近藤節夫の《ブログ》


充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら書いております。本ブログには、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言を書き込んで、自分の気持ちを表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご賢察下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
1817.1月27日(金) 貿易赤字、議事録サボ、あまり良い話はない。
今日の底冷えする寒さは都心で氷点下を記録して今冬2度目の冬日となった。今年はとりわけ寒い日が続く。先週の積雪でも分かるように全国的に積雪量が多く、雪国では除雪費用が底をついて補正予算を組んだ都市も現れた。
日本の貿易収支が31年ぶりの赤字になったとのビッグニュースが流れたと思ったら、追いかけるようにNECが2012年度3月期決算で当初予想の150億円の黒字から、一転して連結最終損益は1000億円という大幅な赤字で無配になる見通しである。これに伴い従業員5千人の削減を発表した。
同時に、これまで比較的好調を維持してきたゲームメーカーの任天堂も前期は776億円の黒字だったが、業績が悪化して連結最終損益で650億円の赤字を予想している。
これまで日本産業の好調を牽引してきた自動車業界もトヨタがGMに販売数トップの座を奪い返され、韓国の現代自動車、起亜自動車の追撃を受けている。日本車のシェアは徐々に侵食され、前途は楽観を許されない。因みに現代自動車の2011年12月期連結純利益は対前期35%増の5600億円で、同時期の日産自動車の2900億円のほぼ2倍である。アジアの市場では日本車が韓国車に脅かされ、確実にマーケットが侵されている。
尤も日本の致命的な円高に対して韓国ではウォンが安過ぎる傾向にあり、輸出分野では恩恵に浴しているものの国内では物価が高騰して国民は悲鳴を上げているとのニュースも聞かれる。日本がどれほど円高に耐えられるか、一方で韓国がどれだけウォン安に我慢出来るか、注目すべきところだろう。
日本にとっては、大震災、超円高、そしてタイの洪水による影響を今後どれだけ克服し得るかが再建のカギを握ることになる。何とか一頑張りして再び元気の良かった日本経済に再生してもらいたいものである。
さて、またぞろ新党結成の情報である。どこまで本当なのか分らないが、それでも今朝の朝日新聞一面トップには「石原新党、3月発足」とある。保守勢力の再結集を目指して、亀井静香・国民新党代表と石原慎太郎・東京都知事が会談して石原知事を党首とする新党合意がなったという。政界の第3極を目指してこれまでいくつか政治政党が誕生したが、「みんなの党」以外はあまり大きな勢力を築いてはいない。
一昨日石原知事、亀井代表、それに「立ち上がれ日本」の平沼赳夫代表が会談して、自民、民主の一部にも働きかけ70~80人を糾合することをひとつの目標にするということである。いずれ大阪維新の会とも連携して大きな核となることを目指す。だが、TVニュースを観ているとまだ確定したわけでもなく、石原都知事の如きは話をはぐらかして公式発表でも聞かないと信じることは出来ない。
それにしても石原都知事はいつも台風の目になるようで、彼が動くと周囲が従う構図が出来上がりつつある。日本のリーダーとして橋下徹市長と並んで最も頼りにされている人物になってしまった。高齢に加え横柄な対応と時折軽率な失言が飛び出るが、それでも指導者として常に名前が出てくるのはやはり頼りになるからだろう。逆に言えば、今の政治家がいかに頼りにならないかの証でもある。
数日前に露呈した原子力災害対策本部の議事録が残されていなかった失態について取り上げたが、今日同罪の組織があることが明らかにされた。東日本大震災に関する政府の15会議のうち、何と5つだけしか議事録をつけていなかった。つまり10の会議の担当者は手を抜いていたのだ。岡田克也副総裁は、2月中をメドに記録を作るということだが、もう遅い。「忙しくて記録をとれなかった」とはとんでもない役人の言い訳だが、それでも仮に忙しいならテープに残すということも考えられたはずだ。弛みきっていたことは歴然としている。結局「忙しい」担当者が会議を軽視し、委員は自分たちの意見が捨て去られることに、何のプライドも未練もなかったという点でも相当根は深い。
呆れた連中がわが国を勝手にいじくりまわしている構図が窺え、今更ながら役人どもの怠惰と無責任には腹が立って仕方がない。
1816.1月26日(木) 貿易収支、31年ぶりに赤字
わが国の貿易収支が実に31年ぶりに赤字になったという。東日本大震災、超円高、タイの洪水等が原因で日本製品の輸出が減る一方で、原発停止に伴い火力発電燃料の輸入が大幅に増えたことが大きい。優秀な技術と生産力により優れた商品を作り出し海外へ輸出して外貨を稼ぐという、これまでの日本経済成長のモデルが頓挫することになった。昨年は大震災の影響があり特殊な年だったから止むを得なかったと言い訳出来ないところが悩ましい。仮に生産力が回復しても原発事故で原発稼動が進まず、原発から火力発電への比重が高まり燃料の液化天然ガス(LNG)の輸入が増加する。このパターンは変わらなくなる恐れがある。そうなると貿易収支は赤字が恒常化するようになる。日本経済にとっては難しい舵取りが続く。こうなるとあの絶頂期のバブルが懐かしい。
さて、今国会ではスッタモンダした最大眼目の消費増税素案が通過するだろう。細部においては折り合いがつかないが、与野党ともに大筋で合意に達しているようだ。われわれ国民としては、これで2014年に8%、翌15年には10%へ増税されると否応なく納得させられていたところ、民主党はまたおかしなことを考えている。14年4月に消費税を上げる際に、低所得層を中心に一人当たり1万円の現金支給を検討しているという。まったく分らないわけでもないが、漸く成案となる新規法律にどうして特例までセットする必要があるのだろうか。自分たちの都合だけでどうして法律を安易に考えるのだろうか。制度が益々複雑になるばかりである。それどころかバラマキであることは間違いない。低所得層を救済するなら、新法と抱き合わせで適用するのではなく、別の手立てを考えるべきではないか。これで数百万人に支給して、その予算規模は1000億円にもなる。簡単に支出をしてしまうところに、国の借金が知らず知らず巨額に溜ってしまった原因がある。
まったく今の政治家の考えることは、選挙対策のためには自分たちで作った法律をザル法にすることまでやってのける。先のことなぞ何も考えようとしない馬鹿な政治家どもには最早つけるべき薬がない。
1815.1月25日(水) 内外で喧しい消費増税論議
今朝の日経紙コラム「春秋」に「GKB47」を取り上げている。「GKB47」とは一体何だ?人気グループ「AKB48」にあやかったグループかと思いきや、内閣府が自殺対策強化月間のキャッチフレーズに採用した言葉である。GKBとは何だと思ったら、ゲートキーパー・ベーシックといい自殺予防に取り組む人・ゲートキーパーの基礎的視点から捉えた言葉のようである。47というのは都道府県の数だという。何とまあ次元の低い発想だろうか。元々視野の狭い役人の発想というのは、この程度のものなのだろう。もう少しましなことを考えたらどうだろうか。
内外ともあまりすっきりしないニュースが多い。昨日開会した通常国会で消費税増税が議論されることは予想されるが、早くも10%程度の消費税では焼け石に水のような話が出ている。まだ8%、或いは10%の増税が決まったわけでもないのに国民の神経を逆撫でする意見が出ているのはあまりにも無神経ではないか。IMFでも日本の財政赤字を憂慮しガーソン次長が、日本は10%の消費税ではとても追いつかず、もっと増税しなければ先行きが心配と述べている。外からこんな内政干渉的な嫌味を言われる前に、日本の財政当局もしっかりしてもらわなければ困る。
しかし、これだけ財政的に追い詰められているにも拘わらず、これまで無策で押し通してきた政治家と官僚、そしてこれを追及しなかったメディアにも責任があると言える。
そもそも日本の財政状態が外国から懸念されるのは、国の借金が先進国の中でも抜きん出て多いことによる。今年度末の借金残高は1000兆円の一歩手前の985兆円だそうである。当初は今年度中に1000兆円を超えると考えられたが、政府短期証券の発行残高が減少したことと、国債関連費用が減じたことで辛うじて国の借金は1000兆円内に留まった。しかし、来年度には確実に1000兆円を超える。ここまで放置してきた政府政党と財務当局の無策を今更責めても後の祭りであるが、税収が少ないのにそれに見合った支出に抑えられない政治家に最大の責任がある。この責任は誰も取らない。
そう言えば、3日前の本稿で指摘した、原子力災害対策本部の会議の議事録を取らなかった致命的なミスに対して、関係者の責任は問わず、処分も行わないことにしたという。一罰百戒なんて考えてもいないらしい。役人に対してはいつも甘くお目こぼしがあるのだ。まったくこのお役人天国ぶりは止め処もない。
さて、海外へ目を転じると気になるニュースが2件ほどあった。ひとつは、アメリカ大統領選にむけた共和党の候補者選びで、ロムニー氏とギングリッジ氏の激しい鞘当て合戦が露骨になったことで、両者ともに国民にとって許せない利権があったことが暴露された。ロムニー氏には、脱税的な行為があったことである。2010年に約17億円の収入がありながら、法に則った税金を納めておらず、脱税の疑いが浮上した。一方のギングリッジ氏にも2007年サブプライム・ローン破綻の折に連邦住宅貸付抵当公社から多額の報酬を受けていたとお互いに中傷合戦を始めたのだ。
もうひとつのニュースはイラン関連である。EUが打ち出したイラン産原油の禁輸に対して、イランは敵対的な行為であるとEUに抗議し、核開発は止めないと強気の姿勢は崩さなかった。アメリカとオーストラリアはEUの決定を歓迎する一方で、ロシア、中国、インドが懐疑的な声明を発表したことである。
そこで思い当たることがある。ロシア、中国、インドが同調する姿勢は、わが「知的生産の技術研究会」特別顧問を長らく務められ、一昨年夏亡くなられた民俗学者の梅棹忠夫先生が名著「文明の生態史観」の中で仮説を立て持論を展開された「第二地域」に、3カ国とも揃って組み込まれていることが偶然とはいえ面白い。生態史観的にこれらの国は歴史的にも、文明的にも、また社会体制的にも同じように行動すると先生は学術的に前例のない生態史観を提起された。イスラム圏のイランも「第二地域」に属していることを考えると、この原油問題は梅棹先生が「文明の生態史観」の中で指摘された「第二地域」に属する4つの大国がまったく同じ行動を取ったという観点から考えても極めてユニークで興味深い。
1814.1月24日(火) 第180通常国会始まる。
第三次中東戦争が勃発した1967年の年末、ヨルダンの首都アンマン市内の丘の上でヨルダン軍兵士によって突然身柄を拘束され、しょっ引かれてから今年で丁度45年の節目の年を迎える。5年後の50周年記念という方が区切りとしてはすっきりするが、その時は齢78歳になっているので肉体的に少々タフである。それで45周年のこの機会にもう一度拘束された現場を訪ねて、なぜあの時捕まってしまったのか、現場周辺を冷静に検証してみたいと思っている。あの時はひとり旅だったし、戒厳令下にあって誰も彼もが神経はピリピリしていて治安も良くなかった。
実は、ある旅行代理店の企画にヨルダン6日間の旅というのがあり、世界遺産・ペトラ遺跡、死海とともにアンマンを訪ねるツアーであるので、その説明会に今日顔を出してみた。このツアーの難点は残念ながらアンマンに滞在はするが宿泊をしないため、事件現場を検証する充分な時間がないことである。自分だけアンマンに1泊して遅れて帰国する、所謂延泊の可能性を尋ねたところ、それは出来ないという回答だった。かつて現役時代私自身そういう取り扱いを受けたこともあるし、他方面のツアーでこの延泊のシステムを取り扱っているので、手配出来ない理由を尋ねたところ、まだアンマン航路便は利用者が少ないから航空会社との間にレア・ケースの条項は契約されていないとのことだった。実際はどうなのか。ひとりのお客の余計な希望を受けたら、面倒だからとの考えではないかと邪推してしまう。これから旅行計画をどう立てるかよく考えてみたい。
第180通常国会が今日召集された。野田首相は施政方針演説を行ったが、施政方針のポイントは、大震災からの復旧・復興、社会保障と税の一体改革関連法案の提出、消費税収一部を除き社会保障費用に充当、衆議院議員定数削減、原発依存度低減等々である。野党はほとんど民主党案に反対してまなじりを決して衆議院を解散に追い込もうとしている。しかし、消費税は上げないと国の財政が益々苦しくなることは政治家はみんな承知しているはずである。自民党は元々消費税10%案を考えていた。それがなぜ民主党案に反対するのか釈然としない。与野党の立場が代われば、何でも反対するのか。野田首相が言うように政局を止めて大局に立って政治家として国民のために行動してもらいたい。
野田首相も言及した減原発については、今月6日に国は原発の運転期間を40年と発表した。その後まもなくして40年で廃炉ではあるが、最長20年の延長を認めるとの例外規定を設けた。今それが物議を醸し揉めている。40年プラス20年という決め方はアメリカと全く同じである。これでは、60年間の稼動を認めるということになるが、専門家からは40年と延長20年についても科学的根拠がはっきりしないとの反論がある。どうも「再稼動ありき」のうえにペンキを塗りたくったようだ。私流に解釈すれば、60年の期限切れというのは、鉄筋建造物の経理上の耐用年数である60年の減価償却期間に合わせたのではないかとつい勘ぐりたくもなる。
ともかくこれから当分国会論議が交わされるだろう。しかし、今は緊急時である。少しは中身の伴った議論を戦わせてもらいたいものである。
1813.1月23日(月) 何だか嫌な予感がする。
自治体の首長選挙が各地で行われているが、昨日行われた滋賀県大津市長選挙が一躍脚光を浴びることになった。新市長に当選した越直美氏は36歳の女性弁護士である。滋賀県は嘉田由起子知事と並んで県庁所在地市長も女性が抑えた。女性市長としては一昨年当選した38歳の稲村和美・兵庫県尼崎市長の記録を破る最年少女性市長である。
特筆すべきは、3回目の当選を目指した70歳の現職候補者を破ったことである。今全国で若い市長が新機軸を打ち出し既成の殻を破って地方行政のトップに選ばれている。橋下徹・大阪市長しかり、熊谷俊人・千葉市長しかり、都庁職員から転じた鈴木直道・夕張市長しかりである。その背景にはマンネリ化や行政の行き詰まりがあり清新な実行力を期待されていると思うが、滋賀県のケースでは嘉田知事が選出された頃から一般住民の切実な声を取り入れる傾向が強まってきた。今度の新市長の場合は、嘉田知事派の取り込みに成功したことが大きいと言われている。
東京から見ると大津は遥か彼方であるが、国政と地方政治を考えてみると3年前に民主党が政権交代を成し遂げた背景には、旧来の自民党への愛想尽かしと新政策を打ち出す民主党の勢いに期待したことが大きかった。だが、実際に政権政党となった民主党は何ら成す術もなく公約したマニフェストの実施を裏切り続け、かつての自民党と同等以下である。国政と地方政治の違いこそあれ、若く期待される新市長が、民主党と同じ轍を踏まなければ良いがと願うと同時に、地方議会に新風を吹き込んでもらいたいとの期待がある。
アメリカの共和党大統領候補予備選挙では、一昨日サウス・カロライナ州で元下院議長・ギングリッジ氏がフロント・ランナーだったロムニー・元マサチューセッツ州知事を退け初めて勝利した。アメリカの大統領選挙の複雑さはこの選挙システムに慣れないと理解しにくいが、その分かりにくいひとつの証が昨日明かされた。
それは1月3日に行われた最初の予備選であるアイオワ州党員大会で15票の僅差でロムニー氏がサントラム元上院議員を破ったと伝えられたが、その直後再調査した結果獲得票はサントラム氏が上回ったと判定され、それこそいとも簡単に最初の結果を覆えし、勝者はロムニー氏からサントラム氏に変更された。アメリカの次期大統領を選ぶための重要な選挙戦でこうも簡単に勝者と敗者の立場が入れ替わるとは驚いた。この結果共和党では3つの州で行われたそれぞれの予備選が三者三様の結果となり、今のところ抜きん出た勝利者がまだ現れていない。どの選挙制度が良いのか、外からでは皆目分らないが、これから11月の本選まで共和党内、そして現職オバマ大統領との決戦投票まで長く熱い戦いが続く。
さて、雪降る夕刻になって気になる外電が入ってきた。先日来緊張が高まっているペルシャ湾入口のホルムズ海峡周辺の雲行きが幾分怪しくなってきた。そのホルムズ海峡を通過するイラン産の原油の禁輸措置を、今日ブリュッセルで開かれたEU外相会議で決定した。今のところこれに対するイラン政府の公式見解は発表されていないが、ちょっと不気味である。
国内では、東大地震研究所の平田直教授が、M7級首都直下型地震が勃発する確率は4~5年内に70%と発表した。オイ!オイ!本当かよというのが率直な感想だが、その可能性はこれまで確か30年内に70%と公表されていたように記憶している。5年内ならもう逃げようがない。のんびりしてなぞいられない。可及的速やかに対策を考えないといけない。
大袈裟に言えば、正に内憂外患である。
1812.1月22日(日) またも役人のサボタージュ発覚
役人の好い加減さについては昨日も書き込んだところだが、今日また新たな役人の手抜きとサボリが発覚した。
原子力災害対策本部では、東日本大震災発生以来事故の対応や原因究明について重要な会議を行ってきたが、その議事録を一切残していなかった。バッカじゃなかろうか。議事録なんてどこの小中学校でも記している。専門家は原子力事故予防のための対策が盛られているはずで、わが国にとって原子力に関する財産となるべきものを紛失したようなものだと厳しく非難している。当然だろう。どうして一般国民が当たり前のこととして出来ることが、お役人には出来ず、このように基本を損なうようなお粗末なことが起きるのか。
この本部というのは原子力災害時に内閣府に設置される組織で、仮にも本部長には総理大臣が就任し、各閣僚がメンバーである。この対策本部の担当者の言うことが間抜けている。「業務が忙しく、議事録を作成出来なかった」そうである。どんな超重要な業務に関りきっていたのか伺いたいものだ。呆れて開いた口が塞がらない。担当者は原子力安全・保安院の職員で、所謂国家公務員である。国が財政的に苦しいこの時期に、国は随分仕事をしない役人をよくも雇っていられるものだなぁというのが呆れた感想である。
さて、NHKの4回シリーズ「ヒューマン」の第1回「なぜ人間になれたのか」が放映されたが、ところどころ興味深い場面があった。
そのひとつは‘SMILE’に関する一シーンだった。イラクの都市部で武装した米軍部隊が反発する丸腰の市民に取り囲まれた、一触即発の場面で米軍指揮官が落ち着いて部下に‘Smile !’と叫んだ。その瞬間武器を持った米軍兵士全員が微笑んだことにより、険悪な雰囲気だったイラク人市民からも笑顔が見られ、その緊張した場に和んだ空気が流れた。指揮官の大佐は‘SMILE’の効用を充分承知していたのである。
実際私自身外国で、特にアメリカとイギリスの小中学校で‘SMILE’の効用を現実に知った。学校中がスマイルに溢れていて、先生の笑顔が格別に良かった。先生が教室に入るや生徒たちに向って、‘Everybody!Smile.’と声をかけていた。生徒の笑顔も良かった。教室内には大きな字で‘SMILE’と書かれたポスターが貼ってあった。スクールバスの車体にも大きな文字で同じように‘SMILE’と書かれていた。斯様に外国社会ではスマイルが効果的で、どこにでも見られる。
イラクの米軍指揮官はスマイルが、殺気だったその場で効果的だと判断したのだろう。その場で咄嗟に‘SMILE’を演出するところが無理なく身についている。社会や家庭で日頃から身につけたコミュニケーション力がいざという場合にも役立っている証である。
古来日本でも笑う門には福来ると言うではないか。もう少しスマイルを顔に出したら周囲にも和やかなムードが醸成されるのではないだろうか。
1811.1月21日(土) 役人は何をやっているのか?
靖国神社のA級戦犯合祀について反対意見がある中で、今日の朝日朝刊トップ記事が「靖国戦犯合祀、国が主導」である。何のことはない。今まで白を切っていたが、当時の厚生省、つまり国が合祀を決め秘かに実施に移していたのだ。1951年9月サンフランシスコ平和条約締結直後にその動きを加速させたが、戦犯問題の早期解決を考えていた厚生省には、その当時陸海軍出身の幹部が何人かいて彼らの意向が反映されたと言われている。ちゃんと文書も残されており、それに基づいて靖国合祀の前に各地の護国神社に合祀していた。今頃になってこういう話が現実味を持って伝えられること自体おかしいと思う。元厚生省幹部は靖国神社への戦犯合祀の方針を綴った「業務要旨」の存在は知らなかったと言っているが、額面通りに受け取ることは出来ない。靖国神社から分祀して建設も囁かれている国立墓地へ戦犯の遺骨を移設する声がある中で、この先靖国合祀問題はどう発展していくのだろうか。終戦記念日が近づくにつれて喧しくなるのではないだろうか。
さて、東大が秋入学へ全面移行するとの考えを17日に発表したが、東大は昨日電光石火の決断で素案を正式に発表した。その後東大も他大学や企業とも協議をして好感触を得たようで、思い切って考え方を発表して世論を更に秋入学へ加速させる狙いがあったのではないかと思う。東大は数年内に単独でも秋入学へ進もうとしている。このスピード感のある決断は大いに評価すべきである。
高校や予備校の間には今も戸惑いが見られるが、大学サイドにはメリットを評価する声が強いようだ。結局は国際化への対応上秋に入学にして外国の大学と歩調を合わせた方が、トータルに考えてメリットが多いと判断したのではないだろうか。
問題は18日の本稿にも書いたように、東大の動きはスピードを持って進められているのに、肝心要の監督官庁・文科省が一向に動こうとしないことである。大学の入学、及び卒業時期を変更するとなるとそれは1大学だけに留まらず、他大学にも影響を及ぼし、受験者を送る高校、更にその下級学校である中学校、小学校も東大の学年初めに合わせる必要があるのではないか。
なぜ文科省はせめて試案だけでも発表することが出来ないのだろうか。
数日前に俄かにクローズアップされた福島県二本松市内の新築マンションから放射能が検出された原因のひとつは、報告を受け検査の必要を知りながら放置した経産省の怠惰な結果であり、無責任の謗りは免れない。これだから役人は仕事をしていないと思われ、公務員の給与削減要求にも迫力が出てくるのではないか?
1810.1月20日(金) ある名門企業の落日
昨日まで連続して35日間も続いていた乾燥注意報が、一転して雪の朝となった。今年の初雪である。自宅庭園の松ノ木に積もる風雅な雪景色にしばらく見とれていたが、やはり松に雪は日本的情緒を窺がわせて中々絵になる。それにしても外は寒い。旭川郊外の江丹別では、今冬初めて氷点下30℃を下回り-30.3℃を記録した。夕方になって漸く雪は止んだ。
さて、昨年12月に経営不安が噂され本欄に取り上げた、アメリカの映像機器大手のイーストマン・コダック社が、ついに連邦破産法の適用をニューヨーク連邦地裁に申請した。フィルム・メーカーとして130年の歴史を誇った名門企業も、時代の波についていけなかったというより、需要が減ったフィルム写真に固執して、デジタル・カメラを開発した会社であるにも拘らず、その優位性を生かしきれなかった。経営者に経営判断の誤りがあったと考えざるを得ない。
この点について、ライバル会社の富士フィルム・古森重隆社長は、「時代が流れる中でコア・ビジネスを失ったとき、乗り越えることに成功した会社と、乗り越えられなかった会社がある。当社は事業を多角化することで乗り越えてきた」と勝者の自信か、勝因を冷静に語っていた。トーマス・エジソンがコダックのフィルムを使って映画撮影用カメラを発明した歴史がある。また、アポロ11号の月面着陸でもコダックのカメラが使われたそうだ。これほどの名誉はなかろう。その意味でも同社の破綻は惜しまれてならない。私自身も初期の海外旅行の頃は、写真が鮮明に写るとの言葉を信じてコダクロームを使ったものだ。
コダックが左前になったのに対して、2009年に経営破綻したGMが一躍復活を遂げた。しかも昨年の自動車世界販売で首位に返り咲いたのだ。その煽りで昨年トップの地位にあったトヨタが首位から3位にまで滑り落ち、2位にはVWが入った。4位が日産・ルノーで、5位が韓国の「現代」である。優勝劣敗が厳しくなり、油断すると一瞬の間にその地位を取って代わられる。日本のメーカー企業にとっては、一度に円高、震災、タイの洪水とマイナス要因が重なり、市場で勝ち抜くのは厳しかったと思う。
しかし、デトロイトで開かれている自動車ショーでは主役はドイツと韓国の車だったという。「THE CAR OF THE YEAR」には、韓国の「現代」車が選ばれ、次点はVWだった。日本車は最終候補にさえ入らなかったそうだ。世界市場では、不運を嘆いても誰も味方をしてくれない。結局品質を高め、価格を低く抑え、マーケッティング・リサーチをしっかりやって消費者のニーズに応えられる商品を生産しないと市場は受け入れてくれないということである。
大相撲初場所で大関把瑠都が今日13日目で初優勝を遂げた。これまで大相撲界では横綱白鵬の独壇場と言われるほど横綱が圧倒的な強さを誇っていたが、その白鵬がもうひとりの大関琴欧州に敗れて残り2日を余して優勝が決定した。あまりにも強すぎた白鵬が13日目にして3敗を喫した突然の異変は、これから相撲界の勢力図がどうなるのか別の意味で興味津々である。惜しむらくは、モンゴル出身の白鵬、エストニアの把瑠都、ブルガリアの琴欧州と、いずれも外国人力士であることだ。国技の相撲であるだけに余計日本人力士の奮起が望まれるところである。
1809.1月19日(木) プロ野球チームの経営について井上智治・楽天オーナー代行の話を聴く。
普段それほどの活動をやっているわけではないが、顧問の末席を汚している「ふるさとテレビ」の月例セミナーがいつも通り憲政記念館で開かれた。今日のスピーカーは井上智治氏でビジネス・コンサルタントの傍ら、プロ野球の東北楽天イーグルスのオーナー代行も務めておられる。楽天を離れては、日本野球機構副会長とパ・リーグの理事長も兼任しておられる。日本興業銀行に勤めていた当時のオーナー・三木谷浩史会長兼社長とは、そのころから親しくビジネス・コンサルティングを一緒にやっていたという。きっと三木谷氏の信頼が厚いのだろう。
野球界では素人である井上氏が、どうやって新興チームの土台を固めて球団経営を黒字に導くことが出来たのか、という点に大いに興味があり聴講した。
井上氏はプロ野球界の内情とその常識にまで踏み込んで話され、目から鱗の話もあり、興味溢れる内容だった。プロ野球機構の問題点と、経営努力を怠ってきた過去の野球界、日米で違うビジネスモデルについて興味のある話がたっぷり聴けた。日米球界の経営モデルで最も異なるのは、アメリカがリーグ全体の発展と繁栄に目が注がれ、経営的に苦しい球団に対して連盟が支援するのに反して、日本のプロチームは自分たちさえ潤えば良しとして球団同士の間にあまり助け合いとか、協調性のない風潮があることである。
最も刺激的な話は、日本のチームにはチームオペレーションは当然考えられているが、ビジネスオペレーションと球場オペレーションの発想がまったくないと言われたことだ。その点で井上氏は楽天を当初からその2つのオペレーションを取り込んでトータル・オペレーションを推進してきたと話された。従来読売巨人軍が圧倒的に好営業成績を残してきたが、それでも巨人軍にはチームとしての営業活動、つまりトータル・オペレーションなぞ考えられていなかった。球場オペレーションでは、それは㈱東京ドームに抑えられていたからだと説明された。
それにしても、昨年12月の評論家・田原総一朗氏のような社会問題とか政治、外交問題ばかりでなく、こういうスポーツの経営に関わるテーマは気楽に聴けて、興味も深まるものだと実感した。
今日プロ野球日本ハム・ファイターズのエース・ダルビッシュ有投手の、MLBテキサス・レンジャーズへの入団が決定した。彼の投手としての実績は人後に落ちることはないが、驚くのは今日合意に達した高額な契約金である。日本人選手として過去最高額というその金額は、6年契約で何と6000万$、日本円にして約46億円というからびっくりである。偶々井上氏のMLBの話を聴いたせいもあるが、こんな不景気でもうまくやりさえすればプロ野球は儲かるのだ。
さて、民主党の行政改革調査会は現在の102独法を65法人に減らし、17の特別会計を11特会にする統廃合案をまとめた。果たしてどれだけ実際に実行することが出来るか。今俎上に上がっている議員定数削減でも試案としては、小選挙区5減、比例区80議席削減が数日前決まったが、これだって早くも野党の駆け引きによって実際実行されるのかどうか怪しいものである。民主党のアイディアと計画はいつも計画倒れに終る。政権政党としてその実行力には疑問符を付けざるを得ない。
1808.1月18日(水) 東大、秋入学に全面移行か?
