知の狩人 知の旅人

近藤節夫《ブログ》

ご意見番の意見


  充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら書いております。本欄には、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言を書込んで、自分の気持ちを表しながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご了解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

  


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602200915日(月) 第五次中東戦争へ発展するか。
 ガザ地区に対するイスラエルの攻撃は、今日も益々熾烈になり、空爆に加えて地上攻撃も開始され、ガザ地区の死者は民間人を含めてついに500人を超えた。イスラエルはガザ地区への攻撃を続行することによってガザを南北に二分した。
 国連安保委員会が三度に亘って両陣営に停戦を訴えたが、まるで暖簾に腕押しである。むしろ攻撃は日々激化している。かつて私が中東を訪れた第三次中東戦争のころは、アラファト議長率いるパレスチナ解放機構(PLO)だけがイスラエルと対決していた。今ではパレスチナ暫定自治政府は穏健派のファタハが主導し、過激派でイスラム原理主義組織のハマス、北部のヒズボラがガザ地区内に分散して活動している。当初サルコジ仏大統領が仲介に乗り出そうとしたが、両陣営に相手にされず一度は退いた。しかし、サルコジのスッポン作戦は、ならばと明日イスラエルに入って直にオルメルト首相の説得工作に当るという。イスラエルとファタハに電話で自制を促したという麻生首相もお体裁だけではなく、この果断にしてアグレッシブなサルコジの行動力を少しは見習ったらどうか。戦火はエスカレートするばかりである。目立ちがりやのロシアと、地上の様子を眺めているモグラ中国は渦中の栗を拾う様子もなく、じっとアメリカの出方を見守っている。そのアメリカは、攻撃を続けているハマスこそ戦争をたきつけているとして、ハマスを非難してイスラエルに対しては攻撃を停止させようとの素振りを見せない。これでは難問が解決する筈もない。アメリカはニューヨークに六百万人もの裕福なユダヤ人が居住して、彼らからの見返りが多い。平和とか、人類愛とか、生命の大切さなんかより、ユダヤ人から得られる損得勘定ばかり考えている。
 サルコジがイスラエル入りして果たしてどんな交渉力と説得力を示すことができるか。仮にサルコジに成果があった場合、アメリカの地位と信頼は急速に低下するだろう。
 もしこのままの戦闘状態が続けば、パレスチナが焦土と化すことは間違いない。ユダヤ人国家アメリカ、パレスチナ紛争の火種を作ったイギリス、覇権争いの常連ロシア、モグラのおっちゃん中国はこのまま放っておいて良いと思っているのだろうか。
 さて、今日から日本も再起動である。早速大発会で日経平均は9,000円を超えた。円安傾向も示した。このままこのトレンドが維持されればよいが、専門家の予測でも今年中には景気は元に戻らない。
 通常国会が今日召集された。まずは、人気のない定額給付金を盛り込んだ来年度一般会計予算を成立させようとの政府の目論見である。論戦や政策よりも常に政局である。政治家の無為無策にはまったく嫌になる。
6012009年1月4日(日) 「カティンの森」を考える。
 昨晩NHKのアーカイブスで放映された、ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダがメガホンを取った「カティンの森」の製作意図の紹介を通して、初めて「カティンの森」事件の真相を知った。
 第二次大戦前のポーランドはドイツと旧ソ連に挟まれて複雑な立場にあった。1939年ポーランドはドイツとソ連に侵略され降伏した。1943年ソ連領内へ進撃したドイツ軍はソ連領内カティンの森で、ポーランド将兵及び民間人、併せて4,000人の残忍な殺戮手段による遺体を発見した。ドイツはソ連が虐殺したと主張したが、ソ連はドイツ軍によって殺戮されたと反論し、お互いが対戦国に罪を被せようとした。第二次大戦中、更に戦後になっても双方が罪をなすりつけようとして真実は解明されなかった。ポーランド統一労働者党ですら、同じ社会主義のリーダーであり、同盟国であるソ連に気兼ねして真相の解明に及び腰だった。しかし、カティンの森だけに止まらず犠牲者の数は益々増え、その数は実に22,000人が加えられた。
 1952年アメリカ議会では、虐殺はソ連内務省によって計画され、赤軍が処刑を実行したものと断定した。しかし、ソ連が公式にその残虐行為を認めたのは、社会主義体制が崩壊した1989年になってからだった。スターリンの命によって実行されたと公表されたが、すでに殺人鬼スターリンはこの世にいない。それでもなお、ソ連政府は隠し通そうと試みたようだが、すでに証拠が明白となり、1990年になって漸くゴルバチョフ大統領が対外的にその大量虐殺を認めた。あまりにも遅く、極悪非道の振る舞いは長きに亘って表沙汰にされることはなかった。しかも敗戦国ドイツに罪と責任を被せようとした。許しがたい反道徳的蛮行である。
 ワイダ監督の父親もその犠牲者のひとりである。社会主義体制内のポーランドにあっては、身内の死、行方について疑問を抱いても、体制を批判するがごとき行為は許されず、苦悩の時代を送ったようである。
 冷静に考えてみると、戦争中とは言え蛮行を計画し、それを実行する風潮に対して、阻止しようとの声は抑止されたのであろう。だが、それでもなお一片の良心と人間としての誠実さでその行為を止めることはできなかったのか。今世界各地で繰り返されている人間性無視の流れには、同じように空恐ろしさを感じることがしばしばである。文明は進歩しても人間の行為の野蛮性は、むしろ原始狩猟時代よりも進んでいるのかも知れない。
 力で権力を奪い取った者たちの所業には、そういう怖さが隠されている。絶対的な強大な力は、ともすると良い面より道を誤らす方へ向かう傾向があることを心配する。
 寡聞にして知らなかった「カティンの森」の大虐殺であるが、戦争のもたらす非人間的行為について深く考えさせられた。
6002009年1月3日(土) 加藤周一氏、1968年を語る。
 今年の関東大学箱根駅伝では、去年のように途中で3校も棄権するようなことはなかった。終盤になって城西大が唯一リタイアした。しかし、2区で22人抜きのような記録はあったが、全般的にハップニングのない平板なレースだった。今年は85回目の記念大会とあって、出場チームも例年より多い23チームだった。
  今年のレースで特に面白いと思ったのは、予想の外れ方だった。優勝候補の駒沢大は、選手全員揃って一級品と予想されていたが、蓋を開けてみると揃って二級品だったことである。選手が誰ひとりとしてブレーキを起こしたわけでもないのに、ダントツの優勝候補が優勝に一度もからむことなく、力を発揮せずに選外の13位に落ち、来年度のシード権すら獲れなかったことである。あれだけ前宣伝で華やかに書きたてられていながら、この結果には唖然とするばかりである。監督は淡々と全体の力がなかったと悔しさをおくびにも出さない。昨年の正月は堂々逆転優勝し、11月に伊勢で行われた全日本大学駅伝でも優勝して優勝候補の筆頭だった駒沢大学だが、トラブルもないのに最初からぱっとせずにすべてのランナーが2日間何の存在感も示せないままに終った。過去10年間に6回の優勝を誇る強豪が、かくも脆いとは意外だった。マス・メディアの予想もまったく外れてしまった。こうなると記者の取材能力にも疑問符が付く。とにかく駒沢大の予想外の不振がなんとも腑に落ちない。

 さて、静かな正月休みを利用して、1214日にNHK・ETV特集で放映された「加藤周一、1968年を語る」DVD録画を妻とともに観る。1時間25分の少々肩の凝る作品だった。同月5日89歳で亡くなられた加藤氏に関する文献は、「羊の歌」を始め、主に学生時代に岩波の月刊誌「世界」を通して読んでいたが、このビデオに関する限り加藤氏は「1968年」という年に、格別のこだわりを抱き、世界的なエネルギーの爆発と圧倒するようなうねりを感じたように受け止めた。実際世界的な動きを見てもその年はエポックメークな一年だった。まず5月にパリでゼネストが起き、パリ市内は機能麻痺に陥った。8月「プラハの春」事件発生、そして同じころシカゴでベトナム反戦デモが勃発して警官隊が無抵抗の市民に暴力を振るった。日本では東大篭城を始めとする全共闘紛争等があった。当時のフィルムを振り返りながら加藤氏が解説された。懐かしいフィルムがかなりあったが、その中でも「プラハの春」には私自身格別の思いがあり、大きな影響を受けた。フィルムが映し出すソ連軍侵攻当時の光景は、強く印象に残っている。地下放送によって事件を外国へ伝えた当時の放送関係者の話は貴重な資料である。私自身この事件によってチェコへの留学を諦めたし、その後三度訪れたチェコへの郷愁を募らせてくれたきっかけとなった。
