935.2009年12月4日(金) 日本的曖昧さで右往左往

 些かうんざりである。今日の朝日夕刊「ニッポン人脈記」に、3人の国語学者による部首「しんにゅうは1点か2点か」が紹介されている。近藤姓の「近」の部首「しんにゅう」は、このパソコンで見る限り1点であり、私自身この文字を覚えて以来ずっと1点と信じ、1点の「近」を書いてきた。

 ところが、実際には敗戦直後の1949年に当用漢字の字体を決めた際、従来の2点を簡略化という見地から1点にしたのだという。それならそれでずっと1点にすれば混乱もなくて良さそうなものだが、いつの間にやら「しんにゅう」を使った文字には1点と2点の2通りのケースが存在するらしい。これは、パソコンの文字に倣って使用されるようになってからのようだが、正統派の国語学会が、ビジネスのパソコンに寄り切られてしまった例である。正にグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」の典型ではないだろうか。

 ほかに「しんにゅう」を使う文字の中でも、どの部首が1点なのか、2点なのかは普通あまり気にしていない。自分なりに信じる文字を書いているものと思う。私は2点の文字は書いたことがない。実際「邁進」を見てみると「邁」は2点であり、「進」は1点である。

 教育現場を知る人は、「『しんにゅう』の形が統一されていないと、子どもがわかりづらい」と言うが、今年1月の常用漢字表の試案では、2点派に軍配が上がった。よく分からない理屈だが、部首の整合性より混乱を避けることが重視されたからだという。

 1点か2点、どちらに決めるにせよ、こういう身近なところで偉い学者が検討しても決められず、日本語がたいして意味もなく2通りに使われているところが、曖昧さを残す日本的なやり方で、同時に決断力がないところであろうか。

 漢字ばかりではなく、わが国では総理大臣まで決断力が発揮できず、沖縄住民のみならず、日米間で政治家が右往左往している。言うまでもなく普天間米軍基地移設問題である。総選挙前からどうも代替移設地が首尾一貫していない印象を受けていたが、今になってもどうするのか、宙に浮いたままである。

 今日になって鳩山首相は普天間代替地として「グアムも検討」と言い出した。民主党マニフェストでは「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてあった。それを一歩踏み込んで、いつの間にか普天間基地を海外か、県外移設という具体的な代案となっている。確かに3年前の日米合意のロードマップには、沖縄駐留の米海兵隊と家族をグアムへ移転させる計画はあった。しかし、内閣の主要閣僚の発言が日米合意とは別のところで迷走するようでは国民は信用出来ないし、アメリカ政府からも信用されないのではないか。日米の了解事項がばらばらに別の方向へ走り出している。一体どこが具体的な移設先なのか、現状のままなのか、首相の考えも外相、防衛相もばらばらになったまま見当がつかない。まったく締まりのない話で、困っているのは沖縄住民である。

 果たしてこの無様な動きに日本政府はどう決着をつけるのか。アメリカ政府も大分イライラしているようだ。

2009年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

934.2009年12月3日(木) エコ・ポイント制度をもっとスマートに

 9月初めにエコ・ポイント申請書を送付したが、ほぼ3ヶ月経ってもウンでもないスンでもない状態に痺れを切らし、環境省のエコ・ポイント事務局へ電話した。1ヶ月ほど前エコ・ポイントの申請手続きや、支払い方法等について作業が遅れて、申請者の元へ商品が送られてくるまでに大体2ヶ月ぐらいかかっていると新聞に報道されていた。新しく発足した国の景気浮揚策のひとつで、取扱量も多く手続きも煩雑だろうから、ある程度の時間的な遅れは止むを得ないと理解していたが、その後になっても何らの情報や連絡もなく、国の制度としては些か杜撰ではないかと抗議の気持ちも込めて問い合わせたわけである。

