近藤節夫の《ブログ》


充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら書いております。本欄には、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言を書込んで、自分の気持ちを表しながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご了解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
1030.3月9日(火) 鳩山内閣及び民主党の支持率低下
鳩山内閣と民主党の支持率低下が止まらない。マス・メディアが行っている世論調査でも、発足当初には考えられなかったほどの落ち込みである。昨日NHKが発表した支持率は、1月に50%もあった支持率が今月は38%にまで下落している。政治とカネの問題が直撃したうえに、鳩山首相の決断力とリーダーシップの欠如、加えて普天間基地移設問題のもたつきぶりに国民が愛想をつかしているのだと思う。
民主党では、小沢幹事長の渡米問題でアメリカ政府高官らが鳩山首相と幹事長との力関係について予断を持ったコメントを述べたり、藤田幸久国際局長がアメリカのメディアに対して9.11テロについて必ずしもアルカィーダの仕業ではないというようなアメリカ人の神経を逆撫でする発言をしたり、日米間の外交関係がまたまたギクシャクしてきた。すべて首相に責任があるわけではないが、どうも政権末期の自民党政権時代とあまり変わらなくなって来た。
昨日は、国民新党と社民党が普天間基地移設問題で党としての移設案を提案したとの報道があった。国民新党は前々からキャンプ・シュワーブ陸上案を考えているようだ。ところが、この日キャンプ・シュワーブのある名護市議会が全会一致で受け入れ反対決議をした。1月には市長選で反対派の市長が当選した。決定までの前途は厳しい。
他方社民党の提案は、県外移設・国外移設案らしい。ところが、先日もこのブログで触れたが、社民党は相変わらず海外移設案でもグアムに拘っている。グアム知事があれだけ受け入れ反対を公言しているにも拘わらず、可能性のまったくない案に固執するのはなぜか。しかも、グアムのすぐ隣のサイパンでは、知事自ら受け入れに前向きな姿勢を示している。サイパンに見向きもせず、可能性のない国外と県外一辺倒の移設案は、社民党が非現実的政党であることを如実に物語っている。
それにしても、民主党の態度はあまりにももたもたしている。
夕方近くなって、記者会見で岡田外相が昨年9月以来調査していた、日米間の外交交渉に密約があったことが明らかになったと公表した。
1029.3月8日(月) 加藤周一先生が語る「ドキュメンタリー映画」
ロサンゼルスで今年の映画アカデミー賞授賞式が行われた今日、それにあやかったわけではないが、久しぶりに映画鑑賞に出かけた。
一昨年12月に亡くなられた加藤周一先生が語りかける映画「しかし それだけではない。」を渋谷で上映していると新聞広告で知ったので、玉川税務署へ納税申告をした後渋谷へ向かった。道玄坂界隈で立地の分かりにくい「シネマ・アンジェリカ」を交番で尋ね、何とか探し当てた。副題に「加藤周一・幽霊と語る」とふざけたタイトルが付けられているだけに一風変わった、だが心に訴える記録映画だった。
亡くなった年の夏までの間にすべて収録されたフィルムであるが、知の巨人と呼ばれる知性とぶれない信念、論理的な整合性を持って反戦、恩師、戦死した友人の思い出等について、東大本郷、駒場、信濃追分で淡々と、しかし信念と愛情を込めて真摯に話された加藤先生のお人柄とそれまでの活動を紹介する意欲的な試みである。学生時代と大東亜戦争、平和運動の話に終始して、意外にも外国生活の長かった先生にしては海外の話が少なかった。確か先生は1968年の「プラハの春」の際、車を運転してチェコへ入国し、その当時の緊迫した空気を体で感じ取った筈である。できれば「プラハの春」について一言でも話してほしかった。
映画を通して先生の言葉の中に、絶対戦争はやってはならないという強い意思を感じた。何のために戦争をやるのか、まったく無意味であると強調されていた。「九条の会」の世話人を務めながら、長い間平和運動に関わり、その生き方や考え方はぶれることなく終始一貫していた。それが、多くの人びとの心を捉えたのだと思う。
2007年夏亡くなった小田実さんの葬儀の折お姿をお見かけしたが、その時小田さんへの弔辞で「あなたはべ平連を始めとして、いつでも仕掛け人として先頭に立った」と小田さんの行動力を高く評価したことが印象に残っている。
この映画は大手映画会社ではなく、「加藤周一映画製作実行委員会」が自主的に製作したものである。恐らくプロデューサー、監督ともに加藤先生の生き方と考え方に心酔して採算を度外視して作られたものだと思う。座席も100席程度の小さな映画館で1日に4回の上映では、果たしてペイできるのか気になるところである。こういう地味で良心的な映画をもっと多くの人、特に映画の中で加藤先生が「老人と結託すべきだ」と煽っていた若者に観てもらいたいものである。
1028.3月7日(日) 名曲「雪の降る街を」と内村直也さんの思い出
昨日の朝日新聞の付属頁「be」一面と三面に、中田喜直が作曲した名曲「雪の降る街を」の誕生のいわれについて細かい紹介記事が掲載されている。誰でも知っている雪国の情景を寂しく唄った歌で、直ぐにでも口をついて出るくらい歌い易いポピュラーな曲である。この曲を想うと思わず作詞者だった内村直也さんのことが思い出される。
あれは旅行業者に転向した昭和44年の夏、まだ新米添乗員として20数名のお客様を、主催旅行で北海道へ案内した時のことである。お客様の中に内村直也(本名菅原実)さんが参加しておられた。本名で参加されたので、初めの内は内村さんであることが分からなかったが、お仲間のひとりがそっと教えてくれた。中々口の煩い7名ぐらいのお仲間と参加された内村さんは、温厚な方で私がマニュアル以外に、自分で工夫した手作りのコピー資料を参加者全員に配布したことを随分お誉めいただいた。大学の先輩・後輩であることも分かり、余計に気を遣っていただいて、とても思い出に残る旅行となった。
お仲間の一人が当時の北海道知事・町村金五氏と親しくされていて、その晩みんなで会食するのだとその方が教えてくれた。
次の日の札幌市内観光の時、バス・ガイドさんが内村さんを一目見て、「雪の降る街を」を作詞された内村直也さんではありませんかと私にこっそり尋ねた。そうだと教えてあげると、すっかり感激してこの曲は北海道のバス・ガイドにとって最も人気のある歌で、誰でも必ず車内でご披露するのだと言っていた。そしてガイドさんは美しい声で情感たっぷりに「雪の降る街を」を歌ってくれた。内村さんは黙って聞いておられたが、どんなお気持ちだっただろう。
朝日新聞に依れば、この名曲はフィンランドの映画作品で1992年にベルリン国際映画際国際批評家賞を受賞した「ラヴィ・ド・ボエーム(放浪者の人生)」のエンディングでフィンランド在住の篠原敏武さんと仰る日本人歌手が歌ったという。外国人をも唸らせる名曲だというわけである。
NHKラジオ・ドラマの人気番組だった「えり子とともに」の主題歌として歌われた曲だが、記事を読むと出来上がるまでに中々面白い伏線があったようである。街のイメージは旭川とも鶴岡とも言われ、それぞれに綱引きをやって記念碑とか、記念館があるらしいが、作詞家、作曲家ともにどこが曲の生まれ故郷であることかについては明らかにしていない。土地を特定しなかったのは、お二人とも聴く人が自由に想像を広げることを望んだからだと記されていた。
久しぶりに懐かしい気になった。しかし、記事の最後にこの曲が生まれて40年と書かれてあったが、そんな筈はない。私が内村さんにお会いしたのが、今から41年前でその当時すでに大流行していた。折角の魅力あるストーリーなのにつや消しである。天下の朝日も原稿のチェックが好い加減だなぁとちょっとがっかりした。
1027.3月6日(土) 中国は無理をし過ぎているのではないか。
大きなお世話かもしれないが、中国の政府高官、官僚、警察の汚職がひどいとはかねがね聞いていた。一昨年多摩大学の公開講座で中国問題専門家の沈才彬教授が、日本の贈収賄とはその金額が桁外れだと冗談交じりに話されたことがある。昨日から開かれている全国人民代表大会(全人代)で、温家宝首相が政府活動報告の柱のひとつとして「腐敗防止」を訴え、贈収賄、背任、公金乱用を厳しく追及する姿勢を示すこと自体極めて異例であり、いかに汚職が蔓延っているかを示している。国家・国民にとって、世界に向けた首相のスピーチの内容としては非常に恥辱的なものだ。
今朝の朝日新聞に依れば、ある政府高官のごときは並外れた賄賂を得て、分かっただけでも10年間に約6億5千万円もの黒い金を得ていたとされる。上海で毎晩行われている地下カジノの一日平均収入は、実に約3億9千万円だという。中国ではもちろん賭博は違法である。それでも中国全土で行われている地下カジノの取り扱い額は、年間約13兆円に上ると言われている。実に中国国内総生産(GDP)の3%に匹敵するというから度肝を抜く数字である。今やラスベガス、マカオを抜いて中国は世界屈指の賭博大国になりつつある。これが、かつて勤労、清廉潔癖をモットーとしていた共産主義国家だろうかとその落差を思うとそぞろ今昔の感に堪えない。
中国は全人代で今年の経済成長を対前年度8%増と予測した。これまでの成長路線からすれば、ややそのテンポは鈍化したとはいえ、世界的に景気が一向に上向いていない中で、相変わらず世界の中でその存在感は際立っている。今年中にはGDPで日本を追い抜き、アメリカに次ぐ世界第二の経済大国になることは間違いない。
その中国が、どうもイメージとしてマイナス要因が出てくるのは、国家自体が世界に比肩できる力を身につけてはきたが、国としての存在感をなお必要(本物の力)以上に世界で発揮したい思惑があるからである。しかし、そこには欧米から指摘、非難されているように、中国通貨「元」の価値が実質以上に低く抑えられていることが影響していることも事実である。中国はその点を謙虚に直視するべきであると思う。本物の力と思惑とはあくまで別であり、中国はこのあたりに些か思い違いがあるのではないか。やはり中華思想をテーゼとする中国は相当背伸びをし、無理をしていると思う。
1026.3月5日(金) 普天間基地移設問題に結論は出せるか。
鳩山内閣には懸案の沖縄・普天間基地移設問題を解決しようとのひたむきの気持ちが見られない。政権発足と同時に、今年5月末までに移設先を決定すると内外に公表していた。アメリカも最善案はすでに日米合意を得た辺野古沖のキャンプ・シュワーブ海上案であると釘を刺しながらも渋々日本の出方を見守っている。
連立を組む社民党は、当初より沖縄県外移設、できれば海外移設を主張している。近くの海外基地、グアムは受け入れに否定的で、隣のサイパンは知事が受け入れに熱心で自ら売り込みに来日するほどの熱意を示したのにも拘わらず、社民党はその案を取り合おうともしない。海外移設とは何なのか。これでは沖縄案から一方も出ていない。こういう無責任な羊頭愚肉政党が政権内部にいるのだから、内閣統一見解なんて出せるわけがない。国民新党にしたって、じっくり考えたのかどうか、先日キャンプ・シュワーブ陸上案を言い出して、それが最良の計画だと自画自賛している。その一方で、民主党自体具体案を明らかにしていない。それで連立内閣としてはどうやってまとめるのか、一向に定まらず不安ばかり湧いてくる。ここへ来て平野官房長官がルース駐日米大使と会ったり、記者会見で人を食ったような返答をしたり、政府としてどうするのか、懸念は募る一方である。
記者会見で5月末までに決めるとの約束は守れるのかと問われた鳩山首相は、そのためには3月中にひとつの案を決めなければいけないとピントの外れた、まるで禅問答のような応え方をしている。
それにしても総理大臣や閣僚というのは、随分軽くなったなという印象を受ける。責任のある決断を容易にはしないのだ。それでいて口は軽いし、国会の委員会に平気で遅刻するタガの外れた大臣もいる。自らの軽率な行為によって自分自身を追い詰めている。大方が納得できる結論を得られるなら結構である。だが、今の様子を見ていると、残された少ない時間では、とても国民、沖縄県民、アメリカ政府を納得させるような結論が出せるとは思えない。情けない。
民主党が政権を握ってから事業仕分けや、先日来年度国家予算を衆議院通過させたこと以外、何もやってはいないのではないか。民間会社ならとっくに倒産だろうし、鳩山社長は責任を取って辞任だろう。こういう人にわれわれは国の進むべき道を委ねてしまったのだ。その意味では、われわれの責任も重いと考えざるを得ない。
さて、昨日税務申告書類作成に関してぼやいたが、午後思い切って玉川青色申告会へ相談に出かけた。昨年同様顔馴染みの職員に、作成した資料を提出して率直にこの先の書類の作り方について相談してみた。昨年も親切に対応してもらったが、今日も1時間半に亘って熱心に相談に乗ってくれた。昨年の申告資料コピーを紛失してしまったこともあるが、まだ不慣れな点もあり、それでも少々手間取りながらも、何とか税務署へ提出する一歩手前の書類を作ってくれた。後はこれを正式な申請書類として書き直し、領収証を整理して添付すれば良い。青色申告会の会員ではあるが、いざという時に申告会は随分頼りになる。
月曜日には税務署へ書類を持参しようと考えている。今年は昨年以上に苦戦したが、青色申告会の職員に手伝ってもらい何とか形がついたので、ほっとしている。
1025.3月4日(木) 税務申告書作成にあたり考える。
税金の申告時期である。今月15日までに個人事業主としての青色申告書類を税務署へ提出しなければならず、このところ連日帳簿の記帳と伝票のチェック、領収書の整理などに朝から晩までかかりっきりである。
昨年初めて青色申告を行ったが、今年は2度目なので昨年よりは楽だろうと高を括っていた点でやや誤算があった。1年経つと元々あまり興味のある作業ではないので、ノウハウをすっかり忘れてしまっている。記憶力の衰えにもがっかりで、ちょっと情けないような気分になる。しかも、昨年かなり投資をして勘定科目のゴム印を注文で作ってもらったが、丸ごと自宅内のどこかへしまったまま見つからず紛失してしまったようだ。迂闊でどうも軽率なきらいがある。
今年もパソコンによる申告ではなく、手書きの書類作成なので、ゴム印がない分ボールーペンで書くために伝票作成に昨年以上に時間がかかる。一年分のカネの出し入れを一件一件チェックして、仕分けしながら記入するのだから、項目数が多く、限られた時間の中で記帳するのは大変である。
それでも漸く縦計と横計の数字合わせを終えたので、提出用の書類を作成して来週初めには青色申告会でチェックしてもらい、税務署へ提出したいと考えている。
来年は会計ソフトを入手し、講習も受けて何とかパソコンで申告するようにしたい。もうこんな手書きのような面倒くさいことはこりごりだ。ゴム印を紛失したので、文房具店で買い求めようとしても、今やゴム印自体を販売していない。近所の文房具店のごときは、店ではもう在庫処分しようと思っているので、店にあるゴム印が入用ならあげると言われたほどだ。必要度の高いゴム印があまりなかったので、数個もらっただけだったが、もうゴム印を使い、ひとりでコツコツと書類を作成するスタイルは完全に過去のものとなったようだ。税理士の手を煩わせれば世話なしだが、かなり費用がかかるし、自分でできるのに他人に頼むのも不本意である。そんな事情もあって自分なりに学び、ある程度申告書類を作れるようになったが、手書きに頼っているとゴム印もないのでどうしても手間ひまがかかる。
とにかく一両日中には書類を仕上げて、申告を終えてすっきりして、来年こそはパソコンによる税務申告ができるようにしたいと改めて感じている。
1024.3月3日(水) 民主党政権はマニフェストを実行できるか。
早く地震被災国チリへ支援チームを派遣すべきであると昨日このブログに書いたが、派遣直前になって、チリ政府から受け入れ態勢が整っていないので、派遣はしばらく待って欲しいと連絡があった。医療チーム派遣を決めていた日本政府としても少々面食らったようだが、それを受け入れ、同時に自衛隊中心の復興建設チームは見切りで出発させることを考えているらしい。それにしても、医療支援活動の受け入れを一時的にしろ拒むという話は今まで聞いたことがない。
さて、昨日2010年度一般会計予算が衆議院を通過した。鳩山内閣としては初めての予算成立である。財政が厳しい中で公約として国民に約束したマニフェストをできるだけ実施しようとの意気込みは評価したいが、「歳入不足」「政治とカネ」が政権を苦しい立場に追い込んでいる。一番の目玉だった「子ども手当て」は、どうやら実施されるようだ。子どもを持つ家庭にとっては、大いに助かる政策だと思う。ほとんど問題にはならなかったが、先日突然朝鮮学校については対象から外せとの声が出てきたのには、少々驚いた。
これは明らかに差別である。北朝鮮憎けりゃ袈裟まで憎い式の短絡的な発想である。国連の人権委員会でもこの問題を取り上げる空気があるようだ。
今朝の朝日新聞「私の視点」欄に、愛知県の朝鮮学園理事長が「除外は筋違い」と朝鮮学校生徒を授業料支給の対象外とすることは筋が通らないと朝鮮学校側の立場と考え方を寄稿している。差別される側の当事者の声として論理的な説得力がある。民主党はまだ結論を出さずに、今日東京朝鮮中高級学校を衆議院文部科学委員会の田中真紀子委員長以下約20名が学校参観した。どうも行動が遅いし、今になって押っ取り刀で見学しているようでは、最初からその気がなかったのではないかと思われても仕方がない。
初めて政権に就いて最初の政策実行でもあり、すべてに不慣れな民主党政権としてはある程度許容される面もあるが、どうもマニフェストに盛り込んだ公約が大して精査や検討もされることなく、人気取りのために安易に組み込まれたと思えてしようがない。
1023.3月2日(火) 日本最初のインターネット新聞「JANJAN」が休刊
チリの地震と津波は世界中に大きな影響を及ぼしている。日本では津波に関するニュースが大きく伝えられ、避難に関して多くの厳しい意見も寄せられている。津波は予想通り襲ってきたが、第一波が去った後に多くの避難住民が警告を無視して避難先から自宅へ戻って来た。専門家によれば、津波は第二波、第三波が第一波を上回ることもあり、もしそうなった場合極めて危険だというのである。幸い今回は死者が出なかったから良かったが、それも50年前の三陸沖地震の教訓を活かせたことが大きいらしい。自然災害はいつ、どの程度のものが襲ってくるか分からない。少々慎重過ぎるくらいで、良いのではないかと思う。
一方震源地のチリでは、人的にも物量的にも大きな被害を蒙っている。食料が不足しているため、我慢しきれなくなった住民が食料を略奪し出した。電気もなく、水もなく、食料もない状態では、貯蔵されている食料略奪を、一刀両断に悪いと決めつけるわけにもいかないところが悩ましいところである。
早く国際的な支援を始める必要がある。まだ、被災地へ入った外国支援隊はないようだ。日本も鳩山首相がすぐにも医療支援チームを派遣すると述べたが、検討ばかりしていないで、すぐにも手を打つべきである。
さて、今朝の朝日新聞を見て、どうしてだろう? と首を傾げてしまった。高校ラグビー部後輩の前鎌倉市長・竹内謙氏が創業した日本初のインターネット新聞「JANJAN」が、経営不振に陥り今月末で休刊する。
2003年の韓国大統領選挙の際、劣勢と見られていた盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が大方の予想を覆して大統領に選出された。その時大きな力となったのが、若者を中心とするインターネットによる呼びかけだった。その際若者はインターネット新聞「オーマイニュース」を、よりどころにしていた。つくづく時代は変わったと思わせた選挙だった。最早インターネットを無視して選挙は戦えないと思わせるほど鮮烈な印象を与えた。
その新しい手法をヒントに竹内氏が設立したのが「インターネット新聞社」で、「JANJAN」は時代を先取りしたと思っていた。その後竹内氏とは何度か会ったが、創立まもない頃に会った時には、アクセス数はうなぎのぼりで、いずれ新聞トップの読売を抜いてみせると意気軒昂だった。その後も何度か会ったが、いつも決まって威勢のいい台詞を吐いていた。朝日記事によれば、閲覧数は昨年上半期には、毎月2千万件に達していたというから、読者数は相当伸びていたのだ。
時代に合っていた。アイディアも良い。それでも頓挫したのは、広告量の減少らしい。最近2年間で、広告収入が3分の1にまで落ち込んだ。やはりマス・メディア全般の衰退の影響だと思う。
何とも気の毒である。思い切りのよい竹内氏のことだから、再挑戦ということも考えられる。ぜひ頑張って再びトライして欲しいものである。
1022.3月1日(月) オリンピックも終ったなぁ
今日から弥生三月である。わが家の庭でも梅の花が咲き、メジロが餌を啄ばみにやってくる。何となく日本的風情がある。
遠い外国のカナダでは冬季オリンピック祭典が閉会式を迎え、その遥か南ではチリ大地震が発生している。チリでは地震による死者が700人を超え、被災者は200万人とも言われる。オリンピックの華やかな陰で、悲惨な状況に立ち向かわねばならない人は多い。チリでは送電系統がやられて、電気を頼りにすることができず、住民は真っ暗闇の中で水と食料の確保に懸命のようである。
日本政府も早速救援隊を派遣することを決めた。ハイチの時は初動の動きが鈍かったので、その辺りを意識したのだろう。
さて、興味深い話題が3つある。ひとつは統計である。日経夕刊によれば、EU域内で一人当たり国内総生産(GDP)が最も高い地域はロンドンだそうである。金融街シチーがあるせいだろうが、第2位のルクセンブルグ、第3位のブリュッセルも金融機関や国際機関が多い。ロンドンの一人当たり平均GDPは約1,000万円だそうだから、世界でも屈指の金持ち地域だと思う。他人の懐具合を詮索するのはあまり趣味が良くないが、外国報道人もそういう意味では覗き趣味と言えるかも知れない。
二つ目は物騒なニュースである。かねてよりお互いに強硬な非難合戦を戦わせていたイスラエルとイランが緊張状態になってきた。そもそもイスラエルの存在自体を否定するハマスを支持するアフマディネジャド・イラン大統領が、テヘランで開催中の会議に参加したパレスチナ解放人民戦線代表者を前に、徹底的にイスラエルを非難した。以前からパレスチナのハマスなどはイランから支援を受けていると言われる。一方、ぞっとする話だがイスラエルは、イランに隙あらば先制攻撃も辞さないことをかなり前から計画している。変なことにならなければいいが・・・。
三つ目は、ちょっとユーモラスだが、アメリカのオバマ大統領がまだ禁煙できないようだ。立候補した時約束した「禁煙の誓い」をまだ実行できず、ホワイトハウスは原則的に禁煙のため就任後は吸わないと公言した約束も、まだ守れず四苦八苦しているらしい。まだ可愛い公約だが、われわれ禁煙族から見れば、どうしてタバコなぞを止められないのか不思議なくらいだ。タバコを止められないような人がノーベル平和賞をいただけるのだから、ノーベル賞受賞者の意思も大したことはないなぁ。
1021.2月28日(日) 国内外ともに慌しいつごもりの一日
昨日南米チリで起きた大地震はマグニチュード8.8という超弩級のスケールで、チリでは300人を超える死者が出た。地震に伴って発生した津波が、そのまま太平洋を北上して日本にも影響すると予想されていた通り、今日はNHKなんか番組を変更して朝から津波情報にかかりっきりである。
バンクーバー・オリンピックも終盤に近づき、今までその存在すら知らなかった団体パシュートというスピードスケート・レースで、日本女子チームがひょうたんから駒というのか、あれよあれよという間に決勝まで勝ち残り、銀メダルが転がり込んできた。ドイツを相手にした決勝戦は好レースとなり、終始日本がリードしていたがゴール間際に逆転され、僅か百分の2秒差で敗れてしまった。悔しさに橋本聖子団長なぞは、金だったならばなどと欲深いことを言っていたが、大健闘である。有終の美を飾りメデタシメデタシではないか。
ところが、国内では午前中からチリ地震による津波ニュースが溢れんばかりである。時々刻々と津波の襲来時刻を放送する。昨日予告した時間とそれほど違わないからすごいと思う。午後1時くらいから北海道・東北地方沿岸部へ少しずつ影響が出てきた。花咲港や久慈港では1m以上も高波が押し寄せてきた。夜の7時過ぎになって高知・須崎港でも1mを超える高波がやってきた。
自然の力というのは恐ろしいとつくづく思う。チリ沖合いでプレートが落ち込んで表面がずれた結果、地震となり、それが大きなエネルギーを伴って海水を押し寄せるか、引っ張るかの作用をしているわけだ。延々2万km近い距離を大波がすごいスピードで走り続けて日本沿岸にやってきたことになる。地球の不思議さと言うか、実に神秘的である。
60年安保闘争の真っ只中の1960年5月22日に起きた三陸沖地震は津波を伴い、国内で142人の死者・行方不明者を出したが、それもチリ沖合いの地震の影響である。その時のマグニチュードは、これまで計測された最大級のものでM9.5だったという。現在チリのサンチャゴ国際空港も損壊されて航空機が飛べないというから、ハイチ同様チリの被災者救済活動も、これから国際的支援を仰ぎ、国際的な規模で行われるのだろう。
日本では今のところ死者はいないというが、チリでは今後犠牲者の数が増えていくことだろう。地震国に住むわれわれとしても安閑としてはいられない。
さて、昨年3月に行われた東京国際マラソンが今年は一ヶ月も繰り上げて今日雨の中で開催された。出走者が32,000人というから驚異的である。出走風景を観ているとまるで芋を洗うような雰囲気である。市民ランナーとして一般参加者が年々増え、今では抽選が行われているが、それも大した競争率で出場すること自体が難しい。何でも昨年は6倍の競争率だったというが、今年の応募者は30万人だというからすごい。幸運にも横浜に住む長男が昨年に引き続いて抽選で出場権を得た。数日前から天気予報がぱっとしないので、気になっていた通り、今朝から雨がしとしと降り続け、気温3℃と寒さも厳しくなり、あまり無理をしないよう場合によっては途中棄権もやむを得ないと考えていたが、夕方になり完走したと連絡があった。昨年のタイム3時間58分を上回る記録を狙っていたらしいが、やはり悪天候には勝てず、記録は4時間12分とのことだった。最後には寒さで足が動かなかったというからよほどコンディションは悪かったのではないか。目標完遂とは行かなかったが、悪天候の中で完走し、昨年より14分遅いだけだから、まあ健闘したのではないか。
普段中々忙しい中で毎日トレーニングを重ねるのは大変だと思うので、これからは無理のない健康マラソンにチェンジして、妻子に心配をかけないよう「ほどほどマラソン」「そこそこマラソン」にしたらどうかと思う。
1020.2月27日(土) 日本にもデフォルトの危機が襲うか?
