
2010年9月
1206.9月1日(水) 騒音公害の判断は難しい。
昨日東京地裁で小田急騒音公害訴訟に対して原告団の請求を一部認める判決が出た。かつて勤務していた会社の裁判沙汰だけに、どうしても心情的に会社の言い分に同調してしまう。
原告側の主張は電車の走行に伴う騒音によって、会話妨害、睡眠不足やこれに伴う精神的苦痛を受けたというものである。裁判所は、一般社会生活上我慢すべき限度(受忍限度)を超えたと判断しながらも、住民の日常生活への影響が重大になるとは認めなかった。
個人的な受け止め方の差異もあり、電車走行の頻度が増えたことによる生活上の利便性も考慮すると、原告側と小田急の妥協点の境目をどこに置くかという判断は難しいところである。
いつも問題になることだが、後になって騒音地区に引っ越してきた便乗組については、原告団から訴訟を起こしてから騒音地区に転入してきた住民は排除されたが、それ以前、つまり騒音が煩わしいことを承知のうえで、転入してきた住民は排除されていない。この人たちは賠償金を受け取ることになる。
小田急では過去にも同様な訴訟を起こされ、和解した例がある。住民が騒音対策として鉄道会社に対して望むのは、線路の高架化ではなく地下化である。しかし、これは巨額の費用がかかるうえに、社会的にも大きな利便を受け、必ずしも一企業だけで担うべき事業とは看做されず、全線を地下化するのに鉄道会社だけがその費用を負担すべきかどうかは公平にみて判断に迷うところである。実際2006年には、高架化認可を取り消し、地下化を望んだ住民が起こした行政訴訟では認可は適法だとする最高裁判決が出された。
どう折り合いをつけるかということは中々難しい。小田急の例が判例とされるなら、今後他の鉄道会社でもその点を念頭に鉄道工事を考えなければならないことは当然であるが、鉄道利用者に利便をもたらす工事が行われなくなる心配がある。
今日は偶々「防災の日」に当たり、NHKテレビでタイムリーな特別番組「首都水没の危機」を放送していたが、大雨洪水発生の際、最も危険な場所として地下街と地下鉄駅をクローズアップしていた。土地のない人口密集地域ならともかく何でもかんでも地下へという発想は、現状で地上に土地があるなら別の方法を考えるべきで、ただ煩いからと自分たちの主張ばかり繰り返しているのは、少し考え直した方が良いのではないかと率直に思った。
それにしても今日も暑い。今日も猛暑日となり、明治31年気象庁が統計を取り出して以来、113年間で一番暑い夏となってしまった。これから毎年暑い夏を迎えるのかと思うとぞっとする。
1207.9月2日(木) イマイチの民主党代表選公開討論
民主党代表選のための公開討論会がテレビで放送された。日中だったので2時間ばかり観ていたが、菅首相、小沢前幹事長とも新味のある内容はなかった。いくら次の首相を決める代表選とはいえ、イマイチ迫力がなかった。
普段の政治討論会のように慣れた司会者のリードの下にリラックスした雰囲気で行われれば、もう少し本音と持論が聞けたと思うが、NHKを通じた全国放送で壇上に二人だけ座り、司会者がいるのかいないのか、対するメディア席の最前列では数人の記者が質問を繰り返しているという按配では、面白みがなかった。
勇み足を警戒したのか、慎重に発言していたので、国民に訴える目を惹くような政策提案はなかった。
国民が一番気にしていた小沢氏の金の問題について、説明責任を果たしていないとの指摘には検察が時間をかけて徹底的に調査した末に疑いはないと断定されたので、充分責任を果たしたとか、国会や政治倫理審査会で説明せよとの声があるが、それらには強制力はないし、それ以上の検察から不起訴の処分が出ているので、敢えて説明する必要はないと思うと応えたのは、道義的にも問題があるし、国民の常識とはかけ離れていると思う。
菅首相の話を聞いていると、あまり政策立案や政策実行が得意ではないということが透けて見えた。さあ、14日の投票で結果はどう出るだろうか。
今日9月2日は日本がミズーリー号艦上で降伏文書に調印した日である。ロシアでは第二次大戦終戦記念日としてウラジオストックで盛大な式典を行い、内外へ向けて終戦と北方四島の戦果をPRした。
やはりそうかという感じである。ロシアが先日敢えて大戦記念日を決めた狙いは、北方四島を日本はおろか世界各国に大戦の戦利品として認めさせようとの思惑が働いていると思う。日本としては8月15日に無条件降伏したので、この日をもって終戦であり、この時点で北方四島は当時のソ連に奪われていなかった。日ソ中立条約を破って参戦し、北方四島を占領したロシアの言い分はまったく筋が通らない。しかし、日本外交はこれまでロシアの主張に対して何の抗弁もしていない。言われっぱなしなのである。一度でも真正面から正論をぶつけてみたらどうだ。現状はロシアの居住権による居座りのようなものだ。代表選なんかで時間を無駄にするなら、少しはこういう骨のある外交問題解決のために動こうとする気骨のある議員はいないものだろうか。これではいつまで経っても、ロシアに足元を見られて返還ムードなんか出てくるわけがない。
1208.9月3日(金) 新刊書の形が見えてきた。
「そこが知りたい 観光・都市・環境」原稿の初校打ち合わせがあり、一時帰国中だったが再びミラノへ戻られた大島悦子さんと名古屋にお住まいのJR東海相談役の須田寛さんを除く執筆メンバーと、交通新聞社から担当の邑口さんが集まった。もちろん完全な形にはなっていないが、綴じられた原稿を手に取ってみるといつもと同じように気持ちがわくわくする。
しかし、まだまだ修正する必要があり、これから何度も推敲するつもりだ。これから初校、二校を重ねて表紙が決まると書物らしい実感が湧いてくるのだろう。発行は11月上旬である。
11月4日に開催される「観光立国フォーラムin札幌」では、講演者のひとりである須田さんは、ギブアウェイとして本書を全出席者に贈呈すると言っておられた。当然その前に発行するという段取りになっている。B5版228頁で初版発行部数は3,000部、販売価格は税別1,600円と聞いた。原稿料も話題になった。
打ち合わせの後で雑談の序に、民主党代表選について話し合ったが、どうも菅首相は政策実行力と党内求心力で小沢一郎氏に比べて見劣りするということになった。同時に一度小沢にどれだけやれるのか、これまでのように黒幕として君臨するのではなく、表に出てもらって首相としてやらせてみたいとの意見もあった。
今朝の朝日を読むと昨日の公開討論を見た欧米以外の外国人ジャーナリストの見方は、意外にも小沢氏の方が点数が良かった。話があまり得手でない小沢氏が、外国人の評価において話の巧いと思われている首相を上回っているとは意外だった。
無愛想で何を考えているのか分かりにくい小沢氏が、やはり下馬評通り首相を圧倒するのだろうか。そうだとすれば、公開討論の小沢発言をしきりに批判している菅内閣の閣僚たちは、小沢氏が勝ったら全員辞職することになるのだろうか。
1209.9月4日(土) チリ鉱山落盤事故に思う。
先月5日に南米チリの鉱山で作業中に落盤事故が発生して、作業員33人は地下700mにあるシェルターに逃げ込んだが、出口が塞がれ脱出できなくなった。33人が700mの地底に押し込められるという今どき珍しい事故で、作業員は以降地下に閉じ込められたままになってしまった。彼らの健康と救出作業が世界中の注目を集めている。
今年1月に発生して犠牲者20万人を出したハイチ地震、7月2000人の犠牲者と2000万人の罹災者を出したパキスタン西北部の大洪水も未だに被災者は充分援助の手を差し伸べられていないようだが、自然災害は年々スケールが大きくなり、手の施しようがなくなっている。
チリ鉱山落盤事故や、4月にメキシコ湾石油掘削施設の爆発により海底の石油パイプが破損して石油が流出した事故は、あくまで人為的な事故である。人為的な事故によって生態系が危機に瀕している。海底施設が受けたダメージは、今もって石油の流出を止められないでいる。
チリの鉱山事故は、落盤の後一時作業員の行方も生死も分らず心配されていたが、シェルターに避難していることが確認された。チリ全国民が彼らの無事を祈り、すぐにも懸命の救出作業が開始されるかと思いきや、救出には4ヶ月もかかると言われている。
現代社会が求める資源は、今ではそう簡単に手に入らなくなっている。危険を冒し、海底深く、地底も深く究極を求めてアプローチする。ここにどうしても危険が背中合わせになるのも致し方ないといえる。
しかし、メキシコ湾海底事故の後、ここまで危険を冒し、自然を冒すのはそろそろ考え直した方がよいとする考えも出てきた。まだ石油排出口を完全に封鎖したわけではない。海底1500mから石油を汲み上げる作業は、それだけ難しい場所なのだ。一旦事故を起こしたら莫大な経費がかかり、地球を汚し、作業員を危険に晒すほどリスクが大きい。それだけに、そろそろ智恵を働かせて別の考え方を編み出してもよい。
チリの事故は、そもそも地上から地下400mぐらいの場所の落盤事故で、更に奥深いシェルターへ作業員たちは逃げた。地上からそのシェルターへ向けて物資や、狭い場所へ閉じ込められて溜っているストレスを解消するための情報なども送っているという。救出までにあと4ヶ月とは気の遠くなるような話だ。一日も早い作業員たちの生還を祈るばかりである。
1210.9月5日(日) どうも腑に落ちない民主党代表選
14日の民主党代表選投票へ向けて、菅直人首相と小沢一郎氏が猛烈に支持票獲得に走り出している。これは日本の総理大臣を決める重要な選挙ではあるが、公職選挙法に基づいて国民の投票によって行われるものではない。にも拘わらず昨日辺りから二人が一緒になって街頭へ出て、直接国民に自分たちの考えを訴えたり、相手の考えを批判したりしている。
今のところ菅首相は熱心さと清潔さで好感を得ているようだ。そして、小沢氏のカネにまつわる不透明さを指摘している。一方の小沢氏は具体的な政策を提言して共感を得ている。町の声では五分五分のようだ。
この代表選には、国会議員票のほかに、地方議員票、さらに党員・サポーター票というのがあり、国会議員に比べてウェイトは重くないが、それでもかなりのポイントがつくので、ともに必死にこのサポーター票を獲得しようと運動しているわけである。
ただ、どうもよく分らないのは、あちこち街頭で一般の国民に訴えても、それを聞いて国民はどちらかに投票するというわけにはいかないことである。関心はあっても投票できないもどかしさを感じながら、手の届かないところで国のトップが決まってしまう。この納得できない気持ちを考えてみると、総理大臣は直接であれ、間接であれ、われわれ国民の投票によって決められるべきである。首相の任期切れ、或いは解散・総選挙による手順で首相を選ぶことを妨げているのは、与党政党の代表選挙が公職選挙法の精神を汲み取ったものではないからである。現時点で一気呵成に制度改正というわけにはいかないだろうが、今の気持ちとしては、どうも与党民主党代表選挙の仕組みが腑に落ちない。
