ご意見番の意見

2010年12月

129712月1日(水) 小沢氏の政治献金疑惑はどうなった?
 早くも師走に入った。日本の各地では歳末商戦を見据えて、華やかなクリスマス・ツリーが飾られている。建設中の東京スカイツリーも今日500mの高さを上回った。来春には最高点634mに達するという。だが、そんなお祭景気はどこへやら、一向に景気が回復しないまま年月だけが過ぎ去っていく。経済も停滞し経済指標も芳しくない。株価は一向に上昇気配が見られず、失業率も5%を超えた。相変わらず大学生の就職内定率が伸びない。この行き詰まった閉塞感をどうやって解決すべきだろうか。答はまだ提示されない。
 こんな暗い状況下で、政治資金問題で追い詰められ、国会で証言を求められている小沢一郎・前民主党幹事長の2009年政治資金収支報告書が公表された。驚くべきは、資金管理団体「陸山会」が昨年7月の衆議院解散から8月の総選挙公示までの僅か1ヶ月の間に、民主党立候補予定者91人に総額4億5千万円の資金提供を行っていたことである。つまりひとり当たり5百万円を提供していたことになる。この元金はどうやって集めたのだろうか。こんな金回りの良い親分なら、多くの子分が擦り寄ってくるだろう。当選すれば、当然子分は親分のために一心不乱に働く。こうして親分は組織の中で圧倒的な力を発揮することができる。この資金の分配は公職選挙法に抵触しないので、資金潤沢な政治家なら権力基盤を固めるために、できれば誰もがやりたい方法だ。だが、他人のために自己資金の中から資金提供できる政治家がそう多くいるわけではない。小沢氏にはそれがどうしてできるのか、ぜひ伺いところである。
 ところが、やはり奇妙キテレツなカラクリがあるようだ。小沢氏関連の政治団体「改革フォーラム21」から3億7千万円が、選挙区のある民主党岩手県第4区総支部へ提供され、その翌日には第4区総支部から陸山会へ手渡され、時間をかけて91人にばらまかれた。この資金の流れだけ見ていると、資金さえあれば問題ないように見える。ところが、最初の出所「改革フォーラム21」というのはそもそも旧新生党の団体で、新生党が解党した際残った資金約9億2千万円が代表幹事を務めていた小沢氏に移された。立候補予定者に提供された資金は、どうもその旧新生党からの迂回献金ではないかと言われている。
 どうしても政治には、裏金とか、闇ルートとか後ろめたい動きや、噂が付きまとう。その代表格が小沢一郎氏である。これだけ灰色の存在であるにも拘わらず、小沢氏は自身の違法献金問題について国会で証言することもなく、国会は明後日閉会する。何とまぁずる賢い政治家どもと不毛の国会ではないか。
129812月2日(木) 政治家とは礼儀知らずで軽薄か?
 先月29日に参議院本会議場で開かれた議会開設120周年記念式典に臨席された秋篠宮ご夫妻に野次を飛ばしたとして、野党は中井洽・衆議院予算委員長への懲罰動議を提出した。以前からこの中井氏の言動にはお行儀の悪さが目立っていたが、当日の中井氏を映像で見てみると天皇・皇后両陛下をお迎えする空気の中にしては落ち着きがなく、とてもエチケットを弁えている人とは思えない。立ったり座ったり、隣席の同僚議員に書類を見せて話しかけたり、およそ目の前にほかの皇族が起立している時にとるべき態度ではない。
 その他にも自民党の逢沢一郎・国会対策委員長が同じ厳粛な式典中に携帯電話の着信音を鳴らしたとして与党から懲罰動議が衆議院に提出された。
 どっちもどっちだと呆れた印象を受けたが、それにしても国会議員の常識認識レベルは一般人として最低のレベルにあるのではないだろうか。よくもこれだけ最低のことをやっていて、自身恥ずかしいと思わないのだろうか。それでも日常活動で国民と約束したことを行い、誠心誠意国家国民のために全力を尽くしているならともかく、仄聞によればおよそ真面目に職務を遂行しているようには見えない。
 今日も子ども手当ての一貫として、子ども手当て13,000円に加えて、3歳未満の幼児にプラス7,000円の支給を考えていると玄葉光一郎・国家戦略担当大臣が語った。原資が不足している国家財政の中で、果たして賄えるのかとの質問に対して、直ちに決定ではないと言った。扶養家族と配偶者控除とのからみと言ったが、いかにも言葉が軽い。そういう大事なことは、決定してからマス・メディアでしゃべるべきではないだろうか。そんな基本的なことすら分らない未熟な議員が増えた。子ども手当てを支給したいなら、マニフェストで約束する前に予算手当てを考えるべきではなかったか。また、そんなにばらまきパフォーマンスをやりたいなら、「櫂より始めよ」として、まず国民に約束した議員数の削減を実行して、範を示すのが筋ではないだろうか。
 まったく今の政治家は嘘をつくことと金儲けばかりに頭を使い、国家国民のことなぞまるで念頭にないように思える。困ったものである。
129912月3日(金) 普天間基地移設問題をどう解決するのか。
 昨日仲井真弘多・沖縄県知事が首相官邸で菅首相と知事再選後初めて会談した。知事は選挙で公約した普天間米軍基地の県外移設を強く求め、国内移設は容認できないと申し入れたが、菅首相は5月の辺野古へ移設するとした日米合意に改めて理解を求め、両者の会談は平行線に終った。
 どうもこの移設問題がギクシャクして、国と県が真っ向から対立する構図を作ってしまった。首相が沖縄の負担軽減策や振興策を提言したが、県民の意思と期待を背負った知事からは普天間基地問題と切り離して協議するよう求められた。
 仲井真知事は元々県外移設一辺倒ではなく、条件付きで辺野古移設を容認していた。その知事が県外移設に考え方を変え、政府と真っ向対立の構図へ向かったのは、鳩山前首相が基地問題に関する理念も、移設の具体的計画も、外国との交渉も、沖縄県民への理解もなく、軽い気持で「普天間基地は海外移設、最悪でも県外移設」とアドバルーンを上げ、選挙マニフェストにも公約として盛り込んだことに力づけられたからである。沖縄県民ならずとも、基地の撤去を待ち望んでいた国民は挙って鳩山氏率いる民主党を応援し、政権交代を実現して民主党が政権の座に就いた。
 だが、それは一夜の夢でしかなかった。元々首相の座に就いた鳩山由起夫氏には、日米同盟や基地問題に関してまったく理念や哲学がなかった。その結果が今春ふらふらした一連の基地問題への取り組みと対応である。自らの力で問題を解決できず、挙句の果てに無責任にも政権を投げ出してしまった。鳩山氏と民主党は、沖縄県民ならず、米軍基地反対を叫ぶ国民を悉く裏切ったのである。問題をこじらせたのは、鳩山氏率いる民主党政権が迷走したからである。その意味では、現在の菅首相は無能首相だった鳩山由起夫氏の犯した粗相の尻拭いをしていることになる。
 しかし、前首相の後継者である同じ理工系の菅首相には、それなりの覚悟があって後継首相になった筈である。菅流の理念と哲学を充分駆使して、沖縄知事を説得するか、納得させなければならない。そうでなければ、このまま双方に不信感だけが残されて、相変わらず国と沖縄県の対立が続けられるだけだ。アメリカ政府は一刻も早い日米合意の実行を望んでいる。かてて加えて、わが国としても朝鮮半島の緊張化がピークに達している現在、天の邪鬼・中国に文句を言えるのは、やはり頼りになる米軍の存在であり、アメリカの要求を断れない弱みと本音がある。
 さあ、菅・軟弱首相よ、どうする? どうする?
130012月4日(土) 東北新幹線全線開通
 3年半に亘りこのブログを書いてきたが、今日連続1300回というひとつの節目を迎えた。毎日原稿用紙3枚分程度を書き続けることは、傍から見れば大変なように見えるかも知れないが、自分自身としてはそれほどタフだと思ったことはない。書く材料は目の前にいくらでもあるし、的外れだろうと何であろうと、今のところ幸いにも書きたいという意欲と好奇心が衰えないので、しばらくはこのまま書いていこうと考えている。お陰で友人たちにも結構読んでもらっているようなので、彼らに対する近況と意思伝達にもなっている。あまり古い記録では参考にもならないと思うが、今年書いたブログは来年辺り小冊子にでもまとめて、友人たちに贈ろうかとも考えている。
 さて、今日JR東北新幹線が八戸から新青森まで延伸開通して、東京駅から最終目的地までつながり念願成就となった。明治24年の開通時の所要26時間に比べると、120年経って時間的に僅か3時間20分と大幅にスピード・アップされたが、よく考えてみると巨額の投資をして新幹線網を整備しても、負の遺産というべきか、その一方で取り残されるものも沢山ある。
 東海道新幹線が初めて開通したのは、東京オリンピックが開催された昭和39年だが、あの頃はまだ高度成長期の真っ只中にあったので、更に経済成長に拍車をかけるためのステップとして新幹線は大いに利用され、持て囃されたのはある面で頷ける。だが、今や高速道路網も発達、整備され、新幹線が必要と思われる主要幹線道には鉄道網が整備され、ある程度新幹線需要が国内の至るところにまで行き渡った現在、果たして小さな地方都市にまで新たに新幹線を敷設する必要があるだろうか疑問に感じることもある。実際東北新幹線の「いわて沼宮内」駅の乗降者数は、一日僅かに117人で全国の新幹線駅の中で最も少ないという。
 メジャーな鉄道網が栄える一方で、並行在来線が苦しい経営を余儀なくされ、地方鉄道もどんどん寂れて行く。それらはほとんどが第三セクター方式による経営に移行するが、まもなく多額の赤字を背負わされる自治体が悲鳴を上げるのは目に見えている。結局廃線の憂き目を見ることになるのではないか。
 新幹線開業でJRから分離された在来線で、苦境に追い込まれているメジャーな鉄道に、①IGRいわて銀河鉄道(盛岡市)、②しなの鉄道(上田市)、③肥薩おれんじ鉄道(八代市)などがあり、昨年までの累積赤字がそれぞれ3億1千万、1億9千万、8億7千万円に達している。地方の財政が厳しい中で、この赤字補填は辛い出費だろう。このまま行けば当然廃止の運命にぶち当たることになろう。そう思うと日の当たる一面ばかりでなく、その皺寄せを受ける陰の部分があることを忘れてはなるまい。
 今日の東北新幹線の乗車券は発売と同時に、往路と復路ともに30秒、45秒であっという間に売り切れ、大万歳だったそうだ。しかし、落とし穴もあった。想定以上の強風のため一時運転を休止して全路線に大幅な遅れが出たようである。事業のプラス面には陰のマイナス面と、プラスの中にも機械だけでは解決できない問題もある。中々うまく行かないものだ。

130112月5日(日) クラシックの演奏会を楽しむ。
 年に2回恒例行事となったゼミの赤松晋さんがチェロを演奏するアマチュア・オーケストラ「上野浅草フィルハーモニー管弦楽団」の定期演奏会がいつも通り浅草公会堂で開催された。
 演奏曲目はベートーベン「交響曲第8番へ長調」とショスタコーヴィッチ「交響曲第5番ニ短調」で、いずれも私には馴染みのない作品だった。いつもこの定期演奏会で演奏されるのは、普段あまり聞き覚えのない曲目が多い。最後にアンコールで「仮面舞踏会」が演奏され、やっと知っている曲に出合った。クラシックを聞く機会はあまりないので、時折静かに耳を傾ける機会があるのは貴重である。
