
2009年8月
810.8月1日(土)白金亭で広東料理を楽しむ。
あまり暑いという気がしないうちに、酷暑の8月に入った。30日には衆議院議員総選挙が行われる。先日の民主党マニフェストに次いで、各党が思い思いの政権公約を公表した。昨日は待ちに待った?自民党のマニフェストが発表された。仔細には目を通していないが、全面に「責任力」を打ち出してきた。民主党に対抗して政権担当能力を強調するためらしいが、責任力という言葉は初めて聞いた。指導力とか、想像力、行動力等なら一般的に使用されるが、責任力とは永六輔氏の「老人力」以来のニューワードである。
自民党、民主党ともにその中に将来の「国家の姿」とも言うべき将来ビジョンが示されていない。マニフェストが、4年間の在任期間中の政権公約と言われているが、そこには将来像も書き出すべきではないか。4年後から10年後辺りまでを具体的にアッピールするのはどうかと思うが、4年内の実現公約と将来のビジョンは打ち出すべきであると思う。
まだマニフェストが定着していないせいもあり、恐る恐る相手の顔を見ながら提案するような様相であるが、各党ともまだマニフェストなるものについての理解が充分でないようだ。その証拠に内容について詰問された鳩山民主党代表は、先日示したものは政策集約集で、本物のマニフェストは選挙公示後に発表するときた。まさに混乱の極みである。
おいしい話がどんどん出てくるが、やはり気がかりなのは財源である。自民、民主両党とも相手を責めているが、財源が足りないことは目に見えている。それでいて、消費税には当面手をつけようとしない。結局選挙民から悪く思われたくないと思える節がある。
昨日遅く長期宇宙滞在を終えた宇宙飛行士・若田光一さんがスペース・シャトル・エンデバーでケネディ宇宙センターへ無事帰還した。今からちょうど40年前にアポロ14号が初めて人間を月へ運び、宇宙飛行士が足を踏んだ。あっという間の40年だった。日進月歩の科学の発達を考えても、この間の長足の進歩にはた驚くばかりである。
夕方になって白金台にある洒落た広東料理「白金亭」へ出かけた。知研の主要メンバーが卓を囲んで小中陽太郎先生のお話を伺おうとの主旨で懇親会が設営された。奥様も同席された。八木会長、久恒理事長、秋田事務局長の三役に、樋口裕一多摩大教授、公認会計士の望月実さん、「会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ」を書いた若い斉藤正明さん、小説の勉強をしている房園靖子さん、日本ペンクラブへの入会を希望する童話作家の溝江玲子さん、そして私を加えて計11人の忙しい方々が来られた。
先日中目黒教会でペトロ岐部について話された上智大の川村准教授の様子を撮ったDVDを見せてくれ、参加者皆さんの自己紹介を交えて楽しい宴となった。
小中さんによれば、このお店の経営者は画家伊東深水の息子勝田氏とのことであり、店の支配人もそう紹介してくれた。道理で洒落た部屋の壁に深水のデッサン画がいくつも掛けられていた。勝田氏については、三田の集合授業で度々騒いでいたので、煩い奴だなという印象が強く残っている。著作についてはそれぞれの方が、いくつも書いておられ、宴を通じて心地よい会話を楽しんだ。久しぶりにすっかり酩酊機嫌になり、小中先生の奥様の運転で自宅まで送っていただいたが、妻にお風呂に入らず休んだらと言われ、そのまま白河夜船へ。
811.8月2日(日)偉大な二人のご逝去を悼む。
二人の偉大な人物が相次いで亡くなった。一人は昨日亡くなったフィリピンの元大統領コラソン・アキノ氏である。この人の周辺には二つの強烈な印象がある。ひとつは亡命中の夫、ベニグノ・アキノ氏がアメリカから帰国した時、マニラ国際空港で機外へ出た途端に射殺された生々しい光景である。もうひとつは、コラソン・アキノ氏が大統領選に立候補して、不正にからむトラブルで現職のマルコス大統領が国外脱出した時に、フィリピン国民挙って黄色いシャツを着て行進したピープルパワーの迫力である。
アキノ氏の評価は分かれる。マルコス氏の不正を暴いて民主化を進めたという功の反面、それ以外にこれという目だった成果がなく政局を混乱に導き経済も失速させたという罪の部分である。しかし、マルコス独裁政権を追放し、民主国家への道を切り開いた功績は大きい。アキノ氏の実績を批判する人に対して「私らアキノ家が民主化をしなかったら、フィリピンはずっと遅れていた」と自らの行動と実績に人一倍強いプライドを持っていた。夫は殺害され、娘は不倫事件で非難され、孫は障害児で家庭的にはあまり恵まれなかったようである。それにしても、個性的な人だった。享年76歳だった。
もう一人は、今日世界水泳選手権のためにローマに滞在中亡くなった「フジヤマのトビウオ」こと古橋広之進氏である。享年80歳だった。1500m自由形の世界記録18分19秒0は、長い間当時の世界記録として燦然と輝いていた。昭和24年にロスアンゼルスで行われた全米水上選手権で次々と世界記録を破り、それを社宅の隣のおばさんから教えてもらい、小学生だった私も嬉しかったことを覚えている。憧れの選手だった。当時は近所のおばさんまで古橋選手の活躍を喜んでいた。終戦間もないあのどん底の時代は、全国民がもろ手を挙げて日本選手の活躍を願い応援していたような気がする。だから古橋選手の引退まで見守って温かい気持ちで応援していた。
1952年ヘルシンキ・オリンピックですでに盛りを過ぎていた古橋が400m決勝で最下位に落ち、優勝したフランスのボアトウ選手の父親が喜びのあまりコートを着たままプールへ飛び込み、水中で息子と抱き合っていた感激的なシーンの一方で、プールから上がり俯きながらプールを去っていく寂しそうな古橋選手の姿が脳裏から消え去らない。しかし、それまでに日本人を力づけてくれた功績を知っている日本のファンは、誰も古橋を責めなかった。そういう意味では遠い存在ではあったが、選手と一般のファンの間に心の通い合いがあったように思う。その古橋選手は水泳界に残り、後進の育成にも力を貸し、日本水泳連盟会長職を務め、日本オリンピック委員会会長まで務め、昨年はスポーツ選手としては初めて文化勲章を受章している。
ローマで亡くなったというのもドラマチックである。古橋選手が惨敗したヘルシンキ大会の帰路、NHKアナウンサーだった和田信賢氏がロンドンで客死したことも話題になった。一世を風靡した人というのは人生の散り際も華々しい。
お二人のご冥福をお祈りしたい。
812.8月3日(月)裁判員制度始まる。
裁判制度の大きな転換点である「裁判員制度」が今日スタートした。数日前から新聞、テレビで細かに説明していたが、今日NHKでは1時間ごとにニュース形式で同時進行といってアナウンサーが報告していた。
今回の裁判は4日間に亘って行われるが、速攻処理を心がけているようで、3日後に判決言い渡しを行う。裁判員は6人で男1人、女5人という構成だったが、裁判員候補者は47人で今朝になって裁判所で6人が選ばれた。最初だから、思うとおりには中々うまく行かないと思うが、外国でも取り入れている制度であるし、プロの裁判官だけに任せるのではなく、普通の人が重要な国の制度に参画するというのは、将来的にはプラスだと思う。
ただ、日本人には他人の運命に自分の意見が影響を与えるということが、性格的に受け入れにくい点があるので、その辺りが制度的にスムーズにいかない懸念もある。
それにしても最終的に裁判員に選ばれなかった人が、「残念だ」「ほっとした」ともらした言葉が二つに分かれたのもなるほどと理解できる。
語弊があるが、今日は割合分かり易い殺人事件だった。66歳の女性が近所の男性に刺殺されたというもので、被告も殺人を認めている。従って、刑期がどの程度になるかということが焦点になる。判決は3日後だが、どう出るか。
「知の現場」も大分進んできた。取材原稿もいくつか目を通して感じたままにコメントをつけて取材者に伝えている。私自身の4つの原稿はすでに送付済みで、その内二つは出版社のOKをもらっている。先日来こちらのコメントに対してどうしても納得してもらえない執筆者がいて、再三メールで意見の摺り合わせをしているが、相手と意見が合わない。久しぶりの対立で文章も深く考えるようになるが、一番の対立点は問題点の捉え方の違いである。まあもう少し議論を戦わすことになると思う。性格の差もあるだろうが、今までの経験、体験、歩いてきた道、仕事の差、が一番大きいかもしれない。まだまだこういうことにワクワクするのは、安保時代の名残だろうか、或いは若いのだろうか。
813.8月4日(火)クリントン氏、金正日総書記と会談
恒例のヨタロウ会は南千住駅近くの鰻料理「尾花」で行われた。少々早めに会場へ行ったが、開業時間の4時前だったので門が閉ざされ、止むを得ず周辺をうろうろ散歩していた。ちょうどそこへ須藤甚一郎さんと堀さんが来られたので、話を聞いてみると路地角に小塚原回向院があって、江戸時代の解体新書にまつわる記念碑や、鼠小僧次郎吉や高橋お伝のお墓もあるという。早速そこへ出かけてみた。小中陽太郎さんご夫妻にも行き合い同行された。
この「尾花」という鰻料理屋さんは、かなり老舗のようで俗にいう殿様商売を営んでいる感じだった。事前に瀧澤幹事の案内状に時間前に来て欲しいと書いてあった意味がよく分かった。開門を門前で待って、そこに居る人だけを係の女性が店内に招き入れる。広い座敷の指定された卓袱台に座布団で待つ。調理場では大勢の料理人がじっと客の入り込み状況を見ている。あっという間に座敷は一杯になる。後から来た人は、玄関前で席の空くのを待つ。7時半に閉めるというから、昼間の11時半〜1時半を合せても開店時間は5時間半である。老舗の食事処で7時半という閉店時間も珍しい。ウナギも中々旨かった。全員満足して浅草へバスで移動。浅草で甘味ものを食べてぐるぐる回って帰ったが、秋葉原駅の「つくばエキスプレス」から地下鉄日比谷線への乗換え口がまったく分からない。表示がないに等しい。一緒にいた小中ご夫妻も、遠藤さんも見つけられない。止むを得ず駅員に聞いて、それでも一直線には辿れず、途中で店の人に聞いて漸く分かる。こういう案内板の掲示の仕方は誰が決定したのか分からないが、何も利用者の利便を考えていない。もう少し旅客のことを考えるべきである。JR、東京メトロ、つくばエキスプレスがお互いに協力しあった案内をしていない証拠である。3社の客扱いのセンスは最低だ。
10月にオーストリアのリンツで開催される国際ペン大会にお誘いを受けた。行ってみたい気持ちもあるが、妻の耳の具合があまり芳しくないので、当分の間空路の旅行に適しない。折角のチャンスではあるが、お断りしようと思っている。
さて、突然クリントン・元アメリカ大統領が北朝鮮・ピョンヤンを訪れ、早速金正日・総書記と会談した。誰も予想しなかったハップニングで、私にはニクソン大統領の北京訪問以来のショックである。夕刊紙によるとアメリカは現在北朝鮮に身柄を拘束されている、米人女性記者2人の釈放と身柄の引渡しを求めている。いずれどんな話し合いが持たれたかは徐々に分かっているだろう。したたかな北ゆえに、この後どんな取引を行うのか。まったく予断を許さない。
