2833.2015年2月14日(土) 駒澤公園管理にお役人の非常識

 いつも通り近くの駒澤オリンピック公園にウォーキングに出かけた。このところ気になっていたことがあった。1964年東京オリンピックの祭にはバレーボールやレスリング会場として使用された、屋内競技場の入り口付近に大きな広告塔が建っていて、そこには何と2年前の「スポーツ祭東京2013」の文字が大々的に案内掲示され、お粗末にも今日までお正月を2度も迎えているのである。いつも広告塔の前を通るたびに違和感を抱いていたが、多くの人々が訪れる首都東京の一等地の目立つ場所に、すでに行事が終わった案内表示をそのまま1年以上も掲示しているその無神経さに呆れていたのである。これについては、先月24日付き本ブログにも書き込んだ。近所の自治会の方も困ったものですねぇと言っている。

 そこで近所の一住民として東京都に対して、広告塔を別の新しい案内に書き換えるか、除去することはできないものかと問い合わせたが、予期していた通りなしのつぶてなのである。役所というところは、表向きは住民の意見を酌むような体裁の好いポーズを取っているが、所詮自分勝手なご都合主義に凝り固まっている人たちの集団なのである。いくら住民税を払っていても、お役所は一住民の声など無視することを屁とも思っていない。そこで今度は東京都のHPで調べた、それらしい部署へメールで問い合わせてみた。

 期待もしていなかったが、3日ほど経ってから、オリンピック・パラリンピック準備局スポーツ施設担当課長さんと名乗る人物からメールで待ち望んだ回答が送られてきた。そこで件の課長氏は何と言ってきたか。

 「ご意見のありました体育館前の広告塔につきましては、スポーツ祭東京2013(第68回国民体育大会、第13回全国障害者スポーツ大会)の広報活動の一環として設置され、その後指定管理者が管理を行っております。大会開催に伴うスポーツ機運の高まりを一過性で終わらせることなく、大会終了後も施設に引き継いでいくことを目的として、本広告塔を維持管理してきました。しかし、大会終了から1年以上を経過したことから、後利用を検討し、今年度内を目途に、体育館地下にありますカフェテリア、メモリアルギャラリー及び各種イベント等の案内標示に変更する予定です」。

 何とものんびりした対応なのである。お役所の言い分は、まったく的外れであり、自分たちが何もやっていないことを自ら告白しているに過ぎない。「スポーツ祭東京2013」以後指定管理者が管理を行っているとは笑止千万ではないか。どうも問題の本質がよく分かっていないようだ。行事が終わって何もやる予定がないが、一過性で終わらせたくないので、終わった行事をそのまま引きずっていくというようなわけの分からないことを言っている。幼稚にもイベントが終わったらそのままにしておくことが、一過性で終わらせないことだと思っているようだ。

 そして、今日現場へ行ってみた。広告塔はきれいに白ペンキで塗りつぶされ、みっともない過去のイベントの案内は見事に消去されていた。これで良いので、我々都民としては単純にこのことを求めていただけである。メールは屁理屈をこじつけているだけだが、やはり役所内にも常識派がいると見え、早速過去の遺物を消去してくれた。

 なぜ課長氏は、すぐ簡単にできるこのような措置を直ちに取らなかったのか。そして外部に対して言い訳ばかり言っているのか。お役人には無意識の内に住民不在と住民軽視思想があるせいだと思う。

 心配なのは、2020年東京オリンピック・パラリンピックの下準備がこういうお役人たちによって行われることだ。森喜朗さんも知ったらびっくりするのではないか。本当にオリンピックは大丈夫だろうか。お役人天国も好い加減にしてもらいたいものだ。

2015年2月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2832.2015年2月13日(金) 安倍政権の暴走を懸念する。

 昨夕行われた義姉の通夜に続き、今日は告別式参列のため妻と葬儀場へ出かけた。無宗教のため参列者がそれぞれお花を手向けて昨日同様にふるさとを合唱して永遠の別れを告げた。多磨墓地傍の火葬場内で表示されている他の故人の享年を見ると、ほとんどが80歳台と90歳台だった。やはり72歳というのはやや早いと感じた。

