2823.2015年2月4日(水) 「イスラム国」の残虐行為に打つ手なしか。

 「イスラム国」の過剰な蛮行が「イスラム国」側の公開画像によってまた明らかになった。人質事件で取引の材料とされていたヨルダン人パイロット・カサースベ中尉がすでに1カ月前に殺害されていたことが判明したのである。しかもヨルダン政府はいち早くその事実を把握していたという想定外のことが分かった。考えてみれば、人質交換要員とされた件の中尉と、拘束されているリシャウィ死刑囚、そして後藤健二さんの3人の内、解放のための交渉過程で、すでに中尉が亡くなっていたことが日本サイドに分かっていれば、事態の行方は別の方向を辿ったとも考えられる。ヨルダン政府の事前了解を得る必要があるにしても、中尉の解放に拘ることなく、「イスラム国」が要求した後藤さんとリシャウィ死刑囚交換話を進めて、2人の生命が救われた可能性がないとも言えない。勿論ヨルダン政府の好意が大きな精神的な助けになっていたことはある。

 それらを斟酌したうえでなお、ヨルダン政府の交渉のやり方に是々非々の意見があるようだ。そのひとつに、カードの切り方を間違えてむざむざ後藤さんを死地へ追いやったのではないかという意見がある。

 パイロットを殺害した「イスラム国」の残酷な点は、銃を構えた「イスラム国」軍戦闘員に取り囲まれた中でカサースベ中尉を有志連合軍機が空襲攻撃した地を歩かせた後に、檻に押し込んで火を点け焼き殺した残虐さである。イスラム教の教えでは人に火を点けて殺すことは決して許されないそうだ。この異常な画像に興奮したヨルダンは、仕返しに直ちにリシャウィ死刑囚ともうひとりの死刑囚を絞首刑に処した。とても国際平和を志向する現代社会のでき事とは思えない。

 この凶行が明るみになった今日ヨルダンのアブドラ国王は偶々訪米中で、オバマ大統領と会見し、大統領から「イスラム国」を非難し、打倒する強い決意を示された。今開催中の日本の国会でも邦人救出のための自衛隊派遣について議論が戦わされている。

 しかし、正体の掴めない「イスラム国」を、アメリカ始め有志連合各国はどうやって打倒するのか。空爆では少しは効果を挙げているようだが、有志連合軍のいない地上では、相変わらず「イスラム国」は暴れまわっている。「イスラム国」打倒を叫ぶアメリカは、すでに地上軍を撤退させ、空爆に頼りきりである。このことが「イスラム国」が生まれた遠因とも言われている。アメリカ国内には、犠牲者が増える地上部隊を外国の戦線へ送りこむことには消極的な声が多い。現状では具体的に「イスラム国」を壊滅させる妙案はないようである。

 このままでは「イスラム国」のやりたい放題思うがまま、やられっ放しということにならないだろうか。

2015年2月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2822.2015年2月3日(火) サッカー日本代表監督解任

 サッカー日本代表チームのハビエル・アギーレ監督が解任された。かねがねスペイン1部リーグ・サラゴサ監督時代に噂のあった八百長事件に関わったとして、アギーレ監督は疑惑を持たれていた。スペインの検察が告訴しこれを裁判所が受理したことから、今後監督として大事な時期に裁判所へ出廷しなければならないマイナス面を考慮して、協会にこの思い切った監督解任へ踏み切らせた。サッカー協会にとっても苦渋の決断だっただろう。

 今日解任が発表される前のつい先日日本サッカー協会は、疑惑を無視するようにアギーレ監督の続投を発表したばかりである。いかに告訴が受理されたことが今日分かったとは言え、とかくの風評がある中でもあり、あの時監督続投の発表を延ばすことができなかったのだろうか。解任を発表した大仁邦弥・日本サッカー協会会長は6月から始まるワールド・カップ予選へ向けて選手たちの気持ちを考えたと言ったが、今となっては反って結果的に選手たちへ与える影響の方が大きいのではないだろうか。