さて、昨日、今日の2日間、BS日テレで「新スポット満載!新発見の南イタリア」を観ていて、各地を紹介して歩いているイタリア人っぽい海外旅行スペシャリストが、どこかで見た顔だなと考えていたがハタッと思い当たった。
何と「迫田健路」さんではないか。元々ハーフで背が高くバタくさい顔立ちだった。取材して案内するばかりでなく番組の企画まで担当している。相変わらずイタリア人のような軽口を叩きながら、シチリア島内を案内していた。彼とは1983年にヴァリグ・ブラジル航空のブラジル研修旅行で一緒にアマゾン奥地やイグアスの滝へ行き、ともにアマゾン川で泳いだり、ピラニアを釣ったりしたものだ。その後一度私の会社へ訪ねてくれたことがある。愉しい話を聞かせてくれる中々愉快で明るい人だった。すっかりご無沙汰してしまったが、一度連絡をとってまた愉しい話を聞かせてもらいたいと思っている。それにしても何より元気そうで良かった。
1211.9月6日(月) 新型耐性菌、国内で初めて検出
今朝の朝日と読売の世論調査では、民主党代表選の形勢はいずれも菅首相有利と出た。朝日は菅:65%=小沢:17%、読売は菅:66%=小沢:18%で、ほとんど同じ割合で首相が小沢を圧倒している。
演説の内容を聞いた範囲では、演説ベタの小沢氏の方がより具体的で説得力があると思っていた。小沢氏の人気が今ひとつ盛り上がらないのは、スタート時点でカネの問題を抱えていたことが大きなマイナスになっている。それにあの仏頂面と妙に媚びた時に見せる作り笑いは女性票を失っていると思う。加えて金権政治の古い体質と思われていることが、一番痛い点ではないだろうか。
それに引き換えイラ菅と言われる首相は、市民運動からたたき上げてきた経歴から考えても見た目には誠実そうで、小沢氏に比べてかなり得な面構えである。だが、総理大臣としての実行力、リーダーシップ、思いつき発言、政治家としての哲学には些か疑問を感じる。
「選択」9月号に元朝日記者・河谷史夫氏が首相の軽率な行為に対して手厳しいコメントを書いている。「〜いずれ消費増税は避けられまい。とはいえ、街頭演説でぺらぺらと増税を口にする菅の浮ついた様子に為政者としての資質を疑った」と散々である。
そうなのだ。菅首相には総理大臣としての資質が備わっているのか前から気になっていた。この選挙でこれまでの自らの政策運営が未熟だと少しは思い知り、菅長期政権へ向けて舵を切ることになれば、この代表選もまったく時間の浪費だけだったとばかりは言えなくなる。
さて、ぞっとするような騒ぎになった。ひとつはつい数日前帝京大学病院でアシネトバクウター菌による院内感染により9人の患者が亡くなった可能性が高いという事件である。昨年8月以来46人の患者が感染していたが、病院側の対応は甘く、今年8月の厚労省と東京都による定期検査の際にも報告しなかった。アシネトバクター菌とは、抗生物質がまったく効かない極めて危険なものだ。
そこへ今日になって新たな細菌事件が判明した。栃木県にある独協医科大学病院で検査を受けた男性患者から新型耐性菌を検出したという。NDM1という大腸菌の一種である。日本国内で初めて検出されたということだが、この患者はインド帰りだという。この細菌はインドやパキスタンからヨーロッパへ広がっている。昨年インドへ行ったが、そんな話はまったく聞かなかった。
医学が進歩して、細菌を殺菌する抗生物質が開発され、地上から細菌がいなくなるかと思いきや、抗生物質から生きのびる細菌が出てきたわけである。まるで映画のように、細菌と人間とのイタチごっこの戦いになってきたようだ。
1212.9月7日(火) 匠の技に感動、話題作品に「?」
テレビ朝日に「ちい散歩」という番組がある。俳優の地井武男が首都圏の街角を歩いて、市井の人々にインタビューする企画で気軽に観ることができる。今日は横須賀市久里浜海岸周辺の木工屋へ立ち寄った時、「木組み」という木材と他の木材を組み合わせる手法を紹介してくれた。日本の伝統的な木造建築の職人芸にいたく感心した。角材の端と他の角材の端をつなぎ合わせるのに、釘や接着剤を一切使わずに、くりぬいた凹凸をうまく組み合わせる。古来日本の湿気のある気候の下で、一方の木材が腐食しても他の木材にその腐食が伝播しないよう昔ながらに智恵と工夫を積み重ねた結果だという。
すごい匠の技だと感服するのだが、やはり継承する人が少なくなっていると聞くと、ちょっと寂しい気がしてくる。
さて、北米の映画祭で最大規模と称されるモントリオール世界映画祭で、主演女優・深津絵里さんが主演女優賞を受賞した。彼女が主演した「悪人」は前々から評判にはなっていた。芥川賞作家の吉田修一の原作「悪人」を読んだ主演男優・妻夫木聰が是非とも主人公役を演じたいと売り込んだほどの注目作品だったといわれている。作者自身全力を注いだ自信作と言って憚らず、脚本も李相日監督と共同執筆したほどの惚れこみようである。
実は、「悪人」は4年前に朝日夕刊に連載されていたので、毎日読んでいた。しかし、その当時私の興味とかけ離れていたせいもあるのかも知れないが、読んでいてちっとも面白いとは思わなかった。連載終了後に朝日が単行本化して、鉦や太鼓で力作と宣伝していた。著者も自分の作品を書き続けてきて、これが総決算になると自画自賛していた。だが、どうして著者がかくも自信満々に、「悪人」をアピールするのだろうかとむしろ不思議な感じがしたくらいの作品である。映画会社も主演俳優も作品をベタ誉めだった。その作品の主演女優が立派な賞をいただいたのだから、天晴れと言うべきだろうが、どうも釈然としないのは私の眼力が世間レベルから遥かに落ちてしまったせいだろうか、或いは単にへそ曲がりのせいだろうか。
1213.9月8日(水) 教育への公的支出は主要国で最低
まったくしばらくぶりである。台風のお陰で今朝からポツポツ雨が降っていたが、昼過ぎからかなり激しい雨となった。やはり台風時の雨は普通の降雨と違って激しく力強い。
先日共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」の校正打ち合わせを行ったが、初校原稿を推敲したので、同じく推敲を終えた北村嵩さんと一緒に交通新聞社で邑口さんと話し合って校正原稿を手渡した。いつも後から後から修正箇所がたくさん出てくる。北村さんはあまり訂正・修正がなかったようだが、私の場合は推敲を重ねるたびに修正箇所が出て編集者を煩わせる。他の人の原稿でも1〜2ほど気がついた問題点も出てきた。すべての校正を終えるまで、まだ少し時間がかかるかも知れない。
さて、最高裁へ上告していた「新党大地」代表の鈴木宗男・衆議院議員が、最高裁で上告を却下され懲役2年の実刑と追徴金1,100万円が確定した。3日内に異議申し立てができるが、それが却下された場合、直ちに収監される。先月に議員在職25年の表彰を受けたばかりだが、公職選挙法と国会法によりその議員も失職することになる。容疑は北海道開発庁長官時代の受託収賄罪、あっせん収賄罪、政治資金規正法違反、議員証言法違反である。よくもこれだけの罪を重ね犯して、「密室で検察の誘導により作られた意図的、政治的な判断」と強弁できるものだ。この心臓の強さはとても人並みではない。この人と先日背任容疑で逮捕された浜田幸一議員周辺には、かねがねその行動に疑わしい雰囲気が漂っていた。一時的に法の手を逃れても、いずれは司直の手に落ちるものだということを天下に再確認させることになった。
それにしても、国会議員の品性の低さにはほとほと呆れ果てるばかりである。
ところで、このほど経済協力開発機構(OECD)が発表した、GDPに占める教育機関への公的支出の割合が比較可能な主要28カ国中日本が最下位であることが分った。1位はアイスランドで、以下デンマーク、スウェーデンで、韓国が20位に、チリ26位、スロバキア27位である。これには私立への費用や塾などが含まれないので、教育負担の絶対額が少ないというわけではないが、教育への関心が高く、教育水準が高いと思われているわが国としては、座視できない数字だろう。それでも日本の私費負担割合は各国平均の17.4%に比べて33.3%と極めて高いので、それを考えればそれほど悲観すべき数字ではないかも知れない。特に、今年になって児童手当を支給したので、来年は確実に順位は上がる。
それでも、外国でどう受け取られているかと思うとあまり良い気持ちはしない。
1214.9月9日(木) 和文にアラビア数字は馴染まないと思うが・・・。
昨夕小中陽太郎さんご夫妻と利光國夫さんご夫妻、われわれ夫婦の3カップルでハイアット・リージェンシー東京の中華レストラン「翡翠宮」で会食した。先月食事をしましょうということになり、小中さんと利光さんのご都合を合わせて、ちょうど空いていた昨日に予定を決めた。生憎天候は台風の影響を受け荒れ狂っていた。小中さんは今日が76回目の誕生日であるので、前夜祭になる。誕生日が二百十日で、毎年決まって台風がやってくると笑っておられた。「翡翠宮」は名門中華店として知られているだけに、シェフご自慢の中華はなかなか美味で食事を満喫した。
小中さんも、利光さんもそれぞれ知識人であり、功成り名を遂げた方であるので、話題には事欠かない。私はやらないが、お二人ともゴルフがお好きだし、奥様同士は音楽好きなので、大いに盛り上がって3時間以上も愉しい雰囲気を味わうことができた。今月初めて上品なアルコールも味わい久しぶりにすっかり良い気分に浸った。
今日の日経夕刊紙のエッセイ「あすへの話題」に、東洋英和女学院大学の村上陽一郎学長が「数字をどう書くか」と題してペンを揮っている。村上先生は日本文章上の数字は、漢数字であるべしとの持論のようだが、最近では新聞を始めとしてアラビア数字が主流になりつつあることに少々疑問を抱かれておられる。寡聞にして知らなかったが、国語審議会では、戦後まもなく日本語表記は漢字・仮名交じり文とすることを定めているという。
私にも思い当たるふしがあるし、こだわりもある。昨年出版された共著「知の現場」で、東洋経済新報社の担当者は、アラビア数字が最近の傾向だと強く主張し、縦書き日本文の数字は漢数字を使用すべきとの私の持論を採用してくれなかった。アラビア数字を使用すると1桁の場合は良しとしても、2桁以上の場合はどうするのかとの疑問には、2桁は半角で表現し、3桁以上の場合は1桁ずつ縦に書くという意見を述べた。刷り上った「知の現場」はすべてそのようになっている。
