895.2009年10月25日(日) 懐かしい京都・上桂中学同期生会

 昨日の高校の同期生会に引き続き、今日は京都市立上桂中学時代の同期生会に出席のため、朝早く新幹線で京都へ向かった。会場は「アークホテル京都」という小さなホテルで昔の四条大宮交差点の近く。京都駅からタクシーに乗らずに、地下鉄で四条烏丸まで行き、そこから阪急で四条大宮へ出た。

 JR京都駅前の地下街は明るく中々センスのあるお店が並んでいるが、何せ案内表示板が分かりにくい。それに地下鉄と阪急の駅構内にエスカレーターがないのが、キャリーバッグを持つ身にはやや不満だった。外国人観光客の姿も多く見られたが、日本人にも分かりにくい案内という点を考えても、彼らからの評判も悪いだろうことが想像出来る。久しぶりに訪れた観光都市・京都だったが、観光目的で訪れる人のために親切に分かり易くPRするにはハードウエアが充分とは思えなかった。行政や観光協会などが初めて京都を訪れる人の視点に立って、もう少しきめ細かくチェックして、訪れる人たちが迷わない建設的な方策をもっと検討すべきではないかと感じた。

 昭和29年に卒業して、すでに55年8ヶ月の歳月が経過したが、同期生会には初めて出席した。この上桂中学には3年生時の僅か1年間だけしか在学しなかったが、思い出は深い。校内対組柔道大会でいきなり黒帯の奥くんに投げ飛ばされたが、学校だけではなく校外でも近所の湯浅くんや穴田くんと松尾山で小鳥を獲ったり、桂川で泳いだ楽しい思い出がたくさんある。山では彼らと一緒に手負いの猪に追いかけられ、必死になって逃げ回ったこともあった。

 聞けば10年前にも同期生会を企画したようだが、案内があったのかどうか、残念ながら出席することが出来なかった。6クラスの担任の先生方の内、ご存命なのはわがクラス担任で理科担当の清水義一先生と国語の岩崎光先生だけだ。嬉しいことにお二人の恩師には今日ご出席いただいた。清水先生は80歳、岩崎先生は米寿だと仰っていたから長い年月を感じさせられる。

 清水先生には1年間随分お世話になった。卒業と同時に父の東京本社転勤が分かっていたので、高校受験が微妙になり、先生にもご心配とお世話をおかけした。結局京都府立桂高校と湘南高校の両校を受験して、幸いいずれも合格し、兄の桂高校から湘南高校への転校も実現したので、家族全員が揃って鵠沼へ転居することが出来た。もし湘南高に入れなかったら桂高校に1学期だけでも在学してその後転校しようとの話もあった。その当時短期間の間だったが、なにか慌しくドタバタしていた印象がある。

 湘南高に入学してから直ぐに清水先生には2度ほどお便りを差し上げたが、ご返事をいただけず、その後今日まで連絡をとれなかった。先生からはそのことが気になっていたとお話いただいて納得することが出来た。

 国語の岩崎先生は生徒たちから陰で「お光っちゃん」という愛称で呼ばれていたが、最初の授業で「水郷」を「すいきょう」と読まれたので、転校直後だったが思い切って「『すいごう』が正しいのではないか」と訂正を申し入れた。ところが、先生がどうしても「すいきょう」だと強調されるので、その2年前に毎日新聞社の日本観光地百選に「日本水郷」を千葉・幕張小学校のクラスの友だちとハガキで投書推薦した経緯もあり、小生意気だった私も「すいごう」だと言い張って譲らず、結局先生が折れて次回までに正式に調べてくるということになった。次の授業冒頭にいきなりお光っちゃんは「『水郷』はやはり『すいきょう』が正しい読み方です」と仰ったのには驚いた。確かにどちらも間違いではない。でも一般的には「すいごう」が優先して使用されるし、日本水郷の場合は「すいごう」と発音する。国語専門の先生が生徒の指摘した「すいごう」を否定され、「すいきょう」と主張される根拠が分からなかった。一体どこでお調べになられたのか、その時はどうにも納得出来ず、父親にも憤懣をぶちまけたことがある。未だに脳裏にもやもやが残っている中学時代の苦い思い出のひとつである。今回お光っちゃんが出席されると聞いていたので、遊び心でもう一度尋ねてみようかなとも思ったが、今更との気持ちもあり、先生があまり元気そうなご様子にも見えなかったので、お尋ねするのは差し控えることにした。