 監督を解任して改めて後任を選ぶわけだが、その前にアギーレ氏を監督に推薦した人物もそれなりの責任を取る必要があると思う。近々新監督を選出しなければならず、この際サッカー協会内も責任のなすり合いなどをせず、すっきり適任者を新監督に選んで選手ともども一体となってワールド・カップ予選へ向かって欲しい。こんなスキャンダルでゴタゴタを引き起こすのだけは止めて欲しいものである。

 さて、今日3日は節分に当たるが、この「2月3日=節分」は2024年ごろまで続くという。天文と太陽暦の関係は素人には中々分かりにくいが、何でも1984年までは閏年の場合、3日ではなく4日が節分だったという。そう言われれば、子どもの頃は、閏年は2月4日に豆まきをやったような記憶がある。

 ところで、今朝の朝日新聞によると、国立天文台は来年の「秋分の日」は9月23日ではなく、1日繰り上がって22日にすると発表した。この22日の「秋分の日」も不規則で、2012年以来3年ぶりだという。しかも、その前の「秋分の日」は1896年だったというから日清戦争の時代である。明治後半から「『秋分の日』は9月23日」が定着していた。「秋分の日」に対抗する「春分の日」は、「秋分の日」同様に国立天文台が太陽の位置を計算して決めているのだという。

 その点では、私自身各地の講演でメキシコの世界遺産「チチェン・イッツァ」のマヤ文明遺跡について解説する時、しばしば暦の正確さの好例として挙げるマヤ文明の天文学知識には一目置いている。16世紀初ごろ流行ったマヤ暦は現代暦と比較しても、その誤差は1年間で僅か2/10,000秒だというから驚くべき正確さである。

 いずれにせよ、天文学は古代より人間の生活には欠くことができないものだったと納得させられる。

2015年2月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2821.2015年2月2日(月) 縁は異なもの

 昨日ブログに「読売文学賞」を受賞された高校1年生時のクラスメート・富士川義之氏について書き込んだところ、近所に住んでいる同じ高校同級生の呉忠士さんから、また異なる縁とも思える情報を教えてもらった。呉さんの御尊父は、古代ギリシャ文学の権威、呉茂一・東大元教授であるが、呉家と富士川家は祖父同士が同郷の医師の誼で、また父親同士が同じ文学者として深いお付き合いがあるという話にまたびっくりである。しかし、呉さんは富士川氏が高校の同級生だったとはまったく知らなかったようで、流石に驚いていた。こんなこともあるのかなぁと不思議な思いでいる。

 さて、昨年4月に亡くなった竹内謙・元鎌倉市長を偲ぶ会でいただいた追悼集「士魂-竹内謙の探検人生」をさらっと読んだ。130頁程度の書で文字も大きく読みやすい。ご子息が編者になって、生前死期を悟った父親から追悼集の要領と掲載する文章を教えてもらい、まとめたもので簡便で、中々良くできていると思う。

 これを読んでみて改めて竹内さんの人生観と探検人生がよく分かる。高校のラグビー部の2年後輩で私がキャプテンになった3年時に、新入部員として10名ばかりの仲間とともにラグビー部に入って来た。大体面構えが良かった。卒業後はほとんど付き合いはなかったが、鎌倉市長選に出る時になって、何とか選挙事務局長を引き受けて欲しいと要請された。しかし、まだ営業責任者として時間的にとても引き受けられるような余裕がなく、時間的に余裕のありそうな先輩を推薦し、押しつけてしまったことがある。選挙には度々応援に出かけたが、幸い市民から支持され立候補した2度とも当選した。朝日記者として実績を積んでいただけに、朝日からも惜しまれたが、市長になって古都鎌倉を環境破壊から守りたいとの気持ちが強く、市長当選後も精一杯職務をこなし環境保全や、市役所内記者クラブ廃止などの実績を挙げていた。

 3選の声もあったが、潮時と見たのか、他に市長という制約の多い窮屈さから枠を外して思い切ってやってみたいと思ったのか、インターネット新聞社を立上げ、却ってのびのびとやっていたようだった。このころ所属する「知的生産の技術研究会」の講演会にも頼んで来てもらったことがある。いずれ購読部数で読売を抜いてみせると張り切っていたが、残念ながらリーマン・ショック後に広告主が次第に減り、ついに会社を閉めることになった。さぞ身を切られるような辛い思いだったであろうと心中が察せられる。

