
2010年7月
1144.7月1日(木) 日銀短観の景況感というのがよく分らない。
南アフリカから日本サッカーチームが今日夕方帰ってきた。好成績を挙げたので、歓呼の声に迎えられて全員ニコニコ顔である。空港における記者会見も明るいもので、4年後に向けた決意も述べられた。その中で岡田監督は引き続き監督を続けることについては否定的な応答だった。ただ、それはそれとして、昨日のインターネットを見ていると、チリー人が次期監督候補者として挙がり、サッカー協会原技術委員長もすっかり気に入っているようなコメントを述べていた。だが、まだ正式に岡田監督が辞めると決まったわけでもないのに、どうしてこう先走るのだろう。サッカー協会も、技術委員長も少し思慮と良識に欠けているのではないか。
こんな発言を聞いては岡田監督だって心中穏やかではあるまい。岡田監督は、まだ頭の中も整理されていないのではないか。辞めるかどうかは分らないが、まだ辞めると決めてもいない最中に冷水を浴びせられるように後任監督の名前が話題になるのは決して愉快なことではあるまい。
今後監督問題はどんな話になるのか分らないが、サッカー協会の幹部の間でもう少し思いやりのある対応ができなかったものだろうか。それが奮戦した監督に対するエチケットではないだろうか。せっかく日本中に勇気と活力を与える活躍をしたサッカーチームの監督に、感謝の気持ちを表すのではなく、邪魔者扱いをするようでは今後日本人で監督の引き受け手はいなくなるのではないかと心配である。
今日も昨日に引き続き日経平均株価が大きく下がった。前日に比べて191円も下がり、日経平均は9,191円となり、9,000円割れも目前となった。更に今日国税庁が発表した路線価は、対前年6%の下落率で2年連続して下落している。その中で東京は対前年11.3%で全国トップの下げ幅である。大都市圏が軒並み悪化している。
その一方で、今日日銀が発表した6月の企業短期経済観測調査(短観)では、景況感は5四半期連続で改善しプラス1となった。プラスに転じたのは、リーマン・ショック前の2008年6月以来2年ぶりだという。これがよく分らない。これだけ見れば、景気回復を辿っていることになるが、株価は毎日下がり続けている。このアンバランスをどう判断したら良いのだろうか。
1145.7月2日(金) 中国人旅行市場の活性化を期待する。
海事会館で共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」の編集会議を行い、初めて出版社から担当者が出席された。些細なことであるが、共著を作り上げるのはつくづく難しいと「知の現場」で思い知らされたが、今日も打ち合わせの中で難しさをしみじみ感じた。一冊の書を書き上げるのにそれぞれ思惑があり、スタイル、目次、内容等々で中々考えが一致しない。一応年長者に譲って持論を取り下げたが、今後はもう共著は書けないなと思った。
予定の原稿枚数はすでに書き上げたが、まだまだ内容的に見直して書き直す必要がある。この最中の昨日中国人の旅行制限が大きく緩和されることになり、今後大勢の中国人旅行者が日本を訪れるようになりそうだ。特に、個人旅行者に対してビザ発給条件が緩和されたので、訪日観光客が一気に増えそうである。詳しい事情は分らないが、中国人旅行者に対して日本の観光ビザを日本政府が以下のような条件をつけるというのが面白い。個人ビザは従来年収25万元(340万円)以上の富裕層を対象にしていたが、これを中間層の年収6万元(80万円)にまで拡大するという。これによって対象者は160万所帯から1600万所帯に拡がる。実は、今取り掛かっている共著では、外国人旅行、中国人市場についても頁を割いている。今や中国人なくして何事もできないという感じである。
外国人、中国人が日本を訪れて日本をよく知ってもらうことは大いに結構だと思う。その証拠に日本を訪れた中国人の日本に対する印象はかなり良いようだ。これまで中国の人たちはあまり日本の実情を知らずに、一方的な中国政府の意図的な情報や悪意を含んだ噂によって真実とは異なった実態を知らされていた傾向があった。あまり中国人の日本訪問がない時代には中国政府の反日宣伝で、簡単に反日行動に出る民衆が多くいた。彼らが一度訪れた日本を美しいとか綺麗だとか、日本人を親切だとか、優しいという言葉で判断するのは、本当に日本でそう感じたからだろう。その意味では、中国人にどんどん日本に来てもらって日本に対する認識を高めてもらいたいと思う。これからはもう少し中国国内における公平な日本観を中国人旅行市場の活性化によって高めてもらいたいと思う。
1146.7月3日(土) 菅首相、消費税発言の無責任
数日前菅首相が唐突に消費税の値上げを口に出したが、それに合せるように民主党内外から異論・反論が噴出して後始末に追われている状況である。どうも選挙前に不利な発言をするとあまり得策ではないように思えるが、そこには菅首相独特の深謀なる作戦があるらしい。つまり、最大野党の自民党がすでに消費税10%へ値上げを打ち出しているので、敢えて戦争を仕掛け、自民党と同罪、或いは相討ちを仕掛けたということのようだ。ところが、その後反対の空気が強く参院選に影響すると思ったのか、不意に消費税値上げとセットで低所得層には還付を行うと遊説先で切り出した。それが、行く先々で首相がしゃべる還付の対象者がばらばらなのだ。年収200万円以下の家庭と言ったかと思ったら、別の都市では250万円、300万円、350万円、400万円と勝手に話している有様である。
菅首相に伺いたい。あなたの消費税に関する持論を一度全部きちんとお話しなさいと。発言はしっかりした制度設計に基づいたものでないし、あまりにも単なる思いつきではないか。これでは、試算する方も大変である。還付の対象者のことを含めて首相の消費税に関する考えがよく分らない。首相周辺もよく分らないようだ。いつ何をしゃべるか分らないので、みんな右往左往して振り回されている。ついに昨日の朝日「天声人語」に、あまりにも首相は軽いと書かれていた。
急に消費税が話題になり出したが、いずれにしろ参院選後には民主党も公に消費税議論を始めなければならないだろう。最近メディアでも日本以外の国々の消費税に該当する税について紹介するようになった。先進国の中では日本の現在の消費税5%というのは、格別に低い。中国は17%、韓国ですら10%で還付なんて優遇制度はない。ヨーロッパ諸国に至ってはほとんど20%を超えている。重税感はもちろんあるだろうが、国民に充分説明して納得を得られていると思うのは、例えばスウェーデンの25%の高税率である。子どもの教育費が大学生まで無料であり、医療費もほとんどかからないので、国民は納得し現状にほぼ満足している点である。
それに比べてわが国では、求めることばかり多く、支払うことにはあまり前向きではない。菅首相の言い方は、低所得層には辛い逆進税の消費税を上げさせてくれれば、見返りに低所得層だけにお返ししましょうと言っている。だが、仮に年収400万円未満の世帯に軽減策を実施すると増税分がほとんどなくなると言われている。これでは話が元に戻ってしまうのではないか。こういうパフォーマンスを「大山鳴動鼠一匹出ず」というのか、「元の木阿弥」というのか、「時間の無駄」と言うのだろうか。
菅さん、もう少ししっかり腹を据えて取り組め!
