
2010年2月
994.2月1日(月) 「選択」誌と新編集長の対応
昨日まで日経朝刊に連載されていた「私の履歴書」は、細川護煕・元首相が書いたものだったが、期待していた割には、それほど面白くなかった。あれだけの名門家系で親戚には、近衛元首相ら多くの有名人を輩出し、自身多くの人生経験を積まれた人の自叙伝としてはやや期待はずれだった。陶器などの趣味の話題や、表面的な政務の表現が多く、あまり本音や真意を書いてくれていないという印象を受けた。そう言えば、佳代子夫人の項もおざなりであまり詳しく紹介してくれなかった。夫人は高校の同級生だった「プーさん」こと上田くんの妹で、美人姉妹として鵠沼界隈では知る人ぞ知る存在だった。それだけに、上田家と鵠沼の印象や思い出をもう少し突っ込んだ形で書いて欲しかった。
今日外出中に留守電で「選択」誌・湯浅次郎新編集長からメッセージが入っていた。30日に編集長へ宛てた手紙の返事である。NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」に出演中の脳科学者・茂木健一郎氏が脱税で東京国税局から追徴金を課せられた行為が、確信犯的であるにも関わらず反省の素振りも見せず、そのまま公共放送に出演し続けるのは倫理的にもどうかと思っていた。ところが本人は一向に気にする様子もなく、平気でテレビに出演し続けていた。流石にNHKに視聴者から厳しい抗議が寄せられ、漸く番組降板となったと「選択」は報じた。しかし、年が明けても茂木氏は出演し続けていた。この点について、腑に落ちず誤報ではないかと15日に湯浅編集長にハガキで質問した。返事はまったくなく、ついに一昨日手紙で長々と論旨を説明して返事を書かない理由と茂木氏降板の真偽のほどを問い合わせた結果、今日の慌てた留守電となった。
とりあえず回答をもらい茂木氏は3月一杯で降板と聞いたので、騒ぎ立てる気は毛頭ない。しかし、新任編集長の対応から察すると、やはり危なっかしいという気がした。半月前受け取ったハガキに返事を書かなかったことに対する詫びや理由を述べていない。茂木氏が3月に降板なら、そう書けばいい。記事は、すぐにも降板するようなニュアンスで書かれている。2007年にロシア大統領就任前のメドベージェフ氏の写真を取り違えた時の拙い対応に対する、私の指摘に対しても説明もない。とにかく2度も文書で質問したことに対して、たった1度の留守電で厄介な問い合わせを済ませてしまおうとする誠意の見られない編集長はまだまだ未熟だと感じた。
昨日から今日の天候が冷え込むと聞いていたが、夕方になって雪になった。都心では昨年3月以来の降雪だそうである。今晩も降り続けるそうだから、明日は銀世界かも知れない。
995.2月2日(火) 横綱・朝青龍の今後は?
昨晩遅くなって雪は益々深々と降り積もり窓の外を覗くと一面の雪景色だった。果たして今朝起きてみると久しぶりの銀世界となっていた。わが家の庭も雪を被って中々風情がある。特に日本庭園の松や楓に雪を冠すると一層日本的な風景になる。
昨日日本相撲協会で理事選挙が行われ、過去の慣例に逆らって立候補した元横綱・貴乃花が予想を覆して当選した。一連の流れを見ていると昔ながらの古い体質が浮き彫りになる。相撲界では、内々の論理と根回しが当たり前のように考えられている。しかし、それに縛られていた相撲界も、あまりにも世間離れしたトラブルを頻発させて反発を買い、そろそろこれまでのやり方が通らなくなっていることに気づくべきである。
最近の相撲界はスキャンダルのオンパレードで見苦しい限りである。今また大横綱と呼んでもよい朝青龍が、一月場所中に酒に酔って一般の人を傷つける暴力事件を引き起していたことが表沙汰になり、横綱にあるまじき行為として深刻な問題になっている。貴乃花新理事は早速朝青龍問題に対処することになる。
貴乃花について言えば、相撲界の改革を表に立候補したが、具体的な言葉としては何も提起しておらず、他の9人の旧理事の間に入ってどれだけ思っていた通りの刷新や改革ができるか未知数である。ましてや、「重圧を感じる」「武蔵川理事長の下で協力する」等の言葉からはおよそ「改革」のメッセージは伝わってこない。しかし、貴乃花の改革宣言がひとつのきっかけとなり、相撲界が目覚めて発展するようになれば、理事選挙に打って出て当選したことは過渡期の功績となるかも知れない。
一方朝青龍については、もう「引退」しかないと思う。今まで散々お灸をすえられていながら、「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」を毎度繰り返している。懲りない人だから、今仮に罪を許してもまた同じ過ちを繰り返すのではないか。
明後日理事会が開催され、お沙汰が出る予定だ。わがままのし放題だった暴れん坊・横綱朝青龍もいよいよ年貢の納め時か。
さて、夕方地下鉄湯島駅で知研・久恒理事長と八木会長と待ち合わせ、9日から始まるTEI社の「図解塾」の打ち合わせを行った。もうひとりの講師・中村さんは仕事の関係で来られなかった。凡その講義の流れとテキストの作成方について話し合い、福島県で使用していたテキストをベースに資料を抜き出して「図解塾」用テキストを作成し、TEI社へ持参してもう一度TEI社と付き合わせることにした。近日TEI社へ伺って詳細を詰めてこようと考えている。
帰ってきたら昨日の留守電に続いて「選択」誌・湯浅編集長より回答書が届いていた。NHK番組に関する内容の正当性を訴えるものだった。回答を了としたが、この期に及んで迅速なコンタクトが必要だということが漸く分かったようだ。
996.2月3日(水) トヨタの車が販売中止に
朝日新聞朝刊の中国関係の記事に思わず笑ってしまった。列車の窓から乗り込む乗客を手助けした駅員の姿がユーモラスに写っている。中国では旧正月を故郷で迎える帰省ラッシュが始まり、どこの鉄道駅も乗客で溢れかえっているようだ。ふるっているのは、この一事を以って広東省東莞東駅の駅長が更迭されたことだ。ちょっとやり過ぎだと思うが、これが中国らしいところだ。
実は、大学2年時にアルペンクラブの春の合宿で東北の名山・飯豊山を縦走した時、乗換駅の郡山で列車から降りる際、つい若気の至りで窓から降りたところを、ちょうどプラットフォームにいた駅員に見つかって注意された。50年前に地方都市でやった蛮行が、今中国の一地方駅で行われている。懐かしいような気になり、ついにんまりしてしまった。
トヨタのリコール問題がアメリカで大きな問題になっている。トヨタ自動車の欠陥車両のリコールの結果、トヨタは該当車両を一時販売中止することを決定した。アメリカのみならず、ヨーロッパや中国のトヨタ車に欠陥車が見つかった。その数は1千万台近くに達するという。元々アメリカ国内で生産、販売されるトヨタ車は、すべての部品が日本国内で生産されたものではない。日米自動車交渉が暗礁に乗り上げた時、アメリカ国内にジャパン・バッシングが起こり、一部部品はアメリカ製品を使用することになり、今回問題になったアクセルとブレーキが偶々そのアメリカ製だった。ヨーロッパと中国で販売されているトヨタ車もアメリカ製部品を使用していたので、アメリカ同様リコール、即販売中止となったようである。
今回の騒ぎを見ていると、アメリカの嫌らしさも目立つ。相手がダメージを浴びた弱みにつけこんでトヨタ車からGMなりフォードに買い換えた場合、割引するというベニスの商人的あこぎなセールス手法には、ちょっと呆れる。更にアメリカ連邦政府もトヨタに対して制裁金を課すとか、公聴会を開くとか報道されている。アメリカ人商道はもう少し紳士的だと思っていたが、自国の自動車産業が追い詰められると背に腹は変えられず、一気に弱みを叩く行動に出る。アメリカン・パフォーマンスの本音は内向きではないかと思わざるを得ない。
それにしても、しばらくアメリカの仕打ちと、対応するトヨタの対応から目が離せない。
997.2月4日(木) 朝青龍去り、小澤一郎残る。
立春というのに今日は特別に寒い。北海道の占冠村では零下34.4℃だった。
小沢一郎・民主党幹事長が、政治資金規正法違反と世田谷区土地購入代金の出所について市民団体から刑事告発されていたが、今日3人の元秘書が起訴されたのに対して小沢氏自身は嫌疑不十分で起訴を見送られた。どうも納得できない。結局秘書が逮捕されても、代議士本人は身柄を拘束されないといういつものパターンで司直の手に落ちることはなかった。
「疑わしきは罰せず」と考えられたのだろうが、あれほど怪しげな資金の出入れ、政治資金の虚偽記載、水谷建設や西松建設幹部の裏金献金証言、土地入手の資金源、等々マス・メディアの報道を見る限り、限りなく黒に近い灰色である。これでは大物政治家はいくら悪事をやってもお縄を頂戴することはないということになるのではないか。
小沢氏は不起訴処分を聞いて通り一遍の記者会見をしたが、佐久間・東京地検特捜部長は、起訴に追い込めなかったことが無念と思ったのか、異例の1時間20分もの長時間の記者会見を行った。内容は明日の朝刊で詳らかにされるだろう。
小沢氏は幹事長職をこのまま続けるそうだが、道義上の責任もあり、説明責任も果たしているとは言えず、どうしても後味の悪さが残る。