 数年前「鎌倉市民学の会」(略称鎌倉学会)を立ち上げるが、発起人のひとりになって欲しいと依頼があった。鎌倉市民ではないし、とてもアカデミックな役割はできないとお断りしたが、時折私の元気さと発信力を生かして手伝って欲しいと頼まれ、一会員として手が空いた時にお手伝いすることで了解してもらった。

 追悼集「士魂」には、この鎌倉学会に対する強い思い込みが迸っている。とにかく情熱のある人間である。ゾルゲ事件で主任弁護士を務めて著名だった祖父、父ともに著名な弁護士だっただけに、彼も正義感が強く、正論を押し通す真面目で真正直な男だった。

 3年前に倒れてその2年後に大腸がんのために亡くなったのだが、いつも熱い思いを伝えてきた。昨年もらった最後の年賀状には「先輩の強い発信力に敬服しています。ぜひ見習いたい」とお世辞ともつかぬ、本人の気持ちを書いてくれた。

 早稲田大学では探検部で活躍し、最近もあちこち奥さんやご家族と海外旅行を楽しんでいたようだ。今から考えるともう少し彼とざっくばらんにいろいろ話しておけばよかったと思っている。

2015年2月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2820.2015年2月1日(日) 悲しい人質殺害と嬉しい友人の奥さん「読売文学賞」受賞

 「イスラム国」人質問題が膠着状態だった今朝、突然事態が急転回した。今朝早くテレビが、「イスラム国」が日本政府に宛てた‘A MESSAGE TO THE GOVERNMENT OF JAPAN’のテロップの直後に、人質の後藤健二さんが川岸で手にナイフを持った黒装束の男に跪かされているインターネット上の画像を放映した。そしてその直後に後藤さんが殺害された襲撃的なシーンが公開されたと伝えた。日本政府も後藤さんの死をほぼ認めている。残虐なことをするなぁとの思いと同時に、実に残念でならない。今日は夕刊休刊日のため、ターミナル駅周辺では号外が配布され大きな関心を呼んでいた。テレビ局は朝から臨時番組を組んで、得られる情報を精一杯伝えていた。

 結局日本人人質問題は2人が殺害されるという最悪の結果のうちに幕を下ろすことになった。だが、一方で依然としてヨルダンが解放を求めているヨルダン人パイロットの消息は不明である。識者はほとんど、現在パイロットに関する情報がまったくもたらされないので、パイロット生存の可能性も少ないとの見立てである。

 この極悪非道な行為に対して、オバマ米大統領、キャメロン英首相、潘基文・国連事務総長らを始めとして、世界中から「イスラム国」へ手厳しい非難の声がぶつけられている。ヨルダン政府と水面下で交渉をしていた日本政府もショックを隠せず、安倍首相は「イスラム国」の傍若無人な暴挙に対して涙を滲ませながらこれを断固非難した。

 それにしても「イスラム国」の日本政府への乱暴なメッセージは、一方的で言いたい放題であり、日本国民、否世界に対する挑戦でもある。今後「イスラム国」軍隊は日本人を見つけ次第殺すとはあまりにも傲慢にして非人道的であり、反社会的である。とても特定の宗教に帰依した者の言動とは思えない。

 これから事態はどういう方向へ進むのか。すでに日本人2人が犠牲となっている。日本としてはこの「イスラム国」問題をこれまでのように対岸の火災視しているわけにはいかなくなった。かつてなかった想像を絶する難問である。

 さて、朝刊を見ていてある記事に目が留った。「第66回読売文学賞」受賞者の発表である。随筆・紀行部門には、何と昨日当ブログに紹介したセルビアの友人・山崎洋さんの奥さん・山崎佳代子さんが選出されたのである。2月20日に在日セルビア大使館で佳代子さんが表彰されるというのは、このことだったのだろうか。とにかく吉報である。受賞作は「ベオグラード日誌」で、詩人らしい彼女の感性溢れる視点から、セルビアの首都ベオグラードの社会風景と日常生活を描かれたのだろうと推察する。早速ベオグラードの山崎さんへ祝福のメールを送信した。

