ご意見番の意見

2010年3月

1022.3月1日(月) オリンピックも終ったなぁ
 今日から弥生三月である。わが家の庭でも梅の花が咲き、メジロが餌を啄ばみにやってくる。何となく日本的風情がある。
 遠い外国のカナダでは冬季オリンピック祭典が閉会式を迎え、その遥か南ではチリ大地震が発生している。チリでは地震による死者が700人を超え、被災者は200万人とも言われる。オリンピックの華やかな陰で、悲惨な状況に立ち向かわねばならない人は多い。チリでは送電系統がやられて、電気を頼りにすることができず、住民は真っ暗闇の中で水と食料の確保に懸命のようである。
 日本政府も早速救援隊を派遣することを決めた。ハイチの時は初動の動きが鈍かったので、その辺りを意識したのだろう。
 さて、興味深い話題が3つある。ひとつは統計である。日経夕刊によれば、EU域内で一人当たり国内総生産(GDP)が最も高い地域はロンドンだそうである。金融街シチーがあるせいだろうが、第2位のルクセンブルグ、第3位のブリュッセルも金融機関や国際機関が多い。ロンドンの一人当たり平均GDPは約1,000万円だそうだから、世界でも屈指の金持ち地域だと思う。他人の懐具合を詮索するのはあまり趣味が良くないが、外国報道人もそういう意味では覗き趣味と言えるかも知れない。
 二つ目は物騒なニュースである。かねてよりお互いに強硬な非難合戦を戦わせていたイスラエルとイランが緊張状態になってきた。そもそもイスラエルの存在自体を否定するハマスを支持するアフマディネジャド・イラン大統領が、テヘランで開催中の会議に参加したパレスチナ解放人民戦線代表者を前に、徹底的にイスラエルを非難した。以前からパレスチナのハマスなどはイランから支援を受けていると言われる。一方、ぞっとする話だがイスラエルは、イランに隙あらば先制攻撃も辞さないことをかなり前から計画している。変なことにならなければいいが・・・。
 三つ目は、ちょっとユーモラスだが、アメリカのオバマ大統領がまだ禁煙できないようだ。立候補した時約束した「禁煙の誓い」をまだ実行できず、ホワイトハウスは原則的に禁煙のため就任後は吸わないと公言した約束も、まだ守れず四苦八苦しているらしい。まだ可愛い公約だが、われわれ禁煙族から見れば、どうしてタバコなぞを止められないのか不思議なくらいだ。タバコを止められないような人がノーベル平和賞をいただけるのだから、ノーベル賞受賞者の意思も大したことはないなぁ。
1023.3月2日(火) 日本最初のインターネット新聞「JANJAN」が休刊
 チリの地震と津波は世界中に大きな影響を及ぼしている。日本では津波に関するニュースが大きく伝えられ、避難に関して多くの厳しい意見も寄せられている。津波は予想通り襲ってきたが、第一波が去った後に多くの避難住民が警告を無視して避難先から自宅へ戻って来た。専門家によれば、津波は第二波、第三波が第一波を上回ることもあり、もしそうなった場合極めて危険だというのである。幸い今回は死者が出なかったから良かったが、それも50年前の三陸沖地震の教訓を活かせたことが大きいらしい。自然災害はいつ、どの程度のものが襲ってくるか分からない。少々慎重過ぎるくらいで、良いのではないかと思う。
 一方、震源地のチリでは、人的にも物量的にも大きな被害を蒙っている。食料が不足しているため、我慢しきれなくなった住民が食料を略奪し出した。電気もなく、水もなく、食料もない状態では、貯蔵されている食料略奪を、一刀両断に悪いと決めつけるわけにもいかないところが悩ましいところである。
 早く国際的な支援を始める必要がある。まだ、被災地へ入った外国支援隊はないようだ。日本も鳩山首相がすぐにも医療支援チームを派遣すると述べたが、検討ばかりしていないで、すぐにも手を打つべきである。
 さて、今朝の朝日新聞を見て、どうしてだろう? と首を傾げてしまった。高校ラグビー部後輩の前鎌倉市長・竹内謙氏が創業した日本初のインターネット新聞「JANJAN」が、経営不振に陥り今月末で休刊する。
 2003年の韓国大統領選挙の際、劣勢と見られていた盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が大方の予想を覆して大統領に選出された。その時大きな力となったのが、若者を中心とするインターネットによる呼びかけだった。その際若者はインターネット新聞「オーマイニュース」を、よりどころにしていた。つくづく時代は変わったと思わせた選挙だった。最早インターネットを無視して選挙は戦えないと思わせるほど鮮烈な印象を与えた。
 その新しい手法をヒントに竹内氏が設立したのが「インターネット新聞社」で、「JANJAN」は時代を先取りしたと思っていた。その後竹内氏とは何度か会ったが、創立まもない頃に会った時には、アクセス数はうなぎのぼりで、いずれ新聞トップの読売を抜いてみせると意気軒昂だった。その後も何度か会ったが、いつも決まって威勢のいい台詞を吐いていた。朝日記事によれば、閲覧数は昨年上半期には、毎月2千万件に達していたというから、読者数は相当伸びていたのだ。
 時代に合っていた。アイディアも良い。それでも頓挫したのは、広告量の減少らしい。最近2年間で、広告収入が3分の1にまで落ち込んだ。やはりマス・メディア全般の衰退の影響だと思う。
 何とも気の毒である。思い切りのよい竹内氏のことだから、再挑戦ということも考えられる。ぜひ頑張って再びトライして欲しいものである。
1024.3月3日(水) 民主党政権はマニフェストを実行できるか。
 早く地震被災国チリへ支援チームを派遣すべきであると昨日このブログに書いたが、派遣直前になって、チリ政府から受け入れ態勢が整っていないので、派遣はしばらく待って欲しいと連絡があった。医療チーム派遣を決めていた日本政府としても少々面食らったようだが、それを受け入れ、同時に自衛隊中心の復興建設チームは見切りで出発させることを考えているらしい。それにしても、医療支援活動の受け入れを一時的にしろ拒むという話は今まで聞いたことがない。
 さて、昨日2010年度一般会計予算が衆議院を通過した。鳩山内閣としては初めての予算成立である。財政が厳しい中で公約として国民に約束したマニフェストをできるだけ実施しようとの意気込みは評価したいが、「歳入不足」「政治とカネ」等々が政権を苦しい立場に追い込んでいる。一番の目玉だった「子ども手当て」は、どうやら実施されるようだ。子どもを持つ家庭にとっては、大いに助かる政策だと思う。ほとんど問題にはならなかったが、先日突然朝鮮学校については対象から外せとの声が出てきたのには、少々驚いた。
 これは明らかに差別である。北朝鮮憎けりゃ袈裟まで憎い式の短絡的な発想である。国連の人権委員会でもこの問題を取り上げる空気があるようだ。
 今朝の朝日新聞「私の視点」欄に、愛知県の朝鮮学園理事長が「除外は筋違い」と朝鮮学校生徒を授業料支給の対象外とすることは筋が通らないと朝鮮学校側の立場と考え方を寄稿している。差別される側の当事者の声として論理的な説得力がある。民主党はまだ結論を出さずに、今日東京朝鮮中高級学校を衆議院文部科学委員会の田中真紀子委員長以下約20名が学校参観した。どうも行動が遅いし、今になって押っ取り刀で見学しているようでは、最初からその気がなかったのではないかと思われても仕方がない。
 初めて政権に就いて最初の政策実行でもあり、すべてに不慣れな民主党政権としてはある程度許容される面もあるが、どうもマニフェストに盛り込んだ公約が大して精査や検討もされることなく、人気取りのために安易に組み込まれたと思えてしようがない。
1025.3月4日(木) 税務申告書作成に際し考える。
 税金の申告時期である。今月15日までに個人事業主としての青色申告書類を税務署へ提出しなければならず、このところ連日帳簿の記帳と伝票のチェック、領収書の整理などに朝から晩までかかりっきりである。昨年初めて青色申告を行ったが、今年は2度目なので昨年よりは楽だろうと高を括っていた点でやや誤算があった。1年経つと元々あまり興味のある作業ではないので、ノウハウをすっかり忘れてしまっている。記憶力の衰えにもがっかりで、ちょっと情けないような気分になる。しかも、昨年かなり投資をして勘定科目のゴム印を注文で作ってもらったが、丸ごと自宅内のどこかへしまったまま見つからず紛失してしまったようだ。迂闊でどうも軽率なきらいがある。
 今年もパソコンによる申告ではなく、手書きの書類作成なので、ゴム印がない分ボールーペンで書くために伝票作成に昨年以上に時間がかかる。一年分のカネの出し入れを一件一件チェックして、仕分けしながら記入するのだから、項目数が多く、限られた時間の中で記帳するのは大変である。
 それでも漸く縦計と横計の数字合わせを終えたので、提出用の書類を作成して来週初めには青色申告会でチェックしてもらい、税務署へ提出したいと考えている。
 来年は会計ソフトを入手し、講習も受けて何とかパソコンで申告するようにしたい。もうこんな手書きのような面倒くさいことはこりごりだ。ゴム印を紛失したので、文房具店で買い求めようとしても、今やゴム印自体を販売していない。近所の文房具店のごときは、店ではもう在庫処分しようと思っているので、店にあるゴム印が入用ならあげると言われたほどだ。必要度の高いゴム印があまりなかったので、数個もらっただけだったが、もうゴム印を使い、ひとりでコツコツと書類を作成するスタイルは完全に過去のものとなったようだ。税理士の手を煩わせれば世話なしだが、かなり費用がかかるし、自分でできるのに他人に頼むのも不本意である。そんな事情もあって自分なりに学び、ある程度申告書類を作れるようになったが、手書きに頼っているとゴム印もないのでどうしても手間ひまがかかる。
 とにかく一両日中には書類を仕上げて、申告を終えてすっきりして、来年こそはパソコンによる税務申告ができるようにしたいと改めて感じている。
1026.3月5日(金) 普天間基地移設問題に結論は出せるか。
 鳩山内閣には懸案の沖縄・普天間基地移設問題を解決しようとのひたむきな気持ちが見られない。政権発足と同時に、今年5月末までに移設先を決定すると内外に公表していた。アメリカも最善案はすでに日米合意を得た辺野古沖のキャンプ・シュワーブ海上案であると釘を刺しながらも渋々日本の出方を見守っている。
 連立を組む社民党は、当初より沖縄県外移設、できれば海外移設を主張している。近くの海外基地、グアムは受け入れに否定的で、隣のサイパンは知事が受け入れに熱心で自ら売り込みに来日するほどの熱意を示したのにも拘わらず、社民党はその案を取り合おうともしない。海外移設とは何なのか。これでは沖縄案から一方も出ていない。こういう無責任な羊頭愚肉政党が政権内部にいるのだから、内閣統一見解なんて出せるわけがない。国民新党にしたって、じっくり考えたのかどうか、先日キャンプ・シュワーブ陸上案を言い出して、それが最良の計画だと自画自賛している。その一方で、民主党自体具体案を明らかにしていない。それで連立内閣としてはどうやってまとめるのか、一向に定まらず不安ばかり湧いてくる。ここへ来て平野官房長官がルース駐日米大使と会ったり、記者会見で人を食ったような返答をしたり、政府としてどうするのか、懸念は募る一方である。
 記者会見で5月末までに決めるとの約束は守れるのかと問われた鳩山首相は、そのためには3月中にひとつの案を決めなければいけないとピントの外れた、まるで禅問答のような応え方をしている。
