
2009年12月
932.12月1日(火) 羽田空港新管制塔を見学する。
JAPAN NOW観光情報協会の企画により羽田空港の新管制塔と現在建設中のD滑走路を見学した。前原国交相が羽田空港の国際化を打ち出し、改めてそのためのD滑走路がスポットライトを浴びている。そんな矢先でもあり、協会会員以外の参加者も多く、66名もの多くの人が参加した。空港第1ターミナルビルからバス2台に分乗し、D滑走路を遠望しながら担当者の説明を聞いた。現在海上にジャケットという橋脚を打ち込み、そのうえに2,500mのD滑走路を建設中である。説明を聞いてから、さらに10名程度の小グループに分かれ、新管制塔最上階にある管制官の仕事場を見学し、シミュレーション・ルームで実物に近いトレーニングの場を見せてもらった。
新管制塔へは、小さな建物から一旦エレベーターで地下へ下り、地下トンネルを潜り抜けて新管制塔ビル直下まで歩き、ここからエレベーターで上がる。115.7mの高さで世界の管制塔の中でも3番目の高さだという。空港管制上今度成田空域を管理していた成田空港と羽田空域を管理していた羽田空港が統合されたので、この新管制塔が成田空港の空域も管理下に納めたそうだ。
新滑走路の使用、新空港ビルとモノレールの開業は2010年10月である。新管制塔上から見ると空港ビルと道路、そして既設の3本の滑走路が整然と区分けられているように見える。高速道路上を流れるように車が走り、360度の展望を眺めていると空港の計画的な整備状況と科学技術の進歩を見て取れる。ここからは富士山も、アクアラインも、東京ディズニーランド、幕張メッセ、六本木ヒルズも良く見える。しかし、ここに働く人たちにとって、こんな感傷はこの場の業務の内容と責任を考えれば、吹っ飛んでしまうだろう。
いろいろ見て新しい知識も仕入れることができた。今まで知らなかったことで驚いたのは、今建設中のD滑走路の一端は、数メートル高くなっているということだったが、聞いてみると他の3本の滑走路の内もう1本も同じように片側が高くなっているとのことだった。その理由までは質問することはできなかったが、それぞれの空港により、その使いやすさのために少しずつ特徴があるとのことだった。
もうひとつは、管制官の4人にひとりが女性であることである。これも意外だった。いずれにしても管制官の仕事は航空乗客の大切な生命を預かっているので、その責任感は相当なプレッシャーだろう。
この新管制塔は来年1月から運用を始めるとのことである。これから日本の窓として大いなる期待に応えてほしいものである。
今日のJN協会の企画はとても良かった。
933.12月2日(水) 証言! 外交文書の密約はあった。
日本画家の平山郁夫氏が今日亡くなられた。79歳だった。平山画伯と言えば、シルクロードを描いた作品や、仏教の歴史・風物を主題とした作風で知られる。箱根の彫刻の森美術館、成川美術館にも画伯のシルクロードの大きな絵画が飾ってある。これらの絵を見ていると古代へのロマンが限りなく拡がっていくような大きな気持ちがしてくる。惜しい人を失った。
さて、このところ噂が、実は噂ではなく真実だったのではないかと考えられていた、日米間の外交文書密約問題について、昨日東京地裁に証人として出廷した吉野文六・外務省元アメリカ局長が密約文書に署名したことを当事者自身の口から証言した。更に、当時の愛知揆一外相ら外務省幹部もその内容を知っていたはずだとも述べた。密約の内容は、沖縄返還時の沖縄住民への土地原状回復を行うための経費をアメリカが負担するという約束を履行せずに、実は密約によって日本が肩代わりするという内容である。
これで、日米間の4つの密約のひとつが当事者によって明かされたことになる。まだ残る3つの密約がどうだったか明確にされたわけではないが、外務省は来年1月にまとめて報告書を公表する予定である。
こんな国民の目を騙すような例はこれまでなかった。自民党政府はこれまで、一貫して「日米間に密約はない」「密約はないということは歴代の首相がはっきり答えている」との一辺倒で押し通してきた。こうなると歴代の首相はみんな嘘つきだったということになる。この偽証の責任はどう償うつもりだろうか。そして、歴史上ウソを真実とした記録はどう修正するつもりだろうか。珍しいケースであるが、外交史上重大なことであり、どう決着をつけるのか注視する必要がある。
それにしても証言した91歳になる吉野氏は、閉廷後の記者会見でこれまでも随分悩んだと言った。その挙句に「歴史を歪曲しようとすると国民のためにマイナスになることが大きい」とも述べた。覚悟して真実を述べられたのだろう。人生も終盤になって、腹の中に溜っていたこれまでの心の負担や悩みを曝け出そうと決意したのだろう。
日本とアメリカでは公文書管理制度が異なる。日本はアメリカの制度を見習い、25年か30年経てば公文書を公開して、誰でも研究できる、そういう制度を日本の外交にも採用することがいいとも提言した。
今回の事件の経緯から、幸いにしてすっきりした形で密約文書が公開されることになりそうだ。一密約文書というだけではなく、制度としてあるべき形を整備することもこの際考えるべきことではあるまいか。
934.12月3日(木) エコ・ポイント制度をもっとスマートに
9月初めにエコ・ポイント申請書を送付したが、ほぼ3ヶ月経ってもウンでもないスンでもない状態に痺れを切らし、環境省のエコ・ポイント事務局へ電話した。1ヶ月ほど前エコ・ポイントの申請手続きや、支払い方法等について作業が遅れて、申請者の元へ商品が送られてくるまでに大体2ヶ月ぐらいかかっていると新聞に報道されていた。新しく発足した国の景気浮揚策のひとつで、取扱量も多く手続きも煩雑だろうから、ある程度の時間的な遅れは止むを得ないと理解していたが、その後になっても何らの情報や連絡もなく、国の制度としては些か杜撰ではないかと抗議の気持ちも込めて問い合わせたわけである。
ところが電話が通じない。電話が不親切である。例によって録音テープによる案内で、所定の係りへかけると「ただいま混み合っていますので、もうしばらく後におかけ下さい」とプッツンと一方的に切られること4回、漸く5度目に話をすることができた。私が送付した書類の記録は事務局がしっかり抑えてあり、11月中旬には支払いの資料を日本百貨店協会へ送ったので、実際にいつ希望した物が送られてくるかどうかについては、直接百貨店協会に問い合わせて欲しいと電話番号を教えてくれた。そこで、また百貨店協会に聞いてみると、今月14日に送付する段取りになっているとの回答だった。
ただ事務が輻輳して支払いが遅れただけのことかも知れない。しかし、何たる不誠実な対応だろうか。どこかで一寸連絡さえしてくれれば、こんな心配をせずに済んだ。3ヶ月も放ったらかしにして、電話一本くれるわけではない。申請者はただひたすら待つしかない。業を煮やして直接尋ねたから事情は分かったが、これが国の制度として国民に対して行うサービスなのか。どうもやることにいちいち魂がこもっていないと思う。まあ国がやるサービスというのは、せいぜいこんな程度かなとも思う。
午後からJN協会の企画会議が麹町の海事センターで開かれ、唐突に白澤事務局長から来年JN協会として「都市・観光・環境の情報事典」なる書籍を出版する予定だから、その一部について私に執筆担当して欲しいとの話だった。来年は国際ペン東京大会開催で忙しくなりそうだし、それに合わせて次作品も書こうと思っているので、おいそれと安請け合いすることに躊躇する気持ちがあったが、お断りするわけにも行かず、「観光」章についてお引き受けすることにした。だが、詳しい説明がなく雲を掴むような話で書籍編纂の意図と主旨がよく分からない。近日打ち合わせをするというので、具体的な内容等についてはそれからだ。
昨日東洋経済新報社が作成した「知の現場」の表紙デザインを、プロジェクト・マネージャー経由で送ってきた。珍しいデザインだが、これが今風なのかなと思う。しかし、見た感じは悪くない。内容は充実しているし、うまくすると売れそうな気がする。24日に1,600円で店頭販売されるが、販売結果が楽しみである。
935.12月4日(金) 日本的曖昧さで右往左往
些かうんざりである。今日の朝日夕刊「ニッポン人脈記」に、3人の国語学者による部首「しんにゅうは1点か2点か」が紹介されている。近藤姓の「近」の部首「しんにゅう」は、このパソコンで見る限り1点であり、私自身この文字を覚えて以来ずっと1点と信じ、1点の「近」を書いてきた。
ところが、実際には敗戦直後の1949年に当用漢字の字体を決めた際、従来の2点を簡略化という見地から1点にしたのだという。それならそれでずっと1点にすれば混乱もなくて良さそうなものだが、いつの間にやら「しんにゅう」を使った文字には1点と2点の2通りのケースが存在するらしい。これは、パソコンの文字に倣って使用されるようになってからのようだが、正統派の国語学会が、ビジネスのパソコンに寄り切られてしまった例である。正にグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」の典型ではないだろうか。
ほかに「しんにゅう」を使う文字の中でも、どの部首が1点なのか、2点なのかは普通あまり気にしていない。自分なりに信じる文字を書いているものと思う。私は2点の文字は書いたことがない。実際「邁進」を見てみると「邁」は2点であり、「進」は1点である。
教育現場を知る人は、「『しんにゅう』の形が統一されていないと、子どもがわかりづらい」と言うが、今年1月の常用漢字表の試案では、2点派に軍配が上がった。よく分からない理屈だが、部首の整合性より混乱を避けることが重視されたからだという。
1点か2点、どちらに決めるにせよ、こういう身近なところで偉い学者が検討しても決められず、日本語がたいして意味もなく二通りに使われているところが、曖昧さを残す日本的なやり方で、同時に決断力がないところであろうか。
漢字ばかりではなく、わが国では総理大臣まで決断力が発揮できず、沖縄住民のみならず、日米間で政治家が右往左往している。言うまでもなく普天間米軍基地移設問題である。総選挙前からどうも代替移設地が首尾一貫していない印象を受けていたが、今になってもどうするのか、宙に浮いたままである。
今日になって鳩山首相は普天間代替地として「グアムも検討」と言い出した。民主党マニフェストでは「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてあった。それを一歩踏み込んで、いつの間にか普天間基地を海外か、県外移設という具体的な代案となっている。確かに3年前の日米合意のロードマップには、沖縄駐留の米海兵隊と家族をグアムへ移転させる計画はあった。しかし、内閣の主要閣僚の発言が日米合意とは別のところで迷走するようでは国民は信用できないし、アメリカ政府からも信用されないのではないか。日米の了解事項がばらばらに別の方向へ走り出している。一体どこが具体的な移設先なのか、現状のままなのか、首相の考えも外相、防衛相もばらばらになったまま見当がつかない。まったく締まりのない話で、困っているのは沖縄住民である。
