885.2009年10月15日(木) 鳩山首相はもっと存在感を表に

 鳩山首相が来年度一般会計予算の概算要求の過程で、赤字国債増発を容認することを示唆した。来年度予算は今各省で策定中であるが、トータルでざっと90兆円を超えそうだと推測されている。冗談じゃない。今年度の当初予算が88兆円だったことを考えれば、この不景気の中で歳出削減は当然であり、本来歳出が増えること自体おかしいのではないか。

 もちろん民主党はマニフェストに新たな選挙公約を盛ったので、それらに掛る費用を考えれば場合によっては歳出が増えることは考えられる。だが、民主党は選挙前マス・メディアに対して財源不足を突かれた際、ムダを廃止して捻出すると言っていたのではなかったか。こんな好い加減な気持ちでは、財源捻出の根拠が甘かったと言われても仕方があるまい。もっと困るのは、財源不足だからと言って、いとも簡単に赤字国債を発行すると言及したことである。これでは、前々から言われている財政健全化が反対方向へ向かい、いつまで経っても解決しない。少し無責任ではないか。

 もうひとつ気になるのは、鳩山首相のリーダーシップ不足である。発足1ヶ月を迎えて新政権の滑り出しは、国際的には鳩山首相夫妻の存在感が抜群で、国内的には前原国交相と原口総務相、亀井金融担当相が目立った。しかし、その後国内における首相の言動は急激に影が薄くなり、最近ではその存在感さえ感じられなくなってきた。国家戦略室や、行政刷新会議も予算策定で活躍しているようだが、それは首相直属の組織である。にも関わらずそこでもあまり存在感が表に出ない。首相は、各大臣間の意見が合わなかった場合、調整役として出るべきであるのに、それでもお互いの大臣に任せっきりだからである。もう少しリーダーシップを発揮して民主党の顔として存在感を表さないと、民主党員の心が段々離れて、信頼感が薄れていくのではないか。そして民主党を低落傾向へ向かわせることになるのではないか。

2009年10月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

884.2009年10月14日(水) なぜインドは観光客にビザを要求するのか。

 来月インドへ旅行するので、昨日入国ビザを申請し、今日受領した。36年前にボンベイに行った当時は、ビザは要らなかった。それがどういうわけか何年か前から逆に入国ビザを求められるようになった。そのビザ申請手続きもインド大使館で取り扱うのではなく、麹町のインド大使館から大分離れた、地下鉄茗荷谷駅近くの春日通り沿いのビル1階にある、専門のインド・ビザ申請センターという組織が申請業務を取り扱っている。午前中に申請して、受領は翌日の17:30~18:00の僅かの時間帯に限られている。時間前は扉を閉ざして内部へ立ち入ることが出来ない。今日も時間前に行ったところ、入口から道路に沿ってビザを受領する人がずっと並んでいた。外で並んで順番を待つ光景の渦中に入ってしまったが、今どき珍しい体験だった。

 旅行を申し込んだ旅行社から、事前にビザ代金として代行料金を含めて12,400円を要求されたのには恐れ入った。実費はビザ代と手数料を併せて1,935円である。何だかやらずぶったくりの感じで高すぎるし、それほど面倒な手続きでもないので、時間的に無駄ではあるが、自分で申請することにした。並んでいる人たちを見ていると、どうやら高い取得代行料に呆れて自分で申請に来たものらしい。それにしてもインドはなぜ日本人観光客が増える中でビザ取得を要求するようになったのだろうか。昨年ボンベイ市内のタージ・マハールホテルでテロ事件があったとはいえ、それほど危険だという兆候はない。どうも理由があまりよく分からない。

 この他に国内にもあまりよく分からない話が2つある。ひとつは一昨日広島・長崎オリンピック共同開催を発表した秋葉広島市長に対する藤田広島県知事の大人気ない反応である。その第一声は「完全にフライングですな」である。事前に話がなかったことを皮肉って腹を立てているのだ。どうしてもう少し大きな目で見てやることが出来ないのだろうか。実際オリンピック開催の話はどうなるか分からないが、とりあえず素直に全面的に支援、協力すると言えないのだろうか。役人の一番悪い点だ。自分がオリンピックの権限を握っているとでも言わんばかりの、意地の悪い狭量な発言ではないだろうか。