 ところが電話が通じない。電話が不親切である。例によって録音テープによる案内で、所定の係りへかけると「ただいま混み合っていますので、もうしばらく後におかけ下さい」とプッツンと一方的に切られること4回、漸く5度目に話をすることが出来た。私が送付した書類の記録は事務局がしっかり抑えてあり、11月中旬には支払いの資料を日本百貨店協会へ送ったので、実際にいつ希望した物が送られてくるかどうかについては、直接百貨店協会に問い合わせて欲しいと電話番号を教えてくれた。そこで、また百貨店協会に聞いてみると、今月14日に送付する段取りになっているとの回答だった。

 ただ事務が輻輳して支払いが遅れただけのことかも知れない。しかし、何たる不誠実な対応だろうか。どこかで一寸連絡さえしてくれれば、こんな心配をせずに済んだ。3ヶ月も放ったらかしにして、電話1本くれるわけではない。申請者はただひたすら待つしかない。業を煮やして直接尋ねたから事情は分かったが、これが国の制度として国民に対して行うサービスなのか。どうもやることにすべて魂がこもっていないと思う。まあ国がやるサービスというのは、せいぜいこんな程度かなとも思う。

 午後からJN協会の企画会議が麹町の海事センターで開かれ、唐突に白澤事務局長から来年JN協会として「都市・観光・環境の情報事典」なる書籍を出版する予定だから、その一部について私に執筆担当して欲しいとの話だった。来年は国際ペン東京大会開催で忙しくなりそうだし、それに合わせて次作品も書こうと思っているので、おいそれと安請け合いすることに躊躇する気持ちがあったが、お断りするわけにも行かず、「観光」章についてお引き受けすることにした。だが、詳しい説明がなく雲を掴むような話で書籍編纂の意図と主旨がよく分からない。近日打ち合わせをするというので、具体的な内容等についてはそれからだ。

 昨日東洋経済新報社が作成した「知の現場」の表紙デザインを、プロジェクト・マネージャー経由で送ってきた。珍しいデザインだが、これが今風なのかなと思う。しかし、見た感じは悪くない。内容は充実しているし、うまくすると売れそうな気がする。24日に1,600円で店頭販売されるが、販売結果が楽しみである。

2009年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

933.2009年12月2日(水) 証言! 外交文書の密約はあった。

 日本画家の平山郁夫氏が今日亡くなられた。79歳だった。平山画伯と言えば、シルクロードを描いた作品や、仏教の歴史・風物を主題とした作風で知られる。箱根の彫刻の森美術館、成川美術館にも画伯のシルクロードの大きな絵画が飾ってある。これらの絵を見ていると古代へのロマンが限りなく拡がっていくような大きな気持ちがしてくる。惜しい人を失った。

 さて、このところ噂が、実は噂ではなく真実だったのではないかと考えられていた、日米間の外交文書密約問題について、昨日東京地裁に証人として出廷した吉野文六・外務省元アメリカ局長が密約文書に署名したことを当事者自身の口から証言した。更に、当時の愛知揆一外相ら外務省幹部もその内容を知っていたはずだとも述べた。密約の内容は、沖縄返還時の沖縄住民への土地原状回復を行うための経費をアメリカが負担するという約束を履行せずに、実は密約によって日本が肩代わりするという内容である

 これで、日米間の4つの密約のひとつが当事者によって明かされたことになる。まだ残る3つの密約がどうだったか明確にされたわけではないが、外務省は来年1月にまとめて報告書を公表する予定である。

 こんな国民の目を騙すような例はこれまでなかったと思う。自民党政府はこれまで、一貫して「日米間に密約はない」「密約はないということは歴代の首相がはっきり答えている」との一点張りで押し通してきた。こうなると歴代の首相はみんな嘘つきだったということになる。この偽証の責任はどう償うつもりだろうか。そして、歴史上ウソを真実とした記録はどう修正するつもりだろうか。珍しいケースであるが、外交史上重大なことであり、どう決着をつけるのか注視する必要がある。