 それにしても晩年の加藤氏の記憶力と鋭い観察眼には感嘆するばかりである。平凡社で出された加藤周一著作集の「言葉と戦車」は、氏が実体験した「プラハの春」から感じたことを書いたものだ。パリのゼネストのあとオーストリアからプラハへ車で出かけ、周囲の雰囲気が怪しいと感じてウィーンへ帰り、そこでチェコのテレビ(地下放送)でソ連軍の戦車による侵攻を知ったという。まったく書斎に閉じこもったままの人とはやはり違う。それが著書「言葉と戦車」に書かれている。リベラルな方で、核心を突く論考にはいつも頷かされていたものだった。このNHKの番組も良かった。
599200912日(金) 正月2日の過ごし方
 正月2日のわが年中行事は、毎年決まっていて関東大学箱根駅伝と全国大学ラグビー準決勝をテレビ観戦することである。生放送は時間的に一部ダブルが、お熱を上げるのはやはりラグビーだ。リーグ戦グループでは優勝した東海大だったが、対抗戦グループの2位早稲田にディフェンス面で完全に押さえ込まれ、完敗だった。やはり伝統の力というのは、いざという時大きな力を発揮する。もう一試合は、対抗戦グループ優勝の帝京大がリーグ戦グループ2位の法政大を文句なく破って、結局決勝戦は対抗戦グループの1位と2位の決戦と決まった。あまり新鮮味のない対戦であるが、身体的に優れ今シーズン全勝の帝京大と、伝統校の良さを発揮してチーム戦力を整備しつつある早大の対決は、質の高い玄人好みの試合になるかも知れない。
 さて、今年は西暦で2009年であるが、9年というのは過去世界史上においてエポックメーキングというより、ショッキングな事件がしばしば起きている。古くは192910月にニューヨーク証券取引所で株価が大暴落を起こした。世界大恐慌の始まりである。1989年になってベルリンの壁が崩壊した。アフガニスタンからソ連軍が撤退した。同じく天安門事件が起きた。これがきっかけとなって東西冷戦時代が終結し、社会主義国家が崩壊して民主国家・アメリカの一極集中に拍車がかかった。1999年にはヨーロッパの単一通貨「ユーロ」が産声を上げた。これにより従来のドルの機軸通貨化に風穴を開けた。必ずしもドルだけが機軸通貨ではないが、ドルの圧倒的な価値観は何と言おうと比類ないものである。
 果たして今年2009年には、内外にどんな政治的、経済的な事件が待っているだろうか。
  それから今日2日にも年賀状が配達された。これは小泉元首相の郵政民営化のおかげではないだろうか。
598200911日(木) 万事多難な中に新年を迎える。
  新しい年、2009年(平成21年)がやって来た。例年通りいつものように7時30分ごろ起床して、同じようにお雑煮と簡単なおせち料理をいただくが、お屠蘇はいただかない。これは毎年元日になると母校・湘南高校ラグビー祭へ参加するため、車で出かける予定なので酒抜きはやむを得ない。
 郵便受けに今年最初の新聞を受け取りに行ったら、もう年賀状が届いていた。こんなことは初めてだ。更に驚いたのは、母校から帰ってみると午後の配達分として第二便の年賀状が届いていたことである。これは遅ればせながら郵政民営化の効果が良い面で表れた結果だろうか。そうだとしたら国民が恩恵に浴したことになる。だが、果たして明日は年賀状が配達されるだろうか。
 空を見上げると真っ青に晴れ、無風快晴の素晴らしい天候である。ラグビー祭はOB会(SRC)総会の後、グランドでOB対現役戦、OB紅白戦で出場者は気持ちのよい汗を流したようだ。同期生の大島くんは、今も茅ヶ崎ラグビースクール校長を仰せつかっていて、相変わらず若者に負けずにグランドを走り回っている。脱帽である。一年先輩の武智さんも、ジャージーを着てお子さんやお孫さんの声援を受けながらプレイする熱心ぶりである。こうしていつまでもラグビーを楽しむ習慣が健康にも、家族融和にも効果がある。武智さんは今年年男で、大島くんは去年古希だった。
  懇親会ではいつもながら現役部員の保護者が、食事の手配をしてくれる。現役とOBが一体となって立食で交流を深める。時代が移り変わり親がこういう場で、子供たちのために献身的に協力してくれるようなことは、我々の時代にはまるで考えられなかったことである。OBの中には酒が提供されないからと不満を漏らすものもいるが、こればかりは場所柄我慢してもらうより仕方あるまい。自画自賛するようだが、こういう試みはきっと子供たちにとっても将来忘れられない高校時代のグラフィティとなることだろう。
 夜は妻といつも通り毎年恒例のNHK「ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサート」をテレビで楽しむ。今年の指揮者、アルゼンチン生まれのイスラエル人、ダニエル・バレンボイヤ氏は元々ピアニストであるが、生誕200年に当るハイドンの「告別」ではコミカルに演奏してオーケストラがいなくなるカラオケ?状態となった。こんなところにも、演奏者のみならず観客の間にもゆとりというものが感じられた。格調の高い芸術は、本当はじっくり生で味わうに限る。その意味では物足りないとも言えるが、それでも新年早々に芸術の一端に触れることができるニューイヤー・コンサートは、定番の愉しみのひとつである。
 今年は昨年よりもう一歩質的にグレードアップの一年間を送りたいと思っている。
59720081231日(水) この一年はどうだったか。
 今年もあっという間に大晦日を迎えることになった。
 まず、自分自身にとって果たして納得のいく一年だったろうか。健康面では血圧が上がり気味だったが、それほど心配する一年ではなかった。食欲もまずまずだった。
  活動面では、一応満足することができたと自分自身で納得している。いつのことになるかと心配していた「停年オヤジの海外武者修行」も何とか早稲田出版から上梓することができた。おまけにこの売れ行きが頗るいい。すでに来年1月10日をメドに重版が決定している。2月には出版記念会も控えている。加えて、前著「現代・海外武者修行のすすめ」を「新・現代海外武者修行のすすめ」と改題して12月に文芸社から再販することができた。
 講演では、従来の定期的な講師のほかに、新たに海外の活動が加わった。11月の韓国・束草(ソク・チョ)市におけるシンポジウムの参加である。そのほかに国内でも新しい講演活動が加わった。岩手県の気仙広域連合、東京交通短期大学、新宿法輪会ほかである。その間隙を縫って小論やエッセイを書いた。
 セミナーや大学の公開講座にも足しげく通って、その道の多くの先達やプロの話を聞くことに努めた。4月から始まった週一回の多摩大学・寺島実郎「現代世界解析講座」、5月から始まった週3時限の駒沢大学・マスコミ研究所公開講座、そして12月に4回の岩波市民セミナーの原寿雄氏の「ジャーナリストとして生きて」等は、既定の「構想日本」、ふるさとテレビ、JN協会のセミナーと併せて、脳軟化症に陥りがちの頭脳に刺激を与えてくれ、新たな知識を涵養させてくれて大いに向上心をステイミュレイトしてくれたと思っている。その他にもほぼ毎週パソコン教室で個人指導を受けて、とても完璧とはいかないまでも、ある程度力がついたと思っている。ホームページも若干手直しすることができた。来年はもう少し手を加えてみたい。このブログにしても一年半の間休むことなく継続して今日597回目を書き込むことができた。ある程度続けていくことに自信を持つことができた。省みて不十分だったり、納得のいかない点も多々ある。両膝が少し回復してきたので、もっと海外にも出かけるべきだったとの思いも強いし、もっと厳しい目で現実を見つめた社会評論を書くべきだったとも思っている。それでも全般的にはまずまずだったと言えるのではないかと思っている。
 来年は今年の反省を踏まえて、もっと外へ向かって実績を誇れるような仕事をしようと考えている。
 外の世界では、イラクやアフガニスタンの戦争の行方も定まらない。年末になってから始まったイスラエルのガザ地区に対する激しい空爆は、二千年の怨念の篭った恨みを露呈するものだった。イスラエルの攻撃は休む間もなく、5日間に亘って続けられ、すでに死者は400人近くに達している。国連事務総長が何度も自制を訴えているが、イスラエル、ハマス両者とも一歩も後へ引かない。こうしている間にも犠牲者は増えている。ガザは今や世界中で一番激しい戦火が交わされている地となっている。益々複雑な道へ入り込みそうな気配である。
 国際経済面では、不況に終った一年だった。北朝鮮の核問題も何ら前進することはなかった。それにもまして世界的な景気後退は一体全体どうなってしまうのだろうか。来年も早々からあまり展望の開けない状態が続く気がする。
 今晩は例年通りNHK紅白歌合戦を観ることになった。終るともう新年である。来年こそは私自身は勿論であるが、周囲も、外の世界も事態が好転することを願って、問題の多かった一年を送りたい。
59620081230日(火) 終わり悪けりやすべて悪いか。
 年末の大掃除というのは、師走13日から始める習慣になっているそうで、いよいよ押し詰まってくると、静かに年神様をお迎えする気持ちと状況を作ることになっていて、普通大掃除はやってはいけないらしい。だが、その中で一日だけ掃除をやってもいい日というのがあって、それが今日30日だそうである。そんなことはあまり意識しないが、一応新年を迎える準備だけはしておくべきと、掃除の序に松飾りを門扉から玄関にまで飾った。これで形だけは年神様を迎える準備ができた。各室内は妻が片付けて、以前と違い老夫婦だけになるとあまり整理することもない。