 私も妻と出かけたが、夫人同伴のゼミ仲間が多く、全体で21人ほどの参加だった。終ってから幹事が予約してくれたレストラン「アリゾナ」で会食となったが、この店は生前永井荷風が好んで利用したところで、店内に荷風の写真が飾ってあり、店の主が複製ではあるが、荷風の作品「濹東綺譚」を見せてくれた。中々きれいで女性的な筆文字に加えて訂正箇所が朱文字で記入されているのが、パソコンでは感じられない味わいを出している。
 それにしても赤松さんは相変わらず若い。80名ほどの団員の中で、最年長とのことだが、最年少といってもおかしくない。あまりわれわれが、この演奏会にかこつけた会合が楽しみだと赤松さんにプレッシャーをかけるので、辛くても止められないと笑いながらこぼしていた。
 いつも感じるのだが、浅草界隈には独特の風情があり昔の下町情緒が残っている。昼食に入った日本蕎麦店「満留賀」は明治28年開業と書かれていたが、意外にも外人客がいくつか小さなグループ単位で入って来たのには驚いた。
 今話題の東京スカイツリーが一歩一歩完成へ向けて上空へ伸びていて、通行人も立ち止まっては見物している。確かに話題になるタワーであることには違いないが、できれば首都・東京のシンボルとしては日本的な建物の方がずっとサマになるのではないか。私も近著「そこが知りたい 観光・都市・環境」の中で触れたが、その点では江戸城が往時の木造で復元されるようだともっと大勢の人々の関心を高めることだろう。
 年に2度ではあるが、気持ちの通じあう仲間とコンサートを聴き、食事を楽しめることは幸せである。14日には、同じ仲間と下北沢で忘年会がある。
130212月6日(月) 2年ぶりの韓国に期待高まる。
 新しくなった羽田国際空港へ妻に車で送ってもらい、初めてこの新ターミナルビルを使用してソウル金浦空港へ向かった。新空港ビルは斬新なデザインでテクノビルの感じであるが、広さもそれほどではなく、残念ながら新しい空港が出来たというわくわく感を抱かせてはくれない。これでは仁川空港や、シンガポールのチャンギー空港に対抗してハブ空港としては勝負にならないと思う。いざ搭乗となると大韓航空機へ乗り込むのに待合室からバスで案内されたのは、かなり時代に遅れているのではないかとややがっかりである。
 今回の旅行は僭越であるが、次回の書き下ろし作品のために格安旅行で業績を伸ばしてきた阪急交通社・トラピックスの対応とツアー・ハンドリング状況をチェックするのもひとつの目的である。そんなわけで格安団体旅行に参加してみた。安いのは結構だが、以前から会社と旅行参加者のハートフルな交流が乏しいと感じていた。実際この会社は、2004年エジプト・アレキサンドリアで1ヶ月の間に2度もバスのスリップ事故を起こした。察するところタイヤが磨耗した古いバスを利用していたからだと、TRAVEL JOURNAL紙へ寄稿した。同誌編集長によると同社から拙稿に対して苦情らしきものが寄せられたという。やはり後ろめたい点もあったのだろう。
 申し込み段階から書類関係のやり取りでは、やはり不親切だと感じていた。やはり対応が冷たい感じがする。ところが、韓国でツアーが動き出すとツアーオペレーターは沢山のツアーを扱い慣れているせいか、そつなく今日一日のスケジュールを消化した。ガイドによれば、最近は圧倒的に阪急の牙城で、かつて盛んに送客していた大手業者のJTB、近ツー、日本旅行などでも、阪急の前では影が薄いそうだ。
 金浦空港に到着してから高速道路を走って今年世界遺産に登録された安東河回村を訪れ、1時間たっぷり朝鮮の伝統的な民家を見学した。1999年にはイギリスのエリザベス女王が訪れた。
 その後夕食を取って古都慶州のホテルへチェックインしたのは午後8時40分だった。この間走行距離約430kmでかなり疲れた。外はやはり大陸性気候のせいでぞくぞくするような寒さだった。
 ガイドは中々意欲的な中年の女性で、李玉女さんと仰る。今緊張している北朝鮮との関係について韓国人の気持を話してくれた。ソウル市内を東西に流れている漢江を境に、北部の地域が北朝鮮との対決の影響から南側に比べて住宅が少ないと意外な話を聞いた。いざ北が攻めて来たら逃げ易いためだという。こういう話は現地でないと聞けない。更に韓国の人びとはヨンピョン島を砲撃して民間人を殺害したことについては休戦協定に違反していると厳しい見方をしていた。
 ホテルは慶州のリゾートホテルで室内はオンドルで暖かく、これも経験だと思うが、インターネットの接続ができず、充電するコンセントが初めて見たタイプのもので持参したいくつかのオプションも使えずカメラ、パソコンの充電ができなかったのがやはり不満だ。
 明日からどんなスケジュールで、何を見せてくれるのか楽しみにしている。 (韓国・慶州にて) 
1303.12月7日(火) 古都慶州を観光
 ぐっすり眠ってあたふたとバスに乗り込む。慶州は全韓国人が古都として誇りに思っている素晴らしい街だ。40年前にソウルで開催されたPATA会議に参加した時に、下関から関釜フェリーで釜山へやって来てソウルへ車で上る途中に訪れたことがある。随分綺麗になったと思う。だが、あまり昔のイメージが感じられない。全般的に少々垢抜けたように感じる。その後ここでエキスポが開催されたこともひとつの理由ではないだろうか。
 ホテルの近くの小さな食堂でカルビ湯の朝食をいただく。母子三代でお店を切り盛りしているというが、皺のしわくちゃなおばあさんが日本語で気を遣いながらお愛想を振りまいている。資格を取ったおばあさんが、主として料理の献立を作っているという。
 その後世界遺産に登録されている石窟庵と仏国寺を見学に訪れた。石窟庵への山道のアプローチはほとんど記憶がない。石窟もガラス越しで見学するようになった。仏国寺は有名な写真が取れる角度で数枚シャッターを押す。慶州観光で最近は取り上げられていない古墳内の見学がやはりなかった。その理由を明日ガイドさんに尋ねてみようと思う。
 山菜ビビンバの昼食後、高速道を今日の宿泊地・温陽温泉へ向かった。約300kmを4時間近くかけて走ったが、その間に外岩里民俗村に立ち寄り見学した。昨日訪れた安東河回村とは異なり住民が実際に生活している。観光客がづかづかと敷地内に入り込んで、住民に迷惑をかけているのではないかと少々気になったが、入口で入村料を支払うようだ。きっとその一部は住民に何らかの助成金として手渡されるのだろう。ここの雰囲気は日本の古き里山だ。
 もう一ヶ所立ち寄った高速道のドライブインに米軍の軍用車と装甲車が数台やってきた。数人の米軍兵士の姿も売店で見られた。ヨンピョン島砲撃事件の直後で米韓合同軍事演習が行われた時でもあり、どうしても北朝鮮との対決を考えて無意識のうちに緊張感が走る。
 今日宿泊したのは、温陽の街の中心にある陰陽観光ホテルで、この土地の最高級ホテルとの触れ込みである。阪急の日程表によると英語で‘ONYANG KANKO HOTEL’と紹介されていたが、インターネットとホテルの備品には‘ONYANG HOTSPRING HOTEL’としてあった。外国で「観光」をホテル名につけるはずがないではないか。この辺りも格安ツアー阪急の面目躍如というところである。高級ホテルであることは全体の感じと付属施設の充実さで納得できる。室内はオンドルであるが、昨日のホテルに比べれば完全にオンドルを承知の宿泊客を対象にしているように思う。室内に入ると左右にトイレ・バスルームと押入れがあり、だだっ広い10畳ほどのオンドル一間にはテレビと低い整理棚、卓袱台がおいてあるだけで、押入れから布団を出す。困るのは、事務用テーブルがないことで、パソコンを打つのにも一苦労する。幸い今日は充電できたこととインターネット設備があったので、何とか原稿を送信できる。
 このホテルは温泉を売り物にしているので、話の種に初めて韓国の温泉に浸かってみた。男女別々の大風呂で日本の温泉旅館とほとんど変わらず、ゆっくり寛ぐことができた。この温泉利用スタイルは日本人が教えたそうだ。
 やや疲れ気味なので、好い加減な文をアップしてしまったが、何とか送信できたので一安心である。明日は首都ソウルへ向かう。 (韓国・温陽温泉にて)
130412月8日(水) 3つの世界遺産と初雪
 このツアーは朝食をすべてホテル外で取ることになっている。今朝も外で食事をして高速道路をひたすら北上し、ソウル郊外45kmにある世界遺産・水原華城を見学した。市内の目抜きにあって城内を車の往来の激しい道路が貫通している。城壁一周が5.7kmでとても全体を見ることができず、ごく一部の城壁を歩いただけだったが、まあそれなりに歴史を偲ぶことはできる。しかし、周囲をビルに囲まれていて味気がない。どうも歴史の重厚さが感じられない。
 午後訪れた二つの世界遺産、宣陵と昌徳宮は李王朝の墓と王宮だが、ソウル市内のいずれも交通至便な地にある。それでも水原華城ほど街の喧騒やビルが気にならない。昌徳宮では、ガイドさんが李王朝最後の王に、梨本宮家から輿入れされた李正子さんにまつわる話をしみじみされた。話によると歴代の后妃の中でも二番目に人気があった妃とか。
 そう言えば、歴代大統領の中で一番人気の高かったのは、1979年に暗殺された朴正熙大統領だというのは意外な感じがした。軍人大統領として強圧的との印象が強かったが、私利私欲がなく国の発展のために献身的に努め、亡くなった時大統領の私財はほとんどなかったと言われている。その朴大統領が戦後悲運な境遇にあった李正子さんの生活を気にされ、国の費用を捻出して面倒をみたという。その点でも真面目な人柄が窺える。
 今日訪れた3つの世界遺産に、6日の安東河回村を加えると、これで私が訪れた世界遺産は156ヶ所になる。これもひとつの勲章と考え、できればこれからも200ヶ所を目指して旅を続けたい。
 夕食後は今売り出し中のNANTAのコミカルな芸を観てみたいと興味があったが、コリアハウスで公演中の伝統芸術を鑑賞した。韓国の伝統芸能というと必ず演奏されるアリランや、韓国民族舞踏の扇子舞があるが、それらを充分楽しむことができた。
 今朝ソウルで雪が降ったとは聞いたが、午後遅くなってからかなり激しい雪がみぞれに変わり、コリアハウスを出てから繁華街明洞を「銀ブラ」していた時はかなり降っていた。それにしても、東京で今年はまだ雪にお目にかかれないが、外国のソウルで初雪に会うとは旅の意外性と妙味であろう。
 今日はあのビートルズのジョン・レノンが暗殺されてちょうど30年目になる。先日解団した「チボリ会」の先生方とともにマルセイユ滞在中の30年前の今日、号外でジョンの死を知ってびっくりした。まさに「光陰矢の如し」である。静かに雪のソウルでマルセイユを想う。(韓国・ソウルにて)
130512月9日(木) 韓国の真面目さとエネルギーを感じた旅
 韓国最後の一日は昨日の雪のせいだろうか、外はかなり寒い。ソウル市内を案内してもらいながら考えることがあった。30年前の印象とは大分変わって、韓国も大きく成長して日本に匹敵する力を得た自信から、想像していたような自意識過剰とか、むきになったような顔は見られず、人々の表情にも優しさが感じられることである。この辺りは中国とは違う。
