2088.2013年1月30日(水) 安岡章太郎さん黄泉の国へ

 今朝新聞を見てびっくりした。作家の安岡章太郎さんが亡くなられたからである。最近安岡さんの消息をあまり聞かないと思っていたら、体調が悪かったようだ。享年92歳である。

 安岡さんの本は格別多く読んでいるわけではないが、それでも「アメリカ感情旅行」は面白かった。安岡さんがアメリカへ留学していた頃の経験や感想を歯に衣着せず書かれた書物で、ちょうど黒人差別問題でアメリカ社会が大きく揺れていた時代のドキュメント作品である。

 かつて「アメリカ感情旅行」を読んで間もなくして、バンコック出張があり成田空港で安岡さんとたまたま一緒にチェックイン・カウンターで並んでいて、しばらく立ち話をしたことがある。その著書を読んだその感想をお話したところお礼を言われ、アメリカについていろいろお話をしたが、とても感じの良い方で爽やかな印象を抱いたことが思い出される。何とも言えず寂しい気がしている。

 さて、政府は昨日臨時閣議で2013年度一般会計予算を決定した。総額92.6兆円で過去最大である。この財源は税収が43兆円であり、残るは国債発行で賄う。いつまで経っても借金に頼る体質は変わらない。歳出のうち目立って増えたのは、対前年度比7千億円増の公共投資で5.3兆円に上がる。実現できなかった民主党のマニフェスト「コンクリートから人へ」が、今朝の朝日トップ記事の見出しで皮肉たっぷりに「人からコンクリートへ」と書かれている。案の定今日海江田万里・民主党代表が安倍首相の経済政策について「族議員が跳梁跋扈する利益誘導政治、弱肉強食社会を生む新自由主義的な経済政策などが復活している」と厳しく追及している。

 これから厳しい国の財布でどうやって財政再建をしようというのか、一番気がかりな点である。その点についてアベノミクスは何の答えも示していない。

2013年1月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2087.2013年1月29日(火) 政府は原発問題をどう考えているのか。

 日本原子力発電敦賀原発について原子力規制委員会は、昨日同原発2号機の直下を走る断層について活断層である可能性が高いとする報告書案を了承した。これが最終決定ではないが、敦賀原発の再稼動は極めて難しくなった。

 昨日召集された通常国会で安倍首相は所信表明演説を行った。評論家諸氏がコメントしているように、経済再生を力説し、その半面微妙な問題について語ることを避けた無難な内容だった。それらは大きく分けて経済、震災復興、外交・安全保障、教育の4つの分野に集約される。首相は党内で合意を得ていないTPPと原発問題に関しては触れることを回避した。

 今わが国にとって原発問題は喫緊の課題である。その重要課題を取り上げることなくして危機突破内閣としては責任逃れと言われても抗弁できまい。下手をして火ダルマになることから逃げようとしたのだろうか。

 先日も原発容認派の友人と議論になったが、今もって原発の根本的な問題は解決されていない。放射能を撒き散らす恐れの極めて高い、こんな危険なエネルギー源をどうして断念するという発想が生まれないのか不思議ですらある。しかも、排出される「核のゴミ」とされる使用済み核燃料の処分方法がまったく解決されず、依然として世界中で「核のゴミ」問題が宙ぶらりんの状態なのである。

 震災前の2011年2月NHK・BS放送でBSドキュメントのシリーズ「放射性核廃棄物はどこへ」の一環として、「地下深く永遠に-核廃棄物」が放映された。これは2010年に国際環境映画祭でグランプリを受賞した秀作である。ほんの1時間足らずの短編であるが、エネルギーを必要とするわれわれ現代人に多くの問題を示唆し考えさせ、同時に核を使用することの是非を問いかけているものだ。

 この作品が一昨年7月に再放送された時私は初めて鑑賞し、昨日改めてビデオを観てみた。フィンランドのオルキルオト島の地下400mにある「オンカロ」と称せられる洞窟内に、高レベル使用済み燃料を埋み込める計画を映像化したものである。これは「10万年後の安全」としてドキュメンタリー映画でも映像化された。これも同じ頃渋谷の映画館で観た。

