難しい局面を日本はどうやって対処しようとするのだろうか。自衛隊は派遣出来ない。また、金で勘弁してもらうより仕方があるまい。だが、拠出できる資金があるだろうか。政局に千鳥足であたふたしているようでは政府をとても当てにはできない。

 これから日本はどうなるのだろうか。

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646.2009年2月18日(水) 麻生首相は何のためにサハリンへ行った?

 3年前56歳で亡くなったロシア語通訳の米原万理さんの著作「ロシアは今日も荒れ模様」が、ロシアの実情をよく伝えていて、ロシア関係のエッセイなどを書く際参考にさせてもらっている。今そのロシアのモスクワに小泉純一郎・元首相が滞在していて、一方で極東サハリンには麻生現首相が訪れている。その元首相が現首相をロシア国内で痛烈に批判している。元首相の郵政民営化は基本的には間違っていないと考えているので、気持は分らないでもないが、こういう鞘当てのような非難が、中川大臣会見の時のように外国メデォイアに歪んだ形で捉えられないか些か気になるところだ。

 元首相が国会開会中のこの大切な時期に、何の目的で出かけたのかはっきりしない。麻生首相にしても、ロシアのサハリン2プロジェクト完成祝いに訪問したとなっているが、原油の安定顧客としてロシア政府の招待による表敬訪問的な色合いが強い。互恵的な目的を目指して、北方領土問題解決の扉を叩く方策はないようだ。ほとんど実りのないと言ってもいい首脳会談が、日本の国会から離れたサハリンで持たれたのは、いかにも魚のいない池で釣りをしているようなものだ。正に「ロシアでも、日本でも今日は荒れ模様」の感じである。

 アメリカ自動車産業のどんづまりも行き着くところまで来てしまったようである。どうしようもない事態に立ち至っていて、下手をするとオバマ政権も鼎の軽重を問われかねない。今日GMとクライスラーがアメリカ連邦政府に追加支援を要請した。今後これを議会が承認するかどうかにより、両社の命運も決まる。

 しかし、両社併せて5万人のリストラを含む再建計画だけでは、支援取り付けは極めて厳しいようである。その理由として、人員削減以外の計画が不透明であり、今年1月の両社の販売実績が前年の半分という散々の結果だったことが、昨年12月に支援を受けた分をかなり食いつぶすことになってしまったからである。事態は刻一刻と悪化しているのである。

 ところが、今日再び支援要請した金額はGMが166億ドル(約約1兆5千億円)、クライスラーが50億ドル(約4千6百億円)というから開いた口が塞がらない。支援金額も雇用削減も桁外れである。これではアメリカ国民が怒るのは当然である。どこで折り合いをつけるのか、とても凡人には想像もつかない。

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645.2009年2月17日(火) 酔っ払い大臣辞職と丹治幹雄氏の暴論歴

 今日中川昭一財務・金融担当相が辞職した。あの破廉恥、というより国辱的な振舞いでは辞めるのは当たり前である。昨朝嬉野温泉の旅館でテレビニュースを観ていて「うぇっ!」と思った。ローマで行われたG7会議後の記者会見における発言や受け答えがあまりにもお粗末で酷かった。酔っ払いが何を言っているのか、テレビではその全容がよく分らず、その表情も上の空で、言葉もしどろもどろだった。こんな不健全な体調で世界が注目するマイクへ向かう神経が分らない。世界中へ日本の大臣の無作法と傲慢、幼稚さを曝け出す非常識さだった。

 元々アル中の中川氏がこれまで繰り返した無作法は、1つや2つではない。先日の国会演説でも「歳入」という言葉を「歳出」と間違えたり、予算数字を間違えたり、酷かったのは「渦中」を「うずなか」と読んで麻生首相と同じ国語力を露呈した。この演説の時も恐らく酔っ払っていたのではないか。こういう人を重要閣僚に任命した首相、こんな人物を党内有力者へ変革させた自民党、そして、この下品な口ぶりで威張りまくるだけの候補者を当選させる北海道の地元有権者、みんな悪い。しかし、やはり突き詰めればその原因は、日本人の体質にあるのではないか。つまり無作法を許してしまう国民すべてに責任がある。今までとかくの噂があった世襲議員・中川昭一を、マス・メディアを含めて国民がこれを許してきた。