昨日沖縄で地震があったが、あまり気にも留めないでいたところ、今日夕方になって南米のチリでマグニチュード8を超える大きな地震があったという驚くべきニュースが入った。詳しい情報はまだ得られていないが、津波が太平洋を横切り、南半球から北半球へやってきて日本には明日午後1時頃に到達するというから、そのスピードが速いのか遅いのかは分からないが、油断はできない。60年安保闘争の年にチリで地震が発生したことがある。太平洋を越えて日本にも津波が押し寄せ、三陸地方を中心に日本でも100人以上の死者が出るという大きな被害があったことを思い出す。
先月ハイチで大地震があったばかりだが、このところ天災地変が各地に大きな被害を及ぼしている。どのくらい予防できるか分からないが、警戒するに越したことはない。これから明らかになるであろうチリの地震被害が心配である。
さて、このところギリシャの財政状況が危ういとの報道が目立っている。ギリシャ政府はEUの支援を受けつつ、再建策を模索しているが、その中で国民に厳しい忍耐を要求した。公務員の賃金カットや、年金支給額の削減、等々が国民を怒らせて大きなデモ騒ぎになっている。世界的な不景気は、ギリシャだけに留まらず、ヨーロッパ諸国を襲っている。今ギリシャ以外にも、ポルトガル、スペイン、イタリアが危機的状況に近づいているらしい。これらの国々のイニシアルを並べて、「PIGS」と呼ぶそうだが、何と「豚」ではないか。豚扱いされたこれらの国々は、今必死になって財政破綻から逃れようとしている。
外国の財政破綻をこれまで対岸の火災視していたわが国だが、昨日の日経夕刊によると下手をすれば日本もデフォルトに落ち込む危険性があると警告している。日本の国債発行額が異常に多いことがその根拠である。昨年末国の借金が871兆円で国民一人当たりに換算しても7百万円を超えるというのだから空恐ろしい。仮に消費税の引き上げだけで財政健全化を目指すには、消費税率を35%に上げる必要があるとの試算がある。とてもじゃないが、非現実的である。
しかし、こんな財政悪化が進捗する中で割合のんびりしていられるのは、日本の経常収支が黒字であることことと、国債の90%以上を日本人が買っているからだと言われている。それにしても毎年毎年国債発行を繰り返しながら、一向に財政立て直しを論議しようともしていない。まだ、新聞で報道している程度で政治家や財務省の官僚たちは、まだ目覚めてはいないらしい。
いつまでも国債を発行し続けて、挙句の果てに国を破綻の方向へ向かわせようというのだろうか。
1019.2月26日(金) バンクーバー・オリンピックに思う。
バンクーバー・オリンピックも今やたけなわで、どのテレビ局もオリンピック競技をわれ先がちに放送している。一昨日女子フィギュア・スケート・シングルが始まるや、そのフィーバーぶりは頂点に達し、一億国民が浅田真央選手の金メダルを希う有様である。朝から晩まで浅田とライバルの優勝候補、キム・ヨナ選手をあの手この手で取り上げ、そのエスカレートぶりは、国会論戦や沖縄米軍基地問題などそっちのけで、まったく眼中にない感じである。女子フィギュアのように、これまでにこれほど「一時的に」熱の入ったスポーツ種目は近年ないのではないかと思わせられる。結果はSPで1位に立ちリードしていたキム・ヨナ選手が、今日のフリー競技でも浅田選手を圧倒して金メダルを獲得し、浅田は銀メダルだった。それでも二人の好勝負は大きな感動を呼んだようである。実力伯仲の二人の勝負は、まだこれからも続くのではないだろうか。
それにしても、フィギュアのように伝統のある競技は見応えがあるが、近年急速にスポットライトを浴びるようになった競技にはどうもあまり興味が湧いてこない。夏季オリンピックには、新しい種目はそれほど増えていないようだが、改めてバンクーバー大会を見てみると、知らないような競技が多い。特に近年になって新たに冬季大会に加わった競技は、一般人が楽しめるようなものが少ない。高価な用具を使うことと、競技場が特殊な場所に限定され、誰でもできるというものではないようだ。これではオリンピックの精神に悖るのではないか。
かつてはなかったパラレル大回転、モーグル、エアリアル、スノーボード・クロス、スキークロス、リュージュ、ハーフ・パイプ、スケルトン、カーリング等々は、用具に金がかかるうえに設備や施設にも金がかかりそうで、誰でも気軽にプレイできるスポーツとは言えない。こういう競技種目をメジャースポーツ化するのは、長い時間がかかるし相当な資金を必要とすると思う。それに一番頭を悩まされるのは、これらのスポーツが進化すれば、概して危険性がより増してくるということである。用具とか機械を使用するようになれば、当然極限まで追及するようになる。それはスポーツというより危険な曲芸への転換を意味する。世紀の祭典で危険と背中合わせの競技を開催して、果たしてどれだけの意味があるのだろうか。
今度の大会でも開幕前に練習中の事故で一人の選手が亡くなった。ほどほどなら良いが、最近の傾向は物珍しさとか、新し好きばかりが目立って、極端に走り見境がないような気がする。
何でもかんでも土地の名物競技なら取り入れようとするのを一度検証して、オリンピック精神に則っているのかどうかをじっくり精査して、整理することを考えてみることも大切ではないだろうか。そんなことが頭をよぎった。
1018.2月25日(木) これが公正か? 意地悪なアメリカの公聴会
日本時間の明け方近くに続けられていたアメリカ議会の公聴会2日目は、トヨタの豊田章男社長を参考人に召還して、トヨタ批判の急先鋒の議員を筆頭に豊田社長にあらゆる質問をぶつけた。一見してこういう場が得意ではなさそうな豊田氏の顔にはスマイルが見られず、終始暗い表情でうるさ型の議員の質問に応えた。
しかし、これではまるでつるし上げである。豊田社長はアメリカ中のさらし者になっている。この公聴会というシステムは、果たしてその名に叶った公聴会の公聴会になり得ているのか疑問である。こういう魔女狩りを利用して不正を暴くとか、国民の安全のためと詭弁を弄して今後も続けていくとするなら、これは最早自由主義ではなく、一種の経済統制ファッショではないかとこの公聴会という制度そのものに疑問を呈せざるを得ない。
今日の豊田社長は昨日のレンツ社長ひとりの時とは違って、別の北米統括会社の稲葉社長と同席し、自分の考えを述べた。しかし、出席した12人の議員の質問に対して応えたトヨタの考えが、彼らに必ずしも納得されてはいないとの印象を受けた。3時間半の公聴会を終えて豊田社長は、アメリカのトヨタ関係者の討論集会で励まされたことに感激したのか、つい涙ぐんだが、このあたりは正直なところもっと我慢して、涙を見せないで欲しいと思った。
こういう公衆の面前では、ディベートの経験が足りないような応答ぶりの豊田社長は、今後アメリカにおける出番が増える事態に備えて、これからでも良いから質疑応答のトレーニングを積んだ方がよいと感じた。
それにしても、アメリカ側議員の「日本とアメリカの文化の風土が違う」とか、「アメリカの顧客を軽視しているのではないか」や「苦情を社内に伝えないような内規でもあるのか」のような無礼な質問に至っては、日本最高の国際企業を何とかへこませてやろうとの意地悪な気持ちが見え隠れしているような気がしてならない。これこそジャパン・バッシング以外の何物でもない。
しかし、ともかくこの危機を切り抜けるのはトヨタ自身に他ならない。一日も早くこの苦境を脱して立ち直って欲しいと願うばかりである。それはそれとしてどうもアメリカ人の手法が理解できない。
1017.2月24日(水) トヨタ・リコール公聴会開催される。
銀座四丁目の一等地、鳩居堂画廊で日中水墨研究会作品展が開かれている。酒のペンクラブの勝野定典(雅号白山)さんからご案内状をいただいたので、根を詰めて納税申告書類を作成していた束の間にちょっと覗いてみた。勝野さんの「山寺景勝」がとても良い。話に由ると山寺の長い石段を登っていた時は、霧がかかっていたが、上に到達したらガスが消え失せたそうで、その感じを描いたと言っておられた。その研究会の代表者で中国人の史志輝氏の作品がすごい。案内状に氏の絵が印刷されているが、その写真だけを見ていてもその凄さは分からないが、原画を見るとまさに驚きである。顔を近づけて食い入るように細かいところまで観察すると、虎の毛皮がまるで本物に見えるし、虎の目が光っていて生きているようだ。ここまで写実を極めると写真も顔負けである。恐れ入った。作品展は水墨画ということだったが、かなりカラーを使っている作品もある。何でも墨彩画というらしい。
こういう高尚な趣味を持っている人を羨ましく思う。
トヨタのリコールを巡るアメリカ議会の公聴会が開かれた。今日はアメリカ・トヨタ販売ジム・レンツ社長が呼ばれた。
予めマス・メディア報道でラフな情報は承知しているが、これまでのアメリカのトヨタ批判のやり方も少しやり過ぎだと感じていた。確かに当初のトヨタの対応は遅く、稚拙だった。そこにアメリカ国民によって厳しく追求されるそもそもの原因があった。しかし、それにしてもトヨタは反省の言葉を述べ、謝罪し、販売下落というお灸もすえられている。しかも、リコールに応じて車の改良も約束している。それでもアメリカのやり方は容赦しない。少々えげつない。どこまでトヨタをやっつければ気が済むのだろうか。
公聴会をテレビで観た限りで言えば、これはもう中世ヨーロッパの魔女狩りと変わらないのではないかと思う。公聴会の雰囲気もとても民主的と呼べるようなものではない。こういうスタイルが引き継がれてきたこと自体、むしろアメリカ社会の特異性と異常性を現していると思う。レンツ社長は中央の高い席から多くの質問者に取り囲まれ、矢継ぎ早に鋭い質問を浴びせられる。徹底して「悪者」を追い詰める構図である。トヨタ車に乗っていて事故を起こした被害者が参考人証言を行ったが、トヨタの酷さを涙ながらに訴える。お涙頂戴の芝居がかったパフォーマンスで全米の視聴者の同情を買おうとしているようにも見える。そこには、アメリカが声高に叫ぶ「公平」「公正」など微塵も感じられない。
アメリカ社会とアメリカ人は、自他ともに表面的には民主主義を具現しているように見える。しかし、それは自分たちにマイナス効果が及ばない場合に限られる。これまでアメリカ社会の象徴だった自動車会社、GMやフォードが、トヨタを始めとする日本車の後塵を拝するようになると、一点たりともミスを許さない。もはや日本という国を許せないかの如きムードが忽ちの内に燃え上がる。実はこれこそがアメリカ社会、アメリカ人の本音なのではないだろうか。公聴会は延々8時間にも及んだ。
明日はトヨタ本社の豊田章男社長が出席する。豊田社長へどんな辛らつな質問が浴びせられだろうか観察してみようと思う。いかに正義の味方を装っていても、所詮アメリカ人も自分本位であることが分かるのではないか。
1016.2月23日(火) あさま山荘事件を取り扱った二つの映画作品
一昨日ベルリン国際映画祭で寺島しのぶが女優主演賞を贈られた。若松孝二監督作品「キャタピラー」で日中戦争中に手足を失った軍人の妻を熱演した演技が、外国人記者から高く評価された模様だ。若松監督作品としては、昨年3月に映画祭を開催中の所沢まで出向いて「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観たが、その時監督と60年安保の話をしたことを思い出す。あさま山荘事件も今から38年前のちょうど今頃、雪の中で起きた凶悪事件だった。
あさま山荘事件を取り扱った映画作品としては、他に2002年に原田真人監督が制作した「突入せよ!あさま山荘事件」があり、シンポジウムに出席した若松監督は、原田作品は権力サイドから制作されたもので、赤軍派の行動が何も描かれていないと語っていた。この事件の主役は赤軍派であり、彼らについて一切描かれていないのは不自然だし、真実ではない。自分は反権力の立場から描きたいと思っていたと話していた。赤軍派内の抗争、リンチ、殺人、挙句の果てに山荘侵入人質事件となって暴発した。原田作品の5年後にその凄惨な過程を赤軍派側から描いたのが昨年観た若松作品だった。機会があれば、原田作品も観て二つの作品を比べてみたいと考えていた矢先に、タイミングよく昨晩原田作品がテレビ放映された。
先日全共闘運動を取り上げたミュージカルを観たばかりで、何かもやもやと60年安保や全共闘時代の学生運動のイメージが駆け巡っている。
原田作品は確かに若松監督が指摘していたように、権力側からのアングルで撮ったものである。まったく赤軍派内部の様子は映していない。確かにこれでは、社会派の若松監督ならずとも、消化不良を起こしそうだ。警察庁、長野県警、現場の警察車両内など、ほとんど警察サイドの物語に終始している。その点から言えば、作品としての質、描き方、アプローチの仕方等、どれをとっても若松作品の「あさま山荘」に軍配を上げる。
実は、この原田作品がテレビ放映されたのは、数日前に亡くなった俳優・藤田まことさんの追悼番組としてである。藤田まことは、実在の人物、後藤田正晴・警察庁長官役で出演している。
回りくどくなってしまったが、寺島しのぶの「銀熊賞」受賞は、日本人として田中絹代以来35年ぶり3人目(最初は「日本こんちゅう記」の左幸子)だそうである。父親の尾上菊五郎、母親の富司純子も大喜びであるが、彼女の才能を見事に引き出した若松孝二監督はやはり非凡な人である。
1015.2月22日(月) 就活学生に人気の観光業
昨日長崎県知事選挙が行われ、民主党が推した元官僚を破り自民党系の新しい知事が選出された。3期で勇退した金子原二郎・前知事に代わって元・副知事が6人の対立候補を破って当選した。
金子前知事の一期目の頃に、大きな請負団体の旅行シリーズで壱岐・対馬を企画して、金子・前長崎県知事からパンフレット上に歓迎の言葉をいただいたことがあるが、種明かしをすれば、実はあの文章は私が代筆したもので、それを長崎県観光課から承認していただいたことを懐かしく思い出す。
折りしも鳩山首相と小沢幹事長の「政治と金」問題のせいで民主党及び、鳩山政権に対する支持率は下降気味で、小沢氏の求心力も低下している。その最中の知事選敗北である。昨年の衆議院選挙では長崎県全小選挙区で民主が完勝した。夏の参議院選挙の前哨戦といわれた矢先の選挙に負けたことは、民主党内に衝撃を与えている。
首相も幹事長も国民を甘く見ている節がある。検察から起訴されなかったことを以って疑いは晴れたような口ぶりでは、とても反省しているようには思えないし、本当の意味で国民への説明責任を果たしているとは言えない。民主党内にも肝を冷やすような地震があった方がよい。政治資金の不透明さについて説明責任を果たし、真摯に反省しなければ、夏の参議院選挙だってどうなるか分からない。
日経朝刊の就職特集広告を見てみると大学生に人気のある企業が100社ばかり挙がっている。ここにも学生の好みが表れているが、個性発揮の時代と言いながら、相変わらず安定志向、つまり寄らば大樹の陰と享楽傾向が窺える。
ベスト10は銀行、保険、商社、観光業の大手企業で占められている。食品会社やマス・メディア、製造業がないのはどういう理由からだろうか。志望理由の中で目立つのは、国際性と規模の大きさである。その国際性と規模を満たし、そのうえ面白そうだというのが、ご存知「JTB」志望者の声である。これを見ていると心配な面もある。観光業は確かに面白い。だが、学生たちに果たして観光業の裏がどのくらい分かっているだろうかという心配である。むしろ、厳しく、辛い仕事の方が多いのだということを知っておいて欲しい。
旅行業を目指す人に案外多いのは、仕事は自分が楽しむのではなく、お客を楽しませることだということをよく分かっていないことである。
ともあれ旅行業も昔に比べれば日の目を見るようになってきた。旅行業を見る世間の目も割合好意的になってきた。その中で仕事をするのは、張り合いもあるし、仕事もし易い。その点でわれわれの時代よりずっと恵まれている。
今日観光立国が叫ばれるようになった。難しい問題もあるが、やはり観光は楽しい。国の政策に沿って仕事ができることも幸せなことであり、今のエージェントマンが羨ましい。そんなことをふっと思った。
1014.2月21日(日) 今朝の産経新聞に注目!
今朝の産経新聞に「知の現場」の書評が掲載されていると連絡をもらったので、近くのコンビニで産経朝刊を買い求めた。18日の河北新報と同じようにカラー写真の表紙と好意的な書評が載っている。これだけ宣伝してもらえれば、これからも販売は伸びるのではないかと期待できる。その書評をスキャンしてメル友に送信したところ、早速小中陽太郎さんから返信をいただき喜んでいただいた。
さて、久しぶりに手にした産経朝刊フロント・ページに右寄りの産経らしからぬ大きな記事が二つも載っている。
ひとつは、4月から実施予定の民主党マニフェストの目玉「子育て・教育」の中に盛り込んだ、高校生授業料無償化に関して、朝鮮学校生徒を対象から除外するよう中井洽・拉致問題担当相が川端達夫・文科相に要請した問題である。日本人拉致問題で進展が見られず、北朝鮮に対して強い姿勢を示すために申し出たものである。現段階では先月高校と同等とみなされる各種学校の生徒には、私立高校生と同様に支給すると閣議で決定されている。朝鮮学校は各種学校の認可を受けているので、当然支給対象となる。文科省内でも「北朝鮮への制裁強化と子どもの教育問題は分けて考えるべき」との慎重な意見が強いらしい。それは当然そうだと思う。確かに北朝鮮政府のやり方は陰湿であくどいと思うが、文科省が日本の学校と同じように各種学校として認めている以上、教育的見地からも差別すべきではないと思う。産経はどちらとも意見は述べていないが、取りようによっては中井大臣の要請はおかしいと言っているように思える。今まで右翼的色彩が強かった産経にしては「あれ?」という感じである。
もうひとつは、中国共産党の独裁体制を批判して収監され、刑期を終えて出獄後も体制批判を止めず、2年前に民主主義体制への移行を訴えた「08憲章」の起草に関わったとして逮捕された劉暁波氏に対して、11年の刑が確定したニュースである。
54歳の劉氏にとっては、敢えて厳しい戦いに臨むわけである。劉氏への有罪判決は、中国政府が憲法で規定している「言論の自由」や「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に反しているとの批判が湧き起こっている。劉氏は政府に挑戦して、中国の不条理を世界へ訴えようとしている。今後劉氏へ対する国際的な支援運動が巻き起こってくることを期待したいと思う。
それにしてもこれらの問題を産経が大きく取り上げるとは意外な気がする。
注目していきたいと思う。
1013.2月20日(土) 学生運動のミュージカルを観る。
知り合いの国友よしひろさんからミュージカルに出演する度に案内をいただく。国友さんが所属する「ミュージカル座」結成15周年記念公演「TIME FLIES」が、北千住駅前の「THEATRE 1010」で行われている。1968年の全共闘の運動をテーマに取り上げているようなので、どんなショー構成になるのか興味を持って出かけた。生憎妻は高校時代の友人と姫路城、倉敷、安芸へ旅行中なので、ひとりで出かけた。
リーマン・ショック以来厳しい就職戦線に見舞われている二人の大学生が、就職活動をやっているが中々思うように行かない。その彼らが幼稚園でウルトラマンになって煙の中に入っていったら、タイムスリップして1968年の大学闘争現場に現れるという設定になっていて、時代的に1968年と現代を往復するストーリーとなっている。最後は大学構内に立てこもった学生が、機動隊によって検挙され、闘争をリードした中心人物が現代になってアフガニスタンでNGO活動に従事し、学生の一人は大学を休学してボランティアでアフガンへ行き、もう一人は父親の建設業を継ぐというシナリオである。
あの時代について考えさせられたが、それでも68年の全共闘時代、所謂70年安保世代とわれわれのような60年安保闘争世代とは一味違う。68年頃から始まった全共闘の闘いは、東大・日大などの学園紛争に、成田空港建設反対闘争、あさま山荘事件、ベトナム反戦運動などを拡大させていく中で昂揚していったが、一方で活動は内ゲバもあって内部分裂しセクトに分かれていった。60年に安保闘争で敗れて安保条約は改定されたが、条約期限の1970年に第2次安保闘争が盛り上がるものと期待された。しかし、全共闘による70年安保闘争は成熟せず、腰砕けのような格好で終わり、われわれ60年安保を闘ったものとしては、些か拍子抜けだった思い出がある。
今の若者にはこの時代にあれほどまでに日本の将来を見据えて、目先の利に捉われず、ひたすら平和を希求して真剣に闘った学生たちの気持ちは分からないだろう。確かに時代は大きく変わった。だが、それだけではない。当時の学生たちは、生きることの意味、世界平和、人間の理念等々を真剣に考えていたように思う。
久しぶりにあの全共闘時代の少し前、60年安保時代を懐かしく思い出した。
ミュージカルとしては、ミュージカルらしからぬ構成で恋愛もないストーリーだったが、私はそれなりに満足した。しかし、観客の半分以上を占めていた若い女性ファンにとって、恋愛のない舞台は果たして満足のいくものだっただろうか。聞いてみたいような気もする。
1012.2月19日(金) 「知の現場」、仙台地区でビジネス書販売第8位
昨夕TEI社の図解塾で「時事問題」の2回目「子ども手当て」について講義をした。1回目の雰囲気が分かっていたので、もう少しグループ分けした場合の同じグループ受講生同士が話し合って、共同作業をした方が良いと感じていた。
「子ども手当て」について2010年度予算承認案と11年度以降の予算実行に関して、ポイントをいくつかに絞り、果たして毎年5.3兆円もかかる子ども手当てが来年度以降継続実行できるのかどうか、という点に的を絞ったイメージを図解化するという考えを説明した。前回は個人的に図を作成するだけだったが、昨日は個人で作成し、その後グループで作り、それを発表するという2ステップ・スタイルを採ったので、同じグループ内の交流と話し合いが活発となり、図解も良いものができ上がったと思う。
受講生も図を描くことを楽しんでいるように感じたので、これこそ本来の図解を描く目的が達せられたのではないかと感じた。
3月にもう一度同じ形で講義を行うので、今回の講義体験を活かしてより分かり易い講義をしたいと思っている。
さて、「知の現場」が昨日の河北新報夕刊に書評が載っているとプロジェクトのスタッフが送ってくれた。表紙のカラー写真がそのまま載っている。それより嬉しいのは、数々あるビジネス書の中で、「知の現場」が堂々「ビジネス書ランキング」の第8位にランクアップされていることだ(丸善仙台アエル店調べ)。すべてが順風満帆というわけではない。重版を目前にして、いくつか問題も抱えている。その中で私が書いた野村正樹氏取材原稿に、野村氏が「作家・最相葉月さんから聞いた話ですが、鉄道には『‘f分の1’ゆらぎ』があり、鉄道の揺れは脳によい」と発言した記事について、最相氏自身からそのような非科学的な発言をした覚えはないとクレームがあったことである。野村氏からは先日自分の勘違いと電話で言ってこられたので、知研HPにその旨お詫びをして重版で訂正すると告知したが、まだ最終的な決着はついていない。そんな中でともかく明るいニュースである。
ところで、今日バンクーバー・オリンピックの男子フィギュア・スケートで高橋大輔選手が銅メダルを獲得した。この種目で日本人初のメダルであり、めでたい限りである。他に織田信成が7位、小塚崇彦が8位となり出場した3人全員が入賞した。高橋のメダル獲得では各地で号外も出ているようだ。服装問題で物議を醸したハーフパイプの国母和宏は昨日決勝へ進んだが、メダルには手が届かなかった。
所詮スポーツの世界は、「勝てば官軍負ければ賊軍」である。素行についてとやかく非難された国母選手も恐らく昨日勝っていれば賊軍とはならなかっただろう。このままでは、帰国してから思いやられる。
それにしても社会人としての最低限のマナーと嗜みは欠いてはならないだろう。
1011.2月18日(木) こじれるトヨタ・リコール問題
昨日もトヨタ自動車の豊田章男社長が記者会見を行った。これで今月に入ってから3度目である。会見の様子を見ていると、社長はどうもこういう場が得意ではないように思える。それが、リコール問題が表面化しても社長自ら中々公の場へ出てこなかった本当の理由だろう。難しい問題は傍にいる副社長が代わって答えるという質疑では、記者が納得する筈もなく、社長のコメントを求められてやっと応じるというあまりすっきりしない会見となった。
しかし、アメリカの「トヨタ包囲網」を狭める追及は容赦ない。アメリカ運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)は、トヨタに15億円近い制裁金を課することを視野に入れているようだし、アメリカ議会も公聴会を開催してトヨタ側責任者の出席を要求することになるかも知れない。
今回このリコール事件で知ったことが二つある。ひとつは、車の動力装置はすべてマシーンによるものだとばっかり思っていたが、必ずしもそうではなく部品のほかにコンピューターソフトによるオペレーションがあるらしい。二つ目は、ブレーキとアクセルの相関関係である。ブレーキをかけてもすぐ作動するわけではなく、アクセルがそのまま作動するケースがあるそうだ。後者の場合は、特にドライバーの感覚が左右して、一概にブレーキが効かないと断定もできないらしい。だが、これは車に熟達した人の場合であって、アマチュア・ドライバーにとっては命にかかわる問題である。この疑問をぶつけられた時、トヨタ役員はドライバーの感覚の問題と退けたが、冗談じゃない。こんな「トヨタ感覚」でいるから問題がこじれるのだ。
だが、ほかの日本車だって同じようなオペレーション・システムになっているとするなら、ここは謙虚に利用者の安全のためにはどうしたら良いかという根本的な問題に的を絞って事故の起こらない車を生産して欲しい。
それにしてもアメリカの執拗さには驚くばかりである。かつて1980年代に対米輸出が引き金となった貿易摩擦問題とは背景は違うとは言え、いささかアメリカも異常である。いやアメリカ国内で長年商売をやっていて、その異常さに気がつかないトヨタはもっと異常かも知れない。
一昨日ツタン・カーメンに関してエジプトで驚くべき発表があった。世界的に有名なエジプト考古学庁長官のザヒ博士が世界中から集まったジャーナリストを前に、DNA検査の結果ツタン・カーメンの死因は、これまで噂のあった暗殺などではなく、マラリアに罹った可能性があることを示唆した。また、3体のミイラを公開してそれらはツタン・カーメンの祖母と両親のものだと明かした。ツタン・カーメンと言えば、若くして亡くなった最も神秘的な国王のひとりである。死亡年齢も19歳と発表された。
ロマンとして静かに空想していたことが分かるのも悪くはないが、3300年以上も昔の傷んだミイラを前に、科学的なDNA検査により何でもかんでも明かしてしまうやり方には、あまり賛成できない。
ツタン・カーメンのマスクが展示されているカイロ市内のエジプト考古学博物館にも、ツタン・カーメンのマスクが発掘されたルクソールの王家の谷にも訪れたことがあるが、発掘して研究するだけで充分で、一つ一つのミイラの素性まで明かす必要があるのかと考えるのは、来世生まれ変わったら考古学者になろうと夢見ている人間としては探究心不足だろうか。
1010.2月17日(水) バンクーバーは熱気むんむん
バンクーバー・オリンピックがいろいろな意味で話題を提供している。NHKなぞはほとんど朝から晩までアナログ、BSともにお祭騒ぎである。一度見たらもう結構という映像を何度も見せられる破目になる。そのオリンピックで目覚しい活躍をしているのは、韓国スピード・スケート陣である。今日スピード・スケート女子500mでも韓国選手が優勝した。これで男子ショート・トラック、男子スピード・スケート500mに次いで3個目の金メダルである。これにフィギュア・スケート女子シングルでキム・ヨナが金を取ったら韓国国内のフィーバーも最高潮に達するだろう。韓国選手が活躍するということは、考えてみるとすべての面で同じ体格の日本人選手にもそれだけ可能性があるということでもある。精々日本選手にも頑張ってもらいたいものである。
今年のバンクーバーは雪が少なく、スキー会場にトラックで雪を運んでいた。そのスキー会場で事故があった。開会式当日の練習中にリュージュ競技のグルジア人選手がルートからはみ出し、鉄柱に衝突して亡くなった。昨日はモーグルの立見席の雪がなくなり、地肌が姿を見せたので、危険防止のため立見席で観戦することを止めて、払い戻しをすることになった。2億円近い払い戻しだというから費用面でも大変な負担である。
それにしても恰も日本中がバンクーバーを向いているようだ。まだまだ日本選手に期待できる種目もあるので、精一杯頑張って欲しいものである。
昨日の朝日「声」欄に藤沢市に住む68歳の男性からの投書が載っていた。「与謝野氏に失望、民主は安泰」というタイトルだった。与謝野馨・元財務相の衆議院予算委員会における鳩山首相への質問に失望したというものである。投書氏は与謝野氏をこれまで良心的な政治家と思っていたのに勘違いでしたとがっくり来ている。まったく氏に同感である。私も12日の予算委員会の与謝野氏の質問の下品さにはうんざりし、それまで氏の言動を評価していたのに軽蔑する気持ちになったほどである。投書氏と同じように私も、与謝野氏が財務相時代は自民党内閣の中でもひとりまともな人だと思っていた。その意味では、私も勘違い人間のひとりである。
あの場における与謝野氏は、人間が変わったと思えるほどの人品の卑しさを剥き出しにしていた。何かそうさせるものがあったのだろうかと愕然としたものだが、やはり世の中には他にもそう感じる人がいたわけで、与謝野氏の質問はあまりにも愚劣だった。
鳩山首相に対して「平成の脱税王」と決め付けたかと思うと、管副総理には、会議に出ても居眠りか携帯に夢中とか、長妻厚労相には気に入らないとすぐ家に帰ってしまい、省内でも一番嫌われているとか、あの人品卑しからぬ大臣と思っていた人がこうまで悪口雑言を吐くとは恐れ入った。
よほど腹に据えかねることでもあったのか、元々政治家とはこういう人種なのか、珍しい場面を見せてもらい、政治家の嫌らしさを存分に知らせてもらった。
1009.2月16日(火) GDPは本当に景気の指標か。
まあよく分からない。昨日内閣府が発表した2009年暦年実質国内総生産(GDP)は、成長率はマイナス5%となり、2年連続のマイナス成長で戦後最悪の落ち込みを記録した。名目GDPは辛うじて中国を上回りアメリカに次ぐ世界2位の座を維持した。
一方で同時に発表された10~12月の第三四半期のGDPは、前期比1.1%増、年率換算では4.6%とされ、プラス成長は3四半期連続だという。これで心配されていた景気の「二番底」懸念は後退しているが、経済対策の息切れなどで今年前半の成長率が低下するとの見方も出ているという。
大雑把に言えば、前者では景気が悪く、後者をみると回復してきたように受け取れる。何度新聞記事を読んでもよく分からない。大新聞夕刊のトップに「GDP実質4.6%成長-10~12月年率、名目もプラスに、設備投資7期ぶり増」(日経)、「GDP年4.6%増-09年10~12月期・3期連続プラス」(朝日)とある。夕刊の見出しだけ見ていると景気が回復したと思わせる。だが、今や失業率は国際的に大きな問題となってきた。OECDの統計によれば、先進国では平均失業率は8.3%に達し1988年の統計公開以来最悪となった。ギリシャと並んで財政破綻が噂されるスペインでは、実に18.1%である。景気は良くなりつつあるのか、相変わらず悪いのか、一体どっちなんだと聞きたい。こういう市民を惑わせる報道の仕方は、新聞社の事情が絡んでいるのではないかと邪推してしまう。
昨年来喧しく騒がれていた報道機関の凋落ぶりはどうなっている? 新聞、テレビ、広告代理店の不振は、景気低迷による企業の広告掲出の減少に表れている。折りも折り現在発売中の「週刊東洋経済」2.20号は、衝撃的な表紙が目を惹く。「再生か破滅か」「新聞・テレビ断末魔」と刺激的な文字が並んでいる。外的な要因もあるが、マス・メディア自体の内部問題が大きいのではないかと考えている。
さて、今日から私にとってTEI社「図解塾」シリーズが始まった。明後日の講義と併せて2回分の「時事問題図解」である。一応私なりにアイディアは構築した。堅苦しい授業になっても困るので、冒頭に私自身の自己紹介図を説明した。割合くだけた感じで、受講者が緊張しないように講義を進めた。時間配分をもう少し考えれば良かったと思うが、まずまずの講義だったと思っている。それにしてもやはりOHPを使えないのが、講義のうえで不便である。明後日は「子ども手当て」について講義するが、もう少し課題を研究してスケジュールを検討してみたい。
バンクーバー・オリンピックのスピード・スケート男子500mで、日本選手にとって初のメダル獲得となった。長島圭一郎選手が銀メダルを、加藤条治選手が銅メダルを獲得した。しかし、加藤選手がいつまでも銅メダルで悔しいと言い続けるのは、如何なものかという気がする。惜しいところでメダル獲得が成らなかった選手に対して、嫌味に聞こえる。メダルは選手にとっては夢みたいなものだ。それをいくら金メダルを目指していたからといって、銅メダルの価値が下がるものではない。素直に嬉しいと言って欲しい。
1008.2月15日(月) 普天間基地移設問題に、サイパン移設の妙案
数日前サイパンのフィティアル知事が来日し、日本政府に対して米軍基地を受け入れたいと表明した。日本政府としては普天間基地の海外移設も検討して、グアム島をその候補に挙げ、北沢防衛相も現地へ可能性を探るため飛んで、グアムの政府関係者とも懇談した。その検証結果はあまり期待を抱かせるものではなく、改めて海外・国内の選択肢を検討する段階にある。このような微妙な時期に、降って湧いたように飛び込んできた、沖縄県民にとっては朗報であった筈である。然るに、このサイパン移設案は、どういうわけか日本国内では歓迎されている様子が見えない。否真剣に取り合おうとしないのである。
知事は「アメリカ政府の支援と支持がないと何もできないが、北マリアナ諸島の総意として基地の受け入れは、地元の利益になる」「将来は航空、陸上、後方支援の部隊を含む普天間基地のすべての役割を担ってもいい」とまで言っている。更に知事は、日本政府が真剣にアメリカ政府とこの問題を話し合うことを期待すると言っている。
これに対して、日米両政府は極めて冷静というか、冷ややかなコメントを発表している。平野博文官房長官の如きは、「想定したことはない。全体の検討に入っていない」と応えている。
日本政府に聞きたい。ならば日本に、また沖縄にこのまま米軍基地が存在することに賛成するのか、反対するのか。日米安保条約の枠組みだとか、日米同盟とか、抽象論は分かるが、現実問題はどう解決しようとするのか。
口を開けば、沖縄住民の意思を尊重し、決断すると言っていたのではなかったか。戦後犠牲と迷惑をかけた沖縄の人びとの気持ちを考えて、沖縄から米軍基地を移転させ、その候補地として海外も検討中と言った。その海外に基地移設候補地が見当たらない現状に、5月末までに普天間移設候補地を決めると言っていた政府は、本音では困りきっていた。それが、渡りに船というか、サイパンが突如進んで候補地に立候補してくれた。まさに願ったり叶ったりではないか。
しかし、日本政府はその話に一向に熱意を示さない。その腹の内はどうなのか。沖縄からもこれをチャンスと捉え、一気にサイパン移設の話が盛り上がるかと思いきや、一向に煮え切らない。マス・メディアしかりである。
その奥底にある基地問題に関する複雑な腹の内はどうなのか。本音とは一体全体何なのか。
やはり騒音、危険、不安より、現実問題として「金」を断ち切れない問題だろう。沖縄経済の首根っこを押さえているのは、基地経済にどっぷり浸かってしまった社会の仕組みなのではないか。こうなるとこれは沖縄だけの問題ではなく、日本全体の問題でもある。基地経済は60年安保以前から、基地が経済を支えるのっぴきならない社会構造になると懸念されていた。われわれ当時の学生たちはある程度こうなることを予測していた。それゆえに沖縄基地問題を含めて安保条約改定に反対してきた。結果的に今日の普天間移設問題はこの時代に、当時の岸政権によって埋められた地雷が今地上に露出してきたことになる。
根っこが深い深刻な問題である。それにしても鳩山政権は、5月中にこの問題に結論を出すことができるだろうか。最近の様子からぶれる発言を繰り返す首相に思い切った決断ができるか、疑問である。
ペンクラブ2月例会が開かれた。今日は寒いせいか集まりがあまり良くなかった。パーティで阿刀田高会長とタージ・マハール近くの「マツキ・ミヤザキ博士通り」についてお話した。ペンの月例会報に「会員短信」欄があるが、阿刀田さんはこれを楽しみにしているそうだ。このマツキ・ミヤザキ博士について次号で書いたので、そのことを伝えたら楽しみにしていると仰っていた。博士についてはご存知なかったが、関心を持ってもらった。
ちょうど一週間前に亡くなられた立松和平氏の霊に黙祷した。3月奈良でペンクラブは平和祈念のシンポジウムを開催するが、ペンクラブの平和委員会委員長を務めている立松氏はその責任者だった。平和委員会の委員長に会長から推挙されたのはお名前「和平」がぴったりだと文句なしだったとか。それにしても62歳はあまりにも早過ぎる。心からご冥福をお祈りしたい。 合掌
1007.2月14日(日) 昨夕近くのケニア大使館が火災
享楽社会を反映しているのか、商業主義の表れか知らないが、キリスト教国でもないわが国でも、もう長いこと今日2月14日が「バレンタイン・デー」であることは普く知れ渡っている。
ところが、3日前のかつて大日本帝国時代には天長節、明治節と並ぶ国家の祭日だった紀元節、現在の建国記念日については、ついにテレビはおろか新聞にもそのニュースはお目にかからなかった。ましてや昭和17年の今日はまさに、大日本帝国陸軍がシンガポールを陥落させた日であることを知っている日本人は少なくなった。誤解されると困るが、これは歴史上のエポックである。
明治はおろか、昭和も遠くなりにけりというところであろうか。
さて、昨夕自宅近くにあるアフリカのケニア大使館が火災で建物一棟が焼失した。夕方5時半ごろのことだったが、自宅に居て気がつかず、朝刊を見て知った有様である。自宅からほんの500mぐらいの距離で、普段から傍をよく通るし、20年以上も前に動物写真家・平岩道夫氏親娘のアフリカ写真集出版記念パーティに招かれ、お邪魔したことがある。近くにはジンバブエやナミビアの大使館もあるが、ケニアの大使館はそれらの大使館に比べても建物が立派で場所が良く、敷地も広い。歩いても10分もかからない場所なので、覗き趣味があるわけではないが、どんな様子か覗いてみようと野次馬根性丸出しで大使館の近くまで行ってみた。正門から奥まった場所にあり、焼けたのは業務用の大使館の建物ではなく大使公邸で、新聞によれば鉄筋コンクリート2階建て約440㎡の内1,2階の220㎡が焼けた。壁は半分くらい残っていたが、建物としては無残にも焼け落ちて建て直さなければとても使用できまい。周囲を歩いて回ってみたが、焼け落ちた建物は離れた三方から見ても無残である。
今日は本来なら「江戸城再建を目指す会」定期総会の日で、懇親会もあるので、出席するつもりだったが、火曜日と木曜日の「図解塾」のテキストとパワーポイントのスライドのレビューに時間を費やすことになった。担当する「時事問題」では、課題として「旧ユーゴスラヴィアの解体と新国家成立の過程」と「子ども手当て」を講義する予定だ。OHPを使えないので、その分パワーポイントの画面を鮮明にして分かり易いものにしないと、講義も説得力を欠く恐れがある。
何とか時間をかけ、アニメーション設定も取り入れて半分ほど仕上げることができた。明日はもう少し手を加えて、更に一覧性に優れた画面を作りたいと思っている。
1006.2月13日(土) バンクーバー・オリンピック開会式
バンクーバー冬季オリンピック開会式が行われ、NHKでは午前中からずっと中継放送をしていた。ところが不思議なもので、すでにジャンプ競技の予選はその前に始まっていた。あまり式典の日時に囚われないようなら、パロディのようだが、一度思い切って最初に閉会式を、最後の日に開会式をやってみたらどうなるか。
オリンピック開会式としては史上初めて屋内で開かれた。屋内開催のメリットは当然想定していたと思うが、屋外に比べてスポーツの祭典というイメージがやや弱い。デメリットの面では、消費電力はこのエコ時代の中でバカにならないのではないか。
開会式の印象としては、派手なパフォーマンスばかり続いたが、あまりにも開催国・カナダ建国史の宣伝臭が強く、「先住民との融合」を訴えるにしても些か鼻についた。カナダも自己主張の強い中国に近づいてきたなと感じた。折角82ケ国・地域、86種目、2600人参加の冬季オリンピック史上最多の大会であり、世界平和の象徴でもあり、その祭典だと思うので、もう少し鳩山首相好みの世界の「友愛」とか、国際「平和」のイメージを演出できなかったものだろうか。
日本選手団の行動に、昨日からちょっとしたトラブルがあったようだ。ハーフ・パイプの国母和宏選手がユニフォームのふしだらな着こなしをしていたことで日本代表団の品位を落としたとされ、一時は全日本スキー連盟も出場辞退を考えさせていたようだ。最終的に橋本聖子団長の判断で出場させることになったが、どうもハーフ・パイプの選手の言動は、前大会の成田童夢選手も顰蹙を買っていた。国母選手は反省したフリをした会見でも、言葉遣いや態度がまた非難を増幅させていた。新興スポーツの選手の中にありがちだが、自分は国家を代表する選手であるとの自覚がやや足りないようだ。「個性的」を自分の思う通り何をやっても許されると勘違いしている節がある。だが、この場合高砂親方の横綱朝青龍に対する指導がなっていなかったように、国母選手の場合もコーチや周囲の関係者の指導、教育が徹底していなかったのではないだろうか。
これから2週間余りバンクーバー周辺の室内外で技と力の競い合いが行われる。日本選手団は過去最高の成績だった長野大会を上回るメダル獲得を目指している。果たしてそう思惑通り行くかどうか、がんばって欲しいものである。
さて、午後になって知研・秋田事務局長から緊急の電話があり、「知の現場」で野村正樹氏を取材した執筆原稿の中に、「作家・最相葉月氏から鉄道には『f分の1ゆらぎ』があると聞いた」の表現について、最相氏自身から自分はそう話したことはないので、その箇所を取り消して欲しいと申し出があったと知らせてくれた。
ロマンスカー内で取材した時に、私自身野村氏から確かにそのように聞いたし、推敲の折り野村氏もその箇所については話題にもならなかったし、修正もしなかった。念のためにもう一度DVDを観てみたら、野村氏がやはりそのように話していたことが確認できた。
「f分の1ゆらぎ」については、武者利光・東京工大名誉教授が「ゆらぎの発想」(NHK出版刊)で詳しく書いていると聞いたので、早速自宅近くの目黒区立八雲中央図書館から同書を借り出して調べてみると、確かに鉄道には「f分の1ゆらぎ」があって心地よくなり眠くなると書いてある。東洋経済新報社が近いうちに「知の現場」重版を発行するに際して、最相氏の申し出に添って訂正する必要があると言っているので、野村氏は生憎入院中だったが、氏へ宛てて私の考えと代案も提示して、どのように文章を書き換えたら良いかお伺いを立てるFAXを送った。野村氏からどういう回答が送られてくるか分からないが、野村氏が他の人の発言と思い違いをしている可能性が高いので、今のところ最相氏の言うように少なくとも削除を求めている箇所については、そのように書き直そうと考えている。
1005.2月12日(金) また隠蔽公文書が見つかった。
また考えてもいなかった交文書の存在が明らかになった。ロッキード事件直後に当時の中曽根康弘・自民党幹事長がアメリカ政府に、ロッキード事件をもみ消すことを要請する公文書がアメリカで見つかったのである。その当時当然ながら日本政府、並びに自民党内にはここに至るまで複雑な事情があったらしい。中曽根幹事長は、三木首相に「高官名リストが公表されると日本の政治は混乱に投げ込まれる」「公表を遅らせるのが最良」と言ったと言われている。そのうえで、もみ消し要請をした。
当時三木首相は事件の真相解明を言明していたが、もしこの事実が公表されたら三木内閣の崩壊、選挙での自民党の敗北、日米安保体制の破壊につながる恐れがあると中曽根幹事長から強く指摘もされた。結果的にこの資料は原則として公表しないことを条件に日本の検察に提供された。
まあ国賊的な政治家どもの呆れたパフォーマンスである。昨年核持ち込みに関する外交密約文書が長い疑惑の年月を経て、その存在が明らかになったばかりである。まったく過去の自民党政府は国民に対してウソばっかりついていたというていたらくである。
よくもぬけぬけと嘘八百をついていたものである。「火のないところに煙は立たぬ」というが、煙の立ちっぱなしではないか。騙されていたのは、蚊帳の外に置かれている国民だ。まったくアホらしい。綺麗ごとばかり言っていた三木首相は亡くなったが、中曽根元幹事長は相変わらず健在である。こういう嘘つき政治家をこのまま黙って許しておいていいものだろうか。まったく腹が立つ。
午後JN協会の定例セミナーでは、クロアチア政府観光局日本代表のエドワード・トゥリプコヴィッチ・片山氏がクロアチアについてパワーポイントとDVDを使い、丁寧に説明された。内戦が終結して旧ユーゴスラヴィアから独立したクロアチアはいくつかの世界遺産や、自然公園もあり、加えてアドリア海沿岸のクルージングのルートにもなって観光ブームを巻き起こしている。2年前に日本に政府観光局も開設され、訪れる日本人観光客は10年前に比べて10倍の伸びを示し、昨年は16万人余りの日本人客が訪れたという。
片山氏は父がクロアチア人で、母が日本人ということで、セルビアに住む山崎洋さんと同じだ。山崎さんのこともよく知っていたし、今度彼が一時帰国した際には連絡をとって会おうということになった。
夕刻は浜松町TEI社の「図解塾」・「私の仕事図」第2回の講義に出席した。第1回の久恒啓一理事長の講義には出席しなかったので、第3回と第4回で私が担当する「時事問題・図解」の参考に資するために、今日の八木哲郎会長の講義にアシスタントとして参加した。受講生が図を描いている間テーブルを巡回してアドバイスをしていたが、驚いたのは受講生のひとりにまだ在職中に旅行産業経営塾で偶々講師を務めた時、その事務局におられた人から挨拶されたことである。かつて一般旅行業資格の講義を名古屋で行った時の受講生で、サンフランシスコのみやげ物屋の店員から突然声をかけられ面食らったことがあるが、講師をしているとこんなことが偶にはある。
午後9時に講義を終えて府中市内まで帰られる78歳の会長にとっては本当にお疲れさんである。夜は新宿くらいまでしか出られないと言っておられたが、その通りでよく浜松町まで来られると思う。帰りに浜松町駅近くで一杯ご馳走になる。テキストはすでにTEI社に手渡したが、もう少し手を加えてより効果的にしたいと考えている。
1004.2月11日(木) トヨタは苦情の対応方を知らないのでは?