 今日も食事はやや辛い韓国料理だが、慣れてきたせいだろう、食べ易い気がする。特に昼食の石焼ビビンバはおこげが美味しかった。漬物は後から後から、注文すればいくらでも目の前に出される。少々辛過ぎるキライはあるが、慣れれば韓国料理ははまってしまうのではないか。空港への途次立ち寄った漬物店で、弁当箱ほどの漬物を6つ、焼き海苔を2束、いかの塩辛1瓶をついつい衝動買いしてしまったのは、いつもの悪い癖だ。最初から同乗していた写真店の具さんが親切で感じが良いので集合写真やスナップもついまとめ買いしてしまったのも、セルフ・コントロールが欠如してしまったせいだ。

 今日の観光は、最初に警戒網の中を大統領府である青瓦台前広場を訪れた。李王朝歴代の宮殿同様に青い瓦の建物は事務室を表すということを聞いた。ここでも北朝鮮兵士による過去の大統領暗殺計画について聞かされた。われわれが考える以上に韓国国民には北朝鮮への警戒感がある。その後王宮・景福宮を見学する。ここは世界遺産には登録されていないが、登録されている昌徳宮より古く、規模も決してひけを取らない。面積も王宮の中で最も広く、各建物の姿・形も美しい。この景福宮は私にはひとつのノスタルジャがある。亡父が旧府立一商時代に修学旅行で訪れ、制服姿の同級生たちとともに集合写真を撮った宮殿内の慶会楼を見てみたいとかねがね思っていた。あのセピア色の写真のイメージはどういうわけか子どものころより脳裏にくっきりと残っている。池の中に王族の賓客接待の場として造営され、今も凛とした全体像は時代を経ても一幅の絵になる。亡父が写真に納まったスポットは、今や立ち入り禁止になっていたが、その息子は池の前に立ち慶会楼を背後に納めた写真を撮って納得することにした。個人的な小さな思い出に過ぎないが、その修学旅行当時の亡父は朝鮮占領下の京城で何を思っただろうかと考えると感慨無量な想いに駆られる。8年前に亡くなった父と再会したような気持になった。
 仁寺洞の賑やかさは、昨晩訪れた明洞に匹敵する。ぶらついている最中に尿意を催したので、地下の公衆トイレに入った。これが中々清潔で、多くの設備があるのには感心した。公衆衛生感覚が鋭いのだろうか。昨日まで利用したドライブインのトイレも施設、衛生面で日本のそれに比べて優れていると感じた。
 僅か4日間の韓国旅行であったが、そこかしこに日本人が学ぶべき点が多い。狭い国土の有効利用を考えると元々賢明な韓国の人々にとっては、智恵を出すのが最善の解決策ということなのだろう。ソウル市内は坂道が多く、気候も厳しく、生活するのは日本以上に厳しいのではないかと感じたが、人々は明るく愛想が良い。改めて好印象を持った旅行となった。
 一緒に旅行した人たちも、良い人ばかりで雰囲気良かった。再び来たいという人も数多くいたようだった。この旅行の企画会社・阪急交通社の手配については、よくやっていると感じた。これならあまり詮索しなければ、多くの参加者を獲得できると思う。ただ、いくつかの問題点もある。それは大手旅行社と大きくツアー企画の発想が異なることである。また、その点については、別の機会に精査して書いてみようと思う。
 帰路羽田から初めて京浜急行に乗って品川へ出た。従来定番として利用したモノレールに比べて便利とは感じたが、運行本数がまだ足りないと思う。
13061210日(金) 日本人若者からバイタリティが失われたか。
 韓国旅行中に歌舞伎役者・市川海老蔵が先月末に犯した暴行事件のお詫び記者会見が行われたと旅行グループのひとりが話してくれた。昨日の朝刊を読んでみると海老蔵は無期謹慎することになったという。当然だろう。梨園の名門に生まれた名声を鼻にかけ、好い気になってあれだけ酒乱で世間を騒がせ、公演にも穴を開けて多くの関係者に物心両面で大きな損害を負わせた。常識的にはとても考えられない破廉恥な行動に、同情の声はまったく聞かれない。すべて社会人として未熟な海老蔵の思い上がりと甘え、社会的常識と責任感のなさから生じたトラブルである。身近の年長者らや成田屋一門の指導と教育が充分でなかったことも影響していると思う。ここは冷静に猛省して生まれ変わるつもりで再起して欲しいものである。
 それにしても世間一般に非常識な若者が目立つようになった。経済力の向上に伴ってモラルや倫理観の教育が充分なされていないからではないか。
 それに関連して6日付朝日夕刊によると、アメリカへ留学する日本人若者の数が激減している。つい最近ちょっと気にかかるニュースとしても伝えられていたが、積極的に海外へ出ようという前向きな若者が極端に減っているようだ。若い頃より外向き志向だった私にはとても信じられない。それほど今の若者が内向き志向に偏り、海外で自分とは異なる国々の人々と切磋琢磨しながら成長しようとする人物が減少しているのは嘆かわしい。
 因みにアメリカへの留学生の対前年国別増減率では、中国の30%増、サウジアラビアの25%増に比べて日本人は15%減である。絶対数では、トップの中国128千人に次いで、インド105千人、韓国72千人、カナダ28千人、台湾27千人の次が日本の25千人である。ここでも韓国に圧倒的な差をつけられている。才能を開花させるためにアメリカ留学が絶対的に重要ということではないが、日本が力を発揮した199498年には日本人の留学生数はトップだった。そのことを考えてみると、まさに今の日本が行き詰った経済と国民の閉塞心理を如実に示していることになるのではないだろうか。
 今日裁判員制度に関して2つの異例の判断がなされた。ひとつは、鹿児島地裁で老夫婦を殺害したとして強盗殺人罪に問われ死刑を求刑された被告が、無罪の判決を得たことであり、もうひとつは福岡地裁で暴力団員の一審判決に裁判員を採用しないと判断したことである。後者は裁判員に指名された市民が暴力団から仕返しされる可能性を排除した裁判所の親心と言われている。それにしてもいずれも初めての判断であり、早くも専門家や識者の間で論議を呼んでいる。新しく導入された裁判員制度であるが、中々一筋縄では行かない。一般には裁判制度に関する興味と関心が高まったが、当事者にとっては頭の痛い問題だろう。これからも乗り越えなければならない多くの課題や難問が表出されるものと思う。
13071211日(土) 中国はノーベル平和賞を何と思っているのか。
 昨日ストックホルムとオスロでノーベル賞授賞式が行われた。ストックホルムの授賞式後の晩餐会で、わが湘南高校の偉大なる先輩・根岸英一博士が化学賞受賞者3人を代表して記念スピーチを行った。冗談が苦手の日本人の中で、英語の流暢な根岸さんは軽いジョークの後「研究は賞のためであってはならない。どんなことであれ、私たちの探求の営みは常に学問的な高みを目指すためであるべきだ。それが実現したとき、賞はあとからついてくる」と話され、万雷の拍手を浴びた。その話は根岸さんの実感から出たものであろう。先輩が最近のノーベル賞受賞者の中でも、学者らしからぬ如才なさ、物腰の柔らかさとスマイルなどの点で人気と評価が高いのは嬉しいことである。
 ところで、オスロで開催されたノーベル平和賞授賞式には、肝心要の受賞者である劉暁波氏本人はおろか、代理人も出席せず、1935年ナチス治世下にドイツ人平和運動家・オシェツキー氏が受賞したが欠席して以来75年ぶりの主不在となり、名ばかりの授賞式となってしまった。その原因は受賞者である中国民主化活動家・劉暁波氏が中国当局によって収監され、家族も軟禁状態にあるからである。中国の民主化のために活動した人権派作家の自由を拘束して、名誉ある授賞式に出席を認めない強権的中国政府は完全に世界の民主化とはかけ離れている。
 中国政府が自分たちの論理だけを世界中に押し付けているのは、何もこのノーベル賞に限ったことではない。今回中国が国家として外交上非礼だと思うのは、権威あるノーベル賞選考委員会をこき下ろし、ノルウェイ政府に八つ当たりして経済取引を中止したり、あまつさえ授賞式に出席しないよう出席予定国に欠席を要請したことである。まったく子どもの対応である。更に常識を疑いたくなるのは、ノーベル賞授賞式を茶番とけなし、対抗上自分たちで即興的に独自の「孔子平和賞」とかいうアウォードを設定したことである。その対象者として早速台湾の元副総統・連戦氏に賞を需要すると発表したが、本人には伝えられず、代理人として連戦氏とは親族関係のまったくない少女に賞を授与した。これこそ茶番と呼ばずして何と言うべきか。もうこうなると中国の論理と行動は、支離滅裂で良識的な人々からは評価される筈もなく、正当性や論理性もない八方破れのパフォーマンスとしか言いようがない。
 中国の指導者は良心的でまともな国々の信頼を失っても、こんな非常識な対応でいつまでも経済発展を続けられると本気で思っているのだろうか。国民の声に耳を傾けることをせず、共産党内の内部事情と手前勝手な都合だけを優先して政治を動かしていこうとする非民主的な政治体制の中国が、このまま体制をいつまでも維持していけるだろうか。怪しいものである。いつになったら幼児国家・中国は目覚めるのだろうか。
13081212日(日) 人はなぜ自分のことしか考えないのか。
 いつかは到達する数値であるが、今日実際にその数値をクリアした。数値とはホームページへのアクセス数で、その数は「20,000」である。3年7ヶ月を費やして辿り着いた数字である。先日自分自身が書き込んだブログ「ご意見番の意見」の連続書き込み回数1,300に匹敵するものかも知れない。ただ、この連続回数は自分が地道にやっていれば、いつかは達成可能な数値である。それに引き換えホームページのアクセス数は、友人や知人ら誰かがアクセスして見てくれなければ数字は伸びない。その意味でも友人たちに感謝したい。どのくらい数字が伸びるのかは分らないが、50,000回ぐらいは何とかアクセスしてもらいたいものだ。
 COP16がメキシコのカンクンで開催されていたが、もめにもめて漸く「カンクン合意」を採択して昨日閉幕した。10月に横浜でAPECが開催されていた時、名古屋でCOP16のための予備会議のような会議が開かれていたが、地球温暖化対策で各国が自国のエゴを主張するために一向に全体案がまとまらない。日本は2012年に期限の切れる京都議定書の延長に強く反対して、結果的に難しい立場に立たされていた。最大の排気ガス産出国であるアメリカと中国が、削減数値目標を盛り込んだ条約の発効に消極的というのが、最大のネックだった。この姿勢は今もあまり大きく変わっていない。中でもGDP世界2位になろうとする中国が、自分たちは発展途上国であるとの立場を都合よく主張して、経済発展のために排出ガスの規制には同調できないと拘ったから厄介である。
 結局確たる結論を出すこともできず、あいまいなまま次回のCOP17に今後の交渉は委ねられることになった。各国が自己の都合ばかり主張して、地球全体のグローバル的な視点に目をつぶっていることが問題の解決を妨げている。地球は汚れ、温暖化となり、海面は上昇しているにも拘わらず、自らの経済活動を阻害することには敏感である。人々は自分たちのことばかり考えて問題の本質を避けている。これでは地球は益々住みにくくなる一方である。