今朝の日経と朝日夕刊の一面トップは、いずれも東大の秋入学への移行記事である。話は前々から出ていたし、早稲田大商学部で実際に一時期実施していたので、それほど驚くほどのことではないが、テレビでも取り上げるほど話題を集めたのはなぜだろうか。
われわれの感覚では、教育期間というのは桜の時期である4月に入学し、3月に卒業するのが馴染んでいる。どうして現在の入学時期を敢えて半年も遅らせるのかと言えば、今のままでは日本の大学がグローバルな競争に勝てなくなったからだという。世界の大学の入学期はほとんど9月である。どうしても日本人の学生で欧米への留学を希望する者にとっては、他の秋入学国からやってくる学生より不利であることは間違いない。事実東大自体が世界大学ランクで年々その番付を落としている。その点に危機感を持った東大が、春入学を廃止し、国際標準である秋入学への全面移行を求める中間報告をまとめた。
さて、こうなると東大の結論はそれで良しとして、東大だけが突出する大学の制度で、制度自体が今後機能するのか。学生を受け入れる企業の立場もいろいろ思惑があってそれぞれの考えがあるようだ。年間春と秋の2度も就職試験を行うのは、企業にとっても負担であるに違いない。ただ、海外への留学生で優秀な学生を採用出来ると評価する声もある。私が心配するのは、東大だけがこの制度移行で良いのかどうか。下級学校の六三三制度をこのままにして良いのだろうか。また、東大生だけが、4.5年~5年も在学することになり他大学生より1年遅れることになるが、その点はどうなのか。
どうも理解出来ないのは、こんな大事なことを実行しようというのに文部科学省の顔が一向に見えないことだ。仮に大学入学時期を半年ずらすだけに留まらない。日本の会計年度というのは、毎年4月に始まり翌年3月に終る。すべてのスケジュールがこの会計年度を基準に実行されている。そうだとするなら、学制のみならず企業の会計年度も含めて、国の会計年度も移行することを検討すべきではないだろうか。現在の状態を見ると、東大だけに宿題を課して文科省は対岸の火災視である。これだけの大きなテーマを扱うのに、国がまったく関与していないのは少々無責任ではないだろうか。この先どんな結論が出るのだろうか。
1807.1月17日(火) 阪神・淡路大震災から17年
今日は阪神・淡路大震災が発生してからちょうど17年目に当たる。中心地の神戸では、鎮魂を祈る慰霊行事を始めとしていろいろな催しが行われた。昨年の東日本大震災と連携した取り組みも行われたようだ。各テレビ局でもいろいろ趣向を凝らした取り上げ方で、震災に立ち向かうための現実的な試みや心がまえを紹介していた。
その震災の影響で原発事故を引き起こした東京電力が今日、震災後火力発電に注力したために経費が膨れ上がったので32年ぶりに値上げを申請すると、無神経な発表をした。昨年西沢社長が近々値上げをしたいと思っているが、電力会社にはその権利があると臆面もなく不遜な発言をして、各界から広く顰蹙を買い、経産省からも苦言を呈せられた。手厳しい反発に懲りたのか、今日の西沢社長は意外に神妙な態度で会見に応じていた。
しかし、はっきり言うと東電の社員は元々高い給与をもらっている。少しでもその高給を削りコストを減らすという発想は生まれてこないものか。今課題となっている消費増税に対しても、政治家も公務員も自ら身を削ることを求められている。実際今度ばかりは、国会議員数の削減と公務員給与削減を実施せざるを得ないだろう。ひとつの案として、国会議員数は小選挙区で5名、比例代表区で80名の削減が検討されているようだ。公務員給与の引き下げも、昨年は見送られたが、今年こそはそう甘い汁を吸うわけにはいくまい。
それに引き比べ、民間会社とは言え、役所と同じように経営が安定して高い碌を食んでいる国策会社の東電社員から、身を削るというような話が聞かれないのは片手落ちではないか。企業年金に手をつけるという話も聞かない。自分たちの権益だけは、断固として守ろうとする。やはり半官半民の会社は楽なものである。普段からこんな調子だから、簡単にやりやすい値上げに頼る。取りあえず電力使用量の多い企業の電気料金を17%程度値上げするという。この根拠もはっきりしない。そして一般家庭用電気料金も、値上げしようという腹積もりのようだ。
重大な原発事故を引き起こしたという責任を負う東電は、まず自ら自分たちにかかるコストの削減を行うべきであり、その後に値上げするならその科学的にして数字的な算出根拠もしかと明示すべきであろう。一方的な値上げは到底容認出来ない。
1806.1月16日(月) ホルムズ海峡海上封鎖が心配だ。
今世界的に不安定な財政問題から信用不安が俎上に上がっているが、政治的、外交的にも問題が山積している。
イランの核開発に対する国連決議にも拘わらず、イランが核開発を進めたことに対して、アメリカが経済制裁を強め、それに同調してEU諸国もイランに対する経済制裁を課し、イランの原油購入を控えることを決めた。アメリカはわが国に対しても、イランから原油を購入することを控えるよう圧力をかけてきた。日本政府は提案を受け入れ、他のアラブ湾岸諸国から購入する意向を示した。
問題は、あちらがダメならこちらからと簡単にはいかないことだ。政府は早速サウジ・アラビア政府と貿易交渉を始めた。ところが、それよりもっと深刻なのは、イラン政府が他国の原油を積んだタンカーが通るホルムズ海峡を封鎖すると発表したことである。これでは折角他の湾岸諸国から石油を仕入れてもそれを日本まで運んで来ることが出来ない。喉元を押さえられたのでは、話にならない。更なる問題は、アメリカがもしイランが海峡を封鎖したら武力を行使すると述べたことである。
しかし、イランにとってもホルムズ海峡封鎖によってタンカーの航行を止めることは自らの首を絞めることにつながり、自国経済にとっても苦しく痛し痒しである。ましてや自国の原油を輸出出来ないことになれば、外貨がまったく手に入らなくなる。結果的に徐々にボディ・ブローが効いてイラン経済にも悪影響を与えるようになる。
日経朝刊「私の履歴書」に現在トニー・ブレア元英首相が執筆している。今朝はこんなことを書いている。在任中の1999年アメリカで「国際共同体の原則」として、「独裁体制を打倒する介入は、われわれに直接の脅威がない場合でも正当化できる」と提唱したという。ブレアは、コソボ紛争で民族浄化の名の下にセルビアが民間人の虐殺を行っている事実を見逃すのは道徳の問題と考えた。これがNATO軍による空爆となり、その後地上軍の投入も検討したことによってセルビア軍はコソボから撤退した。この強硬策がブレアの「力の対決」のバックボーンになっているようだ。
今ブレアのイギリス人的セオリーに従えば、イランのホルムズ海峡封鎖に対抗して武力行使も辞さないという論理が生まれてくるのもむべなるかなと思う。それは安易に戦争を呼び、石油は高騰し、景気が一層悪くなるという悪循環を生むことになる。ブレア流「力と力の対決」構想は、今日の現実社会で果たして世界平和に貢献出来るだろうか。
昨日のヨーロッパ国債の格下げに伴うユーロの信用不安により、今日ユーロ相場が急落した。円に対するユーロは11年ぶりの安値となった。イタリア国債の2段階格下げに合わせるように、昨日イタリアの豪華大型客船が座礁して多数の死傷者を出したが、船長がイの一番にトンズラしたというから冗談にも程がある。まったくスカッとしたニュースが聞かれない。
1805.1月15日(日) 世界のリーダーを選ぶ選挙の1年
今日は父の命日である。10年前に93歳で亡くなった。割合母が早く逝ったので、父は20年近く鵠沼の広い屋敷にひとりで生活していた。会社を退いてからは静かな鵠沼の地に馴染み、湘南地方の環境が気に入って自由気ままな生活を送り、近所に所帯を持っていた弟や妹がいろいろ世話をやいてくれていたとは言え、やはりやもめ暮らしは寂しかったに違いない。
生前あまり親孝行らしいことはしてやれなかったが、それでも私の旅行の話を熱心に聞いてくれた。一度は私の企画したヒット商品・ツアーにひとりで参加したが、生憎旅行先で体調を崩し、途中でひとりJALに面倒をみてもらいながら帰国したことがあった。もっと親孝行をしてあげられれば良かったと思っているが、すでに後の祭りである。来月初めに弟夫婦、妹夫婦とわれわれ夫婦で七里ガ浜の鎌倉プリンスホテルで食事をともにすることになっているが、何の不安もなくのんびり暮らしていた鵠沼時代の生活について話題が尽きないことと思う。
さて、今年は世界リーダー国のトップの選挙、或いは選挙なしの交替が行われる。交替が決まっているのは、中国の国家主席が胡錦濤氏から習近平氏への政権移譲であるが、昨日台湾のトップを決める、総統選挙が行われ接戦を制して現職の馬英九国民党主席が、対立候補である民進党の蔡長廷氏を破り再選された。結局対中関係改善への支持が強かったということだ。今回の総統選挙では、早くから中国との付き合い方、つまり中台関係にどう取り組むかが大きな争点だった。深まりつつある中国との関係の中で、馬氏がこれまでの安定した中台関係の過程で経済が発展したことを訴えたのに対して、蔡候補は台湾独立志向を明確に打ち出していた。結局現状の中台関係が生み出す経済的なメリットが高く評価され、馬総統を再選することになった。中国政府はほっとしているようだが、意外にもアメリカ政府も「この数年の両岸関係改善の素晴らしい取り組みが続くことを期待する」との声明を出した。中台関係にさしあたって緊張感が生まれないことを期待してのことであろう。
これから3月のロシア大統領選、5月のフランス大統領選、8月の韓国大統領選、そして11月のアメリカ大統領選へと続く。その都度世界の株式相場、ひいては景気が左右されることもあり得る。どうやら落ち着かない一年になりそうである。
1804.1月14日(土) ベオグラードで演奏される慶応義塾塾歌
ベオグラードに住む友人の山崎洋さんから大きな封筒に入った手紙をもらった。封筒の中に手紙とセルビアの日本語観光パンフレットが入っていた。日本人バイオリニストとしてセルビアで活動している豊嶋めぐみさんと東江(アガリエ)貴子さんのピアノ伴奏によるコンサートが、いよいよ3月14日にベオグラードで開かれるとの連絡だった。「海ゆかば」の作曲家・信時潔が好きな豊嶋さんへのリクエスト曲として、信時が作曲した慶応塾歌を演奏してくれることになったとの知らせで、私にもぜひベオグラードへ来て聴いて欲しいとの内容だった。信時潔の曲を各地で演奏している豊嶋さんに山崎さんが、塾歌をベオグラードでも演奏してくれるよう個人的に頼んでいたものだ。
山崎さんにはゼミの友人でアマチュア・チェリストの赤松晋さんから塾歌のテープと楽譜を提供してもらい送ったところだ。3年前に信時が生涯を終えた東京・国分寺で、豊嶋さんの演奏を聴いたが、その時は「海ゆかば」をしんみり聴くことが出来た。だが、残念ながら塾歌を聴くことは出来なかった。「海ゆかば」については、慰霊祭などでこれまでにも度々聴いている。やや重苦しい感じがするが、中々良い旋律で心に訴える素晴らしい曲だと思う。尤も詩は大伴家持というのだから、聴いていてしみじみ心に響くのも当然だろう。だが、大東亜戦争への協力の歌と誤解されることもあり、一部地域では演奏を断られることもあるという。
手紙によれば、塾歌は良い曲だそうだが、芸術性の点ではやや問題があるように書かれていた。是非来いと言われても、一寸準備が間に合わないし、現在痔の治療中でもある。彼はセルビアの世界遺産・ストゥデニツァ修道院とソポチャニ修道院を案内してくれると言うが、今回出かけるのは難しいと思う。
シューマン、モーツァルト、バッハの名曲と並んで「海ゆかば」と塾歌が演奏されるようで近くなら何が何でも駆けつけるところだが、一寸今回ばかりは現地へ行くのは諦めざるを得ない。
さて、今日はけたたましかったり、慌しかったり、メディアからのニュースは目まぐるしい一日だった。11日に広島刑務所から脱走した服役中の中国人殺人未遂犯が昨日広島市内で捕まった。凶悪犯で狭い広島市内を逃げ回っていたので、メディアが過剰なまでに反応して大騒ぎだった。逮捕されてやれやれである。刑務所が工事中だったとは言え、その監視体制はお粗末としか言いようがない。加えて直前に監督官庁の法務大臣が、この件ではなく内閣改造で辞めることになったが、これは偶然だろうか。
国際的には、アメリカの格付け会社、S&P社がフランスなどヨーロッパ9カ国国債の格付けを引き下げた。一瞬まさかと思った。これまでフランスの財政はあまり不安視されていなかったと思う。それが、ここへ来て一転危ういと判断されるようになった。フランスとともにオーストリア国債も引き下げられた。危険水域にあるイタリア、スペイン、ポルトガルは2段階の引き下げである。この影響は、外貨稼ぎのドル箱であるアテネのアクロポリスの閉鎖で見学出来なかったり、ローマのコロッセオの壁が崩れたり、観光面でも様々な弊害が現れている。この状態が更に進むとユーロ圏の分裂へ発展しかねない。
一体いつになったら、この世界経済不況の状態から脱出することが出来るのだろうか。暗澹たる思いである。
1803.1月13日(金) 野田改造内閣発足
野田改造内閣が発足した。改造の大きな目玉は、前幹事長の岡田卓也氏を副総理として迎えたことだろう。消費税増税論者の岡田氏が持論を通して正面から増税を国民に訴えるようだ。こうなると増税反対の小沢一郎氏との対立も再び起きてくるのではないだろうか。
政権発足以来4ヶ月が経過した時点で、先月問責決議された二人の閣僚もこの機に退任することになった。そのひとり、一川保夫・防衛大臣は就任時のノー天気な発言に加えて、その後も沖縄県民を怒らせる無責任な言動で顰蹙を買っていたが、退任確実になった3日ほど前にモンゴルへ公務出張している。当然安保問題の打ち合わせのために、モンゴル国防省と会談をしている。まもなく辞める大臣が、防衛問題について政府間で外交交渉するという話はあまり聞いたことがない。この神経を疑いたくなるような非常識なパフォーマンスを仲間内の誰一人として取り止めるよう忠告したり、諌める人物がいないことが情けない。これはモンゴル政府に対しても礼を欠くことになるのではないか。民間企業なら絶対あり得ない。事柄も費用もまったく無駄にするわけだが、この問題について当人はもとより、出張命令を発令した野田首相は何を考えているのか。野田首相の本当の気持ちはどうなのか。はっきり国民に説明すべきだと思う。
野田総理以下18閣僚の第2次野田内閣の中にも、最早私より年長者は1歳年上の前田武志・国交相だけになってしまった。若い閣僚の中でも私の見るところでは、玄葉光一郎・外相、安住淳・財務相、小宮山洋子・厚労相があまり実績を上げる活躍をしたようには見えない。彼らの力量と実績が気になって、交替もあり得るとみていたが、留任だった。もうひとふん張りしてもらわないと、次の改造では離任ということも考えられる。
さて、今夕の日経紙に興味深い予測が載っている。イギリスの大手銀行HSBCが発表したもので、それによると2050年の世界経済規模ランクは、国内総生産(GDP)で中国がアメリカを抜いて世界一になると予測している。この他にもわが日本がインドに追い抜かれて第4位に落ちている。この判定は、ややアジア諸国を高く評価しがちで、フィリピン、インドネシアがベスト20に入っている一方で、ヨーロッパの中で堅実な北欧や、小なりとも1人当たりGDPの高いルクセンブルグや、ニュージーランドが20位以内にも入っていない。どこまで信用して良いのか分らないが、こういう見方や判断基準も世界のプロの中にもあるのだと考えると面白いものだと思う。
最近民主化の兆しが見えてきたビルマで、今日収監されていた受刑者651人が釈放された。その中にかつて当時のトップ、タン・シュェ氏と力関係でつばぜり合いを演じていた、元首相キン・ニュン氏が含まれていた。ビルマをよく訪れていた20年前ごろには、ビルマでネ・ウィン大統領の後継者と目されていた一人だった。いつの間にか失脚して自宅軟禁処分だったようだが、そのキン・ニュン氏も今日解放となった。久しぶりに見るキン・ニュン氏の笑顔である。
これでビルマの民主化に拍車がかかるかというとそう楽観は出来ない。1988年の反政府デモで中核となって活動した学生グループのリーダーが解放されたのは可としても、財政的に苦しいビルマ政府が欧米先進国の経済封鎖を解いてもらう条件のひとつである全政治犯の釈放ということから、万止むを得ず取った一時的な措置のような気がしてならない。依然として民主化運動に関わった活動家500~1500人が今なお収監されているという。早く民主化されたビルマを見てみたいものである。
1802.1月12日(木) 日本とアメリカの政治的風土、土壌の違い
今秋のアメリカ大統領選挙に向け、3日共和党アイオワ州党員集会でロムニー前マサチューセッツ州知事が勝利を収めた。10日にはニューハンプシャー州で予備選挙が行われ、ここでもロムニー氏が勝ち次期大統領へ向けて順調な滑り出しをしたように思える。
ところで、今日池上彰氏のテレビ解説で知ったことであるが、アメリカ独立以来歴代44人の大統領の内、J.F.ケネディのカトリックを除き、他の43人は悉くプロテスタントだという。アメリカ大統領と言えば宗派的にはこれまでプロテスタントだったのである。それがロムニー氏に限ってはモルモン教徒である。ケネディの場合は、アイルランド系移民の血を継いでいたので、カトリックと聞いても理解出来る。それが全アメリカ国民の僅か1.7%しかいないモルモン教だとすると、ロムニー氏は宗教的立場から言えば、ほとんど大統領の目がないとも言える。果たしてロムニー氏は、世評を覆すことが出来るだろうか。
アメリカのモルモン教と言えば、ストイックなほど堅実な生活を送り、酒もタバコもコーヒーのような刺激物も嗜まないことで知られるし、収入の内1割を所属する教会に寄付する。布教のためにかかる経費はすべて自己負担である。ユタ州ソルトレイク・シティにあるモルモン教本部を2度ばかり見学したことがあるが、信者が誇る「モルモン教ここに誕生」の記念碑‘THIS IS THE PLACE.’MEMORIALを本部サイト内で確認したことがある。ある意味で極めて真面目で奉仕的な考え方で、それを忠実に守っているのは相当真摯な性格だと思う。
それに比べると、残念ながら日本の一部の政治家の中には、不真面目で、人を欺いてまでしても利便を得ようとする悪辣な政治家が多いのには毎度のことながらうんざりである。
直近では、一昨日、昨日と2日間政治資金規正法違反の罪で強制起訴された小沢一郎・民主党元代表に対する裁判である。細かいことは省略するが、この小沢氏の感覚は国民の普通の常識とはまったくかけ離れたものである。これまでの裁判の過程、憶測、小沢氏周辺の発言、偽証罪による立件などから推して、私にはどうも小沢氏がウソ八百を並べているのは間違いないように思えて仕方がない。天下国家以外は関心がないとの不遜な言動には、まず自らの襟を正せと言いたい。小沢氏にこれ以上天下国家を論じられては、迷惑を蒙るのは国民である。さっさと政界を去るべきが、現在小沢氏が出来る唯一のことではないのだろうか。資金力に任せて名うての実力派弁護士を雇い入れ、守りを固めるのは立場上理解出来ないこともない。
しかし、例えば弁護士というのは正義を主張し、世の不正を暴き、無実の罪を負わされた気の毒な人々に救いの手を差し伸べる人道的行為が原点であった筈だ。その意味では、悪のお先棒を担ごうとする同根の弁護士があぶく銭に血迷い、悪の道を突き進む小沢氏を手助けしようとする行為は、どうも正義という観点から納得出来ない。
一部にせよ小沢氏のような政治家が生まれる日本の政治的風土は宗教観がないからだけではないように思える。その点では、アメリカの大統領の方が、日本の政治家より遥かにクリーンですっきりしているように思う。
1801.1月11日(水) 梅棹忠夫先生の教えに学ぶ。
一昨年7月「知的生産の技術研究会」特別顧問だった梅棹忠夫先生が亡くなられた。先生と直接お話したことはないが、長年同研究会の活動に参加してきて、先生の遺徳というか、業績に触れて、時代の一歩先を歩まれ、われわれに現代社会で学ぶべき基本を教えていただいたと感じている。昨年大災害をもたらした東日本大震災と、その後の原発事故についても梅棹先生はある程度予感していたのではないかと思える節が、先生の言動の中に窺がえる。先生は文明の進化は脅威とも成り得るとまで仰っていた。
今月2日に放映されたNHK・教育テレビ「暗黒のかなたの光明~文明学者梅棹忠夫がみた未来~」でこんな言葉が紹介された。
「文明はすすみます
これはブレーキをかけても
なかなかとまりません
どんどんとすすんでゆく
いままで文明というもの
人間が自然を征服して
ひとつの独自の世界を
地球上に構築しえたとおもっていた
ところがそれはまったくの
まちがいであったということです
じつはわれわれは文明を
すすめることによって
自分の墓穴をほっていたんだ
文明というものは
まさにそういう自分自身の存在の基礎を
ほりくずすことによって
成立しているような
まことに矛盾にみちたものなんだ」
これは梅棹先生が今から40年以上も前の1970年に書いた「未来社会と生きがい」の中のメッセージというか、感想といおうか、冷徹な分析の一節である。先生は東日本大震災も福島原発事故も先刻お見通しで、人類のうぬぼれを戒め、謙虚に生きることをこの至言の中に匂わせていた。
探検家としてもフィールドワークにひとつの学問的分野を切り開いた先生はこうも言っておられた。「自分の足で歩き、自分の目で見て、その経験から自由に考えを発展させることができる」と。象牙の塔に籠ることなく、実践的に自然の中を歩き、人間は自然界とともに生きるべきだと主張された先生の真骨頂が窺がえる。
僭越であるが、正に私自身も実際に山を歩き、海外をひとりで行動し、自分なりの行動力学のようなものを会得したと思っている。「まずひとりで行動せよ!そして考えよ!」、そして「若い時にこそ収穫の多い途上国へ一人旅して、五感で現場に漂う生の空気と臨場感をつかんでほしい」と後輩たちに常々語っているのも、今どきの若者がフィールドへ出て身体で自然に触れることや、海外へポジティブに出かけようとしない消極的な姿勢を心配しているからである。
梅棹先生は亡くなられたが、今もその思想は脈々と生き、新鮮さを保っている。
1800.1月10日(火) 世界の経済不況は大丈夫だろうか?
このブログの書き込みも今日で連続1800回目と区切りのよい回数を数えることが出来た。2007年5月に第1回をスタートさせてからよくぞ1日も途絶えることなく書き続けて来られたものだとわれながら感心し、誰かさんの言葉ではないが、「自分で自分を誉めてやりたい」。今年夏には2000回というもっとスッキリした節目になる。いつまで続けられるか分らないが、気持ちが続く限りは誰から何と言われようと書きたいことを書き続けて行きたい。
今年も年初から国内外の景気がぱっとしないニュースばかりが伝わってくる。その最大の原因は、ヨーロッパの財政不安である。今夜NHKの「クローズアップ現代」で通常の30分を75分に延長した拡大版でも、専門家がヨーロッパの他にアメリカの不況も大きな要因に挙げていたが、その理由として金融機関の市場における機能しない機関投資家的行動を挙げていた。アメリカ連邦銀行(FRB)は資金を市場に供出しているが、それが企業や消費者まで行き渡らず、金融機関内に滞留していることが経済を活気づかせない原因と断定していた。ある外国人アナリストは、アメリカの銀行は投機家ではなく投資家にならなければいけないとコメントしていたくらいである。金融資本主義がだめになったと悲観的な見方もしていた。
ヨーロッパではギリシャ経済が相変わらず不安材料であるが、ここへ来てイタリアの財務状況がいよいよ危なくなってきた。ギリシャ救済の際、ギリシャには認めた比較的緩い救済策をイタリアには適用しなかったからだとも言われている。その結果、イタリアには2月から4月へかけて総額で1000億ユーロの国債償還期限が来るという。日本円に換算すれば、10兆円を上回るくらいの規模である。これがヨーロッパ全体に影響を及ぼしたのか、ハンガリーの様子が一寸おかしくなってきた。現在ドイツとフランスの間では首脳会議が行われている。何とか効果的な対策を講じて乗り切ってほしいものである。
さて、今日からラスベガスで家電製品の見本市が開かれている。かつては、ソニーやパナソニック等日本企業の独壇場だったが、大分様子が変わってきた。今年はテレビ市場で世界のシェアで1位と2位を占めているのは、サムスン、LGら韓国企業であり、ソニーも新型製品を発表しているが、外国記者の評判は従来の殻から抜け出ていないとあまり芳しくない。世界に冠たる技術力と販売力を誇った日本メーカーも、円高不況の中で落日を迎えてしまったようで何とも寂しい限りである。家電製品だけに限らず、今では車も韓国企業の追い上げが激しく、このままだと製造業はみんな韓国にやられてしまう。何とか日本企業も誇りと力を取り戻して欲しいものである。
そんな中で嬉しいニュースは、今日チューリッヒで女子サッカー「なでしこ・ジャパン」の中心選手である澤穂稀選手が国際サッカー連盟(FIFA)の2011年度世界最優秀選手に選ばれたことである。佐々木則夫監督も女子チームの最優秀監督に選ばれた。日本人としてはもちろん、アジアでも世界一に選ばれた選手は初めてである。あまり明るいニュースがない中で、久しぶりにほっとする、元気をもたらすニュースである。天晴れである。
1799.1月9日(月) 小松左京著「日本沈没」を探し歩く。
今日は成人の日である。昔は成人の日と言えば、1月15日に決まっていた。それが1月の第2月曜日なんていう欧米スタイルに変わってからちょっとぴんと来なくなった。今年成人になった若者は全国で約122万人を数えるが、過去最少だという。少子高齢化現象がこんなところにも現れた。
今年も全国で新成人を祝う催しが行われた。毎年のことだが、折角祝ってくれるのに各地で暴れまわるバカな若者が出没して困る。沖縄や広島では毎年決まって新成人がピカピカの正装を身につけ公衆の場で警官隊ともみ合っているが、未熟でも大人になったのだからもう少し真っ当な自己主張をしたらどうかと思う。震災被災地の成人が割合素直に大人になるに当って、心構えや決意をしっかり述べているのに対して、ルールを破り周囲に迷惑をかけ暴力を揮う彼らの甘ちゃんぶりは些か度が過ぎる。私なんか20歳の成人式は、出席したくとも浪人2年目の受験追い込み期で父から浪人3年は認めないとプレッシャーをかけられ、暢気にお祝い行事に出席している余裕なぞなかった。
午後書籍を借りに近くの目黒区立八雲中央図書館に出かけたところ、併設しているパーシモン・ホール前は新成人が取り巻き、図書館に入りにくかったほどで、ここには華やいだ雰囲気が漲っていた。彼らの前途は洋々としているはずだが、相当な苦難も予想される。挫けずに未来を切り開いてほしいと願う。
さて、図書館で借りようと思っていた書籍は、かつてのベストセラーである小松左京の「日本沈没」だ。同じ小松の「復活の日」は読んだが、小松の名を不滅にしたのは、むしろその前作「日本沈没」であり、東北大震災の翌日の韓国・中央日報紙が「日本沈没」と報道し被災者の気持ちを傷つけたとして物議を醸し、12月27日付同紙で反省・訂正公告を出したほど書名のネームバリューを利用された著名な書だ。先日日経紙「春秋」だったと思うが、トラック島が「日本沈没」に出てくると書かれてあったので、この機会に読んでみようと思った。
ところが、小松左京が昨年亡くなり、また震災によるイメージのタイミングもあったのだろうか、その「日本沈没」が借り出されていて書棚に見つからない。図書館の係員に調べてもらったところ確かに借り出されていて、今でもウェイティング・リストに20人もの名がリストアップされていると聞いて、借りるのを止めた。その後東横線都立大学駅前の書店で同書を購入しようと思ったが店頭になく、自由が丘駅前の書店で尋ねてもなく、結局今日のところは引き上げることにした。
実は、昨年末以来エッセイ「トラック島の日系大酋長が見せた大和魂と謎」を、もう少し膨らませて出来れば単行本にして上梓したいと考え、内容を膨らませようとしている。トラック島についてももう少し情報を盛り込もうと考えている。佐々木信也さんからもう一度話を伺い、高橋ユニオンズ時代の試合の裏話などを聞きたいと思っている。更に森喜朗元総理にももう一度お会いして、父上の話を伺い、写真も拝借したいと考えている。アイザワ大酋長についても生前お付き合いのあった兼高かおるさんにももう一度会ってこぼれ話などを詳しく聞きたいし、フリッツ・ミクロネシア大使からも大酋長の家族関係についてもっと詳しく聞いてみたい。そして出来れば私自身30年ぶりになるだろうが、もう一度トラック島を訪れ、大酋長の肉親に会ってみたいとも考えている。何とか内容的にも面白く、楽しいドキュメントに仕上げてみたいというのが今年の抱負である。
ところで、昨晩からNHK教育テレビで「日本人は何を考えてきたのか」と題する12回シリーズが始まった。第1回は「日本人はどこへ行くのか-福沢諭吉と中江兆民」だったが、大変興味深い内容と構成だった。福沢と中江のそれぞれ異なる民主主義へのアプローチ方法と日本の民主主義の過程を、専門家による分析で分り易く解説してくれた。考えるに福沢の「脱亜論」は、純粋に朝鮮の民主化について持論を披瀝し、持論を実行したのに運悪く誤解を呼ぶ結果になり、福沢にとっても忸怩たる思いであっただろう。福沢が官職に就かずしきりに言っていた「一身独立して一国独立す」に対して、国会議員になった中江の「文明に優劣はない」の言葉が印象に残っているが、中江兆民が晩年に語った「わが日本 古より今に至るまで哲学なし」の言葉は、今日の政治家の姿も映し出しているように思う。二人は同じ1901年に福沢66歳、中江54歳で世を去っている。中々の好企画であり、次週以降も期待したい。
1798.1月8日(日) 王さん一族の箱根旅行が懐かしい。
今朝のTBS「サンデーモーニング」で、番組レギュラーの張本勲氏が今日のゲストに迎えたのが「世界のホームラン王」王貞治氏で、司会の関口宏氏が王さんに正月のスポーツについて尋ねた際、王さんは毎年箱根駅伝を楽しみにしていて、国道1号線脇で選手を応援していたと応えられた。今では現場で応援することもなくなったようだが、実はかつて毎年その王さん一族の正月の箱根の宿泊施設と交通機関の手配や、海外旅行など旅行関係一切を長年に亘ってお世話していたのが、誰あろうこの私だったのである。
2008年12月に親しくしていただいた医師の兄上・王鉄城先生が亡くなられ、その後お母様が亡くなられて、今では王一族の親類縁者が全国から集まる箱根の懇親の場はなくなってしまったようだ。最盛期には30人を超える王家の人々が参集された。一族のハワイ旅行でも20人近い方々が参加した。やはりその当時から一族が集まる求心力となっていたのは、面倒見のよい鉄城先生だった。今日王さんには箱根に泊って駅伝を応援されたことが正月の楽しみだったと言ってもらい、お世話した立場としては嬉しい気持ちでいっぱいである。鉄城先生の奥様から今年も年賀状をいただいた。あの優しかった鉄城先生が亡くなられて3年余が経ったが、今でも心にぽっかり穴が開いたようで寂しい気持ちである。
さて、昨日取り上げた原発の廃炉に関して、北海道電力泊原発のある青森県泊村では今月10日に村長選挙の告示があるが、原発推進派の現職・牧野浩臣村長に対する対抗馬が立たず、村はこのままずるずると原発稼動を容認することになりそうだ。反対派も村内外から立候補者を擁立しようとしたが、適任者が見つからず、このままだと村は40年廃炉を睨んだ原発稼動を容認し、その後村の財政をどう支えていくかということが大きな課題として残される。現在村議会はほとんど原発容認派議員で構成され、本音はともかく村にとって原発の交付金をいただかないことには村自体が立ち行かない苦しい内情がある。全歳入の約6割が原発がらみの交付金で、加えて人口1900人弱の村の労働人口のかなりの数が原発関連企業に雇用を頼っている状態である。最早この小さな村は、原発なしには財政的にやっていけない組織構造になってしまった。こういう自治体にとっては、政府の40年原発廃炉期限で見捨てられてしまうのではないかとの危惧が拭いきれない。実際このまま切り捨ててしまっても良いものだろうか。気になることである。
昨日年末に注射してもらった痔のその後の様子を診てもらった。良くなっているがもう少し経過をみてみたいとのことで、座薬と軟膏を患部に擦り付ける処方をしてもらった。その帰りにクリニックの隣の書店を覗いたところ、あの田原総一朗氏の著書「日本人は原発とどうつきあうべきか」(PHP刊)が平積みになっていた。これには「『脱原発』こそ無責任だ!」の帯文が書かれており、あっ!やはり田原氏は原発賛成派だと合点がいった。昨年11月16日のペンクラブ主催「脱原発を考えるペンの集い」で、喚きながら発言した袖井林二郎・法政大名誉教授が、その田原氏を名指しで「ペンは殺人者を会員として認めるのか」と過激な質問があった。どうやらこの著書により田原氏の持論・原発賛成が明らかになった。
早速「知的生産の技術研究会」理事長・久恒啓一多摩大学教授にメールで連絡する。今月4日に久恒理事長が袖井教授の著書についてブログにコメントされていたので、その袖井教授の最近の奇異な行動について書き込んだところ、久恒理事長から袖井教授は元気なのかどうかを尋ねてこられたからだ。
それにしてもかつてはリベラルで岩波の月刊誌「世界」でも一家言持って提言し、多くの若者を惹きつけた袖井教授の人間が変わったかのような派手で特異なパフォーマンスには、些か戸惑いを憶え呆気にとられる。尤も袖井教授の論稿をむさぶり読んでから、早くも半世紀が経過したので、それもある面では無理からぬことだろうか。
今日国立競技場で、今年の全国大学ラグビー決勝戦が、2日の準決勝に勝った天理大と帝京大の間で行われた。準決勝とは打って変わって熱戦の末帝京大が15-12で勝ち、3連覇を飾った。相変わらず決勝戦にしては観客が少なく、実質入場者の統計をとってから最少だそうである。やはり伝統校が戦わないと試合内容はともかく、人気のうえではダメなのだろうか。
1797.1月7日(土) 原発は40年で原則廃炉
昨晩NHKテレビで「世界街歩き・イギリスの古き港町ウィトビー」を楽しく観た。旅番組ではあるが、敢えて観光地らしさを紹介するというより、そこに住む人々に気軽に話しかけながら、彼らの生活にアプローチしてその土地の特徴を紹介しようという試みである。世界各地の路地裏まで入り込み、土地の人々にさりげなく接する構成で、わざとらしさがないのが気に入っていつも楽しみにしている。中には過去に訪れた都市が紹介されることがあり、そのような時には懐かしく観ている。
ここで閑話休題。このウィトビー港近くにコーヒーや軽食を販売している屋台がある。そこで気がついたのだが、その屋台の看板に‘HOT DOGS’と‘TEAS’と大きく書かれていたが、この‘TEAS’は何だろう? ‘TEA’をそのまま複数にしているようだが、文法的にそれで良いのだろうか。ここは単数のまま‘TEA’と書くか、或いは複数なら‘CUPS OF TEA’の方が良いのではないだろうか。英語の本場で英文法の基本にもとる表現を見るとは意外だった。
さて、昨日政府は細野豪志・原発事故担当相が、原子炉等規正法など関連法案の概要を発表した。それによると初めて原子炉の寿命を法律で決め、運転開始から40年が経過したら原発を原則廃止にすると公表した。但し、40年が経過しても厳重なチェックを受けて認められれば、再稼動は可能だという。アメリカでも一応40年をひとつの区切りにしているようだが、40年経ったからすぐ止めるというのも、そう簡単にはいかないようだ。日本でも早速電力会社から、疑問の声が上っている。経営基盤を揺るがすような法制化であり、俄かには納得出来ないのだろう。福島第一原発の事故以来、各地に原発に対する強い拒絶反応が表れ、再稼動、新規工事は極めて難しくなっている。電力会社にしてみると、安全対策を充分に講じたうえで、何とか少しでも延命策を図りたいところだろう。
一方、原発立地の自治体の胸の内は別の意味で複雑なようだ。特に、交付金を受けている自治体にとっては死活問題である。全国最多の原発を抱える福井県では、西川一誠知事が40年で一区切りとする考えは、県が進める老朽化対策や福島事故後の要請を踏まえていると、本音を抑えながら苦しいコメントを述べている。美浜原発を抱える美浜町長の如きは「例外で延長運転が認められている。40年で廃炉になったらどうしようか」と脱原発の空気を心配している。
原発の危険性を指摘して脱原発を唱える飯田哲也・環境エネルギー政策研究所長は、一応評価出来ると言いながら例外的なルールを設けたことを警戒しザル法にもなりかねないと警告して、電力会社が自ら撤退するルールを作るべきだと提言している。
上意下達ばかりでなく、この機会にもっと国民的議論を戦わせて、これから原子力行政をどう進めるべきかを議論することが必要だと思う。
1796.1月6日(金) アメリカが新たな軍事戦略を発表
講師登録をしているシニア大楽からの依頼で今年初めて「講師のための話し方講習会」で講演をした。「人気講師の講演を聞く」との触れ込みで、他の二人の講師とともに受講者の前でジョークを交え「面白く楽しい」話をしたつもりである。シニア大楽での講演は、今までにも数回行っているので要領は分っているつもりだが、今日は持ち時間が僅か20分でちょっと物足りなかった。従ってパワーポイントは使えなかった。テーマは「海外旅行の失敗あれこれ」と題して、海外で軍隊に身柄拘束された事件を含め、実際にトラブルに襲われたケースについて体験談を話した。私のタイトルの前に「抱腹絶倒」という言葉を付けてくれたので、大分期待してくれた受講者が多かったようだ。ある程度期待には応えられたのではないかと思う。
さて、アメリカ経済の低迷ぶりは一向に回復に向わない。失業率は多少改善されたとは言え、依然として8%を上回っている。ドルの価値も下がりっ放しで、今日のドル相場も1$=77.20円内外である。この財政的に苦しい時にアメリカは、遂にイラクとアフガニスタンから駐留部隊を撤退させた。財政逼迫の折国内でも軍事費の削減を求める声が強く、財政は圧縮されてオバマ大統領は苦しい立場に追い込まれている。こんな時に昨日オバマ大統領は国防費の削減と、同時に新しい軍事戦略を発表した。今までのように2つの大規模な地域紛争に同時に対処する2正面戦略は取らないことになり、その一方で中国の軍事的脅威が増しつつあるアジア太平洋地域の戦力は増強するというのが、凡そ戦略の骨子のようである。
実際同時多発テロ以来これまでアメリカの軍事費は年々増加する一方で、過去10年間に年間軍事費は倍増し、今や年間で7000億$規模である。この7000億$は円高による換算レートだと55兆円程度であるが、10年前のレートなら90兆円前後に該当する大金で、わが国の年間予算にも匹敵する。これまでこれだけの巨額の軍事費を注ぎ込み、アメリカの力と威信を世界中に示してきたが、それをこれから修正していこうというのである。表面に顕われてはいないが、中国の軍事的脅威を意識した防衛戦略は、当然日本の防衛、安全保障にも関わってくることになる。その中で、沖縄を主とするアメリカ軍の日本駐留経費が、従来以上に日本側の負担になる可能性が考えられる。沖縄普天間基地移設問題が思い通りに決着しないと、今後アメリカは日本に対して戦略的にも、財政的にも相当のプレッシャーをかけてくることが予想される。
普天間基地移設問題が一向に前へ進まず、日米当局の間にスムーズな強調体制が取られない現状は、決して日米両国にとってプラスになるとは思えない。
アメリカの新軍事戦略が打ち出された現在、腰の定まらない野田政権はアメリカとどう向き合っていこうとするのだろうか。もう少し本音を言うべき時に来ているのではないだろうか。野田首相にとっても正念場である。
昨日伝えられたニュースであるが、アメリカのフィルム製造会社のイーストマン・コダック社がニューヨーク証券取引所から上場基準について警告を受けた。あれだけ世界で名を知られて大手企業のフィルム会社も経済不況に立ち向かえなくなったのだろうか。一部には破産法の適用を受けるとも言われている。厳しい時代になったものである。
1795.1月5日(木) 低下する登山者のモラル
2006年に購入したフォルクスワーゲンPOLOの部品の不具合が分ったため、リコールを行うとVW販売店から通知があったので、今日販売店へ車を持って行った。長男が生まれて以来40年ほど日産、トヨタ、そしてVWと車を乗り換えてきたが、こんなことは初めてである。修理は1時間程度で終ったが、カーテンエアバッグを装着した車の、後部側面衝突センサーの配線組み付けが不適切で、作動が遅れる恐れがあるという理由で、配線を修正してくれたようだ。これで衝突した場合に怪我を負う割合は減るようだが、それより肝心なことは車で事故を起さないことだ。今年はこれまで以上に車の運転には注意したい。
さて、NHKの‘ニュース・ウォッチ 9’で、「山岳遭難者の救助費用を誰が払うのか」というテーマを取り上げていたが、数日前に北アルプスで4人の遭難者が救助を求めたケースなんか、北アの冬山登山の常識を逸するものだ。年末から下山予定日までの食料と燃料だけで予備を持参しておらず、下山予定日の天候が荒れて下れず、イージーにSOSを発したという些か軽率な行動だった。もう一件同じように軽はずみな人騒がせがあった。野沢温泉スキー場で立ち入り禁止看板を無視して禁止区域内へ入り込み、一時行方が分らず、あわや遭難か?という事件である。
番組では、大がかりな捜索とヘリを要請した場合の多額の費用を誰が負担するのかという課題についてレポートしていた。利(使)用者負担の原則からすれば、当然遭難者が費用を負担すべきだと思う。ところが、実態はそうではなく、救助者や地元自治体が負担させられているケースが多いようだ。保険会社の説明では、このような突発的な費用負担を軽減するための山岳保険加入者が減少傾向にあるという。登山者が何を考えているのか判然としないが、生命保険でも、海外旅行保険でも可能性があるから加入するのに、登山、まして冬山登山なぞ最も保険利用の必要性があるのに、利用者が減るというのは、保険会社のPR面での怠慢もあると思うが、山岳界全体が山岳保険の重要性をもっと認識して啓蒙する必要があるのではないだろうか。
昨年国民生活センターから依頼されて「月刊国民生活」4月号に海外旅行保険の必要性と、その重要性に鑑みて旅行保険に加入すべしとの持論を寄稿したが、幸い海外旅行保険の場合はかなり高い割合で旅行者が加入している。一方、山岳保険の加入者が少ない原因については、昔自分自身も登山をやっていた経験から言えば、その背景に近年携帯電話の普及で安易に助けを求める甘ったれた傾向と、責任感を欠いた登山者のモラルの低下があるからだと思う。
素晴らしい冬山の景色の一方で、登山者のモラルは、残念ながら年々低下していることは間違いないところだろう。
1794.1月4日(水) 世界的に選挙がらみの中で、日本でも総選挙か?