さて、一般人を飲酒のうえで殴打した横綱朝青龍が今日引退を発表した。解雇、除名の厳しい裁定が出される前に自ら身を退いた方が傷は深くないと判断したのだろう。被害者と示談を成立させて事件性をもみ消そうとしたのだろうが、反って横綱を窮地に追い込んだ形になったようだ。朝青龍は元々トラブル・メーカーとして言動面で顰蹙を買うことが多く、度々警告処分も受けていた。家庭的には夫人を殴りつけて怪我をさせて別れ、6年前には高砂親方を殴り、2年前には巡業をサボって故郷モンゴルでサッカーをプレイし、出場停止処分を食らっている。駄々っ子が大人になったような人間だった。それにしても惜しい関取だ。相撲の強さにおいては、7場所連続優勝を飾ったり、史上3番目の優勝回数を誇るほど抜きん出ていた。街でも引退を惜しむ声が強い。その一方であまりにも国技である相撲を舐めているとか、品格がなさ過ぎるとの声が上がっている。これほどお行儀の悪い横綱も初めてである。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の気持ちが、頭の片隅に少しでもあれば、こういう不名誉なことで角界を去ることにはならなかったのではないだろうか。
残る小沢と去る朝青龍の対照が象徴的である。
998.2月5日(金) 今日の大きな話題は昨日と同じ、小沢&朝青龍
予想していた通り、今日の朝刊は二大トピックスで埋め尽くされている。小沢民主党幹事長不起訴問題と横綱朝青龍の引退である。小沢問題ではどうして検察は起訴に持ち込めなかったのか、どうもよく分からない。3人の元秘書が逮捕され、彼らが収支報告書にウソの記載をしたと彼ら自身が語っている。金の出入りや還流も甚だしいらしく、常識的に考えると怪しくない金ならどうしてそう複雑な出し入れをする必要があるのか。小沢氏個人の資金だったという土地購入代金にしても、その4億円の現金も父の佐重喜氏から相続したもので金庫内にタンス預金していたそうだが、これも一般人の感覚では考えられない。秘書は受け取っていないと言うが、中堅ゼネコン幹部は秘書に金を渡したと言う。ここまで辿り着いていながら、止めを刺せない。これで、ひとまず捜査は終わりというのでは、すっきりしないし、小沢氏にまつわる資金疑惑はいつまでも解消されない。道義的責任だってあるだろう。
もうひとつの話題である朝青龍については、惜しいという声も随分聞かれる。それはそうだろう。直近の一月場所で幕内最高優勝を勝ち得たのだから、現時点では相撲界の最高実力者ということになる。その実力者を身から出た錆とは言え、協会が追放するように辞めさせたと受け取られたことで、一部の朝青龍ファンから異論・反論が出てくる可能性もある。
すでに、朝青龍の故郷・モンゴルでは国民的英雄だけに「無理やり引退させられた」背景には、日本の国技である相撲界がモンゴル勢にやられっ放しでメンツをつぶされたから、難癖をつけて辞めさせたと受け取られている節もある。実際当事者・朝青龍の父親はそう見ているらしい。他にも日本人でそう思っている人もいるらしいから、そこはきちんと分かってもらえるよう説明しなければいけないのではないかと思う。さもないと噂ばかりで日本とモンゴルの友好関係も損ないかねない。
午後浜松町にあるセミナー会社で担当者と今月及び来月の「図解塾」セミナーで使用するテキストについて話しあった。今まで福島県と気仙沼広域連合の研修で使用していたマニュアルに、今回の特別講義「時事問題」と「会社(組織)の方針」に関する図解問題を加えた。私の担当する時事問題では「旧ユーゴスラヴィアの解体と複数国家成立の過程」と「子ども手当て」について、図解の講義をするつもりだ。少々気になっているのは、この会社のセミナー・ルームでは図解講義でいつも使用するオーバー・ヘッド・プロジェクター(OHP)の設備がないことだ。一応3月までのセミナーでは、OHPが使用できないとのことなので、ちょっと苦労するかも知れない。しかし、このシリーズが成功すれば、これからも「図解塾」を開催するチャンスが増えてくる。その時はOHPの採用を前向きに考えてくれるとの話だった。私自身も頑張らないと・・・。
今日は世界的な株安となり、日経平均株価は一時300円も下がった。ヨーロッパの財政不安が強まったことが火種となり、アメリカからヨーロッパ、アジアへ波及したものだ。ヨーロッパではこのところギリシャ、ポルトガル、スペインの信用不安が拡大しているが、根底にある財政難が深刻らしい。東証も株安、円高によって激しい値動きに振り回されている。相変わらず株式市場では良い話が聞かれない。
999.2月6日(土) トヨタのクレイムが益々拡大している。
トヨタのアメリカ国内で発生したアクセルとブレーキの不具合がリコールの対象となり、大きな社会問題になっている。その後、国内でもベストセラーのプリウスのブレーキに苦情が出ていたが、昨日になって漸く豊田章男・トヨタ社長が謝罪の記者会見をした。
しかし、はっきり言って豊田社長の行動はちょっと遅い。昨晩テレビで自動車関係のジャーナリストが、トヨタの遅い行動と社長の指針が直ぐ伝わらない不手際を指摘していた。昨日の社長会見でも、アメリカの運輸長官から抗議を受けてやっと動いたという感じである。
クレイムの対応、処理と解決は、初動行動に尽きる。つまり、すぐ手を打てば大きな苦情にならないことでも、それを軽んじて行動を起こさないからクレイムが拡大する。その点は私自身のクレイム対応経験からもはっきり言うことができる。
それにトヨタの豊田社長は、やはり世襲経営者の域から抜け出ていない。所詮お坊ちゃんである。世間の見方が甘い。会社を取り巻く現状と問題の本質がよく理解できていない。周囲から大切に扱われ、部下から傅かれ世間の動きや空気、現場というものがよく分かっていないのではないか。この苦境を乗り切っていけるだろうか一抹の不安がよぎる。仮にこの荒波を乗り切れれば、今後の努力次第で世界でも有数の経営者になれる道が開けてくるかも知れない。
それにしてもここ数日天候が完全に昔の冬型に戻ったようだ。息子の住む新潟では、29年ぶりの大雪で毎日積雪が増している。京都でも雪が降り、金閣寺がうっすらと雪化粧したようだが、そう言えば三島由紀夫から私の友人の父上に宛てた手紙の中に、大岡昇平が「キンカクジ」を「キンカクシ」と書いた箇所があるのを思い出すと思わず笑いが込み上げてくる。ワシントンでも大雪で交通障害が起きているようだ。夏になると話題になる地球温暖化は一体どこへ行ったのだろうか。
今日はほとんど書斎で評伝執筆に係りっきりだった。依頼者の注文も段々細かくなってきたので、それを受け入れ、自然体でさりげなく人間性を真摯に表現するように文章化するのは中々難しい。今日は写真も組み込んで書いてコピーして途中経過としてお送りした。印刷部数が少ないと言っておられたので、それなら費用の点を考えてコピーですべて済まそうと考えていたが、単にコピーするだけだと保存性に問題があるとも考えられるので、モノクロ印刷にして印刷屋に頼んだ方が良いとも考えている。
これから依頼者の気持ちを斟酌して、できるだけ迅速に作業を進めていきたいと思う。
1000.2月7日(日) ブログ書き込み連続1000日達成!
3年前の5月今書いているこのブログを書き始めて、今日でちょうど連続1000日目となった。幾多の苦難を乗り越えた河上肇教授が人生を振り返って感慨深げに洩らした「幾山河越えては越えて来つるものかな」との心境ほど大げさなものではないが、1000日というのは自分としてもまあよく続けられたものだと思う。
この間チベット、韓国、インドと3度の海外旅行に、また講師として出かけた国内旅行でもいつもPCを持ち歩き、ホテルに篭って書き続け、可能ならそこからLANケーブルで送信してきた。
因みに2007年5月に書き出してからワードの下書きにしているA4判(40文字36行)で803枚だから、単行本にして7冊分くらいのボリュームになるだろうか。文章はあまり上達しているようには思えないが、書くことに慣れてきたということは言えると思う。最近は特に文章量も増えて、大体1日1頁のペースになってきた。だが、欲張り過ぎて書くことが多く、まるで情報のつまみ食いみたいになり、どうも腰が据わっていないようにも感じている。的を絞らないといけないとは感じている。
おかげさまで結構熱心に読んでくれる友人・知人がいて、時には手厳しい反論をぶつけられることもある。海外でもアメリカ・フロリダの元商社マンの方やら、デンマークの日本人女性からご意見をお寄せいただくこともある。毎日書くことは大変といえば大変であるが、ある程度習慣づけてしまえば、それほど苦になるということもない。子どもの頃や、学生時代に多少書く癖がついたことと、社会人になっても比較的書くチャンスが多かったことが、書くことをあまり苦痛と感じないようになった一因だと思っている。
幸い書くためにタイムリーな題材を見つけようと新聞、雑誌も深く読むようになったし、しつこく調べる癖がついたことは、自分にとっても良い意味の自己啓発となっている。
A4判の原稿一杯に書くためには、1時間程度かかるので、どうしても深夜にとりかかることになる。年齢を考えるとあまり無理をして目を傷めることのないよう注意する必要がありそうだ。
これからも気持ちを引き締めて、次のステップ、NEXT 1、000 DAYSへ向かってスタートしたい。いつまで続けられるか分からないが、苦痛に感じるようになったらスパッと止めたいと思っている。記念すべき日だというのに自己満足的な他愛ない話になって恐縮です。
これからもご高覧くださいまして忌憚のないご意見やご感想をいただければ有難く存じます。
1001.2月8日(月) キリン・サントリーの統合破談