果たしてこの無様な動きに日本政府はどう決着をつけるのか。アメリカ政府も大分いらいらしているようだ。
936.12月5日(土) 迷走する鳩山由起夫氏は果たして首相の器か。
沖縄の米軍普天間基地の移設問題が混迷の度合いを深めている。その最大の原因は、鳩山首相のリーダーシップの欠如とアメリカよりも連立を組んでいる国民新党と社民党の意見を取り入れすぎることにあるようだ。アメリカは不信感を強めており日米関係も危うくなってきた。
ところで、鳩山由起夫氏は果たして首相の器なのか。理想も良い。人望もあるようだ。マス・メディアを始め対人関係には丁寧に対応している。だから、人気もかなり高いようだ。しかし、政治を司り国を動かしていくトップとしては、決断力に乏しく、あまりにも頼りない印象を受ける。朝令暮改も甚だしい。いろいろな意見を持っていても、それを充分こなし切れず、是々非々の判断に迷いが見られる。いろいろな方針を大臣に検討させたり、命じたりするのは善しとして、上がってきた材料を料理する知恵と工夫が足りないよいだ。
今迷走中の普天間基地問題は、アメリカとの合意事項には辺野古への移設が盛られていた。代案「海外か県外移設」を充分検討しない間に総選挙が近づき、沖縄県民の理解を得られやすい代案をぶち上げた。まったく成算なしにである。その軽薄さが、ここへきて首相自身自らの首を絞めることになった。
鳩山首相は、良家のお坊ちゃまのまま苦労を知らずに今日まで来てしまった。潤沢な資金を持ち、苦労したことがないから、ちょっとした苦難にも耐えられそうもないし、苦衷の中で知恵が生まれてこない。さらに普通の人間の感覚が分からないところもあるようだ。あまりにも一般の常識とずれている。それが「宇宙人」と呼ばれる原因にもなっている。これだから閣僚や取り巻きも大変である。
最近の偽装献金問題のお粗末さは、救いようがない。自分は知らなかった。秘書がすべて仕切っていた。こんな言葉は中間管理者あたりまでの下っ端の人間の言うことだ。まして、政権を取る前の2002年の加藤紘一・自民党元幹事長の秘書疑惑、その後の社民党辻元清美・現国土交通副大臣の秘書給与流用事件の際は、秘書の責任はすべて議員の責任と言っていたのではなかったか。資金が母親から拠出されていたことには驚いているとまでしらばくれている。これには漢字を読めないと笑い者になった麻生太郎・前首相にまで「驚くのはおかしい。驚いているのはむしろこちらの方だ」とまで皮肉られている。弟の邦夫元総務相ともども母親から資金を出してもらって、自分は与り知らぬとはよく言えたもので、とても普通の神経ではない。兄弟二人して贈与税の脱税を繰り返していたわけである。こういう頼りにならない人を総理大臣に押し上げた責任は、やはりわれわれ国民が負うべきなのであろう。やれやれである。
937.12月6日(日) 慶応ラグビー、9年ぶりの優勝を逸す。
ケースは多少違うが、昭和35年東京六大学野球の秋の早慶6連戦を思い出すともなく思い出してしまった。
今日テレビを観ながら関東大学ラグビー早明戦で明治を応援していた。今シーズン低迷する明治が勝てる可能性は極めて低かったが、仮に明大が勝てば母校慶応に9年ぶりの優勝が転がり込んでくるからだ。
半世紀前の早慶6連戦は全6試合を外野席で友人と応援していた。その当時長らく東京六大学で優勝していなかった慶応にやっとそのチャンスが巡ってきた。最後の早慶戦で勝ち点さえ挙げれば、優勝だった。それが1勝2敗で勝ち点を失い、早大と優勝決定戦を行って負けてしまったのである。その間に同点引き分け2試合を挟んだ6連戦で大いに盛り上がったが、負けた悔しさの方が強くて、最後に負けた後友人とどこかへ妬け酒を飲みに行ったように思う。大学キャンパス内には丁度60年安保闘争の余韻があり、試合前からどこもデモの熱気があったように思う。
今日の早明戦は先月の早慶戦、昨日の帝京大戦に続いて慶応の優勝がかかった試合となった。早慶戦は勝てば優勝だった。しかし、前半リードしながら最後の土壇場で同点に追いつかれ20−20の同点引き分けとなってしまった。そして、昨日の帝京大戦も勝てば優勝が決まるはずだった。勝てると思っていて予想通り前半だけで17−0とリードしていながら、ノーサード(試合終了)直前に逆転され19−17で敗れてしまい、またも優勝を逸してしまった。
そして今日の早明戦は早大が負ければ優勝という漁夫の利を狙うものではあったが、戦前の予想に反して明治が試合を優位に進め、前半は14−3で明治がリードした。これでやっと慶応に優勝が転がり込むと取らぬ狸の皮算用をしていたところ、早大もさる者、ノーサイド直前になって逆転トライを挙げ試合を16−14とひっくり返してしまった。これで優勝はついに泡と消えてしまった。
野球の早慶6連戦の時もそうだったが、慶応というチームはどうしてか優勝がかかるとプレッシャーに弱い。いつもこんな調子で期待を裏切られてしまう。またまた来シーズンに期待するしかないが、暮から正月へかけて全国大学ラグビー選手権大会が開催されるので、新規まき直して優勝を目指して頑張って欲しい。
938.12月7日(月) すごい高校生ゴルファーと優柔不断の総理大臣
男子プロゴルフ界にえらい選手が出てきたものだ。昨日石川遼選手が今年度男子の最年少賞金獲得王に決まった。プロ入り2年目の、僅か18歳の高校3年生である。今年はトーナメントに4勝して、獲得した賞金が1億8千余万円というから、そんじょそこらの高校生とはわけが違う。
それにしてもこれまでの最年少賞金王は、プロ野球出身のあのジャンボ尾崎選手で、その当時26歳というから大きく年齢の壁を破ったことになり、その素質はずば抜けている。外国でもこれまでに一番若かった賞金王は、アメリカ男子ツアーのタイガー・ウッズの21歳、ヨーロッパ男子ツアーのセベ・バレステロスの19歳だという。私自身ゴルフをプレイしないので、ゴルフについては詳しくは分からないが、たかが高校生がこんなにも簡単にトッププレイヤーになれるものかと驚くばかりである。感心するのは、石川選手の応対にそつがなく、話の内容もしっかり考えて話していることで、普通の高校生のそれとは大いに違う。しかも生意気そうな印象がまったくなく、控え目な感じでこれでは人気が出ない方がおかしいくらいだ。
さて、今日になって急に普天間基地移設問題が慌しくなってきた。これまで岡田外相、北沢防衛相が個別にばらばらのことを言っていた。しかし、日米間で問題が起きないように努めていたが、アメリカがそろそろ堪忍袋の緒が切れて、このまま日米合意を無視するようなら信頼が損なわれるとアメリカの要人が話し出した。今の鳩山首相のスタンスを見ているとアメリカよりも、むしろ連立政権を支えている社民党と国民新党への配慮が度を過ごしている。福島瑞穂・社民党党首のごときは、この普天間移設は海外か県外でなければ重大な決意をするとまるで脅しをかける発言である。一方、補正予算では亀井静香・国民新党代表の筋の通らない強引な発言に、民主党は振り回されている。大体補正予算を2兆千億円以内に抑えようと考えている民主党幹部の神経を逆撫でする「8兆円で景気刺激策を」には、民主党の弱さが表れていると思う。なぜ断固として、民主党独自の考えを主張するなり、反論をしないのか、不思議でならない。こうしている間に、普天間施設問題では、アメリカ政府はおろか、国内でも沖縄県仲井真知事や、沖縄県民に不信感を募らせ、益々こじれさせている。補正予算問題では、連立政党間で綱の引っ張りあいをやっている。結果的に総選挙直後には、民主党の支持率が75%にも達していたのだ、最近では60%を割った。このままの状態では、人気は下る一方である。
それにしても鳩山首相の何と優柔不断なことか。これがわが国の総理大臣かと少々心配になってきた。
939.12月8日(火) 誰も話さないが、今日は大東亜戦争開戦記念日
真珠湾攻撃により大東亜戦争が開戦されてから、今日で68年になる。最近は時代のターニングポイントとなった大事件でもマス・メディアであまり報道しない。しかし、あの大東亜戦争開戦記念日であるにも関わらず、ほとんどのテレビ局がだんまりを決め込んでいるのは、一体全体何を考えているのだろうか。今問題になっている普天間米軍基地移設問題にしても、元をただせばこの戦争から始まっているのにだ。過去を真剣に振り返って反省することも、検証することもあまりないようだ。過去の戦争の真実を分析することなくして、想像の話として戦争を語ったところで真実が分かるはずがない。
先日来かつてお世話になって、先年亡くなられた方の生涯をご遺族から伝記風に書いてくれるよう依頼され、実のところ困っていた。家族にとって大切な記録を後々まで伝えたいので、文書にして欲しいという依頼をいただいたのである。しかし、評伝なんて書いたこともないし、とてもその任に非ずとご高齢の奥様に2度もお断りしたが、たってのお願いと迫られ、資料や謄本、写真まで送ってこられた。その挙句に電話までいただいて書いてくれないと死にきれないとまで言われては、お断りできなくなり、悩みに悩んだ末に昨日からその履歴について少しずつ書き始めた。こういう話は誰でも書けるというものではない。実際いかにその方の姿を知っているとは言え、性格的な点や癖までは分からない。見込まれて頼まれたこととは言え、こういう家庭内にまで入り込むプライベートな話は気がひけるし、気の重い話である。ただ、ひとつ興味深かったのは、故人のご先祖が平安中期に酒呑童子退治や、謡曲「羅生門の鬼退治」で京都一条の戻り橋で、鬼の片腕を切り落としたとされる「渡辺綱」だと知ったことである。 由緒のある家柄なのだ。果たして本当に実話なのか信じがたい気がするものの失礼だと思い、尋ねようとは思わないが、一寸興味を惹く話である。
夕方 3ヶ月ぶりに「酒のペンクラブ」例会に出席のため神田の「樽平」へ出かけた。長老の山中保学さんに久しぶりにお会いできて嬉しかった。脳梗塞で倒れて気にかかっていたところだった。今月初めにMRAで診てもらい、心配ないと言われたと早速好きなお酒を旨そうに飲んでいた。もうちょっと慣らし運転をして、少しずつ量を増やしていった方が良いのではないかと思う。他人事ながら少々気になる。閉会間際になって、来月の例会冒頭に簡単なスピーチをやることになった。テーマはこれからゆっくり考えたい。
940.12月9日(水) 日米両政府は普天間基地問題を解決する気があるのか。
このところ政治が動いていないように思える。沖縄普天間基地移設問題は袋小路に入り込んだかの感がある。政権内部でも、鳩山首相は持論を述べずリーダーシップを発揮せずの他人任せであり、岡田外相、北沢防衛相、福島少子化担当相らはばらばらに持論を述べている。沖縄の仲井真知事は当然地元の考え方を主張している。