814.8月5日(水)北朝鮮、二人の米国人女性記者を解放
昨日電撃的に北朝鮮を訪れたクリントン米元大統領は、今朝にはピョンヤンを発ち、三沢基地で給油のうえロスアンゼルスへ戻って行った。その手土産に今年3月中朝国境付近で捕捉され、12年間の労働教化刑に服していた二人の女性記者を解放してもらい連れ帰った。クリントン・金正日会談で何が話し合われたのか、詳細が発表されず、アメリカ側はクリントンの個人的な訪朝で記者解放を頼んだということになっている。
しかし、したたかな北朝鮮が無条件で窮鳥の人質を解放するはずがない。米朝関係の進展を望む北は、まず米朝二国間交渉によって国交正常化をアメリカに迫るのではないか考えられる。アメリカが今回の訪朝をクリントンの個人的理由だと言っているのは、現在硬直状態に陥っている六カ国協議より米朝関係を優先していると思われたくないせいで、水面下で相当の下打ち合わせをやっているのではないかと思う。その証拠にあの金正日が数年来の笑顔を見せている反面、クリントンが終始こわばった顔をしていたのが、妙に気にかかっている。
何にしろ、北朝鮮が少しでも歩み寄りを見せ、六カ国協議が進展し、核不拡散条約締結、核廃絶へ向かっていくならこれほど結構なことはない。
しかし、嘘つき、裏切りの常習犯である北朝鮮がこのまま六カ国協議へ戻ることになるとは思えない。
今日の朝日新聞夕刊「素粒子」欄にこういう冗談話が載っていた。題して「妄想版・熟年夫婦のお話」、内容は「『ねえ、ちょっと頼みがあるんだけど。あなた、最近、暇でしょ。行ってもらいたいところがあるのよ。私が行けばいいって? 事情があってダメなの。まして今のボスもね・・・・・でね、あなたが適任なの。昔偉かったけど今は暇だし。えっ、嫌だって。何言ってるの! 私、許してないのよ。あなたとあの女との話。聞いているの? ビル!』―女房に握られた弱みが世界平和のためになるならば歓迎」
まったく! まあ、しばらくすればはっきりしてくると思う。
815.8月6日(木)広島「原爆の日」が、核廃絶へつながるか。
広島「原爆の日」である。広島市内の平和記念公園では平和祈念式が行われ、64年前の原爆投下時間8時15分に合せて、「平和の鐘」が鳴らされ、黙祷が捧げられた。
今年はオバマ大統領のプラハにおける「アメリカは核兵器を使ったことがある唯一の核保有国として、行動する同義的責任がある。核兵器のない世界にむけて具体的方策をとる」との前向きの宣言に乗って、将来的な核廃絶へ道が少し開けてきた。秋葉広島市長もスピーチの最後には、英語で
‘We have the power. We have the responsibility. And we are the Obamajolity. Together, we can abolish nuclear weapons. Yes, we can.’
と結んだ。中々やるなぁという感じだったが、できれば最後のフレーズは、もうちょっと大きいな声で強調してくれれば、なお良かった。
しかし、核廃絶への道は一筋縄ではいかないと思う。オバマの気持ちが必ずしもアメリカ人の気持ちではないからだ。気持ちは理解できるが、原爆投下とその的となった日本人に対して歴代大統領と同じく、オバマ大統領だって謝罪はしていない。現在アメリカ国内では原爆投下について賛否を問うと、60%以上の国民が投下を是認している。この米国内世論からすると、オバマ大統領が広島を訪れ、この式典に出席する可能性は今のところほとんど考えられない。日本人とアメリカ人との間に考えの差を感じる。
今年の式典には、海外から過去最多の59カ国代表が出席した。世界的にもオバマ宣言以来核廃絶への動きが強まってきた、この流れを少しでも実現化へ向かせて欲しいものである。
それにしても未だにアメリカ政府の代表が式典に誰も出席しないというのは、大統領の意向に叶っていないのではないかと考えるが、甘いかなぁ。
3日から始まった初めての裁判員制度の判決があった。求刑16年に対して15年の判決だった。6人の裁判員も真剣に考えた末の結果だろう。専門家によれば、多くの問題点を曝け出したことも事実である。どうしてもシンプルな殺人事件のせいか、求刑に近い刑期の懲役刑になった印象もあった。もし、犯人が罪を否認していた場合、下手をすると冤罪の可能性を残す判決になることもある。また、凶悪犯罪の場合に死刑判決を行えるのか。懲役が裁判員によってばらばらの場合、どう調整するのか。問題点が多い。一気に満点とはいくまいが、漸進的にでもうまくいくように願うしかない。
816.8月7日(金)アホなタレントの所業
このところ馬鹿なタレントが世間を騒がせる事件が連続して起きている。一週間ほど前に「押尾学」という31歳のタレントが覚せい剤所持で逮捕され、逃げ出したマンションを調べてみると全裸の女性が死んでいた。まるでミステリーである。そして、今週41歳の自称プロサーファーを路上で覚せい剤所持違反の現行犯で逮捕してみると、翌朝その妻のタレント・のりピーこと酒井法子が10歳の子どもを連れて忽然と行方をくらます。マス・メディアが大々的に取り上げ、のりピーは夫の逮捕でショックを受けて身を隠したと同情的に報道された。ところが、昨日子どもは知人が預かっていると分かった。何のことはない、のりピー自身も麻薬をやっていたらしく、家宅捜索の結果、覚せい剤と吸引具が発見され、今日になってそののりピーに対して覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕状が取られ、一転して彼女は容疑者として追われる立場になった。現在彼女は逃走中なのである。
それにしても、どうして芸能界には、後から後から麻薬がらみの逮捕者が出るのか。まだ、若く世間を知らないうちに、スポットライトを浴びて有頂天になり、社会常識やモラルが身についていないことが、彼らに自分自身を見失わせてしまう原因になったことは間違いない。
そういえば、近頃の若者が集まる広場や、電車内では彼らの将来が心配になるような挙動がしばしば見られる。尤もわれわれ中期高齢者も他人様に迷惑をかけないよう自戒することを忘れてはいけないが・・・。
若者のふしだらな行為に比べると、往年のマラソンランナー、山田敬蔵さんの人柄と功績には頭が下がる。山田さんは、このほどフルマラソンから引退を表明した。懐かしいお名前である。ボストン・マラソンでは1953年当時の世界最高記録で優勝したが、オリンピックでは活躍できなかった。その山田さんも朝日鎌倉マラソンでは鵠沼の実家の傍を走り、よろめきながら鎌倉駅前のゴールへ倒れ込んだことが、強く印象に残っている。驚いたことに、ボストン・マラソンでは1995年から15年連続出場したことであり、81歳の今年も完走したが、記録は6時間16分56秒で、一世を風靡したランナーにとって流石にこれ以上はフルマラソンは無理と悟ったようだ。フルマラソンを約340回完走したスーパーマンである。
それにしても小さい身体の努力家で、控えめで温厚な方だった。秋田・同和鉱業に勤務していたが、会社が藤田観光の傘下に入るや、同社旅館の集金にクーポン券を持って私が勤めていた会社へやって来られ、何度かお話をしたことがある。これからも走り続けると仰っているようだが、地道に努力される謙虚で誠実な方である。今どきの若者に山田さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
817.8月8日(土)夏の甲子園で思い出すこと
暑い夏の代名詞は「終戦」と「甲子園」である。その甲子園の高校野球が今日から始まった。そして、明日は長崎の「原爆の日」である。
高校野球の開会式をテレビで観ていて、年々少しずつ好ましからざる方向へ変っているように思えてならない。その最大の変化は公立校の出場が少なくなり、私立校の天下になってきたことである。まして文武両道の学校は少なくなり、勉強は二の次の「野球学校」が大きな存在感を示すようになったことである。特に、開校まもない地方の学校は自校の名前を売るために、チーム強化に多額の資金を投入し、地元の金の卵ばかりか他府県からも素質の優れた選手を入学させ、チームを強化しようとしている。実際甲子園で活躍して名を上げると、その高校へ受験生が押し寄せ、偏差値も高まるらしい。そんな穿った見方のひとつに、新しい学校ほどユニフォームの学校名を漢字で表し、瞬時に校名を頭へ刷り込ませることが手っ取り早い方法だと考えている節が見られる。企業のM&Aがらみのように学校名が変ることも頻繁である。表面的には分からないが、その最前線ではきっとうんざりするような場面もあるのではないかということが杞憂であればいい。
今日の開会式では、二つばかり嬉しい気にさせられた。ひとつは、優勝旗に架けられた過去の優勝校のリボンの名前に母校・湘南高校の名を見つけたことで、テレビ画面にはっきり写っていた。率直に言ってやはり嬉しかった。もうひとつは、昨年春の大会を最後に京都の名門・平安高校が、龍谷大学付属平安高校と校名変更して、今日夏の大会30回目の最多出場校として登場したが、そのユニフォーム姿を見る限り、昔のままの「平安高校」だったのでほっとしたことである。
大分前に愛知県の名門・中京商高も中京大学付属中京高校となったが、ユニフォームの胸にはかつての‘CHUSHO’から、‘CHUKYO’へ変り、綴り文字に変っている。それに比べれば、まあ良いとするか。
少年時代の思い込みの強い「平安」には、中学2年生時の半年間だけしか在学しなかったが、やはりほんの僅かの期間でも通った伝統校へのノスタルジアは強い。当時の同級生は、3年生時の昭和31年夏の大会で全国制覇をやってのけてくれた。閉会式ではテレビを観ながら、校歌を歌った。懐かしい思い出がいっぱい詰められている。難しいとは思うが、希望としては、いつの日か元の「平安高校」に戻ってくれることを待っていたい。
818.8月9日(日)関心が薄い?長崎「原爆の日」
長崎に原爆が投下された「原爆の日」である。3日前の広島「原爆の日」に比べて報道は、ボリュームも露出度も断然少ない。朝日も日経も社説にはほんの一行だって触れていない。気のせいか「長崎」は「広島」の二番煎じの感じがしてしまう。そんなことはないと思いたいが、どうしてもそう思えてしまう。犠牲者数では、広島の方が圧倒的に多いとは言え、同じように悲惨な犠牲者と被爆者が出ている。
麻生首相も長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出て挨拶されていたが、ここでまたいつもの「悪い癖」漢字読み間違いをやってしまった。「癒すことのできない傷跡」と言うべきところ、「傷跡」を「しょうせき」と読んでしまったらしい。これではいくら何でも原爆犠牲者の身になって考えていないと受け取られても致し方がない。こんな状態では、報道のアッピールもトーンダウンして、広島に及ばないのも無理からぬということか。