くどいようだが、トヨタのリコールに関する責任の取り方と対応はやはり甘い。アメリカ国内の批判に対してトヨタ自動車のトップである豊田章男社長が渡米して、アメリカ国内で充分説明して納得させるということだったが、渡米は来月上旬だという。こののろのろした対応は、一体どうしたというのか。鉄は熱い内に打てというが、クレーム対応も同じだ。この緊急事態に何を考えているのか。確かにアメリカ東部、特に首都ワシントンとニューヨークでは111年ぶりの大雪で交通は遮断され、連邦政府は今日まで4日間も休業状態だという。これでは議会筋に話をしようとしても、話し合いの場の設営ができないという論理も分からないわけではない。しかし、私自身の苦情処理体験から言えば、こういう時こそまず本丸である議会へ駆けつけて、ひたすら会って説明したいというジェスチャーと誠意を示すことが大切だ。情緒的ではないとされるアメリカ人だが、案外そうでない点もある。ここは、豊田社長が遠い日本から車の不始末の謝罪と説明のために、わざわざアメリカへやってきたというパフォーマンスをアメリカ国民や議会関係者の前で示すことによって彼らの気持ちも少しずつクールダウンしてくるのではないかと思っている。その点で豊田社長の行動は少々のんびりし過ぎていやしないだろうか。
一方バンクーバー・オリンピック開催を目前にして相変わらず現地では雪が積もらず、関係者をやきもきさせている。東海岸では大雪、西海岸では桜も見られるという異常気象には、つい一ヶ月前のハイチ大地震も関連づけてしまう。
ハイチ政府の発表によれば、大地震の犠牲者は少なくとも23万人だという。なお、犠牲者の数は増えそうなので、近年稀な大災害ということになりそうだ。今朝の朝日新聞によると、ハイチでは災害にも貧富の差により明暗が生じているという。同じ首都・ポルトープランスに住む裕福層と貧困層の間でも打撃は大きく異なる。市内中心部は政府関係の建物を含めて壊滅的な損壊状態だが、同じ首都でも富裕層の住む高台は地盤が固いせいでそれほど破壊されていないという。スーパーには品物が溢れ、贅沢品も陳列され、ガソリンスタンドではガソリンを切らしたことはないらしい。同じ市内の貧困層の住む地域が徹底的に破壊されているのと比べて対照的である。
世の中というのは不条理のめぐり合わせである。恵まれた者は大して辛い体験なしに人生をぬくぬくと生き、貧しい人は徹底的に痛めつくされて、死と背中合わせの内に人生を終える。この不釣合いを解消するのが、政治のひとつの役割だと思うが、今の政治家は自分自身の欲得のためにしか仕事をしないように見受けられる。
特に、今日保釈中の民主党の国会議員石川知裕氏の党離任に関する小沢民主党幹事長の記者会見ぶりを見ていると、日本の政治には良識はないと悲観せざるを得ない。まったくお先真っ暗である。
午後から孫のヤマハのエレクトーン発表会があると息子夫婦から知らせがあったので、寒い中を妻ともども横浜の関内ホールへ出かけた。小学生も高学年生あたりになると難しい曲をアンサンブルで中々聞かせるものだと感心して帰る。夕食をともにしたが、やはり少々疲れる。
それにしても今年も建国記念日に関するメディアの報道が、私の知る限りまったくなかった。右翼も騒がず、日本遺族会も靖国神社も音なしの構えだ。神武天皇も影が薄くなったということか。
1003.2月10日(水) トヨタへの不信感をトヨタはどう取り返すのか。
先日来大きな問題となっていたトヨタのリコールに関して、昨日豊田章男・トヨタ自動車社長が再び記者会見を開いた。アメリカで問題視されたトヨタ各種の車のブレーキとアクセルの欠陥が判明した上に、日本でも昨年売り出したプリウスのリコール問題が持ち上がったために、海外メディアを含めて400人を超える内外の記者が集まったという。
遅かった前回の社長記者会見では、釈明という点では充分納得させていないために改めて開かれたものである。しかし、プリウスのブレーキがすぐ効かないという指摘や苦情に対しては、フィーリングの問題と逸らしていたトヨタも、今回改めてブレーキの設定が不適切であったと認め、リコールに踏み切ることにした。
トヨタの対応の遅さもさることながら、アメリカの関係者の追及は執拗で鋭い。トヨタの失態をアメリカ自動車産業の復活に転換させようとの意図もありありと見え、アメリカ政財界、マス・メディア挙ってのトヨタ叩きを始めている。それらの声を意識したのか豊田社長の記者会見では冒頭に英語で謝罪した。アメリカ人記者からは「社長が再び会見したのは批判を浴びたからか」とか、「アメリカの怒りをどう分析するか」とか、ことの本質から外れた意地の悪い質問が相次いだ。今日10日にはアメリカ議会でこの件に関して公聴会も開かれる。
穿った見方をすれば、日本車叩きは日本叩きで、アメリカの言うことを従順に受け入れない最近の日本政府への意趣返しで、普天間基地移設問題のこじれたツケを日本に請求しているようにも受け取れる。
しかし、所詮何を言ってももとを糺せば日本車「トヨタ」自体に問題がある。優秀な技術以前にトヨタの心が蝕んでいるように思える。最初のブレーキ事故が発生してから原因究明と対策、改善等が遅れを取ったことと、会社側が謙虚な反省と迅速な対応にもう少し配慮していれば、これほど国家間の外交関係にまで発展するようなことはなかったと思う。
それでもトヨタはリコールとその対応に動き出した。豊田社長も近々アメリカへ説明に出かけるという。この教訓を糧に、もう二度とこのような不祥事を引き起こさないよう世襲社長以下全トヨタ社員が一丸となって、決意を新たに出直して欲しい。
先週末にカナダのイカルウィットで開催されていた主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)で、中国に対する要望が強く出された。今のG7をG4にしようとの働きかけも中国にその気がなく、主要国の間で中国に対する不満が燻っているという。中国が自己本位で世界のリーダーとしての責任を果たしていないとの苛立ちがある。G7関係国の間では中国に対する幻滅が最近になって一層広がっている。
一番不信感を与えたのは、昨年のCOP15の際、主要国の期待に反して協定案に妥協しなかったことである。遂にオバマ大統領は、中国にとって触れられたくない安い人民元問題に踏み込んだ発言までしている。中国も今までの発展途上国の仮面をそろそろ外すべき時である。
1002.2月9日(火) 酒のペンクラブでお話
昨日からマス・メディアは総じてキリンとサントリーの経営統合断念の話題を取り上げている。メディア報道から推測するしかないが、両社ともグローバル化戦略に対抗できるように規模の拡大を図ったということは述べている。識者のコメントを読むと、勝ち組同志とは言え、迫り来る外資の攻勢に備えてお互いに体質の強化を狙っていた。食品業界の№1と№2が統合されるわけだから、当面の戦いには対処できると踏んだ。両社ともそれを認め、例え上場企業と非上場企業だとしても問題点はクリアできると考えた。
しかし、最初のボタンの掛け違いは、統合比率の差だったようだ。サントリーは当初ほぼ同等の提案をした。昨年11月キリンがキリン「1」に対して、サントリー「0.5」を提示した。サントリーの思惑としてはせめて「0.8~0.9」と考えていたのではなかっただろうか。ここでキリンに対する不信感が芽生えた。キリンが対等にやるといったことが、この統合比率によりサントリーの計算は狂った。先週末の段階で、キリンは1対0.7の比率まで歩み寄った。そこへサントリー創業家の経営へのかかわり方が、キリンが期待する「サイレント・マジョリティー」で済みそうにならなくなってきた。キリンは自らの主張する「経営の独立性と透明性」が、創業家の存在により遮られると判断した。こんなことは最初から懸念されていたことである。結局程度の低いタレント同士が婚約は交わしたが、間際になって婚約解消をしたようなものである。
両社とも相手を正面切って非難することは避けているが、言いたいことは想像がつく。しかし、今日では体力がなくては生き抜いていくことは難しい。相互に今後の戦略として新たにパートナーを見つけ、提携関係を進めていくより生き伸びていく方法がないのではないかと思う。
つくづく企業経営も難しい時代になったものだと思う。
昨年から「酒のペンクラブ」の例会でスピーチをするよう依頼を受けていたが、今日がその日である。場所は麹町にある佐賀の「まつら」である。参加者は20名ほどだった。私が話すテーマは「旅のマイ・ギネス」で例によって図解した絵を素に、私自身の旅行体験話をして皆さんをあっと思わせる趣向だ。普通ではあまり体験しないようなベトナム戦争中の話とか、ヨルダンで軍隊に身柄拘束されたような珍しい体験談や、ダイアナ王妃が事故死した日より一日前にそのニュースを知ったというウソのような話をしたので、皆さんには興味を持っていただいたようだった。先日メールで連絡をいただいた小中陽太郎さんが、対談が予定をオーバーしたということから遅れて来られて、随分様子を気にしていただいた。
散会後、小中さんとペンクラブの西原健次さん、東京新聞特報部デスクの坂本充孝さんと一緒に近くのダイアモンドホテルのバーで一杯やった。西原さんのもたらした情報が目新しかった。徳川幕府を転覆させたのは薩長土に、芸州が加担したからだと維新後60年経ってから明かした新谷道太郎のメモに書いてあるという。芸州を抱き込んだ裏には、坂本竜馬の計略があったという。今まで世に知られていないが、真実味のある話に些か衝撃を受けた。これまでの坂本竜馬伝のストーリーをひっくり返しかねないドキュメントだけに、聞いていた坂本さんもびっくりだ。記事を書くような口ぶりだったので、ひょっとするとこの話は世に出るかも知れない。
作家で独特の存在感と栃木弁の語り口で人気のあった立松和平氏が多臓器不全で亡くなった。小中さんは弟分のような付き合いだったと言われるし、西原さんは最近ペンクラブで会ったばかりだったと惜しんでおられた。立松氏は人間的にも魅力のある方だったが、惜しむらくは盗作の誘惑に駆られたことが実績に傷をつけた。まだ62歳の若さだった。ご冥福をお祈りしたいと思う。
1001.2月8日(月) キリン・サントリーの統合破談
キリンとサントリーの統合が破談となった。昨夏両社は経営統合を発表して交渉を続けていたが、今日になって白紙に戻すことを決定した。最初この計画が発表された時、驚くとともに一抹の不安があった。理由は、あまりにも両社の体質が違いすぎることだった。特に最初に統合の話を聞いた時、上場会社と非上場会社では交渉が難航するのではないかと気になった。果たせるかな、サントリーは創業家の権利をキリンに強く要求したようだ。トータルに考えてキリンの1に対して、サントリーの比率が0.8乃至0.9ということはキリンも認めたようだが、創業家の権利を全体の三分の一以上と申し出たようで、どうもそれが統合のネックになったようだ。
統合の破談が発表された後、記者会見に現れた佐治信忠・サントリー社長の態度が良くない。記者を小ばかにしたような態度は失礼千万である。自分を何様と思っているのか、傲慢そのものである。序に言えば、顔も良くない、声も良くない。品格にしたって朝青龍も真っ青である。責任は相手側にあると言わんばかりで、ズボンに片手を突っ込んだまま歩きながらしゃべる下品な態度には、これがお坊ちゃんと呼ばれる人かと呆れた。こういう礼儀を知らない傲慢な社長がトップでは部下も救われないのではないか。今リコール問題で右往左往のトヨタの豊田章男社長と同様、世間知らずの世襲経営者が現れては世間を騒がせている。今日の応対を見ていると、出資比率や販売戦略なんかより世襲経営者の思いやりのなさとか、空気が読めない経営感覚が問題ではないかと思えてきた。
キリンとしては、グローバル戦略の最中に良いパートナーを失った点は痛いが、ビール業界だけではなく、長期的に見れば他の業界の中で別の相手を探す方が反ってプラスになるのではないか。
さて、あと5日でバンクーバー冬季オリンピックが開催される。ところが、最近になってスキー会場であるウィースラーの雪不足が心配されている。テレビ画面で見る限り、確かに雪不足は明らかである。ウィースラーは冬のリゾート地として、一部の日本人にも早くから知られており、スキーが今よりもっと人気があった20年以上も前に一度カナダのエージェントの人に案内してもらったことがある。その時の印象は狭いところだと思ったので、まさかこの地でジャンプ、アルペン、クロス・カントリー、モーグル、バイアスロンまで開催できるのか気を揉んでいたところである。
今の様子では、雪を別の場所から運んでこないと開催に向けた満足なコンディションは出来上がらないのではないだろうか。
しかし、やはり冬季大会というのは夏季大会に比べると参加国が少ないせいもあって、何となく今ひとつ盛り上がらないような気がするが、どうだろうか。
日経平均株価が9,951円まで下がり、ついに1万円を割った。
1000.2月7日(日) ブログ書き込み連続1000日達成!
3年前の5月に今書いているこのブログを書き始めて、今日でちょうど連続1000日目となった。幾多の苦難を乗り越えた河上肇教授が人生を振り返って感慨深げに洩らした「幾山河越えては越えて来つるものかな」との心境ほど大げさなものではないが、1000日というのはひとつの区切りであり、自分としてもまあよく続けられたものだと思う。
この間チベット、韓国、インドと3度の海外旅行に、また講師として出かけた国内旅行でもいつもPCを持ち歩き、ホテルに篭って書き続け、可能ならそこからLANケーブルで送信してきた。
因みに2007年5月に書き出してからワードの下書きにしているA4判(40文字36行)で803枚だから、単行本にして7冊分くらいのボリュームになるだろうか。文章はあまり上達しているようには思えないが、書くことに慣れてきたということは言えると思う。最近は特に文章量も増えて、大体1日1頁のペースになってきた。だが、欲張り過ぎて書くことが多く、まるで情報のつまみ食いみたいになり、どうも腰が据わっていないようにも感じている。的を絞らないといけないとは感じている。
おかげさまで結構熱心に読んでくれる友人・知人がいて、時には手厳しい反論をぶつけられることもある。海外でもアメリカ・フロリダの元商社マンの方やら、デンマークの日本人女性からご意見をお寄せいただくこともある。毎日書くことは大変といえば大変であるが、ある程度習慣づけてしまえば、それほど苦になるということもない。子どもの頃や、学生時代に多少書く癖がついたことと、社会人になっても比較的書くチャンスが多かったことが、書くことをあまり苦痛と感じないようになった一因だと思っている。
幸い書くためにタイムリーな題材を見つけようと新聞、雑誌も深く読むようになったし、しつこく調べる癖がついたことは、自分にとっても良い意味の自己啓発となっている。
A4判の原稿一杯に書くためには、1時間程度かかるので、どうしても深夜にとりかかることになる。年齢を考えるとあまり無理をして目を傷めることのないよう注意する必要がありそうだ。
これからも気持ちを引き締めて、次のステップ、NEXT 1,000 DAYS へ向かってスタートしたい。いつまで続けられるか分からないが、苦痛に感じるようになったらスパッと止めたいと思っている。記念すべき日だというのに自己満足的な他愛ない話になって恐縮です。
これからもご高覧くださいまして忌憚のないご意見やご感想をいただければ有難く存じます。
999.2月6日(土) トヨタのクレイムが益々拡大している。
トヨタのアメリカ国内で発生したアクセルとブレーキの不具合がリコールの対象となり、大きな社会問題になっている。その後、国内でもベストセラーのプリウスのブレーキに苦情が出ていたが、昨日になって漸く豊田章男・トヨタ社長が謝罪の記者会見をした。
しかし、はっきり言って豊田社長の行動はちょっと遅い。昨晩テレビで自動車関係のジャーナリストが、トヨタの遅い行動と社長の指針が直ぐ伝わらない不手際を指摘していた。昨日の社長会見でも、アメリカの運輸長官から抗議を受けてやっと動いたという感じである。
クレイムの対応、処理と解決は、初動行動に尽きる。つまり、すぐ手を打てば大きな苦情にならないことでも、それを軽んじて行動を起こさないからクレイムが拡大する。その点は私自身のクレイム対応経験からもはっきり言うことができる。
それにトヨタの豊田社長は、やはり世襲経営者の域から抜け出ていない。所詮お坊ちゃんである。世間の見方が甘い。会社を取り巻く現状と問題の本質がよく理解できていない。周囲から大切に扱われ、部下から傅かれ世間の動きや空気、現場というものがよく分かっていないのではないか。この苦境を乗り切っていけるだろうか一抹の不安がよぎる。仮にこの荒波を乗り切れれば、うまくすれば努力次第で世界でも有数の経営者になれる道が開けてくるかも知れない。
それにしてもここ数日天候が完全に昔の冬型に戻ったようだ。息子の住む新潟では、29年ぶりの大雪で毎日積雪が増している。京都でも雪が降り、金閣寺がうっすらと雪化粧したようだが、そう言えば三島由紀夫から私の友人の父上に宛てた手紙の中に、大岡昇平が「キンカクジ」を「キンカクシ」と書いた箇所があるのを思い出すと思わず笑いが込み上げてくる。ワシントンでも大雪で交通障害が起きているようだ。夏になると話題になる地球温暖化は一体どこへ行ったのだろうか。
今日はほとんど書斎で評伝執筆に係りっきりだった。依頼者の注文も段々細かくなってきたので、それを受け入れ、自然体でさりげなく人間性を真摯に表現するように文章化するのは中々難しい。今日は写真も組み込んで書いてコピーして途中経過としてお送りした。印刷部数が少ないと言っておられたので、それなら費用の点を考えてコピーですべて済まそうと考えていたが、単にコピーするだけだと保存性に問題があるとも考えられるので、モノクロ印刷にして印刷屋に頼んだ方が良いとも考えている。
これから依頼者の気持ちを斟酌して、できるだけ迅速に作業を進めていきたいと思う。
998.2月5日(金) 今日の大きな話題は昨日と同じ、小沢&朝青龍
予想していた通り、今日の朝刊は二大トピックスで埋め尽くされている。小沢民主党幹事長不起訴問題と横綱朝青龍の引退である。小沢問題ではどうして検察は起訴に持ち込めなかったのか、どうもよく分からない。3人の元秘書が逮捕され、彼らが収支報告書にウソの記載をしたと彼ら自身が語っている。金の出入りや還流も甚だしいらしく、常識的に考えると怪しくない金ならどうしてそう複雑な出し入れをする必要があるのか。小沢氏個人の資金だったという土地購入代金にしても、その4億円の現金も父の佐重喜氏から相続したもので金庫内にタンス預金していたそうだが、これも一般人の感覚では考えられない。秘書は受け取っていないと言うが、中堅ゼネコン幹部は秘書に金を渡したと言う。ここまで辿り着いていながら、止めを刺せない。これで、ひとまず捜査は終わりというのでは、すっきりしないし、小沢氏にまつわる資金疑惑はいつまでも解消されない。道義的責任だってあるだろう。
もうひとつの話題である朝青龍については、惜しいという声も随分聞かれる。それはそうだろう。直近の一月場所で幕内最高優勝を勝ち得たのだから、現時点では相撲界の最高実力者ということになる。その実力者を身から出た錆とは言え、協会が追放するように辞めさせたと受け取られたことで、一部の朝青龍ファンから異論・反論が出てくる可能性もある。
すでに、朝青龍の故郷・モンゴルでは国民的英雄だけに「無理やり引退させられた」背景には、日本の国技である相撲界がモンゴル勢にやられっ放しでメンツをつぶされたから、難癖をつけて辞めさせたと受け取られている節もある。実際当事者・朝青龍の父親はそう見ているらしい。他にも日本人でそう思っている人もいるらしいから、そこはきちんと分かってもらえるよう説明しなければいけないのではないかと思う。さもないと噂ばかりで日本とモンゴルの友好関係も損ないかねない。
午後浜松町にあるセミナー会社で担当者と今月及び来月の「図解塾」セミナーで使用するテキストについて話しあった。今まで福島県と気仙沼広域連合の研修で使用していたマニュアルに、今回の特別講義「時事問題」と「会社(組織)の方針」に関する図解問題を加えた。私の担当する時事問題では「旧ユーゴスラヴィアの解体と複数国家成立の過程」と「子ども手当て」について、図解の講義をするつもりだ。少々気になっているのは、この会社のセミナー・ルームでは図解講義でいつも使用するオーバー・ヘッド・プロジェクター(OHP)の設備がないことだ。一応3月までのセミナーでは、OHPが使用できないとのことなので、ちょっと苦労するかも知れない。しかし、このシリーズが成功すれば、これからも「図解塾」を開催するチャンスが増えてくる。その時はOHPの採用を前向きに考えてくれるとの話だった。私自身も頑張らないと・・・。
今日は世界的な株安となり、日経平均株価も一時300円も下がった。ヨーロッパの財政不安が強まったことが火種となり、アメリカからヨーロッパ、アジアへ波及したものだ。ヨーロッパではこのところギリシャ、ポルトガル、スペインの信用不安が拡大しているが、根底にある財政難が深刻らしい。東証も株安、円高によって激しい値動きに振り回されている。相変わらず株式市場では良い話が聞かれない。
997.2月4日(木) 小沢残り、朝青龍去る。
立春というのに今日は特別に寒い。北海道の占冠村では零下34.4℃だった。
小沢一郎・民主党幹事長が、政治資金規正法違反と世田谷区土地購入代金の出所について市民団体から刑事告発されていたが、今日3人の元秘書が起訴されたのに対して小沢氏自身は嫌疑不十分で起訴を見送られた。どうも納得できない。結局秘書が逮捕されても、代議士本人は身柄を拘束されないといういつものパターンで司直の手に落ちることはなかった。
「疑わしきは罰せず」と考えられたのだろうが、あれほど怪しげな資金の出入れ、政治資金の虚偽記載、水谷建設や西松建設幹部の裏金献金証言、土地入手の資金源、等々マス・メディアの報道を見る限り、限りなく黒に近い灰色である。これでは大物政治家はいくら悪事をやってもお縄を頂戴することはないということになるのではないか。
小沢氏は不起訴処分を聞いて通り一遍の記者会見をしたが、佐久間・東京地検特捜部長は、起訴に追い込めなかったことが無念と思ったのか、異例の1時間20分もの長時間の記者会見を行った。内容は明日の朝刊で詳らかにされるだろう。
小沢氏は幹事長職をこのまま続けるそうだが、道義上の責任もあり、説明責任も果たしているとは言えず、どうしても後味の悪さが残る。
一応捜査は山を越え今後は裁判で裁かれることになるが、市民団体としては検察審査会に訴える手段もある。
さて、一般人を飲酒のうえで殴打した横綱朝青龍が今日引退を発表した。解雇、除名の厳しい裁定が出される前に自ら身を退いた方が傷は深くないと判断したのだろう。被害者と示談を成立させて事件性をもみ消そうとしたのだろうが、反って横綱を窮地に追い込んだ形になったようだ。朝青龍は元々トラブル・メーカーとして言動面で顰蹙を買うことが多く、度々警告処分も受けていた。家庭的には夫人を殴りつけて怪我をさせて別れ、6年前には高砂親方を殴り、2年前には巡業をサボって故郷モンゴルでサッカーをプレイし、出場停止処分を食らっている。駄々っ子が大人になったような人間だった。それにしても惜しい関取だ。相撲の強さにおいては、7場所連続優勝を飾ったり、史上3番目の優勝回数を誇るほど抜きん出ていた。街でも引退を惜しむ声が強い。その一方であまりにも国技である相撲を舐めているとか、品格がなさ過ぎるとの声が上がっている。これほどお行儀の悪い横綱も初めてである。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の気持ちが、頭の片隅に少しでもあれば、こういう不名誉なことで角界を去ることにはならなかったのではないだろうか。
残る小沢と去る朝青龍の対照が象徴的である。
996.2月3日(水) トヨタの車が販売中止に
朝日新聞朝刊の中国関係の記事に思わず笑ってしまった。列車の窓から乗り込む乗客を手助けした駅員の姿がユーモラスに写っている。中国では旧正月を故郷で迎える帰省ラッシュが始まり、どこの鉄道駅も乗客で溢れかえっているようだ。ふるっているのは、この一事を以って広東省東莞東駅の駅長が更迭されたことだ。ちょっとやり過ぎだと思うが、これが中国らしいところだ。
実は、大学2年時にアルペンクラブの春の合宿で東北の名山・飯豊山を縦走した時、乗換駅の郡山で列車から降りる際、つい若気の至りで窓から降りたところを、ちょうどプラットフォームにいた駅員に見つかって注意された。50年前に地方都市でやった蛮行が、今中国の一地方駅で行われている。懐かしいような気になり、ついにんまりしてしまった。
トヨタのリコール問題がアメリカで大きな問題になっている。トヨタ自動車の欠陥車両のリコールの結果、トヨタは該当車両を一時販売中止することを決定した。アメリカのみならず、ヨーロッパや中国のトヨタ車に欠陥車が見つかった。その数は1千万台近くに達するという。元々アメリカ国内で生産、販売されるトヨタ車は、すべての部品が日本国内で生産されたものではない。日米自動車交渉が暗礁に乗り上げた時、アメリカ国内にジャパン・バッシングが起こり、一部部品はアメリカ製品を使用することになり、今回問題になったアクセルとブレーキが偶々そのアメリカ製だった。ヨーロッパと中国で販売されているトヨタ車もアメリカ製部品を使用していたので、アメリカ同様リコール、即販売中止となったようである。
今回の騒ぎを見ていると、アメリカの嫌らしさも目立つ。相手がダメージを浴びた弱みにつけこんでトヨタ車からGMなりフォードに買い換えた場合、割引するというベニスの商人的あこぎなセールス手法には、ちょっと呆れる。更にアメリカ連邦政府もトヨタに対して制裁金を課すとか、公聴会を開くとか報道されている。アメリカ人商道はもう少し紳士的だと思っていたが、自国の自動車産業が追い詰められると背に腹は変えられず、一気に弱みを叩く行動に出る。アメリカン・パフォーマンスの本音は内向きではないかと思わざるを得ない。
それにしても、しばらくアメリカの仕打ちと、対するトヨタの対応から目が離せない。
995.2月2日(火) 横綱・朝青龍の今後は?