まあ時代とともに表現法は変わると思ってはいるが、なぜか無理やりそのように仕向けている感じがしないでもない。
今製作中の共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」は横書きなので、アラビア数字に決まっており、その点では問題はない。
しかし、縦書きの和文にアラビア数字の使用は、ひとつの流行ではあるかも知れないが、村上先生同様馴染まないと思っている。
1215.9月10日(金) 内も外も喧しい。
「230万人」という数字を聞いて、咄嗟にどういう人たちか分る人はほとんどいないのではないか。驚くなかれ、日本中の100歳以上の行方不明者の数である。このほかにも120歳以上の不明者が7万7千人、150歳以上の人が884人もいるという。日本国民の約300人にひとりがこの範疇に入る。尤も各自治体は、戦争や海外移住によって家族と離れ離れになり、死亡した場合にこういうケースがあり得るそうで、必ずしもすべてが自治体の責任というわけではないと言うが、地道で面倒な調査がいつも後回しにされてきたことが今日の事態を招いたのではないか。
いずれにしろ、法務局も漸くこの問題の解決へ向けておっとり刀で腰を上げた。対象者が120歳以上の場合は住所の記載がないことのみを理由に、自治体が職権で戸籍抹消の手続きに入れるよう運用を簡略化することにしたのである。
さて、今日国内外で深刻な事件があった。国内の事件のひとつは日本振興銀行が破綻し、初めてペイオフが発動されたことであり、もうひとつは不正証明書発行で逮捕された厚労省の村木厚子元局長に、東京地裁で無罪判決が下されたことである。前者は2004年に中小企業向け融資専門の銀行として開業した。競争激化と景気低迷で行き詰った。昨年問題になった東京都が出資している「新銀行東京」と似たような道を辿ることになってしまった。後者は、検察の作為的なストーリーの作成と証拠品が採用されなかったことから無罪となった。疑いは晴れたが、まだ検察側が控訴する余地が残されている。
一方、海外では明日の9.11テロ事件発生9周年を期して、フロリダ州のキリスト教牧師がイスラム教の聖典コーランを燃やす計画を打ち出し、同調するよう広く呼びかけたことに対するイスラム教信者からの強い反発である。オバマ大統領が件の牧師に考えを変えるよう要請し、ゲーツ国防長官もコーラン焼却を実行すれば、イスラム諸国に駐在する米兵らの生命を危険に晒すと電話で説得し、ローマ法王庁でも憂慮する声があがっている。
「汝!隣人を愛せよ」の博愛をテーゼとするキリスト教の牧師ともあろう者が、それと正反対の蛮行を実行しようとするのは何たる傲慢、何たる非情、何たる堕落か。
牧師はイスラム教指導者と、9.11同時多発テロ現場「グラウンド・ゼロ」近くにモスクを建設する予定について話し合いがついたとして、一旦計画を撤回すると発表した。
ところが、夜になってイスラム教指導者はそんな約束はしていないと言い出す始末で、その一方でキリスト教牧師はそれなら予定通りコーラン焼却を実行すると言い出した。また振り出しに戻ってしまったらしい。もう明日まで時間はない。イスラム教信者を怒り狂わせることをやってしまうのか。さあ、牧師よ、アメリカ国民よ、どうする。
1216.9月11日(土) 世界遺産をどう保存するのか。
来月1日に神田雑学大学で世界遺産について講義を頼まれている。パワーポイントのスライドの改訂版を作っているが、修正箇所が出てきた。去る8月に発表された今年度の登録世界遺産は21ヶ所あり、その中にこれまでに訪れたところが2箇所含まれていたので、トータルで私の訪問世界遺産は150ヶ所から152ヶ所になったと思っていた。
ところが、昨年ドイツのドレスデン・エルベ川渓谷が世界遺産登録を取り消されていた。うっかりしていて見落としていた。これで世界遺産の訪問は151ヶ所に減ったことになる。
大体ドレスデンが世界遺産登録を取り消されたのは、登録前から交通渋滞解消のため市内のエルベ川に新しい橋を架ける計画があり、それが風景美を損ねるので世界遺産委員会から橋の建設を止めるか、地下トンネルを造るかの選択を迫られ、1年間の猶予の末に、住民投票の結果も踏まえ、橋の建設に踏み切ることになり、世界遺産からおさらばすることになった。
第二次世界大戦の空襲で壊滅的に破壊され、その後見事に復興を遂げ、エルベ川界隈の夜景の美しさは取り立てて素晴らしい。市内の観光施設では、ツヴィンガー宮殿とオペラハウスが特に印象に残っている。
人間生活の利便性と、伝統的な文化とか雰囲気との優越性をどう解釈し、どちらを選択するかは、その土地の人々に決められるべきことであり、こうあるべしと判断できないが、旧東ドイツ領内にあってドイツの重厚な街づくりが得がたい存在だっただけに、何とも惜しい気がしてならない。
これはオマーンの動物保護区に次いで、二つ目の世界遺産登録取り消しであるが、この次に危ぶまれているのはザンクト・ペテルスブルグ市街で、ここも市内に背高ノッポのガスプロム社ビルが建てられ、風光明媚なシーンが大きく汚されるからだそうである。
世界遺産として人類と自然が創り上げた偉大な財産を後世の人間がいかに保存していくかということは難しい問題である。文化と伝統に対する気持ちの問題だろう。
昨日から心配していた、フロリダのキリスト教会のジョーンズ牧師によるコーラン焼却処分は中止されたという。やれやれである。
1217.9月12日(日) 昨今中国は図に乗りすぎてはいないか。
同時多発テロ9周年とあって昨日「グラウンド・ゼロ」では、厳かに追悼の儀式が行われたようだ。この近くにイスラム教のモスクを建てようという計画が、テロの犠牲者遺族を始めとしてテロを憎む人々の神経を逆撫でしているようである。
しかし、だからといってイスラム教信者の聖典である、コーランを公衆の前で焼却しようとする非常識なキリスト教牧師の言動には、オバマ大統領以下政府要人や心あるアメリカ国民の多くが、眉を潜め口を揃えて非難した。結果的に当のジョーンズ牧師は計画を撤回したが、メディアの前で相変わらず強気に今回は計画を取り下げるが、今後については分らないと傲然と言い放つ牧師父子の傲岸不遜とも見える態度には、アメリカが事あるごとに繰り返す「草の根民主主義」の欠片も感じられなかった。
いかに多くの人々に心配をかけているかということを配慮せず、自分の思うところをやり抜くという寛容の気持ちがまったくなく、これでよくも信者に対してキリスト教の原理を説教できるものだと思う。
実際クリントン国務長官も呆れ顔で、50人しか信者がいない一地方の教会の牧師がこれだけ大それた計画を立てたことに驚いている。
こういう馬鹿げたパフォーマンスが連鎖的に伝播し、ジョーンズ牧師は取り止めたが、ほかに同じように非常識なキリスト教牧師やアンチ・イスラム教徒が各地でコーランに火をつける行動に出た。
良くも悪くもアメリカ社会には、常識的、あるいは非常識な考えが許される一方で、民主主義に基づく良識によって、この諾否を判断する空気がある。時によって、非常識が許される場合があり、それが問題である。
ところで、もうひとつの大国、中国の最近の唯我独尊的行動にも困ったものである。近年中国の行動が非常識なビヘイビアを伴う傾向が目立ってきた。これは日本人の行動も、中国人の間では誤解されている面があるかも知れないが、最近中国の行動は些か突出して首を傾げたくなる。中国人に本来内在する覇権主義、中華思想、功利性が、近年の経済成長によって強まった経済力と強大になった軍事力に後押しされて発言力が強まり、越権行為に走るケースが増えて国際社会で顰蹙を買っている。
とりわけ直近では、中国も領有権を主張する尖閣諸島周辺のトラブルがクローズアップされている。この数日問題になっているのは、中国漁船が尖閣諸島で日本の海上保安庁の巡視船に当て逃げを食らわせて捕獲され、船長が逮捕された事件である。予想されたことではあるが、自らの非を認めることなく、反日的なグループが北京の日本大使館前でデモ行進して、中国政府が日本の対応を非難するといういつもながらの強権的行為である。中国政府は尖閣諸島が中国領土であることを強調し、漁船は日本の海上保安庁の巡視船にぶつけられて不当な逮捕をされたと中国国民向けに嘘の情報を流して日本政府に抗議した。即時船長の保釈と日本政府の謝罪を要求するというものである。非礼にも休日の深夜に着任間もない日本の丹羽宇一郎・大使を国務院へ呼びつけ、抗議をつきつけるという国際儀礼上信義とエチケットに欠けるパフォーマンスであり、その挙句に近々開催予定の東シナ海におけるガス田開発を巡る条約締結交渉を一方的に延期する対抗措置を日本政府に押し付けてきた。
最近では日本の領海内で自衛艦に異常接近を試みた中国海軍機のトラブルもあり、いつも中国の仕掛けにうやむやのまま見逃されている有様である。さらに中国農業省が派遣した魚業監視船も新たな摩擦を生んでいる。
未だに5〜6年前サッカー試合中に日本チームに対して反日的行為を働いた暴徒が、日本公使の公用車を襲った事件や、毒入りギョーザ事件はいずれも中国側に責任がありながら、謝罪の態度をまったく見せず、原因は日本側にあると強弁する中国側の姿勢には、とてもついていけない。
知的所有権についても、その浅はかな知識と杜撰な管理で、諸外国にかなりの被害をもたらしている。日本の名産陶器「有田焼」に替わって「中国の有田焼」が本家になったり、中国人のタレントがダイアナ王妃になったり、世界中が中国に振り回されている。これを商標登録しないから、お前たちが甘いと自分たちが散々無断で各種の違法行為を行いながら、そんな中国人に傲然と言われる筋合いはないと思う。
言い出せばキリがないが、「死の商人」的アプローチでアフリカ諸国や、イラン、北朝鮮、ビルマなどをお土産外交で懐柔し、中国の同盟国に引き入れるその手口は、日本外交にとって反面教師であり、わが国の政治家や外交官が部分的には見習わなければならない手法であるのかも知れない。
隣国でお互いに友好親善を心がけなければならないのに、最近の中国の強引であくどいやり方には少々うんざりで頭が痛い。
1218.9月13日(月) 沖縄・名護市議選の結果について
昨日投開票された沖縄県名護市議会議員選挙で、これまで少数派だった稲嶺進市長を支持する議員が過半数を上回る議席を獲得した。名護市内には渦中の辺野古海岸がある。従来から普天間米軍基地の辺野古への移転に強く反対していた、稲嶺市長への賛意が増えたわけである。これで普天間基地移設問題は、一層決断と実施が難しくなる。それにしても一地方都市の市議会議員選挙の結果に、これだけ日本国中の目が注がれたのは、極めて珍しいケースだと思う。
