
2009年11月
902.11月1日(日) 新しいヨーロッパの東西の壁
相変わらずバタバタしている間に、早くも晩秋の11月に入った。今月9日には、早いものでベルリンの壁の崩壊から20年になる。あのニュースはあまりにも衝撃的だった。戦後長きに亘って世界を東西二つに分けていた壁がついに壊され、そのウェーブはあっという間に社会主義国家全域へ波及していった。ベルリンの壁の近くにある検問所「チャーリー・チェックポイント」には、沢山の思い出がある。西ベルリン滞在中に日帰り観光で入国したこともあり、カール・マルクス・シュタットへ向かった時もここを通過して東ドイツへ入って行った。その際のバス車体検査に大きな鏡をシャシーの下に潜らせるような原始的な密出入国チェックをしていた。このやり方を見ていて愕きもし、呆れもしたが、これもある意味では懐かしい。東ドイツのビザ取得の手配をした代議士一行の通過もここでもめ、東ドイツへ入国せず、その後衆議院事務局から事情を聞かれたことがあった。代議士が入国しなかったのは、時間がかかった入国手続きにしびれを切らして勝手に引き返してしまったという我侭なもので、周囲が翻弄されたこともあった。とにかく私にとってもいわくつきの検問所だった。それがあっという間にベルリンの壁の崩壊はチェコやポーランドへ波及して、挙句のはてにソ連学校の優等生と見られていたブルガリアやルーマニアに至るまで、彼らの社会主義体制は大きく揺れた。
社会主義体制が崩れて、民主主義体制になった筈であるが、それが一向に国家の発展とまではいかない。ドイツは同じ民族なので東西統合はスムーズに進展すると見られていたが、中々一筋縄ではいかなかった。東西ドイツの間にあった拭いきれない溝が表面化した。しばらく東側には失業者が溢れる有様だった。2年後本家であるソ連の国家体制も崩壊した。いずれも多くの複雑な国内問題を抱えたまま体制だけは、社会主義から民主主義に変ったのである。
それが今ヨーロッパに新たな壁ができつつあるという。その後西ヨーロッパに欧州連合(EU)が結成された。そこへ旧東欧諸国の中から新たなEU加盟国が加わってきた。昔の東西の対立線(国境)が、やや東側へ移動したような対立構造になったのである。現実に元ソ連のロシア・シンパであり続ける、ウクライナ、グルジア、アルメニアなどと、旧東欧でロシアのクビキから脱却したポーランド、ブルガリア、ルーマニアとの間に南北に新たな壁ができてしまった。
しかも、両陣営にはその背後で、ロシアとアメリカの対立が昔とは異なった形で影響力を与えている。その接点となったウクライナやポーランド国民の間には、抜き差しがたい米ロ両国への不信感が生まれつつある。東西対立は形こそ変ったが、姿を変えてまた新しい国境線を構築している。NATOラインと呼んだら良いだろうか。
日本としては、面倒な外交関係に深入りしたくないため、政治的にまったく接触している様子が見えないし、その詳しいニュースは国内ではほとんど報道されない。だが、その間に世界は刻一刻とチェンジしている。
さて、9日に予定されていたアフガニスタン大統領選挙の決選投票にカルザイ候補の対立候補として挙げられていた、アブドラ元外相が今日になって立候補を取り止めると発表した。何のことはない。カルザイ側の露骨な選挙妨害が予想され、投票の公正さや透明性が期待できず、これでは勝負は決まっていると降りてしまったのだ。仮にカルザイ大統領が再選されても、これではカルザイ2期目の政権の正統性が問われかねないとアメリカ政府も苦りきっている。相変わらずの泥仕合でアフガンの民主化、並びに治安の安定はまた遠のいてしまった。
これからアフガンはどうなるのだろうか。
903.11月2日(月) ラグビー人気はイマイチ、人気復活を願う。
秋はスポーツのシーズンでもある。野球の早慶戦で母校・慶応は早稲田に2戦2勝して勝ち点を挙げたが、それでも優勝は明大に持っていかれた。勝率では上回っても勝ち点が及ばず、2位に甘んじることになった。その悔しさが乗り移ったわけでもあるまいが、全勝校同士の対戦となったラグビーの慶明戦ではが、慶応が明治を39−5のスコアで圧倒した。
一時期はラグビーの、とりわけ早明戦の人気が学生スポーツの中ではダントツだったが、今や他のスポーツに押されてラグビーは、隅の方に追いやられてしまった感がある。実際今朝の朝日のスポーツ面は5頁分もあるが、慶明戦ラグビーは、ほんの二分の一段ほどしか書かれていない。
一番大きく取り上げられたのは、日本シリーズの巨人対日本ハム第2戦で、この試合だけで全2面を費やしている。次いで、伊勢で行われた全日本大学駅伝の結果、男女ゴルフトーナメントの結果、野球の早慶戦と東京六大学、ワールドシリーズにおける松井秀樹選手の2試合連続ホームラン、競馬天皇賞の結果、サッカー天皇杯3回戦とサッカー情報、バンクーバー冬季オリンピック・ニュースと続いている。どうもラグビーは分が悪い。7人制ラグビーがオリンピック種目として正式採用が決定したので、これからはもう少し注目されるようになることを期待したい。
さて、今頃になってと言いたいところだが、やっぱりやっていたかというのが正直なところである。
今朝の朝日一面トップで扱われていたのが、「拉致機関 金総書記が指揮」である。記事によれば、北朝鮮による日本人拉致事件を計画・実行した朝鮮労働党対外情報調査部が、金正日から直接指揮を受ける形で活動していたことが分かった。国家のトップが他国から罪のない人間を拉致するという大罪を指示していたのである。
2002年9月日朝首脳会談で、金正日が「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行ってきたと考えている」と小泉首相に謝罪した情景はテレビ画面でも映し出され、日本中に拉致被害者家族に対する同情的な気持ちを湧かせた。その際、悪漢・金正日はすでに犯人には処罰を課したなどという大嘘をついていた。小泉首相と会見した時のあのふてぶてしい態度を思い出すと、金正日のしらじらしい言葉にさもありなむというのが率直な気持ちである。人間の屑である金正日に対しては今更何を言ってもムダであるが、世界中に害毒を撒き散らし、多くの人たちを悲しみのドン底へ突き落とす行為をいつまでも黙って見ていなければならないのかと思うと、拉致家族ならずとも許し難い気持ちに捉われる。あのイラクのフセイン前大統領ですらいとも容易く黄泉の国へ送られた。何とかして金正日に鉄槌を下す手立てはないものだろうか。
夜になってカルザイ氏が日程を繰り上げてアフガニスタン大統領に再選されたとのニュースが入ってきた。
904.11月3日(火) 文化の日は71回目の誕生日
今日は文化の日である。例年この日は秋の叙勲が行われるが、文化勲章のように科学文化の発展のために貢献された方々が、天皇から親授式で勲章を授けられるのは喜ばしいことだと思う。ところが、政治的色彩の強い勲章の中でも、最高の栄誉とされる旭日大勲章を受勲された11人の内訳は、実業界から3人、政治家が6人、裁判官が2人である。ここでも官尊民卑を地で行っている。確かに国家・国民のために活躍されたことは間違いないだろう。しかし、聞いたところでは受勲者を選考するのは、内閣府であり、ここへ猟官運動を重ねるのは政治家にとってはお手の物だそうだから、受勲者はある程度予想されるらしくその受勲も頷けるそうだ。それにしても、最高位の名誉をいただけるのは、官職に就いた者が圧倒的に有利ということは、やはり日本という国は役人天国だとの考えに一脈相通じるものがあると思う。
さて、文化の日は、私にとって71回目の誕生日でもある。年々月日の経つのが早く感じられるようになった。幸い若干血圧の高いことと、膝の炎症による投与薬の影響でCRP数値が基準数値から下がらないという2点を除けば、健康的にはさほど心配することはない。
しかし、湘南高同級生の間でもこのところ鬼籍に入る友人が増えてきた。当然のことだが、やはり健康管理が一番大切であると思う。
この年になって自分自身秘かに嬉しく思っているのは、好奇心と向上心が一向に衰えない点で、何でもかんでも採り入れようとする強い気持ちがまだ衰えないことだ。著述活動への意欲は相変わらずだし、その素となる旅への意欲も募りこそすれ衰えることはない。
今年は知研の仲間と初めて取り組んだ共著「知の現場」(東洋経済新報社刊)が年末に出版される。今最後の追い込みに入っているが、仲間の文章を読んでも魅力的であり、全体として素晴らしい書になるものと期待できる。序に販売成績も期待できそうだとつい獲らぬ狸の皮算用をしてしまう。来年上梓を予定している新刊にもボチボチ取りかかり出した。
来週インドへ行くので、いくつかインド関係の書物を読んでいるが、以前から読みたいと思いながら読んでいなかった堀田善衛の「インドで考えたこと」が、中々インド社会の核心を突いていてその洞察力に納得させられる。先進国である欧米を訪れたことがない点で、欧米的発想から乖離した視点と論点には感心する。流石に直木賞作家だと思う。社会的なアングル、民族、文化、風習、経済、政治のそれぞれの見方が特異で面白い。こういう見方があるのかと感心しながら読んでいる。読者へ社会の本質的な見方とか、国家を分析する目、本の読み方を教えてくれる。久しぶりに目から鱗が落ちる本に巡りあった気持ちである。
905.11月4日(水) 鳩山首相になぜ金銭疑惑が付きまとうのか?
