
2010年1月
963.1月1日(金) 新しい年を迎えて
昨日のけだるい気持ちを引きずったまま、9時近くになって漸く起きる気になった。昨日のような鬱陶しい気分ではないが、どうもぱっとしない。夕べは風呂に入ることもなく、一気に眠りに就いたが、いまひとつ気持ちが勝れない。いつも通り血圧を計ってみると、何と久しぶりの低血圧、130である。130台まで下がったのは8月15日に計測した133以来である。夕べは高く、今朝は低いということは、やはり身体が若干異常を来たしているのだろう。
そんな事情でやはり母校ラグビー部の定期総会は欠席することにした。昨年が創部60周年という節目の年でもあり、各役員がいろいろ趣向を凝らして、今日の定期総会には各種の祝賀行事を考えてくれたようだ。寄稿した記念誌の発行もそうだし、練習試合・懇親会の後には会場を移して祝賀会も考えてくれていたようである。また、名入りの記念ジャージーも作製した。更に会計幹事の和田正温さんの話では、私も歴代OB会長のひとりとしてスピーチをすることになっていたようなので、出席できなくなって申し訳ない気持ちだ。
あまり勝れない気分のまま受け取った年賀状に目を通す。昨年もそうだったが、今年も配達される時間帯が早い。かつてはお昼近くになって配達されたものが、今では新聞と同じように配達される。これは昔の郵便局制度の下では考えられなかった。
さて、夕べは体調を崩したまますぐ就寝したので、1年の締めくくりとしては最悪だった。1年間を振り返って反省することもなく、考えることもなく最悪の精神状態で幕引きしてしまった。その意味では、今年は勝れない気分をそのまま持ち込んだ新年である。
今年やらなければならないこと、やってみたいことは大分ある。福島・相馬市の鈴木進一さんから年賀状で、アラスカへのお誘いがあった。どんな旅なのか、昔ヨーロッパへ行く途次必ず立ち寄ったアンカレージ空港周辺しかイメージが浮かばないが、アラスカの自然溢れる大地をのんびり旅するものなら行くことを前提に検討してみようと思う。その他にも、バルト三国、マグレブ三国、コーカサス三国、ネパールにも行ってみたいと考えている。
出版もそうだ。まず、旧蝋打ち合わせた「観光」に関する書物の発行。共著者として一部を執筆することになっている。更に今年は9月に国際ペン・東京大会開催に合わせてドキュメントを書いて上梓してみたいとも考えている。
幸いにして今日ホームページへのアクセス数が15,000件を超えた。2年半かかってこの数字が多いか少ないかは何ともいえないが、これだけ多くの人に見ていただけるのはありがたい。今年はブログも一層気を引き締めて自分の考えや提言をどんどん発信していこうと思う。
外部の市民講座については、いずれ駒沢大学や多摩美術大学の公開講座の案内も送られてくるものと思う。今年もこういう市民大学のような場で、大学の授業を受講したいと考えている。
講師の仕事もボランティアを含めていくつか務めていくことになると思う。今月下旬から始まるTEIの「図解塾」2日間講座が3月まで続くのを皮切りに、すでに話のあった講義を考えると例年通り忙しくなるのではないだろうか。
これらはみんな健康が土台である。昨日のようなことがあってはならないが、回復までもう一息のところまで来ていながら、膝の炎症が完治していない。CRPの数値が大分良くなってはきたが、副作用として服用している薬のせいで血圧も上がったままである。今年こそはCRPを下げて膝の炎症からおさらばしたい。さすれば血圧も平常値へ戻ると見ている。
夜になって新年恒例のNHKウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートを楽しんだ。今年の指揮者はフランス人のジョルジュ・プレトールで、2年前にも務めている。お年が何と85歳というから驚きである。いつもながらこのクラシック・コンサートは楽しい。ウィーンを紹介したビデオも、バレーも良くすっかり満喫した。
夜になって食欲はあまりないが、大分具合は良くなってきた。
さあ、新年の幕開けだ。平成22年、2010年を平穏ながらも、健康にして仕事面でも思い切り活動できるよう頑張るつもりだ。
964.1月2日(土) 正月2日は駅伝とラグビー
恒例となったが、正月2日は箱根大学駅伝と大学ラグビー準決勝戦で昼間はテレビを見続けている。駅伝は数年前に比べると強豪校の顔ぶれが大分変わった。駒沢大、大東文化、中央大があまりぱっとせず、順天堂大や神奈川大などは出場もしていない。これには、ひょっとすると少子化をターゲットに新興大学も存続の危機を見越して名前を売り込むための手っ取り早い手段として、運動部の強化を考えているからではないだろうか。往路優勝は昨年に続いて東洋大だった。往路と復路とでは、大学によって作戦を考えているようだから明日の復路はどうなるのか分からないが、まあ気楽に楽しもうと思っている。
次いで大学ラグビーは、慶応が東海大に14−19の1トライ差で敗れてしまった。まあフォワードが劣勢だったので、今日の慶応の負けは仕方がないとも言える。第二試合の明治と帝京大は43−12という大差で帝京が明治を圧倒した。この決勝戦の組み合わせ、帝京大対東海大では、今までの例から言えばラグビー伝統校の早慶明が出場しないので、好ゲームは期待できるが、残念ながらあまり観客を集められないだろう。
昼前に妻子を実家へ帰している長男がやってきたので、夕食を食べに妻と三人で近くへ出かけた。正月とあって子ども連れの家族が多いらしく最初のレストランでは、待たされるということだったので、すぐ2軒目へ移動して何とか入ることができた。最初の店で待つことが嫌だったのではなく、2〜4日は正月なので、普通の食事料金に正月サービス料金を追加請求すると看板に書かれているのを見たからである。普段は請求しないサービス料金を正月3日間に限って請求する特別料金を突然顧客に請求する図々しい商法とその神経に呆れ果てたからである。しかも法外なサービス料金というのが10%である。こんな理不尽なことってあるだろうか。嫌なら当店では食事をするなと言わんばかりである。そんな傲慢な態度が気に食わない。レストランで20分ほどお待ちくださいと言われたが、さっさと出てきた。
まあこういう店もあるのかと思ったが、どうも納得できない。
965.1月3日(日) 戦没者遺骨収集作業について考える。
今日も昨日に引き続いて箱根駅伝とラグビーをテレビで観戦した。駅伝は東洋大学が2連覇を遂げた。2位に入ったのが復路優勝の実力校・駒沢大学だった。今年の出雲駅伝、全日本大学駅伝を制した日大が案外だらしなく、10位以内にも入れず来年度はシード権を失ってしまった。やはり2日間に亘る200km以上の長丁場では、実力のある選手が数多く揃い、選手層が厚くなくては戦えないのではないかとチーム編成の難しさを思った。
ラグビーは大学ではなく、高校ラグビーをスカパーで観た。花園ラグビー場の全国大会準々決勝は、神奈川代表校・桐蔭学園が勝って明後日の準決勝に勝ち上がった。高校の試合でもこのレベルになると個々の選手のプレイにもかなりスピードがあって、試合展開もスピーディで面白い。
昨日夕食をしながら息子から今年の東京マラソンにも出場すると聞いた。2月28日に予定されているようだが、運が良く2年連続で抽選に当り走ることができるという。抽選で当るのは8人に一人の確率らしく、2年連続で抽選に当るのは60数倍ということだから、息子もよほど籤運が良いのかも知れない。毎年抽選に洩れている人から散々ひがまれたと言っていた。マラソンに出場するモチベーションのひとつは、高校時代のラグビー仲間が先日つくばマラソンで3時間15分を記録したらしく、息子にとっては昨年の4時間をやっと切ったくらいの記録では満足できなくなったらしい。まだ相当チャレンジ精神が盛んなようだから、子ども3人ぐらい養っていくのに泣き言なぞ言っている暇はあるまい。若いのに、向上心とチャレンジ精神を失ったら抜け殻だ。
暮から体調を崩したことについて、ブログを読んだ高校時代の友人、大塚武夫くんから親切なアドバイスをもらった。運動不足だとのずばりのご指摘をいただいた。さもありなむである。重々分かっているので、極力ウォーキングをするようにして万歩計で計測しているが、彼に言わせると一日一万歩がノルマだという。なかなか一万歩というのは難しい。11月にインドを旅行した時は、毎日一万歩を越えていた。それ以来大体5〜7,000歩というのがごく普通になってしまった。これを一万歩にするのは一寸大変だなぁ。更に大塚先生は、スポーツセンターに通って専門家の指導を受けたら良いのではないかとのアドバイスも授けてくれた。
そうかも知れない。1日8時間も机に向かってひたすらパソコンに向かっているのは、確かに身体には良くないと思っている。今年はどういう手段をとるにせよ、暮れの椿事に鑑みて、少し健康管理を真剣に考えてみないといけない。
暮れから月末に始まるTEI図解塾講義のテキスト、資料作成に取り掛かっている。今日私が担当する「時事問題」の例題のひとつを作成して、久恒理事長ら関係者に送信した。どういうアドバイスを言っていただけるか。それによって準備を進めたい。
NHKの夜のニュースによると政府がフィリッピン政府との間で、戦没者の遺骨収集事業に関するガイドラインを取り交わすと報道していた。何のことだろうと思っていたら、どうも収集作業に関して両国政府の間で了解されているにも関わらず、州政府やホテル事業者が収集作業のイメージが悪いということから、観光客が寄り付かなくなるので、受け入れを約束したにも拘らず、断られることが多くなってきたそうである。
私自身20年以上に亘って旧厚生省による平洋戦争戦没者遺骨収集に関わってきたが、国によっては難しい問題を孕んでいる。戦争で傷つけた相手国で土地をほじくり返し、土地の人びとにとっては敵国だった人間が行う作業だけに、誠実にお願いしてあくまで了解をいただくということが前提である。従って、これまでの遺骨収集はすべて相手国の人びとに遠慮しながら、日本政府職員の指示の下に行ってきた。それが問題だとするなら、やはり検討し直し、なお問題があるなら計画を縮小せざるを得ないかも知れない。
私が長らく関わった中部太平洋諸島では、激戦地であるにも関わらず島民は遺骨収集団に対して極めて好意的だった。
戦後大分時間が経過して、かつてのようにそう簡単に遺骨が発見されるという状況ではなくなった。しかし、お国のために戦った英霊を山野に放っておくことはできないという日本人の心情を無視することもできない。細々とではあるが、このまま相手国の温情にすがって了解をもらいながら粛々と続けさせていただくというのが願いであり、徒らに騒ぎ立てるべきではないと考えている。
それにしても、久しぶりに大東亜戦争戦地の遺骨収集作業を思い出した。
966.1月4日(月) 冬山登山遭難事故が心配だ。
今朝の日経紙に予定通り「知の現場」の広告が掲載された。東洋経済新報社発行の他の書物と抱き合わせの広告なので、他の書物に比べて特別に目立つというほどのことはないが、気にしていれば目に入ってくる。先月25日付朝日朝刊の広告よりは目立つようだ。