一方、反市長派を応援していた仲井真弘多・沖縄県知事にとっては、ショックであり、ことは重大である。沖縄県経済全体を考えると、何とか基地問題を穏便に解決し、政府から沖縄に対する振興策として多額の交付金を引き出そうと考えている知事には、大きな痛手である。知事は表面的には普天間基地移設反対を唱えながらも、「絶対反対」ではなく、これまで「条件付容認」のスタンスで政治決着を図ろうと画策してきたのではないかと思う。
11月に予定される県知事選に向けて、仲井真知事はこれまで県内移設反対を明言してこなかった。だが、昨日の名護市民の声を受けて、高々と「移設反対」の立場を鮮明にしなければ再選にも赤信号が灯るのではないかと考え、戦略の再検討を始めるのではないだろうか。
明日の民主党代表選挙を前に浮き足立っている民主党閣僚の中で、仙石由人官房長官は「民意の表れのひとつとして、虚心に受け止めたい。移設計画や負担軽減の具体策について地元の意見を聞き、誠心誠意説明して理解を求める」と言っているが、鳩山前首相辞任前後の沖縄県民と政府間にギクシャクしたしこりが残されているだけに、仙石氏のいう誠心誠意が果たして沖縄県民に素直に理解してもらえるだろうか。
過去に政府が沖縄に対して誠実な対応をしてきたようには思えないので、民主党代表選終了後に代表、つまり首相は、いつまでものらりくらりではなく、どういう具体策を沖縄県民に示すことができるかということが、普天間基地移設問題解決への一里塚であり、沖縄県民の信頼をかち得る手立てである。
1219.9月14日(火) 民主党代表選で菅首相が圧勝
やっと雌雄を決する日がやってきた。民主党代表選における菅直人首相と小沢一郎前幹事長の一騎打ちである。2週間に亘ってマス・メディアは煽るだけ煽って、漸くこの日を迎えた。この間日中間に尖閣諸島領域へ中国漁船が侵入する事件が発生したり、円高・株安が進行したのに政府は成すに任せていた。
両氏は国会議員の投票前に会場で最後の演説を行って、どちらに投票するか決めかねている議員に訴えた。この期に至ってどちらとも言えないスピーチ内容だったが、危ない橋を渡るような普天間基地移設問題には両氏ともに触れず仕舞いだった。
結果は菅首相が小沢氏を圧倒した。国会議員票、地方議員票、党員・サポーター票を足して721ポイントを獲得して、小沢氏の491ポイントを230ポイントも上回る大きな差がついた。特に、党員・サポーター票では菅: 249=小沢: 51と、首相は圧倒的な大差をつけた。一般人の割合は6人の内5人までが首相を応援しているわけで、他方で国会議員の間では小沢グループが大きな力を持っていて、国会議員と一般国民の常識がいかに乖離しているかを示している。
戦前の予想では、国会議員票では小沢氏が圧倒すると見られ、首相はサポーター票、地方議員票でどれだけカバーするかと思われていたが、国会議員票でも首相が上回ったのは意外だった。小沢氏の政治とカネの問題が尾を引いていたうえに、小沢氏の政治手法が地方議員にもそれほど受け入れられなかったようだ。さらに菅首相が就任してまだ3ヶ月しか経っておらず、総理大臣を短期間で簡単に替えることに対する国民の拒絶反応があったからである。
今回の代表選は大いに盛り上がって、一部にはそれなりに評価する声がある。菅首相自身自分の考えを訴える機会を得られて良かったと自画自賛していたが、果たしてそうだろうか。代表選のために街や地方で訴えるなら、普段でもできることではないか。この選挙のために2週間も費やして選挙キャンペーンをやった時間的空白?は、ムダではなかったか。この間に尖閣列島問題はエスカレートして、円高問題にも見通しが立たない。
民主党は懸案の挙党体制を築くことができるか。頭が固まったわけだから、そろそろキッチリ政治を前へ進めてもらわないと何のための代表選かということになる。
1220.9月15日(水) 菅首相のお手並みを拝見したい。
昨日の民主党代表選の結果について、昨夜来メディアを通じていろいろな報道がなされている。挙党体制はできるのか。脱小沢は可能か。政府・党人事はどうなるのか。予想以上の大差をつけて菅首相が小沢氏を圧倒しただけに、首相も今後の政局運営に自信を持って臨めるのではないかと思いがちだが、そうは問屋が卸さないようだ。目の前に参議院のねじれがあり、それ以上にこれだけ党内を二分して真っ向から闘ったので、感情的なしこりや遺恨がそのまま残されたのではないかとの懸念がある。
そのうえ、投票結果にある党員・サポーター票のポイントというのが、獲得票にある数字をかけたポイントだと思っていた。ところが、アメリカ大統領選挙と同じように選挙区で1票でも多く相手票を上回れば、勝者は全ポイント獲得となり敗者は0ポイントになる。昨日の「菅:249=小沢:51」という獲得ポイントでも、実際の獲得数をそのままポイントに換算すると、菅の60%獲得から「菅:180=小沢:120」となる。
この結果トータルでは、「菅:652=小沢:560」となり、公式発表の「菅:721=小沢:491」とは大分印象が異なる。国民感覚と国会議員の感覚が際立って差があったとも言えない点もある。いずれにせよ、3部門それぞれで小沢氏は敗れたわけであり、今後小沢氏が自身の処遇に関わらず、敗軍の将として語った「一兵卒としてがんばる」の言葉通り、日本の政治のため、また民主党のためにどれだけ尽力されるのか見守りたいと思う。
さて、どうもスピード感に欠けていると見られていた財政当局も漸く腰を上げ、今日政府・日銀が円売り・ドル買いの市場介入に踏み切った。昨日1$=82円台まで円高が進んだが、きょうは一気に1$=85円台の円安にシフトした。これを好感して東京株式市場では日経平均株価が全面高となり、前日比217円高で、約1ヶ月ぶりに9500円台を回復した。
経済に暗いとされる菅首相であるが、積極果敢に政策を進めると言った手前、早速打った手が功を奏した。とりあえず一段落と言えるかも知れないが、経済そのものが回復したわけではない。これからも可及的な積極策を推進して欲しいものである。
これが反イスラムの動きかどうか分らないが、フランスは女性がイスラム女性が愛用する「ブルカ」を公共の場で着用することを禁止する法案を可決した。ただ、個人の自由を尊重する立場から違憲の疑いもあり、憲法評議会が違憲判断を下した場合はその限りではない。しかし、来年春からフランス国内ではブルカを被った女性を見ることはできなくなるかも知れない。
確かに個人の自由とは言え、あまりにもフランスの文化とかけ離れている。いかに自由を尊重するフランス人とはいっても彼らにとって異様な衣装は受け付けられなかったのではないだろうか。同じようにブルカ問題に似たイスラム紛争は、今ヨーロッパ各地で起きている。スイスではイスラム建築のモスクの建設が問題になっている。ドイツでもトルコ人は排斥する動きがある。最近ではニューヨークのグラウンド・ゼロ近くにモスク建設計画が騒ぎの発端となり、コーラン焼却が問題視された。
日本ではこういった民族問題はほとんど起こらない。それが、日本人を民族問題に鈍感にさせている。過去において部落民問題や、在日朝鮮人問題を中途半端なまま解決したと思ったことが、未だに日本人をこの種の問題をじっくり考えさせる習慣から遠ざけている。
1221.9月16日(木) 軽井沢で長男、二男と会食
明日二男崇史の結婚式が軽井沢の結婚式場「クリーク・ガーデン」で行われるので、軽井沢プリンスホテル・ウェストに2日間宿泊する。事前に妻の留袖の着付けのため式場へ寄ったが、とんでもない失敗をやってしまった。完全なドジである。新郎の父として準備した礼服を自宅に置いてきてしまった。新幹線で取りに戻るか、軽井沢駅前の貸し服屋でモーニングを借りることまで考えた。
しかし、横浜から遅れてくる長男家族がひょっとして自宅に寄ってもらえば間に合うかもしれないと考え、電話で聞いてみると自宅を遥かに通り過ぎてしまったが、ちょうど都内渋滞地区を通り過ぎたところということに、ほっとしながら自宅へ寄ってもらい、忘れた礼服を持ってきてもらうことにした。ちょっと迂闊だった。今晩は息子家族に大いにサービスしなければなるまい。
軽井沢は学生時代以来ほぼ半世紀ぶりである。2〜3学年時の夏の間、その当時亡父が勤めていた明治乳業の夏の喫茶兼ミルクホールでボーイとして客扱いをやったことがある。結婚して間もなかった現在の天皇・皇后が車でテニスコートへ出かける時に店の前を通過したのを何度か見ている。懐かしいと言えば懐かしいが、軽井沢のイメージは似ているようでいて、現代風に賑やかになって似ていないようでもある。
夕食は長男家族と二男新婚夫婦を交えて和やかにホテルで会食した。明日の結婚式はどういう形になるのか、私には見当もつかない。若い世代のスタイルは、われわれの時代とは違うように思う。細かいことをとやかく言う気なんてない。幸せな家庭を築いて欲しいというのが親としての率直な気持ちである。
明治乳業も昨日の記者会見によれば、同社は明治製菓とともに明治ホールディングスの傘下で、両者の似ている業種を合体させて、食品関係を旧明治乳業、新たな会社「明治」が取り扱い、薬品関係を旧明治製菓「明治ファーマ」が取り扱うことになり、新体制は来年4月に発足するという。父が存命なら何と思っただろうか、感慨無量である。父は明治製菓に入社して、その後明治乳業に転属したので、双方に強い思い込みもあるだろう。でも、案外このようなドラスチックな変革を知らなくて良かったのかも知れない。
1222.9月17日(木) 二男崇史結婚式を挙げる。
二男崇史の結婚式当日を迎えた。軽井沢の「クリーク・ガーデン」で行われるため、当人たちと長男家族、それにわれわれ夫婦が軽井沢のプリンスホテルに宿泊しているが、それぞれ別棟に宿泊しているので思うように連絡、往来ができない。そのうえ着物の着付けを頼んだので、長男の嫁と妻が先に出かけて思うように全員が揃わない。会場にはバラバラに出向くことになった。
嫁高橋すみれの両親は、今朝新潟市内の自宅から車で来られ、式を終えて再び車で帰っていった。式はなかなか良かったと思う。式場の周囲が大木に囲まれていて森の中にある雰囲気が漂い、神秘的だった。列席者50名の皆さんは式とパーティに出席していただいた。崇史の会社から名誉会長の小田保中氏にご出席いただき、主賓としてスピーチをいただいた。昨年の出版記念会以来だったが、お元気そうで安心した。旅行好きで旅行の話になると止め処もない。崇史に期待しているようなお話をしていただけるのは、親として嬉しいものだ。スピーチをされた列席者は、3名だけだったが、会社の同僚の方々が余興にグループで替え歌を歌ってくれた。中々機知に富んだユニークな余興で会場を和ませてくれた。替え歌の歌詞が中々秀逸で、下品な感じがまったくなく、近ごろの若者のセンスには恐れ入った。