 そして、書き残した年賀状と郵送物を持って近くの特定郵便局へ行ったが、局内には一人も客がいなくて拍子抜けだった。局員に聞いてみると彼らも意外なほどの閑散ぶりに意外だと言っていた。昨日訪れた時は行列だったので、或いは今日は休日だと思っているのかも知れない。
 兜町の東京証券取引所は、例年通り今日が大納会だが最悪の年末を迎えることになってしまった。日経平均株価は8859.56円で年初に比べて過去最大の42%の落ち込みである。東証上場企業の時価総額は1年間で200兆円が消失したことになる。外為相場も円高の傾向は衰えず、1$=90円で、年初の112円に比べて20%も上昇している。この調子だと当分輸出産業の景気が復活しないのではないか。外国へでも行かなければ、普通の庶民にはぴんとこない円高だが、これが輸出企業にとっては想像以上にきつい。トヨタの赤字決算予想もその原因はそもそも円高によるものだ。今日の今年を振り返るニュースの中でも営業不振、不正規社員解雇等について、次々と報じていたが、一方的に企業側の発表を信じ、黙っていて良いのかと思う。どうも本質とか正論が議論されていないような気がする。
 例えば、ソニーはつい最近国内外の事業所で正社員8,000人を含む16,000人の従業員を解雇すると発表したが、これだけ多数の従業員を一気に、しかも突然解雇するのはいかにしても強引で、無責任な気がする。営業計画、雇用計画、成長予測等々についてソニーのような世界企業なら、独自の調査網を駆使して早めに手を打てる情報をいくらでも取れたと思う。そうすれば、これほど酷な解雇問題を表面化させることはなかったと思う。これは明らかに経営者に大きな責任があると思う。いずれにしても嫌なことの多い一年だったように思う。
59520081229日(月) 「文明の衝突」のハンチントン教授亡くなる。
  昨年までハーバード大学教授だった政治学者サミュエル・ハンチントン教授が亡くなった。81歳だった。何と言っても同氏を世界的に有名にしたのは、1996年に喧々諤々の議論を巻き起こした著作「文明の衝突」の発表だろう。その当時「ニュース・ステーション」のキャスターだった久米宏が、番組の中で実物を手に取って、民族間の問題点と本音を抉って極めて面白いと異例の紹介までしたので、興味をそそられ読む気になった書である。実際読んでみて考えさせられ、特にオーストラリアが大洋州という地勢に満足できず、アジア圏に入るべきか悩んでいる心情とか、トルコがアジアとヨーロッパの間で心が揺れ、本音はヨーロッパでありながら、宗教的にヨーロッパたりえず、宙ぶらりんの状態にあるとの、ユニークな論旨と指摘が興味を惹いた。それでは私自身の感覚で探ってみようと思い立ってトルコへ出かけたのが1999年の夏だった。そのトルコでは思いもかけぬ大地震に遭い、地震を通して文化の違いをつくづく思い知らされたのだった。その旅行記については近著「停年オヤジの海外武者修行」にも書いた。その意味では異文化への興味を一層掻き立ててくれたハンチントン氏は、多種多様な文化へ気持ちを誘ってくれたという意味でも私にとっては恩人である。カーター大統領時代に政策スタッフとして、政界入りした多彩な経歴がありながら、その割に17冊と比較的著作は少ない。まだまだ彼なりの視点や見方を啓発して欲しかった。惜しい人を亡くした。
  さて、現在の経済界は不況風邪をどう避けるかという一点から、いろいろ対策を考えているようだが、そのひとつが、企業同士の統合合併だろうか。三井住友、あいおい、ニッセイ同和の損保三社が統合検討を始めているようだ。これが実現したら業界トップになる。しかし、我々が社会人となった45年前には、三井、住友、あいおいの前身東京火災と千代田火災、日生、同和火災と言えばそれぞれが選りすぐられた一流会社だった。それが一心同体になるとは、思いがけない事態である。そうしなければこれからの乱世を生き抜いていけないということだろう。この大同団結によって、確かにムダは省かれ組織としては強力になるだろう。強いものは益々強くなり、弱いものは弱くなり淘汰されていく。その弱くなったものが今問題視されている非正規社員などではないだろうか。経済発展のためには、企業が強くなることが求められ、そうなればしわ寄せは最下層に寄せられる。やるせない現実だ。
59420081228日(日) ちらつく中東戦争の影
 世界の国家対立、民族紛争の中で日本人には分りにくいが、恐らく最も長く、激しい戦いを続けている地域はパレスチナ地区だろう。根っこにキリスト教とイスラム教の根源的な宗教対立があることが問題を複雑にし、解決を難しくしている。
 昨日パレスチナ自治区ガザをイスラエル軍が空爆した。今朝の新聞では死者が195人、負傷者は300人以上と報道されていた。一日の死者としては1967年の第三次中東戦争以来である。この第三次中東戦争直後に中東地域を訪れ、戒厳令下の厳しい治安情勢や、シナイ半島を列車で走り車窓から破壊された戦車群を見て、乾燥した土地に流れるウェットで熱い感情を知ったことを今更の如く思い出す。あのころは自分自身も若くて、言動も少々無鉄砲だった。あの当時中東諸国に対する事前知識もほとんどなく、新聞情報だけを頼りに中東を訪れた。中東諸国が他の国や地域とはまったく異質だと知ったのは、実際自分がその土地を訪れ、そこで臨場感を感じた時である。今日国際問題に関心を持ち続けていられるのも、あの時の危機一髪の実体験があるからである。そういう意味では、今のジャーナリスティックな自分を育んでくれたのも、あの第三次中東戦争直後の荒れた現場である。あれから40年が経ち、世界はもちろん中東情勢も大きく変わった。感慨無量の思いである。午後になって空爆による死者の数は益々増えて遂に300人近くに達し、1948年の第一次中東戦争以来最大の犠牲者を産む悲惨な結果となった。
  今回のイスラエル空軍のガザ地区にあるイスラム過激派ハマスの拠点地区に対する攻撃は、全面戦争に発展する可能性を秘めている。これだけ一方的にイスラエルが停戦協定の失効を待ちかねたかのような攻撃を見ていると、そう簡単に停戦が再成立するとは思えない。アラブ連盟は緊急声明を出してイスラエルを非難し、国連に安全保障理事会の開催を求めた。一時的解決、いわゆる停戦協定までは多分かなり時間がかかるだろう。
  昨日何とか年賀状を書き終え、565通を投函した。何とかノルマを果たした心境である。元旦には知人や友人からどんな年賀状をいただけるか、楽しみである。
59320081227日(土) 数少ないまともな政治家・与謝野馨氏
 政治家の中で与謝野馨・経済財政担当相は、周囲の雑音に煩わされることなく、筋の通った論理を展開する、その考え方と姿勢には以前から敬意を表している。今朝の日経新聞のインタビュー記事「次の世界」によれば、「世界同時不況を克服するためには、アメリカの貿易赤字と財政赤字、家計の過剰消費を止めることが必要」「日本経済の立ち直りには潜在的な成長力の高い新興国との協力が欠かせない」「機軸通貨のドルを支えることが我々の利益」「市場経済のメカニズムで決まる価格や資源配分が善であるという市場経済の原則は守る。(現在の経済不況は)バブル発生を阻止できなかった制度の欠陥を手直しすればいいだけの話で、自由主義経済の思想はきちんと守らなければならない」と自民党の政策通らしい主張をしている。
 ただ、良い家柄に生まれ豊かな生活環境の中で育ったせいか、主張することは結構だが自らは動かないというのが弱点であり気に入らない。「民主党の言っていることもいいところがあると思う。連立とかではなくて、きちんと政策的な話し合いをしたらいいだろう」なんて、大臣という重要ポストにありながら、他人ごとのような発言はいただけない。この辺りがこの人の限界ではないかと残念に思う。与謝野氏は前々から消費税増税には積極的な立場に立ち、その論旨も理解されやすいし的を射ているので、この機会に堂々正論を戦わせて、もう少し存在感を訴えて欲しいものである。
 このほかにも今朝の日経は中々歯ごたえのある記事が多く、小宮隆太郎・元東大教授に「私の履歴書」の中で、前川リポートの功罪について骨のある持論を開陳させている。
 さて、忘年会シーズンも昨日辺りが最後だろうが、今日は小中陽太郎さんを囲む「ヨタロウ会」忘年会。神田の「樽平」に32名が集まった。こういう会合に出ると知り合いに会うことが多い。今日も服部さん父子、瀧澤洋子さんご家族、知研からは久恒啓一・理事長、八木哲郎・会長、秋田英澪子・事務局長、樋口裕一・多摩大教授、日本ペンクラブの西原健一さん、滞米27年の北岡和義さん、目黒区議の須藤甚一郎さんらである。驚いたのは、昨夏小田実さんの葬儀当日の追悼デモが朝日新聞社会面に大きく掲載されたが、その写真のド真ん中に私が映っていることを須藤さんが発見されたと語られたことである。あまたある新聞掲載写真の中で、特定の人物を見つけられるとは凄い目利きだと感心してしまった。恥じることをしているわけではないので、気にすることもないのだが、それにしても行動には充分気を配らなければいけないと自戒した次第である。
  出席者が各人各様の話をされたが、小中さんが先日出版された「小田実と歩いた世界」(講談社刊)、及びべ平連の活動がどうしても中心になってしまう。事務局長だった吉川勇一さんの健康が優れないらしい。私も拙著を売り込んでおいた。小中さんご夫妻と自由が丘からタクシーで帰ったが、早や12時近くになっていた。