 今回の「読売文学賞」については、評論・伝記部門で受賞された「ある文人学者の肖像・富士川英郎」を書いた英郎氏の子息・富士川義之氏についても思い当たる節がある。彼は湘南高1年生時にクラスメートだった人だと思う。その後他校へ転向したのか、卒業時には在学していなかった。1年生当時から格別な付き合いはなかったが、名前だけはよく覚えていた。父上が東大の先生だったと聞いていたし、実際東大教授となり、子息も父上の後を継ぐように東大教授になった。現在は日本英文学会会長の要職にあるという。父子ともに読売文学賞を受賞されるというのは素晴らしいことだと思うし、極めて珍しいそうである。

 それにしても偶々多少ご縁のある2人が、分野が異なるとは言え権威ある文学賞を同時に受賞されたことに驚いている。偶然が重なるということも、あるものだなぁと感慨深く思っている。

2015年2月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2819.2015年1月31日(土) 人質問題に対するアメリカの二枚舌と変心

 昨日雪が降ったせいか、今日は寒いうえに風が強く全国的に底冷えする気象のようだ。大分寒そうなので、いつも日課のようになっている駒澤公園へのウォーキングもついさぼってしまった。明日以降も北海道では吹雪だし、北日本を中心に豪雪となりそうな様相である。

 セルビアの山崎洋さんが2月にまた日本へ来られるという。メールで連絡を取っていたところ2月20日に在日セルビア大使館で表彰式があるので、私にも友人のひとりとして式に出席して欲しいという話を承った。よく聞いてみると今回は、山崎さんが表彰されるのではなく、奥さんの佳代子さんが表彰され、私は奥さんの友人ということでお呼ばれされるようだ。奥さんも詩人としてセルビアと、日本でも中々精力的な活動をされているが、どういう栄誉を授けられたのか今のところ寡聞にして承知していない。表彰式を済ませて奥さんは一足先にセルビアに帰られるが、山崎さんはしばらく東京に滞在しているということなので、小旅行を計画してみた。

 最初は箱根一泊の旅を考えたが、積雪の恐れがあり車では少々心配なので、湘南地方を立体的に見学しようと考えてみた。小田急ロマンスカーで江の島へ行き、ランチに「さざえの壺焼き」を食して江の島展望塔から富士山を眺望し、江ノ電で七里ガ浜沿いに鎌倉へ周り、鎌倉の寺社を見学しようとのプランである。早速このプランを山崎さんに伝えたところ、江の島は小学生の時以来だと大いに乗り気だったので、この計画を進めたいと思っている。

 早速ゼミの仲間にも声をかけて同行者を募ることにした。

 さて、渦中の「イスラム国」人質問題は昨日からまったく動きが見られず、完全に膠着状態になったままである。ヨルダン人パイロットの安否がヨルダン国内で取り沙汰され、政府もパイロットの安全が確認されない以上リシャウィ死刑囚を解放しないと頑なな態度に終始している。果たしてパイロットは無事でいるのか。それさえ確認できないとすると、後藤健二さんの解放はとても覚束ない。

 一方で、この人質問題に対するアメリカ政府のコメントがすっかり聞かれなくなってしまった。このような場合過去の例では、アメリカは世界の警察官としての自負から積極的に発言していたが、先日サキ報道官が日本もヨルダンもテロ集団と交渉すべきではないし、両国ともアメリカの考えを分かってくれると思うと、暗に日本とヨルダンにプレッシャーをかける言い方をしていた。それに対してもうひとり別の報道官も同じような考えを述べたが、その場でその報道官は記者団から昨年アルカイーダと交渉の上過激派テロ集団と人質交換を行ったのは、主義と持論に悖るのではないかと厳しく追及され、日本とヨルダンの行動を容認するとアメリカの考えを翻した。サキ報道官は、アメリカの人質交換は軍人同士の交換であり、今度のケースとは違うと言い訳とも取れる詭弁を弄していた。その後この件でアメリカ政府から一向に納得させる至言が出されていない。

 アメリカのご都合主義が、ここへ来て日米同盟問題でも見えてきたし、「イスラム国」の人質問題でも露骨に顕れてきた。お互いに同盟国と言っても異なる方向を見ている。一体本音はどうだろうか。ありきたりだが、正しいと信じることを行うことが、一番相手を納得させ信頼を勝ち得る早道ではないだろうか。