 その最終処分計画の建設許可が実際に申請され、順調に行けば来年6月に建設を始め、2020年に操業を開始するという記事が、今月24日の朝日朝刊に紹介された。これは排出された核のゴミを処理するための世界で初めての施設である。一応10万年間は持ちこたえられるという前提の下に作られたものである。現在世界中に排出された使用済み核燃料は、少なくとも25万トンと言われている。このオンカロで処分されるのは9千トンである。まだまだ処分問題は緒についたばかりで、解決したわけではない。今後核のゴミの処理について、国際的にどういう対応をして解決していくのか、今も長期的な展望は見られない。

 問題のひとつである、出口の問題は現状ではオンカロのような処分方法がやっと実用化されようと考えられたが、その一方で入り口の原発稼動問題と切り離すことができない放射能漏れの危険については、解決策は原発を稼動させないことであることは分っていながら、これが廃絶に向けて一向に前進しない。

 偶々昨日の海外ニュースで知ったことであるが、ブルガリアの原発計画が福島原発事故以降ストップしている。ブルガリア政府はこれを機会に原発計画中止を提案したが、賛成派議員が猛反対して大きな問題となった。その結果国民投票を行ったところ、賛成派が60%を占めたが、投票率が21%台と低くこの国民投票は無効となったそうだ。いずこの国でも原発計画については悩み、できることなら別のエネルギー開発を行いたいとしながら、原発中止にまでは踏み切れない。

 日本ではどうするのか。原発が「トイレのないマンション」と揶揄されるように、核のゴミは溜まる一方である。私個人としては絶えず放射能漏れの心配をしなければならない危険な原発は、次世代のためにも断固中止しなければならないと考えている。どちらにせよ、政府もできるだけ早く展望と国の方針を打ち出すべきであろう。

2013年1月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2086.2013年1月28日(月) 歴史を変える事態を放任している文科省

 現代社会になっても歴史的事実、史実が完全には解明されていないことは言うまでもない。だが、それが長い間学校で学んだ史実に疑問を呈する事態になるとちょっと厄介である。噂には聞いていたが、鎌倉幕府が開かれた年号がこれまで信じられていた1192年ではないとなると、戸惑いを感じるとともに、なぜだと疑問を抱き確認してみたくなる。

 今日から朝日夕刊に「歴史のズレ」というシリーズ物連載が始まった。それによると鎌倉幕府開府は、本来源頼朝が軍事・行政官である守護、地頭を各地に置くことを朝廷から許され、実質的に支配を始めた1185年だそうだ。では、これまで受験勉強中語呂合わせして必死に暗記した「イイクニ創ろう鎌倉幕府」だった1192年は何だったのか。それは頼朝が朝廷から武士の最高位である征夷大将軍に任じられた年である。これも充分根拠があるので、どちらかを一方的に決め付けるのではなく、多くの歴史専門家が検証し充分議論を戦わせてどちらかに決定すべきだろう。敢えて社会を混乱に陥れてまでも開府年号を変えて通史を変更する必要があるだろうか。

 私にとってもっと意外だったのは、幕府という概念自体が、その当時はなく、江戸後期になって生まれた言葉だったということである。「鎌倉幕府」という言葉が初めて使われたのは明治になってからだというのも意外だった。従って鎌倉時代に頼朝に仕えた武士たちには、自分たちが「幕府」の構成員であるとの認識はなかったそうである。

 今鎌倉幕府がわが国最初の武家政権だという通説にも異論が出ている。本郷和人・東大教授は平清盛が後白河法皇を幽閉し、福原で政治、軍事権を握った1179年こそが、最初の武家政権「平家幕府」が開かれた年だと論じているのである。

 一番困るのは、疑問は疑問として中途半端なまま一方的にどちらかが正しいという結論を出され、新しくなった史実を教えられた生徒たちが、一方ではそうではないと思っている昔の歴史を学んだ大人たちとの間で、真偽はどちらか迷わされることである。歴史教科書の中には、すでに新説の記載で走り出しているものもある。つまり、鎌倉幕府の開府が1185年と記載されて教えられているのである。問題は2つの説を充分検証もしないで、それぞれが自説にこそ正しい根拠があると主張することによって、不信感の中で誤解と困惑が拡散することである。

 それにしてもわが国の歴史上の史実が変わるかもしれないこんな重要な事態に、文科省はなぜ何も発言しないのだろうか。

2013年1月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2085.2013年1月27日(日) 2013年度税制改正大綱を決定