夜になってNHKスペシャル「海軍400時間の証言発見!〜」を観たが、昭和15年に海軍は軍令部内に第一委員会なる組織を発足させ、大東亜戦争へ一直線に進んで行った。戦後も大分経過してから二度と戦争を起こさないために、第一委員会反省会なる会合が開かれ、その録音テープが紹介された。
戦争については、いろいろな考え方がある。しかし、この録音テープを聴く限り、やはり重要な役割を背負っていた将校たちが、積極的に好戦的な発言をしていた。彼らが先頭に立って戦争へ駆り立て、結局仲間や部下は戦死したにも関わらず生き残り、正に生き恥を晒しながら責任逃れと言い訳に終始している。こういう将校がいたからこそ戦争へ突き進み多くの犠牲を生んだのだと確信を抱いたくらいである。
それにしても、どうして長崎はイマイチ盛り上がらないのだろう。麻生首相の発言は、いつもの漢字知らずが表れたと諦めるよりほかないが、長崎が盛り上がらない理由のひとつにはマス・メディアの報道姿勢の問題があると思う。「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」日本人気質もあると思う。世界的に核廃絶、核不拡散、を漸進的に目指すなら、広島と長崎をセットにして、「ノーモア・核」を連帯して訴えるべきである。更に日本は最初にして唯一の被爆国であるとの日本政府の後ろ盾を得て、国連の場、各種の国際機関、国際会議等あらゆる国際的な場でキャンペーンを仕掛ける必要があるのではないかと思う。
日本の政治、外交の訴えは少し弱すぎる。それにピントが外れている。今日麻生首相が長崎市内の記者会見で述べたのは、核の先制攻撃を受けなければ、攻撃は仕掛けないということを打ち出すことができないのかとの質問に対して、相手国の腹の中まで信用できるわけではないので、そうはいかないような応え方をしていたが、長崎市民が一番神経質になっている「原爆の日」に、こういう回答をする一国の総理大臣の神経を疑いたくなる。これほど日本人はノー天気になっているのだ。情けない。
819.8月10日(月)各政党のマニフェスト採点
総選挙は実質的にはもう始まっている。各政党のマニフェストが揃ったが、どこも羊頭愚肉のキライがなきにしも非ずだ。いい事尽くめのてんこ盛りである。政策としてやりたいと思っても、財源がないのだからどうしてもそう思われる。見かけの大盤振る舞いを有権者がどう見抜くかだ。
そのマニフェスト、いわゆる選挙公約について「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)は、各団体、各シンクタンクなど9つの採点結果を公表した。総合評価としては、私が所属する「構想日本」と先日記者会見に出た「日本青年会議所」が、やや左寄りの連合に次いで民主党が自民党を上回っている。しかし、それにしてもトータルでは、民主党が53点、自民党が47点である。これは100点満点の評価である。これでは両党とも政権を握り運営する資格がないのではないか。民主党が自民党より大きく見劣りするのは、外交・安全保障と環境・エネルギーの分野である。特に、外交及び安全保障については、民主党の考え方は確かに一貫性に欠けていて甘い。まだふらふらして腰が定まっていない。未だに確とした方針が示されていない。これでは、仮に総選挙に勝ったにしても、アメリカに対してどういう対応をするのか、明確にして毅然たるポリシーがはっきりしない。こんなことで大丈夫なのか。アメリカに対してもきちんと日本政府としての考え方を主張できるのか。疑わしい。北朝鮮問題を含めて、アジアの安全保障が微妙な時だけに日本としてはどういう政策を打ち出すのか。民主党は確たる信念と方針をマニフェストに盛り込むべきである。
昨日逃走中だったタレント・酒井法子が警察に出頭して、覚せい剤取締法違反で逮捕された。すべてのニュースで大きく報道され、中でも娯楽番組なんかでは終日興味本位に伝えていた。警察の取り調べでは、酒井法子は昨年の夏に遊び人の夫から勧められ、覚せい剤を吸引し始めたと言っているらしい。しかし、今日公になったビデオ画面を観ると、クラブでDJをやった時の気狂いじみたパフォーマンスは、全身ものすごい興奮ぶりとハイテンションで、誰が見てもこれはとても常人の姿ではないと分かる。実際この様子を現場で見た人は、麻薬中毒患者みたいだったという。こうなるとこれまで怪しいと思わなかった周囲の人がなぜ放置していたのか疑問が残る。結局本人はもちろん、甘やかして見て見ぬふりをした周囲の取り巻きが悪い。
厚生労働省の元麻薬専門官が、頻繁にテレビ出演して、薬物の怖さや興奮状態のありさまについて説明している。のりピーの薬漬けは、もう昨日今日に始まったことではない。芸能界にいると例え現在売れっ子であっても、いつ落ち目になるか分からないという不安に駆られて気が休まらず、その不安と恐怖から逃れるために薬へ向かうと言っている専門家が多い。どこの世界だってそんな甘ったれが許されるはずがない。
それにしても覚せい剤に手を染めただけで、一生を棒に振るわけだから、本人と周囲の者が何とか止める手立てはなかったものだろうか。
820.8月11日(火)公務員の給与引き下げは当たり前だ。
このところ気象状況がおかしくなり、雨が多かったり、寒かったり、土石流を伴う台風が襲ったり、異常な天候に見舞われ、これも地球温暖化のせいではないかと思っている。
今朝5時ごろ大きな揺れがあり目が覚めた。駿河湾を震源地とする東海地方一帯で震度6弱の地震だった。東京では震度4だったが、久しぶりに大きく揺れた。東名高速道路の牧の原サービスエリア付近では、片側車線の路肩が大きく崩壊して、その区間が不通となった。今のところ復旧の見通しが立たない。駿府城の石垣もお濠側に崩れ落ちた。
気象庁では東海地震との関連を調べたが、東海地震と結びつく変化ではないと判断した。
今回は地球温暖化の影響をあまり騒ぎ立てていないが、海外ニュースの伝えるところでは、日本より10分ほど前にアンダマン海沿岸国のビルマとタイでも、同じような地震が起きている。やはりこれらの地震と地球温暖化の間の、何らかの関連性があるのではないかと思う。
それにしてもこの一週間の風水害被害も甚大だ。西日本方面を襲った豪雨により、土砂崩壊と洪水により相当数の死者が出た。被害を受けた住民の言い分を聞いていると、今回の被害は過去の自然災害とはまったく違うと言っている。地球温暖化と東海地震の両面からより慎重に調査して欲しいと思う。
さて、人事院が恒例により国家公務員給与について、若干下げるよう国会と内閣に勧告した。それによると月給で0.22%、ボーナスで0.35か月分の引き下げである。6年ぶりの引き下げである。これによって国家公務員人件費が1390億円減額され、地方公務員がこれに倣えば、自治体の負担も3380億円減額される。合わせて5,000億円近い人件費が少なくて済むわけである。民間企業の給与が大きく減じている中で、当然の措置である。ボーナスなど全廃してもおかしくない。
しかし、少々おかしいのは日経夕刊の論評である。いつから日経は公務員応援団になってしまったのか。人事院勧告によって官民格差は緩和されると評価の一方で、とんでもない論旨を述べている。日経は何と言っているか。
「国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費は弱含んでいるが、政府の経済対策効果で省エネルギー家電などの売れ行きは伸びている。ただ、今冬の公務員のボーナスが夏に続いて減額になれば、底入れしつつある個人消費に水を差しかねない。景気の自律回復が遅れて先行きも官民の給与水準が落ち込めば、消費市場をさらに冷やす負の連鎖に陥るリスクもある」と言っている。
ふざけるな! 論理のすり替えではないか。これでは給与を上げれば景気が良くなるということを逆説的に言っているようなものだ。新聞記者も全体を見る目を失いつつあることがこれではっきり分かる。政治家と官僚がダメだと思っていたが、彼らに肉薄してきたのが真実を追究するジャーナリストとは呆れてものが言えない。
821.8月12日(水)スー・チーさん自宅軟禁継続
ビルマの軍事政権が民主化運動の指導者、アウン・サン・スー・チーさんに対して、裁判で労働を伴う3年の実刑判決を申し渡した。その直後に、特別の減刑措置で軟禁期間を1年6ヶ月に短縮した。司法に対する越権で、世界中に媚を売り少しでも国際社会の理解を得ようというスタンスがミエミエである。それでも軍政は今秋までの拘束期限を延長することによって、来年に予定される総選挙に対するスー・チーさんの応援や影響から免れることができる。
民主化を目指し人民のために闘ってきた人物を、納得できる理由もなく逮捕し、自宅へ軟禁して自由を奪ったのは、そもそも1988年の軍事政権発足と、その後1990年のスー・チーさんが率いる国民民主連盟(NLD)の総選挙における圧勝がその端緒である。スー・チーさんの自宅軟禁は通算で14年近くになる。拘束期間を延ばしたことによって、事態は解決するどころか、解決を一層難しくしている。
国連はパン・ギムン事務総長が強い遺憾の意を表明するのが精一杯という有様である。安保理も直ちにビルマ制裁の決断ができない状態である。国連も手詰まり感が漂ってきた。ビルマについては、何も改善されない。哀れなのは、温和なビルマ人である。
スー・チーさんの裁判後における外国人外交官や外国プレスに対する丁重なお礼の言葉は、彼女の高潔な人柄を表している。スー・チーさんは全ビルマ国民の信頼を一身に集めている。父親のアウン・サン将軍はビルマ独立の父として称えられ、スー・チーさんは暗殺された国父の一人娘として国民から普く慕われている。このようなビルマにとって大切な人をどうして軍政のトップは避けようとするのか。彼らの地位保全と私利私欲が絡んでいるからに他ならない。このままどうやって落としどころを探るのか、その方向さえ見えない。
今日甲子園で一時付属中に在学した龍谷大平安高校と中京大中京高校の名門同士の試合が、行われた。しばらくぶりに試合開始からゲームセットまでテレビ観戦したが、残念ながら平安は5−1で負けてしまった。平安も数年前から男女共学になり、スタンドも華やかになった。中京も共学制となり、かつては質実剛健だった男子校も今やすっかり影を潜めてチア・ガールが乱舞していた。その中で平安応援席の最上段に大きな団旗を掲げている野球部員が二人立っていたが、その団旗は今の校名ではなく「平安高等学校」と書かれていた。やはり関係者の誰にとっても、現在の校名より昔の校名の方が好きでノスタルジアを感じるのだ。本当はこういうことでは学校側としても困ると思うが、私にも昔の校名「平安高校」の方が現在の校名「龍谷大学付属平安高校」より断然いい。
822.8月13日(水)オリンピックに7人制ラグビー採用か?