アメリカが痺れを切らして、日米同盟が危ういような発言をしていたが、日米高官の発言が沖縄住民の気持ちをすっぽりと見落としていることが問題だ。これまでの日本側の準備や手順も悪かったが、アメリカにも沖縄、日本を軽視する考えがあることは事実だ。アメリカは大体安保条約がある以上基地使用は当然という言い方をしているが、一体どこの国の土地の使用問題かという点にまったく配慮が足りない。日本もその点を強調するのではなく、説明して分からせる努力が必要なのではないか。
今日アメリカから伝えられた一高官の「このままCOP15で両国首脳が会うことは、オバマ大統領の時間の浪費だ」の傲岸不遜な発言に至っては、相手の気持ちを慮る姿勢がまったく感じられない。まるでこちらの言い分を認めなかったらもう相手にしないとでも言っているようなものだ。もし、こういう傲慢な意見がアメリカ政府内部に他にもあるとするなら、相当覚悟して日米関係を基礎から構築し直すことが必要である。
そもそもどうしてこんな相互不信の状態になってしまったのか。岡田外相の言動を見ていても、虚虚実実のかけひきをあまりやった経験がないと分かる。外交下手なのだ。いつも義務のように巨額の拠出金ばかり負わされる日本の外交下手は、日本人の消極性、へりくだりや、謙虚さに負うところもあるが、外交官が現場レベルで堂々と丁々発止渡り合う訓練と度量が足りないからだ。これから普天間基地問題はどうなるか。このままで良いわけはないので、どういう動きをするのか、当分目を離せない。
昨日からコペンハーゲンで気候温暖化に伴う地球環境について、2012年に失効する京都議定書後の取り決めを話し合うCOP15なる会議が始まった。世界中から190カ国、15,000人が集まった。110カ国から首脳もやって来るそうだ。オバマ大統領も出席するという。最近の情勢では途上国が強気で意見がまとまりそうもない。そのカギを握るのは、やはり中国だろう。8日間の間に結論は出そうもない。政治声明を発表して、今後解決へ向けて話し合いを進めていこうとのスタンスを見せるだけのものだろう。国際交渉の舞台でもメリハリの利いた論理的な欧米流儀から段々日本的曖昧さが表に出るようになってきた。この傾向は世界を益々停滞させることにつながるのではないか。
余計な話だが、このCOPというのは何を意味しているのだろうかと考えたら、COPENHAGENの略字ではなく、‘The Conference of the Parties’を略したもので、日本語では「第15回国連機構変動枠組み条約締約国会議」というのだそうだ。英語は簡単過ぎてよく分からない。一方で、この日本語は分かることは分かるが、少々長過ぎないか。これなら大幅に詰めて今流行の簡略語にしてみたらどうか。「カラマーゾフの兄弟」を不見識にも「カラキョー」とやったように。
9月から受講していた多摩美術大学の生涯学習講座「世界の都市を歩く」も今日が最終日で、ターゲットはチュニジアだった。これまでヨーロッパとメキシコだったが、ちょっと珍しいテーマだと思う。しかし、建築と音楽を紹介してくれて結構面白かった。終って修了証書をいただいた。
941.12月10日(木) 国会議員なら脱税しても軽く済まされるのか。
「知の現場」の宣伝チラシがプロジェクト・マネージャーを経由して送られてきたので、私なりのPR文を付けて早速知人や友人にメールで送信したところ、間髪を入れず本命のチラシではなく、私が最近の鳩山政権の迷走ぶりを非難したブログについて、フロリダ州マイアミ市在住の鹿住一夫さんと仰る方から「アメリカから見ていても、どうもリーダーシップに欠けるように思われます。連立政権の弱みかも知れませんが、社会党、国民新党の言い分を重視し過ぎていて、議員数では圧倒的に勝る民主党としての主張が希薄のように見えてなりません。また偽装献金問題にしても、かつての野党の党首時代に『秘書の犯罪は議員も同罪』と繰り返していたのが、今では『母親から送金を受けていたことを自分は知らなかった』で逃げている。こんな大金が動いていて本人が知らないはずはありません」とのメールをいただいた。まったくその通りである。長い間アメリカでご苦労されておられる市井人だけに、反って日本の混乱ぶりがニュートラルに見えるのだろう。
ゼミの後輩のひとりからもメールをもらった。彼は幾分民主党に理解があって、政権を取って間もない民主党は充分体制が整っていないので、明治維新時に明治政府が体制作りに時間がかかったことを例に挙げ、もう少し時間をかけて見てみたいとのメールをもらった。まあそれも分からないわけではないが、今回の迷走ぶりは、そういう安定基盤に時間がかかるという問題ではなく、信念の問題である。まして外交問題、特に対米同盟、それも火急的な基地移設という重要課題が絡んでいるので、そうのんびり待っているわけにも行くまい。鳩山政権の腰が定まらない迷走の最大の原因は、一にかかって鳩山首相自身に政権運営の哲学と信念が欠けているからに他ならない。
大体母親から9億円にものぼる巨額の贈与を受けていながら、知らぬ存ぜぬで罪を秘書に押し付けて、挙句の果ては母親からの資金であることが判明するや、検察の解明を待って法律に則り対処したいなどと誰も信用しないような言い草で時間稼ぎをしている。法律を犯した本人が、一旦ばれるや法律に則って適正に対応するなどという図々しい発想はどこから出てくるのだ。まるで盗人猛々しい鉄面皮ではないか。同じように母親から9億円の資金供与を受けていたことが判明した弟の鳩山邦夫・元総務相のごときは、得意気に(脱税していた)贈与税を納めると言い出し、兄の首相へ白状した方が良いようなニュアンスの発言をしている。反って潔いなどと見当違いで次元の低い持ち上げ方をするメディアまで出る始末である。
どっちにしろ、兄弟ふたりして巨額脱税行為をやっておいて、ばれたから納税しますとの論理は、一般市民の感覚ではとても理解できない。もう少し自分の身を潔白にして議員活動ができないものか。
民主党が民主党なら、邦夫議員のほかにも自民党は脱税議員が多士済々?である。負けずに脱税行為をやっていた二階・前国交相の悪質な政治資金規正法違反も秘書を略式起訴かなんかでお茶を濁し、議員本人は逃げ切るつもりのようだ。部下に罪を被せて放ったらかしにする「先生」ばかりだ。少しは軍神廣瀬武夫・海軍中佐の部下・杉野孫七兵曹長を思う気持ちを見習ったらどうか。国会議員というのは、悪事をするために議員になったのではないかと皮肉のひとつも言いたくなる。
942.12月11日(金) 三井三池闘争を想う。
今日の駒沢大清田義昭講師の講座は、映画「三池−終らない‘炭鉱’の物語」をDVDで鑑賞しながら話し合うことだった。2007年日本ジャーナリスト大賞を獲った作品である。女性監督の熊谷博子が三井三池で7年間に亘って克明に取材したドキュメントで、中々の力作だと感じた。
三井三池闘争と言えば、ちょうど60年安保闘争と同じ年に日本を東と西に分けて闘われた大きな社会事件だった。われわれ学生は、安保闘争に夢中で繰り返しデモを行っていたが、三井三池にも関心がなかったわけではなかった。「総資本と総労働の対決」と言われて三池を支援する労働団体が全国から駆けつけたので、デモは大きく広がり連日メディアで報道された。指名解雇を打ち出した会社側とこれに反対する三池労組が対立し、乱闘騒ぎになり、その渦中で死者も出た。労組の精神的支柱だった向坂逸郎・九大教授が、思想面で組合を支えた。その当時法政大学で向坂教授の講義を聴きに行き、冴えているなあと感銘を受けた覚えがある。
問題は二つあった。ひとつは、会社側が第二組合と呼ばれる新労組の結成を画策して組合の分裂を図ったことである。二つ目は、1963年に炭鉱内で爆発事故が発生して、458人もの死者を出し、助かった人の中にも炭塵災害による二次災害が発生したことである。
この二つが後々まで尾を引いた。三井鉱山会社は手に負えなくなり、国が介入するようになった。同じ炭住街に住む隣人を仲たがいさせるような結果と、後遺症に悩まされる人たちが家族を含めて相当数発生して、被害家族が長きに亘って苦しみ、結果的にCO特別立法の成立にまで突き進んだことである。
それにしても闘争を支えた原動力は、驚くべきことに主婦連合の忍耐力とネットワークにあった。特に、炭住街に三池労組の主婦連が結成され、炭鉱婦人協議会なるものが成立した。1960年2月には、三池主婦会総決起大会を開催し、国会へ特別立法を働きかけるまでになった。最終的に、不十分ながらも国から炭鉱事故被害者への補償金を勝ち取った。
この一連の動きを見てみると、明らかに時代の差を感じる。同業者が一体感を持って目的へ向け意思統一を図りながら邁進していく。この運動の進め方は最近では見られないものだ。また、総資本と総労働の対決のように、労働側は必死になって一丸となって情熱を抱いて闘っていた。
いずれも現代には残念ながらもう見られないものだ。これが、今日「醒めている」「自分に関係ないものには関与しない」「ひとつのことに情熱をかけることはない」「夢を描かない」等々と云われる現代の若者と大きく異なる。
久しぶりに1960年代の国民的な社会運動を懐かしく感じることができた。
943.12月12日(土) ライトアップされた原宿・表参道の賑わい
原宿の表参道にある元同潤会アパートが「オモテサンドウ・ヒルズ」となって、東京の新名所のひとつになった。その表参道が最近夜になると並木をライトアップして注目を集めている。以前にもライトアップしていたが、11年前に電気のムダ、環境問題から中止した。それがどういう主旨でどんな要望があったのか、今年再びライトアップされ夜になると賑わっているとメディアが騒いでいたので、お上りさんよろしく妻と夜景見物に出かけた。
土曜の夕べということもあり、JR原宿駅はプラットフォームから混雑していて入場者を制限して、下車客をさばいていた。話題の通りは黒山の人で前へ進むのも一苦労である。これが、公衆道路だからこの辺りの生活者にとっては随分迷惑なことだろう。表参道の両サイドのライトアップされた夜景は楽しむことができたが、ほとんどが若い人たちだった。話題の「オモテサンドウ・ヒルズ」の内部に入って洒落たショップをウィンドウ・ショッピングして見たが、この内部もすごい人混みだった。高級ブティックが並んでいて、これではリッチでないと楽しめないのではないかと感じた。
路地に入り込んだら道が分からなくなり、タクシーに乗ったところドライバーが、ライトアップして道路が混んで、ゴミが散らかり良いことはまったくないとこぼしていた。どうしてこんなものを復活したのかと大分ご不満の様子だった。聞けば、商店会もそれほど売り上げが上がるわけではなく、町内は汚され、なぜライトアップ復活に賛同したのか分からないと、車を降りるまでぶつぶつ言っていた。車の渋滞の様子を見ていると何となく分かるような気がした。まあ私には話のタネにはなった。