 それにしても証言した91歳になる吉野氏は、閉廷後の記者会見でこれまでも随分悩んだと言った。その挙句に「歴史を歪曲しようとすると国民のためにマイナスになることが大きい」とも述べた。覚悟のうえで真実を述べられたのだろう。人生も終盤になって、腹の中に溜っていたこれまでの心の負担や悩みを曝け出そうと決意したのだろう。

 日本とアメリカでは公文書管理制度が異なる。日本はアメリカの制度を見習い、25年か30年経てば公文書を公開して、誰でも研究出来るので、そういう制度を日本の外交にも採用することが良いとも提言した。

 今回の事件の経緯から、幸いにしてすっきりした形で密約文書が公開されることになりそうだ。一密約文書というだけではなく、制度としてあるべき形を整備することもこの際考えるべきことではあるまいか。

2009年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

932.2009年12月1日(火) 羽田空港新管制塔を見学する。

 JAPAN NOW観光情報協会の企画により羽田空港の新管制塔と現在建設中のD滑走路を見学した。前原国交相が羽田空港の国際化を打ち出し、改めてそのためのD滑走路がスポットライトを浴びている。そんな矢先でもあり、協会会員以外の参加者も多く、66名もの多くの人が参加した。空港第1ターミナルビルからバス2台に分乗し、D滑走路を遠望しながら担当者の説明を聞いた。現在海上にジャケットという橋脚を打ち込み、そのうえに2,500mのD滑走路を建設中である。説明を聞いてから、さらに10名程度の小グループに分かれ、新管制塔最上階にある管制官の仕事場を見学し、シミュレーション・ルームで実物に近いトレーニングの場を見せてもらった。

 新管制塔へは、小さな建物から一旦エレベーターで地下へ下り、地下トンネルを潜り抜けて新管制塔ビル直下まで歩き、ここからエレベーターで上がる。115.7mの高さで世界の管制塔の中でも3番目の高さだという。空港管制上今度成田空域を管理していた成田空港と羽田空域を管理していた羽田空港が統合されたので、この新管制塔が成田空港の空域も管理下に納めるそうだ。

 新滑走路の使用、新空港ビルとモノレールの開業は2010年10月である。新管制塔上から見ると空港ビルと道路、そして既設の3本の滑走路が整然と区分けられているように見える。高速道路上を流れるように車が走り、360度の展望を眺めていると空港の計画的な整備状況と科学技術の進歩を見て取れる。ここからは富士山も、アクアラインも、東京ディズニーランド、幕張メッセ、六本木ヒルズもはっきり見える。しかし、ここに働く人たちにとって、こんな感傷はこの場の業務の内容と責任を考えれば、吹っ飛んでしまうだろう。

 いろいろ見て新しい知識も仕入れることが出来た。今まで知らなかったことで驚いたのは、今建設中のD滑走路の一端は、数メートル高くなっているということだったが、聞いてみると他の3本の滑走路の内もう1本も同じように片側が高くなっているとのことだった。その理由までは質問することは出来なかったが、それぞれの空港により、その使いやすさのために少しずつ特徴があるとのことだった。

 もうひとつは、管制官の4人にひとりが女性であることである。これも意外だった。いずれにしても管制官の仕事は航空乗客の大切な生命を預かっているので、その責任感は相当なプレッシャーだろう。

 この新管制塔は来年1月から運用を始めるとのことである。これから日本の窓として大いなる期待に応えてほしいものである。

 今日のJN協会の企画はとても良かった。

2009年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

931.2009 年11月30日(月) スイス国内にイスラム・モスクは建設出来ない。

 先日来ヨーロッパで話題になっていたスイス国内のイスラム教モスク建設について、国民投票の結果モスク尖塔の建設を禁止する憲法改正案が賛成多数で可決された。今後スイス国内では尖塔の新規建設ができなくなった。この動きはドイツや、フランスでも物議を醸すことになりそうだ。