知研のHPにも「知の現場」の啓蒙・宣伝・広報用にプロジェクトの若手が立派なサイトを作ってくれた。まだ、半製品だが中々良くできていると思う。その中に関係者の写真、自己紹介、取材エピソードが載せてある。まだ、2〜3人しか載せてないので、何とも論評しにくいが、私も写真、自己紹介、そして4氏とのインタビューに関するエピソードや感想を掲出してもらった。他の2人の写真が俳優なみのすっきりしたものであるのに対して、私の写真はインド門前で撮った一見浮浪者風のもので、些か見劣りがする。それはともかくラインアップが出来上がれば、結構面白いサイトになると思う。
昨年12月に元カーレーサーの片山右京氏が富士山で遭難騒ぎを起こし、同行者2人が亡くなったばかりだが、年末から年始にかけて悪天候により広い範囲で山岳遭難事故が連続して発生している。すでに今日2人の死亡が確認され、まだ生存者が冬山に取り残されている。明日にも遭難救助ヘリを飛ばすという。天候の急変による遭難と言われているが、気象判断も甘かったようだ。遭難者の年齢を見るといわゆる中高年者ばかりで、女性が多いのもひとつの特徴だ。これらの点を考えてみると昨夏北海道・大雪山の遭難事故と共通項がある。
昨今のレジャーブーム、健康ブームに乗って、中高年者の登山が流行となり、あまり登山の経験がなく、必ずしもしっかりしたリーダーに伴われない登山が増えてきて問題になっている。定年後の趣味として始めたハイキングから登山へ進み、一直線に冬山まで直行したような印象を受ける。どうも事前の研究やチェック、そして肝心な山の知識、基礎体力に欠けているのではないかと思うことがある。
昨年富山県中学生の立山集団登山のドキュメント番組をテレビで観て、その無謀さに呆れたものだが、その無分別な計画に対して教育委員会も指導、実施する学校もまるで意に介していないのである。無神経ともいってもよいほどリスク・マネジメントができていなかったのだ。間違えば集団遭難にもなりかねない学校行事が教育委員会のお墨付きを得て実施されている。こんな安易な感覚が今日の登山界にも、教育界にもあるのだとしたら由々しきことである。指導者も監督者も自分でリスク管理ができなくなっている。このノーテンキは、むしろ社会全般に言えることではないかと思っている。これからこういう精神状態が蔓延するようだと何が起こっても不思議ではない。
967.1月5日(火) 平城京遷都1300年祭
奈良が今年遷都1300年祭を計画していて大分盛り上がっているらしい。長男の連れ合いが奈良県吉野の出身である関係で吉野を訪れたことはあるが、奈良市内は高校の修学旅行以来行ったことがない。世界遺産に興味を抱くようになってからは、世界遺産「奈良」への関心が格別に強まっているが、訪れる機会がない。何とか今年中に行ってみたいと思っている。
ヨーロッパでは、ショパン生誕200年祭が生地ポーランドを中心に世界中のクラシック・ファンを魅了するイベントが目白押しのようだ。ピアノの詩人と言われたショパンだが、小学生のころショパンの伝記を読んでからショパンに興味を持つようになった。仕事のおかげで「雨だれ」を作曲したマヨルカ島の教会を訪れ、ショパンが「雨だれ」の譜を書いた愛用のピアノの鍵盤を叩いたことが今では良い想い出となっている。
父が存命のころ父に頼まれ、作曲家・高木東六さんを車で鶴見のご自宅へ迎えに行き、藤沢のコンサート会場までご案内したことがあった。その車中で高木さんが、まだショパンの故郷へ行ったことがないので、いずれ行きたいがその時は案内して欲しいと仰った。残念ながらその望みは叶わず、高木さんは亡くなられた。
さて、昨日4日はビルマ(ミャンマー)の独立記念日だった。ビルマでは軍事政権トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長が、独立記念日式典にメッセージを寄せ、予定通り年内に総選挙を実施すると公表した。どこまで信じて良いものか。民主化運動を進めるグループは、アウン・サン・スー・チーさんの解放を求める声明を発表しているが、軍政が認めることはほとんど望み薄である。これまでの軍政の厳しいやり方は極めて弾圧的であり、選挙で敗れていながら敗北を認めず強引に政権に就いた現政権の言質は、まったく信用できない。ビルマ国内にもささくれだった空気が漂っているのではないかと心配でならない。
かつては、独立記念日には決まって東京のビルマ大使館で祝典を開いていた。私も何度となく招かれて、パーティに参加した。ビルマ大使夫妻を始め、大使館のスタッフもにこやかに応接され、楽しいひとときを過ごしたことを今でも懐かしく思い出すくらいだ。1975年ごろ赴任されていたウ・チ・コー・コー大使には、いろいろお付き合いさせていただき、旅行の手配をさせていただいたり、浜松まで一緒に旅行したり、そのお人柄はお付き合いしていて楽しかった。あの当時の大使館内には和気藹々とした空気も流れていた。大使館にも気軽に訪れることができた。今ではビルマと聞いても嫌な事件ばかり想像してしまう。国連加盟国でありながら、世界遺産条約を調印せず、素晴らしい古跡がありながら世界遺産としてひとつも登録されていないのも異常だ。
もう少し様子を見て、行けるようなら近いうちに再び訪れて、今も連絡だけは欠かさない優しいビルマの友人たちに会ってみたい。
968.1月6日(水) 茂木健一郎氏はテレビ出演を止めよ!
雑誌「選択」1月号に「指導者不在のメディア帝国・NHK」という記事が載っている。内容は「ジャーナリズムとは無縁の風土」とか、「『暴走』する素人経営委員たち」とNHKに対する批判に満ちて、NHKにとっては散々であるが、仮に話半分にしても現状のNHKを痛烈にこき下ろしたものだ。指摘されていることの中で、実際少し前から些か首を傾げるパフォーマンスがあったことは事実である。
ひとつは、「坂の上の雲」のあまりにも過度のCM放映を見せつけられ、視聴料をいただきながら、これほどまでに毎日予告編を流す必要があるのかとその神経をおかしいと感じていた。ところが、これはNHK内で今も隠然とした力を持つ海老沢元会長の熱望で作った番組だから、余計事前告知に力を注ぎ、何としても成功させたいのだそうである。これではそもそも番組作りの視点がおかしいのではないか。NHKの職員は上ばかり見ているひらめ職員ばかりと皮肉られているが、その極致となったシーンが海老沢氏の希望により、日露戦争の撮影ではCGは使わず、何万着分もの軍服を実際に作り、巨額の無駄をしていることだという。
二つ目は、福地現会長お気に入りの「プロフェッショナル・仕事の流儀」のキャスターだった脳科学者・茂木健一郎氏が、所得税申告漏れが発覚したにも関わらず、ひらめ職員の間では茂木氏が引き続きキャスターを務めることに一向に疑問の声が上がらなかった。昨年この脱税が明るみに出た時、私は本稿で脱税確信犯である茂木氏が、番組から降板しないのはおかしいと疑問を呈した。「選択」によれば、茂木氏の続投については流石に視聴者から怒りの声が寄せられ、降板が決定したとある。
ところがである。昨晩の同番組に、厚顔無恥の茂木健一郎氏は恥も外聞もなく出演し、ご高説をのたまわったのである。降板の真実はどうなっているのか。NHKの恥知らずは言うに及ばず、「選択」の千里眼だって曇ってやしまいか。
これだから、テレビのみならず雑誌を含めて出版物が信用されず、発行部数は減少の一途を辿っているのではあるまいか。ひとりCMに頼らずにいられるNHKだけが、相変わらず愚行により延々と生き延びている。
それにしても、茂木氏なるものが、偶々売れっ子になったからと言って、脱税まで冒していながら性懲りもなく、持論をテレビでぶつような厚かましさは、学者の風上にも置けない。少しは恥を知れと言いたい。こういう欠陥人間をちやほやするから、おかしな奴が広く蔓延るようになったのではないか。
969.1月7日(木) 確定申告準備始める。
今年も確定申告の時期が近づいてきた。申告期限は3月だが、きちんと準備をしないと間に合わなくなってしまうので、些か気になっている。昨日から漸く個人事業主としての申告書類作成の作業に取り掛かった。
最近もの忘れがやや進んできたことと、しまった物をどこへ整理したのか、すっかり忘れていることに愕然とすることがある。ある程度は年齢を考えれば許容範囲かも知れないが、それにしてもつい先ほどまで覚えていたことを思い出せない。何とも情けなくてうんざりである。
今年の申告に当っては、昨年青色申告書の記入を済ませ、初めて税務署へ提出してほっとした時に、次は絶対PCで申告しようと殊勝に考えたが、ついそのままにして今また申告の時期が近づいてきてしまった。今更PC申請しようにも準備が間に合わない。今年も昨年同様に手書きによる申告書類の書き込みとならざるを得ない。
ところが金銭出納簿と総勘定元帳にゴム印を押印していた、そのゴム印を箱ごとどこへしまってしまったのか分からない。家捜ししたが、遂に発見できず困っている。こんなことなら、やはりPCによる申請の準備をすべきだったと思ってももう後の祭りである。
一昨日近所の文房具店でいくつか使用頻度の高いゴム印を探しに行ったら、「あなたの探しているゴム印があるかどうか分からないが、ゴム印はもう処分しようと思っていたので、よかったら持って行っていいよ」と言われ、20個ほどタダで頂いてきた。もう古いゴム印なんて商売にならないようだ。今どき個人が手書きで青色申告をやっている人は、ほとんど居ないらしい。仕事量が多ければ税理士に頼んでいるようだし、そうでなければみんなPC、つまりe-Tax申請のようだ。
とにかくこの期に及んでは今年も手書きで申請書類を書き上げるより方法がない。案外細かい書き込みが多いので、コツコツやっていけばよいのだが、情けないことに1年前必死になって憶えた書類の書き込み方法をかなり忘れてしまっている。昨年同様今年もこれから苦戦しそうである。
さて、このところ血圧が上昇気味で森内科で、2週間前に従来の降圧剤プロブレス錠8に加えて、別の降圧剤ノルバスク錠2.5mgを服用した。しかし、あまり効果が表れないので、今日の診断の結果この錠剤に替えてやや強いアムロジンCD錠5mgを服用することになった。とりあえず冬の間だけでもこれによって様子を見ようということになった。
その後松本整形医院でも先生から、仕事量をもう少しペースダウンしなさいと昨年と同じことを言われてしまった。できるかなぁ。
高校ラグビー決勝戦が花園ラグビー場で行われ、東福岡高が桐蔭学園を31-5で破り2年ぶりの優勝を飾った。桐蔭は4年前と同じ準優勝だ。神奈川勢としては残念なことだろう。内容的には、高校日本代表7人を含めた東福岡が終始優位に試合を進め、桐蔭を圧倒した。それにしても選手の体格は年々向上してがっしりとして、それていてスピードがあるのには感心した。今年の各チームの特徴としては、かなり1、2年生が活躍したことである。
ゲームを観ていてやはりサッカーとは面白さが全然違う。本質的にラグビーの面白さはサッカーのそれを遥かに上回ると確認できたし、ラグビーファンとしては大いに力づけられた。
970.1月8日(金) 日本航空の再建は可能か?