今日お盆シーズンに入り、交通機関も書き入れ時となった。今年は高速道路ETC割引で鉄道利用からどっと道路へ流れたが、一昨日の地震で東名道路がまだ一部通行止めとなって別の高速や一般道路が混み合う状況となった。今朝も八丈島近海を震源とする震度5の地震があった。兵庫県佐用町で先週の水害で多数の死者・行方不明者を生み出したが、今日になって遺体が発見される悲しいニュースも伝えられている。
専門家によると地震が日本各地で連続的に発生するようになると、いずれ大きな地震が発生するという。あまりぱっとしない情報に取り巻かれている。これが嵩じると安心して生活できないような不安に駆られる。
午後小中陽太郎さんのお宅へお邪魔して、小中さんへのインタビュー原稿の相談にあがる。そんなにおかしい内容とは思わないが、修正を求める編集者の意図も分からないわけではない。編集者の意向に沿いながら、「小中陽太郎」さんのありのままの姿と特徴、実績、良さをどうやって文章上に表現するか、また作家というだけではなく「べ平連」のような社会運動を支えた履歴をどう紹介するか、ということが一番大切なことだと思う。内容を一つひとつ小中さんに尋ねながらチェックする。小中さんは補足しながら、いろいろお知恵を貸してくれる。すっと思いつかない表現、ニュアンス等に的確なアドバイスをしてくれる。流石に長年日本ペンクラブ理事として、またプロの文章家としてやってこられただけに表現される言葉が秀逸である。とても足元にも及ばない。
最後にさっと目を通してこれでどうでしょうと言われたが、表現力がスマートでとても真似できるものではない。つくづく敬服した次第である。文章を書くことは、苦しいこともあるが、楽しい。いろいろ空想することができて一気に三次元の世界へ飛んでいくこともできる。
夜のテレビで2016年オリンピックの団体種目候補に、ゴルフと七人制ラグビーが推薦されたと伝えられた。正式決定は開催都市が決まった後の理事会、つまり10月2日に決まる。しかし、それにしてもラグビーとは意外だった。嬉しいことは嬉しい。だが、日本は世界レベルではとてもメダルや入賞を狙える力はない。それでもそれは普通行われている15人制ラグビーのことで、7人制なら話は別だ。7人制では世界との力の差は、15人制ほど大きくない。でも、オリンピック種目採用ともなれば、ヨーロッパ伝統国だって一層7人制に力を入れるだろうから、そう簡単に日本が勝てる種目ではない。いずれにしろ正式採用が決まってからの話だが、日本にとっては前回までの正式種目だった、野球やソフトボールの方がずっと良い目を見れたのではないだろうか。
823.8月14日(金)戦死は無駄な死だったか?
直木賞作家でスポーツのノンフィクションものでも知られている海老沢泰久氏が十二指腸癌で亡くなった。59歳の若さだった。先日も女優の大原麗子さんが62歳で亡くなったばかりである。大原さんの場合はギラン・バレー症候群という聞きなれない難病で亡くなった。そして今日、とかくの行動癖があった俳優の山城新伍さんが肺炎のため町田市内の特別養護老人ホームで亡くなった。何と私と同じ70歳である。段々死というものが、身近なものになりつつある。
そんな死というものが、別の視点から切実に考えられるテレビ番組が終戦記念日前日の今日放映された。NHK「忘れないで私たちの戦争」と題する、戦争体験者から戦争を知らない若者が話を聞く(取材は事前録画)番組だった。SMAPの中居正広が、若者数十人を集め、詩人・金子兜太、女優・奈良岡朋子、作家・五木寛之各氏を招き、外地と内地で個人的に戦争と関わった体験談を聞きながら、戦争体験者への取材ビデオを観て番組を進めるという趣向だった。
ビデオで悲惨な場面を語る気の毒な運命に翻弄された人たちは、なんとか目の前に展開された状況とその時の気持ちを語らなければこの後も後悔することになると観念して、テレビに向かい語っているシーンの連続だった。ビデオで語るのは、ほとんどが外地出征者で90歳前後の元軍人さんである。この録画後に亡くなられた人もいた。この方は、部隊員200名の兵士のうち、生き残った兵士はたった4名だった。罪の意識に苛まれ、復員後自宅からまったく外出しないという。温泉に入ったり、遊んだりすることは苦しんで戦死した部下に対して申し訳ないとまで思いつめておられた。行軍中戦友が餓死するのを目の当たりにしたり、敵兵を刺し殺したり、傍で聞いている奥さんにとっても初めての話だったり、あまりにも生々しい話だった。
この戦争に意味がないという話の中で、戦争で亡くなった人の死も意味がないということに対して、自分は絶対そうは思いたくないと語った元兵士の直後に、五木氏がそれでも戦争による死は無駄であると明言したことは、人によっては異論があろう。しかし、戦場で仲間を失った元兵士の気持ちから言えば、気持ちはよく理解できる。
しかし、五木氏が述べたように、時代の空気や感情に流されて戦争に借り出された兵士や、その犠牲になった家族にとっては、つまるところ国家戦略によって強引に徴用された戦地における望まざる死であり、それは無駄な死だという五木氏の主張もよく理解できる。
考えさせられる番組だった。
824.8月15日(土)終戦記念日に思う。
64回目の終戦記念日を迎えた。正午には日本武道館で天皇・皇后をお迎えして全国戦没者追悼式が行われた。毎年総理大臣の挨拶は、「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」ことに「深い反省と犠牲者への哀悼の意を表明」して、国際社会へ向け「不戦の決意を新たにして」声を上げていくというものである。
しかし、過去64年間不戦の決意をどういう形で表したのか、世界へ向け日本として積極的な声明とか、行動を起こしただろうか疑問に思う。いつも掛け声倒れに終っているような気がする。戦地へ赴いて辛い体験をした元兵士とその家族の切実な声は次第に小さくなり、反戦の空気も風化しつつあるように思える。
その理由のひとつは、遺族の高齢化であり、今日の追悼式でも世代交代が一層進んで、親はすでになく、戦没者の妻も僅かに1.3%だった。この中で今年は政権交代が予想されるため、民主党鳩山代表が靖国神社の替わりに、新たな国立追悼施設の建設に前向きな態度を表明した。一方、今日の靖国神社参拝者は、小泉元首相、安倍元首相以下、現役閣僚では野田聖子・消費者行政担当相ただ一人である。この目立ちたがり屋の野田大臣は、私人として参拝したと言っていながら、肩書きに国務大臣として記帳している。この大臣は典型的な世襲議員であるが、8月15日は野田家として毎年参拝することになっているような発言をしていたが、これでは信念も何もあったものではない。大臣なのだから、参拝する以上自分の考えを堂々披瀝するべきではないか。こういう点で甘やかされた世襲議員の浅はかさと幼稚さを感じる。
靖国神社では首相並びに全閣僚の靖国参拝を求め、新しい国立追悼施設建設に反対する集会があった。追悼施設建設の賛成、反対を問わず、どちらも戦争そのものには反対を唱えているが、その考え方はまったく正反対である。戦争について国として真剣に検証も反省もせずに、世論の成り行きに任せてきたきらいがある。それが、戦争を知る人々が年々少なくなってきた近年になって、漸く今の内に戦争の悲惨さを後世に伝えなければと慌て出した。国が反省し、検証することを怠ってきたのである。そのツケが、戦争をまったく知らない野田大臣の独りよがりの靖国参拝となるのだ。総選挙が終って新しい政権が誕生したら、真剣に国立追悼施設建設や、国際社会への反戦アッピールを含めて、一国家としての確たる方針を検討し打ち出すべきである。
825.8月16日(日)屋上テレビ・アンテナを取り除く。
電気工事屋がやってきて屋根の上のテレビ受信用アンテナを取り外してくれた。現在の自宅を建ててから28年余りになるが、それ以来ずっとテレビ鑑賞のために役立ってくれたアンテナも我が家では役目を終えた。序に衛星放送用のパラボラ・アンテナも外してもらった。
再来年の地デジ放送本格開始に備えて、先月新たに対応テレビを買った。その際受信アンテナの代わりに光ファイバー通信利用の光フレッツテレビに加入したので、受信用の無線アンテナが要らなくなった。屋根の上に異物が乗っかっているような不細工な光景も消え、外見上も見映えが良くなりすっきりした。台風などによる破損、映像障害もなくなるだろう。時代はどんどん進歩していく。
今政府の景気及び環境対策の一環として、環境に優しい製品の購入についてエコ・ポイントという制度があるが、今回購入したテレビ、並びにエアコンがエコ対象商品に当っていたので、申請すればエコ・ポイントがもらえることになっていた。
ところが、その申請方法が中々一筋縄ではいかないくらい複雑で、うんざりする。先日エコ・ポイント申請方法を確認のために、わざわざ買い求めた店へ出かける有様だ。お年寄りなんかほとんど申請用紙までお店で書き込んでもらうということだった。折角始めた制度なのにこれでは逆効果ではないか。政府は点数をくれてやるなんてでかい顔をしないで、もっと簡単で分かりやすい制度を考えるべきだと思う。それでないと利用者からありがたいと思ってもらえないだろうし、制度そのものもそのうちに利用されなくなるだろう。どうも頭が良いとされる役人が考える制度というのは、一般消費者のことを考えていない。自分たちさえ分かれば、それで良いと考えている節がある。これだから、役人は嫌われるわけだ。
昨日から万歩計を使って歩いた歩数を記録することにした。これは、先日整形外科医の松本先生からアドバイスされたものだ。運動不足を心配された先生から、毎日散歩するようにして歩数を計れば励みになるので、続けてみてはどうかとのお勧めだった。そんなことから昨日から駒沢公園への散歩を復活させた。一時毎日習慣づけていた散歩を最近止めているので、これを機会にまた続けたいと考えている。万歩計も買った。準備はできたので、あとはやる気だけだ。とりあえず、今日のところは6,600歩だった。
826.8月17日(月)ウェブ上院議員の行動はまともか?