 喪主として兄が、病気発症から入退院を繰り返し亡くなるまでの病院側の対応にやや不満を感じたような挨拶をした。そのことが今後の医学のために少しでも役立ってくれればと願って病院側の要望に応じて解剖に同意し、亡くなった翌日解剖がなされた。還された義姉の死顔からはそんな様子はまったく感じられなかった。

 私より1歳年長の兄は現在77歳であるが、これからひとりで生活して行くことは辛いだろうし、寂しいだろうが、何とか好きな囲碁を楽しみながらでも前を向いて生きて欲しいと願っている。弟妹としてはこれまで以上に会う機会を作ろうと思っている。

 さて、昨日安倍晋三首相は衆参両議院で施政方針演説を行った。戦後以来の大改革だと位置づけ、改革を進めて行くことを訴えた。圧倒的多数の与党議員をバックに今や自信たっぷりに、大演説をぶち、自分の考えは正しいとの思い込みがちょっと強過ぎるようだ。実際に行動を起こした場合その強気がどうも危なっかしく思えて仕方がない。

 今すぐ安倍内閣が実施すると決断したわけではないが、懸念しているのは関西電力高浜原発3・4号機の安全対策が、原子力規制委員会により安全基準を満たすと許可されたことである。これで政府が着々と原発再稼働へ向けて布石を打つのではないかということが気になる。この高浜原発については、地元とされる福井県と高浜町の同意が得られることが再稼働の前提である。だが、その地元と隣接している自治体は含まれないのか。万一福島原発と同じように事故により放射能漏れが起きた時、当然ながら隣接自治体に放射能の影響が及ぶことは必定である。高浜原発については、京都府と滋賀県から懸念の声が上がり、すでに地元として捉えるべきであるとの要望が出ている。

 同じようにJパワーが現在建設中の青森県大間町の原発が、津軽海峡を隔てた北海道函館市は、原発所在地から僅か23㎞しか離れていないとして、国とJパワーを相手に建設差し止めを求める訴訟を起こすと言っている。国とJパワーが函館市を地元と考えれば、これは解決する。だが、何とか原発再稼働を目指している国や電力会社は、再稼働が遅れることを避けようとし、また再稼働が挫折しかねない地元の拡大の動きを警戒している。

 他にも政府は集団的自衛権の行使で、自衛隊とともに行動する他国軍の武器や艦船などの防護対象を、アメリカ以外にオーストラリアにも適用しようとしている。一旦厳しい壁を乗り越えたら、次の障碍はさほど厳しくないかの如くあからさまに実行に移そうとしている。

 このやり方を放っておくと止め処がなくなることを心配する。安倍政権は今有頂天になっているだけに、国の将来を慎重に考えないと取り返しがつかなくなることになりはしないだろうか。

2015年2月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2831.2015年2月12日(木) 急逝した義姉の通夜に参列

 8日に急逝した兄嫁の通夜が京王線仙川駅近くの葬儀場で行われた。本人の生前の希望により無宗教で行われた。従ってお決まりの僧侶の読経がなく、お花を手向けるだけの簡素なものになった。そして静かに流れてくるふるさとのハーモニーに合わせて参列者が合唱した。まだ他界して間もないせいもあり、兄の外見からはあまり悄然とした様子は見えない。だが、時間の経過とともに少しずつ寂しさが嵩じてくることは間違いない。近くに住む姪には、当分の間は父親を注意深く見てあげるよう話をしてあげた。久しぶりに兄弟妹、甥たちにも会えた。

 しかし、身近な身内を喪った親戚一同には寂しさと悲しさ、そして空虚感が漂うのは致し方がない。少々短かった72年の生涯を運命と呼ぶのは少々残酷のような気がする。明日は最後の別れ、告別式が行われるが、当分故人を想う気持ちは消え去らないだろう。

2015年2月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2830.2015年2月11日(水) 建国記念日は忘却の彼方へ・・・。

 今日は建国記念日、いわゆる旗日である。これについて今日の新聞には一行も書かれず、テレビ・ニュースではまったく報道されない。こんな惨めな旗日は他にはない。戦前の昭和15年2月11日には、紀元2千年祭を国家の大祭として行い、国を挙げて国威の発揚に努めたというのに何とも時代感覚のずれは大きい。思想に関係なく、国民が自国の誕生について考え、歩んできた歴史をレビューするのは国民として当然のことであると思う。だが、今や日本人は残念ながら国がどうやって生まれ、どういう歴史を辿って来たかについて考えようともしない国民になり下がってしまった。

