1045.2010年3月24日(水) 民主党内のごたごた

 このところ民主党内にごたごたが次々と発生し、各メディアの世論調査でも民主党に対する支持率が急激に低下している。今や鳩山政権に対する支持率は、30%前後で危険水域に入ってきた。一方、自民党内でも鳩山元総務相の離党騒ぎがあり、執行部に対する言いたい放題の批判もあって、党内の結束が乱れ、本来なら民主党を追い上げる絶好のチャンスにも拘わらず、支持率が一向に回復しない。そのお陰で民主党は当分このまま危ない綱渡りを続けながら生き延びていくことになりそうだ。

 民主党の現時点における支持率低下の最大の原因は、鳩山首相と小沢幹事長の政治とカネの問題のケジメ、小沢千代美衆議院議員が北海道教職員組合から受け取った違法献金の対応、そして生方幸夫副幹事長解任問題である。

 その中で昨日小沢千代美議員は世論の厳しい非難の中で、強気にも離党も議員辞職も考えていないと語った。他方、最近小沢幹事長批判発言が問題となり、党副幹事長を解任させられた生方氏の如きは、地元へ帰り自らの行動の正当性を訴えたり、解任は小沢幹事長独裁によるものだとのメディアの同情的な声に支えられて、自分にまったく非がなく、自分は正しいとの主張を各地、各メディアで展開している。

 確かに小沢幹事長の隠然たる力は、今では絶対的な権力となり誰も抗弁出来ないほど恐怖政治的との声も聞く。実際最近の様子をよく見てみると、これでは民主政治とは言え小沢独裁の一面も感じられる。反小沢の声、世論が生方擁護へ走ったと言えなくもない。

 ただ、それにしても小沢憎しのあまり、生方氏の一連の行動、すなわち意見発表の方法や手順を素直に認めることが出来るだろうか。同じ党内で自分の主張を述べるのではなく、発言の機会がないからといって歯止めのない外の世界で党にとってマイナス発言(幹事長批判)を繰り返しているのである。これでは民主党に籍を置いている節度も意味もない。党内で堂々意見を開陳し、それでも通らないなら他の反小沢の仲間と話し合って主張を訴える手段を考えるべきではないか。さもなければ離党して堂々小沢批判をぶてば良いではないかと考える。

 その一方で、あまりにも世論の抵抗が強くなり、流石に小沢幹事長も生方問題を元の鞘に納めて、再び生方氏を副幹事長に復職させることにしたが、こんな一時凌ぎがいつまでも通用する筈がない。その生方氏の言うことがふるっている。「自分の主張が認められた。これからも言論の自由を今まで通り貫き通していきたい」という。この御仁は、自分が民主党という組織の一員で、誤った言論の自由の発言をこれまで通り続けるらしい。常識とか社会通念が何も分かっていない。自分の立場を考えず、明らかに政治家としての節操を欠いた、幼稚な行動である。こういう短絡思考と軽薄な行動では、民主党としても他の党員に対しても示しがつかないのではないかと気にかかる。どうも政治家にも薄っぺらな人間が多くなってきた。

2010年3月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1044.2010年3月23日(火) 見応えのあった映画「アイガー北壁」

 高校時代の友人・吉水淑浩くんから、カメラ仲間と銀座でフォト展を開催するとの案内をもらったので、今日観賞に出かけた。中々印象的な写真が展示されていた。彼の2作品も良い出来栄えだと感じた。

 その帰り道にJR有楽町駅前の「ヒューマン・トラスト・シネマ有楽町」で、観てみたかったドイツの山岳映画「アイガー北壁」が上映されていたので、思い切って鑑賞することにした。ナチ・ドイツ時代を背景に、アイガー北壁1番乗りを目指すクライマーと新聞社の報道内幕、それに初登攀を国威発揚に利用しようとするナチの遠まわしの圧力を取り上げたドキュメンタリー映画で、中々迫力のあるクライミングと吹雪の中の遭難救助シーンを見せてくれた。