59220081226日(金) 早乙女貢氏の会津史観
 昨日胃癌のため亡くなられた早乙女貢氏は享年82歳だった。髪は黒々としてとてもそんなお年には見えなかった。今朝の朝日によると「会津藩主と藩士の苦難を通じて、小藩に逆賊の汚名を着せた官製の正史に対する疑念を提示。敗者の視点に立って日本の近代化の歴史の再検証を試みた」と紹介されている。会津魂に対するこだわりと思いのたけは、早乙女作品に集約されている。とにかくライフワークとして書き上げた会津魂シリーズは、吉川英治文学賞を受賞した第一期幕末編「会津士魂」が全13巻、第二期明治編「続会津士魂」が全8巻である。早乙女氏の作品は、恥ずかしいことにほとんど読んでいないが、解説を読むと中々骨のある歴史文学のようなので、いずれ読んでみたいと思っている。阿刀田高・日本ペンクラブ会長は早乙女氏の推薦でペンクラブ会員になられたそうだが、小中陽太郎氏の推薦と併せて、その阿刀田高氏の推薦で同じくペンクラブ会員になった私は、早乙女氏にとってさしずめ孫弟子のようなものだろうか。謹んでご冥福をお祈りしたい。
 内閣府が発表した2007年度国民経済計算によると昨年の日本人の一人当たり名目国内総生産(GDP)は、世界で19位だった。G7の中で最下位だそうだ。必ずしも経済力の実態を表しているわけではないが、凡その見当はつく。昨年はユーロ高傾向だったので、ヨーロッパ各国のGDPが膨らんだ一方で、日本は成長率が伸び悩んだせいでもある。イタリアに追い抜かれた。実際日本の上位18カ国のうち、アメリカとカナダを除く16カ国はすべてヨーロッパだった。今年が円高だったので、日本のポジションも来年度は昇格するのではないかとのコメントもある。さあどうなるか。
 早稲田出版と拙著重版について話し合っている。やや暗過ぎた写真をもっと明るい印刷にしてもらうということで落ち着いた。嬉しいことに出版社に拙著への電話注文が相次いでいるという。何となく黙っていても内心から嬉しさがこみ上げてくるものだ。この分だと気分よく年を越せそうだ。
59120081225日(木) 年賀状を書く。
 景気が芳しくない情報ばかりがマス・メディアを席捲している。期間労働者や契約社員がバタバタとクビを切られる厳しい雇用環境に直面して、地方自治体が積極的に彼らを臨時職員として雇用しようと乗り出した。これは明らかに政府が動いた結果ではない。自治体が地域内の企業が非正規社員を解雇する状況を見て、独自に対応した救済策のひとつである。まったく政府や中央官庁の機能不全状態に自治体が動くしかない状況となっている。極端であるが、これでは政府や中央官庁は必要ないのではないかと考えてしまう。それでいて政府や頭の良いとされる(実際にはプライドばかり高くて頭なんて良くない)中央官庁の役人が考える来年度予算は、過去最高の支出額である。短絡的にそう間単に考えるわけには行かないが、実際役人なんて要らないと考えたくなる流れと社会の構図になっている。鈍感な政治家と、国家観のない役人はこういう状況にぶち当たり、国というのは何が骨格であり、どう組み立てなおすのかというアイディアがまったくない。ポーズだけとって手を拱いているのだ。情けない。
 年末となってこのところ年の瀬の恒例となった年賀状を書いている。この3日間で500枚近い宛名書きをした。あと100枚少々書くつもりだ。印刷はかつて本職の印刷屋に依頼していたが、今はPCを使い自分で作成している。宛名だけは万年筆で気持ちを込めて書くよう努めている。これは子どもの頃から習慣となっている。やはりこだわりがある。どんな手紙でも相手の名前や、あて先は万年筆で丁寧に書きたい。書いているとふっと相手の顔が浮かんでくる。中にはほとんど連絡がなく、どんな生活をしているのか分らない友人もいる。でも、一年に一回の直接言葉を交わさない交流であり、相手が止めるならともかく当方から文通を止める気はない。まもなく今年も幕を下ろす。早いなぁというのが率直なところ。
 また訃報である。直木賞作家の早乙女貢氏が今日亡くなられた。いつも日本ペンクラブの例会には和服姿で参加しておられたが、会津武士に格別のこだわりを持っておられた。例会後のパーティでも独特の存在感があったが、個性的な作風の作家がまたひとりいなくなった。
59020081224日(水) 「知研」編集の書発行へ向けて
 「停年オヤジの海外武者修行」増刷につき若干の課題を早稲田出版と打ち合わせた。来年1月に第2刷発行であるが、表紙帯の折り目部分の色落ち、写真の明るさ具合、一文字の誤植の修正についてお願いした。帯は角の折り目が色褪せるので、これにもうひとつ無色のコーティングをかけてもらうことにした。この点については社長が普通帯はコーティングしないと言って同意しなかったが、色褪せた実物を示し説得して納得してもらった。写真は一枚を除き、すべてもっと明るくしてもらう。文字の誤植は訂正してもらう。これでかなりすっきりすると思う。
 終えてから紀伊国屋裏の喫茶店に向かい、「知研」久恒啓一理事長、八木哲郎会長、秋田英澪子事務局長、小林尚衛氏に私も加わり、知研が編集する「知の現場」なる書の発行について、久恒理事長と東洋経済新報社が考えているアイディアの実行方法を話し合った。「知的生産の技術研究会」編集、発行とする魅力的な書を企画する予定である。
 現在それぞれの分野で多岐に亘って活躍している人の知恵の現場で話を聞きながら取材して、一冊の書にまとめようというものである。リストアップされている人をさらっと見ても、興味を惹く魅力的な人ばかりであり、その泉のような知恵の源泉を知ることは、多分読者にとっても興味を掻きたてるのではないかと思っている。知研としても新しいプロジェクトを発足させることは、知研自体を刺激することになり、知研会員にとっても大きなモチベーションとなる。忙しくなるが、これはこれで結構面白い企画ではないかと期待が高まってくる。
 さて、景気の悪化は金融危機ばかりでなく、大企業、中でも自動車産業をいろいろな分野で窮地に追い込んでいる。一昨日トヨタが発表した2008年度業績予想では、大幅に再下方修正した。雇用現場で非正規社員の削減が大きな話題を提供したばかりだが、各企業の業績がここまで悪くなるとは1年前には思いも及ばなかった。とりわけトヨタにおいておやである。というのも、昨年度の営業利益は2兆2,700億円を計上したが、それが今年度もそれに近い営業利益のはずが、一転して1,500億円もの大赤字に急降下である。トヨタの赤字決算への転落は連結決算開示以来初めてである。連結営業利益は95年度からうなぎ上りだった。昨年は新しい時代の夢を語っていたトヨタ首脳陣も、あまりのボディブローに、ついに来年4月には社長が交代する思わぬ事態に発展してしまった。これはトヨタ経営者の責任ばかりではない。円高という外的要因も影響している。経営者にとってもある面で不幸な時代に巡りあわせたと言えるのかも知れない。
 まさに一寸先は闇である。それにしても今度の不況に際して、これほど多くの非正規社員がいるとは寡聞にして知らなかった。
58920081223日(火) 王鐵城先生を送る。
 20日に亡くなられた王鐵城先生の葬儀に参列した。新宿2丁目の太宗寺前には警察官も出ていたが、驚いたのは大勢の取材陣が境内の指定場所に固まっていたことだ。さすがにスーパー有名人を弟に持つ名医の葬儀である。
 しかし、ともすればマス・メディアの関心は「世界の王」の兄、しかも王選手の進路や、悩みに相談に乗っていた優しい兄と有名人の弟との関係に偏りがちであるが、葬儀の雰囲気は医師としての顔の方が強かった。弔事は新宿区医師会長だったし、読み上げられた弔電も母校・慶応義塾大医学部関係の方々からのものばかりだった。姿を確認したのは野球界ではOBの張本勲氏、国松彰氏、現役では福岡ソフトバンク・ホークスの斉藤和巳投手程度だった。
 ついぞ知らなかったが、今年3月に医院を閉めて、10月に入院されていたという。ご焼香の後喪主である奥様にお悔やみの気持ちをお伝えした時、来年2月の拙著出版記念パーティにご案内をいただきながらご返事もしないで申し訳ありませんと頭を下げられ恐縮した。隣に介添えしていたご長男の康雅医師には、久しぶりにお会いした。王貞治・前監督と挨拶を交わすのは7年前母上の百賀のお祝いで世間話をして以来である。「大変お世話になりました」と言っていただいた。出棺をお見送りしたが、王家を代表してご長男の康雅医師がご挨拶されたが、中々感動させる内容のスピーチだった。「父は厳しかった。いろいろ教えてもくれた。優しい父でもあった。今日ご参列の皆さまに父がこの場でご挨拶されるとしたら、お礼とともに毎日どうか健康にはくれぐれも気をつけてほしいと言うと思います」と。
 それにしても何となく寂しく侘しい。昨年の夏新宿御苑の催しに出かける折に、妻とともに医院へご無沙汰のご挨拶に伺った時がお目にかかった最後である。あの優しい笑顔が懐かしい。王先生、お世話になりました。
 今日は天皇誕生日で祭日でもあるが、同時に「東京タワー」が完成した日でもある。満50歳である。私は2度ばかり昇った程度であるが、結構東京タワーファンという方々がいるようで、タワーに関して個人的な珍記録を持っている人も多いようだ。しかし、今江東区に第二東京タワーとも言われる、新しい東京名所として売り出そうとする「東京スカイツリー」という、ずっと高い建物を建築中である。新しい時代の電波発信基地としての要請に応えて、新しいものに変わりつつある。これも時代の移り変わりを反映しているのだろうか。