 これでは戦後紀元節から衣替えした建国記念日は、何のための祝祭日なのだろうか。今小中学校では、日本国の肇についてどのように教えているのだろうか。調べてみようと思っている。アメリカの独立記念日の華やかさと盛り上がりに比べて何とも哀れなものである。昨年の今日このブログにも書き込んだが、現在の日本は建国記念日についてあまりにもつれないと思う。戦後昭和21年のこの日は最後の紀元節だったと思うが、最後の国民学校1年生だった私たちは、講堂で初めて紀元節の式典を行い、高崎正風作詞によるところの紀元節の歌を同級生たちと声を張り上げて合唱した思い出がある。

 ♪雲にそびゆる高千穂の 高嶺下ろしに草も木も なびきふしけん大御世を 仰ぐけふこそ楽しけれ

 今でもこの昔を思い出させる歌詞とメロディーが中途半端に口を衝いて出ることがある。思想的にどうこうではなく、国家が法律で決めた祝祭日(旗日)をそう邪見に扱っても良いものだろうか。終戦後アメリカから何とか建国を祝う日制定の許可を得て、国会で法律改正を経た後に右往左往しながら漸く1967年佐藤栄作首相時代に正式に「建国記念の日」がスタートしたのである。それが今では形骸化して、国民の中には何の日だったかを知らない人がいる有様である。はっきり言ってこんな調子で建国記念日を単なる休日にするなら、思い切って止めてしまった方がよほどすっきりする。日本は建国の日がないということで納得するより仕方がないだろう。この建国記念日離れは、報道することが職務のメディアに大きな責任があると考えている。

 日本人は、メディアを始めとしていつの間にか忘れっぽい民族になってしまったということだろうか。

2015年2月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2829.2015年2月10日(火) 安倍首相が奮う「蛮勇」

 安倍晋三首相という人はみかけに依らず、案外大胆なことをやる人だ。尤も怖いもの知らずということもある。この数日は連日メディアを賑わしている農協改革問題で手腕?を発揮した。自民党は戦後ずっと日本農業の舵取りをしてきた農協を改革することを岩盤規制改革の象徴として制度、組織を思い切って変革し、3番目の矢としてやり遂げる気構えだったのである。

 これまで農協の制度が手つかずだったのは、農村票を武器に発言力を持つ農協のトップ組織、JA全中(全国農業協同組合中央会)に遠慮があったからである。だが、今や農業人口は激減し、最盛期の6割程度が就業と言われている。アベノミクスを完璧に成し遂げる環境が整ったこの機会に、安倍政権は永年腐心していた農協対策をドラスチックにやってしまおうと考えた。昨年行われた佐賀県知事選挙で、農協改革派の候補者が与党の応援を受けながら落選したことで自民党は大きなショックを受けた。だが、地方の組織は残すことで妥協点を見出し、その一方で上部組織のJA全中の形骸化にまんまと成功した。自家薬籠中のものにしてしまったのである。

 とにかく現在の制度、組織を大きく変えて、JA全中の指導権をもぎ取り、4年後には一般社団法人にしようというのである。周囲の環境が好転したとは言え、安倍首相の間髪を入れない強気なパフォーマンスには驚く。怖いのは、次のステージとして首相の腹に集団的自衛権、そして憲法改正が潜んでいることがミエミエであることである。農協改革と同じように、エイヤッとばかり突き進んだら、来夏参院選の結果で参議院でも与党議員が2/3以上を得たら、正面から現行憲法改正へ歩を進めるのではないか。その前提として、若い人の票を獲得すべく、現行の20歳以上の選挙権を18歳に引き下げようと下工作をしている。

 怖いのは、相対的に物事を知ったうえで行動するより、知らないまま行動してしまうことである。安倍首相は明らかに後者である。

2015年2月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2828.2015年2月9日(月) 入院中の義姉今朝急逝