 舞台として、クライネ・シャイデック、アイガー登山電車、そして雄大なスイス・アルプス山岳風景が空撮も含めて実写で紹介され、私にとっては何度か訪れた場所でもあり、訪れた時のイメージを思い起しながら固唾を呑んで観賞した。登山経験のある身としても中々見応えのある映画で、久しぶりに本格的な山岳映画らしきものを観た気分になった。最後は北壁登攀1番乗りを目指すドイツとオーストリアの2パーティ、それぞれ2人のアルピニストが、全員遭難するという悲劇に終る結末だ。

 実話としては、この遭難事故の翌年、実は私の生まれた1938年にアイガー北壁はドイツ・オーストリア合同登山隊によって初登攀された。この初登攀をナチは、オーストリアをドイツに併合する、ひとつのチャンスとして利用したと云われている。

 拙著「停年オヤジの海外武者修行」に推薦文を書いていただいた登山家の芳野満彦さんも、何度かこの北壁をトライしたが、相性があまり良くなかったのか成功せず、マッターホルンに狙いを替えて、1965年日本人として初めてマッターホルン北壁を征服した。嬉しさも束の間に芳野さんとザイルを結んでマッターホルン初登攀に成功した、渡部恒明さんはその1週間後悲運にもアイガー北壁で転落し非業の死を遂げた。周囲の素晴らしい風景とそういう悲しい人間模様が織り成す綾が、後から後から脳裏に浮かんできて少々辛いが、実に感慨深い映画だった。

 さて、昨日ブログに最近の若者について、些かモラルに欠けると書いたが、今日購入したあのドイツの哲学者・フリードリッヒ・ニーチェの言葉を集めたベスト・セラー書「超訳・ニーチェの言葉」の中で、ニーチェは若者についてこう言っている。「若い人が傲慢でうぬぼれているのは、まだ何者にもなっていないくせに、いかにもひとかどの者のように見せたがっている同程度の連中と仲間になっているからだ」。流石はニーチェだ。ズバリ言い当てている。

2010年3月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1043.2010年3月22日(月) 非常識な若者が増えてきた。

 昨年11月34年ぶりにインドを旅行して、念願の世界遺産150ヶ所訪問を達成した。手持ちの「旅のギネス」にも早速書き込み友人たちにも上げている。先日も酒のペンクラブで、「旅のギネス」についてスピーチをした。ある友人はそれだけでは、どこの世界遺産を訪れて、どんな珍しい世界遺産へ行ったのか分からないので、誰でもが分かるようにしたら案外面白いのではないかと言ってくれた。

 世界に890ヶ所もある世界遺産の中で、高々150ヶ所訪れたからと言って大騒ぎすることもないとも思うが、ほとんどの人は世界遺産をそう多くは訪れていないので興味のあるトピックではないかと思う。結局あれこれ考えた末に、試しにホームページ上に「訪問世界遺産」欄を載せてみることにした。どういう反応があるか分からないが、とりあえず友人らにHPへアップしたことを知らせた。併せて、HP上の「リンク集」に小中陽太郎さんから了承を得て公式サイトを掲載した。今後少しでもアクセスしてくれる人が、面白いと思ってくれるようなHPにしていきたい。

 妻が一昨日学生時代の友人と日光方面へ旅行した帰りの東横線車内で、疲れていたのでシルバーシートに座ったところ、両隣と向かいの3席は若い人が占領していた。途中駅で妻より若そうだが、大きな荷物を抱えていた女性が乗車してきて気の毒なので席を譲ったという。その女性は自分より年配者に席を譲られ当惑したようだったが、疲れていて座りたかったのだろう、結局妻が譲った席へ座った。妻が言うには、その時周囲のシルバーシートに座っていた5人の若者のうち、誰ひとり高齢者に席を譲る気持ちがなかったようで、眠ったり、携帯に夢中だったりとちょっとばかり憤慨していた。