日本航空の再建問題がいよいよ節目を迎えている。予想以上に債務が嵩んでいて完全に債務超過の状態である。昨年来再建問題が政府、主力取引銀行、企業再生支援機構、日航の間で協議されたが、これという決定的な再建案が決められずに、今日までずるずる来てしまったというのが現実である。投入されると予想される公的資金は、とりあえず8,000億円と言われている。
今日政府は法的整理の活用を前提に、企業再生支援機構が支援する方式を採用することにほぼ腹を固めたようだ。段取りとしては、日航が東京地裁に会社更生法の適用を申請し、その後に再生機構が支援を決定するスキームである。つまり体のいい「隠れ倒産」である。主力取引銀行と日航自体が、会社更生法適用はイメージダウンにつながり、旅客離れを招くと強く抵抗してきたにも関わらず、このスキームを渋々受け入れたのは、ぬかるみのように日に日に増え続ける債務金額と、企業年金減額に対するOBの強い抵抗に遭って進むに進めず、まともに政府保証を取り付けることが難しくなったことと、法的整理を全面に打ち出されて、最早手の打ちようがなくなったからではないだろうか。
12日にOBの企業年金減額の諾否の回答期限が来る。この回答次第では一気に事態は動く。日航とは現役時代にともに随分仕事をやった。日航の親方日の丸的な仕事ぶりには全面的に納得しているわけではなかったが、お世話になったことは事実であり、今日の事態を考えるとかつてのパートナーとしては残念であり、あの威勢の良かった当時を思うと昔日の感を禁じ得ない。
とりわけ印象深いのは、長年協力しあった旧厚生省・援護局の大東亜戦争戦没者遺骨収集事業である。特に、中部太平洋地区では必ず日本航空を利用し、毎年便宜を図ってもらった。その当時はサイパンから日本への直行便がなく、収骨したご遺骨をミクロネシア航空機でサイパンから護持してきたが、経由地のグアムで日航機の接続便がないために、いつもまる1日間グアム空港内の日航特別施設に預かってもらったことなどがその最たるものだ。
ほかにも日本航空との思い出は尽きない。セールススタッフとの業務上、業務外のお付き合いも忘れられないものが多い。
政府は航空機を飛ばしながら、会社の再建を図ることを目指している。そのためには、日航にまだ大きな試練が待っている。社員の1万人削減である。どこまでも厳しいが、税金で支援してもらっているのだから、日航自体にもうひと頑張りしてもらいたいと思う。
971.1月9日(土) 「遠野物語」の評価と功績
今まであまり気がつかなかったが、今朝の日経「春秋」と朝日の「天声人語」の話題が同じなのには不思議な思いがした。新聞記事が重なったり、同じ話題を取り上げるということはニュースなどではよくあることだが、今日の小欄は時間的に制約のある社会ニュースや時事ニュースではなく、時間を超越した柳田国男の民話の世界にスポットを当てたものだったから余計に気になった。取り上げられた話題は、昨年10月に火事で消失した「座敷わらし」が現れると噂になっていた、岩手県二戸市金田一温泉郷の旅館「緑風荘」と、発刊100年の柳田国男著「遠野物語」に関することである。偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。少しはライターの間で話し合いがあったのだろうかと想像する。
恥ずかしながら「遠野物語」は読んだことはないが、柳田国男が地方に口承で伝えられていた民話や物語を文章にして書き残し、後世に伝承したという点において高い評価を得ていることは言うまでもない。
京都や江戸から遠い地方にも豊かな文化がいくつも息づいていた。伝承は各地にあるものを誰かが書き残さねば、いずれは口と耳の間にこぼれ、消えていく。その意味で柳田が書き残した功績は傑出したものであり、他に比類がない。あの三島由紀夫をして「遠野物語」を、「文学として読んできた」「これ以上はないほど簡潔に、真実の刃物が無造作に抜き身で置かれている」と絶賛せしめた。
さて、新年になって多少株価が上がっているが、今後どうなるかはまったく見通しが立たない。そんな折りも折り、今週初め藤井裕久・財務大臣が辞任した。難産の末漸く来年度予算案を策定したばかりだったが、体調不良を理由に首相に辞意を申し出て受理された。財務相辞任の真相は、いろいろな憶測が流れているが、77歳という高齢を考えれば、一番の理由はやはり健康問題だと思う。
昨年引退を決意していた藤井氏を、敢えて首相は比例代表区に立候補させ、当選となるや組閣において官僚のトップ省庁である財務省を任すことになった。そして直ぐに予算編成である。財源不足の中でマニフェストとの整合性を注目され、例年以上のプレッシャーがあったものと思う。
そして後任の菅直人・副総理が早々と勇み足をやってしまった。円安を誘導するような発言をしてしまったのである。歴代の財務大臣が決して触れることのなかった聖域である。しかもかなり具体的に1$=90円台半ばが好ましいとまでしゃべった。途端に外為相場は円安へ振れ、担当大臣の恣意的な発言によって外為相場が簡単に動くということがはっきり証明された。
それにしても、鳩山首相は政治資金問題でふらふらし、小沢一郎・民主党幹事長の土地購入代金の不透明さにも黒い霧が立ち込めている。菅大臣もその発言は軽率だった。すぐ陳謝したが、副総理がこんな軽い気持ちで大臣職を務めているとは、前途に普天間基地問題等の難問を抱えているだけに鳩山内閣もそう長くは持たないのではないかと心配である。
972.1月10日(日) 戦没者遺骨収集について
今朝の産経新聞に戦没者遺骨収集に関するトピックスが載っていた。私自身20年以上に亘って旧厚生省の同事業のお手伝いをしていただけに、関心の高い話題であり、じっくり目を通した。先日テレビニュースがフィリッピンにおける同事業について、現地では必ずしも歓迎されない事態も起きていると報道していたが、私が関わっていた当時の状況に照らしてみても、事業そのものに対する取り組みが日本サイドはもとより、相手国でも変わりつつあるように思う。
その中で一番理解できないのは、かつての戦地における日本人戦没者の遺骨収集を目的とする日本人の民間組織が存在するということである。国家事業として始まった遺骨収集であり、国家が予算の手当てをして実施するのが筋であり、また、相手国との間には諸々複雑な問題もある。そんな事情で以前はすべて日本政府ベースで行われていた。民間協力団体も旧厚生省の指揮下のもとで収集作業を行っていた。
それが、今ではフィリッピンで「空援隊」という日本のNPOがご遺骨の収集のために活動しているという。以前日本政府は民間人による遺骨収集を禁じていた。それは相手国との間に民間人では対応できないことが頻発したからである。それが、いつの間にか民間人が「異国に残されたままになっている多くの戦士が祖国へ帰れるように」という崇高な気持ちだけで、民間団体として認められ、実際に活動している。随分変わったものである。
しかし、その純粋な気持ちだけで、思いや目的はスムーズに叶っているのだろうかとつい気になった。昨年1年間だけで、「空援隊」がフィリッピン各地で収集した遺骨は実に8,67体に上るという。率直に言って、そんなに多くのご遺骨をたった1年間で収集できるのだろうかという疑問が実感としてある。昭和27年から始められた遺骨収集事業で毎年ほそぼそと遺骨収集を実施して、海外戦没者概数240万柱の内、まだ半分の125万柱しか奉還していない。フィリッピンでは、約50万人の方々が亡くなられて、山地が深く思うように収骨できない点から推察して、産経の記事による、1年間で1万人近い戦没者のご遺骨を収集したというのは、いささか戸惑う数字である。こういう言い方は顰蹙を買うかも知れないが、1年間に8,675人というその数字がどうも腑に落ちないのである。収骨したご遺骨のカウントのし方が従来の政府のそれとは微妙に違うのではないかと考えられないこともない。民間組織が参加したことにより、作業は効率的に進んでいるということになる。ご遺族が納得できるならは、それも良い。
ご遺骨収集数の問題はともかく、問題なのは現地で住民との間にトラブルが発生していないかということである。それが、3日夜NHKニュースで報道された日本政府とフィリッピン政府との間で遺骨収集に関するガイドラインを取り交わすという問題に突き当たる。産経紙によれば、昨年末には持ち帰る予定だった遺骨4千体以上が、直前になって書類の不備という理由で足止めを食った。中々難しい問題を孕んでいるのだ。
私が長年関わった中部太平洋地区では住民感情は頗る良かったが、収集作業は年々難しくなっていった。それは、ご遺骨が人目につく場所にはほとんど見られなくなって、私有地や岩山などの危険な場所でしか発見できなくなったからである。ガダルカナルなどでは、住民が私有地に入るに際して、条件を出してきたこともある。
日本人の民間団体の善意と崇高な気持ちだけでは、必ず壁に突き当たる。その際果たしてNPOのような民間組織の力だけで英霊を母国へ迎える尊い事業が貫徹できるだろうか。
日本国内には、日本人が決して言ってはならない「戦後60年以上も経って、いまさら遺骨収集もないだろう」のような否定的な声も一部には聞かれる。すべての戦没者のご遺骨を持ち帰ることは確かに難しい。しかし、可能性があるなら、やはり国を挙げて祖国へご遺骨を奉還するというのが、生き残った日本人にとっての責務であり、日本人としての真心ではないだろうか。ことさら関わっていた事業だけに行く末が今も気にかかる。
973.1月11日(月) 新成人は精神的に自立せよ!
今日は成人の日であるが、残念なことに最近各地でアホな若者がわけもなく暴れ回るという風潮が見られる。沖縄や広島辺りでは、マイナス・イメージの風物詩の趣さえある。20歳にもなって他人に迷惑をかけることでしか、自分の存在を示せない欠陥成人が新たに生まれるとは嘆かわしいことだ。こういう若者は大体無職である。仕事にも就かず、世間の顰蹙を買うことでしか世間から省みられない。情けない奴らだ。
さて、今朝の産経新聞に予め連絡をもらっていたように、「知の現場」の出版記念パーティ開催が告知されていた。これを見てパーティに参加する読者もいるのではないかと思う。幸い大分話題になりそうな気がする。私にとってもこういう書を仲間とともに世に出すことができたということは誇らしい気分である。
その産経新聞に社会学者の加藤秀俊先生が、最近の若者について感じたことを「正論」というコラムに寄稿しておられる。加藤先生は京都大学教授でもあったので、久しぶりに京大を訪れて感じたことを率直に書いておられる。キャンパスが小奇麗になってタテカンが無くなったことに些か複雑な心境でおられる。先生がおられた時代は、まさに学生運動が活発だったころである。実際60年安保闘争を闘ったわれわれの学生時代は、キャンパス内にタテカンはもちろん、ビラ、スピーカーの嬌声が煩く、大学とはアカデミックな場所ではなく、戦場ではないかと思ったほどである。
タイトルが加藤先生らしくて良い。「精神が朽ちている若者では困る」というものである。論旨にはまったく同感である。「学生に限らず、いつの時代でも若い世代というのは既成の価値や制度にもっとも敏感に反応し、批判し、ときには攻撃的になるものだ。それは若者にとって本能にちかいものであり、またそうした元気を社会はひそかに期待してきた」と言っておられる。
一昨年加藤先生のお話を伺った後で、まもなく上梓した拙著「停年オヤジの海外武者修行」の「あとがき」に先生が仰った「知的道楽」という言葉を使用しても良いでしょうかとお伺いを立てたら、「ふとつぶやいたことばに『知的所有権』などあるはずもなく、どうぞご自由にお使い下さい」とユーモア溢れるお手紙をいただいたのには恐縮した。
それにしても「近頃の若者は」とでも言おうものなら、古いなぁ、或いは時代錯誤と笑われてしまいそうだが、それでも私の知る若者の中にもおかしな青年が何人かいる。一人前のことを言っておきながら、礼儀を知らないというか、手紙を書いたり、拙著を送っても受け取ったとの連絡すらくれないような非常識な豪傑もいる。
先般「知の現場」で、評伝作家・北康利氏にインタビューした時、北氏は若者にもっとチャンスを与え、育てないといけない。彼らは良いものを持っていると言っておられた。それはそうだ。しかし、その話の後に、現在の高年者は若者に借金を残したまま世の中から消える前に、自分たちがこれまでに得たものを若者に伝承して欲しいと言われた。短い時間の中であり本意は分かりにくいが、若者は希望に溢れ、高年者は消え去るものと考えておられるような印象を受けた。少し若者に甘すぎ、高年者に失礼ではないかと感じた。こういう若者を迎合するような空気が彼らの自立を邪魔している一面もあるのではないかと思う。