1147.7月4日(日) 消費税値上げの腹の内は15%か。
昨日に続いて消費税論をひとつ。昨日の朝日新聞トップ記事は、「消費税 首相発信続く」と題して8段の大きな扱いである。それによれば、自民党の10%の消費税導入に対して、民主党が同じ10%をひとつの目安にするということから、参院選の争点つぶしが狙いだったと書かれている。ところが、基礎年金、老人医療、介護などの社会保障費に充てると考えられていた消費税値上げ分に、今問題となった「財政健全化」の改善を追加するとなると、消費税を10%上げたぐらいではとても足りないらしい。
菅内閣は先月閣議決定した「財政運営戦略」で、国債の元利払いを除いた単年度の支出を借金なしで賄う「プライマリーバランスの黒字化」を2020年度までに達成する目標を掲げた。このためには2012年度から消費税を毎年2%ずつ15%まで引き上げる必要があるという試算結果が出された。
やれやれである。世界では20%の消費税が通り相場となっている時に、日本では5%から10%に上げることに賛否両論があり、そのために政党同士で角突き合わせている状態である。ここへ来て漸く10%への値上げが議論されるようになり、参院選の焦点となった。それが、10%へ上げることに賛否があり、何とか反対論を説き伏せて実行するにしても、その背後に更に5%の上積みが検討されかねないとは、何とも肩の力が抜けてしまう。
それにしてもどうして背後にある5%を表に出して論争しないのだろうか。内閣府では元々10%ではダメだということが分っていたらしい。
どうも政治家と官僚には、隠蔽体質があるようだ。しかし、こんな騙しあいのようなことは、マス・メディアも嗅ぎ取っている筈だ。メディアも卑怯である。これだから、ジャーナリズムが寂れるわけである。
さて、今日大相撲による野球賭博の処分が下された。大関琴光喜と元関脇の貴闘力(大嶽親方)が解雇ということになった。ほかに11日から始まる名古屋場所の謹慎力士が19名である。武蔵川理事長の部屋から謹慎力士が出たということで、理事長も謹慎となり、理事長代行として近所の法務省宿舎に住んでおられた村山弘義・元東京高検検事長が務めることになった。これも、外部の有識者が望ましいとの文科省の指導によって急遽決まったものである。
初めて外部の人物が協会トップに座ることに対して、一部親方の間から力士の名もうろ覚えの外部の人間が場所中のすべての行事を取り仕切るのは無理だと冷ややかである。相撲界の人間だけですべて事を運びたいとの本心がミエミエである。こんな気持ちでは相撲協会の浄化作業は進まないし、このままなら再び同じ事態を惹起させるのは目に見えている。
相撲が消えるのは惜しいが、一度国の助成を止めてみてはどうか。世間知らずのお相撲さんがどれだけ世間に伍してやっていけるか、思い知った方が良いのではないか。
1148.7月5日(月) 「知の現場」電子書籍化の可能性高まる。
秋田英澪子・知研事務局長より連絡があり、「知の現場」の電子書籍化に関して取材した21人の先生方の電子書籍化諾否についての中間報告を受け取った。海外出張中の寺島実郎氏を除き、20人の先生から回答があり、ただひとり「NO」と返事があっただけで他の19人の方は「OK」と快く了解いただいたそうである。
「NO」の回答をいただいたのは、先月29日付本ブログで予想したように、やはり評伝作家の北康利氏だった。信念のようで一切電子書籍化の申し出は断っているようなので致し方ないが、私が取材した感触からするとそもそも断ることが予想されること自体、他の方とは異質な空気と垣根を感じた方だった。いずれにせよプライドが高く、あまり情緒的な方ではないので、私としては折角取材してまあ良い原稿が書けたと思っていただけに、北氏の取材記だけが電子書籍化ブックに掲載されないのは、不本意であり残念である。まあ、こういう人もいるということで納得するより仕方があるまい。
明日寺島氏が帰国するので回答を待ってから書籍化へ踏み出すようだが、東洋経済新報社としてもまだ5冊目だという。8月には実際に手に取ることができるようだ。どんな風に仕上がるのか楽しみに待ちたいと思う。
さて、今日名古屋場所の番付が発表されたが、ここに解雇、また謹慎の力士の名が載っている。これでは発表を一週間遅らせた意味があまりないのではないかと思う。尤もこの番付は5月末にはもう刷り上っていたようだから、こんなことなら敢えて遅らせて発表することもなかったのではないかと思う。
その名古屋場所を前にして、今晩NHKがスペシャル「大相撲は変われるのか」という特集を組み村山弘義・理事長代行、コラムニスト・天野祐吉氏、NHK記者に、名古屋から中継で武蔵川理事長が参加して討論が行われた。武蔵川理事長の話を聞いていると口では戦後最大の危機と捉えていると言いながら、相撲協会の懲りない体質、心から反省していない点、身贔屓、自浄能力の欠如、外部意見によって改革されたくない本心、言い訳等々が透けて見えた。
特に天野氏が協会理事会に外部の理事を加えるよう強く提言していた。今も村山氏を含めて外部理事は何人かいるが、あくまで外にいて協会理事会には出席していないようだ。これでは理事でいる意味がない。結局「名」だけで「実」は取れなかったようだ。それもこれも自分たちの相撲協会の世界を外部から指図されたくない、自分たちだけですべてを遂行したいという内向きの論理がありあり伺える。
これではダメだ。相撲協会もこのままではどうしようもない。こうなったらやはり思い切って解散して新しい組織として再スタートした方が良いと思う。
1149.7月6日(火) 梅棹忠夫先生ご逝去
今日はいくつかのニュースにショックを受けた。まず、民俗学者で文化勲章受賞者の梅棹忠夫先生が亡くなられた。享年90歳だった。梅棹先生は私も34年間に亘って関わっているNPO法人「知的生産の技術研究会」(知研)の特別顧問にもなっていただいている。知研創立40周年の今年お亡くなりになったのも深い縁を感じる。直接お会いしたことはないが、そのご活躍ぶりには随分影響を受けた。特にわれわれの会に名前をいただいた名著「知的生産の技術」は135万部も販売され、長い間ベストセラーとなって多くの読者から愛読されていた。もちろん私にとっても愛読書のひとつであるが、もうひとつ梅棹先生の名を高めた労作は「文明の生態史観」だろう。象牙の塔に篭っている学者ではなく、中学時代から山岳部で登山に熱中し、動物の生態学を専攻しフィールドワークを中心とする梅棹学を確立した。今年になって先生の近著「山をたのしむ」(山と渓谷社発行、2940円)を買い求めたが、まだ読んでいない。近い内に読んでみようと思う。
八木会長、久恒理事長は何度かお会いしている筈なので、私以上にショックを受けているのではないだろうか。先生のご冥福を心よりお祈りしたい。
次のショックは申し込んだ書籍が届けられなかったことである。先月早稲田大大隈記念タワーで開かれた「60年安保闘争50周年記念写真展」で懐かしい写真を見たのだが、その折安保記念書籍の申込用紙が置かれていたので、買い求めるべく翌日郵便為替で送金した。ところが2週間経っても何も送ってこない。どこへ連絡すべきか悩んだが、インターネットで調べると準備委員会のHPを発見したので早速メールで抗議がてら問い合わせた。これに対してウンともスンとも言ってこない。すでに3週間無しのつぶてである。さすがに堪りかねて改めて今日強く抗議した。1時間も経たない内にすぐお詫びのメールが届いた。さすがに驚いたようだが、ノー天気にも発送が予定より遅れたというだけだ。改めて私宛に正式に詫び状を送り、書籍もできるだけ早く送るとの内容だった。まったく無責任にもほどがある。こんな仲間と一緒にあの安保を闘っていたのかと思うとがっかりである。
もうひとつのショックは些か次元が低い。NHKは名古屋場所の相撲中継の中止を決定して、テレビ中継開始以来57年にして初めてテレビ放送なしの本場所となった。やはり世間の強い批判を意識したせいだろう。国民が注目する名古屋場所となったが、このていたらくで果たして相撲協会は再生の可能性を示してくれるだろうか。
これはショックとは違うが、今日多摩美術大の市民講座は最終回となり終了証をいただいてきた。今日の講師は詩人で写真家でもある吉増剛造氏で、6年間同大で教鞭をとられ、その後サンパウロ大学の客員教授も務められた。ブラジルの専門家であり、夫人が日系ブラジル人である。面白いと思ったのは、ブラジルの荒野に見られる「蟻塚」に興味を持たれて、その生態について研究されていることである。1996年NHKのBSで放映された「わが心の旅」のブラジル訪問時のDVDでも「蟻塚」へのアプローチを紹介してくれていた。詩人となるとやはり、凡人とは異なるご性格のようで中々ユニークな発想をされている。講義は物珍しい話を聞けて愉快だった。
1150.7月7日(水) 二男が結婚届を提出
二男の崇史が今日新潟市役所に婚姻届を提出して、高橋すみれさんと新家庭をスタートさせた。3年前新潟へ転勤して暢気に独身貴族を謳歌していたので、37歳という年齢を考えるとそろそろ身を固めて欲しいと思って四月に妻と新潟を訪れ、それとなく話をしたところだ。その後2度すみれさんに会ったが、田舎の娘さんらしく温和で地味な感じの良い娘さんなので、わがままな息子にはちょうど良いのではないかと思っている。結婚式は、東京と新潟の中間点・軽井沢の教会で9月に挙げる予定だ。お仲人を立てることもなく、家族とごく親しい友人数人程度で簡略に済ませるというので、われわれの時代とは随分変わったものになっていると思う。