キリンとサントリーの統合が破談となった。昨夏両社は経営統合を発表して交渉を続けていたが、今日になって白紙に戻すことを決定した。最初この計画が発表された時、驚くとともに一抹の不安があった。理由は、あまりにも両社の体質が違いすぎることだった。特に最初に統合の話を聞いた時、上場会社と非上場会社では交渉が難航するのではないかと気になった。果たせるかな、サントリーは創業家の権利をキリンに強く要求したようだ。トータルに考えてキリンの1に対して、サントリーの比率が0.8乃至0.9ということはキリンも認めたようだが、創業家の権利を全体の三分の一以上と申し出たようで、どうもそれが統合のネックになったようだ。
統合の破談が発表された後、記者会見に現れた佐治信忠・サントリー社長の態度が良くない。記者を小ばかにしたような態度は失礼千万である。自分を何様と思っているのか、傲慢そのものである。序に言えば、顔も良くない、声も良くない。品格にしたって朝青龍も真っ青である。責任は相手側にあると言わんばかりで、ズボンに片手を突っ込んだまま歩きながらしゃべる下品な態度には、これがお坊ちゃんと呼ばれる人かと呆れた。こういう礼儀を知らない傲慢な社長がトップでは部下も救われないのではないか。今リコール問題で右往左往のトヨタの豊田章男社長と同様、世間知らずの世襲経営者が現れては世間を騒がせている。今日の応対を見ていると、出資比率や販売戦略なんかより世襲経営者の思いやりのなさとか、空気が読めない経営感覚が問題ではないかと思えてきた。
キリンとしては、グローバル戦略の最中に良いパートナーを失った点は痛いが、ビール業界だけではなく、長期的に見れば他の業界の中で別の相手を探す方が反ってプラスになるのではないか。
さて、あと5日でバンクーバー冬季オリンピックが開催される。ところが、最近になってスキー会場であるウィースラーの雪不足が心配されている。テレビ画面で見る限り、確かに雪不足は明らかである。ウィースラーは冬のリゾート地として、一部の日本人にも早くから知られており、スキーが今よりもっと人気があった20年以上も前に一度カナダのエージェントに案内してもらったことがある。その時の印象は狭いところだと感じたので、まさかこの地でジャンプ、アルペン、クロス・カントリー、モーグル、バイアスロンまで開催できるのか気を揉んでいたところである。
今の様子では、雪を別の場所から運んでこないと開催に向けた満足なコンディションは出来上がらないのではないだろうか。
しかし、やはり冬季大会というのは夏季大会に比べると参加国が少ないせいもあって、何となく今ひとつ盛り上がらないような気がするが、どうだろうか。
今日日経平均株価が9951円まで下がり、ついに1万円を割った。
1002.2月9日(火) 酒のペンクラブでお話
昨日からマス・メディアは総じてキリンとサントリーの経営統合断念の話題を取り上げている。メディア報道から推測するしかないが、両社ともグローバル化戦略に対抗できるように規模の拡大を図ったということは述べている。識者のコメントを読むと、勝ち組同志とは言え、迫り来る外資の攻勢に備えてお互いに体質の強化を狙っていた。食品業界の1とbQが統合されるわけだから、当面の戦いには対処できると踏んだ。両社ともそれを認め、例え上場企業と非上場企業だとしても問題点はクリアできると考えた。
しかし、最初のボタンの掛け違いは、統合比率の差だったようだ。サントリーは当初ほぼ同等の提案をした。昨年11月キリンがキリン「1」に対して、サントリー「0.5」を提示した。サントリーの思惑としてはせめて「0.8〜0.9」と考えていたのではなかっただろうか。ここでキリンに対する不信感が芽生えた。キリンが対等にやるといったことが、この統合比率によりサントリーの計算は狂った。先週末の段階で、キリンは1対0.7の比率まで歩み寄った。そこへサントリー創業家の経営へのかかわり方が、キリンが期待する「サイレント・マジョリティー」で済みそうにならなくなってきた。キリンは自らの主張する「経営の独立性と透明性」が、創業家の存在により遮られると判断した。こんなことは最初から懸念されていたことである。結局程度の低いタレント同士が婚約は交わしたが、間際になって婚約解消をしたようなものである。
両社とも相手を正面切って非難することは避けているが、言いたいことは想像がつく。しかし、今日では体力がなくては生き抜いていくことは難しい。相互に今後の戦略として新たにパートナーを見つけ、提携関係を進めていくより生き伸びていく方法がないのではないかと思う。
つくづく企業経営も難しい時代になったものだと思う。
昨年から「酒のペンクラブ」の例会でスピーチをするよう依頼を受けていたが、今日がその日である。場所は麹町にある佐賀の「まつら」である。参加者は20名ほどだった。私が話すテーマは「旅のマイ・ギネス」で例によって図解した絵を素に、私自身の旅行体験話をして皆さんをあっと思わせる趣向だ。普通ではあまり体験しないようなベトナム戦争中の話とか、ヨルダンで軍隊に身柄拘束されたような珍しい体験談や、ダイアナ王妃が事故死した日より一日前にそのニュースを知ったというウソのような話をしたので、皆さんには興味を持っていただいたようだった。先日メールで連絡をいただいた小中陽太郎さんが、対談が予定をオーバーしたということから遅れて来られて、随分様子を気にしていただいた。
散会後、小中さんとペンクラブの西原健次さん、東京新聞デスクの坂本さんと一緒に近くのダイアモンドホテルのバーで一杯やった。西原さんのもたらした情報が目新しかった。徳川幕府を転覆させたのは薩長土に、芸州が加担したからだと維新後60年経ってから明かした新谷道太郎のメモに書いてあるという。芸州を抱き込んだ裏には、坂本竜馬の計略があったという。今まで世に知られていないが、真実味のある話に些か衝撃を受けた。これまでの坂本竜馬伝のストーリーをひっくり返しかねないドキュメントだけに、聞いていた坂本さんもびっくりだ。記事を書くような口ぶりだったので、ひょっとするとこの話は世に出るかも知れない。
作家で独特の存在感と栃木弁の語り口で人気のあった立松和平氏が多臓器不全で亡くなった。小中さんは弟分のような付き合いだったと言われるし、西原さんは最近ペンクラブで会ったばかりだったと惜しんでおられた。立松氏は人間的にも魅力のある方だったが、惜しむらくは盗作の誘惑に駆られたことが実績に傷をつけた。まだ62歳の若さだった。ご冥福をお祈りしたいと思う。
1003.2月10日(水) トヨタへの不信感をトヨタはどう取り返すのか。
先日来大きな問題となっていたトヨタのリコールに関して、昨日豊田章男・トヨタ自動車社長が再び記者会見を開いた。アメリカで問題視されたトヨタ各種の車のブレーキとアクセルの欠陥が判明した上に、日本でも昨年売り出したプリウスのリコール問題が持ち上がったために、海外メディアを含めて400人を超える内外の記者が集まったという。
遅かった前回の社長記者会見では、釈明という点では充分納得させていないために改めて開かれたものである。しかし、プリウスのブレーキがすぐ効かないという指摘や苦情に対しては、フィーリングの問題と逸らしていたトヨタも、今回改めてブレーキの設定が不適切であったと認め、リコールに踏み切ることにした。
トヨタの対応の遅さもさることながら、アメリカの関係者の追及は執拗で鋭い。トヨタの失態をアメリカ自動車産業の復活に転換させようとの意図もありありと見え、アメリカ政財界、マス・メディア挙ってトヨタ叩きを始めている。それらの声を意識したのか豊田社長の記者会見では冒頭に英語で謝罪した。アメリカ人記者からは「社長が再び会見したのは批判を浴びたからか」とか、「アメリカの怒りをどう分析するか」とか、ことの本質から外れた意地の悪い質問が相次いだ。今日10日にはアメリカ議会でこの件に関して公聴会も開かれる。
穿った見方をすれば、日本車叩きは日本叩きで、アメリカの言うことを従順に受け入れない最近の日本政府への意趣返しで、普天間基地移設問題のこじれたツケを日本に請求しているようにも受け取れる。
しかし、所詮何を言ってももとを糺せば日本車「トヨタ」自体に問題がある。優秀な技術以前にトヨタの心が蝕んでいるように思える。最初のブレーキ事故が発生してから原因究明と対策、改善等が遅れを取ったことと、会社側が謙虚な反省と迅速な対応にもう少し配慮していれば、これほど国家間の外交関係にまで発展するようなことはなかったと思う。
それでもトヨタはリコールとその対応に動き出した。豊田社長も近々アメリカへ説明に出かけるという。この教訓を糧に、もう二度とこのような不祥事を引き起こさないよう世襲社長以下全トヨタ社員が一丸となって、決意を新たに出直して欲しい。
先週末にカナダのイカルウィットで開催されていた主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)で、中国に対する要望が強く出された。今のG7をG4にしようとの働きかけも中国にその気がなく、主要国の間で中国に対する不満が燻っているという。中国が自己本位で世界のリーダーとしての責任を果たしていないとの苛立ちがある。G7関係国の間では中国に対する幻滅が最近になって一層広がっている。
一番不信感を与えたのは、昨年のCOP15の際、主要国の期待に反して協定案に妥協しなかったことである。遂にオバマ大統領は、中国にとって触れられたくない安い人民元問題に踏み込んだ発言までしている。中国も今までの発展途上国の仮面をそろそろ外すべき時である。
1004.2月11日(木) トヨタは苦情の対応方を知らないのでは?