長男家族は明日孫たちの運動会があるので、未練を残しながら帰って行った。崇史は二次会、われわれはもう一泊して明日ゆっくり帰ろうと思う。
さて、その間東京では、第二次菅改造内閣閣僚名簿が発表された。首相以下18名の閣僚の中で私より年長者は、1歳年長の北沢防衛相だけだった。確実に世の中は若返りが進み、私は高齢化社会へ突っ込んでいる。
今回の改造内閣で、岡田克也外相が党幹事長へ転出されたのに伴い、外相に前原誠司・前国交相が入り、その後釜に馬淵澄夫副大臣が昇格した。他にも転入・転出があるが、民主党代表選に敗れた小沢色は薄まったと見るべきであろう。目だった小沢派は海江田万里の経済財政大臣就任ぐらいのものである。
岡田氏が党務を行うことになった影響で、外相が交代したが、外交面を考えると首相同様に外相はあまり替えない方が良いのではないかと思っている。特に、現在一番緊張状態にある対中国関係を思えば、むしろ岡田氏を替えるべきではないと考えている。
明日の新聞論調はどうコメントするか、楽しみである。
1223.9月18日(土) 軽井沢に漂う文士の名残
ホテルを引き払う前に新婚の二男夫婦が宿泊しているプリンスホテル・イーストへ預かり物を届けに車で出かけた。プリンスホテルの広い敷地内を移動用に走っているプレートナンバーのない電気自動車に乗れば、直線距離としてそう遠くはないが、一旦ホテルの敷地外へ出て一般道を通り移動すると軽井沢ショッピング・プラーザを外周することになるので、かなりの距離になる。
驚いたのは、10時前後だったが、帰りにプラーザに沿った周囲の道路が数珠つなぎの車で詰まっているのを見た時だった。そんなに朝からショッピングに大勢の人々が訪れるのは、確かにプラーザに魅力があるからだろうが、それにしてもその人気ぶりには度肝を抜かれた。昨夕は夕食に出かけたが、これが流行りというものだろうか。
今日は妻の友人から教えてもらった軽井沢文学コースを訪れてみることにした。いずれもまったく知らない施設だったが、ひとつは「軽井沢高原文庫」で、もうひとつは「軽井沢タリアセン」である。二つの施設が塩沢湖に沿った道路に向かい合って位置している。「軽井沢タリアセン」というのは聞きなれない言葉だが、何でもウェールズ語で「輝ける額」という意味で、吟遊詩人だったタリアセンに因んで命名されたそうだ。
前者は、理事長・加賀乙彦氏と副理事長が妻の友人の親戚であるということで特に勧めてくれたところである。
元々軽井沢は文士と縁が深い。昨日の結婚式場の向かいの「つるや旅館」を始め、万平ホテル、星野温泉旅館、三笠会館などは特別な所縁がある。「軽井沢高原文庫」の屋外庭園には、掘辰雄の山荘と野上弥生子の書斎が移築されている。中村真一郎の文学碑や立原道造詩碑も建てられている。館内には著名な文士の直筆原稿や、初版本、写真なども展示されていて中々興味深い。その前には「一房の葡萄」という洒落た喫茶店があるが、これが何と有島武郎の別荘「浄月庵」を移築したものである。ここのベランダでコーヒーを嗜んでいたが、心地よい風に、これなら良い作品も生まれるのではないかと思ったほど心が落ち着く場所だった。有島武郎は良家に生まれたが、この時代の文士らは自由に、気ままな生活を送りながら秀作を世に送り出していたのだ。
後者の「軽井沢タリアセン」には周囲にペイネ美術館、深沢紅子野の花美術館、旧朝吹山荘「睡鳩荘」を見学した。とにかく昔の成功者が金に糸目をつけずに残した財産が、今日別の形で世間に昔を偲ばせる形で伝えられている。
軽井沢には、それほど脚光を浴びてはいないが、土地と関係深い有名人の足跡を伝えてくれるアカデミックな施設が、公的なバックアップではなく、一般人の支援によって支えられているところが素晴らしい。
6時過ぎに帰宅して、夕食は妻とともにどうにか二人の息子が巣立ったことを喜び合い、軽くビールで乾杯して労わりあった。
1224.9月19日(日) 中国の「愛国無罪」思想の行方
軽井沢へ出かけている間に国内外で政治的、外交的に大きな動きがあった。政治的には国内で菅第二次改造内閣が発足したことである。外交的には大きな問題となりつつある中国漁船の尖閣諸島領海侵入事件である。後者は予断を許さない外交問題に発展する様相を帯びてきた。
昨日は柳条湖事件発生により満州事変が勃発して79年目という節目の日に当たり、中国各地で反日デモが勃発した。しかし、反日デモの拡大を警戒する中国当局の抑制的な警備によって大事には至らなかった。
そもそもこの問題の根底には、領土問題が横たわっている。日本、中国がともに尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権を主張し、そこへ近年になって台湾までが領有権を主張するようになった。中国が領有権を主張し始めたのは、その海域周辺で海底ガス田の存在が調査結果で明らかになってからで、ほんの数年前のことである。わが国が尖閣諸島を日本領土であると国際社会へ向けて宣言したのは1895年で、爾来そのまま推移してきた。当然わが国は領有権を主張できる権利がある。中国の領有権には正当の権利がないと思う。それがこのようにこじれてきたのは、両国間でじっくり話し合いをしてこなかったことと、中国の海洋資源簒奪を目論む拡張主義と、自国の利のためなら他国を粉砕しても良しとする「愛国無罪」主義がある。「愛国無罪」とは、国家のための行為は何事にも増して許されるというもので、今回はそれほど露骨でもないが、5年前の反日デモの際日本領事館や日本商店を暴徒が襲っても、そのまま野放図に放置されたまま罪に問われなかった事実がある。
漸くテーブルに着こうとしていたガス田掘削交渉を一方的に延期したり、掘削作業用の機材を了解事項に反して秘かに搬入したり、要人の来日を突如中止したり、遂には民間ベースである企業の社員1万人優待旅行をキャンセルしたり、日本への報復行為はエスカレートするばかりである。これまで中国側のやり方は日本へ圧力を加えれば、日本は退くとの強硬論至上主義があった。わが国は中国にいつも舐められていたのである。ここは毅然として、筋を通して主張すべきは主張するという強いスタンスを取ることが大切である。
ここ数日中国国内、或いはニューヨークの日本領事館前では反日デモが繰り返されている。
しかし、これまでの中国政府の対応はあまり大騒ぎをされても困るとの姿勢に終始している。政府サイドが一部の反日分子の意向を汲んで反日ポーズを煽っていながら、一方ではあまり行動が過敏になっては迷惑との臆病なスタンスが窺える。ここには、中国国内へ向けた国民懐柔のための苦肉の策が弄されているのである。国民の声を無視しては国内問題として政府批判につながりかねず、国内に公務員汚職や貧富格差のような深刻な問題を抱える政府としては、問題の拡大化を懸念して国民と歩調を合わせながら国際問題に対応しているジェスチャーを示しているに過ぎない。この辺りにも中国人特有の「傲慢」と「臆病」が垣間見られる。
それにしても民間外交とも言うべき観光旅行にまでブレーキをかけさせるというのは、あまりにも神経過敏で些か異常であり、どういう意図や真意があるのか見当もつかない。
アメリカ政府は表面的に日中両国間の問題と冷静な対応を求めているが、内心中国が近年軍事力を突出して増加させていることを憂慮している。
この騒ぎの最中に中国にとっても経済的に大きな課題がクローズアップされてきた。
ひとつは、国際通貨基金(IMF)が中国の出資比率を大幅に増額させることを要求し、これは実現の見通しである。中国は現在世界第2位のGDP達成を目前にしながら、未だに新興国の立場を取り続け、IMFへの出資比率は3.9%で、これを日本の6.5%並に引き上げようというものである。
もうひとつは、アメリカのガイトナー財務長官が懸念を示した中国の人民元引き上げ問題である。今年始めから中国人民元の水準の低いことは指摘され、切り上げに踏み切ることを世界は求めていたが、中国政府は敢えて強い為替相場への介入はしなかった。だが、アメリカ政府にとっては経済不況から失業者が増大し、安い中国人民元がアメリカ経済の立ち直りを邪魔しているとの観測が強く、今後も国を挙げて中国為替政策への圧力を強めてくるだろう。早晩中国が何らかの対抗措置を講じざるを得ないことになろう。
いずれにしても中国の強い存在感と恫喝的な威圧感は日本にとってもかなりのものである。内閣改造により前原誠司氏が新たに外相となった。中国は新外相をタカ派と見て警戒しているようだが、あくまで対等に筋を通す姿勢を貫き、堂々と日本の考えを主張して欲しいものである。そのひとつとして、いつまでも互恵原則を形式的に唱えるだけではなく、尖閣諸島の領有権については、正々堂々と国際司法裁判所に審判を下してもらうことを現実的な解決策として考えてみてはどうであろうか。
1225.9月20日(月) 後輩Tくんの活動に刺激を受ける。
高校、会社の後輩であるTくんから時折二つ折り4頁の自作の報告書を送ってくれる。直近のリポートには、民主党代表選挙の話題と離婚時の年金分割制度、運動同志の追悼などが格調高く、筆力ある内容となって論理的に描かれている。
Tくんは高校のちょうど10年後輩に当たり、昨年会社も定年となった。折角国立大に入りながら中退して中途入社社員として同じ会社へ入社してきた、彼の真意は分らない。このように入社前後の経歴や入社後の社歴も他の社員とは一味変わっていて、「現場」に拘っていた。強い正義感を持ち仲間や同志のために自らの意思を貫き、「生涯一現場社員」を全うした。会社の労働組合運動にも熱心だったが、幾分他の組合員とはその考え方において距離があり、一部の仲間を除き孤高の立場に立って心から全組合員の幸せと、待遇改善を願って運動に邁進した。結局最後まで必ずしも他の組合仲間と心をひとつにとはいかなかったようだ。
退社後は努力でかち得た行政書士や社会保険労務士の資格を活かして個人事務所を開業し、多くの人たちの相談に乗っている。秀でた能力を会社からは充分評価されず、会社内で活かしきれない才能を惜しむ声は多々聞かれたが、Tくんは安易に妥協することなく信念を貫き自分で選んだ道を歩んだ。私自身必ずしも全面的にTくんの行動に納得するものではないが、それでも思いやりのある優しい人柄、類稀なタレント、堅実で正確な仕事ぶりには常々敬服していた。
前記のリポートを読むと、その着眼点や内容の分析にはつくづく感心する。今後も誰に遠慮することもなく、このまま自己の信念に基づいて己の道を突き進んで欲しいものである。