国会論戦もたけなわで、政権構想を発表した鳩山民主党内閣は、初めて野党・自民党から質問を受ける新しい構図となった。
鳩山首相の所信表明演説では、精一杯やろうとしていることを率直に語っている印象を受ける。自民党政権のように言辞ばかり弄してお茶を濁すような誠実味が欠ける話しぶりではない。しかし、どうも閣僚の言葉がぶれていることと、財源が足りない中でどう政策立案をしていくのかとの具体的なプランが示されない。消費税は当分上げないということをマニフェストで約束している。そこで最近急に持ち上がってきたのが、タバコ税の値上げである。値上げの理由を健康と環境問題に絡めて、しかも諸外国に比較して日本のタバコは安いという価格比較論から、反対は精々タバコ葉生産農家とJTタバコ産業ぐらいと押し切るつもりのようで、このままタバコ値上げが実施されそうな流れだ。
それにして普段鳩山首相は個人的には清潔な感じを受けるが、どうしてこうも不透明な金の問題が後から後から噴出するのだろうか。資金管理に無頓着というか、脇が甘いのか、これだけ連続的に金の問題が浮上するようだと普通なら失脚だ。
以前に2005〜08年分の収支報告者で、故人や未献金者の名前を勝手に使った偽装献金問題、また同じころ2億4千万円と記載されたパーティ券収入についても水増し虚偽記載が判明した。
今回首相の資金管理団体が、またもや会計帳簿上偽装工作をしたことが分かり、東京地検特捜部が説明を求めるとしている。
何ゆえ金満家の鳩山首相が、偽装工作を繰り返すのだろうか。記帳間違いだなどと責任逃れを繰り返しているようでは、監督不行き届きで総理大臣の椅子などに座ってはおれまい。清潔と思われていた鳩山首相の信用はがた落ちである。トップたるものはもっと清潔であって欲しいものである。
ここ数日間、アメリカのフロリダ州マイアミ市に住んでおられる鹿住一夫さんと仰る、日本人の方とメールのやり取りをしている。昨年もコペンハーゲンから現地でガイドをやっておられる日本人女性からメールをいただいたことがある。稀なケースである。鹿住さんは台北生まれで戦後日本に引き上げられ、日商岩井に勤めて主にカナダに勤務された後、バンクーバーで起業され、現在マイアミ市で会社を経営されておられる。ニューヨーク大学大学院からMBAを取得しておられる。
今日渋谷のお留守宅から12月に出版予定のご著書「マイアミ発異文化紀行」を送っていただいた。文芸社発行のものである。先日突然メールでマイアミから文芸社についてお尋ねされご返事したことがきっかけである。海外に住んでおられる日本人の中には、日本では考えられないほど元気に活躍しておられる方がいる。鹿住さんは在米40年で現在79歳と仰る。驚くほど元気なご様子である。あやかりたいものだ。
今晩放映されたNHK・BS番組「プレミアム紀行・夢の聖地」は、1時間半に亘って華道家・仮屋崎省吾氏が、5日間フランス・ノルマンジー地方のジヴェルニーのクロード・モネの庭園で庭師の作業を手伝いながら庭園を紹介する趣向だった。2001年にここを訪れた時、その自然のままのガーデニングでありながら、繊細に手入れされた庭園の素晴らしさに心を打たれたが、今日は庭園のできるまでの歴史について風景を交えながら説明してくれて、睡蓮の咲く池の様子がよく分かった。仮屋崎氏の活動ぶりもよく、モネの庭造りと絵画に対する思い込みも分かった。全体として一般道を挟んで花の庭園と水の庭園に区分けされているが、水の庭園は後になってモネが土地を買い、周辺住民と揉めた末にセーヌ川支流から水を引き込んで睡蓮の池を作ったというモネの苦労話は知らなかった。教育的で良い番組だった。
906.11月5日(木) 松井大活躍でヤンキース、ワールドシリーズを制す。
ちょうど日本シリーズの真っ最中で、読売ジャイアンツと北海道日本ハム・ファイターズがプロ野球の頂点目指して争っている。ジャイアンツが3勝2敗にして王手をかけた。接戦である。勝負は札幌で決まる。
一方海の向こうのメジャー・リーグでは、アメリカン・リーグのチャンピォン、ニューヨーク・ヤンキースとナショナル・リーグの覇者、フィラデルフィア・フィリーズがチャンピォンシップを賭けて争っていたが、今日決着がついた。ヤンキースが勝って4勝2敗でワールドシリーズを制した。9年ぶり27回目の優勝である。
意外というか驚いたのは、松井秀樹選手が先制本塁打を含め打ちまくって、全7得点の内ひとりで6打点を記録したことである。シーズン後半になってマリナーズのイチロー選手が9年連続年間200安打を放ち、話題をイチロー選手に奪われ勝ちだったが、メジャー・リーグ最後の大一番で暴れまくり、ワールドシリーズMVPの栄誉まで獲得する活躍ぶりだった。
当初松井選手がここまで活躍するとは予想もしていなかった。今シーズンは怪我の影響もあり、ほとんどDH出場でイチロー選手に比べれば、どことなく地味な存在だった。
それにしても最後に来て、ニューヨーカーもびっくりの大活躍をするとは、やはり並の選手ではない。今年でヤンキースと契約が切れるようだが、再契約をして来シーズンも一層活躍されることを願っている。
ところで、試合後のMVP受賞の折り、地元アナウンサーの取材に通訳が立ち会った。7年も経ったのだから松井は完全に理解できなくても、そろそろひとりで対応した方が良いのではないかとちょっと気になった。聞いていると案の定ヤンキースとの再契約に関して、松井が「NYが好きで、ヤンキースが好きで、チームメートが好きで、ファンも大好きです」と答えたが、通訳は‘I love NY, I love Yankees, & I love the fans.’といった訳し方をした。通訳さんは肝心の‘I love the teammates.’ を落としてしまった。チームメートに感謝する松井の気持ちが伝わらなくなってしまった。それに大好きなファンのためにも直に気持ちを伝えた方が、ファンも喜んでくれると思う。やっぱり松井さん、通訳を使うのは止めた方が良いと思う。
さて、昨日取り上げた鳩山首相の献金疑惑について、今朝の朝日社説が納得のいく説明をするよう首相に求めている。そこへもうひとつ金にからむスキャンダルが、その朝日朝刊トップ記事に取り上げられている。言わずと知れた小沢一郎民主党幹事長の、政治団体のパーティ券収入虚偽記載による政治資金規制法違反である。小沢幹事長は3月に違法献金問題が明らかになり、代表職を辞したばかりである。
いくらきれいごとを言ってみたところで、党のトップ二人が揃って法律を犯しているようでは、民主党は政党とは言えない。民主党という政党には自浄能力があるのか疑問である。鳩山首相、小沢幹事長は自らの疑惑に関して、いずれも明確に説明責任を果たすべきである。自分の頭の蝿も終えない人間が、国民の生活の面倒なんか見られる筈がないではないか。まったく呆れかえるばかりだ。ともに説明責任を果たして、国民を納得させて欲しい。さもなければ、潔く現在の要職を去るしかあるまい。
907.11月6日(金) アメリカ陸軍基地内で軍医が銃乱射で13人殺害
トヨタ自動車が最高峰の自動車レース・F1から撤退することになった。すでに日本の自動車メーカーはすべてF1から撤退することを表明している。三菱自動車は、パリダカ・ラリーからの撤退も決断した。やはりこの不景気の時代に、開発費用として毎年数百億円も注ぎ込まなければならないのは相当な負担になる。これまで過大な費用負担が経営の足かせとなっていた。私のようなカーレースに格別関心のない者の目から見ると、カーレース自体の意味や価値がよく分からない。確かに宣伝にはなるだろうし、エンジン開発等に役立っていたのだろうが、以前から投資効果を考えるとむしろ足を引っ張っているのではないかとの懸念があった。
先日まで開催されていた東京モーターショーも、開催前から入場者の減少が心配されていたが、案の定、目標の100万人を大きく下回り、61万余人だった。前回(2007年開催)より開催期間が4日短縮(前回17日、今回13日)されたとは言え、対前年−57%だというから、今後も車の販売に相当暗い影を落とすだろう。日産は今年度決算を大幅に上方修正して黒字1,200億円と予想している。ホンダ、スズキもまずまずの決算に落ち着きそうだ。しかし、国内販売市場で販売台数トップ、またプリウスが5ヶ月連続でトップにも拘らず、トヨタは最終決算が2,000億円の赤字予想だ。三菱ほかの自動車メーカーの前途もまだまだ厳しいようだ。
今週に入って株価は下がりっぱなしで、まだどこを向いても景気の良い話は聞こえてこない。朝日のコラム「経済気象台」はこう指摘している。「海外投資家の間では日本の株式市場の低迷の原因は、市場原理主義の行き過ぎを批判した民主党政権にある」と。
ところで、今日アメリカ・テキサス州オースティンにある、フォートフッド陸軍基地内で軍人の乱射事件があり、13名の兵士が亡くなり、30名が負傷した。アメリカ国内では銃による殺傷事件が後を絶たないが、それはすべて民間人による殺傷事件で、今度のような陸軍基地内で軍人が銃を乱射して同僚を射殺するというのは、滅多にないショッキングな事件である。しかも犯人は、同じ基地内の精神科医師だというので、基地内外でも大きな波紋を呼んでいる。兵士の精神的病を治療する軍医は、ヨルダン系アメリカ人でイスラム教徒という出自もあり、基地内でいじめを受けていたらしい。イラク派遣が決まり悩んだ末に自らを治療できず、凶行に及んだ。
フォートフッド基地はアメリカ陸軍最大の基地で、5万人の兵士が駐屯し、基地内には1万7千人以上の家族も生活している。イラクとアフガンへの派兵拠点で、それだけに戦闘行為がもとで精神的な疾患に苦しむ兵士の増加が深刻な問題を提起している。近年心的外傷後ストレス障害(PTSD)など精神的な疾患の増加が目立つらしく、基地内で今年だけで75人の自殺者を出しているようだ。
表面的な戦死者数だけではなく、その陰には遥かに多くの精神障害を煩っている兵士がいる。いつまで続く戦争か皆目予想もできないが、戦争は戦闘行為に関わる兵士、その家族や周囲の人びと、そして戦地で被害を蒙る住民の犠牲を考えれば、何としても止めるべきである。ベトナム反戦にも関わったが、最近かつての反戦運動のような国民運動が起こってこない。どんな戦争であっても人類同士の戦いは絶対やめさせないといけない。今日の銃乱射事件はオバマ大統領も特別のステートメントを発表した。相当ショックを受けたようである。その点で日本もインド洋上の海上自衛艦派遣を取り止めることを公表したが、どんな非難があれ、それで良いと思う。
908.11月7日(土) 日本航空はどうなってしまうのか。
日本航空の再建問題が喧しい。会社側は昨日苦渋の選択として、全社員の冬のボーナスを全額カットする考えを日航社内8つの組合に提案した。現役社員の受けるこの厳しい負担に対して、早速前原国交相は評価する意向を示し、OBに対しても同様の負担を負うよう望むとコメントした。つまり、OBの年金受給者に対して、ネックになっている年金減額を呑めとの圧力である。法律上は受給者の三分の二以上の同意を得なければ、年金支給減額を無理やり押し付けるわけにはいかない。そこで、当然反発が予想されることを見越して、国交省では年金支給額を強制的に承認させるために、特別立法の検討も始め出した。うかうかしていると今月中にもつなぎ資金が必要な日航は、破綻しかねない。相当な抵抗が予想される。実際今日の朝日の「声」投書欄にもOB社員から、「JAL年金バッシングに憤り」と題して胸の内を吐露している。「会社の拠出もあるにせよ、年金原資は在職中に積み立て、また退職金から希望により拠出したもの」とご尤もな言い分である。そのうえ儲からない空港を作ってそこへ就航させた国とJAL経営陣の犠牲になったと憤慨している。