ビルマの国名はわが国では「緬」と略される。この緬を「へん」の「糸」と「つくり」の「面」の二つに分けて、人の名前に使用された。日本の陸軍士官学校留学中のビルマ人士官の名前で、ひとりは糸田であり、もうひとりは面田である。糸田はネ・ウイン元大統領であり、面田は建国の父と呼ばれた、アウン・サン将軍である。言わずと知れた民主化運動のリーダー、アウン・サン・スー・チーさんの父親である。
64年前の今日、1月4日ビルマは独立した。毎年1月4日に五反田の駐日ビルマ大使館で独立記念パーティが開かれ、かつては毎年のように亡くなられた元飛行第64戦隊の西沢敏一さんとお祝いに出かけたものである。
ビルマは今日まで軍事政権が頑なに民主化を拒み、欧米諸国から経済制裁を受けて苦しい国の運営を余儀なくされてきた。漸く最近になって民主化に門戸を開き、自宅軟禁状態のスー・チーさんを解放するようになった。今後収監されている民主化運動の指導者たちを釈放し、現実社会の声に耳を傾けてくれればビルマも少しずつ民主国家へ歩み出してくれると思う。
さて、今年は世界的に国家指導者の選挙と交替が行われる。中国ではすでに次の国家主席に習近平氏の就任が決定している。フランス、ロシア、韓国、台湾などでも選挙による最高権力者が決まる。
アメリカでは今年11月に行われる大統領選挙で次期大統領が決まり、来年1月に新大統領が就任する。そのアメリカ大統領選挙の前哨戦が今日、早くも第一歩を踏み出した。共和党の候補者選びがアイオワ州で始まり、抜きん出た候補者がいない中で保守派のロムニー前マサチューセッツ州知事が僅差で、サントラム元上院議員を破った。その僅差たるや、サントラム氏の得票30007票に対して、ロムニー氏の得票は30015票でその差は僅か8票だった。大統領選挙史上最少差だという。評論家は現状打破を唱える横並びの6人の候補者に対して、僅差であるにせよ、大きな支持基盤のない保守派のロムニー氏が勝ったことでロムニー氏が一気に選挙戦で有利に立つだろうとコメントしている。
世界のトップが入れ替わる可能性はあるが、果たして3ヶ月前に交替したばかりの日本のトップが替わることはあるだろうか。野田首相の消費増税の提案に対して、民主党内の反対派は同調しないと気勢をあげ、野党各党は話しあいに応じようともしない。自民党なんか消費税10%値上げを総選挙で謳っていながら、民主党は総選挙で消費税値上げに反対していたのに約束を破ったので、その点について国民の審判を仰ぐよう、国会解散・総選挙を求めていくと自己本位の主張をしている。仮にそうだとすると、日本も今年は国家の最高責任者の交替という事態が考えられる。
しかし、経済も低迷し、震災復興も遅々としている中で、多額の資金と貴重な時間を費やして総選挙なんかやっている場合だろうか。これだから国民の苦労を考えない政治家は困るのだ。
1793.1月3日(火) サモアでは12月30日が無く、1年が364日だった。
オウム真理教事件で警察庁から特別指名手配されていた「平田信」が、ひとりで大晦日に丸の内警察署に出頭し、逮捕された。事件発生以来16年余も逃走していた。今も逃走中の「菊池直子」とともに指名手配書でよく見る顔である。昨年12月教団をめぐる一連の刑事事件が終結して主犯の松本智津夫ら幹部13人の死刑がいつ執行されるかという点に焦点が移っていた。それにしてもなぜ今頃になって平田が名乗り出たのか、メディアの間では憶測が飛び交い格好の話題になっている。
この本人出頭について、実は当日警視庁に行ったが、機動隊員に悪質な悪戯と看做され、近くの丸の内署を案内され出頭したというウソのような話がある。それ以前にも出頭しようと警察の情報提供フリーダイヤルに電話をしたが、相手にされず大晦日の丸の内署への出頭に至ったという。
先日も世田谷区一家4人殺人事件発生以来満11年を経過して、遺留品から静岡方面を中心に警察官が街頭に出てビラを配り、どんな些細な情報でもよいから、心当たりがあったら警察へ届けてほしいとPRしていた。実際悲惨な事件が起きるたびに警察は同じようなことを言うが、本当にそう願っているのだろうか。平田の出頭のケースを考えると、一連の情報呼びかけパフォーマンスは警察として一体どこまで本気なのかとつい疑ってしまう。
一方で、世間離れしたような意外なニュースもある。太平洋上の小さな島国・独立国サモアでは昨年末の一日が突然人為的に無くなってしまったのである。
その真相を種明かしすれば、サモアはこれまで日付変更線の最西端にあって太陽が世界で最も遅れて上る国だったが、昨年12月30日を機に日付変更線をサモアの東側に移し、地球上で一番最初に日の出を見られる国に変えてしまったことからである。こんな手品のようなことが出来るとは思いもよらなかった。その代わりにカレンダー上は1日繰り上げるわけだから、サモアでは2011年12月30日という日が存在しないことになってしまった。意図的に29日から31日に1日飛ばしてしまったのである。私が考えるにはどうせ変えるなら、30日を残し最後の31日をなくしてしまった方が分り易いと思うのだが・・・。
なぜこんなおかしなことをやってしまったのかと言えば、近くのニュージーランドやオーストラリアとのビジネスに、いつも1日違いというのがどうも不便だったらしい。それにしてものんびりしたものだが、どこか浮世離れしていてほのぼのとするニュースではある。だが、こういう国と取引する時には当座ちょっと困るかも知れない。
わが国では国内に時差も夏時間もなく、画一的で分り易いというメリットがある反面、こういう複雑な時間に慣れていないために、時差や特別なローカルタイムのある土地を訪れるとしばしば戸惑うことがある。実感として不思議な感じがしたのは、中国の成昆鉄道に乗車した時、すべて北京の標準時間に沿って走っていたために、実際は明るいのに夜間の時間帯になっていたことである。
地方によってそれぞれその土地の特徴を生かした制度なり、習慣を取り入れるのは結構だが、それを知らないと困惑する。まあ、それも旅行の楽しみのひとつであるかも知れない。
1792.1月2日(月) 「原子力村村長」らは収賄で都合良い情報を流していた。
毎年正月2日は全国大学ラグビーと関東大学対抗箱根駅伝を自宅でテレビ観賞するのがこれまでの習慣だった。それが今年はどうも気持ちが入らない。期待していた駅伝は予想通りのレース展開で興味が薄れたが、ラグビーもちょっと魅力がない。特に大学ラグビー選手権では、これまで伝統校とされた早慶明が全国大学ラグビー準決勝に初めて1校も駒を進められなかったことが、興味を失わせた大きい原因だと思う。しかも決勝へ勝ち進んだ天理大と帝京大の中心選手がいずれも外国人留学生というチーム構成なのである。それがファンを白けさせたのか、実際毎年満員になる国立競技場のスタンドが今日はまるでがら空きである。一般のラグビーファンも折角の準決勝をあまり期待していないのではないかと思わせる。そのせいかどうか分らないが、準決勝の天理大対関東学院大戦と帝京大対筑波大戦は、いずれも大差がつき、今ひとつ盛り上がりに欠け、試合も意外性やスリリングなシーンがなく、途中で観戦を止めてしまった。こんなことは初めてである。
近年ラグビー人気が低調傾向にある中で、目玉の大学選手権がこの有様では寂しい。そこにはいくつかの原因が考えられるが、当面は初めて決勝へ進んだ天理大と3連覇を狙う帝京大の決勝戦が緊張感のある熱戦を戦わせ、試合を盛り上げ、その後開催される日本選手権を更に盛り上げることしか考えられないのではないか。
さて、元日の朝日新聞に2人の著名人のインタビュー記事が載っている。原発とエネルギー政策に関するもので、哲学者・梅原猛氏と経団連会長・米倉弘昌氏へ別々に取材したものである。梅原氏は「原発事故は文明災であり、そのために文明を基礎づけている哲学思想を変えなくてはいけない」と応えておられる。それは、現代の科学技術文明を基礎づけたのはデカルトの哲学であり、彼の科学が発展すれば、人間は自然を奴隷のように支配出来るという哲学が人類の思想となったことが大きな間違いだったと語った。梅原氏は自然エネルギーの開発を提言される。政府が自然エネルギー研究へもっと予算を出せばよいと主張され、過剰な消費生活の抑制についても述べておられる。
その一方で、経済界のリーダー・米倉氏は短期的には原発がないと経済発展は不可能だと立場上持論を主張される。「エネルギーというのは産業、及び国民生活の基礎インフラ。日本がこれだけ経済成長出来たのは安定的で質の高いエネルギーの供給があったからである」と言う。ただ、それでも節電や省エネを進め、再稼動を行いつつ、将来的には原発ゼロが夢と語っている。立場は変われども、危険な原発についてはないことが望ましいとの認識では一致している。これは普通の国民の考え方とも同じではないだろうか。
こんな時に今年朝日新聞が最初のトップニュースとして取り上げたのが、原子力安全委員会の委員と審査委員のうち、約三分の一のメンバーが原子力関連の企業・業界団体から多額の寄付をもらっていたとの情報である。不届き千万である。5年間に24人の委員に8500万円が寄付されていたという。これでは彼らから原子力や原発に関して関連企業や政府機関に不利な情報が発せられるはずもない。敢えて言えば、寄付金とは言うが、これは国家が公認した「贈収賄」ではないだろうか。事故後のNHKの原発事故に関する解説でも、彼ら委員たちが原発が「安い」「安全」「きれい」の言葉を度々繰り返していたが、当然そうなるわけである。「直ちに健康に影響があるわけではない」と発表し、先日誤解されやすい言葉と指摘された、当時の枝野幸男・官房長官の情報源も、案外この買収によってもたらされた発表だったのではないかと疑念を抱かざるを得ないのだ。
斑目春樹・委員長もちゃっかり400万円もいただいていた。その委員長が便宜は一切図っていないなどと言い切る白々しさには唖然とするばかりである。他の委員も影響を否認したようだし、委員長の如きは「すべて公開して国民に判断してもらう」など開き直っていて、まったく反省の素振りすら見えない。
東大、京大を始めとする御用学者にはろくな奴がいない。金儲けのために研究と称することをやっていて、その実こっそり悪いことをやっている。どうして彼らの悪事を暴き、これを排斥することが出来ないのか。マス・メディアの怠慢であると言わざるを得ない。
結局原子力村の住民は「村長」以下みんなが、原発開発、事業継続のため交付金や協力金で甘い汁を吸っている、精神が腐りきった詐欺師だと言っておきたい。
1791.1月1日(日) 湘南ラグビー祭に参加
2012年が明けた。例年通り湘南高校元旦ラグビー祭参加のため、近所の和田正温先輩を車でピックアップして母校へ出かける。幸い晴天で無風状態、しかも第三京浜道路はトラックがほとんど見られないので、40分少々で到着した。
12月中旬になってから門田OB会長より初代会長岩田明氏が6月に亡くなられたと電話で知らせてもらった。OB会という組織を今ある形にされ、長い間初代会長と現役チームの監督を務め、私財を擲って献身的に高校生の指導と育成、そしてOB会の組織化に力を注がれた。母校ラグビー部にとっては一代を画した恩ある人である。私自身2001年に会長職を引き受けることになったのも、尻込みする私を勇気づけてくれた岩田さんの強い推薦があったからこそである。近年はちょっと言葉の行き違いもあり、かつてのようなフランクなお付き合いがなくなったが、昨年の総会で久しぶりに元気な姿にお会いしてお話したのが最後になった。練習試合終了後、全員がグランドで岩田さんの霊に黙祷を捧げた。
現役チームの戦績は、12月に新人戦で1、2回戦を勝ち抜き、3回戦は9日に強豪・慶応高校と戦う。勝つのはとても難しいが、少しでも勝ち癖をつけて春季大会の成績如何では、10回目の関東大会出場権を獲得させてやりたいと、慶応ラグビー部副将の栗原大介君ら実力派OBが練習試合を組んで練習台となった。
現役チームにけが人が多くポジション変更をしたので、新ポジションに慣れていないせいかOBチームに抜かれるケースが多かったが、徐々にまとまってきた。トライ数は5-1でOBに軍配が上ったが、格好は少しずつついてきた。まだ、強豪慶応高校を破るにはちょっとかったるい感じがするが、精一杯持てる力を発揮出来れば勝負は二の次である。春の大会に向けた目標、そしてその後の関東大会出場という大きな目標を叶えさせる意味でも頑張ってほしいと思う。
その後セミナーハウスで今年度OB総会を開催して、会費支払いの規約を改定することになった。今年現役からOB会に対してスクラムマシーンのおねだりがあり、何とかしてあげたいと考えて寄付を募った。ところが、60年度卒業生がまとめてそれを買いラグビー部に寄贈したと聞いて驚いた。50万円近い大金である。これでは、現役も頑張らざるを得まい。後輩たちとの食事交流会も中々有意義だった。いつもながら、現役部員のお母さんがたの献身的なお手伝いにより食事を準備していただき、77歳の時山先輩から1年生部員まで、和気藹々に交流を深めることが出来たのも印象深かった。
セミナーハウス1階に「湘南高校歴史館」の看板が掲げてあった。2月下旬にオープンする創立90周年記念事業の一端の施設である。名誉なことに私もその中の「湘南大樹」の一葉として名前と略歴を掲げてもらうことになっているので、興味本位にガラス越しに内部を覗き見したが、大きな部屋とショーウィンドーが覗けた。2月を楽しみにしたい。この部屋で、3月過ぎにでも岩田先輩を追悼する催しを開いてはどうかと、ラグビー部OBでもある加藤副校長から提案があった。大いに結構なことだと思う。
帰宅すると妻子を実家に帰した長男がやってきた。食事しながらNHK恒例の「ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート」を観賞する。
辰年である今年はどんな年になるだろうか。仕事の面でも健康の面でも無理をせず、しかし悔いの残らない1年にしようと思っている。
1790.12月31日(土) 震災と経済不況の1年を振り返る。
今朝の新聞は社説を始めとして昨日政府・民主党が、消費増税案を決定して与野党協議を呼びかけ年度内に法案提出することを高く評価している。国民にとって増税負担より、国家破綻を防ぐことが極めて重要であると野田首相の決断を買っている。同時に議員が選挙を睨んで増税反対論を唱えることを強く批判している。
さて、とうとう大晦日を迎えることになった。大晦日と言えば、樋口一葉の「大つごもり」でお峰が奉公先でお金を盗み、ばれそうになったところで総領息子・石之介の悪事によって一転救われる、何とも侘しく寒々とするシーンを思い出す。これは「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」を今井正監督がオムニバス映画として製作し話題をさらった。高校入学直前の春休みに、従姉夫婦に渋谷の映画館で観賞させてもらった、前記の「大つごもり」の主人公・お峰の心理的な場面が強く印象に残っている。中学を卒業したばかりの身にとっては、少々難しかったかも知れないが、思い出に残っている情景である。その後いくつも映画を観ているが、これほど心に残った映画はあまりない。
この2、3日のテレビ画面を観てもエンタメ番組ばかりで、ニュースすらあまり観る機会がない。
今年は何と言っても東北大震災と福島原発事故が日本中を席捲して、今でも後遺症として被災者のみならず多くの国民の心に深い傷を残した。危険で費用のかかる原発が果たして国家として必要なのかという深刻な問題を、国民につきつけた。しかし、現状は原発の根元のスイッチさえ止められず、未だに放射性物質を流していて事故は解決出来ていない。今月中旬に政府は事故収束を宣言したが、専門家や地元自治体や住民はそうは思っていない。
こんな中で国民的テーマとして、まだ原発是々非々について真剣な議論が始まらない。これまで「安全」「安い」「きれい」を謳い文句に、わが国のエネルギー政策は、水力発電、火力発電から原子力発電へシフトして、その比重は益々高まっていた。今や上記3原則は否定された。ならば、一日も早く新しいエネルギー対策を打ち出すべきではないかと考えるが、原発の恩恵に浴してきた経産省の高級官僚は前へ進めようとしない。
来年こそは、「脱原発」の動きに勢いをつけ、運動を加速させて危険なエネルギーを廃棄するべきではないだろうか。
5月に大学のゼミの恩師・飯田鼎先生が亡くなられたのも悲しいことだった。半世紀近くに亘り心の支えでもあった。来年は追悼文集を発行することにしているが、編集責任者として先生に自慢出来る文集にしたいと思っている。
そのほか個人的にいくつかエッセイは書いたが、願っていた観光書を上梓することは叶わなかった。本来なら昨年上梓すべく準備を進めていたが、共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊)の執筆に時間を費やして、1年先送りすることになった。ところが、前著の発行直後の11月に政府の事業仕分けで、観光に対する政府の観方と考え方に疑問を抱いた。その政府の考え方というのは、表面的には観光が国の経済を支える重要な事業と位置付け、海外からの観光客の増加に期待しているスタンスが窺がえたが、実はただ金さえもらえば良いのであって、偶々観光は政府が助成しなくても外貨を稼いでくれるし、雇用拡大の柱にもなるとのイージーな考えから「観光業の成長」を唱えているだけではないかと疑問を持った。その背景にあるのが昨年11月16日に事業仕分けで観光政策を一刀両断の下に予算をカットしたことである。もともと政府や自治体の観光に対する評価は低かった。本音が出ただけである。こんな点から、もっと多くの資料を入手して多面的な視点から切り込んでみたいと考え、執筆を延ばしているのである。
健康面では、気になっていた「痔」は現在診療中で、回復の見込みが高いのでほっとしている。「前立腺」の精密検査の結果、まったく問題ないとの診断なので、やれやれである。問題は入口に来た「糖尿病」であるが、食事面で気を遣い、飲酒は出来るだけ避けるようにしている。全体の健康チェックは来年8月に慶応病院に新しくスタートする予防医療センターで診断してもらうことになっている。
二男に初めての子が誕生したので、孫が4人となった。私も73歳となり、そう余生は長くはないかも知れないが、このまま健康体を維持して、来年は著書も上梓してみたいし、何と言っても「アンマンでヨルダン兵に身柄を拘束」されてから、45年目の節目に当たるので、現地を再び訪れ拘束された現場を検証してみたいという願いも実現してみたい。
昨日今年最後の取引となった東京株式市場では、日経平均株価が8455円で終了したが、これは1982年以来29年ぶりの安値であり、円の対ドル相場は年間平均1$=79.79$で年間で3%も上昇した。世界的に経済は沈み込み、当分前途に期待が持てない。何とか来年は少しでも今年を上回る景気の良い話を聞きたいものである。
恒例のNHK紅白歌合戦が始まった。今年は東日本大震災を強く意識している。来年こそもう少し良い思い出が残せるような1年であってほしいと思う。
1789.12月30日(金) 消費増税案漸くまとまる。
民主党の消費増税案が漸くまとまり、今後野党との協議に入るようだが、ことここに至るまで党内はすったもんだの小田原評定だった。それでも当初ほぼ決まりかけていた、2013年10月に8%、15年4月に10%へ増税するという計画が半年先延ばしされることになった。実はこの延期にも政治家特有の都合というものがあった。当初の予定だと増税してから総選挙があり、もし民主党が選挙で敗れると別の政党の手によって増税が行われることになる。それが公約違反になるというのだ。そんなことより、それ以外のマニフェスト違反の方がこれまでよほど国民を裏切ってきたと思うのだが・・・・。
昨日朝夜行フライトでインドから帰国したばかりの野田首相が、午後民主党党員総会に出席して長広舌の説得をしてもめていた中で何とか結論をまとめた。国民に負担を強いるばかりと評判の芳しからぬ民主党としては、引き換えにマニフェストに謳った国会議員の定数削減と、公務員の給与削減を組み込むことにしたようだ。
これで党内はまとまったかというとそうではなく、消費増税に消極的な議員からは相変わらず反対意見が出されて、党内意見は二分されている。だが、政府と民主党はこれを最終案として野党と協議に入るようだ。そんな党内が混沌としている時に、消費増税反対論の悪役・小沢一郎元代表と鳩山由起夫元首相が離党した議員と怪しげにも情報を交換しているようである。小沢氏は党から離党処分を受けているので、何ともいえないが、毎度お騒がせの軽い元首相に至っては、首相の座は去ったにしても党内をまとめるのがかつてのトップとしての責任であり、義務であろうと思うのだが、どうもその時の思いつきだけで行動して、火事場荒らしばかりやって周囲を惑わせている。
鳩山氏の軽はずみな発言で紛糾してしまった普天間基地移設についても、相変わらず辺野古以外に候補地があると思うようなことを無責任にもしゃべっている。こういう無節操で無責任で周囲に迷惑ばかりかけている政治家は、国家のためにもならない。一度は総理を辞めたら国会議員を辞めるとまで公言しておきながら、すぐ撤回する破廉恥さと非常識には言うべき言葉を知らない。鳩山氏のせいでどれだけ日本中が迷惑を蒙り、日本の政治が逆戻りしただろうか。そして民主党をダメにしてしまっただろうか。鳩山由起夫は即刻国会議員を辞めるべきである。
それにつけても、増税が半年遅れたことによって2兆円以上の収入が国家に入らなくなった。こうなったら抱き合わせで決意を固めたであろう、国会議員の定数削減と公務員給与削減を実行してくれるであろうことを期待するしかない。
1788.12月29日(木) 対立を抱えた民主党に離党者のドミノ
企業の中には昨日仕事納めの会社が多く、今日から年末年始モードに入っている人たちが多いようだ。新宿でゼミの親友3人と昼食をともにした。平日なのに電車・バスは大分混んでいるし、レストランにも客が多い。帰省ラッシュも始まったようだ。不景気と言われながらも、多くの旅行者が正月休みを海外で過ごすべく旅立つ風景を成田空港から中継していた。いよいよ年の暮れだなぁと、今年1年を振り返って感慨無量の想いである。日本にとって東北大震災という未曾有の災害を蒙った1年となったが、5月に大学ゼミの恩師が亡くなられ、その追悼文集を発行するに際して、先日奥様に一文を寄稿して欲しいと書状でお願いをしたことに対してご返事をいただいたが、先生のご家族にとっても最も悲しい1年であったと書かれていたことにはっとさせられた。普段マス・メディアの報道などでつい東北大震災のことばかり頭に浮かび、その被災者に同情しがちであるが、震災以外に身近に辛く、悲しい体験をされた方々がいくらもおられるのだということに改めて気付かされた。
友人らには別の友人の健康問題を相談したのだが、会うまで具体的な点を伝えなかったので、彼らは私が普段政治家のパフォーマンスに不満ばかり言っているので、私がいよいよ自ら選挙に打って出るのかと思ったと冗談とも思えない想像をしたと言っていた。今更政治家になったとて、私には資金も何の利益もないし、ましてやとても健康が保てない。先日も高校時代の友人からも同じようなことを言われたが、もう20年若かったら考えたとバカなことを話したものだ。
その政治家の行動を見ると、昨日9人の民主党員が離党したが、その後更に2人増えて11人が党を離れることになった。これを待ち受けるかのように新たな行動を起したグループがある。「新党大地」の代表だった鈴木宗男・前衆議院議員が「大地・真民主党」なる新党の結成を総務省に届け、離党者の受け入れに動いたのだ。鈴木氏の行動も理解出来ない。実刑判決が確定し、服役して刑期半ばで今月仮釈放されたばかりである。従って当人にはまだ立候補する資格がない。また、何か人々の注目を集める線香花火的なことを考えているのではないかとつい勘ぐってしまう。そういう新党に加わろうとする離党議員の節度も問題である。彼らが離党の理由として挙げているのは、自党のマニフェスト違反である。
しかし、消費税増税については、追求している自民党にも弱みがある。そこを昨日BS11で森喜朗元総理が「増税に反対して衆議院解散に追い込んで勝った後、自民党はどうするのか。消費増税法案なんて出せない」と自民党にも消費増税に賛成するよう求めた。実際自民党も消費税10%への引き上げを掲げている。今では民主・自民両党とも消費増税を政争の具としている。
民主党税調は消費増税に関して党員の理解を求めているが、党内は賛成と反対に二分されてしまった。本当にこの民主党という政党の衣を着た組織は、現状を見る限り政党の体を成していない。
1787.12月28日(水) 民主党内のドタバタはもううんざりだ。
今に始まったことではないが、民主党のドタバタは留まるところを知らず、エスカレートするばかりである。われわれ国民が民主党を政権政党として選択したので、ドタバタ騒ぎを引き起こした責任は、われわれも少なからず負わなければならない。それにしても、自分たちのやっていることが国民のためにならないと気がついたら、そこは不満であっても妥協してでも考え直すべきであろう。それが出来ないのが、今の民主党の未熟児的体質の議員たちである。
消費増税法案の素案作りについて、民主党税制調査会内の議論も中々まとまらない。でも税調は何とか2013年10月に8%、15年4月に10%と段階的に引き上げる案をまとめた。野田首相は増税で腹を括っているようだ。ところが、その首相は昨日からインドへ出かけている。そんな中で今日民主党員9人が感情的になり消費税増税に反対を唱えて離党届を提出した。
更に政府を困惑させているのは、アメリカ軍普天間基地の辺野古への移設に向けた環境影響評価書、所謂アセスメントを沖縄県庁に届けるところだったが、昨日それが出来なかったことである。防衛省から使者が来ても評価書を受け取らないと拒絶宣言をした沖縄県に対して、使者が届けるのではなく、宅急便で届けようとした。だが、沖縄県庁受付前で受け取り拒否を叫ぶ大勢の市民団体に取り囲まれ届けられなくなった。それで今朝明け方になって市民団体が居ない隙を狙って、沖縄防衛局が評価書を届けるという離れ業をやってのけた。ただ、この姑息なやり方が一部には反発を招いている。
とにかく、民主党は沖縄県民までも巻き込んで、お家騒動を大きくさせ今や党内はガタガタなのである。そして、深刻な経済不況は今もって続いており、震災復興は道半ばである。こんな非常時に内輪の喧嘩をやっている場合だろうか。あまりの節度のなさに開いた口が塞がらない。こうなったら時間の無駄ではあるが、総選挙をやって信を国民に問うより最早手段はないと思う。
さて、今日予定通り北朝鮮の金正日総書記の国葬が首都ピョンヤン(平壌)で雪が降りしきる中行われた。相変わらず情報の少ない国だけに、どんな形で葬儀が行われるのか、さっぱり分からず、17年前の金日成主席の葬儀を前例として想定するより他に方法がないのだ。
葬儀を行ったのかどうかの報道すら午後遅くなってやっと入る有様であり、何とも心許ない。それでも夕刊や、遅いテレビ・ニュースで断片的に葬儀の様子は伝わってきた。雪の中で手袋も帽子も被らず父の遺体に付き添う金正恩が、国民に後継者であることを強くアピールしている。
相変わらずよく分らない国である。
1786.12月27日(火) 福島第一原発事故中間報告書に思う。
政府の東京電力福島第一原発事故調査・検証委員会が、700頁に亘る中間報告書をまとめて昨日野田首相に提出した。専門家や関係者ら延べ456人に対して、900時間に及ぶ聞き取り調査を行った結果をまとめたものである。
「事前の過酷事故対策」「現場の事故対応」「政府の事故対応」「被害拡大防止」の4つのポイントに絞って指摘している。中立的な立場から厳しくかなり的確な指摘がなされたように思う。
新聞の見出しを見ても「国と東電、津波対策不備」「原発冷却でも不備」「起こるべくして起きた」「官邸内の分断深刻」「公表を統制・遅れた局面」「保安院欠けた問題意識」等々かなり辛辣な表現で批判している。
それは今晩NHKの緊急スペシャル番組「謎は解明されたのか?」で委員会の東大名誉教授畑村洋太郎委員長と委員のひとりである作家・柳田邦男氏の話を聞いていてもよく分る。これまでは想定外と考えられると何もやらなかったが、今後は想定内は防災を、想定外についてはいかに確率が低くとも減災を考える必要があると言われたことが印象に残った。
今度の事故で、度々言われる「想定外」という言葉が責任逃れのように使われ、東京電力の責任を軽減するかのように伝えられてきた。想定外と言われているが、実際には今度の津波の高さを上回る15.7mの津波の可能性が2008年に提案されながら、それを上回る防潮壁の建設が検討されることがなかった。建屋の爆発の連鎖も食い止められなかった。東電社員が現場で起こっている事態を充分把握出来ていなかった。原子力のプロと思われる彼らがシステムをよく知らなかった。原発から5km地点にあるオフサイトセンター(現地対策本部)もまったく機能しなかった。首相官邸内で本部と現場の意思が統一されていなかった。本部の指令通りに現場責任者は行動しなかった。この他にも数多くの問題点が明らかにされた。それにしても放射性物質という危険物を取り扱う現場で、全員が必ずしも充分な知識を持たずに、管理面で意思統一が出来ていなかったことなぞ、組織としてはあまりにも杜撰だし、そもそも原発に拘わる資格があったのかどうか疑問である。それにしても少々お粗末ではないかと思う。
東電には技術的な知識を持ち合わせていない社員が大分いたようだが、こうなると言葉は悪いが、「気狂いに刃物」ではないか。だから手に負えなくなると無責任にも、一度は何もかも放っぽり出して火事場から逃げ出そうとしたのである。そんな危ない会社が心から反省の言葉を話すわけはなく、その代わりに言い出したのは、先日の一方的な電力料金値上げの申請であり、今日の原子力賠償支援機構への6000億円資金援助の要請となるのである。
「失敗学」を主唱している畑村事故調査・検証委員長は、管理・監督者の責任を追及するのではなく、津波への備えや非常時の原子炉の冷却で東電に対応の甘さがあったと指摘するに留めた。ただ、今回の巨大津波のように稀にしか起きない自然災害でも「想定外」として無視せずに対処すべきであったと提言した。
今度の事故を見てみると、どうも責任のなすりあいをやっているような節がある。情報管理について縦社会の弱点が曝け出されたことも指摘された。特に事故が起きた時周辺住民の避難指示に役立てるための‘SPEEDI’(緊急時迅速放射能影響予測システム)が折角予測していながら、関係者が情報をたらいまわしにして活用されず、重要な情報を無駄にしてしまった。130億円もの大金を注ぎ込んでシステムを開発しながら、肝心要の本番で情報を脇に置いたままだったのである。
当時の枝野幸男・官房長官の会見で度々使われた「直ちに人体への影響を及ぼすものではない」との表現も、影響を心配する必要はないという意味か、或いは長期的には人体に影響があるのか、分りにくかったと問題視している。最終報告書は来年7月に出される。
あれやこれやを考えると、もしこの次同じような規模の大災害が襲って来たら、よほど万全の備えをしないといよいよ「日本沈没」となるのではないかと空恐ろしくなる。
1785.12月26日(月) 政治家と官僚の狡さに対する庶民の正論
これまで私が政治家や官僚らに不満を感じ、またその図々しさに呆れ果てた気持ちを本ブログに書き込んでいるが、それとほとんど同じ内容の投稿が、今朝の朝日新聞「声」欄に2件も掲載されている。
そのひとつは、埼玉県の48歳になる会社員の「公務員・国会議員優遇は許さぬ」というものであり、公務員給与引き下げ法案、人事院勧告の引き下げ実施も見送られたうえに、ボーナスは満額支給されて昨年より増加している。また、国会議員に対しても歳費の一部返上は震災後たった6ヶ月で終了し、ボーナスも満額支給のうえに、議員定数削減も実現されなかったことに怒りをぶちまけている。これは近々増税を課されるだろう一般国民にとっては、許しがたく不公平ではないかと抗議したくなるのも当たり前だ。国民は誰が考えたって怒って当然だと思う。
もうひとつは、札幌市在住の56歳の女性から寄せられた「東電社長『権利』発言に驚き」というご尤もなご意見である。やはりと言うべきか、私自身西沢社長の思い上ったような発言には、正直言って鼻持ちならないと感じて義憤を覚えたくらいである。件の女性は西沢社長に対してこの発言を恥ずかしいと思わなかったのかとまで言っている。感度の鈍いこの社長の感覚は、完全に世間一般の常識とずれている。そのうえ気配りの出来ない尊大な性格なのだろうか、顧客である電力利用者を面罵し、頬をひっぱたくような行為を平気でやっている。こういう不遜な人物が社長になれるのだから、国策企業というのは一旦入社してしまえば気楽なものだ。尤もこんな顧客に気を遣えないような御仁では、普通の民間会社ではとても使い物にはなるまい。
とにかく明治維新以来続いていたわが国の官尊民卑ムードは敗戦により一旦は消えたかに見えたが、時間の経過とともに復活し、今や時代に逆行して益々強まっている。結局われわれが何事も政治家と官僚を当てにせず監視して、国策会社のような大手企業に対しては、その騙し手口の裏を読んで誤魔化されないように注意しなければいけないということだ。そのためには、メディアに気合を入れて言うべきは言い、常に彼らに緊張感を持って業務に当たってもらわなければいけない。
しかし、何とアホらしいことか。国民はどうして国税を無駄使いする彼らに気を遣わなければならないのだろうか。
さて、またまた尾籠な話で恐縮だが、先週患部に注射をしてもらい大分効果が表れてきた痔について、その後の経過状況を今日診てもらった。結局年明け早々にもう一度注射をするべきか否かの結論を出してもらうことになった。やや出血するが、かなり具合が良くなったことは間違いない。医師に聞いてみると、このジオン液注射には即効性があるとのことだった。
いずれにせよ早い内に決断して、治療してもらって良かったと思っている。
1784.12月25日(日) 20年前の今日ソ連崩壊、70年前には日本軍香港占領
昨晩のクリスマス・イブは底冷えのする陽気で、日本海側ではかなり積雪が多かったようだ。心配した妻が新潟の二男に電話してみると、「親の心子知らず」と言っても二男は38歳にもなるが、新潟市内の自宅にはおらず、妻子を連れて会津でのんびり温泉に浸かっているとの返信に気楽なものだなぁと苦笑せざるを得なかった。
さて、今日25日はソヴィエト社会主義共和国連邦が崩壊して丁度20年になる。また、70年前は太平洋戦争開戦まもなくの頃で、進軍ラッパを吹き鳴らし怒涛の進軍をした日本軍がイギリス軍を破り香港を占領した日だった。
ソ連の崩壊は、その2年前のベルリンの壁と東欧社会主義国家崩壊の雪崩現象からある程度予想されていた。実はソ連崩壊の5ヶ月前の1991年7月にシベリア・サハリン方面へ出張してサハリンの首都ユジノサハリンスクの漁港で、偶々広島県出身の日本名福原さんと名乗る朝鮮人のおばさんから、ペレストロイカになってから生活が苦しくなって今までなら年金生活で楽な生活を送れたのに、夫婦で共稼ぎしなければやっていけないとぼやいていた姿を思い出す。その時早晩ペレストロイカも破綻するだろうと秘かに思ったものである。そしてまもなくソ連の社会主義体制は崩壊した。
そのロシアも紆余曲折を重ねながら、今でも何とか大国としての地位を守り続けている。しかし、しばらく安定していたかに見えたプーチン支配体制が、先日の下院議員選挙で不正があったと告発の声が上がり、ロシアでは珍しく再選挙の声が強まり、プーチン首相が否定すれども反対の声は高まるばかりである。ロシア国内もざわついてきた。数日前モスクワ市内のデモには3万人が集まったという。過去の実績に胡坐をかいて国民を見くびっていると足元を掬われることがよくあるものである。
来年首相の地位を辞して大統領へ復活した後、憲法を改正までして、それから更に12年もの長期間に亘って大国ロシアの最高権力を握り続けようというのだから、まともな国民からは嫌われるわけである。トップに上りつめ、おだてられるとつい思い上がって自制心を失いがちになるものだ。
一方香港には今もなお日本軍が襲撃したトーチカが残っているようだ。その歴史を後世に残そうと地味な活動を続けている人たちが香港にもいる。開戦直後に日本軍が一気呵成にイギリス軍を打ち破り、あの高級ホテル「ザ・ペニンシュラ」で降伏文書に調印させた。香港には何度も行っているが、同地で日英両軍の戦いについてはまったく話を聞いたことがなかった。
戦争について言えば、今日はNHKテレビで足掛け3年に亘って断片的に放映された連続ドラマ「坂の上の雲」の最終回・日露戦争勝利を楽しんだ。時代背景と秋山好古・真之兄弟と正岡子規ら3人の人物像を上手にからませて列強の権益争いに巻き込まれる明治期の日本の姿をよく描いている。戦争場面なぞは中々スケールが大きく、観ていても楽しいが、子規が亡くなってから人情話が少なくなり、物語としては竜頭蛇尾の感がある。やはりテレビではどう逆立ちしても小説の魅力には及ばない。司馬遼太郎の原作6巻は、30年前勤務先の元社長に薦められて読み感銘を深くした。二人の息子たちにとっても愛読書のようだ。
2000年に産経新聞に連載されたが、同社の特別取材班が書いた「『坂の上の雲』をゆく」と題する挿絵と文章からなる上・下2巻が産経の関係会社から発行された。ところが、その2冊とも読んでいるのにあまり記憶に残っていない。情けないことこの上ない。この機会に改めて精読してみようと思う。
1783.12月24日(土) 電力会社の騙し手口と来年度一般会計予算案
昨日本欄に書き込んだ東京電力の電気料金値上げ申請について、東電の傲慢ぶりを指摘したが、今朝のNHKテレビ番組を観ていて電力会社の電気料金の算出方には、一般の企業では考えられない根拠があることが分った。しかもその稀有な料金算出根拠は法律によって認められているというのだから、経済産業省と電力会社の癒着ぶりが知れようというものである。
その特殊な根拠について簡単に説明してみよう。それは「総括原価方式」と呼ばれているものである。他の民間会社でこんなことをやったら計算上は確実に利益が上がるが、販売価格が高く競争には勝てず会社は左前になる。とても現実的ではない。非現実を現実にさせることこそが癒着のカラクリなのである。「電気料金=原価+利益」なる計算式があり、その利益とは、総資産の3%を乗せることになっている。総資産が多ければ多いだけ、利益が膨らむ構造になっている。従って、電力会社としては、資産を増やす方向に進むようになり、不動産やら遊休施設を抱え込むことになる。電力会社は豪華な施設を抱え、社員はその恩恵に浴し、庶民の声なぞ耳を傾ける気持ちはこれっぽちもない。しかも、驚いたことに原価の中には、巨額でまったく価値を生み出さない巨額の「使用済み核燃料」管理経費が含まれているのである。
この摩訶不思議な総括原価方式などというものを考え出したのは、役所に決まっている。どうして、消費者や国民のことを考えずに、電力安定供給を錦の御旗に事業を国策会社に独り占めさせてグルになって甘い汁を吸おうとするのか、その見下げ果てた根性が厭らしいし、とても許せるものではない。どうも今まで国民は彼らの悪賢い手口を知らされずに、言われるままに電気料金を納めさせられていたのだ。
加えて、32年間も料金値上げを申請しなかったと言われているが、とんでもない嘘八百である。「燃料費調整」という隠れ蓑のような項目を設けて細部にあまり拘らない利用者の知らぬ間にこっそり料金は上げられ、カラクリを知らない電気利用者に黙って値上げ分を支払わせていた。東電は国と一緒になってウソツキ大芝居を打っていたのである。
こういう会社と国の電力安定供給のスローガンに乗せられて、バカを見るのは国民、電気利用者である。何たる国家と国策会社による国民騙しか。呆れて物が言えない。電力会社のやりたい放題はもう好い加減にしてほしい。
さて、政府は今日来年度一般会計予算案を決定した。歳入が少なく歳出が増加する傾向が近年益々強まっている。特に、今年は東北大震災の震災復興経費を含めると予算規模としては過去最大である。だが、民主党お得意の隠しカラクリがあり、予算額は90兆3339億円だそうだが、これは一部を特別会計へ回して金額を見かけ上少なく計上している。これによって前年度より2.3%少なく、6年ぶりに前年度を下回った。とにかくやることなすことすべてがセコイのだ。
国の借金は2012年末には1000兆円を超える。このまま借金が増えたら、遂には債務不履行になり借金残高はギリシャの比ではなくなる。政治家は誰も彼も頭が少々いかれている。歳出拡大については、‘ベビーギャング’安住淳・財務大臣がノーテンキなのだから話にならない。「国債依存の体制はそろそろ限界に来ている」と語ったという。何を今ごろバカなことを言っている。もうとっくに限界に達しているのに、この感覚である。これだから腰の座っていないベビーギャングは困る。
予算案について言いたいことは山ほどあるが、あまり多過ぎて言うのも嫌になる。精々予算案の金額が下4桁は不明だが、私の携帯番号(0)90-3339-○○○○とまったく同じで覚え易いことぐらいがメリットとは!