3日間ほどビルマに滞在したアメリカのジム・ウェブ上院議員は、その間民主化運動指導者・アウン・サン・スー・チーさんに会ったり、軍事政権の最高権力者タン・シェ国家平和発展評議会議長と会談して、スー・チーさん宅へ侵入して逮捕されていたアメリカ人ジャーナリストを国外追放処分により、ビルマから追放し、アメリカへ帰国させることに成功した。アメリカのメンツを立て、アメリカの希望に沿った対応をした結果になったのである。ジャーナリストの独断的不法行為により、スー・チーさんに迷惑をかけ、その咎ゆえにスー・チーさん自身は自宅軟禁期間を延長され、民主化が遅れる結果になったのであるが・・・。
ところでこのウェブ議員のフォーマンスはどこかおかしくないだろうか。アメリカだけが勝手な振る舞いにより国際社会を騒がせただけに過ぎない。:
先月国連事務総長パン・ギムン氏がビルマを訪れ、ビルマの頑なな態度を何とか和らげ、手詰まり状態の外交関係を打開しようと試みたが、ビルマ軍政側の強硬な姿勢でスー・チーさんと会うことはもちろん、タン・シェ議長とも会うことは叶わなかった。国連総長はビルマ軍政から玄関払いされてコケにされたのである。赤っ恥をかかされたのである。これは国連の存在自体が鼎の軽重を問われる結果となって、国連の威信と権威の低下をも曝け出したようなものである。実際この前後にアメリカ議会では、子どもの使いのようなパン・ギムン事務総長のビルマ行きをあげつらい、事務総長の力量を疑問視する声があったのも事実である。ウェブ議員の行動は、オバマ大統領や、民主党リベラル派議員の了解のうえなのかどうか判然としないが、あまりにもアメリカの自己都合的なやり方ではあるまいか。国連事務当局は、果たしてウェブ議員の独断専行を事前に承知していたのか。それにしてもアメリカのひとり外交はいただけない。
いずれにせよ、アメリカが口では北朝鮮に対して、六カ国協議がすべての交渉の前提とは言っているが、実際やっていることは、同盟国を欺く抜け駆け外交ではないだろうか。
クリントン元大統領の電撃的な北朝鮮訪問しかり、今回のウェブ議員のビルマ訪問しかりである。自国民が生命の危機に瀕したとなると、他国との同盟外交関係を二の次にして単独行動に走る。困ったものである。
それにしても、事務総長からも、六カ国代表からも、安保理国からも一向に「不快の念を覚える」声が上がってこないのが、これまた不思議である。やはり、国際外交というのは魔界の闇に巻き込まれているのだろうか。
今日の歩数は11,000歩だった。何とか一万歩になった。このペースを守ろう。
827.8月18日(火)金大中・韓国元大統領は何を残したか?
韓国の金大中・元大統領が今日ソウル市内の病院で肺炎により亡くなった。享年85歳だった。金氏の名はかなり以前から軍事政権下の韓国国内の民主化運動とともに、日本国内にも薄々洩れ伝わっていたが、その名を一気に有名にしたのは、1973年8月、金氏が九段のグランド・パレスホテル滞在中に、韓国KCIAに通ずる一味によって強引に拉致され韓国国内へ移送された、国境を越えた拉致事件発覚である。この事件は当時あまりにもショッキングな出来事として、国内はもとより、海外でも話題になった。私はその当時ちょうどインドからエチオピア、スーダン、エジプトを巡って帰ったら日本で蜂の巣をつつくような大騒ぎになっていて、しばらく何が何だか事情がよく分からなかった。むしろ、高校野球で作新学院の江川卓投手の豪腕ぶりが話題になっていたので、その結果が気になったのを覚えている。
韓国政府は日本国内において日本の法規を無視して、韓国国内の捜査権を行使して韓国政界の大物を力づくで逮捕して秘密裏にこっそり自国へ連れ戻すという国際法上断じて許されない暴挙を犯した。しかし、韓国政府はこの拉致事件を知らぬ存ぜぬの頬かむりで押し通し、政府はまったく関知しないとのスタンスを取った。結局それは嘘だった。国家が隣国に無断で隣国の自治、法律を蹂躙したのである。その点はとても許されざるべき越権行為である。
今日日韓両国間では、過去の事件としてお互いにほじくり返さないという灰色で、曖昧な決着をしてしまった。韓国政府の対応は非礼、かつ傲慢であるが、日本政府の態度も腰が弱く、何ゆえにそこまで卑屈なのかまったく理解に苦しむ。その意味ではこの事件は、いまだ未解決のまま、その主役が亡くなってしまった。真相解明は一層難しくなるだろう。
金氏は韓国民主化のために、かけがえのない活動をされた。それが、初の南北会談を実現した北朝鮮との緊張緩和を演出し、それによってノーベル平和賞を授与されるという栄誉を得た。しかし、金氏の太陽政策は北朝鮮の裏切り的外交により、金氏の政策に対する韓国国民の反発も強かった。今もなお評価は分かれている。金氏の本音はどうなのか。金氏は拉致について、日本の対応についてあまり多くを語っていない。後味の悪さが未だに尾を引いている。
ソウル市内の自宅軟禁中の金氏を突撃取材して、韓国警察から目をつけられ追われるように帰国した小中陽太郎さんに、その時どんな話をされたのか一度伺ってみたいと思っている。
さて、今日総選挙が公示された。30日の投票まで毎日マス・メディアの格好のテーマとなり、さぞや小煩いことだろう。麻生首相と鳩山民主党代表は早くも舌戦を繰り広げている。小選挙区、比例代表区を合せて480議席に対して、1369人が立候補した。
828.8月19日(水)国立追悼施設建設をどう考えるのか。
今度の総選挙ではマニフェスト品評会の感がある。新聞紙上に紹介された限りで各党の内容を比較してみると、自民、民主、共産を含めて全党が割合一致しているのは、「非核三原則の堅持」「高齢者を支えるため現役世代の負担が重くなるのは避けられない」「外国人労働者の受け入れ」「官僚の天下りの全面的禁止」「国会議員の世襲禁止」などである。
まあ当然と言えば当然のことである。議員自身の本音は果たしてどうなのか。中でも国会議員の世襲禁止に関しては、自民党は少々距離を置いている。まあ現状から察して当然だろうと思う。しかし、この問題は最近になって浮上してきた。かつては誰もが検討事項であると承知していながら、手をつけられなかった。それは、自民党内の実力者が揃いも揃って世襲議員だったからで、ここへきて漸く世襲実力者の影が薄くなってきたせいであろう。
ところで、マニフェストには公表されていないが、戦没者の霊を祀る、新しい国立追悼施設の建設についてはどう考えているのか。民主党は党として建設に前向きで、候補地として千鳥ケ淵戦没者墓苑を考えている。共産党、社民党も前向きである。では自民党はどうだろうか。麻生首相は3年前の外相時代に「宗教法人としての靖国神社に解散してもらい、特殊法人化して国立の追悼施設とする」案を公表した。これに当の靖国神社や日本遺族会が反発して、すでに合祀されているA級戦犯の分祀も認めないと言い出した。これに手を焼いた「ぶれる」首相は、最近では「追悼施設を作ったら、靖国の話がなくなるのか」と言っている。つまり、新施設建設反対派に変身したのである。こんな好い加減な考えで、戦没者のことを考えているのだとしたら、戦没者も遺族もたまったものではない。
問題はそう単純なものではない。こういう永年の懸案、かつ国のために殉死された戦没者を祀る施設に対する考え方が長い間放置されて検討もされず、宙ぶらりんであることが問題なのである。天皇・皇后両陛下が参拝できる色のつかない、遺族はもちろん国民誰でもが気軽に参拝できる施設建設について、真剣に議論すべき時はもうとっくに来ているのではないだろうか。
829.8月20日(木)新型インフルエンザが流行しそうだ。
5月に流行しかかった新型インフルエンザが、ここへきて急速に感染拡大しつつある。数日前日本では初めて沖縄で死者が出てから連続的に3人もの死者が出た。一昨日舛添要一・厚労相は、国内に流行しているとの認識を示した。
現在甲子園で開催中の高校野球でも学校によっては選手がインフルエンザに罹って大変である。島根県代表チームの立正大淞南高校は、昨日の試合で登録18人選手中4人が欠場するという苦難を味わわされた。PL学園でも選手が一人欠場した。プロ野球でも北海道日本ハム・ファイターズの4選手が感染しており、選手とファンの交流を当分の間取り止めるという。大相撲にも感染者が発生した。
インフルエンザが今年の冬に流行すると警戒されてはいたが、この夏に流行するとは、誰も予想していなかったようだ。予防ワクチンの製造を急いではいるが、とても必要量を充足できない。約2,500万人分が手当てされるとみていたが、どうも1,500万人前後しか用意できないようで、不足分は輸入するらしい。それが、流行が早まったために必要量が益々足りなくなる。
今日厚労省は専門家や患者団体との意見交換会で、ワクチンをどういう基準で接種させるか打ち合わせをして、どういう人にその機会を与えるか、その優先順位を決めようとしたが、決められない。予防接種も、公費負担のある定期接種と全額自己負担の任意接種かも決まっていない。結局9月に決定する。子ども団体では身体の弱い子どもを優先的にワクチン接種をと要望し、妊婦や高齢者では彼らにと、また医師会では、患者を診るために、そして患者へ移さないためにも医師と看護師を優先的にとそれぞれの立場から要望して、まだ話がまとまらない。しかし、決まったところで最初の接種は10月からになるという。なぜか打つ手が後手後手に回っている感じがする。いつも通りのノロノロ仕事で、実際に大流行になったらどうするのか。いつもながら、お役所仕事にはうんざりである。
830.8月21日(金)アフガニスタン大統領選挙は大丈夫か。
昨日から行われているアフガニスタン大統領選挙が世界中の注目を集めている。現職のカルザイ大統領にとっては2期目の選挙である。この国の選挙制度そのものがどうも分かりにくい。第一に直接選挙制であるが、ひとりの大統領に対して30人を超える立候補者の多さも異常である。加えて今回は投票率が問題だ。前回2004年に行われた選挙では、70%の投票率だったが、今年は勢力を盛り返してきたタリバンが各地で激しい選挙妨害を繰り返している。住民もタリバンから投票したら、危害を加えると脅かされているというから物騒である。実際各地の妨害テロで多くの犠牲者が出ている。
これを証明するように、今朝の朝日新聞一面に驚くような写真が掲載されていた。頭から頭巾を被った老婆が示した右手人差し指の先端部から第一関節と第二間接の間まで、紫色の液が付いている。投票を終えた証拠だそうである。これでは、タリバンの標的になるではないか。しかも、どうも野蛮な感じである。投票所の場所でさえ、予定していた場所に設置されたわけではないようだ。こう言っては身も蓋もないが、現状を考えると果たしてこの国に選挙制度そのものが受け入れられる土壌があるだろうかと考えてしまう。仮に問題の選挙が滞りなく行われ大統領が選ばれても、組閣に当って有力閣僚にはそれぞれ思惑があるようで、順調に内閣が発足し、内政、外交を期待通り行っていくことができるだろうか。