 同じ日、外出した帰りに近くの私立女子学園傍を通ったら、道路上にテニスボールが2つ転がっていたので、校庭から飛び出したものだろうと考え、拾って構内へ投げ返してやったところそれを受け取った生徒は、一言の言葉もなく走り去った。

 今日駒沢公園へ散歩しようと道路へ出た途端、一方通行なのに正面から逆走してくる乗用車があり、慌てて大きく手を振って違反走行だと教えてやった。ところがそのまま車はこちらへ走ってきて、手前の交差点で急遽左折した。その場は事故にはならなかったが、もし対向車が来たらと考えるとぞっとする。その車は左折した直後対向車から怒鳴りつけられていたが、私もつい「気をつけろ!」と興奮して叫んでしまった。運転していたのは、小さな子ども2人を乗せた若い母親だった。

 どうも近頃は、モラルに欠ける若い人が目につくようになった。自分勝手で楽な方向ばかり向いている。常識を欠き恥ずかしさも感じない程度の低いノータリンが増えてきた。こういう連中にどうやって世の中の条理、道徳、常識を教えたらよいのだろうか。先を考えると暗い気分になる。

2010年3月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1042.2010年3月21日(日) 普天間基地移設問題はどう解決するのか。

 情景だけ見ると春爛漫と行きたいところだが、夕べから全国的に東向きの強風が吹きまくり、北九州市内では駐車場内の駐車場屋根に女性が落ちてきて死亡したり、自衛隊東富士演習地では、野焼きの最中に火の方向が急に変わって3人が焼死したり、思いがけない事故が頻発している。北海道・旭川では92年ぶりの突風が吹いた。暴風警報も発令された。そこへ中国大陸から毎年やってくる黄砂が日本列島を覆い出した。

 今日から始まった甲子園の選抜高校野球開会式でも空がどんよりと曇っていたが、あれも黄砂の影響ではないだろうか。

 高校野球開幕とほぼ歩調を合わせて、昨日プロ野球パ・リーグが開幕した。桜も大分咲いて春を感じさせてくれる。来週と再来週には、それぞれお花見に誘われている。お彼岸の中日なのでお墓参りをしたいが、道路が混んでいるので一寸時期をずらせてお墓参りをしたいと思っている。

 さて、懸案の沖縄普天間米軍基地移設問題の政府決定の期限が迫っているが、相変わらず結論が出そうもない。今月中に政府案を決定しアメリカと交渉して5月内に日本としての最終案を決定するというスキームだった。それが、今月中の政府案、5月内の日米間の決定というスケジュールがまとまりそうにない。最初から確たる腹案があったわけではなく、交渉の過程で一番無難な案にまとめようと思っていたようだ。しかも、昨夏の衆議院選挙を見据えて当初よりアドバルーン的なアイディアだった節もある。可能性が薄いにも拘わらず、基地移設先を沖縄県外とか、海外移設とか、普段から沖縄基地問題をまったく考えていないような提案だった。政府はあれだけ沖縄でも反対の強い米軍基地を、簡単に受け入れる自治体が沖縄以外にあると思っているのだろうか。

 いま政府は一週間後に渡米する岡田外相に、ホワイトハウス、国務省、国防総省と非公式に意見交換させ、感触を得てアメリカの出方を探り出す予定である。しかし、まず日本案を提案しなければ、交渉にはならない。その日本案はこの期に及んで万策尽きて2つの案に絞られたようだ。ひとつは、日米間の合意事項である、辺野古のキャンプ・シュワーブへの移設であり、もうひとつは、現在の普天間基地を継続使用するというもののようである。これならアメリカにとって失うものはない。何と応えるか分からないが、内心大歓迎だろう。

 連立を組んでいる国民新党はすでにキャンプ・シュワーブ陸上案を提案し、社民党は今も県外移設か海外移設に拘っている。前者は、沖縄県、名護市が強硬に反対している。後者はまったく見込みが立っていない。