現在厚生年金と企業年金をいただいている立場から言えば、本当に気持ちが分かるし、同情せざるを得ない。しかし、どう見ても気の毒ではあるが、JALの現状を考えればこのまま国の意向通り進むのではないだろうか。
それにしてもJAL社員のボーナス・全額カットや、平均的に大企業の冬のボーナスが対前年比14%減に比べて、人事院が助言した官公庁役人の冬のボーナス案が、対前年支給額比6%減とは、やはり役人は恵まれて気楽な商売だ。
明るい話題。日本シリーズで読売ジャイアンツが4勝2敗で、日本ハムを破り7年ぶりに優勝した。危なっかしい綱渡りのようなシリーズだった。昨日の逆転勝ち、そして今日も「試合に負けて勝負に勝った」試合だった。
札幌で決着をつけたので、テレビでは顔を見られなかったが、ゼミの仲間であるジャイアンツ・オーナーの滝鼻卓雄くんもきっと選手と一緒になって喜んでいるのではないか。
909.11月8日(日) どうも分かりにくいエコポイント制度
今年5月から実施されたエコポイント制度が混乱しているらしい。環境対策と国民の消費拡大による景気対策を狙ったが、来年度どうすべきか、各省庁でも取り組み方がバラバラである。自民党時代にスタートした制度ではあるが、民主党政権になって経済産業省と総務省は来年度概算要求に盛り込まなかった。他方、環境省は計上した。
それにしても申請書類の記入が難しく、再提出を求められている書類がかなりの数になるらしい。該当商品がたった3品目に限定されている点も、景気対策の効果が疑問視されている理由のひとつである。それはともかく国への申請書類でこんなに複雑な書き込みもない。9月末までにエコポイント事務局が受けつけた書類265万件のうち、約半数に不備があったという。考えられないほどの数だ。我が家でも6月に該当のテレビとエアコンを購入したが、エコ・ポイント申請方法が分かりにくく、書類を持って購入した大型電器店へ行って教えてもらいながらやっと記入した。そして9月中旬に書類を揃えて投函してが、未だにウンともスンとも言ってこない。少々時間がかかりそうだとは聞いていたので、インドから帰ったころに照会してみようと思っていた矢先の昨日、朝日夕刊一面にエコ・ポイントに関する問題点が紹介されていた。
システムに問題ありきで、家電販売店がポイントをその場で渡し、国への申請は店が一括して行うなど、消費者第一の仕組みに変えるべきだとの指摘があるし、環境副大臣もあまりのトラブルにもう少し簡便な制度にできないか検討したいと言い出した。
国のサービスの仕方というのは、馴れていないせいもあるが、初めて行うことをきちんと精査しないで始めるから問題を引き起こすことになる。
我が家のエコポイントはいつもらえるのだろうか。やれやれである。
昨日は立冬だったが、ここ数日はそんなに寒くない。昨日も今日も駒沢オリンピック公園へウォーキングに出かける。自宅から公園内を大きく回って大体5,000歩近い。松本整形外科医の勧めでこのところ毎日ウォーキングをするよう努めているが、血圧が思うように下がらない。むしろ最近は上昇気味で、朝計ると150台だから少々気になっている。森内科医も気にしてくれていて、もう少し薬を増やそうかと言っていただいているのを断っていたが、インド行きを控えて明日診断してもらい、少し血圧降下剤を増量してもらう必要があるかも知れない。
910.11月9日(月) お懐かしい! マーシャ・クラッカワさん
ベルリンの壁が崩壊して今日でちょうど20年になる。新聞、テレビのニュースでも断片的に伝えてはいるが、やはりヨーロッパと日本では受け止め方が大分違うようだ。社会主義と角突き合わせた切実な緊張感は、やはり当事者でなければわからないだろう。
今日は妻のコーラス・グループ「コーロ・ブリランテ」の6回目のコンサートが「横浜みなとみらい小ホール」で開かれた。この辺り一帯が横浜みなとみらい開発計画により、大きく周囲の環境が変った。実はそれ以来初めてこの界隈を歩いたが、まったく別世界へ来たようだった。会場も新しく豪華なコンサートホールで、中々良い感じだった。練習の成果を出せたのかどうか、聴いた限りではまあ良かったのではないかと思う。シートも400余席がほぼ埋まっていたようだったから良いところだろう。4年ぶりのコンサートということで、このところ週に何度も練習に出かけていたが、これでしばらく頻繁に出かけることもないと思う。
さて、珍しい人の消息が朝日夕刊に紹介されていた。何と30年以上も前にNHK英語会話の講師を務めておられたマーシャ・クラッカワさんである。現在聖心女子大教授だそうだ。愛想の好い笑顔にメリハリのある話し方で人気があった。私自身もその頃英会話をMr.Carl Kniffinから習っていたが、クラッカワさんが偶々原宿のKniffin先生の隣宅に住んでおられて時折顔を合わせることもあった。
しばらくテレビで見ないと思っていたら、1999年に母校の聖心女子大に戻り、2007年英語英文学科の教授になられたという。ああいう個性的で、楽しい教え方をする人はそう多くはいない。美しく優しい顔に似合わず、「英語を学ぶのに何より重要なのは、積極性、やる気」だという。そのうえで、こうも言っている。「言葉を使う機会があっても使わない人が多い。中学や高校で習った知識で多くの表現が可能なのだから、積極的に取り組むべきである」。お説ご尤もである。
このことは現代の学生全般に言えることである。クラッカワさんには、日本人の英語力が中々上達しない理由が分かっていて何とももどかしいのだ。
さて、政府は来年度概算予算と事業仕分けで、てんてこ舞いの様子だが、その一方外交問題で躓いている。日米同盟、とりわけ安保条約と沖縄米軍基地問題が、日米両国の間にきしみをもたらしているのだ。政府内でも岡田外相と北沢防衛相ら閣僚の意見が合わず、基地問題をどうするのか、思うように意思統一ができない。最大の問題は普天間基地をどうするかということである。アメリカは日米同盟で取り決めた通り、辺野古沖への移設を主張している。民主党はマニフェストで普天間基地を国外または県外へ移設と謳ったが、そもそも引き受け先が決まっているならともかく、まったく思いつきで選挙対策だったとしか思えない。果たしてどう基地問題を解決するのか。鳩山首相の手腕が問われている。
911.11月10日(火) ロシア人の思考回路が分からない。
スターリンの孫が祖父は国家のために奉仕したのに、大量虐殺者とか、国家の信頼を傷つけたと喧伝され、祖父の名誉が汚されたとして新聞社を相手に訴訟を起こした。直ちに却下されたが、祖父が祖父なら、別の点で孫も孫である。ポーランド人将校がソ連軍に大量虐殺された「カティンの森」事件は、スターリンが殺害を命じたとされ、スターリンの残虐性を象徴する典型的な事件である。スターリンは今でもロシアでは偶像視されている傾向がある。ロシアでは過去の大粛清とか、独裁者というイメージよりも世界大戦に勝ち共産圏帝国を築き、ソ連を世界の大国へリードした力を評価している。ソ連がロシアとなり、民主主義国家として再建途上にあったが一旦躓くや、旧ソ連時代への郷愁から、ソ連とスターリンは復古調の波に乗り、現代ロシア人にじわじわとノスタルジアを掻き立てさせている。
だが、ソ連政府は「カティンの森」はナチスの犯行だったとデマを続けていたが、東西の壁崩壊後、公式に謝罪した。それにも拘らず、本心では自分たちに責任はない。時代と環境のせいだとでも思っている節がある。
現在のロシアとロシア人には、自分たちは自分たちの利益のためにやっているのではないと言わんばかりの開き直りのパフォーマンスが見える。確かにロシア人には、そういう特異な一面がある。
映画「カティンの森」を撮ったポーランドのアンジェイ・ワイダ監督は、「ソ連は犯罪的な体制だった」と直截な表現をしている。映画は相当ソ連を批判的に描いているのだろう。日本では12月に上映されるが、ロシアではその予定はない。公開されたらぜひとも観てみたい。
さて、最近猟奇的な殺人事件が目立っている。結婚詐欺まがいの34歳の女性の周辺では、4人の男が不審な死に方をしている。同じように鳥取県では35歳の女につながる男が5人死んでいる。また、島根の女子大生のバラバラ死体が山中で発見された。極め付きは、2年前にイギリス人女性を殺害したまま逃走し、その間整形手術を受けて生き延びていた容疑者・市橋達也が、ついに今日逮捕された。タレント・酒井法子の麻薬事件以来の大騒ぎである。いずれも昔は考えられなかったような残酷な事件で、これもやはり時代性と言ったら良いのか。
とにかく怖い世の中になったものである。
912.11月11日(水) 36年ぶりにインドの旅へ
インドへ向かった。成田エキスプレスでJR品川駅から成田空港駅までほぼ1時間だったが、1時間集合時間を間違えて早く着いてしまった。今回は格安航空券で発展著しいHIS社の団体募集にひとりで参加した。ニューデリー、ジャイプール、アグラを巡る5日間の旅である。格安航空券会社の実施するツアーとはいかなるものかを実体験をしてみようと思った。参加費は確かに安い。ところが、これに2流以下のホテルをファーストクラスにグレードアップして、4泊の内最初と最後が真夜中に到着、かつ出発なので抑えられていないので、当然別途手配を依頼する。さらに、シングルユース料金を4泊分支払うと格安なんてものではなく、まずまずのツアー料金になる。やはりそうかという印象を持った。集合時間の12時15分になったので、HIS社のチェックインカウンターで受付を済ませ、参加者を聞いてみると16名とのことだった。
さて、満席状態の中国国際航空(CA)の北京経由ニューデリー行であるが、添乗員はいないので、ニューデリー空港で待機しているHIS社のガイドと会うまでは参加者それぞれが自分で手続き関係を行う。今更と言う感じだが、初めて参加する人は多少戸惑うのではないか。実際北京空港では、検疫検査と手回り品のチェックを行ったが、当然書類の記入がある。参加者らしい旅行者がやはり迷っている様子が見えた。北京空港も一昨年チベットへ行った時以来だが、更に新しくなったような感じだった。1℃ということで寒い。グランドの隅っこには積雪があった。ここで約2時間の待ち合わせの後同じ中国航空でニューデリーへ発った。
ヒマラヤ上空をフライングしたせいか、大揺れに揺れたが、ニューデリーのインディラ・ガンジー国際空港には予定時間にほぼ近いローカルタイム1時30分に到着した。イミグレーションの前に機内では手渡されなかった検疫検査用紙の書き込みをさせられた。ターンテーブル前はごった返している。ちょうど直前に到着したKL便の荷物が到着していた。CAの荷物がどこのターンテーブルに現れるのか、表示がない。空港係員に聞いて彼からCAに問い合わせて場所が分かったが、荷物が中々出てこない。私のトランクが16名の中では割合早く表れたので、お先に税関をパスしてロビーへ出てHISのガイドと会い、しばらく他の同行者を待つことになった。全員16名が揃った時点で空港を離れるのかと思っていたところ、ガイドのクマールさんが2名の女性客を連れて出発しますということになった。ホテルがバラバラのようで、帰国の日まで2名の女性とクマールさん、ドライバーのシンさんが一緒となった。