 2つ目は、昨日前原国交相の羽田空港ハブ化発言に対して烈火の如く怒った、森田健作・千葉県知事が国交省へ乗り込み、大臣に直談判したが、会見後は打って変わって上機嫌だった。昨日あれだけ怒りを爆発させていたのに、会った途端に上機嫌というのは些か理解に苦しむ。知事に反して成田市長は納得するのだろうか。国政の変更により、地元自治体に不利益が降りかかる可能性の高い案件である。そんなに簡単に手打ち出来る筈がない。あのニコニコ顔の裏には一体何が隠されているのだろうか。パフォーマンス好きな森田知事の言動だけに、どうも怪しい。蛇の道は蛇と言われるが、お互いに騙しあっているのか、芝居を打っているのだろうか。どうも政治家というのは、よく分からない。

 それにしても、この羽田空港ハブ化構想については、マニフェストにも載せず、民主党政権になって立場を変えたわけだから、政府は国の政策としてきちんと国民の前に分かり易く説明するべきである。

2009年10月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

883.2009年10月13日(火) スピード感のある新政権の政策実行

 民主党政権になって新しい閣僚が所管の事業を精査して、検討したり見直したり、その行動にスピード感を持ってやっているような印象を受ける。その結果が、鳩山新内閣の支持率が70%を上回っている要因ではないかと思う。

 今日は前原誠司・国土交通大臣の大胆な発言が注目を浴びた。同時に北沢俊美・防衛大臣の発言も大きく取り上げられた。

 前原大臣の発言は、従来の国の航空行政を変革しようというものである。空港使用区分は成田空港工事前から直近の麻生政権まで、国際線は成田空港を、国内線は羽田空港を原則使用する「内際分離」政策の下に実施されてきた。それにも関わらず、前原大臣は、突然羽田空港を24時間使用可能な国際的なハブ空港に拡張し、仁川空港(韓国)及びチャンギー空港(シンガポール)に奪われているアジアのハブ空港の座を取り戻そうとの決意の下に思い切った提案をした。その背景には、昨日橋下徹・大阪府知事との会談の際関西新空港ハブ空港案を突き付けられ、早めに腹案を発表する必要があったのではないだろうか。

 昨日橋下知事は伊丹空港を廃止して、関西地区では関西新空港に一本化して関空を日本のハブ空港にしたいとのアイディアを提案した。しかし、前原大臣は国策としては、まず羽田の拡張工事を完成させて羽田を国際ハブ空港へ発展させていくという強い意向を表明していた。

 つれなくされた橋下知事の気持ちはどうにも収まらない。関空への負担金を他の費用に転用するなどと威嚇的な発言をしている。一方で「内際分離」政策により国際空港としての地位を得ている成田空港を抱える、地元も収まらない。成田空港が首都圏の国際空港として発足した歴史と経緯を理解して欲しいと訴えている千葉県知事と成田市長は、憤懣やる方ない記者会見を行った。これからどういう方向へ行くのか道筋は見えないが、いずれにせよ調整は手間取ることだろう。

 他方、北沢大臣は政府見解が「単純延期はしない」と強調していた海上自衛艦のインド洋における海上補給支援活動を派遣期間の切れる来年1月に停止して、自衛艦を撤収させると今日表明した。こちらはこれからアメリカ政府との間で、改めて話し合いが行われるだろう。北沢発言の直前に岡田外相のアフガン訪問による民生支援活動の確約が担保されていたことが、北沢大臣の明確な公式発表につながったのではないか。

 今後日米間と国内で突っ込んだ話し合いがなされるだろうが、これまでの自民党政権のやり方とは明らかに違う。プロセスも的を射ている。中々やるなぁというのが率直な感想である。しばらく目を離さずに、今日の2人の大臣の発言の方向性を見守りたい。