それよりシャクに触ったのは、東横線に乗った時、幌を被った車両の連結部分で小さい女の子が二人遊んでいて危ないので、そこから離れるように注意したら、何と傍に父親が黙って立っていた。一旦その場を離れた子どもが、再び同じ危険箇所に入り込んでも父親は頑として黙っている。呆れ果ててもう注意するのを止めたが、こどもが危険に晒されても無関心で、他人から注意されても知らん顔をしているのに出くわして、いよいよ世も末だと思った。周りを見たら周囲のシルバーシートはみんな私より若そうな乗客に占領されていた。もう思いやりとか、親切心、常識とかを持たない連中が大きな顔をする世の中になってしまったのだ。こういう連中は年老いた時、自分たちは誰からも助けを必要としないとでも思っているのだろうか。
昔に比べて嫌な奴がふえてきたなぁ。まったく不愉快である。
944.12月13日(日) 現代人は本を読まなくなったのか。
最近出版に関する話題に事欠かない。
そのひとつが、朝の朝日一面に今年1年間の書籍・雑誌の推定販売金額が2兆円を割り込むことが確実になったとの出版科学研究所の分析が紹介されていた。1996年のピーク時から年々下がりっぱなしである。4日(金)のNHK「ニュース7」で駒沢大・清田昭義講師が「出版ニュース社」の編集者として今年の出版界の傾向についてインタビューに応えておられたが、どうも出版界はぱっとしない。村上春樹の「1Q84」だけが突出して売れ、全体として雑誌の売れ行きが減少傾向にあるようだ。雑誌で名前だけでも知っている「就職ジャーナル」「英語青年」「諸君!」「マリ・クレール」等を含めて10月発刊までで170誌が休刊だというからその数の多さには驚いた。
同時に、朝日には専門的であるが、三島由紀夫の研究文献総覧も紹介されていた。「三島由紀夫研究文献総覧」で、実はこれは清田講師の会社が刊行したもので、貴重な三島に関する研究を続けている神田の古書店主・山口基氏の資料をまとめたもので、分厚い790頁の大作で価格も1万500円で、限定500部だそうである。三島研究に事欠かない資料が網羅されているようなので、実は先日友人の呉忠士くんが生前三島から父親・呉茂一先生へ宛てた直筆文をメールで送ってくれたので、一昨日の講義の後、そのコピーを清田講師へ差し上げた。じっくり目を通されて、この文字は三島のものですと言って喜んでおられたので、研究家にとっては涙の出るような貴重な資料になるだろうと思う。来週は講義の後、清田講師を囲んで忘年会を行うので、ゆっくり話をしてみたいと思う。
日経朝刊「文化」欄を読んでいて、作家で翻訳家でもある常盤新平氏のエッセイに島崎藤村の「破戒」を中学2年生の冬に読んだとの件がある。私は2年生の秋だった。やはり同じころに読んでいたのだと思うと、失礼ながら同志や同級生のような気になる。あの当時読んでいて「エタ」という部落民の存在が理解できず、意味が分からないまま何か特殊な人たちではないかなどと思いをめぐらせていた。あまりにも印象が強烈で社会性を含んでいたせいか、子ども心には些か刺激が強かったのではないかと思っている。しかし、そのお陰で「破戒」は、今でも愛読書のひとつとなっている。
不思議な連鎖と言おうか、常盤氏のエッセイの下段に歌人・小池光氏が「蜘蛛」というエッセイを書いておられるが、蜘蛛というあまり好かれない奇怪な生き物に関した短文のエッセイで、これが中々面白い。芥川の短編「蜘蛛の糸」にまつわるもので、「カンダタ」がお釈迦さまに糸を切られ地獄へ落ちていく象徴的なシーンが有名だが、小学校6年生の頃担任の湯浅和先生がよく読んでくれ、そのお陰でクラスのほとんどがストーリーを覚えてしまったことが懐かしく思い出される。その時は、主人公は「カンガタ」ではなく、「蜘蛛の甚十郎」と呼ばれていたような記憶がある。
やはり名作を若い頃に脳裏に刻むことは、後々想い出になったり何かの折に役立つがある。
朝日「声」欄にこんな記事もあった。77歳の都内に住む方の投書「忘れてはいけない12月8日」である。「もはや12月8日は忘れられ、大きな意味を持たない日になって来たのか。それだけ平和になったわけなのだろうか。それが本当の平和を希求する日本国民の平和認識と見て良いだろうか。何かさびしい1日だった」とある。
言わないこっちゃない。戦争を知っている世代の人たちにとっては、最近のマス・メディアが開戦記念日について何も報道しないことが不満なのだ。
945.12月14日(月) 経済学者ポール・サミュエルソン教授亡くなる。
今日12月14日と言えば、元禄年間「忠臣蔵」吉良邸討ち入りの日である。当時は旧暦だったから今とは季節もずれていたが、それでも昔は映画でも、芝居でも12月と言えば「忠臣蔵」か、「赤穂浪士」の話題でもちきりだったものだ。ところが、今では古いものはどんどん忘れ去られる傾向にある。
古いと言えば、MIT(マサチューセッツ工科大学)のポール・サミュエルソン名誉教授が亡くなられた。享年94歳である。「知の巨人」とも呼ばれたが、最近はあまり表舞台に立つことは少なかった。しかし、何と言っても20世紀を代表する経済学者であり、ノーベル経済学賞受賞者である。私自身大学経済学部に入った時、経済原論はこのサミュエルソン教授の「ECONOMICS</span>=経済学」を通して学ぶと聞いて、こんな難しい原書を教養課程の必修科目で使用するのかとぞっとしたことを思い出す。朝日夕刊には「1948年に初版が発行された著書『経済学』は半世紀近くにわたって、経済を学ぶ学生の教科書の定番だった。日本語をはじめ約40の言語に翻訳され、これまでに約400万部が売れる世界的なベストセラーとなっている」と紹介されている。
久しぶりに本棚から「経済学」を取り出して見てみると行間にかなり鉛筆で書き込みがしてある。しかし、古くはなっているが、印刷の色も当時のままだし、装丁も崩れていない。810頁のハードカバーが懐かしい。アジアの学生向き編集としてあって、マグロウーヒル社から向学社がパテントを獲得してアジア地域の学生のために日本で印刷したものである。私が所有しているのは、1958年発行第5版で裏表紙にアジアで販売されるすべての国名が書いてある、と同時に北米、中欧、イギリス、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドには再輸入禁止としてあることが面白い。
教養課程の頃は、まだ経済学の本質が良く分からず、原書で読むことに苦戦した。翻訳本がなく、岩波書店から都留重人・一橋大教授の日本語訳が出版されたのが、すでに会社へ務めていた1966年で、早速購入した。因みに当時上巻は512頁の箱入りハードカバーで900円だった。翌年下巻が出版されたが、これは1212頁で1,100円だった。いずれもずしりとくる重量感のある書物だった。
原書と日本語翻訳書のサイズが同じで、頁数が日本語がちょうど2倍もあるというのは日本語にはムダが多く、説明が多すぎるということなのか。
しかし、原論とは言え、結構難しかった。経済学部の学生としては、どちらかと言えばサミュエルソン教授の近代経済学というより、マルクス経済学へ関心が行き、あまりサミュエルソン教授さまさまとは行かなかったが、いずれにしても思い出は尽きない。そのサミュエルソン教授も逝った。学生時代は遠くなりにけりである。
先日JN協会白澤照雄事務局長から電話があり、今日JN協会が発行する新刊書の初めて打ち合わせをするというので、海事センター会長室へお邪魔する。 JN協会松尾道彦理事長、副理事長のJR東海相談役・須田寛氏、白澤事務局長と私の4人で、編集方針や目標などについて話し合った。何となく漠然としているが、私の担当する「観光」については、具体的な目次、或いは見出しをつけてもらうということで納得した。そうでないとあまりにもフィールドが広過ぎて、まとめようがない。まだまだ何度も打ち合わせをしないといけないと考えている。 その後松尾理事長に麹町の洒落たお店で食事をご馳走になる。4人でフリートーキングをしたが、須田さんの話題の豊富なこと、特に役人と政治家の経歴に詳しいのには驚いた。もうひとつの驚きは、今をときめく?亀井静香・郵政金融担当相が運輸大臣だった、当時の運輸事務次官が松尾理事長だったとは2度びっくりである。
946.12月15日(火) 鳩山内閣の危なっかしい綱渡り
このところ毎日報道されている沖縄の普天間米軍基地移設問題が、とりあえず結論先延ばしということになった。アメリカという日米同盟の相手国との外交交渉がその先にあるだけに、日本だけの都合で落着というわけにはいかない。加えて基地のある沖縄県の事情がある。
最大の問題は、スタートから関係筋それぞれの思惑にずれがあったことである。現在の普天間基地を名護市の辺野古沖キャンプ・シュワーブへ移設することは日米間で合意していた。同時に、沖縄の米軍海兵隊員8,000人のグアム移転も決まっていた。にも拘らず、民主党は先の総選挙のマニフェストに、普天間は海外移設、少なくとも県外移設すると約束した。この約束実行について、鳩山民主党は事前にどの程度の自信があったのだろうか。それほどの成算はなかったのではないか。新政権発足後慌てて実行策を立てたような気がする。それは、海外・県外移設を前提に、あれもこれもとアイディアを練った。連立を組んだ国民新党と社民党からも、マニフェストの実行を責められ、結局可能性はどんどん狭められ行き詰ってしまった。それが今日の結論先延ばしではないか。
しかし、これだって極力早い結論を求められている。アメリカにしても辺野古への移設を前提に海兵隊を移動させる計画が狂うことで、来年度の連邦政府予算に移転費用を組み込めるかどうかの判断を迫られているらしい。アメリカから不信感を持たれ、現行の移設案以外は考えられないとまで言われ、挙句の果てには日米同盟にひびが入りかねないとまで言われている。
この無様な国内対応と対外折衝は、鳩山政権の政治哲学と決断力の欠如と言われても仕方あるまい。この行き着く先はどうなるのか。まさに鳩山首相と民主党にとって正念場である。
鳩山政権が抱える新たな問題も浮上した。来日した中国の習近平・国家副主席が今日天皇陛下と会見したが、その決定に至る不透明な経緯が物議を醸している。天皇との接見には、少なくとも会見の一ヶ月前までに宮内庁に伺いを立てるしきたりになっているが、習副主席のケースはその後の申し出だった。それが、会見可能となった背景に、鳩山首相からぜひにとの希望が平野官房長官を通して宮内庁へ伝えられた。一旦は無理と見られた話がこれによって復活し、この経緯を不満に感じた羽毛田宮内庁長官が記者会見で不快感を表明した。