宿泊のThe Parkホテルは官庁街の近くにある。チェックインしたのが3時近くになっていて、睡眠不足になりそうだ。不思議なのは、2名の女性客がこのホテルへ宿泊せず、この後別のホテルへ向かったことである。16名はどういう構成になっているんだろうか。疲れたせいか血圧がかなり高い。
913.11月12日(木) 世界遺産を2箇所見学
7時半にウェイクアップ・コールで起こされた。やはり短い時間だったが、一気に眠ってしまった。まだ若干疲労感はあるが、朝食を摂って9時の出発を待つ。ほどなくクマールさんが出迎えに来られた。昨日別のホテルに泊まった2名の女性もすでに同乗していた。彼女らは宇都宮から参加したと言っていた。ひとりは日本へ帰化したが、中国人だった。道理で機内でスチュワーデスと流暢な中国語を話していると感じていた。
40歳で独身のクマールさんには拙著を2冊差し上げ喜んでもらったが、果たして読めるかなぁと笑っていた。名門デリー大学で日本語を専攻したと言っていたので、相当達者な日本語を話す。酒もタバコもやらないと言っていたが、宇都宮からの元中国人が日本名だったので、分からず当初は中国人批判を繰り返していた。嫌いなのは中国人と政治家だと言い、政治家に対しても税金泥棒と厳しい。話しすぎるくらい熱心にガイドを務めてくれる。
インドは今世界が注目するBRICsの一国であるが、人口が多いだけに国力をひとつの方向に向かわせれば大して力を発揮するだろうが、貧富の差が激しく、民族・宗教等の対立、などが相変わらず解決されていない。
さて、最初に世界遺産・クトウブ・ミナールはデリー郊外にある。高さが72mもあり、奴隷王朝のスルタンがヒンドゥ教徒に対する勝利を記念した建てたものだそうだ。外に出た時、可愛らしい小学生のグループと一緒に写真を撮って愉快なひとときもあった。
二つ目の世界遺産はフマユーン廟でムガール帝国2代目の皇帝のために妃が立てたものと言われている。一階の内部にお棺が安置されている。これらの観光地を取り巻く環境は、緑が多く、いたる所地下鉄工事などで道路を掘り起こしているが、その自然がせめてもの慰めである。インド門は遠くから眺めて昼食後、ジャイプールへ向かった。
ジャイプールまで約250kmで、一般道から高速道路へ入ったが、所々混んでいて結局7時間ほどかかってしまった。車のスピードも速く、少々怖いくらいである。道路走行のルールが大分乱れていて、接触寸前ということもあったし、途中で事故も見た。運転手もマナーがあまり良くなく、側線とは言え、逆走してくる車もかなりあった。外灯がないので、日が暮れてからカーブの走行などは減速しないので危険だと感じた。珍しく道路際を二人ずれの男が歩いていたが、ひとりは素っ裸、つまりストリーキングだった。こんなところでストリーキングを見るなんて思いも寄らなかった。
特に、気づいたのは市内で若いカップルが手に手を取って、歩いている光景をまったく見なかったことである。宗教のせいだろうか、クマールさんも自信も持ってあまりいませんと言っていた。もうひとつは、州境で通行税を払うということだった。
まだ表面的な印象だが今日の様子では、36年前にボンベイで受けた印象とは大分異なる。
914.11月13日(金) ジャイプールの観光は盛り沢山
夜は寒いのでエアコンを切って、ベッドに入ったが夜中にあまりの寒さに目が覚め、ジャンパーとズボンを着て再び眠りに就いた。今日は朝から霧雨状態で外は寒そうで少々気が重い。8時30分の出発に合わせてクマールさんがピックアップに来られた。宿泊したラマダ・ホテル玄関で立派なあごひげをくわえたドアーマンの顔にはびっくり。聞いてみるとギネスブックで、世界一長いあごひげの人物と紹介されたと言って、あごひげの新聞も見せてくれた。ホテルも中々感じが良くて、流石高級ホテルらしい雰囲気である。
このジャイプールには世界遺産はないものと理解していたが、最初に訪れたアンベール城が世界遺産だとクマールさんは言う。確かに後背の山の稜線上に「万里の長城」を配して、丘の上に赤い色彩の塀は、光景としても充分価値があるし、内部のいくつかの建物と歴史は世界遺産に登録されてしかるべきである。城へのアプローチが、象に乗るというもので、これは人気があって乗り場へ行ったら小雨の中を延々長蛇の列だった。象にはバンコックでも乗ったことはあるが、狭いグランドを一周するような子供騙しではなく時間的にも15分ぐらい掛けて、坂道をゆっくり揺られながらアンベール城内までサルタンの王侯気分を味わう。聞けば、この象に乗ることが観光客の人気を集め、象の酷使につながるとして、今では朝8時から11時までしか利用できず、1頭の象は1日5往復しかできないよう取り決められ象のストレス解消に努めているという。まあ、いろいろあるなと思う。
その後、「街の宮殿」を見学して、写真では何度も見たことのあるピンク色の「風の宮殿」前で写真を撮って、アグラまで210kmを飛ばしに飛ばす。とにかくドライバーは運転技術が上手いが、載っている者としてはちょっと怖い。夕方近くなってアグラ市内へ入ってきたが、入口で車とオートバイと自転車、それに歩行者が信号のない交差点で動きがとれない状態になった。われわれの車は10cmごとに動くような有様で、地元民のラッシュ時間にも重なったのかも知れないが、市内中心部に入るまで続き、その混雑ぶりは、よほどの対策を打たないと最早手に負えないのではないかと感じたくらいである。
明日は今回の旅行で最も楽しみにしているタージ・マハールを見学することになっているが、クマールさんからの提案により、新しくできた劇場でタージ・マハール完成の史実を芝居で上演しているという耳寄りな話に乗ることにした。
6時半開演の3分前に何とか劇場に到着して、ヘッドフォーンで日本語による台詞と説明を聞きながら、オペラ的ミュージカルを観劇することになった。完成して間もない立派な劇場で、仕掛けも良くストーリーも明日のタージ・マハール見学の露払い的役割でグッドタイミングだった。1時間半のミュージカルだったが、充分楽しむことができた。
今日のホテルは‘JAYPEE PALACE’ホテルという5つ星ホテルで、確かに素晴らしいファイシリティのホテルだ。二人の女性客の滞在ホテルへ先に寄ったが、数段格が違うという感じだった。彼女らのホテルはダウンタウンの喧騒な場所にあり、小さなホテルだった。やはり落ち着いて滞在するには、グレードアップして良かったと感じた。今日もかなり見所の多い行程だった。明日は最終日になるが、タージ・マハールはもちろんであるが、アグラ城も楽しみにしている。
915.11月14日(土) 素晴らしい! 感動的なタージ・マハール
タージ・マハールは予想していた以上に素晴らしい世界遺産だった。16世紀半ばに22年の歳月を費やして建設されたイスラム建築の極地である。年間400万人もの観光客が訪れる。生きている限りできるだけ機会を捉えて訪れてみたいところだ。
スペイン・グラナダにあるアルハンブラ(アランブラ)宮殿は、このタージ・マハールをモデルにしたと言われているが、比較にならないくらいこのタージ・マハールの方が立派であり、上品でもあり、訪れた人の心を打つ。ここを訪れて説明を聞き、庭園内を散策するだけで、その素晴らしい価値が伝わってくる。建物の中には、ムムターズ・マハール妃の棺が祀られていて、隣には22年の歳月を費やしてこれを建設したムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンの棺が安置されている。暗い内部は写真撮影が禁止されているにも関わらず、フラッシュを焚く馬鹿な外人がいる。撮影禁止だと言ってやると、「そうですか」と言ってまた撮っている。モラルの欠如は東西を問わない世の中になった。
建物の背後を流れるヤムナー川の左後方には、ジャハーン帝が息子アウラングゼーブ6代皇帝によって幽閉され晩年を寂しく暮らしたアグラ城が見えるはずだが、靄か、スモッグがかかってまったく見えない。
この後訪れたアグラ城の建物も素晴らしかった。ジャハーン帝が幽閉された部屋の斜め前方にはタージ・マハールが見えるはずだが、今日は霞んで見えなかった。
ところで、日本でほとんど知られていないが、タージ・マハール東門への道は、「Dr.MATSUKI MIYAZAKI ROAD」と呼ばれている。インドのらい病患者のための施設を造り、終生インドの貧しい人びとのために尽くして、土地の住民から感謝されていた日本人である。なぜこういう気高い人が日本では紹介されないのだろうか。
その後もう一ヶ所、世界遺産のファテプール・シクリを見学したが、前二者に比べてそれほど感激しなかった。
アグラからニューデリーへは、230kmほどで、再び怖いドライブが始まった。バス、トラック、オートバイ、自転車、馬車、人力車など多種な種類の乗り物が、レーンに関係なく走りまわり、車線変更は当たり前で、時々大きなトラックまで逆走してくる交通法規無視が、渋滞と危険に追い込んでしまう。すぐ解決法といっても考えつかないが、せめて走行車線と追い越し車線の区分をしっかり守れば、もう少し安心してドライブを楽しめるのではないか。
夜9時になって最初に宿泊したパークホテルへ戻って来たが、途中農家に立ち寄らせてもらい、家の中を見せてもらった。こういう時のためにいつもチョコレートを準備しているが、これが沢山の子どもにえらく喜ばれた。
やや疲れてひと風呂浴び、眠い中でこのブログを書くのも少々きつい。まもなくクマールさんが迎えにやって来る。インド最後の晩は疲れのうちに時が経つ。それにしてもタージ・マハールは感動的だった。訪れることができて本当に良かった。
916.11月15日(日) 近いうちにもう一度インドへ
眠る間もなく前夜11時にクマールさんが迎えに来られた。フライトは北京経由の中国国際航空で出発時間は3:05である。空港まで約30分なので、やや早い気がするが、インドではチェックインが3時間前と聞いた。深夜にインディラ・ガンジー空港まで飛ばして、着いてみるとターミナル・」ビルの前は車の洪水で車をつけるのも一苦労だった。世話になったガイドのクマールさんとドライバーのシンさんにここで別れて、人ごみを掻き分け、ボディチェックを受けて空港建物内へ入る。
フライトのチェックインはトランクを預けて簡単に終ったが、待ち時間が3時間もある。いざ搭乗となったら、いつの間にか搭乗ゲートが変更になっていて大いに戸惑う。案内が徹底されていないからだ。4番ゲートのはずが、5番に変っているが、その表示がはっきりしない。しかもここでインドと中国の険悪な関係を知らされることになった。空港内では中国国際航空の表示が一切出ない。4日前に到着した時も、税関で荷物を引き取るターンテーブル番号の表示がなく、空港係員に尋ねて彼がトランシーバーで問い合わせてやっと分かったという有様である。今日も5番ゲートには、普通表示される航空会社略号とフライトbェ電光表示板に表示されない。そのうえ、ショルダーバッグに航空会社のタッグが付いていないからと言って、再び荷物検査を強制される有様だった。