2009年10月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

882.2009年10月12日(月) 広島・長崎オリンピック共同開催は本気か。

 今日は体育の日であるが、昨日突然広島市と長崎市が共同で2020年のオリンピック開催の意向を表明した。いささか唐突のきらいがあり、現時点では全面的に受け入れられ大賛成というわけではないようだ。確かに核廃絶を訴えたオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞して、核廃絶のムードが高まる中で、タイミングとしてはパンチが効いて大向こうを唸らせるものである。核廃絶の運動に勢いをつける意味でも効果的であるとの声が上がる一方で、少なからず疑問と不安がある。

 疑問点の中で①2016年大会に東京が落選したばかりで、まだ反省も総括も済んでいないこと、②IOC憲章によれば開催都市は1国1都市に限られていて、仮にIOCが特例で認めても両都市間の距離が離れすぎている、③厳粛な被爆地へお祭騒ぎのオリンピックは馴染まないとの被爆者の声、④大きな国際スポーツ大会に相応しいホテルなどの受け入れ施設不足(メインスタジアムの収容力不足、ホテル必要部屋数44,000に対して現在の供給部屋数は13,000)、⑤財政不足(1994年の広島アジア大会の負債がまだ積み残されている)、等々問題があり過ぎ、クリアすべき難題が山積している。

 東京開催が評価されなかった最大の課題は、開催に向けて都民の熱意が不足していたからだといわれている。その点被爆地で開催されるなら、ほとんどの国民は諸手を挙げて後押しするだろう。核廃絶への大きな声を世界中へ届けることも可能となる。多くの目が広島と長崎に注がれることによって被爆地の悲惨さを世界へ訴えることが出来る。これは大きなアピールである。気になるのは、原爆投下75年後の2020年では被爆者の数は極めて少なく、ほとんどの被爆者は亡くなってしまうのではないかとの心配である。

 東京が立候補に名乗りを挙げた時も、総意を得たうえで満を持して立候補宣言をしたのではなく、何となく抽象的な理由で手を上げた。つまり現在の若者には元気がない。夢とか目標がないからだ。若者に夢を与えるためにオリンピックを開催しようという流れだったと思う。このように積極的でなかったことが、今回立候補した4都市の中でムードが一番燃え上がらなかった原因である。

 広島・長崎の立候補なら、被爆地から世界へ向けて核廃絶のメッセージを発信するというはっきりした目的がある。環境整備が整わない内に見切り発車したとの感はあるが、逆に言えば、広島・長崎ほどアピール力を持った都市はない。田上長崎市長が、秋葉広島市長に引きずられたような印象もあることはあるが、前回東京と福岡が対立した構図の二の舞だけは避けて、ここはひとつ国を挙げて両都市を支え平和国家日本をPRしてみるのも、日本の力と存在感を訴える良いチャンスかも知れない。

 これからJOCの意向を勘案して、方向性が定まっていくと思うが、果たして広島・長崎におけるオリンピック開催は実現するだろうか。

2009年10月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

881.2009年10月11日(日) 恩師飯田先生のお元気な姿にホッと

 大学の飯田ゼミの例会が、例年通り九段会館で開かれた。3年生になり三田キャンパスで経済学部飯田鼎教授の謦咳に接して教えを受け、卒業後も先生を慕ってゼミ生が年に1度は集まる、アカデミックで温かい雰囲気が私は好きだ。飯田先生も毎年楽しみにしてわざわざ千葉県鎌ヶ谷市からお越しいただいている。

 今年は例年になく参加者が少なく、30名を若干オーバーする程度だった。いつもより10名程度少ない。幹事さんも交替した。新しい幹事は厚木市内で塾を経営している池浦達也さん。私から数えて4代目である。前幹事の伊藤暁さんは、麹町女学園の校長だったが、今年4月から金沢市内にある北陸大学の未来創造学部教授に就任した。「未来創造学部」という学部は初めて知ったが、いかにも未来志向の現代観を匂わせてくれる。不自由な単身赴任とのことだが、新任教授の活躍を祈念したいと思う。

 それにしても現役の後輩たちの集まりが少々悪い。忙しいということもあるだろうが、今年は連休の中日というのが出席率の低い一因であると思う。来年は出来るだけ、連休は避けようという声が聞かれた。