 今朝突然調布に住む兄から義姉が亡くなったと連絡があった。先月30日に鎌倉の弟から大分具合が悪そうだから見舞いに行こうと誘われ、雪の中を弟夫婦と妻とともに急遽入院先の病院へ出かけてから、まだ10日しか経っていない。折角出かけたお見舞いだったが、治療時間に当たったため生憎彼女と顔を合わせることはなかった。その後ICUから一般病棟へ戻ったと聞いていたので、少し回復に向かっているのではないかと期待を込めて幾分安心していた。それがあまりにも突然の訃報である。取り敢えず兄にはメールでお悔やみを伝えたが、看病疲れもあり健康を害さなければ良いがなぁと思っている。兄が気の毒でならない。甥は大きな怪我を負い、今もリハビリ中で、姪は1男1女を儲け近くで幸せに暮らしているが、いつも兄の世話をできるわけではない。

 それにつけても母も心筋梗塞であっという間に他界してしまったが、まだ早い73歳だった。義姉はまだ72歳だから、少子高齢化の現代社会では冥界への旅はちょっと早すぎるように思う。彼女自身家族の中で一番先に彼岸へ旅立つことがきっと心苦しく思い残すことがあったのではないだろうか。

 以前から体調が良くないと聞いてはいた。数年前から悪性リンパ腫で入退院を10回近く繰り返し、遂に帰らぬ人となってしまった。昨年1月父の13回忌の折、階段を昇るのも辛いとあまり体調が良くないことを訴えていたが、私との会話もこの時が最後となってしまった。

 最近周囲の友人や知り合いが亡くなるケースが増えてきた。人の生命は儚い。だからこそ、せめて生きている内に悔いのない生活を送りたい。まだまだやり残していることはいっぱいある。義姉の逝去を機に人生の儚さと無情を感じている。義姉の安らかな冥福を祈っている。通夜は12日、告別式は13日である。

2015年2月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2827.2015年2月8日(日) 後藤健二さんの行動を蛮勇とは?

 「イスラム国」による日本人人質殺害事件で必要以上に日本人に対する警戒を強めている政府は、昨日シリアへの渡航を計画していた新潟市内のカメラマンに旅券の返納を迫り、受け取った。これは政府がカメラマンに渡航の自粛を説得したが、受け入れてもらえなかったため外務省が旅券法という法律に基づいて行った強制執行である。

 外務省は殺害された後藤健二さんに対して、昨秋以来3度ほど注意を促したとされる。だが、後藤さんは忠告を受け入れず自らの意思でシリア入りして「イスラム国」に捕まり殺害された。後藤さんの個人的な行動により、ヨルダン政府との交渉や、現地対策本部の立上げなどが、メディアでも大々的に報道された。政府の方針が是か非かまで問われたり、相当エネルギーを注いだことなどの反省から、政府には今回新たな拉致事件などの発生を未然に防ごうとの考えがあったと見られている。

 今朝の新聞でも、個人の意思により行動しようとしている日本人カメラマンの自由を外務省が強制的に剥奪することになるのではないかと懸念されている。

 このカメラマンはもちろん遊び半分で出かけるのではなく、現地の悲惨な実情をカメラに納めて世界へ広く発信しようというのである。

 つい先日高村正彦・自民党副総裁が、後藤さんが現地へ出かけたのは蛮勇であると批判的なコメントを述べていた。しかし、後藤さんのこれまでの実績を見れば、好い加減な気持ちで危険な地域へ出かけたわけではなく、あくまで誰も伝えない臨場感溢れる現地の子どもたちや難民の姿を日本人を始め、多くの人々に伝えようとボランティア・スピリットで試みたのである。従って、高村副総裁が言っているように、計画を取り止めるようにアドバイスしたのを振り切って行ったのだから蛮勇だというなら、それは現場の実態や背景、更に真の旅行目的がよく分かっていない人間の言うことである。高村氏自身が直接後藤さんに会って説得したわけでもなく、役所が一片のメールや文書を送った程度のアドバイスでは、硬い信念を持って自己責任で行動しようとしている人に対して、旅行中止をアドバイスすることにはならないと思う。

 現場の空気がまったく理解できない人の説得では、後藤さんには通じまい。説得しきれなかったからと言って相手を蛮勇呼ばわりするのは、現場知らずが思うようにならなかった腹いせではないかと思いたくなる。これだから現場の臨場感が分からない人は困る。