2015年1月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2818.2015年1月30日(金) 義姉の体調急変が心配だ。

 直近の天気予報で昨晩から今日午後にかけて雪が降り積ると予想されていたが、実際今朝起きたら外は銀世界だった。都心では今年の初積雪となった。

 実は今日は2週間前からある会合が予定され、出席する予定だった。ところが、身体がやや熱っぽいことと降り続く雪が気になり用心のため、幹事へ欠席の連絡をした。その直後に鎌倉の弟から、兄の家内が悪性リンパ腫と診断されて治療を始めてから今や癌治療の第3段階に入っていて、大分具合が悪そうなので夫婦で見舞いに行くつもりだと電話がかかって来た。我々夫婦にも一緒に行かないかと唐突なお誘いである。この雪の中を敢えて行くより、2~3日後の天候の良い時に行こうと考えていると話したところ、どうも考えている以上に彼女の病状が悪いらしい。これまでにも度々手術を受け、昨晩0時には3時間に亘る手術をし、現在ICUに入ったままだというので、これは行かないとひょっとすると後顧に憂いを残すのではないかと考え直し、取り急ぎ雪の中を出かけることにした。

 狛江市の東京慈恵会医科大第3病院では先着した弟夫婦が待っていてくれた。義姉は意識はあるが、チューブを銜えた状態で話すことはできず、ただジェスチャーで見舞いに来たことを伝えたようだ。我々夫婦が到着した時はICU室に入ったが、治療のため別の場所に移動して彼女と会うことはできなかった。幸いその場に姪が来合わせたので、メッセージは伝えることができた。

 それにしてもこれほど病状が進んでいるとは想像もしていなかった。1年前に亡父の13回忌の折に、腰が痛いので2階に上がるのも大変だということは本人から聞いたが、あっと言う間に病は悪化していたようだ。ともかく本人に会えずとも見舞いに行って良かったと思っている。

 その後兄からお見舞いに対するお礼のメールをもらったが、兄によると明日担当医師から話があるとのことなので、兄もある程度覚悟を決めているようだ。 

 さて、「イスラム国」に拉致された後藤健二さん解放の話は、特段の進展もなく膠着状態に陥っている。「イスラム国」から、当初後藤さんとヨルダンが拘束しているリシャウィ死刑囚交換による取引を提案されたが、ヨルダン政府がリシャウィ死刑囚とヨルダン人パイロットの交換を優先して要求してから、「イスラム国」は何の応答もしなくなった。ヨルダン政府はパイロットが生存している明らかな証拠を見せて欲しいという「イスラム国」に対する要求に対して、「イスラム国」は無視し続けている。ヨルダンでは、このところ政府の対応に不満が生じてきて、反政府、反国王の空気が生まれつつある。ヨルダン政府は、パイロットの生存が確認できなければ、死刑囚を釈放することはないと公表している。後藤さんの解放はまったく俎上に上らなくなった。

 事態の変化の期限が来ても事態は動かない。どうなっているのだろうか。

 そして、今22時15分に新しいニュースが入って来た。イラクのクルド人地区キルクークで、「イスラム国」がクルド人地区を攻撃し、クルド人部隊司令官を始め、兵士十数名を殺害したという。どうなるのか、人質問題は?

2015年1月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2817.2015年1月29日(木) 依然解決されない人質事件

 昨晩オレンジ色の着衣を着込んだ人質の後藤健二さんが、「イスラム国」から言わされた3度目のメッセージを送って来た。24時間以内にリシャウィ死刑囚を解放しなければ、後藤さんを殺害し、その前に拘束しているヨルダン人パイロットを殺害すると脅迫したのである。今度は後藤さん自身が前日述べた24時間以内に自分とリシャウィ死刑囚との交換釈放については触れていない。いつのまにやら、死刑囚と後藤さんの交換が、死刑囚とパイロットの交換に代わっている。ヨルダン政府の苦悩が浮かび上がって来るようだ。