 この基地移設問題をよく考えてみると、民主党政権が基地問題、とりわけ沖縄住民の心情をまったく考えていないことがよく分かる。そして、決定的なことは政府が事案の解決のための順序、交渉、国民への説明等について、まったく無知、未熟であることが鮮明になった。政治手法と統治能力に欠けているのである。心配しながら見守っていたが、この状態では解決出来そうもない。当事者能力がまったくないのである。こういう人たちの集団に政治を任せてしまったことが、残念でならないし、国民のひとりとして情けない。沖縄県民にとっては、もしこのまま政府案通りに決定してしまうなら、はらわたが煮えくり返る思いだろう。

 今更どうやってもこの基地移設問題の解決は難しそうだ。それにしても現政権が示すのは、稚拙な政治行動力だと思う。

2010年3月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1041.2010年3月20日(土) イラク戦争開戦から7年

 今日は忌まわしいあの事件が起きて15年目である。事件とは、地下鉄霞ヶ関駅におけるオウム・サリン事件のことで、その当時はまだ会社勤めだったが、事件はあまりにも衝撃的で第1報を耳にした時は、事件がどういうものなのか状況がよく呑み込めなかった。今も被害者の間で後遺症が尾を引いている。

 その後8年を経て、2003年の今日はイラク戦争勃発の日である。これも鮮明に覚えている。シベリア鉄道に乗ってモスクワに行き、その帰りにモスクワから空路ウラジオストックへやって来てトランジット・ルームのテレビで開戦のニュースを知った。

 旅行出発前、日1日と高まっていくイラクの緊迫した状況と、相変わらずイラクのフセイン大統領の強気の姿勢から推して、戦争を回避することは最早不可能だと判断し、まもなく戦争状態に突入するだろうと内心予想していたので、ニュースを聞いても「ついに来るものが来た」と感じて、それほどの驚きはなかった。新潟駅前で地元のテレビ取材班にインタビューされた時も冷静に応えることが出来た。だが、とうとう始まったかと感慨深い気持ちに捉われたことをよく覚えている。

 ところが、15年前に起きたサリン事件については数日前からマス・メディアでも大きく報道されていたが、7年前に勃発したイラク戦争についてはほとんど断片的な報道だけで、切実感が伴ったニュースとして伝えられていない。報道量が少ないというのは、やはり現段階で現実に日本が直接戦争に拘わっていないことが影響しているのではないか。つまりイラク戦争は日本人にとってあくまで他人事であって、身内の事件ではないということなのだ。この点は、マス・メディアが世界的な大事件として8年目に入ったイラク戦争という観点から、もっと取り上げて公平に取り扱い報道するべきではないかと思う。

 さて、昨日の衆議院外務委員会で密約文書について参考人招致が行われたが、証言した東郷和彦・元外務省条約局長が引き継いだと証言した書類が見つからないことについて、現状では破棄されたと看做され、また当事者がそのように聞いているとまで語っている以上、まず隠蔽され、廃棄されたことは間違いないだろう。実際そういう結論に至った。誰がなぜそのような不届きな行為を行ったのだろうか。

 不可解なのは、東郷氏がはっきり引き継いだと証言した当の被引継ぎ者の藤崎一郎・元条約局長(その後駐米大使)が、記憶が不明だと語り、この対応は今後外務本省に任せるべきだと言っていることである。今更自ら火の粉を降りかぶるような厄介な事柄には巻き込まれたくないということなのだろう。

 今日の朝刊には意図的に国民の知的所有権を廃棄した罪は重いと書かれている。外務官僚の内々の論理で、勝手なことをやっておいて国のために行ったという言い分だけは聞きたくない。国家にとっての機密事項を個人の判断で右から左へ捨て去るという悪質で軽率な行動は許し難い。こういう倫理観のない悪辣な国家公務員には、お仕置きとして法的罰則を課したうえで、国家・国民のためにマイナスで職責を全うしていなかったと捉えて年金も減額すべきだと考えるが如何だろうか。