 これでスイスは極右思想国と看做される可能性が高くなり、スイス政府は気を遣って既存の尖塔は維持され、信仰は出来ると声明を発表している。しかし、すでにイスラム諸国から反発の声が挙がっており、今後の関係悪化が懸念される。スイスではかねてよりモスクから街中へ流れる礼拝時のアザーンの大音声が問題になっており、地元住民との間であつれきが生じていた。

 確かにイスラム諸国を訪れた時、耳に入ってくるあの読経のようなアザーンは、非イスラム圏から来た旅行者には、少々耳障りで異質な感じがする。朝早くから尖塔から大音声が流れると流石にけだるい気分にさせられてしまう。

 イスラム系住民と地元住民との交流もあまりスムーズにいかないようだ。かつて、東西対立時代の西ドイツでトルコ系住民が集団で固まって居住していたために、学校によってはトルコ系生徒が多くなり、宗教の違いから来る生活慣習の違いによる対立により、学校内が殺伐としていたという。その後東ドイツと統合されたことにより、ドイツは労働力としてトルコ人を必要としなくなり、イスラム系住民の排斥という新たな問題が浮上して、大きな国内、国際問題となった。

 異質な民族と共存することは、頭では納得出来ても現実問題としてすんなり受け入れるのは難しい問題がある。今ではいずこの国も民族問題を避けて通ることは出来ないが、感情論として好き嫌いの気持ちが表れてくるのは避けようがない。日本国内でも戦前の在日朝鮮人問題や、明治以降の部落民問題などは日本人の心の中に今日でも触れられたくない問題として引きずっている。

 表面的に民族差別はなくなったとは言え、根底には相手の気持ちを慮る気持ちが大切であるとつくづく思う。その点で案外無神経なのは、金さえあればとか、表現は自由だとか言って周囲の人たちの気持ちを斟酌せずに、不必要なトラブル発生の原因を作っている広告なども注意したいものである。

 ヤンキースタジアム内の右翼外野席前の「よみうり新聞」の大きな日本語広告や、シアトル・マリナーズのホームグランドのバックネット下に良く出る日本製品のCMなどは、あまりどぎついとアメリカ人の神経を逆撫ですることを考えた方がよい。逆の立場に立って、国立競技場や、東京ドームにけばけばしいハングルや、アラビア語で埋め尽くされた場合などを考えてみたらどうだろうか。

 要は「ほどほど」と「相手の気持ちを慮る」ということを忘れないことが大切ではないだろうか。

 それにしても株式市況の動きはめまぐるしい。先週末には、ドバイ金融筋の信用不安から大幅な円高となり、日経平均株価も一気に300円下げて、藤井財務相が具体的な対策を講じることもなく、この円高を容認するわけにはいかないと言った途端、週明けの今日の為替と株式市場は敏感に反発して、円は86円台に下がり、日経平均も264円も上がって9,345円まで戻した。

 しかし、世界の景気は一向に回復せず、雇用状況はぱっとしない。給料は下がり失業率も上がり、こんな経済状況ではどうしようもない。トップの鳩山首相はと見れば、親から譲ってもらった隠れ贈与を突かれて追い詰められつつある。怪しげな政治資金入金ルートを追及され、しどろもどろではないか。支持率は高いが、下手をすると短命内閣に終る恐れが出てきたように思う。

2009年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

930.2009年11月29日(日) クラシック音楽と「坂の上の雲」

 恒例で上野浅草フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に、飯田ゼミの赤松晋さんがチェリストとして出演するのでゼミの有志が挙って浅草公会堂へ応援に出かけた。この演奏会では、毎度少々難しい曲が演奏されるので、中々馴染みにくい。今日の演奏曲目はウェーバーの歌劇「オイリアンテ」序曲、ハイドンの「交響曲第101番ニ長調『時計」、そしてチャイコフスキー「交響曲第5番ホ短調」だった。「時計」の一部しか知らなかったが、まあ聞き応えがあった。最後のチャイコフスキーの交響曲第5番は、落ち着いて聞くのは初めてだったが、プログラムの解説が分かり易く説明され、この重苦しい曲も演奏楽器の音色を解説に従い追っていくことが出来た。