 自民党と公明党は24日、2013年度税制改正大綱を決定した。安倍政権が掲げるデフレ脱却と景気浮揚を側面から支えるために、企業に設備投資や雇用拡大などを促す減税制度に重点を置くほかに、一般には来年4月の消費税率8%への引き上げに備えて住宅や自動車の購入のための負担を軽減しようとの狙いがある。

 消費増税については、併せて軽減税率の導入も検討されていたが、これが複雑過ぎて産業界の意見も多種多様であり、集約することがとても時間的に間に合わないとして、先延ばしされることになった。ただ、こういう救済措置は主旨として理解はできるが、制度を複雑にする一方である。その見返りに低所得層に現金給付を行う方針である。

 これならそれほど難しいことはないとして採用されるようだ。実際1997年に3%から5%へ増税された際にも「臨時特別給付金」の名目で65歳以上の低所得者に1人あたり1万円を支給した前例がある。

 今回の税制改正大綱で低所得者層に含まれない一般人には、どれだけの優遇、恩恵をしてくれるのかというと、住宅ローン減税と住宅の省エネ改修工事費の控除額、自動車取得税、孫への教育資金の非課税、株式・投信への小額投資非課税などで中々分り難いうえに、それなりの資産を有している人がその恩恵に与れるようだ。こうして、税制度はますます難しく一般の人々には分り難くなって面倒くさいと関心を持たれなくなってしまうのではないだろうか。

 税金の仕組みはあまり複雑にしない方が良いのではないかと思う。さもないと税金の本旨が理解されなくなり、支払う義務について誤解を呼び、支払うことの義務感が薄くなるのではないかと心配である。その意味で果たして今度の税制改正大綱はどんなものだろうか。

2013年1月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2084.2013年1月26日(土) 日本教育界にとっての問題点

 今教育界にいくつか深刻な問題が持ち上がっている。

 最近最も話題をさらったのは、大阪市立桜宮高校の運動部顧問による体罰に悩んだ運動部主将が自殺した事件だろう。同校は橋下徹市長の強い意向で体育科の入試を今春中止する異常な事態に発展した。後顧に憂いを残す問題を提起したので、今後広く論議を呼ぶことになるだろう。

 過激な橋下市長が、事件の充分な検証や対策もしないうちに強引に教育現場へ介入したことで、受験を間近に控えていた受験生の夢を奪うことになった。表面的な善悪だけの判断で複雑な問題を一刀両断にすることが、果たして教育の名に値するものだろうか。しかも、橋下市長は万一入試を中止しなかったら、市長を辞任して再市長選で市民の信を問うと言ったという。流石にこの目立ちたがりのパフォーマンスは周囲が止めたようだが、この思い上がった独裁者は一体何を考えているのだろうか。

 2つ目は、国家公務員の給与削減に同調して地方公務員の給与も削ることになったそのツケが、思わざる結果をもたらしてしまったことである。その期限の決め方とか方法論が問題を提起した。退職手当の条例改正に伴い、退職金が減らされる前に「駆け込み退職」する教職員が相次いだのである。埼玉県のように123人もの教職員が退職を申し出たそうである。原因は、今年1月末までに退職すれば規定通りの退職金を受け取ることができるが、それ以降だと退職金がカットされる条例の施行である。これで年度行事の卒業式や終業式に一部支障を来たし、当然出席する予定だった教師が出席しないという異常事態となり、学校と生徒にとって後味の悪い学年末を迎えることになる。

 それぞれ言い分はあろうが、1月末という期限を区切りに退職金の額に差をつけるという教育現場無視の条例改正こそが一番の癌であろう。

 3つ目は、公立小中学校のすべての学級の人数を最大35人にする計画を文部科学省が断念したのである。実はこの制度はまだ緒についたばかりで、現在上限を35人と義務教育標準法で定めているのは小学校1年生だけである。文科省は小1の学級が持ち上がる小2についても、小1と同様の法改正を検討したが財務省が拒絶した。はっきり言って今年度までに小1、小2の「35人以下学級」を実現した民主党政権は5年間で中3までの全学年に広げる計画を立てていたが、政権交代によりいとも簡単に白紙に戻してしまったのである。