新聞評によれば、選挙はカルザイ大統領が過半数を獲得できず、決戦投票に持ち込まれて再選され、その過程でアメリカと距離を置く政敵と取引が行われ、カルザイ政権の対米協調路線に多少異変が起きるのではないかと予想されている。アメリカとしては今後も兵力を注ぎ込んでもう少し治安を安定させたいところだ。
ところで、今ベルリンで開催している世界陸上で男子短距離走が話題をさらっている。昨日200m男子決勝が行われ、ジャマイカのウサイン・ボルト選手がダントツの強さで優勝を遂げた。100mと併せて北京五輪に次いでダブル・チャンピョンとなった。すごいのは、その記録である。200mは19秒19の世界記録で、100mは9秒58の世界記録だった。しかも2位に大差をつけた楽勝であり、見ている人を驚かすのは、その底知れない馬力で、過去にこれほど圧倒的な力で勝利を収めた短距離選手はいなかったのではないか。
勝てると思ってゴール近くでは手を抜いていわゆる「流す」のである。もう少し真剣に走れば、もっとすごい記録を作れるだろうにと思う。本人は決勝では最後まで本気で走って楽勝して、そのうえ世界記録も破るというのだから破天荒な選手である。まあ性格的に生真面目すぎる日本人には馴染めないだろうが、それにしてももの凄い選手が現れたものである。
831.8月22日(土)外務省のノー天気外交とパンナム機爆破事件の行方
ビルマ国内に軍事政権の翼賛組織で「連邦団結発展協会(USDA)」といういわくつきの政治グループがある。2003年に民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんを襲撃した一派である。そのUSDAは今では国際社会の鼻つまみものである。アメリカやEUでもその幹部を制裁対象として入国ビザ発給停止や、資産凍結の対象となっているくらい敬遠されている。
それが何の意図があるのか分からないまま、日本の外務省はその有力幹部であるUSDA総書記・ティ・ウー農業環境相を日本に招待したのである。世間知らずの小野啓一・外務省南東アジア一課長は「農業灌漑相として招待した。日本の農業を視察してもらうことは重要だ」と国際事情を考えない発言で、自分たちの対応は正当性があると言わんばかりで、反省の言葉もない。外務省の幹部がこれでは話にならない。外務省は国際社会のビルマに対する厳しい目をどれだけ分かっているのか、ビルマの実情や国際社会の反応を承知したうえで、このような外務省的唯我独尊ビルマ外交に乗り出したのか。
ビルマの軍事政権がこれまで行ってきた非民主化政策や、国際世論を敵に回した行為、民主化運動を封殺した取り締まり、国連安保理非難決議、とりわけスー・チーさんを長年に亘って拘留、自宅軟禁してきた実態を考えれば、誰が考えても今回の外務省のビルマ閣僚招待は首を傾げるだろう。ビルマ事情通の秋元由紀氏も「スー・チーさんに有罪判決が出た直後に招待する日本政府の意図は理解に苦しむ」と述べている。
一昨年5月の反政府デモの際、デモに参加した市民に暴行し、警察当局の逮捕に協力したとされるほどの軍政シンパサイザーの幹部を、よりによってこの微妙な時期に招待しなければならない事情とは何なのだろうか。敢えて考えるなら、ビルマに深入りしつつある中国を牽制するために、小さな楔を打ち込んでおくぐらいのことしか思い浮かばない。しかもティ・ウー大臣は悪名高い軍政の閣僚である。日本の農業を見てもらうなんて、本音を隠すための言い訳にしか過ぎないことは明らかである。そういう空気を読めず国の外交を壊すことを責務と考えているような外務省のノー天気外交官ぶりからは、これから日本とビルマの関係をどのような方向へ導いて行こうとしているのか見当もつかない。
現代は多重派外交時代と云われる中で、アメリカやEU諸国から非難を浴びるであろう日本の対ビルマ外交が、このまま突き進められるとはとても思えない。
日本のマス・メディアももう少し詳しく調査して、報道すべきであると考える。それにしても、気になる世襲議員のひとり、中曽根外務相はこの件に関してどれほど関与しているのだろうか。
昨日スコットランド司法当局は1988年のパンナム機爆破事故の犯人である、アルメグラヒ・リビア元情報機関員が、末期癌で余命3ヶ月であることを理由に釈放しリビアへ追放した。リビアへ帰ってきた犯人を首都トリポリで出迎えたのは、国家の最高指導者・カダフィ大佐と国民の熱狂的な歓迎ぶりだった。まるで英雄扱いである。スコットランドがいくら余命3ヶ月とは言え、何ゆえにこの時期に270人もの命を奪った残虐なテロ事件犯人をアメリカの非難が予想される中で、国外追放したのか。これでは事故による遺族の気持ちはたまったものではない。スコットランド司法当局に対して強い不満を漏らしている。
この爆破事件は、この当時頻発した一連の反米テロのひとつで、私自身強い関心を持ち、拙著「停年オヤジの海外武者修行」の中にも、ニューヨーク9.11テロ事件の伏線のひとつとなったと書いた。それほど大きな影響を与えたテロだった。
案の定、今日アメリカのオバマ大統領が「極めて不愉快だ」と怒りをあらわにした。大統領報道官も「言語道断。愛する人を失った遺族への著しい侮辱だ」とアメリカ政府は、スコットランド、リビア両政府に対して抗議の気持ちを表した。
昨年11月リビア政府はアメリカに対して事故の賠償金として、15億$(1480億円)を支払った。事故から20年経ち、アメリカとリビア両政府の間にも緊張緩和の空気が生まれ、リビア政府が絡んでいるとみられた疑念をリビアが認めた形でこの事件は収束するかに見えた。
一方、AFP通信によると、リビアの最高指導者・カダフィ大佐の次男セイフルイスラム氏が、この釈放はイギリスの石油権益と関連していると言い出した。もちろんイギリス政府は否定している。外野から見れば面白いかも知れないが、アメリカ、イギリス、スコットランド、リビアのメンツと利益が絡んだ奇妙な事件に発展しそうな雲行きになってきた。
832.8月23日(日)横浜市が来春から歴史教科書を採用
亡父と同じ会社に勤めておられ、私自身子どものころからよく存じ上げている横浜市内に在住の正木清幸さんからメールをいただいた。もう90歳近い年齢にも関わらず、PCを駆使するポジティブな方で、戦時中は経理部員として従軍されビルマ戦線で大層ご苦労された。先日もその従軍苦闘記録を名古屋・中京大学の機関紙に寄稿され、改めてそのご苦労をお労いする思いだった。
いただいたメールには、神奈川新聞によると横浜市教育委員会が来春から「新しい歴史教科書をつくる会」が編集した歴史教科書の使用を決定したと知らせていただいたものである。実際に戦争に関わった元戦士として、以前から昨今の日本の右傾化を心配されておられたが、横浜市教育委員会の決定はそういう心配を裏付けるものである。
ところでやはりと言うべきであろうか、今朝の朝日新聞社説も早速「つくる会教科書・横浜市の採択への懸念」として取り上げている。それによると4年前に採択した当時は、つくる会の歴史教科書の採択率は全国で僅か0.4%だった。今では、東京都杉並区、栃木県大田原市が継続して使用することを決めているが、指定都市では横浜市が初めてだそうである。リベラルな都市と見られていた横浜市というのが、いかにも象徴的に思える。
30年以上前に私たちが居住していたころの横浜市は、安保反対闘争で国会議員の先頭に立った元社会党委員長・飛鳥田一雄氏が市長を務めていただけに、革新都市として市民からも信頼されていた。それが、今では中途半端で市長が市長職を投げ出すような保守看板の都市に変った。
今更つくる会の教科書についてコメントするのも憚られるが、天皇や神話を重視し、近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観が色濃く、中国への侵略、朝鮮半島の植民地支配については不十分で、沖縄戦の集団自決にも触れていない。内容は明らかに義務教育の中で右寄りの教育を行おうというものだが、問題は委員会の採決が僅か6人の委員の無記名投票で採用が決まったということである。こんなに大事な問題をそんな少数の人だけで簡単に決めて良いものだろうか。6人の委員に採決の権限はあるが、実際に使うのは教師と生徒であり、30日の横浜市長選に立候補している各候補者にも考えを聞きたいというのが、朝日の意見だ。
それにしても日本では国民的議論が真剣に成されない間に、一方の方向にぐんぐん引っ張られる流れがいつのまにか出来てしまう傾向がある。それが怖い。
833.8月24日(月)世の中いろいろあら〜なぁ
ベルリンで開催中の世界陸上で、昨日は女子マラソンの尾崎好美選手が銀メダルを、男子やり投げで村上幸史選手が銅メダルを獲得した。女子マラソンは団体でも2位となった。他にも前日男子400mリレーで日本は4位に入賞した。やり投げは、ハンマー投げの室伏広治選手が目立つ活躍をしながら、同じ投てき部門でこれまで国際舞台で活躍する選手は出なかったが、これでようやく曙光が見えてきたかも知れない。村上選手は日本選手権でも10連覇を達成している。これも見上げた好成績である。瀬戸内海の小さな島、生名島の出身で、お母さんの素朴な語り口や、家族、地元の皆さんの声援が微笑ましい。村役場では、早速お祝いの垂れ幕を作るそうだが、その飾らない素朴さが爽やかである。
観光関係でも変ったことがあった。ひとつは、「世界ジオパーク」に日本から3箇所が選定された。2つ目は、憧れの「オリエント急行」が今年限りで廃止されるそうだ。3つ目は、ドイツ・ハンブルグ中央駅で騒がれた日本人観光客の無神経な行為である。
「世界ジオパーク」というのは、世界的に貴重な地形や地層を認定している「世界遺産」とはまったく別の評定である。今回日本で認定されたのは、@火山活動による洞爺湖有珠山周辺の地形、A巨大な断層、糸魚川―静岡構造線の特徴的な地質、B火砕流に襲われた島原半島、である。こういう制度があること自体を知らなかったが、かなりアカデミックで、専門的な点もある。2004年に認定制度がスタートして、現在19カ国63地域が含まれているそうである。認定された地元では、観光にも好影響を期待して大喜びである。しかし、一見派手な世界遺産に比べて、中々踏み込みにくい地域であり、啓蒙化させて知名度を高めていくのは相当な努力が求められると思う。
