ご意見番の意見

2009年6月

749.6月1日(月) 巨象GMついに倒産

 ついにGM社が連邦破産法11条を申請して倒産することになった。形式的にはアメリカ連邦政府が追加支援して再生を図る。従って再生の道は残されている。その追加支援額が3.8兆円だという。小さな国ならいくつか買収できてしまうほどの巨額である。果たしてこれで思惑通り天下のGMが再生できるかどうかは分からない。資本主義社会の企業経営というのは、自己責任であったはずである。それが倒産させるより国が手を貸して再生させる方が、国家経済のためには長期的にみれば得策であると判断したわけである。しかし、これだけの大金を一企業のために投資することは、資本主義経済の原則から逸脱している。経営者が安易に困ったら国に頼ると思われては困るのではないか。中国は共産党が支配した社会主義国家と言われているが、最早資本主義化している。他方でアメリカは資本主義の権化といわれながら、このような私企業へ国家財政をつぎ込むというのは社会主義的であると言わざるを得ない。今までのGMから事業を引き継ぐことになる新生GMが支援金を受け取ることになるが、ふっと昭和40年の山一證券救済時の日銀特融の折の所有株式振替伝票発行の手作業を思い出した。
 
まだ経理部に配属されてまもない経理にド素人のころに、破産した山一證券所有株式の処分について、上司から言われるままに振替伝票を切った。一旦倒産した当時の山一證券を旧山一證券として、名称をそのまま使い、日銀特融を受けて新たに発足した新山一證券を且R一とした。その後旧山一證券を清算して、且R一を山一證券とした。こんなトリックみたいなことをよく考えるものだと、当時は感心していたものだ。あれから44年が経った。
 スケールが違うとはいえ、今世界のGMが同じような手続きを踏んでいる。当分アメリカ経済も辛抱の時だろう。
 今夜ゼミの仲間・池田博充くんと電話で話していたところ、彼が今日同じゼミ仲間の読売新聞の滝鼻卓雄くんとばったり会ったそうだ。滝鼻くんも今月で読売新聞東京本社・社長を辞めて、読売巨人軍のオーナーに専念するらしい。では、オーナー面していた「ナベツネ」こと渡辺恒雄会長はどうなるのかと聞いたら、渡辺氏は巨人軍では会長ではなく、一取締役に納まるということだった。ホット・ニュースである。
750.6月2日(火) 北朝鮮・金正日総書記の後継者が決まった?

 昨日GM社が連邦破産法を申請したことが新聞各紙やTVで大きく取り上げられている。再生の可能性もさることながら、それ以前にGMが順調に業績を伸ばした過程で大きなおごりがあったことが指摘されている。時代の要求を無視して経済的な小型車を作らなかったことが不振の原因とされている。結果的に他の外国メーカーとの競争に勝てないまま、ずるずる同じ販売政策の下に同じように車を生産してきたことが敗因である。1909年創立という伝統を破壊してしまったが、不安だらけな仕切りなおしの船出となった。
 瀬戸際外交を続けて世界中から非難と顰蹙を買っている北朝鮮が、またミサイル打ち上げを計画しているらしい。しかも国内二箇所からである。一方国連安保理は先日の地下核実験の国連決議違反に対して、遠からず北朝鮮への新たな重い制裁決議を行うだろう。北朝鮮が自ら追い込んだ四面楚歌の立場だが、今日金正日総書記の後継者が決まったらしいとのニュースが流れた。かなり精度の高い情報のようだ。現在の金正日の後釜は、どうやら三男の金正雲(キム・ジョン・ウン)らしい。詳しい履歴が分からないが、まだ26歳の社会経験不足な若者のようで、政治的にも、外交的にも難しい立場の国家をリードしていく能力があるとはとても思えない。背後には軍部がついているとも噂されている。大体共産国家で世襲制度というのが理解できない。ミサイル打ち上げのアドバルーンもこの後継者決定を内外にPRせんがための祝砲といわれている。この一連のスケジュールを見ていると、自分たちの権威と立場を世界に印象づけるためだけにお祭をやっているように思える。えらい迷惑を蒙るのは、周辺諸国であり、圧制に我慢させられているのは北朝鮮国民である。いつになったら北朝鮮という国は目を覚ますのだろろう。
 昨日から行方不明になっているエール・フランスがどこに消えたのか今もって分からない。リオからパリへ向かったまま影も形も消えてしまった。ミステリーじみている。228人が搭乗しているので、フランス、ブラジル両国が懸命に捜索しているようだが、まったく行方が分からないという。摩訶不思議な話である。
751.6月3日(水) アンドロイドに乗り遅れるな!

 行方不明だったエール・フランス機が大西洋に墜落したことがブラジル空軍機によって確認された。機体は南米大陸のかなり沖合いの海深く沈んでいると想定されるので、遺体の収容はほとんど期待できない。お気の毒というより言葉もない。原因はまだはっきりしないが、今のところ雷の直撃ではないかと推測されている。
 久しぶりに霞ヶ関で知研のセミナーが開かれた。講師は先日私自身サブ・インタビュアーを務めたITの専門家である久保田達也氏で、テーマはe-ラーニングである。現在サイバー大学教授としてもインターネットによる授業を行っているので、そのe-ラーニングの体験談を中心に現在のインターネットによる学び方を講義された。
 四月にお会いした時にも、バイタリティのある方だと思っていたが、身体で話す感じで実際に福岡で教えている授業のスタイルについて体験談を話された。実際には学生と対面しないPCを通しての講義なので、実態が中々想像しにくい。画面を通しての講義となると、息が抜けないようだ。授業の他に毎回レポートを提出させ、その添削をやるそうだから、その気苦労は大変だと思う。一応世界中に勤労学生がいるようで、外国人の方が優秀だし、男子より女子の方が優れていると言われた。
 印象に残っているのは、グーグルに関する情報である。実際にアメリカのグーグル本社へ行って見て驚いたという。それは、現在開発中の「アンドロイド」の発想も、今出版界に旋風を巻き起こしている著作権問題も同じグーグル社の哲学から生まれたものである。つまり、よい材料はフリーで提供しようとの発想である。なぜか?そうすれば国境がなくなり、戦争がなくなるという遠大な考え方に基づいている。講師もこの発想がすごいと言っておられたが、実際その通りで自分たちが世界平和のために事業を行うなどということは普通考えないと思う。
 まさに思想であり、哲学であり、発想の転換というべきであろう。私も何とか「アンドロイド」か、今流行しそうなiPODにトライしてみようと考えている。久保田講師によれば、好奇心の強いインテリがこれに飛びつくそうだが、面白そうなので自分もあやかり、決断しようかなと考えている。
752.6月4日(木) 天安門事件から早や20年