 文科省の教育視察団のお供でアメリカの初中教育の現場を度々視察したが、1クラスはほとんど20人以下の学級編成だった。ヨーロッパの小中校も大体1学級30人以下だったように記憶している。

 長期的なスパンで考えられるべき教育行政が、日本ではどうも軽視されているような気がしてならない。今の政治家と官僚には教育のあるべき姿が分っていないようだ。だが、その一方で公共事業には税金をじゃぶじゃぶ注ぎ込むことを惜しまない腹積もりのようだ。

 結局予算を獲得し、政策を実行するのは政治家と官僚・役人である。長期的教育効果とか国家的視点で考えることより、彼らは自分の損得だけでしか物事を考えないのだから話にならない。

 それにしても日本の教育は、政治家の手によって望ましい方向とは逆行している。日本の将来にとって希望を失わせているのは政治家と政治制度、そして官僚機構であると言ってやりたい。

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2083.2013年1月25日(金) 人質事件の犠牲者、母国へ帰る。

 今朝アルジェから日本政府専用機で人質事件の生存者7名と、最後に死亡が判明した人を除く9人の遺体が羽田空港へ帰ってきた。テロリストの凶暴な犯行により亡くなられた方々の気持ちは、さぞや無念だったのではないだろうか。一緒に帰ってきた日揮㈱川名社長の挨拶もまさに痛恨の極みと述べ悲痛なものである。亡くなられた方々にまつわるエピソードを伺うと哀れでならない。

 どこへこの悔しい気持ちをぶつけて良いのか、関係者の気持ちも乱れるばかりではないか。こういう悲しいムードを慮って、宮内庁では昨秋喜寿を迎えられた常陸宮の内宴を、天皇の強い意向で取り止めることにした。また、あるテレビ局では人質事件を大きなテーマとして取り扱った番組の放映を延期することになったという。

 当事者はもちろん身近な人にとって精神的な影響が大きいのだ。今朝もテレビで、1996年に起きたペルー日本大使館襲撃事件当時の青木盛久大使が、事件後しばらくは恐怖感があり、精神的に落ち着かなかったということを話していたが、今回も人質になった方々の心のケアを忘れてはならないと思う。

 3日前の本ブログに、戒厳令下のアンマンで軍隊に身柄拘束された私自身の体験を簡単に綴ったが、私は運が良かったのだと改めて思う。もし、あの時軍ではなく、テロリストに拉致されたらどうなっていたか。また、ヨルダン軍に疑われたまま収容所に連れて行かれ、拷問でもされたら、現在の自分はいないのではないかと空恐ろしくなってくる。拘束を解かれてからホテルのロビーに出てきた時、偶々当時のフセイン国王(現国王の父)の取材に訪れていたテレビ朝日クルーから、このままどこかへ連れて行かれてズドンとやられたって死体なんか出て来ませんよときつい言葉をぶつけられたが、よく観察すればそれほど現場には危険なムードが漂っていたとも言えるのだ。幸運にも私は解放され、惨めなことにはならなかったが、あくまで運が良かったレアケースと受け止め、この体験を安全な海外旅行のために、もう少し有効に啓蒙していきたいと思う。

 さて、今公明党の山口那津男代表が中国を訪れ、今日中国の習近平・総書記と会見して一応存在感をアピールしたようだ。今後日中両国の政治レベルで対話が発展するならこの上ないことである。ただ、中国要人との面会前に、日本政府の意向とは相容れない日中間のかつての約束事、つまり尖閣諸島棚上げ論を再び元に引き戻すがごとき発言をしている。問題が生じそうになると話を取り下げたり、本意とは違うと言い訳を述べたりしているが、先に鳩山由紀夫・元首相が同じような発言をして総スカンを食ったばかりである。山口代表は、公明党の元代表・太田昭宏氏が前回衆議院選で落選して代表の座に就いたが、今回太田氏が国会議員に返り咲いたのを機会に再び公明党代表へ復帰を策していることを警戒して、自らの強い存在感を打ち出すために外交の場ではしゃいだ発言をしたのではないか。国益より自分の利が欲しい人なのではないか。東大卒の鳩山、山口両氏とも受験向きの優秀な頭脳を有しているらしいが、強い個人欲と非常識さ、空気が読めない点では天下一品である。彼らが漏らした放言癖のツケは巡り巡っていずれ国民に回ってくる。「デフレ脱却のために日銀で輪転機を廻してお札をどんどん印刷すれば良い」と述べた安倍首相や、「死にたい人には生命維持装置なんか着けないで死なせて欲しい」などと暴言を吐いた麻生副首相など、程度の低い政治家に呆れるばかりである。