 昨日VAIOのデスクトップ・パソコンが修理を終えて戻ってきた。スイッチは入り、メール通信は可能となったが、インターネットがダメだ。また、明日にでもソニーに電話で問い合わせてみないといけない。まったくPCというのは、うまく機能するうちはよいが、一旦故障すると他にも影響が出る。まるでモグラ叩きである。
58820081222日(月) 原寿雄氏最終講義
 岩波市民セミナーの原寿雄氏による「ジャーナリストとして生きて」 4回シリーズは今日が最終回である。「現場を離れて見えたもの」のテーマの下に共同通信社記者から離れて、ジャーナリストとして各方面の委員会委員としての経験等について話された。また、マス・メディアが抱える問題点やジャーナリズムの今後について持論を話された。総括として、ジャーナリズムは権力に立ち向かえるか、発表ジャーナリズムから調査報道へ転換できるか、社説は必要か、等々についても語られた。
 前回受け付けた質問のうち、4点について回答された。そのひとつは私が今年正月以来気になっていた韓国利川市内の冷凍倉庫爆発事件の報道のあり方について、ジャーナリスト、或いは原氏の考えを伺ったものである。原氏はこの事件をご存じなかったようだ。会場の雰囲気でも誰もこの事件を知らないようだった。実に意外である。証拠としてインターネットからダウンロードした事件の文章と写真を回覧してもらい質問した。死者のうちかなりの数が、朝鮮系中国人であったことに対して事件直後に中国の胡錦濤・国家主席が 韓国政府に対して最善の処理をするよう要望した。この点について、原氏はこの辺りがどうも引っかかるようなことを仰っていた。しかし、事件の概要についてはご存じないようなので、突っ込んだ回答は引き出すことはできなかった。
 この事件については結局国内では専門家でもほとんど知らないということであり、ニュースなんか権力者の意向でどうにでもなるものだ、ということを改めて知らされたように感じた。
 折も折り、今朝の新聞に外交文書がいくつか公開された記事があった。佐藤栄作首相が1965年に訪米した時、アメリカ政府に「(日中戦争になれば)米国が直ちに核による報復を行うことを期待している」と表明し、核戦争を容認していたことが明らかになった。大変なことである。こんな国家にとって大事な約束、話を国民は何も知らされていなかった。日本政府にとっては防衛上の機密が沢山あり過ぎて、とても国民に説明することは考えられなかったのだろう。しかし、政府の隠蔽体質は核持ち込みの密約等について、嘘をつき通したことが明確になった。それでも存在しないというのだから、隠蔽体質も極まれりである。
 それにしても原氏の講義は、久しぶりに硬骨漢の哲学をじっくり聞かせてもらったという印象である。素晴らしい講義だった。
58720081221日(日) 王鐡城先生逝く。
 今日は冬至である。今年の神奈川県高校ラグビー新人戦2回戦が行われたので、近所の和田先輩を誘って母校グランドへ出かけた。対戦校は私立湘南学園高で、これまであまりラグビーでは活動していなかった。しかし、始まってみると終始押されっぱなしで何とか5-5の引き分けに持ち込み抽選勝ちとなって、ベスト16に進出したが次の3回戦が厄介だ。セットスクラムが押され、ラインアウトはボールが獲れず、ハンドリングが悪くて相手ペースのまま終ったが、次のゲームではこんな調子ではとても勝負になるまい。ただ、3週間もの間隔があるので、これからどの程度修正できるか。
  ところで朝刊を見てびっくりした。ソフトバンク・ホークス王貞治・前監督の兄上で医師の王鐡城先生が亡くなられた。来年2月に予定されている拙著の出版記念会にもご案内状を差し上げてご返事を待っていたところである。4年前の出版記念会にもご夫妻でご出席いただいた。律儀で礼儀正しい方だったので、まだ期限前とはいえご返事をいただいておらず気になっていたところだが、入院されていたようだ。
 まだ会社勤めの頃王鐡城先生を始め、王家の皆さんには随分お世話になった。王先生には長きに亘り信頼していただき、王家の旅行はすべて手配させていただいたことが良い思い出として残っている。
  1995
年5月にわれわれ夫婦と王先生ご夫妻とでヨーロッパを旅行したことがある。その折行動は別々だったがパリで同じホテルに泊まり、一度食事を一緒にしましょうということになり私の行きつけのレストランへご案内したことがあった。楽しいディナーも終わりに近づいたころ、顔馴染みのギャルソンが、食事を楽しんでいるお連れの女性(正美夫人)が顔から出血して倒れているとの話に慌てて現場へ行ってみると、夫人が口を押さえて倒れていた。聞けば階段で転んだ拍子に顔面を階段に強打して前歯を折ってしまったとのことだった。心配顔のレストラン従業員に対して王先生は、軽く顔を打撲した程度だから心配しないようにとレストランとわれわれ夫婦にそれとなく気遣ってくれた。そのうえ、自分らだけでホテルまでタクシーで帰ることができるので、お先にお帰りくださいと私たち夫婦にも気を遣っていただいた。そして帰国してからすぐご連絡をいただいた。折角パリでご馳走になりながら、反って迷惑と心配をかけて申し訳なかった。その償いをさせて欲しいと言われ、その数日後新宿御苑近くの割烹料理店で妻ともども豪華なご馳走に与ったことを鮮明に覚えている。そのくらい他人に気を遣われる方だった。王先生とのお付き合いを思い返すと、いろんなことが脳裏に浮かんでくる。

 毎年正月になるとご家族、ご親戚の方々で揃って箱根に滞在された。王貞治氏夫人がご存命のころ、王家ご一行さまが揃ってハワイに行かれたこともある。ご夫妻だけでアメリカの野球の殿堂へも行かれた。父上の何回忌だったかに一族でバスをチャーターして東京霊園に墓参されたこともある。印象的なことは、母上の百賀のお祝いをお世話した時、王監督とその年のドラフトについて話し合ったことだ。
 思い出せば限がない。78歳でまだまだお元気そうだったのに、痛恨の極みである。王鐡城先生、長い間お世話になりました。ありがとうございます。どうぞ安らかにお眠りください。  合掌
58620081220日(土) 懐かしい「ビルマの竪琴」
 今朝新聞を見て驚いたが、「ビルマの竪琴」の主役・水島上等兵のモデルとされていた群馬県昭和村雲昌寺の住職で中村一雄さんという方が亡くなられた。92歳だった。しかし、在職中随分長い間ビルマ関係者、特にビルマ戦線へ従軍した多くの兵隊さんにお付き合いいただいたが、モデルと称せられた人が実際に生存されているとは寡聞にして知らなかった。戦友会の方々はどなたも水島上等兵らしき日本兵の話をされなかった。作者の元一高教授・竹山道雄氏自身ビルマへは一度も訪れたことがなかったくらいだから、当然元ビルマ従軍兵から、モデルらしい話を実際に聞かされて書いたものと思う。また、断片的な話を継ぎ合わせてひとつのストーリーに仕立て上げたとも考えられる。だが、ひとりの日本兵の実在の人物が小説の主人公・水島上等兵と同じようなことをやって同じ経緯を辿ったとはとても信じられない。事実、小説では水島上等兵はビルマで亡き戦友の霊を慰めるために、故国日本へ帰らずそのままビルマへ残ったということになっている。一方中村さんは終戦の翌年に復員している。その辺りの整合性も問題である。しかし、小説は小説として、中村さんはずっとビルマのことを思い続けてビルマで亡くなった戦友の慰霊のために、1998年にはビルマの地に慰霊塔まで建てたそうであるし、ビルマのために小学校を寄贈するような支援活動も行っていた。
 何度も「ビルマの竪琴」は読んだし、映画も安井昌二主演ものと中井貴一主演ものを観た。あの時代だから小説も映画も当ったと言えるだろうが、今日では小説は現代っ子にはぴんとこないだろうし、映画もスローテンポであまり受けるとは思えない。しかし、数少ないビルマ関連物としては優れものだと思う。ビルマの空は突き抜けるように青く、人々は純朴で穢れない。軍事政権になってビルマは世界中から誤解され、ビルマの良さもどこかへ行ってしまった。ひとりのビルマファンとしては、残念なことである。それにしても時が経っても懐かしい国である。
 今日来年度の予算原案が出てきた。案の定一般会計は88兆5千億円まで膨らんでいる。本年度の当初予算に比べても6.6%アップで過去最大である。景気低迷で税収は減るのに、社会保障費が増加するので、ある程度赤字予算の傾向は止むを得まい。だが、国の借金はどんどん膨らみ、新規国債発行額は4年ぶりに30兆円を突破するという。そんな非常事態に対しても何の手も打てないのが現今の政治家である。どうも無能な政治家たちは、簡単に国債を発行したがる。小泉改革で借金を少しずつ減らしつつあったが、今の政府は財政改革なんて一顧だにせず、簡単にパンドラの蓋を開けてしまう。これから社会保障費は益々増え続けるだろう。それに合わせるように、簡単に国債を発行し続けて良いのだろうか。
 ホームページに拙著を紹介するページを追加しようと先日来格闘してきたが、今日一気に公開してみた。内容的には未熟であるが、一応自分の作品を紹介する手段として有効に使いたいと考えている。アクセス数も開設以来今日「10,000」の節目を超えた。やったぁ!