昨晩遅くなって雪は益々深々と降り積もり窓の外を覗くと一面の雪景色だった。果たして今朝起きてみると久しぶりの銀世界となっていた。わが家の庭も雪を被って中々風情がある。特に日本庭園の松や楓に雪を冠すると一層日本的な風景になる。
昨日日本相撲協会で理事選挙が行われ、過去の慣例に逆らって立候補した元横綱・貴乃花が予想を覆して当選した。一連の流れを見ていると昔ながらの古い体質が浮き彫りになる。相撲界では、内々の論理と根回しが当たり前のように考えられている。しかし、それに縛られていた相撲界も、あまりにも世間離れしたトラブルを頻発させて反発を買い、そろそろこれまでのやり方が通らなくなっていることに気づくべきである。
最近の相撲界はスキャンダルのオンパレードで見苦しい限りである。今また大横綱と呼んでもよい朝青龍が、一月場所中に酒に酔って一般の人を傷つける暴力事件を引き起していたことが表沙汰になり、横綱にあるまじき行為として深刻な問題になっている。貴乃花新理事は早速朝青龍問題に対処することになる。
貴乃花について言えば、相撲界の改革を表に立候補したが、具体的な言葉としては何も提起しておらず、他の9人の旧理事の間に入ってどれだけ思っていた通りの刷新や改革ができるか未知数である。ましてや、「重圧を感じる」「武蔵川理事長の下で協力する」等の言葉からはおよそ「改革」のメッセージは伝わってこない。しかし、貴乃花の改革宣言がひとつのきっかけとなり、相撲界が目覚めて発展するようになれば、理事選挙に打って出て当選したことは過渡期の功績となるかも知れない。
一方朝青龍については、もう「引退」しかないと思う。今まで散々お灸をすえられていながら、「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」を毎度繰り返している。懲りない人だから、今仮に罪を許してもまた同じ過ちを繰り返すのではないか。
明後日理事会が開催され、お沙汰が出る予定だ。わがままのし放題だった暴れん坊・横綱朝青龍もいよいよ年貢の納め時か。
さて、夕方地下鉄湯島駅で知研・久恒理事長と八木会長と待ち合わせ、9日から始まるTEI社の「図解塾」の打ち合わせを行った。もうひとりの講師・中村さんは仕事の関係で来られなかった。凡その講義の流れとテキストの作成方について話し合い、福島県で使用していたテキストをベースに資料を抜き出して「図解塾」用テキストを作成し、TEI社へ持参してもう一度TEI社と付き合わせることにした。近日TEI社へ伺って詳細を詰めてこようと考えている。
帰ってきたら昨日の留守電に続いて「選択」誌・湯浅編集長より回答書が届いていた。NHK番組に関する内容の正当性を訴えるものだった。回答を了としたが、この期に及んで迅速なコンタクトが必要だということが漸く分かったようだ。
994.2月1日(月) 「選択」誌と新編集長の対応
昨日まで日経朝刊に連載されていた「私の履歴書」は、細川護煕・元首相が書いたものだったが、期待していた割には、それほど面白くなかった。あれだけの名門家系で親戚には、近衛元首相ら多くの有名人を輩出し、自身多くの人生経験を積まれた人の自叙伝としてはやや期待はずれだった。陶器などの趣味の話題や、表面的な政務の表現が多く、あまり本音や真意を書いてくれていないという印象を受けた。そう言えば、佳代子夫人の項もおざなりであまり詳しく紹介してくれなかった。夫人は高校の同級生だった「プーさん」こと上田くんの妹で、美人姉妹として鵠沼界隈では知る人ぞ知る存在だった。それだけに、上田家と鵠沼の印象や思い出をもう少し突っ込んだ形で書いて欲しかった。
今日外出中に留守電で「選択」誌・湯浅次郎新編集長からメッセージが入っていた。30日に編集長へ宛てた手紙の返事である。NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」に出演中の脳科学者・茂木健一郎氏が脱税で東京国税局から追徴金を課せられた行為が、確信犯的であるにも関わらず反省の素振りも見せず、そのまま公共放送に出演し続けるのは倫理的にもどうかと思っていた。ところが本人は一向に気にする様子もなく、平気でテレビに出演し続けていた。流石にNHKに視聴者から厳しい抗議が寄せられ、漸く番組降板となったと「選択」は報じた。しかし、年が明けても茂木氏は出演し続けていた。この点について、腑に落ちず誤報ではないかと15日に湯浅編集長にハガキで質問した。返事はまったくなく、ついに一昨日手紙で長々と論旨を説明して返事を書かない理由と茂木氏降板の真偽のほどを問い合わせた結果、今日の慌てた留守電となった。
とりあえず回答をもらい茂木氏は3月一杯で降板と聞いたので、騒ぎ立てる気は毛頭ない。しかし、新任編集長の対応から察すると、やはり危なっかしいという気がした。半月前受け取ったハガキに返事を書かなかったことに対する詫びや理由を述べていない。茂木氏が3月に降板なら、そう書けばいい。記事は、すぐにも降板するようなニュアンスで書かれている。2007年にロシア大統領就任前のメドベージェフ氏の写真を取り違えた時の拙い対応に対する、私の指摘に対しても説明もない。とにかく2度も文書で質問したことに対して、たった1度の留守電で厄介な問い合わせを済ませてしまおうとする誠意の見られない編集長はまだまだ未熟だと感じた。
昨日から今日の天候が冷え込むと聞いていたが、夕方になって雪になった。都心では昨年3月以来の降雪だそうである。今晩も降り続けるそうだから、明日は銀世界かも知れない。
993.1月31日(日) クレオパトラの妹アルシノエの遺骨が発掘された。
今月号のJN紙にトルコのエフェソス古代遺跡にまつわるエッセイを寄稿した。そのエフェソスが、タイミングよく今朝のNHK・BSハイビジョンで放映された、エジプト特集「妹を憎んだクレオパトラ」という1時間半の歴史ドキュメンタリー番組の舞台となっていた。上空からの映像を含めて懐かしい古代遺跡の周辺情景を映し出してくれたが、実はエッセイでは、偶々この史実と逸話に富んだ広大な遺跡エフェソスが、なぜ「世界遺産」として登録されないのか私自身現地を訪れた印象から判断して理解できないと、他にも個人的に訪れたハトシェプスト葬祭殿(エジプト)、ペルガモン古代遺跡(トルコ)、ナクシェ・ロスタム(イラン)、クノッソス神殿(ギリシャ・クレタ島)とともに、世界遺産としてすぐ登録されるべきではないかと推薦した、5つの古代遺跡のひとつだったのである。
今日の番組でまた新たな事実を知った。何とあのクレオパトラの妹・アルシノエの遺骨がエフェソスで発掘されたという。高い地位にあった人のものと想定されるエフェソスの墓から人骨が発掘され、科学的に分析した結果、アルシノエのものだと断定されたという興味深いロマンである。しかも発掘された人骨が歴史的検証と科学的分析により、アルシノエの遺骨に辿り着くプロセスが、極めてミステリアスで下手なドラマなぞとても太刀打ちできない。まさに「事実は小説より奇なり」である。
トルコ各地には今でもギリシャ文明のポリスが数多く存在した形跡があり、ギリシャ建築の名残が散見されるが、エジプトとの因果関係はあまり伝えられていなかったような気がする。それがアルシノエは姉・クレオパトラとの対立とプトレマイオス王朝の存続を賭けた攻防から、クレオパトラの盟友アントニウスと対立するオクタビアヌスの統治するエフェソスへ追放され、そこでクレオパトラの計略により一命を絶たれるというスリリングで波乱万丈な人生を送った薄幸の女性へつながるストーリーとなる。
冤罪事件で話題になったDNA鑑定でも科学的な実験や分析により、近年高い確率で血液のつながりを判定しているが、2,000年以上も前の史実を人骨に含まれる炭素の濃度と頭蓋骨の形、墓の八角形の屋根から推察するテクノロジーのレベルには驚くばかりである。エフェソスにある倒壊したエジプト建築石材と、王都アレキサンドリア海中に沈んだ古代エジプト様式のファロス灯台を関連づけ、発掘された人骨がアルシノエのものだと断定し、アルシノエの身長、容貌まで推量する科学技術は素晴らしいと思う反面、空想して夢に浸る世界観をつぶしてしまうような気持ちにさせられ、そこまでやらなくても良いのではないかという気持ちもある。
しかし、いつも思うことだが、古代の見果てぬ夢に多少の史実を交えて空想することは、実に愉快なことである。
992.1月30日(土) 米中間に新たな火種か。
昨日、今日の2日間配水管、白蟻対策、そして火災感知器取り付け工事等で自宅から外出できない。その間月刊誌「選択」の新任編集長に書状を書いていた。1月号の記事に誤解を呼ぶような間違いを発見したので、事実関係とその原因を問い合わせたものである。
それはともかく、1月号に載った「選択」新任編集長の紹介文が奮っている。新編集長は「選択」出版㈱のオーナー社長のジュニアであるが、父親の紹介文が息子をほめちぎる親ばかぶり丸出しなのである。しかも、公器とも言える雑誌上に、新編集長が大学を出て日本テレビ報道局でビデオジャーナリストとして数々の賞を授与されたとか、著書が朝日に取り上げられたとか、或いは4年半のパリ駐在経験から65カ国以上の国々を訪問したとか、よくもまあこれだけ「愚息」を誉められるものだとオーナー社長の異常とも思える親ばかぶりには開いた口が塞がらない。テレビ屋と雑誌作りとはまったく別物だと思うのだが・・・。出版業界はこのところ下降線を辿り、雑誌が次々休刊、廃刊となる厳しい時代を迎えているが、そんなことは意に介さず、まるでノー天気なのである。この世襲編集長がどんな回答を送ってくれるか、別の意味で楽しみでもある。
夕刊を見て驚いたが、アメリカが台湾に対して武器売却を決定した。米中関係が経済的に親密になりつつある中で、先般グーグルに対する中国政府の干渉が物議を醸した矢先だっただけに、中国外務省次官が即座に反応した。強烈な憤慨を表明し、両国の協力関係に深刻な悪影響を及ぼすと警告した。
アメリカの言い分は、中国の急速な軍備増強に対して、中台間の軍事バランスを維持するために台湾への武器供与が不可欠と判断したというものである。しかし、少しは中国にも配慮して中国が警戒していたF16戦闘機の売却は見送られたようである。金額的に64億ドル(5,800億円相当)が、高いのか安いのか何とも言えないが、今回の武器売却問題は当分大きな話題を提供するだろう。
発展途上の中国にとって、これまでは経済的発展を阻害されることはあまりなかった。それが本年中にアメリカに次ぐ世界第二の経済大国になると、今までのように世界がこれまで中国のペースでやっていたままを黙って見過ごしてくれるというわけにはいくまい。厳しい眼に晒されるようになるのではないか。外野席にいる立場としては、米中両国のガチンコ勝負がおもしろそうだ。とくと観戦させてもらいたいと思う。
991.1月29日(金) 鳩山首相初の施政方針演説
アメリカで昨日オバマ大統領が、初めて一般教書演説を行ったが、わが国でも今日鳩山由紀夫首相が就任後、初の施政方針演説を行った。内容にすべて目を通したわけではないが、「いのち」という言葉が24回使われたとか、演説時間51分は戦後2番目の長さだったとか冷やかし半分に揶揄されている。どうも野次も激しかったようだ。しかし、大切なことはその中身であり、それを実現する実行力である。
面白いと思ったのは、昨年末にインドを訪問したせいだろうか、マハトマ・ガンジーの言葉を読み上げたことだ。私も知らなかったが、ガンジーの慰霊碑にはガンジーが言った「7つの社会的大罪」という戒めの言葉が刻まれているそうだ。
因みに「7つの大罪」とは、
1.理念なき政治
2.労働なき富
3.良心なき快楽
4.人格なき教育
5.道徳なき商業
6.人間性なき科学
7.犠牲なき宗教
をいうそうである。
なるほどと思うと同時に、どんな偉い人でもひとつぐらいこの大罪を犯しているのではないかと感じた。自民党のある有力国会議員のごときは、鳩山首相に対して「母親から労働なき富をもらっている首相が言っても説得力がない」と山葵の効いたきついコメントがあった。
ところで自民党は党内規則で次の選挙から特例を除き、70歳以上の候補者を公認しないと決めている。ところが、前回の衆参議院選挙で落選した長老が、再び立候補したいと公認を求めて党本部へ公認申請を行っていた。今日自民党は原則通り70歳以上の候補者を公認しないと当事者に通達した。原則は原則として、決めた以上ルールは守り、みだりに壊すべきではないし、党幹部の判断は間違っていないと思う。インタビューの中で年齢的に次回公認がもらえそうもない長老議員が不平たらたらでわめき散らしていたが、良識を疑いたくなるほど低次元な発言には情けなくなった。
しかし、案外筋が通っていると思ったのは、少子高齢化の時代に高齢者を何でもかんでも排除する傾向はいかがなものかとのつぶやきである。難しいことではあるが、わがままとか権力の乱用を除いて誰でも納得できるケースなら特例により、優秀な議員を失わないことも考えた方がよいと思う。実際一方的に年齢だけで締め出すのは、問題もあると思う。高齢者が使い物にならないとのイメージばかりが強まり、それが高齢者は社会の厄介者とのムードが広がりはしないかと少々心配になる。
990.1月28日(木) アメリカは景気低迷でもリーダーが頼りになる。
就任2年目に入ったオバマ・米大統領が一般教書演説を行ったが、その最大の目玉は雇用創出と5年内の輸出倍増である。オバマ氏の支持率が1年前には70%近くあったが、医療保険改革の頓挫等で最近では50%前後にまで落ちている。更に、先日は追い討ちをかけるように、マサチューセッツ州の上院議員補欠選挙でも民主党の地盤でありながら共和党候補に敗れた。
国家輸出戦略の中でオバマ氏はアジアとの貿易関係を強めると語ったが、具体的に日本との関係には触れなかった。例えば、改革を進める国として挙げたのは中国、ドイツ、インドで、具体的にこれらの国は数学や科学を重視し、インフラ整備も進めて、雇用創出に向けて代替エネルギーに投資していると言及した。今のところ日米間は、沖縄の普天間基地移設問題が霧の中にあり、加えてトヨタの欠陥車問題により、アメリカ市場では一時販売を中止する難題も起きており視界は見難い。オバマ氏の頭の中には、日本地図があったのか、或いはあったが、敢えて触れなかったのだろうか。
アメリカ経済も回復の兆しが中々感じられないが、オバマ大統領のしたたかなリーダーシップは、その演説の力強さと巧いパフォーマンスによく表れている。鳩山首相の元気もなく自信もなさそうなスピーチに比べると、頼りになりそうなのはどうしたってオバマ氏の方だろう。
今日国会では漸く今年度第2次補正予算案が通過した。7.2兆円の巨額である。景気刺激も良いが、もう少し財政のアンバランスを解決するスキームとスケジュールをはっきり打ち出して欲しいものである。道楽息子の無駄遣いのように、ただ金を注ぎ込んで現状打開を図るだけの予算執行では、いずれ国家財政も破綻してしまう。
JAPAN NOW観光情報協会の企画会議に出席したが、今年協会で出版する観光書について報告がなされた。先日質した書名について相変わらず「観光事典」のままなので、これから検討することにして、現状ではペンディングのはずではないかと改めて質問し、書名から堅苦しい「事典」を削除する方がベターだと話した。これでまた書名の決定は先送りとなり、他にも「事典」を使うことに異議を唱える執筆者もいて、さらに検討することになった。前回の「知の現場」の時も、若い人たちとコミュニケートすることの難しさを味わったが、今回は年齢的な問題ではなく、「観光」と「書物の内容」に関する考え方の相違を感じたものである。
取りあえず、私の担当する章「観光」について、見出しを拾い出して検討することになった。
989.1月27日(水) 民青学連事件で日本人無罪
ハイチの大地震による犠牲者の数は、その後増え続け国連関係者の発表では死者が15万人を超えたという。倒壊した建物の瓦礫の下に埋もれた死体がまだ相当数予想されるところから、犠牲者の数は20万人を超えるのではないかと懸念されている。ほんの僅かな時間にこれだけの貴重な生命が失われるわけだから、やはり普段から防災意識として、備えと万が一災害に襲われた時の脱出について知識を持っていなければいけないとつくづく思う。
過日わが家の配水管と白蟻駆除の工事屋さんに、住宅用火災警報器の設置について見積もりの作成をお願いしたところ、6箇所の電池式ワイヤレス連動型住宅用火災報知器の取り付けと工事費を併せてざっと8万円だった。煙と熱を感知するシステムで、来年度から法律で設置が義務付けられるので、設置することにしたが、結局のところ住人の防災意識がしっかりしていないと、設備ばかり充実させたところで効果がないということになりかねないので、日頃からその点には気をつけようと思っている。
それにしてもハイチの人たちの悲しみとこれからも続く苦難を思うと気の毒でならない。日本は遅れがちだったが、日本赤十字社の救護医療班に続いて自衛隊医療支援部隊が現地入りした。新たに道路片付けのためのPKO部隊も出発する予定だし、追加支援として義捐金60億円を提供することにしたので、国連や現地では高い評価を受けることになりほっとしたところである。
一方で、地震発生とともに救援活動に一番乗りした中国は、不幸にして8人の救援隊員の死亡事故の事後対応に大童だったが、結果的にその救援活動のあり方と対応が、現地で非難された点もあって音なしとなってしまった。つくづく国際貢献活動というのは難しいと感じる。
折りも折り、世界遺産の中で最も人気のあるペルーのマチュピチュでは、昨夜大雨が大洪水を伴い、マチュピチュへの唯一の交通手段である鉄道が寸断し、観光客2千人が立ち往生してしまった。その中で日本人観光客も60人ほどが取り残されているようだ。線路が流されてしまったので、ヘリによる搬送を行っている。20年以上も前に訪れた時、クスコとマチュピチュの間に逃げ道がないことを感じて、事故が起きたらどうするんだろうと気になったが、現実のものとなってしまった。
自然災害というのは、予告なしに不意に襲ってくる。怖いものだ。その被害から逃れる最大の術は、普段の災害に対する知識と備えである。「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言われるが、いつも謙虚に拳拳服膺する心構えが必要だと思う。
36年前に韓国で起きた「民青学連(全国民主青年学生総連盟)事件」で逮捕され、懲役20年の刑を宣告されていた日本人の再審請求が今日ソウル中央地裁で行われ、無罪が言い渡され名誉回復がなった。すでに韓国人8人が処刑されている。朴正熙軍事政権転覆を謀ったとして民主化運動関係者が多数逮捕された暗黒の事件だが、5年前に事件は朴政権による民主化運動弾圧のためのでっち上げとされ、今日晴れて無罪となった。まさに冤罪である。すっかりその日本人の名前を忘れていたが、新聞記事で思い出した。「太刀川正樹」さんだった。今ではニューヨークでフリーライターとして活動している。あの事件の2年前に初めて韓国を訪れ釜山からソウルまで車で移動したが、軍事国家体制の緊張感が国中に漲っていたのを怖いような印象で受け止めたことを思い出した。もうひとりの日本人の所在は不明だそうである。あんな暗黒事件はもう真っ平である。
988.1月26日(火) インドの嘘つき学者が世界を惑わす。
「ウソ」も方便というが、常識的に考えて許される「ウソ」と、とても許し難い悪意に満ちた「ウソ」は余程TPOを考えないと周囲が甚大な迷惑を蒙る。小沢一郎・民主党幹事長の資金疑惑問題も岐阜の水谷建設の関係者は、小沢氏側へ資金を手渡したと改めて証言したようだ。一連の疑惑にどれほど真実があり、どれほどウソが隠されているのか、まだ捜査中の現段階でははっきり分からないが、納得できる解決の仕方をして欲しいものである。
政界の怪しい疑惑に対して、一般的にあまり疑念なぞないと考えられていた世界の気候に関する情報が「ウソ」で固められていたのには呆れかえった。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書に、科学的立証がないのに「ヒマラヤの氷河が2035年までに消失する可能性が非常に高い」と「ウソ」の記述をした愚か者がいた。この報告書を書いたのは、インド人研究者で「この部分を強調できれば政策決定者や政治家に衝撃を与え、しっかりした対応を取るよう働きかけることになると考えた」と発言している。政治的な影響よりも自分が所属している気象学会にもより以上の不名誉と不信感を与えたことに気がつかない馬鹿者である。世界の気象を政治的な力により恣意的に変えようとしたもので、学者も信用されていることを逆手に取って、ここまでやるかと思うとうんざりである。
実際地球温暖化の影響でヒマラヤの氷河も後退しつつあるが、2035年までに消失するなんてことは、余程のことでもない限り考えられないらしい。
政治家もおかしいが、学者や文化人も地球温暖化の影響?で頭の中のボルトが弛み、少し頭がおかしくなっているのではないか。
さて、2008年9月に観光庁が発足して、国は観光政策に本腰を入れだしたが、このところの不景気の影響を受けて訪日外国人数が急激に減少している。昨年の訪日観光客は前年より18.7%も下がり、本年中に1,000万人を見込んでいた観光客が昨年は679万人にしか達せず、2005年の水準に逆戻りした。元来観光は平和産業であり、世界の騒乱を考えると観光客が遠い外国へ行くのに二の足を踏むのも分かる。加えて昨年は不景気、円高、新型インフルエンザも影響を与えた。いくら努力しても外的条件に左右される観光産業は、ある意味で極めて不安定であるとも言える。長期的に見れば、観光産業は徐々に回復し、将来的には観光立国と呼べるに相応しい観光客の受け入れが期待されると思う。
今書こうと考えている「観光事典」観光編では、このアップダウンの激しい観光業の本質というものについて、突っ込んで書いてみようかと考えている。
夕刊を開いてびっくりである。有楽町の西武が本年内に閉店するという。百貨店業界が低迷しているが、銀座に近く、JR有楽町駅に近い絶好の地にありながら、逆風に抗しきれないということだろうか。
もうひとつのニュースは、わが家の近くでも店舗展開をしている高級スーパー「紀ノ国屋」が、全株式をJR東日本に売却してJR傘下に入る。「紀ノ国屋」は西武同様に立地も良く、ブランドを考えると惜しい気もするが、これも時代の流れだろうか。
経済回復の兆しも見えない中で、今日から労使の交渉が始まった。経団連と連合、それぞれに自分たちの立場を主張しているが、今年の春闘では最初からベースアップは諦め、定期昇給に的を絞った攻防戦になっている。早く景気が回復しないかなぁ。
987.1月25日(月) 普天間米軍基地移設問題はどうなるのか。
沖縄・普天間米軍基地移設問題がもたもたしている間に、昨日普天間の移転先と考えられている辺野古海岸のある名護市の市長選挙が行われ、辺野古移転受け入れ反対派の稲嶺進氏が、激戦の末受け入れ容認派の島袋吉和・現市長を破って当選した。獲得シェアは52対48の際どい勝利だった。
選挙の結果は、名護市に対してのみならず、全沖縄と日本中にも厳しい宿題を課した。日米合意で辺野古移転が決まってから、初めて今回の市長選で名護市民の民意ははっきりと県外移設を示した。この時期に市民が下した「反対」の結果は重いものと受け止めざるを得ない。実は民主党が稲嶺氏を支援したことも、党の今後にとって悩ましいジレンマに陥れている。民主党は当初からマニフェストで海外、または県外移設を主張していた。いうなれば稲嶺氏、名護市民、民主党のそれぞれが、思惑と意見において一致したことになる。
しかし、問題解決は複雑な様相を呈しつつある。仲井真弘多・沖縄県知事は移設容認派と見られているが、基地問題は200%政府の所管事項であるとして県知事としての行動に一定の距離を置いている。
問題は民主党が県外移設を謳ったわりには、その線で動いていなかったからである。県外の予定候補地を真剣に探している様子が見えなかったうえに、移設を主張するアメリカ政府と沖縄駐留アメリカ軍から民主党政府に対して、日米合意案(辺野古移設)は譲れないと釘を刺されていたからである。民主党政権は5月までに候補地を決定すると言明しただけに難しい立場に追い込まれた。ひとり連立政権を組む社民党だけが、最初から県外移設を主張していたので、ニコニコ顔である。しかし、普天間問題が解決されたわけではないのに、パートナーである民主党の苦悩を嘲うかの如き笑顔はいただけない。
それにしても鳩山政権は普天間基地移設について、どう決着をつけるつもりなのか。以前から地元民の意見を汲み取ることは当然と言っていたが、本当にそう思っているのか。それが本心なら沖縄住民の気持ちが分かっているはずだから、政権獲得後直ちに次の基地予定地を探す努力をすべきではなかったのか。こんな状態では5月末までの短期間に米軍も納得できる候補地を探すことができるだろうか。
決断力がない印象を与えている鳩山首相は、これまでのようにブレてばかりいないで、バサッと一刀両断に決める覚悟を固めるべきだ。さもないと時間が足りなくなるのではないか。
小沢幹事長資金疑惑問題を抱えている上に、また民主党に難問が降ってわいた。
今日遅ればせながら新型インフルエンザの予防注射を打ってもらった。保険で一部負担してもらっているからよいが、その全額を支払えば代金は36,000円だから、少々高額過ぎる。
986.1月24日(日) 東大寺には管長の上に長老がいる。
昨日小沢一郎・民主党幹事長に対する任意の事情聴取がなされた。昨晩小沢氏は記者会見を行ったが、終始マス・メディアに追い回され、今朝も新聞・テレビはその件で大分ヒートアップしていた。
しかし、やはりわれわれ一般人には「なぜだ?」と分からないことばかりである。大体任意とは言え、東京地検の建物内ではなく、どうしてわざわざ四谷のデラックスなホテル・ニューオータニの個室で検察側2人と小沢氏の3人だけで事情聴取をするようなことになったのか。前代未聞ではないだろうか。いくら民主党の大物国会議員にしろ、高級ホテルを借り切って長時間に亘り、たった3人だけで秘密めいた話をする。そのこと自体少々異常である。その後の小沢氏の記者会見にしてもご本人は意を尽くして説明したつもりかも知れないが、一向に疑念解明になっていない。小沢氏本人、建設会社役員、秘書ら関係者の話のつじつまがどうしても合わない。逮捕された国会議員や元秘書の供述、ダム工事に絡んだ建設会社役員の説明でも資金のやりとりがあったことがはっきりしている。捜査は今後に待つしかないが、小沢氏の周囲は疑念だらけである。これでは政治改革以前の問題で、いつになったら本来の政治を進めることができるのか。
さて、偉いお坊さんが亡くなった。筒井寛秀さんと仰る88歳の奈良・東大寺長老である。東大寺で一番偉いのは管長だと承知していたが、この筒井さんは17年前に長老となったが、その前に管長だった。更にその前は東大寺執事長だった。今年は平城京遷都1300年祭が奈良周辺を中心に開催されるので、奈良の寺院も大分力が入っているようだ。
筒井長老は、祖父、父に続いて1990年に東大寺別当・華厳宗管長に就任したが、それが何と212世だというから、その長い歴史には驚く。
私自身いずれ遠からずお迎えが来るのに、恥ずかしながら宗教心がやや薄くなっているせいだろうか、あまり宗教行事に関心を抱くことが少ないが、それでも時折珍しい宗教行事があったり、お寺を訪れる機会があると殊勝に拝礼して願いごとをすることもある。昨年インドを旅行した時には、ヒンドゥー教に興味を抱いていたが、短い滞在ではそれほど驚くようなイベントにも会わず、インドの宗教に触れず仕舞いだった。
ビルマをよく訪れていたころは、仏塔パゴダへお参りすることが多くビルマ人の信仰心というものを感じさせられ、「ビルマの竪琴」についても深く考えることがあった。近年ビルマへ行く機会がなくなり、そんなこともなくなってしまった。
しかし、まったく宗教への関心がないわけではなく、まだ訪れていないネパールへは近い将来に一度訪れてみたいと思っている。チベットでラマ教と呼ばれるチベット仏教に触れる機会があったが、その時ラマ教がネパールでもかなり普及していると聞いた。ネパールでは大半の90%の人びとがヒンドゥー教を信仰しているというから、ラマ教とヒンドゥー教との関係はどうなのか興味がある。
985.1月23日(土) WHOがアルコール規制
不透明な資金で土地を購入したとされ、先日来東京地検から再三任意出頭を求められていた民主党・小沢一郎幹事長が漸く地検へ出頭して資金の出所を説明したようだ。東京地検に対してどこまで納得できる説明をしたのか外部にははっきり伝えられていないが、いずれもう少しすれば、はっきりするだろう。しかし、どうして普通の人間にはおかしいと思える錬金術や資金の管理方法が、政治家にはおかしいと感じられないのか。まったく不思議な話だし、まったく不思議な人種である。
さて、これまで知らなかったが、現在世界保健機構(WHO)ではアルコール規制について具体的な試案を検討中なのだそうである。従来喫煙による健康被害については各国でも真剣に取り組み、国によっては喫煙追放運動をやっている。禁煙の動きは野火の如く広がり、公共の場所ではタバコは今では吸いにくい空気になってきた。実際アメリカ国内では喫煙場所を探すことが難しいくらいである。日本国内でも禁煙運動が徐々に浸透し、日本タバコ産業では販売量の伸び悩み、また減少に危機感を抱き、イメージの悪い「タバコ」という名前を社名から隠すために通称で「JT」と呼んでいる。
ところがアルコール類については、その飲み過ぎの弊害は叫ばれても注意を喚起しあって飲み過ぎに注意するとか、場所を弁えるという啓蒙活動が進んでいるような気がする。
先年ロシアを訪れた時、気になったことのひとつにロシア人男性の平均寿命が図抜けて短いことだった。何せ58.6歳である。女性は世界的にみてもそれほど低いわけではない。男の若死にの4大要因として、麻薬、アルコール中毒、交通事故、自殺が挙げられている。寒い国でアルコール度数の強いウォツカなどを飲んで酔いつぶれ、そのまま路上に寝込んで凍死するケースが多いらしい。
WHOでは、アルコールの販売や広告の規制を求める指針案が執行理事会で採択された。これまでの飲酒に対する健康面の影響だけでなく、社会への「害」として捉え、各国の自主規制で減らすことを目指すという。
問題はお酒に甘い日本人の倫理観を考えると果たしてすんなりと受け入れることができるか。国内ではメーカーや、業界団体がすでに自主規制で自動販売機の撤去などを進めてきた。だが、タバコ税の値上げと同じように酒税値上げとまではいくだろうか。
ワインが文化とまで思い込んでいるヨーロッパでは、果たしてどこまで自主規制が徹底できるか。かつて、フランスでディズニーランドがオープンした時、園内レストランでワインを飲めないのでは行かないという意見が多く、ディズニーランドと対立して結局ワイン販売を認めさせたお国柄だけにワインの本場であるフランスあたりがどのように対応するだろうか。注視してみたい。
984.1月22日(金) 日本は世界一の借金大国になった。
かねてから懸念されていたわが国の借金財政の実態が経済開発協力機構(OECD)から発表された。国内総生産(GDP)に対する純債務比率が今年先進国の中で最悪の水準になると見通されている。総債務残高から資産を差し引いた純債務のGDP比率が、2010年に初めて大台の104.6%に乗ることになる。
そもそも日本の「総債務残高」のGDP比率が先進国で最悪になって借金財政が話題になったのは、20世紀末のことである。ただ、当時はイタリアの「純債務残高」のGDP比率が100%台だったのに対して、日本は50%台で他の先進諸国とほぼ同水準だった。しかし、欧米が同じ水準で推移する一方で、日本の比率は右肩上がりに拡大していった。その結果ついに日本の財政は世界でも稀なほどアンバランスな状態に追い込まれてしまった。
これでいよいよわが国財政の借金漬け体質が国際的にも明らかにされた。今のところ逼迫した財政問題を解決するメドは立っていない。当面民主党政権には消費税増税を真剣に論議する気はないようだ。かつて、橋本政権、小泉政権時代に行財政改革を志したが、政権交代によりその目標も頓挫してしまった。今日わが国経済は不況の真っ只中にあり、二番底景気も襲ってくるやも知れず、むしろ財政出動を期待される板ばさみの厳しい状況にある。
何と言っても最大のガンは、現政権の経済政策が将来展望を欠いて、常に目先の対策に追われていることである。ぐずぐずせずに政府、民主党は借金を減らすための基本政策を検討し、場合によっては消費税問題を真正面から捉えて真剣に議論して国民の理解を得ることが重要ではないかと思う。
さて、先日「知的生産の技術研究会」(知研)八木哲郎会長からコンサルタントで矢矧経営研究所を経営しておられる矢矧晴一郎氏と会食するので一緒にどうかとお誘いをいただいた。他に知研監事の杉沢達也さんも同席されるということだったので、喜んで新宿の会食に加わらせていただいた。
杉沢さんは高校の3年先輩でラグビー部の先輩、水野勇右さんと同級生でもあり、以前から親しく話しをさせていただいたが、意外だったのは矢矧氏が慶応大経済学部の先輩だったことである。千種義人教授のゼミで学び、富士銀行に入行し支店勤務を経た後、岩佐凱美頭取の下でひとり特命的な業務をやっておられたという。独立されてから多忙な時期には、一年に120回ほど講演をされていた。著書も200冊以上書かれて、販売価格4万円の大著を2,000冊も販売したこともあると伺いびっくりである。現在80歳というが、とてもそうは見えない。しかも歯はすべて自分の歯で、入れ歯はなく、老眼鏡も必要としない。背筋はぴんと伸びて、威風堂々として恐らく180cmは充分ある偉丈夫である。すべてにおいてつくづく凄い方だと思う。話の内容は一般的な世間話だったが、とにかく面白かった。偶々矢矧氏の講義を杉沢さんが聴講したことがあって、その時ひとりの若者が矢矧氏のお説に反論するような質問があったが、悠然と応答され、その内に会場内から講師に賛同する声が上がったというから、よほど説得力があったのだろう。
それにしても場を作ってくれた八木会長の幅広い人脈、向上心と好奇心には頭が下がる。喜寿にしてこのバイタリティには、一昨年やっと古希を迎えたばかりの私などはとても及びもつかない。
983.1月21日(木) 旅行業界への風向きは良くなったか。
日本航空が破綻したことは一航空会社のつまづきであるばかりでなく、日本経済全体に暗い影を落とした。関係が深い旅行業界からもご他聞に洩れず、あまり良いニュースが聞かれなかったが、それでも日本旅行業協会(JATA)の発表に依れば、2009年の大手旅行会社7社が取り扱った海外パッケージツアー参加者数が、近年漸減傾向の中で久しぶりに対前年11.5%増を記録した。新聞広告で集客している阪急交通社も、出張手配でネット旅行販売の世界的大手エジェンシア社と業務受託契約を結んだ。大手に名乗りを挙げたHIS社も長崎県佐世保市にあるハウステンボスに出資して経営支援するという。ともかく元気を見せてきた。
こういうニュースはかつて新聞には取り上げられなかった。旅行業界の地位が低かったからだ。それが、今では大学生の求職人気も向上し、旅行関連ニュースが大分取り上げられるようになった。変れば変わったものである。
今年中に書き上げられるかどうか分からないが、今「士農工商エージェントと添乗員一代記」(仮称)というドキュメントを書いている。かつてはエージェントの地位がいかに低く見られていたかということを思い切って書こうと思っている。実際在職中は随分顧客にバカにされたり、舐められたりしたものだ。倒産した日本航空に比べれば、天と地の差があった。それが今ではエージェントを見る目が軽蔑から大分好意的になってきたし、旅行業界の若者たちは、もうかつてのひがみ根性は抱いていないのではないか。まあ長年禄を食んでいた業界だけに、陽が当たるようになったことは嬉しいことである。
さて、最近気にかかるニュースとして、ハイチの大地震の被害がある。死者が5万人から20万人と随分幅のある数字であるが、都市がまるごとつぶれてしまったので、被災者数もまったく見当がつかない。大統領府も倒壊して、首都全体が崩壊し、国家自体が機能不全に陥っている。敢えて言えば、国家沈没、国家壊滅と言えるだろう。
昨日になって地震による死者は7万人と公式発表された。まだまだ増えそうだが、そのハイチから避難民が続々とアメリカへ向かい出した。アメリカでは不法入国は認めないと警告しているが、現在のようなないないづくしの被災状況と今後の生活不安に、住民は不安を募らせ母国から逃げ出そうとしている。悲劇である。元々世界最貧国だったハイチは一人当たりの年間所得額が6万円程度で、やはり貧しい隣国のドミニカ共和国の約40万円に比べてみても、その貧しさは推して知るべしである。
日本の医療班を主とする救援隊もハイチへやって来た。いつもは対岸の火災視している中国が、今回はスタート・ダッシュが早く他国救援隊の機先を制したかに見えたが、ちょっと躓いてしまった。出足は良かったが、早々に救援活動の最中に事故で救援隊員を8人も失ってしまった。救援活動より自国の隊員の救助、本国送還に忙しく、亡くなった隊員に弔意を表し国葬級の取扱で本国で連日報道するものだから、何のための救援活動だったのかと他国から非難や中傷をされる有様である。こう言っては悪いが普段やり慣れないことをやると、どこかに無理が出る。
まだ当分ハイチは落ち着かない。
982.1月20日(水) 日本航空、果たして再生なるか。
会社破綻の危機に瀕していた日本航空は、法的整理により昨日東京地裁に会社更生法適用の申請を行った。再来年度には黒字を計上するという再建計画の下に低空飛行で離陸した。果たして思惑通り再生が可能だろうかと考えると、絶対可能とは言い切れない点がある。これまでの国土交通省による採算を度外視した政治的要求と政治家の介入が、日航経営の足を引っ張った大きな原因と指摘されている。役所ももう二度とこういう馬鹿なことはしないだろう。そうなると再生のためには、日航自体が自ら抱える悪しき病的体質を健康体質に変えていかなければならない。
そのために日航がなすべきことは3点あると考えている。その第一は、現在8つもある労働組合を一本化することである。組合同士で相手を非難しあう不毛のバトルを繰り返しているようでは再生なんか覚束ない。この点に再生委員会が条件をつけて踏み込まなかったのは不可解である。第二に、現在所有している効率の悪い35機のジャンボ機を、中小機種に交代させるという。こんな経営上の問題点なんか当然分かりきっていたはずである。それに手をつけずに、これまで放置してきた経営陣の感度の鈍さは常識では図りきれない。ダメなものはダメと決断できる経営判断が、果たして今後の経営陣にできるだろうか。これもひとつの試金石だと思っている。第三には、甘い体質だった「親方日の丸」意識を全社員の頭から完全に払拭できるかどうかである。また、人員削減を実行するというが、残る社員に経営悪化の原因を作った「親方日の丸」的な甘い体質が相変わらず残っているなら、以前とほとんど変わらないのではないかと懸念される。