 かつては6月4日を飛行第六四戦隊(通称・加藤隼戦闘隊)にあやかって六四会の日として、毎年のように幹事だった西沢敏一さんと一緒に靖国神社へお参りしていたものだったが、その西沢さんが亡くなられてから、慰霊祭にも参加することがなくなって今日が六四会の日と結びつくことがなくなった。
  やはり、今日は天安門事件の日だ。20年前民主化を求めたデモ隊に対して軍が発砲した弾圧である。当時の江沢民・国家主席が一党独裁による共産党支配体制に傷がつくのを恐れてデモを武力で鎮圧したのだ。国家による人民虐殺である。中国政府は一連の運動を動乱と位置づけ、総括し、詳細を明らかにようとしない。決して自分たちの対応が間違いとは言わない。民主化運動を弾圧したことを社会的「風波」と呼んでいる。国民の目を逸らそうともしている。
  世界中の注目を集めた中国人の民主化運動とその主役を担ったウアルカイシ氏ら学生リーダーたちのエネルギーは中国政府の心胆を寒からしめた。今中国政府は徹底して事件を封殺して、新たな民主化運動が起きるのを極力警戒している。
  あれからもう20年の月日が経つ。当局側の発表した事件による死者は319名だが、実際にはその2倍を遥かに上回るといわれている。今でもその傷は深く残っている。中国政府は公に報道されることを極力避けようとしてあらゆる手段を講じている。20周年記念として呪わしい事件が意に沿わぬ形で報道されることを封じ込めようと必死である。実際今日NHK北京で中国国内向けに放映された、事件の映像が放送中に突然消えた。画面は真っ暗になった。中国当局が好ましくないとして画面を消したのだ。外国の放送に対する報道管制以外の何者でもない。まったく問答無用である。自由なし、言論なし、人権なしである。温家宝首相の言葉にも呆れる。国家は三権分立を求めないと言っている。これが果たして民主国家だろうか。アメリカ政府が天安門事件にからませて中国の民主化に注文をつけたところ、直ちに余計なことだといわんばかりにアメリカの認識不足と言い返した。中国は経済が順調に伸び、GDPも世界第二位のポジションが手の届くところに来て、経済力に自信を抱き、些か思い上がっている節がある。もう少し謙虚であってほしいと願う。
  この様子だとまだ中国の近代化、民主化は先だろうか。
753.6月5日(金) 鳩山大臣の傲慢な態度は何だ。
 今政治が前へ進まない。衆議院の会期も先日55日間の延長を決めたばかりだが、それも衆議院解散に照準を合わた妥協の産物である。次の総選挙へ向けたマニフェストが思うようにまとまらないようだ。その最大の焦点は、世襲議員の制限に関することで自民党の考え方がよろめいている。当初は次の総選挙から現職議員の3親等以内の立候補者が同選挙区から立候補する場合は、党が公認しない方針だった。選挙責任者がその方向で党内の意見をまとめ、ほぼその通りになるだろうと思っていたところが、一転して次の次の選挙から実施ということに決まりそうだ。
 これで小泉純一郎・元首相の次男と臼井日出男・元法相の子息が救われて、次回は間違いなく当選ということになるだろう。臼井氏の子息のごときは「ひと安心。いや、ふた安心」と言ったというが、この無邪気な鉄面皮の世襲坊やにはがっかりである。あなたは他のライバル候補者より有利な条件で戦って父親の遺産で多分当選するだろう。親の力を借りてライバルをやっつけることに何の良心の呵責も感じないで果たして喜んでいてよいものですか。情けない奴だ。
 マニフェストでは、衆参議院の議員定数削減もある。削減人数、削減の時期も欲の皮が突っ張って決まらない。公明党への気兼ねも邪魔になっている。共産党は削減それ自体に反対している。
 日本郵政社長人事は今最ももめている。総務大臣の認可がなければこの人事は認められない。鳩山邦夫大臣が大きな態度と声で、絶対に西川社長の再任を認めないと広言している。自民党内はもちろん、野党からも賛否両論の声が挙がっているが、鳩山大臣は自分の一念を通すことだけしか頭にないようだ。大臣と西川社長が最近会ったという話もない。話し合いもなく、ただ正義のためだ、信念に基づいてなどと言ったって所詮大臣は権威だけを振りかざしているに過ぎない。一方的に辞めさせるとの居丈高な態度を続けている。西川社長の評価は別にしても自己顕示欲が強すぎるのではないだろうか。
 大臣ともあろうものが、なぜこれほど威張り散らすのか。元々鳩山氏のパフォーマンスは強引で、他人の意見を聞かない。このように人を人とも思わない人間が人の上に立つ資格はあるのだろうか。「実れば垂れる稲穂かな」と云われるようでありたい。この人も典型的世襲議員だが、今検討中の制限ルールでは世襲議員には当らないという。誰が見ても世襲議員のような人間が威張り腐っている構図が一番下品で、軽蔑されることが分からないのだろうか。尤も野卑でこのような図々しさがあるからこそ世襲議員をやっていられるのだろう。
754.6月6日(日) 日本共生科学会会員となる。
 星槎大学湘南大磯キャンパスで「日本共生科学会」設立総会が開かれた。前もって小中陽太郎氏から参加の案内をいただいていたので、小中さんがキー・ノート・スピーカーとして講演するということ、そして「共生」というのは何だろうとの好奇心もあってJR大磯駅から迎えのマイクロ・バスで会場へ行った。多少予想はしていたが、地元の地理によほど詳しくないと行き着けないような森林地帯の中にキャンパスはあった。元々修道院として使われていた施設だというのも頷ける。これも自然との共生を志向するグループの理念に合致していると感じた。
 キャンパスは学校法人、社会福祉法人、NPO法人、農業生産法人である星槎グループが北海道から神奈川、東京、埼玉、静岡、大阪、広島、福岡、沖縄、福井、富山、宮城、福島県内各地にまたがる通信教育、特殊教育中心の人間教育を行っているネットワークのひとつである。大学は北海道芦別市に存在するが、日本のみならず世界でも唯一の共生科学部を持つ大学ではないかと主催者が語っていた。
 議事進行は順調に進み、シンポジウムもパネリストの話が興味深く大変有益なものだった。参加者が真剣に説明する態度にケレン味がない。とにかく真面目である。日本共生科学会初代会長に推薦された山口薫氏が、就任挨拶の中で、@人と人との共生、A人と自然との共生、B国と国との共生、を目指すと話され、自然科学、社会科学、人文科学の後の科学の分野に共生科学が処せられるべきだと思うとの熱い願いを語られた。
 懇親会で多くの大学関係者と話をしたが、年配の先生の表情にもポジティブなひたむきさが窺えた。創立者の宮沢保夫・グループ会長兼議長は私より若いが、37年前に生徒たった二人からスタートしたとその苦労話をしてくれた。
 建学の精神は「社会に必要とされることを創造し、常に新たな道を切り開き、それを成し遂げる」である。教育理念は「必要とする人々のために新たな道を創造し、人々が共生しえる社会の実現をめざし、それを成し遂げる」。教育目標には「困難な場面において相手を想い、笑顔と勇気を持って立ち向かう強い心の育成」を掲げている。それぞれに志が高い。
 この他にもいくつかモットーがあって、校訓には@労働=人のために働くこと、A感謝=いつも感謝する気持ちを忘れないこと、B努力=努力をし続け、決してあきらめないこと、を詠い、ビュッフェの割り箸袋にも「星槎三つの約束」と書かれていて@人を排除しない、A人を認める、B仲間を作る、3つのが標語がある。モットーやスローガンの好きなグループであるが、目指すところは人間学ではないかと推測している。
 グループの理念と学会の主旨に大いに賛同したので、今後の発展に寄与できるかどうか分からないが、早速会員になることにした。帰途横浜駅前の崎陽軒で小中ご夫妻から出版関係のお二人ともども中華と紹興酒をご馳走になる。
  さて、1945年の今日ヨーロッパ戦線ではノルマンディー上陸作戦が敢行された。この上陸作戦から連合軍の怒涛の進撃が始まり、ドイツ軍は敗走に次ぐ敗走で雪崩を打つように後退した。あの海岸の近くにある戦没者記念墓地では慰霊祭が行われるのだろう。広大な場所に整然と区画わけされた墓地には、生花が飾られていた。イスラエル兵の墓地だけが、すぐ目に付いた。日本が敗戦を受け入れたのはその二ヵ月後である。
755.6月7日(日) 日本4大会連続ワールドカップに出場決定!
 昨晩遅く日本中のスポーツファンが大興奮した。日本が1−0のスコアでウズベキスタンを破り次回サッカー・ワールドカップ出場を決めた。4大会連続でアジア代表の1チームとして南アフリカで来年開催される本大会へ出場することになった。アジアでは、時間的に少々遅れてオーストラリア、韓国、ヨーロッパではオランダが本選出場を決めた。
  日本は期待が大きかっただけに監督以下選手が受けたプレッシャーは相当なものだったと思う。それを乗り越え世界一番乗りで決めた。とかく本番に弱いと言われていた日本選手が堂々敵地で勝ち取った栄誉を誉めてあげたいし、正直いってたいしたものだと思う。かつては日本代表チームの実力はそれほどではなかった。それが、Jリーグができてから少しずつ実力が向上してきた。その過程で強豪外国チームと激しいゲームをやって身体で技術を身につけた成果が表れてきたのだと思う。アジアではかつてムルデカ大会という大きな国際大会があった。その中でも日本は中々勝てず、特にマレーシアにはとても勝てなかった。ある時バンコック空港の搭乗ゲートで当時の日本代表チーム団長だった故長沼健氏と会話した時に、マレーシアが強いと言っていたのを昨日のことのように思い出す。今やそのマレーシアは日本より遥かに下にいる。昔日の感がある。
 この勝利を一里塚として謙虚に本大会へ向けて邁進して欲しいと思う。
 先日インタビューした武者陵司・ドイツ証券副会長の取材記事の原稿起こしのためDVD録画を繰り返し丹念に見た。取材中はもちろんメモを取っているが、やはり内容の正確性を期するために繰り返し見直すことが大切だ。これで武者氏の考え方を確認できて良かった。何度かトーク内容をチェックしてみて、改めて武者氏自身の現場体験に裏打ちされた自信たっぷりで実践的な理論に感銘を受けた。一両日内に武者氏の期待に応えられるようなコクのある内容の原稿にまとめたいと思っている。
756.6月8日(月) 「大逆事件残照」について
 5月19日から6月5日まで14回に亘って朝日新聞夕刊に「ニッポン人脈記『大逆事件残照』」という取材記が連載された。一面の3段記事に写真入りという紙面取りで中々読ませるものだった。竹久夢二、与謝野晶子、小林多喜二、荒畑寒村ら有名人も次々登場するし、意外な人間模様を紹介してくれて面白くすっかり引き込まれてしまった。今まで学生時代に専攻した社会主義思想の視点からだけしか大逆事件を捉えていなかったので、枝葉のエピソードや処世の話が面白かった。大逆事件も来年発生百年を迎えるが、当時日露戦争直後の軍国主義の風潮の中で、危険思想として社会主義を取り締まる警察権力の前に社会主義者は見事に利用され、騙され捕らえられ刑場へ、或いは獄舎につながれ、薄幸の生涯を送った人々に光を当てたドキュメントである。
 主犯とされた幸徳秋水、管野スガ、大石誠之助、宮下太吉ほかの業績や物語は随分読んだし、荒畑寒村のテレビ・インタビューも見たので、かなりはっきり全体像は掴んでいるつもりだったが、裏面史もかなり広がっている。処刑されたひとり、内山愚堂が箱根大平台の林泉寺の住職であったことなども初めて知った。新宮市の住職・高木顕明のように無期囚だったが、獄中で自死したものもいる。高木は結局真宗・大谷派から逆徒として破門され、永久追放されたが、今ではその処分も取り消され名誉を回復した。しかし、この間すでに85年の月日が経過した。
  宮下の無分別な言動から事件が発覚した長野県安曇野市、秋水の生誕地・高知県四万十市、和歌山県新宮市など直接事件とかかわる都市にまつわる話は知っていたが、地道な実話やエピソードは世に知られることなく忘れられていったのだ。このドキュメントも朝日記者の早野透氏が個人的な関心と執念から来年百年を迎える大逆事件を風化させないために筆を執ったものと思う。日露戦争に勝利して軍国主義が華やかだった時代に、反戦論や天皇制に物申すことはご法度だった。残念ながら秋水らの考えが、どんなものであろうと宮下という印刷工の行動により、罪のないものまで連座して捕捉されたのは、いかにも軽率であったという気がしてならない。
 しかし、今検証するまでもなく、大逆事件について考えたり行動するのは何の障害もない。その自由なムードの下に当時検挙された人々の名誉回復が全国で図られている。この事件は同時代の反逆、騒乱事件の中でも格別特異な事件で、それだけに調査していても面白かった。学生時代に観た荒畑寒村のインタビューも内容的にとても興味のあるものだった。いずれ、もう一度「寒村自伝」を読み返してみたいと思っているほどである。
 とにかく久しぶりに好奇心を刺激された連載ものだった。
757.6月9日(火) 幼友だち・椎名研二くんの訃報
 冒険作家・椎名誠さんから封書を受け取った。先日贈った拙著「停年オヤジの海外武者修行」に対する礼状に感想を書き添えてくれたものである。先日彼の兄・研二くんの動静について尋ねたが、それについても応えてくれた。悲しいかな研二くんは昨年亡くなったと書かれてあった。10年以上会っていなかった。
 誠さんからの封書は、冒険家らしく大きめの原稿用紙に筆ペンでダイナミックに書かれていた。全文は次の通りである。
 「先日はたいへんばくはつ的に面白い本をありがとうございました。旅が好きなので一気に読ませていただきました。パワーありますね。
 研二はおお酒のみがタタッて昨年亡くなりました。まあシアワセな一生だったとファミリーは思っています。
 またどこかでお目にかかれますことを。」
 椎名誠さんは、千葉市立幕張小学校(当時は幕張町立)時代の友人研二くんの実弟で7歳年少である。ガキのころ近所の椎名宅へ押しかけては家の中を荒らしまわって母上にご迷惑をおかけした。その時チビがいるなと思ったのが実は誠さんだった。彼の初期の作品「犬の系譜」や、その他の著作に研二くんはしばしば登場する。卒業後はそれぞれ別の中学へ進学したので疎遠になって、大人になってからクラス会で会う程度だった。研二くんは5年生の時東京から転入してきた。その数ヶ月後に私も同じクラスに転入したが、家が近く、お互いに野球が好きで親しくなり、総武線で後楽園にプロ野球を一緒に観に行ったこともあった。研二くんの知られざる一面は、飛行機嫌いだったことと、大酒飲みだったことだ。
 同級生何人かで一度香港とマカオへ旅行した時に、彼を誘ったら飛行機が苦手だから行かないと言ったので、弟(誠)は大旅行家だから同じDNAを考えれば食わず嫌いでもったいない。行こうと何度も誘ったがダメだった。酒については、誠さんが書名は忘れたが著書に面白おかしく書いている。中央線電車内で酔っ払いが大声で暴れていたので、うるせぇ野郎だと思って顔を見たら兄貴だったので当惑したとあった。元々憎めない男だったが、都内にマンション住まいして他にも貸しマンションを持ち、家賃で暮らしていると暢気なことを話していたことも忘れ難い。4月に開かれた最後の同窓会では、椎名研二くんの噂は誰からも出なかった。性格が明るく友だちも多かっただけに、同級生に彼の訃報を伝えたらがっかりするだろう。同じ年齢の仲間がこの世からひとり去り、ふたり去っていくのは何とも辛い。今度誠さんに会ったら思い出話をしてみようと思う。
758.6月10日(水) 消費税12%?骨太の方針は大丈夫か?
 金融危機と経済不況により政府が補正予算を組んで財政出動した経済対策には、考え方としては基本的に納得できるところはあるが、これに族議員が暗躍して群がり、あれもこれもと支出項目が増えバラマキ予算になった傾向は否めず、元々苦しい国家財政のわが国をいよいよ大借金国にしてしまった。しかも、今後財政黒字国へ回帰する目標も見えず、このままでは国は破綻することは自明の理である。これを政治家と官僚がそのまま放置して、益々国家会計の足を引っ張り、国民にやる気を失わせるていたらくである。
 それでも流石にこれでは不味いと思ったのか、漸く経済財政改革の「骨太の方針」素案が示された。
 それによれば、とりあえず基礎的財政収支を黒字化へ持っていこうとの考えである。すでに、小泉内閣時代に決めていた11年度内基礎的財政収支黒字化目標達成の可能性が消え、同時に決めていた社会保障費の削減も無理だと考えられ、根本的な計画練り直しと発想の転換を求められる事態となった。
 ではどうするのか? つまるところ財政再建のためにはなりふり構ってはおられず、消費税の値上げしかないということである。現在国と地方の債務残高はトータルで816兆円である。当面この抑制が柱である。試算によると11年度から消費税率を段階的に引き上げて17年度に12%にした場合、基礎的財政収支は18年度に黒字化するという。結局最悪で消費税は12%にまで引き上げられるということだ。しかし、どうやっても国民の負担である日常経費にかかる消費税の12%はきつい。現在の5%の2.4倍である。じわっと利いてくるような気がする。心配なのは、あの小泉政権下の骨太でさえ実行できなかったものが、誰が次期首相になろうとはたして実行できるのかどうかということである。あくまで、利益誘導のあくどい政治家が関わらないということと、官僚が真面目に国民のことを考えて仕事をするという前提条件がMUSTである。
 それにしても朝令暮改ばかりで嘘つきの政治家と、上司の顔ばかり見て怠けながら仕事をする役人がいるようだと、また元の木阿弥である。
 ゼミ仲間の池田博充くんと久しぶりに銀座の小料理屋で食事をした。彼も昨年会社の要職を離れ割合自由時間があるという。相変わらず現実社会に問題意識を持っている。青土社から出版された弁護士・中村稔著「私の昭和史」のコピーをもらった。中村氏の父は予審判事だったが、ゾルゲ事件で逮捕され処刑された尾崎秀実について「自分が出会った日本人の中で最も偉いと思ったのは尾崎秀実、外国人ではリヒアルト・ゾルゲだ」と述べていたそうだ。コピーはその件を書いた部分である。興味深い内容のようだ。
759.6月11日(木) 温室効果ガス排出量目標数値決まる。
 昨日政府は日本の温室効果ガス排出量の中期目標を発表した。2020年までに、対2005年比で15%減の削減目標である。できるかなぁというのが率直な感想だ。普通この数値目標を聞けば、大変厳しいと思う。その数値の算出方も中々手が込んでいて、京都議定書が調印された1990年を目標にしたり、国によってはオーストラリアのように2000年を基準にしたり、カナダのように2006年を目標にした国もある。
 どうしてこんな足並みの揃わない比較をするのか。目標値が自国にとって負担が少なく、かつ他国に対してアッピールできるパフォーマンスだからだ。日本は経団連を説得して政治的な数字を出したつもりだったが、それでも発展途上国からの評価はイマイチである。だが、この数値が国際的にすぐ認められるというわけではない。12月に開催される国連気候変動枠組み条約締約国会議という長たらしい名前の会議に向けた日本政府の基本的目標数値となる。この後については、国際交渉で決まる。
 経済発展にブレーキをかける目標値であり、今後一層削減が求められるテーマであるだけに全国民的視野から精査され検討されることが必要だと思う。
 今日一時的にせよ、東京株式市場の日経平均株価が8ヶ月ぶりに1万円台を回復した。その一方で、1〜3月期のGDPが前期比で3.8%減である。年率に改定した数値だと14.2%減で戦後最悪だそうである。未だに経済は上向いて来ない。
  昨日パキスタンのペシャワールのホテルへトラックが突入した自爆テロにより、国連職員2名を含む死者18名が発生したが、狙われたホテル、パール・コンチネンタル・ホテルは9年前に宿泊したホテルだ。この辺りも9.11テロ以来ぐっと治安が悪くなった。もう一度行こうと思っても多分もう訪れることはできないだろう。