2013年1月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2082.2013年1月24日(木) 論稿「国会の爆弾男追想記」について

 数日前駒大マス・コミュニケーション研究所の菱山郁朗講師から、同研究所の研究所年報に寄稿された菱山講師の論稿「国会の爆弾男追想記」について感想、読後感を教えて欲しいとのメールをいただいた。早速駒大へ出かけて知り合いの事務員から年報をいただき、一気に読んで今日メールで感想を送ったところである。

 その爆弾男とは、言わずと知れた元社会党代議士・楢崎弥之助氏である。楢崎氏は昨年2月福岡の自宅で亡くなられた。菱山さんは、日本テレビ元政治部長として多くの政治家とお付き合いがあったが、楢崎氏とは格別親しい信頼関係を保たれていたようである。菱山さんは楢崎氏への取材の過程で、一度あっと世間を驚かす離れ業をやり、賛否両論取り混ぜて大きな話題を提供した。それは生々しい賄賂提供の現場をテレビカメラで隠し撮りをしたことである。リクルート事件の際リクルート・コスモス社社長室長が議員会館の楢崎氏を訪ねて部屋で楢崎氏へ賄賂らしき紙袋を手渡そうとした場面を、テレビカメラで隠し撮りを仕掛けたのが菱山氏である。そのビデオを公開講座で一度鑑賞させてもらったが、いかにもやらせらしきシーンで、もちろん楢崎氏はきっぱり断る。その当時、隠し撮りをしたその手法が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 それを含めて菱山さんは私的な関係を遠慮なく書き出している。楢崎氏と菅直人・元首相の関係があまり良くなく、晩年には楢崎氏が菅氏へ辞職勧告まで行ったほどである。きわもの的な興味もあり、内容的には分りやすく大変面白いものとなっている。僭越なコメントも書いたので、どう受け取られるか分らないが、感じたままをメール送信した。

 さて、アルジェリア人質事件でまだ安否が確認されていなかった最後の日本人が今日死亡と確認された。これで日本人犠牲者は10人となった。海外進出企業の間では改めて従業員の安全対策について検討を始めたようである。海外事業における安全管理が今後大きなテーマとして持ち上がることになるだろう。

2013年1月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2081.2013年1月23日(水) アベノミクス信奉者は財政再建をどう考えているのか。

 今や怖いもの知らずとなった安倍首相のアベノミクスは、最近の株式市況の活況に勢いを得て、益々加速されている。昨日は日銀と共同声明を発表してデフレ脱却へ向けて政府・日銀一体となって景気回復へ取り組む姿勢をアピールした。

 しかし、日銀が政府との共同声明に名前を連ねたのは、半ば政府に脅されたこともあり、決してこのやり方がベストと心得ているわけではないと思う。政府は日銀法の改正までちらつかせながら日銀の独立性を脅かし、あまつさえ政府に従属させようとの素振りすら見せていた。日銀は政府に逆らえず軍門に降った結果が昨日の共同声明である。

 その効果が表れるかと思いきや、共同声明発表前後の先週末以来3日連続して株価は大きく下がり、円安傾向だったものが円高気配に変調した。現実はそうそううまく行くわけではない。肝心要の財政再建が相変わらず放ったらかしだからである。ラガルドIMF専務理事からも、日本の円高是正の気持ちは理解できるが、国の借金を減らす財政再建に取り組むこと方がもっと大事だと指摘される始末である。大きなお世話ではあるが、図星ではないか。

 経団連の主要会員企業には輸出産業が多く、輸出が伸びないことには会員企業の景気が回復せず、政府も彼らの希望に沿わなくては信頼感を得られまい。言ってみれば、景気回復とは輸出産業の景気を回復させることなのだ。安倍首相が昨日のテレビ朝日「報道ステーション」に出演して発言したのは、輸出関連業者の尻馬に乗った言葉であり、本質は彼らの願いを代弁して発言させられているのである。