 終っていつも通り「神谷バー」で会食となった。16名の参加者に赤松さんのご子息夫妻が加わり、和気藹々となり、いつもながらの楽しい会食となった。この席で今年の忘年会を12月29日に決定した。

 浅草公会堂へ行く前に時間にゆとりがあったので、雷門から浅草寺まで人混みの中を真っ直ぐ歩き、参拝してきた。途中の人混みは、日本人より外国人の方が多いくらいで、東京の観光地と言えば、ここ浅草が中心になってしまったような気がする。歩行者も顔つきでは分からないが、会話を聞いていると中国人が多い。やはり純日本的なものは外国人の興味をそそるのだろう。正面の浅草寺は来年一杯屋根の葺き替え工事中のようで、屋根は全面的にシートに被われ、訪れた人びとにとっては少々がっかりだろう。

 久しぶりに御神籤を引いてみると願っていた通り、「吉」だった。「願望=叶えられるでしょう。病気=治るでしょう。」と願ったり、叶ったりで気分を良くして公会堂へ乗り込む。

 ほろ酔い加減で帰る道すがら幸せだと話していたのは、飯田ゼミで恩師・飯田鼎先生の謦咳に接してご指導いただいた有難さと、飯田ゼミ仲間の温かい友情に恵まれた幸せを享受出来たことである。今年発行した「慶」に、「飯田ゼミのアカデミックな伝統と仲間たち」と題してゼミの思い出を寄稿したが、その中にもゼミの良い思い出ばかり書いているので、他のゼミの同級生が羨んだくらいである。

 いつものことながら、やはりゼミの仲間との交流は楽しい。気が置けないのがいいし、夫人同伴で楽しく語り合えるのが良い。来年箱根で一泊して桜見物を楽しもうというアイディアも出された。今年は予定を実行出来なかったので、来年こそは期待に応えなければいけないと考えている。

 さて、今日から待ちに待った大河ドラマ「坂の上の雲」がNHKで始まった。産経新聞に連載されて単行本として発売されたのが、昭和47年だ。発売以来版を重ねて、多くの読者の関心を高めた。私が読んだのは昭和57年だからかなり遅れていたが、興奮と興味で読みふけり、それ以来司馬遼太郎作品への興味が募っていった。あしかけ3年を費やして放映するらしいが、そもそもこれだけの大掛かりの舞台背景の作品を、テレビのような小さな画面で表現すること自体無理だと思っていた。日露戦争の場面なんかどうやって演出するのか興味がある。

 今日は最初の放映ということから、1時間半もの長い時間となったが、これから毎週日曜日の夜を楽しませてもらえそうだ。

2009年11月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

929.2009年11月28日(土) 事業仕分けの効果はどう表れるか。

 遅ればせながら7歳の孫の七五三のお祝いに出かけた。どの神社にお参りしようかと長男も散々悩んでいたが、幸運にも妻の短大時代の親友の実家が近くの多摩川浅間神社なので、急遽お願いして長男一家と神社で待ち合わせした。鳩山首相の自宅に近く、首相就任後幸夫人とともに最初に参拝したところでもあり、川沿いで景色もよくロケーションは抜群である。有難いことに妻の友人と後を継いでいる妹さんのご家族に親切にケアしてもらい、祝詞も上げてもらい滞りなく儀式を済ませることができた。