かつて世界中を飛び回っていたパンナムが1991年に倒産した。確か倒産したその年に、ステンレス業界団体の添乗員としてアメリカからブラジルへ周った時、アトランタでリオ行のフライトの再確認ができず、NYのパンナム本社、日本のパンナムへ度々電話したことがあった。しかし、それでも思うようにコンファームできず、アトランタ空港へ早めにチェックインしたことを思い出す。その時アトランタ空港で驚いたのは、あったはずのパンナム専用のチェックイン・カウンターがなくなっていて、空港内を走りまわったことである。航空会社の倒産というのは、他には想像できないくらい大きな影響が出てくる。今日もテレビで専門家が、給油契約、機材の保守、着陸料現金払い、帰路の旅客の処遇等のさまざまな問題を孕んでいると解説していた。
再生を目指す日航にとっては、これからが正念場である。散々利用させてもらった立場から、ぜひ立ち直って欲しいと祈るような気持ちが湧いてくる。
981.1月19日(火) 日米安保条約調印50周年
半世紀前の1960年の今日、ホワイトハウスで岸信介首相とアイゼンハウワー大統領が現在の日米安保条約に署名調印した。そして6月15日新安保条約は国会で承認され発効された。私はこの時まだフレッシュマンであまり安保について考えることもなく、日吉キャンパスに乱立するタテカンとチラシに取り囲まれ、スピーカーから流れるアジに日一日と安保反対の機運が高まっていくのを不安気に感じていた程度だった。その内に福島出身の同級生・渡辺勉くんが高校ラグビー部の1年先輩だった清水丈夫さんのメッセージを伝えてくれた。東大生で当時全学連書記長として全国の学生運動の頂点にいた清水さんから慶応日吉キャンパスにオルグを作れという指令のようなことを伝えてくれたのだった。
これがわが人生のひとつの節目となったかも知れない。2年間の浪人生活からやっと解放されて、のんびりと遊びたい時だった。かといってノンポリでは学生の権利と責任を行使することにはならないとも考え、とりあえず安保反対闘争とは付かず離れず関心を持ち続けるというスタンスをとることにした。
その後の自分自身の半生を振り返ってみると、特別な組織に参加することはなかったが、やはり60年安保闘争は自分の生き方に大きな影響を与えた。ベトナム反戦運動に手を染めたり、沖縄返還闘争に加わったのも、原点はこの安保反対闘争参加に遡ると言えると思う。
あれから半世紀が経ったと思うとそぞろ感慨が湧いてくる。その間戦時下のベトナムや第3次中東戦争直後のアラブ諸国へひとりで出かけたのも、つまるところ安保闘争の残り火である。そして、それが結果的に終生旅行業に関わることになった。その意味では、60年安保闘争は間接的にわが人生を大きく左右するターニングポイントになったと言ってもいい。
1960年6月には、国会における立法を巡り激しい論戦が展開され、国会周辺はデモ隊と警察との対立で危険な状態となった。15日には東大生・樺美智子さんが亡くなった。全国民が関心を抱き、熱くなった。私自身幾たびとなくデモにも参加した。
大学内では連日デモが繰り出され、教室内でも安保条約は是か非かの熱いディベートが繰り返された。ライシャワー駐日大使、藤山愛一郎外務大臣、浅沼稲次郎社会党委員長、伊井弥四郎・共産党幹部らも次々とキャンパスを訪れ、安保改定に関して学生に自分たちの立場から、それぞれの考えを主張された。
今にして思えば、あのような歴史に名を残した著名人の印象的なスピーチを目の前で直接耳にすることができたこと、そして国民的一大運動に身体を張って参加することができたことは、学生生活における素晴らしい宝になったと考えている。
それにしても、今日まで日本の安全保障が維持されたのは、あの時安保条約が改定されて安全が担保されたからだと一方的に言われているが、それ以上に東西の対立崩壊が大きく影響していると見ている。当時われわれ学生が訴えた沖縄の米軍基地恒久化の懸念は、恐れていた通り今や現実となって沖縄県民を苦しめている。今日問題となっている普天間基地移設問題も別の意味で、今日50周年の節目を迎えた日米安保条約が日米間に横たわる大きな障碍となっていることを忘れてはならない。
これから新しい時代に入る日米安保条約が、今後も両国間に摩擦と障碍を生まないことを、かつて60年安保反対闘争に参加したひとりとして心より願っている。
980.1月18日(月) 作家・山崎豊子の恥知らずな振る舞い
昔お世話になった方の奥様から、数年前ご主人とご家族の経歴を記録として遺したいので自伝風に書いて欲しいと頼まれた。とてもその任に非ずと再三丁重に文書でお断りしたのだが、どうしても引き受けて欲しいと昨年暮れになって、大切な写真や家系図、謄本等の書類まで送ってこられたので、ご家族の希望するように書く自信はないが、そこまで仰られるなら自分なりにやってみましょうと、結局執筆することをお引き受けした。
おっとり刀でお引き受けはしたが、譬え長文でないにしても自費出版書ほどのボリュームはないので、手作業により製本屋へ持ち込む原稿を書き上げる必要がある。ところが、肝心の文章を納得いただけるまでに仕上げてから、組版、写真挿入、そしてその写真の説明まである程度形を作り上げるためには、私の現在のパソコン知識だけでは些か不充分で、思い切って先週久しぶりにパソコン技能について講義を受けた。今日もその後の調整のために受講したが、まだ形としては思うような原稿化とは行かず、これから文章を仕上げるに当って少々手間がかかりそうだ。
しかし、そこそこの印刷物を期待されてしまったので、納得いただける体裁の書き物にしなければならない。少々忙しい時期ではあるが、気持ちを込めて仕上げたいと思う。
さて、今朝の朝日新聞「文化」欄に直木賞受賞作家・山崎豊子の取材レポートが載っていた。現在85歳である。世に問題作を次々に問い、書く小説が悉く売れ、その作品がテレビ・映画化され、人気作家のひとりとして怖いもの知らずで、ご自分の思うところをズケズケ話している。
昨年映画化された「沈まぬ太陽」は、今話題の日本航空が舞台であり、しかも偶々主人公が高校の先輩だったので、在職中一気に読んだ。中々迫力があって惹きこまれるようなストーリーである。確かによく業界事情を調査して精通していると感心するほどである。
「白い巨塔」「華麗なる一族」「不毛地帯」「二つの祖国」等々の作品を書くに際して、当事者を取材し、ここまで調べるかと思うくらい専門家顔負けの精査をしてペンを揮った。愚息からも「白い巨塔」は面白いから、ぜひ読んだらいいと勧められた。だが、私はこの山崎豊子の作品はもう一切読まないことにしている。その理由は、作家として一番軽蔑される「盗作」作品が多いからである。反省の色もなく、倫理観の欠片も感じられない作家だからである。盗作された筆者の気持ちが分からないのか、この人は一度ならず、二度までも同じ罪を犯したのである。その二度までも表向きは反省したふりをしているが、物書きとして悪いことをしたとか、筆者や読者に迷惑をかけたとの反省がまったく感じられない。こうなると確信犯である。二度目にはそれまで好意を持って見ていた先輩推理作家の松本清張からこっぴどく叱り飛ばされ、流石に恥ずかしいと感じたのか表舞台から姿を隠した。
しかし、その社会派作家・松本清張が亡くなるや、もう怖いものなしと開き直った心境になったのか、堂々執筆活動を再開し出したのである。そして、筋肉が痛む難病で車椅子の生活に甘んじるようになった昨今は、作品のテレビ、映画化を積極的に進めて、再び世間の脚光を浴びるようになった。
自らに非がありながら山崎はよほど松本清張を恨んでいたのか、今日のレポートには「昔から女・清張と言われていましたが、それには不服でした。清張さんはかわいがってくださいましたが、私には、清張さんは国家観が希薄だったように思えます」とまで言っている。よくもまあ恥ずかしげもなくそんな失礼なことを言えると思う。山崎豊子という人間はいっぱしの作家ではあるが、社会常識と思いやり、そして人間性に欠ける「人間の屑」である。とてもこんな半端人間の言うことや書いた物を信用できない。こういう厚顔無恥にして、傲岸不遜な作家はそうざらにいるものではない。
数年前やはり盗作を非難され、自らの非を悟り、連載中の朝日の新聞小説を中途で止め、反省を込めて筆を折ると自ら表舞台から去っていった池宮彰一郎氏の潔さに比べて、何たる恥知らずか。池宮氏は71歳にして文壇にデビューした遅れて来た作家だった。しかし、それだけに期待もされ、読者の心を打つ作品を書いた。その池宮氏が筆を絶った。作家たるもの、それが分別というものであろう。しかるに山崎豊子のパフォーマンスは何だ? マス・メディアがこんなモラルの欠けた、恥知らずの作家をちやほやするから、文学界全体が地盤沈下するのではないだろうか。
979.1月17日(日) ハイチ大地震救援に日本と中国の対応差
早いもので阪神・淡路大震災から今日で15年になる。あの朝テレビを観た時の驚きは、今もはっきり覚えている。最近しきりに市民生活における防災対策が話題として取り上げられる。その点で以前に比べれば、国民の防災意識はかなり高まってきたと思う。
火災に関する注意や警戒の呼びかけも向上して、来年は家庭でも部屋ごとに火災報知機を取り付けることが法制化されるので、わが家でも昨日業者に火災報知器設置を依頼したところである。自宅では階段部分を入れると6箇所に設置することが義務付けられる。まあ安全対策だから多少の出費は止むを得ないのではないかと考えている。
さて、13日に発生したハイチの大地震は、国家が崩壊するほどのダメージを与えたようだ。人口850万人の国民のうち、一説に依れば死者が20万人とも言われている。大統領官邸を始め多くの建物が崩壊して、首都機能が失われたために、指揮系統が隅々まで徹底せず、個人がばらばらに救援や、後片付けを行っているらしく、復旧作業はほとんど進んでいない。支援物資が届いても人びとが闇雲に群がり、食料を奪い合う状態で、折角食料を運んできたトラックが被災民に襲われそのまま逃げ出すような有様で、今まであまり見られなかった光景である。
各国の救援隊が現場にやってきても、どう手をつけたら良いのか呆然と立ちすくんでいる状態がカメラに映し出されている。この混乱状態の中で、思いがけず中国政府が地震発生後13時間内に救援隊派遣を表明した。翌日には約70人の救援隊が救助犬3頭とともに現地へ到着した。救援物資もまもなく到着する。こう言っては悪いが、前例のない中国の素早い対応には戸惑うくらいだが、その真意はこの災害をきっかけにハイチを取り込む意図があると憶測されている。その理由として考えられているのが、これまで中米諸国は北京の中国政府ではなく台湾と外交関係を結ぶ国が多く、ハイチもその例外ではない。この機会に中国政府がハイチとの蜜月を期待したと考えても不思議ではない。
もうひとつの理由として、カリブ海に浮かぶハイチはアメリカの裏庭であり、今後アメリカとの深いつきあいを考えると手頃な橋頭堡を築いておくことが肝要だと判断したものと考えられる。
一方このような自然災害にノウハウを持つ日本が、直ぐ救援隊を派遣するかと思いきや、初動の対応が遅れて後手後手に回り、派遣を決めたのは発生から1日以上経過してからである。現場が混乱し過ぎているのでもう少し状況を把握してからだと考えたにしても、諸外国が抱く災害救援に積極的な国という好印象が低下する恐れがある。金融危機で混乱し、一時国家の破綻も噂されたアイスランドでさえ、「われわれは日本と同じ地震国で経験がある。財政が厳しくても、助けを求める声に応えるのは当たり前だ」と言い、直ちに他国に先駆けて捜索救助隊を派遣して一番乗りで住民を救助している。
民主党政権は「コンクリートから人へ」と総選挙で声高に叫んでいた割には、敏捷な実行力が伴わない。もっとも政府・民主党のここ数日のドタバタをみていると、初めての通常国会開会を控えたこの時期に、小沢金権問題を抱え込み、カリブ海の小さな国の救援など構っていられないというのが本音ではないのか。
978.1月16日(土) 逮捕者3人、小沢幹事長はどう説明するのか。
昨夜遅くなってから小沢一郎・民主党幹事長のかつての秘書だった石川知裕・衆議院議員と同議員の秘書が、政治資金規正法違反の虚偽記載容疑により逮捕された。さらに今日になって小沢幹事長の資金管理団体「陸山会」の会計責任者だった大久保隆規秘書も同じ容疑で逮捕された。
昨年暮れ以来東京地検は小沢氏へ任意で出頭を求めていたが、小沢氏側に一向に要請に応じる様子がなく、しびれを切らした検察が一斉に小沢氏側の外堀を埋める行動に出てきたものだ。
それにしても民主党総裁である鳩山首相はもちろん、民主党内から小沢氏を説得したり、その行動を非難する動きがまったく出てこないのは不可解である。むしろ応援団になってけしかけているように見受けられる。小沢氏の土地購入代金の出所が、不透明で怪しいことは、これまで小沢氏本人が一切説明しないからだ。西松建設や鹿島から何がしかのキックバックをいただいたことについては、両社の関係者の証言がある。購入代金と銀行借り入れの時期の不整合、これら建設会社の証言との食い違いなどを考えても不自然である。然るに民主党内に誰ひとりとして猫の首に鈴をつける、常識のある議員が現れない。こんな状態が長く続けば、民主党のイメージダウンは免れないことが分かっているにも関わらず、小沢氏を諌める者がいないのである。何のことはない。子どものように、実力者・小沢一郎をただ怖がって怯えているのである。小沢氏にしても火の粉を早く振り払った方がよいと思えるのに、忙しいの一言で地検の追及から逃げ回っている印象を受ける。
今一番問題になっているのは、世田谷区深沢の土地約440㎡の購入代金、約4億円入手経路である。わが家近くの呑川遊歩道沿いに歩いて行けば、辿り着ける割合近くの土地である。この購入資金4億円をどうやって入手したのか、小沢氏は未だに説明しようともしない。結果的に関係者3人が逮捕される事態になっている。
折りも折り今日民主党政権発足後初めての民主党定期大会が開かれた。幹事長としてどんな発言をするのか注目が集まったが、「法令に反していない」「幹事長職をやりぬきたい」「日本の民主主義を守るためにも屈してはならない」「断固として戦うことを決意した」と発言して、反省の色なぞ微塵も感じられない。強気に検察と徹底的に対決するという。それを鳩山首相以下民主党幹部に加えて、鈴木宗男議員までが後押しするという、まるで野次馬連合結成である。中には官僚の最高組織・検察と対決し、戦争も辞さないとまでわめく馬鹿な女性議員がいる。果たして国会議員が胡散臭い土地購入代金問題などで、国政を放ったらかしにして済むと思っているのか。小沢氏はまずきちんと国民が納得のいく説明をするのが疑惑を持たれた政治家の責任ではないのか。
まったく納得がいかない。民主党幹部は政治を弄び自分たちのオモチャと考えているのではないだろうか。
977.1月15日(金) 中西準子さんが相変わらず頑張っている。
2冊の出版広告が目についた。1冊は昨日の朝日に載っていた高校の同級生である中西準子さんが書いた「食のリスク学」であり、もう1冊は今朝の朝日に掲載された、「知の現場」で編集仲間が取材した山田真哉氏の「目のつけどころ」で、発売1週間にして4万部が売れたという。
2冊のうち、中西さんの著書は日本評論社から出されたものだが、この道の専門家らしい紹介のされ方である。「食の安全問題を中西リスク論がさばく!」とある。彼女の持論も確たる定説になりつつあるようだ。地味な分野ではあるが、彼女は今や食品衛生問題で世間に警鐘を鳴らし一目置かれる存在になっている。高校入学早々同じクラスだったが、丸々として元気のいい女生徒で成績も良かった。最初の頃生物担当の若い男性教師から何人かの生徒に、授業中に好きな歌を余興に唄えと言われたことがあり、私も指名されお馬鹿さん丸出しで津村謙の「上海帰りのリル」を唄ったのに対して、彼女はその当時私がまったく知らなかった「インターナショナルの歌」を力強く独唱したのには度肝を抜かれ、彼女の迫力に圧倒されたことが強く印象に残り、今でも忘れられない。今にして思うと、日本共産党員で、参議院議員だった父・中西功氏のDNAを受け継ぎ、多少左翼がかった傾向があったものと思う。その後横浜国立大学工学部へ進学して、母校と東京工業大学で教授を務め、数年前には国から勲章まで戴いている。その優秀な頭脳と実績には及びもつかず、とても太刀打ちなどできない。とにかくその当時から優秀だった。肩書きに「独立行政法人・産業技術総合研究所安全科学研究部門長」という長たらしい職名がついていた。
それにしてもそろそろ鬼籍に入る同級生も出てきた昨今であるが、こうして溌剌として活躍している友人の近況を仄聞するのも心強く嬉しいものである。
ニューヨークの9.11テロ以来続けられていたインド洋上における海上自衛隊の給油活動が、今日で活動期限を迎え海上自衛艦は撤収されることになった。すったもんだの末、自民党政府は憲法に抵触する可能性を孕みながら、テロ活動を阻止するためとの大義の下に、8年間に亘ってアメリカの要望に協力してきた。民主党政権発足後、普天間基地移設問題がこじれ、日米同盟がぎくしゃくしている最中に、この給油活動の中止は、また日米間の新たな火種となりかねない。実際ジョン・ルース駐日米大使は、これに代わる国際貢献をどうやってくれるのかと日本政府に強く代償を迫った。確かにアメリカとしては日本がテロ対策のPKO活動から手を引き、アメリカ政府にとっては思い通りにことが進まないことに焦りもあり、約束違反とか、信義に悖るとか、不満たらたらである。
一方日本サイドでも日米の信頼関係を壊して、今後どうやって日米の絆を再構築できるのかとの悲観的な論調をアメリカの視点から指摘する声も多い。
しかし、昨日の朝日朝刊にアメリカのシンクタンク「ニュー・アメリカ・ファンデーション」副代表・スティーブン・クレモンス氏が米外交政策に関する「オバマに離反する同盟国」の中で主張しているように、アメリカの外交政策自体が東西冷戦化時代のままで、世界全体の動向に充分目が配られていないと指摘している。近年になって、かつて世界最強国だった時代に面倒を見てきたとの驕りと感覚から抜け切れず、同盟国である、ドイツ、サウジアラビア、さらに絶対的なシンパだったイスラエルからも反旗を翻えさせられている。日本の民主党には自民党とは別の価値観があり、民主党が明確に過去の対米政策を再検討しているにも関わらず、アメリカはいつまでも日本はアメリカに従うべきだと考えて、日本の立場に気づいていないと手厳しい。
クレモンス氏の提言は極めてフェアだと思う。それを読んで思うことは、アメリカには例え政治が行き詰まっても、民主主義の理念とバランス感覚は崩壊していないということである。わが国でも、もう少し民主党の意見を活かしたニュートラルで、公平な見方や考え方がマス・メディアに取り入れられるべきだと思うが、その辺がどうも今ひとつ甘いような気がする。
976.1月14日(木) ハイチで大地震が発生、大災害か?
一昨日カリブ海のハイチで起きた大地震は予想以上に激しいものだったようだ。家屋の倒壊により多くの被害者を出している。被害規模も推定に過ぎないが、死者は数万人規模という報道がある一方で、数十万人もの死者が出たとのニュースもある。救助もままならないようで、最終的にどれだけの被害者が出たのか気になるところである。わが国でもまもなく阪神・淡路大震災から15年目がやってくる。
近年になって地震被害は大きくなっている。明らかに都市の過密化がその大きな原因である。大都市化は利便性を生んだ反面、一旦災害が生じると住宅の過密化で混乱が広がり、被害は大きくなるばかりである。新しいところでは、2004年12月のスマトラ沖地震が大津波を誘引して、28万人以上の死者が出た。2005年10月にはパキスタンで、そして北京オリンピックの前には中国四川で大地震があった。
今回の大地震に関して、欧米はすぐ救援隊を送るだろう。遅れて日本も続くだろう。こう言っては悪いが、他国で自然災害が起きた時に、経済成長著しい中国が自ら進んで救援隊を送ったと言うニュースはこれまであまり聞いたことがない。一昨年の四川大地震の折に世界中から官民ボランティアが住民救援に協力した。自分たちは被害者だったので、被害者の気持ちは痛いほど分かるはずである。いつも自分の都合だけで物申す中国に、この際率先してハイチ支援隊を派遣して欲しいものである。そうすれば、少しは他の国々も中国を見直すと思う。
今インターネット・ウェブサイトのGoogleが中国国内で展開しているネット通信に中国政府の検閲が厳しく、市場を侵食しつつあったマーケットであるが、これ以上の締め付けがあれば中国市場からの撤退も視野にある。クリントン国務長官もグーグルが受けたサイバー攻撃に懸念を示している。どうやら政治問題に発展する恐れもある。
しかし、中国政府は世論への影響力が強いネットへの規制を強化する方向であり、実際今夜のNHKニュースによれば、むしろ今の状態を徹底するとの方針を表明した。民主的権利を抑圧し、自由を奪い、他からのアドバイスに耳を貸さない。こういう傲慢なやり方はいつごろから中国の本質になってしまったのだろうか。わが国にとって中国は、歴史的にもつながりが深く、地勢的にも近くの国だけにこのまま中国が、わが道を往くの姿勢を貫かれては日本にとっても困るし、周囲の国々が迷惑を蒙るのははっきりしている。
中国は人権の抑圧や金儲けばかり考えず、もう少し中国本来の「大人」ぶりを発揮して、ゆっくり、どっしり構えてもらえないだろうか。
975.1月13日(水) 観光共著書編集委員会に出席
日本航空の法的整理が決まり、いくつかの再建条件が公になるにつれ、株式市場でもメッキが剥げた日航株は、一昨日の67円から、昨日はストップ安の37円となり、今日もストップ安の僅か7円となった。トップのCEOには、最近健康問題で辞任した前財務大臣の藤井裕久氏と同じ77歳の京セラ名誉会長・稲盛和夫氏が就任すると見られている。稲盛氏は会社再建に自信があるようだが、難しい航空業界ではまったくの素人だけに、そう思い通りに行くかどうか。これから、人員削減、関係会社整理、路線縮小、支店閉鎖等々の厳しいリストラが、再建を託された社員の肩に重くのしかかってくる。
デッドロックに乗り上げていた企業年金の支払い額削減について、社員・OBの三分の二以上の賛成が得られなければ、そもそも企業年金基金は解散される。そうなれば、給付額はさらに低減される。不利な条件をちらつかされたのが、効いたのか反対者の多かったOBも土壇場で折れ、雪崩を打ったように年金減額を受け入れることに同意した。これによって期限ぎりぎりの昨日になって漸く社員・OBの三分の二以上の賛成が得られた。
それにしてもこれだけ大きな企業だけに再建の道は、これからが大変だと思う。CEOに名前の挙がった稲盛氏は、リストラを徹底的にやって平成23年度には黒字にしたいと話していたが、役員は変われども実質的に仕事をするのは、会社をダメにした同じ社員だから、そう簡単にことがうまく運ぶだろうか。日航にとっては当分茨の道が続く。
さて、今日の午後JAPAN NOW観光情報協会編纂「観光・都市・環境の情報事典」の編集委員会が海事センターで開かれた。中心人物である須田寛・JR東海相談役は来られなかったが、松尾道彦・JN協会理事長、白澤照雄JN協会事務局長、JTB出身の北村嵩・松陰大准教授、JN協会首藤秀敏氏、それに私の5人が寄り集まった。
白澤氏がほぼ全体の構想を固めていたが、試案に対して北村氏同様に私にも疑問と意見があった。そのひとつは、「事典」という書名が、堅苦し過ぎて、読者が手に取ってみようという気にならないのではないかということである。第二に観光専門書の視点を変えて書いただけでは、読者に観光についての情報を与えることにならないのではないかという危惧である。
白澤氏はもうすでに自分の考えを書き始めていて持論を譲らないので、ある程度意見は聞き入れられたが、基本的にはこちらの希望通りには進まない。せめて書名とされたタイトルを副題とすることによって、書名には新たにもっとくだけたネーミングをつけた方がよいと主張したことについては、今後検討するということになった。
私は「観光」を担当することになっているが、一応自分なりに思うところを書いてみようと思っている。「知の現場」の時もそうだったが、やはり共著というのは共著者の考え方がそれぞれに異なるので、意見を統一するのは中々難しい。
とにかく7月末日までに原稿を書き上げるということになった。現在少々忙しいので、春になり「図解塾」講師の見通しがつくようになった時点で、執筆に拍車をかけたいと考えている。
今日大相撲の関脇・千代大海が引退を発表した。ある程度予想されていたことではある。大関在位は66場所で、最高在位場所数である。しかし、大関陥落の瀬戸際に追い詰められたことが過去に12場所もあり、その点で3度の優勝を飾ったが、強い大関という印象はない。先場所大関から陥落して今場所10勝以上の勝ち星を挙げれば、大関復帰は可能だったが、初日から3連敗で自ら見切りをつけ4日目の今日引退発表となった。昨日は、大関・魁皇が通産808勝を挙げ、歴代トップの勝利数で気勢を上げていたが、魁皇と千代大海、二人のベテラン力士が明暗を分けた。いずれにせよベテランが頑張っていると応援したい気持ちにさせられるし、引退にまで追い込まれるとつい哀れみを覚える。これもスポーツ界のみならず、一般社会の現実だろうか。
それにしても、今日の寒さは格別だ。南国・鹿児島市内にも降雪があったし、高知桂浜の坂本竜馬像と鹿児島市内の西郷隆盛像にも雪が積もった。わが国の景気も底冷えだ。
974.1月12日(火) 日航挫折が観光業の停滞を招かなければ良いが・・・。
遂に日本航空が法的整理により、会社更生法の適用申請を行うことがはっきりした。巨星墜つとまでは言わないが、仄聞するニュースを見聞する都度、日本の経済力を世界に示威していた天下の日本航空がこんな醜態を曝け出さなければならないのかと思うと少々寂しい気がする。ここに至るまでには、それなりの原因があったわけで、当事者にとっては身を削られるような思いであろう。
しかし、現在の経営状態をこのまま先延ばしするともっと傷口を拡げる危険性があり、感傷的にならざるを得ないが、この倒産も止むを得ないのかも知れない。
それにしても、日本を代表する日本航空が倒産するとは想像すらできなかった。私なりにある程度今日日航が行き詰まるに至った背景と原因を理解することはできるが、それにしても惜しい。航空会社は外から見れば、華やかなイメージがあるが、経営的な実情はそれほど気楽なものではない。観光業界に奉仕していた立場から言えば、旅行商品を作るうえで重要なハード部分を担う航空会社が、低空飛行を続けると旅行のイメージも損なわれる。日航の頓挫が、観光業界全体の足を引っ張らないことを願いたい。
偶々昨日の日経新聞フロント・ページにあまりにもタイミングを見計らったようなマイナス・イメージの記事があった。
見出しに「店舗2割50店近ツー閉鎖へ」とある。近ツーとは、言わずと知れた旅行業界2位の大手エージェントである近畿日本ツーリスト㈱のことだ。同社は店頭販売の採算が悪化したので、店舗の統廃合によりコストの削減を図り、ネット事業を強化する方針だそうだ。業界首位のJTBも11年度末までには、2割の店舗を閉鎖する方針だという。
このニュースを察するに旅行会社も安定的な経営に固執するあまり、メーカーと同じ発想で無駄な部分をどんどんカットする方向に進んでいる。
しかし、旅行会社というのは他のメーカー商品とは違って形のない商品を生産する会社である。目に見えない土地を説明し、感動、感激を顧客に味わってもらうために臨場感のある、情報提供と解説によって、顧客に夢を描いてもらい、訪れたことのない土地の文化に触れ、未知の人びとと交流して国際人となる機会を提供するものである。だからこそ、旅行を決める前にマン・ツー・マンでじっくり顧客と話をして、一緒に旅を作るぐらいの気持ちがないと決して良い旅行ができるとは思えない。だから、店舗がなくなるということは、そういうコンサルタントとしての場所を失うことであり、エージェントもそうなら、旅行者にとっても気軽に相談できないということであり、お互いに不幸なことである。
ソフト部分をどんどんそぎ落として行った末に、旅行者に対して臨場感に溢れた知識と感動を与える人と場がなくなってしまうのではないか。はっきり言って、これでは旅行会社ではないと思うのだが・・・・・。
973.1月11日(月) 新成人は精神的に自立せよ!
今日は成人の日であるが、残念なことに最近各地でアホな若者がわけもなく暴れ回るという風潮が見られる。沖縄や広島辺りでは、マイナス・イメージの風物詩の趣さえある。20歳にもなって他人に迷惑をかけることでしか、自分の存在を示せない欠陥成人が新たに生まれるとは嘆かわしいことだ。こういう若者は大体無職である。仕事にも就かず、世間の顰蹙を買うことでしか世間から省みられない。情けない奴らだ。
さて、今朝の産経新聞に予め連絡をもらっていたように、「知の現場」の出版記念パーティ開催が告知されていた。これを見てパーティに参加する読者もいるのではないかと思う。幸い大分話題になりそうな気がする。私にとってもこういう書を仲間とともに世に出すことができたということは誇らしい気分である。
その産経新聞に社会学者の加藤秀俊先生が、最近の若者について感じたことを「正論」というコラムに寄稿しておられる。加藤先生は京都大学教授でもあったので、久しぶりに京大を訪れて感じたことを率直に書いておられる。キャンパスが小奇麗になってタテカンが無くなったことに些か複雑な心境でおられる。先生がおられた時代は、まさに学生運動が活発だったころである。実際60年安保闘争を闘ったわれわれの学生時代は、キャンパス内にタテカンはもちろん、ビラ、スピーカーの嬌声が煩く、大学とはアカデミックな場所ではなく、戦場ではないかと思ったほどである。
タイトルが加藤先生らしくて良い。「精神が朽ちている若者では困る」というものである。論旨にはまったく同感である。「学生に限らず、いつの時代でも若い世代というのは既成の価値や制度にもっとも敏感に反応し、批判し、ときには攻撃的になるものだ。それは若者にとって本能にちかいものであり、またそうした元気を社会はひそかに期待してきた」と言っておられる。
一昨年加藤先生のお話を伺った後で、まもなく上梓した拙著「停年オヤジの海外武者修行」の「あとがき」に先生が仰った「知的道楽」という言葉を使用しても良いでしょうかとお伺いを立てたら、「ふとつぶやいたことばに『知的所有権』などあるはずもなく、どうぞご自由にお使い下さい」とユーモア溢れるお手紙をいただいたのには恐縮した。
それにしても「近頃の若者は」とでも言おうものなら、古いなぁ、或いは時代錯誤と笑われてしまいそうだが、それでも私の知る若者の中にもおかしな青年が何人かいる。一人前のことを言っておきながら、礼儀を知らないというか、手紙を書いたり、拙著を送っても受け取ったとの連絡すらくれないような非常識な豪傑もいる。
先般「知の現場」で、評伝作家・北康利氏にインタビューした時、北氏は若者にもっとチャンスを与え、育てないといけない。彼らは良いものを持っていると言っておられた。それはそうだ。しかし、その話の後に、現在の高年者は若者に借金を残したまま世の中から消える前に、自分たちがこれまでに得たものを若者に伝承して欲しいと言われた。短い時間の中であり本意は分かりにくいが、若者は希望に溢れ、高年者は消え去るものと考えておられるような印象を受けた。少し若者に甘すぎ、高年者に失礼ではないかと感じた。こういう若者を迎合するような空気が彼らの自立を邪魔している一面もあるのではないかと思う。
972.1月10日(日) 戦没者遺骨収集について
今朝の産経新聞に戦没者遺骨収集に関するトピックスが載っていた。私自身20年以上に亘って旧厚生省の同事業のお手伝いをしていただけに、関心の高い話題であり、じっくり目を通した。先日テレビニュースがフィリッピンにおける同事業について、現地では必ずしも歓迎されない事態も起きていると報道していたが、私が関わっていた当時の状況に照らしてみても、事業そのものに対する取り組みが日本サイドはもとより、相手国でも変わりつつあるように思う。
その中で一番理解できないのは、かつての戦地における日本人戦没者の遺骨収集を目的とする日本人の民間組織が存在するということである。国家事業として始まった遺骨収集であり、国家が予算の手当てをして実施するのが筋であり、また、相手国との間には諸々複雑な問題もある。そんな事情で以前はすべて日本政府ベースで行われていた。民間協力団体も旧厚生省の指揮下のもとで収集作業を行っていた。
それが、今ではフィリッピンで「空援隊」という日本のNPOがご遺骨の収集のために活動しているという。以前日本政府は民間人による遺骨収集を禁じていた。それは相手国との間に民間人では対応できないことが頻発したからである。それが、いつの間にか民間人が「異国に残されたままになっている多くの戦士が祖国へ帰れるように」という崇高な気持ちだけで、民間団体として認められ、実際に活動している。随分変わったものである。
しかし、その純粋な気持ちだけで、思いや目的はスムーズに叶っているのだろうかとつい気になった。昨年1年間だけで、「空援隊」がフィリッピン各地で収集した遺骨は実に8,675体に上るという。率直に言って、そんなに多くのご遺骨をたった1年間で収集できるのだろうかという疑問が実感としてある。昭和27年から始められた遺骨収集事業で毎年ほそぼそと遺骨収集を実施して、海外戦没者概数240万柱の内、まだ半分の125万柱しか奉還していない。フィリッピンでは、約50万人の方々が亡くなられて、山地が深く思うように収骨できない点から推察して、産経の記事による、1年間で1万人近い戦没者のご遺骨を収集したというのは、いささか戸惑う数字である。こういう言い方は顰蹙を買うかも知れないが、1年間に8,675人というその数字がどうも腑に落ちないのである。収骨したご遺骨のカウントのし方が従来の政府のそれとは微妙に違うのではないかと考えられないこともない。民間組織が参加したことにより、作業は効率的に進んでいるということになる。ご遺族が納得できるならは、それも良い。
ご遺骨収集数の問題はともかく、問題なのは現地で住民との間にトラブルが発生していないかということである。それが、3日夜NHKニュースで報道された日本政府とフィリッピン政府との間で遺骨収集に関するガイドラインを取り交わすという問題に突き当たる。産経紙によれば、昨年末には持ち帰る予定だった遺骨4千体以上が、直前になって書類の不備という理由で足止めを食った。中々難しい問題を孕んでいるのだ。
私が長年関わった中部太平洋地区では住民感情は頗る良かったが、収集作業は年々難しくなっていった。それは、ご遺骨が人目につく場所にはほとんど見られなくなって、私有地や岩山などの危険な場所でしか発見できなくなったからである。ガダルカナルなどでは、住民が私有地に入るに際して、条件を出してきたこともある。
日本人の民間団体の善意と崇高な気持ちだけでは、必ず壁に突き当たる。その際果たしてNPOのような民間組織の力だけで英霊を母国へ迎える尊い事業が貫徹できるだろうか。
日本国内には、日本人が決して言ってはならない「戦後60年以上も経って、いまさら遺骨収集もないだろう」のような否定的な声も一部には聞かれる。すべての戦没者のご遺骨を持ち帰ることは確かに難しい。しかし、可能性があるなら、やはり国を挙げて祖国へご遺骨を奉還するというのが、生き残った日本人にとっての責務であり、日本人としての真心ではないだろうか。ことさら関わっていた事業だけに行く末が今も気にかかる。
971.1月9日(土) 「遠野物語」の評価と功績
今まであまり気がつかなかったが、今朝の日経「春秋」と朝日の「天声人語」の話題が同じなのには不思議な思いがした。新聞記事が重なったり、同じ話題を取り上げるということはニュースなどではよくあることだが、今日の小欄は時間的に制約のある社会ニュースや時事ニュースではなく、時間を超越した柳田国男の民話の世界にスポットを当てたものだったから余計に気になった。取り上げられた話題は、昨年10月に火事で消失した「座敷わらし」が現れると噂になっていた岩手県二戸市金田一温泉郷の旅館「緑風荘」と、発刊100年の柳田国男著「遠野物語」を取り上げたものである。偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。少しはライターの間で話し合いがあったのだろうかと想像する。
恥ずかしながら「遠野物語」は読んだことはないが、柳田国男が地方に口承で伝えられていた民話や物語を文章にして書き残し、後世に伝承したという点において高い評価を得ていることは言うまでもない。
京都や江戸から遠い地方にも豊かな文化がいくつも息づいていた。伝承は各地にあるものを誰かが書き残さねば、いずれは口と耳の間にこぼれ、消えていく。その意味で柳田が書き残した功績は傑出したものであり、他に比類がない。あの三島由紀夫をして「遠野物語」を、「文学として読んできた」「これ以上はないほど簡潔に、真実の刃物が無造作に抜き身で置かれている」と絶賛せしめた。
さて、新年になって多少株価が上がっているが、今後どうなるかはまったく見通しが立たない。そんな折りも折り、今週初め藤井裕久・財務大臣が辞任した。難産の末漸く来年度予算案を策定したばかりだったが、体調不良を理由に首相に辞意を申し出て受理された。財務相辞任の真相は、いろいろな憶測が流れているが、77歳という高齢を考えれば、一番の理由はやはり健康問題だと思う。
昨年引退を決意していた藤井氏を、敢えて首相は比例代表区に立候補させ、当選となるや組閣において官僚のトップ省庁である財務省を任すことになった。そして直ぐに予算編成である。財源不足の中でマニフェストとの整合性を注目され、例年以上のプレッシャーがあったものと思う。
そして後任の菅直人・副総理が早々と勇み足をやってしまった。円安を誘導するような発言をしてしまったのである。歴代の財務大臣が決して触れることのなかった聖域である。しかもかなり具体的に1$=90円台半ばが好ましいとまでしゃべった。途端に外為相場は円安へ振れ、担当大臣の恣意的な発言によって外為相場が簡単に動くということがはっきり証明された。
それにしても、鳩山首相は政治資金問題でふらふらし、小沢一郎・民主党幹事長の土地購入代金の不透明さにも黒い霧が立ち込めている。菅大臣もその発言は軽率だった。すぐ陳謝したが、副総理がこんな軽い気持ちで大臣職を務めているとは、前途に普天間基地移設問題等の難問を抱えているだけに鳩山内閣もそう長くは持たないのではないかと心配である。
970.1月8日(金) 日本航空の再建は可能か?