2010年3月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1040.2010年3月19日(金) クロマグロの国際取引禁止案否決

 夕べ遅くなって日本に伝えられたドーハからの第1報は、予想外の結果だった。日本にとっては朗報とも呼べるものだった。取り敢えず日本には危機回避となった。会議開催前は、ほとんど日本のモナコ提案反対の立場が支持されるような空気ではなかった。これで今後はマグロのトロを食することは難しくなると考えられた。世界でも初めて成功した近畿大学のマグロ養殖がメディアで大きく取り上げられ、今後はこういう資源保護派を納得させるような技術の開発を進めるべきだとの声も高まっていた。

 ワシントン条約締約国第1委員会の投票は、予想とはまったく反対の結果となり、モナコ提案は完敗とも云えるほどの大差で否決された。その背景には、相変わらず欧米先進国の自分たちだけの権益だけは守ろうとの保守的な考えが表れた反面、沿岸漁業国のアフリカ、中東、アジアの国々の間ではこの提案がひとつのきっかけとなり、今後他の漁業権まで禁止へ向かうとの危機感が生まれてきたことである。

 開会前はモナコ案に反対を表明していた国は、日本のほかには韓国とニュージーランドだけだった。それが蓋を開けてみたら、投票は無記名とは言え中国、ロシア、アイスランドのほかに、前記の国々が反対票を投じたようだ。中国のアフリカ諸国への説得工作が効いたとも云われている。EUは賛成と言っていたが、必ずしも一枚岩ではなく27ヶ国のEU諸国が参加していながら、賛成票のトータルが高々20だった。

 ただ、これで1件落着とは行かず、漁業資源の枯渇は世界的な問題であり、魚類の最大消費国である日本としては、世界中から厳しい目を注がれる中で今後どのように資源保護対策を主導的に進めていくかが問われている。

 さて、今月9日に外務省密約問題を公表して、密約ありと政府は認めた。今日衆議院外務委員会は、西山太吉氏と当時の外務省関係者の参考人質疑を行った。肝心の密約資料を破棄したことが明らかになった。証言した元条約局長が後任者に引き継いだ核持ち込み密約に関する文書のうち、最重要資料の半数8点が発表されていないと証言した。つまり紛失したのである。否、破棄したのである。外務省の機密書類保管に関する対応は、まったく無責任極まる。

 朝日夕刊には西山太吉氏の証言を載せている。「言いたいのは公平な裁きだ。裁かれてしかるべきものが裁かれぬまま今日に至った。まったく追求がされなかった」と証言した。その通りであり、事件を闇に葬ろうとした当該者に対して何らかの処罰を科すべきであろう。西山氏に関連して知人の北岡和義さんについて紹介している。北岡さんは先日の最高裁西山裁判の際も、TV画面に大きく写っていた。西山さんと同じ記者仲間として当初から西山さんを支援する活動を献身的に行っている。偉いなぁと思わず頭が下がる。

2010年3月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1039.2010年3月18日(木) 評伝執筆を引き受け「都会の憂鬱」

 昨年秋ごろ、私にとって上司だったご主人を数年前に亡くされた奥様から夫の評伝を書いて欲しいと頼まれた。プライバシーにあまり関わりたくないので、2度までも丁重にお断りした。

 しかし、その後再三に亘りどうしてもご主人を中心に息子家族、自分自身、夫と自分の両親・兄弟、特に関係深いご親戚について全体的な○○家の記録として残したいので、短くても良いからぜひ執筆してもらいたいと懇願された。そのうえお引き受けしないうちに、メモや写真、家系図などを一方的に送ってこられ、挙句の果てに書いてくれないとお迎えが来ても死に切れないとまで哀願されてしまった。そこまで頼られるなら私にとっては荷が重いが、無視することも出来ずお手伝い致しましょうとお引き受けすることを決めた。