 いつも飯田先生に付き添って来られる奥様が生憎体調を崩されたということで、娘さんが車を運転して来られた。先生のご健康状態は、あまりお変わりないようなのでまずは安心した。やや元気のないように見えるのはお年のせいだから仕方があるまい。それにしても、かつては博愛的労働経済学者らしく、熱の入ったスピーチをなさったが、失礼ながら今日は通り一遍のご挨拶だけで勢いのあった論説を伺えなかったのが少々残念である。

 しかし、これもすでに大学を去られて時が経ち、先生のお年を考えれば止むを得ないのかも知れない。いつまでもこのままお元気でいていただきたいと願うばかりである。

 出席者はひとりひとりスピーチをされたが、思い出話の中で慶応義塾で学ぶことが出来て恵まれた学生生活を送れたということと、飯田先生のご薫陶を受けたことを有難いと感じ、素晴らしい学友に巡り合えたことを幸せに思っているとの言葉が何人かの会員の発言の中にあった。実際私自身も心からそう思っており、それは杉田士郎さんが創った「慶」第3号にも「飯田ゼミのアカデミックな伝統と仲間たち」と題して書いたほどである。今日はこれを全員分コピーして配布して読んでいただくことにした。拙著の宣伝も入れたので、少々ヤラセの感はあるが、私自身そのくらいゼミに愛着を抱いている。いつまでも学生時代の気持ちを持ち続けられ、頼りになる仲間同士で語り合える場があるということは有難いことである。

 11月には、赤松さんの所属する上野浅草フィルハーモニーの定期演奏会もある。このままいつまでもアトホームで、親しい友だち同士の関係を続けていけたらこれほど幸せなことはないと思っている。

 さて、日本の政治家の外遊には珍しく、岡田外務大臣が隠密行動で今日突然アフガニスタンへ降り立った。数日前に100名以上の死傷者を出した自爆テロもあり、いま尤も治安の悪化しているアフガンだけに事前に岡田外相のスケジュールが外部へ漏れるのを警戒して、マス・メディアへは一切知らせていなかった。そこで、カルザイ大統領と外相に会い、何らかの支援を約束して直ぐパキスタンのイスラマバードへ移動した。

 難題となっているインド洋上の海上自衛艦による給油活動継続が来年1月に失効することで、日米間で微妙に齟齬を来たしている。民主党としては、継続しないことをマニフェストに掲げた。民主党は給油活動に代わる支援として民生的な復興支援を強調していたが、それがどうも見えにくかった。アメリカの反応と出方が気になって、はっきり打ち出せなかったからである。今日の岡田外相の電撃的アフガン訪問は、日米関係に拘ることなく、アフガン首脳に直に民生援助を約束するというのが訪問目的だろう。

 まあアメリカに気兼ねすることなく、日本の立場に立って日本独自に動いたということは、これまでにはなかったことだと思う。アメリカに表向き異を唱えるということではなく、少しはアメリカに不満感を抱かせてもきちんと説明し、日本の立場を毅然として貫く姿勢を示したということは、独自外交へ踏み出した第1歩と言えるだろう。この岡田訪問を評価したいと思う。

2009年10月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

880.2009年10月10日(土) オバマ大統領ノーベル賞受賞の理由

 オバマ大統領のノーベル平和賞受賞に対して、ノーベル賞委員会は、「国際的な外交と諸国民の協力を強めることに対して並外れた努力をした。特に『核なき世界』を目指すとする理念と取り組みを重視する」とその受賞理由を公表した。更に、多国間外交、気候変動問題で国際政治の新しい状況を生み出したと評価している。とりわけ2つの力強いスピーチが世界に希望を与えた。ひとつは、今年4月にプラハで発信した「核兵器を使った唯一の国として核軍縮へ行動する道義的責任がある」と語ったものであり、これこそが受賞を決定的にしたものだと思う。もうひとつは、6月にカイロで発言した「世界のイスラム教徒とアメリカとの間の尊厳に基づく新たな始まり」である。同時多発テロで幕を開けた21世紀が、再び憎しみと争いの時代に陥ろうとした矢先に登場した対話主義の大統領のメッセージである。これが、世界中から推薦された200以上の団体、個人を押しのけて、オバマ大統領にノーベル賞受賞を決定させた。