 それにしても総理大臣や閣僚というのは、随分軽くなったなという印象を受ける。責任のある決断を容易にはしないのだ。それでいて口は軽いし、国会の委員会に平気で遅刻するタガの外れた大臣もいる。自らの軽率な行為によって自分自身を追い詰めている。大方が納得できる結論を得られるなら結構である。だが、今の様子を見ていると、残された少ない時間では、とても国民、沖縄県民、アメリカ政府を納得させるような結論が出せるとは思えない。情けない。
 民主党が政権を握ってから事業仕分けや、先日来年度国家予算を衆議院通過させたこと以外、何もやってはいないのではないか。民間会社ならとっくに倒産だろうし、鳩山社長は責任を取って辞任だろう。こういう人にわれわれは国の進むべき道を委ねてしまったのだ。その意味では、われわれの責任も重いと考えざるを得ない。
 さて、昨日税務申告書類作成に関してぼやいたが、午後思い切って玉川青色申告会へ相談に出かけた。昨年同様顔馴染みの職員に、作成した資料を提出して率直にこの先の書類の作り方について相談してみた。昨年も親切に対応してもらったが、今日も1時間半に亘って熱心に相談に乗ってくれた。昨年の申告資料コピーを紛失してしまったこともあるが、まだ不慣れな点もあり、それでも少々手間取りながらも、何とか税務署へ提出する一歩手前の書類を作ってくれた。後はこれを正式な申請書類として書き直し、領収証を整理して添付すれば良い。青色申告会の会員ではあるが、いざという時に申告会は随分頼りになる。
 月曜日には税務署へ書類を持参しようと考えている。今年は昨年以上に苦戦したが、青色申告会の職員に手伝ってもらい何とか形がついたので、ほっとしている。
1027.3月6日(土) 中国は無理をし過ぎているのではないか。
 大きなお世話かもしれないが、中国の政府高官、官僚、警察の汚職がひどいとはかねがね聞いていた。一昨年多摩大学の公開講座で中国問題専門家の沈才彬教授が、日本の贈収賄とはその金額が桁外れだと冗談交じりに話されたことがある。昨日から開かれている全国人民代表大会(全人代)で、温家宝首相が政府活動報告の柱のひとつとして「腐敗防止」を訴え、贈収賄、背任、公金乱用を厳しく追及する姿勢を示すこと自体極めて異例であり、いかに汚職が蔓延っているかを示している。国家・国民にとって、世界に向けた首相のスピーチの内容としては非常に恥辱的なものだ。
 今朝の朝日新聞に依れば、ある政府高官のごときは並外れた賄賂を得て、分かっただけでも10年間に約6億5千万円もの黒い金を得ていたとされる。上海で毎晩行われている地下カジノの一日平均収入は、実に約3億9千万円だという。中国ではもちろん賭博は違法である。それでも中国全土で行われている地下カジノの取り扱い額は、年間約13兆円に上ると言われている。実に中国国内総生産 (GDP)の3%に匹敵するというから度肝を抜く数字である。今やラスベガス、マカオを抜いて中国は世界屈指の賭博大国になりつつある。これが、かつて勤労、清廉潔癖をモットーとしていた共産主義国家だろうかとその落差を思うとそぞろ今昔の感に堪えない。
 中国は全人代で今年の経済成長を対前年度8%増と予測した。これまでの成長路線からすれば、ややそのテンポは鈍化したとはいえ、世界的に景気が一向に上向いていない中で、相変わらず世界の中でその存在感は際立っている。今年中にはGDPで日本を追い抜き、アメリカに次ぐ世界第二の経済大国になることは間違いない。
 その中国が、どうもイメージとしてマイナス要因が出てくるのは、国家自体が世界に比肩できる力を身につけてはきたが、国としての存在感をなお必要(本物の力)以上に世界で発揮したい思惑があるからである。しかし、そこには欧米から指摘、非難されているように、中国通貨「元」の価値が実質以上に低く抑えられていることが影響していることも事実である。中国はその点を謙虚に直視するべきであると思う。本物の力と思惑とはあくまで別であり、中国はこのあたりに些か思い違いがあるのではないか。やはり中華思想をテーゼとする中国は相当背伸びをし、無理をしていると思う。
1028.3月7日(日) 名曲「雪の降る街を」と内村直也さんの思い出
 昨日の朝日新聞の付属頁「be」一面と三面に、中田喜直が作曲した名曲「雪の降る街を」の誕生のいわれについて細かい紹介記事が掲載されている。誰でも知っている雪国の情景を寂しく唄った歌で、直ぐにでも口をついて出る歌い易いポピュラーな曲である。この曲を想うと思わず作詞者だった内村直也さんのことが思い出される。
 あれは旅行業者に転向した昭和44年の夏、まだ新米添乗員として20数名のお客様を、主催旅行で北海道へ案内した時のことである。お客様の中に内村直也(本名菅原実)さんが参加しておられた。本名で参加されたので、初めの内は内村さんであることが分からなかったが、お仲間のひとりがそっと教えてくれた。中々口の煩い7名ぐらいのお仲間と参加された内村さんは、温厚な方で私がマニュアル以外に、自分で工夫した手作りのコピー資料を参加者全員に配布したことを随分お誉めいただいた。大学の先輩・後輩であることも分かって、余計に気を遣っていただいて、とても思い出に残る旅行となった。
 お仲間の一人が当時の北海道知事・町村金五氏と親しくされていて、その晩みんなで会食するのだとその方が教えてくれた。
 次の日の札幌市内観光の時、バス・ガイドさんが内村さんを一目見て、「雪の降る街を」を作曲された内村直也さんではありませんかと私にこっそり尋ねた。そうだと教えてあげると、すっかり感激してこの曲は北海道のバス・ガイドにとって最も人気のある歌で、誰でも必ず車内でご披露するのだと言っていた。そしてガイドさんは美しい声で情感たっぷりに「雪の降る街を」を歌ってくれた。内村さんは黙って聞いておられたが、どんなお気持ちだっただろう。
 朝日新聞に依れば、この名曲はフィンランドの映画作品で1992年にベルリン国際映画際国際批評家賞を受賞した「ラヴィ・ド・ボエーム(放浪者の人生)」のエンディングでフィンランド在住の篠原敏武さんと仰る日本人歌手が歌ったという。外国人をも唸らせる名曲だというわけである。
 NHKラジオ・ドラマの人気番組だった「えり子とともに」の主題歌として歌われた曲だが、記事を読むと出来上がるまでに中々面白い伏線があったようである。街のイメージは旭川とも鶴岡とも言われ、それぞれに綱引きをやって記念の碑とか、記念館があるらしいが、作詞家、作曲家ともにどこが曲の生まれ故郷であることかについては明らかにしていない。土地を特定しなかったのは、お二人とも聴く人が自由に想像を広げることを望んだからだと記されていた。
 久しぶりに懐かしい気になった。しかし、記事の最後にこの曲が生まれて40年と書かれてあったが、そんな筈はない。私が内村さんにお会いしたのが、今から41年前でその当時すでに大流行していた。折角の魅力あるストーリーなのにつや消しである。天下の朝日も原稿のチェックが好い加減だなぁとちょっとがっかりした。
1029.3月8日(月) 加藤周一先生が語るドキュメンタリー映画
 ロサンゼルスで今年の映画アカデミー賞授賞式が行われた今日、それにあやかったわけではないが、久しぶりに映画鑑賞に出かけた。
 一昨年12月に亡くなられた加藤周一先生が語りかける映画「しかし それだけではない。」を渋谷で上映していると新聞広告で知ったので、玉川税務署へ納税申告をした後渋谷へ向かった。道玄坂界隈で立地の分かりにくい「シネマ・アンジェリカ」を交番で尋ね、何とか探し当てた。副題に「加藤周一・幽霊と語る」とふざけたタイトルが付けられているだけに一風変わった、だが心に訴える記録映画だった。
 亡くなった年の夏までの間にすべて収録されたフィルムであるが、知の巨人と呼ばれる知性とぶれない信念、論理的な整合性を持って反戦、恩師、戦死した友人の思い出等について、東大本郷、駒場、信濃追分で淡々と、しかし信念と愛情を込めて真摯に話された加藤先生のお人柄とそれまでの活動を紹介する意欲的な試みである。学生時代と大東亜戦争、平和運動の話に終始して、意外にも外国生活の長かった先生にしては海外の話が少なかった。確か先生は1968年の「プラハの春」の際、車を運転してチェコへ入国し、その当時の緊迫した空気を体で感じ取った筈である。できれば「プラハの春」について一言でも良いから話してほしかった。
 映画を通して先生の言葉の中に、絶対戦争はやってはならないという強い意思を感じた。何のために戦争をやるのか、まったく無意味であると強調されていた。「九条の会」の世話人を務めながら、長い間平和運動に関わり、その生き方や考え方はぶれることなく終始一貫していた。それが、多くの人びとの心を捉えたのだと思う。
 2007年夏亡くなった小田実さんの葬儀の折お姿をお見かけしたが、その時小田さんへの弔辞で「あなたはべ平連を始めとして、いつでも仕掛け人として先頭に立った」と小田さんの行動力を高く評価したことが印象に残っている。
 この映画は大手映画会社ではなく、「加藤周一映画製作実行委員会」が自主的に製作したものである。恐らくプロデューサー、監督ともに加藤先生の生き方と考え方に心酔して採算を度外視して作られたものだと思う。座席も100席程度の小さな映画館で1日に4回の上映では、果たしてペイできるのか気になるところである。こういう地味で良心的な映画をもっと多くの人、特に映画の中で加藤先生が「老人と結託すべきだ」と煽っていた若者に観てもらいたいものである。
1030.3月9日(火) 鳩山内閣及び民主党の支持率低下
 鳩山内閣と民主党の支持率低下が止まらない。マス・メディアが行っている世論調査でも、発足当初には考えられなかったほどの落ち込みである。昨日NHKが発表した支持率は、1月には50%もあったが今月は38%にまで下落している。政治とカネの問題が直撃したうえに、鳩山首相の決断力とリーダーシップの欠如、加えて普天間基地移設問題のもたつきぶりに国民が愛想をつかしているのだと思う。
 民主党では、小沢幹事長の渡米問題でアメリカ政府高官らが鳩山首相と幹事長との力関係について予断を持ったコメントを述べたり、藤田幸久国際局長がアメリカのワシントン・ポスト紙に対して9.11テロについて必ずしもアルカィーダの仕業ではないというアメリカ人の神経を逆撫でするような発言をして顰蹙を買ったり、日米間の外交関係がまたまたギクシャクしてきた。すべて首相に責任があるわけではないが、どうも末期の自民党長期政権時代とあまり変わらなくなって来た。
 昨日は、国民新党と社民党が普天間基地移設問題で党としての移設案を提案したとの報道があった。国民新党は前々からキャンプ・シュワーブ陸上案を考えているようだ。ところが、この日キャンプ・シュワーブのある名護市議会が全会一致で受け入れ反対決議をした。1月には市長選で反対派の市長が当選した。決定までの前途は厳しい。
 他方社民党の提案は、県外移設・国外移設案らしい。ところが、先日もこのブログで触れたが、社民党は相変わらず海外移設案でもグアムに拘っている。グアム知事があれだけ受け入れ反対を公言しているにも拘わらず、可能性のまったくない案に固執するのはなぜか。しかも、グアムのすぐ隣のサイパンでは、知事自ら受け入れに前向きな姿勢を示している。サイパンに見向きもせず、可能性のない国外と県外一辺倒の移設案は、社民党が非現実的政党であることを如実に物語っている。
 それにしても、民主党の態度はあまりにももたもたしている。