「オリエント急行」が終幕を迎えるとはいかにも寂しい。アガサ・クリスティの推理小説で一躍有名になったが、望みながらもついに私には乗車する機会がなかった。廃止の理由は高いコストと乗客離れとのことである。ヴェネチアでも、イスタンブールでも列車が駅に停車しているところは見たが、廃止せざるを得なかったのは、結局スピードが緩く、運賃が高いというだけの理由ではなく、現代人がゆっくり鉄道の旅を楽しむ心の余裕がなくなったからではないかと思う。廃止を嘆き悲しむ落胆派鉄道オタクには、私自身5度ほど乗ったことがあるタイ・マレー鉄道が別名「オリエント・エキスプレス」であるので、同じ夢をこれに乗って味わって欲しいものである。
ドイツ・ハンブルグ中央駅の事件は、少々無神経でお粗末だった。去る21日に中央駅ホームのベンチにチェーンで固定された荷物が置かれているのが、警察によって発見され不審物扱いされ、爆発物の恐れありと処理班が出動した。駅は1時間半の間閉鎖され、40本の列車が遅れ、2本が運休した。この荷物の持ち主は近くに観光に出かけていたということが分かったが、鉄道会社からは損害賠償が請求されると看做され、その額は数百万円を上回ると考えられている。地元紙では「文化的な誤解か、はたまた単なる鈍感か」と極めて批判的である。こういうバカ者が世界を歩き回るのは困る。常識的に考えれば分かりそうなものだ。これは平和ボケで外の世界をよく見ず、普段からものを考えない「罪のない」単純馬鹿の日本人が犯した大きなミステークである。これなどは、洒落にもならない。
総選挙を前に遊説を続けている麻生首相が都内の学生との対話集会で、「若者に結婚するだけのお金がないから結婚が進まず、少子化になるのではないか」と聞かれて、「金がねえなら結婚しない方がいい、おれもそう思う。うかつにそんなことしないほうがいい」と応えた。少子化対策が政府の懸案事項になっている時にどうもいただけない。今更説明する必要もないほど、わが総理大臣はKYで、内部劣化している。お手上げだ。
834.8月25日(火)危険な学童集団登山が富山県で行われている。
昨日のNHK「にっぽん紀行」という番組が「十二歳の成人」と称する興味深いテーマを取り上げ放映した。12歳の成人という言葉に、些かの疑問と興味を感じて観た。それによると富山県のある小学校では、6年生が全員霊峰・立山山頂を目指すことを長い間学校行事として続けてきたという。子どものころ体験した親も、良かったと評価していた。
しかし、はてと考えてしまった。2泊3日の体験学習として、小学6年生にここまで過酷で危険なエクスカーションを行う必要があるのだろうかと思った。大げさに言えば、生と死の瀬戸際にある学校行事といって差し支えないと思う。
今夏は北海道の大雪山を中心とする各地の山々で犠牲者を生んだ遭難事故が発生した。そのほとんどが旅行業者の主催するツアー登山による事故である。ゆとりのないスケジュールに、天候の激変、疲労、判断の間違い等がその原因として取り沙汰された。しかし、私の経験上言えば、登山では低山のハイキングならともかく一般的に高山に集団で登ること自体馴染まない。特に、知らない者同士が旅行業者の指定する集合場所で初めて顔合わせするような団体ツアーでは、大切なチームワークが芽生えようはずがない。
テレビ放映された富山県小学生の学習登山は、旅行業者が主催するようなツアー登山とは異なるが、その反面別の視点から問題がある。まず、体力的にも未成熟な100名を超える小学生を団体で一度に3,000m超の高山へ連れて行く必要があるだろうか。一言で言えば無謀である。引率する教師らの気苦労も計り知れないものがある。もっと他に幼い6年生の体力に合った教育的な体験学習が考えられるのではないか。高原のキャンプでは駄目なのだろうか。これほど危険を冒してまで12歳という年齢を祝う必要があるだろうか。こんな危険な学校行事を私は聞いたことがない。私も大学生になってから何度かこの立山連峰の主峰雄山(標高3,003m)に登頂した経験があるが、幸い天候に恵まれた。しかし、3,000m級の高山にはそれなりに厳しい道のりがあった。景色は良かったし、天然記念物「雷鳥」を見ることもできた。だが、そこには危険が背中合わせに隠されているのだ。高山で樹林はなく岩と石ばかりで遮るもののない山頂周辺は一度天候が狂えば、風雨から身を避ける場所がない。しかも痩せた尾根で、突風でも吹けば大人でも危険で、小さい子どもには必死になって岩にしがみついても吹き飛ばされる恐れがある。テレビ放映を観ていても、天候が3日間安定していたわけでもなく、これは引き返すべきだと思ったくらいである。幸いにして遭難事故とはならなかったが、その可能性は頗る高い。
こういう危険な行事を学校、教育委員会が黙認し、奨励するがごとき対応は児童の生命軽視と思われても仕方がない。彼らが誰もその危険性に気づかなかったり、疑問を唱えなかったとすれば、最早教育者としては失格だと思う。このように教育に名を借りた、その土地だけの特殊で危険極まりない行事は即刻中止すべきであると考えるが、目の前が見えなくなっている富山県教育委員会はどう考えるか。もし来年もこのままこの立山集団登山を強行するようなら、間違いなく遭難の危険性が秘められていることを警告しておきたい。
835.8月26日(水)黒い稲妻、トニー・ザイラー逝く。
昨日オーストリアのアルペン・スキー花形選手だった、トニー・ザイラー氏が亡くなった。1956年のコルチーナ・ダンペッツォ(イタリア)冬季オリンピックで史上初めてアルペン三冠王となった。その後映画界で活躍して日本映画でも主演俳優として出演し、スキーファンのみならず、多くの日本人に愛されたスポーツマンのひとりだった。われわれの学生時代には憧れの選手だった。名画「白銀は招くよ」「黒い稲妻」のカッコいい雄姿が懐かしい。
2003年にかつてのオリンピック会場だったコルチーナを訪れた時、最初に瞼に浮かんだ人物は、日本人ではザイラー選手に次いで銀メダルを獲得して日本人として、アルペン種目初のメダリストとなった猪谷千春選手と金メダリストのザイラー選手だった。コルチーナのロープウェイ駅にはイタリア、オーストリア、その他の国旗と並んで日の丸が掲げられ、青空の中にへんぽんと翻っている光景が何とも言えず心強かったことを思い出した。聞けば、コルチーナではメダリスト・猪谷選手は最も有名な日本人とのことだった。
思い返してみると、現在のスキー界では、かつての花形種目だったアルペン、ジャンプ、複合、ノルディック長距離に対して、モーグルとか、エアリアル、フリースタイルなどが人気を高めてきた。しかし、われわれには学生時代に楽しんだアルペン・スキーのスピードと爽快感が忘れられない。
それにしてもまだ73歳で、猪谷氏は自分より5歳も若いのにと言って嘆いていた。
奇しくも今年7月に開催されたユネスコ世界遺産委員会で、コルチーナを含むドロミテ山塊地区が世界遺産として登録されることが決まった。実際に現地を訪れて味わった山の中の空気は本当に美味しく気持ちのよいものだった。山の景色、湖周辺の美しい環境、山に囲まれた街の雰囲気、どれをとっても一級品である。今まで日本人が訪れることが少なかったのは、交通アクセスがあまり便利でなかったことによる。30年ほど前にイタリア北東部のボルツァーノを文部省教員視察団とともに訪れた時、当地の教育長からぜひコルチーナを訪れて、イタリアの山の素晴らしさも堪能して欲しいと強く勧められたが、時間的に訪れることはできなかった。6年前に夢にまで見た景勝地へ初めて足を踏み入れ、素晴らしい観光地へ来ることができて芯から幸福感に浸ったものだった。
ドロミテ周辺が世界遺産に登録されたことは当然とも言えるが、今あの場所で名を上げたザイラー選手の訃報を聞くにつけ、コルチーナと併せ考え巡らせると感慨無量の思いである。
836.8月27日(木)なぜロシアは偽善者ぶることができるのか。
ケネディ家の末弟、エドワード・ケネディ上院議員が亡くなった。一時は大統領への道を駆け上がる最有力候補だったが、スキャンダルで自滅した。ケネディ氏はオバマ大統領の支持者だったがゆえに大統領も特別の弔辞を述べていたが、イメージばかり先行して、結局のところ自ら蒔いた種が災いして坂道を転げ落ち、ついに幻の大統領に終ってしまった。
いかに名家に生まれ、学力が優秀であっても、この大物にはセルフ・コントロールが効かなかったようである。40年も前に夜中に湖へ突っ込んだ自動車事故で同乗していた女性秘書を死に至らしめ、彼女をそのまま放置して運転していた本人はその場から逃げ出した。この不誠実で人格を疑わせる行為ひとつとってみても常識ある社会人の行動とはとても思えない。ましてや政治家として、はたまた一国の大統領としては完全に失格である。こういう人物がちやほやされること自体アメリカの気づかれない欠点であろう。死者に鞭打つ気はさらさらないが、ケネディ氏は噂ばかり先行して、政治家としての実績は医療改革以外になかった。
昨日26日はノモンハン事件発生70周年記念にあたる。例によって、またロシアの舞台露出が激しくなってきた。モンゴルの首都ウランバートルで開催された記念式典には、わざわざメドベージェフ・ロシア大統領がやってきて当時のソ連の大義を強調した。
今年は第二次大戦開始から数えても70周年になる。ロシアは対独戦の勝利を「ファシズムからの解放」といい、ノモンハン事件を「日本軍国主義への勝利」と宣伝している。モンゴルでは「ロシアは戦争だけでなく経済的にも助けてくれた」とロシアへの感謝の声がある一方で、大戦中バルト3国やポーランドなどソ連の圧制を経験した国々では、歴史解釈をめぐりロシアとの間に摩擦が起きている。一方ロシアは7月に欧州安保協力機構の議会が採択した人権と自由に関する決議に「20世紀の欧州はナチスとスターリン主義という二つの全体主義体制を経験した」などと記述されたことに猛反発した。それに対抗するように「ソ連とナチスドイツを同列に扱うのは許せない」との声明をロシア上院で採択し、メドベージェフ大統領はソ連の負の面を強調する歴史観を徹底的に批判した。
しかし、いくら公平に見てもロシアの国家観はどうしたって怪しいものだ。どうもロシアは覇権主義を振りかざし、自国の歴史評価の修正はヤルタ協定や、サンフランシスコ講和条約などに疑義を呈することにあるらしい。それなら「北方四島は日本が無条件降伏した第二次大戦の結果としてソ連に移り、ロシアに法的に継承された」などと言える筋合いではあるまい。日本の敗戦直前になって、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して参戦し、そのうえサンフランシスコ条約も承認していない。さらにドイツ人捕虜と日本人捕虜を過酷なシベリアに長期間抑留して強制労働を課し、多くの犠牲者を発生させた。このナチスをも上回る残虐行為の罪をどう贖うつもりか。まだロシアの反省も贖罪も済んでいない。何を偽善者ぶって我田引水的発言をしているのか。これだからロシアは信用できない。
837.8月28日(金)「責任力」って何だ?