 これに対してオバマ大統領は、「私の行為に対してではなく、すべての国の人々の希望を代表してアメリカの指導力に与えられたもの」「平和賞は目標達成への機運を高めるために贈られることもある。この賞を行動への呼びかけとして受け入れる」「核兵器がより多くの国々に拡散することを容認出来ない。大量破壊の脅威は、すべての人びとの問題」と語った。立場をわきまえた、それでいて謙虚なコメントである。今後オバマ大統領がどれほど実効的な政策を進めていくのか、目を逸らさずに注目していきたい。

 過去の平和賞受賞者や、国際社会で脚光を浴びている政治家も大方期待感を滲ませている。 オバマ大統領は、ノーベル賞の副賞である賞金約1億2千万円を一括慈善団体に寄付するという。これからも生活には困ることはないだろうが、この思い切りの良さと潔さがオバマの人気の秘密になっているのかも知れない。

 これからのオバマ大統領の行動に期待したいと思う。

 さて、NHKの夜のドキュメント番組「八ツ場ダム 解決の道はどこに」を観ていて複雑な思いに駆られた。民主党政権となって、マニフェストにはっきり宣言していた「ダム建設中止」が、実際に前原誠司・新国土建設大臣に代わってはっきり打ち出された。地元の再三の「建設続行」要望に対して明確に「建設中止」を伝えた。八ツ場ダム建設中止問題は、新政権のダム建設見直しの考えの下に、これから建設か、中止か検討されていく、その試金石となるダム建設である。すでに工事を始めた大掛かりなダム建設を本当に中止することが出来るのか。昭和27年に計画が持ち上がり、反対派との間ですったもんだの末に移転代替地の提供により、半分以上の住民が村を離れたり、代替地へ移転した。その挙句の工事中止である。

 村民もとても堪ったものではない。当初ダム建設に反対していた人たちの中でも、小の虫を殺して大の虫を生かす道を選び、建設に同意して、漸く移転した後の建設中止決定に、村民は翻弄され生活設計が立てられないと途方に暮れている。

 住民にこれほど悩ましい問題が、政権が代わり民意がダムに反対しているからと言って、自分たちが犠牲にされるのは堪らないというのが村民の本音であり、これから一体どこに落としどころを見つけるかという難しい問題となった。

 山口二郎・北大教授はマニフェストに盛られた政策を実行するのは、民主主義にもとるわけではないが、先に「建設中止」ありきの考えで、住民との話し合いもなしに一方的に中止行動を起こすのは民主主義ではないとコメントしていた。

 全国には建設中のダムが数多くあるが、少なくとも八ツ場ダム騒動を反面教師として、国が周辺住民に充分気を配って話し合いを進めて欲しいものである。

2009年10月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

879.2009年10月9日(金) オバマ大統領にノーベル平和賞

 駒沢大学の講習を受けて帰宅したのが、6時過ぎだった。妻が今年のノーベル平和賞受賞者は意外な人に決まったと言ったが、何とアメリカのオバマ大統領だという。6時に発表されたばかりのホットニュースに、ホワイトハウスではまだ明け方5時で公式の発表はない。

 率直に言って大統領就任9ヶ月ではまだ早いのではないかと思った。4月にプラハで核廃絶へ向けて行動しようと世界へ向かってアピールしたのは、確かに強烈なインパクトがあった。核廃絶の流れへ一気に向かうかとの幻想を抱かせたほどである。

 しかし、宣言はしたが、実質的な核廃絶へ向けての動き、況してやその効果のほどはまだ表れているわけではない。核廃絶は確かに人類にとって理想であり、実現したらそれこそノーベル平和賞ものだと思っていた。それが約束手形を発行したようなもので、先を読んだノルウェイのノーベル賞委員会がノーベル平和賞を授与することによって、オバマ大統領に核廃絶への期待を込めてノルマを課したのではないかと考えてしまう。