わが家にとって二男の結婚は大きな行事のひとつであるが、心配するほどのこともなく、自分で似合いの伴侶を見つけてくれたのでほっとしている。9月に軽井沢で結婚式を挙げて家庭内の行事はすべて終わりで、親としては一応の役目を果たせたと考えている。
さて、JN協会編著「そこが知りたい 観光・都市・環境」について、先日の編集会議に出席できなかった同じ共著者の北村嵩さんと待ち合わせ、JR四谷駅前にある交通新聞社を訪れ邑口さんに会って、北村さんを紹介しながらいくつか問題点を話し合った。はっきり言ってまだ書籍のサイズが明確に決まっているわけではない。A5判にするのか、B6判にするのか、決定していない。目次に番号をつける問題も残っている。これからは邑口さんに編集者の立場から、踏み込んだ適切なアドバイスをいただけるようお願いした。北村さんは大学の授業を持っているので、中々執筆の時間が取れないようで、8月10日の締め切りまで間に合いそうもないようなことを言っていた。私は何回か推敲を重ねて今月末までに邑口さんへ原稿を送ることを約束した。
昨日NHKが大相撲名古屋場所の中継中止を決定したが、各方面で反響が出ているようだ。その中で千秋楽に優勝力士に授与される天皇賜杯と総理大臣杯その他諸々の賞を、相撲協会が辞退することを申し出だ。これだけ賭博が問題になって、優勝力士に対して天皇杯を授与することが良いのか疑問視されていた。珍しく日本相撲協会としては賢明な判断を下したと思うが、これも理事長が謹慎しているお陰かなと思う。
今朝警視庁による各相撲部屋への家宅捜索が入った。いよいよ野球賭博の本丸である、胴元へ切り込むための証拠固めであろうか。だが、相撲部屋を家宅捜索する前に本家本元の相撲協会を捜索すべきだと思う。どしどし進めてもらい原因を表沙汰にして賭博問題の解明を図ってもらいたいものである。
1151.7月8日(木) あの岸首相が安保条約の範囲拡大に抵抗したとは・・・。
今年5月政府は作成後30年経った文書を原則的に公開することとした。その第一弾として、昨日外務省は60年安保条約改定の交渉記録を主とする外交文書を公開した。
昨日公開された文書では、安保改定に当たり当時の岸信介首相は条約の適用範囲が、当初アメリカ政府が提示したのは「極東」ではなく、もっと広い「太平洋地域」だったことに強いショックを受けた。朝鮮半島や台湾で有事の場合に日本も戦争に巻き込まれる恐れがあると考え、何とか直接日本に影響が及ばない、より狭い地域をアメリカに提案したとされる。
何度か日米両国間でやりとりをした結果、漸くアメリカも日本の要望を受け入れ安保条約の適用範囲は「極東地域」と決められた。1959年の衆議院外交?委員会の質疑で、その極東の範囲に関する質疑が行われたことをまざまざと思い出す。質問者はその後横浜市長になった日本社会党・飛鳥田一雄氏で、答えたのは藤山愛一郎外務大臣だった。その時藤山外相はまだ極東の範囲について充分理解していなかったようで、答えがあやふやで飛鳥田氏の質問に翻弄され、掲示された大きな地図に示された極東の範囲がぐらぐら揺れていたことを思い出す。今から思えば、その時はまだ範囲が確定していなかったわけである。
それにしてもアメリカの要求にひれ伏していた岸首相が、国家の安全上条約の範囲について精一杯抵抗したことには、あの強情者の岸首相にも一かけらの良心があったのかと意外な気がした。この文書公開は初めてだそうだから、これからも新しい文書が公開されると意外な事実が明らかにされるのではないかと思う。
今東京・台場で開催されている「東京国際ブックフェア」は、電子書籍化元年を象徴して、関係者がどっと押し寄せているらしい。新しい端末機種が随分販売されていて、中国企業が大分日本市場を狙っているらしい。
その電子書籍化計画中の「知の現場」は、寺島実郎氏から書籍化承諾の連絡が入ったと連絡があった。これで取材した21人のうち、北康利氏の拒否を除く20人の方々から承諾いただいたことになり、8月の発行となる。自分の文章が電子書籍化され、多くの読者の目に書籍ではなく、端末で読んでもらうというのはこそばゆいような気にもなるが、楽しみでもある。後は出版社でやってもらえるので8月の発行を楽しみに待ちたいと思う。
1152.7月9日(金) 民主党やや苦戦か。
明後日参院選投票日を控え各党党首の遊説における演説も相当ヒートアップしてきた。今朝の朝日新聞の予想では、意外にも民主党がかなり苦戦すると見られている。鳩山辞任・菅首相就任直後は、落ち目だった民主党の支持率が40%台から一気に60%まで復活して、首相交代により稚拙な普天間基地移設問題の対応による民主離反を食い止めていた。非改選議員を含めて参議院の過半数は60議席以上であるが、それを凌駕する勢いだった。
ところが、菅首相の消費税値上げ発言以降、その発表手法を巡って叩かれっぱなしで首相の思惑とは裏腹に、全野党はもちろん連合を組んでいる国民新党でさえ菅政権攻撃を強めている。
民主は単独過半数のために60、国民新党と合わせた与党過半数のためには56議席が必要で、改選数の54議席が首相の責任追及のボーダーと見られていた。それが当選者数は49議席を境目に計算されるようになった。いずれにせよ限りなく40人台の可能性が強くなった。それに比べて、「みんなの党」の勢いがよい。自民党も久しぶりに元気を取り戻したようだ。自民党が勢いをつけてきた理由は、「1人区」で大敗した前回の徹を踏まない作戦が図星だったようである。
この流れの逆転現象を考えてみた。今日テレビ・ニュースで見てみると明らかに消費税作戦が失敗した。各党が菅首相の消費税発言を槍玉に挙げて攻撃している。以前に比べて新党が乱立気味のこの選挙では、公平に報道すると野党の出面が増える。その野党がそれぞれ民主党を攻撃する。同じ消費税値上げを打ち出した自民党も、自らは消費税値上げをしないような口ぶりで民主党の値上げを、マニフェスト違反だとか、自民の背中に乗っていると批判している。これで画面から流れてくる声としては、民主の消費税値上げ批判一辺倒となる。
このムードを考えると、いくら良かれと思っても国民の懐具合に痛く響く発言は、よほどTPOを計算しないと自らに降りかかってくる。菅首相も深謀のうえ、自民党の10%消費税値上げに便乗して、争点をつぶしてしまう作戦のはずだったが、他党の動きを読めなかったのは悔いが残るだろう。
さあ日曜日の選挙結果はどう出るだろうか。
1153.7月10日(土) 鎌倉市の事業仕分けを見学する。
民主党政権になってその手法が大きく脚光を浴び、評価されている「事業仕分け」を鎌倉市が行うと「事業仕分け」の生みの親である「構想日本」から案内をもらったので早速申し込み、今日鎌倉市役所へおっとり刀で駆けつけた。
作業は市役所内の3つの会場に分けられ、それぞれコーディネーター1人、仕分け人3人、市民仕分け人2人からなるチーム編成の下に事業説明者として市役所各事業担当課長、及び職員が出席して対応された。熱心なオブザーバーが各会場に集まり、資料に書き込みをしながら真剣にやりとりを聴いていた。ある程度予想していたスタイルで、事業の継続、中止、改善等の結論を出すものだった。主導的な役割を務める構想日本のスタッフは経験豊富で慣れているので、ツボを外さず追求していたが、市側は必ずしも的確な応答ができず、多くのオブザーバー監視の下に事業の継続を断念せざるを得ない結論に追い込まれることもあった。
事業仕分けの対象になった事業は全部で「30」あり、その中で学校教育、生活環境、健康福祉、地域安全が21事業もあり、一方で財政に関する仕分けは行われず、まさに財政問題を袖にするくらい豊かな市の財政事情を窺わせる。実際あるグループの仕分け人だった海東英和・前高島市長(滋賀県)が鎌倉市は高島市に比べ豊かという発言が何度か飛び出した。
3つの会場をそれぞれ訪れ「こども安全パトロール」「子ども会館の運営」「観光振興支援事業」「社団法人鎌倉市シルバー人材センター運営費補助金」の4つの仕分けを見学したが、押しなべて経費のムダ、事業のダブりについて質問が集中していた。4つ目の補助金の件では、説明者があまりにも不慣れで適切な説明ができず、補助金の打ち切りという結論になった。
特に関心を抱いていた観光課の観光振興支援事業については、仕分け人から鎌倉が武家社会・武家文化のはしりであることの認識が乏しいと追求され、伝統的なイベントである流鏑馬や薪能は良いが、俳句大会やビーチフェスタ、花火大会のような鎌倉の個性がそれほど発揮されないものへの補助金に疑問が呈された。また、これだけ国を挙げて外国人旅行客へのアッピールをしている時に、国際観光都市である鎌倉市がインバウンド市場に対して何の積極的な企画も支援事業も見られなかったのは、少々意外で疑問を感じた。
初めての見学だったが、真剣な仕分けは結構面白かった。各仕分けが30分という極めて限定された時間内に行われたのも、緊張感が維持継続された要因ではないか。
この「事業仕分け」は、経費節約を図り、ムダを削り、市民の目を通しているので効果的であり、国の事業でも自治体でも今後益々注目されるのではないだろうかと感じた。
1154.7月11日(日) 参議院選挙の結果は?