 科学が日進月歩なのに反して、人間の知恵や傲慢さは益々劣化している。問題の本質はこの辺りにあると思う。
13091213日(月) 民主党は国政をどうしようと考えているのか。
 与党民主党内のドタバタ騒ぎには呆れ果てる。どうしてこうも情けない政権ができてしまったのか。政権交代前には、国民の大きな期待を集めていたが、政権の座に就くや、この体たらくである。
 国の政策実行が思うようにできないのは、党代表である菅首相のリーダーシップが欠けていることと、党の組織が充分機能していないからだ。最大の難題になっているのは、前幹事長の小沢一郎氏に政治倫理審査会で疑惑に応えてもらい、民主党の国会運営がスムーズに進行させられるかどうかという、本質的には政権運営とは次元の異なる問題であり、それが抜き差しならなくなっているからである。政治倫理審査会への出席は自民党ら野党の強い要望でもある。われわれから見ると小沢氏はさっさと政倫審に出席して疑問に応えたらよさそうなものだと思う。ましてや小沢氏は民主党代表選の折どこへでも出かけるし、質問にも応えると言っていた。それがいつの間にか貝の如く口を閉じ、司法の場で身の潔白を証明すると態度を変えてしまった。やましい点はないと小沢氏は言うが、言葉通りに信用はできない。
 民主党の自浄能力の欠如と言うべきか、実行力のなさか、党が一党員に疑惑のある行動について毅然として説明させることができないのだから情けない。だらだら党内抗争を引きずっているだけである。その結果、菅政権の支持率は下がる一方で、NHKの直近の世論調査によると遂に支持率はたったの25%、不支持率は58%の散々たる結果を示した。さらに昨日行われた茨城県議会選挙では民主党は惨敗した。その最大の理由に、民主党の実行力不足が挙げられている。菅首相は、その辺りの事情を承知しているのかどうか、今までは仮免許だったが、これからは本免許で思う通りに推進したいなどと暢気なことを言っている。相変わらずノー天気で、ご自分の立場が分っていない。これでは逆風が順風になるわけがない。
 さて、今日民主党内の役員会で小沢氏を国会へ招致する問題について話し合ったが、結局岡田幹事長に一任するとのあいまいな結論しか出せなかった。岡田幹事長はすぐにでも小沢氏と会って説得するというが、まず希望は持てない。小沢グループの議員の反発もあり、党内対立が激化する可能性もある。こんな状態では、相変わらず活路が開けない経済問題や、複雑な外交問題、沖縄基地移設問題を早晩打開できる見通しは立たない。民主党政権がこれからしっかり政治を立ち直らせ、経済にも効果的な対策を講じてくれる期待が持てないとなると、期待して政権を託した国民としてはまったくお先真っ暗でがっくりである。
13101214日(火) 楽しいゼミ仲間との語らい
 先月14日の朝日新聞書評に社会学者・加藤秀俊先生の「常識人の作法」(講談社刊)が紹介されていた。書評したのは江上剛氏である。作家であるが、元銀行員(みずほ銀行)であり、最近まで経営の苦しくなった日本振興銀行から経営建て直しを頼まれ代表取締役社長を務めていた。しかし、結果的に江上氏の思うようにはならず、社長の地位を去ったばかりである。その江上氏が加藤先生の随筆の感想を書いている。
 冒頭から「痛快、愉快、爽快。本書を読むと、そんな言葉がすぐに浮かんでくる~」というように、確かに抱腹絶倒ものである。最後に「私たちが常識だと思って気にもとめない多くのことが加藤さんから見れば、実は非常識極まりないことばかりだということに目を覚まされ、たたきのめされる。それがなんとも心地よい。加藤さんは高名な社会学者で、現在80歳。もはや怖いものなんかなんにもないんだろう。ああ、うらやましい」と結んでいる。今どき加藤先生のように急所をずらしたような指摘の仕方で、しかもユーモアがあり、なるほどなるほどと頷いてしまう文章はそうざらにお目にかかれない。特に、「科学と感性」編の「開花宣言のふしぎ」が面白い。軽妙洒脱な文体で現在の科学とか合理性を皮肉っているのだ。
 加藤先生とは何度かお会いしているが、いつぞやはシカゴ博物館に展示されているホルマリン漬けされた人間肉片スライスについて意気投合して語り合ったことがある。社会を独特の見方で観察する、感性の鋭い社会学者である。拙著「停年オヤジの海外武者修行」上梓に際して、先生から授かった言葉「知的道楽」を使用すべきかどうか考えあぐねご相談した時に、「会話の折に不意に口を突いて出た言葉に知的財産とか、知的所有権なぞあり得ようはずもなく、どうぞ自由にお使い下さい」とお便りをいただいた。
 同じ世田谷区にお住まいの中々愉快な先生で、世田谷区には「沢」がつく地名が5つ(駒沢、深沢、野沢、北沢、奥沢)もあり、馬と関係が深い地名(上馬、下馬、駒沢)もあるなどと世間話も愉しい方である。とにかく面白い。ぜひお読みになることをお薦めしたい。
 今日はゼミの忘年会で、毎年のように下北沢のイタリア・レストラン「JACK POT」で、生牡蠣料理を食する。学校関係でいくつもの集まりがあるが、今になって三田の大学専門課程で学んだ飯田ゼミほど郷愁を感じるアカデミックなグループはない。先日の浅草のオーケストラ演奏会でも声をかけると錦の御旗に何人かのゼミナリストが集まってくる。これは飯田先生のお人柄もさることながら、ゼミ会員が在学中ゼミで、また卒業後もゼミで学んだことをベースに向上心を失わなかったことが大きいと思う。
 今日も11人の仲間が集った。出てくる話題は、最近の民主党政権の頼りなさに対する不満である。つい最近利光さんは、何人かの同志とともに岡田幹事長に会った時に、それなりの提言をしたと仰っていた。冗談半分にわれわれが内閣を組閣した方が、よほどましな政策実行ができるのではないかという幻想とも言えないジョークが出るくらいだった。誰に聞いても民主党に対する不満が口をついて出てくる。こんなことで良いのだろうか。
13111215日(水) 公共投資の無駄
 長崎県諫早湾干拓事業の潮受け排水門を13年ぶりに開門することに政府は同意した。福岡高裁の判決に対して上告しないと判断したわけである。外野から見ているとどういう判断が正しいのか、またその判断が関係者に実質的な損害を与えないのか即断はできない。かつて菅首相は野党時代に、この排水門は税金の無駄遣いではないかと強く非難していた。それゆえ排水門を使用しなくなるということは菅首相の当初の考えと矛盾するものではない。
 しかし、この判断によって対立と膨大な無駄が生じる。巨額の資金を投資して排水門を作り、漁民の生活を脅かし、新たに干拓地で農業に従事する農民が生まれた。今回の判断はこのサイクルを元へ戻すことになる。漁民は元通りに漁獲を得られるようになり、その一方で営農民は生活の基盤を失うわけである。
 これと同じことは群馬県の八ツ場ダムでも行われている。ここでは民主党政権により建設中のダム中止の決定が出た。これまでに注ぎ込んだ投資を今後どう回収しようというのか。八ツ場ダムでは、馬淵国交相のごときは、再び計画推進の発言をしている。この無責任な決定に振り回され困っているのは、その周辺に暮らす人々である。どうして、こういう大事な問題を、建設から中止へと簡単に覆すのだろうか。
 もう少し慎重にも慎重に検討して結論を出してもらわなければ、周辺住民が苦しむだけである。
 先日来もめにもめている名古屋市議会リコール問題も住民不在で厄介である。これは河村たかし市長の個人的なパフォーマンスが極端に表出し過ぎているように思う。先日解散を求めた住民による署名でほんの僅かであるが、定数に達しなかった。これで市議会解散は流れたかに見えたが、署名の無効数に異議ありとして再審査したところ、今日になって無効署名の内、相当数の有効署名が認められてリコールは成立し、市議会は解散することになった。
これにはまだおまけがつく。当初署名が予定数に達しなかったと市長は辞任を決意し、改めて市長選挙を実施して信を問うと言っていたが、これもおかしな話である。目立ちたがりやの市長は考えを変える気はなく、約束通り辞任してもう一度市長選での当選を目指すらしい。
 これこそ政治の停滞であり、費用と時間の無駄遣いではないか。こういう無駄の屋上屋を重ねるようなことは、止めて欲しい。
 今日はJAPAN NOW観光協会の定例企画会議と出版記念会を兼ねた忘年会がいつも通り海事センターで行われた。
 企画会議では取りとめもない個人的な話だったが、先週訪れた韓国で感じたことを話した。朝鮮半島の雰囲気、米軍装甲車の隊列、ソウル市内の住宅事情、朴正熙大統領の人望、李正子さん、韓国人のお墓等々について雑駁とした内容だったと思う。しかし、忘年会の席で松尾道彦理事長と朝日記者だった加納隆さんから、韓国の話は良かったと言っていただいた。
13121216日(木) 税制改正より消費税値上げ検討を
 今日は今年最も寒い一日となった。帯広では早朝零下21.7℃を記録した。初雪が見られた地方もある。最近は地球温暖化の影響で冬は暖かい年が多い。段々季節感がなくなり、気候にメリハリもなくなり、面白みのない気象になった。
 さて、今日政府は来年度の税制改正大綱を決定した。今財政当局は、景気が低迷して税収が伸びず、その一方で費用が嵩むという財政にとって難しい課題を抱えている。そのように厳しい状況の中で、税制改正の目玉は法人税の5%減税である。これが税収減となり苦しい国の歳入が一層厳しくなる。他方少子化対策として3歳未満児に7千円を補助する。これで歳出が増える。収入は減り、支出が増える。年々この悪循環が加速している。これで財政が持ちこたえられるのか。このための財源に裏づけのある根拠があるのかどうか、どうもはっきりしない。給与所得の一部縮小とか、成年扶養控除を縮小とか、姑息な増税案ばかりがまかり通っている。
 この税収不足というピンチに民主党は、どうして消費税引き上げを国民に訴えて実施しようとしないのか。民主党に言わせれば、先の衆議院選のマニフェストで消費税値上げをしないと国民に約束したからだという。しかし、原資は尽き、国の借金は年々増えているのだ。これでは健全なプロジェクトは何もできないではないか。妙なところで意地を張っていないで、素直に原資がないから、国民生活を維持、向上させるために、実は値上げをしないと約束したが、今は消費税を値上げしたいと正面から国民にお願いしてみてはどうなのか。このままない袖は振れないと国民をひもじい生活に甘んじさせるつもりだろうか。
 この際消費税の値上げを取り上げて、真剣に国民的議論をやってみたらどうか。
 今日検察のトップ、大林宏検事総長が年内に辞職する意向を固めた。6月に就任したばかりで、しかも任期途中で辞めた検事総長はかつていない。大阪地検特捜部による証拠改ざんと犯人隠避事件による検察庁内部の不手際の責任を取った形になったが、気の毒というよりほかない。せめて現在検討中の防止策を、精査に精査を重ねて二度と同じような不祥事を繰り返さないよう努めることが、国民の検察への信頼を取り戻す近道ではないかと思う。
13131217日(金) 兼高かおるさんに学ぶ。