 街の声を聞いてみると割合好意的で、被爆地の長崎、広島の人は被爆者を含めて概してオバマ大統領のノーベル平和賞受賞を評価しており、核廃絶の方向へオバマ大統領が引っ張っていってくれることを期待しているとのコメントが多かった。折りも折り来月12日にオバマ大統領は初めて来日される。忙しいなどと言わずに、この際広島か、長崎を慰霊に訪れ、そこでもう一度プラハに負けず劣らずの核廃絶のためのラッパを吹いてもらいたいものである。そういう一里塚が最終的に核廃絶を実現することにつながると思う。明日の朝刊に発表されるであろう、オバマ大統領の受賞コメントを聞いてみたいものだ。

 今日駒沢大の「出版の周辺」講義で清田義昭講師が、前回に続いて冤罪を訴えたビデオを見せてくれた。今年毎日放送が制作した作品である。足利事件の冤罪事件と似た福岡・飯塚事件を取り上げたものである。いずれもDNA鑑定が決め手となって犯人を特定する結果となった。しかし、この2つの事件では、一方は被疑者だった菅家さんが免罪とされ名誉を回復しそうだが、他方は被疑者が無罪を主張していたにも拘わらず、死刑が確定し昨年10月に刑が執行された。飯塚事件の弁護団は再審を検討していたが、足利事件のDNA検査が本人のものではないと分かった現在、飯塚事件の被疑者も似たようなDNA検査の結果でもあるので、検察に対して言い知れぬ不信と憤りを感じている。

 DNA鑑定が正確だとの話ばかりが先走り、飯塚事件の被疑者は、DNAの「塩基」と呼ばれるファクターが事件の現場に残された犯人のDNAのそれに似ているというだけで、犯人のものと同じと決め付けられて犯人に仕立て上げられた疑いがある。

 ビデオは専門的で難しいDNA鑑定のシーンも見られたが、制作プロデューサーの最大の狙いと目的は、冤罪をなくすという1点にある。DNAによる証明のほかに、時により警察側に意図的な資料の隠匿が見られることも大きな問題である。いずれにせよ、極めて難しい裁判問題であることを教えられた。果たして始まったばかりの裁判員制度は現状のままで大丈夫だろうか。

2009年10月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

878.2009年10月8日(木) 台風18号日本列島を縦断

 南洋沖で発生した時から強大な台風と予想された18号は、予想通り暴風雨となり南大東島から北上して昨夜から今日にかけて日本各地に大きな被害をもたらした。午前5時に愛知県知多半島に上陸して青森県まであっという間に本州を縦断した。夜11時現在で死者2名、行方不明1名程度で納まっているが、風が強く竜巻となって、家屋の倒壊が頻発して、茨城県では家ごと吹き飛ばされたところがあった。とにかく午前中は風が強かった。交通機関にもかなり支障が出て、JRの如きはほぼ都内全線が影響を受け、運転中止と運転見合わせという状態だった。例によって私鉄が割合動いているのに、なぜJRばかり動かないのかという議論になっている。

 大学の公開講座を今年も受講しているが、春季講座は多摩大学と駒沢大学で受講した。秋は、引き続き駒沢大学を受講するほかに、多摩大学を止めて新しく多摩美術大学で6回に亘る美術の生涯学習講座を受けることにした。昨夕初めて多摩美大上野毛キャンパスで、「フランス『パリ』を歩く―永続的アート革命都市」と題して清水敏男・学習院女子大学教授がパワーポイントを使いながら、パリ市内の街角、ストリートと美術館を紹介してくれた。中々面白い趣向で、例えればグーグルのストリート・ビューと同じようなスタイルでパリ市内を紹介しながら、専門家の見方で講義してパリ市内のアートとアーチストの関わり具合を分かり易く説明してくれる。

 約30名の熱心な受講生は、男女取り混ぜいろいろな年代層に分かれているが、それぞれに美術に関心の深い人たちばかりで質問も的を射た、専門的なものだった。ほとんどの受講生がパリを訪れたことがあるようで、美術にも造詣が深く、知的レベルは相当高いとみた。ただ、7年間もパリに在住した講師が講義するだけに、細部に亘り街角を説明しても1~2回パリを訪れた程度では、シチュエーションをすんなりとは理解出来ないかも知れない。