2015年2月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2826.2015年2月7日(土) 暴論を振りかざす呆れた東大教授

 天下の東大教授の中にも随分乱暴で、独善的な持論を振りかざす先生がいるものだと思う。年金・社会保障の専門家のようだが、ひたひたと進んできた少子高齢化社会の中でその高齢者に対して、一方的に高齢者は権利を主張し過ぎであるとか、待遇が恵まれ過ぎであるとか、言いたい放題の問答が月刊誌「選択」今月号冒頭頁に「『シルバー民主主義』が国を滅ぼす」と刺激的なテーマで開陳されている。

 選挙における高齢者の投票の結果が高齢者優遇に有利に働いていると見当違いの論理にも蘊蓄を傾けている。指摘された投票結果それ自体より、それ以前に全体として、或いは若者の投票率が低いことが、今最も憂慮されていることではないのか。然るに高齢者の、特に地方における投票行動が政治家をして高齢者に気を遣わせるようになっていると、個人的な不満から斜視的な見方をしているのである。東大教授にしてはあまりにも幼稚な自己主張ではないか。あまつさえ、今すぐに年金給付額を3割カットすれば、年金財政を継続できるとか、或いは年金財政を立て直すよりもいっそのこと制度自体を一旦破綻させたほうが、一時的な混乱は大きくてもゼロからの制度設計はやりやすいなど、教育者としてあるまじき暴言も留まるところを知らない。更に日本人は敗戦や、震災から立ち直った経験上立て直すことにかけては定評があるなどと、これまで年金改革に貢献された人たちを愚弄するように好い加減な事を口走り、永年かけて作られた年金制度をぶち潰すことにいやに熱心なのである。

 この先生が教育者として最も欠如している資質は、過去の年金制度から今日までの経緯を検証、精査し、少しずつ軌道修正しようとの地道な研究心が感じられないことと、現状制度が気に入らなければ年金受給者の生活を脅かすことを歯牙にもかけないその冷酷さである。

 先生の持論には、残念ながら高齢者らへ一廉の思いやりすら見られないことは、敢えて言わせてもらえば教育者としては失格ではないだろうか。東大経済学部と言えば、碩学・大内兵衛先生、有澤広己先生らを輩出したマルクス経済学の牙城であった。そこには間違いなく労働者や社会の底辺の生活者への温かい目線があった。だが、この先生には、ジョンズ・ホプキンズ大学でアメリカ資本主義の格差社会を学んだせいか、資本主義の甘い汁をたっぷり吸った富裕層への理解しかないようだ。こういう教授に指導を受けた学生たちがいざ社会へ出た時、どういう道を進んでいくだろうか。そして、恵まれない労働者とともに共同作業をするようになった場合、このような上から目線の対応で労働者たちから理解や信頼を得られるだろうか。

 この先生とは、現在東大大学院経済学研究科で教えている井堀利宏教授(62歳)、その人である。

 少なくとも私は大学ゼミではマル経の良き師に巡り合い教えを請うことができて、幸せだったと思っているが、こういう高齢者層や社会的に恵まれない庶民をいじめようとしている教授を知ると残念でならない。今更ながら恩師にもいろいろなタイプの先生がいるものだなぁと思う。

2015年2月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2825.2015年2月6日(金) 交友関係を断裁して余生を充実できるだろうか。

 毎年この時期に高校時代の親しい友人6人で昼食会をやっている。一昨年からJR大船駅近くの中華料理店で談論風発を楽しんでいる。今日も久しぶりに6人が顔合わせできるかと思いきや、会場で2人が来られないと知らされちょっとがっくりである。不思議なもので、その2人は昨年の拙著出版記念会に出席してくれた仲間だ。今日もその時のDVDを差し上げようと持参した。そして昼食会に来た私を除く3人が、記念会にはぜひ出席すると言ってくれた友人たちだが、生憎先約とダブって来られなかった。

 今日来られなくなった2人には、それなりの理由があるので止むを得ない。ひとりは、仕事上の急用で、もうひとりは普段から心臓が良くなく治療で大分苦労しているが、今度は「舌」が良くなく検査と重なってしまったらしい。積もる話がたくさんあったので大変残念である。