衆議院議員総選挙投票日が明後日に迫り、候補者の広報カーが近所を走りまわり、そのスピーカーが煩いこと夥しい。4年前の郵政選挙と称せられた選挙もヒートアップして自民党が圧勝に終ったが、今回はまったく逆転現象となり、政権交代を訴えている民主党が圧倒しそうである。
新聞各紙の見方もほぼ似たような予想を立てているが、昨日の朝日新聞によると115議席だった民主党が2倍以上の伸びで307〜330議席を獲得しそうだと予測している。一方自民党は300議席だったが、89〜115議席にまで大幅に議席を失いそうだ。さあどうなるか。
前回の第一四半期GDPが久しぶりに向上して景気が少し良くなってきたと多少楽観していたが、今日総務省が発表した労働力調査によると、7月の完全失業率は前月を0.3%上回る5.7%となった。家に篭っていると実感としてはあまりぴんと来ないが、完全失業率が5.7%というのは、その周辺に相当数のフリーターと非正規社員がいるということである。新しい政権になってもすぐ直面する大変な問題である。
トヨタの米カリフォルニア州におけるGMとの合弁工場をトヨタは閉鎖するという結論を出した。トヨタとしては再建中のGMが色よい返事をしてくれず、ついに諦めざるを得なかった。これにより従業員4,300名が職を失うことになり、財政状況がピンチだったカリフォルニア州にとっては新たな雇用問題を抱えることになった。
こういう目に入ってくる経済関係のニュースを見るたびに、不況からの脱却はまだ当分遠いとの感がする。
さて、朝日夕刊一面を見て笑ってしまった。言葉の問題であるが、昨今気になっていた「〜力」という使い方である。先日麻生首相が言い出した「責任力」という言葉が、どうも違和感があり、かつてこんな言葉はなかったのではないかと疑問に思っていた。夕刊の記事はこの「〜力」を皮肉ったものである。98年に作家・赤瀬川原平の「老人力」から始まるのだが、その後「常識力」「人間力」「鈍感力」「にっぽん力」等々、みんなこんな言葉があったかなあと思える単語ばかりである。最初の「老人力」などは、洒落が利いている感じで、むしろ目新しさも効いて面白い表現だなと思ったが、総理大臣が自ら責任を果たしてもいないのに、責任力を言い出すに至ってはとてもまともには受け取れず、ユーモアの世界ではないかと思ってしまう。
838.8月29日(土)鳩山論文がアメリカで物議を醸している。
明日はいよいよ総選挙投票日であるが、ちょっと気がかりなことがある。恐らく民主党が天下を取るだろう。その民主党鳩山由紀夫代表が「ニューヨーク・タイムス」に寄稿した論文が、アメリカ国内で波紋を広げている。論旨は「米ソ冷戦後日本は米国主導の市場原理主義、グローバリゼーションにさらされ、人間の尊厳が失われている」とこれまですべての面でアメリカ追従の歩みが日本経済にとっては足かせとなったと訴え、新しい関係構築を提唱したものである。
アメリカ政府関係者や、知日派政治家には寝耳に水のようで、当然の如く反発している。鳩山氏の訴え方がどういう経緯でこのような発信力のある「ニューヨーク・タイムス」へ掲載されることになったのか定かではないが、少々勇み足の感は拭えない。しかし、近年日米間に来たした齟齬は、いずれ遅かれ早かれ表面化する下地はあった。すでに小沢代表がアメリカの対日政策に対して批判的であったし、PKO活動や海上自衛隊のインド洋海上給油活動に対しても憲法違反の恐れありとして国会でも反対の意思表示をしていたからである。
その小沢氏に代わった鳩山氏が、同じようなスタンスで臨んでいたところへ、このようなアメリカにとって刺激的な論文をアメリカ政府関係者の手を経ずに一方的に公に発表されたことに、腹がたっているのだろう。
しかし、これまでの日米外交は完全にアメリカの手のひらのうえで踊らされ、日本はアメリカの言い分を至極ご尤もと承っていたに過ぎない。対等とは言いながら、決してそうではなかった。アメリカにとっては飼い犬に手を噛まれたとの思いであろう。だが、アメリカにも反省すべき点は少なくない。日本がいつも言いなりなのを良いことに、かなり無理強いをしてきたのが、これまでの日米同盟交渉である。
鳩山政権が成立したら、比較的アメリカに知己の多い岡田幹事長を外相に起用して、戦後一貫して屈辱的だった関係をフィフティフィフティの立場に立って、言うべきことは言い、妙なご機嫌取りは止めるべきだろう。平等の二国間外交であるべきである。それが長期的にみて相互にとって一番メリットの多い二国間の友好関係になる。それにしてもそれができる政治家と外交官が、果たしているだろうか。日米同盟は日本にとって最も大事なパートナーシップである。どうも気になることである。
839.8月30日(日)民主党単独過半数獲得!
衆議院議員総選挙投票のため妻とともに、息子たちの母校である投票所の東深沢小学校へ行ったところ、延々長蛇の列が続いているのには驚いた。やはり盛り上がっているのをこの目で確かめるような光景だった。結局投票まで25分もかかった。期日前投票の数字も前回の1.6倍増ということを考えると、全体の投票率は前回の67.5%を間違いなく上回りそうだ。
午後1時からJR武蔵境駅前「スィングホール」で開催の吉祥寺村立雑学大学創立30周年記念行事「雑学大学サミット」に参加するべく会場へ駆けつけた。サミット実行委員会委員長の飯田ゼミの後輩・佐藤博信さんから案内をいただいたので、見学してみるくらいの軽い気持ちで参加したが、成功裏に運営できたプロジェクトだったのではないか。多くの人から佐藤さんの優秀な実務能力を聞かされ、わがことのように嬉しかった。
冒頭に邑上守正・武蔵野市長の挨拶、その後の西本晃二・元東大文学部長の基調講演「団塊世代と生涯学習」も割合肩の凝らない話だった。パネルディスカッションは、3つの雑学大学の代表に加えて、生涯学習の公共性の専門家、それを田中雅文・日本女子大教授がコーディネーターを務めた。
合間に演奏されたパラグアイの民族楽器・アルパの音色にもしばしうっとりした。失礼ながら、とかく賑やかな中南米のラテン系楽器の中でこんな上品な音色を聞いたことがない。周囲の人に聞いてみても、その音色に感銘を受けたと言っていた。その後の懇親会を含めて、「雑学大学サミット」に関わった関係者は、それぞれ地域における生涯学習の拡充のために献身的に活動している。これは定年後の生きがいとしても効果的である。
それにしても皆さんの熱意には頭が下がる。懇親会では私も司会者の指名で即席スピーチを要請されたので、現場について知りえないような実態を聞かせる話、つまり臨場感に基づいた内容が講演に参考になるのではないかとの主旨の話をした。果たしてどれほど皆さんに受け入れていただけただろうか。
さて、夜になって各テレビ局が即日開票に伴う開票速報に注力している。現時点(午後10時)では、与党自民党の当確が54人、民主党が241人で、民主党が予想通り圧倒して過半数を獲得した。最終的にはどこまでその差が拡がるのか分からないが、ともかく一時期の特例を除いて、戦後一貫して日本の政治をリードしてきた自民党が、ついに政権を手放すことになった。戦後政治の転機であり、大きな変革である。これから国の政治の運営をどのように行って、国民の信頼を回復させるのか、民主党にとっても政権担当能力を問われる。まさに正念場である。これまで野党として無責任な発言も許されていた一面もあったが、政権を担った以上今後は責任を持って約束した政策をきちんと実行してもらいたい。
いよいよ日本の政治も大きく動き出したと言えよう。
840.8月31日(月)「民主、政権移行に着手」
総選挙の投票結果は、野党第一党だった民主党の圧勝に終った。まさかこれほどまでに自民党が叩きのめされるとは思いも及ばなかった。第一党となって政権を担うことになった民主党は、308議席を獲得して改選前の115から193議席も増やした。一方で自民党は300議席から181議席も減らして119議席となった。投票率も69.28%で、90年に73.31%を記録して以来の高い投票率となった。これは国民が完全に自民党から民主党支持へ舵を切ったことの証左であろう。
問題にしたいのは、若者の行動パターンである。彼らは投票に行ったのか。権利と義務を行使したのか。少子高齢者対策、年金問題等で若者に対してやや厳しい社会政策になりつつある現状から、若者に対してももう少し配慮するような政策が期待されている。それも頷ける。しかし、果たしてその若者たちの投票率がどの程度向上したのか。もし若者の投票率が相変わらず低いようであるなら、自分たちは行動を起こさず、任せっ放しにしておいて不満だけを口に出すということになる。義務も果たさず、権利だけを主張していることだ。前回の総選挙では、80歳代が80%台の投票率に対して、20歳代の若者のそれが、何と40%台だったことを考えると、若者の行動に対しては注視せずにはいられない。今日のところはまだ年齢別の投票率は公表されていない。
一方、世界各国でも総選挙の結果は注目され、今朝の海外ニュースを見ても先進主要国を始めとして、カタールの「アルジャジーラ」でも、東京駐在員が市民の声を伝えていた。韓国では、歴史観がやわらかくなるのではないかとの期待がある。ロシアでは、鳩山代表が日ソ平和条約締結時の鳩山一郎首相の孫であると報道され、北方領土問題の軟化を示唆するマス・メディアがある。久しぶりに日本が世界から注目されている。海外でも、自民党の惨敗はそれほど大きな話題を提供したということだ。
これからいろいろな事柄も話題になるだろう。女性議員の多さも驚きである。女性の当選者54人は過去最多で、復活議員の多さも異例だそうだし、新顔議員は全体の三分の一にのぼるという。
ひとつ選挙の新聞報道で気がついたが、今朝の朝日と日経の一面トップ記事の見出しは朝日が「民主308 政権交代」、日経は「民主300超 政権交代」だった。横に白抜きでほぼ同じ大きさのタイトルである。夕刊はどうかというと、朝日の「民主