 在学中も、卒業後も親しくしていた岡本勲くん、湯浅登喜夫くん、穴田弘くん、河内一くんは先日ハガキを出しておいたせいもあり、みんな来てくれた。久しぶりに実に懐かしく楽しいひとときを過ごすことができた。女性も特に覚えていたのは、馬場さん、荒木さん、藤森さんらだが、彼女らも出席してくれて、本当に懐かしい55年ぶりの再会だった。忘れていたお顔だったが、やはり時間とともに少しずつ思い出してくるものだ。

 同期生は約280名いたが、今日はちょうど50名の旧友が出席した。歳月の経過を考えるとまずまずの出席率ではないだろうか。穴田くんと岡本くんも幹事役を務めてくれたが、遠路出席したということから私も挨拶することになった。6つのテーブルに拙著を各1冊差し上げて近況をざっと話した。

 穴田くんからは古く懐かしい写真を3枚もらったが、その内の1枚は彼が西京高校バレー部選手として神奈川国体に出場した時に、藤沢市内のバレーボール会場で撮ったものだ。その中に西京高の選手たちとともにマネージャー然として下駄履きで坊主頭の私が写っている。半世紀以上前の世相を反映してスタイルがいかにも垢抜けない。改めてこんな時代だったんだと思うと感慨無量である。

 ホテルを出てから、幹事の岡本くんがアレンジしてくれた近くの喫茶店を貸切状態にしてコーヒーを飲み、ほんの半年間だったが毎日通った七条大宮の平安中学前を市内バスで通り過ぎJR京都駅へ。そしてJR京都駅にあるホテル・グランヴィア京都15 階のスカイラウンジ「サザンコート」で3次会を楽しんだ。

 これからもお互いに健康に留意して次回も参加しようと、再会を約束して京都駅で別れた。

2009年10月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

894.2009年10月24日(土) 気のおけない高校同期会

 羽田空港内の「ギャラクシー」というレストランで高校時代の同期生会が開かれた。ここは同期の金川くんが社長をやっていたところだ。年々参加者が減っていくのは止むを得ないと思う。卒業して52年で同期生401名の内、すでに53名が黄泉の国へ旅立った。今年は昨年よりまた減って70名弱の参加者だった。誰かが言っていたが、こういう会に出席出来るのは、「健康」「心配事」「金銭」にあまり気にかけるほどのことがないからだと。幹事の冒頭の挨拶が良かった。話の話題が偏り勝ちになるので、今日は「健康」「年金」「孫」の話は避けようと言った。20歳ほど年長なら、さらに「軍隊」「戦争」が要注意用語になるのだろう。もう70歳を過ぎているので、容貌を見ると差があるのは止むを得ない。老けて見える同級生がいる一方で、やけに若く見える同級生がいる。久しぶりに出席する仲間同士では話は大体通じるから気楽である。

 ラグビー部の大島くんの奥さんの具合が悪いと聞いていたが、やはり特殊な病に冒され身体が自由に動かないと言っていた。長期の旅行も出来ないと言っていた。揃って元気な時は、夫婦でニュージーランド、アメリカ、イギリスにも行っていたようだし、気の毒に思う。

 民主党政権についても話が出たが、亀井金融・郵政担当大臣の強引な手法と、日本郵政㈱社長に内定した斉藤次郎氏の人となりについて批判的な話が出た。元通産次官の牧野くんが出席予定だったが、その場にいなかったので、元大蔵次官だった斉藤氏の記者会見における受け答えが話題に上がった。周囲の政治家が、次官を辞めて14年になるので、斉藤氏が元官僚というのがおかしいとの説に口裏を合わせるが如く、斉藤氏自身が自分は官僚とは思っていないとの言葉が嫌がられる。誰が何と言おうと、斉藤氏が官僚中の官僚であることは紛れもない。こういう居直り人間を、「民より官へ」の道を作ろうとして任命するところに、鳩山首相や亀井大臣らの鈍感さがある。とにかくこういう気楽な同窓会でも、悪評サクサクなのは相当タチが悪いということだ。

 明日は京都の中学時代の同窓会で、卒業以来55年ぶりに会う清水先生や、可愛い女生徒だった麗人たちの顔を見るのが楽しみである。同窓会が終ってから親しかったクラスメートとは会うことを約束しているので、これが大きな楽しみ。

2009年10月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

893.2009年10月23日(金) 日本外交の先行きは大丈夫か。

 鳩山政権誕生以来大分気になっていたことがある。今バタバタしている国内政治はもちろんであるが、対米関係がギクシャクする気配のあった外交政策である。その遠因は、民主党が総選挙中からアジア外交重視と対米関係見直しをしきりに内外に訴えていたからだ。しかも、その対米関係では沖縄の普天間基地移設問題がすっきり解決しそうになく、加えて沖縄基地県外移設問題も解決への道はほど遠い感じである。