58520081219日 不況になると変なことばかり起きる。
 ソニーのサービスセンターとVAIOデスクトップの不具合について話し合ったが、VAIOのPCはスイッチを入れても起動せず、結局修理のために今日引き取りに来てもらった。幸い他の二つのノートパソコンが使えるので活動に支障はないが、PCというのは周辺機材を含めてよほど故障の際の対応を普段からしっかり考えておかないととんでもないことになる。
 昨日の続きで今日も新聞紙上はすべて不況にからむ異変や事故のオンパレードである。日銀が昨日アメリカのFRBがゼロ金利政策を採ったことに倣い、金利を0.3%から0.1%に下げることを決めた。同時にコマーシャルペーパー(CP)の買い取りも行うという。一種の禁じ手である。CPを買い取った企業が倒産でもしたら、日銀が責任を負うことになる。中央銀行がそこまでやってもよいのだろうか。中央銀行とは、政府と市中銀行の間にあって金融政策を指導するもので、一般の商業活動に類するものには関与すべきではないと思っていたが、そこまで市場に介入してくるようになると商業活動に携わっているような印象を与える。まあそのくらい今の経済情勢が霧の中にあるということだろうか。
  他方で、企業スポーツの撤退が国内外を問わず注目を浴びているが、日本でもアイスホッケーの西武、アメリカン・フットボールのオンワード等の一世を風靡した企業チームが撤退するのは哀れな気がする。特にアイスホッケー界に対する国土計画から西武へ引き継がれた西武グループの貢献は計り知れない。海外でも大リーグやヨーロッパのサッカーチームに対する企業の支援が厳しくなっているらしい。
 一方で奇妙というか摩訶不思議な出来事もある。先日駒沢大学で資産運用資金が金融危機により、デリバチィブ取引で約154億円の巨額損失を出したとの報道があった。気の遠くなるような金額である。今朝の朝日のトップ記事は、その責任を追及された大学理事長以下理事が解任されたというものだ。かつて資金潤沢な組織はその運用により、かなり純利益を生み出していたという噂はかねがね耳にしていた。今回の金融不安さえなければ、引き続き安定した利益を得ていたことだと思う。ただ、資金運用により損失を出した以上管理責任者は、その責任を追及されても致し方あるまい。駒沢大学以外にも愛知県の南山大学で約34億円、愛知大学で約28億円の損失が明るみに出た。げに恐ろしきは資金運用という実体経済とかけ離れた形のないものに頼ることである。
58420081218日(木) 周りは不況、不況のオンパレード
 現在世界中を襲っている経済不況は、100年に一度の世界不況ともいわれているが、新聞、テレビとも今の経済状況を金融危機と雇用問題の両面から捉え、これでもか、これでもかという具合に報じている。今夜もNHKはニュースの中で伝える以外にも、「クローズアップ現代」を75分に拡大して、雇用問題について地方工場の最前線の希望のない解雇、雇用の実態をルポしていた。
 「日産、派遣社員ゼロに」「ホンダ、下期営業赤字」「新車販売500万台割れ」「クライスラー全工場一ヶ月停止、GMと合併交渉再開」「OPEC日量220万バレル追加減産」「来年度税収7.4兆円減へ」等々、世界中がこの不況の中でこのような見出しのように喘いでいる。
 多摩大の寺島実郎氏監修・現代世界潮流講座も今日の寺島氏の講演が最終回であり、是が非でも出席したかったが、生憎玉川青色申告会の複式簿記記帳講座とバッティングしてしまい、これも自分にとっては現実に大切なことであり、多摩大講座はゼミの後輩である遠藤靖子さんに譲り、複式簿記講習会に出席した。
 複式簿記が難しいということではないが、まったく初めてのことで戸惑いもあり、ルールや記帳の方式がすんなり頭に入らない。結構税理士さんの手を借りている人も多いようだが、会社の経理の先輩からは、自分でできるから自分で申告した方がよいとも言われたので、専門家の手を煩わすことなくやってみようと思っている。何でも新しいことに挑戦することは、脳軟化症になりがちな頭脳に刺激を与える意味でもムダではないと思っている。常に前向きに、いつもポジティブに、そして極め付きは上杉鷹山の「成せばなる。成さねばならぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」だろう。
58320081217日(水) ついにアメリカもゼロ金利へ
 今日の赤羽紀元講師の授業をもって駒沢大の一年間の公開講座は一応幕引きである。一週間に3時限マス・メディア関係の講座に出席して、自分としても慌しかったが講義は中々面白かったし、アカデミックな雰囲気にも触れて良い経験になった。内容的にも興味のある講座を選択し、講師もその分野の専門家だったので、あらゆる面で勉強になった。家から近く、しかも僅か5千円の受講料でこれだけリターンがあれば御の字である。
 それにしても、経済界の不況は止まるところを知らず、最近はメーカーの人員整理、それも期間労働者や、非正規社員に対する突然の首切り宣告は彼らに恐怖感を与えている。最近は国会質問でも雇用の問題が大きく取り上げられている。しかし、政府が対策を取るといっても限られた資金の支援を行う程度で、根本的な救済対策は出さず仕舞いである。肝心なのは産業界自体の逞しい自立であり、大きな雇用先である自動車産業、カメラメーカー、電気メーカー等が雇用を拡大しなければ所詮コップの中の嵐である。
 そこへアメリカの政策金利の利下げが発表された。「ビッグ3」救済が議会で喧々諤々の議論の末にニッチモサッチモ行かなくなった。その挙句、ついに連邦準備制度理事会(FRB)が利下げへ踏み切った。これまで日本のゼロ金利が長らく続き、低金利が当然のように思っていたが、アメリカは終始高利率を維持していた。1年半前には、日本の1%以下の金利に比べてアメリカの政策金利は5%台だった。梃子でも動かなかったアメリカの低金利への流れが、ついに堰を切って走り出した。こうなると心配なのは「円高=ドル安」の傾向に拍車がかかることだ。今日の東京外為市場はすぐ反応した。早くも1$=88円台にまで円高が亢進し、ニューヨーク外為市場では87円にまで高騰した。益々輸出関連企業は苦しくなり、株価は下がり、あっという間に不景気が蔓延する。まったく嫌になる。しかも、先行き明るい展望がまったく開けない。
 日経夕刊のコラム「あすへの話題」に作家・長部日出雄氏が鋭いことを書いている。「わが国の政治家の大半が、すっかり小粒になって、とても安心して国を任せられない状況になったのは、戦後のある時期からアメリカの属国の地位に甘んじて、自国を独立国として統治する経綸も矜持も必要とせずにやって来られたからである。国家の主権の正当な認識がなく、従ってそれを的確に行使する術に熟練する筈もなかった」とある。私も安保以降の日米関係を見ていて本当にそう思う。イラクとアフガニスタンへの支援や、カンボジアのPKO派遣だって、それらの国家のためではなく、時の日本の政治家がアメリカに良く思われたいだけなのだ。コラムはけだし名言である。
 さて、昨日購入したプリンターだが、早速起動させてプリントすべく故障したデスクトップのPCを除いて、二つのノートパソコンにプリンターをつなげCDでインストールしようとしたが、一つはうまくインストールできたが、もう一つにはインストールできなかった。なぜだろう。これでは困るので何とかしないといけない
58220081217日(火) 共同通信本社見学と拙著重版
 昨日の原寿雄講師のセミナーを紹介してくれた片山正彦講師による駒沢大の公開講座も今日が最終回。講師ご出身の共同通信本社ビルを見学させてくれることになった。前もって見学させていただけることが分って楽しみにしていたところである。汐留サイトを訪れるのは実は初めてであり、周辺環境がまったく分らない。しかし、随分想像したいたものとは変わったものだ。かつての国鉄操車場跡の広い敷地に、大企業のテクノビルが集中して建ち並んでいる。外資系ホテル、日本テレビ、住友、資生堂等の近代的ビルが立ち並ぶ中にご自慢の共同通信ビルがある。小学生の頃に朝日新聞社を見学したことがあるが、報道の現場を見るのはそれ以来である。
 一口に言って新聞社の職場環境は大きく変わったと思う。埃、汚れ、煙、雑音らしきものが入り混じっていた仕事場は、一人ひとりが黙々と仕事をする場へ変わって行った。明るく清潔な感じである。少なくとも各家庭へまでニュースを配信する震源地なので、こういう清潔感のある場から送り出して欲しいものである。その点では、昔のマス・メディアに比較してすっきり気持ちの晴れる仕事の場である。建物内部の構造といい、照明効果といい、斬新である。この建物を地下から地上23階まで共同通信が使用している。建物内部の中央部が吹き抜けとなって階段があり上下フロアの仕切りがないのもよい。