この後がぐにゃぐにゃである。皇室の政治利用ではないかとメディアは喧しい。背後に小沢幹事長の強引なねじ込みがあったと噂されたが、小沢氏はむしろ羽毛田長官を憲法論まで持ち出し、内閣が決めたことを一役人が批判したと烈火の如く怒った。
しかし、小沢氏の憲法論は根拠が薄いし、国民を納得させない。本人は復活に圧力をかけたことは否定しているが、直前に650人を引き連れ中国へ乗り込んで胡錦寿国家主席ら中国首脳陣と会談していた状況を考えると、小沢氏が会見を請け負った可能性は充分考えられる。真実は分からないが、天皇会見は政治主導でとか、宮内庁の専権事項などという問題ではなく、公平に考えても民主党のやり方に小沢氏の力が影響していると考えるのが普通ではないか。もし仮にそうだとするなら小沢氏は少々思いあがっていないだろうか。
鳩山首相もこういう問題で躓いていると、内閣も倒産してしまう恐れがある。
947.12月16日(水) 普天間基地移設の結論を早く
案の定昨日鳩山政権が沖縄普天間米軍基地移設問題の結論を先送りしたことが、各方面に波紋を呼んでいる。国内的にも困惑しているのが、当の沖縄県である。問題が先送りされ、そのうえこの先の結論がどうなるのか宙ぶらりんの状態でどこへ不満をぶちまけたら良いのか分からない。いずれ結論が出された時に、もしアメリカが望む現状維持、つまり普天間移設せずとでもなったら普天間基地周辺では暴動が起きるかも知れない。
一方アメリカ政府や軍では、先送りの結論がどうしても納得できない。11月に首相がオバマ大統領と会見の際、首相が‘PLEASE TRUST ME’と大統領に約束したことが、アメリカの望む通りやるから任せてくれと理解されている。ところがアメリカが最も憂慮していた結論の先送りとなった。約束が違うのではないかという風に受け取られている。早速コンウェイ海兵隊総司令官が、米軍再編計画が遅れると懸念を示した。
ひとり悦に入っているのは、社民党委員長で少子化担当相である福島瑞穂氏である。福島大臣は、県外移設を目指すと沖縄県仲井真知事と話し合っていたが、少し軽いのではないかと心配である。今の様子では県外移設、或いは海外移設の可能性はどのくらいあるのか。福島談話が県外移設のムードだけ盛り上げて、実際に可能性が消えた場合、自分は力を尽くしたが、民主党がアメリカに押し切られたという都合の良い論理にすり替えるのではないか。ちょっと気になる。
とにかく先送りで山は越えたのではなく、益々追い詰められているという厳しい現状を民主党は直視して、充分心して真剣に取り組んでもらいたい。
さて、今年も残すところあと半月となった。少し遅れたが、海外の知人・友人にクリスマス・カードを11通送った。以前現役のころは、毎年30通ほど送っていたが、仕事を離れると縁も徐々に切れて今連絡を取っているのは、親しい友人ばかりである。郵送先国がばらばらで郵便局員が目をぱちくりしていた。因みにアメリカ、ブラジル、ビルマ、スイス、ベルギー、イタリア、セルビアの7カ国へ宛てたものである。
恒例の年賀状もぼちぼち書き出した。今年は年賀欠礼のハガキを30通以上もいただいている。親しかった人の家族からいただいたハガキを見ていると寂しい気持ちに捉われる。これも世の習いであるが、虚しい。年賀状は700枚購入したが、これから毎日少しずつ気持ちを込めて宛名書きをしようと思っている。
948.12月17日(木) 「知の現場」見本を手に感激
日本列島は寒気が押し寄せ、とりわけ日本海側は大雪が降っている。妻が新潟市内に住んでいる次男にメールしたところ、雪国・新潟でも近年にない大雪に驚いていると返信があった。更に普段は車なら20分ほどで会社へ到着するのに今日は2時間もかかったそうだ。地球温暖化とは直接関連していないが、そのためのCOP15へ出席のため今日鳩山首相はコペンハーゲンへ出発した。
そのCOP15もぐじゃぐじゃになって、先進国と途上国の対立が解けず、そこへ中国の存在が要らぬ対立を煽ることとなり、会議は暗礁に乗り上げ決裂寸前である。日本の突出した排気ガス削減と途上国への支援額供出が、圧倒的な数値であるにも関わらず、全面的に必ずしも好意的に捉えられているわけではない。これまでの交渉過程があまり評価されていない印象を受ける。いつもながらわが国は損な役回りをさせられている。
最大の二酸化炭素排出国であるアメリカと中国が前向きの提案を出そうとしないことが、出席国の不信感を呼んでいる。ここで鳩山首相がどういう提案をするのか。9月に国連総会で二酸化炭素ガス25%削減を公表して喝采を浴びたが、各国は改めて首相の説得力のある提案を待ち望んでいる。果たして首相はそれに応えることができるか。
今日東洋経済新報社の中村さんから、出来上がった「知の現場」を送ってこられた。ぱらぱらっとめくっただけだが、中々良いのではないかと感じた。表紙のデザインも洒落た感じがするし、内容も充実しているので、獲らぬ狸だが結構売れそうな気がする。プロジェクト・メンバーとしてはやっと肩の荷が下りたような気持ちである。出版社としても宣伝・広告に積極的に取り組んでもらえるようだ。早速発売日の翌25日に朝日に、来年1月4日には日経に載せてくれると聞いた。
共著というのは初めてのことだったが、率直に言ってやはり難しいと感じることがある。その最大の原因はメンバーの年齢差が大き過ぎることだろう。お互いに遠慮している感じだし、年齢に最大で40歳近い差があると時代感覚が異なるので、考え方も違うし、合意するのが難しいと感じた。
来年は先日打ち合わせしたばかりの共著を完成させなければいけないが、これは年齢差があまりないし、元々観光に関わってきた人ばかりで編集し、執筆するので、それほど違和感はないと思う。
しかし、出来上がった新刊書を前にして、苦労が報われたと感じる。やっぱりやってみて良かったとしみじみ思う。成果を形として見ることができるのは、張り合いのあることだ。これからも出版については前向きに取り組んで行きたいと思う。
949.12月18日(金) 今年度駒沢大学公開講座終了
駒沢大学の最終2時限の講座があり、特にいつも考えさせられる清田義昭講師の「出版周辺」の授業ではビデオ放映はなく、過去30年の出版物の販売傾向と今年度の出版界10大ニュースについて話をされた。
前者については、1976年から2008年までの出版点数と出版実売総金額、返品率について表を示して説明されたが、76年には販売金額が1兆円だったのが、ピーク時の96年には2兆7千億円にまで達した。それが08年には2兆円をやっと超えるところまで落ち、恐らく今年度は2兆円を割り込むだろうと悲観的な予測をされた。特に雑誌類の落ち込みが激しい。
その原因のひとつとして、週刊誌等の取材に個人情報保護法施行、プライバシー侵害に対する訴訟問題等があると指摘されていた。個人的な事件やスキャンダルについて、取材側が突っ込んで記事にできないことが、興味を薄れさせ週刊誌等の売れ行き不振につながっている。かつての「チャラレイ夫人の恋人」「愛のコリーダ」の猥褻裁判騒ぎも時間が経つと、実際には容認されたかのように世間であまり騒がれなくなる。どこまで取材して書くか、この辺りのせめぎあいが勝負になると話された。
後者については時間がなくあまり詳しく説明されなかったが、どんなニュースが話題になったのかと気になった。いただいた「出版ニュース」12月下旬号にその10項目が載っている。
上位三つは、@「1Q84」224万部、発売前の予約でベストセラーに、A出版業界の再編加速、大日本印刷の主導で、Bグーグル検索和解問題で論議、日本は対象外に、となっている。やはり、村上春樹は圧倒的である。ゼミの池田くんの務めている大日本印刷の出版業界における存在感も迫力がある。
終ってから前回の授業で話があった懇親会ということになった。お世話役の女性が下見まで済ませて近くの居酒屋に予約をしておいてくれた。事務局の宮本女史にまで声をかけて参加させてくれた。彼女は調布市の自宅から毎日50分かけて自転車で通っているという。現役学生はひとりしか参加しなかったが、9人が参加して出版業界の内情や、清田講師の経歴なども聞かせてもらって懇親の実を深めることができた。清田講師は出版業界では、著名の方でマス・メディアにもしばしば登場される。元々宗教家だったが、「出版ニュース社」社長に就任して、16年目だそうだ。現在66歳だが、今の職業をやってきてまったく悔いはないと自信を込めて仰っていた。
清田講師は後期から担当したので、前期担当の柴野京子講師と話し合いしながら、授業を進めてきたと話しておられた。これまで社会的な問題のビデオを放映してきたが、それが受講生に良かったのかどうかという点について、しきりに気にされていた。それほど気にされることはないと思うのだが・・・。個人的に私も尋ねられたが、私にとっては貴重なビデオを観ることができたし、改めて社会的な問題について関心を新たにしたので、授業としては良かったと思っている。カリキュラムの内容については、担当講師が検討されてご自分なりに思うようにやられればそれで良いのではないかと思う。
千葉県職員の不正経理事件が明るみに出てからかなりの時間が経つが、総額30億円という巨額の不正事件に、在任中の責任を追及されかかっていた堂本暁子・前知事はいずれ自分の態度もはっきりさせねばいけないだろうと直後の記者会見で他人事のように語っていたが、その後何ら明確な対応もしなかった。どうなったのか、最も責任を負うべき立場の人間が逃げ回っているのではないかと疑っていたが、今日処分が発表され、新たに見つかった不正分を含めて、何と2,245人もの職員に処分を行った。その中に前知事に対する返還金も公表され、千葉県は前知事に対して1千万円を請求することになった。
杜撰というかお粗末な経理処理である。最高責任者の知事が知らん顔でやり過ごそうとしていたところ、運悪く?見つかってしまった。当然の報いであるが、堂本氏の同義的責任は重い。こういうみっともない事件はなくしてもらわないと納税者は溜まったものではない。
950.12月19日(土) 成果なし。COP15閉幕
8日からコペンハーゲンで開催されていた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)が、今日最終日になって政治合意案を大筋で了承して幕となった。
しかし、まとめられた政治的合意には法的拘束力は伴わない。結局これだけ大掛かりな世界的会議を開催していながら、地球温暖化防止の動きはほとんど前進しなかったことになる。
世界各国がそれぞれ自分本位に主張するばかりで、地球温暖化を食い止めるという大きなテーマは隅に追いやられて、肝心要の前向きの討論がおろそかにされ、2012年を期限とする京都議定書を超えた新しい取り決めができなかった。