 来日中のゲーツ国防長官が、日本政府ののらりくらりした回答に相当いらだったらしく、日本の要求にはまず応じられないとの発言があった。そんな中で、アメリカ国内のマス・メディアはアメリカ政府高官が強い警告を発したことを大きく取り上げている。「拡がる日米同盟の亀裂」とか、「東アジアの安全保障の礎石の日米同盟を蝕む恐れがある」「中国の軍事力の増大や北朝鮮の核・ミサイルの脅威にどう対抗するのか」との批判が出ている。

 一方で、岡田外相が個人的な見解と断りながらも、普天間基地の沖縄県外移設は難しいと述べた。こんな国家にとって大事な事象を個人的な見解だけで口外すべきではないと思う。民主党マニフェストには県外移転、または移設と書いてあるではないか。それを内閣の統一意見ではなく個人としてそう考えていると断りながらも、無責任な発言をしているところから察するに、外相は反応を見るために観測気球を上げてみて、その様子によって有利な方向へこの問題を持っていこうとしていることが考えられる。他の大臣とは相談していないというなら、発言するなと言いたい。この人は割合まともな政治家だと思い、外務大臣には現在の民主党内では、岡田氏しかいないと大分期待していたのだが、こんな重要なことを軽率に発言したり、国会開会の際の天皇のお言葉に注文をつけたり、案外軽い発言をする人だということが分かった。

 しかし、これではこれからの言動が心配である。海千山千で練達の外国の外交官に対して岡田外交は果たして対抗していけるのだろうか。

 仮に米軍基地沖縄県外移設を行わないなら、アメリカとしてはホッとするだろうが、日本国内の収拾がつかない茶番劇を見て足元を見透かし、これからは思うような筋書きで米軍基地問題は進められるだろう。

 はったりも偶にはよいが、いとも気軽に個人的な見解とか、思いつきだけで重要発言をされたのでは国政がうまくいく筈がない。段々各大臣の言動が心配になってきた。

 今日の駒沢大の清田義昭講師の講義内容も考えさせられるテーマだった。ハンセン病患者の苦しみを取り扱い、南日本放送が制作したビデオ「人間として―ハンセン病患者人間としての闘い」と題した1時間半近い長編ドキュメンタリー番組を見せてくれた。10年以上に亘ってハンセン病患者の裁判を執拗に追った記録で、ストーリーが暗く見るのも辛い画面だったが、分かり易く立ち上がる患者が裁判で勝利を勝ち取り、それに対して控訴しようとする国に、控訴を諦めさせる闘争記録である。

 1907年に国の民族浄化という名の下に強制隔離によりハンセン病患者は施設に囲い込まれ、世間からは一切閉ざされた隔離生活を送るようになった。その経緯と立ち上がる患者をきめ細かく追った。ライ病予防法なる法律ができたのは、1953年だったが、実際にはそれ以前から患者は人間としての扱いではなかった。その法律が廃止になった1996年以降になって、患者が国へ賠償請求裁判を起こし、2001年に勝訴を勝ち取った。それに対して政府が控訴裁判を起こすとの空気があったが、原告団の国民への訴えかけやマス・メディアの啓蒙により、政府が控訴を取り下げたことが時系列的に取り扱われていた。

 番組では明るいシーンが少なく、見ていてあまり気持ちのよいものではないが、深く考えさせられた。それにしてもプロデューサーはよくここまで取材したものだと思う。毎回清田講師の授業では、見過ごしがちの重要な社会的事件を、改めて考える機会を与えてもらって背筋が伸びる感じになる。しかし、裏腹にどうも気持ちが落ち込んでしまうことが、こういう社会問題を見つめることから気持ちを遠ざけてしまうのではないかという気持ちもある。

2009年10月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

892.2009年10月22日(木) インド旅行への期待

 一昨日自動車免許証の更新手続きをして新しい免許証を受領した。その有効期限が向こう4年間とは中途半端な感じがしたので、確認のため世田谷警察署へ問い合わせてみた。

 それによると70歳までは5年間有効の免許証を更新手続きの都度受け取れるが、71歳以降は原則として更新ごとに有効期限は3年間だそうだ。しかし、優良ドライバー(ゴールドカード)の場合は、70歳を超えた最初の更新のみ、4年間有効になるということだった。これで4年間の意味が分かったが、シルバードライバーがあまり歓迎されていないということが何となく分かる。まあ運転技能が年々落ちるので、事故防止の見地からすれば、ある程度止むを得ないのかもしれない。私も4年後に、つまり75歳の時に書き換えて、その後3年間78歳までハンドルを握れれば善しとするか。80歳を超えては少々リスクが高まるかも知れない。