今日は戦後22回目の参議院議員選挙の投票日である。いつも通り妻と近くにある息子たちの母校・東深沢小学校へ出かけた。散歩がてら同じ深沢1丁目にある将棋の羽生名人宅前を通り、ぶらぶら歩いて行った。投票終了時間の夜8時を待ってNHKではすぐに出口調査の結果から早くも「当選確実」者を発表した。手際が良いというのか、システムが完備されたのか、最近の速報の出し方には驚くばかりだ。アフガニスタン大統領選挙のように、発表までに1ヶ月以上もかかったのではとても今の時代には合わない。
さて、夜9時半を回ったところで、改選数121議席のうち、残りは36になった。この時点で元プロ野球出身の石井浩郎(自民)、柔道の谷亮子(民主)が当選を決めている。この不透明で不景気の時代にあって難しい国政を担うのに、これまで政治家としての勉強も訓練もほとんど積んでこなかった人が、有名人だからとか、素人の純粋な視点だからと言って簡単に国会議員になれるのは釈然としないが、やはり有名人は強いとつくづく思う。まもなく全当選者が決定すると思うが、マス・メディアが予想した通り民主党は過半数を獲得できそうもない。菅首相就任直後に跳ね上がった民主党の人気回復も、その後の消費税値上げの発表の唐突さと稚拙な説明のために、各党の集中砲火を浴びて人気は急落した。最終結果はまだ分らないが、早晩決まるだろう。
ところで今回当選した議員は、参議院不要説、参議院議員数削減案についてどう思っているだろうか。共産党、社民党以外はほとんど議員定数削減を提案しているが、これまでのところその動きは一切ない。格好の良いことは威勢良く言うが、自分の身に降りかかるようになると、突然黙ってしまう。この後各党はこのマニフェストに盛った議員削減についてどういう行動をとるだろうか。
序に言えば、石井浩郎氏や谷亮子さんにも消費税問題や普天間基地移設問題についてご意見を伺いたいところである。
1155.7月12日(月) 民主党、参院選で惨敗
朝から昨日の参院選の結果を分析してテレビも新聞もてんてこ舞いである。特徴的なことは、民主党が大きく負けて改選議席を54から44 >議席にまで落とした一方で、下り坂だった自民党が38議席から51議席へ伸ばし、多少息を吹き返したことである。ほかには新しい政党「みんなの党」が、一気にゼロから10議席を獲得して非改選議員を含めて11議席となり、議会で議員の質問提案権を獲得し、参議院でキャスチングボートを握ったことである。
民主党の惨敗の象徴的な現象は、1人区の8勝21敗である。3年前には23勝6敗だった。野党各党は民主党がこれだけ負けたので責任を取って首相は辞めるべきと主張している。菅首相は9月に代表選があるので、それまで自分を含め現体制のまま進めたいと言っている。今回落選した千葉景子法相も引き続き現職に留まる模様である。民主党の敗北により、参議院における民主単独過半数はもとより、国民新党が議席を失ったので、与党過半数も取れなかった。これでこれからの国会運営は一段と難しくなる。
昼間から夜へかけて各党代表者が選挙結果を踏まえて討論会を行ったが、いずれも民主党のマニフェスト違反を責めている。ところで、日本の政治に詳しいあるイギリスの大学教授に依れば、「マニフェスト」とは「構想」の意味であって、約束とか公約のように拘束された意味ではなく、変更することは充分考えられると言っている。一方、「みんなの党」の渡辺喜美代表は選挙前から「アジェンダ」「アジェンダ」と声高に叫び、この「アジェンダ」を「政策課題」と訳しているが、辞書を引けば「協議事項」とある。似たような意味ではあるが、かつて文部省の海外教員派遣団にお供した当時、アメリカの教育委員会の先生方はあまりそれまで聞いたことのなかった「マニフェスト」や「アジェンダ」という言葉を頻繁に使って分りやすく説明してくれた。その時の私の印象から言えば、教育現場でも分りやすい意味で使われ、それほど強制力を持って使われた難しい言葉のようには考えなかった。事情は違うが、どうして日本語で言えば分ることを外国語で分かりにくくしてしまうのだろうか。
今日の朝日夕刊が労働組合や業界団体の「集票力」は、軒並み激減していると分析している。比例候補の得票から割り出したものだ。日教組も落ち、全国建設業協会も落ち、気になっていた日本遺族会も落ちた。遺族会は自民党から出馬した水落敏栄さんが苦戦の末、2回目の当選を果たした。だが、水落さんの獲得票、13万2千票は、3年前の23万票からみるとかなりの落ち込みである。次回の参院選ではもっと苦戦することははっきりしている。水落さんとは何度も一緒に戦没者遺骨収集事業でマリアナ諸島を訪れた。堅実な仕事ぶりと指導力が買われて、6年前遺族会世襲議員として参議院議員に選出された。その間参議院文教委員長を務めたが、戦没者遺族の数が年々減っていくことと、遺族会の先細りを気にされていた。今現実にこのような集票のトレンドをみると、確かにあまり明るい展望が見えない。20年以上に亘って一緒に神聖な仕事をしたということに懐かしさを覚えるとともに、多少の寂しさを感じる。
いろいろなことを考えさせられた今回の参院選である。
つけたしのようであるが、今暁行われたサッカー・ワールドカップ決勝戦、オランダとスペインの試合は延長戦の末、1−0でスペインが初優勝を飾った。場外で話題になったのは、8試合の勝敗予想を見事に当てたドイツの水族館の蛸と、煩い音のブブゼラだった。これでやっと熱気と嬌声から解放される。
1156.7月13日(火) ゾルゲ事件のドキュメント
日本ペンクラブの例会で西木正明さんと話し合った。西木さんは日本ペンクラブ環境委員長を務めておられ、今日のミニ・スピーチで、絶滅奇種動物について話された岩崎さんを推薦した人でもある。
西木さんは早大探検部でキャプテンを務めたが、その時のバイス・キャプテンが高校ラグビー部の後輩であり、前鎌倉市長だった竹内謙さんである。初めて知ったことだが、謙さんの祖父・竹内キンタロウ氏はゾルゲ事件の尾崎秀実の弁護人だった。父上はロッキード事件の弁護人だった。西木さんは謙さんの祖父が弁護した詳しい事情や尾崎の人となりを間接的に知っている謙さんが、ゾルゲ事件に関する謙さんサイドのドキュメントを書くべきだと度々謙さんにアドバイスしていると言う。その点で同じゾルゲ事件に連座したブーケリッチ氏の子息である山崎洋さんを知っている私が、情報を提供することによって謙さんが知る尾崎秀実に重ねて書けるなら、好都合ではないかと考えが一致して近々謙さんにこの辺りの事情を話して、ゾルゲ事件について謙さんがドキュメントを書くようアドバイスすることになった。
幸い今日は山崎さんを知っている人に何人か会った。その中で「主婦の友社」の創立者の孫で社団法人出版文化国際交流会専務理事の石川晴彦氏は、世界各地で出版フェアを開いているという。最近もベオグラードでフェアを開き、山崎さんの奥さんに会ったが、当人には会えなかったと残念がっていた。
例会を終えてから小中さんや、小中さんを慕う人たち13人が有楽町のヤキトリやで景気づけして解散した。その後小中さんと須藤甚一郎さんと一緒に自由が丘でいっぱいやって遅く帰ってきた。
1157.7月14日(水) デモンストレーション講師として講演
講師登録をして、これまでにも何度か講師を務めたことがあるNPO「シニア大楽」の講師紹介センターが、地方自治体の生涯学習企画担当者に向けて講師を紹介し、その選出についてノウハウを教える講座が今日飯田橋で開かれた。
先日私もデモンストレーション講師を務めることを申し込んだ。希望者60人の中から私を含め15人が選抜された。企画は人気も上々のようで、各自治体から幅広く100人の申し込みがあり、会場の都合で70人に絞った。各企画担当者は終始熱心に講師の話に耳を傾けていた。
スピーチは8分以内という制約があったので、皆さんそれぞれ不完全燃焼の気持ちに捉われたのではないだろうか。私は「海外旅行の楽しみ方と世界遺産の味わい方」のテーマでパワーポイントを使って、割合普段通り話すことができた。生涯学習のテーマとしては、人気のある海外旅行を取り上げたので、受け入れられ易いという利点があったと思う。
最後に講演のまとめとしてNPO顧問で、桜美林大学名誉教授・瀬沼克彰先生が総括された。15人の講演者のうち、5点法で満点の人は3人と話されたが、終了後瀬沼先生に挨拶した時、有難いことに私は3人のひとりに入っていると随分お褒めの言葉をいただいた。生々しい体験談と、危機一髪のハップニングについてジェスチャー入りで話したことを評価していただいたようである。8分間スピーチの直後に、「これは面白い」という好意的な囁きが聞こえたことと、栃木市の担当者から挨拶いただいたことなどで感触は良いと思っていたが、まずまずの評価にとりあえずホッとした。これから講師の話をいただければありがたい。
瀬沼先生は、最後に中々興味深いことを話された。それはわが国では生涯学習について積極的に学習行動を起こす人は実際には少なく、ほとんど顕在的学習関心と潜在的学習関心に留まっているという。それは、わが国では学習暦社会として学習した実践体験を評価するシステムができていないからだと指摘された。日本では単位を得るとか、ライセンスを得るように形として残る学習体験でないと、仕事面で評価されない現状からまだ意欲的な学習志向者が少ないと述べられた。
それに、生涯学習に取り組む活動として、今後行政は人を減らし、場所の提供を減らし、企画、募集、運営の分野への関与は減るだろう。それを住民がボランティアとしてどれだけバックアップし、主体的に行動できるかが今後の生涯学習の課題と言われた。
1158.7月15日(木) 駒沢大学公開講座前期終了
駒沢大学マスコミ研究所公開講座前期が終了した。受講生の中に気の利いた幹事役の女性がいて、講師2名を交え、18名で大学近くのスナックで懇親会を行った。最後の第1時限授業は大泉克郎講師による「高度情報社会のメディア・リテラシー」と室井敏男講師による「報道されないスポーツ界の光と影」で、前者に関しては大平正芳首相について近くで取材して感じた印象を臨場感を交えて話された。大平首相の突然の死については、当時文部省教員海外派遣団の事前研修会を筑波で行っている最中だったので、よく記憶している。歴代首相の中でも人柄の良かった首相という印象が強いが、政局のつばぜり合いの最中に亡くなられた記憶が強く残っている。大泉講師は、その当時大平番で邸宅にもよくお邪魔していたという話だったが、やはりそばにいて人となりをじっくり見ている人は、よくご存知だなぁと思う。
後者の第2時限目室井講師は、スポーツ取材を長年務めていただけに、スポーツ全般に詳しいが、今日は前回に引き続き、話題の大相撲について話された。特に行司・式守伊之助の個性的なパフォーマンスが面白かった。
懇親会では出席された受講生と気楽に話をすることができたが、大学近所のスナックのママさんが大学の後輩とは思いもよらなかった。後から参加された大泉講師夫人も後輩で、幹事役の藤田さんも後輩、ほかにも後輩がいて、何人か集まるとこの種の集まりには必ず後輩がいる。先輩として少しは敬意を払われるような存在になりたいものである。帰宅したら12時近くになっていた。
1159.7月16日(金) 消費税を真剣に議論せよ!