 昨日で各省庁の来年度予算申請額の事業仕分けが一応終了ということになった。初めての作業でもあり、開始前から広く注目を集めていた。平たく言えば民主党国会議員が省庁の予算担当者を相手に申請予算の廃止、見直し、見送り等についてその是非を査定することである。来年度の税収見込みが大幅に落ち込んでいる時でもあり、政府の行政刷新会議としては全体で計上額のうち3兆円程度を削減したいと考えていた。

 しかし、昨日までの作業では仕分け効果と云われる削減額は、目標のほぼ半分の1.6兆円だそうだから予算削減というのは思うようには行かない。元々必要だとして計上した予算であり、そう簡単に切れるものでもない。100%の効果はなかったにせよ、過去に予算の中身を公に曝け出し、その必要性を議論するなんてことはこれまであり得なかった。その意味では、今回初めて予算についてどうして必要なのかという点をガラス張りにした成果は数字だけのものではない。

 実際政権を手放した谷川秀善・自民党参議院幹事長なぞは、良いことだ、なぜ今まで自民党はこういうことをやらなかったのかと反省しているとまで言っている。従来の自民党政権は、唯一の保守政党と主張してきただけに、前例に倣うということを金科玉条のごとく守り続けてきた。そして、年功序列制を踏襲し、若手の提言や卓見は無視されてきた。仕分け事業なんてことは、少し頭を捻れば考え出せることであり、前例に倣うという後ろ向きの発想さえなければ、自民党政権でも考え出すことは可能だったと思う。

 特に数年前から私も会員であるシンクタンク「構想日本」が、地方自治体を対象に、事業仕分けを行っていた。そのことを自民党議員が知らないわけがない。自民党議員の最近の憔悴した姿と発言を聞いていると、むべなるかなとも思う。選挙に負けるべくして負けたのだと思わざるを得ない。

 事業仕分けの中で一番難しいのは、現在予算を執行中であるにも関わらず、これを取り止めるかどうか、の問題である。典型的なのは、ダムや道路などの大工事の中止である。中止するか、或いは建設を続行するか、どちらが国民にとって利が多いか、であり、大臣が代わってすぐ「中止」と言うべき筋合いのものでもないと思う。

 もうひとつは、科学研究費を申請通り認めるか、或いは却下、または予算削減か、の議論である。仕分け人が世界一のスーパーコンピューターを見直しと下した結論に対して、学者側から猛烈な反対の声が上がったことである。一概に経費査定できる案件とは異なり、科学は進歩しても形のある成果として表れないケースが多い。だからと言ってこの経済低迷の時代に科学研究費だけが聖域であって良い筈もない。この辺りの精査、議論、分析について充分検討されたのだろうか。やはり時間が不足していると考えざるを得ない。

 しかし、すっきり分かり易い予算の仕組みになりつつあると思うし、役人の一方的な判断による無駄遣いが少しは見直されるのではないかと今後に期待したいと思う。

2009年11月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

928.2009年11月27日(金) 非核3原則はウソ、核は持ち込まれていた。

 昨日初めて三田で会った慶応の同級生に今日松本整形外科から帰る途上の目黒通りで声をかけられた。相手も医院の近くのスポーツクラブでひと泳ぎした帰りだという。お互いにびっくりである。大学へ入って50年経つが、初めて会ったのが昨日で、その翌日に再び会うというのは、いかに近所に住んでいるとは言え、ハプニングのようである。

 松本医師からは先日の血液検査の結果を教えてもらった。期待していたほどの数値ではないが、CRPは確実に下がって0.54となった。もう一息である。昨年8月の8.01から何とかここまで落ちてきた。これを早く平準値の0.3以下に持って行きたいと願っている。

 駒沢大学の清田義昭講師の講義は、NHKが昨年制作したドキュメンタリー番組「こうして核は持ち込まれた-空母オリスカニの‘秘密’」を鑑賞しながら、日本国内への核の持ち込みについて話し合った。日本ジャーナリスト大賞を受賞した意欲作で、ここまでよく核の持ち込みをアメリカ側へ取材し追及して、白日の下に曝け出してくれた。