 多少下火になっているかと思った新型インフルエンザは、その後も感染者が増えてWHOでは今夜従来の「フェーズ5」から最高度の「フェーズ6」へ引き上げて警戒を呼びかけることになった。オーストラリアの感染者が増えたことで、これから冬の流行シーズンに入る同国への警戒を目論んだ節もある。いつまで待てば、心配が消えるのだろうか。
760.6月12日(金) 鳩山総務大臣ついに辞任
 鳩山邦夫・総務大臣が辞任した、というより更迭された。日本郵政の社長人事がもめたことで、世間に混乱したという印象を与えたことが麻生首相の最終決断「更迭」となった。それぞれの言い分は分かるが、私見としてはこれで良いのではないかと思う。しかし、一寸先は闇の政治の世界であるので、このままでは済まないのではないかとも考えている。佐藤勉・国家公安委員長が後任を務めるようだが、多分新総務大臣が西川社長の首を切るのではないか。というのは、西川社長にまったく失態がなかったわけではない。鳩山氏が再三追求しているように、カンポ宿の一括売却問題、東京中央郵便局立替問題、第三種特別郵便料金詐称問題など会社の最高責任者がまったく責任をとらずに、監督者の大臣だけが辞めるというように一方の当事者だけを手討ちにする裁きは、必ずしも公平というわけでないからである。
  それにしてもここへきて自民党内に鳩山氏への非難が集中したのは、だらだらした泥仕合の印象が余りにも手際が悪いとの印象を与えてしまったからだろう。印象を悪くした中でその最たるものは、鳩山氏の傲慢な話しぶりだと思う。今日のインタビューでも相変わらず取材記者を怒鳴るような恫喝ぶりだった。これでは何をやっても人は遠ざかると思う。その意味で鳩山氏は虚心に反省すべきである。さあ、次は西川氏の社長続投問題がどう動くかだ。
 昨日WHOが新型インフルエンザの警戒レベルを世界的な大流行を意味する「フェーズ6」の最高度に引き上げたが、一旦国内では沈静化していた空気を再び拡大させることは間違いない。特に、南半球ではオーストラリア、チリを始めとして感染が爆発的に広がっているらしい。10日現在で世界の感染者は75カ国で、27,000人を超えている。日本でも565人を数えている。当分この騒ぎが沈静化するメドは立たない。
 駒沢大学公開講座で「押し紙」という言葉を知った。新聞社が販売できない新聞を販売店に押し付け、それを回収処分する余った新聞である。「週刊新潮」のルポで公になった。驚くのは、余りにも多い発行部数と余分な「押し紙」数である。新聞社が加盟する社団法人日本ABC協会が公表する読売、朝日、毎日、産経四社の合計発行部数の約4割、810万部が「押し紙」だそうである。あまりのムダに唖然とする。新聞社、広告会社らいずれも厳しい経営を求められている最中に、この杜撰な公表数字は、企業からの広告辞退も増加するのではないかと懸念される。しかし、これが事実であるとするなら、やり方があまりにも無茶で無分別である。新聞社側は事実無根と猛烈な抗議をしているが、果たしてそう言って大丈夫だろうか。現在発売中の「週刊新潮」には、「押し紙」を運び出すグラビア写真まで露骨に掲載されている。今後新聞社側はどう反撃に出るか?