そう言えば、宇都宮から参加した女性のひとりは、日本人に帰化して「伊藤きよみ」さんと仰っていたが、中国人だった。そうとは知らないクマールさんが最初から中国の悪口を言い出したので、止めてほしいと「伊藤」さんが抗議してクマールさんが謝った経緯がある。
インドと中国は同じBRIC’sではあるが、どうも対立関係は根深く、そう簡単には解決しそうもないようだ。
薄い雪景色が見られる北京空港で乗り換え、成田空港へ帰ってきたが、今回の旅は内容的にはあまり期待していなかった割には、どうしてどうして中々良かった。他に成田からHISで同行した人が15人もいたが、ほとんど3人ずつに分かれて同じ観光地を見学していた。彼らの言い分を聞いてもこういうように小さなグループに分かれて見学できたのは、期待もしていなかったが、良かったとかなり高く評価していた。私も格安旅行だから、大きな期待もしていなかったが、ホテルのグレードアップもあって、更に何よりもインド自体の魅力があって、旅行としてはほぼ完璧に近いものを見せてもらったと思う。
堀田善衛は生前もう2度とインドには行かないと書いている。それは、嫌いと言うのではなく、あまりにも深く考えさせられる国だからこそだそうだ。私は確かに深く考えさせられたが、だからこそ逆にもう一度、近いうちに訪れてもっとインドという国を知ってみたい。それも必ずベナレス(バラナシ)を訪れてみたいと強く感じた。得た物は実に大きいインドの旅だった。
917.11月16日(月) 鳩山外交がぶれている。
「知の現場」の再校ゲラが回ってきた。昨日の読み合わせに参加できなかったので、メールで送信されてきた拙稿4名分をチェックした。いくつか気づいた点について秋田プロジェクト・リーダーに送る。とにかく出版までは気を抜けない。
一昨日韓国・釜山で射撃場の火災があり、多くの日本人観光客が亡くなった。随分雑な店のようだが、韓国ではスプリンクラー設置は法律で決められていなかったようだ。昨年1月に近代的な冷凍倉庫が爆発火災を起こし、40名が即死したが、かつてソウル市内のデパート火災でも多くの買い物客が亡くなったことがある。これから寒くなるので、火災の危険性も高くなる。
さて、インドを旅している間にアメリカのオバマ大統領が日本を訪れた。僅か22時間の滞在の後、シンガポールで開催中のASEAN・10カ国首脳会議に出席のため飛び立った。ノーベル平和賞受賞が強いアピールがあったので、広島か長崎を訪れて欲しかった。もし訪れてくれれば、国際社会に対して強烈な訴求力があったと思う。
昨日機内で「中国日報」英語判を読んだ時、一面にオバマと温家宝首相と握手している写真を見てうっかり中国を訪問中だと勘違いしたが、あの写真は9月の国連の場で会った時のものだろう。オバマはシンガポールでもあっという間に機上の人となり、今日中国を訪れ若者と対話集会をこなしていた。メディア報道によると若者が自由に発言しているように見えるが、どうもかなり規制が働いたようだ。その対話集会の前にオバマは中国首脳に対して自由な発言を求めたようだから、相当中国の言論統制を気にされ、注文をつけているようだ。
それにしても日本の外交はどうなったのか。前の自民党政権より腰がふらついている。今日も岡田外相が沖縄を訪れ、普天間基地と嘉手納基地を見学して何とか普天間を嘉手納へ統合させる私案を実現させようとしているが、地元はもちろん閣僚の間でも反対があり、中々ことが進まない。どうも手順も悪いような感じである。選挙のマニフェストに、基地を海外か県外へ移転させると実現性の薄い約束をしたことが足かせになり、今やニッチもサッチも行かなくなってしまった。
鳩山首相も煮え切らない。オバマとの会談で日米合意に沿って話を進めて欲しいと釘を刺されてしまった。結論も年内とか、早い時期とか、来年早めにとか、どうも結論が出るのかどうかも心配である。大体考えが甘い。例えば、県外移設なんてどの県も引き受けるはずがないではないか。海外移転についてはグアムが候補地のようだが、これだって相当の補償金をグアム政府に支払わなければ引き受けることは考えられない。
案の定今朝の朝日世論調査によれば、内閣支持率は微減程度で納まっているが、外交の評価は低い。評価36%に対して、反対が同じ36%と出た。いくつかの政策の中で一番評価が低い。鳩山外交もいよいよ正念場を迎えたようである。
918.11月17日(火) 山崎洋さんの翻訳賞受賞が朝日に
今朝の朝日新聞第2面の「ひと」欄を見てびっくりした。誰あろう、そこに友人・山崎洋が載っているではないか。内容は「古事記」セルビア語訳本の功績により日本翻訳家協会特別賞を受賞したことと、彼の数奇な生涯、家庭事情が書かれている。
彼はすでに10日にセルビアへ帰っているが、いずれ送られてくるであろうこの新聞記事を見てどう感じるだろうか。この記事を書いた石川幸夫記者は知ってか知らずか、彼の父親について、ゾルゲ事件の首謀者のひとりと書いているが、はたしてそうだろうか。終戦半年前に網走刑務所で獄死された父・ブランコ・ド・ブーケリッチ氏は、首謀者だっただろうか。「ゾルゲ事件」の定説は、一応リヒャルト・ゾルゲと尾崎秀実が首謀者とされている。ブーケリッチ氏は首謀者ではなかったとの説が根強い。だからこそ、死刑の宣告を逃れ、網走送りとなり終戦直前に獄中で亡くなった。生前彼の母上と電話でお話した時、もう少し頑張って生きてくれれば、家族揃って生活することができたのにと、ブーケリッチ氏の早い死を嘆いておられた。
いずれにせよ、彼の「古事記」が、高く評価されたことはこの上なく嬉しいことである。早速メル友に情報を流した。ゼミの須藤晃くんからすぐ返事が来た。昨年1月に3人で夕食を一緒にした時の印象を書き添えてくれた。
セルビアにおける生活も半世紀近くになる。観光地としては派手に宣伝されるクロアチアに比べて、セルビアは地味な感じがする。実際世界遺産もクロアチアに比べれば、目立つものが少ない。隣国同士でお互いに仲も良くないようだ。いつか彼が言っていた。セルビアbフ車でクロアチアへ入ると、嫌がらせを受けることがあると言っていた。まだまだ日本では考えられない人生がこのまま続くだろうが、頑張って欲しい。
さて、今日の多摩美術大の講座は、メキシコの美術と建築だった。先週はインド旅行中だったので欠席したが、ヨーロッパの芸術ばかりでなく、発展途上国の芸術も学んでいる。メキシコの芸術はシケイロスの絵画が有名だが、加藤嘉・神奈川大学教授がパワーポイントを自在に操りながら数多くの珍しい建造物や絵画について説明してくれた。絵画や建築物の他に、南部コヨアガ地区にあるメキシコ国立自治大学(UNAM)の一風変ったキャンパス全体の建物群は、確かに芸術的である。驚いたのは、この大学キャンパスが世界遺産に認定されているのだ。医学部、図書館、本部建物、陸上競技場などの施設にはすべて特異な絵画や、デコレーションが施されている。それらが一体的に捉えられて世界の大学で唯一の世界遺産として認定されている。今日の講義はユニークで面白かった。
919.11月18日(水) Mr.MATSUKI MIYAZAKI医師とはどんな人だろう?
旅行から帰った15日に妻が孫のひとりのために七五三のお祝いをする予定だったが、上の孫と揃ってインフルエンザに罹ってしまいお宮参りもお流れになった。今度の連休に改めてお祝いをと考えて、妻が長男に聞いたところ、今度は嫁がインフルエンザに罹って寝ているという。結局再び延期ということになった。
新型インフルエンザや風邪が流行っているが、国の対策が後手に回って医師も、学校も困っているようだ。元がしっかりしていないと何も頼ることができない。
さて、14日の本稿に書いたタージ・マハール東門への道路、「Dr.MATSUKI MIYAZAKI ROAD」と博士の名がインターネットをいくら調べても見つからない。あれほど歩道の目だったところに建てられ、その標識も赤砂岩に枠組みされた石板に彫られた立派なもので、1.5 X 1mぐらいの大きさである。そばを通れば誰でも分かるほど大きい。しかも、博士は生前土地の人びとから尊敬され、慕われていた。それが、このように外国人が大勢通る観光のメイン・ストリートに博士の名を冠せられることになったのだ。当然こういう名誉は日本で大きく取り上げられていると思い、インターネットで探したがついに発見できなかった。今でいうハンセン病という一時代前までは、世間から抹殺されたように隔離生活を強いられ、人間としての権利はおろか、人間としての最低限の生活さえ営むことを許されなかった人びとを献身的に救い、地道にインドの人びとのために尽くした医師がいた。インドの人は博士を敬愛し尊敬し高く評価したが、日本ではあまり評価されないという事実があるということである。
MATSUKI MIYAZAKI博士というのは、一体どんなお医者さんだったのだろうか。興味を持った。それにしても日本では資料がないのかも知れない。インドの厚生省辺りの方がきちんとした資料も情報も得られるかも知れない。だが、どうもこれはおかしいのではないか。
昨日朝日新聞全国版に友人・山崎洋さんの日本翻訳家協会特別賞受賞が紹介されていたが、今日は、東京南部版に山崎さんが父ブランコ・ド・ブーケリッチ氏の遺品レコードを国分寺の音楽家に寄贈したと紹介されている。以前に父親はレコードを聴くのが好きだったと聞いたことがある。いずれにしろ、かつて一世を風靡したとされるドイツのバリトン歌手ヨーゼフ・シュヴァルツのような希少価値のあるレコードが、確実に保存されることになる。
920.11月19日(木) 空席が気になる。大相撲は果たして大丈夫か。
大相撲九州場所が開催されているが、昨日、今日とテレビで観ていて、観客席があまりにも寂しい気がしたのは私だけではあるまい。かつて大相撲と言えば、毎場所15日間満席というのが定番だった。時代は移り、新しいスポーツが親しまれるようになったが、大相撲は堅実な人気を保ち一年を通じて毎場所空席を見ることはほとんどなかった。それが、近年様子が変ってきた。その最大の原因に、外国人力士の増加がある。その中でも横綱朝青龍の行儀作法とそれを抑えられない愚かな高砂親方の存在がある。他のスポーツならともかく日本伝統の国技で、外国人がただ強いというだけの理由でわがままを許してしまうというのは、伝統芸を否定するものだ。このわがまま横綱を指導できないアホな親方も指導者としての職責を果たしていない。親方が弟子である横綱のわがまま三昧をただ指をくわえて見ているていたらくなのである。
この顰蹙ものの横綱が勝負のついた後にダメを押すパフォーマンスが、以前から非難されている。昨日もやってしまった。だが、師匠の高砂親方は、勝負の流れの一環と見ている。何のことはない。弟子にお説教もできない親方の情けない姿を曝け出しているに過ぎない。