 過日核の持ち込みについて本欄でも書いたが、来月1日外交文書の核密約について公聴会が開かれ、吉野文六・外務省元アメリカ局長らの証言がなされるという。このビデオでは、アメリカ軍の司令官、空母オリスカニ乗組員、夏目防衛庁元事務次官らも核の日本への持ち込みがあったと明言している。日本の夏目元事務次官なぞは、「『持ち込まず』は有名無実」とまで話しているのは、密約や機密保持があったことはもはや疑いようがない。

 初めて知ったが、空母オリスカニは朝鮮戦争中に造られ、仮想敵国としてベトナム、中国、ソ連を照準に、日本列島を盾として考えていたとラロック第7艦隊司令長官が述べている。

 日米の関係者が口を揃えて核は持ち込まれたと述べている以上、非核3原則が守られていなかったことは、今や疑いようがない。今後はほかに隠された機密がないかどうかを検証し、国民への説明をきちんと行うべきであろう。

 今日の世界的な円高・ドル安は、ドバイの金融筋の信用不安から始まり、ユーロ安、ポンド安も引きずり円だけが高くなる独歩高となり、14年4ヶ月ぶりに84円台となった。東証日経平均株価は301円も下がり9,000円台割れが目前となった。一向に景気回復の兆しが見えず、相変わらず暗い話ばかりである。

2009年11月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

927.2009年11月26日(水) 「慶」発行記念懇親会を楽しむ。

 今日は日本ペンクラブが結成された「ペンの日」で、毎年恒例により東京會舘で大パーティが開かれる。小中さんからも今日お会いしましょうと言われていたが、生憎慶応同期生雑誌「慶」の反省会兼懇親会が慶応三田キャンパスで開かれるので、こちらに行くことを大分前に決めていた。

 三田の「山食」も久しぶりだったが、以前の場所から西校舎へ移動していた。三田は、2年前恩師・飯田鼎先生の著作集全8巻が完成した時のお祝いのパーティ以来である。全体的な配置はそう変っているわけではないが、やはりわれわれの学生時代とは雰囲気が違う。でも母校というのはその雰囲気に浸るだけでもいいものだと思う。

 「山食」の壁には、各体育会クラブの写真や色紙も飾りつけられていたが、やはりラグビー部(慶応では蹴球部という)が気になった。日本選手権者とラグビー部創部100年の優勝チームのサインに誇らしい気分になり、なるほどと頷く。

 反省会は15名が集まった。西宮から参加された人や、慶応出身でない女性もおられた。女性が3名も参加されたのは意外だった。幹事の杉田さんが細かい手配をしてくれてほとんど問題なかった。いろいろな人生経験を持ったかつての慶応ボーイが、「慶」に書いた自作について自己紹介を兼ねて簡単に説明した。海外駐在の経験がある人が、かなりおられた。この辺りは慶応らしいところだ。10年前の第1号以来、これまでに「慶」は3号が発行されているが、私は3号それぞれに、①友人関係のネットワーク、②文化財保護のための発掘調査に関すること、③飯田ゼミの仲間、について書いたので、それらについてさらっと説明した。序にラグビー早慶戦で登場した栗原大介くんのPRをしておいた。皆さん真面目な話ばかりだったが、話を伺っていると中々ご苦労されたようだ。文学博士号を取られた女性、英仏語の通訳資格を持っている人、フランス滞在の長かった女性、大学教授、ら多士済々である。

 杉田さんのお声を受け、専門でもなかった文を書いて雑誌にまとめるというから壮大な作業だったわけだが、その苦労話を聞いていると、苦難を乗り越えひとつの成果として、雑誌を創り出したというのは凄いことだと思う。杉田さんの努力には、敬服する。まだまだ第4号も計画するというから、その意欲たるや衰えを知らない。改めて脱帽するのみである。