参院選における民主党の大敗を巡って、民主党内では責任論が持ち上がっている。執行部の責任を問う声も数多くあったが、枝野幹事長は菅首相と9月の代表選までは現体制を維持することを確認し合い、執行部がすぐに責任を取って役職を辞任するようなことはない。ところが、今日行われた参院選反省会では全国の県連会長から相当な批判が出た。候補者選定の方法を巡って小沢前幹事長と鋭く対立していた静岡県連会長が、大敗と静岡選挙区の選出方法の責任を取り、小沢氏の離党勧告を行った。選挙の余波を巡ってまだまだ党内抗争があるようだ。
これまで菅首相と民主党内の反省としては、消費税論議を首相が唐突に公表したことが大きな問題とされていた。事実そう主張した県連会長も多いようだ。それが、静岡県のケースは戦前から燻っていた定員2人の静岡選挙区に2人の候補者を立てた結果、ひとりは当選したが、当初の目標通り2人当選とは行かなかった。県連会長に言わせれば、これは強引に2人擁立を押し進めた前幹事長の犯した罪であるという。
消費税については、今度の選挙の結果だけで消費税値上げ提案が敗戦の原因と短絡的に公言するバカな国会議員が多い。それは手法上の問題であって、首相の公表前には消費税の値上げそれ自体には、財政上の問題からそろそろ国民に説明して真剣に議論を進めるべき時に来ているとの認識が高まっていた。それが今の状態では消費税問題に触れることすらタブーとしてしまった。
そんな消費税問題がまたお蔵入りしそうな時に、国際通貨基金(IMF)が一昨日日本に対する今年度の年次審査報告書を発表した。外から言われてしまったのである
「消費税の控え目な引き上げを手始めに、財政再建を11年度から始めるべきだ」と提言されてしまったのである。現在の5%の消費税を11年度から10年程度かけて段階的に15%まで引き上げるよう具体的なロードマップまで提案されてしまった。ギリシャ財政危機がいくら深刻とは言え、一国の財政政策にここまで踏み込んで提案するようなことはまったく異例だと思う。日本のメンツも丸つぶれではないか。しかし、今の民主党の腰砕けとも言える及び腰では、いつになったら消費税問題をはっきりさせてくれるのだろう。
1160.7月17日(土) 目玉の「国家戦略局」構想が頓挫
数日前から各地を襲った豪雨により、多数の犠牲者が出た。7月にこれだけ局地的な降雨は珍しいと思う。岐阜県の可児市内を流れる可児川の洪水には、河川敷に駐車していた運送会社のトラックが十数台も流されるハップニングがあった。新築家屋が流されたり、お年寄り夫婦が押しつぶされた自宅の下敷きになって亡くなったり、自然現象とは言えあまりにも気の毒でならない。
さて、昨年の民主党政権発足とともに大風呂敷を掲げ、政権の目玉となるはずだった「国家戦略局」構想がずるずると後退して、ついに局への格上げを断念して「国家戦略室」のまま、菅首相への単なる助言機関に留まることになった。
「大山鳴動して鼠一匹出ず」の類である。司令塔役、総合調整役と見られ、各省が個別に提出する予算要求を全体的に調整する機能を持つと見られていた。国民からも大きな期待を寄せられていた。それは、各省の官僚にとっては耐え難いところだったであろう。この点でも政治主導的役割を果たすと期待されていた。だが、民主党政権はあっさりその考えを捨てた。
これで民主党政権の目玉のひとつは雲散霧消した。抜け殻のような組織自体は残るが、設立の動機と理念は失われ形骸化しただけであり、まったく存在する意味を持たない。これで、今後政権が後退を繰り返すのでなければ良いがと思う。
菅首相が首相就任以来、小沢一郎前幹事長と一度も会っていない不自然さの中に、民主党内部の複雑な人間関係と陰湿な権力構造を感じる。このままでは、昨年の政権交代の意味も成果もまったく期待できなくなりそうだ。
いつも裏切られるのは、政治家に給料を出し、仕事を与えているわれわれ国民だ。
1161.7月18日(日) 恥知らずな鳩山由起夫・前首相
6月に総理大臣の座を降りた鳩山由起夫は、その直後に総理大臣を務めた権力者が国会議員として政界に留まり、影響力を与えるのは好ましくないので、次回の総選挙には立候補せずに政界を引退すると述べたのは納得できたし、ある面で潔かった。
それが突然のように、昨日になって再考すると言い出した。選挙区の後援者の声として代弁させているが、まず本人の意向であることは間違いないだろう。こういうのは「朝令暮改」というより、「ウソ八百」とか「裏切り王子」というのではないか。
鳩山氏の節操のなさは、できないことをできると言い、発言がおかしいと指摘されると、そう受け取られたのは遺憾であり、本意はこうだと居直ることである。同時に発言があっちへ行ったり、こっちへ来たりでまるで言葉に一貫性がなく立場がぶれることである。その挙句にカネを誤魔化し、毎月母親から1800万円ものお小遣いをもらっていながら脱税行為を行っていた。政治家としての置き土産である普天間基地移設問題未解決は、そのやり方において最も稚拙な方法であり、天下に大恥を晒した。
こういう幼稚で世間知らずの政治家を、国家のトップに戴いていたのは、あまりにも国民にとって不幸だった。次の総選挙で静かに舞台を去るということから、敢えて幼い思考回路を糾弾するつもりもなかったが、開き直って復活するとなると冗談じゃないと言いたい。
こういう恥知らずな人間を国会に再び送るという愚は、いくら後援者の声とは言え、断固止めさせるべきである。
首相を辞してからすっぱり議員職を辞めた小泉純一郎元首相の行動を少しは見習ってはどうか。尤もその前にマザコンのお坊ちゃまとしては、母親に相談する必要があるのかもしれないが・・・・。
折りも折り今日は「ネルソン・マンデラの日」と呼ばれている。アパルトヘイトに抵抗して撤廃させたネルソン・マンデラ前南アフリカ大統領の92回目の誕生日である。28年間の獄中生活に耐え、ついに黒人の自由を勝ち取り、ノーベル平和賞も授与された。この精神的に屈強の抵抗主義者に比べると、何とも鳩山前首相のか弱さにはがっかりである。
1162.7月19日(月) 元死刑囚に超法規的手続きが取られるか。
1987年に起きた大韓航空機爆破事件犯人の金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚が明日来日すると発表された。北朝鮮による拉致事件被害者家族、特に北朝鮮で接触があったという横田めぐみさんの両親に、めぐみさんの様子を直接伝えて励ますことが目的だそうである。以前から日本政府は韓国政府に対して事件解決策のひとつとして、日本人拉致の事情を知るキム・ヒョンヒを日本に招き、知っている真実を話す機会を与えてくれるよう要望していた。だが、実際には北朝鮮に配慮する韓国が日本の要望を受け入れることはなかった。
しかし、ここへ来て微妙に状況が変わってきた。金大中大統領以降韓国と北朝鮮が太陽政策の下で表向き友好的な外交関係を樹立していたからである。ところが、現在の李明博大統領になって俄然対応が変わった。そこへ、先般勃発した北朝鮮による韓国哨戒艦沈没事件で、韓国は北朝鮮に対して攻勢に出た。しかしながら、韓国国民の北に対する憤懣やる方ない気持ちは、国連安保理でも積極的に取り入れられなかった。韓国にとってはやり場のない気持ちを、北朝鮮が嫌がることで鬱憤を晴らそうと考えたのではないか(これは私見)。それが、今回のキム・ヒョンヒ来日許可である。これで日本国内に北朝鮮の悪辣なやり口を暴露することによって北への憎悪の気持ちが燃え上がれば、願ったり叶ったりである。韓国と日本の思惑は果たしてどんな結果を生むだろうか。
日本サイドは割合冷静に受け止めているが、このキム・ヒョンヒと拉致家族が会うことを歓迎する空気は少なくないように思う。
しかし、昨日元入国管理局OBが、懲役1年以上の実刑判決を受けた外国人受刑囚に対して入国ビザを与えないのが出入国管理法であると語って、キム・ヒョンヒの来日について疑問符をつけた。法制度上はこのOBに一理ある。ダッカ事件に次いで超法規的手続きを取ることになるのだろうか。結果は明日判明する。
1163.7月20日(火) 金賢姫・元死刑囚が来日
今朝4時元北朝鮮工作員の金賢姫・元死刑囚を乗せた日本政府特別機が羽田空港に到着した。そのまま異例の厳重警戒の中を早朝の都内を駆け抜けて軽井沢へ向かい、驚いたことに鳩山前首相の別荘へ入った。
電光石火の早業で金賢姫が来日したことの背景には、昨日何となく感じた韓国の北朝鮮に対するイラついた気持ちのしっぺ返しがあるのではないかと推察していた。
ところが、今朝のテレビの報道番組を観ていると「コリア・レポート」の辺真一氏が、韓国政府は卑劣極まりない北朝鮮の拉致事件で北を非難し、さらに金賢姫を使って大韓航空機爆破事件を引き起こした北の責任を糾弾することによって、韓国哨戒艦沈没事件に対する北の責任を国際社会にアッピールして北を追い詰めようとの思惑があると話していた。他方で韓国国民の気持ちとしては、金賢姫が日本へ行くことについて釈然としない気持ちを抱いているのではないかという。金賢姫は大韓航空機事件115名の犠牲者の遺族に対してまだ一度も面会も謝罪もしていないので、訪日について韓国国民は必ずしも納得していないのではないかとも言っていた。
加えて日本国内にも出入国管理法に反するとの声とともに、大韓航空機爆破事件の際日本人の偽造旅券を使用した公文書偽造の疑いもあるとの指摘もある。中々問題は複雑である。
4日間の滞在中に拉致事件家族会の方々に会って、少しでも彼らの気持ちを慰め、被害者の生存への期待を持たせようとの意図が、少しでも叶えられれば結構である。
辺氏は事件解決のためには、日本と北朝鮮政府代表者が話し合いのテーブルについて、解決へ向けた具体的で実効性のある話し合いを行うことが先決であり、併せて日朝政府のトップ同士が会見することが重要であると語っていた。
北の頑固で悪質な姿勢はそう簡単に変わるとも思えない。北にはどこの国も手を焼いている。北朝鮮から一番頼りにされている中国は、北にばかり配慮しないで迷惑を蒙っている国々のことを考え、もう少し大人の対応ができないものだろうかと聞きたい。さもなければ金正日総書記の早い他界を希うより方法はないのではないか。
今日の朝日夕刊一面の「人脈記―毒に愛嬌あり」を呼んでゾッとした。1969年新年参賀の際、昭和天皇に向けてパチンコ玉を打った奥崎謙三が、その後彼を主人公としたドキュメンタリー映画を撮られていた時に、奥崎が「中隊長を殺そうと思う」と言い監督は震え上がったという。翌年12月に実際に中隊長の自宅を訪れ応対に出た長男を改造拳銃で発砲し逮捕された。
昭和天皇に戦争責任ありと思い込み、従軍したニューギニア戦線で無謀な処刑を命じた中隊長に対してもその責任を問い詰めるべく、追い回していたらしい。
似たような話はビルマ慰霊団や、中部太平洋戦没者遺骨収集事業の際にも聞いた。戦火の中で味方の上官を狙って弾を撃ったという元兵士からも話を聞いた。戦地で苦労された私の知っている方々はほとんど亡くなられたが、今でも時折戦争の話を聞くとやるせない気持ちに捉われる。
1164.7月21日(水) 毎日暑い! 暑い!