1782.12月23日(金) 政治家もダメ、役人もダメ、国策会社の大企業もダメ
昨日電力がらみで二つの不誠実な発表があった。ひとつは民主党が2年前の総選挙の際マニフェストに掲げた「八ツ場ダム建設工事中止」の取り止めであり、もうひとつは東京電力の32年ぶりの電気料金値上げの申請である。
前者は民主党が総選挙で勝ち、その直後国土交通大臣に就任した前原誠司・現民主党政調会長が即座にマニフェストに添ってダム建設工事を中止すると公表した。ところが工事はすでに全体の7~8割方終っている。地元の反発も激しい。1週間後現地視察に訪れた前原氏は地元から対話も拒否される有様で、地元では賛成派と反対派が入り乱れる一方で、投資資金をつぎ込んできた首都圏自治体の間には建設続行の空気が強まってきた。次の馬淵前大臣のニュアンスが少し変わってきた。
そんな中で現在の前田武志大臣はダム工事の再開を決定した。このよろめき裁断は、地元住民の気持ちを弄び、自治体を翻弄し続けた結果である。そして、遂に今日前原政調会長は、決定は政府に任せることにして、政府は正式にダム建設を決定した。これにより民主党はまたもやマニフェスト違反を犯し、国民を裏切ることになった。民主党が政権を取ることが出来たのは、国民を騙しても自分たちが甘い汁を吸えれば後はどうにでもなると考えたからだと思われても抗弁出来まい。政権末期の自民党も酷かったが、これほど自分たちの政治を実行出来ない民主党は政権政党として最低である。まったく政権政党の体を成していない。恐らく次回の総選挙では信頼を失い、かなりの票数を減らすことになるだろう。
さて、後者の電気料金値上げは突然東電の一方的な発表である。企業向けに2割、一般家庭向けに1割程度の値上げを検討しているようだ。火力発電の比重を高めた結果、燃料費の負担が重くなり過ぎたからだという。だが、本音は公的資金が注入され実質国有化されることから逃れるために、東電がかけた乾坤一擲の勝負ではないかと噂されている。気に入らないのは、値上げを発表した西沢俊夫社長の値上げは当然のような不遜な会見である。「値上げは事業者の義務であり、権利でもある」とまで言い放った。お願いするのに、申し訳ないとの気持ちや謙虚さが微塵も感じられない。やはり長年親方日の丸で事業展開してきた国策会社の厚かましい本音が覗ける。
政治家にせよ、ダム建設推進のための下工作をやっていた役人にせよ、或いは国策会社の東電にせよ、みんな自分たちだけのためにしか働かない。どうして日本人のモラルはこうも劣化したのだろうか。
1781.12月22日(木) 高校同級生の文化功労者・中西準子さん
はっと気がついたら今日は「冬至」である。少々品格を欠いた言い方で表現するなら、私にとっては「糖痔」である。つまり糖尿病の「糖」と「痔」の二文字である。痔については、一昨日射ってもらったジオン注射は思っていた以上に効果が良好である。これほど効果が早く表れるとは思っていなかった。今日松本整形外科で、しばし痔談義である。序に肛門科の城クリニックからプレドニン5mgを毎朝服用している点について尋ねられたが、今日改めて松本医師に質して「リウマチ多発筋痛症」のために服用していると説明していただいた。
さて、先日兄から読売新聞朝刊に連載中の「時代の証言者」を書いている(書かれている)「中西準子」は、湘南高校出身で1938年生まれだから私の同級生ではないかと尋ねられた。確かに中西さんは高校の同級生で1年生時には同じクラスだった。今日の読売に目を通してみると、連載は回を重ねて23回目であるが、内容が専門的でレベルが高く理解するのが難しい。高校時代は少々小太りの元気の良い生徒で、成績も抜群に良かった。1クラス51人の中で女生徒は僅か3人だけだったが、いつもニコニコしていて優しく存在感は際立っていた。
中西さんの父・故中西功氏は戦前上海の東亜同文書院で学び、日本共産党の幹部として活動した筋金入りの共産党員だった。われわれの高校生時代は確か日本共産党の参議院議員だった。高校入学直後の最初の授業で新人の「生物」担当教師が、教室内の空気を和らげようと考えたのか、何人かの生徒を指名して好きな歌を何でも良いから唄いなさいと言われ、私が最初にふざけて津村謙のヒット曲「上海帰りのリル」を唄ったのに対して、彼女が真剣な表情で真っ直ぐ正面を向き「第1インターナショナル」を唄ったのには驚いた。安保闘争当時仲間とよく唄った歌だったが、高校時代そんな歌はまったく知らなかった。とにかく普通の生徒とは違うと思った。あの当時からすでに父親仕込みの左寄りの思想堅固な女性だった。
卒業して半世紀以上経つが一度も会ったことはない。横浜国立大学工学部へ進学し、大学院へ進みその後横浜国大、東京工大、東大教授を歴任して、現在は国の研究機関の役員を務めているようだ。昨年同じ母校の先輩でノーベル賞受賞者の根岸英一博士や、後輩のオーケストラ指揮者・大野和士氏とともに文化功労者に推薦され、今や地球環境問題の専門家として八面六臂の活躍ぶりである。同級生が頑張って活躍してくれるのには大いに元気づけられる。
湘南高創立90周年に当たる今年、校内に建設中の「湘南歴史館」に展示されるオブジェ「湘南大樹」の一葉に、現役の生徒に対して目標と勇気を与えられる250名の先輩のひとりとして、私でも推薦されたくらいだから、私より遥かに優秀だった彼女は当然推薦されることだろう。中西さんに久しぶりに会ってみたいと思うと同時に、中西さんの益々の活躍を祈って止まない。
夕方「飯田ゼミ」の有志による恒例の忘年会を下北沢のイタリアン・レストラン‘JACK POT’で開き、ワインと牡蠣を肴に一年の語り収めをした。恩師は亡くなられたが、気の合うゼミ仲間と会って他愛ない話に夢中になるのは実に楽しい。来年も、再来年も、いつまでもこのままでありたい。
1780.12月21日(水) 金正日総書記の死亡で噴出す風評
一昨日金正日・北朝鮮総書記死亡のニュースが世界中にぱっと広がったが、すでにその2日前の17日には死亡していたことがその直後に伝えられた。その辺りの事情については各方面から憶測が絶えない。父親の金日成主席が亡くなった時は、34時間後に発表されたのに、今度は51時間半以上経過してから公表されたのには、それなりの理由があるからではないかと詮索されている。結局継承者・金正恩に国のリーダーとして統率していくだけの力量と信頼がないと考えられ、金正日死後の不安な感情をどうやって国民に知らせるべきか検討していたらしい。
金正日の死去に際しては、例によって国中でリーダーの死を悲しむ派手なパフォーマンスをいろいろやって、テレビでも放映されているが、涙の流し方から、泣き方のジェスチャーまで随分作法があるらしい。平城では弔意を示した市民の数が市人口の2倍以上いるというから、いよいよ始まったなぁという感じである。
それにしても国家元首とも言える独裁者だった金正日総書記の弔問に、外国からめぼしい弔問団がまったく訪れないというのも異様と言わざるを得ない。同一民族の韓国ですら、有力者が誰一人として弔問に訪れない。
この国には不安材料ばかりが山積しているが、中朝国境と38度線周辺では厳戒体制が敷かれている。難民となって国を逃げ出してくる恐れがあるということが、その原因である。
いずれにせよ、北朝鮮は今食料不足を抱えて危機的状態にある。国民が貧窮に苦しんでいる。工業生産も思うに任せず、経済不況が続いている。にも拘わらず核やミサイルの開発にうつつを抜かしている有様である。経済は立ち行かず、それでいて強引な外交政策により世界的経済封鎖を受け国家の維持がニッチモサッチモ行かなくなっている。気の利いた政治家も輩出せず、そこへ未熟な若者・金正恩の登場では将来がまったく見通せないのではないか。この国は一体どうなるのだろうか。せめて北朝鮮が革命や内戦、体制崩壊などで自爆、暴発しないことを望むしかない。
さて、先日書店で立ち読みしていて購入した湯本豪一著「風刺漫画-日本近代史がわかる本-」(草思社刊)が面白い。明治維新後のエポックメイクな事件や出来事を当時の雑誌・新聞・イラストで紹介しつつコメントが書かれている。
その83項目のひとつに「沖縄県誕生」という一項がある。これを読むと意外にも現在の沖縄、つまり旧琉球はかつて明代には中国に朝貢していて、慶長14(1609)年になり薩摩藩に征服されて両属関係を維持し、明治4(1871)年廃藩置県後鹿児島県に属することになって清国との間に外交問題が発生したという歴史の流れを紹介している。その後紆余曲折があり、明治12年に沖縄県が誕生した。この過程を追っていると、地勢的な位置関係もあって、尖閣列島の領有権も怪しくなってくる。この辺りの事情についてどのメディアも伝えていない。そして中国が領有権を言い出し、日本の主張はみるみる説得力を失っていく。どうも日本政府のことの進め方が軌道を外れているのではないかと考えざるを得ない。
1779.12月20日(火) 本気で痔の治療に取り組む。
今年になってからどうも痔の具合がすっきりしない。10月に小中陽太郎さんの「いい話グセで人生は一変する」(青萌堂刊)出版記念会が開かれた折り、その後の二次会にも出て少々飲み過ぎたせいか、その晩から今までになく痔の具合がおかしくなった。尾篭な話で恐縮だが、翌朝すぐかかりつけの森内科で出っ張ったイボ痔を押し込んでもらった。このスカッとしない状態を何とかすっきりしないとこれから旅行、特に海外へ出かける時に困ると思い、早い時期に方をつけたいと考えていた。
幸い近くに住む妻の知り合いが治療してもらったクリニックを紹介してくれたので、思い切って昨日診てもらった。診察の結果は「痔核」、いわゆる「イボ痔」と云われるもので、4段階のうち私の痔核は軽い順番からいくと3番目にあり、手術する必要まではないが、早く治療した方が良いとの診断だった。やるならALTAと呼ぶ硬化剤注入療法で患部を注射して固めるということだった。それなら「善は急げ」とばかり、早速今日午後注射と点滴の治療をしてもらった。この結果は来週初に注射後の様子を診てもらってから、どうするか医師から話がある。
いつまでも悩みを抱えていても仕方がないので、早い結論を出してしまったが、海外へ取材に出かけられないことが一番の悩みである。妻の知人も同じように治療をした結果、最近スペイン旅行もしたようだし大分具合が良さそうなので、私もこれで直れば頭上に淀んでいた暗雲は霧消する。
実は再来年は、戒厳令下で身の上に降りかかったアンマン(ヨルダン)の丘の事件以来ちょうど45年になる。あの時私は突然ヨルダン軍軍隊に取り囲まれライフル銃を突きつけられ身柄を拘束されてしまった。捕まった1968年1月当時は、第3次中東戦争直後で市内には軍人が跋扈して軍用車や戦車が走り回り、市街には異常な緊張感が漂い住民も神経を尖らせピリピリしていた。丘の上の景色はほとんど覚えていないが、土地勘は多分大丈夫だと思うので、大分前から何とかもう一度現場を訪れて「なぜ軍隊なぞに身柄を拘束されてしまったのか?」を検証してみたいと考えていたところである。そんなことからヨルダンに行くためには、抱えている病を一刻も早く追い払いたいと思っていた。何とか早くスカッとしたいところである。
1778.12月19日(月) 北朝鮮の‘将軍様’金正日総書記急死!
昨日チェコのバツラフ・バベル前大統領が 75歳で亡くなった。バベル氏は1989年のビロード革命を率いて旧チェコスロバキアの民主化を無血で達成した。反体制の劇作家として知られ、1968年の「プラハの春」では、プラハ市内へ侵攻したソ連率いるワルシャワ条約機構軍に抵抗して身柄拘束された。その後民主化運動のリーダーとして活動を続け、遂に無血革命を成功させ国民に圧倒的に支持されて初代大統領の座に就いた。
個人的には「プラハの春」と言えば、まずチェコ留学の夢を壊された忌々しい記憶が思い出される。その後「プラハの春」20周年記念日の1988年8月20日には、偶々プラハに滞在していてバーツラフ広場で大きなデモの中に誘い込まれそうになった。いずれにしても私にとって「プラハの春」の忘れられない人物は、国の民主化への開放に火を灯した党第1書記のドブチェック氏と、民主化リーダーとして無血のビロード革命を成し遂げたハベル氏だった。
その英雄ハベル氏死亡のニュースに引き比べ、今日唐突に飛び込んできた「世界の妖怪」の死にはびっくりさせられた。何とお隣・北朝鮮の「将軍様」金正日総書記が2日前に心臓発作で急死したのである。第2次世界大戦後スターリンやケネディの死に匹敵するほどのショッキングなニュースである。午後1時過ぎに臨時ニュースが流され、号外も発行され、この「妖怪」の死亡はあっという間に日本中を駆け巡った。テレビの番組は変更に次ぐ変更で、流石に世界がマイナス・イメージで注目するだけの大物である。この悪名高き金正日の死に比べると、国民を力づけ国の民主化へ導いた、偉大なるハベル氏死亡のニュースはあまりにも慎まし過ぎるように思える。
経済低迷、農業凶作に加え、外国の経済封鎖の中で追い詰められた金総書記には、まだカリスマ性というか、絶対神のような存在感と影響力に加えて、瀬戸際外交という危ない橋を渡って世界を恐怖に陥れる悪霊のような悪いイメージがあった。しかし、父親の金正日・総書記の継承者と公表された三男の金正恩はまだ若く、政治舞台へのデビュー後日も浅く、実績はほとんどない。政権基盤も極めて弱い。果たしてその金正恩に金王国を継承していく力があるだろうか。しばらく革命とか、権力闘争、金王国崩壊という騒ぎが起こることはないだろうが、軍部を中心によほど三男坊のバックアップ体制を固めないとこれまでのように安泰というわけにはいかないだろうというのが、大方の見方である。これから北朝鮮の政治、外交についていろいろ交わされる議論が見ものである。
この怪物のような金正日の評価なぞはどうでも良いが、これから北朝鮮はどういう道を進んでいくのか。核・ミサイル開発問題はどうなるのか。拉致問題はどうか。
今日金正日死亡、享年69歳。それでも私より4歳若い。
1777.12月18日(日) 年賀状を書いて思い出すこと
先日海外の知人、友人にクリスマス・カードを送ったばかりだが、ここ数日は年賀状の宛名書きに追われている。漸く今日までに500枚余りの宛名を書いてほっとしたところだ。まだ50枚ばかり書かなければいけない。年を経るにつれいただく喪中の葉書も年々増えている。今年はすでに30枚を超えた。そんな中でも高校ラグビー部の蓮池くんが2月に亡くなった訃報が一番堪えた。すでに3月に奥様から亡くなられたとのご連絡をいただいたので、悲しみと寂しさは薄らいでいるが、それにしても3年間ともに練習で汗を流し、試合で悔し涙を流したことが忘れられない。
蓮池くんは希望していた東京商船大学航海科へ進学し、卒業後日本郵船へ入社して、若い時の願い通りNY定期航路の船長を務める幸運に浴した。定年後は最近まで名古屋港で水先案内人として勤務していた。卒業後は近くにいることが少なく、あまり会う機会がなかった。今にして思えば、もっと会って酒でも酌み交わしながら、外国の話や人生論を語り合いたかったというのが本音である。
高校では私はフォワードだったが、彼は司令塔であるスタンド・オフとしてプレイし、プレース・キッカーとしても活躍した。同期生8人のラグビー部仲間のうち、鬼籍に入ったのは彼が4人目で実に悲しい。蓮池くんのご冥福を心よりお祈りしたい。
年賀状については、大分前に亡くなられた小学校の恩師から心がまえを教わった。その中でもボールペンは絶対使用してはいけないと言われたことが妙に頭にこびりついている。そのころはどうしてだかよく分らなかった。当時はボールペンの品質が劣っていたこともあり、綺麗な字が書けなかったことがボールペンを敬遠した理由ではないかと思っている。それでもその時いただいた恩師のアドバイスを今でも忠実に守り、手紙や文書ではほとんどボールペンを使わない習慣が身に着いた。今でもメモ書き以外は万年筆か、筆ペンを使用している。小学生の時から大学まで版画を彫って年賀状を作成していたのも恩師の影響である。
今ではPCでいとも簡単に年賀状を作成し印刷することが出来る。まさに隔世の感がする。遠くにいる友人に想いを馳せながら、万年筆で宛名を書いていると、彼は今頃どうしているだろうと1年に一度は思い出す。中学生時代の友人は、恩師ともども京都に居住して普段ほとんど会うことはなく、年賀状だけが細い友情の交流パイプである。そんなことをぼんやり考えるようになったのは、年齢のせいだろうか。
こうして間もなく新しい年を迎えることになる。来年のお正月には友人からどんな年賀状をもらえるだろうか。
1776.12月17日(土) 福島第1原発の「冷温停止状態」宣言は拙速か?
昨日野田首相が福島第一原発のステップ2をクリアした「低温停止状態」に達したと内外に発表したことが、大きな話題を提供し、一部では物議を醸している状態である。今朝の朝日社説では実態は以前と変わっておらず、今後の推移も予断を許さないと決めつけている。
当初は来年1月中旬にステップ2を終える予定だったが、国際会議で年内完了を公約し、収束を公表することによっていち早く安全性をアピールしたかったのではないかと言われている。
これまで政府公式発表と東電情報、メディア、専門家の間には事故発生以来情報の行き違いと混乱が数多くあった。政府の原子力災害対策本部では1~3号機の炉の温度は、9月下旬以降100℃を下回り、一昨日時点で38~68℃と報告され、放射性物質(セシウム)の外部への飛散も毎時6千万ベクレルで、事故発生時の1300万分の1にまで減少したと公表している。被曝線量も目標の年間1㍉シーベルトを下回って最大で年間0.1㍉シーベルトと、安全数値?であることを強調している。
だが、われわれはこういう数値をただ鵜呑みに信用するより仕方がないのだろうか。実際はどうなんだろう? 手元にある東京電力が最近株主へ送付した決算報告書、「TEPCO2011中間報告書」を捲ってみると、「原子炉圧力容器底部の温度は、1号機が37℃、2号機及び3号機が69℃となっており、いずれも100℃以下で安定」と東電サイドの数値が記されている。これは11月17日、今からちょうど1ヶ月前に書かれたものである。セシウムの放出量もすでに1300万分の1に落ち、「年間被曝線量は最大で約0.1㍉シーベルトとなっています」と報告されている。昨日発表した数値とほとんど同じなのである。対策本部が昨日国民に発表した数字と、東電がそれより前に株主に知らせた数字とまったく同じとはどういうことだろう。勘ぐれば、2ヶ月前の数値だって同じようなものではないだろうか。何かそこに作為があり恣意的なものが感じられてならない。
ステップ2終了が、時宜を得た判断だったかどうかは今後徹底的に精査され、議論が交わされることだろう。現在も放射性物質は相変わらず毎時6千万ベクレルも放出されているうえに、水素爆発の不安が払拭されたわけではない。国内では佐藤雄平・福島県知事が冷温停止状態はまだ早いと言っているし、海外からも疑念を抱かれているようで、ドイツ・シュピーゲル紙はこの冷温停止はごまかしと断じている。アメリカのヤッコ原子力規制委員長も事実を究明すべく近日日本へやってくるようだ。
それにしても、これまで情報が入り乱れたせいか、こと原発に関しては何をやってもあまりうまくいかないようだ。
1775.12月16日(金) ゼミの記念文集発行のための打ち合わせ
今年5月に大学ゼミの恩師、飯田鼎先生が亡くなられてゼミ会員はみんな心にぽっかり穴が開いたような気持ちになっている。人生の生き方とか、学問への姿勢などについて半世紀に亘りお世話になった。改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
先月例年通りゼミの例会を開いたが、出席者の気持ちとしてはどうしても寂しい気持ちは拭い切れない。そんなもやもやした気持ちの中で、飯田先生を追悼する気持ちを込めた追悼文集といおうか、ゼミの記念文集を発行しようという話がゼミ内部からばかりでなく、ゼミの外からも持ち上がり、今日協力してくれるスタッフが集まり、初めての打ち合わせを霞ヶ関の日本プレスセンターで行った。ここはペンクラブのセミナーでもよく利用するが、今日初めて9階の談話室とレストランを利用した。雰囲気も良く、食事と飲み物の価格もリーズナブルだ。ここを世話してくれた元毎日新聞記者で、白梅学園大教授の山路憲夫さんが発起人となり中心となってゼミ会員7人が集まった。一応来年のゼミ例会までに記念文集の発行を目指すことになった。
ところが、今後編集作業を進めるに当たり、うっかりして私が全般的なまとめ役を引き受ける破目になってしまった。執筆者から原稿を私の元へメール送信してもらうことにしたが、考えてみるとそうすると受け取った原稿を私のPCで整理し、一切合財管理することになるのではないか。結局印刷屋に引き渡す最終原稿を組版までして完璧なものにする必要がある。果たして私にそこまで出来る余裕があるだろうか。もっと細かい点まで考えるべきだったかも知れない。少々迂闊だったのではないか。7人の中で最長年者の私より、こういう編集のような仕事は若い人が引き受けるべきなのに、私がぺらぺらしゃべり過ぎたのが敗因だった。まぁ今更愚痴を言っても始まらないかも知れないが、最善を尽くすより術はないと思う。
ゼミとしてはこれまでにも文集は発行しているが、これが最後の文集になると思うので、立派な金ぴか文集を作る必要はないが、内容的に充分飯田先生を追悼する気持ちの篭ったもので、読んだ人が感銘を受けるような文集にすることが大切ではないかと思っている。
さて、今日政府は福島第一原発の冷温停止状態の達成終了を確認して、事故の収束を宣言した。確かに100℃以下の状態が継続しているということから、年内にはそう宣言されると予想されていた。
ただし、この収束宣言には専門家の間には異論もあり、その根拠として冷温停止状態になっているが、溶融した炉心の場所が特定出来ていないことから収束することには疑問の声もある。さらに放射性物質が依然として大気中へ放出されている。
ほかにもまだ問題点が大分あるようだが、それを押し切って敢えて事故収束を宣言せざるを得なかったのは、風評被害など国内外に根強い原発事故への不安を払拭したいとの狙いがあったようだ。残った大きな問題は、まだ避難している住民がこの収束宣言をどう思うかである。自分たちの住んでいた家に帰ることが出来ない以上、彼らは決して原発事故が収束したとは思わないだろう。
今後事故収束の議論はどう進められるだろうか。
1774.12月15日(木) 高校時代の友と会う。
高校時代の親友5人と藤沢市内で会食した。みんな気の置けない友人で学校でもよくつるんでいたし、伊豆大島、昇仙峡へも一緒に行ったり三浦半島へも自転車で行った。中でも自宅も近かった轟貞雄くんとは家族同士で親しくしていたので、久しぶりに会えて嬉しかった。94歳になる母上の具合が悪くそのお世話で、最近の同窓会にも欠席続きだった。よく存じ上げていたそのお母さんも最近は私のことを思い出せないようだと言っていた。ちょっと寂しい気がする。年齢的な衰えがどんどん忍び寄っている。われわれ同級生もそれぞれ大なり小なり病気を抱えている。ある程度年齢的な衰えは止むを得ない。トラック島のエッセイについても単行本として上梓するよう力強く勧めてくれた。これからも時々会って話し合おうということでお開きとなった。
昨日本ブログに取り上げた中韓間の対立は、お互いに反発して北京では韓国大使館に金属球を撃ち込み窓ガラスを割る騒ぎがあった。一方ソウルでは中国大使館近くで中国漁船に似せた模型を叩き壊す人たちのデモがあった。
相変わらず中国の韓国に対する反応は常軌を逸していて話にならない。自ら蒔いた種なのに、中国人の国民感情が韓国への反発を強めていて、一方的謝罪だけするような態度はとりにくいというのが実情のようだ。この中国人の精神構造は異常と言わざるを得ない。ある中国紙の社説では、こうまで言っている。韓国沖に漁に出る中国人漁民は生活のためにギリギリの危険を冒す「同情」すべき人々だと主張している。更に、中国近海の漁業資源は枯渇しているが、韓国社会は中国の漁民の悲しさが分らないなどと、まったく筋の通らない、利己的な弁解を載せている。自分たちの不始末の原因を他人のせいにしている図々しさにには呆れるばかりである。こんな手前勝手な自己主張を述べているのが国際情報紙としても知られる「環球時報」なのである。このような主張が、中国国内では堂々通るとしても、国際的にはどの社会からも常識的な理解が得られる筈もない。総スカンを食うのが関の山である。そんなことすら意に介しないのが中国流である。これに対して、韓国紙は「加害者側が開き直っているのが深刻で、韓国世論の憤りを伝えざるを得ない」と言っている。ごもっともだと思う。
その中国が新たに監視船を東シナ海へ出港させた。「違法行為を取り締まりたい」と言い違法漁業を取り締まる目的かと思いきや、日中が共同開発で合意している東シナ海付近の海域で監視活動をするのが目的のようだ。まったく昨日に続いて中国人の奇想天外な考え方とそのやり方は、世界の秩序を乱すことしか考えていないとしか思えない。どうも中国という国家は世界的に異質の国のようだ。
さて、今日アメリカのオバマ大統領がノースカロライナ州の米軍基地でイラク戦争終結を宣言し、順次イラク駐留米部隊を撤退させると述べた。2003年3月20日に電撃的なイラク空爆により始まった戦争は、すでに8年9ヶ月になる。シベリア鉄道横断旅行を終えて、その帰りにウラジオストック空港で臨時ニュースにより知った開戦だったが、問題は現在本当に戦争が終結したと言える状態なのかどうかということである。今もイラク各地ではテロ攻撃や爆発が絶えない。果たして米軍撤退後にイラクの治安をイラク軍と警察だけで安定させることが出来るのか。
そこには戦争終結を発表せざるを得ないアメリカの国内事情があるように思えてならない。経済低迷で100兆ドルに達するという戦費は、これまでに4500人の戦死者と3万人の負傷者を生んだことと併せて、大国アメリカにとって巨額の戦費負担が耐え切れなくなった証左ではないのだろうか。
追々アメリカ撤退の原因が明らかになるだろう。
1773.12月14日(水) 中国の暴虐行為と不遜な態度
一昨日中国の密漁船船長が韓国の海洋警察官を刺し殺すという、国際上あり得べくもない事件が起きた。黄海における韓国領海内排他的経済水域内での、中国漁船密漁取締りの際起きた不幸な事件である。ビデオ動画を観ていると中国漁船、それに中国人乗組員の荒っぼい抵抗ぶりには驚ろかされる。昨年日本の海上保安庁監視船が尖閣諸島周辺で中国の国境侵犯魚船に体当たりされた時と同じように、死に物狂いで暴れまわるような凶暴な行為である。
これまでも中国の密漁漁船は韓国によって度々拿捕されていたが、流石に今度ばかりは韓国警備艇の正当な行動に対して警察官を殺害するという凶行に対して、申し開きが出来ないと考えていたところ、これが中国流というのだろうか、一向に謝罪する様子が見られない。当初は遺憾の意を表明することもなく、昨日になって漸く遺憾の意を表明した。韓国内の中国への反発が高まってきたからである。しかし、中国側には謝罪の気持ちがないようだ。あまつさえ韓国が逮捕した殺人船長の身柄に配慮を要請する有様である。中国国民もこれに右に倣えのコメントばかりである。
法を犯し、取り締まろうとする相手を殺害して、謝ろうともしない中国の傲慢さ、そして同じように船長を擁護する中国国民を見ていると、どうも中国政府としては外国に頭を下げるような軟弱外交は国民に弱みを見せることであり、政府の信頼度を下げる行為につながると考えていると思われ、一方で国民の情報源は狭められ真実のニュースが得られていないための誤解から、国民の常識はずれの殺人者擁護の偏見が生まれているのではないかと思わざるを得ない。
中韓両国の間には、貿易の拡大、北朝鮮の韓国人拉致被害者の救出など、壊されたくない事情がある。しかし、このまま中国政府が謝罪もせず、韓国側を非難するようなことなら事態は深刻になるばかりだろう。
それにしても最近中国で起きている高速鉄道脱線事故、定員オーバーのスクールバス事故、幼児人身売買、南シナ海領有権問題など数々の不祥事、人権無視、人命軽視、傲慢な外交姿勢を見ているとあまりにも行き過ぎていて、こんなおかしな民族がいるわけがないと思え、これは本当の中国、及び中国人とは違うのではないかとも思えてくる。国内のみならず、国際的にも顰蹙を買うような事件の噴出は、いかに経済大国とは言え、とても容認出来るものではない。
これから中韓問題はどう落としどころを探るのか分らないが、早急に解決することは難しいだろう。中国のように酷い国であっても、今後も付き合っていかなければならないのが国際社会というものである。中国には一刻も早く目覚めてもらいたいと思う。さもなければ、世界の孤児となってしまうのではないか。
今日は小中陽太郎さんを囲む「ヨタロウ会」の忘年会で、親しい人ばかり4組のご夫婦を合せて15人が、東横線・都立大学駅近くのイタリアン・レストラン‘TRATTORIA LA BARACCA’で美味しいイタリアンを食べ、それぞれ来年の活躍を申し合わせた。小中さんの奥様が具合が悪いと聞いていたが、大分良くなられたそうで何よりだった。
1772.12月13日(火) 田原総一朗氏の講演を聴く。
昨日の本欄でCOP17がよく分らないと書いたが、それを見透かしていたかのように今日憲政記念館で開かれた「ふるさとテレビ」主催の「田原総一朗・時代を読む」講演会で、田原氏が冒頭から新聞がよく分らないと話され、その槍玉に上げたのがそのCOP17である。新聞自体がよく分かっていないのに、記事にするから読者には分る筈がないとまで言われた。COP17については田原氏が分り易く解説してくれた。
昨日私が書いた内容とほぼ同じだが、田原氏はより具体的に中国、アメリカ、インドのような大量二酸化炭素排出国が排出量削減義務を負わないしたたかな外交術と、いつも通り厚かましい外国の言う通り引き受けてしまう日本の外交下手、そしてヨーロッパが削減義務を率先引き受けると言い出した理由について説明された。後者については1996年に京都で日本が議長国となって議定書を成立させた時の排出量削減は、ヨーロッパ8%、アメリカ7%、日本6%で、一見してヨーロッパに厳しいようだが、基準となった1990年が社会主義体制崩壊の時でヨーロッパには大量の排出ガスが溢れて、その基準から言えば8%は容易かった。だから度々1990年という年がことあるごとに出てくるわけだ。それにイニシアチブをとられて、アメリカ7%、次いで日本6%という根拠に乏しい数値目標義務を課せられたわけだ。そして、つむじを曲げたアメリカの離脱である。
一番バカを見たのはお人好しの日本ではないか。日本の外交下手とお人好しぶりが国際舞台で舐められうまく利用されてしまったのだ。田原氏もその点をくどいくらい述べておられた。
田原氏はそのほかに、①野田内閣支持率の低下の原因、②普天間基地移設問題、③日本企業は攻めの経営から守りの経営に変わった、④失敗を恐れる風潮、等々についてちょうど1時間話された。
話を終えて田原氏が質問を受けましょうと言ってくれたが、質問者が自分の意見を長々と述べて時間がかかったために、たった二人しか質問が許されなかった。最近こういう質問者が多くて困る。こんなことなら、私が質問したかった。ズバリ「田原氏は原発推進支持か、脱原発支持か?」と。
開始前に主催者「ふるさとテレビ」の角広志氏と田原氏の原発感について立ち話をした。先日のペンクラブの「脱原発を考えるペンの集い」で、躁状態の袖井林二郎・法政大名誉教授が「田原総一朗は殺人者だ!」と脱原発の立場から乱暴に一方的な発言をしたが、田原氏当人の口から原発についてどう思うか聞いてみたかった。田原氏は原発事故について「時代を読む」と銘打った以上当然触れてくれると考えていたが、原発に言及してくれなかった。残念ながら、元々1時間では時間が足りず、今日の田原氏は客観的な話が多く、氏の本音を聞き取ることは出来なかった。
10年以上前に田原氏の講演を聞いたことがあるが、今日は若干フラストレーションが溜ったが、それでも氏の相変わらず分り易くメリハリの利いた話しぶりにはそれなりに楽しませてもらった。
1771.12月12日(月) COP17の実効性は?