 もうそろそろ、しどろもどろの酔っ払い国会議員を、飲酒運転と同じように減点制でも採用して、国会から一時退場、或いは永久追放をするくらいにしてはどうか。馬鹿な酔っ払い世襲議員はせめてそのくらいのお灸をすえないと、喉もと過ぎれば熱さを忘れる愚を繰り返すばかりではないか。

 経済が行き詰まっている現況と、それを打開するための最高責任者・中川大臣の一連の愚かなパフォーマンスを考えていると、ついため息が出てくる。

 さて、開業以来杜撰な融資で赤字経営を行い問題になっていた新銀行・東京の旧幹部に対して、新銀行は損害賠償請求を東京地裁に提訴した。約100億円の巨額だという。元の勤務先から訴えられた相手は旧経営陣で、仁司泰正・元代表と何と元代表補佐だった丹治幹雄氏である。丹治氏とは議論を戦わせたことがある。氏は「構想日本」の政策委員でコーディネーターなどを務める人だが、2005年9月「構想日本」HP上に年金制度の存在を否定するような粗っぽい提言を行った。こうまで言っていた。「制度としては他人に老後の所得を補償してもらう仕組みだ。自ら生存できなければ滅びるしかないのが自然界の鉄則だとすれば、このような制度が存在すること自体おかしいかもしれない」との暴論まで披瀝した。ご自身で「マイク丹治の暴言提言」などと思い切った発言を繰り返す方だったが、あまりの傲慢さに対して反論したところ、丹治氏は抽象的な氏の言い訳で応えられた。ご自分の言い分を頑なに主張し、正当化しようとする平行線のやりとりにうんざりして矛を収めたが、どうも納得できなかった印象がある。丹治氏の経歴はよく知らないが、あまり実社会の現場でご苦労された方ではないのではないかと思った。靖国問題に関してもどうも右翼が喜びそうな発言が多い。感情で行動する人ではないだろうか。もう一度丹治氏の主張とその裏づけを読み返して、氏の言い分が正しいのかどうか精査してみようと思う。

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644.2009年2月16日(月) 充実して実りの多い旅だった。

 昨夕宿泊した和多屋別荘は、嬉野温泉でも名湯で建物も一段と高く、ランドマーク的な存在で、一昨年には秋篠宮殿下が滞在されたというこの地の名門旅館で、設備、サービス面で行き届いている。ご自慢は美肌の宿と自称しているだけに、その湯を目当ての客も多いと聞く。肌がぬるぬるするのは、温泉の効用か、でも不覚にも湯船でひっくり返ったのもそのぬるぬるのせいである。滑りやすいので注意が必要だ。

 今日は個性的な日本酒醸造元、嬉野温泉の井手酒造と唐津市相知の小松酒造を見学した。前者は女社長の下で「虎の児」という銘酒を造っておられる。後者は「万齢」という酒を生産しておられる。特に感銘を受けたのは、小松酒造の小松大祐社長の説明だった。東京の文系大学を出てから6年間證券会社に勤めた後地元へ帰り、一旦は酒造会社を止めていたが、復活させた苦労話だった。蔵で具体的に、保温、木桶の使用、麹室、圧縮用船、等々について分りやすく説明してくれた。今人気があるからと安易に日本酒から焼酎生産へ切り替えることはしないと言っておられた。奥さんも酒造りに興味があって一緒になったというだけに、夫婦仲良く堅実な経営をしている姿が輝いて見えた。

 経営者の話を分析してみると、日本酒造りは家内製手工業で、愛情を込めて細やかな神経を払い、身の丈を考えて経営すれば、右肩下がりの酒造産業ではあるが、何とかやっていけるのではないかと思えたことである。やはりその基本は、人ではないかと思う。酒造りに情熱を注ぎ込み、根気良く、研究熱心ならばいずれ前途は開けるのではないかと感じた次第である。

 酒の他にも、今日は陶器の町・有田を訪れ、14世柿右衛門記念館を見学した。他方で有田について知らなかった一面を見せてもらった。有田が古く伝統的な町の佇まいを重要文化建築物として保存するために、簡単には増改築が許可されなくなった。風情のある有田の町を後世に残そうというのである。確かに町の中心道路に面した商店街は、このまま自由にリニューアルをやったのでは特徴は消え失せるだろう。