ここ数日雨の降らない地域では、猛暑となっている。雨が降れば洪水を引き起こし、各地に大きな被害をもたらしている。一方で、好天気のところでは多数の熱中症患者が出ている。館林市内の38.9℃を始め、北関東ではほとんど35℃前後である。 ロシアでは旱魃が心配され、南半球ではチリやボリビアで大寒波による死者が出ている。地球温暖化のせいとは一概には言えないだろうが、それにしても極端から極端に走る気象には油断がならない。明日の天気予報をみるとほとんどが最高気温30℃をオーバーしそうである。とにかく暑い。
EU内の隣国同士、ハンガリーと国境を接しているスロバキアの街・シュトロボに住むハンガリー系住民に対して、ハンガリーがハンガリー国籍を与えると勧誘して話題を提供している。陸続きの向う三軒のような地勢なので、両国の間でもお互いに異国という感じがしないのかも知れないが、法律的にはそれぞれひとつの独立国である。それにしてもハンガリーも自分たちの都合だけで、よく他所の国にチョッカイを出すものだ。
十数年ほど前、チェコで学校訪問を終えた後、スロバキアの首都ブラチスラバからシュトロボを経てドナウ川に沿ってブダペストまでやってきたことがある。その時は、ブダペストの夜景の美しさに陶然としたものだが、今ふっとシュトロボの街を思い出した。ドナウの女王と呼ばれるほど景観の美しいブダペストが、ブダ地区とペスト地区を総称してブダペストと呼ぶと聞いたのはその時が初めてだった。ヨーロッパの古都はどこも美しい。それは景色の美しさばかりでなく、都市計画の素晴らしさもあると思う。最近はBSテレビで都市めぐり番組を観ることが多い。訪れた都市を放映する時は懐かしい気持ちで楽しむが、訪れたことのない都市の場合は好奇心で観る。
昨日テレビで新しく建設された国会議員会館を紹介していた。総費用として約1,700億円が投資されたそうである。国会議員一人当たりに換算すると約2.5億円である。会館内部は議員個室が広くなり、それほど必要としない設備も作られ、贅沢三昧である。さらに今回当選した参議院議員は、登院1週間で1ヶ月分丸々の給料(230万円)がもらえるそうだ。これを一部にはおかしいという議員はいるが、国会議員大勢としてはその声は表に出てこない。自分たちのことには甘いばかりでなく、国民感情意に介さずの姿勢でぬくぬくとしている。こんな人たちに国を任せて果たして大丈夫だろうか。
1165.7月22日(木) 金賢姫への厚遇に疑問の声
金賢姫・元北朝鮮工作員が、拉致事件被害者家族と鳩山前首相の私邸である軽井沢の別荘でこっそり会っているのも話としては奇妙である。個人の住宅を舞台に国境を越えた国家的犯罪の関係者たちが秘かに会って、話し合いをするという点にミステリアスなシナリオと薄気味悪さを感じる。案の定今日発売の「週刊新潮」に場所を提供した鳩山前首相について、これによって次回衆議院選挙に立候補しないと言った前言を翻しても、国民に分ってもらえるだろうとの前首相の軽薄な思惑があると取り上げられているようだ。衆院選と別荘提供がどう結びつくのか分らないが、拉致事件関係者の面会は高級別荘らしい雰囲気の中で、関係者以外は近づけない厳戒体制の中で行われた。そして今日金賢姫は軽井沢から調布まで車でやって来てヘリコプターに乗り換え、江東区のヘリポートへ飛び都内のホテルで拉致家族に会った。
驚いたのは調布から江東区までのヘリ飛行中に相模湾上空から横浜上空を回ったらしい。今日は天気も良かったので、富士山を見てもらうとびっきりのサービスをしたのではないだろうか。
金賢姫に対するあまりの手厚い接待と厚遇に、一部批判の声が上がっている。谷垣自民党総裁もテロリストを国がらみで歓迎しているように受け取られるのは問題であると批判的である。
結局金賢姫から新しい実利的な情報を得ることはできなかった。家族会としては彼女から「被害者は必ず生きています」との激励に力づけられたと言っているが、状況が進展する様子は見えない。気の毒なのは犠牲になっている拉致被害者と家族である。
さて、今日の日経夕刊に東洋英和女学院大学・村上陽一郎学長が昨今流行気味の言葉の無意味な省略について批判的なエッセイを書いている。私の思う通りである。そもそもテレビの雑な話し言葉から徐々に乱れてきたと考えている。特に呆れたのは、言葉について責任ある立場のNHKが気安く下賎な省略語を使い出したことである。
例えば、民間テレビが地上デジタル放送のことを「地デジ」と言い出したが、それを真似てNHKも「地デジ」と言い出したことである。どうしてこんな乱れた略語を使用するのかと思っていたが、村上学長もそう感じたようだ。もうひとつ同意見なのは、「目線」という言葉である。以前からどうして「視線」ではダメなのかと不思議に思っていた。村上学長もそう書いていて、次のように分析している。「何となく、きちんと言えば、素人で、省略すると、業界に近い、玄人っぽい、その方面に通暁している、というような思いがあるのでは。如何にもそれはさもしい根性ではなかろうか」。まったくその通りである。その意味ではさもしいチャンピォンはNHKだろうか。
1166.7月23日(金) 金賢姫、疾風の如く去る。
金賢姫・元北朝鮮工作員が今日午後日本政府特別機で羽田空港から韓国へ帰って行った。僅か3泊4日の慌しい日程だった。鳩山別荘から一歩も外出せず、別荘に篭りきりの状態だったが、その衝撃的な存在感は日本中を席捲したような空気となって流れた。元々参院選とワールドカップは終わり話題が何もない時期を選んで、脚光を浴びるように仕組んだシナリオだったようだ。
それにしても金賢姫が114名を死亡させた大韓航空機爆破事件の実行犯であることはまぎれもない。そのひとりの女性に対するただならぬ警戒と厚遇は、北朝鮮拉致事件の残酷さを考えてもちょっと行き過ぎだったような印象を残した。
野党各党幹部もそれぞれ批判的なコメントを発表している。金賢姫に対する待遇は超VIP待遇と言って憚らない有様である。チャーター機に要した費用が約1千万円で、警戒のために動員された警察官が毎日百人という状態である。すべてことが内密の内に進められ、どんな話し合いが行われたのか情報が一切外に流れず、国費を投入した行為の経緯が分らず、そのやり方が疑問視されていた。彼女が帰国した後になって漸く政府が撮影したインタビュー映像が流されたが、すべてが異例づくめだった。
中井・国家公安委員長は、拉致家族へ勇気を与えることができたと自画自賛していたが、これから拉致問題解決への道筋をどうつけていくのか、肝心な点を実行できなければ高い経費だったということになる。
問題を風化させず、コツコツとでもよいから、きちんと解決への道しるべを示して欲しいものである。
さて、朝日OBで東京ライターズクラブを主宰している児玉進氏から、社会人ラグビー・トップリーグ11試合の写真、インタビューを含めて取材記事執筆の紹介があった。1試合は岩手県で、残りはすべて東京(多分秩父宮ラグビー場で)で取材ということである。いずれも国内最高レベルの試合で興味はあるが、11試合とは随分多くてすべて都合がつくかどうか分らない。児玉氏へもう少し取材の試合が少なければお引き受けできると連絡をとったところ、直ちに電話とメールで返事をもらい、クライアントと直接話し合ってみてはどうかと相手のコンタクト先を教えてもらった。どうなるか分らないが、我侭な希望をクライアントへメール送信した。私にとっては、レベルの高い試合の初めての取材になるので、取材できるとすれば楽しみでもある。楽しみに返事を待つことにしたい。
1167.7月24日(土) スイス氷河特急で脱線転覆事故
昨日ラグビーの取材の件でクライアントへメール送信したところ、すぐ返事が返って来た。トップ・リーグの試合を満遍なく取材するのではなく、トップ・イーストリーグ加盟12チームの中の栗田工業ラグビー部の公式戦を取材するということだった。取材、写真、インタビューをまとめて同社ラグビー部のホームページ用の資料を作成することのようだ。9月から12月までの土、日に行われる試合の観戦記事であるが、遠くは岩手県北上市から神奈川県内、都下、近いところでは秩父宮ラグビー場と広範囲にまたがっている。
担当者は早速私のHPからラグビー・キャリアを調べたうえで、ぜひにもと乗り気になっていただいているので、スケジュールを調整して何とか多くの試合を取材できるようご期待にお応えしたいと思っている。
今朝のニュースで氷河特急の脱線転覆事故により日本人観光客が1人亡くなったと知り驚いている。まだ事故の原因は定かではないが、ツェルマットからアンデルマットへ向かう途中だったようだ。偶々日本人グループが横転した同じ車両に乗り合わせたために、日本人死者、負傷者が大勢出たようだ。それにしても映像を観るとよくもこんなところで車両がひっくり返ったものだと唖然とする。最近の気象の寒暖差によりレールが異常を来たしたらしいとの情報がある。素晴らしい景色の連続であるアルプス山麓の景観の下で、悲惨な事故が起きたのは残念である。