 その後1度ご自宅を訪れたほかにも何度か手紙のやりとりをしたり、電話でもお話した。

 結論から言ってプライバシーを覗く家庭について、依頼者の気持ちを損ねないように評伝を書くのは相当難しい。今になって泣き言になってしまうが、やはりお引き受けすべきではなかったと後悔と反省の気持ちばかりが残る。相手が譲らない言い分と私の気持ちや書く手法、視点が大分違ううえに、後から後から新しい情報を提供され、段々お互いの考えがずれてきた。その都度書き直し、写真の貼り付け場所についても、当初とは違うご指示をいただくようなことになってしまった。

 依頼主はご高齢でそれほど健康状態も芳しくないので、あまりこちらの言い分を強く主張するわけにも行かず、ご機嫌を損ねないように気を遣いながらお話を伺うというスタンスに終始している。

 今朝はお電話で余計なことは書かなくて良いときつく言われてしまった。言われる通りにするなら現在までに書き上げた原稿を半分ぐらいにまで縮小せざるを得ない。さらに今まで書かなくても良いと言われた情報について、今度はやはり書いて欲しいと言い出された。構想を練り、時間をかけ、良かれと思って作業を始めても、完全にご自分の考えている通りでないと納得していただけない。気持ちも大きく揺れて、しばしば考えが変わる。しかも原稿は自分で書くことはされず、拙稿について細かい指摘や、注文をされるので、話がしばしば頓挫して次第に書こうという気持ちが萎えて行く。これまで豊かな生活を送られ、社会へ出て働かれたご経験がない方で、そのうえ少々わがままなご性格なので、あまりこちらの気持ちを斟酌されるようなことはない。

 今更愚痴を言っても始まらないが、最初に直感的に引き受けまいと思った時、やはりはっきりお断りすべきだった。まだ、完成まで時間がかかりそうで、ほかの仕事も抱えてしばらく憂鬱の時が続きそうである。何となく佐藤春夫書くところの「都会の憂鬱」である。

 深夜近くなって、ドーハで開催中のワシントン条約締約国会議の第1報が入ってきた。それによると悲観的に考えられていた、モナコの西大西洋と地中海におけるクロマグロの捕獲禁止の提案は、20対68で否決された。つまり日本などの反対派の考えが通ったようだ。圧倒的に不利と見られていたが、予想が覆ったのは、アフリカ諸国やアラブ諸国が日本案に回ったかららしい。

2010年3月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1038.2010年3月17日(水) 「三軒並んだラーメン屋」のネタはどこから?

 落語の初代・林家三平師匠の十八番「三軒並んだラーメン屋」の小咄を引き合いに出して、博多・長浜ラーメンの元祖争いを今朝の朝日「天声人語」が面白おかしく紹介している。

 三平の小咄に出てくる「三軒並んだラーメン屋」とは、右端のラーメン屋が「日本一うまい」と看板を出すと、左端は「世界一うまい」と看板を出した。困った真ん中のオヤジが寝ないで考えた看板が「入口はこちら」というユーモア溢れる小咄である。

 しかし、この三平の小咄は、果たして三平独自のアイディアがネタとなって高座で語られるようになったのか、私の体験上些か疑問に感じた。

 というのは、まだ東西冷戦中の1979年にブルガリア・トラキア地方のプロブディフで学校訪問をした時、同じような話をブルガリア人通訳から聞かされたからである。8日間も行動を共にして、気分的にも打ち解けた通訳さんは、笑いながらブルガリアのユーモア話として聞かせてくれた。

 そのジョークというのが、3軒並んだ端の1軒には「天国に舞い上がったような気分になるフランス料理店」との看板があり、もう1軒は「舌がとろける中華料理店」と看板を掲げていた。しかし、お客はみんな3軒目のレストランに入った。何とそのレストランの看板には、ただ一語「ENTRANCE」とだけ書かれていたというユーモラスなものだった。当時社会主義体制のクビキによりソ連にがんじがらめにされ、ソ連の申し子とされていたブルガリアに滞在して、窮屈な中でほっとするようなジョークだったので、殊更印象に残っている。