くどいようだが、トヨタのリコールに関する責任の取り方と対応はやはり甘い。アメリカ国内の批判に対してトヨタ自動車のトップである豊田章男社長が渡米して、アメリカ国内で充分説明して納得させるということだったが、渡米は来月上旬だという。こののろのろした対応は、一体どうしたというのか。鉄は熱い内に打てというが、クレーム対応も同じだ。この緊急事態に何を考えているのか。確かにアメリカ東部、特に首都ワシントンとニューヨークでは111年ぶりの大雪で交通は遮断され、連邦政府は今日まで4日間も休業状態だという。これでは議会筋に話をしようとしても、話し合いの場の設営ができないという論理も分からないわけではない。しかし、私自身の苦情処理体験から言えば、こういう時こそまず本丸である議会へ駆けつけて、ひたすら会って説明したいというジェスチャーと誠意を示すことが大切だ。情緒的ではないとされるアメリカ人だが、案外そうでない点もある。ここは、豊田社長が遠い日本から車の不始末の謝罪と説明のために、わざわざアメリカへやってきたというパフォーマンスをアメリカ国民や議会関係者の前で示すことによって彼らの気持ちも少しずつクールダウンしてくるのではないかと思っている。その点で豊田社長の行動は少々のんびりし過ぎていやしないだろうか。
一方、バンクーバー・オリンピック開催を目前にして相変わらず現地では雪が積もらず、関係者をやきもきさせている。東海岸では大雪、西海岸では桜も見られるという異常気象には、つい一ヶ月前のハイチ大地震も関連づけてしまう。
ハイチ政府の発表によれば、大地震の犠牲者は少なくとも23万人だという。なお、犠牲者の数は増えそうなので、近年稀な大災害ということになりそうだ。今朝の朝日新聞によると、ハイチでは災害にも貧富の差により明暗が生じているという。同じ首都・ポルトープランスに住む裕福層と貧困層の間でも打撃は大きく異なる。市内中心部は政府関係の建物を含めて壊滅的な損壊状態だが、同じ首都でも富裕層の住む高台は地盤が固いせいでそれほど破壊されていないという。スーパーには品物が溢れ、贅沢品も陳列され、ガソリンスタンドではガソリンを切らしたことはないらしい。同じ市内の貧困層の住む地域が徹底的に破壊されているのと比べて対照的である。
世の中というのは不条理のめぐり合わせである。恵まれた者は大して辛い体験なしに人生をぬくぬくと生き、貧しい人は徹底的に痛めつくされて、死と背中合わせの内に人生を終える。この不釣合いを解消するのが、政治のひとつの役割だと思うが、今の政治家は自分自身の欲得のためにしか仕事をしないように見受けられる。
特に、今日保釈中の民主党の国会議員石川知裕氏の党離任に関する小沢民主党幹事長の記者会見ぶりを見ていると、日本の政治には良識はないと悲観せざるを得ない。まったくお先真っ暗である。
午後から孫のヤマハのエレクトーン発表会があると息子夫婦から知らせがあったので、寒い中を妻ともども横浜の関内ホールへ出かけた。小学生も高学年生あたりになると難しい曲をアンサンブルで中々聞かせるものだと感心して帰る。夕食をともにしたが、やはり少々疲れる。
それにしても今年も建国記念日に関するメディアの報道が、私の知る限りまったくなかった。右翼も騒がず、日本遺族会も靖国神社も音なしの構えだ。神武天皇も影が薄くなったということか。
1005.2月12日(金) また隠蔽公文書が見つかった。
また考えてもいなかった交文書の存在が明らかになった。ロッキード事件直後に当時の中曽根康弘・自民党幹事長がアメリカ政府に、ロッキード事件をもみ消すことを要請する公文書がアメリカで見つかったのである。その当時当然ながら日本政府、並びに自民党内にはここに至るまで複雑な事情があったらしい。中曽根幹事長は、三木首相に「高官名リストが公表されると日本の政治は混乱に投げ込まれる」「公表を遅らせるのが最良」と言ったと言われている。そのうえで、もみ消し要請をした。
当時三木首相は事件の真相解明を言明していたが、もしこの事実が公表されたら三木内閣の崩壊、選挙での自民党の敗北、日米安保体制の破壊につながる恐れがあると中曽根幹事長から強く指摘もされた。結果的にこの資料は原則として公表しないことを条件に日本の検察に提供された。
まあ国賊的な政治家どもの呆れたパフォーマンスである。昨年核持ち込みに関する外交密約文書が長い疑惑の年月を経て、その存在が明らかになったばかりである。まったく過去の自民党政府は国民に対してウソばっかりついていたというていたらくである。
よくもぬけぬけと嘘八百をついていたものである。「火のないところに煙は立たぬ」というが、煙の立ちっぱなしではないか。騙されていたのは、蚊帳の外に置かれている国民だ。まったくアホらしい。綺麗ごとばかり言っていた三木首相は亡くなったが、中曽根元幹事長は相変わらず健在である。こういう嘘つき政治家をこのまま黙って許しておいていいものだろうか。まったく腹が立つ。
午後JN協会の定例セミナーでは、クロアチア政府観光局日本代表のエドワード・トゥリプコヴィッチ・片山氏がクロアチアについてパワーポイントとDVDを使い、丁寧に説明された。内戦が終結して旧ユーゴスラヴィアから独立したクロアチアはいくつかの世界遺産や、自然公園もあり、加えてアドリア海沿岸のクルージングのルートにもなって観光ブームを巻き起こしている。2年前に日本に政府観光局も開設され、訪れる日本人観光客は10年前に比べて10倍の伸びを示し、昨年は16万人余りの日本人客が訪れたという。
片山氏は父がクロアチア人で、母が日本人ということで、セルビアに住む山崎洋さんと同じだ。山崎さんのこともよく知っていたし、今度彼が一時帰国した際には連絡をとって会おうということになった。
夕刻は浜松町TEI社の「図解塾」・「私の仕事図」第2回の講義に出席した。第1回の久恒啓一理事長の講義には出席しなかったので、第3回と第4回で私が担当する「時事問題・図解」の参考に資するために、今日の八木哲郎会長の講義にアシスタントとして参加した。受講生が図を描いている間テーブルを巡回してアドバイスをしていたが、驚いたのは受講生のひとりにまだ在職中に旅行産業経営塾で偶々講師を務めた時、その事務局におられた人から挨拶されたことである。かつて一般旅行業資格の講義を名古屋で行った時の受講生から、サンフランシスコのみやげ物屋の店員から突然声をかけられ面食らったことがあるが、講師をしているとこんなことが偶にはある。
午後9時に講義を終えて府中市内まで帰られる78歳の会長にとっては本当にお疲れさんである。夜は新宿くらいまでしか出られないと言っておられたが、その通りでよく浜松町まで来られると思う。帰りに浜松町駅近くで一杯ご馳走になる。テキストはすでにTEI社に手渡したが、もう少し手を加えてより効果的にしたいと考えている。
1006.2月13日(土) バンクーバー・オリンピック開会式
バンクーバー冬季オリンピック開会式が行われ、NHKでは午前中からずっと中継放送をしていた。ところが不思議なもので、すでにジャンプ競技の予選はその前に始まっていた。あまり式典の日時に囚われないようなら、パロディのようだが、一度思い切って最初に閉会式を、最後の日に開会式をやってみたらどうなるか。
オリンピック開会式としては史上初めて屋内で開かれた。屋内開催のメリットは当然想定していたと思うが、屋外に比べてスポーツの祭典というイメージがやや弱い。デメリットの面では、消費電力はこのエコ時代の中でバカにならないのではないか。
開会式の印象としては、派手なパフォーマンスばかり続いたが、あまりにも開催国・カナダ建国史の宣伝臭が強く、「先住民との融合」を訴えるにしても些か鼻についた。カナダも自己主張の強い中国に近づいてきたなと感じた。折角82ケ国・地域、86種目、2,600人参加の冬季オリンピック史上最多の大会であり、世界平和の象徴でもあり、その祭典だと思うので、もう少し鳩山首相好みの世界の「友愛」とか、国際「平和」のイメージを演出できなかったものだろうか。
日本選手団の行動に、昨日からちょっとしたトラブルがあったようだ。ハーフ・パイプの国母和宏選手がユニフォームのふしだらな着こなしをしていたことで日本代表団の品位を落としたとされ、一時は全日本スキー連盟も出場辞退を考えさせていたようだ。最終的に橋本聖子団長の判断で出場させることになったが、どうもハーフ・パイプの選手の言動は、前大会の成田童夢選手も顰蹙を買っていた。国母選手は反省したフリをした会見でも、言葉遣いや態度がまた非難を増幅させていた。新興スポーツの選手の中にありがちだが、自分は国家を代表する選手であるとの自覚がやや足りないようだ。「個性的」を自分の思う通り何をやっても許されると勘違いしている節がある。だが、この場合高砂親方の横綱朝青龍に対する指導がなっていなかったように、国母選手の場合もコーチや周囲の関係者の指導、教育が徹底していなかったのではないだろうか。
これから2週間余りバンクーバー周辺の室内外で技と力の競い合いが行われる。日本選手団は過去最高の成績だった長野大会を上回るメダル獲得を目指している。果たしてそう思惑通り行くかどうか、がんばって欲しいものである。
さて、午後になって知研・秋田事務局長から緊急の電話があり、「知の現場」で野村正樹氏を取材した執筆原稿の中に、「作家・最相葉月氏から鉄道には『f分の1ゆらぎ』があると聞いた」の表現について、最相氏自身から自分はそう話したことはないので、その箇所を取り消して欲しいと申し出があったと知らせてくれた。
ロマンスカー内で取材した時に、私自身野村氏から確かにそのように聞いたし、推敲の折り野村氏もその箇所については話題にもならなかったし、修正もしなかった。念のためにもう一度DVDを観てみたら、野村氏がやはりそのように話していたことが確認できた。
「f分の1ゆらぎ」については、武者利光・東京工大名誉教授が「ゆらぎの発想」(NHK出版刊)で詳しく書いていると聞いたので、早速自宅近くの目黒区立八雲中央図書館から同書を借り出して調べてみると、確かに鉄道には「f分の1ゆらぎ」があって心地よくなり眠くなると書いてある。東洋経済新報社が近いうちに「知の現場」重版を発行するに際して、最相氏の申し出に添って訂正する必要があると言っているので、野村氏は生憎入院中だったが、氏へ宛てて私の考えと代案も提示して、どのように文章を書き換えたら良いかお伺いを立てるFAXを送った。野村氏からどういう回答が送られてくるか分からないが、野村氏が他の人の発言と思い違いをしている可能性が高いので、今のところ最相氏の言うように少なくとも削除を求めている箇所については、そのように書き直そうと考えている。
1007.2月14日(日) 昨夕近くのケニア大使館が火災