いままでプレッシャー下にあった縄を解き放たれ、信念に沿って縦横に活躍する姿を見ていると力を与えられ嬉しい気持ちになる。数年前にはガンであることが判明したが、早期治療により現状は回復に向かっているようだ。拙著の出版記念会にも出席してくれ、逆に励ましてもらった。Tくんの活動に大いに刺激を受ける。好漢Tくんの益々の健闘を祈るや切なるものがある。
さて、今日は敬老の日である。高齢者に関する話題が急激に増えてきた。足立区内で高齢者の男性の白骨遺体が発見されたことから、行政でも高齢者の所在の確認など高齢者に対するケアに神経を使うようになった。
総務省が発表した高齢者推計人口では、80歳以上の高齢者は800万人を超える。40年前には100万人程度しかいなかった。65歳以上の高齢者は3000万人に達して総人口の23%を占める。これも40年前には750万人ほどしかいなかった。長寿はもちろんめでたいことであるが、高齢者に関連する経費が嵩むばかりである。年金、医療問題を主とする高齢者問題は喫緊の課題として、政府はもっと真剣に国民に解決へのロードマップを示してもらわなければ困る。
1226.9月21日(火) 日に日に悪化する日中関係
徐々にことが大きくなってきた。言うまでもなく、尖閣諸島への中国漁船侵入事件である。二国間でトラブルが起き紛糾した場合、普通ならなるべく火の粉が広がらぬように当事国は気を遣うものだが、最近の中国は経済力と軍事力を背景に、自分たちの言い分だけを一方的に主張して相手をへこませる強引な手法に出てくる。
今度のケースでも、非は日本にありとして主張が通らぬなら、友好関係に水を差すことでも何でも押し付けてくる。なぜ外交問題として、領土問題を取り扱おうとしないのか。むしろ領土問題から離れて「日本憎し」から反日デモ、日中友好ムード撲滅の動きに出る。あまりにも大人気なく、得手勝手な論理には呆れるばかりである。30年ほど前に中国へよく出かけていたころ面識のあった中国の人たちとは性格的に大分異なるようだ。
中国の若い世代は反日教育のせいで、頭の中に反日思想がこびりついているようだ。表面的にうまくいっている事柄でも、それが一旦こじれると抑えていた反日感情が表面化する。年配者の間では、日清戦争、日中戦争以来日本軍によって痛めつけられているはずであるが、それほど怒りを日本人にぶつけてくることがないのに反して、近年若い人はすぐ闘争的になる。
その原因として、メディアでも伝えられているように中国国内の政治基盤の不安定さから来る、政府当局の国民への遠慮がちの配慮がある。騒ぎがあまりに大げさになって、国が抱えている諸問題の原点を国民に嗅ぎつけられ、国民の不満が政府批判に向かうのを恐れているからである。
民主化が遅れている中国には三権分立はない。あくまで共産党による一党独裁政権である。現在日本で司法の手に委ねられている中国漁船長を政治的に釈放しろとの中国デモの言い分は、司法への干犯であり、まるで子どもの論理である。
一昨日中国の王光亜・筆頭外務次官は丹羽宇一郎・日本大使に対して閣僚級の交流を停止すると伝え、併せて航空路線増便交渉の中止も公表した。一方、民間交流のひとつである「北京国際観光祭」で参加待機中だった日本の参加団体の出演が急遽中止となった。それに呼応して中国側の招待で今日訪中する予定だった1000人規模の「日本青年上海万博訪問団」の受け入れ延期も言ってきた。旅費、宿泊費を中国側が負担するものではあるが、それにしても2日前になって特別の理由を伝えられることもなく、一方的に延期というのは、あまりにも礼儀に反している。ここまで民間外交を軽視しているのかと思うとがっくりである。いずれの民間団体の計画中止についても、中国側は「現在の雰囲気で友好交流事業はふさわしくない」だの、「安全を保証できない」だの、種をまいて不安を煽ったのは中国側であるにも関わらず、一方的に相手に責任を被せるやり方である。
ここまで両国間の関係が悪化すると、日本の観光庁が期待している中国人訪日観光客の今年の飛躍的な増加は難しいかも知れない。
中国政府の「聞く耳持たぬ」の威圧的な態度を見ていると、力で日本を屈服させようとの姿勢がはっきり見て取れる。今や行け行けドンドンの登り龍には、「退く」とか、「妥協」という言葉は目に入らない。
だとすれば、日中間の外交をこのまま黙って見ているわけには行かないのではないか。今は中国の出方をもう少し見極めようとしているのだろうが、そろそろ日本政府にも、解決への糸口を考える動きがあってもよい。このまま悪化した状態を放置しておくのは、両国の将来にとって決してプラスにはならない。
1227.9月22日(水) 呆れた検察スキャンダル
前代未聞の呆れたスキャンダルである。大阪地検特捜部の主任検事が押収した資料を改ざんした容疑で逮捕された。昨日の朝日新聞トップ記事で大きく取り上げられたと思ったら、電光石火の早業で昨日のうちに容疑者がスピード逮捕となった。それだけ検察サイドも事態を深刻に受け止め、国民の不信を一刻も早く払拭しようと考えたのであろう。
容疑は、郵便割引制度を悪用したニセの証明書発行事件で、つい先日無罪判決を受けた厚労省の元局長・村木厚子氏の証拠書類として押収したフロッピーディスクのデータを、事件の主任である検事が改ざんしたというものである。本事件はまだ無罪が確定しておらず、検察も控訴を視野に入れていたが、流石に改ざんが絡む事件で世論の反発を慮ったか、直ちに上訴権を放棄した。これにより村木氏の無罪が確定した。
この事件は昨日のメディアに大きな話題を提供し、法務大臣、官房長官をはじめ、元検事らから検察に対して厳しいコメントが発せられていた。さらに最高検察庁内部でもことの重大性に鑑み、夜9時過ぎに最高検の伊藤鉄男・次長検事が急遽記者会見を行い、「重大、深刻に受け止め、事実関係を徹底的に捜査し、早急かつ厳正に対処する」と語った。
村木氏は個人的な行為と捉えずに検察という組織全体で検証してほしいと述べている。検察では改ざんの事実をまったく知らなかったのかと思っていたところ、今日になって新たな疑問が浮かび上がってきた。主任検事が改ざんした事実を同僚に話し、それを特捜部長に話して、大阪検察庁のトップである検事正に報告まで上がっていたという。これでは組織ぐるみで改ざんを隠蔽していたと見られても致し方ないのではないか。しかも、7ヶ月間にわたってその事実に頬かむりだった。
警察官の違法はしばしば起こるが、まさかエリート中のエリートである検事、しかも悪を糾弾すべき立場の人間がこういう粗相を仕出かしたこと、そして検察内組織が改ざんの事実を知りながら黙っていた不祥事について、徹底的にその原因を究明し検証して国民の前に事実を明らかにしてほしい。さもないと普通の人間は、何をよりどころに善悪の判断をしたら良いのか分らなくなってしまうのではないか。
今日も暑い。今年71回目の真夏日となり、真夏日の回数としては過去最大である。明日は雨が予想され、冷え込むとあって暑かった今年の気候もようやく秋らしくなってくる。一方で大雪山黒岳では初雪があったが、昨年に比べて13日も遅いそうである。
さて、駒沢大学マスコミ研究所の公開講座も夏休みだったが、先週から再開された。息子の結婚式で出席できなかったので、今日が最初の授業である。清田義昭講師が「マスコミの敗北」というビデオを見せてくれ、その後に話し合った。優秀作品として受賞したドキュメントで、外務省機密漏えい事件に関する内容で、西山太吉氏の取材から裁判までを追ったものだ。すべての授業に出席できるかどうか分らないが、清田講師のこの授業も私にはとても面白く、考えさせてくれる。
1228.9月23日(木) 馬淵大臣は「観光」大臣としての資質に欠けるのではないか。
お彼岸のお中日で、「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざ通り、暑苦しかった気候が今日は10℃以上も下がって一転雨が降り冷気を感じるほどになった。沖縄へ新婚旅行中の二男夫婦から、沖縄の特産ガラスで製作した一対のコップを送ってくれた。
さて、民主党政権は新経済成長戦略の重点政策のひとつとして「観光振興」を打ち出し、とりわけ中国人観光客の獲得へ強い意欲を示した。私自身その意を念頭に、先般脱稿した「そこが知りたい 観光・都市・環境」の中で中国人のインバウンド・ツーリズムに関してページを割いた。
ところが、その旗振り役である新任の馬淵澄夫・国土交通省大臣が、昨日から奈良市内で開催されたAPEC観光相会談で渦中の尖閣諸島問題の影響であろうが、中国代表の祝善忠・国家観光局副局長とまったく接触しようとしない。両者はともに目を合わせることなく、一言の言葉も交わさなかった。馬淵大臣は議長役を務めている、いわばホスト役である。ホストの役割はいうまでもなくゲスト全員がその場の雰囲気に馴染むよう心配りをするホスピタリティを求められる。集合記念写真の最前列中央で仲に女性を挟んだ形ではあるが、すぐ近くにいながら口もきかないほどの仏頂面であり、副局長の表情にも戸惑いが感じられた。前日にも馬淵大臣は祝副局長の表敬挨拶を拒んでいる。
馬淵大臣は、あまりにも頑ななで「人と人とのふれあいを通して相手の伝統・文化を知る」観光を促進させ、監督するトップとしてはあまりにも資質に欠けているのではないか。大臣としては完全なミスマッチであると思う。この人は他人の気持ちを理解することができない人なのではないか。
数年前耐震建築偽装問題がクローズアップされた際、当時野党にいたが建築に詳しい大臣は、国会で鋭い質問を投げて、一躍時の人となった。「構想日本」のセミナーでも理路整然とロジカルに解説し説明して、中々の切れ者と思った。だが、相手の気持を斟酌する思いやりがない。これでは観光の真髄が分る筈がない。こういうミスキャストを冒すようでは、国家にとっても大きな損失となろう。日中関係がギクシャクしている時であるからこそ、観光部門は一層手を携えて協調するという気持がどうして出せないのか。
案の定、昨夕の大臣主催の晩餐会には副局長は、急遽出席をキャンセルした。これでまた、修復が一層難しくなった。こじれた問題の本質と発火点は、間違いなく尖閣諸島の領土問題である。だが、昨日の儀礼を欠いた大臣の対応は、別の問題である。そんなことも分らず、政権の重大施策「観光振興」をまったく配慮しないやり方はあまりにも常軌を逸している。これでは、日本が目標にしているインバウンドツアーの底上げと中国人旅行市場の活性化はしばらく時間がかかるのではないだろうか。
それにしてもお粗末な大臣である。採用されるかどうかは分らないが、午後朝日新聞「声」へ宛てて率直な心情を600字内にまとめ投稿した。
1229.9月24日(金) 中国人船長釈放、指揮権発動はなかったか?