 菅首相は仲井真弘多・沖縄県知事再選後、初めて沖縄を訪れ知事と会談した。予想通り会談は平行線のままで、結論はまた引き延ばされることになった。菅首相としては、5月の日米合意に基づいて普天間基地を辺野古へ移転する案を沖縄県が認めてくれるよう説得したが、基地県外移設をスローガンに掲げて再選された仲井真知事は頑として自説を譲らなかった。
 この際菅首相の発言を聞いて「おや?」と思った。首相は「県内移設はベストではないが、ベターだと思う」と言ったのである。基地反対なので、ベターの筈がないではないか。会談を終えて、知事はやはりこの言葉に拘って「基地が沖縄にあることがバッドだ」と言った。菅首相はせめてこう言うべきだったのではないか。「最善の策がダメなら、次善の策を」である。これとてベター?ではないが、言葉としては誤解されることが少なくなる。菅首相は使うべき言葉のTPOを知らない。
 昨日NHK昼番組「スタジオパーク」に珍しく旅行家・兼高かおるさんが出演された。御年80歳である。かつてTBS「兼高かおる世界のたび」を観ては兼高さんと外国に憧れ、ほぼ毎週のように楽しませてもらった。ソフトな語り口でさりげなく話題を聞き出してくれた故芥川隆行氏との名コンビぶりが愉しい番組だった。この番組は31年間も続いたそうだ。
 久しぶりにお姿を拝見すると、お年は召しても相変わらず綺麗で、懐かしそうに昔のことを克明に話してくれる。この番組は外国へ憧れる若者にとって夢のような企画だった。多分あの頃からこの番組を通して私の海外志向が一層昂進したのではないかと思っている。確か高校生のころ80時間で航空機を乗り継いで早回り世界一周をされた。兼高さんによると物語「80日間世界一周」にあやかった企画に乗せられて世界旅行を楽しんだと仰っていた。
 兼高さんは、世界150カ国を訪れ、地球を80周したそうだが、自分の足で歩いたわけではないと謙虚に仰っていた。だが、兼高さんのすごいところは、実際には企画に乗せられたばかりでなく、企画と一体となって、プログラムに行動的、挑戦的なトライをしながら番組作りに携わったことである。例えば、ボストンで空のスカイダイビングをやって見せてくれたり、氷の上の北極点へ舞い降りたり、海ではスキューバダイビングを実演したり、実に行動的で、今どきのかわい子ちゃんの平板的なリポーターぶりとは、行動力のみならず信念とか気合の入れ方が大分違うように思う。
 スペインの天才画家サルバドーレ・ダリを訪ねた時の、今から50年以上も昔のフィルムを再現してくれたが、ダリの両先端が上へ跳ねたような個性的な髭は砂糖水で固めたなんてことは初めて知った。兼高さんの可愛らしい魅力にダリもつい心を許ししゃべってくれたのだろう。
 兼高さんは住むなら、アメリカとヨーロッパが良いと仰っていたが、そのアメリカは自分が持っているものをすべて活用できるようにしてくれる国だと言われた。同感である。そのうえで、若者に世界を見てみなさいと無言のメッセージを送ってくれた。今の内向き志向の若者に対するアドバイスであり、強いメッセージだと思う。
 日本人は日本のことをもっと知るべきだと、ご自分の経験上から話された。海外の旅では、その国の人々と触れあい、その国の食事を楽しみ、荷物を少なくする、などと納得のいく話をしてくれた。そのうえで海外旅行は楽しいと旅のエッセンスで話を締めくくってくれた。
 兼高さんの150カ国訪問と地球80周にはとても及ばないが、年齢を重ねても兼高さんのポジティブな姿勢と人生観から、現在71カ国と地球13周の私も少しでも多くのことを学んでいきたいと思っている。
13141218日(土) 防衛大綱決定で中朝の無法を止められるか。
 一昨日政府は税制大綱を、そして昨日防衛大綱を決定した。従来の防衛大綱は、全国に自衛隊部隊を均等配備する「基礎的防衛力」に重点を置いていた。だが、最近の北朝鮮の軍事的不安定要因と、中国の軍事力の近代化や西南諸島における中国軍の動きを念頭に、重点地域にはそれなりの軍事力を配備する「動的防衛力」に力を注ぐ方針に変わることになる。これに対して「仮想敵国」と名指しされたような印象を与える中国政府は予想されたように不快感を表明した。
 ところで、昨夕の新聞には現在の大綱と新大綱の防衛力比較表が示されている。それによれば、財政が厳しい折、全般的に軍備が増強されているわけではないが、海上自衛隊の潜水艦が16隻から22隻へ増強されることと、弾道ミサイル防衛強化が海上防衛に注力することを示すエビデンスか。
 しかし、よく考えてみると軍事力などは、国家にとって機密事項であると思うが、すべて丸裸なのである。わが国はそれ以前に自衛隊が憲法違反との長沼ナイキ一審判決がある。その後国の控訴により二審で覆り、違憲ではないとされたが、未だに自衛隊の存在自体は違憲・合憲の境界線上にある。そんな事情からであろうか、防衛省は情報公開に前向きで自衛隊に関する情報は誰でも容易に入手できる。インターネットで調べれば、いとも簡単に防衛省のHPにアクセスし、相当な情報が手に入る。
 新大綱では弾道ミサイルの内、イージスシステム搭載護衛艦が4隻から6隻に増え、地対空誘導弾部隊の高射群が3個群から6個群に増強されることが大きな変化である。ここまで一般に告知されると当然中国軍などはそれに対応した防備体制をとるのではないか。
 こんなシステムで自衛隊による国の安全は保たれるのかとの疑問なしとしないが、いずれにせよ新大綱で防衛体制は変わることになる。
 折りも折り、今日黄海の韓国の排他的経済水域内で違法操業していた中国漁船団を取り締まろうとした韓国警備艇に対して、中国人漁船員が暴れ出し一隻は転覆、沈没して死者が出た。韓国警備艇に乗船していた海洋警察庁職員も負傷者を出した。その画像を見てみると9月に尖閣諸島で海上保安庁巡視船に体当たりした中国漁船の姿がダブって見えた。いずれも中国漁船員の暴力的な抵抗がことを大きくしていることははっきりしている。二つのビデオを日韓両国がお互いに照合し、検証して中国漁船員の共通した暴力行為と中国の違法性を中国へ訴え、違法行為を取り締まるよう抗議してみてはどうだろうか。いずれにせよ、北朝鮮も無法の限りを尽くしているが、中国だって大国としてはあまりにも大人気ない。
13151219日(日) 日中関係世論調査の結果
 朝鮮半島情勢が大分緊迫してきた。今日から3日間の間に韓国軍がヨンピョン島周辺で軍事訓練を行うと報道されていたからだ。北朝鮮は訓練を行ったら何らかの反撃を行い、その責任はすべて韓国が負うべきであると強硬な声明を発表した。幸い今日は訓練が行われなかった。周辺には米軍もいて北にプレッシャーを与えている。これまで北朝鮮の過激な行動に対して、国際社会から北への影響力の強い中国が北に説得することを要請されながら、その説得役を行使せず、今回の緊張事態に対しても中国は両軍に対して自重するよう注意を喚起して、恰も中立的立場で主導権を発揮しようとしている。身から出たサビとは言え、中国も昨日自国漁船と韓国警備艇の衝突という新たな問題を抱えて、内心対応に大童の筈である。
 昨日の漁船衝突問題で韓国は悪質な中国漁船の操業に対して厳重な取り締まりを行うと発表した。どうも朝鮮半島周辺が急速にざわめいてきた。やはりこの主役は北朝鮮であり、これをネガティブにサポートしているのが中国だろう。
 内閣府が外交に関する世論調査結果を発表した。日本人が中国について親しみを感じないと答えた割合が、実にほぼ8割に達した。或る程度予測された数字ではあるが、これほど中国に対して悪印象を抱いている人が多いとは想像以上だった。新聞でも分析していたが、9月の尖閣諸島周辺の中国漁船衝突事件以降の中国の強硬な対応に、日本人が嫌悪感を持ったことが大きい。この世論調査が始められて以来対中関係は最悪になったようだ。低下したとは言え、個人的に中国への親近感が2割程度あったのに、日中関係が良好だと考えている日本人が10%にも満たなくなったのにも驚いた。これを元通りに日本人が中国に対して良い感情を抱くようになるには相当な時間がかかると思う。これほど急速に日中関係が悪化したのは、日本人と中国人の関係が悪くなったというよりも、この間に中国共産党政権がからんでいるとみるのが妥当だと思う。この悪化した感情は、中国政府が意図的に醸成したと言っても当たらずとも遠からずだろう。
 これから明日、明後日の韓国軍の軍事訓練の実施が気にかかる。
 さて、母校湘南高校が来年創立90周年を迎える。今年はそのプレ・アニバーサリーイヤーとして、先輩の根岸英一教授がノーベル化学賞を受賞されたし、同級生の環境リスク管理学者・中西準子さんと後輩の指揮者・大野和士さんが文化功労者にも選ばれた。慶応ラグビー部では後輩が大活躍したり、ラグビー部を中心とする運動部活動が韓国のKBSテレビに取材、放映されたり、明るく嬉しいムードに包まれた。
 創立90年を記念して、同窓会(湘友会)名簿を発行する。前回同様拙著の広告掲載を要請されたので、今日一日かけてゲラを作成し出版社へ送った。これによって、販売部数が伸びるわけではなく、お付き合いの要素が強いが、拙著「新・現代海外武者修行のすすめ」と「停年オヤジの海外武者修行」を写真付きで載せ、共著「知の現場」と最近刊行された共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」の宣伝文を、そして来年上梓したいと考えている書下ろし「士・農・工・商・エージェント」(仮題)の予告を載せることにした。
13161220日(月) 国内外に混乱と騒乱
 ついに今日午後韓国軍はヨンピョン島周辺海上で軍事訓練を開始した。北朝鮮の不気味な反応を不安視していた国連安全保障理事会は緊急会議を招集していたが、中国とロシアの独善的要求により北朝鮮への制裁決議がもたついている間に、韓国は決然と自国の正当性を行動に移した。この行動自体は朝鮮半島を緊張させ、戦火を誘発する可能性もあり、その是非の判断は難しい。訓練を行えば、報復も辞さないと通告していた北朝鮮は、今のところ反撃の気配はない。
 しかし、この緊張状態がいつ消滅するのか分らない。
 国内では、このところ小沢一郎・民主党元代表に対して、政治倫理審査会に出席して献金疑惑について説明責任を果たすべきだとの声が強くなり、今日菅首相が小沢氏に直接会い説得した。だが、首相は小沢氏を納得させることはできなかった。菅首相の顔も丸つぶれで、今後民主党としては小沢氏をこの政倫審の場へどうやって引き込めるかということが大きな課題と責任になった。同時に民主党内に反小沢派と親小沢派の対立が一層露骨になってきた。
 一方、地方都市では、河村たかし・名古屋市長が辞表を提出し受理された。これで来年2月に愛知県知事選と同日選挙を行うことになった。この市長辞職というパフォーマンスがどうも理解しにくい。市議会が迷走の後に、リコールが成立して解散することになった。不可解なのは、河村市長が一旦リコールを不成立と判定された段階で辞職の意向を示し、それが一転してリコール成立となったにも拘わらず、辞職を決断したことである。市長の言う理屈は分らないでもないが、このおまけの市長選挙にかかる経費はバカにならない。優に2億円を超えるという。市長は理屈をこねまわしながら個人的な主張をしているが、市民と市財政のことをまったく考慮に入れていないのではないか。一見民主政治を装っているが、こういうわがままとも思える風潮が蔓延るのは、民主政治を堕落させる一歩である。鹿児島県阿久根市長のリコール問題にしてもそうだ。ひとりよがりの行動には呆れ果てるばかりである。