 ヨルダン王宮前では、パイロットを釈放せよとデモ隊が取り巻いている。ヨルダン政府はこの国民の声をまったく無視するわけにいかない。いずれにせよ、はっきりした確信がないまま時間だけは刻一刻と迫っている。後藤さんの話題がパイロットにすり替わったことに対して、日本側もこれという打つ手が繰り出せない。

 いつになったら解決へ向けて前進するのやら、気が気でない。ともかく今はヨルダン政府がリシャウィ死刑囚を釈放するのと引き換えに、ヨルダン人パイロットを解放しろと求めているところである。後藤さんはどうなるのか。

 テレビ、新聞だけに限らず、週刊誌もこの人質事件を大きく取り扱っている。駒澤公園へのウォーキングの帰りにコンビニでこの事件を大きく扱っている週刊誌を2冊買い求めてきた。当分の間目が離せない。

 そんな人質事件の最中に、一昨日は悪名高いユダヤ人虐殺のアウシュビッツ収容所が解放されてからちょうど70周年という歴史的な一日となった。各国の首脳もその式典に参加したようだが、1945年にソ連軍が解放したことから、催しにはいつも出席していたロシアのプーチン大統領が出席しなかった。欠席の言い分は招待されなかったからということのようだが、主催者としては、特定の人物を招待することは今までもしてこなかったようだ。ウクライナ問題で欧米と距離があるプーチン大統領が臍を曲げたのではないかと憶測されている。

 これはアメリカにしても同じで、オバマ大統領が出席しなかったことは、先のパリ・テロ事件後の追悼行進に参加しなかったことと併せて、オバマ大統領の失点と言われている。

 他方、国内では目立った事象として、昨日発表された「スカイマーク航空の再生法申請」とJR九州の上場申請がある。前者は今からほぼ20年前に、日本航空と全日空の寡占状態に殴り込みをかけて安売り航空券販売会社エイチ・アイ・エスによって設立された。その後順調に実績を伸ばして国内航空会社第3位の地位にまで進出した。IT企業から乗り込んできた経営者の思い切ったマネジメントが思惑の違いを呼んだようだ。エア・バス社へ大量に注文した新鋭機をキャンセルして、多額の損害賠償金を要求され、乗客搭乗率の降下とともに行き詰まった。

 一方のJR九州は上場を予定しているようだが、同社は主要の鉄道業では赤字のままである。稼ぎの素は、不動産業だというからイメージとは程遠い。派手な宣伝で「七つ星」などの観光用列車を売り込んで成功し得意満面であるが、「七つ星」は乗車したくともいつも満席で地元客が予約を取れない状態である。その一方で、普通車はガラ空きという鉄道会社としては不本意な経営である。しかも国鉄から分離した際、国から受け入れた助成金約4000億円を返還していない。

 分かりにくい話ばかりである。

2015年1月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2816.2015年1月28日(水) 後藤さんの運命は残り24時間

 昨晩「イスラム国」の人質になっている後藤健二さんが、オレンジ色の衣装を着て「イスラム国」に身柄拘束されているヨルダン人パイロットの写真を手に、ヨルダンの刑務所に収監されているリシャウィ死刑囚を解放しなければ、24時間以内に自分は殺害され、その前に写真のパイロットが処刑されると英語でアナウンスした。相手は時間を限定してきたのである。

 ヨルダン国内でも、パイロットの解放が最優先条件であると気勢をあげるデモが行われ、後藤さんが解放されるかどうかは、ヨルダン政府の決断ひとつに懸っている。しかし、いかに後藤さん解放の条件としてリシャウィ死刑囚釈放が求められたにしても、国民の間からはヨルダン人パイロットの解放を何よりも優先すべきであるとの声は、アブドラ国王やヨルダン政府にとって無視することができず、苦しい決断を迫られている。

 日本も死刑囚と後藤さんの交換を表だってヨルダンに要求するわけにも行かず、悩ましいところである。こういうケースは当事者にとって苦渋の選択になるが、直接関係のないアメリカ政府報道官は、しきりにテロに屈するような身代金や人質の解放は好ましくないと否定的なコメントを述べている。それでも最終決定はあくまで日本政府とヨルダン政府が決めることであると、嫌らしいプレッシャーをかけている。それでいて、アメリカはイラクで米軍人捕虜解放の交換取引を行ったが、その理由が軍人同士の交換だから筋が通るような屁理屈をつけている。結局は他国に対しては正論を語りながら、その一方で自らは姑息な手段を講じて論理性に欠けることを平気でやっているのだ。