974.1月12日(火) 日航挫折が観光業の停滞を招かなければ良いが・・・。
遂に日本航空が法的整理により、会社更生法の適用申請を行うことがはっきりした。巨星墜つとまでは言わないが、仄聞するニュースを見聞する都度、日本の経済力を世界に示威していた天下の日本航空がこんな醜態を曝け出さなければならないのかと思うと少々寂しい気がする。ここに至るまでには、それなりの原因があったわけで、当事者にとっては身を削られるような思いであろう。
しかし、現在の経営状態をこのまま先延ばしするともっと傷口を拡げる危険性があり、感傷的にならざるを得ないが、この倒産も止むを得ないのかも知れない。
それにしても、日本を代表する日本航空が倒産するとは想像すらできなかった。私なりにある程度今日日航が行き詰まるに至った背景と原因を理解することはできるが、それにしても惜しい。航空会社は外から見れば、華やかなイメージがあるが、経営的な実情はそれほど気楽なものではない。観光業界に奉仕していた立場から言えば、旅行商品を作るうえで重要なハード部分を担う航空会社が、低空飛行を続けると旅行のイメージも損なわれる。日航の頓挫が、観光業界全体の足を引っ張らないことを願いたい。
偶々昨日の日経新聞フロント・ページにあまりにもタイミングを見計らったようなマイナス・イメージの記事があった。
見出しに「店舗2割50店近ツー閉鎖へ」とある。近ツーとは、言わずと知れた旅行業界2位の大手エージェントである近畿日本ツーリスト鰍フことだ。同社は店頭販売の採算が悪化したので、店舗の統廃合によりコストの削減を図り、ネット事業を強化する方針だそうだ。業界首位のJTBも11年度末までには、2割の店舗を閉鎖する方針だという。
このニュースを察するに旅行会社も安定的な経営に固執するあまり、メーカーと同じ発想で無駄な部分をどんどんカットする方向に進んでいる。
しかし、旅行会社というのは他のメーカー商品とは違って形のない商品を生産する会社である。目に見えない土地を説明し、感動、感激を顧客に味わってもらうために臨場感のある、情報提供と解説によって、顧客に夢を描いてもらい、訪れたことのない土地の文化に触れ、未知の人びとと交流して国際人となる機会を提供するものである。だからこそ、旅行を決める前にマン・ツー・マンでじっくり顧客と話をして、一緒に旅を作るぐらいの気持ちがないと決して良い旅行ができるとは思えない。だから、店舗がなくなるということは、そういうコンサルタントとしての場所を失うことであり、エージェントもそうなら、旅行者にとっても気軽に相談できないということであり、お互いに不幸なことである。
ソフト部分をどんどんそぎ落として行った末に、旅行者に対して臨場感に溢れた知識と感動を与える人と場がなくなってしまうのではないか。はっきり言って、これでは旅行会社ではないと思うのだが・・・・・。
975.1月13日(水) 観光共著書編集委員会に出席
日本航空の法的整理が決まり、いくつかの再建条件が公になるにつれ、株式市場でもメッキが剥げた日航株は、一昨日の67円から、昨日はストップ安の37円となり、今日もストップ安の僅か7円となった。トップのCEOには、最近健康問題で辞任した前財務大臣の藤井裕久氏と同じ77歳の京セラ名誉会長・稲盛和夫氏が就任すると見られている。稲盛氏は会社再建に自信があるようだが、難しい航空業界ではまったくの素人だけに、そう思い通りに行くかどうか。これから、人員削減、関係会社整理、路線縮小、支店閉鎖等々の厳しいリストラが、再建を託された社員の肩に重くのしかかってくる。
デッドロックに乗り上げていた企業年金の支払い額削減について、社員・OBの三分の二以上の賛成が得られなければ、そもそも企業年金基金は解散される。そうなれば、給付額はさらに低減される。不利な条件をちらつかされたのが、効いたのか反対者の多かったOBも土壇場で折れ、雪崩を打ったように年金減額を受け入れることに同意した。これによって期限ぎりぎりの昨日になって漸く社員・OBの三分の二以上の賛成が得られた。
それにしてもこれだけ大きな企業だけに再建の道は、これからが大変だと思う。CEOに名前の挙がった稲盛氏は、リストラを徹底的にやって平成23年度には黒字にしたいと話していたが、役員は変われども実質的に仕事をするのは、会社をダメにした同じ社員だから、そう簡単にことがうまく運ぶだろうか。日航にとっては当分茨の道が続く。
さて、今日の午後JAPAN NOW観光情報協会編纂「観光・都市・環境の情報事典」の編集委員会が海事センターで開かれた。中心人物である須田寛・JR東海相談役は来られなかったが、松尾道彦・JN協会理事長、白澤照雄JN協会事務局長、JTB出身の北村嵩・松陰大准教授、JN協会首藤秀敏氏、それに私の5人が寄り集まった。
白澤氏がほぼ全体の構想を固めていたが、試案に対して北村氏同様に私にも疑問と意見があった。そのひとつは、「事典」という書名が、堅苦し過ぎて、読者が手に取ってみようという気にならないのではないかということである。第二に観光専門書の視点を変えて書いただけでは、読者に観光についての情報を与えることにならないのではないかという危惧である。
白澤氏はもうすでに自分の考えを書き始めていて持論を譲らないので、ある程度意見は聞き入れられたが、基本的にはこちらの希望通りには進まない。せめて書名とされたタイトルを副題とすることによって、書名には新たにもっとくだけたネーミングをつけた方がよいと主張したことについては、今後検討するということになった。 私は「観光」を担当することになっているが、一応自分なりに思うところを書いてみようと思っている。「知の現場」の時もそうだったが、やはり共著というのは共著者の考え方がそれぞれに異なるので、意見を統一するのは中々難しい。
とにかく7月末日までに原稿を書き上げるということになった。現在少々忙しいので、春になり「図解塾」講師の見通しがつくようになった時点で、執筆に拍車をかけたいと考えている。
今日大相撲の関脇・千代大海が引退を発表した。ある程度予想されていたことではある。大関在位は66場所で、最高在位場所数である。しかし、大関陥落の瀬戸際に追い詰められたことが過去に12場所もあり、その点で3度の優勝を飾ったが、強い大関という印象はない。先場所大関から陥落して今場所10勝以上の勝ち星を挙げれば、大関復帰は可能だったが、初日から3連敗で自ら見切りをつけ4日目の今日引退発表となった。昨日は、大関・魁皇が通産808勝を挙げ、歴代トップの勝利数で気勢を上げていたが、魁皇と千代大海、二人のベテラン力士が明暗を分けた。いずれにせよベテランが頑張っていると応援したい気持ちにさせられるし、引退にまで追い込まれるとつい哀れみを覚える。これもスポーツ界のみならず、一般社会の現実だろうか。
それにしても、今日の寒さは格別だ。南国・鹿児島市内にも降雪があったし、高知桂浜の坂本竜馬像と鹿児島市内の西郷隆盛像にも雪が積もった。わが国の景気も底冷えだ。
976.1月14日(木) ハイチで大地震が発生、大災害か?
一昨日カリブ海のハイチで起きた大地震は予想以上に激しいものだったようだ。家屋の倒壊により多くの被害者を出している。被害規模も推定に過ぎないが、死者は数万人規模という報道がある一方で、数十万人もの死者が出たとのニュースもある。救助もままならないようで、最終的にどれだけの被害者が出たのか気になるところである。わが国でもまもなく阪神・淡路大震災から15年目がやってくる。
近年になって地震被害は大きくなっている。明らかに都市の過密化がその大きな原因である。大都市化は利便性を生んだ反面、一旦災害が生じると住宅の過密化で混乱が広がり、被害は大きくなるばかりである。新しいところでは、2004年12月のスマトラ沖地震が大津波を誘引して、28万人以上の死者が出た。2005年10月にはパキスタンで、そして北京オリンピックの前には中国四川で大地震があった。
今回の大地震に関して、欧米はすぐ救援隊を送るだろう。遅れて日本も続くだろう。こう言っては悪いが、他国で自然災害が起きた時に、経済成長著しい中国が自ら進んで救援隊を送ったと言うニュースはこれまであまり聞いたことがない。一昨年の四川大地震の折に世界中から官民ボランティアが住民救援に協力した。自分たちは被害者だったので、被害者の気持ちは痛いほど分かるはずである。いつも自分の都合だけで物申す中国に、この際率先してハイチ支援隊を派遣して欲しいものである。そうすれば、少しは他の国々も中国を見直すと思う。
今インターネット・ウェブサイトのGoogleが中国国内で展開しているネット通信に中国政府の検閲が厳しく、市場を侵食しつつあったマーケットであるが、これ以上の締め付けがあれば中国市場からの撤退も視野にある。クリントン国務長官もグーグルが受けたサイバー攻撃に懸念を示している。どうやら政治問題に発展する恐れもある。
しかし、中国政府は世論への影響力が強いネットへの規制を強化する方向であり、実際今夜のNHKニュースによれば、むしろ今の状態を徹底するとの方針を表明した。民主的権利を抑圧し、自由を奪い、他からのアドバイスに耳を貸さない。こういう傲慢なやり方はいつごろから中国の本質になってしまったのだろうか。わが国にとって中国は、歴史的にもつながりが深く、地勢的にも近くの国だけにこのまま中国が、わが道を往くの姿勢を貫かれては日本にとっても困るし、周囲の国々が迷惑を蒙るのははっきりしている。
中国は人権の抑圧や金儲けばかり考えず、もう少し中国本来の「大人」ぶりを発揮して、ゆっくり、どっしり構えてもらえないだろうか。
977.1月15日(金) 中西準子さんが相変わらず頑張っている。
2冊の出版広告が目についた。1冊は昨日の朝日に載っていた高校の同級生である中西準子さんが書いた「食のリスク学」であり、もう1冊は今朝の朝日に掲載された、「知の現場」で編集仲間が取材した山田真哉氏の「目のつけどころ」で、発売1週間にして4万部が売れたという。
2冊のうち、中西さんの著書は日本評論社から出されたものだが、この道の専門家らしい紹介のされ方である。「食の安全問題を中西リスク論がさばく!」とある。彼女の持論も確たる定説になりつつあるようだ。地味な分野ではあるが、彼女は今や食品衛生問題で世間に警鐘を鳴らし一目置かれる存在になっている。高校入学早々同じクラスだったが、丸々として元気のいい女生徒で成績も良かった。最初の頃生物担当の若い男性教師から何人かの生徒に、授業中に好きな歌を余興に唄えと言われたことがあり、私も指名されお馬鹿さん丸出しで津村謙の「上海帰りのリル」を唄ったのに対して、彼女はその当時私がまったく知らなかった「インターナショナルの歌」を力強く独唱したのには度肝を抜かれ、彼女の迫力に圧倒されたことが強く印象に残り、今でも忘れられない。今にして思うと、日本共産党員で、参議院議員だった父・中西功氏のDNAを受け継ぎ、多少左翼がかった傾向があったものと思う。その後横浜国立大学工学部へ進学して、母校と東京工業大学で教授を務め、数年前には国から勲章まで戴いている。その優秀な頭脳と実績には及びもつかず、とても太刀打ちなどできない。とにかくその当時から優秀だった。肩書きに「独立行政法人・産業技術総合研究所安全科学研究部門長」という長たらしい職名がついていた。
それにしてもそろそろ鬼籍に入る同級生も出てきた昨今であるが、こうして溌剌として活躍している友人の近況を仄聞するのも心強く嬉しいものである。
ニューヨークの9.11テロ以来続けられていたインド洋上における海上自衛隊の給油活動が、今日で活動期限を迎え海上自衛艦は撤収されることになった。すったもんだの末、自民党政府は憲法に抵触する可能性を孕みながら、テロ活動を阻止するためとの大義の下に、8年間に亘ってアメリカの要望に協力してきた。民主党政権発足後、普天間基地移設問題がこじれ、日米同盟がぎくしゃくしている最中に、この給油活動の中止はまた日米間の新たな火種となりかねない。実際ジョン・ルース駐日米大使は、これに代わる国際貢献をどうやってくれるのかと日本政府に強く代償を迫った。確かにアメリカとしては日本がテロ対策のPKO活動から手を引き、アメリカ政府にとっては思い通りにことが進まないことに焦りもあり、約束違反とか、信義に悖るとか、不満たらたらである。