 実は、今日やって来た3人だってそれぞれ持病を抱えていてあまり楽観できないという。ひとりは産婦人科と小児科以外の病をすべて背負っているというくらいである。その点で大病を患うこともなく、まずまず健康なのは私ひとりだけということである。今年中に喜寿を迎える連中ばかりだが、もうそういう年齢になったということを否が応でも納得させられる。それにしても話題がどうしても健康の方へ傾いていく。

 私を除くと5人にはそれぞれ健康面で不安があるようなので、当面来年以降の予定も決めにくいところだ。そう言えば、同年代の友人たちから来年から年賀状の交換を遠慮したいとの連絡がいくつか来ていた。あくまで個人の自由ではあるが、折角今日まで営々と築き上げてきたいろいろな形の交誼、付き合い方、友人関係をこれから残された人生において一方的に止めて捨て去ることはもったいないと思っている。自らを取り巻く社会環境・交友関係を自分から狭めてしまうのではないかと思うと個人的にはあまり賛成できない。

 確かに手紙を書くのは普段書き慣れていないと、面倒で手間がかかると思う人はいると思う。だが、その人たちのお陰で人生を楽しく有意義に過ごすことができたという一面もある筈である。そう考えると、交友関係を一方的に切り捨てるのはいかにも惜しいような気がする。これでは人生を人との交流をなくして無味乾燥なものに近づけ、つまらないものにしてしまうのではないかと心配である。

 幸い今日集まった親友6人組の友情にはそんな気持ちはさらさらない。一方で、まだその気になればいくらでも交友関係が広げられる人たちが、自ら友達づくりをギブアップするのは、未だ人生を全うしきれていない浅学非才のわれわれ喜寿6人組から見れば、どうにも惜しい気がしてならない。

2015年2月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2824.2015年2月5日(木) テロ事件の陰で憲法改正の動き

 このところ「イスラム国」の独善的で残虐な行為に対して、犠牲者を生んだヨルダンを主に中東地域では、「イスラム国」への反感と憎悪が高まっている。わが国でもこのところ国会では、日本人人質の救出に関連して、仮に日本人が捕らえられた場合の救出について、当然のように自衛隊の派遣に積極的な意見が公に表に出る有様である。安倍首相の唱える積極的平和主義が嵩じると、結局理由はどうあろうと、「平和のため」という言葉を都合良く使って自衛隊の海外派遣へ突き進んでいくことになる。

 気をつけなければいけないのは、こういう火事場騒ぎに目を奪われている間に、政府自民党が憲法改正へ向けた動きを密かに進めつつあることである。憲法改正のためには、最大のハードルである国民投票で過半数を得なければならない。自民党はこれを何とかクリアするため策略を巡らせていたが、ここ数日で唐突に国民投票について具体的に検討を始めていることが公になった。今朝の朝日及び日経紙に安倍首相と船田元・自民党憲法改正推進本部長が「国民投票、参院選後に」とすでに国民投票が決まったかのようなニュアンスの記事が掲載されているではないか。現在衆議院では与党が2/3を獲得しているが、参院ではまだ2/3以上の議席を得ていない。そこで、来年夏の参院選で2/3を獲得した後に国会で憲法改正の発議を行い、国民投票で1/2以上の賛成を得て憲法を改正しようと企んでいるのである。しかし、国民投票の具体的な決まりがなく、どういう形で実施するのか現時点では不明である。

 それにしても自民党内では、前記のようにすでに改正へ向けた準備がかなり進んでいるようで、この点では連立与党を組む公明党とはかなり考え方にずれがあるようだ。

 また、改正は憲法の全文について行おうとするのか、部分的に実施しようと考えているのか、分からない。ただ、すべてを改正しようとするには抵抗があるので、現段階ではテーマを絞って一つひとつクリアしていこうと考えているようだ。例えば、環境権、緊急事態などが考えられている。

 だが、憲法改正に異を唱える国民のひとりとして言わせてもらえば、改正を推進しようとするなら、こっそり姑息にことを進めるのではなく、せめて万機公論に決して欲しい。早めに広く、深く議論を重ねて国民が賛否を決める材料をできるだけ提供すべきである。

2015年2月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com