 いずれにせよ今日中に24時間という刻限がやってくる。現地対策本部はアンマンの日本大使館内に設置され、リーダーである中山泰秀・外務副大臣は大使館を激しく出入りしている。その都度各国のジャーナリストが中山副大臣を取り囲んでコメントを聞き出そうとしている。中山副大臣もヨルダン政府の立場を慮ってか歯切れが些か良くない。

 ヨルダン、特に首都アンマンの光景がテレビにしばしば映し出されるが、2年半前に訪れた時の様子の通り、アラブの街らしく建ち並ぶ建物、民族衣装を着て歩く人々の姿、道路に沿った屋台の物売りが懐かしい。これからヨルダンにどんな結果が示されることだろうか。また、後藤氏の運命はどうなるだろうか。

 さて、ヨルダンに世界の注目が集まっているが、周辺のアラブ諸国のひとつでまた残虐なテロ事件が起きた。昨日リビアの首都トリポリでイスラム系武装集団がホテルを襲撃し8人が死亡した。彼らも「イスラム国」に忠誠を誓っている。

 こんな極悪非道な事件の渦中にあるアラブであるが、今夕の日経紙に依れば、昨年世界の国際空港で並みいる欧米の空港を尻目に国際線旅客数トップになったのが、何とアラブ首長国連邦のドバイ国際空港である。長らく首位の座にあったロンドン・ヒースロー空港を追い抜き、産油国の空港がトップを占めたというのも時勢を反映して、実に象徴的である。良きにつけ、悪しきにつけ、アラブが世界の耳目を集める時代になったということだろうか。

 それにしても風前の灯となった後藤さんの運命が心配である。何とか救われるようひたすら祈るしかない。

2015年1月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2815.2015年1月27日(火) 選挙結果でギリシャの経済再建は?

 ギリシャがドえらいことになりそうである。一昨日実施された総選挙で、急進左派連合が与党の新民主主義党に圧勝したことにより、経済不安の懸念を増幅させることになったのである。財政不安のギリシャが選挙の結果でどういう方向へ進むことになるのか、極めて難しい選択を迫られることになった。2012年以来、再びギリシャ経済に対する不安が再燃しそうな雲行きである。

 実は世界中の財務関係者が今回の投票結果を注視していた。残念ながら彼らの好まざる結果となった。ギリシャは永年に亘り不況に苦しんできた。失業率25%はEUの中でも最悪である。そのためギリシャはEUの支援を受けて緊縮財政を続けてきた。その代わりにギリシャ国民は、年金カット、増税に耐え忍んできた。だが、国民としてはこれ以上もう我慢できないところまで来ている。それが今回の総選挙で急進左派連合がばらまき経済政策のアピールによりほぼ過半数を獲得した原因である。党首のチプラス氏は、緊縮財政を求めるEUに反する最低賃金の引き上げや固定資産税の廃止などを主張している。その結果、急進左派連合の勝利により、早くもギリシャの株価は下落し、国債は売られて金利が上昇して外為市場でユーロ安が進み、ユーロ安水準となった。チプラス氏の主張は、これまで支援してきたEUに対する、謂わば居直りのようなものである。

 実際ギリシャ不安説が恒常的なユーロ安になれば、ギリシャの反緊縮財政の機運がポルトガルやスペインなどほかの南欧諸国に広がって全体的にユーロ売りが強まり、その結果ヨーロッパ市場全体が経済不安を抱えることになる。それが世界経済全体の足を引っ張ることにつながることになる。

 すでに首相の地位に就いたチプラス氏はEUとの話し合いに希望を託しているようだが、一方で、EU諸国の求める債務削減に対して反対するギリシャへの反発も激しい。その場合妥協が成立しなければ、最悪の場合ギリシャのEU圏離脱が現実味を帯びてくる。それどころか、ギリシャの経済破たん、所謂デフォルトの可能性さえ有りうる。