国連総会へ出席した日中両首脳は総会演説後に会談するのを恒例としていたが、現在の日中間の現状を髣髴させるように今年は行われなかった。一方で、自民党政権時代に比べてスムーズではないとされている日米の首脳会談は、菅首相とオバマ大統領の間で行われ、同時に外相会談も前原外相とクリントン国務長官との間で行われた。
外相会談では尖閣諸島周辺は日米安保条約の対象であることを確認し、前原外相は同海域が日本の領土であるとのアメリカ側の暗黙の了解を得られたとすっかり気を良くしている。
ところが、日本がこれまで拠り所としてきた「尖閣諸島にわが国の領土であり、漁船侵入事件はあくまで日本の法律に則って粛々と進める」との政府見解を覆すような事態が起こった。今日になって沖縄地検は、拘留中の中国人船長を身分保留のまま釈放すると発表した。日本の国内法に則って処分を決めるとの前言を翻したのである。この判断では、下手をすると尖閣諸島は中国領であると受け取られかねない。案の定中国のテレビでは、尖閣諸島が日本領土ではないと日本が認めたとも報道されている。
おかしいのは、沖縄地裁の次席検事が記者会見して、これ以上拘留し事態を悪化させるのは国民への影響上良くないとか、今後の日中関係を考えると船長の身柄を拘留して捜査を継続するのは相当ではないとか、検察が政治的、外交的なコメントを述べたことである。まったく異例であり、その発言は三権分立の精神に抵触するのではないかとの懸念もある。その裏には検察と政府の間で裏取引があったのではないかと邪推もされる。早速柳田法相は、あくまで検察の判断であり指揮権を発動したことはないと噂を否定した。それなら検察は法に基づいて判断を下すだけで済ませ、余計なコメントを述べる必要がないのに、守備範囲を逸脱する外交、政治状況について主観的な考えを述べて、混乱を引き起こす原因を作った。
今後国内で議論を呼ぶだろう。すでに、名うてのタカ派である石原慎太郎・東京都知事が、釈放は間違った判断であると強く非難した。
数日前表沙汰になった大阪地検・主任検事の押収証拠品の改ざん事件といい、今日の判断といい、検察組織全体に検察の仕事に対する真剣さが足りず、思い上がった考えがあるのではないだろうか。
確かに中国による容赦のない仕打ちは強烈である。後から後から日本を苦しめようとボディ攻撃を仕掛けてくる。今日新たに明らかになった内外の事件は、中国河北省で日本人4人が軍事管理区域内に侵入したとして身柄を拘束された。天津では29日に予定していたイオン・ショッピングセンターの開業式典を延期することになった。日本にとってレアアースの最大の輸入国だった中国は日本へ向けた輸出を禁止したようだ。国内では明日から東京ビッグサイトで始まる「世界旅行博2010」に、中国は突如出展を断ってきた。よくもこれだけ立て続けに隣国へ陰湿な嫌がらせができるものだと思う。
一連の中国式嫌がらせに日本が屈服したとのイメージだけは持ってほしくないものである。
それに引き換え明るいニュースとして、大リーグのシアトル・マリナーズのイチロー選手が、今日前人未到の10年連続200本安打を記録した。日本国内のプロ野球記録ならまだしも、長い歴史を誇る本場の大リーグで誰も成し遂げられなかった快記録を達成したのである。多少もやもやが吹き飛び、すっきりした。
日中間の険悪な対立を、イチロー選手のクリーンヒットが吹き飛ばしてくれたわけである。イチローさまさまである。
1230.9月25日(土) 日本の政治家は外交問題を解決できない。
昨日沖縄地検が下した中国人船長の釈放について、懸念していたように各界から批判的な意見が浴びせられている。海外のメディアでも日本の弱腰を指摘する意見が多い。アメリカでは「他のアジア諸国とも同様の係争を続ける中国をつけあがらせる危険性を高めた」とし、韓国では「日本の降伏宣言で幕を下ろした」「中国・無差別報復、日本事実上の白旗」と手厳しい。日本と同じように中国と領土問題を抱えているベトナム、フィリッピン、マレーシアなどでも同情する声もある反面、首を傾げる声があがっている。中国では外交の勝利と喜び、あまつさえ日本に対して謝罪と賠償を要求すると相も変わらず鼻息が荒い。わが国では船長の釈放について学者や専門家が疑問視する一方で、野党からはともかく民主党内はひっそりして賛否の意見が表に出てこない。みんな世論が怖くて自らの意見を言うこともできないのだ。なんてだらしない国会議員だ。結局民主党議員には、内輪もめになると声高な意見が発せられる反面、不得手な外交問題になるとしぼんで何ひとつ持論が出てこないのはどういうわけだろうか。
今の政治家の動きを見ていても勉強をして、実地検分をして自分の意見や信念をしっかり固めている腰の座った政治家らしい政治家は極めて少ない。こういう人たちにわれわれの将来を託して本当に大丈夫なのかと心配でならない。
国連総会における傲慢な温家宝首相のスピーチや日本に対して見くびったような態度を始めとして、尊大な中国の嫌がらせと、日本側の関係者の稚拙な対応は、見ているだけで不愉快になり不満が募ってくる。
しかし、われわれ国民はどうすることもできない。癪に障るが政治家を頼りにできないのだから、しばらく放っておくより仕様がない。だが、今回の一連の経緯を見ていて、中国の大国意識と中国人の「われすべて正しい」式の傲岸不遜なパフォーマンスには、改めて中国人の人間性と品位に疑問を抱いた。
さて、近年のNHK朝ドラの中で比較的評判の良い放映中の「ゲゲゲの女房」が、今日で終った。大体観ていたが、最近の同種のドラマの中では愉しく観ることができた。昨日漫画家水木しげると原作者である妻布枝さんがNHKスタジオパークへ出演されて個性的なトークを繰り返していたが、最後にアナウンサーが水木しげるに対して、現代の若者に伝える言葉を伺ったところ「とにかく若者は働くことだ。文句を言わずに働くことが重要だ」との発言にはつい喝采した。短い言葉の中にエッセンスが詰まっている。やはり戦地で苦労されてきた体験から生まれた自然の言葉である。今の若者に理屈っぽい点があることを見抜いた至言だと思う。まさに同感である。
1231.9月26日(日) 国際ペン東京大会開会
23日から国際ペン東京大会が始まっている。今日は京王プラザホテルで催される歓迎会に出かけた。まあほぼ30年ぶりの日本における開催なので当時開催に関わった人はもう少ないと思う。亡父もペン会員だったので、前回の井上靖会長時代にばたばたしていたことを思い出す。
会場には20分前に到着したが、ホールには6時以降入ることができるとのことだったので、西木正明さんに挨拶して待っていたら、須藤甚一郎さんと大原雄さんに会った。僭越だが須藤さんと少し要領と手順が悪いのではないかと話し合っていた。結局ボールルームに入ったのは、定刻より30分も過ぎて6時30分になっていた。それから会場内で待っていたが、それとなく様子を見ているとどうもスムーズではないということが見て取れる。東京大会はかつて世界蘭大会でお世話になった日本コンベンションサービス社に丸抱えで卸されているが、手馴れたはずの担当者が一所懸命今日に備えて準備を進めてきたことをとやかくは言えない。心配していたら、7時になってやっと進行係のスピーチを機にパーティが始まった。
冒頭の挨拶は国際ペンクラブのジョン・ラルストン・サウル会長でお世辞もあるが、これだけのパーティと参会者の多さを評価してくれた。その数ざっと1000人だろう。その後に阿刀田高・日本ペンクラブ会長の挨拶、謡とお囃子があって、堀武昭・国際担当常務理事の乾杯が続いた。堀さんは慶応の1年後輩であるが、長らく国際関係に従事していたので、外国のペンクラブに知己が多い。小中陽太郎さんの話では、堀さんは国際ペンの事務局長を目指しているようだが、反対派も多いようで中々茨の道のようだ。
出だしは今ひとつぱっとしない感じだったが、会場の雰囲気も和んできて日本人同士、また外国人との交流をあちこちで楽しんでいる姿も見られて会場内がひとつの和になってきたようだ。
阿刀田会長、吉澤事務局長、柏木隆雄さんにも挨拶したが、柏木さんが伊能忠敬の遠縁だとは初耳である。
私もカメラを手に知人に会っては写真を撮っていた。時間が経過するにつれ皆さん結構楽しんでいる様子だったので、これで良いのかなと思った。ただし舞台で折角謡をやるなら、立派な屏風も準備したことでもあり、和服姿の日本女性による日本舞踊を見せてもらえればなお良かったように感じた。
個人的にも小中さんが紹介してくれたポーランドの女性、ジュワフスカ・梅田・アグニェシカさんとフランスのエスペラント会の女性、マリー・フランス・コンド・レイさんと交流することができた。ジュワフスカさんはワルシャワ大学日本語科助教授で日本語もお上手である。連帯のワレサ議長について尋ねたら、彼は3度も来日して今では表舞台からは退いたが、元気に活動しているとの話だった。
国際ペンの行事に初めて参加することができたが、大体雰囲気が分ってきた。これからも機会があればこの種のコンベンションに参加してみたいと思う。
1232.9月27日(月) 横綱白鵬、4場所連続全勝優勝
昨日大相撲秋場所が千秋楽を迎えた。すでに前日優勝を決めていた横綱白鵬が全勝優勝成るか、そして62連勝成るかと注目されていたが、大関日馬富士を組み止めて一気呵成に寄り切った。これで4場所連続全勝優勝を成し遂げたことになる。先場所は野球賭博問題のゴタゴタで、実況中継放送はされず、優勝しても天皇賜杯も授与されず、優勝した白鵬が涙ながらに悔しがっていた姿が同情を呼んだ。今場所は賜杯を授与され、菅首相からも総理大臣杯を授与され、流石に感慨無量の表情だった。まさに相撲界のために孤軍奮闘している様子だった。
しかし、白鵬の圧倒的な強さもさることながら、些か他の力士が弱すぎるような気がする。特に、横綱を倒す最大のライバルであるべき、大関陣の不甲斐なさはあまりにも情けない。4人の大関は目標が優勝でないようなニュアンスすら感じる。琴欧州10勝、杷瑠都9勝、日馬富士と魁皇は8勝で優勝争いどころか、勝ち越すのがやっとというていたらくである。特に、魁皇のごときは13度目のかど番を何とか勝ち越して、辛うじて大関の地位を守っている不甲斐なさである。
これで白鵬にとって今後最大の目標である双葉山の連勝記録「69」が、益々現実味を帯びてきた。次の九州場所7日目に69連勝となり、8日目の勝ち越しが連勝新記録となる。