一方、日本サイドでも日米の信頼関係を壊して、今後どうやって日米の絆を再構築できるのかとの悲観的な論調をアメリカの視点から指摘する声も多い。
しかし、昨日の朝日朝刊にアメリカのシンクタンク「ニュー・アメリカ・ファンデーション」副代表・スティーブン・クレモンス氏が米外交政策に関する「オバマに離反する同盟国」の中で主張しているように、アメリカの外交政策自体が東西冷戦化時代のままで、世界全体の動向に充分目が配られていないと指摘している。近年になって、かつて世界最強国だった時代に面倒を見てきたとの驕りと感覚から抜け切れず、同盟国である、ドイツ、サウジアラビア、さらに絶対的なシンパだったイスラエルからも反旗を翻えさせられている。日本の民主党には自民党とは別の価値観があり、民主党が明確に過去の対米政策を再検討しているにも関わらず、アメリカはいつまでも日本はアメリカに従うべきだと考えて、日本の立場に気づいていないと手厳しい。
クレモンス氏の提言は極めてフェアだと思う。それを読んで思うことは、アメリカには例え政治が行き詰まっても、民主主義の理念とバランス感覚は崩壊していないということである。わが国でも、もう少し民主党の意見を活かしたニュートラルで、公平な見方や考え方がマス・メディアに取り入れられるべきだと思うが、その辺がどうも今ひとつ甘いような気がする。
978.1月16日(土) 逮捕者3人、小沢幹事長はどう説明するのか。
昨夜遅くなってから小沢一郎・民主党幹事長のかつての秘書だった石川知裕・衆議院議員と同議員の秘書が、政治資金規正法違反の虚偽記載容疑により逮捕された。さらに今日になって小沢幹事長の資金管理団体「陸山会」の会計責任者だった大久保隆規秘書も同じ容疑で逮捕された。
昨年暮れ以来東京地検は小沢氏へ任意で出頭を求めていたが、小沢氏側に一向に要請に応じる様子がなく、しびれを切らした検察が一斉に小沢氏側の外堀を埋める行動に出てきたものだ。
それにしても民主党総裁である鳩山首相はもちろん、民主党内から小沢氏を説得したり、その行動を非難する動きがまったく出てこないのは不可解である。むしろ応援団になってけしかけているように見受けられる。小沢氏の土地購入代金の出所が、不透明で怪しいことは、これまで小沢氏本人が一切説明しないからだ。西松建設や鹿島から何がしかのキックバックをいただいたことについては、両社の関係者の証言がある。購入代金と銀行借り入れの時期の不整合、これら建設会社の証言との食い違いなどを考えても不自然である。然るに民主党内に誰ひとりとして猫の首に鈴をつける、常識のある議員が現れない。こんな状態が長く続けば、民主党のイメージダウンは免れないことが分かっているにも関わらず、小沢氏を諌める者がいないのである。何のことはない。子どものように、実力者・小沢一郎をただ怖がって怯えているのである。小沢氏にしても火の粉を早く振り払った方がよいと思えるのに、忙しいの一言で地検の追及から逃げ回っている印象を受ける。
今一番問題になっているのは、世田谷区深沢の土地約440uの購入代金、約4億円の入手経路である。わが家近くの呑川遊歩道沿いに歩いて行けば、辿り着ける割合近くの土地である。この購入資金4億円をどうやって入手したのか、小沢氏は未だに説明しようともしない。結果的に関係者3人が逮捕される事態になっている。
折りも折り今日民主党政権発足後初めての民主党定期大会が開かれた。幹事長としてどんな発言をするのか注目が集まったが、「法令に反していない」「幹事長職をやりぬきたい」「日本の民主主義を守るためにも屈してはならない」「断固として戦うことを決意した」と発言して、反省の色なぞ微塵も感じられない。強気に検察と徹底的に対決するという。それを鳩山首相以下民主党幹部に加えて、鈴木宗男議員までが後押しするという、まるで野次馬連合結成である。中には官僚の最高組織・検察と対決し、戦争も辞さないとまでわめく馬鹿な女性議員がいる。果たして国会議員が胡散臭い土地購入代金問題などで、国政を放ったらかしにして済むと思っているのか。小沢氏はまずきちんと国民が納得のいく説明をするのが疑惑を持たれた政治家の責任ではないのか。
まったく納得がいかない。民主党幹部は政治を弄び自分たちのオモチャと考えているのではないだろうか。
979.1月17日(日) ハイチ大地震救援に日本と中国の対応差
早いもので阪神・淡路大震災から今日で15年になる。あの朝テレビを観た時の驚きは、今もはっきり覚えている。最近しきりに市民生活における防災対策が話題として取り上げられる。その点で以前に比べれば、国民の防災意識はかなり高まってきたと思う。
火災に関する注意や警戒の呼びかけも向上して、来年は家庭でも部屋ごとに火災報知機を取り付けることが法制化されるので、わが家でも昨日業者に火災報知器設置を依頼したところである。自宅では階段部分を入れると6箇所に設置することが義務付けられる。まあ安全対策だから多少の出費は止むを得ないのではないかと考えている。
さて、13日に発生したハイチの大地震は、国家が崩壊するほどのダメージを与えたようだ。人口850万人の国民のうち、一説に依れば死者が20万人とも言われている。大統領官邸を始め多くの建物が崩壊して、首都機能が失われたために、指揮系統が隅々まで徹底せず、個人がばらばらに救援や、後片付けを行っているらしく、復旧作業はほとんど進んでいない。支援物資が届いても人びとが闇雲に群がり、食料を奪い合う状態で、折角食料を運んできたトラックが被災民に襲われそのまま逃げ出すような有様で、今まであまり見られなかった光景である。
各国の救援隊が現場にやってきても、どう手をつけたら良いのか呆然と立ちすくんでいる情景がカメラに映し出されている。この混乱状態の中で、思いがけず中国政府が地震発生後13時間内に救援隊派遣を表明した。翌日には約70人の救援隊が救助犬3頭とともに現地へ到着した。救援物資もまもなく到着する。こう言っては悪いが、前例のない中国の素早い対応には戸惑うくらいだが、その真意はこの災害をきっかけにハイチを取り込む意図があると憶測されている。その理由として考えられているのが、これまで中米諸国は北京の中国政府ではなく台湾と外交関係を結ぶ国が多く、ハイチもその例外ではない。この機会に中国政府がハイチとの蜜月を期待したと考えても不思議ではない。
もうひとつの理由として、カリブ海に浮かぶハイチはアメリカの裏庭であり、今後アメリカとの深いつきあいを考えると手頃な橋頭堡を築いておくことが肝要だと判断したものと考えられる。
一方、このような自然災害にノウハウを持つ日本が、直ぐ救援隊を派遣するかと思いきや、初動の対応が遅れて後手後手に回り、派遣を決めたのは発生から1日以上経過してからである。現場が混乱し過ぎているのでもう少し状況を把握してからだと考えたにしても、諸外国が抱く災害救援に積極的な国という好印象が低下する恐れがある。金融危機で混乱し、一時国家の破綻も噂されたアイスランドでさえ、「われわれは日本と同じ地震国で経験がある。財政が厳しくても、助けを求める声に応えるのは当たり前だ」と言い、直ちに他国に先駆けて捜索救助隊を派遣して一番乗りで住民を救助している。
民主党政権は「コンクリートから人へ」と総選挙で声高に叫んでいた割には、敏捷な実行力が伴わない。もっとも政府・民主党のここ数日の内情をみていると、初めての通常国会開会を控えたこの時期に、小沢金権問題を抱え込み、カリブ海の小さな国の救援など構っていられないというのが本音ではないのか。
980.1月18日(月) 作家・山崎豊子の恥知らずな振る舞い
昔お世話になった方の奥様から、数年前ご主人とご家族の経歴を記録として遺したいので自伝風に書いて欲しいと頼まれた。とてもその任に非ずと再三丁重に文書でお断りしたのだが、どうしても引き受けて欲しいと昨年暮れになって、大切な写真や家系図、謄本等の書類まで送ってこられたので、ご家族の希望するように書く自信はないが、そこまで仰られるなら自分なりにやってみましょうと、結局執筆することをお引き受けした。
おっとり刀でお引き受けはしたが、譬え長文でないにしても自費出版書ほどのボリュームはないので、手作業により製本屋へ持ち込む原稿を書き上げる必要がある。ところが、肝心の文章を納得いただけるまでに仕上げてから、組版、写真挿入、そしてその写真の説明まである程度形を作り上げるためには、私の現在のパソコン知識だけでは些か不充分で、思い切って先週久しぶりにパソコン技能について講義を受けた。今日もその後の調整のために受講したが、まだ形としては思うような原稿化とは行かず、これから文章を仕上げるに当って少々手間がかかりそうだ。
しかし、そこそこの印刷物を期待されてしまったので、納得いただける体裁の書き物にしなければならない。少々忙しい時期ではあるが、気持ちを込めて仕上げたいと思う。
さて、今朝の朝日新聞「文化」欄に直木賞受賞作家・山崎豊子の取材レポートが載っていた。現在85歳である。世に問題作を次々に問い、書く小説が悉く売れ、その作品がテレビ・映画化され、人気作家のひとりとして怖いもの知らずで、ご自分の思うところをズケズケ話している。
昨年映画化された「沈まぬ太陽」は、今話題の日本航空が舞台であり、しかも偶々主人公が高校の先輩だったので、在職中一気に読んだ。中々迫力があって惹きこまれるようなストーリーである。確かによく業界事情を調査して精通していると感心するほどである。
「白い巨塔」「華麗なる一族」「不毛地帯」「二つの祖国」等々の作品を書くに際して、当事者を取材し、ここまで調べるかと思うくらい専門家顔負けの精査をしてペンを揮った。愚息からも「白い巨塔」は面白いから、ぜひ読んだらいいと勧められた。だが、私はこの山崎豊子の作品はもう一切読まないことにしている。その理由は、作家として一番軽蔑される「盗作」作品が多いからである。反省の色もなく、倫理観の欠片も感じられない作家だからである。盗作された筆者の気持ちが分からないのか、この人は一度ならず、二度までも同じ罪を犯したのである。その二度までも表向きは反省したふりをしているが、物書きとして悪いことをしたとか、筆者や読者に迷惑をかけたとの反省がまったく感じられない。こうなると確信犯である。二度目にはそれまで好意を持って見ていた先輩推理作家の松本清張からこっぴどく叱り飛ばされ、流石に恥ずかしいと感じたのか表舞台から姿を隠した。
しかし、その社会派作家・松本清張が亡くなるや、もう怖いものなしと開き直った心境になったのか、堂々執筆活動を再開し出したのである。そして、筋肉が痛む難病で車椅子の生活に甘んじるようになった昨今は、作品のテレビ、映画化を積極的に進めて、再び世間の脚光を浴びるようになった。
自らに非がありながら山崎はよほど松本清張を恨んでいたのか、今日のレポートには「昔から女・清張と言われていましたが、それには不服でした。清張さんはかわいがってくださいましたが、私には、清張さんは国家観が希薄だったように思えます」とまで言っている。よくもまあ恥ずかしげもなくそんな失礼なことを言えると思う。山崎豊子という人間はいっぱしの作家ではあるが、社会常識と思いやり、そして人間性に欠ける「人間の屑」である。とてもこんな半端人間の言うことや書いた物を信用できない。こういう厚顔無恥にして、傲岸不遜な作家はそうざらにいるものではない。
数年前やはり盗作を非難され、自らの非を悟り、連載中の朝日の新聞小説を中途で止め、反省を込めて筆を折ると自ら表舞台から去っていった池宮彰一郎氏の潔さに比べて、何たる恥知らずか。池宮氏は71歳にして文壇にデビューした遅れて来た作家だった。しかし、それだけに期待もされ、読者の心を打つ作品を書いた。その池宮氏が筆を絶った。作家たるもの、それが分別というものであろう。しかるに山崎豊子のパフォーマンスは何だ? マス・メディアがこんなモラルの欠けた、恥知らずの作家をちやほやするから、文学界全体が地盤沈下するのではないだろうか。
981.1月19日(火) 日米安保条約調印50周年
半世紀前の1960年の今日、ホワイトハウスで岸信介首相とアイゼンハウワー大統領が現在の日米安保条約に署名調印した。そして6月15日新安保条約は国会で承認され発効された。私はこの時まだフレッシュマンであまり安保について考えることもなく、日吉キャンパスに乱立するタテカンとチラシに取り囲まれ、スピーカーから流れるアジに日一日と安保反対の機運が高まっていくのを不安気に感じていた程度だった。その内に福島出身の同級生・渡辺勉くんが高校ラグビー部の1年先輩だった清水丈夫さんのメッセージを伝えてくれた。東大生で当時全学連書記長として全国の学生運動の頂点にいた清水さんから慶応日吉キャンパスにオルグを作れという指令のようなことを伝えてくれたのだった。