 夕方近くなって岡田外相が記者会見で、昨年9月以来調査していた日米の外交文書に密約があったことが明らかになったと公表した。
1031.3月10日(水) 外務省公文書密約の調査結果を公表
 日米外交文書密約問題を調査していた有識者委員会の報告書を昨日岡田外相が発表したが、昨日の夕方からマス・メディアでは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
 昨夕からのテレビ・ニュースはもちろん、今朝の朝日新聞の如きは、40頁の内全面広告が12頁で、残りの記事と広告28頁の中で実に8頁分も密約文書関係に費やしている。
 今更言うまでもないが、日本政府が国民に対してウソを吐き続けていた不誠実さが30年経ってこの大騒ぎとなった。当然新聞の論調は日経紙も併せて政府に対して極めて批判的である。
 国がまやかしとその場しのぎの逃げ口上で国民を騙していたことは歴然としている。今更何を言おうと元の鞘には収まらない。しかし、このウソによって多くの人が迷惑を蒙り、その一方でウソをついていながら我関せずと知らん振りは酷い。
 日本政府が国民を騙した外交密約は4つある。
 ひとつは有名な「非核三原則」であり、国内ではこれをよりどころに核廃絶を世界へ訴えてきた。それがウソだと分かれば、世界へ発信していた日本の非核運動は何の説得力も持たなくなる。原子力空母により核が持ち込まれたとされる横須賀市では、前市長、現市長ともに憤慨している。長崎の被爆者代表も政府に裏切られたと悔しさが拭えない。
 60年安保では、みんなとにかく当面の安保条約改定を阻止するとの強い意気込みで反対運動を続け、密約にまでは考えが及ばなかったが、その後何年か経過してどうも怪しいのではないかとの疑念を持った。
 二つ目は、有事発生の場合米軍に日本国内基地の使用を認めるというもので、米ソ冷戦時代における朝鮮半島の戦闘行為を想定したケースである。
 三つ目は、沖縄返還後に緊急事態発生の場合、アメリカが沖縄に核を持ち込むことに目をつぶるというものである。
 四つ目は、沖縄返還時の原状回復補償額を日本が肩代わりすることである。
 どうも不信感が消えないのは、肝心の公文書それ自体が紛失しているものがあることである。意図的に廃棄処分した可能性が強い。担当者がもうすでに退職しているからという理由だけで、この責任を追及しないのはおかしいと思う。
 また、当事者がどの程度の情報を承知していたのか知らないが、首相在職時に白々と「承知していない」とか、「歴代の首相が密約はないと言っている以上ない」との空疎な言葉を、今以って言い、あまつさえ密約に拘わった人を堂々擁護するがごとき発言をする元首相のような人物をこのまま放っておいて良いものだろうか。
 その最たる人物をひとり挙げれば、それは首相の座を放り出した安倍普三・元首相である。国家の大事に拘わった係累を弁護せんがために、安保条約改定を行った祖父の岸信介・元首相、沖縄返還交渉を成功させた叔父の佐藤栄作・元首相、核密約の東郷メモに記載された父の安倍晋太郎・元外相らに対して、国民への裏切り行為への反省や非難よりも、肉親を庇う言葉を悪びれることなく語り、自ら政権をいとも簡単に捨てた責任感の伴わない軽薄そのものの人物である。
 こういう国民を騙しぬいたかつての国家のトップに言いたい放題言わせて良いものだろうか。
 それに引き換え、密約を暴き自身職を失いながら、今も国家を相手に裁判で戦っている西山太吉元毎日新聞記者の執念には頭が下がる。
 さて、今日3月10日は、65年前東京大空襲のあった日である。当時の遺族は今でも涙が止まらないという。その年私は国民学校へ入学した。
 夕べから今朝にかけて強風が吹き冬型の荒れた天気で雪が積もった。この気象異変に、鎌倉八幡宮の樹齢1,000年とも言われる「大銀杏」が倒れた。鎌倉幕府3代将軍源実朝が、その陰に隠れていた甥の公暁に殺害されたという伝説的樹木である。地元の人も落胆している。
 もう一件落胆させられたのは、佐渡で育てられていたトキ9羽が今朝死んでいた。どうもトキが飼育されていたケージに野生の動物が侵入して殺されたらしい。これも可哀相で切ない。
1032.3月11日(木) ネルソン・マンデラとラグビー・ワールドカップ
 一昨日観た加藤周一先生のドキュメント映画「しかし それだけではない。」について、小中陽太郎さんとメールでやりとりして今日も加藤先生の晩年になってからのクリスチャン受洗について小中さんの考えをお知らせいただいた。一部には、加藤先生がキリスト教徒として洗礼を受けたのかどうかという点について、論議を呼んだようである。その辺りの議論は複雑なようだが、中々面白そうだ。無神論者だった加藤先生の受洗については、先生を知る教え子や周囲の間でも意外だったようだ。なぜ受洗されたのか。小中さんの考えるところでは、死への恐れと母親への追憶があると言っておられる。そして、実存主義も影響を与えているという。中々難しいものだ。
 新潟にいる二男から、「インビクタス(負けざる者たち)」という映画が南アフリカのネルソン・マンデラ大統領と1995年に南アで開催されたラグビー・ワールドカップが絡んだ物語に仕上げられて面白いので、ぜひ観てはどうかと勧めてくれた。早速今日は特別予定のない妻ともども、渋谷へ観賞に出かけた。
 かつて世界的に大きな波紋を投げたアパルトヘイトについて、クリント・イーストウッド監督がさりげなく取り上げた野心作で、アパルトヘイト廃止後のネルソン・マンデラ新大統領の苦悩と、南アの人種間の対立と憎しみ合いをラグビー・ワールドカップ開催に絡ませながら、実在のオールブラックスのスーパースター・ロムー選手らを登場させて臨場感を掻き立てている。1992年に南アフリカを訪れたが、当時はまだアパルトヘイトが厳然として存在して、黒人は隔離された居住地区で、白人からの差別に甘んじていると認識した。それが、この映画では、ネルソンが釈放された後総選挙で勝ち、初代大統領に就任した時、黒人の間に漂っている白人への対立と憎しみの感情をどうやって抑えさせ、国のために白人との融合を図っていくかということに腐心している様子をラグビーというスポーツを通じて映し出していた。
 今では表面的には差別はなくなったことになっている。しかし、表から一旦消えた差別は、逆に陰湿な形で顔を出すこともあると思う。そのあたりの感情を大統領の黒人と白人の護衛官たちが、ラグビー場における大統領の警備を通じて国の発展のために、黒人と白人がお互いの愛国心から少しずつ分かり合っていくという筋書きである。
 しかし、ワールドカップの大凡その結果は知っていたが、決勝戦の南ア・スプリングボックス対ニュージーランド・オールブラックス戦が、ペナルティ・ゴール合戦でノートライの引き分け延長の末、決勝点が南アのドロップ・ゴールで決まったとは迂闊にも知らなかった。
 ラグビーファンならずとも、楽しめる映画ではないかと思う。
1033.3月12日(金) 明らかになった新たな外交密約
 昨日茨城空港が開港した。国内で98番目の空港である。せっかく開港したのに、韓国のアシアナ航空がソウル往復便を1日1便飛ばし、来月以降スカイマーク航空が神戸へ1日1便運行するだけという、ささやかな利用状況である。開港の記念祝賀行事も心なしか控え目で、国際空港であるのに航空行政の長である前原国交相も出席せず、寂しさの漂う開港風景となった。利用者の需要予測は、当初年間約81万人を計上したが、現在の試算では大幅に下方修正され17万人弱と見られている。黒字化のメドはまず立ちそうもない。
 現存する空港のうち、黒字で運営されているのはほんの僅かであるが、赤字経営の空港を抱えているにも拘わらず、問題なのは国交省所管の27公益法人のうち、天下りを受け入れている20法人の資産が290億円もあることである。現場は赤字であるが、その寄生虫が黒字というのではどうにも納得できない。
 空港の経営が赤字で多額の税金が投入されているにも拘わらず、法人はカネを溜め込み、天下りを養い、空港利権を思うがまま利用している。こういう自分たちの歪んだ特権を守るようなムダを続けているようでは、いくらカネがあっても有効なカネの使い方とは言えず、どぶへ捨てるようなものである。4月下旬に予定されている事業仕分け第2弾で、厳しく精査してムダなシステムと費用はカットしてほしいものである。
 今日また、新たな日米間の外交密約が明らかになった。これまで話題にもならなかった沖縄返還直前の円とUS$の貨幣の切り替えの際、沖縄で収受した1億ドル分のUS$をニューヨーク連銀に無利子で預けていたそうである。その利子分該当額がアメリカに流れていたことになる。夕方記者会見した菅副総理・財務相は、広義の密約だと思うなどとあまり深刻な顔をしていなかったが、冗談じゃない。約100億円を27年間も銀行へ預けていたらいくら利子がつくと思っているのだろうか。その運用益は約7千万$(約70億円)にも上がっているという。こういうところにも関係者だけが個人的な打算で貸借勘定を考えていた節があると勘ぐらざるを得ない。それに今回の密約が明らかになった背景にはアメリカ側の文書公開があって、日本側では肝心なオリジナルの公文書が紛失していたというのもおかしな話である。意図的であるか否かを問わず、国民を舐めきった無責任行政を行うのが、日本の役人らしいところと言えば言えるのかも知れない。
 さて、最近マナーの悪さで評判の悪い「撮り鉄」が、JR上野駅とJR金沢駅に群がった。明日から新ダイヤに変わるので、今夜がラストランになる急行「能登」と寝台特急「北陸」の写真を撮りに集まった鉄道ファンである。毎度人騒がせな鉄道ファンの対応には、鉄道各社でも頭を痛めている。
 また、首都圏で最後まで残っていた両国駅と千葉駅を結ぶ「新聞電車」も最後となった。今では、トラック輸送に切り替わったが、思い起こせば昭和38年〜39年に見習い駅員を務めていた時、私も新聞列車の取り扱いをやったことがある。夜中に重い新聞梱包を投げながら方面別に仕分けして腰を傷めていた先輩も大分いた。もう半世紀近くも前のことだが、随分感慨深い。
1034.3月13日(土) 高校授業料無償化の壁
 民主党のマニフェストの最大の目玉だった子ども手当てのうち、高校授業料無償化が大いに歓迎されているが、一部にその対象から朝鮮学校を除外しようとする動きがある。あくまで北朝鮮に対する制裁の考えと軌を一にするもので、個人的には私は賛同できない。確かに北朝鮮政府の政策、特に日本人拉致問題に対する不誠実な対応には憤りすら憶える。経済制裁もあってしかるべきだと日本政府の対応に賛成である。しかし、高校授業料の支給対象から外すとの短絡的な考えには、ことが教育に絡む問題だけにちょっと賛成できない。
 高校生の授業料と拉致問題は一緒くたにするべき問題ではないと思う。反対者は北朝鮮系の学校だけを対象から除外することを考えているようだが、日本のルールに従い、文科省も専門学校として承認している学校を、北朝鮮を懲らしめるために日本で育ち、日本的な考えを育んでいる在日朝鮮人高校生に懲罰的な措置を取るのはいかがなものか。しかも生徒の親は日本で生活して、日本人と同じように税金を納めている。文科省内にも疑問に感じている役人が多い。
 どうも鳩山首相は自分の考えかどうか分からないが、第三者機関で判断させると言っているが、本音は除外したいようだ。