それにしても閑古鳥の鳴くような観覧席はあまりにも寂しい。ところが、相撲協会からは一向に心配の声が聞かれない。最大の収入源が入場料だとすると、これだけ空席があるということは経営上の危険水域にあると認識しなければいけない。にも関わらず、まったくノーテンキなのである。それは、資産がたっぷりあるうえに、税金が軽減されているからだ。大体営業活動でがっぽり儲けて、財団法人ということ自体おかしい。しかも経営陣は相撲界OBだけで固めて外部からのチェックを入れず、資産の公開もしない。役員は全員相撲取り上がりで、他の公益団体のように気の利いたインテリがひとりもいないのである。はっきり言って相撲協会は、相変わらず親方日の丸感覚が染み付いている。
これまでも度々相撲協会の改革が話題になったが、いつも一時しのぎでお茶を濁し、抜本的な組織改革は行われてこなかった。民主党政権となり、現在しきりに事業仕分けを行っている際でもあり、相撲協会の財政的な面での事業仕分けを行い、民営であるならそれなりの指導をして、おねだりを突っぱねた方が良いのではないか。相撲界では当たり前の‘ごっつぁん’体質に振り回されてはいつまで経っても、相撲界の発展はないのではないかと勝手なことを考えてしまう。
しかし、それにしても観覧席が空いているなぁ。
921.11月20日(金) EU初代大統領を選出
国際赤十字社会長に日本赤十字社社長近衛忠W氏が選任された。これは政治的なポジションではないが、過日決まった国際原子力機構議長就任に次いで、日本人が国際的に注目される職責を担う要職に就いた点で、日本人の存在感と立場に一層光を当てるものだ。
今日ヨーロッパではEU初代大統領にベルギーのファンロンパイ首相の就任が決まった。この決定の舞台裏では諸々のかけひきがあり、EU加盟27カ国の間で思惑や利害が絡み合う中で比較的調整能力のある同首相が選ばれたようである。同首相は俳句を好むと解説されていたが、やや知名度に乏しく交渉能力に黄信号のつく経歴には、米中ソの大国を相手にEUの存在感を示せるかどうかの点で疑問符が付けられている。
イギリスはブレア前首相を推していたが、イラク戦争に派兵したことが、ヨーロッパ諸国のトラウマとなって独仏から強い反発を買い、またEUの共通通貨であるユーロをイギリス国内で通用させていないことが嫌われ、要職は少数派・ベルギー首相の手へ渡った。
近年EUの政治的、外交的立場はやや影が薄い。他方で米中2カ国の存在感が徐々に高まっている。これからEUが国際社会にあってどのような存在感を築けるのか。高みの見物であってはならないと思うので、私自身今後もう少し注目してみてみたい。
一年の終わりが近づいてくると、喪中の挨拶状が送られてくる。ここ数日だけでも、会社関係でお付き合いをしていて今年亡くなった原田弘造さん、加藤陽一さん、沢崎精一さん、清水金蔵さん、このほかにも友人や知人からご家族の訃報のお知らせをいただく。ご当人の場合は、つい思い出して悲しく寂しい気持ちに捉われる。もう会うことも、話すこともできないのだと考えると人生の儚さと哀れさを感じてしまう。
最近著名人が何人か亡くなった。その中で俳優の森繁久弥さんと元ニュースキャスターだった田英夫氏の印象が特に強い。今日葬儀が行われた森繁については、学生時代に東京宝塚劇場へ「レ・ミゼラブル」か、「がめつい奴」をアルペンクラブの仲間と観にいって、観客席から主役の森繁の所作に対して「うまい!」の掛け声がかかった時、間髪を入れずに舞台から森繁が「目が高い!」と応じたのには呆気にとられたが、スムーズに客との掛けあいをやるのにはほとほと感心した思い出がある。
田氏は、TBSのニュースキャスターとして一世を風靡したが、ベトナム戦争中にベトナムを訪れ、アメリカのベトナム介入を強く非難してキャスターを降ろされた。その後参議院選挙でトップ当選を果たして政治家に転身した。しかし、村山連立内閣組閣の際には同調せず、社会党を離党して社民連を結党した信念の人だったとの強烈な印象がある。海軍特攻隊の生き残り組と言われていたが、頑固で所信を貫く良識派のひとりとして、一目置いている人は多かったと思う。現在の社会党と民主党との連立政権をどう捉え考えていたのだろうか。気持ちを伺ってみたいと思っていた。惜しい人を失ったものである。
922.11月21日(土) 核密約文書発見! 政府は国民を騙していた。
やはりと言うべきか、日本政府がひた隠しに隠していた日米外交文書の核疑惑に関する秘密書類が外務省の調査により発見された。岡田外相が今月末をメドに書類の存在確認作業を行うよう外務省に命じていたものである。
すでに秘密文書があることは、ライシャワー元駐日米大使や吉野文六・元外務省アメリカ局長の証言があったうえに、米公文書などでその存在が明らかになっており、いかに日本政府が否定しようとも核疑惑の関係書類の存在は隠しようもなく、ウソが白日の下に晒されるのは時間の問題と考えられていた。そして、実際に密約文書が見つかったのである。これまでの自民党政府関係者は、証拠隠滅、虚偽証言の点でこれにどう抗弁し、どのように責任を取ろうとするのか。
政府はその他の密約文書とともに来年1月に調査内容を公表することを約束した。鳩山内閣としても従来の「密約は存在しない」とする政府見解の変更を検討するらしいが、しっかり注視したい。
今回公表した核疑惑は、1960年1月安保条約改定時に締結されたとされる「核兵器搭載の艦船や航空機の寄港、飛来は日米安保条約に定める『事前協議』の対象外とする」という密約に関するものである。これを政府はいくら国会で追及されようとも、断じて認めず国民に対して大ウソをつき通していたのである。これ以外にも日米密約問題は、3つもある。
ひとつは、朝鮮半島有事の際の米軍の戦闘作戦行動であり、2つ目は72年の沖縄返還時の有事の際の核持ち込みであり、3つ目は沖縄返還時の米軍基地跡地の原状回復補償費の肩代わりに関する密約である。このようにわが国にとって重要で、莫大な経費もかかる案件を、国民の目から逸らし、これまで徹底してその存在を否定し続けた政府の責任は重い。
来年1月にどういう形でこれまでの経緯を説明するつもりなのか、マス・メディアは徹底してこれまでの政府の対応を究明すべきである。
それでなければ、最近も官房機密費と称して使い道が公開されていないまま、どこかで使い切っていたように、国家同士の密約を結び、それへ官房機密費をどんどん使われたのでは、日本は秘密国家となり、国民が知らない間に勝手な国家間の取り決めで条約が結ばれ、官房機密費が使われるというケースが堂々まかり通るということになる。これでは「国家は国民のために非ず、ごく一部の政治家のためにある」ということになりはしないか。
923.11月22日(日) 脱税の無脳科学者・茂木健一郎
茂木健一郎という売れっ子の脳科学者がいる。マス・メディアでは引っ張りだこで大忙しの様子だが、先日東京国税局から税金の申告漏れを指摘されたのは反社会的行為であるし、著名人としてはあまりにもお粗末である。真面目な納税者を舐めている。まったく話にならない。いくら何でも忙しくて申告する時間がなかったなんて誰が信用するだろうか。しかも、過去に税務署から税務申告がなされていないと警告まで受けていた。在籍するソニーコンピュータサイエンス研究所からも税理士を雇うようアドバイスも受けていた。それでも過去2〜3年間にソニーからの所得の源泉徴収以外すべての所得について所得税をビタ一文支払っていなかったというから、このあくどい鉄面皮ぶりには驚くより呆れるというしかない。その所得額は4億円近いという。これを個人事務所に任せるということもなく、自分ひとりで処理していた。誤魔化せるとでも思っていたのだろうか。やることがうっかりなんてものではなく、計画的で意図的なのである。
昨年初めて個人事業主として税務申告を行った経験から言えば、確かに私のような過少申告者ですら、税理士の手を借りずにひとりで関係書類を作り、税務申告書を作り上げるのは大変な作業であり、かなりの負担である。ましてやあれだけの高額所得者が自分ひとりで書類を書き上げる時間と余裕があるとはとても思えない。それでも税理士に相談することもなかった。
大体普段「脳」について偉そうなことを言っているこの人の脳はどうなっているのか? 普通の人が当たり前と考えることが、この人には分からないようだし、当然と思えるアドバイスを無視するような感覚は、われわれ凡人にはとても理解できない。それでいてテレビでは尤もらしく、学者の論理を振りかざす。こういう人を学者バカというのではないか。
もうひとつ分からないのは、自局番組キャスターの不祥事が明らかになった際本人に反省させて、番組からせめて一時降板させるよう自粛を促してもおかしくないと思えるのに、NHKは申し訳程度にHPでお詫びを伝えて、引き続き番組を放送し続けていることである。この不誠実な対応は公共放送として果たして理に叶っているだろうか。
こういう脱税者をちやほやさせながら出演させている他のテレビ局もテレビ局である。今経営状態が低迷しているテレビ局はその原因の解明に真剣になるべき時であるにも関わらず、相変わらず視聴者が喜べばそれで良しとしている。今もって懲りないのである。
今朝テレビ朝日の人気番組「題名のない音楽会」にこの茂木氏がゲストとして現れ、シャーシャーとして特異な「恋」の持論までぶっていた。怖い者知らずで益々図に乗っている。反省の色など微塵も感じられない。NHKもテレビ朝日もこの学者バカをヨイショして、ご機嫌を取っているだけである。
はっきり言って、今回の茂木氏の脱税行為は犯罪ではないのか。国民の義務である納税を意図的に拒否しているのだ。明らかに確信犯である。脱法行為をしようとしている科学者が、真面目に納税している視聴者にお説教なんかする資格があるのかと問いたい。まったくこの程度の「脳所有者」を脳科学者なんて、誰が言ったのか知らないが、無脳(無能)科学者ではないのか。
924.11月23日(月) 熱戦の早慶ラグビーに興奮
毎年今日11月23日にラグビー伝統の定期戦・早慶戦が秩父宮ラグビー場で行われる。今年もテレビ観戦となってしまったが、2つの点で注目していた。
ひとつは、早慶ともに今日まで関東大学リーグ戦対抗戦で全勝街道を突っ走り、今日の試合は優勝を賭けた一戦ということである。
もうひとつの注目点は、慶応ラグビー部で久しぶりに母校湘南高校ラグビー部OBの栗原大介くんが出場したことである。彼は私がラグビー部OB会長を務めていた最終年、2007年に母校ラグビー部主将だった。圧倒的な突破力があり、母校メンバーをぐいぐいリードして県大会で母校をベスト8へ進めた。国体優勝の神奈川チームにも選ばれ、期待できる選手だった。慶応に進学し、これからどのように成長していくか楽しみにしていた。入学早々大きな怪我をして、一年間を棒に振ってしまいラグビー人生にも黄信号が灯ったが、今年はそのハンデを克服し2年生ながらレギュラーポジションを獲得した。中々の努力家である。最近の試合でも活躍していると聞いていたが、優勝を争う慶応でレギュラー争いに勝って試合に出場するというのは、立派なものだ。今日は特に目立つような派手なプレイは見られなかったが、その中でひとつだけ目立ったプレイがあった。ラック状態の中で早稲田ボールを奪ったプレイは、良かった。解説の元日本代表・坂田正彰氏も誉めていた。
今日の試合を実況放送していたNHKの豊原謙二郎アナも母校ラグビー部OBである。彼は早稲田OBだが、やはり同じラグビー部の後輩が活躍するのを実況中継するのは、きっと嬉しいに違いない。