 さて、今日はペンクラブと旅行作家協会会員でもある山本澄子さんに誘われて、現代日本で最高の女性活弁士として知られる、澤登翠さんのディナー講演会が五反田駅前の「TOKO HOTEL」で開かれ参加した。澤登さんは海外でも活動している。外国にはあまり活弁士というのはいないそうだが、日本にはかつて徳川夢声ら約7千人もの活弁士が活躍していたそうである。澤登さんが話の中でアテレコを声色を使って解説したのが中々面白かった。

 この講演会を主催したのは、日本旅行作家協会の一部門で、その中心となったのが山本さんで、80+X歳にしてなお壮健にしてご活躍中であり、まさに脱帽である。

テーブルをご一緒したのは、山本さんから紹介された映画に詳しいペン会員の飯島一次さんと、ペンでいつも一緒になる西原さんと初対面の日本写真協会の滝アヤさんだった。西原さんは東日本大震災以降ほとんど毎月のように被災地を訪問して、被災者の姿をカメラに収め、取材を続けている。その成果として3月には取材記録を小説として上梓されるという。書名は「海は憎まず」とのことで、日新報道からペンネーム「穂高健一」の名で発売されるので、ぜひ買って欲しいとの話だった。もちろん買うことをお約束した。

 午後11時半過ぎに政府の緊急記者会見が開かれ、菅義偉・官房長官からアルジェリア人質事件で安否不明だった日本人人質3人のうち、2人の死亡が確認されたと発表があった。これで事件の日本人犠牲者は9人となり、残り1人がまだ不明である。何ともやり切れないニュースである。

2013年1月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2080.2013年1月22日(火) アルジェリア人質事件、最悪の結果に

 アルジェリア人質事件は最悪の結果となった。昨晩遅く安倍首相が日揮㈱関係者の安否不明者10人のうち、7人の死亡が確認されたと公表した。残る3人の安否は依然分らない。テロリストの非道な行為は当然厳しく非難されて然るべきであるが、今回の事件でなぜアルジェリア政府がテロ事件解決のためとは言え、制圧作戦を急いだのか謎を深めていたところ、昨日セラル・アルジェリア首相が人命優先とともにガス施設も大切であり、その施設がテロリストにより爆破される恐れが生じたので、直ちに行動を起こしたと述べた。アルジェリアにとってはわれわれが考える以上に、テロリストに狙われた施設が重要な意味を持っていたのだ。

 アラブ社会では人質にされるとその仕打ちは拷問どころか、想像もできないほど酷いものだと、イスラエルのガイドのシュタイン・トモコさんが先日メールで教えてくれた。

 1967年第3次中東戦争直後に戒厳令下のアンマン市内で、私は白昼ヨルダン軍隊に身柄を拘束され、宿泊していたホテルに連行され取調べを受けた。その時兵士らに取り囲まれすべての所持品を検査され、隊長らしき人物から詰問されたが、テロリストとか危険人物らしき疑いは抱かれなかった。質問に対しても真実を淀みなく答えた。それらが好意的に受け取られたのか、身の潔白が証明されまもなく解放されて収容所には連行されず、おかげで看守から暴力を振るわれることはなかった。トモコさんによると、私が解放されたことは幸運過ぎるくらい幸運だとも言われた。いかに彼らアラブ人看守の暴力がすさまじいかは、ひとつの例としてダスティン・ホフマン主演の映画「ミッドナイト・エキスプレス」のアラブ人収容所内の拷問の場面を観れば分るとも言われ、DVDで同映画を鑑賞するよう勧められた。いずれ観てみようと思っている。

 当時の私は戒厳令の実態について深く考えることもなく、あまり自分自身の身の安全ということを深刻に受け止めていなかった。実際兵士にライフル銃を突きつけられ、押さえつけられた瞬間はそれほど危険ということについてはぴんと来ていなかった。だが、しばらくしてヨルダン兵から ‘Hold up’と言われもしないのに、無意識のうちに両手を上げ、身体中ぶるぶる震えだして市民からじろじろ注視される監視の中を兵士らに連行され、現場から引っ立てられて歩いた屈辱が走馬灯のように思い出される。トモコさんの言うように運が悪ければ、あの時この世とおさらばしていたかも知れないのだ。今でも思い出すとぞっとする。