 その点大阪府の橋下徹知事には、仮に国が朝鮮学校無償化の対象から外しても大阪府として独自に助成する考えがあるようだ。ただ、その場合大阪府の要望を朝鮮学校が受け入れた場合という条件付きである。それは良いと思う。昨日知事は大阪府内のふたつの朝鮮学校を視察して、学校側にその条件を提示した。
 その条件とは、@北朝鮮系の朝鮮総連から寄付を受けない、A朝鮮総連の行事に学校幹部が参加しない、B大阪朝鮮高級学校の教室の黒板の上に掲げられた故金日成主席、金正日総書記の肖像画を外す、ということである。学校側は検討を約した。
 橋下知事の考えと要望は正鵠を射たものだ。完全に北朝鮮の匂いを消してくれれば、日本人生徒と同じように助成金を支給しようという考えである。そのために橋下知事はすぐ現場を訪れ、責任者とじっくり話し合った。学校側も知事の要望について時間をかけて検討することを約束した。このプロセスはある程度筋が通るし、大阪府民も納得すると思う。少なくとも政府の門前払いのような一方的に決め付けるものとは違う。政府もせめて橋下知事と同じ程度の思いやりを朝鮮学校に対して示すことはできないものか。
1035.3月14日(日) 葉山峻・元藤沢市長ご逝去
 元藤沢市長の葉山峻さんが昨日亡くなられた。高校では石原慎太郎・東京都知事と同級生で、私の5年先輩に当たる。何年か前に六本木アーク・ヒルズで開催された高校の在京有志同窓会でお会いした時、少しお話した。当時民主党の代議士だったのにかつての闘士の面影が消え、心なしか元気がない様子だったので、体調を崩されているのではないかと秘かに気にかかっていた。
 個人的にそれほど親しくお話したことはないが、鵠沼に住んでいた亡父が生前敬老の日の祝賀会で高齢者を代表して挨拶した時、当時の葉山市長から記念品と賞状をいただいた。
 葉山さんは25歳にして藤沢市議会議員選挙でトップ当選を果たし、その後市長選で保守派の市長として長い間務めていた当時の金子小一郎市長に果敢に挑戦して一敗地にまみれた。次の選挙で前市長の後継者を破り、以降は圧倒的に市民の支持を得て連続6回当選し、市政に多大な貢献をされた。市民派市長として、その当時左翼政党として元気だった社会党のプリンスとしてアッピールし、全国革新市長会会長や非核都市宣言自治体連絡協議会会長を歴任した存在感のある市長だった。60年安保国会で藤山愛一郎外相を問い詰めた社会党代議士飛鳥田一雄氏(後社会党委員長を経て横浜市長)と共同戦線を張って、リベラルで堅実な市民活動に力を入れ、それが藤沢市民から高く評価された。
 葉山さんの次弟・水樹さんは同じ高校ラグビーの1年先輩で一緒にスクラムを組んでいたので、より親しみを感じていたが、あの時のフォワードはみな揃って体格がガッチリとした大型フォワードだった。論客で弁護士になられた葉山さん、東大へ進まれ全学連書記長として60年安保闘争の中心となって運動をリードした清水さん、耳鼻咽喉科医師となられた渡辺さん、新進作曲家の娘さんがコンサートで度々新曲を披露している武智さん、拙宅近くに住まわれ今もお付き合いの深い元エリート銀行員の和田さんら、1年上級のフォワードには個性的で話題の豊富な素晴らしい先輩がおられた。中でも清水さんは学生時代の闘争心が未だに衰えず、今でも今世紀中に世界革命を起こすとの固い決意と信念を抱いて、タイミングを待ちつつ今も潜伏している。現代社会で世界革命が成就するとは信じ難いが、60年安保へ誘ってくれた先輩でもあり、気になっている。
 最近は葉山さんの健康状態もさほど良さそうに見えなかったし、威勢の良かった時代を思うと晩年はちょっと寂しかったのではないかと感じている。心よりご冥福をお祈りしたい。
 さて、昨日本稿で取り上げた高校授業料無償化問題で朝鮮学校生を対象外とすることに異を唱え、橋下大阪府知事の朝鮮学校への条件付支給に賛同すると書き込んだが、今朝の朝日を読むとなんとまぁ拉致問題担当の中井洽大臣が、橋下知事の考えは甘いと非難している。推察するところでは大臣の考えは拉致問題の解決が一向に進展しない手詰まり状態に焦燥感を爆発させたもので、論理的な説明がまったくなされていない。単に北朝鮮関係者を利するものには何でもかんでも反対するの一点張りである。こういう無節操で短絡思考の人が大臣をやっているのは反って危険ですらある。大臣は知事の何が甘いというのか。納得できる説明もなしに、大臣たるものが単純に日本で生活する朝鮮高校生を一方的に差別しても良いのかと逆に問いたい。ただ、反対しているだけでは、賢明な国民を納得させることなぞできまい。担当部門の最高責任者として、少しでも拉致被害者家族会の受けを狙った発言としか思えない。
1036.3月15日(月) やっと消費税論議を始めるという。
 景気が低迷する中で、新卒者の就職活動が苦戦している。一般企業の正規雇用が減り、非正規雇用で採用された社員や派遣社員もその影響を受けて困惑している。こればかりは景気の回復がなければ好転する見通しが立たない。
 しかし、一方で雇用を抑え気味の大手企業の中にあって、採用を減らさず前年並みとか、むしろ雇用を増やしている安定した企業もある。そういう景気にあまり影響のない会社で働く人は恵まれていると思う。
 景気が悪くなれば、税収が落ちるのは当然である。2011年度の一般会計予算が過去に前例がないほどの税収不足の中で編成された。そのため税収不足を賄おうと大幅な国債発行で切り抜けようとして、将来の財政状況に暗雲をもたらしたのはつい最近のことである。税収減少の最大の原因は、法人税の減少によるものだが、このため景気に左右されない消費税をいずれ税収の柱にする考えがあるらしい。家庭事情が火の車なら、それも充分検討してしかるべきだと思う。だが、民主党は総選挙を前に当面4年間は消費税を上げないと約束してしまった。鳩山政権になってからも首相は「約束は実行する」と言い続けている。他方で、財政事情は益々悪化の傾向を辿っている。この苦しい財政事情を切り抜けるために、菅副総理・財務相はついに「所得税、法人税、場合によっては消費税、環境税といった本格的な税制の議論を3月には始める」と言い出した。この苦しい財政事情なら、国民に丁寧に説明して納得を得たうえで、ある程度マニフェストの修正も已むを得まい。やっとのろまの民主党も本気になって税制論議を進めるのかと今後の議論の進め方に注目したい。
 できることなら3月と言わず、検討だけでももっと早くスタートすべきだった。国民に評判の良くない政策は先延ばしにして、追い詰められてから苦し紛れに行うからすべてが遅れるのだ。
 さて、鳩山首相の実弟である鳩山邦夫・元総務相が、今日自民党を離党すると発表し、党も容認するという。数日前自民党首脳部に対する不満をぶちまけ、GW前に新党を結成すると広言した。その前に与謝野馨・元経済財政相や舛添要一・元厚生労働相らも党内秩序を乱すような不穏な発言をして、政権を手放した自民党の落ち目ぶりをくっきりと映し出していたが、それにしても党内はまとまりに欠けている。
 鳩山邦夫氏はお金持ちのお坊ちゃんというイメージがぴったりだ。言うことも行うこともこれまでの言動を見ているとわがままで気分屋だなと感じる。理念も哲学もなくただ暴れまわっているという印象である。立派な政治家の家系に育ったから、世襲議員として政治家になることができただけの人ではないかと思う。いくら自由な発言が許されるからと言って、昨年郵政会社問題で大臣を辞めさせられた腹いせか、言いたい放題だったあのパフォーマンスを考えても、気に食わないと八つ当たり発言を繰り返している。果たしてこういう短気で思慮分別のない人に、政治を任せて大丈夫なのかと不安が拭えない。
1037.3月16日(火) 録画で「ベン・ハー」を半世紀ぶりに観る。
 先日録画しておいたMGM映画「ベン・ハー」を半世紀ぶりに観た。1959年にアカデミー賞の11部門で賞を獲得し、大ヒットして日本映画史上初の天覧上映となった映画である。
 日本では翌1960年に東京・京橋の「テアトル東京」で一般公開され大きな話題となった。それまでのスクリーンと違って横長の画面で、大きなシネマスコープだと思いこんでいたが、後年になってパナビジョン社が開発して「ウルトラ・パナビジョン70」に発展した、当時の新型スクリーンだったようだ。チャールトン・ヘストン主演の4時間近い長編映画だった。あの当時の迫力とサスペンスは今観ても色褪せず面白い。大作と云われる所以だろう。
 映画を観たその年は60年安保の真っ盛りで、当時世俗的な情報には上の空だったが、この映画だけは観てみたいと思い、大学演劇部に入っていた同じクラスの肥後留太郎くんと「テアトル東京」へ観賞に行ったことを思い出す。
 この映画で関心を惹いた「戦車競争」が、奴隷を使役したガレー船、ライ病に冒された母と妹の悲劇的な情景とともに強く印象に残っている。その後度々ローマを訪れたが、戦車競走の撮影場所、パラティーノの丘の下にあるチルコ・マッシモを眺める度に「戦車競走」のシーンを断片的に思い出したものだ。
 50年経ってもそれらのシーンは強く心に残っており、改めてあの時の臨場感を思い出したが、いくつかの場面はどうしても思い出せなかった。特に情けなく感じたのは、ある若いタレントが一番印象に残っているシーンとして挙げた、キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘へ引き立てられて行く場面が、まったく記憶になかったことだ。些細なシーンならともかく映画の中でもひとつのクライマックス・シーンをすっかり忘れ去っていたことは、ちょっとショックだった。これが半世紀間の空白なのだろうか。
 こうして記憶が徐々にまだら模様となり、完全空白になって老いていくのだろうか。
 まあ、くよくよしても始まらない。記憶力は確かに少しずつ減退してはいるが、前向きな気持ちは弱まっているとは自分では思えない。むしろ時間が足りないくらい忙しない毎日だ。
 さて、カタールのドーハで今日開幕されたワシントン条約締約国会議(175ヶ国加盟)では、モナコから提案されている、大西洋で絶滅が危惧されるクロマグロの捕獲と国際取引を禁止する附属書への掲載を議論することになる。EU諸国やアメリカがモナコの提案に同調する態度を示したことにより、反対の立場にいる日本は窮地に追い込まれている。世界のマグロ漁獲量のうち、その約8割を日本が消費している。差し当たり、大西洋の捕獲禁止が日本の消費市場に大きく影響することはなさそうだが、今後のクロマグロの市場を考えると深刻な問題である。
 ところで日本はマグロ船で太平洋海域を中心にマグロを捕獲し、大西洋にも船を出し、同時に多くのマグロを輸入している。日本人のマグロ好きがここへ来て自然資源減少の張本人扱いされ、諸外国の目は厳しい。ニュース番組で専門家も言っていたが、食文化の違いとか、クロマグロをパンダやシーラカンスと同じように絶滅危惧種扱いすることを非難することより、マグロ好きな人たちも美味しいからとか、安いからとかの理由だけでむしゃむしゃ食べるのではなく、日本の食文化ならお寿司の食べ方として、数少なくじっくり味わうということも考えた方がよいと言っていたが、なるほどと思った。そう言えば、贅沢になった近頃の子どもは、回転寿司屋でお腹一杯食べているが、あまりお勧めできないと話していた。確かに日本の食文化を主張するのも良いが、世界中から非難されるようなら、ここはひとつ立ち止まって考えてみることも必要ではないか。
1038.3月17日(水) 「三軒並んだラーメン屋」のネタはどこから?