幕張小学校のクラス会が千葉市内の同級生が経営する中華料理店で行われた。近年参加者も固定してきた。いつもながら元級長の高橋繁くんの面倒見の良さで、クラスはまとまっている。恩師の湯浅和先生が割合早く亡くなられたのが、残念だが、今も湯浅先生への想いは尽きない。椎名誠さんの実兄・研二くんは一昨年亡くなったが、誠さんも湯浅先生のことをよく覚えていた。今日も3月の花見に続いての集まりにも拘わらず、11名が集まった。話は他愛ないことばかりだが、子どものころの気持ちになって気楽に話合えるのがよい。
1168.7月25日(日) 神田川、日本橋川、隅田川の川巡りを楽しむ。
このところの炎暑で熱中症により亡くなる人が増えている。かつてはメディアの情報でも熱中症対策なんてあまりなかったと思う。それが微に入り細に入って、どうしたら熱中症を防げるかという話で、水分補給と併せて塩分を摂るようしきりにアドバイスしている。ただ水分を摂るだけでは、体内の塩分が薄まって不足するので必ず塩分補給も欠かさないことが必要だと、繰り返し説明している。こんなくどい塩分補給の話はこれまで聞いたことがないので、水分不足に加えて塩分欠乏で熱中症にかかる人がいかに多いかを表しているといえよう。
その暑い中を今朝早く、神田川の川巡りに出かけた。「江戸城再建を目指す会」の鈴木武朗さんから熱心なご案内をいただき、JR浅草橋駅傍の浅草見附から神田川を遡り御茶ノ水から水道橋へ出て、日本橋川、そして隅田川を佃島から墨田公園前を回って浅草見附まで約2時間の船の旅だった。30人近い鈴木ファンと、「神田川船の会」委員長林さんの名解説で、目から鱗の珍しい話に興奮した。
面白かったのは日本橋川に入ると、そこはまさに高速道路の屋根の下を滑るように走る。われわれの乗った船は屋形船だと考えていたが、そうではなく屋根がなく、今日のような快晴下では汗びっしょりだったが、幸い鈴木さんの事前の「傘持って来て」のアドバイスで、熱中症から逃れることができたが、高速道路の下は格好の屋根となり、吹いてくる風も心地よく快適だった。
皆さんは江戸の文化を守りぬくという一点では、かなりご熱心なので、日本橋の象徴をぶち壊しにした「サマにならない」高架には不平タラタラであるが、偶々今日はその日本橋の「白寿」ということから橋の上では地元の人たちが大掃除をしていたようだ。その橋上から手を振ってもらった。
日本橋川には数箇所江戸時代の石垣がそのまま残されている。林さんの説明を聞くと積石の中には、藩の名が彫られているものがある。島津藩の○に十の字の藩の刻印が目立った。江戸の歴史に思いを馳せながら静々と船は進む。
途中御茶ノ水の辺りが濁っていて臭い感じがしたが、数年前には漸く水が澄んできて鯉が泳ぐようになったのを駅のホームから目撃していたので、その汚れに意外な感じがした。ちょっと残念だなという気がしていたが、水道橋辺りにまで上がってくると徐々に水が綺麗になり、匂いもしなくなった。折角清浄に成りかけている川をもうこれ以上汚さないようにしてもらいたいものである。
それより川のギャングというか、船が走っている隣を後ろから追ってきた水上オートが、何台も何台も旋回しながらスポーツ感覚で追い抜いていく。若い彼らは楽しいだろうが、側にいる者にとっては危険極まりない。林さんによるとこういう水のカミナリ族は、近い内に新条例で追放されるということだった。どこにも傍若無人で、他人に迷惑をかける馬鹿者がいる。
陸へ上がってから隣の屋形船内で、てんぷらを中心にした美味しい食事をいただいた。サックスの演奏あり、自己紹介を兼ねてお話ありで中々楽しかった。元産経記者の佐々木嘉信さんから著書「刑事一代」をいただいた。私も一言挨拶がてら、「知の現場」の宣伝をして再び暑い中をいささか疲労を憶えながら帰ってきた。
1169.7月26日(月) ポル・ポト政権虐殺事件に判決
僅か4年のポル・ポト政権時代に約170万人の国民が虐殺された。すでにポル・ポト将軍は1998年に亡くなっているが、彼が残した負の遺産は大きい。
今日プノンペンで事件当時虐殺に関わった元収容所所長に対する裁判が開かれ、懲役35年の刑が下された。こんな一介の裁判で納得するほど国民の気持ちは穏やかではない。何せ国民の四分の一がひとつの政権、ひとりの独裁者によってこの世から抹殺されてしまったのである。ちょうどベトナム戦争が終末に近づいていたので、世界的な関心がこの事件に強く及ばなかったことも不幸だった。
なぜ自国の国民を国の最高責任者で、当時クメール・ルージュ(赤いクメール)書記長だったポル・ポト将軍が残虐にも殺したのか、今もなお謎に包まれている。
ポル・ポトは共産主義者ではあったが、彼は真の革命、そして平等な共産社会を作り上げるまでには相当な時間がかかると考えていた。そんなに待てないと考えた彼は、そのためには私有権を主張する家族制度を打破する必要があると信じきり、親を殺した。生まれたこどもは親と生き別れさせられ、家族の破壊を続けたということになっている。随分無茶な理屈であるが、共産主義が目指す財産の共有とか、私有財産の禁止が行過ぎると、独裁者の思うままになってしまう。スターリン、毛沢東、金正日らの半生に見るまでもなく、結局国民には私有財産を禁じ国民には我慢を強いていながら、自分だけは巨額の財産に囲まれ、思いのままに権力を行使していた。
ポル・ポト事件の真実は今もってあまり伝わっていない。これだけの人間をいとも容易く葬り去った罪状を暴き、検証することもそろそろ必要ではないだろうか。その過程で共産主義の本性も検証する必要がある。今の中国は共産主義を標榜しているが、果たしてカール・マルクスが初めて考え出した頃のセオリーに叶っているだろうか。かつて「物言えば唇寒し」のムードが中国全土に漂っていたが、今もそうではないだろうか。それは今も政府の言論封鎖や、国家統制という形で表れる。
今も世界のどこかで似たような事件は起きているかも知れない。その点では世界の良識、力にも限界を感じることがある。
しかし、戦争中とは言え、人間の神経が麻痺するとこうも狂気の沙汰を繰り返すようになってしまうのだろうか。あれから40年近く経つが、考えさせられる悲惨な事件である。
1170.7月27日(火) 堺利彦の孫・近藤千浪さんの死
6月11日、片山正彦さんの「ここに記者あり!」(岩波書店刊)出版記念会に出席した。その際入れ替わり立ち代り片山さんや、主人公?の「記者」村岡博人氏に縁深い人が挨拶されたが、その中に近藤千浪さんがおられた。
今日片山さんから出版記念会の時のスナップ写真を送っていただいたが、添えられた手紙に近藤さんがその直後にガンで亡くなられたと記されていた。片山さんと近藤さんの出版記念会前後に交わされたメールやりとりのコピーも添えてあった。近藤さんと村岡氏の写真も同封されていたが、一瞥してどういう意図かあまりよく分らなかったが、片山さんの手紙を読んで納得した。
寡聞にして知らなかったが、この近藤さんの祖父が社会主義者・堺利彦だったとは驚いた。「万朝報」の記者でもあった堺の著書は、学生時代に断片的にしか読まなかったが、社会主義運動同志の幸徳秋水、片山潜、山川均、荒畑寒村、河上肇らの著書は随分読み込んだので、堺が別の世界の人間のような気がしなかった。
ノンフィクション作家・鎌田慧氏のコラムによると近藤さんの母、つまり堺の娘の近藤真柄さんは市川房枝と日本婦人有権者同盟の運動をした人だという。父親の近藤憲二氏は、大杉栄と伊藤野枝の遺児を育てた人だった。そろって社会主義と博愛主義に貫かれていた家族である。今にして思うと近藤さんと少しでも話をしなかったのは惜しかった。享年68歳だった。
それにしてもわざわざ手紙に添えて写真まで送ってくれるとは、片山さんは親切な方である。おかげで久しぶりに今年百周年を迎えた大逆事件以降の明治・大正期の社会主義運動を思い出した。
今日午後記者会見で衆議院議員・辻元清美氏が社民党を離党したと発表した。いつもパフォーマンスが目立つ人だが、理由は釈然としない。小党での限界みたいなことを言っているが、それならもっと不利な立場の無所属になって、これからどうやって自己主張をやり国民の期待に応えようというのか。今回もパフォーマンスばかりが目立って、言わんとしていることがよく分らない。
敢えて弱い人たちのために闘うときれいごとを言っているが、かつて「ワーク・シェアリング」を悪用して議員秘書給与流用事件を犯して議員を辞職したような人に本当にできるのか? ある新聞には、「辻元氏民主党へ」と書かれていた。民主党からの三顧の礼を待っているのはミエミエである。辻元氏にはどうも大義が見られない。こういう器の小さい人間でも政治家集団の中では、それなりの存在感を示せるというのがまたシャクに触る。
1171.7月28日(水) 死刑制度は議論を提供するか。
今朝死刑囚2人の死刑が執行された。昨年7月以来1年ぶりである。今回の処刑は何もかも異例である。
千葉景子法務大臣が、法相として初めて執行に立ち会ったことにまず驚いた。法相は先日の参院選で現職ながら落選して、現在では民間人である。そのうえ元々法相は、死刑廃止議員連盟のメンバーで、心情的には死刑執行に反対の立場にあった筈である。当然ながらいくつかの疑問が呈されている。興奮したある議員の如きは、部屋の中で冷房と暖房を同時に使用しているようなものだと気炎を上げている。