 さて、来月インドへ行くので、インド関係の書を読んでいるが、堀田善衛の名著「インドで考えたこと」を読んでみたくなり、八雲図書館を訪れたがそこになく、いろいろ調べてもらった。しかし、目黒区内の他の区立図書館にも在庫がなく、更に詳しく全集等を調べてもらった結果、筑摩書房の「堀田善衛全集Ⅱ」に納められていることが分かった。この全集には「後進国の未来像」「キューバ紀行」等も入っているが、これを他のインド関連書2冊とともに借りてきた。

 洛陽の紙価を高めた岩波新書「インドで考えたこと」は、1957年に月刊誌「世界」に連載され好評を博して、その年に新書版として出版されたもので、当時のインドに関する書としては質的にかなりの水準のもので、インドへ行く人がバイブルのように貪って読んだものだ。生憎まだ読んでいなかったので、この機会にさらっと目を通してみようと思っている。同書が世に出てから早や半世紀余りが経過して、インドの情勢は大分変化しており、名著と言えども、その内容や視点は必ずしも現代のインドにフィットしているわけではなく、少々ずれがあるかもしれない。実際今読んでいる中島岳史氏の「インドの時代」なんか、あまりにも現代的な側面を描き過ぎており、少々ギャップを感じるし、受け止めるにも違和感がある。昔の目線で見ると思わぬ陥穽にたじろぐことになるかもしれない。

 今度訪れる発展著しいデリーや、アグラ、ジャイプールは初めてなので、観光施設や商業施設を訪れることは大きな楽しみであるが、アグラ近郊では昨日急行列車同士が衝突して22人が死んだばかりだ。IT産業の進化、或いは新興開発地等が発展する一方で、取り残される地域や遅れた側面もあり、またヒンドゥ教から離れて行く信者がいる一方で、ヒンドゥ・ナショナリズムが力をつけてきているらしい。経済的に急速な進歩を遂げている中で、種々の難しい問題が顕在化しているようだ。

2009年10月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

891.2009年10月21日(水) 郵政民営化見直しは、無策の策か?

 8月20日に行われたアフガニスタン大統領選挙の結果がまだ分からない。タリバンによる選挙妨害や、現職のカルザイ大統領側の不正投票疑惑やらで中々決着がつかない。残るも地獄・退くも地獄の渦中にあるアメリカやEUの働きかけもあり、現職カルザイ大統領の同意を得て、漸く決選投票によって現職と対抗馬であるアブドラ前外相との間で雌雄が決せられることになった大統領選である。

 それにしてもアフガンの大統領選挙は現代社会においてまったく奇妙な選挙である。すでに投票から2ヶ月を経過してなお政治空白が続いている。この間テロによる不安材料は増幅される一方である。1ヶ月前に発表された初回選挙の結果は、カルザイ氏が、54.6%の得票率だった。しかし、不正投票とみられた得票を除くと49.6%で過半数にぎりぎりで達しないことが判明して、政権選択は仕切り直しとなった。

 政治空白が長引くうえに、パシュトゥン民族出身のカルザイ氏とタジク民族のアブドラ氏の再対決となり、下手をすると民族間の対立に発展する可能性もある。今タリバンによるテロ攻撃に怯えている国民の間に、新たな国内分裂の火種を抱えることになりかねない。

 それにしても1日も早く政治体制の確立をしないと、別の社会混乱の芽が表れてくるのではないかと気がかりである。

 アフガンばかりでなく、日本国内にも政治的にちょっと首を傾げる事件が起きている。常々郵政民営化の見直しを叫んでいた民主党が勝利を得た勢いで、これに反対して自民党を離れた国民新党代表の亀井静香郵政・金融担当大臣も同調して日本郵政㈱西川善文社長に有無を言わせず罷免すると広言していた。

 郵政民営化の見直し論については、どの部分をどのように見直すのかの中身の議論より、粗雑な感情論が先走って一刀両断に小泉改革の見直しという話になっているような気がする。今朝の朝日、日経両紙を読んでも、時計の針を逆に戻すようなことは慎むべきだとの慎重論が書かれている。さらに、ほぼ決まっていた政府が持っている株式放出を当面実行せず、上場化計画を先延ばしするという。