日本航空の再建問題がいよいよ節目を迎えている。予想以上に債務が嵩んでいて完全に債務超過の状態である。昨年来再建問題が政府、主力取引銀行、企業再生支援機構、日航の間で協議されたが、これという決定的な再建案が決められずに、今日までずるずる来てしまったというのが現実である。投入されると予想される公的資金は、とりあえず8,000億円と言われている。
今日政府は法的整理の活用を前提に、企業再生支援機構が支援する方式を採用することにほぼ腹を固めたようだ。段取りとしては、日航が東京地裁に会社更生法の適用を申請し、その後に再生機構が支援を決定するスキームである。つまり体のいい「隠れ倒産」である。主力取引銀行と日航自体が、会社更生法適用はイメージダウンにつながり、旅客離れを招くと強く抵抗してきたにも関わらず、このスキームを渋々受け入れたのは、ぬかるみのように日に日に増え続ける債務金額と、企業年金減額に対するOBの強い抵抗に遭って進むに進めず、まともに政府保証を取り付けることが難しくなったことと、法的整理を全面に打ち出されて、最早手の打ちようがなくなったからではないだろうか。
12日にOBの企業年金減額の諾否の回答期限が来る。この回答次第では一気に事態は動く。日航とは現役時代にともに随分仕事をやった。日航の親方日の丸的な仕事ぶりには全面的に納得しているわけではなかったが、お世話になったことは事実であり、今日の事態を考えるとかつてのパートナーとしては残念であり、あの威勢の良かった当時を思うと昔日の感を禁じ得ない。
とりわけ印象深いのは、長年協力しあった旧厚生省・援護局の大東亜戦争戦没者遺骨収集事業である。特に、中部太平洋地区では必ず日本航空を利用し、毎年便宜を図ってもらった。その当時はサイパンから日本への直行便がなく、収骨したご遺骨をミクロネシア航空機でサイパンから護持してきたが、経由地のグアムで日航機の接続便がないために、いつもまる1日間グアム空港内の日航特別施設に預かってもらったことなどがその最たるものだ。
ほかにも日本航空との思い出は尽きない。セールススタッフとの業務上、業務外のお付き合いも忘れられないものが多い。
政府は航空機を飛ばしながら、会社の再建を図ることを目指している。そのためには、日航にまだ大きな試練が待っている。社員の1万人削減である。どこまでも厳しいが、税金で支援してもらっているのだから、日航自体にもうひと頑張りしてもらいたいと思う。
969.1月7日(木) 確定申告準備始める。
今年も確定申告の時期が近づいてきた。申告期限は3月だが、きちんと準備をしないと間に合わなくなってしまうので、些か気になっている。昨日から漸く個人事業主としての申告書類作成の作業に取り掛かった。
最近もの忘れがやや進んできたことと、しまった物をどこへ整理したのか、すっかり忘れていることに愕然とすることがある。ある程度は年齢を考えれば許容範囲かも知れないが、それにしてもつい先ほどまで覚えていたことを思い出せない。何とも情けなくてうんざりである。
今年の申告に当っては、昨年青色申告書の記入を済ませ、初めて税務署へ提出してほっとした時に、次は絶対PCで申告しようと殊勝に考えたが、ついそのままにして今また申告の時期が近づいてきてしまった。今更PC申請しようにも準備が間に合わない。今年も昨年同様に手書きによる申告書類の書き込みとならざるを得ない。
ところが金銭出納簿と総勘定元帳にゴム印を押印していた、そのゴム印を箱ごとどこへしまってしまったのか分からない。家捜ししたが、遂に発見できず困っている。こんなことなら、やはりPCによる申請の準備をすべきだったと思ってももう後の祭りである。
一昨日近所の文房具店でいくつか使用頻度の高いゴム印を探しに行ったら、「あなたの探しているゴム印があるかどうか分からないが、ゴム印はもう処分しようと思っていたので、よかったら持って行っていいよ」と言われ、20個ほどタダで頂いてきた。もう古いゴム印なんて商売にならないようだ。今どき個人が手書きで青色申告をやっている人は、ほとんど居ないらしい。仕事量が多ければ税理士に頼んでいるようだし、そうでなければみんなPC、つまりe-Tax申請のようだ。
とにかくこの期に及んでは今年も手書きで申請書類を書き上げるより方法がない。案外細かい書き込みが多いので、コツコツやっていけばよいのだが、情けないことに1年前必死になって憶えた書類の書き込み方法をかなり忘れてしまっている。昨年同様今年もこれから苦戦しそうである。
さて、このところ血圧が上昇気味で森内科で、2週間前に従来の降圧剤プロブレス錠8に加えて、別の降圧剤ノルバスク錠2.5mgを服用した。しかし、あまり効果が表れないので、今日の診断の結果この錠剤に替えてやや強いアムロジンCD錠5mgを服用することになった。とりあえず冬の間だけでもこれによって様子を見ようということになった。
その後松本整形医院でも先生から、仕事量をもう少しペースダウンしなさいと昨年と同じことを言われてしまった。できるかなぁ。
高校ラグビー決勝戦が花園ラグビー場で行われ、東福岡高が桐蔭学園を31-5で破り2年ぶりの優勝を飾った。桐蔭は4年前と同じ準優勝だ。神奈川勢としては残念なことだろう。内容的には、高校日本代表7人を含めた東福岡が終始優位に試合を進め、桐蔭を圧倒した。それにしても選手の体格は年々向上してがっしりとして、それていてスピードがあるのには感心した。今年の各チームの特徴としては、かなり1,2年生が活躍したことである。
ゲームを観ていてやはりサッカーとは面白さが全然違う。本質的にラグビーの面白さはサッカーのそれを遥かに上回ると確認できたし、ラグビーファンとしては大いに力づけられた。
968.1月6日(水) 茂木健一郎氏はテレビ出演を止めよ!
雑誌「選択」1月号に「指導者不在のメディア帝国・NHK」という記事が載っている。内容は「ジャーナリズムとは無縁の風土」とか、「『暴走』する素人経営委員たち」とNHKに対する批判に満ちて、NHKにとっては散々であるが、仮に話半分にしても現状のNHKを痛烈にこき下ろしたものだ。指摘されていることの中で、実際少し前から些か首を傾げるパフォーマンスがあったことは事実である。
ひとつは、「坂の上の雲」のあまりにも過度のCM放映を見せつけられ、視聴料をいただきながら、これほどまでに毎日予告編を流す必要があるのかとその神経をおかしいと感じていた。ところが、これはNHK内で今も隠然とした力を持つ海老沢元会長の熱望で作った番組だから、余計事前告知に力を注ぎ、何としても成功させたいのだそうである。これではそもそも番組作りの視点がおかしいのではないか。NHKの職員は上ばかり見ているひらめ職員ばかりと皮肉られているが、その極致となったシーンが海老沢氏の希望により、日露戦争の撮影ではCGは使わず、何万着分もの軍服を実際に作り、巨額の無駄をしていることだという。
二つ目は、福地現会長お気に入りの「プロフェッショナル・仕事の流儀」のキャスターだった脳科学者・茂木健一郎氏が、所得税申告漏れが発覚したにも関わらず、ひらめ職員の間では茂木氏が引き続きキャスターを務めることに一向に疑問の声が上がらなかった。昨年この脱税が明るみに出た時、私は本稿で脱税確信犯である茂木氏が、番組から降板しないのはおかしいと疑問を呈した。「選択」によれば、茂木氏の続投については流石に視聴者から怒りの声が寄せられ、降板が決定したとある。
ところがである。昨晩の同番組に、厚顔無恥の茂木健一郎氏は恥も外聞もなく出演し、ご高説をのたまわったのである。降板の真実はどうなっているのか。NHKの恥知らずは言うに及ばず、「選択」の千里眼だって曇ってやしまいか。
これだから、テレビのみならず雑誌を含めて出版物が信用されず、発行部数は減少の一途を辿っているのではあるまいか。ひとりCMに頼らずにいられるNHKだけが、相変わらず愚行により延々と生き延びている。
それにしても、茂木氏なるものが、偶々売れっ子になったからと言って、脱税まで冒していながら性懲りもなく、持論をテレビでぶつような厚かましさは、学者の風上にも置けない。少しは恥を知れと言いたい。こういう欠陥人間をちやほやするから、おかしな奴が広く蔓延るようになったのではないか。
967.1月5日(火) 平城京遷都1300年祭
奈良が今年遷都1300年祭を計画していて大分盛り上がっているらしい。長男の連れ合いが奈良県吉野の出身である関係で吉野を訪れたことはあるが、奈良市内は高校の修学旅行以来行ったことがない。世界遺産に興味を抱くようになってからは、世界遺産「奈良」への関心が格別に強まっているが、訪れる機会がない。何とか今年中に行ってみたいと思っている。
ヨーロッパでは、ショパン生誕200年祭が生地ポーランドを中心に世界中のクラシック・ファンを魅了するイベントが目白押しのようだ。ピアノの詩人と言われたショパンだが、小学生のころショパンの伝記を読んでからショパンに興味を持つようになった。仕事のおかげで「雨だれ」を作曲したマヨルカ島の教会を訪れ、ショパンが「雨だれ」の譜を書いた愛用のピアノの鍵盤を叩いたことが今では良い想い出となっている。
父が存命のころ父に頼まれ、作曲家・高木東六さんを車で鶴見のご自宅へ迎えに行き、藤沢のコンサート会場までご案内したことがあった。その車中で高木さんが、まだショパンの故郷へ行ったことがないので、いずれ行きたいがその時は案内して欲しいと仰った。残念ながらその望みは叶わず、高木さんは亡くなられた。
さて、昨日4日はビルマ(ミャンマー)の独立記念日だった。ビルマでは軍事政権トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長が、独立記念日式典にメッセージを寄せ、予定通り年内に総選挙を実施すると公表した。どこまで信じて良いものか。民主化運動を進めるグループは、アウン・サン・スー・チーさんの解放を求める声明を発表しているが、軍政が認めることはほとんど望み薄である。これまでの軍政の厳しいやり方は極めて弾圧的であり、選挙で敗れていながら敗北を認めず強引に政権に就いた現政権の言質は、まったく信用できない。ビルマ国内にもささくれだった空気が漂っているのではないかと心配でならない。
かつては、独立記念日には決まって東京のビルマ大使館で祝典を開いていた。私も何度となく招かれて、パーティに参加した。ビルマ大使夫妻を始め、大使館のスタッフもにこやかに応接され、楽しいひとときを過ごしたことを今でも懐かしく思い出すくらいだ。
特に、1975年ごろ赴任されていたウ・チ・コー・コー大使には、いろいろお付き合いさせていただき、旅行の手配をさせていただいたり、浜松まで一緒に旅行したり、そのお人柄はお付き合いしていて楽しかった。あの当時の大使館内には和気藹々とした空気も流れていた。大使館にも気軽に訪れることができた。今ではビルマと聞いても嫌な事件ばかり想像してしまう。国連加盟国でありながら、世界遺産条約を調印せず、素晴らしい古跡がありながら世界遺産としてひとつも登録されていないのも異常だ。
もう少し様子を見て、行けるようなら近いうちに再び訪れて、今も連絡だけは欠かさない優しいビルマの友人たちに会ってみたい。
966.1月4日(月) 冬山登山遭難事故が心配だ。
今朝の日経紙に予定通り「知の現場」の広告が掲載された。東洋経済新報社発行の他の書物と抱き合わせの広告なので、他の書物に比べて特別に目立つというほどのことはないが、気にしていれば目に入ってくる。先月25日付朝日朝刊の広告よりは目立つようだ。
知研のHPにも「知の現場」の啓蒙・宣伝・広報用にプロジェクトの若手が立派なサイトを作ってくれた。まだ、半製品だが中々良くできていると思う。その中に関係者の写真、自己紹介、取材エピソードが載せてある。まだ、2~3人しか載せてないので、何とも論評しにくいが、私も写真、自己紹介、そして4氏とのインタビューに関するエピソードや感想を掲出してもらった。他の2人の写真が俳優なみのすっきりしたものであるのに対して、私の写真はインド門前で撮った一見浮浪者風のもので、些か見劣りがする。それはともかくラインアップが出来上がれば、結構面白いサイトになると思う。
昨年12月に元カーレーサーの片山右京氏が富士山で遭難騒ぎを起こし、同行者2人が亡くなったばかりだが、年末から年始にかけて悪天候により広い範囲で山岳遭難事故が連続して発生している。すでに今日2人の死亡が確認され、まだ生存者が冬山に取り残されている。明日にも遭難救助ヘリを飛ばすという。天候の急変による遭難と言われているが、気象判断も甘かったようだ。遭難者の年齢を見るといわゆる中高年者ばかりで、女性が多いのもひとつの特徴だ。これらの点を考えてみると昨夏北海道・大雪山の遭難事故と共通項がある。
昨今のレジャーブーム、健康ブームに乗って、中高年者の登山が流行となり、あまり登山の経験がなく、必ずしもしっかりしたリーダーに伴われない登山が増えてきて問題になっている。定年後の趣味として始めたハイキングから登山へ進み、一直線に冬山まで直行したような印象を受ける。どうも事前の研究やチェック、そして肝心な山の知識、基礎体力に欠けているのではないかと思うことがある。
昨年富山県中学生の立山集団登山のドキュメント番組をテレビで観て、その無謀さに呆れたものだが、その無分別な計画に対して教育委員会も指導、実施する学校もまるで意に介していないのである。無神経ともいってもよいほどリスク・マネジメントができていなかったのだ。間違えば集団遭難にもなりかねない学校行事が教育委員会のお墨付きを得て実施されている。こんな安易な感覚が今日の登山界にも、教育界にもあるのだとしたら由々しきことである。指導者も監督者も自分でリスク管理ができなくなっている。このノーテンキは、むしろ社会全般に言えることではないかと思っている。これからこういう精神状態が蔓延するようだと何が起こっても不思議ではない。
965.1月3日(日) 戦没者遺骨収集作業について考える。
今日も昨日に引き続いて箱根駅伝とラグビーをテレビで観戦した。駅伝は東洋大学が2連覇を遂げた。2位に入ったのが復路優勝の実力校・駒沢大学だった。今年の出雲駅伝、全日本大学駅伝を制した日大が案外だらしなく、10位以内にも入れず来年度はシード権を失ってしまった。やはり2日間に亘る200km以上の長丁場では、実力のある選手が数多く揃い、選手層が厚くなくては戦えないのではないかとチーム編成の難しさを思った。
ラグビーは大学ではなく、高校ラグビーをスカパーで観た。花園ラグビー場の全国大会準々決勝は、神奈川代表校・桐蔭学園が勝って明後日の準決勝に勝ち上がった。高校の試合でもこのレベルになると個々の選手のプレイにもかなりスピードがあって、試合展開もスピーディで面白い。
昨日夕食をしながら息子から今年の東京マラソンにも出場すると聞いた。2月28日に予定されているようだが、運が良く2年連続で抽選に当り走ることができるという。抽選で当るのは8人に一人の確率らしく、2年連続で抽選に当るのは60数倍ということだから、息子もよほど籤運が良いのかも知れない。毎年抽選に洩れている人から大分ひがまれたと言っていた。マラソンに出場するモチベーションのひとつは、高校時代のラグビー仲間が先日つくばマラソンで3時間15分を記録したらしく、息子にとっては昨年の4時間をやっと切ったくらいの記録では満足できなくなったらしい。まだ相当チャレンジ精神が盛んなようだから、子ども3人ぐらい養っていくのに泣き言なぞ言っている暇はあるまい。若いのに、向上心とチャレンジ精神を失ったら抜け殻だ。
暮から体調を崩したことについて、ブログを読んだ高校時代の友人、大塚武夫くんから親切なアドバイスをもらった。運動不足だとのずばりのご指摘をいただいた。さもありなむである。重々分かっているので、極力ウォーキングをするようにして万歩計で計測しているが、彼に言わせると一日一万歩がノルマだという。なかなか一万歩というのは難しい。11月にインドを旅行した時は、毎日一万歩を越えていた。それ以来大体5~7,000歩というのがごく普通になってしまった。これを一万歩にするのは一寸大変だなぁ。更に大塚先生は、スポーツセンターに通って専門家の指導を受けたら良いのではないかとのアドバイスも授けてくれた。
そうかも知れない。1日8時間も机に向かってひたすらパソコンに向かっているのは、確かに身体には良くないと思っている。今年はどういう手段をとるにせよ、暮れの椿事に鑑みて、少し健康管理を真剣に考えてみないといけない。
暮れから月末に始まるTEI図解塾講義のテキスト、資料作成に取り掛かっている。今日私が担当する「時事問題」の例題のひとつを作成して、久恒理事長ら関係者に送信した。どういうアドバイスを言っていただけるか。それによって準備を進めたい。
NHKの夜のニュースによると政府がフィリッピン政府との間で、戦没者の遺骨収集事業に関するガイドラインを取り交わすと報道していた。何のことだろうと思っていたら、どうも収集作業に関して両国政府の間で了解されているにも関わらず、州政府やホテル事業者が収集作業のイメージが悪いということから、観光客が寄り付かなくなるので、受け入れを約束したにも拘らず、断られることが多くなってきたそうである。
私自身20年以上に亘って旧厚生省による平洋戦争戦没者遺骨収集に関わってきたが、国によっては難しい問題を孕んでいることは事実である。戦争で傷つけた相手国で土地をほじくり返し、土地の人びとにとっては敵国だった人間が行う作業だけに、誠実にお願いしてあくまで了解をいただくということが前提である。従って、これまでの遺骨収集はすべて相手国の人びとに遠慮しながら日本政府職員の指示の下に行ってきた。それが問題だとするなら、やはり検討し直し、なお問題があるなら計画を縮小せざるを得ないかも知れない。
私が長らく関わった中部太平洋諸島では、激戦地であるにも関わらず島民は遺骨収集団に対して極めて好意的だった。
戦後大分時間が経過して、かつてのようにそう簡単に遺骨が発見されるという状況ではなくなった。しかし、お国のために戦った英霊を山野に放っておくことはできないという日本人の心情を無視することもできない。細々とではあるが、このまま相手国の温情にすがって了解をもらいながら粛々と続けさせていただくというのが願いであり、徒らに騒ぎ立てるべきではないと考えている。
それにしても、久しぶりに大東亜戦争戦地の遺骨収集作業を思い出した。
964.1月2日(土) 正月2日は駅伝とラグビー
恒例となったが、正月2日は箱根大学駅伝と大学ラグビー準決勝戦で昼間はテレビを見続けている。駅伝は数年前に比べると強豪校の顔ぶれが大分変わった。駒沢大、大東文化、中央大があまりぱっとせず、順天堂大や神奈川大などは出場もしていない。これには、ひょっとすると少子化をターゲットに新興大学も存続の危機を見越して名前を売り込むための手っ取り早い手段として、運動部の強化を考えているからではないだろうか。往路優勝は昨年に続いて東洋大だった。往路と復路とでは、大学によって作戦を考えているようだから明日の復路はどうなるのか分からないが、まあ気楽に楽しもうと思っている。
次いで大学ラグビーは、慶応が東海大に14-19の1トライ差で敗れてしまった。まあフォワードが劣勢だったので、今日の慶応の負けは仕方がないとも言える。第二試合の明治と帝京大は43-12という大差で帝京が明治を圧倒した。この決勝戦の組み合わせ、帝京大対東海大では、今までの例から言えばラグビー伝統校の早慶明が出場しないので、好ゲームは期待できるが、残念ながらあまり観客を集められないだろう。
昼前に妻子を実家へ帰している長男がやってきたので、夕食を食べに妻と三人で近くへ出かけた。正月とあって子ども連れの家族が多いらしく最初のレストランでは、待たされるということだったので、すぐ2軒目へ移動して何とか入ることができた。最初の店で待つことが嫌だったのではなく、2~4日は正月なので、普通の食事料金に正月サービス料金を追加請求すると看板に書かれているのを見たからである。普段は請求しないサービス料金を正月3日間に限って請求する特別料金を突然顧客に請求する図々しい商法とその神経に呆れ果てたからである。しかも法外なサービス料金というのが10%である。こんな理不尽なことってあるだろうか。嫌なら当店では食事をするなと言わんばかりである。そんな傲慢な態度が気に食わない。レストランで20分ほどお待ちくださいと言われたが、さっさと出てきた。
まあこういう店もあるのかと思ったが、どうも納得できない。
963.2010年1月1日(金) 新しい年を迎えて
昨日のけだるい気持ちを引きずったまま、9時近くになって漸く起きる気になった。昨日のような鬱陶しい気分ではないが、どうもぱっとしない。夕べは風呂に入ることもなく、一気に眠りに就いたが、いまひとつ気持ちが勝れない。いつも通り血圧を計ってみると、何と久しぶりの低血圧、130である。130台まで下がったのは8月15日に計測した133以来である。夕べは高く、今朝は低いということは、やはり体調に若干異常を来たしているのだろう。
そんな事情でやはり母校ラグビー部の定期総会は欠席することにした。昨年が創部60周年という節目の年でもあり、各役員がいろいろ趣向を凝らして、今日の定期総会には各種の祝賀行事を考えてくれたようだ。寄稿した記念誌の発行もそうだし、練習試合・懇親会の後には会場を移して祝賀会も考えてくれていたようである。また、名入りの記念ジャージーも作製した。更に会計幹事の和田正温さんの話では、私も歴代OB会長のひとりとしてスピーチをすることになっていたようなので、出席できなくなって申し訳ない気持ちだ。
あまり勝れない気分のまま受け取った年賀状に目を通す。昨年もそうだったが、今年も配達される時間帯が早い。かつてはお昼近くになって配達されたものが、今では新聞と同じように配達される。これは昔の郵便局制度の下では考えられなかった。
さて、夕べは体調を崩したまますぐ就寝したので、1年の締めくくりとしては最悪だった。1年間を振り返って反省することもなく、考えることもなく最悪の精神状態で幕引きしてしまった。その意味では、今年は勝れない気分をそのまま持ち込んだ新年である。
今年やらなければならないこと、やってみたいことは大分ある。福島・相馬市の鈴木進一さんから年賀状で、アラスカへのお誘いがあった。どんな旅なのか、昔ヨーロッパへ行く途次必ず立ち寄ったアンカレージ空港周辺しかイメージが浮かばないが、アラスカの自然溢れる大地をのんびり旅するものなら行くことを前提に検討してみようと思う。その他にも、バルト三国、マグレブ三国、コーカサス三国、ネパールにも行ってみたいと考えている。
出版もそうだ。まず、旧蝋打ち合わせた「観光」に関する書物の発行。共著者として一部を執筆することになっている。更に今年は9月に国際ペン・東京大会開催に合わせてドキュメントを書いて上梓してみたいとも考えている。
幸いにして今日ホームページへのアクセス数が15,000件を超えた。2年半かかってこの数字が多いか少ないかは何ともいえないが、これだけ多くの人に見ていただけるのはありがたい。今年はブログも一層気を引き締めて自分の考えや提言をどんどん発信していこうと思う。
外部の市民講座については、いずれ駒沢大学や多摩美術大学の公開講座の案内も送られてくるものと思う。今年もこういう市民大学のような場で、大学の授業を受講したいと考えている。
講師の仕事もボランティアを含めていくつか務めていくことになると思う。今月下旬から始まるTEIの「図解塾」2日間講座が3月まで続くのを皮切りに、すでに話のあった講義を考えると例年通り忙しくなるのではないだろうか。
これらはみんな健康が土台である。昨日のようなことがあってはならないが、回復までもう一息のところまで来ていながら、膝の炎症が完治していない。CRPの数値が大分良くなってはきたが、副作用として服用している薬のせいで血圧も上がったままである。今年こそはCRPを下げて膝の炎症からおさらばしたい。さすれば血圧も平常値へ戻ると見ている。
夜になって新年恒例のNHKウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートを楽しんだ。今年の指揮者はフランス人のジョルジュ・プレトールで、2年前にも務めている。お年が何と85歳というから驚きである。いつもながらこのクラシック・コンサートは楽しい。ウィーンを紹介したビデオも、バレーも良くすっかり満喫した。
夜になって食欲はあまりないが、大分具合は良くなってきた。
さあ、新年の幕開けだ。平成22年、2010年を平穏ながらも、健康にして仕事面でも思い切り活動できるよう頑張るつもりだ。
962.12月31日(水) 紅白歌合戦を見られず。
ついに今年も大晦日を迎えることになった。大晦日と言えば、樋口一葉の作品「大つごもり」が有名であるが、高校入学前に渋谷で従姉夫妻に誘われて一葉のオムニバス映画を見たことがある。あれは随分印象に残っている。
ありきたりだが、一年の過ぎ去るのが年年歳歳早まっている。来年は寅年の年男となり、72歳である。母が割合早く亡くなったが、やはり羊年の72歳だった。とりあえず72歳をクリアして、次の目標は父の93歳である。しかし、その年齢まで生きられるだろうか。多分10年以内にお迎えが来るような予感がする。来世には格別な個人的な望みを持っていて、私の「自己紹介図」の一番下欄に「夢」という項目があるが、そこに「安楽死」「アメリカで教育を受けたい」「考古学者になりたい」と書いている。生まれ変わったら考古学者になりたい。実現できるかどうか、秘かな願望である。
思い返せば、今年は鳩山政権誕生という画期的な政治変革があった。3月には野球のWBCで日本が2連覇した。個人的には、「停年オヤジの海外武者修行」の出版記念会を開いたり、偶然ではあるが、代々木で皆既日食を観る機会に恵まれたり、11月にはインドを36年ぶりに訪れ、世界遺産訪問を150箇所に増やしたり、12月には懸案の知研プロジェクトで「知の現場」を世に送りだすことができた。身体も取り立てて悪くなったりしていない。
大晦日と言えば、ここ何日間かNHKで「紅白歌合戦」の前宣伝で大騒ぎである。ここまでやるかというほど新手で冴えないCMを放映している。かつてこんな低次元なことはあまり記憶にない。出場歌手が歌う曲目だって昔に比べてがなり立てるような騒がしい曲目が増え、私の年齢層にとっては少々つまらなくなった。年々視聴率が下がり、ついには興味本位としか思えない、奇異を衒ったようなゲスト、スーザン・ボイルさんをわざわざイギリスから招いた。私はかなり前からこの番組にそれほど興味がない。NHKも何とか紅白の体制維持を図ってあの手この手を考えている。1年に1回のお祭と考えれば、あまり目くじらを立てることもないが、どうも陳腐な発想がいただけない。
それはそれとして、午前中からどうも体調が優れない。明日は恒例の高校ラグビー部の定期総会があるが出席できるかどうか分からない。会計の和田さんにひょっとすると出席できなかも知れないと連絡した。毎年必ず出席していたので、当然みんなは私が出席すると思っているかも知れないが、今晩の体調次第である。熱は38.6℃で血圧を計ったら上が171で、脈拍も109と俄然高くなっている。早めに床について睡眠を取ろうと思い、20:30前にこのブログを書き込んで就寝した。ちょっと身体がだるい。
1年の最後になってこの健康状態はどうしてだろう。原因がよく分からない。
お休みなさい。
961.12月30日(水) 在日朝鮮人の年金記録確認される。
年末でもあり久しぶりに書斎兼寝室の大掃除をした。ないと諦めていたものが思いがけず出てきたり、必ずあると信じ込んでいたものが見つからなかったり、自分自身に愛想がつきることがある。それでも時間をかけて、片付けると部屋も小奇麗になって気持ちのいいものだ。お正月を迎える擬似門松やお飾りは昨日手伝いに来てくれた長男が取り付けてくれた。
さて、昔机を並べて仕事をしていた大学の後輩でもある元同僚が、一冊の書を送ってくれた。会社を辞めてから時節の手紙のやりとりだけは欠かさなかったが、少し遠いところに住んでいるので、普段は疎遠になっている。時々拙稿を載せた小冊子「知研フォーラム」などを送っていたので、わざわざ書物を送ってくれるたのだと思う。彼もいよいよ本を出版したのかと思って小包を開けてみると、彼の著書ではなく、何と「平和を愛する世界人として」と題する統一教会の文鮮明の自叙伝である。日本語版が発行されて2ヶ月足らずで6刷を重ねたというから凄い。手紙が添えられていたので、拝読すると脳梗塞で倒れてリハビリ中で、思うように文字が書けないと書かれてあるが、言葉は少なくとも漢字も交えてそこそこ書けている。今年受け取った年賀状にはそんなことは書いてなかったので、いつ倒れたのだろう。それにしても、不自由ではあろうことは想像がつく。今まで彼が統一教会に絡んだ話は耳にしていなかったので、或いは脳梗塞になったことが、統一教会へ入信(多分)するきっかけになったのではないかと想像する。
でも、手紙を添えて本を贈ってくれた点から考えても、頭もしっかりしているようだから、最悪ということではないと思う。それにしても些かショックではある。彼と同期生だった原田弘造さんは今年8月に亡くなった。われわれももうそんな年齢なんだと言い聞かせる。私より2歳若く昭和15年生まれだから、来年古希を迎えるところである。お礼を兼ねて「知の現場」を送り、激励してあげようと思う。それにしてもかつての仲間が元気を失くしたり、表舞台から姿を消していくのは寂しいものである。
今朝の朝日新聞のトップ記事を見て驚いた。韓国人4727人に戦時中の日本国内における年金記録が確認されたという。日本の戦前の年金記録自体があやふやだったのに、在日朝鮮人の労働と年金記録が確認されたのは、ずさんな社会保険庁としては珍しい。これまで朝鮮半島出身の軍人・軍属に関する資料は韓国政府に開示したことはあるが、今度の年金記録は民間人の年金記録である。日本の工場や鉱山などに強制動員されたと申請した韓国人は16万人にも上るという。このうち9割はまったく裏づけがないということから認定作業は滞っている。
戦時動員された外国人の厚生年金については、同じ主旨の労働者年金保険が生まれ、1942年から国籍の区別なく、炭鉱や軍需工場などの国内の事業所で働いていた労働者に給料の天引きという形で加入させていた。
帰国の際脱退手当金でことを処する人もいたが、依然として一定期間掛け金を支払いながら、脱退手当て金を受け取っていない人も多く、その資格者が相当数いると考えられ、日本側の対応次第では韓国内の反発が強まる恐れもあると懸念されている。
しかし、それより朝鮮を植民地化していた時代でも、大日本帝国政府が労働者に年金制度を導入していたことに驚いている。その旧制度が表面化したのも、例の年金疑惑で加入履歴を調べた結果だそうだから、ひょうたんから駒という感じである。契約であるからきちんと調べて支払うべきものは支払わなければならないが、数年来問題視されているようにわれわれ日本人の年金記録もしっかり調べて欲しいものである。
960.12月29日(火) 図解塾講座打ち合わせ
1月から3月まで開催されるセミナー「図解塾」の打ち合わせをするべく、浜松町の企画会社㈱TEIへ出かけ、担当取締役中村伊三雄氏と担当者此上真己課長にお会いして、当図解塾の講義内容について打ち合わせをした。
TEIというセミナー会社についてはまったく知らなかったが、先日小田急トラベルの安倍マネージャーと雑談した時、TEIの社員と話をしたことがあると言っていたから業界ではそれなりに知名度はあるのではないかと思う。
旅行業界内教育、通訳斡旋、添乗員派遣、空港送迎業務等を生業にしているようで、社長が以前「添乗員サービス協会?」を起業した三橋女史だと聞いて、何となく分かるものがあった。
中村氏の話では、「図解」のセミナーは初めてということだったので、今まで私が受け持った自治体の経験等の内輪話をした。中村氏がJAL、そしてJALPAKに勤務しておられたので、旅行業界の内部情報に通じておられる。私の実績もかなり評価していただいたので、講師としては非常にやりやすいと感じた。セミナー計画としては、まだ完全とはいえないようで、こちらからもアイディアを提案して、双方にとってプラスになるようなセミナーにしたいと思っている。テキストも先日の打ち合わせでは、改めて講師仲間の中村茂昭さんから送ってもらった資料用紙から適材のものを抽出して、毎回配布するということで事前に形のあるテキストブックは使用しないということで進めていく。一番の問題点は、一般募集のセミナーでもあり、受講生をどれだけ集められるかということである。最初のセミナーである1月下旬まであまり時間がないが、此上課長が年明け早々に企業、役所へアプローチすると言っておられた。
その後、下北沢へ周り飯田ゼミの忘年会を生牡蠣料理店「JACKPOT」で行った。ここがえらくお気に入りの島田国生先輩のお手配で、11名が集まった。ひとり連絡なしのノーショーがあって、周囲に迷惑をかけた。こういうのは本当に困る。
ゼミの集まりは理由をつけては頻繁に開かれるが、この店は生牡蠣を美味しく食べさせてくれる場所として知られ、多くのチェーン店を持っている。生牡蠣と言えば、ニューヨークのグランド・セントラル駅の地下にあるオイスター・バーや、ニューオーリンズ市内のレストランでいただいたのが、印象に残っているが、ここの牡蠣も中々いける。今日も長崎や、広島の上等な牡蠣を美味しくいただいた。生牡蠣を食して、イタリア・ワインを飲みたいだけ飲むという忘年会らしい趣向だった。40数席ある店だが、満席だった。出版したばかりの「知の現場」を一人ひとりに差し上げた。さらっと見てゼミの仲間の感触も悪くないようだ。いずれ彼らの読後感を聞いてみたいと思っている。
959.12月28日(月) いつも愉快なヨタロウ会
JN協会で白澤事務局長と観光の出版物について、簡単な打ち合わせをした。どんな風に書き出していくのか、まだはっきりしたイメージが湧かない。あまり大きなテーマで取り組むと茫洋としたものになって焦点が絞れず、手に取った読者に気に入ってもらえるかどうか。多少雑でもターゲットをいくつかに絞って、具体例を挙げてコメントするという型式にした方が書物としては受け入れられると思っている。まだ展望が開けない。
さて、今日は小中陽太郎さんのファンクラブ「ヨタロウ会」の忘年会である。場所は小中さんご夫妻お薦めの自由が丘・ヤマダ電機LABI前の中華料理「麦府」である。20人ほどが参加された。タイミングよく「知の現場」が発行されたばかりなので、PRを兼ねて一冊とチラシを30枚ばかり持参し、瀧澤陽子幹事に了解をいただいたうえで宣伝した。取材先が小中さんで、取材者が私なので、「ヨタロウ会」で宣伝するにはぴったりの書だと思っている。皆さん関心を持っていただいたようである。北岡和義さんからは面白いと言っていただいた。いつもながら楽しい会になるというのは、小中さんのお人柄によるものだと思う。
竹中労について話が持ち上がり、喧々諤々のバトルとなった。良きにつけ悪しきにつけ、話題の多い人だった。それぞれにご自分の考えがあるので、ある程度聞かねばならないが、どうしても個人的な主張になる。
終ってから須藤甚一郎さんのご案内で自由が丘駅近くの「カスタネット」で二次会を開く。この店のマスターが、昨年亡くなったタレント、ポール牧の弟さんで井上計二さんといい、お兄さんによく似ておられる。歩いている私を見たことがあり、妻と店の前を通ったことを覚えているという。ついお世辞に乗って手持ちの「知の現場」にサインして差しあげてしまった。
958.12月27日(日) 「坂の上の雲」第1部終わり
11月下旬から始まったNHK長編ドラマ「坂の上の雲」第1部が今日最終回を迎えた。毎回1時間半という長い時間設定のドラマで、広い舞台にスケールの大きい話に、どういう結末へ持っていくのか興味があったが、取りあえずストーリーは20世紀へ入ったところで一時休憩ということになった。具体的にはアメリカ駐在中の秋山真之がイギリス転勤のため大西洋の船上に立っているシーンで幕となった。いよいよ日英同盟である。そしてその後に日露戦争が待っている。
今日のタイトルは「留学生」とあって、舞台は東京、松山、ワシントン、ロンドン、サンクト・ペテルスブルグと目まぐるしい。しかし、幕末から明治維新、更に日清・日露戦争を史実に則り特定の人物に照準を合わせて大河小説を書き上げた司馬遼太郎の好奇心、探究心、歴史好き、日本人好きには、まったく脱帽である。この続きである第2部は、何と来年の12月だというから気の長い話だが、待ち遠しい。そして、第3部は再来年だという。恐らくこんな長いスパンで演じられたテレビ・ドラマは空前絶後だろう。それだけにこれまでの大河ドラマのような演出では、とても仕上げることはできなかったに違いない。外国のロケも大変である。もう一度「坂の上の雲」を読んでみたくなった。
さあ、これで気持ちを切り替えて来年1月から始まる日曜夜の大河ドラマ「竜馬伝」を見ようと思う。
「知の現場」を出版社からまとめて購入して今日兄弟や親戚、親しい友人ら32人に郵送したが、玉川郵便局では日曜、しかも夕方5時過ぎに行ったこともあり、長い行列である。皆さん小荷物を送るために並んでいる。因みに20分も並んで待っていた。やはり暮になると郵便局はてんてこ舞いをしているようだ。
この「知の現場」については、かなり反響が良いのではないかと思っているが、知研のホームページに本書の広報ページを設けることになって、執筆者がそれぞれのエピソード、自己紹介、写真を送ることになった。何とか書いて写真と一緒に秋田プロジェクト・マネージャーに送ったが、北康利氏のインタビューのエピソードを書くに当り、本音をずばりと書けば読んだ北氏が心象を悪くするのは分かりきっていたので、遠慮しながら多少本音も書いた。ほかの3氏はまったく気持ち良く取材させていただいたが、「白洲次郎」で株を上げた評伝作家・北氏は、エリート意識紛々で些か鼻についた。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とは行かなかった。出版後にイチャモンをつける北氏の人間性に疑問を感じさせる、ちょっとしたトラブルもあり、「知の現場」の有終の美を飾ることができなかった点に、些か悔いが残った。
957.12月26日(土) 国家財政は大丈夫か?