地球温暖化防止のための具体的な対策として「COP17」が南アフリカのダーバンで開催されていたが、すったもんだの末漸く合意して閉幕した。このCOP17というのがよく分らない。一昨年にはCOP15をコペンハーゲンで開催していたので、そのスリーレターに因んでCOP15と呼んだのかと思ったくらいである。
そのCOP17とは、正式には「気候変動枠組み条約締約国会議」と呼ぶのだそうで、この日本語の意味も専門家ならともかく一般人にはとんと見当もつかない。
今回会議開催の理念としては、これ以上温暖化の原因である二酸化炭素の排出を抑えようというのだから、未来社会のために世界中が協力してルール作りをすべきなのに、各国のわがままや思惑が噴出し、共通のルール作りが出来ない有様である。今回の会議も協定書について参加国から合意が得られず、1日延長して何とか不完全な合意を取り付けたに過ぎない。
だが、それも紳士協定みたいなものだから、全参加国がその気にならなければ正に砂上の楼閣である。
当面の懸案事項は、京都議定書の温室効果ガス削減義務を、期限が切れる2012年末から2013年以降へ延長し、新たにすべての国が参加する体制を作ることである。妥協のうえに妥協を重ねて何とか表面的に取り繕って「ダーバン合意」は採択されたのである。
しかもこれには、今後相当な努力が積み重ねられないと実質的な効果はほとんど期待出来ない。そもそもの誤算は京都議定書自体、排出ガス量の1位中国が削減対象国から外れていることであり、排出ガス量2位のアメリカも条約を批准しないことであり、実行出来るかどうか、が疑問視されていた。
いずれにしても2020年には、すべての国が参加することを前提に長い道を歩むことになった。その過程で、中国とアメリカの自己本位な態度に痺れを切らした日本、カナダ、ロシアは2013年からCOPから離脱することになった。
それにしても、国際条約でありながら、各国に建設的な協力の姿勢が見られず、これだけ大規模な会議であるにも拘わらず、実りの少ない、実にお粗末な会議だった。こんな調子で果たして今後地球温暖化を防止することが出来るのだろうか。
1770.12月11日(日) 見応えのあったテレビの戦争?番組
今日はテレビとビデオで日本近代史上興廃を分けた二つの戦争関連番組を観た。
ひとつは太平洋戦争に関するドラマである。我が国の戦争に関しては、不思議なくらいメディアで主題として報道されることが少ない。特に民放テレビではほとんどと言っていいくらい、報道ニュース番組以外では取り上げない。そんな中で流石にNHKは、公共放送だけあっていろいろな角度から取り上げて放映し考えさせてくれる。
昨日NHKで放映された「真珠湾からの帰還」というタイトルに、「軍神と捕虜第1号」と副題が付けられた90分ドラマは中々の秀作である。これは録画で観た。実在の人物の行動とその周辺人物を取り扱った番組である。5艇の海軍特殊潜航艇が真珠湾攻撃に参加したが、撃沈され乗組員10名のうち9人は戦死して「軍神」として崇められる一方、死に損なった酒巻和男少尉が太平洋戦争で最初の捕虜となった。心理描写の多いドラマだが、生き残った酒巻が上官だった少佐から教えられた「死に方を考えろ」との教えを考え続ける。米軍の捕虜となったが、その後同じように捕虜となった日本人兵士たちのリーダーとして収容所内で米軍から一目置かれるようになる。酒巻は国内で非国民、国辱として非難されるが、戦後復員することが出来た。仲間や部下の死を背負い、悩みながら生きていく。その後トヨタ自動車に入り、トヨタブラジルの社長になったという。
われわれ戦争未体験者にとっては、兵士たちの深層心理までは理解し難いが、こういう辛い体験を味わった人が多くいたということは知っておくべきである。深く考えさせられるドラマだったと思う。
もうひとつは、今晩放送されたNHK連続大河ドラマ「坂の上の雲」である。日露戦争で勝負を分けた旅順郊外の「203高地」における日露両軍の激しい攻防戦のシーンが印象的だった。この「203高地」を奪取したことによって日本の勝利が確実なものとなったが、歴史上の有名人が入れ代わり立ち代り登場する。司馬遼太郎の同書を読んだ時、司令官・乃木希典の評価があまりにも低いのに当初驚いたが、今日は存在感が薄く、リーダーシップが見えない乃木が描かれていたのは原作に忠実だったのだと確認した次第である。
戦争関連のドラマには、その時代の世相や社会現象が反映されるケースが多い。その点では歴史や歴史上の人物、時代背景を学ぶことが出来る。更にこれは書物でも同じだが、深く学べば学ぶほど興味も尽きない。
それにしても、上記二つのドラマは腰を据えて観るのに格好のドラマである。今日は併せて3時間を長々とじっくり楽しむことが出来た。ロケ場面なんかを考えると相当手間、金がかかって大変だと思うが、テレビでも真面目で反戦思想が滲み出てくるような戦争関連番組をもっと制作してほしいものである。
1769.12月10日(土) EU内で浮上した英対独仏の対立は解消出来るか。
ヨーロッパ経済の不安定化の渦中にあるEUでは、ここ1週間首脳会議を開催し、ユーロ圏の政府債務危機への総合対策を盛り込んだ議長総括を採択して昨日閉幕した。
しかし、これまであまり注目されなかったEUという堅牢な組織の脆い部分が少しずつ姿を表してきた。ギリシャ財政危機以来、中心となって危機回避に奔走してきたのは首脳の中でも、ドイツのメルケル首相であり、フランスのサルコジ大統領だった。だが、昨日の首脳会議閉幕前になって、この独仏両国と同じEUではあるが、ユーロ圏に入っていないイギリスとの間で考え方に齟齬を来たすようになった。
EU加盟国は27カ国であるが、通貨を共通する「ユーロ圏」国は17カ国であり、ユーロ圏外で最大の国家がイギリスである。このイギリスと独仏が鋭く対立する場面が出てきた。そもそも独仏の間では必ずしも考えが同じではなかったが、財政規律を強化するためにはEU条約を改正する必要があるとの認識で、お互いに歩み寄ることによって意思の統一を図った。条約改正には加盟27カ国の全会一致が不可欠だからである。ところが、これに異を唱え出したのがイギリスである。イギリスのキャメロン首相は、「ユーロ圏の安定はヨーロッパ諸国とイギリスにとって良いことだが、イギリスの利益を守る必要がある」として、条約改正はイギリスの利益につながらないと述べ、挙句の果てには「単一通貨に入っていなくて良かった」と言い出す始末である。条約改正にイギリスが反対している以上議長総括も簡単には前へ進めない。
日本の外交官と異なり、百戦練磨のタフ・ネゴシエーターであるそれぞれの首脳陣が、交渉のプロセスでいずれ妥協点を見出すことと思うが、外交に弱い日本としてはこの際タフな3カ国のお手並みを拝見し、当面高みの見物と行くか。
さて、今年生まれた子どもの名前について、明治生命が人気ランクを発表した。まだ1ヶ月余を残しているが、傾向としては何となく分る。しかし、近年の特徴として簡単に読めない名前や、字画数が多くて赤ちゃんが大きくなった時に他人から正確に呼んでもらえないとか、試験用紙に記名するのにちょっと苦労するのではないかと他人事ながら些か気にもなる。
つい最近ブラジル・サッカー界のスーパースターだったソクラテス選手が亡くなった。しかし、かのギリシャの哲学者と同じ名の選手はひとときサッカー界で大活躍していたが、サッカーばかりでなく頭脳の方も中々優秀だったようで医師としても活動した。名前負けしなかったのだ。
さあて、日本の子どもはどんな名だろうと思ったら、懸念した通りまず読みにくい。はっきり言って読めない。男の子は①大翔(ひろと)、①蓮(れん)、③颯太(そうた)で、女の子は①陽菜(ひな)、①結愛(ゆあ)、③結衣(ゆい)、というのが人気ベスト3である。親も子どもの幸せを願って、良かれと思い名づけたと思うが、有名人とかタレントの名にあやかって名づけたとしたら、子どもが可哀相な気がしてくる。男の子の「ひろと」、女の子の「ひな」「ゆあ」なんてよくも考えたなぁと思う。最近子どもを育てきれずに、子どもに暴力をふるう若い親や、幼い子どもに突然ナイフで傷つける若者などに見られるように残虐な事件が多い。両親の愛情を一身に受けて親が名づけた名前の通り、健やかに成長してほしいものだと思う。
1768.12月9日(金) 日系人ミネタ米下院議員の信念について
「JAPAN NOW観光情報協会」の12月観光セミナーで、NHK制作局チーフディレクターの小山靖史氏が、今年のドキュメンタリー話題作「渡辺謙アメリカを行く―9.11テロに立ち向かった日系人」について制作者の立場から、ビデオのさわりの部分を映写しながら約2時間に亘って講演してくれた。
この番組は放映された時に観て、中々意欲的な作品だと感銘深く感じた作品である。小山氏が制作の裏話を交えて、いくつか興味深い話もしてくれた。アメリカで圧倒的な人気と存在感がある日本人は、MLBのイチローと俳優の渡辺謙だそうだ。その渡辺が企画に賛同し、ボランティアとして演じてくれた。渡辺は1年のうち日本とロスアンゼルスでそれぞれ半分ずつ生活し、日系一世のような生活をしていると自認し、日系人の歴史と生活に関心が強いらしい。
番組は戦時中の日系人隔離収容所で日系人が収容され、自由を奪われたことに対して、日系人下院議員として1987年レーガン大統領時代に、アメリカ議会に日本と日本人に対して謝罪させ、名誉を回復する法案を通過させることに尽力した、ノーマン・ミネタ氏の生きざまと足跡を追ったものである。ミネタ氏の積極的な行動力と誠実な人間性が議会でも信頼され、民主党員であるにも拘わらず、クリントン民主党大統領の下で商務長官、ブッシュ共和党大統領の下で運輸長官という極めて稀な閣僚経験を持つ。
この番組の主旨に惚れこんだミネタ氏と渡辺が、多忙な中でボランティア的協力をしてくれた。そのミネタ氏は戦時中ハート・マウンテン収容所に押し込められて家族の絆を壊されたと語ったそうだが、この番組のために現地を訪れ、アメリカで有名人である渡辺がドライバーを務めてくれたことに興奮していたと述べた。
9.11テロ発生の時、ミネタ氏は運輸長官だった。アメリカ国内にイスラム系住民に対する非難が渦巻き、航空機搭乗に彼らを差別しようとの動きがあった。その差別的行動を阻止したのは、戦時中人種差別により収容所でミネタ氏自身辛い体験を味わった原体験があったからである。
多くの反発とバッシングがある中で、敢えて差別を阻止しようとしたミネタ氏の理念と行動力、加えて揺るがぬ信念、強い正義感が反対論を押さえ押し切った。ミネタ長官の提案通り法案は通過し、アメリカ国内で9.11以後イスラム系住民を差別するシステムは回避された。
現地の映像も良かったが、話の中心がぶれなかったことと、ストーリー性がしっかりしていたことが素晴らしい作品に仕上がった理由だと思う。
小山氏には事前に私の9.11に関する持論を話し理解をいただいた。併せてカイバル峠の写真のコピーを差し上げた。ほかに何人かの質問者の中で、JN協会前理事長の丹羽晟氏が、ミネタ氏が信念が固くぶれないと言われた話で、丹羽氏が運輸省局長時代に仕え、ぶれない政治家として挙げた3人とは、①中曽根康弘・元首相、②橋本龍太郎・元首相、③石原慎太郎・現東京都知事、というのには多少反論もあろうが、なるほどと頷かせるものがあった。
いずれにせよ、今日のセミナーは極めて意義のあるもので、勉強になった。
さて、今日臨時国会が閉会した。最後になって一川保夫・防衛相と山岡賢次・消費者相に対する参議院問責決議案が可決された。だが、拘束力がないので、本人に辞める意思がなく、任命権者である野田首相にも辞めさせる気持ちがなく、両大臣は揃って来年の通常国会まで任務に就く。だが、問責決議に拘束力がないとするなら、なぜ貴重な時間を費やしてすったもんだの辞職騒ぎをやるのか。今国会では提案した法案38のうち、通ったものは僅か13案である。平成になって最低だそうである。国会議員はあまり仕事をしていないことが分る。
同時に、公務員人件費の削減、国会議員定数の削減などは法案が通らず、公務員のボーナスが今日増えて支給された。国会議員、公務員を併せて自分たちは身を削らず、国民に負担ばかり強いている。ひどいものである。
1767.12月8日(木) 太平洋戦争開戦70周年を迎える。
日本帝国海軍の戦闘機による真珠湾攻撃で戦争の火蓋は切られた。今からちょうど70年前の今日太平洋戦争は始まった。今なお公式には戦争の検証が充分なされたとは言えない。先ずは、戦争の原因を突き止め反省のうえに過去を清算することが、求められると思う。にも関わらず、今だに誰が戦争責任者なのかはっきりしない。310万人もの多大の犠牲者を生み出しながら、依然として誰が戦争の責任者なのか判然としないのは不条理ではないか。
今朝の朝日「オピニオン」で、日本近代史専門の加藤陽子東大教授は、最終的に開戦の決定を主導したのは誰かと問われたのに対して、大本営政府連絡会議と閣議決定によって開戦が決まったので、軍と内閣双方の一致があったと答えている。つまり軍と政府両者の責任ということのようだ。個人的には誰とは言っていない。加藤教授によると、日本は軍と文官の間に非対称性(この言葉がよく分らない)があったという。
開戦は軍の暴走によるものと喧伝され、それを止められたのは天皇しかいなかったと言われ、結局戦争へ向ったのは、止められなかった天皇の責任が重いと言われたこともあった。いずれにせよ戦争責任についてはこれまであいまいのまま過ごしてきた。
それが証拠には、靖国問題はウヤムヤにされ、沖縄基地問題も出口は見えず、戦後浮上した国境問題には話し合いする気もなく、歴代政権は事なかれ主義で手をつけず今日まで無為に過ごしてきた。実際太平洋戦争とは言うが、これだって正式な名称ではなく、あれだけの犠牲を払った戦争が今もって正式名称さえ付けられないまま今日に至っている。
今の政治家は無能ということもあるが、こういう大事な問題を真正面から取り組もうとしない。些細なことについて口こそ達者だが、しっかり学び専門知識を身につけて、論理的にディベートしなければいけないような厳しい問題からはみんな逃げている。何でもかんでも先送りして、自分たちの手は極力触れないようにしているのだから話にならない。
さて、昨年の今日は韓国にいた。昨年11月23日に起きた延坪(ヨンピョン)島砲撃事件の情報を探るべく出かけたが、警戒が厳重で同島方面へはとても行ける状況ではなかった。ただ、高速道路上、或いはドライブインで大砲を載せた軍用車を見たり、頻繁に戦車を載せた軍用車を追い抜いたりしたのは、事件の影響ではないかと思ったものだ。
今日のテレビ番組を見てみると、NHKは戦争を取り上げた番組がいくつかあったが、民間TV放送はあまり大きく取り上げていない。僅かに日本テレビ「ZERO」が戦史物を書いている半藤一利氏を引っ張り出し、村尾信尚キャスターと対談をした程度である。過去の事件よりCMが取れる金儲け番組の方が大事だと思っているわけでもあるまいが、民放も開戦70周年という画期的な日を真剣に捉えて、もう少し昭和の大戦争に関心を持っても良いのではないかと思う。
1766.12月7日(水) 鈴木宗男元議員を囲むピント外れの議員たち
昨日は親しい友人3人と今年最初のランチ忘年会で、こもごも最近の身の回り情報の交換をする。ひとりは私と同年配であるが、残りの二人はかなり年長で、どうしても健康が話題になる。以前なら忘年会を昼日中にやるなんて気持ちも発想もなかったが、最近は年配者と集まることが多いこともあり帰りの足を心配して早いうちに一杯となる。楽しい会話であっても少々味気ないのは、やはり健康問題上アルコールを控えることだ。しかし、こればかりは残念だが止むを得ない。
今日はまず「JAPAN NOW観光情報協会」の企画会議に出席した。主要議題は来年3月に名古屋で開催予定のJN協会観光セミナーについてである。日本観光振興協会中部支部長で、JR東海相談役の須田寛氏がほとんど立案し、実施面でも主体的に取り仕切られる。今日の会議でも須田氏があらましの計画について説明された。須田氏の献身的でエネルギッシュな活動には頭が下がる。
その後JN協会の忘年会を同じ麹町の海事会館ビル内の喫茶店を借り切って行った。久しぶりに高校の同級生・大塚武夫さんと話しこんで、中国問題について意見を交わした。また、青色申告に関していろいろお知恵を拝借した。
さて、昨日受託収賄罪で2年間の刑に服していた鈴木宗男・元衆議院議員が1年の刑期を残して仮釈放されたが、昼間の記者会見と夜の仲間内の祝賀会?では恥も外聞もなくいい気になって気炎を上げていた。悪質な罪を背負った仮釈放の身の人間に対して、早速愚かな国会議員が集まり、‘鈴木先生’の激励会をやっている図式はあまりにも次元が低くはないか。仮釈放されたとは言え、刑期はまだ1年残っている。もう少し謙虚に反省して謹慎の気持ちがあって然るべきではないか。ところが、そんなことにはお構いなく、鈴木氏は大演説をぶち上げ背広の襟に金バッジまで着けている。議員でもないのに不思議だと思っていたら、永年勤続議員として表彰された時いただいた金バッジだという。ここにも嫌らしい「国会議員への渇望」が見られる。
小沢一郎・元代表、鳩山由起夫・元首相ら民主党領袖、出る場所を間違えたのではないかと思える‘良識派’福島瑞穂・社民党党首、更に国会で鈴木氏を「疑惑の総合商社」とまで罵倒した辻元清美議員までもが敵に塩を送るかのように、こんな妖怪が顔を出すような場に顔見せして自分の常識・社会通念の劣化ぶりを世間にアピールする愚かさには、またかというアホらしさに呆れるばかりである。
日本の政治、そして政権交代を成し遂げて期待された民主党のフレッシュさを台無しにした民主党の面々、特にリーダーの小沢、鳩山の凸凹コンビにはがっかりさせられる。鳩山氏は表舞台に出しゃばるべきでないにも拘わらず、鈴木氏をヨイショして、一昨日にはまた軽率な発言で周囲を唖然とさせている。
鳩山氏が何をしゃべったか?? 相変わらず反省の色もなく、こう着状態の沖縄普天間基地移設問題について、辺野古以外に基地移転の場所がある筈だと思いつき発言をしたのである。この懲りない御仁はどこまで無責任で、周囲の人々を惑わせ、迷惑をかけるつもりだろうか。
鳩山氏の政界における存在は、日本の政界のためだけではなく、日本国にとって大いなるマイナスでしかない。議員職に縋りついていないで一日も早く議員を辞すべきである。それが彼が国家のために出来る唯一の善行である。
1765.12月6日(火) プーチン‘大統領’再び君臨か?
来年3月ロシアで大統領選挙が行われる。すでに昨年辺りからロシア的と言うべきか、プーチン首相によるおかしな政治的な工作が行われていた。つまり、現在のメドベージェフ大統領とプーチン首相がお互いの立場と職務を交換して、プーチン氏が大統領に、メドベージェフ氏が首相に納まろうとの奇妙な政治的取引である。こういう国民を舐めたような政治ショーが世界の大国で行われようとしている。ロシアが近代民主国家ならぬ姑息なエゴイズムを全世界に曝け出したのである。
これはどう考えてみてもおかしいと思う。プーチン首相の権力欲と名誉欲は留まるところを知らない。最高位権力者である大統領として憲法上認められている2期・10年の役目を3年前に終え、本来なら引退か、閑職に就くべきだったが、甘い蜜に味を占めて権力の座に居座る方策を考えた。それが、一旦座を離れてから前職に復帰することである。権力の中枢から遠く離れず、茶坊主・メドベージェフ氏に一時的に「大統領の座」を貸して院政を敷き、憲法に抵触しない範囲内で虎視眈々とトップの座に復帰を図るという、呆れた政治ショーを演じようとしているのだ。
プーチン首相の並々ならぬ権力志向は、まず憲法上許される2期・10年の任期を全うすることであるが、更にこのうえに強欲なおまけがつく。大統領就任後この任期を憲法改正によって1期5年ではなく、6年に延長して、自分は2期・12年を大統領として君臨し、再び甘い汁を吸おうというのである。つまり、今後2012年から12年間の2024年まで、再び国のトップでやりたい放題のことをやろうというのである。長期政権に胡坐をかき、恐怖政治を行った末に独裁者として追放された、チュニジア、エジプト、リビアの権力者の最近の悲惨な例を見るまでもなく、いつかはプーチン長期政権が民衆によって倒される可能性も充分考えられる。
実は、こんな馬鹿げたことがよく出来ると呆れ返っていたところ、一昨日行われたロシア下院選挙で、プーチン率いる政権与党「統一ロシア」が議席を大きく減らした。そうは問屋が卸さないものだ。2007年の前回選挙では全450議席のうち、「統一ロシア」は丁度7割の315議席を獲得して一党支配状態だった。それが、今回の得票率は52.8%の238議席でしかなかった。過半数を超えたとは言え、憲法を単独で改正出来る3分の2の絶対安定多数は失った。
日経紙は、「プーチン首相が過去10年間に亘り実施してきた‘一党支配’や‘管理された民主主義’への警鐘となる。経済面では汚職の根絶や自由な企業活動の保証に向けた構造改革に期待し、政治面では政党間の公正な競争を求める中間層が声を上げた結果だ」とコメントしている。
今ひとつ見えにくいロシアの政治が若い層には嫌われていることが窺がえる。プーチン首相が大統領に返り咲いて、ロシアは民主主義の道を歩んでいくのか、或いは以前の暗黒の共産主義国家時代へ逆戻りをするのか、プーチン首相の行動から目が離せない。
さて、朝日新聞の特集「カオスの深淵」3回目で知ったことだが、ベルギーには昨年6月から首相がいなかった。昨日540日ぶりに漸くディルポ新首相が選任された。ちょっと常識的には考えられないことであり、これでよくも国家が機能出来たものだといぶかしい気がする。
実は、ベルギーは言語別、地域別の5つの自治政府が教育、経済、雇用などを担当しているので、中央政府としては他国の中央政府ほどなすべきことはない。そしてEUという国家の枠を超えるような超国家の枠組みの中に組み込まれているので、それほど国家としての意識や存在感がないらしい。古来ベルギーは、北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏の対立が続いていたので、余計にひとつの国という概念が国民の間ではぴんと来ないようだ。
それにしても、こうなると国家とは一体何だろうか。
1764.12月5日(月) 数少なくなった戦争体験者の苦悩の声
まもなく太平洋戦争開戦70周年が巡ってくる。その当時私はまだ3歳になったばかりで当然記憶はない。それでも終戦の年に小学校(当時は国民学校)に入学し、空襲警報発令で防空壕に逃げ込んだり、校外で突然襲ってきた米戦闘機に担任の青木正子先生が「伏せなさい!」と叫んだ大きな声が今もって忘れられない。また、自宅の2階から現在の内房線列車が米戦闘機の機銃掃射を受けたシーンを目撃した記憶は、私自身の戦争実体験の想い出として克明に覚えている。その後旅行を生業とするようになってから、戦友会の戦跡巡拝団や、厚生省中部太平洋戦没者遺骨収集事業に関わるようになり、戦争体験者と会って話を伺う機会が多くなり、おかげで徐々に戦争について学び多くの知識を得るようになった。
開戦記念日というエポックメークな時を前に、NHKテレビでもいくつか特集番組を放映している。3日、4日の2回に分けてNHKスペシャル「太平洋戦争70年―証言記録・日本人の戦争―」というドキュメンタリー番組が放映された。第1回「アジア―民衆に包囲された戦場」と第2回「太平洋―絶望の戦場」だった。4年間に亘り800人の証言をベースに番組は構成されたようだ。日中戦争以来8年に亘る戦争の間に元兵士が語った悲惨な戦場証言である。戦争の意味について、中々考えさせられる番組だった。
「戦争は絶対やってはいけない」という言葉が繰り返されたが、この番組には将官、士官、下士官、一兵卒を問わず、戦争の残酷さや辛さ、戦地で生きて祖国へ帰りたいとの純粋な気持ちが吐露されている。
一兵卒とある将校の告白を紹介してみたい。ひとりは秋田県出身の86歳の一兵士である。フィリピン・ルソン島へ派遣されたが、敵は米軍だけではなく地元住民、中には抗日ゲリラも数多くいたという。ゲリラのいた地区では全住民虐殺の命が出され、これは断りようがなかった。拒否すれば軍法会議で銃殺が待っていた。皆殺し作戦だった。当時は命令から逃げることは絶対出来ないと考えていた。だが、今になって兵士はなぜこれを避けることが出来なかったのかと悩み、フィリピン住民に申し訳ないと心から詫びている。
もうひとりの87歳の元将校は、同じルソン島で突撃隊長として部下を死地に向わせ、200人の部下の内、生きて帰還した者はたった4人で、自ら下した命令で多くの部下を殺した後ろめたさと後悔から、戦後自宅から人前に姿を現すことはなく、楽しい旅行や温泉などにも行かず、そんなことをしたら殺した部下に申し訳ないとひたすら自宅で謹慎生活を送っておられる。この方はインタビューの後3ヶ月後に亡くなられた。
折りも折り今朝の日経新聞に「遺骨収集実態ずさん―フィリピンで戦死の日本兵―」の記事が載っていた。内容的には3月に朝日がスクープしたものと同じだが、かつて細かく精査し確定したうえに遺骨収集事業を進めていたが、この記事で暴露されたようにフィリピンの戦没者遺骨収集事業の安易な好い加減さが気になる。この先の遺骨収集事業がどうなるのか心配である。
ほかにも北上市の元教師は教え子が戦地へ向う度に励まし、戦地の教え子に「真友」という新聞を印刷して故郷の情報を戦地へ送り、士気を鼓舞していた。教え子も受け取るのを楽しみにしていた。しかし、これが戦後この教師の心に深い傷を残し、私費で鎮魂の鐘を造り戦死した教え子の名を彫ってお堂を建立し、鐘撞きをしながら昭和42年に亡くなるまで毎日戦没した教え子を供養していたという話が紹介されていた。胸にズシリとくる辛い話である。
いずれにせよ、先の太平洋戦争は未曾有の犠牲を強いて、戦没者と遺族のみならず多くの国民の間にも深い傷跡を残した。この番組の冒頭で「戦争体験者が誰もいなくなることを憂いたことが生の声を取り上げるきっかけになった」というナレーションが流された。一方で、時代がどんどん変わっていく間に、戦争の傷跡も風化していくのではないかと心配する、戦地で苦労された元兵士の言葉が引っ掛かった。
1763.12月4日(日) ヨーロッパ財政破綻の原因は?
世界的に経済不況が蔓延し、一部には第一次大戦以来の世界大恐慌が襲ってくるのではないかと不安視する声もある。多少失業率は向上したとは言え、アメリカの景気が全体的に一向に好転せず、その間にヨーロッパ先進国の財政が連鎖的に行き詰まり、抗議活動やデモが勢いを増し、失業者は増え、ギリシャに続いて、イタリア、スロバキア、スペインの政権が交替する有様である。
今日から朝日新聞がこの実態にメスを入れるべく、朝刊一面にトップ記事としては珍しい特集を組んだ。「カオスの深淵」と題してヨーロッパ危機の意味について明後日まで3回連載される。この難解な疑問については専門家でも意見や評価が分れるところである。その本当の原因はよく分らない。だが、金余り現象の究極の結果ではないかと考えている。資本主義社会、言い換えれば近代民主主義になって経済が発展し、共産主義が悪と決め付けた、金融資本主義に次第に拍車がかかったことに依るのではないかと思っている。
朝日では「借金が民主主義を支配する」とのテーマを投げかけているが、多分その通りだと思う。一部の人間が借金をしたことにより、目に見えない資金流通量が増え、その分だけ購買力が増えた。また、商品取引とか、金融資本取引や信用取引により需要以上に見かけの資金が増加して、世界的に資金量がだぶつき、世界経済が砂上の楼閣にあったのではないかと考えている。その裏では、投機筋のヘッジ・ファンドや、証券会社などの金融機関の暗躍があった。
ついにはあれだけびくともしなかった「最後の砦」ドイツ経済すら揺らいだ。ドイツ国債が4割も売れ残り、ドイツ連邦銀行が残りを引き受ける破目になった。
朝日の特集を追ってもっと学んで、本当のところを知りたいものである。
1762.12月3日(土) 思考停止の国会議員にうんざり
沖縄問題となると、どうしてこうもこじれるのか。先日防衛省・田中聡沖縄防衛局長の暴言があったと思ったら、その身内の暴言を非難して更迭処分まで下していた一川保夫・防衛大臣が語った、米兵の少女暴行事件について実態を知らなさ過ぎるとして野党はもちろん、与党内からも非難が浴びせられている。職務柄そう批判されても弁解の余地もない。
何度も繰り返すようだが、一川大臣は就任記者会見からして大臣としての適格性に欠けるのではないかと危惧されていた。防衛大臣になろうというのに防衛問題に素人であると公言して、顰蹙を買ったのはつい3ヶ月前である。こういう発言を聞かされては、部下も堪ったものではない。東日本大震災で活躍する自衛隊員のモチベーションも下がる一方なのではないか。どうしてこんなとろい人物が、国防の最高責任者になることが出来るのか。
1995年米海兵隊員による沖縄の少女暴行事件は、事件当時沖縄中で強い反発を買い反米デモを引き起こした。これがきっかけで普天間基地移設問題が俎上に上がってきた。今普天間基地移設問題がギクシャクしている最中に、そんな大事な事件の内容と経緯も知らずに、よくも防衛大臣を引き受けたものだ。大臣たるもの何も考えていないことになる。
衆議院では大臣の問責決議案が検討されている。ほとんどの野党が問責に賛成しているうえに、与党内でも大臣を罷免させるべきだとの強硬な意見が出されている。今日前原誠司・民主党政調会長が「この問題(少女暴行事件)をきっかけに米軍普天間飛行場返還が大きなうねりになった。そのことをご存じないことは勉強不足が過ぎる」と切って捨てた。同じ党内有力者からも愛想をつかされたのである。このままでは衆議院で問責決議案が通ることは確実である。これは政権政党にとって致命傷になりかねない。任命権者である野田首相にとって選択肢は狭まり、防衛大臣を罷免するかどうかの瀬戸際に立たされている。どうして、こうも出来損ないの大臣が後から後から表舞台に出てくるのだろうか。
政治が不透明で前へ進まない時に、またつまらない失言と足の引っ張りあいにより国政レベルで時間と費用を無駄に使っている。国会議員はもっと恥を知るべきではないか。自分たちは仕事もせず、身銭も切らずに国民には増税、増税と負担ばかり押し付けている。今国会議員に一番実行してもらいたいことは、議員定数の削減である。これで財政的には大分助かる。これは総選挙の民主党マニフェストであり、国民に約束したことではないのか。国民との約束も守れないのか。
東京メトロ「国会議事堂前」駅名をフランス語で発音すると「コッケイジジドモー」となる。正に図星である。エスプリの効いたジョークを好むフランス人は流石に見抜いている?