 来週は別の講師がウィーンについて講義されるようだが、この様子なら今後期待が持てそうだ。

 さて、鳩山新政権で年金問題を切り札に役所へ乗り込んで行った、‘ミスター年金’長妻昭・厚生労働大臣が初めて「貧困率」という言葉を使い出した。

 経済協力開発機構(OECD)が貧困割合を示す指標として、所得の高い順に並べた時に真ん中の人の所得を基準にして、その半分に満たない人が占める割合を「相対的貧困率」としたものだ。

 日本政府はこれまで公式には貧困率を発表していないし、況してやそれを基準に貧困率を下げるような政策も採り入れていなかった。国が保障すべき最低限度の生活をどう考えるのかとか、いかに支援するのかとの長期的なビジョンが欠けてはあまり意味がない。しかし、遅かれとは言え、とかく目こぼれしていた貧困者の生活に、具体的な数値が加味されて俎上に上がったことは善しとすべきであろう。

 ところで、貧困率というのは一体どれほどの数値なのかと言えば、対象国が現状では極めて少なく僅か30カ国である点から世界のレベルを比較するのは難しいが、意外なのは日本がその30ヶ国の中で4番目に高い(14.9%)という実情である。対象国は高々30カ国ではあるが、OECDによれば、日本は貧困国ということだ。アメリカに至ってはもっと貧困国ということで、すんなり受け入れ難い数値ではある。一番高いのは、メキシコ(18.4%)、以下トルコ(17.5%)、アメリカ(17.1%)、日本、ドイツ、イギリス、オランダ、フランス、スェーデン、デンマークの順になっている。アジア・アフリカ諸国が一国も入っていないのは、統計がないからで、メキシコ、トルコは別にして先進諸国内での比較ということになる。

 それにしても中国、インド、ロシア、シンガポール、韓国、アジア・アフリカの発展途上国が入らなくては比較すること自体に格別意味があるようには思えない。指標として価値のある資料に肉付け出来るかどうかが、今後広く活用されるかどうかの生命線となるだろう。いずれにしろ、これまでどうして厚労省はこのような国際指標を発表しなかったのだろうか。

2009年10月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

877.2009年10月7日(水) 小中陽太郎さんと金大中氏とのツーショット写真

 年内に発行予定の共著「知の現場」で、小中陽太郎さんを取材させていただいたが、個人的には小中さんの「知の現場」以上に、小中さんの過去の幅広い社会的活動に強い関心があった。わが家からほど遠からぬご自宅における取材でも、話題と関心がつい「べ平連」や、米空母「イントレピッド」米水兵脱走事件に行ってしまう。その他にも小中さんからは公に報道されていない話も随分伺ったが、ポーランドのワレザ元連帯議長やチェコのハベル元大統領にもお会いしたということもあり、新刊書に「行動」をにじませたく何とかツーショット写真を添えてもらいたいと思っていた。幸い編集者から同意してもらったので、提供していただく写真をお願いしたところ快くお引き受けいただき、今年8月に亡くなった韓国の金大中元大統領と一緒に撮った写真をお預かりすることになった。昨日お願いしたところ早速メール添付で送っていただいた。金大中氏についてお話を伺ったところによれば、お会いしたのは、1973年10月24日、軟禁されていた金氏を解放してもらうべく韓国官邸を訪れた直後に金氏は釈放された。その足で金氏の自宅を突撃取材された。その時の貴重な写真である。それにしても金氏も小中さんもいかにもお若い。拉致されたのが、その年の8月8日で、偶々私はエジプトからスーダン、エチオピアを経て当時インドのボンベイに駐在していたアルペンクラブの廣瀬明夫くん宅を訪れていた時だった。そんなこととは露知らず、帰ってきて世間の蜂の巣をつついたような騒ぎに接して、ことの重大さに驚いたことが、昨日のことのように思い出されてくる。

 小中さんの凄いところは、厳戒体制下の金氏の自宅を取材に訪れたのは、何と小中さんが最初で、そのせいで翌日には国外退去の処分を受け強制的に出国させられたことである。小中さんは「イントレピッド」もそうであるが、率先してポジティブに行動する人というイメージが強い。