その最大のガンとなったのは、言うまでもなく中国であり、アメリカである。さらに言えば、インド、ブラジル、そして発展途上のアフリカ諸国である。前回の京都会議ではまだ影が薄かった中国が、今では世界最大の二酸化炭素CO2排出国になっている。その中国が地球温暖化を引っ張り、途上国に悪知恵を授けている。地球を汚していることに反省も責任も感ずることなく、先進国へ排出規制を迫り、持論を展開して現在の地球温暖化は先進国に責任があり、中国は責任がないと主張している。中国は先進国の言う排出ガスの規制には応じられないというのが自分たちの考えであり、強く先進国にはCO2排出規制を促すという都合の良い論理を展開中である。
この中国の手前勝手な論理には、開いた口が塞がらないが、この論理を堂々展開する交渉力には、日本はおろか普通の国も呆気にとられている。
しかし、これだけ世界に迷惑をかけ自分たちだけ良ければよいと主張することは、将来生き残った自国民が世界中の人たちに対して、恥ずかしい気持ちを抱くことになるのではないかと懸念するがどんなものだろうか。
とにかく法的拘束力の伴わない政治合意が歩み出すことになった。これで日本は鳩山首相が先の国連総会で世界へ向けて発信した「排出ガス25%削減」の公約も守らなくても非難されることはなくなったが、果たしてこんなことで将来地球環境は守られるのだろうか。核保有問題も同じ理屈である。このままでは、核と温室ガスで人類が地球を破壊していくことに付き合わされることになる。
951.12月20日(日) 危険な冬山の富士登山
一昨日富士山で随分無謀な登山があった。かつてF1レーサーとして知られた片山右京氏が惨めな姿で下山してきたのである。彼ひとりだけなら生還として喜ばしかったが、何と彼は二人のスタッフを連れて登山しながら、その二人を荒天下に置き去りにしたまま富士山から降りてきた。
結局二人は昨日遺体で発見された。惨めな記者会見を行った片山氏は涙を見せながら、お詫びをすることになった。12月の富士山は完全に冬山である。片山氏の登山計画はあまりにも杜撰で無謀だったのではないか。
私自身ある程度登山経験もあるし、学生時代には際どいこともあった。昭和35年11月のことだった。富士山冬山訓練に出かけようとして新宿駅まで来た時、偶々その直前に富士山・吉田大沢で雪崩が発生し、早大山岳部員らが遭難し確か11名が亡くなった。あの衝撃的な事故の悩ましい記憶がどうしても思い出されて仕方がない。われわれの場合は、新宿駅までそのセンセーショナルな事故の情報を持って見送りに来てくれた先輩に出かけるのを止められて、そのまま解散して帰途についた。高校の同級生、熊切くんが早大パーティの一員として滑落して重傷を負ったと聞いたのもこの後だった。
その後会社の山岳部時代に南アルプス・仙丈岳で冬山訓練をした。安全地帯で天幕を張っていたので、強風でテントを吹き飛ばされるような危険を感じたことはなかった。冬山の常識として片山氏らがテントを飛ばされたということがどうしても信じられない。3人で登り、強風の中で一人用テントの片山氏は大丈夫だったが、二人用のテントの二人はそのテントを吹き飛ばされ、そのまま凍死してしまった。
最近のテントがどんな装備になっているのか詳しくは分からないが、それにしてもテントが飛ばされるという事態がすんなりとは理解できない。冬山用テントは床部分と屋根部分が一体化されている筈であるし、上部分だけが飛んでいくとはどうしても考えられない。簡単に屋根が吹き飛んだということは、二人は冬山用テントを利用しなかったのではないか。
それにしても無駄死にしたものである。これも片山氏がカーレーサーを引退して、過去の名声を利用して別の分野(山岳界)で安易に生き延びようとした足掻きだろうか。冬山はそんなに簡単に征服できるものではない。
幸い学生時代から独身生活最後まで、数多くの登山をして多くの山に登ることができた。時々懐かしくなり、登山したい気持ちは山々だが、膝を痛めてしまったので、それは難しいと思う。交通機関で近くまで行き眺めるだけの登山となってしまったことが、何とも辛く寂しい。
952.12月21日(月) 野口聡一さん、ソユーズで宇宙へ
ロシアの宇宙船「ソユーズ」がカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から射ち上げられた。どうも宇宙工学や技術面の専門的な知識がないので、詳しいことはコメントできないが、これに搭乗した日本人宇宙飛行士・野口聡一さんが国際宇宙ステーション(ISS)で5ヶ月間も長期滞在するらしい。これまでほとんどアメリカのスペース・シャトルで飛んで行ったが、今度はロシア製ロケットによる宇宙飛行である。 その理由はスペース・シャトルが老朽化したので、近いうちに退役するらしく、ISSへの往復はこれから「ソユーズ」が行うことになった。
ロシアの宇宙船と言えば、思い出すのは人類最初の宇宙飛行をやってのけたソ連人宇宙飛行士、ユーリイ・ガガーリン少佐だ。1961年に初の宇宙飛行から戻ったガガーリン少佐は、宣伝旅行で世界中を巡った途次日本にも立ち寄った。丁度その時幸いにも私はこの目でガガーリン少佐を見た。大学の授業に出るため、偶々JR田町駅前の国道一号線交差点で信号待ちをしていた時、オープンカーに乗ったガガーリンが、かなり早いスピードでわれわれの前を通り過ぎて行った。小柄なガガーリン少佐は軍人服に身を包み、にこやかに手を振っていた。私も沿道の人たちとともに手を振り返した。心に残る印象的なシーンだった。
その後1992年に初めてシベリアのイルクーツクへ出張した時、ガガーリン通りに面したホテルに滞在した。通りの謂われを聞いてみると英雄ガガーリン少佐は、イルクーツク近郊の生まれだという。ガガーリンは国策上「農民」出身とされていたが、実際には両親ともにインテリだったと言われている。当時アメリカに対抗して世界を二分する力を誇示していたソ連邦社会主義国家は、国の威信を昂揚するためにソ連のロケット技術の優秀性を世界に宣伝するべく、ガガーリンを宣伝員として世界各国へ派遣した。ガガーリンは宇宙からの帰路ロケット内で空軍中尉から少佐へ昇進し、フルシチョフ首相の出迎えを受け、世界へPR旅行をさせられたのである。
初の宇宙飛行の後のガガーリンは世界中から注目される英雄となったが、人知れぬ悩みを秘めるようになったらしく、情緒も不安定になり自殺未遂事件を起した挙句の果てに、1968年謎の飛行事故を起こし、不幸にして34歳の若さで亡くなった。ある意味で国に利用され、国の犠牲者となったと言ってもいい。そんなことを考えるとガガーリンが気の毒であり、学生時代に彼を実際に見ることができたことは、私にとってもエポックメイクな出来事だったと思わざるを得ない。
今では「ソユーズ」は信頼できる機材となり、最近ではほとんど事故を起こしていないそうだが、初の宇宙飛行以来ほぼ半世紀にして、人類は宇宙圏外で長期に亘って居住できるようになった。
初の宇宙飛行士となったガガーリン少佐の薄幸の人生を想うと、ついセンチメンタルな気分に捉われるが、一昨日終ったCOP15とは異なり宇宙利用は、ぜひとも各国共有の平和利用をお願いしたいものである。
953.12月22日(火) 年賀状を書いて
手紙を書くことで私なりに決め事というか、信念にしていることがある。基本的に万年筆による手書きである。そして宛名書きは必ず手書きである。現代の一般的な風潮としては、少しずつPCによる宛名印刷に変わりつつあり、特に大量の手紙、ハガキを扱う場合は宛名印刷になる傾向がある。だが、これは最も嫌いなことである。
使用する万年筆については今までいろいろなメーカー品を使用してきたが、現在はパイロット製を使っている。しかし、これもキャップ部分が壊れて、予備のペリカン製にいつ替えようかと考えているところだ。
割合まめに手紙を書くので、ある程度書き慣れていることもあるが、かつて会社勤めをしていたころは、若い社員が顧客へお願いする旅行のお誘いや、案内を当然のようにボールペンで乱暴に書いていたのを見て、怒ったこともある。万年筆を使うように言ったところ、自分は万年筆を持っていないと言った社員もいた。唖然とした。その時は言い聞かせ、万年筆は商売道具だがらすぐ買うようアドバイスした。
現在の若手社員はどうだろうか。宛名もPCで、内容は見本文章を使い、相手の名前もPCで書いているのではないかと些か気になる。時代の流れもあるが、手紙を書くときはそれなりの心構えと作法があると思う。目の前に相手の顔を思い浮かべながら、よくよく考えてその人に合った文章を書く。それは手間がかかろうとも、相手に対する礼儀であると思っている。そして気持ちはボールペンより筆か万年筆の方がこちらの気持ちが伝わると思う。
さて、数日前から年賀状を作成し、一人ひとりの宛名書きをやっている。年賀状だけのお付き合いになってしまった人もいる。元気でやっているだろうか。自分より若い友人が亡くなったのは寂しい。例によって万年筆で書いて、今日漸く600余枚を書き上げた。年賀状はPCで「WORD」を使って3種類作成した。このほか3人の孫に宛てた別様の年賀状に、それぞれ手を加えて作成した。これでひとまず安心である。
ところで、昨日の朝日新聞の全国世論調査によると、鳩山内閣の支持率は先月の62%から、大きく下がって48%にまで下がった。総選挙直後の9月には、71%もあった支持率が右肩下がりで転げ落ちている。逆に不支持率は、前月の21%から34%に上がった。首相官邸高官が「政権全体が最終的にものを決められない不安感」、「普天間も予算も財源も難しい話だが、首相がこうすると言えば済む話なのに言わないので、『大丈夫かこの人は』と思われている」と言っている。つまり首相の指導力に疑問府がついているのだ。
総理大臣たるもの、もう少しすっきりと決断力と存在感を示して欲しい。
954.12月23日(水) 密約外交文書発見される。
今日は天皇誕生日。今年76歳になられたという。今年は今上天皇在位20周年、そしてご成婚50周年と重ね重ねのおめでたである。最近は前立腺の早期治療等で以前ほどご健康ではないようだが、相変わらず国事行事が数多く中々ご多忙の様子である。それが、先日の習近平・中国国家副主席との会見などでも、その会見実現の経緯に問題ありと指摘されるなど、周辺は中々喧しかった。
さて、今日の仰天ニュースは日米間の核の密約文書が現存していたことが分かったことである。最早その文書の存在は疑う余地がなかったが、外務省にも文書は見当たらず、すでに廃棄処分されていたと考えられていた。それが、驚いたことに佐藤栄作・元首相の子息・信二元通産相が父から受け継いだ遺品の中から発見されたのである。密約文書を交わしたニクソン米大統領と佐藤栄作首相、両首脳の一方の当事者である。決定的な証拠である。
これには両首脳のフルネームのサインがなされている。先日公開された吉野文六・元外務省アメリカ局長のイニシアルだけのコピー文書とは違って正式合意書である。こうなっては、これまで密約の存在を否定し続けていた歴代の首相、外相、自民党幹部、外務省幹部はどう弁解するのか。つい最近でも吉野証言がなされた後でさえ、外相、官房長官は相も変わらず、核密約を否定した。