 よく分からないが、これによって政府にとって郵貯資金を自由に使える2つ目の財布が出来るのではないか。散々の悪評のうえに、かの大経済学者だった大内兵衛先生に2号の存在のようなものと酷評された「財政投融資」の復活にもつながるのではないかと、その無節操さと拙速ぶりにも驚かされる。

 加えて、西川社長の後任に西川氏より年配で「官僚の中の官僚」の元大蔵事務次官、斉藤次郎氏が就任するという、びっくり箱から飛び出すような話である。あれだけ天下りを容認しないと断言していた現政権が、天下りのチャンピョンシップのような舞台を演じている。もう無茶苦茶である。鳩山内閣にはもう少し筋を通して、国民から受け入れられる政治をやってもらいたい。鳩山首相の言動があまりにもぶれて、何を行おうとしているのか分からなくなった。それにしても亀井大臣の強引で、押しの強いやり方を見ていると、周囲への配慮がなく、とても一国の大臣のパフォーマンスとは思えない。あきれ返るばかりである。これでは民主党に愛想がつきて、再び自民党が盛り返すようなことになるのではないか。

2009年10月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

890.2009年10月20日(火) 新規国債発行額が50兆円だと?

 今朝の日経一面を見てびっくり仰天である。

 藤井裕久・財務大臣が今年度の税収の落ち込みを新規国債発行でカバーするとして、新規国債発行額は当初予定していた44兆円より6兆円も多い50兆円台になるとの考えを示唆した。本当かよというのが本音である。国際通貨基金(IMF)の予測では、日本は先進国の中で最も借金が多い国という、自慢にもならない冠をいただいている。

 1965年度に国債発行を再開して以来、来年度に初めて新規国債発行額が税収を上回って、これまで均衡予算主義を貫いてきた伝統も頓挫することになる。そして、もしそうなら一旦歯止めが取れたら2010年度以降も同じことを繰り返す心配がある。

 国債発行額は44兆円でも多すぎるとの声が聞かれるが、このまま支出ばかり増やしていったら、赤字財政は坂道を転げ落ちるように停まらなくなるのではないかと心配でならない。民主党も大盤振る舞いで八方美人ぶりを見せるばかりでなく、出来るだけ堅実な財政政策をやって欲しい。 

 今朝ドジをやってしまった。車の免許証の更新手続きで世田谷警察署へ出かけ、その前に近くの自動フォト撮影機でサイズを間違えて2度も撮り、それをムダにしてしまったのだ。更新に写真は必要なかった。更新手続き料に写真代が含まれており、自動機械で撮った2種類の写真は役立たずとなってしまった。案内ハガキを良く見てみれば、確かに申請書類として写真が必要だとは書かれていなかった。締めて1,400円が当面ムダな経費となってしまったことになる。

 それにしても次回の更新が4年後とは知らなかった。

 その足で、一昨日紹介された開高健の著書を買い求めようと渋谷の紀伊国屋書店へ出かけた。ところが購入しようと思っていた3冊の文庫本の内、「輝ける闇」しか書店にはなかった。「声の狩人」は、注文して取り寄せてもらうことにした。一番読んでみたかった佐野真一氏推薦の「人とこの世界」は、出版社の筑摩書房に照会してもらったが、そこにも在庫がないとのことだった。この4月に文庫本として再刊されたばかりだが、もう払底とはすごい売れ行きで羨ましい限りでもある。こうなると一層読んでみたい気になる。

 それはそれとして近年若者の読書離れが叫ばれているが、実態は大分酷いらしい。今朝の朝日新聞によれば、来年の国民読書年に向けて各地で読書傾向に関するイベントが計画されている。その一環である「読書実態調査アンケート」の中で、20~30歳代の若者の1/4が、月に1冊も本を読んでいないという惨憺たる結果だったという。読まない理由は「仕事、家事、勉強が忙しい」「読みたい本がない」「何を読んでいいか分からない」「読まなくても不便を感じない」だそうだが、何と向上心のないことかと情けなくなる。調査から子どものころの読書体験が読書量に大きな影響を与えていることが分かったらしく、幼いころ親に本を読んでもらったことが、成人になってから読書の習慣が身につくケースが多いらしい。

 義父が生前、本を読まない奴は信用出来ないと言っていたが、まあ2人の息子は割合本を読んでいるようなので、ほっとしている。

2009年10月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

889.2009年10月19日(月) 歳入不足で2010年度概算予算をどうなるのか?