 落語の初代・林家三平師匠の十八番「三軒並んだラーメン屋」の小咄を引き合いに出して、博多・長浜ラーメンの元祖争いを今朝の朝日「天声人語」が面白おかしく紹介している。
 三平の小咄に出てくる「三軒並んだラーメン屋」とは、右端のラーメン屋が「日本一うまい」と看板を出すと、左端は「世界一うまい」と看板を出した。困った真ん中のオヤジが寝ないで考えた看板が「入口はこちら」というユーモア溢れる小咄である。
 しかし、この三平の小咄は、果たして三平独自のアイディアがネタとなって高座で語られるようになったのか、私の体験上些か疑問に感じた。
 というのは、まだ東西冷戦中の1979年にブルガリア・トラキア地方のプロブディフで学校訪問をした時、同じような話をブルガリア人通訳から聞かされたからである。8日間も行動を共にして、気分的にも打ち解けた通訳さんは、笑いながらブルガリアのジョークとして聞かせてくれた。そのジョークというのが、一軒は「天国に舞い上がったような気分になるフランス料理店」、もう一軒は「舌がとろける中華料理店」と看板を掲げたが、客はみんな三軒目のレストランに入った。何とそのレストランの看板には、ただ一語「ENTRANCE」とだけ書かれていたというユーモラスなものだった。当時社会主義体制のクビキによりソ連にがんじがらめにされ、ソ連の申し子とされていたブルガリアに滞在して、窮屈な中でほっとするようなジョークだったので、殊更印象に残っている。
 三平師匠がこの落語を話したのを聞いたことはないが、どこにもありそうな小咄でもあり、断定的なことは言えないが、多分これは三平のアイディアから生まれた小咄ではないような気がする。
 それにしてもどこにも似たような話があるものである。
 さて、昨日子ども手当法案と高校無償化法案が衆議院で可決され、参議院へ回された。今年度内に成立する見通しである。その高校無償化法案の朝鮮学校対象外が、懸念していたように国連の人種差別撤廃委員会で問題となった。同委員会報告書は「在日コリアンや中国人指定の学校が公的支援や補助金などの面で差別的扱いを受けている」と指摘した。これについて、あるNGOは、もし勧告に反して朝鮮学校外しを強行するなら、国際的批判を浴びるだろうと厳しい見方をしている。
 どうするのか、まだ政府は決めていないようだが、そんなにぐずぐずしている時間はないのではないか。
1039.3月18日(木) 評伝執筆を引き受け「都会の憂鬱」
 昨年秋ごろ、数年前ご主人を亡くされた奥様から夫の評伝を書いて欲しいと頼まれた。プライベートなことにあまり関わりたくないのと、ほかのご家族からも必ずしもご満足いただけない心配もあったので、2度までも丁重にお断りした。
 しかし、その後再三に亘りどうしてもご主人を中心に息子家族、自分自身、夫と自分の両親・兄弟、特に関係深いご親戚について全体的な○○家の記録として残したいので、短くても良いからぜひ執筆してもらいたいと懇願された。そのうえお引き受けしないうちに、メモや写真、家系図などを一方的に送ってこられ、挙句の果てに書いてくれないとお迎えが来ても死に切れないとまで哀願されてしまった。そこまで頼られるなら私にとっては荷が重いが、お手伝い致しましょうとお引き受けすることに決めた。
 その後一度ご自宅を訪れたほかにも何度か手紙のやりとりをして、電話でもお話した。
 結論から言ってプライバシーを覗く家庭について、依頼者の気持ちを損ねないように評伝を書くのは相当難しい。今になって泣き言になってしまうが、やはりお引き受けすべきではなかったと後悔と反省の気持ちばかりが残る。相手が譲らない言い分とこちらの書く手法や、視点がまったく違ううえに、後から後から新しい情報を提供され、段々お互いの考えがずれてきた。その都度書き直し、写真の貼り付け場所についても、当初とは違う指示をいただく。
 依頼主はご高齢でそれほど健康状態も芳しくないので、あまりこちらの言い分を強く主張するわけにも行かず、ご機嫌を取りながらお話を伺うというスタンスに終始している。
 今朝はお電話で余計なことは書かなくて良いときつく言われてしまった。言われる通りにするなら現在までに書き上げた原稿を半分ぐらいにまで縮小せざるを得ない。さらに今まで書かなくても良いと言われた情報について、今度はやはり書いて欲しいと言い出された。構想を練り、時間をかけ、良かれと思って作業を始めても、完全にご自分の考えている通りでないと納得していただけない。気持ちも大きく揺れて、しばしば考えが変わる。しかも原稿は自分で書くことはされず、拙稿について細かい指摘や、注文をされるので、話がしばしば頓挫して次第に書こうという気持ちが萎えて行く。これまで豊かな生活を送られ、社会へ出て働かれた経験がない方で、そのうえ少々わがままなご性格なので、あまりこちらの気持ちを斟酌されるようなことはない。
 今更愚痴を言っても始まらないが、最初に直感的に引き受けまいと思った時、やはりはっきりお断りすべきだった。まだ、完成まで時間がかかりそうで、ほかの仕事も抱えてしばらく憂鬱の時が続きそうである。何となく佐藤春夫書くところの「都会の憂鬱」である。
 深夜近くなって、ドーハで開催中のワシントン条約締約国会議の第一報が入ってきた。それによると悲観的に考えられていた、モナコの西大西洋と地中海におけるクロマグロの捕獲禁止の提案は、2068で否決された。つまり日本などの反対派の考えが通ったようだ。圧倒的に不利と見られていたが、予想が覆ったのは、アフリカ諸国やアラブ諸国が日本案に回ったかららしい。
1040.3月19日(金) クロマグロの国際取引禁止案否決
 夕べ遅くなって日本に伝えられたドーハからの第一報は、予想外の結果だった。日本にとっては朗報とも呼べるものだった。取り合えず日本には危機回避となった。会議開催前は、ほとんど日本のモナコ提案反対の立場が支持されるような空気ではなかった。これで今後はマグロのトロを食することは難しくなると考えられた。世界でも初めて成功した近畿大学のマグロ養殖がメディアで大きく取り上げられ、今後はこういう資源保護派を納得させるような技術の開発を進めるべきだとの声も高まった。
 ワシントン条約締約国第一委員会の投票は、予想とはまったく反対の結果となり、モナコ提案は完敗とも云えるほどの大差で否決された。その背景には、相変わらず欧米先進国の自分たちだけの権益だけは守ろうとの保守的な考えが表れた反面、沿岸漁業国のアフリカ、中東、アジアの国々の間ではこの提案がひとつのきっかけとなり、今後他の漁業権まで禁止へ向かうとの危機感が生まれてきたことである。
 開会前はモナコ案に反対を表明していた国は、日本のほかには韓国とニュージーランドだけだった。それが蓋を開けてみたら、投票は無記名とは言え中国、ロシア、アイスランドのほかに、前記の国々が反対票を投じたようだ。中国のアフリカ諸国への説得工作が効いたとも云われている。EUは賛成と言っていたが、必ずしも一枚岩ではなく27カ国のEU諸国が参加していながら、賛成票のトータルが高々20だった。
 ただ、これで一件落着とは行かず、漁業資源の枯渇は世界的な問題であり、漁の最大消費国である日本としては、世界中から厳しい目を注がれる中で今後どのように資源保護対策を主導的に進めていくかが問われている。
 さて、今月9日に外務省密約問題を公表して、密約ありと政府は認めた。今日衆議院外務委員会は、西山太吉氏と当時の外務省関係者の参考人質疑を行った。肝心の密約資料を破棄したことが明らかになった。証言した元条約局長が後任者に引き継いだ核持ち込み密約に関する文書のうち、最重要資料の半数8点が発表されていないと証言した。つまり紛失したのである。否破棄したのである。外務省の機密書類保管に関する対応は、まったく無責任極まる。
 朝日夕刊には西山太吉氏の証言を載せている。「言いたいのは公平な裁きだ。裁かれてしかるべきものが裁かれぬまま今日に至った。まったく追求がされなかった」と証言した。その通りであり、事件を闇に葬ろうとした当該者に対して何らかの処罰を科すべきであろう。西山氏に関連して知人の北岡和義さんを紹介している。北岡さんは先日の最高裁西山裁判の際も、TV画面に大きく写っていた。同じ記者仲間として当初から西山さんを支援する活動を献身的に行っている。偉いなぁと思わず頭が下がる。
1041.3月20日(土) イラク戦争開戦から7年
 今日は忌まわしいあの事件が起きて15年目である。事件とは、地下鉄霞ヶ関駅におけるオウム・サリン事件のことで、その当時はまだ会社勤めだったが、事件はあまりにも衝撃的で第一報を耳にした時は、事件がどういうものなのか状況がよく呑み込めなかった。今も被害者の間で後遺症が尾を引いている。
 その後8年を経て、2003年の今日はイラク戦争勃発の日だった。これも鮮明に覚えている。シベリア鉄道に乗ってモスクワに行き、その帰りにモスクワから空路ウラジオストックへやって来てトランジット・ルームのテレビで開戦のニュースを知った。
 旅行出発前、日一日と高まっていくイラクの緊迫した状況と、相変わらずイラクのフセイン大統領の強気の姿勢から推して、戦争を回避することは最早不可能だと判断し、まもなく戦争状態に突入するだろうと内心予想していたので、ニュースを聞いても「ついに来るものが来た」と感じて、それほどの驚きはなかった。新潟駅前で地元のテレビ取材班にインタビューされた時も冷静に応えることができた。だが、とうとう始まったかと感慨深い気持ちに捉われたことをよく覚えている。
 ところが、15年前に起きたサリン事件については数日前からマス・メディアで大きく報道されているが、7年前に勃発したイラク戦争についてはほとんど断片的な報道だけで、切実感が伴ったニュースとして伝えられていない。報道量が少ないというのは、やはり現段階で現実に日本が直接戦争に拘わっていないことが影響しているのではないか。つまりイラク戦争は日本人にとってあくまで他人事であって、身内の事件ではないということなのだ。この点は、マス・メディアが世界的な大事件として8年目に入ったイラク戦争という観点から、もっと取り上げて公平に取り扱い報道するべきではないかと思う。
 さて、昨日の衆議院外務委員会で密約文書について参考人招致が行われたが、証言した東郷和彦・元外務省条約局長が引き継いだと証言した書類が見つからないことについて、現状では破棄されたと看做され、また当事者がそのように聞いているとまで語っている以上、まず隠蔽され、廃棄されたことは間違いないだろう。実際そういう結論に至った。誰がなぜそのような不届きな行為を行ったのだろうか。
 不可解なのは、東郷氏がはっきり引き継いだと証言した当の被引継ぎ者の藤崎一郎・元条約局長(その後駐米大使)が、記憶が不明だと語り、この対応は今後外務本省に任せるべきだと言っていることである。今更自ら火の粉を降りかぶるような厄介な事柄には巻き込まれたくないということなのだろう。
 今日の朝刊には意図的に国民の知的所有権を廃棄した罪は重いと書かれている。外務官僚の内々の論理で、勝手なことをやっておいて国のために行ったという言い分だけは聞きたくない。国家にとっての機密事項を個人の判断で右から左へ捨て去るという悪質で軽率な行動は許し難い。こういう倫理観のない悪辣な国家公務員には、お仕置きとして法的罰則を課したうえで、国家・国民のためにマイナスで職責を全うしていなかったと捉えて年金も減額すべきだと考えるが如何だろうか。
1042.3月21日(日) 普天間基地移設問題はどう解決するのか。
 情景だけ見ると春爛漫と行きたいところだが、夕べから全国的に東向きの強風が吹きまくり、北九州市内では駐車場で女性が落ちてきた屋根に当たり死亡したり、自衛隊東富士演習地では、野焼きの最中に火の方向が急に変わって3人が焼死したり、思いがけない事故が頻発している。北海道・旭川では92年ぶりの突風が吹いた。暴風警報も発令された。そこへ中国大陸から毎年やってくる黄砂が日本列島を覆い出した。
 今日から始まった甲子園の選抜高校野球開会式でも空がどんよりと曇っていたが、あれも黄砂の影響ではないだろうか。
 高校野球開幕とほぼ歩調を合わせて、昨日プロ野球パ・リーグが開幕した。桜も大分咲いて春を感じさせてくれる。来週と再来週には、それぞれお花見に誘われている。お彼岸の中日なのでお墓参りをしたいが、道路が混んでいるので一寸時期をずらせてお墓参りをしたいと思っている。