享楽社会を反映しているのか、商業主義の表れか知らないが、キリスト教国でもないわが国でも、もう長いこと今日、2月14日が「バレンタイン・デー」であることは普く知れ渡っている。
ところが、3日前のかつて大日本帝国時代には天長節、明治節と並ぶ国家の祭日だった紀元節、現在の建国記念日については、ついにテレビはおろか新聞でもそのニュースはお目にかからなかった。ましてや昭和17年の今日はまさに、大日本帝国陸軍がシンガポールを陥落させた日であることを知っている日本人は少なくなった。誤解されると困るが、これは歴史上のエポックである。
明治はおろか、昭和も遠くなりにけりというところであろうか。
さて、昨夕自宅近くにあるアフリカのケニア大使館が火災で建物一棟が焼失した。夕方5時半ごろのことだったが、自宅に居て気がつかず、朝刊を見て知った有様である。自宅からほんの500mぐらいの距離で、普段から傍をよく通るし、20年以上も前に動物写真家・平岩道夫氏親娘のアフリカ写真集出版記念パーティに招かれ、お邪魔したことがある。近くにはジンバブエやナミビアの大使館もあるが、ケニアの大使館はそれらの大使館に比べても建物が立派で場所が良く、敷地も広い。歩いても10分もかからない場所なので、覗き趣味があるわけではないが、どんな様子か覗いてみようと野次馬根性丸出しで大使館の近くまで行ってみた。正門から奥まった場所にあり、焼けたのは業務用の大使館の建物ではなく大使公邸で、新聞によれば鉄筋コンクリート2階建て約440uの内1,2階の220uが焼けた。壁は半分くらい残っていたが、建物としては無残にも焼け落ちて建て直さなければとても使用できまい。周囲を歩いて回ってみたが、焼け落ちた建物は離れた三方から見ても無残である。
今日は本来なら「江戸城再建を目指す会」定期総会の日で、懇親会もあるので、出席するつもりだったが、火曜日と木曜日の「図解塾」のテキストとパワーポイントのスライドのレビューに時間を費やすことになった。担当する「時事問題」では、課題として「旧ユーゴスラヴィアの解体と新国家成立の過程」と「子ども手当て」を講義する予定だ。OHPを使えないので、その分パワーポイントの画面を鮮明にして分かり易いものにしないと、講義も説得力を欠く恐れがある。
何とか時間をかけ、アニメーション設定も取り入れて半分ほど仕上げることができた。明日はもう少し手を加えて、更に一覧性に優れた画面を作りたいと思っている。
1008.2月15日(月) 普天間基地移設問題に、サイパン移設の妙案
数日前サイパンのフィティアル知事が来日し、日本政府に対して米軍基地を受け入れたいと表明した。日本政府としては普天間基地の海外移設も検討して、グアム島をその候補に挙げ、北沢防衛相も現地へ可能性を探るため飛んで、グアムの政府関係者とも懇談した。その検証結果はあまり期待を抱かせるものではなく、改めて海外・国内の選択肢を検討する段階にある。このような微妙な時期に、降って湧いたように飛び込んできた、沖縄県民にとっては朗報であった筈である。然るに、このサイパン移設案は、どういうわけか日本国内では歓迎されている様子が見えない。否真剣に取り合おうとしないのである。
知事は「アメリカ政府の支援と支持がないと何もできないが、北マリアナ諸島の総意として基地の受け入れは、地元の利益になる」「将来は航空、陸上、後方支援の部隊を含む普天間基地のすべての役割を担ってもいい」とまで言っている。更に知事は、日本政府が真剣にアメリカ政府とこの問題を話し合うことを期待すると言っている。
これに対して、日米両政府は極めて冷静というか、冷ややかなコメントを発表している。平野博文官房長官の如きは、「想定したことはない。全体の検討に入っていない」と応えている。
日本政府に聞きたい。ならば日本に、また沖縄にこのまま米軍基地が存在することに賛成するのか、反対するのか。日米安保条約の枠組みだとか、日米同盟とか、抽象論は分かるが、現実問題はどう解決しようとするのか。口を開けば、沖縄住民の意思を尊重し、決断すると言っていたのではなかったか。戦後犠牲と迷惑をかけた沖縄の人びとの気持ちを考えて、沖縄から米軍基地を移転させ、その候補地として海外も検討中と言った。その海外に基地移設候補地が見当たらない現状に、5月末までに普天間移設候補地を決めると言っていた政府は、本音では困りきっていた。それが、渡りに船というか、サイパンが突如進んで候補地に立候補してくれた。まさに願ったり叶ったりではないか。
しかし、日本政府はその話に一向に熱意を示さない。その腹の内はどうなのか。沖縄からもこれをチャンスと捉え、一気にサイパン移設の話が盛り上がるかと思いきや、一向に煮え切らない。マス・メディアしかりである。
その奥底にある基地問題に関する複雑な腹の内はどうなのか。本音とは一体全体何なのか。 やはり騒音、危険、不安より、現実問題として「金」を断ち切れない問題だろう。沖縄経済の首根っこを押さえているのは、基地経済にどっぷり浸かってしまった社会の仕組みなのではないか。こうなるとこれは沖縄だけの問題ではなく、日本全体の問題でもある。基地経済は60年安保闘争以前から、基地が経済を支えるのっぴきならない社会構造になると懸念されていた。われわれ当時の学生たちはある程度こうなることを予測していた。それゆえに沖縄基地問題を含めて安保条約改定に反対してきた。結果的に今日の普天間移設問題はこの時代に、当時の岸政権によって埋められた地雷が今地上に露出してきたことになる。
根っこが深い深刻な問題である。それにしても鳩山政権は、5月中にこの問題に結論を出すことができるだろうか。最近の様子からぶれる発言を繰り返す首相に思い切った決断ができるか、疑問である。
ペンクラブ2月例会が開かれた。今日は寒いせいか集まりがあまり良くなかった。パーティで阿刀田高会長とタージ・マハール近くの「マツキ・ミヤザキ博士通り」についてお話した。ペンの月例会報に「会員短信」欄があるが、阿刀田さんはこれを楽しみにしているそうだ。このマツキ・ミヤザキ博士について次号で書いたので、そのことを伝えたら楽しみにしていると仰っていた。博士についてはご存知なかったが、関心を持ってもらった。
ちょうど一週間前に亡くなられた立松和平氏の霊に黙祷した。3月奈良でペンクラブは平和祈念のシンポジウムを開催するが、ペンクラブの平和委員会委員長を務めている立松氏はその責任者だった。平和委員会の委員長に会長から推挙されたのはお名前「和平」がぴったりだと文句なしだったとか。それにしても62歳はあまりにも早過ぎる。心からご冥福をお祈りしたい。 合掌
1009.2月16日(火) GDPは本当に景気の指標か。
まあよく分からない。昨日内閣府が発表した2009年暦年実質国内総生産(GDP)は、成長率はマイナス5%となり、2年連続のマイナス成長で戦後最悪の落ち込みを記録した。名目GDPは辛うじて中国を上回りアメリカに次ぐ世界2位の座を維持した。
一方で同時に発表された10〜12月の第三四半期のGDPは、前期比1.1%増、年率換算では4.6%とされ、プラス成長は3四半期連続だという。これで心配されていた景気の「二番底」懸念は後退しているが、経済対策の息切れなどで今年前半の成長率が低下するとの見方も出ているという。
大雑把に言えば、前者では景気が悪く、後者をみると回復してきたように受け取れる。何度新聞記事を読んでもよく分からない。大新聞夕刊のトップに「GDP実質4.6%成長-10〜12月年率、名目もプラスに、設備投資7期ぶり増」(日経)、「GDP年4.6%増-09年10〜12月期・3期連続プラス」(朝日)とある。夕刊の見出しだけ見ていると景気が回復したと思わせる。だが、今や失業率は国際的に大きな問題となってきた。OECDの統計によれば、先進国では平均失業率は8.3%に達し1988年の統計公開以来最悪となった。ギリシャと並んで財政破綻が噂されるスペインでは、実に18.1%である。景気は良くなりつつあるのか、相変わらず悪いのか、一体どっちなんだと聞きたい。こういう市民を惑わせる報道の仕方は、新聞社の事情が絡んでいるのではないかと邪推してしまう。
昨年来喧しく騒がれていた報道機関の凋落ぶりはどうなっている? 新聞、テレビ、広告代理店の不振は、景気低迷による企業の広告掲出の減少に表れている。折りも折り現在発売中の「週刊東洋経済」2.20号は、衝撃的な表紙が目を惹く。「再生か破滅か」「新聞・テレビ断末魔」と刺激的な文字が並んでいる。外的な要因もあるが、マス・メディア自体の内部問題が大きいのではないかと考えている。
さて、今日から私にとってTEI社「図解塾」シリーズが始まった。明後日の講義と併せて2回分の「時事問題図解」である。一応私なりにアイディアは構築した。堅苦しい授業になっても困るので、冒頭に私自身の自己紹介図を説明した。割合くだけた感じで、受講者が緊張しないように講義を進めた。時間配分をもう少し考えれば良かったと思うが、まずまずの講義だったと思っている。それにしてもやはりOHPを使えないのが、講義のうえで不便である。明後日は「子ども手当て」について講義するが、もう少し課題を研究してスケジュールを検討してみたい。
バンクーバー・オリンピックの男子500mスピード・スケートで、日本選手にとって初のメダル獲得となった。長島圭一郎選手が銀メダルを、加藤条治選手が銅メダルを獲得した。しかし、加藤選手がいつまでも銅メダルで悔しいと言い続けるのは、如何なものかという気がする。惜しいところでメダル獲得が成らなかった選手に対して、嫌味に聞こえる。メダルは選手にとっては夢みたいなものだ。それをいくら金メダルを目指していたからといって、銅メダルの価値が下がるものではない。素直に嬉しいと言って欲しいものだ。
1010.2月17日(水) バンクーバーは熱気むんむん
バンクーバー・オリンピックがいろいろな意味で話題を提供している。NHKなぞはほとんど朝から晩までアナログ、BSともにお祭騒ぎである。一度見たらもう結構という映像を何度も見せられる破目になる。そのオリンピックで目覚しい活躍をしているのは、韓国スピード・スケート陣である。今日スピード・スケート女子500mでも韓国選手が優勝した。これで男子ショート・トラック、男子スピード・スケート500mに次いで3個目の金メダルである。これにフィギュア・スケート女子シングルでキム・ヨナが金を取ったら韓国国内のフィーバーも最高潮に達するだろう。韓国選手が活躍するということは、考えてみるとすべての面で同じ体格の日本人選手にもそれだけ可能性があるということでもある。精々日本選手にも頑張ってもらいたいものである。