 どうも新政権の来年度予算策定の取り組み方がおかしい。先日来各省から概算要求を上げさせて集計してみたら、95兆円超だという。今度の内閣の各大臣の政策実行力は、新政権の意を体して積極的に行動し、評判は頗るいい。ただ、欲張り過ぎたマニフェスト公約を実際にどう予算の中に組み込めるか、マニフェストに列記した約束をどう順序をつけて取り入れるか、ということについて党内のコンセンサスが成されていない。各大臣がそれぞれに自省の約束を実施するにしても、もともと充分な財源の裏づけがあるわけではない。その辺りの整合性を、鳩山首相の下できちんとつけるべく議論して、それを受けて予算化するというのが本来のあり方であると思う。

 現状は前年度の当初予算を上回り、その一方で当てにしていた財源のうち、税収が予想以上に少なく40兆円を下回りそうだ。今でさえ歳入は歳出の半分にも満たない。ついに菅直人副首相が今日「税収が40兆円以下なら赤字国債発行も止むを得ない」と発言し出した。新政権がどうも当てに出来ないのは、最初から予算の枠組を固めて、新しい公約も含めて政策の優先順位を決めて予算を決定するという手順を踏んでいないからである。一向にこのアンバランスが解決しない中で、支出ばかりが増えていく。それに対して、仙石由人・行政刷新担当大臣は、あと3兆円は削ると言っているが、数字合わせではなく、もっと基本方針を示してもらいたいものだ。

 昨日寺島実郎氏が、テレビ番組でマニフェストを全部実現するのが良いのかどうかも議論の対象だと言っていた。もちろん実現すべきであろう。だが、財源がない。その場合知恵者の知恵として、一律子ども手当てとして毎月26,000円援助することが、全体的に考えて妥当な話かどうか。高校生への支援費用も一律に補助することが、全体の福祉的観点から考えて筋の通ったものかどうか。他にもっと支援を必要とされる予算の使い方があるのではないか、そういう議論が一向に出てこない。

 決めたものは約束通り実行するというのは、至極理のあるところである。しかし、財源不足はムダの廃止によって生み出すという雲を掴むような話が、現実にはダメになった。それなら、次善の策として行うべきは何か。直ぐに鳩山首相以下政府が対策を講じて、具体案を提示するべきではないか。その場合、どうしても来年度内にマニフェストに盛った公約の実現性が薄いなら、苦しい事情を誠実に国民に説明して次年度以降に繰り越すことも検討して然るべきではないだろうか。

 現状はただおろおろして、手を拱いているように思えてならない。取り返しがつかなくなる前に、率直に国民に詫びて次善の策を提示するべきであろう。このままだと、麻生前政権とそれほど変わり映えのしない政権になる恐れもある。

2009年10月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

888.2009年10月18日(日) 没後20年、開高健作品について

 NHK・BSの堅実で長く続いている番組「週刊ブックレビュー」を時々気が向くと気楽に観ている。以前は読書家として知られる俳優・児玉清氏が進行役を務めていた番組だ。月刊「選択」10月号の「本に遭う」で朝日新聞の書評担当7年の河谷史夫氏が児玉氏をぼろくそにけなしている。やれ推薦書がつまらないだの、役者のくせに発音が不明確だと散々である。そのせいで児玉氏はこの番組を降りてしまったのだろうか。

 偶々今日放映されたのは、茅ヶ崎の開高記念館でトーク風に交わされた座談形式で、今年12月に没後20年を迎える「開高健」の作品を取り上げていた。昨年8月に「酒のペンクラブ」の会員とともに記念館を訪れたので、その時の雰囲気を思い出しながら話を聞いていた。

 中々面白かった。作家藤沢周氏が司会しながら、3人のゲストから開高作品の素晴らしいところと彼らが薦める一押しの作品を聞き出していた。

 作家角田光代さんの推奨作品は開高の3大「闇」作品のひとつで、朝日から派遣された従軍記者としての体験から描いた「ベトナム戦記」を母体に書かれた「輝ける闇」だった。写真家鬼海弘雄氏の一押し作品は「声の狩人」、ノンフィクション作家佐野真一氏は「人とこの世界」だった。3つの作品は、恥ずかしながらまだ読んでいないが、お三方の話を伺っていると読んでみたい気持ちにさせられる。

 開高はベ平連に深く関わり、私自身も開高と同じようにベトナム戦争中にベトナムを訪れたことがあり、かつて拙い作品を第1回開高健ノンフィクション賞に応募して最終審査まで残ったグラフィティもあるので、身近な人という印象を抱いている。