 アルジェリアで安否が分らない3人の方々は今どうしているだろうか。厳しい拷問に晒されているようなことはないだろうか。

 私自身身柄を拘束される危機一髪の窮地に追い詰められた若気の至りがあるだけに、生々しく唾棄すべき過去を思い、今回のアルジェリア事件が関係者すべてにとっても後遺症が残らなければ良いがなぁと心より願っている。

 さて、昨日アメリカでは、オバマ大統領第2期目がスタートした。日欧と同じくアメリカ経済も順調ではなく、つい先日先延ばしになった「財政の崖」問題がまもなく再び押し寄せる可能性もあり、加えて銃規制という難しい問題も抱えている。昨日の就任式では、ワシントンの国会議事堂前には6万人のアメリカ国民がお祝いに集まった。議事堂前は人で溢れていた。しかし、1期目の熱気はあまり感じられない。過去4年間は期待が大きかった分失望も大きかったのだろう。実際4年前の就任式には18万人もの国民が集まったという。4年後の再選はないだけに、オバマ大統領にとって第2期は思い切った政策を実行できるとも言われている。 ‘Yes, we can.’精神を再び奮い起こして欲しいものである。

2013年1月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2079.2013年1月21日(月) アルジェリア人質事件、いまだ詳細分らず。

 アルジェリアの人質事件は解決したのか、そうでないのかとんと分らない。アルジェリア軍特殊部隊の襲撃により作戦終了となり、事件現場ではすでに静かな雰囲気のようである。しかし、武装集団がまだ施設内に隠れていて爆破を仕掛けるかも知れず、外部からは思うように近づけないようである。

 今朝の日経紙一面トップ記事見出しには「『人質23人死亡』発表」とあり、朝日にも「人質死亡23人確認」とある。

 それにしても情報の錯綜と混乱は相当ひどいものである。関係緒国のコメントもバラバラである。日本人の安否不明者が依然として10名と伝えられたままである。今回の事件は、解決方法、アルジェリアの独立の歴史とアルジェリア人の国民性、他国の介入阻止、人命より重要施設優先等々、極めて異質な事件である。

 識者の間でもアルジェリア政府はなぜ時間を置かず一気に突撃してテロリストを制圧したのか、疑問を呈する専門家が多い。その反面イギリスやフランスでは、アルジェリア政府の行動に心情的に理解を示す国もある。特にフランスはかつての植民地だったために、一部のアルジェリア人から恨みを買っており、本音かどうかは別にしてアルジェリア政府の判断を理解しているとの声明を出しているくらいである。やはり、人命第一を主張してたっぷり時間をかけようとするわが国の情緒的なやり方とは自ずから異なるようだ。それが、日本政府が正確な情報を得られず、いらいらして不満感の表れとなる。

 今度の事件で、改めて情緒的な日本とは違うアルジェリアという国の特異な異質性を知った人も多いのではないだろうか。

 現地へ日本政府からは城内実・外務政務官、日揮㈱からは川名浩一社長が現地へ赴いたが、現在まで日本人不明者10名の生存は依然としてはっきりせず、極めて悲観的である。

 さて、今朝の日経最終頁の文化欄にちょっとした知り合いの阿部毅一郎さんが、「東大の『闘魂』は不滅」というエッセイを書いている。まったく知らなかったが、東大の応援歌「闘魂は」を作詞したと、そのいきさつを綴っているのである。60年安保闘争にも触れている。高校時代の友人である牧野力くん(元通産事務次官)と東大の同期生で、麻生渡・前福岡県知事らとともに当時の通産省に同期入省した。偶々初めて会った時に牧野くんと同級生だったことから、言葉を交わすようになった。東大には校歌はなく、応援歌も「ただ一つ」だと思っていたところ、学内で応援歌歌詞を募集したので応募して採用されたというあらすじが書かれていた。

 「ただ一つ」は私の好きな応援歌のひとつである。しかし、身近にこんな形で別の応援歌を書いた人がいたとは、まさに青天の霹靂である。図らずも思いがけない事実を知った。阿部さんは奥様ともども良く海外を旅行している。今度お会いしたら、また話す話題が増えた。

2013年1月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com