761.6月13日(土) 北朝鮮に対して国連制裁決議採択
 5月25日に地下核実験を行った北朝鮮に対する国連制裁決議がやっと全会一致で採択された。予想以上に時間がかかったのは、例によって常任理事国の中国が態度をはっきりさせなかったからである。いつも中国と歩調を合わせて反対するロシアが今度ばかりは、実験直後に制裁に同調した。それでも中国は検討に次ぐ検討を重ねて時間稼ぎの末に、漸く若干後退した共同提案を受け入れた。中国の思惑は明らかである。いつまでも北朝鮮へ影響力を残しておきたいからである。これも最近の中国の定番パフォーマンスのひとつである。これから国際社会が、中国に振り回される予兆である。
 制裁の内容は、屋上屋を重ねてきて今更即効性は期待できない。骨子は06年の制裁決議に違反していると非難したうえで、今後核実験や弾道ミサイル発射を行わないよう要求し、6者協議への即時無条件復帰を呼びかけている。追加的な制裁措置として、公海上の船舶の貨物検査や金融制裁もある。今日午後5時北朝鮮テレビがいつも通り憤慨した口調で、今後ウランの開発を行うと公表した。
 それにしても問題が起きる度に、こういう国家運営の仕方があるのかと北朝鮮の対応が不思議でならない。相手の好意や道理、常識を逆手に取って居直って恫喝する。まるで悪辣なヤクザ的手法である。いつかこの国が崩壊した時に、全国民が世界中に対して恥ずかしさを感じるのだろう。もちろんその時は金正日・総書記はこの世にいないだろうが・・・。
 先月25日に行った武者陵司氏との取材記の提出期限に当り、大体書き上げていた原稿を推敲して、秋田事務局長宛送信した。武者氏へのインタビューで感じたのは、氏の歴史認識が極めて深いということだった。横浜国大経済学部を出て大和証券に入社した経歴からすると、近代経済学を学んだと思っていたが、大塚経済学を専攻したというので、社会主義的な書も読んだと言っておられた。そのせいでかなり歴史観をはっきり表現された。面白いと思ったのは、現代の余剰資金をエジプトのピラミッド建設を参考に、現代のピラミッド建設に投資して昔の雇用の創出のような投資を行うべきで、それは地球環境の再生のための投資だと言っておられたことである。今日活躍しておられる証券アナリストの中でも多少楽観的な見方をされる方であるが、信念がはっきりしていて説得力があり、随分目から鱗が落ちる話を聞かせてもらった。印象に残る取材だった。
762.6月14日(日) お粗末なバス会社と役所
 ガバナンス欠如というべきか、非常識というべきか、京都市内で営業する路線バス会社が、同業他社が登録した商標「通称」を使用していたというお粗末の一席が判った。この非常識なバス会社は、会社登記上は大阪府寝屋川市にあるが、京都市内で3路線のバスを運行している。従来観光貸切バス中心であったが、イメージ一新を狙って、今年4月から社名を「セレモニー観光」から「京急バス」に変えた。ところが、一新どころかイメージダウンになってしまった。この「京急」という名前が「京浜急行電鉄」の略称であることぐらい関東の人間なら誰でも知っている。しかも京浜急行では、この「京急」を商標登録までしている。京浜急行から抗議を受けた「京急バス」では、改めて新社名「京都急行バス」への変更を考えているという。すでに「京急バス」の名前を告知して車体に新社名まで書き市内を走って、相当の経費をかけている。だが、抗議を受けるやあっさり社名を再変更するとは、このバス会社経営陣の常識と金銭感覚を疑いたくなる。
 この「京急バス」のトンマな社長は、「営業地域が違うので大丈夫と思っていた」と認識していたようだが、こんな大事なことをこの程度の軽い判断しかできないとは企業のトップとしては何とも情けなく、経営者として失格である。
 しかし、よく考えてみると日本の組織では、ひとり一人が方針や決断が正しいのか正しくないのかをよくチェックしないで走り出すケースが多い。この社名変更のケースでも、仮にトップが危うい決断をしたにせよ、周囲の役員、担当者が問題のありそうな会社名だということに何の疑問も抱かなかったのだろうか。
 加えて、情けないのは申請を受け付けた役所である。社名変更の申請があった際に、専門部署の担当者としてこれに似た名前がありそうなことくらいぴんと来そうなものだ。申請通りに認めたというのは、受け付けた役所の係員も頭が空っぽで何も考えていないということである。こんな調子で頭を使わない役所に国の事業を任せてよいものかどうか。近々消費税も大きく値上げされようとする時期だけに、間抜けなバス会社と頭が空っぽな役人の劣化した行為をストップさせる手段はないものか。
 これひとつ取って考えても、みんな頭がどうかしている。日本人は年々内部崩壊してきているのではないかと考えるとぞっとする。
763.6月15日(月) 現職高級官僚逮捕と31歳の新市長
 昨日世間をあっと言わせる出来事がふたつあった。ひとつは、障害者郵便物特別割引料金を悪用したとして現職高級官僚が逮捕されたことであり、もうひとつは公共工事にからむ収賄事件で逮捕された千葉市長の後任選出選挙で、全国最年少市長として、民主党推薦の31歳の前市議が大差をつけて自民党推薦候補者を破り当選したことである。
 前者は、「凛の会」という実態のない障害者団体に、女性の厚生労働省局長が自分の権限で証明書を不正発行したり、郵便局へ電話して特別扱いを要求した悪質な行為である。そもそも障害者だけにしか認められていない制度を悪用して、大型電器店のDMに利用させて億単位の金を支払わずに済ませたという。この事件は二つの点で問題を曝け出した。
  第一点はまだ解明されていないが、政治家が官僚に頼んだルートに沿って、電器店から相当なキックバックが障害者団体を通して政治家へ流れ、仲介した官僚には政治家から何がしかの色よい報酬があったのではないか。
  第二点は、郵便料金の決定に根本的な誤りと不適切さがあるということを露呈したことである。普通は製品が安値で販売され原価割れになれば、赤字になって生産を停止するのが常識である。ところがこれだけ多額の料金を騙されても、赤字が表面化したわけではなく、はっきり言って誰も実損を蒙ってはいないと思う。末端で怪しいと疑念を持たれて調べた結果今回の不祥事が明るみに出た。このことは、料金設定がもともと根拠のない相場と雑な料金計算によって決められていたのではないかと思う。結論から言えば、郵便料金が高いものだということを証明したのではないか。
 後者の千葉市長選挙について言えば、びっくりしたというのが本音である。31歳の新市長の誕生にはそれなりの理由があったのだろう。それにしても新市長は若い。議員経験としても2年前に市議に当選したばかりで、それまではIT企業に勤めていたサラリーマンだった。地方の小さな都市ならともかく、千葉市と言えば人口50万人以上の政令指定都市である。全国800近い市のうち、僅か18都市しかない。実力は未知数であり、期待もある反面、不安もある。自転車で走り回りながら政策を有権者に訴えたという。自民党の人気が降り気味である幸運もあった。しかし、新市長の真剣な熱意が有権者に届いたのだろう。現職副市長で自民党の支援を受けた対抗馬に圧勝した。若くて未知数ではあるが、可能性と清潔さに賭けた千葉市民の期待を裏切らないで欲しいものだ。時代が刻一刻と変わっているということだろう。
764.6月16日(火) 生命保険の契約変更
 高校ラグビー部の後輩、鈴木敦雄くんに生命保険をお世話になっている。7年前まとまった金額を一括払いして、死亡の場合にいただける保険金はその倍額になる契約を結んだ。しかし、最近になってその保険料がそのまま塩漬けになって、このまま使えなくなっては自分の金でありながら自分の金ではないような気がしてどうするのがベストかしみじみ考えるようになった。一旦現在の契約を解約して、毎月定額保険料を支払う契約を交わした方がよいのではないかとも考え、今日後輩に会って相談したところ良いアイディアを提示してくれた。年齢的に解約は不利で、生保会社から保険料総額の9割以内で借金して利息を定額保険料として支払うのがベターではないかとアドバイスしてくれた。しかも金利は年利3%ということなので、あまり負担にならない。金利は最終的に遺族が保険金を受領する際に相殺されるということだった。流石はプロの的確なサジェスチョンである。これなら極めて好都合であり、早速信頼できるアドバイスに従うことにした。まあ生命保険なんかであまり頭を使いたくない。これからずっとこのまま行きたい。
 朝刊紙で「週刊女性」誌の広告を見てびっくりした。タイトルは「王貞治『老老介護苦汁の現実』」となっていた。失礼ながら王さんの母上はすでに亡くなられたのではないかと思っていた。1901年9月のご誕生だから、現在107歳のはずである。長い間王家の皆さまと交流があったので、母上のことはある程度承知していた。ご家族がおそろいのころは、毎年正月に箱根旅行をお世話していた。王一族打ち揃ってハワイ旅行をされた時など、母上は帰国日が運勢上良くないと仰ってそのまま自宅には帰らず、成田にお一人で一泊されたこともあった。8年前の百賀のお祝いのパーティも王貞治前監督の兄上で医師の王鐵城先生から依頼されて新宿センチュリー・ハイアットで設営したこともある。
  3年前に王先生にお会いした時、母上は大分弱っているので信頼できる施設にお世話になっていると仰っていた。昨年暮れにその王先生が亡くなられた時、葬儀の場に母上の姿はなく、お名前も掲示されていなかったので、やはりもう鬼籍に入られたと早合点していた。それが何と今朝の週刊誌の広告である。
 早速週刊誌を買って読むと、特別な内容ではなく、先年恭子夫人を亡くされた王貞治氏が、ひとりで、或いは娘さんと時折母上をお見舞いしているという週刊誌のトップ記事として大騒ぎするほどのものではない。
 今や兄の王先生も亡くなられ、夫人にも先立たれ、大きなお世話かも知れないが、野球人としては最高位を極めた王貞治氏にとって、家庭的にはあまり恵まれているようには見えない。王先生夫妻と私たち夫婦で一緒にヨーロッパ旅行をして、王家の方々とは随分親しくご厚誼をいただいただけに、とてもお気の毒で少々寂しい気もする。人柄の良い王貞治氏は私より2歳若いが、いつまでも元気でいて欲しいと願うばかりである。
765.6月17日(水) イランの民主化?
 イランが荒れている。先日行われた大統領選挙が、予想を超える現職の圧勝という結果に終ったことが原因である。現職のアフマディネジャド大統領が圧勝したが、対立候補のムサビ元首相支持者が現大統領圧勝の陰で選挙結果における不正があったと異議を唱え出したからである。1979年イスラム革命以後イラン国内でこのような大規模なデモが行われたことはなかった。反米一辺倒の保守派・アフマディネジャド大統領の磐石な体制も揺さぶられている。当初現職が圧倒的な勝利を収めるかに見えたが、選挙戦中盤から革新派のムサビが追い込んで投票日直前には僅差の勝負になるとみられていた。しかし、結果は現職の圧勝だった。これが騒ぎの原因だったから分らないものである。最近のイランの動きを見ていても、是非は別にしてもやはりアフマディネジャド氏が強いのではないかとは思っていた。
 一般にイスラム国家というのは、政治的には非民主的である。イランはイスラム体制だが、中東では珍しく民主主義制度の残る国である。その少ないイスラム民主主義国家の中で、イランは堂々総選挙で国民に信を問うている。しかし、それはまだ見せかけだけで民主化は体制組織の中ではごく一部で、国家の権力構造は宗教指導者の権限が相変わらず強い。その証拠に最高指導者は大統領ではなく、聖職者・ハメネイ師と言われている。この国が大統領の一方的な独裁色を打ち出すのは、革命防衛隊という組織が力を握ったからで、政府幹部もほとんどこの革命防衛隊の出身者である。ハメネイ師自身体制維持のために防衛革命隊に頼るという、奇妙な相関関係があるからだろう。しかし、民主化へ進む一歩としてこの何やら、この何やら秘密めいた革命防衛隊なるものの存在を明らかにする必要があるのではないか。
 今回のデモが多少民主化への目を開かせてくれたかと思いきや、イラン政府は許可のない海外マス・メディアの取材を一方的に禁止するありさまである。枠を広げて大勢の外国人ジャーナリストに臨時ビザを発行して、自国の民主化をPRするつもりだったが、暗に反してそうは行かなくなってしまった。
 私自身2度に亘ってイラン国内を歩き回り、このイスラム国への思い込みが強いだけに、今の強硬姿勢にはどうしても違和感と反発を覚える。もっと素直に国民の声を反映させることはできないものか。このままでは国際社会から益々嫌われてしまうのではないか。
766.6月18日(木) 広告会社が戦争を仕掛ける?
 一年ぶりに多摩大学でジャーナリスト・江川招子氏の講義を聞いた。昨年の講義が面白かったので、期待していたが、正直に言って内容的には昨年ほどの面白さはなかった。しかし、中々説得力のある魅力的な話しぶりで、近年メディアが抱える問題、取材の現場の苦労話を聞かせてくれた。また、想定外な話も聞いて興味は尽きなかった。題して「新聞の読み方・テレビの見方」である。
 今日の講義で江川講師はいくつかの問題点を提起されたが、大きな問題としてマス・メディア業界全体に、不況の影響による広告量の減少、それが新聞の頁数の減少となり、記事より写真が増える傾向にあると指摘された。実際今朝の朝日などはかつては考えられなかったような二流、三流の広告が載っていた。メディア内部の問題としては、@「週刊新潮」の誤報、というより意図的とも思える朝日新聞神戸支局員殺害事件のニセ犯人問題、A奈良県少年放火殺人事件、を例証された。現在事件の情報源が罪に問われるケースが深刻になっている。同時に、「SLAPE」と呼ばれる公的発言を封じる行為が問題視されている。例えば、真実を究明した結果、逆に裁判に訴えられた場合、対抗上弁護士に相談せざるを得ない。時間のやりくりも大変だが、それ以上に高い弁護士費用を払えないケースが出ている。講師自身もオウム真理教から坂本弁護士殺害事件に関連して、訴えられた体験を話された。それが行き過ぎるとジャーナリストもつい無難な記事を書く傾向に陥る。こういう流れをどう食い止めるか。
 また、広告掲出企業を悪く書かない傾向も表れてくる。最近では一部にかなり批判されたトヨタの奥田氏とキャノンの御手洗氏のメディアに対する嫌がらせ発言の例がある。
 怖いのは、広告会社が広告を作る際に、広告会社のイメージで作る場合であると非難していた。外国では、湾岸戦争やユーゴスラビア解体直前の恣意的なCMが戦争を引き起こす結果になったと、「戦争広告代理店」とまで呼んで糾弾しておられた。現在の傾向としては、「見るものが欲しがるものを出す」ということと、「何事も短く」というのが時代の風潮であり、キーワードのようである。
 考えてみるとこういう風潮が進むと、マス・メディアは徐々に内部崩壊していくのではないか。広告会社が戦争を仕掛けるとはまったくもって考えたことがなかった。
767.6月19日(金) ブラウン英首相がビルマ軍政を非難
 イギリスのブラウン首相が、今日ビルマのアウン・サン・スー・チーさん64歳の誕生日に際して、ビルマ軍政に対する極めて強い調子の寄稿文を朝日新聞に寄せた。スー・チーさんはもう13年も軍の厳しい監視下に置かれて外出も思うようにできない。ブラウン首相は国際社会がビルマの悲劇を忘却の彼方へ追いやってしまうことを恐れるかのように、世界中の人々に軍政に対して強い行動を起こすよう呼びかけている。元々イギリスの植民地であったという負い目があるのかも知れないが、日本をはじめ近隣諸国があまりビルマに対して、本来の支援活動を起こさないことに対する苛立ちが発散されたようだ。イギリス政府はビルマ軍政の正統性を認めておらず、ビルマが軍政になってから国名をミャンマーと変更したが、イギリスは受け入れず、依然としてビルマと呼んでいる。一時的にビルマが話題になることはあるが、国際社会からはすっかり忘れられた存在になっている。
 ところで、国連制裁を受けている北朝鮮の貨物船が出国して中国沿岸部に沿って南下している。アメリカ政府は積荷の検査を、入港した国へ要求すると上空から監視しながら尾行を続けている。その入港先がビルマらしい。一両日内に判明するだろうが、ビルマは北朝鮮の貨物船を受け入れ、その場合アメリカの要求通り積荷の検査に応じるのだろうか。両国ともによくよく物議を醸す国である。
 今日は一日中忙しく、池袋から新宿、そして駒澤大学と移動ばかりしていた。池袋では、外人向インバウンドツアーの紹介と立会いで、以前に会ったことのある王一仁さんに話を聞いた。中国を中心にアジアからの旅行客に小田急の施設を利用してもらおうとの試みである。‘VISIT JAPAN’を標榜する観光立国政策の影響もあり、年々訪日客が増えているが、国内の受け入れ施設が整備されないようでは話にならない。その最たるものがガイド不足である。王さんの話によると、ガイド資格試験の合格率が低くて絶対数が不足しがちであるという。それでいて、日本にはガイド数を増やそうとの気持ちが感じられないという。それは、中国人が中国語ガイドの資格試験で、歴史、地理、文化等は合格点に達していながら、本家本元の中国語で落とされるという椿事があるという。韓国語でも、韓国人が語学で落ちるというミステリーにどうしたら良いのか分からないと率直に話してくれた。まあこんな愚かなことをやっている国土交通省の役人は、本丸がどこか分からず、政策立案だけやっている感じである。これで観光立国とは少々お粗末ではないか。日本のお役所仕事というのは、いつもこうだ。
768.6月20日(土) ペトロ岐部の殉教
日本キリスト教団中目黒教会で伝道集会があり、「ローマまで歩いた日本人、ペトロ岐部の殉教」のお話があると小中陽太郎さんから案内をいただいていた。中目黒教会へは以前一度訪れたことがあるが、今日の催しは中々興味深い趣向だった。キリスト教については、それほど詳しく分からないが、出席者の質問の中には、プロテスタント教会でカソリックの人たちを主題に催しを行うことは稀で、その意欲的な試みを評価する声があった。
  実はペトロ岐部という人物がどういう人で、歴史上どういう役割を果たしたのかよく分からなかった。話をされたのは、川村信三・上智大学准教授だったが、ローマで学んだので流石に詳しい。
  ペトロ岐部は天正少年遣欧使節団より20年ほど遅れて、キリシタン禁教令の下で外国人神父や仲間とともに追われるように長崎を発って行った。些か恥ずかしかったが、ペトロ岐部は少年遣欧使節のひとりだと思っていた。船と自分の足で目指すローマへ向かい、お仕置きを覚悟で日本へ帰り、殉教した。川村講師の話によると井上筑後守が処刑の決断を下した際に、ペトロ岐部の強い信仰心と揺るがぬ決意に感動したようである。その辿ったルートを見るとホルムズ海峡から砂漠の中をペルシア、イラク、シリアを経由してエルサレムへ到着した。その後ベネツィアから、ローマへ入り、マドリード、リスボンを経て海路東南アジアを経由して帰国した。
  1614年に発って16年後の1630年に日本へ戻ったというから、この時代では宇宙的な大旅行だったことが分かる。今日の出席者からペトロ岐部が処刑されたのは、江戸・札の辻だという説明があった。新知識ばかりだ。ご出席の人たちはそのあたりの薀蓄にかけては詳しく、質問でも話の内容でもとても私にはついていけるものでなかった。
  進行は小中さんのリードで進められたが、奥さまともども熱心なクリスチャンである小中さんは、素敵なコーディネーター役をこなしておられた。賛美歌から取った「勝利をのぞみ」という歌詞が、懐かしい‘We shall overcome’であるとは知らなかった。かつてはベトナム反戦デモの際よく英語歌詞で歌ったものである。浅はかな知識から、この歌はフォーク歌手ジョーン・バエズが作ったものだとばかり思っていた。終ってから階下で手に入れた90頁ほどの小冊子‘PETRO KIBE’「ローマまで歩いた男」はざっと目を通しただけだが、コンパクトによくまとまっている。ペトロ岐部について新たな一面を知ることができたように思う。
  目黒区議の須藤甚一郎さんも来ておられた。教会を出て歩道で須藤さんがご存知のタレント・久本雅美さんにばったり逢った。以前の仕事の関係で須藤さんもお顔が広い。そのまま自由が丘へ出て、小中さんご夫妻のおごりで、須藤さん、それに最近ソマリア沖の海賊対策でジブッティへ行かれた防衛省深山秘書課長とともに食事をした。