 1度も開高作品を読んだことのない人へのアドバイスとして、角田さんは「若い人は読みやすい本を読む傾向があるが、開高作品のような顎と頭を鍛える本を読まないと成長しない」と言っていた。至極ご尤もである。鬼海氏は「開高を読まないと人生で損をする」と読書をしない人にきつい1言を言い、佐野氏は「開高を読むと確実に自分が変わる。絶対1冊読めば1mmは変る」と強調していた。

 佐野氏が薦める「人とこの世界」(初版は河出書房新社刊行、現在ちくま文庫)は、開高にとって文士として大先輩にインタビューする形式をとっており、当時 30歳台だった開高も、大阪人特有の饒舌を抑えて、作家の心得をうまく聞き出している、読み逃せない好著だと太鼓判を押していた。何とか読んでみたいものだ。司会者・藤沢周氏は開高の遺作となった「珠玉」を薦めていた。

 番組では開高とベトナム戦でともに取材した朝日カメラマン・秋元啓一氏とベトナム戦争で従軍カメラマンとして活躍した石川文洋氏も登場して熾烈な戦線の光景、特に1965年2月14日に従軍部隊がベトコンの総攻撃を受けて、200人の米兵、ベトナム兵が襲われ生き残ったのは僅か17人で、秋元氏と開高はその奇跡的な生存者のひとりで、その後毎年2月14日には2人で酒を酌み交わしていた話などは、思い詰めさせられるものだった。

 角田光代さんが「開高の作品は全部読んでみたいが、まだ数冊読んでない作品がある。その理由は、読んでみたいがすべて読んでしまうともったいなくて、その後に開高を読みたくなった時に困る」と面白い言い方をしていた。

 開高は行動力があり、力強くて魅力的な作家である。改めて開高健に向かい合って開高作品をじっくり読んでみたいと思った次第である。

2009年10月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

887.2009年10月17日(土) 山崎洋さん、「KODIKI」で翻訳特別賞を受賞

 セルビアの首都ベオグラードに住む友人山崎洋さんから、嬉しい便りを受け取った。昨年セルビアで出版したセルビア語訳本「KODIKI」が、日本翻訳家協会から翻訳特別賞を授与されたと知らせてくれた。「KODIKI」は言うまでもなく、日本の「古事記」の翻訳書であり、ベオグラード大学で日本語を学ぶ大学院生らの協力を得て、彼が中心になってセルビア語に翻訳したものだ。変形のハードカバー判で脚注を加えて400頁近い立派な学術書である。表紙もわざわざ伊勢神宮の徴古館から許可を得て撮った神武天皇像である。

 昨年秋彼とともに富士霊園にあるブケリッチ家のお墓にご両親の墓参りをした際、発行されたばかりの「KODIKI」を戴き、苦労話を聞かせてもらった。その時「KODIKI」は、計画段階では日本の外務省から助成金をもらえる話だったが、完成した後になって屁理屈を言われ、その挙句に約束していた助成金をもらえなかったと言って、外務省のやり方に憤慨していたことを思い出す。でも、この受賞で翻訳の地道な苦労が少しは報われることになって良かった。今月27日に学士会館で行われる授賞式に、一時帰国して出席すると知らせてもらった。会いたいと言っているので、私も会って直接お祝いを言いたいと思っている。今回はペンクラブの常務理事で国際担当の堀武昭さんも、今度日本に帰って来たら是非会いたいと言っていたこともあり、彼にも知らせたいと思っている。

 さて、先日来国土交通省が頭を悩ませている、日本航空の再建問題について大臣直轄の作業部会タスクフォースが再建案を提出した。しかし、財務省とメーン・バンクの日本政策投資銀行が素案の受け入れに否定的である。

 その最大の理由は、政投銀ら銀行グループに対して3,000億円にものぼる債権放棄を求めて、債務超過を解消しようとのプランが受け入れ難いからである。数年前にも同じ手法で日航を緊急支援した経緯もあり、銀行としてはそう簡単には同じような支援プランを容認し難いのだと思う。日航自らが血を流す日航経営者側の①年金減額、②人員削減の提案が、OBや組合から反発を買い、話し合いが進まない日航側の都合優先が心情的にも認め難いのだろう。例えば、年金については年金債務額を3,300億円から1,000億円へ圧縮する方針の難航が予想され、人員削減でも日航経営陣が予定していた3年で6,800人削減計画が素案で大幅に増加され、9,000人~10,000人へ上積みされた。これには日航側から相当な抵抗が予想される。

 しかし、仮に会社倒産となったら身も蓋もない話になってしまう。このままの状態だと日航救済問題も解決の糸口が見つからず、デッドロックに乗り上げてしまいそうだ。

 問題は、この間にも日航の借入金については金利がかかっており、いくら前原国交相がいきり立っても日航救済の手立てが見つからず、中々双方にとってほど良い落しどころが見つからないことだ。

 ナショナルフラッグ・キャリアの日本航空もどうやら正念場を迎えつつあるようだ。昨日の株価は対前日で13円下がって終値は101円となった。ライバル社ANAは逆に13円上がって250円である。さあ日本航空、どうする?