 途中いわゆる社員食堂の個室で片山講師を交え9人で懇親食事会。「汽笛一声新橋を~」にあやかってレストランの名も「KITEKI」というが、中々気の利いたご接待に与ってしまった。セキュリティ上の配慮から社員の食事は「KITEKI」で食べるか、外出先、或いはここの出前に依頼している。時間的にも外信部のように24時間スタッフが業務を続けるために、個室の宿泊施設も完備されている。片山講師には施設の案内から、この食事のお世話まで随分甘えてしまった。完全に理解できたわけではないが、現代のマス・メディアの司令塔の姿として、ある程度のイメージは想像することができた有意義な見学会だった。
 今日早稲田出版・大塚編集長から拙著「停年オヤジの海外武者修行」が在庫不足になったので、増刷することにしたと連絡があった。先月23日に初版発行以来まだ一ヶ月も経過していない段階で、この重版は嬉しい限りである。増刷に当って2,3の注文事項を伝えた。
58120081215日(月) パソコンと周辺器材に翻弄される。
 今日はちぐはぐと感じ入った講義が入り混じった一日だった。
 とにかくプリンターが故障してしまったので、修理に出すつもりで自由が丘のヤマダ電機へ行ったが、年末でもあり修理期間が一ヶ月近くかかり、修理代も7,000円から9,000円もかかると言われ、それほど金と時間を使うならと買い換えた方がムダがないと考え、14,100円で新しいプリンターを買ってしまった。帰宅してデスクトップのPCに電源を入れると瞬間的に画像が映ったがすぐ消えてしまい、これも故障してしまったようだ。明日ソニーの案内センターへ電話で聞いてみるが、これも故障だとすると修理に若干かかり、心配なのは記憶装置にあるメモリーが消滅していないかということである。
  午後定期受講でPCを習いに行き、現在のHPを1頁分追加して「著書」欄を設けるつまりで忘れかけた画面の作り方を教えてもらう。HPを使ってもっともっと拙著をPRしていきたい。
  その後3回目となる「岩波市民セミナー」受講のため神保町の岩波アネックスビルへ向かう。この講座は、原寿雄講師が素晴らしい。今日も2時間半に亘って83歳の原講師が自分の職業上の経験と考え方を熱心に話された。60年のジャーナリスト人生だが、順風満帆でもなかったようだ。しかし、ジャーナリストとして一本筋が通っておられるし、精神的に随分タフな方である。失敗談も語られた。靖国神社A級戦犯合祀で朝日新聞に出し抜かれたことが忘れられないと仰った。
  今日の講義の中で、印象に残っていることは、ジャーナリズムの内部的自由という点で日本はヨーロッパに比べて本当の自由は遅れているということと、毎日新聞は経営不振に陥ったが、自由な報道という点では、一番しっかりしていると述べられたことである。更にジャーナリズムは常に政治より上位にいなければいけないと仰ったことである。調査報道ということについても持論を述べられた。受講者は20名程度であるが、ほとんどがジャーナリストのようであり、原講師の話に熱心に耳を傾けていた。ジャーナリズムの真髄に触れるような講義だった。
  来週は最終回であり、質問を事前に提出して欲しいとの事務局の話だったので、いの一番に今年1月死者40名を出した韓国利川市内の冷凍倉庫爆発事件に対する日本側マス・メディアの対応と不審な隠蔽的取材について疑問を提出しておいた。原講師は何と答えられるだろうか。
  その席上駒沢大の同じ受講生仲間の方から、拙著を見せられ近くの書店で購入したと言っていたが、有難いことである
58020081214日(日) ソ連軍の占領と樺太の悲劇
 朝日新聞の毎月1回の特集「写真が語る戦争」シリーズで、昨日「樺太の戦争」を取り上げていた。199210月に旧厚生省の依頼を受けてシベリアとサハリンを訪れたが、その時滞在した州都ユジノサハリンスク(旧豊原)と、コルサコフ(旧大泊)、ホルムスク(旧真岡)の写真が懐かしさを呼び起こした。特に、大正14年に撮られた真岡市街の写真は実際に私が登った丘の上から撮影されたもので、途中の坂道や民家の集落を思い出す。ここから間宮海峡を越えて遥かにロシア大陸を眺めることができる。
 記事によれば、終戦の直前昭和20年8月8日に日本に対して参戦した当時のソ連は、日本がポツダム宣言受諾を内外に表明した15日以降に樺太へ上陸し、島内を悲惨な戦場と化した。特に真岡郵便局の9人の女性電話交換手が「ソ連軍が攻めて来ました。日本の皆さん、さようなら」と言い残して自決した悲劇は、後々まで言い伝えられ、その声を受信した稚内でも戦後大きな話題となり、今その記念碑が宗谷岬に建立されている。
 大泊では、市場で露天商を開いていたおばあさんに声をかけられ、「私は終戦直前に広島から家族とともにここへやって来た。終戦後日本人はみんな故国へ帰って行ったが、私たち朝鮮人は取り残された。日本人名は福原です。今まで働きづめで年をとり夫も仕事を辞めたが年金も充分ではない。だから、生活のためにこうして行商をしている」と日本語で語ってくれた疲れた表情を思い出す。ちょうどペレストロイカで旧社会主義の崩壊が始まり、それまでの社会保障制度が危うくなっていたころのことだ。記事を読むと同じように運命を翻弄されたか弱い朝鮮系日本人老人の話が紹介されている。
 それにしても終戦前後のソ連政府の強引で非情な占領政策、引き続くソ連軍の犯した日本人住民に対する残虐行為は卑劣極まるもので、その非人道的にして反社会的な行為は、いかに戦争とは言え、とても許しがたい。戦後の日本人殺害事件にソ連軍が国際法を無視してまでも加担していたことは国際的にも証明されている。ロシアだけを責めるつもりはないが、日露戦争から終戦後に至るソ連軍の犯した虐殺行為は到底許容できるものではない。今日でも北方四島返還が膠着状態なのは、ロシア人の覇権主義がもたらす拡大主義と、残虐なスラブ人気質がその大きな要因である。未だにロシアの占領者意識と勝利者意識は消え去らない。はっきり言ってロシアと日本の信頼関係を構築するのは、至難の業である。せめてもの救いはロシアと陸路で国境が接していなくて良かったと思うことぐらいである。
57920081213日(土) 経済はどん底か。
 景気の悪化は数字上に確実に表われている。朝日朝刊のトップ記事が「トヨタ、下期は赤字」である。円高は益々亢進して昨日ついに1$=88円にまで上がってしまった。日経平均株価は対前日で484円も下がった。実に13年ぶりのドル安円高である。こうなると輸出関連の企業は益々苦しくなる。海の向こうのアメリカ自動車産業大手3社の救済が米議会の反対で白紙に戻ってしまった。ビッグ3だけで実に54万人もの従業員を抱えている。景気減退に雇用不安が拍車をかける。この先景気と雇用はどうなるのだろう。
 わが国の経済も一向に先行きが見通せない。政府が政策を発表しても実現性に不信感があり、実体経済面の効果が疑問視されている。昨晩発表した麻生首相の景気対策も新聞報道等を見ると、あまり効果に期待感がないようである。与党税制改正大綱の中で11年度から消費税率引き上げを改めて表明しているが、この11年度内ということは、3年後ということで待ったなしである。あの決断がくるくる変わる麻生首相に断固として決断し、実行することができるだろうか。与党内では期限を決めることには異論があるようで、強情っぱりの首相は3年に拘っているが、さてどうなるか。
 今日で3日連続の忘年会にいささかバテ気味である。今日の飯田ゼミでは12名の有志が集まった。下北沢の生牡蠣レストランで、満員状況だった。世間では不景気風が吹いているが、繁華街のドンちゃん騒ぎはまったく別世界のような感じである。結局こういうレストランでは、生活苦に怯える人は寄ってこないのだろう。
 やや疲労が溜ったのだろうか、今朝トイレで用便中に突然鼻血がこぼれた。少し経ってから止血したが、夜再び用便中に出血した。最近血圧が上がり気味で森内科医の指示に従い、毎朝血圧を測り血圧降下剤を服用しているが、あまり効果がない。それには整形外科でいただいている薬の影響がある。この状態を続けるとなると、あまり疲労を重ねないよう気をつけなければいけない。
 新宿の小田急百貨店内の三省堂書店では先日小田急百貨店・山田相談役を通してお願いしていた拙著の販売が、文芸社の「新・現代海外武者修行のすすめ」と最近刊の早稲田出版「停年オヤジの海外武者修行」2冊がそれぞれ平積みとなって販売されていた。有難いことである。早く第2刷が出るよう祈りたい。
57820081212日(金) 政府の景気対策は大丈夫か?