今年のバンクーバーは雪が少なく、スキー会場にトラックで雪を運んでいた。そのスキー会場で事故があった。開会式当日の練習中にリュージュ競技のグルジア人選手がルートからはみ出し、鉄柱に衝突して亡くなった。昨日はモーグルの立見席の雪がなくなり、地肌が姿を見せたので、危険防止のため立見席で観戦することを止めて、払い戻しをすることになった。2億円近い払い戻しだというから費用面でも大変な負担である。
それにしても恰も日本中がバンクーバーを向いているようだ。まだまだ日本選手に期待できる種目もあるので、精一杯頑張って欲しいものである。
昨日の朝日「声」欄に藤沢市に住む68歳の男性からの投書が載っていた。「与謝野氏に失望、民主は安泰」というタイトルだった。与謝野馨・元財務相の衆議院予算委員会における鳩山首相への質問に失望したというものである。投書氏は与謝野氏をこれまで良心的な政治家と思っていたのに勘違いでしたとがっくり来ている。まったく氏に同感である。私も12日の予算委員会の与謝野氏の質問の下品さにはうんざりし、それまで氏の言動を評価していたのに軽蔑する気持ちになったほどである。投書氏と同じように私も、与謝野氏が財務相時代は自民党内閣の中でもひとりまともな人だと思っていた。その意味では、私も勘違い人間のひとりである。
あの場における与謝野氏は、人間が変わったと思えるほどの人品の卑しさを剥き出しにしていた。何かそうさせるものがあったのだろうかと愕然としたものだが、やはり世の中には他にもそう感じる人がいたわけで、与謝野氏の質問はあまりにも愚劣だった。
鳩山首相に対して「平成の脱税王」と決め付けたかと思うと、管副総理には、会議に出ても居眠りか携帯に夢中とか、長妻厚労相には気に入らないとすぐ家に帰ってしまい、省内でも一番嫌われているとか、あの人品卑しからぬ大臣と思っていた人がこうまで悪口雑言を吐くとは恐れ入った。
よほど腹に据えかねることでもあったのか、元々政治家とはこういう人種なのか、珍しい場面を見せてもらい、政治家の嫌らしさを存分に知らせてもらった。
1011.2月18日(木) こじれるトヨタ・リコール問題
昨日もトヨタ自動車の豊田章男社長が記者会見を行った。これで今月に入ってから3度目である。会見の様子を見ていると、社長はどうもこういう場が得意ではないように思える。それが、リコール問題が表面化しても社長自ら中々公の場へ出てこなかった本当の理由だろう。難しい問題は傍にいる副社長が代わって答えるという質疑では、記者が納得する筈もなく、社長のコメントを求められてやっと応じるというあまりすっきりしない会見となった。
しかし、アメリカの「トヨタ包囲網」を狭める追及は容赦ない。アメリカ運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)は、トヨタに15億円近い制裁金を課することを視野に入れているようだし、アメリカ議会も公聴会を開催してトヨタ側責任者の出席を要求することになるかも知れない。
今回このリコール事件で知ったことが二つある。ひとつは、車の動力装置はすべてマシーンによるものだとばっかり思っていたが、必ずしもそうではなく部品のほかにコンピューターソフトによるオペレーションがあるらしい。二つ目は、ブレーキとアクセルの相関関係である。ブレーキをかけてもすぐ作動するわけではなく、アクセルがそのまま作動するケースがあるそうだ。後者の場合は、特にドライバーの感覚が左右して、一概にブレーキが効かないと断定もできないらしい。だが、これは車に熟達した人の場合であって、アマチュア・ドライバーにとっては命にかかわる問題である。この疑問をぶつけられた時、トヨタ役員はドライバーの感覚の問題と退けたが、冗談じゃない。こんな「トヨタ感覚」でいるから問題がこじれるのだ。
だが、ほかの日本車だって同じようなオペレーション・システムになっているとするなら、ここは謙虚に利用者の安全のためにはどうしたら良いかという根本的な問題に的を絞って事故の起こらない車を生産して欲しい。
それにしてもアメリカの執拗さには驚くばかりである。かつて1980年代に対米輸出が引き金となった貿易摩擦問題とは背景は違うとは言え、いささかアメリカも異常である。いやアメリカ国内で長年商売をやっていて、その異常さに気がつかないトヨタはもっと異常かも知れない。
一昨日ツタン・カーメンに関してエジプトで驚くべき発表があった。世界的に有名なエジプト考古学庁長官のザヒ博士が世界中から集まったジャーナリストを前に、DNA検査の結果ツタン・カーメンの死因は、これまで噂のあった暗殺などではなく、マラリアに罹った可能性があることを示唆した。また、3体のミイラを公開してそれらはツタン・カーメンの祖母と両親のものだと明かした。ツタン・カーメンと言えば、若くして亡くなった最も神秘的な国王のひとりである。死亡年齢も19歳と発表された。 ロマンとして静かに空想していたことが分かるのも悪くはないが、3300年以上も昔の傷んだミイラを前に、科学的なDNA検査により何でもかんでも明かしてしまうやり方には、あまり賛成できない。
ツタン・カーメンのマスクが展示されているカイロ市内のエジプト考古学博物館にも、ツタン・カーメンのマスクが発掘されたルクソールの王家の谷にも訪れたことがあるが、発掘して研究するだけで充分で、一つ一つのミイラの素性まで明かす必要があるのかと考えるのは、来世生まれ変わったら考古学者になろうと夢見ている人間としては探究心不足だろうか。
1012.2月19日(金) 「知の現場」、仙台地区でビジネス書販売第8位
昨夕TEI社の図解塾で「時事問題」の2回目「子ども手当て」について講義をした。1回目の雰囲気が分かっていたので、もう少しグループ分けした場合の同じグループ受講生同士が話し合って、共同作業をした方が良いと感じていた。
「子ども手当て」について2010年度予算承認案と11年度以降の予算実行に関して、ポイントをいくつかに絞り、果たして毎年5.3兆円もかかる子ども手当てが来年度以降継続実行できるのかどうか、という点に的を絞ったイメージを図解化するという考えを説明した。前回は個人的に図を作成するだけだったが、昨日は個人で作成し、その後グループで作り、それを発表するという2ステップ・スタイルを採ったので、同じグループ内の交流と話し合いが活発となり、図解も良いものができ上がったと思う。
受講生も図を描くことを楽しんでいるように感じたので、これこそ本来の図解を描く目的が達せられたのではないかと感じた。
3月にもう一度同じ形で講義を行うので、今回の講義体験を活かしてより分かり易い講義をしたいと思っている。
さて、「知の現場」が昨日の河北新報夕刊に書評が載っているとプロジェクトのスタッフが送ってくれた。表紙のカラー写真がそのまま載っている。それより嬉しいのは、数々あるビジネス書の中で、「知の現場」が堂々「ビジネス書ランキング」の第8位にランクアップされていることだ(丸善仙台アエル店調べ)。すべてが順風満帆というわけではない。重版を目前にして、いくつか問題も抱えている。その中で私が書いた野村正樹氏取材原稿に、野村氏が「作家・最相葉月さんから聞いた話ですが、鉄道には『‘f分の1’ゆらぎ』があり、鉄道の揺れは脳によい」と発言した記事について、最相氏自身からそのような非科学的な発言をした覚えはないとクレームがあったことである。野村氏からは先日自分の勘違いと電話で言ってこられたので、知研HPにその旨お詫びをして重版で訂正すると告知したが、まだ最終的な決着はついていない。そんな中でともかく明るいニュースである。
ところで、今日バンクーバー・オリンピックの男子フィギュア・スケートで高橋大輔選手が銅メダルを獲得した。この種目で日本人初のメダルであり、めでたい限りである。他に織田信成が7位、小塚崇彦が8位となり出場した3人全員が入賞した。高橋のメダル獲得では各地で号外も出ているようだ。服装問題で物議を醸したハーフパイプの国母和宏は昨日決勝へ進んだが、メダルには手が届かなかった。
所詮スポーツの世界は、「勝てば官軍負ければ賊軍」である。素行についてとやかく非難された国母選手も恐らく昨日勝っていれば賊軍とはならなかっただろう。このままでは、帰国してから思いやられる。
それにしても社会人としての最低限のマナーと嗜みは欠いてはならないだろう。
1013.2月20日(土) 学生運動のミュージカルを観る。
知り合いの国友よしひろさんからミュージカルに出演する度に案内をいただく。国友さんの所属する「ミュージカル座」結成15周年記念公演「TIME FLIES」が、北千住駅前の「THEATRE 1010」で行われている。1968年の全共闘の運動をテーマに取り上げているようなので、どんなショー構成になるのか興味を持って出かけた。生憎妻は高校時代の友人と姫路城、倉敷、安芸へ旅行中なので、ひとりで出かけた。
リーマン・ショック以来厳しい就職戦線に見舞われている二人の大学生が、就職活動をやっているが中々思うように行かない。その彼らが幼稚園でウルトラマンになって煙の中に入っていったら、タイムスリップして1968年の大学闘争現場に現れるという設定になっていて、時代的に1968年と現代を往復するストーリーとなっている。最後は大学構内に立てこもった学生が、機動隊によって検挙され、闘争をリードした中心人物が現代になってアフガニスタンでNGO活動に従事し、学生の一人は大学を休学してボランティアでアフガンへ行き、もう一人は父親の建設業を継ぐというシナリオである。
あの時代について考えさせられたが、それでも68年の全共闘時代、所謂70年安保世代とわれわれが闘った60年安保世代とは一味違う。68年頃から始まった全共闘の闘いは、東大・日大などの学園紛争に、成田空港建設反対闘争、あさま山荘事件、ベトナム反戦運動など拡大させていく過程で昂揚していったが、一方で活動は内ゲバもあって内部分裂しセクトに分かれていった。60年に安保闘争で敗れて安保条約が改定され、条約期限の1970年に第2次安保闘争が盛り上がるものと期待された。しかし、全共闘による70年安保闘争は成熟せず、腰砕けのような格好で終わり、われわれ60年安保を闘ったものとしては、些か拍子抜けだった思い出がある。
今の若者にはこの時代にあれほどまでに日本の将来を見据えて、目先の利に捉われず、ひたすら平和を希求して真剣に闘った学生たちの気持ちは分からないだろう。確かに時代は大きく変わった。だが、それだけではない。当時の学生たちは、生きることの意味、世界平和、人間の理念等々を真剣に考えていたように思う。
久しぶりにあの全共闘時代の少し前、60年安保時代を懐かしく思い出した。
ミュージカルとしては、ミュージカルらしからぬ構成で恋愛もないストーリーだったが、私は充分満足した。しかし、観客の半分以上を占めていた若い女性ファンにとって、恋愛のない舞台は果たして満足のいくものだっただろうか。聞いてみたいような気もする。
1014.2月21日(日) 今朝の産経新聞に注目!