769.6月21日(日)時代は世紀末に近づいているか。
 一昨日懸案となっていた臓器移植法改正案が衆議院で可決された。微妙に異なる4つの案が出されていてどうなるのか国民には分かりにくかったが、結局「脳死は人間の死」との前提が認められたことになる。今日まで法制化が難しかったのは、倫理的な問題を含んでいるため是非を判定する法律に馴染まず、どの政党も国会議員も猫の首に鈴をつけたがらなかったことが原因である。わが国はこれまで高い治療費を支払って海外で手術を受けるという個人的な行為に頼り、問題解決を先送りしてきた。
  先般WHOが臓器提供者の不足から、臓器は同国内で提供されるべきであるとして、外国で臓器提供を受けることを禁ずる警告を発した。それにより日本国内で臓器提供者の少ない現実を踏まえ、臓器提供者の枠を広げようとの発想が、今回の衆議院における法律改正に辿り着いた。しかし、この法律は結果的にさまざまな問題提起を来たしている。国会審議は充分でなくバタバタと決めてしまったことが、専門家の間に不満を膨らませている。
 それにしてもこの問題以外にも、この一両日の間の立法と行政のドタバタは目に余る。例えば、一度に3つの法案を可決して、こんな拙速でよいのかと考えてしまう。ここへ来て一日の内に「海賊対処法案」「国民年金法改正案」「税制改正法案」の3法案を通してしまったのである。国会開催期限のことも念頭にあったと思うが、議員はそれぞれの法案の内容が充分分かっているのだろうか。行政でもおかしなことがまかり通っている。建設効果が費用に見合わないとして、国土交通省がこの三月末に建設を凍結した国道18路線について、大半は事業が再開されるどんでん返しとなったことである。これでは何のための見直しか。朝令暮改を堂々と繰り返して、政治家も役人もまったく恥じない。国交省の対応には開いた口が塞がらない。金がかかるから工事を停止にしたはずであるが、族議員の要望があればすぐひっくり返してしまうのである。これなら最初から見直しなんて必要なかったのではないか。毎度こんな調子だから、政治家も役人も信用できない。
 さて、荒れたイラン国内情勢は、最高指導者・ハメイニ師が選挙の結果は正当であるとして、革新派のムサビ氏や支持者に反対運動の中止を促した。一旦は収まりそうに見えたが、群集は納得せず、暴動一歩手前の騒動になっている。警備隊の発砲により10人が死亡したとも伝えられている。ここもいつ平静さを取り戻すのか。北朝鮮の貨物船もどこへ行ったのか。ビルマはどうなるのか。イラクでは自爆攻撃により60人が亡くなった。
  国内では一部の人間が勝手な振る舞いをして国を劣化させ、世界では無軌道、暴動、無差別殺人が当たり前のようになって世界中に不安の種をばら蒔いている。世紀末的な影が忍び寄っている証左だろうか。