この事実を一体どう説明するのだろうか。これまで核密約を否定してきた人たちは、この点について何らの発言もしていない。こういう国民を騙し続けた人には、今後外部に向かって発言して欲しくはない。
ところで、もたもた鳩山政権が漸く2010年度の税制改正大綱を決定した。マニフェストも税収の極端な落ち込みからかなり修正せざるを得なくなった。われわれ夫婦にとって直接関係のある項目では、配偶者控除(38万円)の廃止が先送りされることになり、とりあえず現状通りとなった。従って増税負担はない。
しかし、国の財政事情は益々悪化している。税収が見込みより9兆円も減って37兆円で新規国債発行は53兆円にまで膨らむ。税収より借金が多いという終戦直後以来の異常事態である。いくら事業仕分けで経費を削減しても、数億円の目標が結果的には6,800億円程度の削減にしかならなかった。これから小泉内閣時に目指した財政改革を、国民に大きな負担をかけることなしにどう実現するのか、目標をはっきり国民に示して欲しい。
955.12月24日(水) 秘書は起訴、鳩山首相は不起訴処分
6月以来燻っていた鳩山首相の偽装献金問題の内、虚偽記載などの政治資金規正法違反について、今日東京地検特捜部は虚偽記載罪で公設秘書と会計責任者の政策秘書を略式起訴したが、親分の首相は嫌疑不十分で不起訴処分となった。
以前から話題になっていたが、こういうケースで張本人の政治家が起訴されることは極めて稀である。今回首相が過去10年間に実母から提供を受けていた資金は11億5千万円である。この巨額の資金提供について首相自身はまったく知らなかったと言い、すべての責任を秘書と提供者である母親に被せている。常識的に考えて、こんな馬鹿なことが考えられるだろうか。首相自身かつて野党時代に秘書と政治家は同罪と述べていた。7年前には、不正に関連して自民党代議士の秘書が逮捕された時、代議士の責任は免れない、潔く議員の職を辞すべきであるとも主張した。それが、自分自身がその立場に追い込まれるや徹底して白を切り、知らぬ存ぜぬを押し通している。
二枚舌というか、何という鉄面皮だろうか。恥を知れと言いたい。そのうえ総理大臣は辞めないと聞かれないことまで答えている。でもよくよく考えてみるとこれは政治家の本質なのではあるまいか。いつも自分に都合良く合わせるのが、政治家の世渡りテクニックではないか。
それにしても、かつては不正の絶えなかった自民党が、正義感溢れるコメントを発表していたのは、対照的で笑っちゃう。お互いにどっちもどっちではないか。
しかし、鳩山首相の金銭感覚はおかし過ぎやしないか。自分の母親から10年間に亘って毎月1,500万円もの現金をもらっていて、まったく知らなかったというのは庶民感覚としては絶対変だ。検察ももっと核心を突いて実態を曝け出すべきである。どうも後味が悪い。
いずれにしろこんな好い加減な捜査をしているから、後から後から政治家の不正が絶えないのだと思う。
ところで、今日発売予定の「知の現場」が書店においてあるかどうか、近所の2つの書店へ偵察に行ったが、残念なことにいずれの店頭でも見ることはなかった。尋ねれば、あるいは置いてあったのかも知れないが、いずれにせよ平積みのように目立つ場所にはなかった。まあ明日の朝日朝刊に広告が掲載されるそうだから、そうなれば置かれることになるだろう。明日来年1月から始まる「図解」講師の打ち合わせで新宿に出るので、新宿三省堂と紀伊国屋書店を覗いてみようと思う。
956.12月25日(金) 来年の図解塾セミナーの打ち合わせ
来年1月から3月まで毎月1回、民間セミナー会社・TEIの図解塾が知研・久恒理事長の流儀により開講される。今日2度目の事前打ち合わせに関して、講師担当の久恒理事長、八木会長、中村茂昭さんと私の4人が集まった。受講生を一般募集するこの種のセミナーは初めての経験なので、まずはカリキュラム作成とテキスト作成は最初に行うべきことだ。毎回6日間で1セットとなるセミナーで、1日目を理事長、2日目は会長、3〜4日目を私が、5〜6日目を中村さんが担当することになった。私の担当講義は、「時事問題を図解する」である。最近発行された理事長の著書「図解の極意」をベースに、新聞の社説から的確でアップ・トゥー・デートな話題を拾い上げ、テーマを設定しそれを図解することが狙いである。会場の施設、設備等についてもよく知りたいので、明日にでも担当者に連絡をとってTEI社へ伺おうと考えている。
さて、予定通り今朝の朝日新聞に広告掲載された「知の現場」は、見たところ新宿・三省堂書店にも置いてなかった。打ち合わせ場所へ急いでいたので、店員に聞くことはしなかった。ところが、打ち合わせの際中村さんが、新宿・紀伊国屋で尋ねたら早くも売り切れたと言われたという。それが事実なら出足は思った以上に良いようだ。この後どれだけ販売実績が伸びるか楽しみである。
今朝の朝日、日経ともにトップ記事は鳩山首相の国民に対するお詫びメッセージである。あくまでしらばっくれて「知らなかった」として首相の職に留まると謝罪会見をした。弟の邦夫・元総務相も同じ嫌疑がかかっている。母親から資金提供を受けたことは、明らかに贈与に当るにも関わらず、兄弟揃ってとぼけていたわけだ。
さらに問題を難しくしているのは、首相のケースで重加算税を含めて約6億円と推定される贈与税が、国税当局の判断では果たして贈与にあたるかどうか、現時点では断定できないときた。何を遠慮しているのか分からないが、あまりの鳩山びいきにはうんざりである。
アホらしくてもう鳩山首相の言動なんて信用できない。
957.12月26日(土) 国家財政は大丈夫か?
すったもんだしていた来年度予算案が漸く(閣議)決定された。景気が悪く税収が減る一方で、マニフェスト上ある程度ばらまきが容認されるし、景気刺激策も多少認められるし、国債は発行するしで、歳出ばかり突出して増える一方である。歳出額は過去最大の92兆円強である。前年度に比して4兆円弱も増えている。これに対して歳入はまったく不足して、税収は37兆4千億円である。これを補うのは、国債が44兆円、更に足りない分を埋蔵金と称される特別会計の剰余金で補った。悩ましいのは、一般会計92兆円、税外収入10兆円、国債発行額44兆円のすべてが、過去最大であることである。加えて国債発行額が税収を上回ったのが戦後初だそうだから、いよいよ日本丸は沈没の危機に瀕していると言ってもいい。
毎度言われていることであるが、政治家を始め国民の間で、喉元過ぎれば熱さを忘れる傾向があり、一般的に国の財政危機に対する認識が希薄過ぎるようだ。今回も事業仕分けとか、各省庁の虚虚実実の駆け引きがあって目先の問題解決に対する目はかなり真剣である。問題は、この後である。昨日閣議決定した予算案を見てこの赤字経営状態をいつまで続けていくのか、まず政治家は考えてもらいたい。
景気が悪く現時点で税収が少ないのはある程度已むを得ない。しかし、財政の立て直しより税収が少ないことを言い訳にして、収入を増やし、支出を減らす努力を怠っているのではないか。赤字予算を策定した今の時点で、来年度はもう少し健全財政に近づくように、有効な次の手を打つことを真剣に考えなければならない。将来的にこの異常な財政状態を一歩でも解決する手立てを早く打たなければ、このまま赤字を流し続けていき、最後には財政破綻という最悪の事態へ落ち込んでしまう。今の状態が続くようだと、国債発行額は益々増え、後世に大きなツケを残すことになる。
これまでにもその点を指摘する声は多かった。しかし、手を打たずにその悪循環を止められない。どうして、社会を壊す動きを止められないのだろう。来年度予算は今年だけのレアケースにして、もう過去最悪というようなことは止めてほしい。
私が大学生になった昭和34年度の一般会計予算の歳出総額は、1兆4千億円だった。来年度予算の僅か70分の1である。あまりにも遠い数字になった。
958.12月27日(日) 「坂の上の雲」第1部終わり
11月下旬から始まったNHK長編ドラマ「坂の上の雲」第1部が今日最終回を迎えた。毎回1時間半という長い時間設定のドラマで、広い舞台にスケールの大きい話に、どういう結末へ持っていくのか興味があったが、取りあえずストーリーは20世紀へ入ったところで一時休憩ということになった。具体的にはアメリカ駐在中の秋山真之がイギリス転勤のため大西洋の船上に立っているシーンで幕となった。いよいよ日英同盟である。そしてその後に日露戦争が待っている。
今日のタイトルは「留学生」とあって、舞台は東京、松山、ワシントン、ロンドン、サンクト・ペテルスブルグと目まぐるしい。しかし、幕末から明治維新、更に日清・日露戦争を史実に則り特定の人物に照準を合わせて大河小説を書き上げた司馬遼太郎の好奇心、探究心、歴史好き、日本人好きには、まったく脱帽である。この続きである第2部は、何と来年の12月だというから気の長い話だが、待ち遠しい。そして、第3部は再来年だという。恐らくこんな長いスパンで演じられたテレビ・ドラマは空前絶後だろう。それだけにこれまでの大河ドラマのような演出では、とても仕上げることはできなかったに違いない。外国のロケも大変である。もう一度「坂の上の雲」を読んでみたくなった。
さあ、これで気持ちを切り替えて来年1月から始まる日曜夜の大河ドラマ「竜馬伝」を見ようと思う。
「知の現場」を出版社からまとめて購入して今日兄弟や親戚、親しい友人ら32人に郵送したが、玉川郵便局では日曜、しかも夕方5時過ぎに訪れたこともあり、長い行列である。皆さん小荷物を送るために並んでいる。因みに20分も並んで待った。やはり暮になると郵便局はてんてこ舞いをしているようだ。
この「知の現場」については、かなり反響が良いのではないかと思っているが、知研のホームページに本書の広報ページを設けることになって、執筆者がそれぞれのエピソード、自己紹介、写真を掲載することになった。何とか書いて写真と一緒に秋田プロジェクト・マネージャーに送ったが、北康利氏のインタビューのエピソードを書くに当り、本音をずばりと書けば読んだ北氏が心象を悪くするのは分かりきっていたので、遠慮しながら多少本音も書いた。ほかの3氏はまったく気持ち良く取材させていただいたが、「白洲次郎」で株を上げた評伝作家・北氏は、エリート意識紛々で些か鼻についた。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とは行かなかった。出版後にイチャモンをつける北氏の人間性に疑問を感じさせるような、ちょっとしたトラブルもあり、「知の現場」の有終の美を飾ることができなかった点に、些か悔いが残った。
959.12月28日(月) いつも愉快なヨタロウ会