 有田の伝統を残そうという試みは、今日いただいた昼食などにも典型的に見られる。「有田まちづくり女性こんわ会」というボランティア団体が、町屋を借りて「小路庵」という食堂を経営している。毎日オープンしているわけではないとのことだった。さすがに土地に詳しい佐賀県の2人のスタッフがスケジュールを立ててくれ、この「小路庵」で食事をアレンジしてくれた。手書きのお品書きに、こんわ会が土地で取れる自然の食材を考えて、料理した「ひいなご膳」という定食は、ユニークで気持の篭ったものだった。素人っぽく、それでいてきめが細かく多彩な品は、大変珍しいものだった。こういう一般住民からの地域おこしの動きは、徐々に町全体を活性化させる起爆剤となるだろう。

 2日間に亘る酒のペンクラブの旅を終え、佐賀空港から羽田へ予定通り帰ってきたが、中々充実した旅行だった。普通では見ることが出来ない醸造元を数箇所も見せてもらい、佐賀の酒もたっぷり味わうことができた。醸造元のほかにも、有田焼の本家を訪れ、この古い有田の町の町おこしの息吹も感じた。値段的にも極めてリーズナブルだったし、土地の人間でなくては知りえない企画の妙を味わわせてもらった。佐賀県東京情報センターの西岡さん、下平さん、お世話になりました。ありがとうございます。

 みんなで納得!みんなが満足!

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643.2009年2月15日(日) 酒のペンクラブ佐賀旅行

 博多から佐賀へJRのL特急を利用した。ほんの35分で到着して駅前からタクシーで佐賀城本丸歴史館へやって来た。まだ酒のペンクラブの一行は到着していない。ボランティア・ガイドと本体到着まで気ままな話をしていた。以前佐賀城へ来た時は、外周りだけだったが、本体と一緒に本丸の中を見せてもらってガイドの説明を聞くと新しい歴史を知ることが出来る。

 酒のペンクラブの面々だけに、日本酒については興味も関心も普通以上に強い。参加者は、佐賀県東京情報センター所長・西岡剛志氏、副所長・下平幸男氏が案内役で、私を加えてちょうど10名である。今日は3軒の醸造元、窓の梅醸造㈱、天山酒造㈱、そして峰松酒造を訪問、見学した。いずれも江戸時代に始まる古い歴史を持つ醸造元であるが、ビール会社のような近代的なものと違って、建物は老朽化して最近の地震の影響もあって前者の蔵のように大きく傾いていたり、後者も古い建物を維持するために、瓦屋根の葺き替えだけで2千万円もかけたという話を聞くと苦悩が分る。

 地場の産業としてそれなりに経営しているようだが、内情は大変だなぁと思う。最近の傾向として日本酒より焼酎が伸びており、酒の方が多いとは言え、窓の梅で6:4、天山が9:1の割合というくらい焼酎の消費が伸びていると言っておられた。

 佐賀へ来たのは久しぶりだが、地方の特徴として車、人の数が極端に少ないように感じた。国道沿いでも現実に何軒もファミリーレストランが店仕舞いしている様子を見ると地方の苦しんでいる姿が察しられる。現状では厳しいようだが、若い人にとってあまり魅力のある土地と言えないのかも知れない。地方の疲弊ということが言われるが、地方に行く度にう~んそうかなぁと思う。地方には大きな働き場所が少ないことが大きな原因でもある。その意味でも地方ではその土地ならではの産業を発展させることが生き残りの大きな要因だろう。地酒は決して大企業とはいえないまでも、地方産業を支える大きなつっかえ棒である。

 今日の宿泊は嬉野温泉・和多屋別荘である。夕食宴会には、前東京所長だった山口和夫氏も参加された。

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642.2009年2月14日(土) スイス・レーティッシェ鉄道と箱根登山鉄道、姉妹提携30周年記念

 酒のペンクラブの佐賀を尋ねるツアーが明日、明後日とあるが、福岡の友人に会うために1日早く福岡へやって来た。久しぶりに訪れたJR博多駅は大改装工事中で、テナントも閉店セール中で、博多駅構内でテナントとして永年商売をやっていた地元の井筒屋が締め出され、新たに高島屋が入店する話を聞かされると身につまされる。