770.6月22日(月)ロマンスカー車内での取材
 知研「出版プロジェクト」で私にとって4回目のインタビューは鉄道作家であり、推理作家でもある野村正樹さんだ。野村さんの提案で、小田急ロマンスカーの展望車を部分的に借り切って、そこで取材するという珍しい舞台設定になった。出版社も興味を持ってくれ、予備席を含めて22席をリザーブして、小田急電鉄にも前以てこの企画について了解を求めた。
  16座席をフロントガラスに向かって「コ」の字型にアサインして応接間空間を作って、ゆったりした雰囲気の中で取材ということになった。流石に「鉄っちゃん・野村正樹」の面目躍如で心憎いばかりの心配りと演出である。予め質問をお送りしておいたが、特に「知の現場」という書名に関する「知」に拘った質疑となった。
 恐れ入ったのは、事前の質問に対して事前に野村さんから書類により一部回答をいただいたことである。少々難しいインタビューになるかなとの懸念は見事に吹っ飛んだ。野村さんにとっての「知的生産」とは、人間としての理想である「真善美の追求」「清く正しく美しく」のために4つの「識」、つまり知識、常識、見識、美意識を磨き、これに触媒を加えて5つの「シン」の行動、端的に言って発信、受信、共振、疑心、確信することであると言われる。野村イズムの斬新な命題が浮かび上がったような気がする。
  ロマンスカー内での質疑は賑やかでやや落ち着きのないものだったが、中々珍しい体験で楽しいものだった。小田原駅では、知研会員の石川均さんがわざわざ年休を取ってワゴン・カーで出迎えてくれ、野村さんが連絡を取ってくれた二宮神社へ案内してくれた。野村さんは小田原で二宮尊徳博物館と報徳二宮神社見学を設営してくれていた。博物館で学芸員の説明を受けた後、草山昭・財団法人報徳福運社理事長から二宮尊徳の偉業と思想について話を伺った。草山理事長はかつて報徳二宮神社の宮司だった。昨年ブラジル移民100周年記念行事のためにブラジルへ行かれ、ブラジル日系人の尊徳について学びたいとの熱心な声に接した。帰国後尊徳の像を贈って普及にも力を注いでおられると仰っていた。「報徳精神」というのは、そもそも「神・儒・仏」が一体化したものだとの説明を受けたが、その考えは、神が50%、儒は25%、仏が残りの25%だと教えられた。神が半分も入っていることは中国辺りでは受け入れられないだろうと考えられるが、思想的に難しい中国でも近年二宮尊徳に関する関心が高まってきているということである。また国内でもトヨタ自動織機では、経営の参考のために、尊徳に対する教育を広めたいと言っていたそうだ。今や日本の教科書で尊徳について教えられることはなくなってしまったが、現在のような経済破綻、倫理観の失われた時代だからこそ、反ってその思想が強く求められているとのお説であった。まさにその通りである。
  今日の取材は一風変わった取材になったが、二宮尊徳を見直す機会にもなった。いつまでも印象に残るものである。
771.6月23日(火)沖縄で64回目の慰霊の日
 終戦から数えて64年目の今日は、沖縄地上戦で命を落とした犠牲者を悼む「慰霊の日」と呼ばれている。戦争犠牲者の碑の前では、ほとんどの人がもう戦争は繰り返さないと誓う。しかし、現実には戦争は無くならず、むしろ近年は地域戦争や民族紛争が頻発している。激戦地となった糸満市摩文仁の丘の平和祈念公園では、沖縄全戦没者追悼式が開かれた。4,500人も参列したこの追悼式には、麻生首相も出席し追悼の言葉を述べた。残念ながら、野党代表者は誰一人として列席しなかった。いつも声高に戦争反対を叫び、国際的に注目を集める核反対運動などでは先頭に立つ共産党や社会党の党首はもちろん、野党第一党の民主党執行部からは誰も現地へ足を運び、追悼文を述べる関係者はいなかった。
 戦没者の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」には、すでに24万人を超える犠牲者が祀られている。口先だけ戦争反対と言ったって、どこまで本心かは分からない。現場で慰霊碑の前に立ち、静かに戦争の情景を思い浮かべ、関係者の話を聞いて、初めて心にずしんと来るものである。私自身の経験から言えば、熾烈な戦いが行われた土地で体験者から話を聞いて自分のイメージをダブらせると、自然に目頭が熱くなってくるものである。そこに追悼の気持ちも生じるのである。だからこそ現場である戦地へ足を運ぶことに意味がある。然るに、憲法改正反対とか、原子力発電所建設反対、自衛隊海外派遣反対とか、とかく派手に報道される運動には力を注ぐが、日本人にとって戦後復興の原点でもある沖縄最後の地上戦と、その犠牲者に対して、そっぽを向いているかの如き、リベラルと称する面々の物静かな声は一体全体何だろうか。もう少し誠実な良識と日本人としての心があっても良いのではないかと思う。併せてマス・メディアの見識も問いたい。
  今日は各地で真夏日となり、熊谷市では摂氏33.8度を記録した。この暑い中を歯科、整形外科、内科と医院のはしごである。先日抜けた歯の治療もどうやら終わりとなって、整形外科と内科は定期検査に行く。相変わらず高めの血圧については、整形医と内科医とももう少しこのまま同じ量の投薬で行こうということになった。