結論を言えば、「国会議員とは何も考えず怠け者でウソツキで、単に欲の深い詐欺師である」。
1761.12月2日(金) アメリカとビルマの外交関係復活成るか。
ビルマに対して俄かにアメリカ政府が関係改善に動き出した。その背景には、ビルマ国内における中国の圧倒的な存在感と、最近になってビルマ政府の外交スタンスが変化しつつあることが影響している。軍事政権は1988年に選挙で惨敗を喫したアウン・サン・スー・チーさんが率いる民主化勢力を弾圧し、こともあろうにリーダーらを多数逮捕し、スー・チーさんの政治活動を制約し、自宅軟禁に押し込んだ。その時以来、欧米諸国はビルマ軍事政権に対して経済制裁を課してきた。これにより元々苦しいビルマ経済が益々窮地に追い込まれた。その窮状につけ込んで援助を申し出たのが隣国の中国である。中国にとっては願ってもないチャンスである。表向きはビルマへの友好関係の構築、ビルマ経済への支援を唱えているが、すでに馬脚を顕した中国の途上国への支援は、支援という美名につけこみ、現地へ恩恵を与えるどころか甘い汁を根こそぎ母国へ持ち帰るやり方で、これまで経済援助をしてきたアフリカ諸国からも強い不満の声が上がっている。
実際中国によるビルマへの投資も、美味しいところを丸ごと中国本土へ持ち帰る、「援助」に名を借りた中国にとって割のいい「商い」だった。だが、今年9月にビルマ政府は中国に対し中麺北部国境近くのミッソンダム建設工事の凍結を一方的に通告した。仮に工事が完成してもその発電量のほとんどは中国へ送電され、地元ビルマ国民への恩恵は極めて限られている。そのうえ環境汚染もあって周辺住民の間には不満が燻っていたからである。
現在中国・成昆とビルマ・インド洋沿岸都市・チャウピューとの間に石油・天然ガスのパイプライン800㎞構想がある。これが完成すれば、マラッカ海峡を通さずにインド洋から直接ビルマ産天然ガスや中東産石油を中国に運び込むルートが開通する。これもビルマのための開発ではなく、ビルマの土地を利用した中国のための開発である。これらの投資により、ビルマへの海外からの投資は累進的に増加し、2010年度のそれは200億$(約1兆5500億円)に達して、それ以前の21年間の累計投資額(160億$)をも上回った。そして、その約7割を中国と香港が占めている状態である(残りのほぼ3割はタイと韓国)。この中国の影響力とこれまでの中国一辺倒外交に危機感を抱いたアメリカ政府は、アジア・太平洋地域におけるプレゼンスを確立するために行動を起したというのが、アメリカ外交の本心である。
ビルマ自体は、今年3月の民政移管以降徐々に政治・経済両面で改革が進み始めた。ビルマ政権内でも、このあこぎな中国の手法に対する不満が渦巻いており、そこへ軍政の最高権力者で親中派だったタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長の引退が政権内の空気を変えさせた。
このような時期にクリントン米国務長官がビルマを訪れテイン・セイン大統領と会談した。現職の国務大臣がビルマを訪れるのは、実に56年ぶりである。ビルマとしてもこのまま国際社会の中で孤立するのは出来れば避けたい。アメリカにとっても中国の進出を牽制したい。
両者の思惑がからんだ会談では、クリントン長官は1000人以上の政治犯を無条件釈放と、ビルマと北朝鮮との間の核開発協力の停止を求めた。これに対してテイン・セイン大統領は、アメリカの主張は一応理解出来るとしている。今後ビルマが経済封鎖を解除され国際社会へ復帰し、多くの国々と外交関係を復活してくれることを願うものである。
1760.12月1日(木) 東京電力の好い加減な体質
早くも師走12月である。11月は全国的に平年より高かったが、今日は一転して各地で昨日に比べて2℃から10℃も寒かった。それにしても今年は月日の経過が早い。事件が多いせいもあろう。何と言っても3月11日東日本大震災の心理面の影響が大きいのではないかと思う。これさえなかったら、もう少し日本も経済復興が進んでいただろうし、沖縄問題ももっと前進していたのではないかと思う。それより気分的にも寛げてもう少し時間的にもゆとりを感じたことと思う。
その大震災による福島第一原発の事故は、あれから8ヶ月以上も経つのに、未だに収束の見通しがはっきり立たない。そんな折昨日福島第一原発の第1号機内では、溶け落ちた核燃料のすべてが原子炉圧力容器を突き抜けて格納容器に落下して、底に敷かれたコンクリートを、場所によっては65㎝のコンクリートを鋼鉄製の容器の壁から37㎝のところまで侵食したという。えらいことである。
東電はこれまでこの事態を公表して来なかった。年内に冷温停止可能との一部報道だけが流され、時間はかかるがこのまま行けばいずれ収束に向うであろうことを国民に知らせていたのである。それがこの様子だと年内冷温停止も危ぶまれる。
核燃料がコンクリートの中にまで浸透し、65㎝も突き破ったというのは恐ろしいことである。公表ではここに留まっているかのような話だが、まだ更に奥深く沁み通っていることが考えられ、鋼鉄製の容器の壁へ接近することも予想される。
東電の発表を見ていると深刻であっても会社にとって不利な情報は話さず、どうも切羽詰ってニッチモサッチモ行かなくなってから公表しているような印象を受ける。大事故で散々国民に迷惑をかけておきながら、情報隠しもどきをやっている。これでは、到底国民の理解と支持を得られないのではないか。
すでにこの東電福島第一原発は収束されても、すでに廃炉が決定している。東電によれば、その廃炉に支障を来たすともいう。水位計のデータは信頼性に問題があり、事故直後に圧力が急低下した原因も不明で、エネルギー総合工学研究所では、圧力容器の支えが損傷し、傾いている可能性もあると述べている。お先真っ暗なのである。
そのうえ東電のチョンボはこれだけに留まらない。何やらフランスのアレバ社に引っ掻き回されていたことが分かった。昨日の新聞でも報道されていたが、すでに「選択」11月号では「フクシマを食い散らかしたアレバ」と大きく取り上げていた。最初アメリカのキュリオン社製の設備が効果を表さず、来日したサルコジ大統領の圧力があった?のか、救世主を気取ったアレバ社がその後を引き受けた。ところが、これが評判とはえらい違いで期待はずれも甚だしい。アレバ社製除染装置は高レベルの放射性廃棄物を発生させ、この後始末に巨額の費用がかかるとされている。その挙句に東電がアレバ社に支払ったのが60億円と言われている。火事場に乗り込んでゴミを撒き散らし、札束で平手打ちを食わせて分捕っていくという最悪のパターンでやられっ放しなのだ。
東電には業者の実力とそのレベルを見抜く能力が欠け、言われるがままだった。よくもこんな会社が「大会社」として偉そうに振舞えたものである。所詮親方日の丸で、何をやっても井の中の蛙だったことが分る。
1759.11月30日(水) 話にならないお粗末な沖縄防衛局長
日経新聞社が行った総合企業ランキング‘NICES’によると、「良い会社」の1位がNTTドコモで、以下武田薬品、キャノン、花王、資生堂と続く。この総合評価というのは大学生の就職人気などとは違って実態経済に即した5つの指標で判定している。例えば、5つの評価基準として①「投資家」の視点から高利回り株が評価され、その企業としてNTTやDeNA、信越化学などが挙げられる。②「消費者・取引先」から見てブランド力の高い企業、キャノン、資生堂、NTTなどが得点を稼いだ。③「潜在力」として設備投資額、M&Aへの投資額、研究開発費用や人材育成費などの多い武田、ユニ・チャーム、日立などが評価されている。④「従業員」への対応の視点からは、人材活用、育児介護、女性活用、人材育成などを重視する企業の評価が高い。グローバル人材の育成に熱心なダイキン工業、資生堂、高島屋などが高得点を得ている。⑤「社会」は社会貢献度が配慮され、従業員数の多いキャノン、納税額の多いトヨタや三井物産、東日本大震災の復興に義捐金を提供したイオン、東芝、三菱商事などが評価され、総合的に判定された。
結局老舗とか、名前だけの大企業とか、重厚長大企業は、以上の5項目に照らしてみると必ずしもこれらの企業は評価に該当しない。結局30位内に銀行、証券、鉄道、製鉄、不動産等の所謂「大会社」は入っていない。選出方法は必ずしも公平とは言えないが、一応の目安にはなる。われわれの学生時代には、ほとんど知りもしなかったユニ・チャーム、セブン&アイHD、ベネッセなどの新興勢力が30位以内に入っているのだから時代と業種の変化には驚くばかりである。
さて、昨日防衛省の大馬鹿者が職を解かれた。沖縄防衛局長というエリート官僚である。しかも、着任してまだ半年にもならない。微妙な沖縄問題が一番わかっている筈の人間が、決して言ってはならないことを、言ってはいけない時にしゃべった。軽口というより、欠陥人物が一番不似合いな職に就いていたというべきだろう。
では、大馬鹿者の田中聡・防衛局長は何をしゃべったのか。普天間基地の辺野古への移転を巡り、辺野古海域の環境影響評価書(アセスメント)を政府が、年内に沖縄知事へ提出するかどうか注目を集めている時に、アセスメント提出時期を明言しない理由として「これから犯す前に犯しますよと言いますか」とセクハラ的な表現で、沖縄県民を愚弄するが如き発言をした。良識や社会常識が微塵も感じられない。即座に一川防衛相は暴言局長を更迭した。沖縄中が煮えくり返っている。まったく話にならない。
それにしても野田政権で沖縄問題に取り組む閣僚の中でも玄葉外相はいかにも頼りないし、一川防衛相に至っては素人を自称するほど職務は荷が重い。こんな中でアメリカに向き合い今難しい舵取りを求められている沖縄問題に、一体誰が責任を持ってきちんと対応することが出来ると言うのだろうか。
1758.11月29日(火) 「大阪維新の会」完勝に浮き足立つ既成政党
既成政党が大阪で「大阪維新の会」に完敗して、これまで距離を置いていた各党代表者も流石に背に腹は変えられず、会の立場を理解するような態度に変わってきた。民主、自民、共産党までもが橋下徹氏や松井一郎氏が所属する会の主張、手法に反対し対立候補を応援していたのに、この期に及んで厚顔なる君子豹変ぶりである。橋下氏が市長選当選直後の記者会見で、大きな公約である「大阪都構想」について地方自治法改正のために国会議員に働きかけ、もし同意を得られないなら、次の衆議院選では会が独自の候補者を擁立すると語るや各党は戦々恐々に陥り、外聞もなく会の考えを聞くだの、話し合いをしたいだの、まったく橋下氏の狙い通りの流れになってきた。その動きは、大阪周辺に地盤を持つ現職国会議員が、今「大阪維新の会」と勝負したら自分たちは間違いなく選挙に負けると弱気な公言をしたあたりから加速している。
完全に橋下ペースに巻き込まれているのだ。今度の選挙戦では戦前に橋下氏を貶めるような陰湿なメディア情報が流された。特に橋下氏の父親が暴力団出身であるとか、彼の母親がそれを認めるようなコメントが出回り、かなり痛めつけられていた。だが、そのマイナスイメージを橋下氏は否定することもなく、敢えて立ち向かい堂々選挙に勝った。実に逞しい。最近の政界や経済界のやわな人物なんかとても太刀打ち出来ないのではないか。
偶々現在日経夕刊の角田光代執筆の連載小説「空の拳(こぶし)」が、ボクシングを取り扱っているが、昨日のトレーナーの言葉に「のびる子は田舎の子。田舎っていうかさ、十歳くらいまでに山とか川とか林とかでさ、体ぜんぶ使って遊んでたような子が、やっぱ身体能力は高いよね」というのがある。そうだと思う。橋下氏は大阪育ちとは言え、田舎の子なんだと思った。それにしてもこういう逞しい人物が少なくなってきた。もう手遅れだが、鳩山由起夫・元首相には在任中にこの橋下氏の爪の垢を薬缶一杯煎じて飲ませてやりたかった。
さて、世田谷区から広報紙「せたがや」や、「せたがや区議会だより」が定期的に配布される。11月23日発行の後者に22年度一般会計決算報告が掲載されている。細かく内訳も書かれているが、よく見ると肝心要の議員の人件費、歳費がどこにも見当たらない。職員費として職員の人件費は全体支出の18.9%が計上されているが、議員の歳費はない。この点について昨日FAXで問い合わせたところ今日電話で回答があった。小さい数値なので科目としては計上していないが、「その他」勘定の中に含まれているとのことだった。小さいことはないと思うが、疑問を感じたのは重要な議員歳費が「その他」勘定に組み込まれていて良いのだろうかという点である。あまりしつこく聞くつもりもなかったので、回答者がご意見は承っておきますとの役人言葉で終ったが、国会議員歳費縮小や公務員給与削減を叫ばれている最中に、きちんと議員歳費が分るよう金額を計上すべきではないかと提言させてもらった。
1757.11月28日(月) 大阪市長に前府知事の橋下徹氏が当選
昨日大阪で大阪市長と大阪府知事の同日選が行われ、市長選では「大阪維新の会」代表で前府知事の橋下徹氏が現職の平松邦夫氏に圧勝した。また、橋下氏が辞職した府知事選は、同じ「大阪維新の会」幹事長・松井一郎氏が6人もの対立候補者を大差で破り、結果的に「大阪維新の会」がダブル選で完勝した。政治、経済が停滞している日本の現状に鑑みて、強いリーダーシップを求められたことと、危うさも伴うがその抜群の突破力を全面に出した橋下氏の個性的な行動力が高く評価されたのではないだろうか。
戦前の市長選予想ではほぼ互角の勝負ながらも橋下氏が一歩リードしているとの予想だった。府知事選ではまったく予想がつかず、勝敗の帰趨は無党派層次第と見られていた。
ところが、蓋を開けてみれば市長選、府知事選ともに「大阪維新の会」の圧勝である。今朝の新聞ではそれぞれコメントが掲載されている。投票率も40年ぶりに60%を超えたと言われ、関心の高さを窺がわせる。
今回異常なまでに有権者の関心を高めたのは、前府知事だった橋下氏が大阪市と大阪府の二重行政の無駄を排除し、大阪都構想を打ち出して脚光を浴びて、その動向と可能性が注目を集めたからである。
早速橋下氏はその可能性について記者会見で、2015年春に現在の大阪府市を大阪都へ移行させる目標を掲げていると述べた。しかし、ハードルは高い。その準備過程として①府市議会での賛成、②府市民の住民投票で過半数獲得、③地方自治法の改正、をクリアしなければならない。さしあたって、13年度までに大阪市議会の決議可決が必要である。市議会では第一党を確保しているが、過半数を獲得していない。人気は高いが、一部には傲慢とか独裁とかあまり芳しくない噂のある橋下氏は、議論を尽くして価値観が合わなければ市議会解散請求(リコール)も考えていると相変わらず強気である。この他にも公約で掲げた全教育委員が反対し、日本ペンクラブも反対する教育委員会制度の見直しを目指す「教育基本法条例案」や、公務員の制度改革を図る「職員基本条例案」など前途に問題山積である。府知事選では、民主、自民、共産まで既存政党は「大阪維新の会」の対立候補者を支援した。国政にとっても維新旋風は少々手に負えない風雲児なのではないか。一般にも期待する半面、どこか不安もあるような有権者の投票パターンである。
果たして知恵者・橋下徹氏と「大阪維新の会」の面々が、いかなるアイディアと実行力を発揮して難問をさばいてくれるのか。お手並み拝見である。
さて、今日はペンの日で、恒例によって日本ペンクラブでは毎月の例会とは変わった形で「ペンの日懇親の会」を開いた。会場にはプロの写真家が撮った東北大震災の悲惨な写真が展示されていた。それを撮った写真家は現場では言葉も出ないくらいしばし立ち尽くしたと言っておられた。
9月にセルビアの国際ペン大会で、ベオグラード在住の友人・山崎洋さんと共同運営に協力された常務理事で国際ペン専務理事でもある堀武昭さんと国際ペン大会の話をしたところ、中々日本ペンと国際ペンの間で苦労が絶えないと漏らしていた。国際ペンの費用を日本ペンで負担することの是非もあり、弱音も口にしていた。昨年9月に国際ペンの専務理事に選出され、メディアでも大きく取り上げられたくらい名誉な話だが、あまり嬉しそうな話をしなかった。むしろ彼にも相当プレッシャーとなっているようだった。名誉ある職に就いても、日本ペンと国際ペンの狭間で頭を痛め、浦安の自宅が液状化現象により傾き、奥さんが健康を害して悩み、やせ細った彼の健康がちょっと気になる。
会場で先日の脱原発セミナーでお見かけした法政大名誉教授・袖井林二郎の姿を再びお見かけたが、今日も場違いにも真っ赤なセーターに法被を着て目立った動きをされていた。つい最近になって急に表舞台に再登場されてきたような印象だが、こう言っては失礼かも知れないが、何か目的とか思惑があるのだろうか。
元朝日新聞の轡田隆史さんからエッセイ「トラック島日系大酋長」にご関心をいただき、改めて「知研フォーラム」をお送りすることをお約束した。小中陽太郎さんほかの皆さんには二次会へのお誘いをいただいたが、糖尿病と痔の件をお話して失礼させていただいた。気持ちとしては残念だが、今後二次会は出来るならお断りしようかと思っている。
1756.11月27日(日) ゼミ仲間とクラシック名曲を楽しむ。
今や年2回が恒例となった上野浅草オーケストラの定期公演会のうち、秋の部第51回定期演奏会がいつも通り浅草公会堂で開催され、ゼミの仲間が夫人を含め21人集まった。私も妻を伴って出かけた。
オーケストラでチェロを演奏している赤松晋さんは、この公演のために日頃から厳しいトレーニングを積んでいる。普段から努力家でひたむきな精進振りには頭が下がるし、彼を支える奥様の内助の功にも拍手である。
これまでは公演であまり有名な曲は演奏されなかったが、今日は知る人ぞ知るシューベルトの「未完成交響曲」と、プッチーニのオペラ曲「蝶々夫人」の2つの名曲で、じっくり楽しむことが出来た。「蝶々夫人」は、いくつかの名場面を抜粋して、ピンカートン、蝶々夫人、シャープレス、スズキらのソロでつなぎながら、女性講談師・玉川奈々福さんがメリハリの利いた語り口でムードを盛り上げるという趣向で中々楽しいものだった。
個人的には、4日前NHK・BSのドキュメンタリー番組「‘蝶々夫人’は悲劇ではない―オペラ歌手岡村喬生80歳イタリアへの挑戦」を観ていたので、特に日本人と外国人の‘蝶々夫人’観の差について考えながら聴いていた。テレビでは岡村氏が、自分自身‘蝶々夫人’を歌いながら、いつも100年前の外国人が見る日本人観に違和感を抱き、岡村流のオペラ‘蝶々夫人’を、プッチーニ地元の屋外劇場で公演しようとする舞台裏を描いたもので、岡村氏がイタリア人のオペラ観とぶつかり様々な場面で、イタリア人関係者と衝突するシーンを見せていた。
イタリア人は日本人がどう思おうと、オペラ自体を変えることを受け入れず、また日本人的所作も取り入れようとしない頑固さに、岡村氏もほとほと弱りきっているのが感じられた。
今日の部分的な抜粋オペラでイタリア人の考えが分かったわけではない。しかし、作曲者のプッチーニ自身が日本を訪れていないし、況や舞台である長崎という土地や風習を知らない以上、こういう日本の文化・伝統を知らない外国人に誤解が生まれるのはある面で仕方のないことだろう。
このままで良いとは思わないが、オペラが出来上がって一定の評価が下された以上、これをいくら日本人が見て違和感を覚えると言っても変更するのは難しいだろう。しかし、これで決着がついたわけではない。これからはこの辺に興味を持ちながら、この名曲を聴こうと思う。
コンサートが終ってから、揃って浅草の「アリゾナ」レストランで会食をしたが、いつもながら気の置けない仲間との食事は楽しい。この「アリゾナ」は文豪・永井荷風が愛した場所であり、店内には写真家・木村伊兵衛が荷風の亡くなる半年前に撮った写真も飾ってある。ゼミの恩師・飯田鼎先生は亡くなられたが、今日は飯田先生を偲び、仲間との旧交を温めながら青春時代を懐かしんだ、心が和む楽しいひとときだった。
1755.11月26日(土) 東京交通短大で講義する。
池袋にある東京交通短期大学で特別教養講座の一環として「現場で逞しい力を磨こう!」と題して、観光業を目指す学生相手に講義をした。今回が4回目であるので、大体要領は分かっている。
強調したのは、若い時に出来るだけ一人旅をやってみることである。これは3月にノーベル賞受賞者・根岸英一博士とも考えが一致した点である。私の若かりしころの危なかった一人旅の体験談と「本物」「生」に触れることの大切さ、臨場感を悟ることが重要であること、自分の立ち位置を知ることとともに心がけて欲しいと話した。その他に興味を持ってもらえそうなテーマとして、臨場感を知ることによってテロの予知まで可能になるというような話を、60余のスライドをパワーポイントで映し出しながら考えるところを思い切って説明した。
学生相手の講義は、質問がなくても反応があるから楽しい。今日も1時間半の間一方的に話し続けて何とかギリギリで時間内に終えることが出来た。
講義終了後、桑原賢二助教と松岡弘樹・副学長から短大の入学と就職状況について話を伺った。この短大には、鉄道就職希望に特化した伝統校・昭和鉄道高校が併設されている。従って、短大でも観光業というより鉄道会社への就職希望者が圧倒的に多いと聞いた。入学希望者は定員の1.7倍というから、今日定員に達しない大学や専門学校も数々ある中で、経営的には安定しているのではないかと思う。
さて、国家的な課題となっている年金問題がまたごちゃごちゃしている。先日の行政刷新会議の政策仕分けで指摘された、約10年前の特例で減額を見送った事案は、どうやら民主党が解消するということと、併せて来年度は物価指数のマイナスに連動して年金支給額を引き下げるという。これを一度にやってしまおうというのだ。
ただ気になるのは、これを発表した当事者の小宮山洋子・厚生労働相がどういうわけか、終始ニコニコしていたことだ。本来なら国民に苦難を強いるわけだから、笑ってなぞいられる場合ではないと思うのだが、この女性大臣もノーテンキというのか、お嬢様育ちというのか、国民の気持なんかあまり深刻には受け止めていないようだ。特例という一度与えたお年玉を取り上げようというのだから、明らかに約束違反であり、普通なら大臣は自ら陳謝してしかるべきなのだが、へらへらしている小宮山大臣の気持ちが分らない。国民の気持からかけ離れたこの小宮山大臣とは一体何者なのか?大臣としては些か資格に欠けるのではないだろうか。
1754.11月25日(金) 辛亥革命のビデオを診て、あれこれ考える。
今週初めにNHK・BSで3日間かけて各回1時間半のドキュメンタリー番組を放送していた。落ち着いて観ようと録画して、昨日と今日3回分まとめて一気に観た。タイトルは「辛亥革命」である。辛亥革命が起きた1911年から今年でちょうど100年である。第1回は「孫文・革命を支えた日本人」、第2回「ラストエンペラー・溥儀の真実」、そして第3回で「蒋介石・秘められた対日戦略」となっており、革命と直接、或いは間接に関わった3人の活動を紹介している。3人にとってそれぞれ因縁深い土地を私自身も訪れているし、昔台中で蒋介石一行に遭遇したこともあるので、興味深く感じて日中の歴史を改めて考えた。
今ちょうど中国映画「1911」が公開され、監督を務めたジャッキー・チェンが、辛亥革命に日本人がいかに関与しているかということを初めて知ったと語っていたが、私もこれほど多くの日本人が革命を陰で支えていたかということを改めて知った。ぜひこの映画を観てみたい。
特に、孫文が日本で革命を準備し、満を持していた時に、孫文を資金面で支援していた宮崎とう天、梅屋庄吉、山田良政・純三郎兄弟、犬養毅らのサポートには損得を考えず、孫文の理想と心意気に心を打たれて心情的に彼を助けよう、彼の志を叶えさせてあげようとの真摯な気持ちがあった。
宮崎が孫文を高く評価したことは次の言葉によく表れている。
‘その思想の高尚さ
識見の卓抜さ
我が国にこれほどの人物が
何人いることだろう
まさにアジアの宝である’
これほどまでに宮崎は孫文を一目見て惚れこんだ。爾来孫文を陰になり日向になって支援した。
映画会社「日活」の創業者の一人でもある、梅屋庄吉も
‘君は兵を挙げよ
我は財を挙げて支援す’
と物心両面で助けたことが、紆余曲折を経て革命という目標へ近づけた。
今この孫文のような高い志を持った人物、そして宮崎や梅屋のような高邁な理想を抱き打算的でない資産家が現代どれだけいるだろうか。
革命は時代に遅れた中国清朝時代が背景にあるが、登場人物は案外今日の日本にも求められている人物像ではないだろうか。
さて、今夕母校・湘南高校の東京有志会が4年先輩の森稔・森ビル会長のフランチャイズ・六本木ヒルズのヒルズクラブで開かれた。1日の創立90周年記念式典が開かれて間もないこともあり、「いけいけドンドン」の明るいムードだった。同級生の牧野力くん(元通産次官)から、アイザワ・トラック島大酋長のエッセイを過分に評価してもらったが、聞けば森喜朗・元総理とは森通産大臣以来懇意にしてもらい、1年に2度ほど酒を交わすことがあるとも言っていた。
ほかにも多くの同窓生と話を交わすことが出来て楽しかったが、この会場の豪華さは、流石に「六本木ヒルズ族」という言葉を生み出すきっかけになった建物と施設であり、感慨深いものがある。ほんのひととき楽しく良い経験をさせてもらった。
1753.11月24日(木) ついに糖尿病の入口に
先週行きつけの森内科医で糖尿病のための血液検査をしてもらい、今日その検査結果を教えてもらった。松本整形外科医で1ヶ月半に一度の割合で調べてもらっているCRP検査の際、血糖値も教えてもらっているが、森内科で調べてもらったヘモグロビン検査(HbA1c)の結果は[6.1%]だった。安心出来る数値は4.3~5.8%だそうで、私の場合数値は軽くて心配することはないが、糖尿病の入口にいるとの診断だった。従って今後この数値を上昇させないことが重要だ。血糖値がその時点の糖分の含有量を表しているのに対して、この(HbA1c)検査は、瞬間風速的な数値を表示するのではなく、1ヶ月前から検査日までの糖分の平均含有量を示しているとのことだった。
数値的には神経質に心配するほどのこともないようだが、糖分は控え目にと医師のサジェスチョンもいただいたので、割合好んだチョコレートなぞこれからは諦めるより仕方があるまい。普段からコーヒーはブラックなので、これは諦める必要もない。ただ、パーティなどでデザートが食べられないのがちょっと寂しい。医師の話では毎月検査することもなく、3ヶ月に1度ぐらい継続的に調べた方が良いとの診断だったが、原因はやはり年齢的な問題が一番だろう。
さて、国会ではこのところ年金問題が喧しい。それも年金の本質的な問題ではなく、貰い過ぎた年金の減額を検討するというのだから、受給者にとってはあまりぱっとした話ではない。年金支給額というのは物価水準の上下に連動して増減されるという建前になっているが、1999年から3年間は物価が下がったのに「高齢者の生活への配慮」という特例を設け、下げることをしなかった。下げていれば2.3%少なかった筈だというのが今論点になっている。その払い過ぎの年金総額が財務省の試算によると累計で7兆円にもなる。来年度以降特例を見直し、年金を減額し埋め合わせしようと検討している。
しかし、これを槍玉に挙げた政策仕分け人の言い分は、「7兆円を現役世代が負担しており、世代間の不平等が広がっている」ということのようだ。果たしてそれだけだろうか。むしろこの7兆円は現役世代が負担しているとの説明そのものが、必ずしも正しい指摘ではない。
小宮山洋子・厚労相は「早くやらないと負荷がかかってくる。やるべきと考えている」と述べたが、それより何より特例は一体誰が決めたのか。与野党の立場は逆転したが、特例自体は国会議員が国会で決めたことではないのか。減額しないと約束してもらった高齢者が、10年も経って掌を返すように返還せよと言われても戸惑うだろうし、今更返すだけの手持ち現金があるのだろうか。
その前に国会議員がやるべきことは、自分たちの歳費を削り、公務員の給与を引き下げ、更に言うなら民主党が前回の総選挙で約束したように、議員定数の削減を実効するなりして自ら進んで身を切る方が先ではないか。自分たちは何もせず、間違った法律特例を勝手に作っておいてすべて国民につけを廻す、相変わらず狡すからいやり方の結果は、いずれ自分たちに降りかかってくることが分らないのだろうか。
これに関連してこんな場面もあった。一昨日夜の日本テレビ「ZERO」の最後に、鈴江奈々アシスタント・キャスターが「これでは今まで真面目に年金を支払ってきた高齢者にも言いたいことがあるでしょうね」と村尾信尚キャスターにさりげなく疑問をぶつけたところ、村尾氏は「まぁ意見はいろいろあるでしょう」と質問をはぐらかせて取り合わないまま番組は終ってしまった。いつも賢明で明快な説明を歯切れよくこなす「ZERO」の村尾キャスターの、いつにない後ろ向きの言葉には、やはり財務省OBらしいなぁと不審感が募った。
1752.11月23日(水) 戦略のない日本のリーダー
福島原発から50㎞圏内に湯の岳断層という活断層があることが判った。これまで土壌の表面を目視しただけでこの周辺は活断層ではないと東京電力も原子力安全・保安院も安易に見ていた。それにしてもこれだけ大それた事故を引き起こした原子力発電所について、政府は脱原発依存に向けた新たなエネルギー政策を来夏までにまとめる方針であると公言しているが、原子力安全対策について些か鈍感であり、その対応はスピードが遅い。
今日まで4日間行政刷新会議による政策仕分け作業が行われたが、原発関連支出では高速増殖炉「もんじゅ」が稼動しないまま、ほぼ20年間に亘り維持費だけで年間200億円もかかる無駄遣いなどはそのまま置き去りにされている。それでいて、今朝の朝日はトップ記事が「原発コスト『4割高』―04年事故リスクを加算」であり、セカンド記事が「チェルノブイリ原発事故から25年」とあり、「300年は住めない」ととんでもないびっくり記事が書かれている。加えて社説では「まず脱原発を固めよ」とまで提言している。最早原発問題は放っておける状態ではない。これだけ原発の危険性が報道されながら、その一方で案外直接関係ないところでは、原発の危険性は軽視し放置されている傾向がある。結局いつまで経っても日本人には、深刻な事態を一過性と捉えたがる性癖があり、重大事に決断が遅く方針を立てても戦略がないのではないかと思う。原子力政策もまったく同じである。
そんな折り今朝NHKが「未来をつくる―森永卓郎のリーダー論」という面白い試みの番組をやっていた。経済ジャーナリスト・森永氏が佐賀県の十数名の公立中学校生徒に、佐賀県人のリーダーについて語り聞かせ、彼らと話し合って佐賀県をどうしたら世界的に売り出し、価値を上げることが出来るかと4つのグループに分けてプレゼンテーションを行わせていた。その中で森永氏は佐賀藩主・鍋島直正について、幕末という混迷の時代に世界を最も知っていた日本人であり、いかにリーダーとして優れていたか、と話していた。同時にリーダーは戦略を持ち、戦術は部下に任せるべきだと述べていたが、まったくその通りで今わが国のリーダーには戦術はあるが、肝心な戦略がある人物がどれほどいるだろうかと考えると少々首筋が寒くなってくる。
日本はどうして戦略のないリーダーを抱えることになってしまったのだろうか。平和な証と言っては皮肉だろうか。
1751.11月22日(火) 駒沢大学公開講座最終講義
駒沢大学マス・コミ研究所の今年度公開講座が最終回とあって、講座は二人の講師、菱山郁朗氏と片山正彦氏が一緒にコーディネーター役となって受講者と今年のニュース、気になった事件などについて諸々話し合うスタイルで進められた。今年のビッグニュースは何と言っても震災であり、原発事故だ。私は日本ペンクラブのシンポジウムやセミナーのケースなどを話して、わが国は脱原発へ向うべきということと、学校教育で原子力全般についてもっと詳しく教えるべきだと私見を述べた。
2時間の講座を終えてから、近くの蕎麦屋で打ち上げをした。今年は後半になって欠席が多くなり、その点で少し悔いが残るが、講義はすべて分り易く仕事上も大分参考になった。来年も時間を見つけて参加するようにしたいと考えている。
「最終」と言えば、1924年日本で初めての本格旅行雑誌として「日本旅行文化協会」が創刊した、月刊誌「旅」が来年3月号を以って休刊と決まった。発行元が戦後日本交通公社へ移り、7年前創刊80周年記念の年に新潮社へ移った。昨年共著として発行した「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊)の中でも本雑誌「旅」について一寸触れた。こういうオーソドックスに旅行と向き合う真面目な旅行専門雑誌が休刊となるのは、いかにも残念である。旅行情報誌というより、むしろ紀行文を取り上げていたが、スピード時代に入って今では玉石混交の情報満載で回転の速い週刊誌に些か遅れを取るようになった。月刊誌ではスピードに最早付いていけなくなったということだろうか。かつては、松本清張の名著「点と線」が連載され、文壇でも注目を集めた。父の妹である叔母の日本女子大時代の同級生・戸塚文子さんのような一世を風靡した名物編集長もその後輩出されなかった。今の状態では、休刊とは言うが、廃刊も覚悟しなくてはならないだろう。90年もの長い歴史を重ねてきた老舗雑誌が姿を消すのはいかにも惜しまれてならない。
その一方で、変わった新たなデビューもある。日本人シンガーのCDアルバムがアメリカやカナダ、ヨーロッパで人気を博し、その影響を受けて次第に日本国内でも販売数が増え、それをリリースした日本人歌手のアルバムが今話題を呼んでいる。
歌手・由紀さおりが出したアルバム「1969」がそれだが、その中に同年ヒットした「夜明けのスキャット」が挿入されている。1969年に結婚してタイへ新婚旅行に行った時、バンコックのホテルで食事をしていると毎日耳にしたメロディーだった。それ以来このハミングばかりで歌詞の少ない異色の曲を聴く度に、タイへの新婚旅行を思い出したものだ。そう言えば、あの時ペナンへ向う予定だったが、マレーシアで突如戒厳令が発令され、バンコック空港からマレーシアへ飛び立てず、方向変更してチェンマイへ行ったり、今洪水で大騒ぎのアユタヤへも行った。まぁいろいろハプニングはあるけど、想い出は尽きない。
1750.11月21日(月) スペインに新政権発足、日本ではオウム裁判終結
スペインもサパテロ政権に代わって56歳のマリアノ・ラホイ氏が新しい首相に選出された。ヨーロッパの経済危機は政界トップの辞任に象徴され、3月のアイルランドに始まり、6月のポルトガル、10月ギリシャ、11月イタリア、そしてついに昨日スペイン政界にまで影響が及んできた。
スペインでは、サパテロ社会労働党政権から7年ぶりに交替した中道右派の国民党・ラホイ新政権が苦境を乗り切ることを期待されているが、前途は茨の道である。現在スペインの失業率はEU加盟国の中でも最悪の22%台である。しかも、若者の失業率が飛びぬけて高く、25歳未満のそれは実に48%にもなり、若者2人にひとりが失業している状態である。こういう厳しい労働環境の中で新政権が緊縮財政を実行していくこと、とりわけ公務員の給与カットや柔軟な解雇の仕組みの導入などを巡っては労組から強い抵抗が予想されている。
こうしたヨーロッパの一連の経済不況が、一部には次はフランスへも及ぶのではないかと心配する声もある。実際パリやフランクフルトの株式市場では今日株価が2%も値下がりした。これに影響を受けたかのように、今日から午前の営業時間を30分間延長した東証日経平均株価も今年最安値を記録して8348円にまで下がった。一日も早く経済が立ち直ることを願うばかりである。
さて、今日オウム事件の裁判が終結した。裁判が終了したということは全被告189人の刑も最終的に確定したということだ。今日13人目の死刑囚が確定した。無罪ひとりと罰金刑3人を除くと、あとは全員量刑者である。思い出すだに忌まわしい事件である。
知人の子息も松本サリン事件で亡くなった。お気の毒で心境なぞはとても聞けない。事件の前、まだ私自身現役会社員だったころ、会社からの帰路JR代々木駅前で風変わりの衣装を身につけた10人足らずのグループが踊り狂っていた光景を1~2度見たことがある。彼らの口から♪~ショーコーショーコー、アサハラショーコー~♪とおまじないのような言葉が繰り返えされ、ただあっちへぶらぶら、こっちはぶらぶらしているだけだった。あれからしばらくして衝撃的なサリン事件が起きた。それにしてもあんな残虐な事件を引き起す犯人とはどんな極悪非道な悪党だろうと考えるが、実際には結構高学歴のインテリが多く、元医師とか、国立大学で遺伝子を研究していた知識人も含まれている。どうして彼らが邪悪の道へ入り込み、何を言っているのか分らないような麻原ごとき男に心酔するようになったのか。29人もの尊い生命が犠牲となったが、他にも後遺症を抱え苦しんでいる人が沢山いる。首謀者の極悪人・麻原彰晃が本心をまったく語らない現状では、遺族も堪ったものではない。遺族にとっては事件はとても終ったとは思えないのではないだろうか。
直接関わりはないが、私にとっても嫌な思い出としていつまでも忘れられない事件である。