 さて、1125日号「週刊新潮」に菱山郁朗・駒沢大講師の論文が大きな話題を提供していたが、今朝の朝日新聞に半面広告で2頁に亘って「週刊ポスト」に同様の内容が取り上げられた。早速買って読んでみた。ジャーナリストの上杉隆氏が菱山氏にインタビューするスタイルだが、内容的には「週刊新潮」にほぼ書き尽くされている。それにしても菱山氏は絶大な権力を行使している元上司に当たる読売グループ会長の渡辺恒雄氏や日本テレビ会長の氏家斉一郎氏に対して堂々と真っ向勝負を挑んでいる。日テレ関係者にそっと聞いたところによると、菱山氏の意欲的な論文は日テレ内では拍手喝采だそうだ。文面から推測するなら、両氏より菱山氏の言い分に遥かに理があるように思えるが、元部下から批判されて貝となって口を閉じた両氏が応えようとしないのでは、勝負にならない。取り合おうとしない両氏には、それが計算済みの作戦なのかも知れない。
 今日夕方になって久しぶりにパソコン教室受講に出かけた。4月までほぼ週1回ペースで4年間通い続けて個人教授を受けていたが、しばらく休講している間に来年1月に教室が閉鎖されるという連絡をもらった。普段はそれほどPC操作に不自由しないが、時折不明な箇所が出てくると電話で尋ねて解決していた。だが、分かりにくい大きな疑問はやはりじっくり聞かないとダメなので、今日ホームページ修正の件で教室を訪れた。
 波田野講師に教室閉鎖の事情を聞いてみると、いくつか理由があるようだった。経営上の問題ということと、年齢的にきついということも大きな理由かなと思う。残念だがやむを得まい。ただ、今後も電話で尋ねたり、時には会って教えを請うこともできるようなのでホッとしている。
13171221日(火) ホームページを一部修正
 ホームページのトップページを模様替えしてみた。HP開設以来3年半余が過ぎたが、写真の追加はやってみたもののほとんど手を入れていなかったと言ってもいい。昨日パソコン教室へ行ったのを機会に写真をすべて入れ替えてみた。今まではチベットのポタラ宮殿、シベリア鉄道ウラジオストック駅、モン・サン・ミッシェルをバックにした3枚の写真を載せていたが、今度は趣向を変えて、新聞記事(3年前の小田実さんの追悼デモ)、南アフリカの金鉱山、アマゾン、南アルプル北沢峠をトップページに掲げた。他にも若干変更したり、図解を取り替えたりもした。どんな反響があるか楽しみだ。今後はできるだけ機会を捉えて、写真1枚でも良いから半年に一度ぐらいは手を加えてみたいと考えている。
 昨日の韓国軍の軍事訓練に対して北朝鮮の反撃がなかったことから、国連安保理事会緊急会議が、本国照会の重要コレポンに対する返事が中国だけ来なかったことから、アメリカとその他の国々の中国に対する不満が爆発して開かれなかった。アメリカのライス国連代表が名指しこそしなかったが、中国の対応に相当な怒りを露にした。緊急会議がまったく機能しなくなったからである。北朝鮮が反撃しなかったから朝鮮半島は大事に至らなかったが、もし仮に北が攻撃し、これに韓国が応戦していたら国連はまったく機能不全のままで戦火は拡大しただろう。もっとも北も動こうにも動けない実情があったようだ。韓国の訓練に各国から観戦員が監視しているので、第三国が見守る中では北としても攻撃しにくいということもある。いずれにせよ、油断はできない。
 わが国内でも政治は相変わらず機能していない。昨日の菅・小沢会談が不調に終ったのを受けて、菅首相は政治倫理審査会の出席を諦め、次の手段として小沢元代表の国会招致を実現させようと動きだした。漸く腹を決めたのではないか。しかし、この問題を収拾するためにまた余分な時間を消費しなければならない。政治、経済、外交、沖縄基地、年金、予算編成等々、数多くの問題を抱えていながらこのザマである。政治というより国そのものが一向に前へ進まない。こんなことで良いのか。
13181222日(水) がんじがらめの「日本」という国
 年末の年中行事だが、来年度国家予算の決定に際して水面下で関係当局が虚々実々の駆け引きを行っているようだ。外交や政治を始め政局の動きも絡んで、中々前へ進まない点を心配していたが、役所は話をとっとと進めているらしい。
 その中で2点ほど気になったことがある。ひとつは、民主党政府がマニフェストで約束したバラマキ政策が、未だに歳入のメドも立たない財源難により実現の可能性が危ぶまれていることである。
 来年度の一般会計の歳出は、今年度と同じ92兆円台と見られている。これを税収41兆円と国債発行44兆円を併せても、なお約7兆円が不足する計算である。この不足分を独法や特別会計の剰余金で賄う腹のようだ。ところが驚いたことに「出るわ、出るわ」、JN協会の松尾道彦理事長が総裁を務めていた鉄道建設・運輸施設整備支援機構から利益剰余金1.2兆円を始め、財政投融資特別会計から1兆円、外為資金特別会計から3兆円の剰余金を税外収入として計上するという。国はあっちからも、こっちからもいざとなれば、いくらでも剰余金をかき集められるシステムになっているようだ。「国家の制服」にはない筈の袖がいくつも付いているのだ。どうしてこれだけの大金が不透明なまま埋蔵金として眠っていて、国民の前に公表されないのだろうか。言ってみれば「隠し資産」のようなものではないか。かつて学生時代に法政大学へ出かけて大内兵衛教授の講義を受講したことがあるが、その時大内教授は財政投融資を表に出せない「めかけ」のような存在と手厳しく糾弾していたが、なるほどと思う。
 もうひとつ注目したのは、「日本復活特別枠」というおひねりを作り出したことである。これは来年度予算編成で成長戦略やマニフェスト関連施策を実現するために特別に設けた予算の枠だという。まったく国の手にかかったら何でもありなのだ。しかも当初想定を上回る2.1兆円にも達するという。
 そのどちらも国民のほとんどがその決定の経緯と中身を知らないと思う。在日米軍の駐留経費の日本側負担額などもこの中に含まれるらしい。どうも国民の知らないところで、物事が決定されていく。民主党政権になって戦時中の翼賛体制傾向が強まっているようだ。危険!危険!
 財政悪化と経済成長の弱さが影響して日本の格付けも下がる一方である。大手格付け会社、アメリカのS&P社の格付けによると日本は信用度の低下したスペインと同格の「AA(弱含み)」に置かれている。更に同社は日本の社会保障費が高齢化に伴って増え続けた場合、国債の格付けを現在のダブルAから更に引き下げる可能性を匂わせている。日本の出来の悪い政治家たちの行う政治ごっこが、外から危ないと見られているのだ。どうしてこういう政治家をわれわれは選んでしまったのだろうか。「田園の憂鬱」ならぬ「日本の憂鬱」である。
13191223日(木) 河野雅治・駐ロシア大使更迭される。
 今日は天皇誕生日で祭日であり、昔風に言えば天長節で旗日ということになる。60年以上も続いた昭和天皇の天皇誕生日から、漸く最近になって今上天皇の誕生日が時期的にも馴染めるようになってきた。今上天皇と美智子皇后には優しい印象があるので、不幸にして戦争のイメージを払拭できなかった昭和天皇に比べれば、国民からの敬愛の念は強いのではないかと思う。
 韓国のヨンピョン島へ北朝鮮が砲撃を加えて、今日でちょうど1ヶ月になる。韓国軍は3日前の海上軍事訓練に続いて、今日は空陸一体となって北朝鮮国境近くで砲撃訓練を行った。北は事前にやればやり返すような強硬なコメントを述べていたが、今のところ静かである。このまま平穏であって欲しいものである。
 さて、昨日のニュースによると駐ロシア大使の河野雅治氏が更迭されることになった。メドベージェフ大統領の11月の国後島訪問の情報を事前に入手できなかった、重要情報収集力欠如の責任を問われた模様である。この裁断が下される前に、実は今月初発行の月刊「選択」12月号に河野氏の大使としての外交能力を疑問視する記事が掲載されている。確かに自分が勤務する国の最高権力者の行動が直前まで分らないのでは、出先の外交責任者として外交情報の入手はどうなっているのか政府首脳が訝しがるのも当然である。
 かつて鈴木宗男前代議士の「ムネオハウス」が、疑惑の俎上に上がった際、モスクワの日本大使館勤務の佐藤優外交官のロシアにおける並外れた行動ぶりが、外務省のような保守的な空気の中では必ずしも好意的に評価されず、外務省職員として職務停止の状態に留められ、今も裁判中で休職扱いである。その後佐藤氏の著書を何冊か読んでみて、その規格外れの行動力に目を見張った。佐藤氏の講演を聞き、直接話を伺ったこともある。
 佐藤氏は浦和高から同志社大学神学部を出られた。在学中に湘南・浦和高定期戦で、湘南高を訪れたこともあると言っておられた。佐藤氏の話を聞いてロシアのような魔界的な国では、危険を冒してでも政界内部へ食い込み人間関係を築いて、コンフィデンシャルな情報を入手する必要があることを痛感した。そこまで蛮勇を奮える外交官の数が少なくなったようだ。得意のロシア語を駆使してロシア政界内部へ切り込んでいく豪胆さを持ち合わせていた佐藤氏は、エリートではないノンキャリアである。スパイ視される危険を承知のうえで、相手の懐へ飛び込まなければ重要情報の入手は容易ではない。これがエリートには中々出来ないのではないか。これは佐藤氏の話と著書から感じたことである。その点で現大使の河野流のパーティ外交では限界があったというべきであろう。
 後任には、現チェコ大使の原田親仁氏が就任すると見られているが、「選択」では原田大使は既定路線と見ていて次のように手厳しく論評している。ロシアスクール出の原田氏はドン的な人材ではなく、保身を考えるような人物と同列にあると辛口の評価である。外務省にはしたたかなロシア・クレムリンと正面から交渉できる外交官はいないとクレムリンにも見抜かれているようだ。
 身の危険を冒してまでも情報収集に当たるべきかどうかについては、議論の分かれるところだが、こういう特殊な国を相手にする場合は、相当語学に秀でた外交官に長期間勤務を継続させて人間関係を構築することが大切ではないかと思う。
 いずれにせよ、政治家がダメなら、外交官もダメ。これでは今後うるさ型で百戦錬磨の各国の首脳陣を相手にどうやって外交問題を解決していこうというのだろうか。どうも心許ない。
13201224日(金) 年賀状を書き終える。
 今朝の NHK「あさいち」に映画俳優の館ひろしがゲストとして出演した。館は愛知県立千種高校時代にラグビー部主将として、またチームの司令塔・スタンドオフとしてプレーした。昨年だったか、文武両道校として知られる関東・東海地区の公立高校による、七人制選抜ラグビー大会が横須賀の自衛隊体育学校で開催された。母校湘南高の後輩たちも推薦されて出場し、館の母校・千種高と戦った。その時館が母校の応援に来たということを後になってあるOBから聞いた。その館のラグビー部時代の2人のチームメートが、今朝のフィルムの中で高校時代の館の想い出話をしていた。そこで語っていたのが、何と「近藤節男」さんと「吉田茂」さんと仰る2人のチームメートだった。「近藤節男」さんのポジションは分らなかったが、私とは「夫」と「男」の一文字違いの「近藤さん」と「ワンマン元総理」の偶然の出現に、笑いながらしばらく見るではなく、聞くでもなくテレビの前に座っていた。ラグビーの話になるとつい関心がそちらへ向かう。