 三平師匠がこの落語を話したのを聞いたことはないが、どこにもありそうな小咄でもあり、断定的なことは言えないが、多分これは三平のアイディアから生まれた小咄ではないような気がする。

 それにしてもどこにも似たような話があるものである。

 さて、昨日子ども手当法案と高校無償化法案が衆議院で可決され、法案は参議院へ回った。今年度内に成立する見通しである。その高校無償化法案の朝鮮学校を対象外とするとの主旨が、懸念していたように国連の人種差別撤廃委員会で問題となった。同委員会報告書は「在日コリアンや中国人指定の学校が公的支援や補助金などの面で差別的扱いを受けている」と指摘した。これについて、あるNGOは、もし勧告に反して朝鮮学校外しを強行するなら、国際的批判を浴びるだろうと厳しい見方をしている。

 どうするのか、まだ政府は決めていないようだが、そんなにぐずぐずしている時間はないのではないか。

2010年3月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1037.2010年3月16日(火) 録画で「ベン・ハー」を半世紀ぶりに観る。

 先日録画しておいたMGM映画「ベン・ハー」を半世紀ぶりに観た。1959年にアカデミー賞の11部門で賞を獲得し、大ヒットして日本映画史上初の天覧上映となった映画である。

 日本では翌1960年に東京・京橋の「テアトル東京」で一般公開され大きな話題となった。それまでのスクリーンと違って横長の画面で、大きなシネマスコープだと思いこんでいたが、後年になってパナビジョン社が開発して「ウルトラ・パナビジョン70」に発展した、当時の新型スクリーンだったようだ。チャールトン・ヘストン主演の4時間近い長編映画だった。あの当時の迫力とサスペンスは今観ても色褪せず面白い。大作と云われる所以だろう。

 映画を観たその年は60年安保の真っ盛りで、当時世俗的な情報には上の空だったが、この映画だけは観てみたいと思い、大学演劇部に入っていた同じクラスの肥後留太郎くんと「テアトル東京」へ観賞に行ったことを思い出す。

 この映画で関心を惹いた「戦車競争」が、奴隷を使役したガレー船、ライ病に冒された母と妹の悲劇的な情景とともに強く印象に残っている。その後度々ローマを訪れたが、戦車競走の撮影場所、パラティーノの丘の下にあるチルコ・マッシモを眺める度に「戦車競走」のシーンを断片的に思い出したものだ。

 50年経ってもそれらのシーンは強く心に残っており、改めてあの時の臨場感を思い出したが、いくつかの場面はどうしても思い出せなかった。特に情けなく感じたのは、ある若いタレントが1番印象に残っているシーンとして挙げた、キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘へ引き立てられて行く場面が、まったく記憶になかったことだ。些細なシーンならともかく映画の中でもひとつのクライマックス・シーンをすっかり忘れ去っていたことは、ちょっとショックだった。これが半世紀間の空白なのだろうか。

 こうして記憶が徐々にまだら模様となり、完全空白になって老いていくのだろうか。

 まあ、くよくよしても始まらない。記憶力は確かに少しずつ減退してはいるが、前向きな気持ちは弱まっているとは自分では思っていない。むしろ時間が足りないくらい忙しない毎日だ。

 さて、カタールのドーハで今日開幕されたワシントン条約締約国会議(175ヶ国加盟)では、モナコから提案されている、大西洋で絶滅が危惧されるクロマグロの捕獲と国際取引を禁止する附属書への掲載を議論することになる。EU諸国やアメリカがモナコの提案に同調する態度を示したことにより、反対の立場にいる日本は窮地に追い込まれている。世界のマグロ漁獲量のうち、その約8割を日本が消費している。差し当たり、大西洋の捕獲禁止が日本の消費市場に大きく影響することはなさそうだが、今後のクロマグロの市場を考えると深刻な問題である。