 さて、懸案の沖縄普天間米軍基地移設問題の政府内決定の期限が迫っているが、相変わらず結論が出そうもない。今月中に政府案を決定しアメリカと交渉して5月内に日本としての最終案を決定するというスキームだった。それが、今月中の政府案、5月内の日米間の決定というスケジュールがまとまりそうもなくなってきた。最初から確たる腹案があったわけではなく、交渉の過程で一番無難な案にまとめようと思っていたようだ。しかも、昨夏の衆議院選挙を見据えて当初よりアドバルーン的なアイディアだった節もある。可能性が薄いにも拘わらず、基地移設先を沖縄県外とか、海外移設とか、普段から沖縄基地問題をまったく考えていないような提案だった。あれだけ沖縄でも反対の強い米軍基地を簡単に受け入れる自治体があると思っているのだろうか。
 今政府は一週間後に渡米する岡田外相に、ホワイトハウス、国務省、国防総省と非公式に意見交換させ、感触を得てアメリカの出方を探り出す予定である。しかし、まず日本案を提案しなければ、交渉にはならない。その日本案はこの期に及んで万策尽きて二つの案に絞られたようだ。ひとつは、日米間の合意事項である、辺野古のキャンプ・シュワーブへの移設であり、もうひとつは、現在の普天間基地を継続使用するというもののようである。これならアメリカにとって失うものはない。何と応えるか分からないが、大歓迎だろう。
 連立を組んでいる国民新党はすでにキャンプ・シュワーブ陸上案を提案し、社民党は今も県外移設か海外移設に拘っている。前者は、沖縄県、名護市が強硬に反対している。後者はまったく見込みが立っていない。
 この基地移設問題をよく考えてみると、民主党政権が基地問題、とりわけ沖縄住民の心情をまったく考えていないことが分かる。そして、決定的なことは政府が事案の解決のための順序、交渉、国民への説明等についてまったく無知であることが鮮明になった。政治手法と統治能力に欠けているのである。心配しながら見守っていたが、この状態では解決できそうもない。当事者能力がまったくないのである。こういう人たちの集団に政治を任せてしまったことが、国民のひとりとして情けない。沖縄県民はもしこのまま、政府案通りに決定してしまうなら、はらわたが煮えくり返る思いだろう。
 今更どうやってもこの基地移設問題の解決は難しそうだ。それにしても現政権が示すのは、稚拙な政治行動力だと思う。
1043.3月22日(月) 非常識な若者が増えてきた。
 昨年1134年ぶりにインドを旅行して、念願の世界遺産150ヶ所訪問を達成した。手持ちの「旅のギネス」にも早速書き込み友人たちにも上げている。先日も酒のペンクラブで、「旅のギネス」についてスピーチをした。ある友人はそれだけでは、どこの世界遺産を訪れて、どんな珍しい世界遺産へ行ったのか分からないので、誰でもが分かるようにしたら案外面白いのではないかと言ってくれた。
 世界に890ヶ所もある世界遺産の中で、高々150ヶ所訪れたからと言って大騒ぎすることもないと思うが、ほとんどの人は世界遺産をそう多くは訪れていないので興味のあるトピックではないかと思う。結局あれこれ考えた末に、試しにホームページ上に「訪問世界遺産」欄を載せてみることにした。どういう反応があるか分からないが、とりあえず友人らにHPへアップしたことを知らせた。併せて、HP上の「リンク集」に小中陽太郎さんから了承を得て公式サイトを掲載した。今後少しでもアクセスしてくれる人が、面白いと思ってくれるようなHPにしていきたい。
 妻が一昨日学生時代の友人と日光方面へ旅行した帰りの東横線車内で、疲れていたのでシルバーシートに座ったところ、両隣と向かいの3席は若い人が占領していた。途中駅で妻より若そうだが、大きな荷物を抱えていた女性が乗車してきて気の毒なので席を譲ったという。その女性は自分より年配者に席を譲られ当惑したようだったが、疲れていて座りたかったのだろう、結局妻が譲った席へ座った。妻が言うには、その時周囲のシルバーシートに座っていた5人の若者のうち、誰ひとり高齢者に席を譲る気持ちがなかったようで、眠ったり、携帯に夢中だったりとちょっとばかり憤慨していた。
 同じ日、外出した帰りに近くの私立女子学園傍を通ったら、道路上にテニスボールが二つ転がっていたので、校庭から飛び出したものだろうと考え、拾って構内へ投げ返してやったところそれを受け取った生徒は、一言の言葉もなく走り去った。
 今日駒沢公園へ散歩しようと道路へ出た途端、一方通行なのに正面から逆走してくる乗用車があり、慌てて大きく手を振って違反走行だと教えてやった。ところがそのまま車はこちらへ走ってきて、手前の交差点で急遽左折したので取り合えず事故にはならなかった。しかし、もし対向車が来たらと考えるとぞっとする。その車は左折した直後対向車から怒鳴りつけられていたが、私もつい「気をつけろ!」と興奮して叫んでしまった。運転していたのは、小さな子ども二人を乗せた若い母親だった。
 どうも近頃は、モラルに欠ける若い人が目につくようになった。自分勝手で楽な方向ばかり向いている。常識を欠き恥ずかしさも感じない程度の低いノータリンが増えてきた。こういう連中にどうやって世の中の条理、道徳、常識を教えたらよいのだろうか。先を考えると暗い気分になる。
1044.3月23日(火) 見応えのあった映画「アイガー北壁」
 高校時代の友人・吉水淑浩くんから、カメラ仲間と銀座でフォト展を開催するとの案内をもらったので、今日観賞に出かけた。中々印象的な写真が展示されていた。彼の二作品も良い出来栄えだと感じた。
 その帰り道にJR有楽町駅前の「ヒューマン・トラスト・シネマ有楽町」で、観てみたかったドイツの山岳映画「アイガー北壁」が上映されていたので、思い切って鑑賞することにした。ナチ・ドイツ時代を背景に、アイガー北壁一番乗りを目指すクライマーと新聞社の報道内幕、それに初登攀を国威発揚に利用しようとするナチの遠まわしの圧力を取り上げたドキュメンタリー映画で、中々迫力のあるクライミングと吹雪の中の遭難救助シーンを見せてくれた。
 舞台として、クライネ・シャイデック、アイガー登山電車、そして雄大なスイス・アルプス山岳風景が空撮も含めて実写で紹介され、私にとっては何度か訪れた場所でもあり、訪れた時のイメージを思い起しながら固唾を呑んで観賞した。登山経験のある身としても中々見応えのある映画で、久しぶりに本格的な山岳映画らしきものを観た気分になった。最後は北壁登攀一番乗りを目指すドイツとオーストリアの2パーティ、それぞれ二人のアルピニストが、全員遭難するという悲劇に終る結末だ。
 実話としては、この遭難事故の翌年、実は私の生まれた1938年にアイガー北壁はドイツ・オーストリア合同登山隊によって初登攀された。この初登攀をナチは、オーストリアをドイツに併合する、ひとつのチャンスとして利用したと云われている。
 拙著「停年オヤジの海外武者修行」に推薦文を書いていただいた登山家の芳野満彦さんも、何度かこの北壁をトライしたが、相性があまり良くなかったのか成功せず、マッターホルンに狙いを替えて、1965年日本人として初めてマッターホルン北壁を征服した。嬉しさも束の間に芳野さんとザイルを結んでマッターホルン初登攀に成功した、渡部恒明さんはその一週間後悲運にもアイガー北壁で転落し衝撃的な死を遂げた。周囲の素晴らしい風景とそういう悲しい人間模様が織り成す綾が、後から後から脳裏に浮かんできて少々辛いが、実に趣深い映画だった。
 さて、昨日ブログに最近の若者について、些かモラルに欠けると書いたが、今日購入したあのドイツの哲学者・フリードリッヒ・ニーチェの言葉を集めたベスト・セラー書「超訳・ニーチェの言葉」の中で、ニーチェは若者についてこう言っている。「若い人が傲慢でうぬぼれているのは、まだ何者にもなっていないくせに、いかにもひとかどの者のように見せたがっている同程度の連中と仲間になっているからだ」。流石はニーチェだ。ズバリ言い当てている。
1045.3月24日(水) 民主党内のごたごた
 このところ民主党内にごたごたが続いて発生し、各メディアの世論調査でも民主党に対する支持率が急激に低下している。今や鳩山政権に対する支持率は、30%前後で危険水域に入ってきた。一方、自民党内でも鳩山元総務相の離党騒ぎがあり、執行部に対する言いたい放題の批判もあって、党内の結束は乱れ、本来なら民主党を追い上げる絶好のチャンスにも拘わらず、支持率が一向に回復しない。そのお陰で民主党は当分このまま危ない綱渡りを続けながら生き延びていくことになりそうだ。
 民主党の現時点における支持率低下の最大の原因は、鳩山首相と小沢幹事長の政治とカネの問題のケジメ、小沢千代美衆議院議員が北海道教職員組合から受け取った違法献金の対応、そして生方幸夫副幹事長解任問題である。
 その中で昨日小沢千代美議員は世論の厳しい非難の中で、強気にも離党も議員辞職も考えていないと語った。他方、最近小沢幹事長批判発言が問題となり、党副幹事長を解任させられた生方氏の如きは、地元へ帰り自らの行動の正当性を訴えたり、解任は小沢幹事長独裁によるものだとのメディアの同情的な声に支えられて、自分にまったく非がなく、自分は正しいとの主張を各地、各メディアで展開している。
 確かに小沢幹事長の隠然たる力は、今では絶対的な権力となり誰も抗弁できないほど恐怖政治的との声も聞く。実際最近の様子をよく見てみると、これでは民主政治とは言え小沢独裁の一面も感じられる。反小沢の声、世論が生方擁護へ走ったと言えなくもない。
 ただ、それにしても小沢憎しのあまり、生方氏の一連の行動、すなわち意見発表の方法や手順を素直に認めることができるだろうか。同じ党内で自分の主張を述べるのではなく、発言の機会がないからといって歯止めのない外の世界で党にとってマイナス発言(幹事長批判)を繰り返しているのである。これでは民主党に籍を置いている節度も意味もない。党内で堂々意見を開陳し、それでも通らないなら他の反小沢の仲間と話し合って主張を訴える手段を考えるべきではないか。さもなければ離党して堂々小沢批判をぶてば良いではないかと考える。
 その一方で、あまりにも世論の抵抗が強くなり、流石に小沢幹事長も生方問題を元の鞘に納めて、再び生方氏を副幹事長に復職させることにしたが、こんな一時凌ぎがいつまでも通用する筈がない。その生方氏の言うことがふるっている。「自分の主張が認められた。これからも言論の自由を今まで通り貫き通していきたい」という。この御仁は、自分が民主党という組織の一員で、誤った言論の自由の発言をこれまで通り続けるらしい。常識とか社会通念が何も分かっていない。自分の立場を考えず、明らかに政治家としての節操を欠いた、幼稚な行動である。こういう短絡思考と軽薄な行動では、民主党としても他の党員に対しても示しがつかないのではないかと気にかかる。どうも政治家にも薄っぺらな人間が多くなってきた。
1046.3月25日(木) 中国の独裁跳ね上がり国家ぶり
 一昨日インターネット検索最大手のグーグルが、中国本土における検索事業の撤退を表明した。アメリカ政府も中国政府に対して言論の自由を損ないかねない干渉について、今月初以来不満を述べていたが、グーグル側の要望を中国当局が受け入れず、結局グーグルは最大の市場である中国から手を引くことになった。
 この動きの中に強気一点張りで自説を押し通す、最近の強圧的な中国的手法が、またもや世界に晒け出され物議を醸すことになった。かつての共産主義とは異なった、中華思想に裏づけされた独善的共産主義思想が暴発した感じである。自国の利益を擁護するために手段を選ばない最近のやり口には、些か辟易するほどだ。近年の凄まじいばかりの経済成長に後押しされて、世界の舞台に踊り出てきた中国の存在感は圧倒的な迫力がある。アフリカ諸国への中国の影響力は恐るべしで、ごく最近ワシントン条約締約国会議において、西大西洋・地中海におけるクロマグロ捕獲禁止を提案したモナコ案を阻止できたのは、アフリカ諸国を取り込んだ中国の影響力と実績である。アフリカ諸国へ資金貸付と技術援助を与えて発展の土台作りに貢献し、信頼感を勝ち取って資源採掘権等を有利に手に入れている。その注ぎ込んだ資金原資は、元々日本がODA援助として発展途上国扱いだった中国へ供与したものだ。それをアフリカ諸国へ還流させて巧みに利用し自国の存在感を際立たせる、つまり他人の褌で相撲を取ってきた経緯がある。