 今日は妻がコーラスの仲間と箱根へ1泊旅行に出かけた。宿泊旅館が宮の下の大和屋ホテルだという。ここは、道路と建物の間に高低差があり旅館内にロープウェイの施設があるという珍しい宿である。この近くには、もう一軒同じような設備のある対星館という旅館もある。ここはかつて松本清張の「蒼い描点」で逸話が紹介されたケーブルカーがある。

 いずれにせよ、妻は今を盛りと色模様の紅葉を見ることが出来たのではないかと思う。

2009年11月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

926.2009年11月25日(水) 鳩山首相偽装献金と大学生就職内定率の低下

 朝食を終えて「チボリ会」は来年の再会を約束して解散となり、小雨の中をJR「スーパーひたち」で帰ってきた。これまでに何度も通った水戸駅東口周辺を改めてブリッジから一瞥してみたが、駅前周辺が狭くてイマイチ垢抜けず、県庁所在地でありながらどうもイメージがぱっとしない。藤原正彦教授が慨嘆したように、水戸がつまらない街になったというのは、私も同様に感じる。

 都市計画というのは、余程国家百年の計のつもりで知恵を絞って考えないと碌なものにならないことが、この駅前の無秩序な都市計画の様子を見て何となく分かった。大きなお世話かも知れないが、このご時勢に茨城空港を開港(2010年3月予定)するくらいなら、茨城県の県庁所在地である水戸の都市計画を整備した方がよほど県民のために役立つし、ムダがなくなると思う。

 今日のニュースの中で大きな話題が2つある。ひとつは鳩山首相の偽装献金問題であり、もうひとつは来春卒業する大学生の就職問題である。

 前者は、春から故人らの献金が報告されて疑惑が燻っていたが、今日の夕刊やテレビ・ニュースで報道されたところによると、首相の資金管理団体への献金が違法になされていたようだ。すでに東京地検特捜部は、政治資金規正法違反容疑で元公設第一秘書を在宅で起訴する方針らしい。

 そもそも一般個人への資金管理団体への寄付の上限額は年間150万円である。ところが、首相サイドには、毎月1,500万円の現金が5年間に亘って実母から流れていた。トータルで9億円に上がる巨額である。この点については、母親から借り入れていたと信じられないような回答をしている。これが本当なら生前贈与に対する、一種の相続税の脱税ではないか。しかも、以前に鳩山首相はメルマガで、秘書の罪は政治家の罪であるような発言をしていた。今になって、自分は偽装献金には関知しない、すべて秘書が勝手にやっていたという言い訳は、天に向かって唾するような言葉ではないだろうか。まだまだ、不明な点が多く、残る原資も解明されていない。首相は、検察の調査を待ってなどと他人事のような発言をするのではなく、自ら真実を語るべきである。当分この献金疑惑から目を離せない。

 後者は、大学生の就職内定率が就職氷河期以来の低さであると、自治体、大学、企業間で懸念されている。平成15年、16年の氷河期は11月時点で60.2%、61.3%だったが、今年も現時点で62.5%と、昨年同期より7.4%も下がっている。高校生に至っては、9月末時点で37.6%の内定率で、流石に厚労省と各自治体でも憂慮している。企業にとっても昨年内定取り消しをやって世間から総スカンを食った例もあるので、採用を控え目に考えているらしい。

 もし、このまま就職浪人を出すとなると彼らの意欲、モチベーション、ビジョンが萎んでしまうし、社会的にも失業者を生むことは、社会の不安を増幅し、未来の展望も暗いものとなる。これらの失業者が、ニートや非正規社員、派遣社員になっていくと現在の労働市場の質を更に悪化させることにつながる恐れがある。

 今のところ国として抜本的な戦略や対策が講じられている様子は見られない。就職希望の大学4年生と高校3年生は、これからどう就活をすすめていくのか大いに気になるところである。

2009年11月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com