これがわが人生のひとつの節目となったかも知れない。2年間の浪人生活からやっと解放されて、のんびりと遊びたい時だった。かといってノンポリでは学生の権利と責任を行使することにはならないとも考え、とりあえず安保反対闘争とは付かず離れず関心を持ち続けるというスタンスをとることにした。
その後の自分自身の半生を振り返ってみると、特別な組織に参加することはなかったが、やはり60年安保闘争は自分の生き方に大きな影響を与えた。ベトナム反戦運動に手を染めたり、沖縄返還闘争に加わったのも、原点はこの安保反対闘争参加に遡ると言えると思う。
あれから半世紀が経ったと思うとそぞろ感慨が湧いてくる。その間戦時下のベトナムや第3次中東戦争直後のアラブ諸国へひとりで出かけたのも、つまるところ安保闘争の残り火である。そして、それが結果的に終生旅行業に関わることになった。その意味では、60年安保闘争は間接的にわが人生を大きく左右するターニングポイントになったと言ってもいい。
1960年6月には、国会における立法を巡り激しい論戦が展開され、国会周辺はデモ隊と警察との対立で危険な状態となった。15日には東大生・樺美智子さんが亡くなった。全国民が関心を抱き、熱くなった。私自身幾たびとなくデモにも参加した。
大学内では連日デモが繰り出され、教室内でも安保条約は是か非かの熱いディベートが繰り返された。ライシャワー駐日大使、藤山愛一郎外務大臣、浅沼稲次郎社会党委員長、伊井弥四郎・共産党幹部らも次々とキャンパスを訪れ、安保改定に関して学生に自分たちの立場から、それぞれの考えを主張された。
今にして思えば、あのような歴史に名を残した著名人の印象的なスピーチを目の前で直接耳にすることができたこと、そして国民的一大運動に身体を張って参加することができたことは、学生生活における素晴らしい宝になったと考えている。
それにしても、今日まで日本の安全保障が維持されたのは、あの時安保条約が改定されて安全が担保されたからだと一方的に言われているが、それ以上に東西の対立崩壊が大きく影響していると見ている。当時われわれ学生が訴えた沖縄の米軍基地恒久化の懸念は、恐れていた通り今や現実となって沖縄県民を苦しめている。今日問題となっている普天間基地移設問題も別の意味で、今日50周年の節目を迎えた日米安保条約が日米間に横たわる大きな障碍となっていることを忘れてはならない。
これから新しい時代に入る日米安保条約が、今後も両国間に摩擦と障碍を生まないことを、かつて60年安保反対闘争に参加したひとりとして心より願っている。
982.1月20日(水) 日本航空、果たして再生なるか。
会社破綻の危機に瀕していた日本航空は、法的整理により昨日東京地裁に会社更生法適用の申請を行った。再来年度には黒字を計上するという再建計画の下に低空飛行で離陸した。果たして思惑通り再生が可能だろうかと考えると、絶対可能とは言い切れない点がある。これまでの国土交通省による採算を度外視した政治的要求と政治家の介入が、日航経営の足を引っ張った大きな原因と指摘されている。役所ももう二度とこういう馬鹿なことはしないだろう。そうなると再生のためには、日航自体が自ら抱える悪しき病的体質を健康体質に変えていかなければならない。
そのために日航がなすべきことは3点あると考えている。その第一は、現在8つもある労働組合を一本化することである。組合同士で相手を非難しあう不毛のバトルを繰り返しているようでは再生なんか覚束ない。この点に再生委員会が条件をつけて踏み込まなかったのは不可解である。第二に、現在所有している効率の悪い35機のジャンボ機を、中小機種に交代させるという。こんな経営上の問題点なんか当然分かりきっていたはずである。それに手をつけずに、これまで放置してきた経営陣の感度の鈍さは常識では図りきれない。ダメなものはダメと決断できる経営判断が、果たして今後の経営陣にできるだろうか。これもひとつの試金石だと思っている。第三には、甘い体質だった「親方日の丸」意識を全社員の頭から完全に払拭できるかどうかである。また、人員削減を実行するというが、残る社員に経営悪化の原因を作った「親方日の丸」的な甘い体質が相変わらず残っているなら、以前とほとんど変わらないのではないかと懸念される。
かつて世界中を飛び回っていたパンナムが1991年に倒産した。確か倒産したその年に、ステンレス業界団体の添乗員としてアメリカからブラジルへ周った時、アトランタでリオ行のフライトの再確認ができず、NYのパンナム本社、日本のパンナムへ度々電話したことがあった。しかし、それでも思うようにコンファームできず、アトランタ空港へ早めにチェックインしたことを思い出す。その時アトランタ空港で驚いたのは、あったはずのパンナム専用のチェックイン・カウンターがなくなっていて、空港内を走りまわったことである。航空会社の倒産というのは、他には想像できないくらい大きな影響が出てくる。今日もテレビで専門家が、給油契約、機材の保守、着陸料現金払い、帰路の旅客の処遇等のさまざまな問題を孕んでいると解説していた。
再生を目指す日航にとっては、これからが正念場である。散々利用させてもらった立場から、ぜひ立ち直って欲しいと祈るような気持ちが湧いてくる。
983.1月21日(木) 旅行業界への風向きは良くなったか。
日本航空が破綻したことは一航空会社のつまづきであるばかりでなく、日本経済全体に暗い影を落とした。関係が深い旅行業界からもご他聞に洩れず、あまり良いニュースが聞かれなかったが、それでも日本旅行業協会(JATA)の発表に依れば、2009年の大手旅行会社7社が取り扱った海外パッケージツアー参加者数が、近年漸減傾向の中で久しぶりに対前年11.5%増を記録した。新聞広告で集客している阪急交通社も、出張手配でネット旅行販売の世界的大手エジェンシア社と業務受託契約を結んだ。大手に名乗りを挙げたHIS社も長崎県佐世保市にあるハウステンボスに出資して経営支援するという。ともかく元気を見せてきた。
こういうニュースはかつて新聞には取り上げられなかった。旅行業界の地位が低かったからだ。それが、今では大学生の求職人気も向上し、旅行関連ニュースが大分取り上げられるようになった。変れば変わったものである。
今年中に書き上げられるかどうか分からないが、今「士農工商エージェントと添乗員一代記」(仮称)というドキュメントを書いている。かつてはエージェントの地位がいかに低く見られていたかということを思い切って書こうと思っている。実際在職中は随分顧客にバカにされたり、舐められたりしたものだ。倒産した日本航空に比べれば、天と地の差があった。それが今ではエージェントを見る目が軽蔑から大分好意的になってきたし、旅行業界の若者たちは、もうかつてのひがみ根性は抱いていないのではないか。まあ長年禄を食んでいた業界だけに、陽が当たるようになったことは嬉しいことである。
さて、最近気にかかるニュースとして、ハイチの大地震の被害がある。死者が5万人から20万人と随分幅のある数字であるが、都市がまるごとつぶれてしまったので、被災者数もまったく見当がつかない。大統領府も倒壊して、首都全体が崩壊し、国家自体が機能不全に陥っている。敢えて言えば、国家沈没、国家壊滅と言えるだろう。
昨日になって地震による死者は7万人と公式発表された。まだまだ増えそうだが、そのハイチから避難民が続々とアメリカへ向かい出した。アメリカでは不法入国は認めないと警告しているが、現在のようなないないづくしの被災状況と今後の生活不安に、住民は不安を募らせ母国から逃げ出そうとしている。悲劇である。元々世界最貧国だったハイチは一人当たりの年間所得額が6万円程度で、やはり貧しい隣国のドミニカ共和国の約40万円に比べてみても、その貧しさは推して知るべしである。
日本の医療班を主とする救援隊もハイチへやって来た。いつもは対岸の火災視している中国が、今回はスタート・ダッシュが早く他国救援隊の機先を制したかに見えたが、ちょっと躓いてしまった。出足は良かったが、早々に救援活動の最中に事故で救援隊員を8人も失ってしまった。救援活動より自国の隊員の救助、本国送還に忙しく、亡くなった隊員に弔意を表し国葬級の取扱で本国で連日報道するものだから、何のための救援活動だったのかと他国から非難や中傷をされる有様である。こう言っては悪いが普段やり慣れないことをやると、どこかに無理が出る。
まだ当分ハイチは落ち着かない。
984.1月22日(金) 日本は世界一の借金大国になった。
かねてから懸念されていたわが国の借金財政の実態が経済開発協力機構(OECD)から発表された。国内総生産(GDP)に対する純債務比率が今年先進国の中で最悪の水準になると見通されている。総債務残高から資産を差し引いた純債務のGDP比率が、2010年に初めて大台の104.6%に乗ることになる。
そもそも日本の「総債務残高」のGDP比率が先進国で最悪になって借金財政が話題になったのは、20世紀末のことである。ただ、当時はイタリアの「純債務残高」のGDP比率が100%台だったのに対して、日本は50%台で他の先進諸国とほぼ同水準だった。しかし、欧米が同じ水準で推移する一方で、日本の比率は右肩上がりに拡大していった。その結果ついに日本の財政は世界でも稀なほどアンバランスな状態に追い込まれてしまった。
これでいよいよわが国財政の借金漬け体質が国際的にも明らかにされた。今のところ逼迫した財政問題を解決するメドは立っていない。当面民主党政権には消費税増税を真剣に論議する気はないようだ。かつて、橋本政権、小泉政権時代に行財政改革を志したが、政権交代によりその目標も頓挫してしまった。今日わが国経済は不況の真っ只中にあり、二番底景気も襲ってくるやも知れず、むしろ財政出動を期待される板ばさみの厳しい状況にある。
何と言っても最大のガンは、現政権の経済政策が将来展望を欠いて、常に目先の対策に追われていることである。ぐずぐずせずに政府、民主党は借金を減らすための基本政策を検討し、場合によっては消費税問題を真正面から捉えて真剣に議論して国民の理解を得ることが重要ではないかと思う。
さて、先日「知的生産の技術研究会」(知研)八木哲郎会長からコンサルタントで矢矧経営研究所を経営しておられる矢矧晴一郎氏と会食するので一緒にどうかとお誘いをいただいた。他に知研監事の杉沢達也さんも同席されるということだったので、喜んで新宿の会食に加わらせていただいた。
杉沢さんは高校の3年先輩でラグビー部の先輩、水野勇右さんと同級生でもあり、以前から親しく話しをさせていただいたが、意外だったのは矢矧氏が慶応大経済学部の先輩だったことである。千種義人教授のゼミで学び、富士銀行に入行し支店勤務を経た後、岩佐凱実頭取の下でひとり特命的な業務をやっておられたという。独立されてから多忙な時期には、一年に120回ほど講演をされていた。著書も200冊以上書かれて、販売価格4万円の大著を2,000冊も販売したこともあると伺いびっくりである。現在80歳というが、とてもそうは見えない。しかも歯はすべて自分の歯で、入れ歯はなく、老眼鏡も必要としない。背筋はぴんと伸びて、威風堂々として恐らく180cmは充分ある偉丈夫である。すべてにおいてつくづく凄い方だと思う。話の内容は一般的な世間話だったが、とにかく面白かった。偶々矢矧氏の講義を杉沢さんが聴講したことがあって、その時ひとりの若者が矢矧氏のお説に反論するような質問があったが、悠然と応答され、その内に会場内から講師に賛同する声が上がったというから、よほど説得力があったのだろう。
それにしても場を作ってくれた八木会長の幅広い人脈、向上心と好奇心には頭が下がる。喜寿にしてこのバイタリティには、一昨年やっと古希を迎えたばかりの私などにはとても及びもつかない。
985.1月23日(土) WHOがアルコール規制
不透明な資金で土地を購入したとされ、先日来東京地検から再三任意出頭を求められていた民主党・小沢一郎幹事長が漸く地検へ出頭して資金の出所を説明したようだ。東京地検に対してどこまで納得できる説明をしたのか外部にははっきり伝えられていないが、いずれもう少しすれば、はっきりするだろう。しかし、どうして普通の人間にはおかしいと思える錬金術や資金の管理方法が、政治家にはおかしいと感じられないのか。まったく不思議な話だし、まったく不思議な人種である。