条件面だけ比べれば、双葉山時代は1年がたったの2場所だった。その意味では現在の6場所制下の相撲と単純に比較はできないと思う。双葉山は現在の3倍も長い期間にわたって好調を維持していたわけである。
もうひとつ寂しいのは、外国人力士の活躍に反して、日本人力士の元気のなさ、地盤沈下である。今や、横綱と大関を合わせた5力士の中で、日本人力士は勝ち越すのがやっとの大関魁皇ひとりだけになってしまった。この最大の原因は、ハングリー精神の違いだと思う。日本人で少年時代から将来相撲取りになろうと考えている子はあまり見当たらない。封建的な秩序と指導の下に長い期間苦しい稽古に耐えられる子どもはそう多くはない。裸でお尻を見せるのも現代っ子には受けなくなった。数多くあるスポーツの中で相撲部屋へ入門しようとする子の絶対数が減り、それに引き換え身体が大きく、力を発揮でき、我慢すれば将来の生活も安定したものが得られると考え、立ち遅れた旧社会主義国から若者が国技である相撲界へ続々入門するようになった。
恐らくこの傾向に当分の間大きな変化はないだろう。身体の小さい日本人が、身体を使って闘う勝負はいくら伝統的なものであっても、段々部が悪くなってきた。はたしてこのままの状態で大丈夫だろうか。
相撲以上に礼儀を重視していた柔道でも、礼を欠く選手が目立ってきた。勝負にあまりにも拘るようになったことと、柔道の歴史が浅い外国では柔道の精神と作法を教える指導者がいないからである。先般行われた世界柔道選手権大会の無差別級決勝で、日本の上川大樹選手に判定負けした、90キロ級優勝のフランスのリネール選手はその判定に納得せず、試合後も荒れ放題で礼をせず、側にあった道具を蹴飛ばして審判員に食ってかかり、それを誰も制止しなかった。
礼儀を知らず、作法も知らないお行儀の悪い選手や関係者が増えたものである。
柔道も相撲も外国人が入ったことにより、少しずつ状況が変わった。当事者は今後の発展を考えるなら一度原点に還って、問題点をよく検討してみることも必要ではないかと思う。
1233.9月28日(火) 北朝鮮の後継者に金正日総書記の3男
昨日と今日の2日間太宰治の「斜陽」を読んだ。昨年は太宰の生誕100年に当たり各種の催しが太宰の出身地・津軽金木町を中心に各地で開かれたが、恥ずかしながら「人間失格」以外太宰作品はまったく読んでいなかった。解説に文芸評論家だった奥野健男氏が、「ヴィヨンの妻」を勧めていたので、午後自由が丘へ行った序でに書店で新潮文庫の「グッド・バイ」と「ヴィヨンの妻」を買い求めた。自殺未遂を2回、その後に心中をやってのけたハチャメチャな人生を送った太宰だけにすべてが型破りで、われわれには考えられないストーリーを書き上げる太宰作品は、筆遣いはやわらかいが強烈なパンチを効かせる。
ほかに日経が出した「梅棹忠夫 語る」と久しぶりに「ラグビーマガジン」11月号も購入した。前者は、先日読んだ「山をたのしむ」(山と渓谷社)と同じように梅棹先生に小山修三氏が聞き手となって、広い分野で功績を残された梅棹先生と四方山話をしながら梅棹哲学の片鱗と梅棹語録を聞き出そうというものだ。後者は高校ラグビー部の後輩、栗原大介くんが始まったばかりの関東大学対抗ラグビー戦で慶大ラグビー部の期待の星としてグラビア付きで取り上げられているので、期待を込めて買い求めたものである。
さて、わけの分からない隣国・北朝鮮で今日44年ぶりに北朝鮮労働党代表者会と党中央委員会総会が開かれ、噂通り金正日総書記の3男キム・ジョンウンが朝鮮人民軍の「大将」、そして中央軍事委員会副委員長として正式にお披露目された。先に人民軍の肩書きで紹介されたところが一風変わっている。「先軍政治」として北で一番力を持っている軍部をバックに国際社会に名乗り出たというところであろう。これでジョンウンの地位を公式に発表、周知させたので、今後は彼の支援態勢を固めたうえで、着々と禅譲の方向へ動いていくのだろう。
しかし、それにしてもこの人事には相変わらずカリスマ的な秘密性が漂っている。金正日総書記の3男であること以外は年齢や現在に至るまでの昇進過程もはっきり公表されず、突然のように国家のリーダー・グループの一翼を担うポジションに就くことになった。30歳にもならない経験もあまりないような若者が、あの複雑な国家体制、しかも経済破綻の国で一足飛びに最高権力者に近い地位に祭り上げられて、果たして指導者としてやっていけるのだろうか。社会主義国家としてはあってはならないことだが、北朝鮮はこれで金日成以来3代連続して世襲後継者が国の舵取りを任せられることになる。
この国はどこまでこういう不透明な国家体制を続けていくのだろうか。国際的に多事多難な中にあって、あまりにも経験のない若者が権力を握ったときには、「裸の王様」となって悲哀を舐めるのは国民である。金王朝は内外の危機に直面して表面的には一見きしみが見られないようだが、いずれ王朝が倒壊する危険を抱えているように思う。
1234.9月29日(水) 堀武昭さん国際ペンクラブ専務理事・事務局長に
朝日朝刊を見て日本ペンクラブ常務理事の堀武昭さんが、昨日国際ペン東京大会代表者会議で国際ペンクラブ専務理事・事務局長に選出されことを知った。欧米人以外で選ばれたのは初めてだという。3日前に国際ペン東京大会歓迎式の帰りに、小中陽太郎さんから役員選出についての裏話を聞いたばかりである。それにしても一大慶事であり良かった。専務理事は会長に次ぐ役職で3年間の任期であり、明日正式に就任する。ちょうど明日開かれるフェアウェル・パーティには出席する予定なので、直接彼にお祝いの気持ちを伝えたい。
さて、海事センターで「そこが知りたい 観光・都市・環境」編集会議を行い2度目の校正を行った。他の執筆者の原稿について気がついた点や、アドバイスを伝えるのは難しい。こちらが良かれと思って、また間違いを率直に指摘しても相手はそう素直に受け取らないケースがある。挙句には人それぞれの考えがあるからと言われたり、粗探しをされても困るというようなことを言われることもある。しかし、間違いは間違いであり、良い本を作るためには超えなくてはならない、虚虚実実の駆け引きであり、嫌なことではあるが、やはり伝えなければならない。その編集作業も軌道に乗って漸く終盤に入った。一応今月末までには出来上がる予定である。
それにしても共著というのは難しい。しばらく共著には関わりたくない。来年は単独で書き下ろしを書きたいものである。
このところ大阪地検主任検事の証拠品改ざん事件で、検察全般に対する世間の風当たりが強い。駒沢大学の公開講座で冤罪に関するビデオを見せてもらった。昨年の講座でも観たもので、浜松市内の幼児殺人事件の冤罪の経緯を克明に追ったものである。平成3年に起きた事件だが、犯人とされた男性は、10年近い刑期を終えて出所した。幼児を殺害した真犯人は母親で、その母親と交際していた男性が一時自白したが、実は母親に罪を着せられていた。ところが問題は判決が出る前に母親が罪を認め、その自白場面が録音されていたにも関わらず検察側はその事実証拠を提出せず、刑が確定し、男性が満期服役したことである。
母親が自白した証拠を検察が隠して、罪のない男性に罪を負わせたのである。理不尽極まりない。検察は無罪の人間を殺人犯に仕立て上げたことになる。新しい証拠が表れない限りは、再審できないというのも不条理である。明らかに冤罪であるが、権力に対抗して再審にまで持って行くのは並大抵のことではない。現実にこういう事態があったことを考えると恐怖をすら覚える。
今回の証拠品改ざん事件にしてもさもありなむと思わせられる。深く考えさせられる問題である。
1235.9月30日(木) 国際ペン東京大会閉幕
あれだけ暑かった夏も過ぎると急に涼しさ、肌寒さがやってくる。昨日もやや肌寒かったが、今日は全国的に雨模様で寒い。その中を国際ペン・東京大会フェアウェル・パーティに出席のため京王プラザホテルへ出かけた。
まずは、国際ペンクラブ専務理事・事務局長に選出された堀武昭さんにお祝いを述べ、先日撮ったスナップを差し上げた。他にも国際ペンのジョン・ラルストン・サウル会長や、阿刀田高日本ペン会長、フランスから来られたマリー・フランス・コンド・レイさん、堀さんの親しい外人夫婦、大原雄さんに差し上げたが、皆さんからは思いがけないプレゼントと言って心から喜んでいただいた。堀さんの親しい友人に至ってはえらい感激ぶりで、外国人特有のオーヴァージェスチャーでお礼を言われた。些細なことではあるが、ほんの小さな心配りが素直に受け入れてもらえるのは嬉しいものだ。
外国人参加者は誰もが今大会の運営をお世辞を取り混ぜて賞賛してくれる。阿刀田会長とお話した時、一番良かったことは大会の運営が成功したことより大きな事故がなかったことだと仰っていた。残念なことに、今回早稲田大学で行っていた演劇や、その他のパフォーマンスは観ることができなかったが、26日の歓迎パーティにしろ、今日のフェアウェル・パーティにしろ、かなり盛り上がっていた。今日は26日に比べればやや参会者は少なかったが、内容的には今日の方がずっと良かったと思う。
特に終盤になって、小学生を含め老若男女を繰り出した阿波踊りは、踊り手の身振り手振りもよくメリハリの利いた所作は外国人に大受けだった。私も一緒になって踊りまくった。参会者のほとんどが会場いっぱいに踊りまわるさまは、雰囲気も最高潮に盛り上がりアトホームで中々良かった。これで有終の美を飾り大会事務局は、海外の参加者から評価を高めたのではないだろうか。私にとっても印象に残る大会だった。
20日に中国河北省・石家荘で逮捕された「フジタ」社員4人のうち、今日3人が釈放された。なぜひとりだけ解放されないのか、不明である。中国では明日が建国記念日に当たり以後7日間は休日になるので、この間政治的な動きはない。推測によると日本人ひとりを人質にして、じっと日本の対応を見守っているらしい。北朝鮮同様に昨今の中国政府のやることはどうも陰険で理解に苦しむ。相変わらず強気で高圧的な中国は、日本側の船長釈放に合わせるように、軍事基地へ侵入したとの嫌疑で件の4人の身柄を拘束した。流石に国際的に中国の強硬姿勢に対する反発が強まってきたことと、日本国内の反中国の空気を懸念したのか、やっとレアルアースの対日輸出を認めるようになったり、4人の釈放を行うようになった。ただし、依然として腹の内を明かさない中国の真意は図りかねる。これから当分の間お互いに神経戦を繰り広げるのだろう。