1749.11月20日(日) アジアで米中の綱引きが露骨に
昨日ASEAN10カ国と日中韓など域外8カ国でつくる東アジアサミットが開かれたが、このところ連日ASEAN の拡大とTPP加盟問題がメディアで大きく取り上げられている。ややこしいのは米中両国が日本を主にアジア・太平洋諸国を自国の経済圏拡大のために中国はASEANへ、アメリカはTPPへの参加を呼びかけていることである。
だが、日本の場合それぞれの加盟問題が充分議論されない間に結論だけが走り出したことで事態をやや複雑にしている。わが国ではTPPについて事前に政府から国民への説明がなされることなく、野田首相がホノルルの首脳会談でTPPへの交渉参加を表明した。これによりカナダ、メキシコへ雪崩現象的に参加表明を促すことになり、TPP域内取引は世界貿易額のほぼ40%に当ることになった。これに慌てたのが中国政府である。
ASEAN+3(日中韓)となれば、その貿易額は世界全体の23%となり、これにインド、オーストラリア、ニュージーランドが加わるASEAN+6となれば、全体の27%となる。経済関係のみならず、政治的にも大きな力となるので、中国は必死になって日本へアプローチし始めた。これにより巨大になる域内を中国自らが取り仕切ろうというのである。
最近は国際問題が経済がらみというより、政治的な主張が強まってきた。米中間で応酬となった南シナ海の領有権、海洋安保の問題がとりわけターゲットになっている。オバマ大統領が領有権では国際法に基づく主張が必要だと述べたのに対して、中国の温家宝首相が南シナ海問題は中国と領有権を争う国との直接協議で解決すべきと主張し、更に外部勢力はいかなる口実であっても介入すべきではないと反論した。
しかし、中国の言い分は些か虫が良すぎる。国際法上領有権が認められそうもない公海上、或いは他国領有海上に一方的に進出して紛争を捲き起こしていながら、当事国となった自国と相手国以外は口出しするなと言わんばかりの横暴で利己的な論理は、到底他国を納得させることは出来まい。これから中国はどういう経緯で、周辺諸国を納得させ領有権問題に決着をつけるか。注目してみたい。
さて、プロ野球日本シリーズが福岡ソフトバンク・ホークスと中日ドラゴンズの間で熱戦を繰り広げていたが、シリーズは最終第7戦まで持ち込まれ、今日やっと決着がついた。今年の日本一は4勝3敗でドラゴンズを下したホークスと決まった。ホークスは昨年パ・リーグで優勝しながらクライマックス・シリーズと呼ぶおかしな制度で破れ、日本一への挑戦権を失った。それだけに今年の日本一に賭ける意気込みは相当強かったと思う。
このシリーズの間に巨人軍の人事問題が絡んだ清武英利・球団代表による渡辺恒雄・読売新聞会長告発問題があり、シリーズは水を注され、少々後味が悪かった。しかし、シリーズは僅差で緊張した試合の連続でシーズン最後を飾るに相応しい試合ばかりだった。他にもいくつかの問題点を曝け出した今年のプロ野球界だが、もう少し経営者が現実に抱えている問題を真剣に考え是正していかないと、ファンが去りいつかは寂れて行ってしまうのではないだろうか。
優勝インタビューでホークス秋山幸二監督が、東北大震災によりシーズン開幕が遅れ、震災に見舞われた被災者のために全12球団が一丸となって被災者に元気を与えられるよう頑張ってきたと述べてくれたことがせめてもの救いである。経営者にもこのくらいの気持ちが欲しいものである。
プロ野球界は内部に抱えた小さな問題を過小評価することなく、謙虚に反省したうえで、来シーズンに向けて再出発を期して欲しいものである。
1748.11月19日(土) ビルマ情勢からしばらく目が離せない。
ここへ来て俄かに脚光を浴びているのがビルマ(ミャンマー)の存在である。新聞記事でもここ一週間の間にぐっと露出度を増している。今朝の朝日ではトップ記事であるばかりでなく、2面でも大きく取り上げられている。それは軟禁状態から解放された民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チー女史と彼女が率いる国民民主連盟(NLD)が選挙に参加することを決めたことが大きな理由である。来年行われる上下両院の補欠選挙に立候補するため、彼女が率いる国民民主連盟(NLD)は政党として再登録することを中央委員会で決定した。昨年の選挙の際、彼女らNLDは選挙は公正でないとしてボイコットしたが、結果的に反ってNLDの活動が制限されることになった点を反省し、改めて現行の制度の中で自分たちの存在を主張した方が自分たちにとって有利だと判断したのである。
それよりビルマ政府がスタンスを変えつつあるのは、2014年のASEAN首脳会議で議長職を熱望し、そのためにはASEAN諸国との友好的な外交関係を取り戻すことが必要であり、同時に欧米諸国から受けている経済制裁がビルマ経済に大きな負担となり、その解除が重要だったからである。欧米からの制裁解除には民主化運動で収監されている政治犯を解放することが条件であり、まだその条件は満たされていない。欧米諸国にとってビルマの要望を聞き入れようと考えたのは、ビルマ自体が少しスタンスを変えつつあるが、それ以上に欧米諸国がビルマは非民主的と非難を強める裏で、中国政府が離反している隙間に潜り込むような形で経済投資を強め、ビルマ国内における存在感と影響力を強めつつある実情に危機感を抱いたからでもある。
今月イギリスの大臣がビルマ入りを果たし、アメリカも来月にはクリントン国務長官をビルマへ派遣し今後の外交について話し合いをすると発表した。今後ビルマの民主化がどの程度進むのか、中国と欧米諸国の経済支援シェア争いがどうなるのか、何とかビルマ支援に絡みたい日本政府はどういう方策とルートで非民主的なビルマ政府へ食い込むのか、当分目が離せない。
1747.11月18日(金) タンゴを楽しむ。
7月に慶応の「KBRタンゴ」によるタンゴを鑑賞したが、今夜はその続編で同じ「KBRタンゴ」のディナー・コンサートが神田・如水会館で行われた。前回と同じく利光さんご夫妻からお誘いを受け、同じゼミの島田さんご夫妻、須藤さん、後輩の野上さんご夫妻と妻の9人でのんびりアルゼンチン・タンゴを楽しんだ。皆さんタンゴに詳しいのには舌を巻いた。私は心地よく聴くだけである。演奏される曲は有名なものばかりなので、飽きることもなく充分楽しめた。ステーキ・ディナーとワインも東京會舘が賄っているので中々美味く堪能することが出来た。
演奏された曲目はシャンソン風の「小雨降る経」を始め、「ラ・クンパルシータ」以下全て世界的に流行ったタンゴだった。その中でひとつだけ日本の曲を演奏してくれた。5年前に102歳で亡くなられた高木東六さんの名曲「水色のワルツ」だ。この曲については強い思い入れと想い出がある。実は、妹の結婚披露宴の折に作曲者の高木さんご自身が妹夫婦のためにわざわざこの「水色のワルツ」をピアノ演奏して祝ってくれた。その後藤沢市内で弾き語り的なトークショーを行った時に、父から頼まれて鶴見のご自宅と会場間を高木さんの運転手役を務めたことがある。トークショーでは作曲された軍歌「空の神兵」についてキーを叩きながら思い出を語られ、今でも通用する良い曲だと自画自賛されていたことが強く印象に残っている。確かに「空の神兵」は、パレンバンの落下傘部隊をテーマに取り上げたリズム感のある歌で、私も気に入っている名曲だ。
司会者が年配者の多い参会者を意識して、元気に長生きする秘訣のキーワードを紹介してくれた。イニシアルが「カ・キ・ク・ケ・コ」だそうである。カ=感動、キ=興味、ク=工夫(考える)、ケ=健康、コ=恋、だそうである。余興として講義の息抜きに活用させてもらおうと思う。
タンゴを楽しみ、ディナーを楽しみ、晩秋の一夜を寛ぐことが出来た。
さて、日本のTPP加盟交渉を巡り、環太平洋諸国とアジア諸国の間で駆け引きが始まっている。今日インドネシア・バリ島で開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議で、「日本・ASEANバリ宣言」を発表した。ただ、今アメリカと中国の経済圏拡大競争が過熱しつつある。アメリカは日本をTPPへ誘い込むことに成功した。まだ諦めきれない中国は、しきりに日本をASEAN同盟へ引き込もうという気持ちでいる。中国の東アジア地域における覇権的な行動が少々気になる。どういう結果になるだろうか。
1746.11月17日(木) イタリアの閣僚には政治家がひとりもいない。
国会が論戦を戦わせているようだが、今日衆議院行政監視委員会で話題の事業仕分けが行われた。ターゲットは公務員宿舎建設、高速増殖炉「もんじゅ」、独法・原子力安全基盤機構への天下りなどである。元々仕分け導入に貢献したのは政策シンクタンク「構想日本」で、メルマガを通して会員でもある私への仕分け見学の案内があった。関心があったが、昨日も遅くまでセミナーもあることだし、今回は見送ることにした。ところが、今朝「知的生産の技術研究会」八木哲郎会長から電話があり、これから衆議院の事業仕分けを見学に行くという。そういうことなら一緒に見学すれば良かったかなと思ったが、会長は折角霞ヶ関へ行くので、近くの議員会館・森喜朗事務所へ挨拶に行きたいという。先日森元総理に関して書いた拙稿を掲載した「知研フォーラム」を、森事務所に大量部数購入していただいたお礼を伝えたいと言われる。取りあえずその旨を森事務所の長谷川秘書に連絡した。
それにしても八木会長の変わらぬ自己啓発と知的生産ぶりには脱帽である。私より5歳年長だから、78歳になられるのに、今も前向きに、貪欲に学ぼうとしておられる。その意気や大いに見習うべしだと思う。近くに良いお手本がおられるので、若輩者の私だって負けじと頑張る気持ちになる。会長は私にとって良い意味の刺激剤となってくれている。
さて、ヨーロッパの経済危機により、ギリシャ政府はパパンドレウ首相が辞任してパパデモス新内閣が発足した。ギリシャ危機に引っ張られてヨーロッパ第三の大国イタリア経済も怪しくなり、遂に粘りに粘っていたベルルスコーニ首相も辞職せざるを得なくなった。新たに首相になったのは、前任者とは異なり醜聞とは無縁の経済学者のマリオ・モンティ氏である。ヨーロッパ委員会委員を無難にこなしていたが、政治家として実務をどう切り盛りしていけるか。異例なのは、モンティ内閣の閣僚に自分以外に政治家がひとりもいないことである。国家の政治を行うのにプロの政治家が加わらないというのも珍しいし、常識的には考えられない。
モンティ首相の言うことがふるっている。「協議の中で、政治家はいない方がよいという結論に達した。邪魔が入らないからだ」とは、政治家がまったく信用されていないことだ。政治家は邪魔者と見られているのである。
日本でも似たようなものだと思う。政治家よりレベルの高い人たちが決めれば、政治家がいない方が物事はスムーズに進むだろう。政治家が劣化したということだろうか。忘れてしまったマックス・ウェーバーの名著「職業としての政治」を再び読んでみようと思っている。
1745.11月16日(水) 脱原発のセミナーで考える。
日本ペンクラブ主催の「脱原発を考えるペンクラブの集い」が日本プレスセンターで開かれた。脱原発に関するセミナーをペンクラブが開くのは初めてである。著名なジャーナリストが個々に反原発について自己主張されたが、中々面白かった。番外編として、会場でひとりの老人が手書きのポスターを掲げながら歩き回り大声で叫んでいて事務局と揉めているように見えたので、右翼が発言させろと喚いているのかと思ったらそうではなく、最初の質問者として司会の常務理事・高橋千剣波氏がその老人を指名した。
私の2席離れた場所に座っていたが、ボヤキや独り言が多く甚だ迷惑だった。些か乱暴な発言で、冒頭からペンクラブ内の殺人者をペンはどう考えるのかと浅田次郎会長に食下がる有様だ。槍玉に挙げられた殺人者とは田原総一朗氏ほかを指している。名指しされた老人は、何とお久しぶりの表舞台登場となった、法政大学名誉教授・袖井林二郎氏だった。かつてのリベラル派論客である。岩波の月刊誌「世界」でしばしば論文を読んだことがある。あれだけ高名な学者がこれほどエチケットを欠いた行動をされるとは意外だった。300名ほどの参会者の中であのような自分本位の行動をしたんでは、言いたいことは分るが、正論だとしてもあのパフォーマンスでは真面目に聞き入れてもらえないのではないだろうか。もう少し節度のある言動で筋道を立てて話をするのが自説を理解させるひとつの手段だと思うのだが・・・。
さて、本論だが浅田次郎会長、弁護士・梓澤和幸氏、落合恵子氏、金丸弘美氏、見城美枝子氏、俳優・中村敦夫氏、野上ふさ子氏、フォトジャーナリスト・広河隆一氏、専務理事・吉岡忍氏がそれぞれ5分程度の反原発スピーチを行った。
浅田会長が核は戦争と同じで、ドイツが核開発を止めたのに原爆被災国である日本が再稼動に踏み切ったのには、他に理由があるからではないかと首を傾げていた。落合氏が自分たちは安全地帯にいるが、被災地にいる子どもに申し訳ないと述べ、原爆と原発は同根だと話された。
梓澤氏は原発の受難者を共感する気持ちが必要だと述べ、マーチン・ルーサー・キング牧師の言葉を引用された。福島の子どもたちを救うために若手弁護士30人が活動を始めたと語った。
印象的だったのは、写真家の広河隆一氏がパワーポイントでトツトツと話された、チェルノブイリと福島の現場の写真だった。広河氏の指摘されたポイントは、①私たちは事故発生の時、何をなすべきだったのか、②今私たちは何をなすべきか、に集約される。そして、IAEA並びに原子力と結びついた御用医学者をこき下ろし、小児甲状腺ガン発生の危険性を糾弾し、ペンは変わらなくてはいけないとアピールした。特に、IAEAの腰巾着のようになって危うい安全調査報告を出している、長崎大学グループの重松逸造・放射線影響研究所初代理事長と弟子で2代目理事長の長滝重信教授を厳しく非難していた。
休む間もなく話は続けられ、2時間以上に亘り熱心な議論が交わされ、久しぶりに熱気を感じたセミナーだった。だが、落合氏が「1000万人のアクション」で反原発行動を行っているが、中々大きな力とはならないと壁を感じていると述べていた。ひとりひとりが行動を起すことが目標へ向けて力となる。
翻って私にはどんな行動を起こせるだろうか。いつまでも傍観者であってはならないと思っている。しかし、壇上の9人の識者はみんな私より若い。気持ちはあっても、近年は体力が必ずしも伴わないことに忸怩たるものがある。
1744.11月15日(火) 分かりにくいことが多過ぎる。
今日北朝鮮の首都ピョンヤンでサッカー・ワールドカップ三次予選の日本対北朝鮮戦が行われ日本が0-1で敗れたが、試合会場・金日成記念スタジアムは秘密国家・北朝鮮らしく、およそ国際親善スポーツらしからぬ異常な雰囲気を醸しだしていた。
日本代表チームは昨日チャーター機で北朝鮮入りを果たしたが、その入管手続きに4時間近くを要した。昨日入国後の軽い練習では、グラウンド内をどういう目的か北朝鮮軍兵士が行進しているような有様で、今日の試合会場を見る限り5万人のアウェイ・ファンの中で、日本人サポーターは入国を認められた150人だけが手足をもぎ取られたような閉塞状態で大人しく声援していた。試合後日本人ファンは恐怖感を感じたとその異常な試合の感想を率直に述べていた。
試合開始に先立って両国国家斉唱で「君が代」が吹奏されるとけたたましいブーイングに圧倒される状態で、凡そ国際親善試合と呼べるものではなかった。かつて中国で開催されたアジアカップの際に同じような光景があったが、これほど酷くはなかったと思う。北朝鮮国民には、やはり国際試合を観戦するうえで常識とかエチケットが欠けているようだ。しかも北朝鮮ファンは国旗を振りかざして応援していながら、日本人はカメラ、国旗、太鼓や鐘などは持ち込めず、まったくアンフェアでアブノーマルな雰囲気だった。つい拉致事件を引き起こす国らしいなぁと考えてしまう。
国際間の行事や取り決めになるとどうしても行き違いや、誤解が生じるのはある程度目をつぶるとしても、意図的に相手国を威圧したり、極端に相手国に不利を強いるような状況を作り出すようなことでは国際親善なんか生まれるわけがない。
国際外交の場でも、似たようなわけが分らないことがある。どうもTPPが分かりにくいと最近本欄にも書いているが、今までの外交とどうも様子が違う。TPP加盟国はアメリカを中心に9カ国だが、昨日日本が加盟交渉をすると宣言したことによって、カナダとメキシコが参加に前向きな姿勢を表明した。もし仮に実現すると世界経済の約4割がTPP加盟国間で行われることになる。これに対抗して中国がASEANプラス3カ国(中日韓)の構想に、さらにオーストラリア、ニュージーランド、インドを加えて16カ国で広域自由貿易圏の構築を目指す意向のようである。そのうえもっと複雑にしているのは、昨日行われた日米首脳会議で交わされた申し合わせが、日米両国で言うことが違うのである。オバマ大統領と野田首相のトップ会談で話し合われたことが、それぞれの国内で違った伝えられ方をしていることである。こんなことはかつてなかったと思う。なぜか言い出しきれなかったことがあったのではないか。アメリカ国務省のホームページに話し合いとは違うことが発表され、その間違いに気がついた日本政府が抗議するとすぐ取り消された。だが、情報は取り消されないままアメリカ国内でニュースとして流れている。こういう失態とも言うべき行き違いはどう処理しようというのか。
世の中が複雑になり、ファジーになってくると国レベルも雑になるということなのか。
1743.11月14日(月) 恩師・飯田鼎先生を偲ぶ。
大学時代のゼミの恩師・飯田鼎先生が今年5月にお亡くなりになって半年が過ぎた。例年なら先生ご夫妻をお招きして飯田会を開催するのが恒例だが、今日「飯田鼎先生を偲ぶ会」として今春閉館した「九段会館」から、「ハイアット・リージェンシー東京」に会場を変更して先生ご夫妻がおられない、少々寂しい飯田会を開いた。参加者は40数名で、冒頭に先生のご冥福を祈って全員で黙祷し、先生を偲びつつ先生の思い出を参会者がそれぞれ話した。
誰からも話される思い出話は、素晴らしい先生だった、先生に教えを請うことが出来て幸せだった、先生の生き方が自分の指針となった、大学生活が意義深いものになったのは飯田先生のお陰である等々、先生を慕う気持ちは誰もひけをとらない。突然お亡くなりになったので、もっと謦咳に触れたかったなど先生を想う気持ちは他のゼミ生には誰にも負けないという人もいた。
翻って自分自身ゼミに入る前に先生に河上肇の著書を読んでいると申し上げたら、「ゼミに入って河上肇を研究してみたらどうか」と学ぶ方向性を示していただき、先生のご指導をいただきながら結局河上肇が卒業論文のテーマとなった。夏休みに桧原湖のゼミ合宿で勉強したり、遊んだことが懐かしい。卒業後も悩んだ時には先生のお宅を訪ねてサジェスチョンをいただいた。私が処女作「現代・海外武者修行のすすめ」を上梓した折には、事前に先生に拙稿をお送りし添削、推敲のご指導をお願いしたところ、1週間ほどして丁重にコメントを書いて総評を文書にして送っていただいた。それは、拙文には句読点が少なく、ひとつの文章が長すぎるので、もう少し文章をカットするなり、読みやすくするために句点を付け加えたらどうかと分り易いアドバイスをいただいた。その時先生の真摯なお心遣いを感じた。あの時以来何とか文章を書いて来られたのは、まったく飯田先生のお陰である。
来年には飯田会文集を出すことが報告された。私もその編集委員のひとりを務めることになった。
今後の飯田会を進め方については、結論は持ち越されたが、先生はお亡くなりになったが、先生の精神はゼミナリストの心の中に生き続けているので、形として何とか残していこうとの声が強い。来年のご命日に先生のお墓参りをして、肩肘張らずにサロン的ムードの中で先生を懐かしく想い出すことが出来るような集まりになれば良いのではないかと思っている。
1742.11月13日(日) よく分らないTPP参加交渉
どうも環太平洋経済連携協定(TPP)というのがよく分らない。日本はすったもんだの末TPP参加を決めたと理解していたが、実際はそうではなくTPPへの加盟交渉に参加することを決めたというべきことのようである。道理であれだけTPPへの参加に反対していたリーダー役の山田前農水相が、交渉の場で野田首相が日本の言い分を伝えてくれると確信しているなどと妙に納得したような言い方をしていた。
ところが、日本にとってはこれからが胸突き八丁らしい。すでに加盟国であるアメリカを始めとする9カ国と個別に交渉するらしい。そこで交渉成立となってからTPPに加盟が認められるスケジュールになっている。日本の加盟を誘っていながらアメリカの対応は、いろいろな思惑が絡んで一筋縄では行かないようだ。すでに、カーク通商代表部代表は日本への参加を歓迎するとしながら、その一方で農業障壁をなくすことを求めている。更にややこしいのは、日本がアメリカへ近づき過ぎることを懸念して中国が黙っていないことである。中国はいかなる国からもTPPへ招待を受けていないなどと言い出す有様である。これに対してアメリカは「TPPは閉鎖的なクラブではなく、関心のあるすべての国に門戸は開かれている。招待を待つ必要はない」と言い切っている。
最近の動きからして単純に日本のTPP加盟問題と思っていたが、実はヨーロッパ離れの傾向が見えるアメリカには、太平洋沿岸諸国、及び発展著しいアジア諸国を取り込もうとする近未来の外交・経済戦略があり、その一方でそれに歯止めをかけ、アジアの中で存在感を強めようと反米・親アジアの連携を構築し固めようとする中国の外交戦略の綱引きがある。
野田首相がわざわざAPEC首脳会議出席のためホノルルへ乗り込んだ時の、APEC諸国の反応もイマイチだった理由もその辺りの事情にある。メディアもそういう報道はあまりせず、この期に及んで実はこうだったという説明の仕方で、分かりにくい。更に分かりにくいのは、野田首相が勇躍乗り込んだハワイだったが、APEC諸国の対応は加盟国ではないと看做したのか首相を仲間に入れてくれないいじめっ子と同じやり方なのである。これも分かりにくいが、外務省スタッフも様子がつかめていないらしい。TPPとは世にも不思議な連合体である。
さて、昨日東電は福島第一原発の事故後初めて現場を報道陣に公開した。テレビ・ニュースで見る限り各建屋は壊滅状態である。報道陣は依然として漏れ出てくる放射線の中をバスの中から見学していた。吉田昌郎・第一発電所長の恐いコメントが新聞に書かれていたが、「3月11日から1週間は死ぬだろうと思ったことが何度かあった」の発言には冗談じゃないと思った。そういう危険な状態にしておいて、東電はそのまま自分たちはその現場から逃げ出そうと一時許し難い卑怯なことを考えたのである。これを断固許さなかったのは、原発に一家言を持つ菅直人・前首相だった。前首相の厳命がなければ、日本中が放射線に冒されていたのだ。
それにしてもトップたるものは、自分のことばかり考えず、周囲への配慮と影響を忘れてはならないということだろう。
1741.11月12日(土) 日本シリーズに際し、プロ野球界は今後の在り方を考えるべき時
9日日大三島へ講義に出かけた帰りに、JR三島駅で新幹線に飛び乗ろうと駅構内を走ってエスカレーター上で転倒し、右足向う脛下部をしたたか打ち、少々痛むのを我慢していたが、今日になって大分腫れてきたのと右足甲が黒ずんできたので、些か心配になり今朝松本整形医院へ診てもらいに行った。放っておいて痛みを感じることはなく、軽いジャンプをしても特別違和感がないので、先生は湿布をして患部を冷やすことが大事と言われたが、毎日入浴していると話したところ冷やさなければいけないので、当分入浴を止め湿布をするようご託宣があった。完治するまでしばらく時間がかかるかも知れない。年は取りたくないものだ。
さて、プロ野球界の最後で最大のイベントである日本シリーズが今日から始まり、延長戦の末セの覇者・中日ドラゴンズがパの福岡ソフトバンク・ホークスを2-1で破って第一戦を飾った。そのお祭行事に水を差すような事件が昨日あった。あまりチーム内のスキャンダルが表面化しない読売巨人軍内で、球団代表である清武英利氏が、桃井恒和オーナーと原監督と自分で決めた来年度チームの幹部人事案を、事前に了解していた読売本社会長・渡辺恒雄氏が「鶴の一声」によりひっくり返したことは、コンプライアンスにもとると文科省内で記者会見して、渡辺会長のやり方を厳しく批判した。
当事者のひとり、桃井オーナーは自分がいない場で部下が一方的に自分の上司を告発するが如き言動は許されるべきではないと、サラリーマン街道まっしぐらの上司らしい表現で部下の清武氏の手法を強く非難している。しかし、所詮はコップの中の騒ぎである。普段はあまり内紛らしいトラブルも起こらない巨人軍に、降って湧いたようなスキャンダルである。一部の新聞紙上には、今日始まった日本シリーズに対して失礼だとのコメントが載っているくらいである。
幸か不幸か、巨人軍オーナー職を7年ほど務めて今年6月に辞めた、ゼミ仲間の滝鼻卓雄くんにとっては、オーナーを辞めたおかげで妙なとばっちりが飛んで来なくて良かったかも知れない。
プロ野球界というのも伏魔殿のようなところがあり、繁栄に胡坐をかいている内に、人気は下り坂となり、かつて巨人軍の中継放送なら視聴率は20%を楽に上回ると言われた。それが、今ではほとんどTV地上波放送もなくなり、よほどの好ゲームでなければ、視聴率は10%以下だというから、奢る平家は久しからずである。それ見たことかという感じである。
親会社の宣伝部門と考えるだけでは、巨人・阪神の名門チーム以外は企業として利益を生み出すことは難しい。現実につい最近セ・リーグ万年最下位の横浜・ベイスターズが売りに出された。これまで親会社の庇護の下に企業としてしっかり利益構造を構築することを怠っていたツケが今になって表面化している。
プロ野球界には今あまりにも問題が多すぎると思う。プロ野球を今後どう発展させていくのか。一度プロ野球機構としても真剣に考えるべき時期に来ているのではないかと思う。
1740.11月11日(金) 野田首相の結論は「TPPに参加」
わが国がTPPに参加するかどうかで揉めていたが、今夜野田首相は記者会見を開き、TPPに参加する決意を表明した。本当は昨日開く予定だった記者会見をどんづまりで一日延期したうえでの決断である。野田首相は2008年に野党議員として国会でTPPに関して質問している。その頃からTPPに関して一家言持ち、勉強していたようだ。今日まで結論を引っ張ってきたが、大局的に参加が日本にとって利ありと確信してTPPに取り組む覚悟だろう。
賛成派と慎重派の対立と言われていたが、実際には慎重派ではなく反対派であり、結局野田首相は反対派を配慮しつつ賛成派の意見を汲み取り明日からハワイで開かれるAPECで、日本の立場を述べることになった。それにしても、それぞれの業種に関わる人たちが自分たちの立場と利益を主張するばかりで、どうにも分かりにくい。首相より大分遅れて私自身不勉強だったが、菅前首相が6月ごろにPTTについて前向きなコメントを述べるまでは、その内容についてまったく知らなかった。国民もほとんどが似たようなものではないかと思う。それ以来急激にPTT問題は俎上に上がり、それぞれの利益を絡むグループが賛否入り乱れて混乱する有様である。
21分野に亘って細かく交渉するとなると、充分その効果を考えなければならない。一番心配なのは日本の外交力と姿勢が毎度弱腰で交渉に弱く、今度も押し捲られるのではないかという懸念である。それと同時にアメリカから参加を誘われたとは言え、アメリカが必ずしも日本の言い分を黙って聞くわけではなく、むしろアメリカから日本の主張を遠ざけられ、アメリカ議会の承認を得られない心配もある。日米両国ともに国内向きにすんなり受け入れられない事情を抱えている。日本にとっては進むも火ダルマ、退くも火ダルマのような難しい立場にある。
これから日本にとって本格的な対外交渉が始まる。果たして工業製品を日本にとって有利に交渉できるだろうか。それと同時に農業品について日本が望むような形で交渉できるのだろうか。
とにかく野田首相は決断して、明日ハワイへ乗り込む。意気込みだけに終らず、少なくとも望みを残してくれるような話し合いを期待したいものである。
1739.11月10日(木) オリンパスの酷い巨額損失隠し
俄かに兜町を騒がせ、国際問題化したオリンパス㈱の経理偽装工作事件に頭を痛めている。実は長男が問題のオリンパスに勤務している。今年入社20年目になり、先日の「文化の日」には、私の誕生祝として夕食をご馳走してくれたばかりで、その時はまだ会社側は企業買収に投資した巨額の資金は、適正と主張していた。会社のコメントを信じていた、内視鏡販売部門の一セールスマンに過ぎない息子には、まさか会社がこのような不正行為を行っていようなどとは思いもよらなかっただろう。それが一転して一昨日高山修一・新社長が1990年代に財テクで損失を出し、その穴埋めのために当時の社長らごく一部の役員が「飛ばし」という経理上の偽装工作を行っていたことを告白した。これにより事態は大きく変わった。
外から見て、オリンパスほどの世界的優良企業が、なぜ財テク失敗による穴埋めを法律を犯してまで処理しなければならなかったのか理解に苦しむ。いかに法律を犯して穴埋めしてもいずれ明らかになるのは分りきったことである。それが、1990年代の初めから長きに亘って行われていたとは、常識的にはとても考えられない。会社ぐるみの悪質な事件と受け取られ、日本国内のみならずアメリカではFBIが捜査に乗り出すとも言われ、最初に不正を内部告発し、解任されたイギリス人社長ウッドフォード氏の母国イギリスでは、メディアが大々的に取り上げウッドフォード氏の主張を擁護している。これでオリンパスの立場は一層苦しくなった。
それにしても20年近くに亘ってよくもこのような偽装工作が暴露されなかったものだと驚く。前会長・前社長の菊川剛氏、前副社・森久志氏、常勤監査役・山田秀雄氏らが首謀者であり、隠蔽者であると槍玉に上げられたが、彼ら以外に経理担当者らが知らない筈がないし、監査法人は何を調べていたんだと言いたい。
それが、今日になって損失の隠蔽、つまり企業買収に投じた買収額が高すぎると指摘した監査法人がその直後の2009年に解約され、新しい監査法人に変更されていたことが新聞で明らかにされた。新たにオリンパスの決算書を監査した新監査法人「新日本監査法人」が、不正をどう取り扱ったのかは報じられていない。この不祥事に伴い、オリンパスの株価は急落し、連日ストップ安を続けて最高値時に比べて八分の一程度にまで下がり、今日東京証券取引場はオリンパス株式を監理銘柄に移した。これは、オリンパスが中間決算書の提出が期限に間に合わないと申し出たことに対する処置である。それにしても医療用内視鏡機器分野では世界市場の7割を占め超優良企業がかくもお粗末な隠蔽工作による粉飾決算を行っていたとはまったくがっかりである。株主、社員に対する背任であるとともに、法社会全体に対する挑戦でもある。私情においては忍びないが、息子には耐えてほしいと思う。
さて、昨日トルコでまた地震があった。先月23日地震があった東部都市ワンの近くである。偶々昨日日大の講義で1999年に私が遭遇したトルコ大地震と併せて触れたばかりである。ワンの地震災害の救援に当たっていた日本人男女二人のNPOスタッフが昨日の地震で崩壊したホテルの下敷きになり、女性は助かったが、男性が死亡した。二次災害のような事故である。人助けに駆けつけて亡くなられた。お気の毒である。
1738.11月9日(水) 日大国際関係学部で2時限講義
日大国際関係学部の北岡さんから依頼されて講義を行うため新幹線で三島キャンパスへ出かけた。キャンパスは三島駅からゆっくり歩いて10分程度のところにある。戦時中は陸軍野砲部隊の駐屯地だったらしく、当時の石造りの守衛所が説明付きで道路際に建っていた。三島市立北小学校、同北中学校、県立三島北高校に取り囲まれて、校舎から富士山も間近に望める。中々閑静な教育環境にあり学生たちは恵まれているように感じた。
北岡さんとは簡単に打ち合わせをしてから午後の講義に臨む。2時限の授業は「国際時事問題」と「国際メディア論」で、各90分である。70~80名の学生が熱心に聴いてくれたが、60場面のパワーポイント画像を投射して説明した。主に、私が旅行業界に入った動機と経緯、仕事の場でいかに臨場感が大事か、私の危機一髪の海外ひとり旅、観光業界を見る目、旅行業者に求められる条件、現場にこそ真実がある、テロをどうやって予見出来たか、等々について事件が起きた時の海外の新聞を持ち込み紹介しながら、若い時にひとりで海外へ出ることが成長を促すことにつながると積極的に海外ひとり旅にトライするよう強く勧めた。
実際に講義をしてみると90分は短かった。2講義とも時間が足りず、打ち切るような幕引きとなりちょっと悔いが残る。
それでも学生たちが興味を抱き、真剣に聴いてくれたのが嬉しかった。それにしても中10分の休憩をとりながら前後90分の講義を立ちっ放しで話し続けることは中々タフなことだ。まぁ北岡さんのお役に立てて良かった。
終えてから北岡さんに食事に誘われ、北岡さん行きつけの寿司店に入る。そこへ北岡さんと親しい千谷基雄特任教授がやって来られ、酒を酌み交わし地場の寿司を食しながら談論風発と相成った。千谷教授は富士通の出身でニューヨーク、米カリフォルニアに長く駐在され、それがご縁でその当時ロスにいた北岡さんと知り合うことになったという。
やはり、話題の中心は原発と原子力開発、核問題である。北岡さんも原発反対だし、私も大反対である。3人が異口同音に原子力開発の過程で踏み込んではならない「神の領域」へ人間が入り込んでしまったことが間違いだったということに同感した。今日アメリカ政府としては、国際的に核管理をアメリカがコントロールしようと考えているはずで、日本が原発開発を放棄することを懸念し、平和利用との名目で日本が原子力開発を続けることを望むのではないかというのが一致した意見だった。
帰途は東横線・綱島へ帰られる千谷教授と一緒に新幹線・新横浜経由で帰ってきた。三島駅構内でぎりぎりの新幹線へ飛び乗ろうと年甲斐もなく走ってエスカレーターで転倒し、いささか向う脛を打ち痛い目に遭ったのは、足が衰えてきたせいだろう。ちょっと情けない。
1737.11月8日(火) 日本はTPPにどう対応するのか。
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加の是非を巡る政府と民主党内の調整が最終段階に入っている。民主党プロジェクト・チームは明日には提言をまとめ、10日に野田首相が参加を表明する筋書きらしい。その一方で、交渉参加に反対する動きも目立っている。その超党派のグループは150人にまで広がっている。公明党、国民新党、社民党、共産党はいずれも反対を表明している。自民党も賛否真っ二つである。それにしてもこのTPP参加問題は些か拙速のそしりを免れない。6月に菅前首相が参加を表明してから、俄かに大きな問題となり、今や国論を二分しかねない勢いである。ざっくり言えば賛成派は経済界、反対は農業界である。経済界は経団連を筆頭にこれからの自由主義経済下の日本経済を考えれば、関税の原則撤廃は当然で、それなしには経済発展は考えられないと交渉参加を強く訴えている。その一方で反対派の農業団体は米、野菜などがアメリカから自由に入ってきたら農家は崩壊するといって強硬に反対を唱えている。どうしてこのように一国の大きな問題を衝突寸前にまで追い込んでしまったのだろうか。スケジュールの進め方が拙い。
TPP交渉は21分野について議論される。日本にとって不利な協定ばかりではないことは分かっている。敢然として反対しようという農業団体の考え方は分るが、その後押しをしている国会議員が農家の票に目が眩み、やましい気持ちがあるからだと思われている。それより何より、TPPについて情報が少なすぎるのではないだろうか。これでは経済界と農業団体だけの、内輪の論理が国政レベルへ上がって国内ではしたない喧嘩をやっているような印象だ。
それに両派のお互いの戦い方が良くないと思う。どうも全面的に賛成とか、断固反対を唱えて部分的に歩み寄れる分野について話し合おうとしない。これでは解決方法がないではないか。
どうも議論の仕方が雑で、どうして相手の考えや気持を斟酌するポーズを取れなくなってしまったのだろうか。当事者ばかりでなく、どっちにせよわが国全体にとってもマイナスである。相手をねじ伏せることばかり考えて、相手の意見を上手に取り入れるという発想がどうして浮かんでこないのだろうか。
今のままでは、解決の見込みはなさそうだ。10日に野田首相が決断してから対立する賛成派と反対派がどう折り合いをつけるか。更に、国家にとってマイナスにならないような参加の仕方をどう考えるのか。あまり当てに出来るような人物は見当たらないが、ここは‘どじょう’首相が、両者の意見を汲み取り、日本がマイナスを背負わないような結論を導き出してもらいたいものである。
1736.11月7日(月) 消費税値上げの首相発言はどうなったのか?