すったもんだしていた来年度予算案が漸く(閣議)決定された。景気が悪く税収が減る一方で、マニフェスト上ある程度ばらまきが容認されるし、景気刺激策も多少認められるし、国債は発行するしで、歳出ばかり突出して増える一方である。歳出額は過去最大の92兆円強である。前年度に比して4兆円弱も増えている。これに対して歳入はまったく不足して、税収は37兆4千億円である。これを補うのは、国債が44兆円、更に足りない分を埋蔵金と称される特別会計の剰余金で補った。悩ましいのは、一般会計92兆円、税外収入10兆円、国債発行額44兆円のすべてが、過去最大であることである。加えて国債発行額が税収を上回ったのが戦後初だそうだから、いよいよ日本丸は沈没の危機に瀕していると言ってもいい。
毎度言われていることであるが、政治家を始め国民の間で、喉元過ぎれば熱さを忘れる傾向があり、一般的に国の財政危機に対する認識が薄過ぎるようだ。今回も事業仕分けとか、各省庁の虚虚実実の駆け引きがあって目先の問題解決に対する目はかなり真剣である。問題は、この後である。昨日閣議決定した予算案を見てこの赤字経営状態をいつまで続けていくのか、まず政治家は考えてもらいたい。
景気が悪く現時点で税収が少ないのはある程度已むを得ない。しかし、財政の立て直しより税収が少ないことを言い訳にして、収入を増やし、支出を減らす努力を怠っているのではないか。赤字予算を策定した今の時点で、来年度はもう少し健全財政に近づくように、有効な次の手を打つことを真剣に考えなければならない。将来的にこの異常な財政状態を一歩でも解決する手立てを早く打たなければ、このまま赤字を流し続けていき、最後には財政破綻という最悪の事態へ落ち込んでしまう。今の状態が続くようだと、国債発行額は益々増え、後世に大きなツケを残すことになる。
これまでにもその点を指摘する声は多かった。しかし、手を打たずにその悪循環を止められない。どうして、社会を壊す動きを止められないのだろう。来年度予算は今年だけのレアケースにして、もう過去最悪というようなことは止めてほしい。
私が大学生になった昭和34年度の一般会計予算の歳出総額は、1兆4千億円だった。来年度予算の僅か70分の1である。あまりにも遠い数字になった。
956.12月25日(金) 来年の図解塾セミナーの打ち合わせ
来年1月から3月まで毎月1回、民間セミナー会社・㈱TEIの図解塾が知研・久恒理事長の流儀により開講される。今日2度目の事前打ち合わせに関して、講師担当の久恒理事長、八木会長、中村茂昭さんと私の4人が集まった。受講生を一般募集するこの種のセミナーは初めての経験なので、まずはカリキュラム作成とテキスト作成は最初に行うべきことだ。毎回6日間で1セットとなるセミナーで、1日目を理事長、2日目は会長、3~4日目を私が、5~6日目を中村さんが担当することになった。私の担当講義は、「時事問題を図解する」である。最近発行された理事長の著書「図解の極意」をベースに、新聞の社説から的確でアップ・トゥー・デートな話題を拾い上げ、テーマを設定しそれを図解することが狙いである。会場の施設、設備等についてもよく知りたいので、明日にでも担当者に連絡をとってTEI社へ伺おうと考えている。
さて、予定通り今朝の朝日新聞に広告掲載された「知の現場」は、見たところ新宿・三省堂書店にも置いてなかった。打ち合わせ場所へ急いでいたので、店員に聞くことはしなかった。ところが、打ち合わせの際中村さんが、新宿・紀伊国屋で尋ねたら早くも売り切れたと言われたという。それが事実なら出足は思った以上に良いようだ。この後どれだけ販売実績が伸びるか楽しみである。
今朝の朝日、日経ともにトップ記事は鳩山首相の国民に対するお詫びメッセージである。あくまでしらばっくれて「知らなかった」として首相の職に留まると謝罪会見をした。弟の邦夫・元総務相も同じ嫌疑がかかっている。母親から資金提供を受けたことは、明らかに贈与に当るにも関わらず、兄弟揃ってとぼけていたわけだ。
さらに問題を難しくしているのは、首相のケースで重加算税を含めて約6億円と推定される贈与税が、国税当局の判断では果たして贈与にあたるかどうか、現時点では断定できないときた。何を遠慮しているのか分からないが、あまりの鳩山びいきにはうんざりである。
アホらしくてもう鳩山首相の言動なんて信用できない。
955.12月24日(水) 秘書は起訴、鳩山首相は不起訴処分
6月以来燻っていた鳩山首相の偽装献金問題の内、虚偽記載などの政治資金規正法違反について、今日東京地検特捜部は虚偽記載罪で公設秘書と会計責任者の政策秘書を略式起訴したが、親分の首相は嫌疑不十分で不起訴処分となった。
以前から話題になっていたが、こういうケースで張本人の政治家が起訴されることは極めて稀である。今回首相が過去10年間に実母から提供を受けていた資金は11億5千万円である。この巨額の資金提供について首相自身はまったく知らなかったと言い、すべての責任を秘書と提供者である母親に被せている。常識的に考えて、こんな馬鹿なことが考えられるだろうか。首相自身かつて野党時代に秘書と政治家は同罪と述べていた。7年前には、不正に関連して自民党代議士の秘書が逮捕された時、代議士の責任は免れない、潔く議員の職を辞すべきであるとも主張した。それが、自分自身がその立場に追い込まれるや徹底して白を切り、知らぬ存ぜぬを押し通している。
二枚舌というか、何という鉄面皮だろうか。恥を知れと言いたい。そのうえ総理大臣は辞めないと聞かれないことまで答えている。でもよくよく考えてみるとこれは政治家の本質なのではあるまいか。いつも自分に都合良く合わせるのが、政治家の世渡りテクニックではないか。
それにしても、かつては不正の絶えなかった自民党が、正義感溢れるコメントを発表していたのは、対照的で笑っちゃう。お互いにどっちもどっちではないか。
しかし、鳩山首相の金銭感覚はおかし過ぎやしないか。自分の母親から10年間に亘って毎月1,500万円もの現金をもらっていて、まったく知らなかったというのは庶民感覚としては絶対変だ。検察ももっと核心を突いて実態を曝け出すべきである。どうも後味が悪い。
いずれにしろこんな好い加減な捜査をしているから、後から後から政治家の不正が絶えないのだと思う。
ところで、今日発売予定の「知の現場」が書店においてあるかどうか、近所の2つの書店へ偵察に行ったが、残念なことにいずれの店頭でも見ることはなかった。尋ねれば、あるいは置いてあったのかも知れないが、いずれにせよ平積みのように目立つ場所にはなかった。まあ明日の朝日朝刊に広告が掲載されるそうだから、そうなれば置かれることになるだろう。明日来年1月から始まる「図解」講師の打ち合わせで新宿に出るので、新宿三省堂と紀伊国屋書店を覗いてみようと思う。
954.12月23日(水) 密約外交文書発見される。
今日は天皇誕生日。今年76歳になられたという。今年は今上天皇在位20周年、そしてご成婚50周年と重ね重ねのおめでたである。最近は前立腺の早期治療等で以前ほどご健康ではないようだが、相変わらず国事行事が数多く中々ご多忙の様子である。それが、先日の習近平・中国国家副主席との会見などでも、その会見実現の経緯に問題ありと指摘されるなど、周辺は中々喧しかった。
さて、今日の仰天ニュースは日米間の核の密約文書が現存していたことが分かったことである。最早その文書の存在は疑う余地がなかったが、外務省にも文書は見当たらず、すでに廃棄処分されていたと考えられていた。それが、驚いたことに佐藤栄作・元首相の子息・信二元通産相が父から受け継いだ遺品の中から発見されたのである。密約文書を交わしたニクソン米大統領と佐藤栄作首相、両首脳の一方の当事者である。決定的な証拠である。
これには両首脳のフルネームのサインがなされている。先日公開された吉野文六・元外務省アメリカ局長のイニシアルだけのコピー文書とは違って正式合意書である。こうなっては、これまで密約の存在を否定し続けていた歴代の首相、外相、自民党幹部、外務省幹部はどう弁解するのか。つい最近でも吉野証言がなされた後でさえ、外相、官房長官は相も変わらず、核密約を否定した。
この事実を一体どう説明するのだろうか。これまで核密約を否定してきた人たちは、この点について何らの発言もしていない。こういう国民を騙し続けた人には、今後外部に向かって発言して欲しくはない。
ところで、もたもた鳩山政権が漸く2010年度の税制改正大綱を決定した。マニフェストも税収の極端な落ち込みからかなり修正せざるを得なくなった。われわれ夫婦にとって直接関係のある項目では、配偶者控除(38万円)の廃止が先送りされることになり、とりあえず現状通りとなった。従って増税負担はない。
しかし、国の財政事情は益々悪化している。税収が見込みより9兆円も減って37兆円で新規国債発行は53兆円にまで膨らむ。税収より借金が多いという終戦直後以来の異常事態である。いくら事業仕分けで経費を削減しても、数億円の目標が結果的には6,800億円程度の削減にしかならなかった。これから小泉内閣時に目指した財政改革を、国民に大きな負担をかけることなしにどう実現するのか、目標をはっきり国民に示して欲しい。
953.12月22日(火) 年賀状を書いて
手紙を書くことで私なりに決め事というか、信念にしていることがある。基本的に万年筆による手書きである。そして宛名書きは必ず手書きである。現代の一般的な風潮としては、少しずつPCによる宛名印刷に変わりつつあり、特に大量の手紙、ハガキを扱う場合は宛名印刷になる傾向がある。だが、これは最も嫌いなことである。
使用する万年筆については今までいろいろなメーカー品を使用してきたが、現在はパイロット製を使っている。しかし、これもキャップ部分が壊れて、予備のペリカン製にいつ替えようかと考えているところだ。
割合まめに手紙を書くので、ある程度書き慣れていることもあるが、かつて会社勤めをしていたころは、若い社員が顧客へお願いする旅行のお誘いや、案内を当然のようにボールペンで乱暴に書いていたのを見て、怒ったこともある。万年筆を使うように言ったところ、自分は万年筆を持っていないと言った社員もいた。唖然とした。その時は言い聞かせ、万年筆は商売道具だがらすぐ買うようアドバイスした。
現在の若手社員はどうだろうか。宛名もPCで、内容は見本文章を使い、相手の名前もPCで書いているのではないかと些か気になる。時代の流れもあるが、手紙を書くときはそれなりの心構えと作法があると思う。目の前に相手の顔を思い浮かべながら、よくよく考えてその人に合った文章を書く。それは手間がかかろうとも、相手に対する礼儀であると思っている。そして気持ちはボールペンより筆か万年筆の方がこちらの気持ちが伝わると思う。
数日前から年賀状を作成し、一人ひとりの宛名書きをやっている。年賀状だけのお付き合いになってしまった人もいる。元気でやっているだろうか。自分より若い友人が亡くなったのは寂しい。例によって万年筆で書いて、今日漸く600余枚を書き上げた。年賀状はPCで「WORD」を使って3種類作成した。このほか3人の孫に宛てた別様の年賀状に、それぞれ手を加えて作成した。これでひとまず安心である。
さて、昨日の朝日新聞の全国世論調査によると、鳩山内閣の支持率は先月の62%から、大きく下がって48%にまで下がった。総選挙直後の9月には、71%もあった支持率が右肩下がりで転げ落ちている。逆に不支持率は、前月の21%から34%に上がった。首相官邸高官が「政権全体が最終的にものを決められない不安感」、「普天間も予算も財源も難しい話だが、首相がこうすると言えば済む話なのに言わないので、『大丈夫かこの人は』と思われている」と言っている。つまり首相の指導力に疑問府がついているのだ。
総理大臣たるもの、もう少しすっきりと決断力と存在感を示して欲しい。
952.12月21日(月) 野口聡一さん、ソユーズで宇宙へ
ロシアの宇宙船「ソユーズ」がカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から射ち上げられた。どうも宇宙工学や技術面の専門的な知識がないので、詳しいことはコメントできないが、これに搭乗した日本人宇宙飛行士・野口聡一さんが国際宇宙ステーション(ISS)で5ヶ月間も長期滞在するらしい。これまでほとんどアメリカのスペース・シャトルで飛んで行ったが、今度はロシア製ロケットによる宇宙飛行である。 その理由はスペース・シャトルが老朽化したので、近いうちに退役するらしく、ISSへの往復はこれから「ソユーズ」が行うことになっている。
ロシアの宇宙船と言えば、思い出すのは人類最初の宇宙飛行をやってのけたソ連人宇宙飛行士、ユーリイ・ガガーリン少佐だ。1961年に初の宇宙飛行から戻ったガガーリン少佐は、宣伝旅行で世界中を巡った途次日本にも立ち寄った。丁度その時幸いにも私はこの目でガガーリン少佐を見た。大学の授業に出るため、偶々JR田町駅前の国道一号線交差点で信号待ちをしていた時、オープンカーに乗ったガガーリンが、かなり早いスピードでわれわれの前を通り過ぎて行った。小柄なガガーリン少佐は軍人服に身を包み、にこやかに手を振っていた。私も沿道の人たちとともに手を振り返した。心に残る印象的なシーンだった。
その後1992年に初めてシベリアのイルクーツクへ出張した時、ガガーリン通りに面したホテルに滞在した。通りの謂われを聞いてみると英雄ガガーリン少佐は、イルクーツク近郊の生まれだという。ガガーリンは国策上「農民」出身とされていたが、実際には両親ともにインテリだったと言われている。当時アメリカに対抗して世界を二分する力を誇示していたソ連邦社会主義国家は、国の威信を昂揚するためにソ連のロケット技術の優秀性を世界に宣伝するべく、ガガーリンを宣伝員として世界各国へ派遣した。ガガーリンは宇宙からの帰路ロケット内で空軍中尉から少佐へ昇進し、フルシチョフ首相の出迎えを受け、世界へPR旅行をさせられたのである。
初の宇宙飛行の後のガガーリンは世界中から注目される英雄となったが、人知れぬ悩みを秘めるようになったらしく、情緒も不安定になり自殺未遂事件を起した挙句の果てに、1968年謎の飛行事故を起こし、不幸にして34歳の若さで亡くなった。ある意味で国に利用され、国の犠牲者となったと言ってもいい。そんなことを考えるとガガーリンが気の毒であり、学生時代に彼を実際に見ることができたことは、私にとってもエポックメイクな出来事だったと思わざるを得ない。
今では「ソユーズ」は信頼できる機材となり、最近ではほとんど事故を起こしていないそうだが、初の宇宙飛行以来ほぼ半世紀にして、人類は宇宙圏外で長期に亘って居住できるようになった。
初の宇宙飛行士となったガガーリン少佐の薄幸の人生を想うと、ついセンチメンタルな気分に捉われるが、一昨日終ったCOP15とは異なり宇宙利用は、ぜひとも各国共有の平和利用をお願いしたいものである。
951.12月20日(日) 危険な冬山の富士登山
一昨日富士山で随分無謀な登山があった。かつてF1レーサーとして知られた片山右京氏が惨めな姿で下山してきたのである。彼ひとりだけなら生還として喜ばしかったが、何と彼は二人のスタッフを連れて登山しながら、その二人を荒天下に置き去りにしたまま富士山から降りてきた。
結局二人は昨日遺体で発見された。惨めな記者会見を行った片山氏は涙を見せながら、お詫びをすることになった。12月の富士山は完全に冬山である。片山氏の登山計画はあまりにも杜撰で無謀だったのではないか。
私自身ある程度登山経験もあるし、学生時代には際どいこともあった。昭和35年11月のことだった。富士山冬山訓練に出かけようとして新宿駅まで来た時、偶々その直前に富士山・吉田大沢で雪崩が発生し、早大山岳部員らが遭難し確か11名が亡くなった。あの衝撃的な事故の悩ましい記憶がどうしても思い出されて仕方がない。われわれの場合は、新宿駅までそのセンセーショナルな事故の情報を持って見送りに来てくれた先輩に出かけるのを止められて、そのまま解散して自宅へ帰った。高校の同級生、熊切くんが早大パーティの一員として滑落して重傷を負ったと聞いたのもこの後だった。
その後会社の山岳部時代に南アルプス・仙丈岳で冬山訓練をした。安全地帯で天幕を張っていたので、強風でテントを吹き飛ばされるような危険を感じたことはなかった。冬山の常識として片山氏らがテントを飛ばされたということがどうしても信じられない。3人で登り、強風の中で一人用テントの片山氏は大丈夫だったが、二人用のテントの二人はそのテントを吹き飛ばされ、そのまま凍死してしまった。
最近のテントがどんな装備になっているのか詳しくは分からないが、それにしてもテントが飛ばされるという事態がすんなりとは理解できない。冬山用テントは床部分と屋根部分が一体化されている筈であるし、上部分だけが飛んでいくとはどうしても考えられない。簡単に屋根が吹き飛んだということは、二人は冬山用テントを利用しなかったのではないか。
それにしても無駄死にしたものである。これも片山氏がカーレーサーを引退して、過去の名声を利用して別の分野(山岳界)で安易に生き延びようとした足掻きだろうか。冬山はそんなに簡単に征服できるものではない。
幸い学生時代から独身生活最後まで、数多くの登山をして多くの山に登ることができた。時々懐かしくなり、登山したい気持ちは山々だが、膝を痛めてしまったので、それは難しいと思う。交通機関で近くまで行き眺めるだけの登山となってしまったことが、何とも辛く寂しい。
950.12月19日(土) 成果なし。COP15閉幕
8日からコペンハーゲンで開催されていた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)が、今日最終日になって政治合意案を大筋で了承して幕となった。
しかし、まとめられた政治的合意には法的拘束力は伴わない。結局これだけ大掛かりな世界的会議を開催していながら、地球温暖化防止の動きはほとんど前進しなかったことになる。
世界各国がそれぞれ自分本位に主張するばかりで、地球温暖化を食い止めるという大きなテーマは隅に追いやられて、肝心要の前向きの討論がおろそかにされ、2012年を期限とする京都議定書を超えた新しい取り決めができなかった。
その最大のガンとなったのは、言うまでもなく中国であり、アメリカである。さらに言えば、インド、ブラジル、そして発展途上のアフリカ諸国である。前回の京都会議ではまだ影が薄かった中国が、今では世界最大の二酸化炭素CO2排出国になっている。その中国が地球温暖化を引っ張り、途上国に悪知恵を授けている。地球を汚していることに反省も責任も感ずることなく、先進国へ排出規制を迫り、持論を展開して現在の地球温暖化は先進国に責任があり、中国は責任がないと主張している。中国は先進国の言う排出ガスの規制には応じられないというのが自分たちの考えであり、強く先進国にはCO2排出規制を促すという都合の良い論理を展開中である。
この中国の手前勝手な論理には、開いた口が塞がらないが、この論理を堂々展開する交渉力には、日本はおろか普通の国も呆気にとられている。
しかし、これだけ世界に迷惑をかけ自分たちだけ良ければよいと主張することは、将来生き残った自国民が世界中の人たちに対して、恥ずかしい気持ちを抱くことになるのではないかと懸念するがどんなものだろうか。
とにかく法的拘束力の伴わない政治合意が歩み出すことになった。これで日本は鳩山首相が先の国連総会で世界へ向けて発信した「排出ガス25%削減」の公約も守らなくても非難されることはなくなったが、果たしてこんなことで将来地球環境は守られるのだろうか。核保有問題も同じ理屈である。このままでは、核と温室ガスで人類が地球を破壊していくことに付き合わされることになる。
949.12月18日(金) 今年度駒沢大学公開講座終了
駒沢大学の最終2時限の講座があり、特にいつも考えさせられる清田義昭講師の「出版周辺」の授業ではビデオ放映はなく、過去30年の出版物の販売傾向と今年度の出版界10大ニュースについて話をされた。
前者については、1976年から2008年までの出版点数と出版実売総金額、返品率について表を示して説明されたが、76年には販売金額が1兆円だったのが、ピーク時の96年には2兆7千億円にまで達した。それが08年には2兆円をやっと超えるところまで落ち、恐らく今年度は2兆円を割り込むだろうと悲観的な予測をされた。特に雑誌類の落ち込みが激しい。
その原因のひとつとして、週刊誌等の取材に個人情報保護法施行、プライバシー侵害に対する訴訟問題等があると指摘されていた。個人的な事件やスキャンダルについて、取材側が突っ込んで記事にできないことが、興味を薄れさせ週刊誌等の売れ行き不振につながっている。かつての「チャラレイ夫人の恋人」「愛のコリーダ」の猥褻裁判騒ぎも時間が経つと、実際には容認されたかのように世間であまり騒がれなくなる。どこまで取材して書くか、この辺りのせめぎあいが勝負になると話された。
後者については時間がなくあまり詳しく説明されなかったが、どんなニュースが話題になったのかと気になった。いただいた「出版ニュース」12月下旬号にその10項目が載っている。
上位三つは、①「1Q84」224万部、発売前の予約でベストセラーに、②出版業界の再編加速、大日本印刷の主導で、③グーグル検索和解問題で論議、日本は対象外に、となっている。やはり、村上春樹は圧倒的である。ゼミの池田くんの務めている大日本印刷の出版業界における存在感も迫力がある。
終ってから前回の授業で話があった懇親会ということになった。お世話役の女性が下見まで済ませて近くの居酒屋に予約をしておいてくれた。事務局の宮本女史にまで声をかけて参加させてくれた。彼女は調布市の自宅から毎日50分かけて自転車で通っているという。現役学生はひとりしか参加しなかったが、9人が参加して出版業界の内情や、清田講師の経歴なども聞かせてもらって懇親の実を深めることができた。清田講師は出版業界では、著名の方でマス・メディアにもしばしば登場される。元々宗教家だったが、「出版ニュース社」社長に就任して、16年目だそうだ。現在66歳だが、今の職業をやってきてまったく悔いはないと自信を込めて仰っていた。
清田講師は後期から担当したので、前期担当の柴野京子講師と話し合いしながら、授業を進めてきたと話しておられた。これまで社会的な問題のビデオを放映してきたが、それが受講生に良かったのかどうかという点について、しきりに気にされていた。それほど気にされることはないと思うのだが・・・。個人的に私も尋ねられたが、私にとっては貴重なビデオを観ることができたし、改めて社会的な問題について関心を新たにしたので、授業としては良かったと思っている。カリキュラムの内容については、担当講師が検討されてご自分なりに思うようにやられればそれで良いのではないかと思う。
千葉県職員の不正経理事件が明るみに出てからかなりの時間が経つが、総額30億円という巨額の不正事件に、在任中の責任を追及されかかっていた堂本暁子・前知事はいずれ自分の態度もはっきりさせねばいけないだろうと直後の記者会見で他人事のように語っていたが、その後何ら明確な対応をしなかった。どうなったのか、最も責任を負うべき立場の人間が逃げ回っているのではないかと疑っていたが、今日処分が発表され、新たに見つかった不正分を含めて、何と2,245人もの職員に処分を行った。その中に前知事に対する返還金も公表され、千葉県は前知事に対して1千万円を請求することになった。
杜撰というかお粗末な経理処理である。最高責任者の知事が知らん顔でやり過ごそうとしていたところ、運悪く?見つかってしまった。当然の報いであるが、堂本氏の同義的責任は重い。こういうみっともない事件はなくしてもらわないと納税者は溜まったものではない。
948.12月17日(木) 「知の現場」見本を手に感激
日本列島は寒気が押し寄せ、とりわけ日本海側は大雪が降っている。妻が新潟市内に住んでいる次男にメールしたところ、雪国・新潟でも近年にない大雪に驚いていると返信があった。更に普段は車なら20分ほどで会社へ到着するのに今日は2時間もかかったそうだ。地球温暖化とは直接関連していないが、そのためのCOP15へ出席のため今日鳩山首相はコペンハーゲンへ出発した。
そのCOP15もぐじゃぐじゃになって、先進国と途上国の対立が解けず、そこへ中国の存在が要らぬ対立を煽ることとなり、会議は暗礁に乗り上げ決裂寸前である。日本の突出した排気ガス削減と途上国への支援額供出が、圧倒的な数値であるにも関わらず、全面的に必ずしも好意的に捉えられているわけではない。これまでの交渉過程があまり評価されていない印象を受ける。いつもながらわが国は損な役回りをさせられている。
最大の二酸化炭素排出国であるアメリカと中国が前向きの提案を出そうとしないことが、出席国の不信感を呼んでいる。ここで鳩山首相がどういう提案をするのか。9月に国連総会で二酸化炭素ガス25%削減を公表して喝采を浴びたが、各国は改めて首相の説得力のある提案を待ち望んでいる。果たして首相はそれに応えることができるか。
今日東洋経済新報社の中村さんから、出来上がった「知の現場」を送ってこられた。ぱらぱらっとめくっただけだが、中々良いのではないかと感じた。表紙のデザインも洒落た感じがするし、内容も充実しているので、獲らぬ狸だが結構売れそうな気がする。プロジェクト・メンバーとしてはやっと肩の荷が下りたような気持ちである。出版社としても宣伝・広告に積極的に取り組んでもらえるようだ。早速発売日の翌25日に朝日に、来年1月4日には日経に載せてくれると聞いた。
共著というのは初めてのことだったが、率直に言ってやはり難しいと感じることがある。その最大の原因はメンバーの年齢差が大き過ぎることだろう。お互いに遠慮している感じだし、年齢に最大で40歳近い差があると時代感覚が異なるので、考え方も違うし、合意するのが難しいと感じた。
来年は先日打ち合わせしたばかりの共著を完成させなければいけないが、これは年齢差があまりないし、元々観光に関わってきた人ばかりで編集し、執筆するので、それほど違和感はないと思う。
しかし、出来上がった新刊書を前にして、苦労が報われたと感じる。やっぱりやってみて良かったとしみじみ思う。成果を形として見ることができるのは、張り合いのあることだ。これからも出版については前向きに取り組んで行きたいと思う。
947.12月16日(水) 普天間基地移設の結論を早く
案の定昨日鳩山政権が沖縄普天間米軍基地移設問題の結論を先送りしたことが、各方面に波紋を呼んでいる。国内的にも困惑しているのが、当の沖縄県である。問題が先送りされ、そのうえこの先の結論がどうなるのか宙ぶらりんの状態でどこへ不満をぶちまけたら良いのか分からない。いずれ結論が出された時に、もしアメリカが望む現状維持、つまり普天間移設せずとでもなったら普天間基地周辺では暴動が起きるかも知れない。
一方アメリカ政府や軍では、先送りの結論がどうしても納得できない。11月に首相がオバマ大統領と会見の際、首相が‘PLEASE TRUST ME’と大統領に約束したことが、アメリカの望む通りやるから任せてくれと理解されている。ところがアメリカが最も憂慮していた結論の先送りとなった。約束が違うのではないかという風に受け取られている。早速コンウェイ海兵隊総司令官が、米軍再編計画が遅れると懸念を示した。
ひとり悦に入っているのは、社民党委員長で少子化担当相である福島瑞穂氏である。福島大臣は、県外移設を目指すと沖縄県仲井真知事と話し合っていたが、少し軽いのではないかと心配である。今の様子では県外移設、或いは海外移設の可能性はどのくらいあるのか。福島談話が県外移設のムードだけ盛り上げて、実際に可能性が消えた場合、自分は力を尽くしたが、民主党がアメリカに押し切られたという都合の良い論理にすり替えるのではないか。ちょっと気になる。
とにかく先送りで山は越えたのではなく、益々追い詰められているという厳しい現状を民主党は直視して、充分心して真剣に取り組んでもらいたい。
さて、今年も残すところあと半月となった。少し遅れたが、海外の知人・友人にクリスマス・カードを11通送った。以前現役のころは、毎年30通ほど送っていたが、仕事を離れると縁も徐々に切れて今連絡を取っているのは、親しい友人ばかりである。郵送先国がばらばらで郵便局員が目をぱちくりしていた。因みにアメリカ、ブラジル、ビルマ、スイス、ベルギー、イタリア、セルビアの7カ国へ宛てたものである。
恒例の年賀状もぼちぼち書き出した。今年は年賀欠礼のハガキを30通以上もいただいている。親しかった人の家族からいただいたハガキを見ていると寂しい気持ちに捉われる。これも世の習いであるが、虚しい。年賀状は700枚購入したが、これから毎日少しずつ気持ちを込めて宛名書きをしようと思っている。
946.12月15日(火) 鳩山内閣の危なっかしい綱渡り
このところ毎日報道されている沖縄の普天間米軍基地移設問題が、とりあえず結論先延ばしということになった。アメリカという日米同盟の相手国との外交交渉がその先にあるだけに、日本だけの都合で落着というわけにはいかない。加えて基地のある沖縄県の事情がある。
最大の問題は、スタートから関係筋それぞれの思惑にずれがあったことである。現在の普天間基地を名護市の辺野古沖キャンプ・シュワーブへ移設することは日米間で合意していた。同時に、沖縄の米軍海兵隊員8,000人のグアム移転も決まっていた。にも拘らず、民主党は先の総選挙のマニフェストに、普天間は海外移設、少なくとも県外移設すると約束した。この約束実行について、鳩山民主党は事前にどの程度の自信があったのだろうか。それほどの成算はなかったのではないか。新政権発足後慌てて実行策を立てたような気がする。それは、海外・県外移設を前提に、あれもこれもとアイディアを練った。連立を組んだ国民新党と社民党からも、マニフェストの実行を責められ、結局可能性はどんどん狭められ行き詰ってしまった。それが今日の結論先延ばしではないか。
しかし、これだって極力早い結論を求められている。アメリカにしても辺野古への移設を前提に海兵隊を移動させる計画が狂うことで、来年度の連邦政府予算に移転費用を組み込めるかどうかの判断を迫られているらしい。アメリカから不信感を持たれ、現行の移設案以外は考えられないとまで言われ、挙句の果てには日米同盟にひびが入りかねないとまで言われている。
この無様な国内対応と対外折衝は、鳩山政権の政治哲学と決断力の欠如と言われても仕方あるまい。この行き着く先はどうなるのか。まさに鳩山首相と民主党にとって正念場である。
鳩山政権が抱える新たな問題も浮上した。来日した中国の習近平・国家副主席が今日天皇陛下と会見したが、その決定に至る不透明な経緯が物議を醸している。天皇との接見には、少なくとも会見の一ヶ月前までに宮内庁に伺いを立てるしきたりになっているが、習副主席のケースはその後の申し出だった。それが、会見可能となった背景に、鳩山首相からぜひにとの希望が平野官房長官を通して宮内庁へ伝えられた。一旦は無理と見られた話がこれによって復活し、この経緯を不満に感じた羽毛田宮内庁長官が記者会見で不快感を表明した。
この後がぐにゃぐにゃである。皇室の政治利用ではないかとメディアは喧しい。背後に小沢幹事長の強引なねじ込みがあったと噂されたが、小沢氏はむしろ羽毛田長官を憲法論まで持ち出し、内閣が決めたことを一役人が批判したと烈火の如く怒った。