 さて、今日の臨時閣議で来年度の一般会計予算が承認された。総額92兆4千億円で過去最大である。私が大学に入学した昭和34年の一般会計予算が1兆4千億円で、経済原論の安川正彬・専任講師(後経済学部教授)から経済学部の学生なら国家の予算ぐらい覚えておけと言われた数字だ。来年度の予算は、それより実に91兆円も上回っている。半世紀以上も昔の価値と物価も考えずにその差額を比較しても詮無いことであるが、あまりのギャップにため息しか出てこない。
 国債の出入りを除いた基礎的財政収支は、22兆7千億円の赤字で、これは13年連続である。これら累積された財政赤字額が将来にツケとなって、次世代へ引き継がれる。もう少し真剣に将来の財政について議論し、少しでも減額し、将来的には国債発行をなくす方向へ経済政策の舵取りを行わなければいけない。どうなることやら、一国民としては手の施しようがない。やはり口先ばかりの政治家の嘘の上塗りに誤魔化されないよう充分監視することが必要である。
 ここ数日続けていた年賀状の宛名書きが今日漸く一区切りついた。全体で今のところ約570枚で、枚数としては毎年あまり変わらない。追加があるだろうから、今年も昨年と同じく凡そ600枚というところだろうか。
 毎年年賀状の文面はパソコンで作成するが、社会人になるまでは毎年版画を彫っていた。これは幕張小学校時代の恩師・湯浅和先生の影響が強かった。先生から毎年いただく年賀状も素晴らしい版画だった。宛名はすべて万年筆で手書きを心がけている。書き間違いもあるが、今も手書きに拘っている。年賀状を差し上げる相手の宛名を機械的にプリントするというのはどうも引っかかる。じっと住所録を見ながら、しばし宛名の人物に想いを馳せ、場合によっては添え書きするのが私のスタイルである。先日は外国にいる友人にクリスマス・カードを郵送したが、これも結構手間がかかった。でもニューヨーク、ブラジル、ビルマ、イタリア、ベルギー、ドイツ、スイス、セビリアの友人たちからの便りも楽しみにしている。今年もクリスマス・カードと年賀状を書き終え、漸くノルマを果たせたような気持になって、とりあえずほっとしている。
13211225日(土) 旧皇族の私生活を知った「朝香宮グランドツアー」
白金に住んでおられる鈴木武朗さんのお誘いで、夫婦揃って鈴木さんのお仲間の催し「東京都庭園美術館見学とクリスマス・ワインパーティ」に参加させてもらった。鈴木さんはこの世知辛い世の中で、季節の折々に友人のためにいろいろな企画を考えて実行してくれる大変面倒見の良い人である。今年は皇居内のお花見、夏の神田川巡り、そして今日の催しに招んでもらった。
 庭園美術館は目黒通りに面しているので、場所はよく承知していたが、実際に内部へ入って見学するのは初めてだ。庭園が売り物であることは当然として、ここには元朝香宮邸があり、その由緒ある建物は戦後長らく白金迎賓館として使用されていた。ちょうど「朝香宮のグランドツアー」と称して建物内部が公開されていた。都内の一等地に敷地面積が約1万坪というから、昔の華族はみんな贅沢三昧に生活していたのだろう。建物内部はアンリ・ラパンによってアール・デコ調にデザインされ、置物もルネ・ラリックのガラス製品がふんだんに展示されていた。
 戦後になって天皇家を始めとする皇族以外の華族は、世間から忘れ去られていったので、戦後の皇族の実生活を知る機会は極めて少ない。実際朝香宮家と言われても咄嗟にイメージが思い浮かんでこない。
 資料によると主の朝香宮鳩彦殿下は香淳皇后と叔父と姪の間柄に当り、朝香宮允子</B>妃は明治天皇の第八皇女だという。朝香宮がフランス留学中に、同じく在仏中の北白川成久殿下が運転する車に同乗して事故に遭い、成久殿下とプロのフランス人ドライバーは亡くなられ、朝香宮は重傷を負われた。今なら大変なスキャンダルだと思うが、この事故に際して朝香宮允子妃が日本に子どもを残してフランスへ看病に出かけ、長らく夫妻がフランスに滞在していたという。夫婦愛を象徴するような麗しい話と考えられがちだが、国民から召し上げた税金で自由奔放な生活を送っていたことは国民には知らされず、国民は重税に我慢を強いられていた。私自身宮家にこんな歴史や秘め事があるとは知るべくもなかった。今日同じようなスキャンダルを起こしたら、とても世論を押さえきれないのではないか。それにしても皇室にとっては、良き時代だったと言うべきだろうか。
 見学を終えてから鈴木さんの手配により、プラチナ通りにある「ラ・ボエム」で寒い戸外の食事会となった。お花見の時に紹介してもらった、映画監督・木下恵介組の助監督を務めていた、鈴木さんの麻布高の同窓生・横堀幸司さんの座持ちの巧いトークが面白かった。クリスマスに相応しい愉快な一日だった。鈴木さん、お世話になりました。お疲れさまでした。
13221226日(日) 新聞小説の意図がよく分らない。
 今日は毎年恒例の「ヨタロウ会」の忘年会。小中陽太郎さんを敬愛する人たちの懇親会である。この会の瀧澤陽子さんは、もう幹事役を20年も務めておられるという。
 会場は池尻大橋の「河豚鮮」でフグ料理を提供する中々の老舗らしい。残念ながら高級・高価なために量的にふぐ刺しが少なく、ほんの2切れしか賞味できなかった。会費を考えれば、それも已むを得まい。集まったのは約20名で、皆好きなことを言い合い打ち解けて会話と食事を楽しむ人たちの集まりだ。今日の話題のひとつは、市川海老蔵のスキャンダルだった。海老蔵が事件後記者会見を行った時に、芸能レポーターであり目黒区議会議員でもある須藤甚一郎さんは出席し、質問もされたという話だった。他にもNHKの大原雄さんから海老蔵と歌舞伎について薀蓄を伺った。
 さて、世に読書離れが言われて久しい。そんなところへ電子書籍化が進んで出版業界にも新たな関心と話題が舞い戻ってきた。
 それに関連して、新聞の連載小説にどれほどの読者が熱心に読むのか定かではないが、少々関心を持っている。私の場合朝刊と夕刊の2小説、2紙だと4小説を読むことになる。これは毎日少しずつ読むことになるので、一日で内容的に大きな変化はないが、毎日読んでいると徐々に興味も湧いてきて、結構その日の楽しみにもなる。
 中には話題となり、ベストセラーとなる連載小説もある。今読んでいる日経、朝日の4つの小説は、興味のある小説とまったく面白くなく陳腐な小説の真っ二つに分かれる。
 つい最近まで日経夕刊に「無花果の森」という恋愛小説というか、官能小説が連載されていた。この道では知られた書き手の小池真理子が筆を揮ったもので、毎日読んでいて面白いと感じていた。ところが、先日突然のように連載に終止符が打たれたのである。僅か240回程度の連載である。まだ、話が続けられると考えていたので、この先わけありの男女がどういう結末になるのかと期待していたが、強引にジ・エンドを迎えることになってしまった。どう考えてもまだ終るべきストーリーではない。それが突然ヒーローとヒロインが葬儀の帰りに出くわし、後先考えずに手に手を取ってどこかへ行ってしまおうという、降って湧いたような設定で終焉となってしまった。どうも中途半端な気がしてならない。
 これに似たケースが朝日夕刊にも見られる。現時点では、まだ連載中であるが、予告によりまもなく終る。中国人作家・楊逸の「獅子頭」という中華料理のコックを扱った小説である。これだって260回ほどで突然の終りである。若い中国人コック夫婦が離婚して、縒りを戻そうとしている過程にあり、まだ話は佳境にも入っていないと思う。まだまだどんな展開になるのか固唾を飲んで見守っているのに、話は一方的にお仕舞いである。果たして書いている作家は納得して思い通りに話は進んでいるのだろうか、中途半端で話を終らせる新聞の意図がよく分らない。
 一方で、朝日朝刊に連載中の川上弘美の「七夜物語」が今日460回目だ。川上は現代女流作家の中でボス的存在となって隠然たる力を発揮している。だが、この話はだらだらと似たような話が繰り返され、挙句に小学生が魔界へ紛れ込んだり、現世へ戻ってきたり、小学校周辺の話が延々と続き、冗長でおよそ奇想天外な話である。もっとテンポを早めて欲しいと思っているほどだ。それなのにまだ終らない。
 最近の読み物が面白くないのは、「なぜだ?」「なぜだ?」があまりにも多すぎるからではないか。新聞小説にも似たようなことが言える。
13231227日(月) 菅首相の硫黄島慰霊の目的と意味
 先日菅首相が日米激戦の地・硫黄島へ飛び、戦没者の霊に「遺骨帰還は国の責務」と誓って、戦没者の遺骨収集事業に力を入れることをアピールした。そのニュースは今朝の朝日社説でも取り上げられている。なぜ今首相は遺骨収集に目を向け始めたのだろうか。これまで長きに亘って厚労省は遺骨収集事業を行ってきた。私も20年余りこの事業に関わり多くの戦地を訪れたことによって、事業そのものと戦場周辺の人々の気持について深く考えることがあった。相手国の事情や国民感情もあって、いかに戦没者を慰霊する尊い事業であってもわが国の一方通行的な考えでは、必ずしも相手国の理解を得られず、難しい問題を孕んでいる。
 今首相がこの時期になぜこれほど力を入れて戦没者や遺族に対して「遺骨奉還」を誓ったのか、低迷気味の民主党人気の底上げを狙っているとしたら、戦没者の霊を慰めるどころか彼らの気持を弄ぶものでしかない。
 かつて遺骨収集事業を半永久的に継続することに対して、遠まわしの反対や否定的な意見が持ち上がり、その都度国家総責任論的な理由をつけては事業は曲がりなりにも継続されてきた。継続が危うい壁を何度となく潜り抜けて続けられ、規模は小さくなったが、国のために戦って亡くなった御霊を母国へ奉還するという尊い事業は今に引き継がれている。今年になってフィリッピンの事業を国から下請けされたNPOが、日本人ではない遺骨を持ち帰ったことから、大きな問題となり、遺骨収集は継続されながらも、今もはっきりした方針が打ち出せないままでいる。
 そこへ今回の菅首相の硫黄島訪問であり、発言である。朝日社説では、首相は野党時代から遺骨収集問題に関心を持っていたというが、その様子はほとんど知られていない。にも拘わらず、首相はこの時点で積極的な姿勢を示した。
 海外で亡くなられた戦没者の数は約240万人と言われている。収集された遺骨の数は凡そその半分でしかない。現地の実態を多少知る立場から言えば、戦後相当な時間も経過して、戦地の現状から推しても今後成果を上げることは難しいというのが率直な感想である。相当額の予算をつぎ込んで、更に事業を拡大するのか、或いは規模を縮小して細々でも事業を継続するのか。これまで国が大上段に振りかぶって議論したことがない。ここは戦没者の慰霊と遺骨の奉還の最後の機会と捉えて、本気で国民的議論を高める必要がありはしないだろうか。
13241228日(火) 小沢一郎と鳩山由起夫は政界を引退したら?