 その中国は世界の覇権を獲得するために、本当の経済力以上に発展途上国支援に熱心で、1月ハイチ地震発生の際は、一番乗りで駆けつけた。だが、功を焦ったのか、直後に事故により救援隊員を2名も死亡させて全員母国へ引き上げさせてしまった。何のための支援活動だったのか。何のことはない。救援活動は二の次で、中米ハイチに橋頭堡を築いてアメリカを牽制するのが当初の狙いだったのだ。中国の目的はミエミエだったのである。他国の危機に乗じて自らの基盤作りに血眼になっている。他国への支援を自国のために利用して行っているのだ。果たしてチリ地震では知る限り、まだただの一人も救援隊員として送られていない。
 最近の中国の国際的な活動はあまりにもパフォーマンスのあくが強すぎて、その背後にある隠された魂胆をよく探らないと正確にはその意図が判断できない。
 グーグル撤退報道に続いて、今朝の朝日では一面に5段記事、9面に4段記事が掲載されたが、新たに中国政府はメディアに対して18分野の報道禁止命令を出したとある。ここまでやるかという思いである。報道規制の対象として、人民元切り上げ、官僚の腐敗、高額な医療費、新彊ウィグルとチベットの騒乱、貧富の格差、警察と暴力団の癒着、大学の自治権拡大、食品安全問題、地価高騰を煽る不動産関係者、等々の好ましからざるアイテムばかりである。中国政府は、こういう国家・国民にとって悪質で悪影響のある事件・事案の外部への報道を許さず、徹底的に国民の目から隠蔽しろと共産党中央宣伝部が公言したのである。国家が国の恥部の報道を禁止しようというのである。中国の正体見たりというのが率直な感想である。これでは何を報道して良いのか分からないと大手新聞関係者も途方に暮れている。
 それにしてもいつの間に、中国は国民の発言も自由な情報も許さない独裁、秘密、恐怖国家となってしまったのか。あぁ〜胡錦涛はスターリンになったのだろうか。
1047.3月26日(金) 印象深い人の死
 1960年代日本のジャーナリズムに大きな影響を与えた元毎日新聞外信部長の大森実氏がアメリカ・カリフォルニア州で亡くなられた。88歳という高齢だった。1960年にボーン国際記念賞を授与され、65年ベトナム戦争中に戦場特派員としてベトナムへ派遣され、戦況や惨状のリアルな報道によって、日本新聞協会賞も受賞した。同時に、米軍による民間施設爆破を批判的に報道して、当時のライシャワー駐日大使から、北の宣伝に乗った不公正な報道と非難されてその翌年毎日新聞社を退社した。その後自前の「東京オブザーバー」という新聞を発行し、学生アルバイトを使って街頭で立ち売りさせるユニークな商法が鮮烈な印象として残っている。
 同紙の売り上げは必ずしも芳しくなかったようで、残念ながら間もなく廃刊して表舞台からその姿を消した。その後活動の拠点をアメリカに移して地道に報道を続け、最終的にアメリカのベトナム戦争を非難した、その地で生涯を終えたのは、いかにも暗示的である。同じ毎日の西山太吉氏と並んで記憶に残るジャーナリストのひとりである。
 それにしても毎日新聞社は、西山氏といい、大森氏といい、どうしてこうも優秀なジャーナリストを退社へ追い込んでしまうのだろうか。二人とも広く評価される記事を書き、政府の隠蔽を暴き、毎日魂というものを存分に発揮した功績があるにも拘わらず、彼らの存在が次第に政治に擦り寄っていった毎日の姿勢にはマイナスと判断されたからだろう。こんなことを続けると読者も信用しなくなるのではないかと考えていたが、現在の毎日新聞社の凋落ぶりを見ていると、さもありなむという気がしてくる。
 もうひとり別の意味で世間を騒がせた人物が韓国で亡くなった。自分の犯した殺人という悪質な行為を、日本人による朝鮮人差別問題に論理をすり替え、当時のメディアに対して、自分の幼少時代から大人になるまで周囲の日本人に理不尽にいじめつづけられた差別という持論を滔々と述べ、日本政府、日本の官憲を非難した殺人犯・金嬉老である。南アルプス山麓の寸又峡の旅館で宿泊客を人質に立てこもった凶悪事件の犯人である。この事件は一世を風靡した。無期懲役の刑に服していたが、仮釈放されて韓国へ帰った。10年前には韓国でも事件を起して逮捕された。所詮ろくな人物ではなかったが、一時は英雄気取りで振る舞い、とにかく当時は大変な騒ぎだった。
 同じ韓国人でも、ハルビン駅で初代朝鮮統監・伊藤博文枢密院議長を暗殺した犯人・安重根が処刑されて今日でちょうど100年になる。今年日本が朝鮮を併合して100年目を迎え、韓国はこの期に日本に対して植民地時代のツケの支払い、教科書歴史教育記述訂正などの要求をしている。日韓関係は年々友好的になっているが、双方の認識のズレは大きく、古いキズは簡単には修復することはできない。お互いが納得するまでには、まだ相当時間がかかりそうだ。
1048.3月27日(土) 鳩山内閣は本当に大丈夫なのか。
 鳩山内閣の支持率低下とともに、今問題視されているのは、首相の求心力欠如と閣内不統一である。元々鳩山首相には自信のなさそうな話し方から推して、何事にも思い切った決断と指示ができないような印象を与えるが、最近の首相の言動を見ていると、これが一国の総理大臣かと当惑させられたり、情けなく思うことがある。
 この数日話題を提供しているのは、郵政民営化の変更案を担当大臣である亀井静香氏が閣議で了承されないうちに、外部に対して変更するがごとき発言を繰り返したことである。当然他の大臣から異論噴出である。首相の了解を取った、取らないの低次元の話になっている。特に、亀井大臣の目指すのは、@郵貯の預金上限額を1千万円から2千万円に引き上げること、A郵政事業者同士の取引に消費税を課さない、との2点である。@は民間銀行から民業を圧迫するとの抗議が出ているし、Aに関しては、郵政事業だけに特別に税制優遇措置を行ってもよいものかという至極当然の疑問がある。
 いずれにせよ、こんな非常識なトラブルをしょっちゅう起こしているようでは、内閣と言えないのではないか。それにしても国民新党の亀井代表が、連立内閣の一員として加わり、勝手気ままに暴れまわっている印象を与えるのは、政府としても、民主党にとっても大きなマイナスだと思うのだが、それを誰も抑えきれない。
 他にも相変わらず普天間基地移設問題が迷走を続けている。漸く腹案がまとまり、アメリカと沖縄県へ提示したような様子だが、単純に解決というわけにはいくまい。しばらく迷走して、沖縄県民を怒らせて何らかのお土産をつけて解決というお定まりの結果になるのではないか。
 所詮鳩山政権というのは、この程度のものだったのだろうか。
 さて、2008年1月に発生した冷凍ギョーザ中毒事件の容疑者が中国捜査当局により拘束された。随分時間がかかった。幸い死者は出なかったが、千葉県と兵庫県で中毒症状を訴えた人が10人も出た。日中両国の捜査当局同士が、お互いに原因は相手国側にあると主張し対立したまま、決定的な証拠も発見されず、今日に至った。容疑者を捕まえてみれば、やっぱりそうかという感じであるが、この間日本では中国食品に対する信用はガタ落ちで、今も不信感は消えない。容疑者は、待遇に対する不満があったそうだが、こんなことで輸出食品に毒を盛られたのでは堪らない。封詰めされた食品に輸出先国で意図的に毒盛りされたと強気一辺倒な発言を繰り返してきた中国捜査当局に疑問を呈したい。それにしても誰もが納得するように、すっきりと全面解決して欲しいものである。
 昨日の新聞記事で知ったが、シベリア鉄道の車窓風景がグーグル「YOU TUBE」で観られるというので、バーチャル旅行サイト(http://www.google.ru/transsib)をPCで観てみた。確かに同じポジションから車窓風景を捉えていたが、正直に言って本物の列車から見ても変化の乏しい風景なので、画像もそれほど面白いとも思えない。むしろ150時間分も観られるということに驚いた。150時間と言えば、6日分なのでモスクワからウラジオストックまでの全線9,300kmを写し出しているものと思うが、部分的に拾い出して観るようにしないととても忍耐が続かない。しかし、初めてシベリア鉄道を乗る旅行者にとってはガイダンスとして参考になると思う。
 それにしても居ながらにしてシベリア大陸を旅行した気分にさせてくれるのだから、映像技術とPC技術力も随分進歩したものだ。
1049.3月28日(日) 皇居の見事な桜とお粗末な鳩山内閣
 「江戸城再建を目指す会」の鈴木武朗さんから皇居内の観桜会参加のお招きをいただいた。ちょっと寒い陽気だったが、田安門周辺はお花見の人たちでごった返して、集合場所で中々鈴木さんと会えず、携帯で場所を確認してやっと会うことができた。ほかにも鈴木さんのお誘いに応えて30人ほどの人たちが集まった。数年前の別グループの観桜会では、出入りはともに大手門だったが、今日は田安門から北の丸公園を抜けて大手門までガイドの土屋献一郎さんの説明を聞きながら歩いた。桜も所によっては満開だったが、ほぼ7分咲きといったら良いだろうか。北の丸公園から東御苑の天守台辺りへ出てくると、かなり大勢の観光客に会う。外国人観光客もかなり多い。花曇りだったが、まずまずのお花見だったと思う。やはり皇居を熟知しているガイドさんの説明を聴きながら歩いていると、知らなかったこともよく分かり、興味も募ってくる。参加された皆さんも、かなり博識の人が多くて楽しいお花見となった。終着駅は「楠公レストラン」でバイキングを楽しみながら、何人かの方がトークをされた。私は初めての参加者ということから、最初にご指名をいただき、いくつか旅行の自慢話をした。
 映画監督の横堀幸司さんという方が、愉快なスピーチをされたが、明日NHK総合TVの「こころの遺伝子『自分の好きなように三国連太郎』」に出演されると仰っていた。楽しいお話をされる方で、ここだけの話というのを大きな声で堂々としゃべっておられた。小中陽太郎さんをよくご存知とも仰っていた。
 さて、郵政改革について独り相撲の目立つ亀井静香・郵政改革金融担当大臣の言動について、今朝の時事番組で学者、政治評論家、ジャーナリストらからかなり辛らつな意見が出された。改革内容を云々する以前の問題として、一大臣が閣議の了解を得ないで一方的にマス・メディアでその内容をぺらぺら話したことについて、閣僚から大分疑問の声が出ている。ところが、そのことについて、鳩山首相は承知していないというばかりで、亀井大臣に発言の撤回を求めようとはしない。加えて他の大臣も不満を漏らしながらも、聴いていないというだけで、発言自体を止めさせようとか、改革案を撤回させるような声は出てこない。これでは内閣は機能していないことになるのではないだろうか。このままだと亀井大臣ひとりが持論を主張し、首相が聞いていないことが法律として通ってしまうことになる。同じようなことをやれば、鳩山内閣というのは、大臣が一人ひとりバラバラに勝手なことをやることになり、勝手に法律を作るようなことになる。もうこれでは内閣は空中分解せざるを得ないのではないか。
 そもそも小泉内閣が総選挙で郵政民営化を実行すると国民に訴え、圧倒的な勝利を収めた。その結果は重いと思う。異論のあるのは結構だが、改革の内容を国民に説明しないままで、国民の圧倒的な支持を得た郵政民営化の内容を一方的に時計の針を元へ戻すようなことをやっても良いものだろうか。この行為は民主主義に反するのではないかと思う。国民に内容を説明して、国民の審判を受けて支持されたなら、改革を実行することは納得できるが、今の亀井大臣の考えている通りに進めるとするなら、明らかに一種の欺瞞であり、国民を騙すことになりはしないか。
 考えてみると政府・民主党は、国家、国民のことなんかまったく念頭にないようだ。こうなったら来る参議院議員選挙で民主党議員が当選しないようなことを考えないといけないかも知れない。尤も民主党に代わる気の利いた政党があればの話だが。
 前回の総選挙結果では政治の流れが変わり、旧態依然の政治体質も変わるものと期待したが、その見方は甘かった。政治家の中身がほとんど変わっていない現状を考えるなら、政治自体に期待することは失望だけを招くことになることをこの期に及んで思い知らされたということだ。
1050.3月29日(月) 消費税値上げを真剣に検討せよ!