772.6月24日(水)寺島実郎先生にご高説を賜る。
 知研「出版プロジェクト」で楽しみにしていた寺島実郎先生への取材を今日午前都内で行った。現在マス・コミで最も売れっ子の「すべてに精通する評論家」の寺島先生は、執筆に、テレビ出演に大童の活躍ぶりである。その蓄積されたノウハウと諸外国現状分析の面で、これまでの学究的知識と頻繁な海外視察による定点観測により、その真っ当な社会解析は並外れており、分析と先行予測は類稀な正確度を誇り各界から信頼されている。財団法人日本総合研究所会長、三井物産戦略研究所会長の要職に加えて、今年4月から多摩大学学長にも就任されている。その他にも文科省・中央教育委員会委員を始め、政府関係の委員を含めて29の役職や委員を委嘱されている。有識者の中でも現在日本で最も多忙なおひとりである。
 以前よりどうしたらあれ程正確な情報分析と予測ができるのだろうかというのが素朴な疑問だった。多忙の中を約一時間に亘りインタビューに応えていただいた。インタビューは知研・仙台支部長の横野洋卯子さんが担当され、今日に備え昨日上京された。
  昨日入手した横野さん作成の事前質問は、情報収集、構想、自己表現の3つの分野に細かく分けられている。寺島先生から多くの点で印象深い示唆を受けたが、情報はかき集めるだけではダメで、他の事象との相関を考えるべきであると言われたこと、団塊世代への手厳しい指摘、現代若者についての感想、父の転勤に伴う転校体験、三井物産入社直後の海外体験、演繹法と帰納法しか解決手段を持たない秀才、等について伺った話が大変興味深かった。
  九州から北海道、そして逆コースとまったく異なる土地柄の中で初中等教育を受け、高校時代にクーデンホーフ・カレルギー著「パン・ヨーロッパ」を訳された鹿島守之助氏へ大胆にも直接手紙で訳著をおねだりしたエピソードを披露してくださった。三井物産ではすぐイスラエルへ駐在して、テル・アビブ大学で学んだ体験とイランのIJPC(イラン石油化学プロジェクト)への関わりが、イスラム、或いは諸外国との相関関係の大切さを知るきっかけになったと仰った。
  三井物産へ入った動機について補足的に質問させてもらったが、答えは一般の商社マンとしての入社とは異なり、最初からシンクタンクである三井物産戦略研究所へ入り、商社の営業活動には携わっていないとお答えいただいた。現地で現場の空気を知ったことが、その国について確たる信念を持って論ずることができる根拠となっているということだった。
  それにしても、現代の若者に力がなくなったとの件では、世の中に不条理とも思える差別とか、貧困差がなくなったことで、若者の間に怒りがなくなったことが原因と仰った。知識人についてもわななくような怒りがなくなった。これはもう人間ではないとまで言われた。ご自身が団塊世代であることについてもろくなものではなく、長い日本の歴史上自由に生きてよいと言われた唯一の世代であり、公から逃げた世代だと自嘲的に話された。そこまで厳しく責めることはないのではないかとも思うが、きっと団塊世代としていたたまれないほど良心の呵責の気持ちが強いのだろう。それと同時に責任を持たずに育った団塊世代の子どもたち、団塊ジュニアについても厳しい見方をされた。団塊ジュニアは「ミーイズム」と呼ばれ、ライフスタイルは不干渉主義、好き勝手のし放題と手厳しい。ホリエモンや、秋葉原無差別殺傷犯人らを始め、SMAPが歌う「世界にひとつだけの花」の歌詞なんかもぼろくそだった。
  しかし、寺島語録は頷けることばかりで流石に現実をよくご覧になっていると思う。実に教えられることの多い取材だった。寺島先生も終始笑顔を絶やさず、アットホームな雰囲気の中で時間いっぱい格調高いお話を伺った。同席された久恒啓一理事長には、終ってからホテルで昼食をご馳走になった。

773.6月25日(木)ジャーナリスト岸井成格氏の北朝鮮分析

  多摩大学の公開講座で毎日新聞特別編集顧問・岸井成格(きしいしげただ)氏の講義を聴講した。ジャーナリストとして広く知られ、博識でもあり、その語り口もポイントを掴んでいて分かりやすい。今日のレクチャー「文明の岐路に立つ世界と日本」は内容が多岐に亘り、珍しい話題も多く面白かったが、話題があまりにも広がり過ぎてやゝまとまりがなかったように感じた。その最たるものは、レジュメに項目が列挙されていたにも関わらず、それ以外の話題に時間を割き過ぎてタイムアップになってしまった時間配分にある。もう少し詳しく話を伺いたかったというのが本音である。レジュメに挙げられていながら、話されなかった「座標軸の置き方」「世界に3つ、日本に1つの座標軸」「イラン革命と大統領選挙」については興味があり、ぜひとも岸井氏の見解を伺いたかったが、成らなかったことが大変残念だった。
 冒頭に沈才彬・多摩大教授が岸井氏を紹介した時、1972年6月の佐藤栄作首相退任記者会見で取材記者と首相との間でひと悶着あって、記者団全員が退席した時の張本人が岸井氏であることは初めて知った。あの記者会見は偶々見ていたので、突然のハップニングにびっくりしたことをよく覚えている。その時、記者の気持ちも理解できるが、記者団が取材しなくなってはお仕舞いではないかとも思った。本人に言わせると若気の至りとのことであるが、ある面で岸井氏も相当気骨のあるジャーナリストである。日頃より的確な表現で事象の因果関係を浮かび上がらせたり、同席者のピントの外れた意見に対してもきちんと指摘したり、中々の人物であると一目置いていた。
 ワシントン特派員時代の日米自動車摩擦問題を取材した体験談と、前段で話された北朝鮮問題に興味をそそられた。北朝鮮が2012年に30数年ぶりに労働党大会開催を決定したと話された。これを機会に強盛大国、核ミサイル大国の道を突き進むだろう。前例(金日成から金正日へ政権世襲)に倣えば、この大会で金正日から三男・金正雲への世襲が正式に承認されるそうである。また、中国が北朝鮮の崩壊を支える立場にあり、朝鮮戦争では国連軍に対して共に戦った同盟意識もあり、このまま支援し続けるだろう。驚いたのは、中国が北朝鮮の核開発、核実験を諌める立場上、その説得の殺し文句は北朝鮮が核の開発を進めると、必ず日本が核開発に乗り出すので、抑えてくれという言葉だそうである。日本の核開発は、能力的に可能なだけに欧米も大分警戒しているらしい。その点で日本は同盟国からあまり信用されていないようである。その北朝鮮を先日離れた貨物船はどうやらビルマ海域へ近づいているらしい。
 昨日から政界に旋風を巻き起こしている東国原宮崎県知事の、自民党へ突きつけた要望書(知事から国政転出の条件として、自民党総裁候補として推薦する)についても触れられた。やはり政治部記者としての長いキャリアがあり、自民党の立場、執行部の気持ち、長老議員の考え等が、心理面まで踏み込んで興味深く、かつ分かりやすく説明してくれた。ジャーナリストとしては大命題を語るより、どうしても直近の話題の方に話が流れる傾向があるようである。
774.6月26日(金)King of Pop’マイケル・ジャクソン逝く。
 今朝アメリカのスーパースターである‘King of Pop’マイケル・ジャクソンが亡くなった。享年50歳だからあまりにも早過ぎる旅立ちであるが、近年のマイケルにはトラブルやスキャンダルが付きまとい、やヽ落ち目の傾向があった。特に数年前には子ども性的虐待容疑で逮捕もされた。歌と踊りの上手さは天才的で、巨万の富を築いたが、白人化するような整形大手術などでかなりの借金も背負っていたという。度々来日して日本にもファンが多かった。‘Thriller’というレコードは100億枚以上も売り上げたというからミリオンセラーどころではない。今夜TVでその13分余のプロモーション・フィルムを観たが、中々見事なもので歌の迫力といい、リズミカルなテンポといい、やはり並のスターではない。
 戦後のスーパースターだったエルビス・プレスリーが197742歳で、同じく心臓発作によって亡くなったのはハワイで知り、ビートルズのジョン・レノンが198040歳の時凶弾に倒れたのを知ったのはマルセイユへ出張中だった。今日マイケルの死は自宅のTVでごく普通に知った。自分自身最近あまり海外へ出歩かなくなった証しだろうか。
 テレビ朝日の「報道ステーション」の中で、一昨日お会いした寺島実郎氏がいみじくもマイケルの死について、40代、50代の中年になってだめになるのを防ぐ支えになるのは、@話し合える友人と配偶者(家族)がいること、A生きていくための使命感を持っていること、と話されていた。スーパースターの心の内にそういうものが欠けていると推察されたのだ。
 駒沢大の2単位の講座は、ひとつは広告掲出の減少に関したもので、広告量の減少が年々進み、特に新聞、TVのへこみ方はどうしようもない。原因はインターネットとフリーペーパーである。新聞販売量の減少は、アメリカでも深刻で今朝の朝日新聞に長い伝統を誇る、シアトルの「シアトル・ポスト・インテリジェンサー」と、デンバーの「ロッキーマウンテン・ニューズ」が倒産したことが報じられていた。そのほかにも「ボストン・グローブ」のような一流新聞でも経営の岐路に立たされている新聞社は多い。かつては新聞社や出版社、テレビ局などは、黙っていても顧客が付いて経営は安定していると見られていたが、時代が変わりインターネットのような想定できなかった新業種の参入により、産業界も大きく変わったのである。
 もうひとつは、検索エンジン‘GOOGLE’の最近のストリート・ビューとか、世界中の出版物のデジタル化によって関係者の著作権問題が起こっている点について、講師が例題を挙げて説明された。特に、最近日本ペンクラブが承服し難いとのコメントを発表したことを例に挙げた。私なりに2月に日本文芸家協会から受け取った手紙について簡単に説明した。
775.6月27日(土)世界遺産登録維持の難しさ
 昨日のニュースによると、現在世界の世界遺産878箇所のうち、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」がユネスコによって世界遺産の登録を取り消されたという。私が訪れた143箇所の世界遺産訪問記録の中にもドレスデンは入っている。これで私の個人記録も1箇所減じて142箇所になったことになる。
  キャンセルされた原因は、交通渋滞解消のために、エルベ川を跨ぐ大きな橋を建築することになったからである。美しいドレスデンの景観が橋脚の建設によって台無しにされ、文化遺産の価値を失わせるというのがユネスコの言い分だ。ユネスコは再三に亘ってドレスデン市へ「もし橋脚を建設したら文化遺産の指定を取り消す」と警告を発していた。悩んだ市当局は熟慮の末に、橋梁建設の賛否を住民投票に委ねた。結果的に橋脚建設賛同派が自然保護派を破って橋脚は建設されることになり、文化遺産はその指定を解除されることになった。住民の生活がかかっているだけに、何とも切ない結論である。ドレスデン市民の日常生活上の利便性を考えると、外部のわれわれとしては何も言えない。
 しかし、この世界遺産登録取り消し問題は、われわれ日本人の胸元にも匕首を突きつけている。何でもかんでも世界遺産にしてもらおうとの熱病的世界遺産オタクから一歩身を引いて考えてみるべきである。文化遺産や自然遺産を守ろうとの真摯な気持ちは尊いものであるが、そのまま原形に近い形で守り続けることは、並大抵の努力では難しい。
 実際東洋文化史研究家、アレックス・カー氏が、高野山の散歩道の杭ポストを無許可のまま木製から石製に作りかえたのは、ユネスコによる世界遺産タイトル剥奪の可能性があると指摘していた。そのくらい現状維持のために真摯な気持ちで費用をかけることは、大変なことなのである。
 今日日本では、平泉・中尊寺、富岡製糸工場、富士山ほかが次の世界遺産登録の候補地とされているが、その後に原形のまま後世へ伝えていく強い気持ちがなければ、これらの遺産登録はまったく意味のないものとなる。
 ドレスデンは、戦前美しい都市として知られていたが、戦災により灰燼と化した。それが戦後長い年月をかけて復興された。でも、そこまでだった。われわれもこのドレスデンの例を他山の石として考える必要がある。現実の生活と自然・文化を守ることの選択を迫られた時、われわれはどういう道を選ぶだろうか。
776.6月28日(日)アマチュア・オーケストラに寛ぐ。