 あれ? と意外な感じである。政治倫理審査会には出席しないとあれだけ強情に否定していた、民主党元代表・小沢一郎氏が今日になって急遽記者会見を開き、次の通常国会で政倫審に出席することを決めたと表明した。人騒がせにもほどがある。国会閉幕中のここ数日間政局の中心話題が、この小沢政倫審出席問題だった。野党が攻め、与党内でも政府首脳と反小沢議員が突き上げている。
 小沢氏は9月の民主党代表選の折には、「国会が出ろというならいつでも出る」と言っていた。その点を繰り返し突かれるので、戦術を練ったうえで態度を豹変させたのだろう。
 しかし、小沢氏は出席に条件をつけた。どこまでも往生際が悪い。これに納得できない政府首脳は、党が決定をすると述べた。どうなることやら。虚言癖、失言癖、大法螺吹きの多い民主党は、とても信用できない。
 年末となり例年通り各テレビは今年のビッグ・ニュースを繰り返し再放映している。その中で最もシビアな報道は、鳩山前首相の沖縄問題に対する拙い対応だった。最近になって、こういう無責任な発言をしている。曰く「沖縄の人の苦しみが分る。基地の海外移設や県外移設は難しいと思っていた。しかし、国民の夢や希望を実現してあげるのが政治である。それが出来なかった」である。最初から無理というのは、ほとんどの日本人が思っていたことだと思う。それを敢えて沖縄県民に淡い希望を抱かせ、かどわかせていただけである。ノー天気な鳩山前首相が悪質なのは、3月には「腹案がある」とまで言い切り、更に期待を膨らませたことである。そのうえで2ヶ月後の5月には日米同盟で辺野古移設を容認していたことだ。こういう善人面して国民をたぶらかせるような所業は、国民に奉仕すべき公職からの追放に値すると思う。
 その鳩山氏が、また小沢氏の国会招致問題では表舞台にしゃしゃり出てきた。そのうえ、一旦は引退すると公表したにも拘らず、前言を翻して国会議員職は続けるという。人の悩みや苦しみが分らず、せせら笑うような言動で国民に嘘をついて反省もしない。こういう人間はこれ以上国会で働いてもらいたくないものである。国民が迷惑するばかりである。
 それにしても血統書付きの鳩山家のお坊ちゃまとしては、あまりにも程度が低く、失望させられた。スキャンダル塗れの小沢一郎氏ともどもさっさと政界から足を洗ったらどうか。
13251229日(水) 事務次官会議廃止を中止
 民主党の政策実行があまり評価されず、先の国会で通過した法案成立も稀に見るほどの低率だった。ビジョンや哲学は良いとしても、政策として実行するには予算の裏付けを始め、すべてが杜撰のような気がする。
 民主党は総選挙では「脱官僚」と「政治主導」を旗印に戦い、政権に就くや各省の事務次官会議を廃止した。ところが、民主党の情けないところは、その後各省庁との対立によって思うように政権運営ができなくなると、「政と官が車の両輪として機能しなければ政権運営は立ち行かない」といとも簡単に金看板を取り下げて、「官僚こそ政策や課題に取り組んできたプロフェッショナル」と官僚を持ち上げ、官僚との融合に舵を切り始めたことである。結局事務次官を政務三役会議へ陪席させることによって官僚の意見を聞こうと、政治主導を大幅に後退させたのである。何ともこの節操のなさには呆れるばかりである。これでは民主党を信頼できず、民主党の政策、政権運営には益々期待が持てなくなる。
 「歌舞伎俳優の市川海老蔵(本名・堀越孝俊)さん(33)が1125日未明、東京都内で顔などにけがを負った事件で、海老蔵さんが28日夕、都内で会見を開き、同日起訴された杉並区、職業不詳伊藤リオン容疑者(27)と、事件時に同席していた元暴走族リーダーの両者との間で示談が成立したことを明らかにした」という海老蔵示談成立を報じる今朝の新聞記事の書き出しである。内容は写真入りで延々と書き綴られ、社会面の約四分の一を占めている。単純な暴行事件なので、内容を理解するのは容易であるが、この記事は天下の朝日新聞記者が書いたものである。朝日記者なれば、超一流でマス・メディアに働くジャーナリストにとって一種憧れの存在であろう。にも拘わらず、僭越に言わせてもらえば、朝日全国版記事にしては冗長過ぎて些か幼稚な文章ではないかと思う。内容もそうだが、語順、読点、文章の切り方など全文に亘って朝日らしからぬ点が妙に気になった。
 さて、今日も昨日に引き続きパソコンの講習を受けに行った。どうしてもHPの「訪問した世界遺産」のページを修正したかったので、不明な点について教えを請いながら確認した。新しい年には、HPをもう少しリフレッシュしてご披露したいと思っている。
13261230日(木) 日本語が好い加減に使われている。
 今日は大掃除とホームページの修正に取り組んで一日が終った。まだ、大掃除は片付いたわけではないので、明日まだ続きがある。HPは「訪れた世界遺産」項目の修正である。昨年まで訪問世界遺産は150ヶ所だったが、今年になってかつて訪れた場所2ヶ所が世界遺産に認定され、また先日韓国で4ヶ所訪れたので、トータルで156ヶ所になった。それを手直ししなければならない。残念ながら、まだ修正出来てはいない。今までよりすっきりして洒落ていると思うが、肝心の写真だけがいくら送ってもどういうわけか送信できていないので、画面としては未完品である。明日もう少し調べて何とか年内に一応格好をつけたい。
 さて、どうも気になる言葉がある。「一所懸命」である。ところが、テレビ・アナやタレントの言葉を聞いていると大体「一生懸命」と言っている。今日も目の前でNHKアナが「一生懸命」と言っていた。この人はこの言葉の語源を知らないのではないか。そもそもの由来は、お殿様から拝領した田畑をお百姓さんが命を懸けて守り抜くということから派生したものだ。それがいつの間にか生涯命を懸けて頑張るというような意味に使われている。そしてむしろその方が一般的になってしまった。
 そこへ今朝の朝日に出版社の全面広告が出ていた。「実業之日本社文庫」の文庫本24冊分の広告である。これが「一所懸命な、文庫です。」と、一文字が7cm正方ほどの大きな文字で書いてある。あまりにも大きな文字で書いてあり、目立つこと、目立つこと。宣伝文としてはそれほど上等とも思えないが、まあこれなら宣伝効果は充分であろう。漸くまともな出版社が現れた。とにかく最近は子どもならともかく、インテリぶったのが平気で間違った言葉を発するケースが多い。よく言われる「感無量」だってそうだ。本当は「感慨無量」が正しい。
 そう言いながらテレビを観ていたら「ありがとうございました」と「おめでとうございました」と民間テレビのアナが立て続けに間違って言っている。これも大間違いで、「ありがとうございます」と「おめでとうございます」が正しい日本語だが、今や間違いが罷り通っても誰も厳しく言わなくなった。こうして、少しずつ日本語が乱れていく。
13271231日(金) 60年安保」50周年の2010年を送る。
 とうとう今年も大つごもりとなってしまった。それとなく樋口一葉の短編を思い出すが、巷ではそんな詩的で感傷的なこともなく、例年にも増してNHKが派手に今晩放送する「国民的行事」である「紅白歌合戦」の予告編や、裏話をこれでもか、これでもかとしつこいくらいにこの一週間ばかりは紅白塗れである。
 昨年の今日はどういうわけだか、体調が悪くなって入浴もせず早めに寝てしまったので、この国民的行事を見ずに年を越してしまった。
 振り返ってみると今年も反省すべき点が多い。尤も私個人より、こう言っては恐縮だが国の方にもっと反省してもらいたい。政治、外交面のお粗末なリードぶりには本当に愛想尽かしをしたい。政治家と官僚には大いに反省してもらわなければ困る。
 今年最後の日経平均はやっと1万円台に乗せて10,228円で2年ぶりに下落となった。円高基調は変わらず、年平均の円相場は87.75円だった。昨年は93.60円だった。今年の円高は変動相場制に移行した1973年以降、平均で最大の円高相場だった。円高が進捗しても、政府・日銀は速やかに防止策を取らず、いつも「注意深く見守りたい」の一点張りで具体的な行動をほとんど起こさなかった。この間に中国は勿論、シンガポールの目覚しい発展に日本完全に遅れを取った。
 シンガポールの実質国内総生産(GDP)伸び率は約15%と1965年に独立して以降最高である。驚くのは一人当たりGDP43,653$で、日本のそれを300$近くも上回っている。どうして彼我の差がこんなことになってしまったのだろうか。やはり国をリードする指導者の力量の違いだろう。シンガポールには、首相の座を去っても良きアドバイザーとして智恵を出してくれる建国の父、リー・クアン・ユー顧問相がいる。私がリー首相(当時)を箱根へ案内したのは、もう30年近く前だが、威厳があって柔和で、政治家として実に存在感があったように思う。果たしてわが国には彼のように国を想う偉大な政治家がいるだろうか。見回してみても誰一人として見当たらないではないか。
 反省すべき点はあるが、私個人にとっては、今年はまずまずの一年だったと思う。できれば海外へもう一回ぐらい行って見たかった。上梓の予定だった書下ろし作品は、「JAPAN NOW観光情報協会」発行の共著に専念したために来年へ先送りすることになった。9月開催の国際ペン・東京大会の記念に出したかったので、その点は若干未練が残る。まあ、朝日にも記事が出たし、テレビにも出られたので、善しと考えるべきであろう。
 独身貴族だった二男も漸く身を固めてくれたので、私生活上の懸念もなくなった。
 昨日から西日本、北日本方面では猛烈な寒さがやってきているが、今日は南国・鹿児島市内にも20cmの積雪があり、観測上初めてのことだそうである。
 ともかく来年も今年以上に気持の充実した一年が送れるよう願って、これから除夜の鐘を聞こうと思う。年男で寅年、そして「60年安保」50周年記念の2010年よ、オボワール!