 日本の財政状況が、借金漬けになり将来の日本の展望があまり明るいものでなくなっている。国家財政については、税収がぐんと減り、それに対して支出が大幅に増える逆ザヤ状態が続いているが、法人税に代わる収入としてそろそろ消費税議論を行うべき時であると思う。マニフェストで約束した消費税を4年間値上げしないという言葉にそのまま固執するなら、日本は益々借金地獄へ傾いていくことは明らかである。その場、その時点で何をなすべきかの判断は、政治家なら当然持っていて然るべき見識であると思う。
 今朝の日経紙の世論調査を見てみると、消費税を上げることについて、ついに賛成46%が反対43%を上回った。2月の調査では3750で消費税を上げることに反対の人が圧倒的に多かった。このように消費税に関する理解が変わったという事実は、国民が政府以上に国の財政を心配しているということだ。国民は納得できる理由があるなら、マニフェスト通り実施できないのも已むを得ないと考えている。これは政府より国民の方が、真剣に国家財政を見ていて、このままでは日本の財政基盤は危ないと危機感を抱いているせいである。
 何も言い出せず、結論も出さない鳩山首相も蛮勇を揮ってもらう時期に来ていると思う。しっかりしろ! と、のろま首相に檄を飛ばしたい。
 夕方になって、モスクワ市内の二つの地下鉄駅で女性テロリストによる自爆テロが発生し、38人が亡くなったとの衝撃的なニュースが入った。朝のラッシュ時を狙ったテロのようだが、犠牲者があの地上から底深い駅構内で殺されたのかと思うと気の毒でならない。ロシアのテロ事件は、2003年のモスクワ市内の劇場を舞台にした事件、翌04年の南オセチアの学校占拠事件、昨年11月のチェチェン独立派によるモスクワ郊外の列車爆破事件、と多数の死傷者を出すテロ事件が頻発している。これらの事件には、プーチン首相が大統領時代から民族独立派やイスラム過激派を弾圧している強権政治が、テロリストの不安感を煽っている背景がある。
 そのモスクワ地下鉄に私が乗車した時の印象から言えば、このように外部から持ち込まれたテロもさることながら、この地下鉄には事故発生の危険性が常に付いて回るような気がしてならない。まだ、大きな事故として報道されてはいないが、実際には日頃から小さな事故は頻発しているのではないかと思っている。
 例えば、地上から駅プラットフォームへ下るエスカレーターのスピードが速すぎて、多くの老人がエレベーターから降りる時に転倒した姿を何度か目撃している。また、地下鉄車両ドア閉鎖時の恐ろしいほどの勢いには、手を挟まれたら砕けてしまうのではないかと恐怖感すら感じた。大きく報道こそされていないが、テロには敏感だが、日常の駅構内の安全管理には案外神経が行き届いていない。事故が日常茶飯事でテロを報道する以上に地下鉄当局は、自社の施設の安全管理に留意して、事故を絶滅する気持ちと対応に万全を期す必要があるのではないかと思った。余計なお節介かも知れないが、モスクワ地下鉄の事故と聞いて、咄嗟にあの危なっかしい地下鉄を思い浮かべた。
1051.3月30日(火) 心配なビルマの民主化
 幸いにしてしばらくの間国際的にセンセーショナルな事件が起きていないビルマだが、単に休火山状態にあるだけで、マグマはじわじわと燃え滾っている。今年中に行われる総選挙で、軍事政権は何とか民主勢力、国民民主同盟(NLD)を排除しようとしている。国民民主同盟(NLD)と指導者アウン・サン・スー・チーさんが、1990年の選挙で圧倒的勝利を収めながら、軍政の強権的圧力によって政権の座に就くこともなく、スー・チーさんは自宅軟禁状態を強いられている。スー・チーさんは選挙権も被選挙権も付与されない。今月制定された政党登録法で、刑に服している者は政党の党員になれず、選挙権も被選挙権もないということが明らかになった。スー・チーさんはこれに該当することになるらしい。NLDが政党登録しようとしても、実際には自宅軟禁中のスー・チーさんや民主活動家らは総選挙に関われない。結局NLD>は、公平さを欠くとして総選挙に参加しないことを決定した。軍政側にとっては思う壺である。
 当然欧米諸国が最大の民主化勢力が参加しない総選挙の正当性を認める可能性は低いが、軍政はこのまま既定路線に従って総選挙を実施するらしい。
 何度制裁を加えても懲りないビルマ軍政は、アメリカの追加制裁に対してもどこ吹く風という感じである。そこには、ビルマ国内の選挙制度に干渉することは内政干渉に当るとして、経済制裁に消極的な中ソのような国が後ろに控えているからである。
 それにしても日本のビルマに対する影響力が、かつては考えられなかったほど低下したのは残念である。地下資源の豊富なビルマを見据えて、中国は積極的な支援を行い、ビルマを助けているため、相対的に日本の存在感は弱まっている。
 中国のパフォーマンスには世界中が振り回されている印象である。
 さて、近年殺人事件の時効を撤廃すべきか否かが大きな話題になり、その撤廃へ向けた動きも始まった。ところが、今朝0時を期して、15年前に発生した当時の国松孝次・警察庁長官銃撃事件が時効となった。警察幹部の無念やる方ない表情が印象的だった。
 ところが、一日明けた今日になって、唐突に警視庁公安部長が「事件はオウム真理教のグループが教祖の意思の下、組織的・計画的に敢行したテロだった」と見解を発表した。時効後になって、逮捕も起訴もできなかった事件を、グループ名とは言え、匿名で8人を名指しで犯人扱いするのは極めて異例であり、こんな事例は初めてである。犯人を逮捕し、起訴できなかったことに対して、自戒の念があり納得できないことは理解できるが、これは警察の言い訳であり、名誉毀損、人権侵害、さらに冤罪につながる危険性もある。どうも警視庁の意図がよく分からない。
1052.3月31日(水) 政治家は揺り戻しが大好き
 鳩山内閣の機能不全、無能ぶりが日に日に際立ってきた。閣内不統一の印象を与えていた郵政民営化の見直しについて、改革案を打ち出し主導的にリードしてきた亀井静香・郵政改革金融担当大臣の提案に対して、昨日開かれた閣僚懇談会では鳩山首相に一任することにし、首相は亀井案を基本線に考えるという判断を下して取り敢えず一軒落着となった。
 一連のどさくさ騒ぎを見ていると首相はもちろん、各大臣は郵政改革をどう考えているのか基本的なビジョンがまるで見えない。一見落着したのも、今日国会で党首討論の際閣内不統一の印象を与えては切り込まれるとの身の保全の懸念から、取り敢えず手打ちしたに過ぎない。
 結局亀井大臣はいつも口にしている小泉郵政改革反対を声高に唱え、時計の針を元へ戻したい一念だけで暴れまわっている。自民党から除名され小泉憎しの持論と郵便票の取り込みを策して小泉郵政改革の見直しを何とか実行したいと考えている。
 しかし、見直し案には多くの複雑な問題がある。金融筋からは特別に反対論が根強い。見直し案では、官から民へと動き出した小泉郵政改革が、明らかに民から官へ戻ることになる。28日の本欄にも書いたが、この見直し案は国民の承認を得ていない。それは、今日の党首討論でも山口那津男・公明党代表も、見直しなら民に問うべきではないかと指摘したところだ。
 この問題を亀井私案通り推し進めるのか。鳩山首相のリーダーシップにまたひとつ首を傾げるような疑問と不信が加わった。
 さて、文部科学省では、来年度から完全に「ゆとり教育」と決別することになった。また、大きな揺り戻しである。教科書の内容がボリューム的にぐんと増えて、頁数が大幅に増える。小学校の教科書なぞは、平均して25%も増えるというから、いくらゆとり教育からの脱皮とは言え、小学生の負担増加は並大抵ではない。これも文部官僚と政治に翻弄された結果である。
 大体ゆとり教育に問題のあることは、その当時から誰しも分かっていたと思う。その中でも、円周率を「3.14」から「3」にすることや、小学5年生の数学から、台形の面積の計算方を削除したことで、その当時この点を耳にした時、本気かと思ったほどである。それが、今回元へ戻るらしい。
 郵政民営化の見直しといい、ゆとり教育との決別といい、今の政治家は民のことを考えず、思いつきだけですぐに朝令暮改を繰り返す。これでは政治も政治家もとても信用できない。