 2004年にはアテネ・オリンピックを開催したほど余裕があった、このかつての王国も、古代ギリシャの3大哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスを生んだ昔日の面影はすでになく、今や崩壊の瀬戸際に立たされていると言っては言い過ぎだろうか。

2015年1月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2814.2015年1月26日(月) 「椎名誠旅する文学館」スタート

 作家・椎名誠さんの事務所から新しい会社になって、近々事務所も転居すると連絡をいただいた。これまでの事務所は中野区南台にあったが、2月4日付で渋谷区笹塚に転居する予定で、事務所名もこれまでの「㈱椎名誠事務所」から「㈱椎名誠旅する文学館」へ変更したとのことである。まるで図書館か、記念館のような名前で、考えようによっては椎名さんらしいとも思う。

 椎名さんの兄研二くんとは千葉・幕張小学校のクラスメートで、私よりほんの一足先に編入してきた。お互いに根っからの野球好きだったので、一緒に後楽園へ巨人を応援に行って特に親しくなったが、卒業後は別々の私立中学校へ進学して彼が亡くなる数年前に漸くクラス会を通して親交が戻った。誠さんに依れば、研二くんは酒好きで酒浸りのまま死んだようなものなので、本人は悔いがないのではないかと案外冷淡なことを言っていた。椎名さんには、私の処女出版書「現代海外武者修行のすすめ」の表紙帯に小中陽太郎さんからいただいた推薦文の他に、個人的に「~いやはや面白い。ものすごい冒険家ですね。映画を見ているようですっかり没入しました。いまの日本の若者すべてに読ませたいと思いました」と椎名さんならではのありきたりではない温かい推薦の言葉もいただいた。

 先日古書店を覗いていて偶々珍しい文庫本を2冊見つけた。1冊は有栖川有栖著「マレー鉄道の謎」である。マレー鉄道では始発駅バンコックから終着駅シンガポールまで5回も乗車しているし、何度もマレー鉄道のツアーを企画した。幸いマレー鉄道をある程度知っているので、この本がどういう視点から書かれ、どんな謎があるのか、楽しみに購入したものだ。

 併せて買い求めたもう一冊の古本が椎名さんの「秘密のミャンマー」である。今読んでいるところだが、椎名さんがミャンマーを訪れたのは、私が度々訪れていた時代に比べると大分時間が経過している。国家体制も変わり、地名もほとんどが昔とは変わっている。しかし、椎名さんが描くミャンマーとミャンマー人は、私が訪れていた頃に比べて少しも変っていないことが分かる。細かい点についてもビルマ人の特徴を的確に捉えていて、懐かしいビルマの情景を思い出させてくれる。

 これまで椎名さんの旅物語には特異の「シーナ風」の味があり、殊更面白く感じていた。しかし、椎名さんがビルマを旅したとは耳にしていなかったので、どうしてあの魅力的な国を訪れないのだろうと、「シーナ風」ビルマの旅物語の出現を楽しみにしていた。そんな折に偶然「シーナ本」を古書店で見つけ思わず買ってしまった。新会社の発展を祈り、新しい旅物語の上梓を期待している。

 さて、「イスラム国」の人質となっている後藤健二さんの救出活動について、各テレビ局が報じているが、中々これという解決策が見つからないようだ。日本とヨルダンとの外交関係や、ヨルダンの親日性など、今になってヨルダンという国に関するありとあらゆる情報を伝えている。特筆されるのは、現在のアブドラ国王が過去に11回も訪日されていることである。私も48年前にヨルダン軍兵士に身柄拘束され、3年前には改めて拘束現場を検証に出かけたので、その後あまり変わっていないアンマン市街の画像が出るたびに頷きながら感慨深く観ている。

 後藤さんの解放についても「イスラム国」の出方が容易に読めず、日本政府としても対応に苦慮している。更にヨルダン政府にはヨルダン人パイロットが「イスラム国」で捕虜となっている自国の厳しい事情もあり、ヨルダン人の国民感情を考えると、簡単に後藤さんを救出するための代償として拘留中の死刑囚を「イスラム国」へ引き渡すこともできない。現時点では袋小路に嵌ってしまったようだ。

 これからも解決までは毎日のように事件の経過が伝えられる。一日も早く人質が解放され、事態が解決されることを心より祈っている。

2015年1月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com