今朝の産経新聞に「知の現場」の書評が掲載されていると連絡をもらったので、近くのコンビニで産経朝刊を買い求めた。18日の河北新報と同じようにカラー写真の表紙と好意的な書評が載っている。これだけ宣伝してもらえれば、これからも販売は伸びるのではないかと期待できる。その書評をスキャンしてメル友に送信したところ、早速小中陽太郎さんからメールをいただき喜んでいただいた。
さて、久しぶりに手にした産経朝刊フロント・ページに右寄りの産経らしからぬ大きな記事が二つも載っている。
ひとつは、4月から実施予定の民主党マニフェストの目玉「子育て・教育」の中に盛り込んだ、高校生授業料無償化に関して、朝鮮学校生徒を対象から除外するよう中井洽・拉致問題担当相が川端達夫文科相に要請した問題である。日本人拉致問題で進展が見られず、北朝鮮に対して強い姿勢を示すために申し出たものである。現段階では先月高校と同等とみなされる各種学校の生徒には、私立高校生と同様に支給すると閣議で決定されている。朝鮮学校は各種学校の認可を受けているので、当然支給対象となる。文科省内でも「北朝鮮への制裁強化と子どもの教育問題は分けて考えるべき」との慎重な意見が強いらしい。それは当然そうだと思う。確かに北朝鮮政府のやり方は陰湿であくどいと思うが、文科省が日本の学校と同じように各種学校として認めている以上、教育的見地からも差別すべきではないと思う。産経はどちらとも意見は述べていないが、取りようによっては中井大臣の要請はおかしいと言っているように思える。今まで右翼的色彩が強かった産経にしては「あれ?」という感じである。
もうひとつは、中国共産党の独裁体制を批判して収監され、刑期を終えて出獄後も体制批判を止めず、2年前に民主主義体制への移行を訴えた「08憲章」の起草に関わったとして逮捕された劉暁波氏に対して、11年の刑が確定したニュースである。
54歳の劉氏にとっては、敢えて厳しい戦いに臨むわけである。劉氏への有罪判決は、中国政府が憲法で規定している「言論の自由」や「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に反しているとの批判が湧き起こっている。劉氏は政府に挑戦して、中国の不条理を世界へ訴えようとしている。今後劉氏へ対する国際的な支援運動が巻き起こってくることを期待したいと思う。
それにしてもこれらの問題を産経が大きく取り上げるとは意外な気がする。
注目していきたいと思う。
1015.2月22日(月) 就活学生に人気のある観光業
昨日長崎県知事選挙が行われ、民主党が推した元官僚を破り自民党系の新しい知事が選出された。3期で勇退した金子原二郎・前知事に代わって元・副知事が6人の対立候補を破って当選した。
金子前知事の一期目の頃に、大きな請負団体の旅行シリーズで壱岐・対馬を企画して、金子・前長崎県知事からパンフレット上に歓迎の言葉をいただいたことがあるが、種明かしをすれば、実はあの文章は私が代筆したもので、それを長崎県観光課から承認していただいたことを懐かしく思い出す。
折りしも鳩山首相と小沢幹事長の「政治と金」問題のせいで民主党及び、鳩山政権に対する支持率は下降気味で、小沢氏の求心力も低下している。その最中の知事選敗北である。昨年の衆議院選挙では長崎県全小選挙区で民主が完勝した。夏の参議院選挙の前哨戦といわれた矢先の選挙に負けたことは、民主党内に衝撃を与えている。
首相も幹事長も国民を甘く見ている節がある。検察から起訴されなかったことを以って疑いは晴れたような口ぶりでは、とても反省しているようには思えないし、本当の意味で国民への説明責任を果たしているとは言えない。民主党内にも肝を冷やすような地震があった方がよい。政治資金の不透明さについて説明責任を果たし、真摯に反省しなければ、夏の参議院選挙だってどうなるか分からない。
日経朝刊の就職特集広告を見てみると大学生に人気のある企業が100社ばかり挙がっている。ここにも学生の好みが表れているが、個性発揮の時代と言いながら、相変わらず安定志向、つまり寄らば大樹の陰と享楽傾向が窺える。
ベスト10は銀行、保険、商社、観光業の大手企業で占められている。食品会社やマス・メディア、製造業がないのはどういう理由からだろうか。志望理由の中で目立つのは、国際性と規模の大きさである。その国際性と規模を満たし、そのうえ面白そうだというのが、ご存知「JTB」志望者の声である。これを見ていると心配な面もある。観光業は確かに面白い。だが、学生たちに果たして観光業の裏がどのくらい分かっているだろうかという心配である。むしろ、厳しく、辛い仕事の方が多いのだということを知っておいて欲しい。
旅行業を目指す人に案外多いのは、仕事は自分が楽しむのではなく、お客を楽しませることだということをよく分かっていないことである。
ともあれ旅行業も昔に比べれば日の目を見るようになってきた。旅行業を見る世間の目も割合好意的になってきた。その中で仕事をするのは、張り合いもあるし、仕事もし易い。その点でわれわれの時代よりずっと恵まれている。
今日観光立国が叫ばれるようになった。難しい問題もあるが、やはり観光は楽しい。国の政策に沿って仕事ができることも幸せなことであり、今のエージェントマンが何とも羨ましい。そんなことをふっと思った。
1016.2月23日(火) あさま山荘事件を取り扱った二つの映画作品
一昨日ベルリン国際映画祭で寺島しのぶが女優主演賞を贈られた。若松孝二監督作品「キャタピラー」で日中戦争中に手足を失った軍人の妻を熱演した演技が、外国人記者から高く評価された模様だ。若松監督作品としては、昨年3月に映画祭を開催中の所沢まで出向いて「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観たが、その時監督と60年安保の話をしたことを思い出す。あさま山荘事件も今から38年前のちょうど今頃、雪の中で起きた凶悪事件だった。
あさま山荘事件を取り扱った映画作品としては、他に2002年に原田真人監督が制作した「突入せよ!あさま山荘事件」があり、シンポジウムに出席した若松監督は、原田作品は権力サイドから制作されたもので、赤軍派の行動が何も描かれていないと語っていた。この事件の主役は赤軍派であり、彼らについて一切描かれていないのは不自然だし、真実ではない。自分は反権力の立場から描きたいと思っていたと話していた。赤軍派内の抗争、リンチ、殺人、挙句の果てに山荘侵入人質事件となって暴発した。原田作品の5年後にその凄惨な過程を赤軍派側から描いたのが昨年観た若松作品だった。機会があれば、原田作品も観て二つの作品を比べてみたいと考えていた矢先に、タイミングよく昨晩原田作品がテレビ放映された。
先日全共闘運動を取り上げたミュージカルを観たばかりで、何かもやもやと60年安保や全共闘時代の学生運動のイメージが駆け巡っている。
原田作品は確かに若松監督が指摘していたように、権力側からのアングルで撮ったものである。まったく赤軍派内部の様子は映していない。確かにこれでは、社会派の若松監督ならずとも、消化不良を起こしそうだ。警察庁、長野県警、現場の警察車両内など、ほとんど警察サイドの物語に終始している。その点から言えば、作品としての質、描き方、アプローチの仕方等、どれをとっても若松作品の「あさま山荘」に軍配を上げる。
実は、この原田作品がテレビ放映されたのは、数日前に亡くなった俳優・藤田まことさんの追悼番組としてである。藤田まことは、実在の人物、後藤田正晴・警察庁長官役で出演している。
回りくどくなってしまったが、寺島しのぶの「銀熊賞」受賞は、日本人として田中絹代以来35年ぶり3人目(最初は「日本こんちゅう記」の左幸子)だそうである。父親の尾上菊五郎、母親の富司純子も大喜びであるが、彼女の才能を見事に引き出した若松孝二監督はやはり非凡な人である。
1017.2月24日(水) トヨタ・リコール公聴会開催される。
銀座四丁目の一等地、鳩居堂画廊で日中水墨研究会作品展が開かれている。酒のペンクラブの勝野定典(雅号白山)さんからご案内状をいただいたので、根を詰めて納税申告書類を作成していた束の間にちょっと覗いてみた。勝野さんの「山寺景勝」がとても良い。話に聞くと山寺の長い石段を登っていた時は、霧がかかっていたが、上に到達したらガスが消え失せたそうで、その感じを描いたと言っておられた。その研究会の代表者で中国人の史志輝氏の作品がすごい。案内状に氏の絵が印刷されているが、その写真だけを見ていてもその凄さは分からないが、原画を見るとまさに驚きである。顔を近づけて食い入るように細かいところまで観察すると、虎の毛皮がまるで本物に見えるし、虎の目が光っていて生きているようだ。ここまで写実を極めると写真も顔負けである。恐れ入った。作品展は水墨画ということだったが、かなりカラーを使っている作品もある。何でも墨彩画というらしい。
こういう高尚な趣味を持っている人を羨ましく思う。
トヨタのリコールを巡るアメリカ議会の公聴会が開かれた。今日はアメリカ・トヨタ販売ジム・レンツ社長が呼ばれた。
予めマス・メディア報道でラフな情報は承知しているが、これまでのアメリカのトヨタ批判のやり方も少しやり過ぎだと感じていた。確かに当初のトヨタの対応は遅く、稚拙だった。そこにアメリカ国民によって厳しく追求されるそもそもの原因があった。しかし、それにしてもトヨタは反省の言葉を述べ、謝罪し、販売下落というお灸もすえられている。しかも、リコールに応じて車の改良も約束している。それでもアメリカのやり方は容赦しない。少々えげつない。どこまでトヨタをやっつければ気が済むのだろうか。
公聴会をテレビで観た限りで言えば、これはもう中世ヨーロッパの魔女狩りと変わらないのではないかと思う。公聴会の雰囲気もとても民主的と呼べるようなものではない。こういうスタイルが引き継がれてきたこと自体、むしろアメリカ社会の特異性と異常性を現していると思う。レンツ社長は中央の高い席から多くの質問者に取り囲まれ、矢継ぎ早に鋭い質問を浴びせられる。徹底して「悪者」を追い詰める構図である。トヨタ車に乗っていて事故を起こした被害者が参考人証言を行ったが、トヨタの酷さを涙ながらに訴える。お涙頂戴の芝居がかったパフォーマンスで全米の視聴者の同情を買おうとしているようにも見える。そこには、アメリカが声高に叫ぶ「公平」「公正」など微塵も感じられない。
アメリカ社会とアメリカ人は、自他ともに表面的には民主主義を具現しているように見える。しかし、それは自分たちにマイナス効果が及ばない場合に限られる。これまでアメリカ社会の象徴だった自動車会社、GMやフォードが、トヨタを始めとする日本車の後塵を拝するようになると、一点たりともミスを許さない。もはや日本という国を許せないかの如きムードが忽ちの内に燃え上がる。実はこれこそがアメリカ社会、アメリカ人の本音なのではないだろうか。公聴会は延々8時間にも及んだ。
明日はトヨタ本社の豊田章男社長が出席する。豊田社長へどんな辛らつな質問が浴びせられだろうか観察してみようと思う。いかに正義の味方を装っていても、所詮アメリカ人も自分本位であることが分かるのではないか。
1018.2月25日(木) これが公正か? 意地悪なアメリカの公聴会