栗原くんもこれから一層厳しいトレーニングを積んで逞しく成長し、日本代表選手を目指して頑張って欲しいと願っている。
今日の試合結果は、追いつ追われつの末慶応が早稲田に追いつかれ、20−20の同点引き分けとなり、優勝は最終戦に持ち越された。後半は慶応が押されていたが、トライ数では上回っていた。結果的に相手ゴール前のフルバックの落球とペナルティ・キックの差が勝敗を分けたが、勝てない試合ではなかっただけに、少々悔いが残る。
ラグビーに倣ったわけでもあるまいが、甲子園では今日オール早慶戦の野球が行われた。これは慶応が10−5で早稲田を破った。
925.11月24日(火) 茨城県教員海外派遣団の同窓会
久しぶりに水戸へ来た。今から29年前文部省教員海外派遣団でご一緒した茨城県の先生方との同窓懇親会「チボリ会」出席のためである。車で来ようかとも思ったが、気楽に往復した方が良いと考え直し特急「スーパーひたち」に乗ってやって来た。車窓から冬枯れの田園風景を見るのはしばらくぶりである。
水戸は昨年妻と梅の季節に偕楽園へ来た時以来であるが、駅西口前には大型ホテルが3軒、予備校ビル、高層マンションが建設されて大分様子が変った。それでも教員海外派遣団をお世話していたころは、毎年のように水戸駅東口の県教育庁へ足繁く通ったので、何となく懐かしい感じがする。
しかし、チボリ会会長・海野千秀先生によると、藤原正彦・御茶ノ水女子大教授は水戸駅前の様子を見て「水戸も随分つまらない街になりましたね」と仰ったとか。
あれから随分時が経った。あの時マルセイユとローマで教育施設を視察したが、偶々マルセイユ滞在中にビートルズのジョン・レノンが暗殺されて当地でも号外が出たほどの騒がれようだった。その後レノンが殺された高級マンション「ダコタハウス」前を別の他県の教育視察団とともに通過してレノン暗殺時の様子について話したことも懐かしい思い出である。
来年国際ペン大会が東京で開催されるが、それを記念して今新著を出そうと考えている。もうすでに書き出しているが、旅行会社の実態と添乗員について自分なりに考え感じたことを思い切って書いてみようと思っている。その点で、文部省教員海外派遣団で体験したいくつかのエピソードや、ハプニングは格好のネタになる。その意味では普通の観光団とは一味も二味も異なる、国が主催し、支援するテクニカル・ビジットを数多く手がけたことは私の添乗員人生において血(知)となり、肉となったと考えている。
今日は私を含めて参加者は僅か8名だった。海野先生は今年83歳であるが、顔艶もよくお元気なのが何よりも嬉しい。18名の団員の内、昨年亡くなられた山田先生を含めて物故者は3名になった。残る会員は15名である。会食の最後に来年30周年をひとつの区切りとして、「チボリ会」の今後の方向性を来年の30周年記念会で決めようという結論に達した。参加者が少なくなろうとも、会長が元気に参加してみんなが集まって楽しい懇親会を持とうとの気持ちされあればいつまでも続ければよいと思うが、会員ではない私が口幅ったいことも言えず、黙って聞いていた。こういう仲間内の会で年数を重ねた場合の存続というのは、退け時が難しい。これまでにも終止符を打った戦友会を見ていると、その矛の収め方は特に難しい。全国各地から集まる戦友とは別れ難く、その気持ちをどうすべての戦友に分かってもらえるのか、生死をともにしたケースだけに解散式では涙が止まらなかった。
来年も参加して皆さんの気持ちがどんなものか知りたい。懇親会が終ってから、会長の趣味でもあるカラオケを楽しもうと、ホテル前のカラオケ店へ全員で出かけて気持ちを発散した。
926.11月25日(水) 鳩山首相偽装献金と大学生就職内定率の低下
朝食を終えて「チボリ会」は来年の再会を約束して解散となり、小雨の中をJR「スーパーひたち」で帰ってきた。これまでに何度も通った水戸駅東口周辺をブリッジから改めて一瞥してみたが、駅前周辺が狭くてイマイチ垢抜けず、県庁所在地でありながらどうもイメージがぱっとしない。藤原正彦教授が慨嘆したように、水戸がつまらない街になったというのは、私も同様に感じる。
都市計画というのは、余程国家百年の計のつもりで知恵を絞って考えないと碌なものにならないことが、この駅前の無秩序な都市計画の様子を見て何となく分かった。大きなお世話かも知れないが、このご時勢に茨城空港を開港(201年3月予定)するくらいなら、茨城県の中心都市・水戸の都市計画を整備した方がよほど県民のために役立つし、ムダがなくなると思う。
今日のニュースの中で大きな話題が二つある。ひとつは鳩山首相の偽装献金問題であり、もうひとつは来春卒業する大学生の就職問題である。
前者は、春から故人らの献金が報告されて疑惑が燻っていたが、今日の夕刊やテレビニュースで報道されたところによると、首相の資金管理団体への献金が違法になされていたようだ。すでに東京地検特捜部は、政治資金規正法違反容疑で元公設第一秘書を在宅で起訴する方針らしい。
そもそも一般個人への資金管理団体への寄付の上限額は年間150万円である。ところが、首相サイドには、毎月1,500万円の現金が5年間に亘って実母から流れていた。トータルで9億円に上がる巨額である。この点については、母親から借り入れていたととても信じられないような回答をしている。これが本当なら生前贈与に対する、一種の相続税の脱税ではないか。しかも、以前に鳩山首相はメルマガで、秘書の罪は政治家の罪であるような発言をしていた。今になって、自分は偽装献金には関知しない、すべて秘書が勝手にやっていたという言い訳は、天に向かって唾するような言葉ではないだろうか。まだまだ、不明な点が多く、残る原資も解明されていない。首相は、検察の調査を待ってなどと他人事のような発言をするのではなく、自ら真実を語るべきである。当分この献金疑惑から目を離せない。
後者は、大学生の就職内定率が就職氷河期以来の低さであると、自治体、大学、企業間で懸念されている。平成15年、16年の氷河期は11月時点で60.2%、61.3%だったが、今年も現時点で62.5%と、昨年同期より7.4%も下がっている。高校生に至っては、9月末時点で37.6%の内定率で、流石に厚労省と各自治体でも憂慮している。企業にとっても昨年内定取り消しをやって世間から総スカンを食った例もあるので、採用を控え目に考えているらしい。
もし、このまま就職浪人を出すとなると彼らの意欲、モチベーション、ビジョンが萎んでしまうし、社会的にも失業者を生むことは、社会の不安を増幅し、未来の展望も暗いものとなる。これらの失業者が、ニートや非正規社員、派遣社員になっていくと現在の労働市場の質を更に悪化させることにつながる恐れがある。
今のところ国として抜本的な戦略や対策が講じられている様子は見られない。就職希望の大学四年生と高校三年生は、これからどう就活をすすめていくのか大いに気になるところである。
927.11月26日(水) 「慶」発行記念懇親会を楽しむ。
今日は日本ペンクラブが結成された「ペンの日」で、毎年恒例により東京會舘で大パーティが開かれる。小中さんからも今日お会いしましょうと言われていたが、生憎慶応同期生雑誌「慶」の反省会兼懇親会が慶応三田キャンパスで開かれるので、こちらに行くことを大分前に決めていた。
三田の「山食」も久しぶりだったが、以前の場所から西校舎へ移動していた。三田は、2年前恩師・飯田鼎先生の著作集全8巻が完成した時にお祝いのパーティがあって、ファカルティクラブへ行った時以来である。全体的な配置はそう変っているわけではないが、やはりわれわれの学生時代とは雰囲気が違う。でも母校というのはその雰囲気に浸るだけでもいいものだと思う。
「山食」の壁には、各体育会クラブの写真や色紙も飾りつけられていたが、やはりラグビー部(慶応では蹴球部という)が気になった。日本選手権者とラグビー部創部100年の優勝チームのサインに誇らしい気分になり、なるほどと頷く。
反省会は15名が集まった。西宮から参加された人や、慶応出身でない女性もおられた。女性が3名も参加されたのは意外だった。幹事の杉田さんが細かい手配をしてくれてほとんど問題なかった。いろいろな人生経験を持ったかつての慶応ボーイが、「慶」に書いた自作について自己紹介を兼ねて簡単に説明した。海外駐在の経験がある人が、かなりおられた。この辺りは慶応らしいところだ。10年前の第1号以来、これまでに「慶」は3号が発行されているが、私は3号それぞれに、@友人関係のネットワーク、A文化財保護のための発掘調査に関すること、B飯田ゼミの仲間、について書いたので、それらについてさらっと説明した。序にラグビー早慶戦で登場した栗原大介くんのPRをしておいた。皆さん真面目な話ばかりだったが、話を伺っていると中々ご苦労されたようだ。文学博士号を取られた女性、英仏語の通訳資格を持っている人、フランス滞在の長かった女性、大学教授、ら多士済々である。
杉田さんのお声を受け、専門でもなかった文を書いて雑誌にまとめるというから壮大な作業だったわけだが、その苦労話を聞いていると、苦難を乗り越えひとつの成果として、雑誌を創り出したというのは凄いことだと思う。杉田さんの努力には、敬服する。まだまだ第4号も計画するというから、その意欲たるや衰えを知らない。改めて脱帽するのみである。
今日は妻がコーラスの仲間と箱根へ一泊旅行に出かけた。宿泊旅館が宮の下の大和屋ホテルだという。ここは、道路と建物の間に高低差があり旅館内にロープウェイの施設があるという珍しい宿である。この近くには、もう一軒同じような設備のある対星館という旅館もある。ここはかつて松本清張の「蒼い描点」で逸話が紹介されたケーブルカーがある。
いずれにせよ、妻は今を盛りと色模様の紅葉を見ることができたのではないかと思う。
928.11月27日(金) 非核三原則はウソ、核は持ち込まれていた。
昨日初めて三田で会った慶応の同級生に今日松本整形外科から帰る途上の目黒通りで声をかけられた。相手も医院の近くのスポーツクラブでひと泳ぎした帰りだという。お互いにびっくりである。大学へ入って50年経つが、初めて会ったのが昨日で、その翌日に再び会うというのは、いかに近所に住んでいるとは言え、ハプニングのようである。
松本医師からは先日の血液検査の結果を教えてもらった。期待していたほどの数値ではないが、CRPは確実に下がって0.54となった。もう一息である。昨年8月の8.01から何とかここまで落ちてきた。これを早く平準値の0.3以下に持って行きたいと願っている。
駒沢大学の清田義昭講師の講義は、NHKが昨年制作したドキュメンタリー番組「こうして核は持ち込まれた−空母オリスカニの‘秘密’」を鑑賞しながら、日本国内への核の持ち込みについて話し合った。日本ジャーナリスト大賞を受賞した意欲作で、ここまでよく核の持ち込みをアメリカ側へ取材し追及して、白日の下に曝け出してくれた。
過日核の持ち込みについて本欄でも書いたが、来月1日外交文書の核密約について公聴会が開かれ、吉野文六・外務省元アメリカ局長らの証言がなされるという。このビデオでは、アメリカ軍の司令官、空母オリスカニ乗組員、夏目・防衛庁元事務次官らも核の日本への持ち込みがあったと明言している。日本の夏目・元事務次官なぞは、「『持ち込まず』は有名無実」とまで話しているのは、密約や機密保持があったことはもはや疑いようがない。