さて、これまで知らなかったが、現在世界保健機構(WHO)ではアルコール規制について具体的な試案を検討中なのだそうである。従来喫煙による健康被害については各国でも真剣に取り組み、国によっては喫煙追放運動をやっている。禁煙の動きは野火の如く広がり、公共の場所ではタバコは今では吸いにくい空気になってきた。実際アメリカ国内では喫煙場所を探すことが難しいくらいである。日本国内でも禁煙運動が徐々に浸透し、日本タバコ産業では販売量の伸び悩み、また減少に危機感を抱き、イメージの悪い「タバコ」という名前を社名から隠すために通称で「JT」と呼んでいる。
ところがアルコール類については、その飲み過ぎの弊害は叫ばれても注意を喚起しあって飲み過ぎに注意するとか、場所を弁えるという啓蒙活動が進んでいるような気がする。
先年ロシアを訪れた時、気になったことのひとつにロシア人男性の平均寿命が図抜けて短いことだった。何せ58.6歳である。女性は世界的にみてもそれほど低いわけではない。男の若死にの4大要因として、麻薬、アルコール中毒、交通事故、自殺が挙げられている。寒い国でアルコール度数の強いウォツカなどを飲んで酔いつぶれ、そのまま路上に寝込んで凍死するケースが多いらしい。
WHOでは、アルコールの販売や広告の規制を求める指針案が執行理事会で採択された。これまでの飲酒に対する健康面の影響だけでなく、社会への「害」として捉え、各国の自主規制で減らすことを目指すという。
問題はお酒に甘い日本人の倫理観を考えると果たしてすんなりと受け入れることができるか。国内ではメーカーや、業界団体がすでに自主規制で自動販売機の撤去などを進めてきた。だが、タバコ税の値上げと同じように酒税値上げとまではいくだろうか。
ワインが文化とまで思い込んでいるヨーロッパでは、果たしてどこまで自主規制が徹底できるか。かつて、フランスでディズニーランドがオープンした時、園内レストランでワインを飲めないのでは行かないという意見が多く、ディズニーランドと対立して結局ワイン販売を認めさせたお国柄だけにワインの本場であるフランスあたりがどのように対応するだろうか。注視してみたい。
986.1月24日(日) 東大寺には管長の上に長老がいる。
昨日小沢一郎・民主党幹事長に対する任意の事情聴取がなされた。昨晩小沢氏は記者会見を行ったが、終始マス・メディアに追い回され、今朝も新聞・テレビはその件で大分ヒートアップしていた。
しかし、やはりわれわれ一般人には「なぜだ?」と分からないことばかりである。大体任意とは言え、東京地検の建物内ではなく、どうしてわざわざ四谷のデラックスなホテル・ニューオータニの個室で検察側2人と小沢氏の3人だけで事情聴取をするようなことになったのか。前代未聞ではないだろうか。いくら民主党の大物国会議員にしろ、高級ホテルを借り切って長時間に亘り、たった3人だけで秘密めいた話をする。そのこと自体少々異常である。その後の小沢氏の記者会見にしてもご本人は意を尽くして説明したつもりかも知れないが、一向に疑念解明になっていない。小沢氏本人、建設会社役員、秘書ら関係者の話のつじつまがどうしても合わない。逮捕された国会議員や元秘書の供述、ダム工事に絡んだ建設会社役員の説明でも資金のやりとりがあったことがはっきりしている。捜査は今後に待つしかないが、小沢氏の周囲は疑念だらけである。これでは政治改革以前の問題で、いつになったら本来の政治を進めることができるのか。
さて、偉いお坊さんが亡くなった。筒井寛秀さんと仰る88歳の奈良・東大寺長老である。東大寺で一番偉いのは管長だと承知していたが、この筒井さんは17年前に長老となったが、その前に管長だった。更にその前は東大寺執事長だった。今年は平城京遷都1300年祭が奈良周辺を中心に開催されるので、奈良の寺院も大分力が入っているようだ。
筒井長老は、祖父、父に続いて1990年に東大寺別当・華厳宗管長に就任したが、それが何と212世だというから、その長い歴史には驚く。
私自身いずれ遠からずお迎えが来るのに、恥ずかしながら宗教心がやや薄くなっているせいだろうか、あまり宗教行事に関心を抱くことが少ないが、それでも時折珍しい宗教行事があったり、お寺を訪れる機会があると殊勝に拝礼して願いごとをすることもある。昨年インドを旅行した時には、ヒンドゥー教に興味を抱いていたが、短い滞在ではそれほど驚くようなイベントにも会わず、インドの宗教に触れず仕舞いだった。
ビルマをよく訪れていたころは、仏塔パゴダへお参りすることが多くビルマ人の信仰心というものを感じさせられ、「ビルマの竪琴」についても深く考えることがあった。近年ビルマへ行く機会がなくなり、そんなこともなくなってしまった。
しかし、まったく宗教への関心がないわけではなく、まだ訪れていないネパールへは近い将来に一度訪れてみたいと思っている。チベットでラマ教と呼ばれるチベット仏教に触れる機会があったが、その時ラマ教がネパールでもかなり普及していると聞いた。ネパールでは大半の90%の人びとがヒンドゥー教を信仰しているというから、ラマ教とヒンドゥー教との関係はどうなのか興味がある。
987.1月25日(月) 普天間米軍基地移設問題はどうなるのか。
沖縄・普天間米軍基地移設問題がもたもたしている間に、昨日普天間の移転先と考えられている辺野古海岸のある名護市の市長選挙が行われ、辺野古移転受け入れ反対派の稲嶺進氏が、激戦の末受け入れ容認派の島袋吉和・現市長を破って当選した。獲得シェアは52対48の際どい勝利だった。
選挙の結果は、名護市に対してのみならず、全沖縄と日本中にも厳しい宿題を課した。日米合意で辺野古移転が決まってから、今回の市長選で名護市民の民意は初めて受け入れ反対、県外移設を示した。この時期に市民が下した「反対」の結果は重いものと受け止めざるを得ない。実は民主党が稲嶺氏を支援したことも、党の今後にとって悩ましいジレンマに陥れている。民主党は当初からマニフェストで海外、または県外移設を主張していた。いうなれば稲嶺氏、名護市民、民主党のそれぞれが、思惑と意見において一致したことになる。
しかし、問題解決は複雑な様相を呈しつつある。仲井真弘多・沖縄県知事は移設容認派と見られているが、基地問題は200%政府の所管事項であるとして県知事としての行動に一定の距離を置いている。
問題は民主党が県外移設を謳ったわりには、その線で動いていなかったからである。県外の予定候補地を真剣に探している様子が見えなかったうえに、移設を主張するアメリカ政府と沖縄駐留アメリカ軍から民主党政府に対して、日米合意案(辺野古移設)は譲れないと釘を刺されていたからである。民主党政権は5月までに候補地を決定すると言明しただけに難しい立場に追い込まれた。ひとり連立政権を組む社民党だけが、最初から県外移設を主張していたので、ニコニコ顔である。しかし、普天間問題が解決されたわけではないのに、パートナーである民主党の苦悩を嘲うかの如き笑顔はいただけない。
それにしても鳩山政権は普天間基地移設について、どう決着をつけるつもりなのか。以前から地元民の意見を汲み取ることは当然と言っていたが、本当にそう思っているのか。それが本心なら沖縄住民の気持ちが分かっているはずだから、政権獲得後直ちに次の基地予定地を探す努力をすべきではなかったのか。こんな状態では5月末までの短期間に米軍も納得できる候補地を探すことができるだろうか。
決断力がない印象を与えている鳩山首相は、これまでのようにブレてばかりいないで、バサッと一刀両断に決める覚悟を固めるべきだ。さもないと時間が足りなくなるのではないか。
小沢幹事長資金疑惑問題を抱えている上に、また民主党に難問が降ってわいた。
今日遅ればせながら新型インフルエンザの予防注射を打ってもらった。保険で一部負担してもらっているからよいが、その全額を支払えば代金は36,000円だから、少々高額過ぎる。
988.1月26日(火) インドの嘘つき学者が世界を惑わす。
「ウソ」も方便というが、常識的に考えて許される「ウソ」と、とても許し難い悪意に満ちた「ウソ」は余程TPOを考えないと周囲が甚大な迷惑を蒙る。小沢一郎・民主党幹事長の資金疑惑問題も岐阜の水谷建設の関係者は、小沢氏側へ資金を手渡したと改めて証言したようだ。一連の疑惑にどれほど真実があり、どれほどウソが隠されているのか、まだ捜査中の現段階でははっきり分からないが、納得できる解決の仕方をして欲しいものである。
政界の怪しい疑惑に対して、一般的にあまり疑念なぞないと考えられていた世界の気候に関する情報が「ウソ」で固められていたのには呆れかえった。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書に、科学的立証がないのに「ヒマラヤの氷河が2035年までに消失する可能性が非常に高い」と「ウソ」の記述をした愚か者がいた。この報告書を書いたのは、インド人研究者で「この部分を強調できれば政策決定者や政治家に衝撃を与え、しっかりした対応を取るよう働きかけることになると考えた」と発言している。政治的な影響よりも自分が所属している気象学会にもより以上の不名誉と不信感を与えたことに気がつかない馬鹿者である。世界の気象を政治的な力により恣意的に変えようとしたもので、学者も信用されていることを逆手に取って、ここまでやるかと思うとうんざりである。
実際地球温暖化の影響でヒマラヤの氷河も後退しつつあるが、2035年までに消失するなんてことは、余程のことでもない限り考えられないらしい。
政治家もおかしいが、学者や文化人も地球温暖化の影響?で頭の中のボルトが弛み、少し頭がおかしくなっているのではないか。
さて、2008年9月に観光庁が発足して、国は観光政策に本腰を入れだしたが、このところの不景気の影響を受けて訪日外国人数が急激に減少している。昨年の訪日観光客は前年より18.7%も下がり、本年中に1,000>万人を見込んでいた観光客が昨年は679万人にしか達せず、2005年の水準に逆戻りした。元来観光は平和産業であり、世界の騒乱を考えると観光客が遠い外国へ行くのに二の足を踏むのも分かる。加えて昨年は不景気、円高、新型インフルエンザも影響を与えた。いくら努力しても外的条件に左右される観光産業は、ある意味で極めて不安定であるとも言える。長期的に見れば、観光産業は徐々に回復し、将来的には観光立国と呼べるに相応しい観光客の受け入れが期待されると思う。
今書こうと考えている「観光事典」観光編では、このアップダウンの激しい観光業の本質というものについて、突っ込んで書いてみようかと考えている。
夕刊を開いてびっくりである。有楽町の西武が本年内に閉店するという。百貨店業界が低迷しているが、銀座に近く、JR有楽町駅に近い絶好の地にありながら、逆風に抗しきれないということだろうか。
もうひとつのニュースは、わが家の近くでも店舗展開をしている高級スーパー「紀ノ国屋」が、全株式をJR東日本に売却してJR傘下に入る。「紀ノ国屋」は西武同様に立地も良く、ブランドを考えると惜しい気もするが、これも時代の流れだろうか。
経済回復の兆しも見えない中で、今日から労使の交渉が始まった。経団連と連合、それぞれに自分たちの立場を主張しているが、今年の春闘では最初からベースアップは諦め、定期昇給に的を絞った攻防戦になっている。早く景気が回復しないかなぁ。
989.1月27日(水) 民青学連事件で日本人無罪
ハイチの大地震による犠牲者の数は、その後増え続け国連関係者の発表では死者が15万人を超えたという。倒壊した建物の瓦礫の下に埋もれた死体がまだ相当数予想されるところから、犠牲者の数は20万人を超えるのではないかと懸念されている。ほんの僅かな時間にこれだけの貴重な生命が失われるわけだから、やはり普段から防災意識として、備えと万が一災害に襲われた時の脱出について知識を持っていなければいけないとつくづく思う。
過日わが家の配水管と白蟻駆除の工事屋さんに、住宅用火災警報器の設置について見積もりの作成をお願いしたところ、6箇所の電池式ワイヤレス連動型住宅用火災報知器の取り付けと工事費を併せてざっと8万円だった。煙と熱を感知するシステムで、来年度から法律で設置が義務付けられるので、設置することにしたが、結局のところ住人の防災意識がしっかりしていないと、設備ばかり充実させたところで効果がないということになりかねないので、日頃からその点には気をつけようと思っている。