 景気対策という美名の下に政府は23兆円の資金供給を行うと発表した。生活防衛のための財政対策として10兆円、金融対策として13兆円である。このほかに韓国のウォン低下に対する支援もあり、相当な出費が予定されている。国民生活防衛と名がつけば、何でも許されると思っている麻生政権は、国家の金庫が空っぽになるのも意に介さず、大盤振る舞いを続けている。勘ぐれば、自分の余命も早や尽きたと悟って、この際とばかり自分の手柄を立て、国民が喜びそうなことばかり考え出した。
 このブログでも何度か指摘したが、1兆円という金は大金である。全国民が一人当たり1万円を拠出して初めて1兆円になる。23兆円というのはとても右から左へ移し変えられる金額ではない。しかし、1万円を稼ぎ出すことが大変な労苦であるということが実感として分らない政治家たちは、簡単に打ち出の小槌で現金を作り出せると思っている。平行して財政支出を抑えることも考えなければいけないのにこちらの方には手を打たない。その一つの方法として政治家の数や手当てを減らすこともそうだし、官僚の恵まれた待遇を下げることも選択肢として考える必要がある。
 先日公務員ボーナスの支給があったが、公務員ボーナスは必要ないとの持論を提唱する私からすれば、甘いと言わざるを得ない。一般の企業人がボーナスを受けられるのに反して、公務員だけにボーナスを支給しないのは気の毒、可哀相との情緒的な同情論があるが、それこそとんでもない考え違いである。公務員は国民の負託に応えて一年間堅実に責務を全うして、その報酬として毎月きちんと給料、手当てをもらっているではないか。それが不満なら公務員にならなければよい。盆暮れのボーナスは民間企業が予定外の営業利益を生んだ時に、企業が従業員にご褒美として臨時的に支払うものである。だから利益を生まなければ当然ボーナスは支給されない。公務員の働き方とは根本的に異なる。公務員は役人になる前から、その当然の約束ごとについては承知している筈である。つべこべ言わずに真面目に正確な仕事をして、国民の負託に応えて欲しい。社会保険庁職員の仕事ぶりや居酒屋タクシーを開業した財務省職員を見る限りでは、国民の期待を大きく裏切るばかりではないく国民を騙して自分たちだけが甘い汁を吸おうとしているとしか思えない。この際、役人数も大幅に削減して足りない職員を長期派遣職員で賄った方が財政面でも、モラル面でもずっと効率的であると思うがどうだろうか。
 脱線したが、国家の財政を考える際に短絡的にイージーな財政出動を考えがちであるが、政府の一方的な考えだけでやるのではなく、国会審議を尽くして、必ず財源の補填についてもしっかり裏づけを証明して欲しいものである。
57720081211日(木) 今も通用するか。「海兵五省」
 慶応アルペンクラブの同期忘年会に9人の仲間が集まった。場所は最初から決めているわけではなく、新橋・第一ホテルに集合して誰が決めるともなく、銀座7丁目の蕎麦屋「よし田」へ行った。昔の山仲間が寄り集まってきたわけだが、話題は年金、健康、特に健康保険の支払額に関することである。地方にいる仲間は仕様がないが、連絡が取れなくなったのは大阪の宮田忠義くんだけだった。どこへ行ったのか、プッツンとなってしまった。学生時代には何度も一緒に山へ登ったのにこういう状況になったのも身の上に何かがあったのだろうか。結婚式にも招かれ大阪まで行ったほど親しく、よく知る山仲間だけに寂しい気もする。みんな同じ気持ちである。それでも久しぶりに旧交を温めるのはいいものだ。半年に一度集まろうとの声もあったが、どうだろうか。今日は偶々これだけ集まったが、半年に一度になるとこれだけ集まるとは思えない。楽しい会ではあるが、一年に一度がいいところだろう。
 今月4日の日経夕刊紙に「日本の近代遺産50選」の建物として、広島県江田島市の旧海軍兵学校が紹介されていた。その記事の片枠に「海兵五省」の説明があった。表現は古い感じがするが、中身からは今日も通用する精神が脈々と伝わってくる。
  「Ⅰ.至誠に悖(もと)るなかりしか。Ⅱ.言行に恥ずるなかりしか。Ⅲ.気力に欠くるなかりしか。Ⅳ.努力に憾(うら)みなかりしか。Ⅴ.不精に亘るなかりしか。」
  かつて戦地への慰霊団の折に何度となく聞いたことがある。軍国主義の牙城であった海兵であるが、その精神は必ずしも固い軍国調ではない。むしろ自らが毎日の生活の中で自分自身の行動を反省し、律したわけで、内容的には一本筋が通っていると思う。誤解を招くのは「至誠」が天皇制とか、忠君愛国へのまごころと取られかねないことぐらいであろう。普遍的な倫理観でユニバーサルなモットーであると思う。実際戦後江田島を訪れた米海軍幹部が感銘を受けたそうで、アメリカ・アナポリスの海軍兵学校ではこの英語版を掲げている。精神は通じているからだと思う。今日日本のあらゆる分野で活躍する人々も、その言わんとしていることに気づき取り上げて欲しいと思う「海兵五省」である。
57620081210日(水) 労働者に厳しい不況の嵐
 自動車産業の景気が悪いとは聞いていた。昨日の酒のペンクラブ席上でも名古屋から参加した会員の話では、愛知県豊田市内はトヨタ自動車の不景気による影響を受けて市全体が沈んでいる。法人事業税の減収が市当局を慌てさせてもいる。トヨタ社員が市内で飲み食い、買い物をしないとも言っていた。その自動車産業に歩調を合わせるかの如く、ソニーが大幅の人員削減に踏み切ると公表した。世界中の事業所の正社員を含む16,000人を来年春までに解雇するという。
 一足早くトヨタが3,000人の削減を発表していた。日産が1,500人、マツダは1,300人、三菱1,100人、いすゞ1,400人という具合に自動車メーカーは軒並み人員削減に踏み切った。彼らはほとんどが期間従業員か、派遣従業員だが、ソニーは半数の8,000人が正社員だという。この傾向は止むことがないようだ。
 どうしたら良いのか。本当に金融不安から始まった全般的な不景気風の影響を受けたのだろうか。ソニーは大幅なコスト削減を行った結果、今年3月期の売上高と純利益は過去最高と胸を張って見せた。それが全体の8割に当る海外取引の重さが円高による直撃、株安で金融事業の利益減少、そして消費低迷で三重苦だという。恰も自分らに責任がないような言い方である。それにしてもソニーはここ10年の間に3度も大きな人員削減をやっている。これだけ激しいアップダウンを繰り返すのは、他人事のようなことを言っているが、実は会社の経営のあり方にも問題があるのではないだろうか。アメリカのビッグ3にせよ、日本の自動車メーカーやリーディング・カンパニーのソニーにせよ、世の中を少々甘く見ていたのではないだろうか。
 さて、今日駒沢大学で赤羽講師が通信社というものについて講義された。日本の同盟通信から分かれた共同通信と時事通信、世界の5大通信社、AP、UPI、ロイター、タス、AFPの成り立ち等について解説された。共同通信が株式会社ではなく、社団法人であることも初めて知った。5月から始まった駒沢大学公開講座も来週が最終講義である。通信社である共同通信社屋の見学が楽しみだ。
57520081210日(火) 今年最後の酒のペンクラブ例会
  駒沢大学の講義を二つ聞いてから酒のペンクラブ12月例会へ出かける。駒沢大一時限目では菱山講師が先日贈呈した拙著のPRをやってくれたうえ、今日のテーマ「出版ジャーナリズム論」に関連づけて突然私に出版の苦労話をするよう指名されたので、僭越ではあったが、60年安保の時代から最近の上梓に至るまでの文章を書くことについて考えていることを簡単に話した。二時限目の片山講師には岩波市民セミナーの原講師の講義内容について報告がてらお話した。良い話だったと感想を述べたら、納得されておられたようだった。
  1750分に授業が終了してから、18時に始まる酒ペンへは時間的にタイトで毎度遅刻するが、今日は1840分会場の麹町にある「ふくおか会館」に着いた。近況報告の際、山崎洋さんがセルビア語に翻訳され、出版された「古事記」を回覧して何語で書かれているか、クイズ形式で尋ねてみたら誰も分らなかった。無理もないと思う。セルビア語はやはり日本では馴染みのない特殊な言葉である。いつも安くて食べて飲んで楽しい会合だが、今日は長老の山中さんから懸案の佐賀旅行について触れられ、その後西岡・佐賀県東京事務所長から1泊2日のスケジュール「佐賀の酒と肴を巡る旅」案が示された。費用は48,000円程度とのことであったが、高いとか安いとか、2月中旬がよいとか下旬が好都合とか、ピーチクパーチクでまとまらず、もっと安くして2月中旬で見学酒蔵も減らし、序に2月例会も下旬にするという線が出された。これから西岡所長が悪戦苦闘することになる。
  散会して雨の中を小中陽太郎さんと歩いていると、小中さんの携帯に日経の西山さんから麹町にある佐賀の飲み屋「まつら」で待っているとのお誘いに、小中さんともども合流することになり、再び飲み始める。その席で小中さんが酒ペンの会報フロントの巻頭言執筆者のひとりとして私にも書くように中心人物である、山中保学さん、麻木正美さん、西山貢さんに持ちかけている。小中さんを含め、それぞれジャーナリズム界の大物がペンを取っていた重要なスペースで、書こうと思えば書けないことはないが、ちょっと荷が重い気がする。
  いずれにしても酒ペンは案外気楽な会合で皆さん好い人ばかりで中々楽しい雰囲気である。
5742008128日(月) 共同通信・原寿雄氏と菅生事件

  28年前の今日ビートルズのジョン・レノンが殺された。文部省海外教員派遣団にお供してちょうどマルセイユにいた時、そのニュースを聞いた。もう30年近くも経ってしまったのかと思うと感慨無量である。大東亜戦争