初めて知ったが、空母オリスカニは朝鮮戦争中に造られ、仮想敵国としてベトナム、中国、ソ連を照準に、日本列島を盾として考えていたとラロック第七艦隊司令長官が述べている。
日米の関係者が口を揃えて核は持ち込まれたと述べている以上、非核三原則が守られていなかったことは、今や疑いようがない。今後はほかに隠された機密がないかどうかを検証し、国民への説明をきちんと行うべきであろう。
今日の世界的な円高・ドル安は、ドバイの金融筋の信用不安から始まり、ユーロ安、ポンド安も引きずり円だけが高くなる独歩高となり、14年4ヶ月ぶりに84円台となった。東証日経平均株価は301円も下がり9,000円台割れが目前となった。一向に景気回復の兆しが見えず、相変わらず暗い話ばかりである。
929.11月28日(土) 事業仕分けの効果はどう表れるか。
遅ればせながら七歳の孫の七五三のお祝いに出かけた。どの神社にお参りしようかと長男も散々悩んでいたが、幸運にも妻の短大時代の親友の実家が近くの多摩川浅間神社なので、急遽お願いして長男一家と神社で待ち合わせした。鳩山首相の自宅に近く、首相就任後幸夫人とともに最初に参拝したところでもあり、川沿いで景色もよくロケーションは抜群である。有難いことに妻の友人と後を継いでいる妹さんのご家族に親切にケアしてもらい、祝詞も上げてもらい滞りなく儀式を済ませることができた。
昨日で各省庁の来年度予算申請額の事業仕分けが一応終了ということになった。初めての作業でもあり、開始前から広く注目を集めていた。平たく言えば民主党国会議員が省庁の予算担当者を相手に申請予算の廃止、見直し、見送り等についてその是非を査定することである。来年度の税収見込みが大幅に落ち込んでいる時でもあり、政府の行政刷新会議としては全体で計上額のうち3兆円程度を削減したいと考えていた。
しかし、昨日までの作業では仕分け効果と云われる削減額は、目標のほぼ半分の1.6兆円だそうだから予算削減というのは思うようには行かない。元々必要だとして計上した予算であり、そう簡単に切れるものでもない。100%の効果はなかったにせよ、過去に予算の中身を公に曝け出し、その必要性を議論するなんてことはこれまであり得なかった。その意味では、今回初めて予算についてどうして必要なのかという点をガラス張りにした成果は数字だけのものではない。
実際政権を手放した谷川秀善・自民党参議院幹事長なぞは、良いことだ、なぜ今まで自民党はこういうことをやらなかったのかと反省しているとまで言っている。従来の自民党政権は、唯一の保守政党と主張してきただけに、前例に倣うということを金科玉条のごとく守り続けてきた。そして、年功序列制を踏襲し、若手の提言や卓見は無視されてきた。仕分け事業なんてことは、少し頭を捻れば考え出せることであり、前例に倣うという後ろ向きの発想さえなければ、自民党政権でも考え出すことは可能だったと思う。
特に数年前から私も会員であるシンクタンク「構想日本」が、地方自治体を対象に、事業仕分けを行っていた。そのことを自民党議員が知らないわけがない。自民党議員の最近の憔悴した姿と発言を聞いていると、むべなるかなとも思う。選挙に負けるべくして負けたのだと思わざるを得ない。
事業仕分けの中で一番難しいのは、現在予算を執行中であるにも関わらず、これを取り止めるかどうか、の問題である。典型的なのは、ダムや道路などの大工事の中止である。中止するか、或いは建設を続行するか、どちらが国民にとって利が多いか、であり、大臣が代わってすぐ「中止」と言うべき筋合いのものでもないと思う。
もうひとつは、科学研究費を申請通り認めるか、或いは却下、または予算削減か、の議論である。仕分け人が世界一のスーパーコンピューターを見直しと下した結論に対して、学者側から猛烈な反対の声が上がったことである。一概に経費査定できる案件とは異なり、科学は進歩しても形のある成果として表に表れないケースが多い。だからと言ってこの経済低迷の時代に科学研究費だけが聖域であって良い筈もない。この辺りの精査、議論、分析について充分検討されたのだろうか。やはり時間が不足していると考えざるを得ない。
しかし、すっきり分かり易い予算の仕組みになりつつあると思うし、役人の一方的な判断による無駄遣いが少しは見直されるのではないかと今後に期待したいと思う。
930.11月29日(日) クラシック音楽と「坂の上の雲」
恒例で上野浅草フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に、飯田ゼミの赤松晋さんがチェリストとして出演するのでゼミの有志が挙って浅草公会堂へ応援に出かけた。この演奏会では、毎度少々難しい曲が演奏されるので、中々馴染みにくい。今日の演奏曲目はウェーバーの歌劇「オイリアンテ」序曲、ハイドンの「交響曲第101番ニ長調『時計』」、そしてチャイコフスキー「交響曲第5番ホ短調」だった。「時計」の一部しか知らなかったが、まあ聞き応えがあった。最後のチャイコフスキーの交響曲第5番は、落ち着いて聞くのは初めてだったが、プログラムの解説が分かり易く説明され、この重苦しい曲も演奏楽器の音色を解説に従い追っていくことができた。
終っていつも通り「神谷バー」で会食となった。16名の参加者に赤松さんのご子息夫妻が加わり、和気藹々となりいつもながらの楽しい会食となった。この席で今年の忘年会を12月29日に決定した。
浅草公会堂へ行く前に時間にゆとりがあったので、雷門から浅草寺まで人混みの中を真っ直ぐ歩き、参拝してきた。途中の人混みは、日本人より外国人の方が多いくらいで、東京の観光地と言えばここ浅草が中心になってしまったような気がする。歩行者も顔つきでは分からないが、会話を聞いていると中国人が多い。やはり純日本的なものは外国人の興味をそそるのだろう。正面の浅草寺は来年一杯屋根の葺き替え工事中のようで、屋根は全面的にシートに被われ、訪れた人びとにとっては少々がっかりだろう。
久しぶりに御神籤を引いてみると願っていた通り、「吉」だった。「願望=叶えられるでしょう。病気=治るでしょう。」と願ったり、叶ったりで気分を良くして公会堂へ乗り込む。
ほろ酔い加減で帰る道すがら幸せだと話していたのは、飯田ゼミで恩師・飯田鼎先生の謦咳に接してご指導いただいた有難さと、飯田ゼミ仲間の篤い友情に恵まれた幸せを享受できたことである。今年発行した「慶」に、「飯田ゼミのアカデミックな伝統と仲間たち」と題してゼミの思い出を寄稿したが、その中にもゼミの良い思い出ばかり書いているので、他のゼミの同級生が羨んだくらいである。
いつものことながら、やはりゼミの仲間との交流は楽しい。気が置けないのがいいし、夫人同伴で楽しく語り合えるのが良い。来年箱根で一泊して桜見物を楽しもうというアイディアも出された。今年は予定を実行できなかったので、来年こそは期待に応えなければいけないと考えている。
さて、今日から待ちに待った大河ドラマ「坂の上の雲」がNHKで始まった。産経新聞に連載されて単行本として発売されたのが、昭和47年だ。発売以来版を重ねて、多くの読者の関心を高めた。私が読んだのは昭和57年だからかなり遅れていたが、興奮と興味で読みふけり、それ以来司馬遼太郎作品への興味が募っていった。あしかけ3年を費やして放映するらしいが、そもそもこれだけの大掛かりの舞台背景の作品を、テレビのような小さな画面で表現すること自体無理だと思っていた。日露戦争の場面なんかどうやって演出するのか興味がある。
今日は最初の放映ということから、1時間半もの長い時間となったが、これから毎週日曜日の夜を楽しませてもらえそうだ。
931.11月30日(月) スイス国内にイスラム・モスクは建設できない。
先日来ヨーロッパで話題になっていたスイス国内のイスラム教モスク建設について、国民投票の結果モスク尖塔の建設を禁止する憲法改正案が賛成多数で可決された。今後スイス国内では尖塔の新規建設ができなくなった。この動きはドイツや、フランスでも物議を醸すことになりそうだ。
これでスイスは極右思想国と看做される可能性が高くなり、スイス政府は気を遣って既存の尖塔は維持され、信仰はできると声明を発表している。しかし、すでにイスラム諸国から反発の声が挙がっており、今後の関係悪化が懸念される。スイスではかねてよりモスクから街中へ流れる礼拝時のアザーンの大音声が問題になっており、地元住民との間であつれきが生じていた。
確かにイスラム諸国を訪れた時、耳に入ってくるあの読経のようなアザーンは、非イスラム圏から来た旅行者には、少々耳障りで異質な感じがする。朝早くから尖塔から大音声が流れると流石にけだるい気分にさせられてしまう。
イスラム系住民と地元住民との交流もあまりスムーズにいかないようだ。かつて、東西対立時代の西ドイツでトルコ系住民が集団で固まって居住していたために、学校によってはトルコ系生徒が多くなり、宗教の違いから来る生活慣習の違いによる対立により、学校内が殺伐としていたという。その後東ドイツと統合されたことにより、ドイツは労働力としてトルコ人を必要としなくなり、イスラム系住民の排斥という新たな問題が浮上して、大きな国内、国際問題となった。
異質な民族と共存することは、頭では納得できても現実問題としてすんなり受け入れるのは中々難しい。今ではいずこの国も民族問題を避けて通ることはできないが、感情論として好き嫌いの気持ちが表れてくるのは避けようがない。日本国内でも戦前の在日朝鮮人問題や、明治以降の部落民問題などは日本人の心の中に今日でも触れられたくない問題として引きずっている。
表面的に民族差別はなくなったとは言え、根底には相手の気持ちを慮る気持ちが大切であるとつくづく思う。その点で案外無神経なのは、金さえあればとか、表現は自由だとか言って周囲の人たちの気持ちを斟酌せずに、不必要なトラブル発生の原因を作っている広告なども注意したいものである。
ヤンキースタジアム内の右翼外野席前の「よみうり新聞」の大きな日本語広告や、シアトル・マリナーズのホームグランドのバックネット下に良く出る日本製品のCMなどは、あまりどぎついとアメリカ人の神経を逆撫ですることを考えた方がよい。逆の立場に立って、国立競技場や、東京ドームにけばけばしいハングルや、アラビア語で埋め尽くされた場合などを考えてみたらどうだろうか。
要は「ほどほど」と「相手の気持ちを慮る」ということが大切ではないだろうか。
それにしても株式市況の動きはめまぐるしい。先週末には、ドバイ金融筋の信用不安から大幅な円高となり、日経平均株価も一気に300円下げて、藤井財務相が具体的な対策を講じることもなく、この円高を容認するわけにはいかないと言った途端、週明けの今日の為替と株式市場は敏感に反発して、円は86円台に下がり、日経平均も264円も上がって9,345円まで戻した。
しかし、世界の景気は一向に回復せず、雇用状況はぱっとしない。給料は下がり失業率も上がり、こんな経済状況ではどうしようもない。トップの鳩山首相はと見れば、親から譲ってもらった隠れ贈与を突かれて追い詰められつつある。怪しげな政治資金入金ルートを追及され、しどろもどろではないか。支持率は高いが、下手をすると短命内閣に終る恐れが出てきたように思う。