しかし、小沢氏の憲法論は根拠が薄いし、国民を納得させない。本人は復活に圧力をかけたことは否定しているが、直前に650人を引き連れ中国へ乗り込んで胡錦寿国家主席ら中国首脳陣と会談していた状況を考えると、小沢氏が会見を請け負った可能性は充分考えられる。真実は分からないが、天皇会見は政治主導でとか、宮内庁の専権事項などという問題ではなく、公平に考えても民主党のやり方に小沢氏の力が影響していると考えるのが普通ではないか。もし仮にそうだとするなら小沢氏は少々思いあがっていないだろうか。
鳩山首相もこういう問題で躓いていると、内閣も倒産してしまう恐れがある。
945.12月14日(月) 経済学者ポール・サミュエルソン教授亡くなる。
今日12月14日と言えば、元禄年間「忠臣蔵」吉良邸討ち入りの日である。当時は旧暦だったから今とは季節もずれていたが、それでも昔は映画でも、芝居でも12月と言えば「忠臣蔵」か、「赤穂浪士」の話題でもちきりだったものだ。ところが、今では古いものはどんどん忘れ去られる傾向にある。
古いと言えば、MIT(マサチューセッツ工科大学)のポール・サミュエルソン名誉教授が亡くなられた。享年94歳である。「知の巨人」とも呼ばれたが、最近はあまり表舞台に立つことは少なかった。しかし、何と言っても20世紀を代表する経済学者であり、ノーベル経済学賞受賞者である。私自身大学経済学部に入った時、経済原論はこのサミュエルソン教授の「ECONOMICS=経済学」を通して学ぶと聞いて、こんな難しい原書を教養課程の必修科目で使用するのかとぞっとしたことを思い出す。朝日夕刊には「1948年に初版が発行された著書『経済学』は半世紀近くにわたって、経済を学ぶ学生の教科書の定番だった。日本語をはじめ約40の言語に翻訳され、これまでに約400万部が売れる世界的なベストセラーとなっている」と紹介されている。
久しぶりに本棚から「経済学」を取り出して見てみると行間にかなり鉛筆で書き込みがしてある。しかし、古くはなっているが、印刷の色も当時のままだし、装丁も崩れていいない。810頁のハードカバーが懐かしい。アジアの学生向き編集としてあって、マグロウーヒル社から向学社がパテントを獲得してアジア地域の学生のために日本で印刷したものである。私が所有しているのは、1958年発行第5版で裏表紙にアジアで販売されるすべての国名が書いてある、と同時に北米、中欧、イギリス、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドには再輸入禁止としてあることが面白い。
教養課程の頃は、まだ経済学の本質が良く分からず、原書で読むことに苦戦した。翻訳本がなく、岩波書店から都留重人・一橋大教授の日本語訳が出版されたのが、すでに会社へ務めていた1966年で、早速購入した。因みに当時上巻は512頁の箱入りハードカバーで900円だった。翌年下巻が出版されたが、これは1212頁で1,100円だった。いずれもずしりとくる重量感のある書物だった。
原書と日本語翻訳書のサイズが同じで、頁数が日本語がちょうど2倍もあるというのは日本語にはムダが多く、説明が多すぎるということなのか。
しかし、原論とは言え、結構難しかった。経済学部の学生としては、どちらかと言えばサミュエルソン教授の近代経済学というより、マルクス経済学へ関心が行き、あまりサミュエルソン教授さまさまとは行かなかったが、いずれにしても思い出は尽きない。そのサミュエルソン教授も逝った。学生時代は遠くなりにけりである。
先日JN協会白澤照雄事務局長から電話があり、今日JN協会が発行する新刊書の初めて打ち合わせをするというので、海事センター会長室へお邪魔する。
JN協会松尾道彦理事長、副理事長のJR東海相談役・須田寛氏、白澤事務局長と私の4人で、編集方針や目標などについて話し合った。何となく漠然としているが、私の担当する「観光」については、具体的な目次、或いは見出しをつけてもらうということで納得した。そうでないとあまりにもフィールドが広過ぎて、まとめようがない。まだまだ何度も打ち合わせをしないといけないと考えている。
その後松尾理事長に麹町の洒落たお店で食事をご馳走になる。4人でフリートーキングをしたが、須田さんの話題の豊富なこと、特に役人と政治家の経歴に詳しいのには驚いた。もうひとつの驚きは、今をときめく?亀井静香・郵政金融担当相が運輸大臣だった、当時の運輸事務次官が松尾理事長だったとは2度びっくりである。
944.12月13日(日) 現代人は本を読まなくなったのか。
最近出版に関する話題に事欠かない。
そのひとつが、朝の朝日一面に今年1年間の書籍・雑誌の推定販売金額が2兆円を割り込むことが確実になったとの出版科学研究所の分析が紹介されていた。1996年のピーク時から年々下がりっぱなしである。4日(金)のNHK「ニュース7」で駒沢大・清田昭義講師が「出版ニュース社」の編集者として今年の出版界の傾向についてインタビューに応えておられたが、どうも出版界はぱっとしない。村上春樹の「1Q84」だけが突出して売れ、全体として雑誌の売れ行きが減少傾向にあるようだ。雑誌で名前だけでも知っている「就職ジャーナル」「英語青年」「諸君!」「マリ・クレール」等を含めて10月発刊までで170誌が休刊だというからその数の多さには驚いた。
同時に、朝日には専門的であるが、三島由紀夫の研究文献総覧も紹介されていた。「三島由紀夫研究文献総覧」で、実はこれは清田講師の会社が刊行したもので、貴重な三島に関する研究を続けている神田の古書店主・山口基氏の資料をまとめたもので、分厚い790頁の大作で価格も1万500円で、限定500部だそうである。三島研究に事欠かない資料が網羅されているようなので、実は先日友人の呉忠士くんが生前三島から父親・呉茂一先生へ宛てた直筆文をメールで送ってくれたので、一昨日の講義の後、そのコピーを清田講師へ差し上げた。じっくり目を通されて、この文字は三島のものですと言って喜んでおられたので、研究家にとっては涙の出るような貴重な資料になるだろうと思う。来週は講義の後、清田講師を囲んで忘年会を行うので、ゆっくり話をしてみたいと思う。
日経朝刊「文化」欄を読んでいて、作家で翻訳家でもある常盤新平氏のエッセイに島崎藤村の「破戒」を中学2年生の冬に読んだとの件がある。私は2年生の秋だった。やはり同じころに読んでいたのだと思うと、失礼ながら同志や同級生のような気になる。あの当時読んでいて「エタ」という部落民の存在が理解できず、意味が分からないまま何か特殊な人たちではないかなどと思いをめぐらせていた。あまりにも印象が強烈で社会性を含んでいたせいか、子ども心には些か刺激が強かったのではないかと思っている。しかし、そのお陰で「破戒」は、今でも愛読書のひとつとなっている。
不思議な連鎖と言おうか、常盤氏のエッセイの下段に歌人・小池光氏が「蜘蛛」というエッセイを書いておられるが、蜘蛛というあまり好かれない奇怪な生き物に関した短文のエッセイで、これが中々面白い。芥川の短編「蜘蛛の糸」にまつわるもので、「カンダタ」がお釈迦さまに糸を切られ地獄へ落ちていく象徴的なシーンが有名だが、小学校6年生の頃担任の湯浅和先生がよく読んでくれ、そのお陰でクラスのほとんどがストーリーを覚えてしまったことが懐かしく思い出される。その時は、主人公は「カンガタ」ではなく、「蜘蛛の甚十郎」と呼ばれていたような記憶がある。
やはり名作を若い頃に脳裏に刻むことは、後々想い出になったり何かの折に役立つがある。
朝日「声」欄にこんな記事もあった。77歳の都内に住む方の投書「忘れてはいけない12月8日」である。「もはや12月8日は忘れられ、大きな意味を持たない日になって来たのか。それだけ平和になったわけなのだろうか。それが本当の平和を希求する日本国民の平和認識と見て良いだろうか。何かさびしい1日だった」とある。
言わないこっちゃない。戦争を知っている世代の人たちにとっては、最近のマス・メディアが開戦記念日について何も報道しないことが不満なのだ。
943.12月12日(土) ライトアップされた原宿・表参道の賑わい
原宿の表参道にある元同潤会アパートが「オモテサンドウ・ヒルズ」となって、東京の新名所のひとつになった。その表参道が最近夜になると並木をライトアップしてイルミネーションが注目を集めている。以前にもライトアップしていたが、11年前に電気のムダ、環境問題から中止した。それがどういう主旨でどんな要望があって復活したのか、今年再びライトアップされ夜になると賑わっているとメディアが騒いでいたので、お上りさんよろしく妻とイルミネーション見物に出かけた。
土曜の夕べということもあり、JR原宿駅はプラットフォームから混雑していて入場者を制限して、下車客をさばいていた。話題の通りは黒山の人で前へ進むのも一苦労である。これが、公衆道路だからこの辺りの生活者にとっては随分迷惑なことだろう。表参道の両サイドのライトアップされた夜景は楽しむことができたが、ほとんどが若い人たちだった。話題の「オモテサンドウ・ヒルズ」の内部に入って洒落たショップをウィンドウ・ショッピングして見たが、この内部もすごい人混みだった。高級ブティックが並んでいて、これではリッチでないと楽しめないのではないかと感じた。
路地に入り込んだら道が分からなくなり、タクシーに乗ったところドライバーが、ライトアップして道路が混んで、ゴミが散らかり良いことはまったくないとこぼしていた。どうしてこんなものを復活したのかと大分ご不満の様子だった。聞けば、商店会もそれほど売り上げが上がるわけではなく、町内は汚され、なぜライトアップ復活に賛同したのか分からないと、車を降りるまでぶつぶつ言っていた。車の渋滞の様子を見ていると何となく分かるような気がした。まあ私には話のタネにはなった。
それよりシャクに触ったのは、東横線に乗った時、幌を被った車両の連結部分で小さい女の子が二人遊んでいて危ないので、そこから離れるように注意したら、何と傍に父親が黙って立っていた。一旦その場を離れた子どもが、再び同じ危険箇所に入り込んでも父親は頑として黙っている。呆れ果ててもう注意するのを止めたが、こどもが危険に晒されても無関心で、他人から注意されても知らん顔をしているのに出くわして、いよいよ世も末だと思った。周りを見たら周囲のシルバーシートはみんな私より若そうな乗客に占領されていた。もう思いやりとか、親切心、常識とかを持たない連中が大きな顔をする世の中になってしまったのだ。こういう連中は年老いた時、自分たちは誰からも助けを必要としないとでも思っているのだろうか。
昔に比べて嫌な奴がふえてきたなぁ。まったく不愉快である。
942.12月11日(金) 三井三池闘争を想う。
今日の駒沢大清田義昭講師の講座は、映画「三池-終らない‘炭鉱’の物語」をDVDで鑑賞しながら話し合うことだった。2007年日本ジャーナリスト大賞を獲った作品である。女性監督の熊谷博子が三井三池で7年間に亘って克明に取材したドキュメントで、中々の力作だと感じた。
三井三池闘争と言えば、ちょうど60年安保闘争と同じ年に日本を東と西に分けて闘われた大きな社会事件だった。われわれ学生は、安保闘争に夢中で繰り返しデモを行っていたが、三井三池にも関心がなかったわけではなかった。「総資本と総労働の対決」と言われて三池を支援する労働団体が全国から駆けつけたので、デモは大きく広がり連日メディアで報道された。指名解雇を打ち出した会社側とこれに反対する三池労組が対立し、乱闘騒ぎになり、その渦中で死者も出た。労組の精神的支柱だった向坂逸郎・九大教授が、思想面で組合を支えた。その当時法政大学で向坂教授の講義を聴きに行き、冴えているなあと感銘を受けた覚えがある。
問題は二つあった。ひとつは、会社側が第二組合と呼ばれる新労組の結成を画策して組合の分裂を図ったことである。二つ目は、1963年に炭鉱内で爆発事故が発生して、458人もの死者を出し、助かった人の中にも炭塵災害による二次災害が発生したことである。
この二つが後々まで尾を引いた。三井鉱山会社は手に負えなくなり、国が介入するようになった。同じ炭住街に住む隣人を仲たがいさせるような結果と、後遺症に悩まされる人たちが家族を含めて相当数発生して、被害家族が長きに亘って苦しみ、結果的にCO特別立法の成立にまで突き進んだことである。
それにしても闘争を支えた原動力は、驚くべきことに主婦連合の忍耐力とネットワークにあった。特に、炭住街に三池労組の主婦連が結成され、炭鉱婦人協議会なるものが成立した。1960年2月には、三池主婦会総決起大会を開催し、国会へ特別立法を働きかけるまでになった。最終的に、不十分ながらも国から炭鉱事故被害者への補償金を勝ち取った。
この一連の動きを見てみると、明らかに時代の差を感じる。同業者が一体感を持って目的へ向け意思統一を図りながら邁進していく。この運動の進め方は最近では見られないものだ。また、総資本と総労働の対決のように、労働側は必死になって一丸となって情熱を抱いて闘っていた。
いずれも現代には残念ながらもう見られないものだ。これが、今日「醒めている」「自分に関係ないものには関与しない」「ひとつのことに情熱をかけることはない」「夢を描かない」等々と云われる現代の若者と大きく異なる。
久しぶりに1960年代の国民的な社会運動を懐かしく感じることができた。
941.12月10日(木) 国会議員なら脱税しても軽く済まされるのか。
「知の現場」の宣伝チラシがプロジェクト・マネージャーを経由して送られてきたので、私なりのPR文を付けて早速知人や友人にメールで送信したところ、間髪を入れず本命のチラシではなく、私が最近の鳩山政権の迷走ぶりを非難したブログについて、フロリダ州マイアミ市在住の鹿住一夫さんと仰る方から「アメリカから見ていても、どうもリーダーシップに欠けるように思われます。連立政権の弱みかも知れませんが、社会党、国民新党の言い分を重視し過ぎていて、議員数では圧倒的に勝る民主党としての主張が希薄のように見えてなりません。また偽装献金問題にしても、かつての野党の党首時代に『秘書の犯罪は議員も同罪』と繰り返していたのが、今では『母親から送金を受けていたことを自分は知らなかった』で逃げている。こんな大金が動いていて本人が知らないはずはありません」とのメールをいただいた。まったくその通りである。長い間アメリカでご苦労されておられる市井人だけに、反って日本の混乱ぶりがニュートラルに見えるのだろう。
ゼミの後輩のひとりからもメールをもらった。彼は幾分民主党に理解があって、政権を取って間もない民主党は充分体制が整っていないので、明治維新時に明治政府が体制作りに時間がかかったことを例に挙げ、もう少し時間をかけて見てみたいとのメールをもらった。まあそれも分からないわけではないが、今回の迷走ぶりは、そういう安定基盤に時間がかかるという問題ではなく、信念の問題である。まして外交問題、特に対米同盟、それも火急的な基地移設という重要課題が絡んでいるので、そうのんびり待っているわけにも行くまい。鳩山政権の腰が定まらない迷走の最大の原因は、一にかかって鳩山首相自身に政権運営の哲学と信念が欠けているからに他ならない。
大体母親から9億円にものぼる巨額の贈与を受けていながら、知らぬ存ぜぬで罪を秘書に押し付けて、挙句の果ては母親からの資金であることが判明するや、検察の解明を待って法律に則り対処したいなどと誰も信用しないような言い草で時間稼ぎをしている。法律を犯した本人が、一旦ばれるや法律に則って適正に対応するなどという図々しい発想はどこから出てくるのだ。まるで盗人猛々しい鉄面皮ではないか。同じように母親から9億円の資金供与を受けていたことが判明した弟の鳩山邦夫・元総務相のごときは、得意気に(脱税していた)贈与税を納めると言い出し、兄の首相へ白状した方が良いようなニュアンスの発言をしている。反って潔いなどと見当違いで次元の低い持ち上げ方をするメディアまで出る始末である。
どっちにしろ、兄弟ふたりして巨額脱税行為をやっておいて、ばれたから納税しますとの論理は、一般市民の感覚ではとても理解できない。もう少し自分の身を潔白にして議員活動ができないものか。
民主党が民主党なら、邦夫議員のほかにも自民党は脱税議員が多士済々?である。負けずに脱税行為をやっていた二階・前国交相の悪質な政治資金規正法違反も秘書を略式起訴かなんかでお茶を濁し、議員本人は逃げ切るつもりのようだ。部下に罪を被せて放ったらかしにする「先生」ばかりだ。少しは軍神廣瀬武夫・海軍中佐の部下・杉野孫七兵曹長を思う気持ちを見習ったらどうか。国会議員というのは、悪事をするために議員になったのではないかと皮肉のひとつも言いたくなる。
940.12月9日(水) 日米両政府は普天間基地問題を解決する気があるのか。
このところ政治が動いていないように思える。沖縄普天間基地移設問題は袋小路に入り込んだかの感がある。政権内部でも、鳩山首相は持論を述べずリーダーシップを発揮せずの他人任せであり、岡田外相、北沢防衛相、福島少子化担当相らはばらばらに持論を述べている。沖縄の仲井真知事は当然地元の考え方を主張している。
アメリカが痺れを切らして、日米同盟が危ういような発言をしていたが、日米高官の発言が沖縄住民の気持ちをすっぽりと見落としていることが問題だ。これまでの日本側の準備や手順も悪かったが、アメリカにも沖縄、日本を軽視する考えがあることは事実だ。アメリカは大体安保条約がある以上基地使用は当然という言い方をしているが、一体どこの国の土地の使用問題かという点にまったく配慮が足りない。日本もその点を強調するのではなく、説明して分からせる努力が必要なのではないか。
今日アメリカから伝えられた一高官の「このままCOP15で両国首脳が会うことは、オバマ大統領の時間の浪費だ」の傲岸不遜な発言に至っては、相手の気持ちを慮る姿勢がまったく感じられない。まるでこちらの言い分を認めなかったらもう相手にしないとでも言っているようなものだ。もし、こういう傲慢な意見がアメリカ政府内部に他にもあるとするなら、相当覚悟して日米関係を基礎から構築し直すことが必要である。
そもそもどうしてこんな相互不信の状態になってしまったのか。岡田外相の言動を見ていても、この人は虚虚実実のかけひきをあまりやった経験がないと分かる。外交下手なのだ。いつも義務のように巨額の拠出金ばかり負わされる日本の外交下手は、日本人の消極性、へりくだりや、謙虚さに負うところもあるが、外交官が現場レベルで堂々と丁々発止渡り合う訓練と度量が足りないからだ。これから普天間基地問題はどうなるか。このままで良いわけはないので、どういう動きをするのか、当分目を離せない。
昨日からコペンハーゲンで気候温暖化に伴う地球環境について、2012年に失効する京都議定書後の取り決めを話し合うCOP15なる会議が始まった。世界中から190カ国、15,000人が集まった。110カ国から首脳もやって来るそうだ。オバマ大統領も出席するという。最近の情勢では途上国が強気で意見がまとまりそうもない。そのカギを握るのは、やはり中国だろう。8日間に結論は出そうもない。政治声明を発表して、今後解決へ向けて話し合いを進めていこうとのスタンスを見せるだけのものだろう。国際交渉の舞台でもメリハリの利いた論理的な欧米流儀から段々日本的曖昧さが表に出るようになってきた。この傾向は世界を益々停滞させることにつながるのではないか。
余計な話だが、このCOPというのは何を意味しているのだろうかと考えたら、COPENHAGENの略字ではなく、‘The Conference of the Parties’を略したもので、日本語では「第15回国連機構変動枠組み条約締約国会議」というのだそうだ。英語は簡単過ぎてよく分からない。一方で、この日本語訳は分かることは分かるが、少々長過ぎないか。これなら大幅に詰めて今流行りの簡略語にしてみたらどうか。「カラマーゾフの兄弟」を不見識にも「カラキョー」とやったように。
9月から受講していた多摩美術大学の生涯学習講座「都市を美術とともに歩く」も今日が最終日で、ターゲットはチュニジアだった。これまでヨーロッパとメキシコだったが、ちょっと珍しいテーマだと思う。しかし、建築と音楽を紹介してくれて結構面白かった。終って修了証書をいただいた。
939.12月8日(火) 誰も話さないが、今日は大東亜戦争開戦記念日
真珠湾攻撃により大東亜戦争が開戦されてから、今日で68年になる。最近は時代のターニングポイントとなった大事件でもマス・メディアであまり報道しない。しかし、あの大東亜戦争開戦記念日であるにも関わらず、ほとんどのテレビ局がだんまりを決め込んでいるのは、一体全体何を考えているのだろうか。今問題になっている普天間米軍基地移設問題にしても、元をただせばこの戦争から始まっているのにだ。過去を真剣に振り返って反省することも、検証することもあまりないようだ。過去の戦争の真実を分析することなくして、想像の話として戦争を語ったところで真実が分かるはずがない。
先日来かつてお世話になって、先年亡くなられた方の生涯をご遺族から伝記風に書いてくれるよう依頼され、実のところ困っていた。家族にとって大切な記録を後々まで伝えたいので、文書にして欲しいという依頼をいただいたのである。しかし、評伝なんて書いたこともないし、とてもその任に非ずとご高齢の奥様に2度もお断りしたが、たってのお願いと迫られ、資料や謄本、写真まで送ってこられた。その挙句に電話までいただいて書いてくれないと死にきれないとまで言われては、お断りできなくなり、悩みに悩んだ末に昨日からその履歴について少しずつ書き始めた。こういう話は誰でも書けるというものではない。実際いかにその方の姿を知っているとは言え、性格的な点や癖までは分からない。見込まれて頼まれたこととは言え、こういう家庭内にまで入り込むプライベートな話は気がひけるし、気の重い話である。ただ、ひとつ興味深かったのは、故人のご先祖が平安中期に酒呑童子退治や、謡曲「羅生門の鬼退治」で京都一条の戻り橋で、鬼の片腕を切り落としたとされる「渡辺綱」だと知ったことである。 由緒のある家柄なのだ。果たして本当に実話なのか信じがたい気がするものの失礼だと思い、尋ねようとは思わないが、一寸興味を惹く話である。
夕方 3ヶ月ぶりに「酒のペンクラブ」例会に出席のため神田の「樽平」へ出かけた。長老の山中保学さんに久しぶりにお会いできて嬉しかった。脳梗塞で倒れて気にかかっていたところだった。今月初めにMRAで診てもらい、心配ないと言われたと早速好きなお酒を旨そうに飲んでいた。もうちょっと慣らし運転をして、少しずつ量を増やしていった方が良いのではないかと思う。他人事ながら少々気になる。閉会間際になって、来月の例会冒頭に簡単なスピーチをやることになった。テーマはこれからゆっくり考えたい。
938.12月7日(月) すごい高校生ゴルファーと優柔不断の総理大臣
男子プロゴルフ界にえらい選手が出てきたものだ。昨日石川遼選手が今年度男子の最年少賞金獲得王に決まった。プロ入り2年目の、僅か18歳の高校3年生である。今年はトーナメントに4勝して、獲得した賞金が1億8千余万円というから、そんじょそこらの高校生とはわけが違う。
それにしてもこれまでの最年少賞金王は、プロ野球出身のあのジャンボ尾崎選手で、その当時26歳というから大きく年齢の壁を破ったことになり、その素質はずば抜けている。外国でもこれまでに一番若かった賞金王は、アメリカ男子ツアーのタイガー・ウッズの21歳、ヨーロッパ男子ツアーのセベ・バレステロスの19歳だという。私自身ゴルフをプレイしないので、ゴルフについては詳しくは分からないが、たかが高校生がこんなにも簡単にトッププレイヤーになれるものかと驚くばかりである。感心するのは、石川選手の応対にそつがなく、話の内容もしっかり考えて話していることで、普通の高校生のそれとは大いに違う。しかも生意気そうな印象がまったくなく、控え目な感じでこれでは人気が出ない方がおかしいくらいだ。
さて、今日になって急に普天間基地移設問題が慌しくなってきた。これまで岡田外相、北沢防衛相が個別にばらばらのことを言っていた。しかし、日米間で問題が起きないように努めていたが、アメリカがそろそろ堪忍袋の緒が切れて、このまま日米合意を無視するようなら信頼が損なわれるとアメリカの要人が話し出した。今の鳩山首相のスタンスを見ているとアメリカよりも、むしろ連立政権を支えている社民党と国民新党への配慮が度を過ごしている。福島瑞穂・社民党党首のごときは、この普天間移設は海外か県外でなければ重大な決意をするとまるで脅しをかける発言である。一方、補正予算では亀井静香・国民新党代表の筋の通らない強引な発言に、民主党は振り回されている。大体補正予算を2兆千億円以内に抑えようと考えている民主党幹部の神経を逆撫でする「8兆円で景気刺激策を」には、民主党の弱さが表れていると思う。なぜ断固として、民主党独自の考えを主張するなり、反論をしないのか、不思議でならない。こうしている間に、普天間施設問題では、アメリカ政府はおろか、国内でも沖縄県仲井真知事や、沖縄県民に不信感を募らせ、益々こじれさせている。補正予算問題では、連立政党間で綱の引っ張りあいをやっている。結果的に総選挙直後には、民主党の支持率が75%にも達していたのだ、最近では60%を割った。このままの状態では、人気は下る一方である。
それにしても鳩山首相の何と優柔不断なことか。これがわが国の総理大臣かと少々心配になってきた。
937.12月6日(日) 慶応ラグビー、9年ぶりの優勝を逸する。
ケースは多少違うが、昭和35年東京六大学野球の秋の早慶6連戦を思い出すともなく思い出してしまった。
今日テレビを観ながら関東大学ラグビー早明戦で明治を応援していた。今シーズン低迷する明治が勝てる可能性は極めて低かったが、仮に明大が勝てば母校慶応に9年ぶりの優勝が転がり込んでくるからだ。
半世紀前の早慶6連戦は全6試合を外野席で友人と応援していた。その当時長らく東京六大学で優勝していなかった慶応にやっとそのチャンスが巡ってきた。最後の早慶戦で勝ち点さえ挙げれば、優勝だった。それが1勝2敗で勝ち点を失い、早大と優勝決定戦を行って負けてしまったのである。その間に同点引き分け2試合を挟んだ6連戦で大いに盛り上がったが、負けた悔しさの方が強くて、最後に負けた後友人とどこかへ妬け酒を飲みに行ったように思う。大学キャンパス内には丁度60年安保闘争の余韻があり、試合前からどこもデモの熱気があったように思う。
今日の早明戦は先月の早慶戦、昨日の帝京大戦に続いて慶応の優勝がかかった試合となった。早慶戦は勝てば優勝だった。しかし、前半リードしながら最後の土壇場で同点に追いつかれ20-20の同点引き分けとなってしまった。そして、昨日の帝京大戦も勝てば優勝が決まるはずだった。勝てると思っていて予想通り前半だけで17-0とリードしていながら、ノーサード(試合終了)直前に逆転され19-17で敗れてしまい、またも優勝を逸してしまった。
そして今日の早明戦は早大が負ければ優勝という漁夫の利を狙うものではあったが、戦前の予想に反して明治が試合を優位に進め、前半は14-3で明治がリードした。これでやっと慶応に優勝が転がり込むと取らぬ狸の皮算用をしていたところ、早大もさる者、ノーサイド直前になって逆転トライを挙げ試合を16-14でひっくり返してしまった。これで優勝はついに泡と消えてしまった。
早慶6連戦の時もそうだったが、慶応というチームはどうしてか優勝がかかるとプレッシャーに弱い。いつもこんな調子で期待を裏切られてしまう。またまた来シーズンに期待するしかないが、暮から正月へかけて全国大学ラグビー選手権大会が開催されるので、新規まき直して優勝を目指して頑張って欲しい。
936.12月5日(土) 迷走する鳩山由起夫氏は果たして首相の器か。
沖縄の米軍普天間基地の移設問題が混迷の度合いを深めている。その最大の原因は、鳩山首相のリーダーシップの欠如とアメリカよりも連立を組んでいる国民新党と社民党の意見を取り入れすぎることにあるようだ。アメリカは不信感を強めており日米関係も危うくなってきた。
ところで、鳩山由起夫氏は果たして首相の器なのか。理想も良い。人望もあるようだ。マス・メディアを始め対人関係には丁寧に対応している。だから、人気もかなり高いようだ。しかし、政治を司り国を動かしていくトップとしては、決断力に乏しく、あまりにも頼りない印象を受ける。朝令暮改も甚だしい。いろいろな意見を持っていても、それを充分こなし切れず、是々非々の判断に迷いが見られる。いろいろな方針を大臣に検討させたり、命じたりするのは善しとして、上がってきた材料を料理する知恵と工夫が足りないよいだ。
今迷走中の普天間基地問題は、アメリカとの合意事項には辺野古への移設が盛られていた。代案「海外か県外移設」を充分検討しない間に総選挙が近づき、沖縄県民の理解を得られやすい代案をぶち上げた。まったく成算なしにである。その軽薄さが、ここへきて首相自身自らの首を絞めることになった。
鳩山首相は、良家のお坊ちゃまのまま苦労を知らずに今日まで来てしまった。潤沢な資金を持ち、苦労したことがないから、ちょっとした苦難にも耐えられそうもないし、苦衷の中で知恵が生まれてこない。さらに普通の人間の感覚が分からないところもあるようだ。あまりにも一般の常識とずれている。それが「宇宙人」と呼ばれる原因にもなっている。これだから閣僚や取り巻きも大変である。
最近の偽装献金問題のお粗末さは、救いようがない。自分は知らなかった。秘書がすべて仕切っていた。こんな言葉は中間管理者あたりまでの下っ端の人間の言うことだ。まして、政権を取る前の2002年の加藤紘一・自民党元幹事長の秘書疑惑、その後の社民党辻元清美・現国土交通副大臣の秘書給与流用事件の際は、秘書の責任はすべて議員の責任と言っていたのではなかったか。資金が母親から拠出されていたことには驚いているとまでしらばくれている。これには漢字を読めないと笑い者になった麻生太郎・前首相にまで「驚くのはおかしい。驚いているのはむしろこちらの方だ」とまで皮肉られている。弟の邦夫元総務相ともども母親から資金を出してもらって、自分は与り知らぬとはよく言えたもので、とても普通の神経ではない。兄弟二人して贈与税の脱税を繰り返していたわけである。こういう頼りにならない人を総理大臣に押し上げた責任は、やはりわれわれ国民が負うべきなのであろう。やれやれである。
935.12月4日(金) 日本的曖昧さで右往左往
些かうんざりである。今日の朝日夕刊「ニッポン人脈記」に、3人の国語学者による部首「しんにゅうは1点か2点か」が紹介されている。近藤姓の「近」の部首「しんにゅう」は、このパソコンで見る限り1点であり、私自身この文字を覚えて以来ずっと1点と信じ、1点の「近」を書いてきた。
ところが実際には敗戦直後の1949年に当用漢字の字体を決めた際、従来の2点を簡略化という見地から1点にしたのだという。それならそれでずっと1点にすれば混乱もなくて良さそうなものだが、いつの間にやら「しんにゅう」を使った文字には1点と2点の2通りのケースが存在するらしい。これは、パソコンの文字に倣って使用されるようになってからのようだが、正統派の国語学会が、ビジネスのパソコンに寄り切られてしまった例である。正にグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」の典型ではないだろうか。
ほかに「しんにゅう」を使う文字の中でも、どの部首が1点なのか、2点なのかは普通あまり気にしていない。自分なりに信じる文字を書いているものと思う。私は2点の文字は