それにしてもハイチの人たちの悲しみとこれからも続く苦難を思うと気の毒でならない。日本は遅れがちだったが、日本赤十字社の救護医療班に続いて自衛隊医療支援部隊が現地入りした。新たに道路片付けのためのPKO部隊も出発する予定だし、追加支援として義捐金60億円を提供することにしたので、国連や現地では高い評価を受けることになりほっとしたところである。
一方で、地震発生とともに救援活動に一番乗りした中国は、不幸にして8人の救援隊員の死亡事故の事後対応に大童だったが、結果的にその救援活動のあり方と対応が、現地で非難された点もあって音なしとなってしまった。つくづく国際貢献活動というのは難しいと感じる。
折りも折り、世界遺産の中で最も人気のあるペルーのマチュピチュでは、昨夜大雨が大洪水を伴い、マチュピチュへの唯一の交通手段である鉄道が寸断し、観光客2千人が立ち往生してしまった。その中で日本人観光客も60人ほどが取り残されているようだ。線路が流されてしまったので、ヘリによる搬送を行っている。20年以上も前に訪れた時、クスコとマチュピチュの間に逃げ道がないことを感じて、事故が起きたらどうするんだろうと気になったが、現実のものとなってしまった。
自然災害というのは、予告なしに不意に襲ってくる。怖いものだ。その被害から逃れる最大の術は、普段の災害に対する知識と備えである。「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言われるが、いつも謙虚に拳拳服膺する心構えが必要だと思う。
36年前に韓国で起きた「民青学連(全国民主青年学生総連盟)事件」で逮捕され、懲役20年の刑を宣告されていた日本人の再審請求が今日ソウル中央地裁で行われ、無罪が言い渡され名誉回復がなった。すでに韓国人8人が処刑されている。朴正熙軍事政権転覆を謀ったとして民主化運動関係者が多数逮捕された暗黒の事件だが、5年前に事件は朴政権による民主化運動弾圧のためのでっち上げとされ、今日晴れて無罪となった。まさに冤罪である。すっかりその日本人の名前を忘れていたが、新聞記事で思い出した。「太刀川正樹」さんだった。今ではニューヨークでフリーライターとして活動している。あの事件の2年前に初めて韓国を訪れ釜山からソウルまで車で移動したが、軍事国家体制の緊張感が国中に漲っていたのを怖いような印象で受け止めたことを思い出した。もうひとりの日本人の所在は不明だそうである。あんな暗黒事件はもう真っ平である。
990.1月28日(木) アメリカは景気低迷でもリーダーが頼りになる。
就任2年目に入ったオバマ・米大統領が一般教書演説を行ったが、その最大の目玉は雇用創出と5年内の輸出倍増である。オバマ氏の支持率が1年前には70%近くあったが、医療保険改革の頓挫等で最近では50%前後にまで落ちている。更に、先日は追い討ちをかけるように、マサチューセッツ州の上院議員補欠選挙でも民主党の地盤でありながら共和党候補に敗れた。
国家輸出戦略の中でオバマ氏はアジアとの貿易関係を強めると語ったが、具体的に日本との関係には触れなかった。例えば、改革を進める国として挙げたのは中国、ドイツ、インドで、具体的にこれらの国は数学や科学を重視し、インフラ整備も進めて、雇用創出に向けて代替エネルギーに投資していると言及した。今のところ日米間は、沖縄の普天間基地移設問題が霧の中にあり、加えてトヨタの欠陥車問題により、アメリカ市場では一時販売を中止する難題も起きており視界は見難い。オバマ氏の頭の中には、日本地図があったのか、或いはあったが、敢えて触れなかったのだろうか。
アメリカ経済も回復の兆しが中々感じられないが、オバマ大統領のしたたかなリーダーシップは、その演説の力強さと巧いパフォーマンスによく表れている。鳩山首相の元気もなく自信もなさそうなスピーチに比べると、頼りになりそうなのはどうしたってオバマ氏の方だろう。
今日国会では漸く今年度第2次補正予算案が通過した。7.2兆円の巨額である。景気刺激も良いが、もう少し財政のアンバランスを解決するスキームとスケジュールをはっきり打ち出して欲しいものである。道楽息子の無駄遣いのように、ただ金を注ぎ込んで現状打開を図るだけの予算執行では、いずれ国家財政も破綻してしまう。
JAPAN NOW観光情報協会の企画会議に出席したが、今年協会で出版する観光書について報告がなされた。先日質した書名について相変わらず「観光事典」のままなので、これから検討することにして、現状ではペンディングのはずではないかと改めて質問し、書名から堅苦しい「事典」を削除する方がベターだと話した。これでまた書名の決定は先送りとなり、他にも「事典」を使うことに異議を唱える執筆者もいて、さらに検討することになった。前回の「知の現場」の時も、若い人たちとコミュニケートすることの難しさを味わったが、今回は年齢的な問題ではなく、「観光」と「書物の内容」に関する考え方の相違を感じたものである。
取りあえず、私の担当する章「観光」について、見出しを拾い出して検討することになった。
991.1月29日(金) 鳩山首相初の施政方針演説
アメリカで昨日オバマ大統領が、初めて一般教書演説を行ったが、わが国でも今日鳩山由紀夫首相が就任後、初の施政方針演説を行った。内容にすべて目を通したわけではないが、「いのち」という言葉が24回使われたとか、演説時間51分は戦後2番目の長さだったとか冷やかし半分に揶揄されている。どうも野次も激しかったようだ。しかし、大切なことはその中身であり、それを実現する実行力である。
面白いと思ったのは、昨年末にインドを訪問したせいだろうか、マハトマ・ガンジーの言葉を読み上げたことだ。私も知らなかったが、ガンジーの慰霊碑にはガンジーが言った「7つの社会的大罪」という戒めの言葉が刻まれているそうだ。
因みに「7つの大罪」とは、
1.理念なき政治
2.労働なき富
3.良心なき快楽
4.人格なき教育
5.道徳なき商業
6.人間性なき科学
7.犠牲なき宗教
をいうそうである。
なるほどと思うと同時に、どんな偉い人でもひとつぐらいこの大罪を犯しているのではないかと感じた。自民党のある有力国会議員のごときは、鳩山首相に対して「母親から労働なき富をもらっている首相が言っても説得力がない」と山葵の効いたきついコメントがあった。
ところで自民党は党内規則で次の選挙から特例を除き、70歳以上の候補者を公認しないと決めている。ところが、前回の衆参議院選挙で落選した長老が、再び立候補したいと公認を求めて党本部へ公認申請を行っていた。今日自民党は原則通り70歳以上の候補者を公認しないと当事者に通達した。原則は原則として、決めた以上はルールを守り、みだりに壊すべきではないし、党幹部の判断は間違っていないと思う。インタビューの中で年齢的に次回公認がもらえそうもない長老議員が不平たらたらでわめき散らしていたが、良識を疑いたくなるほど低次元な発言には情けなくなった。
しかし、案外筋が通っていると思ったのは、少子高齢化の時代に高齢者を何でもかんでも排除する傾向はいかがなものかとのつぶやきである。難しいことではあるが、わがままとか権力の乱用を除いて誰でも納得できるケースなら特例により、優秀な議員を失わないことも考えた方がよいと思う。実際一方的に年齢だけで締め出すのは、問題もあると思う。高齢者が使い物にならないとのイメージばかりが強まり、それが高齢者は社会の厄介者とのムードが広がりはしないかと少々心配になる。
992.1月30日(土) 米中間に新たな火種か。
昨日と今日の2日間配水管、白蟻対策、そして火災感知器取り付け工事等で自宅から外出できない。その間月刊誌「選択」の新任編集長に書状を書いていた。1月号の記事に誤解を呼ぶような間違いを発見したので、事実関係とその原因を問い合わせたものである。
それはともかく、1月号に載った「選択」新任編集長の紹介文が奮っている。新編集長は「選択」出版鰍フオーナー社長のジュニアであるが、父親の紹介文が息子をほめちぎる親ばかぶり丸出しなのである。しかも、公器とも言える雑誌上に、新編集長が大学を出て日本テレビ報道局でビデオジャーナリストとして数々の賞を授与されたとか、著書が朝日に取り上げられたとか、或いは4年半のパリ駐在経験から65カ国以上の国々を訪問したとか、よくもまあこれだけ「愚息」を誉められるものだとオーナー社長の異常とも思える親ばかぶりには開いた口が塞がらない。テレビ屋と雑誌作りとはまったく別物だと思うのだが・・・。出版業界はこのところ下降線を辿り、雑誌が次々休刊、廃刊となる厳しい時代を迎えているが、そんなことは意に介さず、まるでノー天気なのである。この世襲編集長がどんな回答を送ってくれるか、別の意味で楽しみでもある。
夕刊を見て驚いたが、アメリカが台湾に対して武器売却を決定した。米中関係が経済的に親密になりつつある中で、先般グーグルに対する中国政府の干渉が物議を醸した矢先だっただけに、中国外務省次官が即座に反応した。強烈な憤慨を表明し、両国の協力関係に深刻な悪影響を及ぼすと警告した。
アメリカの言い分は、中国の急速な軍備増強に対して、中台間の軍事バランスを維持するために台湾への武器供与が不可欠と判断したというものである。しかし、少しは中国にも配慮して中国が警戒していたF16戦闘機の売却は見送られたようである。金額的に64億ドル(5,800億円相当)が、高いのか安いのか何とも言えないが、今回の武器売却問題は当分大きな話題を提供するだろう。
発展途上の中国にとって、これまでは経済的発展を阻害されることはあまりなかった。それが本年中にアメリカに次ぐ世界第二の経済大国になると、今までのように世界がこれまで中国のペースでやっていたまま黙って見過ごしてくれるというわけにはいくまい。今後の中国は厳しい眼に晒されるようになるのではないか。外野席にいる立場としては、米中両国のガチンコ勝負がおもしろそうだ。とくと観戦させてもらいたいと思う。
993.1月31日(日) クレオパトラの妹アルシノエの遺骨が発掘された。
今月号のJN紙にトルコのエフェソス古代遺跡にまつわるエッセイを寄稿した。そのエフェソスが、タイミングよく今朝のNHK・BSハイビジョンで放映された、エジプト特集「妹を憎んだクレオパトラ」という1時間半の歴史ドキュメンタリー番組の舞台となっていた。上空からの映像を含めて懐かしい古代遺跡の周辺情景を映し出してくれたが、実はエッセイでは、偶々この史実と逸話に富んだ広大な遺跡エフェソスが、なぜ「世界遺産」として登録されないのか私自身現地を訪れた印象から判断して理解できないと、他にも個人的に訪れたハトシェプスト葬祭殿(エジプト)、ペルガモン古代遺跡(トルコ)、ナクシェ・ロスタム(イラン)、クノッソス神殿(ギリシャ・クレタ島)とともに、世界遺産としてすぐ登録されるべきではないかと推薦した、5つの古代遺跡のひとつだったのである。
今日の番組でまた新たな事実を知った。何とあのクレオパトラの妹・アルシノエの遺骨がエフェソスで発掘されたという。高い地位にあった人のものと想定されるエフェソスの墓から人骨が発掘され、科学的に分析した結果、アルシノエのものだと断定されたという興味深いロマンである。しかも発掘された人骨が歴史的検証と科学的分析により、アルシノエの遺骨に辿り着くプロセスが、極めてミステリアスで下手なドラマなぞとても太刀打ちできない。まさに「事実は小説より奇なり」である。
トルコ各地には今でもギリシャ文明のポリスが数多く存在した形跡があり、ギリシャ建築の名残が散見されるが、エジプトとの因果関係はあまり伝えられていなかったような気がする。それがアルシノエは姉・クレオパトラとの対立とプトレマイオス王朝の存続を賭けた攻防から、クレオパトラの盟友アントニウスと対立するオクタビアヌスの統治するエフェソスへ追放され、そこでクレオパトラの計略により一命を絶たれるというスリリングで波乱万丈な人生を送った薄幸の女性へつながるストーリーとなる。
冤罪事件で話題になったDNA鑑定でも科学的な実験や分析により、近年高い確率で血液のつながりを判定しているが、2,000年以上も前の史実を人骨に含まれる炭素の濃度と頭蓋骨の形、墓の八角形の屋根から推察するテクノロジーのレベルには驚くばかりである。エフェソスにある倒壊したエジプト建築石材と、王都アレキサンドリア海中に沈んだ古代エジプト様式のファロス灯台を関連づけ、発掘された人骨がアルシノエのものだと断定し、アルシノエの身長、容貌まで推量する科学技術は素晴らしいと思う反面、空想して夢に浸る世界観をつぶしてしまうような気持ちにさせられ、そこまでやらなくても良いのではないかという気持ちもある。
しかし、いつも思うことだが、古代の見果てぬ夢に多少の史実を交えて空想することは、実に愉快なことである。