記者会見でも、報道番組でも質問者が、選挙に落ちて暫定的?大臣が、まもなく辞める前に、執行命令を出したのは問題であると尋ねたり、また仙石官房長官にしても期限前だから問題はないと答えたり、些かピントがずれており、党内外でもトンチンカンな議論が出て喧々諤々である。実は、法相は参議院議員としての議員期間が切れる今月25日の前日に命令書に署名していた。これに対して駆け込みという声が一部にある。これもナンセンスである。
法相は法務省内に勉強会を立ち上げ、死刑制度の存廃を含めたあり方を検討したい意向を持っている。だが、それならもう少し時間をかけて執行と勉強会は別途に考えるべきではなかったかという気がする。それにしてもこの件に関して、暫定的な大臣とか、議員でもない大臣が云々との発言が聞かれたし、仙石氏のように、大臣かつ議員としての正当な権限行使のような発言があったが、まったく不勉強であり、憲法をよく知らないのではないか。
憲法第68条には、国務大臣の過半数は国会議員でなければならないと条文に書かれている。つまり半数近くは民間人でも良いし、現実にこれまで民間人で大臣を務めた人は、数えられないほどいる。直近では、増田寛也・元総務相や竹中平蔵・元金融担当相がそうだった。その点では、落選した千葉法相がそのまま大臣の職に就いているのは決して異例でもおかしいことでもない。だからこの点で法相の資格や、行為を糾弾するのはおかしい。
大臣職にいることがおかしいと詮索するより、死刑制度を真正面から捉えて議論すべきではないか。その点では、駆け込み執行の印象を与えた今回の処刑は、被害者の遺族の気持ちは理解できるが、些か性急に過ぎたのではないだろうか。
1172.7月29日(木) 分かりにくい年金申請書類
数年前年金問題が大きな社会問題となり、社会保険庁の杜撰な事務処理と台帳の改ざんがその原因であると指摘され、世の非難を浴びたのはまだ記憶に新しい。その当時年金問題を国会で徹底的に追及したのが、現在の厚生労働大臣・長妻昭氏だった。今度は立場が変わり厚労相就任直後に、行方が分らない年金受給資格者を徹底的に探す努力をすると国民に約束した。社会保険庁の過去の不真面目な業務の有様が次々と明るみに出て不信感が極度に達し、ついに昨年社会保険庁は解体され、新たに日本年金機構として再出発した。だが、まだまだだなぁと感じた。
今月10日に妻が65歳となり、年金受給者の資格を得た。間もなく申請書類が送付されてきた。申請者である妻が書き込み方が分らないというので、7年前に同じ手続きを行った経験から申請書類をチェックしたが、確かに分かりにくい。今日を含めて日本年金機構「ねんきんダイヤル」へ電話した回数が実に3度である。親切に教えてはくれるが、やはり分かりにくい。
なぜこれほど分かりにくいのか考えてみた。申請書類とともに多くの添付書類を提出するのだが、その説明が複雑で多すぎて、その結果説明が充分行き届かず分らなくなることである。例えば、要求される提出資料が多すぎるうえに、その提出資料がすべて説明書に明記されているわけではないのだ。
妻のケースだと、住民票、戸籍謄本、振込銀行の残高証明書、課税証明書、年金手帳のコピー等々と提出書類が多い。しかも、まとめてこれらの書類を教えてくれるなら良いが、そうではなく必要だと説明書にも書かれていない。後になってその書類は必要だと要求されると、再びその書類を受け取りに行かなければならない。
今日は、「ねんきんダイヤル」に電話で確認して申請者の課税証明書が必要だとの説明を受けた。銀行の貸金庫に保管してある申請者の夫、つまり私の年金証明書から年金コードを書類に書き写すことになった(先日貸金庫にある年金手帳の年金番号を書き込んだばかりである)。その後区役所支所で課税証明書を受領して、帰宅したら「ねんきんダイヤル」から電話があり、私への説明が気になったのでと言いながら、改めて妻の年金手帳のコピーが必要と言うのである。こうなるとまた貸金庫へ行かなければならない。
果たして7年前はどうだったか。はっきり思い出せないが、これほど複雑なことはなかったのではないかと思う。これでは大抵の人は申請書を書くのが億劫になってしまうのではないかと心配である。
どうして、これほど年金申請手続きが複雑怪奇になってしまったのだろうか。確認する項目や内容が多いのは理解できる。こんな状態だから、未だに5千万件も不明になっていると聞いても、やっぱりそうかとつい納得してしまう。新しい年金機構では現実に即したシステムを導入した筈であるが、これでは前途遼遠だ。やれやれである。
1173.7月30日(金) 臨時国会召集、西岡武夫氏参議院議長に
毎日暑い日が続いているが、このところ朝のテレビ番組は決まったように熱中症対策を解説している。
この暑い中を昨日お隣の日夏さんが引っ越して行かれた。4年ほど居住しておられたが、昨日挨拶代わりに拙著「停年オヤジの海外武者修行」と共著「知の現場」を差し上げようと持参して立ち話をした時、先日亡くなられた「知的生産の技術研究会」名誉顧問・梅棹忠夫先生についていろいろ話し合った。日夏さんも梅棹先生に傾倒されておられると伺ってちょっと嬉しい気持ちになった。「知研」から機関誌「知研フォーラム」へ梅棹先生に関する文を寄せてもらいたいと連絡があったので、書いてみようかと考えている。ただ、梅棹学については民俗学でも特異な研究であり、あまりにも奥が深くボリュームも多く、とても手に負えない。そこで、梅棹先生も強く影響を受けたという登山について書いてみようと思っている。
さて、日夏さんが去って、この後オーナーの西本さんが入居される。西本さんは3月にJETROニューヨーク支店から帰任されたが、現在岐阜所長をなさっている。子どもさんの学校関係の都合でしばらくしてから入居されると言っておられた。子どもの時分転居の多かった自分自身の体験を振り返っても、転居は大変だとつくづく思う。
参院選を受けて今日から臨時国会が召集された。多くの新人議員も登院したが、柔道の谷亮子さんも元気に初登院された。ロンドン・オリンピックで金メダルを狙うには、国会議員兼職は荷が重いのではないかと心配する。
参議院は野党が多数を占めてねじれ現象である。これから与党・民主党は国会運営に相当苦労されるのではないか。参議院議長に民主党の西岡武夫氏が、副議長に自民党の尾辻秀久氏が選出された。過去と異なり自民党は議長を野党から選出すべきと主張していたが、結局折れて議長は第一党の民主党から選出することに決まった。流石に慣例を覆すような主張は他の野党からも同意を得られなかった。
新議長になった西岡氏は変節の人で、個性的でアクの強い議員である。過去に自民党政調会長や文部大臣を歴任したが、パフォーマンスばかり目立っていた典型的な世襲議員であり、かつて新自由クラブ幹事長を務めていた頃には、母親が国会までしゃしゃり出て代表だった河野洋平氏に文句をつけていたほどマザコンでもあった。長崎の地元民の間ではまったく人望がなく、その後衆院選で敗れ、長崎県知事選に敗れて苦労したようだ。74歳にして少しは人間的に成長しただろうか。
それにしても良識の府・参議院の議長としての識見・力量には疑問符がつく。
1174.7月31日(土) スイス「氷河特急」転覆事故原因
1週間前スイスで「氷河特急」が横転転覆して日本人観光客が死亡したが、昨日事故調査局が事故原因は運転士の速度制限超過と断定した。それまで日本の専門家あたりが気候の寒暖差によるレール損傷とか、車輪のせり上がりとか、道床の弛みとか、いろいろ言っていたが、何のことはない。単純なスピード違反だったわけである。
しかし、どうも納得がいかない気がする。本当にスピード違反だけが原因だろうか疑念がある。というのは、鉄道会社としては鉄道、及び施設の整備不良が原因だとなると会社全体が責任を負い、完全な復旧工事を終えるまで運行許可が出ない。最高の稼ぎ時に長期間の運行休止は絶対に避けたいところである。一人の運転士の責任として処分してしまえば、後に残らない。さらにスピード違反との根拠に、あまりにも運転状況の詳細な原因を発表したのはでき過ぎと思われても致し方がない。
制限速度が時速35kmのカーブ区間から55 kmの直線区間へ入った時点で加速したため、まだ最後尾の1両前の車両が35km区間にあるにも拘わらず55 km区間のスピードで走行して最後尾車両が脱線したと分析したのである。このピーク・シーズンに稼がなければとの想いは、事故調査結果を発表する前にすでに平常運転をしていたことでも分る。
本当のところは分らないが、天下の「氷河特急」にしては先を急ぎ、事故調査は杜撰で作為的な匂いを感じる。
さて、昨日東京・足立区の住宅で戸籍上111歳の男性のミイラ化した遺体が見つかった。ミステリアスなことにこの人は、すでに30年前ごろに亡くなっていたと見られている。もし生きていれば東京都内で男性最高年齢者だった。この間年金はきちんともらっていた。しかも、足立区の高齢者お祝い金には申請書まで提出してちゃっかりいただいていた。難しい問題をはらんでいるだろうが、年金をいただいていた家族の責任はどうなるのか。行政は年金を出すわけだからしっかりチェックできなかったものだろうか。罪人扱いされて幻の最高齢者は、あの世で恨んでいるのではないだろうか。
それにしても世知辛い世の中になったものだ。