 鉄道と言えば、今朝の日経紙によると今年はスイスのレーティッシェ鉄道と箱根登山鉄道が姉妹鉄道締結を結んでちょうど30周年記念となり、それに合せて、箱根登山鉄道がレーティッシェ鉄道と同じカラーデザインの車両を走らせるという記事が掲載されていた。 

 実は、その30年前の両鉄道の提携式典では私自身多少お手伝いした経験がある。その記念式典ではレーティッシェ鉄道からハッツ専務が来られ、式典の後1日箱根をガイドした経緯がある。そして、箱根登山鉄道がその夏記念行事の一環としてスイスへツアーを派遣したが、そのツアーの添乗員として同行してイタリアのチラノからスイスのサンモリッツへ行った。それが、スイスとのその後の関わりの素となった。その意味では忘れられないツアーとなった。

 そのレーティッシェ鉄道も昨年「世界遺産」に認定され、今では世界中の鉄道ファンから垂涎の的となっている。確かにスイスの鉄道は魅力に溢れている。特に、登山鉄道ではアイガーや、マッターホルンの鉄道がその巨峰の近くまでアプローチするので、有名であるが、鉄道の魅力としては長い距離の中で楽しく自然の景色を見せてくれる点で、遥かにレーティッシェ鉄道の方が上回ると思っている。

 それにしてもどうしてスイスの鉄道会社は、経営的に悠々たる自信を持っているのだろうか。とにかく列車から見る景色、雰囲気が抜群にいい。それでいて経営的に安定している。

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641.2009年2月13日(金) 「13日・金曜日」は大凶か。

 今朝の日経「春秋」によれば、1866年の今日、アメリカで初めて白昼銀行強盗が発生した日とされているらしい。襲われたミズーリー州にあるその町の銀行は、今では歴史博物館になって、犯人のゆかりの品を展示しているという。苦笑を禁じえない、いかにもアメリカらしいパロディである。1975年に初めてテキサス州ダラスを訪れて、犯人がケネディ大統領を撃った教科書販売会社の建物が、その時博物館に変わっていた。その博物館では、ケネディ暗殺のシーンを模型と人形を使ってリアルに見せてくれた。オープンカーに乗ったケネディ大統領が登場するところから、撃たれてジャクリーン夫人がケネディに覆いかぶさり、その後ケネディ夫妻を乗せたオープンカーがスピードアップして消え去る一連のデモンストレーション劇を展示しているのには仰天させられた。ショッキングな暗殺場面を何のてらいもなく一般に見せる。アメリカ社会にはこういう、無神経と言ってもいいようなところがある。

 今日は13日の金曜日という欧米流に言えば縁起の良からぬ日であるが、NYニューワーク空港からバッファローへ向かったコンチネンタル航空機が悪天候の中で、墜落して乗員・乗客49名全員が亡くなった。バッファローはニューヨークからナイアガラの滝を日帰り観光する時に、いつも利用していた都市である。原因は悪天候にあったのか、機体にあったのか、まだ明らかではないが、出来るだけ早く解明して欲しいものである。

 ラグビーについて嫌な事件が起きた。強豪東芝チームのトンガ人選手が大麻吸引で陽性と判定され、東芝はその選手を退部させ、日本選手権準決勝に進出していたチームも日本選手権を棄権させることになった。今年の東芝は良いチームで、2年ぶりにトップ・リーグで優勝し、今年の日本選手権でも優勝候補の筆頭だった。つい先日の若麒麟の大麻所持事件にしろ、大学生の同じような無分別な事件にしろ、近頃の若者は良いことと悪いことの区別がつかない者が多い。この東芝事件にしても、偶々事件を起したのは外国人選手であるが、チームメートは誰も気がつかなかったのだろうか。監督責任、またチームとしての連帯責任を問われても仕方がない。

 それにしても大麻の世界的な拡大汚染については、アメリカでも先に水泳のフェルプス選手や、ヤンキースの至宝・Aロドリゲス選手らもその使用を認めている。

 アマチュア・スポーツの中でも、最もアマチュア的だったラグビー界も遂に汚染されてしまったとはショックである。

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640.2009年2月12日(木) イスラエルは益々右傾化か。

 イスラエルで10日行われた総選挙の結果、右派陣営が大きく議席を伸ばした。先日のイスラエルによるガザ地区攻撃の再発を予感させる結果である。1党による過半数獲得はならず、元々予想されていた連立政権が樹立されるだろうが、右派が主導権を握るだろうことは間違いないと思う。