 アマチュア・オーケストラ「上野浅草フィルハーモニー管弦楽団」の定期演奏会が半年ぶりに浅草公会堂で開かれ、いつも通りゼミの仲間が集まった。妻はコーロ・ブリランテのコンサートのため参加できなかったが、全員で20名のゼミナリストと連れ合いが集まった。演奏曲目はウェーバーの歌劇「魔弾の射手」、リスト「レ・プレリュード」、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」である。「魔弾の射手」のスタート部分しか知らないほど全般的に無知だった。もう少しポピュラーな曲でないと私には少々辛い。アンコールでやっとチャイコフスキーの「白鳥の湖」を演奏してくれたので、漸く落ち着いて聴くことができた。
 相変わらずオーケストラ最年長の赤松晋さんはチェリストとして頑張っている。4回目のお披露目なので、われわれもある程度は演奏水準が分かってくる。アマチュアでよくこれだけの演奏とハーモニーを奏でられるものだと感心しきり。約2時間の定期演奏を充分堪能することができた。
  終ってからいつも通り「神谷バー」で会食となった。今日はどういうわけが予約してもらっていたが、満員状態で周囲の雑音が煩いこと夥しい。ここへ主賓である赤松夫妻も加わり、騒々しい環境の中で楽しい宴となった。
 誰しも思うことであるが、2年間ゼミで学んだことが卒業後50年近くを経て、学生時代の疑似体験を基に定期的に相集うことができるのは実に貴重であり、楽しいことである。幸い恩師である飯田鼎先生も健在であることがなお一層求心力を高めている。仲間たちとはこれからもしばしば会ってお互いに切磋琢磨していきたいものである。
 3日前に自民党より知事から国政への転進を求められた東国原宮崎県知事が、@全国知事会でまとめられた事項を自民党のマニュフェストに盛り込む、A東国原氏を自民党総裁候補とする、との二つの条件を付けたことが物議を醸している。この知事の条件についていろんなコメントが伝えられているが、年配の自民党議員には格別評判が悪い。知事は真面目に話しているが、自民党議員は怒りきっている。まあ、常識的に言えば怒るのもよく分かる。
 私見を言えば、知事が地方を活性化させるということをしきりに言っているが、その地方の知事になったばかりなのに、約束した4年間の任期を全うしないことがまず問題だと思う。テレビに出演していた経験から、どうも日の当たる方向へ動こうとする様子が窺える。まずは、宮崎県民と約束した公約を任期内に実行することが先決ではないか。このわだかまりは当分解消しそうもない。
777.6月29日(月)真面目で正義の人、岩波茂雄
 ある打ち合わせで福岡へやって来た。東京は快晴だったのに、博多は土砂降りである。地下鉄で博多駅まで来たが、相変わらず博多駅は工事を続けていてどうも分かりにくい。ホテルで明日の打ち合わせに備える。
 文春文庫に山本夏彦の「私の岩波物語」がある。気にも留めなかったが、駒沢大講師が薦めたので八雲図書館から借りてきて頁をめくってみてこれは面白いと思った。岩波書店を起ち上げた岩波茂雄に関する個人的なコメントを始めてして、やヽ岩波に対して厳しい見方で捕らえているようだが、なるほどと頷かされることが多い。
 同書冒頭に以下のような件がある。「岩波茂雄はまじめな人、正義の人として定評がある。私はまじめな人、正義の人ほど始末におえないものはないと思っている。人は困れば何を売っても許されるが、正義だけは売ってはならない、正義の人は汚すと聖書にある」
 やれやれという思いである。というのは、まじめで正義の人を私自身は最も尊敬するからである。福沢諭吉然り、河上肇然りである。これには当然解説が伴うと思う。同書をまだ通読していないので、定かではないが、山本夏彦の言う「始末におえない」人物というのは、加えて頑固で自己主張の強い人ではないかと思っている。悪者、ばか者でないことははっきりしている。自分で言うのも気が引けるが、私自身少々真面目が過ぎて正義感が強すぎるのが、融通の利かない点だと思っている。加えて、頑固で自己主張が強い。一時岩波に憧れたこともあり、スケールは大分違うが岩波茂雄は理想の人物とも思っていた。大正末期の円本に対抗して、岩波文庫を大衆的な価格で良書を安く手に入れられるように、出版業界へ乗り出して行ったことは、世論をリードして、結局時代をリードすることにもなった。
 山本夏彦氏に一言言いたい。真面目で正義の人こそ敬われるべきで、ネイチブな表現で人々をあまり惑わさないでもらいたい。
778.6月30日(火)田母神俊雄・元航空幕僚長、またもや物議を
 あれから6年余が過ぎた。2003年3月20日ウラジオストック空港のトランジットルームで、新潟行きアエロフロート機を待っている間にテレビでそのニュースを知った。イラク戦争の開戦である。開戦以来泥沼の6年が経過したが、まだイラク国内は混乱している。オバマ大統領が就任して米軍主力をアフガニスタンへシフトする戦略展開により、今日アメリカは国内の都市部から米軍駐留部隊を引き上げる。まだ地方都市に軍隊の一部は残るが、いずれ来年8月にはすべての米軍はイラクから撤退する。一応の筋書きはそうできている。しかし、最近になって都市部の無差別テロが頻発し、このまま治安悪化の不安が残れば、シナリオが変わる心配もある。
 イラク戦争勃発以来イラク国内におけるイラク人犠牲者は莫大な数となったが、一方アメリカ兵の犠牲者数も4,300人を超えた。イラク、アメリカ双方に大きな傷跡を残して、治安不安定のままイラクは治安部隊(61万4千人)の装備によって、これから独自の統治により国内を安定させ、国民に安心できる生活を保証しなければならない。このまま治安が保たれていくのかまだまだ予断を許さない。 
 自衛隊の最高幹部である航空幕僚長でありながら、国の防衛政策を否定する論文を書いて罷免された田母神俊雄氏が、広島原爆忌の来る8月6日に広島市内で講演するという。そのテーマが「ヒロシマの平和を疑う」と題するものだというから、広島市民いや日本国民のほとんどの感情を逆撫でするものである。敢えて最も原爆に神経質になっている広島市内へ乗り込んでまで、平和運動に反対するようなタブーに挑戦するテーマで講演する神経は些か常軌を逸していると言わざるを得ない。この人は最近金の亡者のように、本を書き、全国を講演して荒稼ぎしながら持論を訴えている。
  広島市は早速FAXを送り日程変更を田母神氏と講演主催者に要請した。秋葉忠利・広島市長の要請文は「いつどこで何を発言するかは自由である。しかし、被爆者や遺族の悲しみが増す結果になりかねない。広島での8月6日の意味は、表現の自由と同様に重要なもの。被爆者の心情に配慮してほしい」と訴えている。田母神氏の事務所は「主催者の依頼がない限り、変更することはない」と言っているようだが、その主催者である「日本会議広島」では「田母神氏には『真の平和』について語ってもらうが、核武装の話があるかどうかはわからない。市長の要請は、言論の自由を抑圧しているように感じる」とつれない。この「真の平和」というのが、田母神氏の場合は怪しいのである。
 どうも田母神氏と主催者には、テーマ、特別な日時、言論の自由について誤解があるようだ。普通の神経なら誤解しそうもないことだが、この田母神氏は自分の思い込みと信念をどこでも、誰に対しても貫く決意のようで、大分意固地になっている。最早リベラルな主張(田母神氏にはまったく期待できないが)は受け入れられないと割り切って、自らの道をただひたすら突き進むしかないと考えているようだ。言論の自由云々という以前に、どうして被爆者の辛い気持ちを理解しようとしないのか。これに便乗した日本会議広島なる得体の知れない組織にもがっかりである。広島県内の組織がなぜ県民の心情を理解しようとしないで、わざわざ神経に障るような行動を起こそうとするのか。話題を提供して世間を騒がせることだけが目的のような気がする。はてさて、これからどういう決着になるのか。敢えて言えばこれも、最近の東国原英夫・宮崎県知事のパフォーマンス同様に目立ちたがり屋のパフォーマンスに見えてしようがない。平成元禄の故なのか、天下泰平なのだろうか。