2009年10月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

886.2009年10月16日(金) 高齢者の車免許証更新に新たなハードル

 今年から車の免許証更新の際、高齢者に新たなハードルが設けられた。70歳以上のドライバーが免許を更新するためには、従来の更新手続きの前に高齢者講習を受けなければならなくなった。これについては6月に東京都公安委員会から主旨を綴ったハガキを送ってきた。偶々医院へ寄った序に交番で尋ねたところ、巡査も詳しくは知らなかった。ことほど左様に今のところそれほど世間で知られているわけではない。巡査も本署へ電話で照会してくれて、漸くことの次第が分かったほどである。

 更新へひとつのハードルを設けることによって、出来るだけ事故発生率の高い高齢者に面倒だと思わせて、彼らから免許証の自主返上を求めようという魂胆ではないかとつい勘ぐりたくなる。

 先月末に受講予約をして今日やっと二子玉川のコヤマ・ドライビングスクールで3時間の講習を受けることが出来た。受講希望者が多くて、教習所もてんてこ舞いのようだ。受講者5人に対して講師が2人だから、講習料5,800円も高いとも言えないと思う。聞けば、毎回6人の受講者に対して1日3回高齢者講習を実施しているという。

 その講習だが、教室で視野測定検査と運転適性検査を済ませてから、車に乗って実技チェックが行われた。これで振るい落とされることはないので、気にすることもないのだが、他の4人は私より年長らしく普段はあまり運転することもないようだ。ある男性の如きは、運転が荒っぽくてこれでは路上を走ったら事故を起こすのではないかと心配になったほどである。3人の女性も月に1度程度しか運転しないと言っていたから、件の男性と運転能力は五十歩百歩だろう。この様子を見ていると、公安委員会が高齢者のドライブにあまり乗り気でない気持ちが分かる気がする。

 自慢話めくが、私自身テレビ画面による運転適性検査のシミュレーションでは、「状況の変化に対する反応の速さと正確さ」と「複数の作業を同時に行う能力」で平均点以上だったし、30歳台~50歳台の平均を上回ったので、まずまずクリア出来た。総合コメントでは、「機能は全般的にやや優れています。また、非高齢者と比較しても平均的です。しかし、その時の調子で操作がやや遅れたり、危険に気づくのが遅れることがあります」と書かれていた。停止線を超えて停止したことがばれてしまったのかもしれない。自戒しなければいけない。

 とりあえず、「高齢者講習終了証明書」というものを頂いてホッとした。

 その後二子玉川から駒沢大学へ寄り、2時限の講座を受講する。清田義昭講師の講義では前回同様にビデオを見せてもらい裁判について話を伺った。東海テレビが制作した「光と影―光市母子殺害事件弁護士の300日」で重苦しいドキュメントである。事件当時少年だった犯人の実名が明かされたことで発売前から話題になっている増田美智子著「福田君を殺して何になる」の内容紹介に併せて解説があった。事件発生とともに世間を震撼させた、この事件は山口地裁、広島高裁、最高裁、高裁差し戻し、そして今再び最高裁へ向かっている。現時点では高裁で「死刑」の判決が出ている。近いうちに最高裁の判決が出されると思うが、最終的にどういう判決になるのか関心のあるところである。原告の被害者遺族や犯人の言動より、むしろ21人の弁護士の苦労話に視点を向けた正義感の篭った力作である。内容は前回のビデオ同様深刻で、少々暗い話である。

 さて、国連総会の軍縮・安全保障委員会においてアメリカ代表が、「遅くとも2012年までにアメリカの核兵器保有量は、2001年の水準からほぼ半減する」と表明した。オバマ大統領が提唱する「核兵器なき世界」へ一歩踏み出したような感触を受けた。それが事実なら、今度はアメリカと並ぶ核保有大国のロシアが、具体的な削減計画を公表する番だ。

2009年10月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com