 ところで日本はマグロ船で太平洋海域を中心にマグロを捕獲し、大西洋にも船を出し、同時に多くのマグロを輸入している。日本人のマグロ好きがここへ来て自然資源減少の張本人扱いされ、諸外国の目は厳しい。ニュース番組で専門家も言っていたが、食文化の違いとか、クロマグロをパンダやシーラカンスと同じように絶滅危惧種扱いすることを非難することより、マグロ好きな人たちも美味しいからとか、安いからとかの理由だけでむしゃむしゃ食べるのではなく、日本の食文化ならお寿司の食べ方として、数少なくじっくり味わうということも考えた方がよいと言っていたが、なるほどと思った。そう言えば、贅沢になった近頃の子どもは、回転寿司屋でお腹一杯食べているが、あまりお勧めできないと話していた。確かに日本の食文化を主張するのも良いが、世界中から非難されるようなら、ここはひとつ立ち止まって考えてみることも必要ではないか。

2010年3月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1036.2010年3月15日(月) やっと消費税論議を始めるという。

 景気が低迷する中で、新卒者の就職活動が苦戦している。一般企業の正規雇用が減り、非正規雇用で採用された社員や派遣社員もその影響を受けて困惑している。こればかりは景気の回復がなければ好転する見通しが立たない。

 しかし、一方で雇用を抑え気味の大手企業の中にあって、採用を減らさず前年並みとか、むしろ雇用を増やしている安定した企業もある。そういう景気にあまり影響のない会社で働く人は恵まれていると思う。

 景気が悪くなれば、税収が落ちるのは当然である。2011年度の一般会計予算が過去に前例がないほどの税収不足の中で編成された。そのため税収不足を賄おうと大幅な国債発行で切り抜けようとして、将来の財政状況に暗雲をもたらしたのはつい最近のことである。税収減少の最大の原因は、法人税の減少によるものだが、このため景気に左右されない消費税をいずれ税収の柱にする考えがあるらしい。家庭事情が火の車なら、それも充分検討してしかるべきだと思う。

 しかし、民主党は総選挙を前に当面4年間は消費税を上げないと約束してしまった。鳩山政権になってからも首相は「約束は実行する」と言い続けている。他方で、財政事情は益々悪化の傾向を辿っている。この苦しい財政事情を切り抜けるために、菅副総理・財務相はついに「所得税、法人税、場合によっては消費税、環境税といった本格的な税制の議論を3月には始める」と言い出した。この苦しい財政事情なら、国民に丁寧に説明して納得を得たうえで、ある程度マニフェストの修正も已むを得まい。やっとのろまの民主党も本気になって税制論議を進めるのかと今後の議論の進め方に注目したい。

 出来ることなら3月と言わず、検討だけでももっと早くスタートすべきだった。国民に評判の良くない政策は先延ばしにして、追い詰められてから苦し紛れに行うからすべてが遅れるのだ。

 さて、鳩山首相の実弟である鳩山邦夫・元総務相が、今日自民党を離党すると発表し、党も容認するという。数日前自民党首脳部に対する不満をぶちまけ、GW前に新党を結成すると広言した。その前に与謝野馨・元経済財政相や舛添要一・元厚生労働相らも党内秩序を乱すような不穏な発言をして、政権を手放した自民党の落ち目ぶりをくっきりと映し出していたが、それにしても各党とも内部はまとまりに欠けている。

 鳩山邦夫氏はお金持ちのお坊ちゃんというイメージがぴったりだ。言うことも行うこともこれまでの言動を見ているとわがままで気分屋だなと感じる。理念も哲学もなくただ暴れまわっているという印象である。立派な政治家の家系に育ったから、世襲議員として政治家になれただけの人ではないかと思う。いくら自由な発言が許されるからと言って、昨年郵政会社問題で大臣を辞めさせられた腹いせか、言いたい放題だったあのパフォーマンスを考えても、気に食わないと八つ当たり発言を繰り返している。果たしてこういう短気で思慮分別のない人に、政治を任せて大丈夫なのかと不安が拭えない。

2010年3月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com