日本時間の明け方近くに続けられていたアメリカ議会の公聴会2日目は、トヨタの豊田章男社長を参考人に召還して、トヨタ批判の急先鋒の議員を筆頭に豊田社長にあらゆる質問をぶつけた。一見してこういう場が得意ではなさそうな豊田氏の顔にはスマイルが見られず、終始暗い表情でうるさ型の議員の質問に応えた。
しかし、これではまるでつるし上げである。豊田社長はアメリカ中のさらし者になっている。この公聴会というシステムは、果たしてその名に叶った公聴会の公聴会になり得ているのか疑問である。こういう魔女狩りを利用して不正を暴くとか、国民の安全のためと詭弁を弄して今後も続けていくとするなら、これは最早自由主義ではなく、一種の経済統制ファッショではないかとこの公聴会という制度そのものに疑問を呈せざるを得ない。
今日の豊田社長は昨日のレンツ社長ひとりの時とは違って、別の北米統括会社の稲葉社長と同席し、自分の考えを述べた。しかし、出席した12人の議員の質問に対して応えたトヨタの考えが、彼らに必ずしも納得されてはいないとの印象を受けた。3時間半の公聴会を終えて豊田社長は、アメリカのトヨタ関係者の討論集会で励まされたことに感激したのか、つい涙ぐんだが、このあたりは正直なところもっと我慢して、涙を見せないで欲しいと思った。
こういう公衆の面前では、ディベートの経験が足りないような応答ぶりの豊田社長は、今後アメリカにおける出番が増える事態に備えて、これからでも良いから質疑応答のトレーニングを積んだ方が良いと感じた。
それにしても、アメリカ側議員の「日本とアメリカの文化の風土が違う」とか、「アメリカの顧客を軽視しているのではないか」や「苦情を社内に伝えないような内規でもあるのか」のような無礼な質問に至っては、日本最高の国際企業を何とかへこませてやろうとの底意地の悪い気持ちが見え隠れしているような気がしてならない。これこそジャパン・バッシング以外の何物でもない。
しかし、ともかくこの危機を切り抜けるのはトヨタ自身に他ならない。一日も早くこの苦境を脱して立ち直って欲しいと願うばかりである。それはそれとしてどうもアメリカ人の手法が理解できない。
1019.2月26日(金) バンクーバー・オリンピックに思う。
バンクーバー・オリンピックも今やたけなわで、どのテレビ局もオリンピック競技をわれ先がちに放送している。一昨日女子フィギュア・スケート・シングルが始まるや、そのフィーバーぶりは頂点に達し、一億国民が浅田真央選手の金メダルを希う有様である。朝から晩まで浅田とライバルの優勝候補、キム・ヨナ選手をあの手この手で取り上げ、そのエスカレートぶりは、国会論戦や沖縄米軍基地問題などそっちのけで、まったく眼中にない感じである。女子フィギュアのように、これまでにこれほど「一時的に」熱の入ったスポーツ種目は近年ないのではないかと思わせられる。結果はSPで1位に立ちリードしていたキム・ヨナ選手が、今日のフリー競技でも浅田選手を圧倒して金メダルを獲得し、浅田は銀メダルだった。それでも二人の好勝負は大きな感動を呼んだようである。実力伯仲の二人の勝負は、まだこれからも続くのではないだろうか。
それにしても、フィギュアのように伝統のある競技は見応えがあるが、近年急速にスポットライトを浴びるようになった競技にはどうもあまり興味が湧いてこない。夏季オリンピックには、新しい種目はそれほど増えていないようだが、改めてバンクーバー大会を見てみると、知らないような競技が多い。特に近年になって新たに冬季大会に加わった競技は、一般人が楽しめるようなものが少ない。高価な用具を使うことと、競技場が特殊な場所に限定され、誰でもできるというものではないようだ。これではオリンピックの精神に悖るのではないか。
かつてはなかったパラレル大回転、モーグル、エアリアル、スノーボード・クロス、スキークロス、リュージュ、ハーフ・パイプ、スケルトン、カーリング等々は、用具に金がかかるうえに設備や施設にも金がかかりそうで、誰でも気軽にプレイできるスポーツとは言えない。こういう競技種目をメジャースポーツ化するのは、長い時間がかかるし相当な資金を必要とすると思う。それに一番頭を悩まされるのは、これらのスポーツが進化すれば、概して危険性がより増してくるということである。用具とか機械を使用するようになれば、当然極限まで追及するようになる。それはスポーツというより危険な曲芸への転換を意味する。世紀の祭典で危険と背中合わせの競技を開催して、果たしてどれだけの意味があるのだろうか。
今度の大会でも開幕前に練習中の事故で一人の選手が亡くなった。ほどほどなら良いが、最近の傾向は物珍しさとか、新し好きばかりが目立って、極端に走り見境がないような気がする。
何でもかんでも土地の名物競技なら取り入れようとするのを一度検証して、オリンピック精神に則っているのかどうかをじっくり精査して、整理することを考えてみることも大切ではないだろうか。そんなことが頭をよぎった。
1020.2月27日(土) 日本にもデフォルトの危機が襲うか?
昨日沖縄で地震があったが、あまり気にも留めないでいたところ、今日夕方になって南米のチリでマグニチュード8を超える大きな地震があったという驚くべきニュースが入った。詳しい情報はまだ得られていないが、津波が太平洋を横切り、南半球から北半球へやってきて日本には明日午後1時頃に到達するというから、そのスピードが速いのか遅いのかは分からないが、油断はできない。60年安保闘争の年にチリで地震が発生したことがある。太平洋を越えて日本にも津波が押し寄せ、三陸地方を中心に日本でも100人以上の死者が出るという大きな被害があったことを思い出す。
先月ハイチで大地震があったばかりだが、このところ天災地変が各地に大きな被害を及ぼしている。どのくらい予防できるか分からないが、警戒するに越したことはない。これから明らかになるであろうチリの地震被害が心配である。
さて、このところギリシャの財政状況が危ういとの報道が目立っている。ギリシャ政府はEUの支援を受けつつ、再建策を模索しているが、その中で国民に厳しい忍耐を要求した。公務員の賃金カットや、年金支給額の削減、等々が国民を怒らせて大きなデモ騒ぎになっている。世界的な不景気は、ギリシャだけに留まらず、ヨーロッパ諸国を襲っている。今ギリシャ以外にも、ポルトガル、スペイン、イタリアが危機的状況に近づいているらしい。これらの国々のイニシアルを並べて、「PIGS」と呼ぶそうだが、何と「豚」ではないか。豚扱いされたこれらの国々は、今必死になって財政破綻から逃れようとしている。
外国の財政破綻をこれまで対岸の火災視していたわが国だが、昨日の日経夕刊によると下手をすれば日本もデフォルトに落ち込む危険性があると警告している。日本の国債発行額が異常に多いことがその根拠である。昨年末国の借金が871兆円で国民一人当たりに換算しても7百万円を超えるというのだから空恐ろしい。仮に消費税の引き上げだけで財政健全化を目指すには、消費税率を35%に上げる必要があるとの試算がある。とてもじゃないが、非現実的である。
しかし、こんな財政悪化が進捗する中で割合のんびりしていられるのは、日本の経常収支が黒字であることことと、国債の90%以上を日本人が買っているからだと言われている。それにしても毎年毎年国債発行を繰り返しながら、一向に財政立て直しを論議しようともしていない。まだ、新聞で報道している程度で政治家や財務省の官僚たちは、まだ目覚めてはいないらしい。
いつまでも国債を発行し続けて、挙句の果てに国を破綻の方向へ向かわせようというのだろうか。
1021.2月28日(日) 国内外ともに慌しいつごもりの一日
昨日南米チリで起きた大地震はマグニチュード8.8という超弩級のスケールで、チリでは300人を超える死者が出た。地震に伴って発生した津波が、そのまま太平洋を北上して日本にも影響すると予想されていた通り、今日はNHKなんか番組を変更して朝から津波情報にかかりっきりである。
バンクーバー・オリンピックも終盤に近づき、今までその存在すら知らなかった団体パシュートというスピードスケート・レースで、日本女子チームがひょうたんから駒というのか、あれよあれよという間に決勝まで勝ち残り、銀メダルが転がり込んできた。ドイツを相手にした決勝戦は好レースとなり、終始日本がリードしていたがゴール間際に逆転され、僅か百分の2秒差で敗れてしまった。悔しさに橋本聖子団長なぞは、金だったならばなどと欲深いことを言っていたが、大健闘である。有終の美を飾りメデタシメデタシではないか。
ところが、国内では午前中からチリ地震による津波ニュースが溢れんばかりである。時々刻々と津波の襲来時刻を放送する。昨日予告した時間とそれほど違わないからすごいと思う。午後1時くらいから北海道・東北地方沿岸部へ少しずつ影響が出てきた。花咲港や久慈港では1m以上も高波が押し寄せてきた。夜の7時過ぎになって高知・須崎港でも1mを超える高波がやってきた。
自然の力というのは恐ろしいとつくづく思う。チリ沖合いでプレートが落ち込んで表面がずれた結果、地震となり、それが大きなエネルギーを伴って海水を押し寄せるか、引っ張るかの作用をしているわけだ。延々2万km近い距離を大波がすごいスピードで走り続けて日本沿岸にやってきたことになる。地球の不思議さと言うか、実に神秘的である。
60年安保闘争の真っ只中の1960年5月22日に起きた三陸沖地震は津波を伴い、国内で142人の死者・行方不明者を出したが、それもチリ沖合いの地震の影響である。その時のマグニチュードは、これまで計測された最大級のものでM9.5だったという。現在チリのサンチャゴ国際空港も損壊されて航空機が飛べないというから、ハイチ同様チリの被災者救済活動も、これから国際的支援を仰ぎ、国際的な規模で行われるのだろう。
日本では今のところ死者はいないというが、チリでは今後犠牲者の数が増えていくことだろう。地震国に住むわれわれとしても安閑としてはいられない。
さて、昨年3月に行われた東京国際マラソンが今年は一ヶ月も繰り上げて今日雨の中で開催された。出走者が32,000人というから驚異的である。出走風景を観ているとまるで芋を洗うような雰囲気である。市民ランナーとして一般参加者が年々増え、今では抽選が行われているが、それも大した競争率で出場すること自体が難しい。何でも昨年は6倍の競争率だったというが、今年の応募者は30万人だというからすごい。幸運にも横浜に住む長男が昨年に引き続いて抽選で出場権を得た。数日前から天気予報がぱっとしないので、気になっていた通り、今朝から雨がしとしと降り続け、気温3℃と寒さも厳しくなり、あまり無理をしないよう場合によっては途中棄権もやむを得ないと考えていたが、夕方になり完走したと連絡があった。昨年のタイム3時間58分を上回る記録を狙っていたらしいが、やはり悪天候には勝てず、記録は4時間12分とのことだった。最後には寒さで足が動かなかったというからよほどコンディションは悪かったのではないか。目標完遂とは行かなかったが、悪天候の中で完走し、昨年より14分遅いだけだから、まあ健闘したのではないか。
普段中々忙しい中で毎日トレーニングを重ねるのは大変だと思うので、これからは無理のない健康マラソンにチェンジして、妻子に心配をかけないよう「ほどほどマラソン」「そこそこマラソン」にしたらどうかと思う。