 その折りの金氏とのツーショットを新刊の中で見るのも違った意味で楽しみである。キャプションを付けて早速プロジェクト・リーダー経由で編集者へ送付した。

 そう言えば、先日私のブログを見て三島由紀夫のことが書いてあったからと言って、わざわざ三島由紀夫が書いた秘蔵の手紙をコピーして送ってくれた高校時代の友人がいる。ブログを読んでは時々建設的なコメントを寄せてくれる近所に住む友人、呉忠士くんである。

 三島が友人の父親へ宛てた私的な手紙である。友人の父は有名な古代ギリシャ文学の碩学・呉茂一元東大教授で、小田実の恩師でもあり、恐らく三島も学生時代に教えを受けたひとりであろう。手紙を読むと三島が意外に愉快な人物であることが分かり、微笑ましく親しみが湧いてくる。世上よく知られている三島のボディビル鍛錬を、三島は中止してその10年の鍛錬期間を浪費だったと反省し、その分ギリシャ語が10年遅れたと自戒していることや、執筆中の「金閣寺」を大岡昇平が「キンカクシ」と読んだことなど、世に知られていない内容で中々愉快である。

 周囲にこういう貴重な資料を抱えている人たちがいて、それを提供してもらい恩恵に浴していられることは有難いことで、感謝するばかりである。

2009年10月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

876.2009年10月6日(火) 外国語の日本語表記は、特性を考えて

 昨日の朝日朝刊の「声」欄に、中国に7年間駐在されて帰国した人が、中学生の子どもの地理の教科書を見て中国の地名の表記について疑問を呈していた。

 外国語の日本語表記は、現地語に則ることを原則とするにしても、よほど注意しないと実際の名称とはまったく別の言葉に変わってしまう恐れがある。文部科学省では、現在現地語表記を基準にして指導している。それがこの教科書のケースに当てはまるのかどうか。欧米の言葉の場合は日本語とは文字や発音がまったく異質だから、ある程度の発音のずれは止むを得ないと考えている。しかし、日本語と同じ漢字を使う中国語や朝鮮語の地名表記の場合は、よほどきめ細かく、あらゆる角度から検討しないとまったくかけ離れた言葉となって、相手国の人に理解されなかったり、誤解される場合が起こり得る。「声」で主張されていることは、件の教科書の中国地名に漢字を使うことなく、音読みのカタカナ表示をしている点で問題があり、誤解や間違いを生みやすいということを言っておられる。

 例えば、英語の「ジェネバ」「ベニス」「ネープルス」「ミラン」「アレキサンダー」を、近年はそれぞれ原語に近い「ジュネーブ」「ヴェネチア」「ナポリ」「ミラノ」「アレクサンドロス」と呼ぶようになったが、それが本来の現地風の発音により近いと分かれば、それで良いと思う。

 問題は、中国語や朝鮮語を日本語読みにした場合である。これまで毛沢東や、鄧小平を日本人が中国語で発音することはなく、日本語による音読みだった。地名でも北京は「ベイジン」と呼ばれることもあるが、普通は「ペキン」であり、西安や天津、広州などは漢字に表記される通りに音読みで発音している。それが「声」投書氏によれば、中学生の教科書には、漢字ではなく大連は「ターリェン」に、天津は「ティエンチン」、広州は「コワンチョウ」とカナで書かれているそうである。投書氏は「中国では今でも日本の地名や人名は漢字で表記、中国語の発音で読むことが主流である。日本も漢字で表記、日本語読みでよいのではないか」と素朴な疑問を投げかけている。その教科書は見ていないが、私も投書氏に同感である。

 こういうように素直に考えれば良いことを、こねくり回すから分からなくなる。先日来商品の取扱説明書の分かりにくさについて、万歩計メーカーのオムロン社へ問い合わせたが、オムロン社からは一向に明確な回答が得られない。一旦売ってしまえば後は購入者が考えろと言わんばかりの傲慢な会社の消費者軽視の姿勢や、言葉をこねくり回す悪弊が簡単なことを複雑化させるとの考え方に通じるものだと思う。

 中国の地名だけの問題ではなく、ことは自分たちさえ分かれば可とする姿勢こそ他人をボイコットする利己主義の表れではないか。

2009年10月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com