JN協会で白澤事務局長と観光の出版物について、簡単な打ち合わせをした。どんな風に書き出していくのか、まだはっきりしたイメージが湧かない。あまり大きなテーマで取り組むと茫洋としたものになって焦点が絞れず、手に取った読者に気に入ってもらえるかどうか。多少雑でもターゲットをいくつかに絞って、具体例を挙げてコメントするという型式にした方が書物としては受け入れられると思っている。まだ展望が開けない。
さて、今日は小中陽太郎さんのファンクラブ「ヨタロウ会」の忘年会である。場所は小中さんご夫妻お薦めの自由が丘・ヤマダ電機LABI前の中華料理「麦府」である。20人ほどが参加された。タイミングよく「知の現場」が発行されたばかりなので、PRを兼ねて一冊とチラシを30枚ばかり持参し、瀧澤陽子幹事に了解をいただいたうえで宣伝した。取材先が小中さんで、取材者が私なので、「ヨタロウ会」で宣伝するにはぴったりの書だと思っている。皆さん関心を持っていただいたようである。北岡和義さんからは面白いと言っていただいた。いつもながら楽しい会になるというのは、小中さんのお人柄によるものだと思う。
竹中労について話が持ち上がり、喧々諤々のバトルとなった。良きにつけ悪しきにつけ、話題ののお人柄によるものだと思う。多い人だった。それぞれにご自分の考えがあるので、ある程度聞かねばならないが、どうしても個人的な主張になる。
終ってから須藤甚一郎さんのご案内で自由が丘駅近くの「カスタネット」で二次会を開く。この店のマスターが、昨年亡くなったタレント、ポール牧の弟さんで井上計二さんといい、お兄さんによく似ておられる。歩いている私を見たことがあり、妻と店の前を通ったことを覚えているという。ついお世辞に乗って手持ちの「知の現場」にサインして差しあげてしまった。
960.12月29日(火) 図解塾講座打ち合わせ
1月から3月まで開催されるセミナー「図解塾」の打ち合わせをするべく、浜松町の企画会社鰍sEIへ出かけ、担当取締役中村伊三雄氏と担当者此上真己課長にお会いして、当図解塾の講義内容について打ち合わせをした。
TEIというセミナー会社についてはまったく知らなかったが、先日小田急トラベルの安倍マネージャーと雑談をした時、TEIの社員と話をしたことがあると言っていたから業界ではそれなりに知名度はあるのではないかと思う。
旅行業界内教育、通訳斡旋、添乗員派遣、空港送迎業務等を生業にしているようで、社長が以前「添乗員サービス協会?」を起業した三橋女史だと聞いて、何となく分かるものがあった。
中村氏の話では、「図解」のセミナーは初めてということだったので、今まで私が受け持った自治体の経験等の内輪話をした。中村氏がJAL、そしてJALPAKに勤務しておられたので、旅行業界の内部情報に通じておられる。私の実績もかなり評価していただいたので、講師としては非常にやりやすいと感じた。セミナー計画としては、まだ完全とはいえないようで、こちらからもアイディアを提案して、双方にとってプラスになるようなセミナーにしたいと思っている。テキストも先日の打ち合わせでは、改めて講師仲間の中村茂昭さんから送ってもらった資料用紙から適材のものを抽出して、毎回配布するということで事前に形のあるテキストブックは使用しないということで進めていく。一番の問題点は、一般募集のセミナーでもあり、受講生をどれだけ集められるかということである。最初のセミナーである1月下旬まであまり時間がないが、此上課長が年明け早々に企業、役所へアプローチすると言っておられた。
その後、下北沢へ周り飯田ゼミの忘年会を生牡蠣料理店「JACKPOT」で行った。ここがえらくお気に入りの島田国生先輩のお手配で、11名が集まった。ひとり連絡なしのノーショーがあって、周囲に迷惑をかけた。こういうのは本当に困る。
ゼミの集まりは理由をつけては頻繁に開かれるが、この店は生牡蠣を美味しく食べさせてくれる場所として知られ、多くのチェーン店を持っている。生牡蠣と言えば、ニューヨークのグランド・セントラル駅の地下にあるオイスター・バーや、ニューオーリンズ市内のレストランでいただいたのが、印象に残っているが、ここの牡蠣も中々いける。今日も長崎や、広島の上等な牡蠣を美味しくいただいた。生牡蠣を食して、イタリア・ワインを飲みたいだけ飲むという忘年会らしい趣向だった。40数席ある店だが、満席だった。出版したばかりの「知の現場」を一人ひとりに差し上げた。さらっと見てゼミの仲間の感触も悪くないようだ。いずれ彼らの読後感を聞いてみたいと思っている。
961.12月30日(水) 在日朝鮮人の年金記録確認される。
年末でもあり久しぶりに書斎兼寝室の大掃除をした。ないと諦めていたものが思いがけず出てきたり、必ずあると信じ込んでいたものが見つからなかったり、自分自身に愛想がつきることがある。それでも時間をかけて、片付けると部屋も小奇麗になって気持ちのいいものだ。お正月を迎える擬似門松やお飾りは昨日手伝いに来てくれた長男が取り付けてくれた。
さて、昔机を並べて仕事をしていた大学の後輩でもある元同僚が、一冊の書を送ってくれた。会社を辞めてから時節の手紙のやりとりだけは欠かさなかったが、少し遠いところに住んでいるので、普段は疎遠になっている。時々拙稿を載せた小冊子「知研フォーラム」などを送っていたので、わざわざ書物を送ってくれるたのだと思う。彼もいよいよ本を出版したのかと思って小包を開けてみると、彼の著書ではなく、何と「平和を愛する世界人として」と題する統一教会の文鮮明の自叙伝である。日本語版が発行されて2ヶ月足らずで6刷を重ねたというから凄い。手紙が添えられていたので、拝読すると脳梗塞で倒れてリハビリ中で、思うように文字が書けないと書かれてあるが、言葉は少なくとも漢字も交えてそこそこ書けている。今年受け取った年賀状にはそんなことは書いてなかったので、いつ倒れたのだろう。それにしても、不自由ではあろうことは想像がつく。今まで彼が統一教会に絡んだ話は耳にしていなかったので、或いは脳梗塞になったことが、統一教会へ入信(多分)するきっかけになったのではないかと想像する。
でも、手紙を添えて本を贈ってくれた点から考えても、頭もしっかりしているようだから、最悪ということではないと思う。それにしても些かショックではある。彼と同期生だった原田弘造さんは今年8月に亡くなった。われわれももうそんな年齢なんだと言い聞かせる。私より2歳若く昭和15年生まれだから、来年古希を迎えるところである。お礼を兼ねて「知の現場」を送り、激励してあげようと思う。それにしてもかつての仲間が元気を失くしたり、表舞台から姿を消していくのは寂しいものである。
今朝の朝日新聞のトップ記事を見て驚いた。韓国人4,727人に戦時中の日本国内における年金記録が確認されたという。日本の戦前の年金記録自体があやふやだったのに、在日朝鮮人の労働と年金記録が確認されたのは、ずさんな社会保険庁としては珍しい。これまで朝鮮半島出身の軍人・軍属に関する資料は韓国政府に開示したことはあるが、今度の年金記録は民間人の年金記録である。日本の工場や鉱山などに強制動員されたと申請した韓国人は16万人にも上るという。このうち9割はまったく裏づけがないということから認定作業は滞っている。
戦時動員された外国人の厚生年金については、同じ主旨の労働者年金保険が生まれ、1942年から国籍の区別なく、炭鉱や軍需工場などの国内の事業所で働いていた労働者に給料の天引きという形で加入させていた。
帰国の際脱退手当金でことを処する人もいたが、依然として一定期間掛け金を支払いながら、脱退手当て金を受け取っていない人も多く、その資格者が相当数いると考えられ、日本側の対応次第では韓国内の反発が強まる恐れもあると懸念されている。
しかし、それより朝鮮を植民地化していた時代でも、大日本帝国政府が労働者に年金制度を導入していたことに驚いている。その旧制度が表面化したのも、例の年金疑惑で加入履歴を調べた結果だそうだから、ひょうたんから駒という感じである。契約であるからきちんと調べて支払うべきものは支払わなければならないが、数年来問題視されているようにわれわれ日本人の年金記録もしっかり調べて欲しいものである。
962.12月31日(水) 紅白歌合戦見られず。
ついに今年も大晦日を迎えることになった。大晦日と言えば、樋口一葉の作品「大つごもり」が有名であるが、高校入学前に渋谷で従姉夫妻に誘われて一葉のオムニバス映画を見たことがある。あれは随分印象に残っている。
ありきたりだが、一年の過ぎ去るのが年年歳歳早まっている。来年は寅年の年男となり、72歳である。母が割合早く亡くなったが、やはり羊年の72歳だった。とりあえず72歳をクリアして、次の目標は父の93歳である。しかし、その年齢まで生きられるだろうか。多分10年以内にお迎えが来るような予感がする。来世には格別な個人的な望みを持っていて、私の「自己紹介図」の一番下欄に「夢」という項目があるが、そこに「安楽死」「アメリカで教育を受けたい」「考古学者になりたい」と書いている。生まれ変わったら考古学者になりたい。実現できるかどうか、秘かな願望である。
思い返せば、今年は鳩山政権誕生という画期的な政治変革があった。3月には野球のWBCで日本が2連覇した。個人的には、「停年オヤジの海外武者修行」の出版記念会を開いたり、偶然ではあるが、代々木で皆既日食を観る機会に恵まれたり、11月にはインドを36年ぶりに訪れ、世界遺産訪問を150箇所に増やしたり、12月には懸案の知研プロジェクトで「知の現場」を世に送りだすことができた。身体も取り立てて悪くなったりしていない。
大晦日と言えば、ここ何日間かNHKで「紅白歌合戦」の前宣伝で大騒ぎである。ここまでやるかというほど新手で冴えないCMを放映している。かつてこんな低次元なことはあまり記憶にない。出場歌手が歌う曲目だって昔に比べてがなり立てるような騒がしい曲目が増え、私の年齢層にとっては少々つまらなくなった。年々視聴率が下がり、ついには興味本位としか思えない、奇異を衒ったようなゲスト、スーザン・ボイルさんをわざわざイギリスから招いた。私はかなり前からこの番組にそれほど興味がない。NHKも何とか紅白の体制維持を図ってあの手この手を考えている。1年に1回のお祭と考えれば、あまり目くじらを立てることもないが、どうも陳腐な発想がいただけない。
それはそれとして、午前中からどうも体調が優れない。明日は恒例の高校ラグビー部の定期総会があるが出席できるかどうか分からない。会計の和田さんにひょっとすると出席できなかも知れないと連絡した。毎年必ず出席していたので、当然みんなは私が出席すると思っているかも知れないが、今晩の体調次第である。熱は38.6℃で血圧を計ったら上が174で、脈拍も109と俄然高くなっている。早めに床について睡眠を取ろうと思い、20:30前にこのブログを書き込んで就寝した。ちょっと身体がだるい。
1年の最後になってこの健康状態はどうしてだろう。原因がよく分からない。
おやすみなさい。