 これまで定数120議席の内、第1党の「カディマ」と称する中立政党が、左派と右派の一部と組んだ連立政権を構成していたが、今回の総選挙で「カディマ」の議席は29議席から28議席へ僅か1議席減少しただけだったが、野党第1党の極右政党「リクード」が、12議席から27議席へ大幅に議席を増やしたうえに、同じ野党第2勢力の「イスラエル我が家」が11議席を15議席へ伸ばした。現状では、いかなる方法で連立政権を組んだところで、与野党逆転により右派が連立により政権を握ることはほぼ確実となった。

 こうなるとイスラエルとパレスチナの和平が一層遠のくことは間違いない。逆に言えば、先日のガザ地区の戦闘が、イスラエル国民をしてハマス油断ならじとの攻撃的な姿勢にさせ、ハマス壊滅を主張する右派に票が流れたのではないか。

 イスラエルの姿勢を擁護するアメリカの立場も微妙なものとなった。果たしてオバマ政権はどんな隠し玉を見せるか。

 さて、こんな偶発的なことってあるだろうか。地球を周回していたアメリカの通信衛星とロシアの使用済み衛星があの広大な宇宙で衝突して飛散したという。地球の周囲にはその破片が宇宙ゴミとなって舞っているらしい。いつごろからか、地球の上空はゴミだらけとの報道がなされるようになったが、衛星を打ち上げても機能停止、または御用済みになるとそのまま放り出しておく。回収しようとしない。この無責任感覚がいつの間にか宇宙をゴミだらけにしてしまった。宇宙がゴミ満載になるなんて考えてもいなかったが、遂にそんな時代がやってきたのである。小さな子どもと同じようにやりっぱなしという悪癖が思わぬ事態を引き起こした。ゴミと障害物だらけの危険を避けるためにも、早く対策を立てる必要があるのではないか。

 今日のJN協会主催「観光立国フォーラム」は、前イタリア政府観光局の鈴木正文氏による「ようこそイタリア」だった。フィレンツェ大学を卒業されて、イタリア一辺倒な方であるだけに、イタリアについて中々詳しく解説された。

2009年2月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

639.2009年2月11日(水) 旧「紀元節」と盛り上がらない建国記念日

 今日は「紀元節」、改め「建国の日」、建国記念日である。戦後最初の建国の日、昭和21年2月11日は、まだ紀元節と言われていた。当時坊主頭の国民学校初等科1年生だった。田舎の学校講堂で、今ではほとんど歌われなくなった紀元節を祝う歌を、♪雲に聳ゆる高千穂の~♪と同級生と声高らかに歌ったことを思い出す。歌詞の意味も分らずに口ずさんでいた。確かそれ以降学校で式典は行われなくなったように思う。それから年とともに徐々に右翼的思想や軍国調は薄れていった。

 今日も各地で復古調の儀式が行われるのかと思っていたら、意外なことにどこにもそういう式典が行われたというニュースはなかった。自然にそういう流れになって、嫌な昔のミリタリズムが思い出されることがなくなったのは、むしろ望ましい傾向なのかも知れない。しかし、復古調とか、かつての軍国調が回復するのでないなら、わが国起源の史実的根拠を精密に辿り精査したうえで確認し、それを国民が祝うことは決してとやかく言われることではない。心配なのは、そういうアカデミックな視点が失なわれ、歴史的史実が消されることである。そしていつの間にか誕生日がいつなのか、それさえ分らない根無し草のような国家になることである。

 かつての復古調が影を潜めた原因のひとつに、財団法人日本遺族会の影響力の衰退があると思う。私自身日本遺族会の仕事に携わっていた頃は、日本遺族会の全国的な力が強かった。当時の厚生省援護局も遺族会のド迫力に圧倒されていたほどだった。政治力も並外れていた。遺族会の影響力低下の最大の原因は、会員数の減少であることは明らかである。会員の年齢も高くなり、新しい入会者もほとんどなくなった。こうした流れが、国の祝日でありながら建国記念日が一向に盛り上がらない原因である。分らないものを無理にこじつけて真実を装うのは論外であるが、折角国家の建設を祝う記念日を国が決めたのに、何の行事も式典も行わないのは何か釈然としない。

2009年2月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com