G20首脳会議に出席していた野田佳彦首相が帰国して、早速長崎市内の故西岡武夫・参議院議長の自宅を弔問した。これから野田首相の前途には難問が待ち構えている。自ら蒔いた難問のひとつは、カンヌ滞在中に2010年代半ばには消費税を10%に引き上げるという唐突な発表だった。民主党内閣は党内に賛否の対立構図が山積である。消費税引き上げしかり、今紛糾しているTPP参加問題もまたしかり、年金の一元化改革もしかりである。
その消費税値上げはどうなるのか、鵜の目鷹の目で注視されている。一部には歳入不足を補うためにその必要が叫ばれていた。また、以前からIMFも日本政府に消費税値上げをすべきと勧告していた。ところが、民主党は総選挙の時から消費税値上げについては逃げていた。実力者である小沢一郎元代表は値上げに反対している。こんな党内事情もあり、党としての統一見解を毅然として示すことが出来なかった。それがここへ来て突然値上げ公表である。外国で一方的に発表する前に、国会なり、国民にきちんと説明すべきではないか。もう少し順序立ったスケジュールの下に計画を進め、党内で話し合って民主党として考えをまとめることが出来ないものだろうか。その辺りがこの民主党の未熟なところである。
これから消費税値上げに向けて、どのようにロードマップを作り上げていくのだろうか。今日もマス・メディアはまったくこの問題を報じていない。マス・メディアにとっても報道する価値のあるトピックだと思うが、先日現地から流れてきたニュースだけしか伝えられていない有様は異常としか言いようがない。それにしても野田首相の手法はまったく理解出来ない。何が「安全運転内閣」だ?
民主党はこの先この消費税値上げ問題をじっくり検討し、党内がまとまって結論を出すことが出来るだろうか。国民としてはやや不安である。これからどういう道筋を辿っていくのか、もう少し消費税値上げの工程について分りやすく説明してほしいものである。
1735.11月6日(日) エッセイの評価はまずまず
知人の北岡和義さんが静岡県三島の日本大学国際関係学部で特任教授を務めておられるが、先日その北岡さんから要請をいただき、9日に学部授業の内2コマ分を講義することになっている。科目は「国際時事」と「国際メディア」というそれぞれ90分授業だが、今日北岡さんと電話とメールでやり取りして「臨場感から知る現実の世界」と付けたタイトルのレジュメを送って簡単な打ち合わせを済ませた。
もとよりその国際関係の科目を専門的に学んだことはないし、その知識があるわけでもない。北岡さんからは国際問題に対する持論、私の海外旅行体験、特に海外でのリスキーだった旅行体験と、旅行業の実態について学生に話してほしいということだったので、パワーポイントにも臨場感のある写真を取り入れて作成したつもりである。どれだけ期待に応えられるか分らないが、学生たちを退屈させない自信だけはある。9日が楽しみである。
さて、時間をかけて書き上げたドキュメンタリー風エッセイ「トラック島の日系大酋長が見せた大和魂と謎」を「知研フォーラム」に寄稿したが、掲載予定の写真が抜け落ちて刷り直ししてもらうことになった。会員には写真が落ちた「知研フォーラム」誌に、抜け落ちた写真だけをA4用紙にコピーして送られたようだが、大量注文をいただいた森喜朗元総理分300冊はそうもいかず、私の追加分150冊を併せて正しい冊子に刷りなおしてもらった。2日にそれらの内130冊を友人らに郵送したが、昨日辺りからぼつぼつ受け取ったというお礼状や受領の連絡をいただいている。おかげさまでエッセイは割合好評のようで、内心嬉しく思っている。中には読後感のほかに親切なコメントを書き加えてくださる人もいる。自分としては資料を集め、関係者にも会い、かなり調査して書いたドキュメントでもあり、また高校の先輩について書いたものでもあり、かなり力を注いで書き上げた。ある大手新聞記者だった方からは、「少し書き足せば、立派な売り物になる小説(ノン・フィクション)になる」と言っていただいたのは、お世辞が含まれているとは言え、ある程度評価してくださったことでもあり嬉しいものである。時間をかけて加筆・修正して出版するのかどうか決めたいと思っている。
今年は東北大震災のため、明るい行事の予定が変更された。その中でプロ野球が、開幕を遅らせたり、電力不足を鑑みてナイター開催をある程度自粛して、漸く最後の仕上げどころの日本シリーズ開催へ向けセ・パ両リーグの出場権を争うクライマックス・シリーズを行っている。今日やっと日本シリーズ出場2チームが出揃った。昨日はパの優勝チームの福岡ソフトバンク・ホークスが出場を決定し、今日セの優勝チームの中日ドラゴンズが出場権を獲得した。
これで、実力のある2つのチームが天下晴れて日本一を争うことになった。昨年のようにパの3位チームが日本シリーズへ出場し、日本一の座を占めるなんておかしなことにならなくてやれやれである。くどいようだが、こんな複雑なシステムは止めて、すっきり両リーグの優勝チームが雌雄を決することが出来ないのか。
1734.11月5日(土) 西岡武夫・参議院議長現職のまま逝去
今朝の新聞のトップ記事はギリシャとイタリア関連記事で埋め尽くされている。トップ見出しは「ギリシャ、包括策受け入れ」「イタリア、IMF監視下に」である。夕刊になると「ギリシャ内閣を信任」と「西岡武夫参院議長死去」である。
結局パパンドレウ政権は国会の信任投票の結果、153対145で辛うじて信任された。ギリシャ再生のためにはなりふり構わず、EUから融資を引き出すことに懸命である。今日中にも与野党連立へ向けて協議を開始して、EU提案の包括支援策を議会で承認する必要がある。とりあえず最悪の事態は回避されたが、これからも危機は続く。
元気そうに見えたが、突然のように西岡参院議長が肺炎により亡くなられた。この政治家もとかくの噂のある人だった。父親が元長崎県知事で典型的な二世議員だ。27歳の若さで衆院議員に初当選したが、人格的にいかがかと思えるパフォーマンスで失笑を買ったり、わがままぶりで評価を下げていた。保守各党を遍歴したところに彼のわがままな姿が垣間見える。いい年をして母親離れが出来ず、新自由クラブをともに立ち上げた河野洋平氏と袂を分かった時にも、母親がしゃしゃり出てきて河野氏へ罵詈雑言をぶつけていた。いつまでも独り立ち出来ない御仁だった。衆院選で落選するや、長崎県知事選に出て金子原二郎氏にも敗れ、以後参院選で国会議員に復活はしたが、元々政治家としては人格・識見を疑いたくなる人だった。
今年7月ごろから中立であるべき参院議長の職にありながら、菅前首相に辞職を求める発言を繰り返し、相変わらず自分勝手なパフォーマンスで目立っていた。夕刊記事から察するところ、西岡氏が菅前首相に厳しい姿勢を取り続けていたのは、どうも地元選挙区の諫早湾干拓事業に対して、菅前首相が昨年12月福岡高裁の開門を命じる、西岡氏にとって容認し難い判決を受け入れると表明したことに対する怨念が腹の中にあったからではないか。選挙区支持者の利益のために、立場を異にする前首相を攻撃していたのだ。
名だけは通り、やることはやっていたが、これという功績はあまり知らない。引っ掻き回すだけの政治活動では、周囲が踊らされるだけではないのか。虎は死して皮を残したが、西岡氏は果たして何を残したのか。
1733.11月4日(金) ギリシャ、国民投票案を撤回
昨日から俄かにクローズアップされたギリシャの財政支援策が、パパンドレウ・ギリシャ首相の変質とも受け取れる発言の真意がいぶかしがられて、EU各国はてんやわんやの騒ぎである。そこへ昨日からG20首脳会議がカンヌで開催されたため、世界中から大物首脳が続々とカンヌ入りしている。一癖も二癖もある大物とは言い難いが、野田首相も‘ベビーギャング’安住淳・財務相を伴い現地入りした。
何が騒ぎの発端かと言えば、ギリシャはユーロ国から支援策を提示されたが、パパンドレウ首相が受け入れ前に国民投票にかけると不意に公表したことに、独仏を始め、支援国から強い反発と批判が高まったことである。独仏両国首脳は支援策を受け入れないことは、ユーロ圏からの離脱を意味するとギリシャに迫った。ギリシャ議会も野党がユーロ圏からの離脱には反対で、この動きを受け入れてパパンドレウ首相は国民投票を回避することを発表した。今夜にも首相の信任投票が行われるが、この数日国辱的な失態を曝け出したパパンドレウ首相が信任されても、次期首相に再選される可能性は少ないと見られている。
11年前妻とエーゲ海クルーズを楽しんだ時、韓国が不況の真っ只中にあってギリシャでは韓国人の旅行者が減少したと聞いたが、その年ギリシャは勇躍ユーロへ加盟した。当時の報道だとギリシャのユーロ加盟は秘かに時期尚早と見られていたようだ。あれから11年を経て、韓国経済は立派に回復し、他方ギリシャは昨今国家破産の危機に直面している。ヨーロッパ各国の中にはギリシャの加盟を認めたことが失敗だったと思っている国もある。何が国家の命運を左右するか、一寸先は闇である。
ギリシャの財政逼迫は、ユーロッぱ各国、日米、そしてBRICsにも大きな影響を与えかねない。さぞやギリシャが生んだ哲人ソクラテスもギリシャのこの惨状を嘆いていることだろう。
今日イタリア国債がユーロ導入後最安値にまで急落した。次はイタリアか? せめてこの流れが回りまわって日本へやって来ないことを願うばかりである。
1732.11月3日(木) 平穏に73歳の誕生日を迎える。
満州事変から2.26事件を経て、戦時色が徐々に色濃くなっていった昭和13年の、昔風に言えば「明治節」、現代では「文化の日」の今日、東京・中野に生まれた。「節夫」という名前も「明治節」から一文字いただいた。27年前に母が同じ73歳で亡くなったので、母と同じ年齢だけ生きてきたことになる。新潟に住む二男が妻子を伴ってやってきたので、まず妻の実家の墓がある多磨墓地から、両親が眠る中野の宝仙寺へ回って墓参りをする。夕食は息子家族と外食を楽しむ。
さて、あれだけすったもんだして何とか危機を脱したと思ったギリシャの財政危機が、またぶり返しそうな雲行きである。昨日になってギリシャ不安が再燃している。火種はギリシャ自体にある。つい1週間前EU圏内ユーロ国が難産の末、ギリシャへ支援することを漸く決定し、今後はギリシャがこの温かい支援を受けてどう立ち直るかとギリシャの再生を注視しようという矢先に、ギリシャ政府は折角の援助を受け入れるかどうかを国民投票にかけると言い出した。緊縮財政を続けることに国民の反発が恐いのだ。支援は確かにギリシャにとっては厳しい内容となっている。だが、先日打ち出したギリシャ支援策はギリシャにとっては待ったなしの救済策で、他には手段がないように思える。ギリシャが支援を受ける厳しい条件は、対価としてギリシャ国民が耐え忍ぶことが義務づけられている。
その条件とは給与の一括20%削減であり、消費税の値上げほかである。当然ギリシャ国民の反発は予想されるが、支援する側としては、ここまで自分たちが身を削って支援しようというのに、なぜ我慢出来ないのか、支援国だって厳しい財政事情の中で同じ仲間を助けてあげようというのに、勝手なことばかり言うなとの不満もあろう。まず火元のギリシャ自体が自力で立ち直ろうとする姿勢を見せなければ、いずれギリシャは見放され、世界の孤児となってしまうだろう。
ギリシャの国民投票の意向がヨーロッパは言うに及ばずアメリカ、アジアにまで波及して世界同時不況の様相も見せ始めた。EUのリーダー格であるドイツのメルケル首相、フランスのサルコジ大統領がギリシャのパパンドレウ首相に支援策を受け入れるよう懸命に説得しているが、ギリシャは依怙地になって国民投票をちらつかせている。ギリシャでは支援策受け入れの前にパパンドレウ首相に対する議会信認投票が行われ、そのうえで国民投票が来月初に行われる。
仮に国民投票が行われた場合、まず国民は支援策に反対するだろう。その時EUには最早ギリシャを救うべき次の手はない。最悪のケースだと、ギリシャはEUから支援を得られず、債務不履行による国家破綻、ユーロ圏離脱の可能性を孕んでいる。そうなった場合、ギリシャはどうなるのか。ヨーロッパはどうなるのか。更に日本だって他人事ではいられない。その時日本はどうなるのか。
1731.11月2日(水) 国と自治体は放射線の危険性を真剣に考えているのだろうか。
やらせメール事件や第三者委員会の調査報告書を否定するような最終報告書を提出して、原発に対する世間一般の認識とずれ、世の非難を浴びている九州電力が、福島第一原発事故以来初めて九州の玄海原発で停止中の4号機の試運転を開始し、明日にも元通り運転を再開する予定である。八方塞りの九電はトラブルで停止させていたが、トラブルの原因や原因と対策をまとめた報告が国から「概ね妥当」と評価されたことを踏まえて運転を再開することを決めた。
ところが、どうもこの辺りの事情が分かりにくい。再開に当たっては国が決めたストレス・テストをやるのかと思いきや、その対象は定期検査で止まった原発が対象で、玄海原発4号機の場合はトラブルのために停止したので、対象外だそうで、理屈を捏ね回した決め事である。関係者の発言も分かりにくい。
枝野幸男経産相は、地元と協議のうえ電力会社が決めるべきことと述べた。こんな大事なことをそう簡単に決められては堪らない。これでは、国は原発の安全性については責任を持たないと言っているようなものではないか。菅直人・前首相は原発中止を、野田首相は漸次原発縮減を主張した。枝野氏の発言は両首相の言葉と相反するのではないか。また、枝野発言によって地元自治体は原発再開は国が認めたと認識している。岸本英雄・玄海町長は「4号機については国から安全性の確認を得た」と話し、古川康・佐賀県知事も「国が判断されたのなら、これまでと同じように受け入れる」と力強いサポート体制を口にした。これで事業会社の九電は地元の理解を得られたと判断し、願い通り運転再開に踏み切ることを決定した。なぜか関係者はみんな自分の判断から逃げ、他に責任をおっかぶせている。原発に関わることになるとなぜか怪しげで、不可解な行動に出る。原発は直ぐにも再開したい、されど世間の目が恐い。どうも本音は、法衣の下に鎧をまとっているようだ。
今日もまた原発に関して危なっかしいニュースが伝えられた。東京電力は、福島第一原発2号機に核分裂反応があったと発表した。一部には臨界状態だったと指摘されている。しかし、鉄面皮で証拠隠蔽のリーダー格・東電はキセノン検出量が微量だったため、燃料が溶融しているわけではないと言い張っている。細野豪志・原発担当相もあまり深刻には捉えていないようだ。この一連の無神経な言動を見てみると、数日前に検出された世田谷区八幡山の放射線漏れについて、行政がすぐ原因を調べることもせず、今日になって漸く現場を掘削した対応によく似ている。結局先週の世田谷区弦巻と同じくラジウムが原因らしいと見られている。調べればすぐ分ることを休日を理由に引き伸ばして手をつけなかった。この鈍感ぶりが風評被害をもたらし、周辺住民に不安を与え住民の気持ちを傷つけているのではないだろうか。
福島第一原発事故以来、放射性物質に対して神経質になる一方で、案外無頓着でのんびりしている印象を受けるが、そんなことで良いのだろうか。
1730.11月1日(火) 母校創立90周年記念式典に出席
母校・湘南高校創立90周年記念式典が鎌倉芸術館大ホールで挙行された。一寸早めにJR大船駅に着いたので、昼食でも取ろうと大船駅ルミネ店内をぶらぶらしていたら、偶然にも1枚のポスターが目に入った。「東山魁夷・平山郁夫日本画巨匠版画展」を無料で開催していたのである。展示作品はほとんどリトグラフだったが、中には欲しい作品が数多くあった。しかし、最安値でも1点50万円は下らない。観るだけで芸術心を満たして会場へ向う。会場は来賓、卒業生、生徒、保護者を交えて2階席までいっぱいである。母校は大正10年に神奈川県内で6番目の県立中学校としてスタートして以来、90年の歳月が過ぎ去った。この間全日制、定時制、通信制を合せると卒業生の数は、実に4万6千名に上るそうだ。
式典は午後1時から3時半まで行われた。和やかな雰囲気の中でOGのNHKアナ・渡辺あゆみさんの司会進行によって手際良く進められた。ゲストスピーカーは、偉大なる先輩、2010年ノーベル化学賞受賞者・根岸英一博士の登場で、難しい話を幾分分り易く話された。聴けば、博士ご夫妻は昨日シカゴ、一昨日はニューヨークで雪に閉じ込められ、予定通り今日の式典に間に合うかどうかを心配されていたと笑いながら仰っておられたが、今日は突き抜けるような秋晴れで、演題は「21世紀を救い、支える科学―化学」と題して、図を使いながら説明された。私にとっては少々難しい化合物の話だった。博士の話で強く印象に残っているのは、人生の師をいかに見つけ、教えを請うかということが大切であるということと、出来るだけ若いうちに世界を見てみることが重要だと述べられたことである。特に後者については3月にお会いした時私自身博士と意気投合した考えである。
式典会場では弦楽部、吹奏楽部の演奏や合唱部のコーラスも久しぶりに楽しく聴けた。
更に楽しかったのは、マイクロバスで移動した鎌倉プリンスホテルで開催された祝賀会だった。会場のバンケットホール「七里ガ浜」は、椅子席・350席の大入りで、コースメニューを味わいながら、OBのゲスト・ミュージカル俳優沢木順さんの洒落たトークと声量のある歌声にすっかり魅了された。元合唱部員だった根岸博士も沢木さんにアシストされながら、素晴らしいテノールで「あざみの歌」「さくら貝の歌」ほかを朗々と歌われた。根岸博士ご夫妻、義兄の大正大学名誉教授・鈴木健次さん、森ビル会長の森稔さん、渡辺あゆみさんとも話すことが出来た。
根岸ご夫妻には3月にお会いした時の写真にサインをしてもらい、先輩のトラック島大酋長・相澤進と佐々木信也さんについて書いたエッセイ掲載の「知研フォーラム」を差し上げた。同期生や、親しい先輩や後輩にも会えてとにかく楽しい時間を過ごすことが出来た。これだけ大勢の参加者が集まった宴会で、こんなにお互いに打ち解けた気分のいいパーティはこれまであまり記憶にない。素晴らしい歴史ある伝統校で高校生活を送れて、幸せの一語に尽きると思っている。帰り道友人と歩きながら心から「楽しかったなぁ」と語り合った。
1729.10月31日(月) 映画「百合子、ダスヴィダーニャ」を観賞
今日この地球に誕生した赤ちゃんは、みんな地球上で70億人目の人と数えられるそうだ。これは国連人口基金で承認されていて、その東京事務所では申し出があれば、「70億人目の赤ちゃんの一人」という証明書を発行するそうだからギネスまがいの人気もここまで来たかと、些か脱線気味のお祭行事、名称、タイトル等に辟易する。
先月17日に映画「百合子、ダスヴィダーニャ」の浜野佐知監督のお話を聞く夕食会にお誘いを受けて、監督から女であることのデメリット、映画界における女性監督の不利、これまでの厳しい歩み等について諸々お話を承った。今朝渋谷の円山町界隈にある「ユーロスペース」へ件の映画を鑑賞に行った。最近の映画、特にあまり脚光を浴びない個人やプロダクションが製作した映画は、かつての華やかな大劇場ではなく、こじんまりとした映画館で日時も限定されて上映されることが多く、上映日数も上映回数も少ない。最近私が観た映画は押しなべて力作であるが、やや深刻なストーリーのため、興行収入を考えたのだろうか大映画会社が配給せず小規模な映画館でこっそり上映されるケースが多い。「ユーロスペース」も建物内に2つの映画館があり、今日観たのは定員91名の小規模なシアターで、午前10時30分だけの1日1回きりの上映である。少々早いが行ってみると観客は20名程度で、年配の男性が多い。
あらすじは、中條(宮本)百合子と湯浅芳子がレズビアン関係に入った経緯と、百合子と最初の夫・荒木茂との結婚生活破綻の複雑な原因を女性監督の目からねちっこく描いたものである。上映に先立ち、予定にはなかったが浜野監督が登場され舞台挨拶をされた。大阪から新幹線で来たところだと話されていた。監督は百合子がなぜ荒木と別れたのか、別れる必要もなかったのではないかと話されたのは意外だった。というのは、監督は日本社会に昔から根付いていた男社会の風潮を嘆き、それをぶち壊そうとされているようで、先月の夕食会場でも過度なまでに日本男子を攻撃し、愚弄する言葉を発していたからである。
結局百合子と荒木の結婚生活は僅か5年、湯浅芳子との同棲は7年で幕を下ろした。百合子は後の共産党書記長・宮本顕治と一緒になるため、湯浅と別れた。湯浅と別れる時湯浅は相当荒れたようだ。湯浅が亡くなったのは1990年で、52歳で亡くなった百合子と異なり94歳まで生きた。著名なロシア語翻訳家だったが、残念ながらその訳書を私は読んでいない。しかし、日経新聞日曜版で瀬戸内寂聴さんがつい最近まで長らく連載していた「奇縁まんだら」の中で強い女性として描かれていたのを読んだことがあり、印象に残っている。監督が描こうとしたのは、女性の権利があまり認められなかった時代に、女性だからといって打ちひしがれる弱い女ではなく、風当たりが強かろうと強く生き抜いた女性だった。
映画の構成はほとんど家の中で語られ、東京と福島だけで行動範囲が狭く舞台が限られていてダイナミックなスケールに欠けて少々物足りない感じもした。二人の著名な女流文学者同士の爛れた関係にスポットライトを当てて、「レズビアン」という特殊なテーマを取り扱ったのでそれも止むを得なかったのだろう。映画の中で百合子の作品をもっと紹介すれば、理解の助けになったと思うが、その点で少々分りにくかったという気持ちが残った。
1728.10月30日(日) 行政は放射能に鈍感
一昨日世田谷区八幡山のスーパー・マーケット空き地で民間人の線量計により高い放射線が計測された。先日同じ世田谷区弦巻で計測された放射線も分ったのは、民間人の連絡によるものだが、それも福島原発とは無関係ということが分った。今度の放射線もその空き地の周辺地下から異常値を示すことから福島原発とは関係ないと見られている。ただ、近辺の住民が放射線汚染を心配しているので、何が原因であるかを早く突きとめることが行政の責務だと思う。にも拘わらず、世田谷区はのんびりしている。民間人の軽量により分ったにも拘わらず、区が昨日語ったのは週明けにその地下を掘削して原因を究明したいと気楽なことを言っている。理由は休日ということのようだが、ことが放射線に関わることでもあり、早く作業を行って原因を明らかにすべきではないか。
ことほど左様に原子力について、本質が分っているのか分かっていないのか、関係者によってスタンスがバラバラのようだ。例えば、昨日になって原子力委員会が福島第一原発を解体・廃炉にする工程を示した。それによると何とも気の長い話で、いろいろ建屋内部の取り出し作業を始めて、原子炉から建屋まで解体する廃炉作業が完了するのは30年以上もかかるとの発表があった。これでは今稼動、或いは休止中の原発を仮にいつの日か廃炉にした場合、それらも30年以上の時間がかかる。今後新たに稼動予定の原発の将来的な廃炉を考えると気の遠くなるような時間が必要である。
これでは私が生きている間に原発はなくすことは出来ないということになる。今や知らない間に、周囲は放射線の危険で取り囲まれているという事態になっている。憂鬱な時代になってしまったものである。
さて、円高が昂進して輸出関連企業が大きな赤字を計上しているようだが、パナソニックの如きは今年度連結決算が3000億円前後の赤字に達する見通しだという。東芝も今年度上期だけで営業利益が100億円も減少した。企業は円高の長期化を睨んで、想定為替レートを変更し、利益予想を下方修正する動きが出てきた。例えば、対ドル為替相場ではリコー、セイコーエプソンや日本電産などでは上期に1$=80円相場だったが、下期は75円に変更しているようだ。商売本体ではなく、為替事情によって売上、利益が大きく変わるようになった。外為事情に左右される企業はあまりの円高市場に振り回されている。
円高に洪水被害が重なり輸出関連企業が苦しんでいる。少しでも手を差し伸べられるのは国であるが、今のへなちょこ政府が果たしてお助けマンになってくれるだろうか。
1727.10月29日(土) プロ野球界のゲーム・システムはこのままで良いのか。
東北大震災発生により開幕が遅れたプロ野球も終盤を迎え、今日からセ・パ両リーグともに、いわくつきのクライマックス・シリーズが始まったところである。一方アメリカではワールドシリーズで今日チャンピォン・チームが決まった。
再三プロ野球界へイチャモンをつけるようだが、このペナントレース後のクライマックス・シリーズほど馬鹿馬鹿しく無意味な勝負はないと考えている。セ・パ両リーグとも優勝チームが決定したわけだから、以前のようにこの両リーグの覇者、セの中日ドラゴンズとパの福岡ソフトバンク・ホークスの間で日本シリーズ7回戦を戦い、真の日本チャンピォン・チームを決めればいい。それが、金儲けと引き換えに優勝の価値と権威を失くす、クライマックス・シリーズというわけの分らないシリーズ試合を加えたものだから、この一年間は一体全体どこのチームが一番強いのかが分らなくなってしまった。
野球の先進国・アメリカでも似て非なるものではあるが、現状は同じような滑稽なことになってしまっている。本当のファンは、ゲーム数が増えたからと言って喜んでいるのか、嘆いているのか分らない。
メジャーリーグでは、今日セントルイス・カージナルスがテキサス・レンジャーズを降し、4勝3敗の成績でワールド・チャンピォンになったが、このチームは3つの地区のそれぞれの2位チームの中で一番勝率の高いチームが、ポスト・シーズンシリーズにワイルド・カードという救済制度により出場権を得て勝ち上がり、ワールドシリーズへの挑戦権を得たチームである。その挙句にワールド・チャンピォンに輝いたのだから何をか言わんやである。この変てこなワイルド・カードを勝ち上がってチャンピォンになったチームが近年増えて、1995年に制度が発足して以来17回のワールドシリーズで2位チームが優勝したのは実に5度目だそうである。ペナントレースでは2位に甘んじたが最後に優勝の美酒を味わえることになる。物語ならともかく、本当の実力のあるチームがどのチームなのか分らなくなり、一年間戦って勝ち得た優勝の価値と意味を分らなくしてしまうシステムは、無意味であり勝負の世界では似つかわしくないのではないか。
日本では昨年パ・リーグ3位だった千葉ロッテ・マリーンズが、クライマックス・シリーズを勝ち上がり、日本シリーズでセ・リーグの優勝チーム・中日ドラゴンズを倒して、見事日本一の座に就いた。しかし、その時は運よく波に乗って優勝したが、実力は必ずしも伴っていたわけではなく、その証拠に今年はリーグの最下位にまで急降下した。
一部の狂信的なファンと金儲けのために野球界が考え出した奇策が、これからのプロ野球界の人気を削がなければ良いがと心配になる。実際、近年はサッカー人気に押されて、観客動員数もテレビの放映時間も減ってきているのは、このような安易な制度を採用したことも大きく影響しており、下手をすると大相撲と同じように人気が下降する可能性を秘めているのではないかと、元プロ野球ファンとしては嘆かわしく思っている。
1726.10月28日(金) 野田首相の施政方針演説の中身
トルコ地震による死者が550人を超えた。72時間が生存の可能性の分岐点と言われ、この時を区切りにトルコ政府は行方不明者の捜索を中止すると発表した。だが、その1日後地震発生から100時間以上経ってから18歳の青年が救出されたり、108時間ぶりに13歳の少年が救出されたりもした。72時間で区切りをつけることが果たして生存の可能性とか、生命の尊厳という観点から妥当なのかどうか、もう少し考える必要があるのではないか。
さて、バンコックの洪水被害は益々深刻になってきた。普段より水位が1.5mも上がっているようで、市内は水浸しの状態である。日系企業の工場操業停止で事業運営に支障を来たす恐れのある、パナソニックを始めとする日系企業では、タイ人従業員を日本の工場で働いてもらうと発表した。タイの工場では日本で作っていない製品を製造しているため、タイ人は日本の工場では日本人労働者を指導する立場に当たるという。受け入れる日系企業タイ人従業員は数千人規模と言われている。早速日本政府に特別ビザの許可を申請すると述べ、それに対して藤村官房長官は特例措置として前向きに考慮すると述べた。
ところで、日本政府の震災復興に対する動きはどうだろうか。野田首相は今日午後衆議院本会議で所信表明演説を行った。巨額の資金手当てとして三次補正予算の早期成立により復興を加速させると決意を述べた。それに伴い歳出・歳入改革のひとつとして国家公務員給与を削減すると述べた。この公務員給与削減というのが実施出来るかどうかが曲者なのである。公務員給与削減については、当然人事院勧告もからんでいると思うが、すでに国会に提出されている7.8%の削減を隠れ蓑に、抱き合わせで60歳の定年退職者を65歳まで延長雇用し、その間在職中の給与の70%を支給するという役人にとって都合の良い姑息な法案成立を併せ企んでいる。直接国民に関係のない事案は、どうも密室でことが成されている印象でどうも不愉快でありすっきりしない。
その他に政治改革として「1票の格差」是正と議員定数削減について語ったが、いずれも迫力不足で実行出来るかどうか怪しいものだ。議員定数削減については、鳩山内閣発足時から言い続け、昨年の参議院選挙でもマニフェストに堂々明記しながら、未だに一歩も前進していない。
野田首相の演説の中で一番がっかりさせられたのは、沖縄の普天間基地移設問題について言及した一節である。「日米合意を踏まえつつ、沖縄の負担軽減を図ることが基本的な姿勢」と相変わらず抽象的で他人任せの論調であ