ご意見番の意見

2009年4月

688.4月1日(水) 故高木東六作?「新年度、あ〜新年度、新年度」
 日銀が3月短観の結果を発表した。予想通り景況感は最悪の結果となった。大企業の製造業で74年の調査開始以来最悪のマイナス58という数値で、6四半期連続の落ち込みである。
 今回の不況は昨年辺りから百年に一度の大不況と言われているが、確かに一向に出口が見えない。これを解決する術がないのが何とももどかしい。小手先だけの対策では、むしろ悪くなる一方である。設備投資にブレーキがかかり、雇用が削減され、消費も下落するばかりである。株価は昨日の大幅下落から反発して小康状態であるが、この先どうなるかは予測できない。
 そんな不景気風の中で今日新年度に入り、新入社員を迎えた企業では入社式が行われた。大手企業でも前年度の半数ぐらいというのがやっとだ。採用する余裕はないが、人事構成がいびつになるとの消極的な考えからやむなく採用を決めた会社も多いらしく、長期的な人材需要に応えた採用計画ではない。この経済不況がこのまま続くなら、企業の雇用に光明は見出せないのではないか。経済が回復しない限り、すべてが好転しないとの閉塞感が漂う。いつになったら経済が回復するのだろうか。
 北朝鮮がミサイルを発射するのではないかとの予想に対して、万一の場合に備えて地対空迎撃ミサイルが落下予想地周辺に、続々と配置されている。これから発射予定日の4日から8日の間は、毎日どんな情報が伝えられるのか、気になるところである。今日ロンドンに到着した麻生首相も早速韓国の李明博大統領と会い、この問題について話し合った。北朝鮮がミサイルを発射すれば、国連安保理へ提訴するという点で両首脳の意見が一致した。
689.4月2日(木) 久保田達也先生にインタビュー
 出版プロジェクトの2度目の取材である。原宿駅竹下口前集合時間より少し早く着いたので、今や若者文化の名所となった竹下通りを覗いてみた。まあ凄い人ごみで前へ進めないくらいである。平日の午後であるが、春休みのせいか中高生と外人客が多い。大分前に来た時に比べると、エリアが広くなったような気がする。その理由のひとつは従来竹下通り一本だったが、現在は途中に袋小路になったような脇道がいくつもあるからだろう。若者ばかりが浮かれていて、その若者文化というのが、どうもぱっとしない。どこの店も安物商品をただ置いているだけとの感覚に囚われたのは、頭が古いせいだろうか。
 今日の取材はビジネス作家・久保田達也先生である。行動派にしてIT戦略家である。サイバー大学教授でもあり、HPでセミナーを仕掛けようとされている。スケールの大きい考えを持っておられ、大きな夢として一億の日本人を企画マンにしたいとの構想がある。それは、日本人の潜在能力が優れているとの考えがあるからであり、主たる取材者である幅健一さんの「最も行ってみたい国は?」との質問に対して、即座に「日本」と応えられたことからも分る。
 特に頭に残ったのは、グーグル本社を訪れた時の印象と情報整理術、そして過去に味わった挫折である。グーグルでは目的を持って仕事に取り組んでいるが、その内20%はプライベートである。それでいて目的を達成すると辞めていく。ゴールまでの過程を重要視しているということになる。
 情報整理は、「捨てること」だと言われる。情報は貯めると満足する。書物でも心を鬼にしても捨てることだそうだ。
 味わった挫折は昭和43年の新宿駅騒乱事件で検挙された時である。またその時対応した刑事が徒然草全文を諳んじたことにショックを受けて、体制側で改革を支えていこうと思ったそうである。このことが良いのかどうか分らないが、私にはそういうスタンスはとれないと思った。とにかく前向きな方である。
 私も人生で学んだり、ことを処していくために大切なことと考えている「生」「本物」「臨場感」について共鳴できたことが嬉しい。ITに対する考え方について随分教えていただいた。
 久保田先生の事務所をお暇して、新宿で仕事を終えた人も加わり7名で出版プロジェクト会議を開き、今後のスケジュールを話し合う。若い人も積極的に参加してくれて有意義な取材、会議となった。
690.4月3日(金) 原寿雄氏の出版記念会
 昨年受講した岩波市民セミナーの講師だった、元共同通信副社長・原寿雄氏の岩波新書「ジャーリズムの可能性」の出版を祝う会のご案内をいただいたので、六本木の財団法人「国際文化会館」へ出かけた。ここは岩崎小弥太の邸宅だっただけに環境抜群の一等地にある。日本庭園も素晴らしく、桜が満開で実に素敵な一夜となった。
 約120人が参加されたが、ほとんどがジャーナリストで直接知っているのは、残念ながら岩波市民セミナーを紹介してくれた共同通信出身で、駒沢大学の片山正彦講師だけだった。この新書の中で資料を提供してもらったと紹介されている元朝日の阿部和義氏に先日話をしたが姿は見えなかった。
 普通のパーティと異なり、最初に原氏の30分ばかりの講演があった。この新書は前半に、渡辺恒雄・読売グループ会長のマス・メディアに働く者が政治に介入し、自民・民主の大連合を画策することへの批判的論文と、大手メーカーのスポンサーとしての意図的CM抑制によりテレビ局への圧力を強めている事実への非難について書かれている。そのために読売を中心にかなり苦情や非難があったらしい。読売に対する非難を含んだコメントや巨人軍の効用、読売の大衆性等が原氏の口をついていくつか出てきた。
 また、原氏は問題が生じたら、もっと議論を深めることが大切だと持論を述べられた。特に、漆間官房副長官のオフレコ発言が流れたいきさつについても解説され、下手をするとオフレコが情報操作に使われる恐れがあると言われた。サルコジ・フランス大統領がジャーナリズムへ国家の補助が必要だと発言したが、日本でもその必要性があるとも述べられた。この辺りの真意は、よく分らないが、原氏ははっきりと発言したところをみると、本気でそう思っているのではないか。しかし、私にはこれこそが情報操作や、報道管制に使われる恐れがあると感じられたのだが・・・。
  引き続き何人かの著名人が挨拶されたが、中でも大宅映子、国弘正雄、本多勝一氏らには強いこだわりがある。かつて一世を風靡した冒険ジャーナリスト・本多勝一氏の見た目にげっそりした姿は昔の英姿を覚えている私には、些か衝撃だった。京都大学山岳部出身で、世界の僻地を歩き回っていた本多氏がなぜか憔悴したような印象を受けた。あのベドウィン族との砂漠の旅、ニューギニア高地民族、中でもヤゲンブラさんとの交流、エスキモー(現イヌイット)とのセイウチ退治等々の描写は、聞きしに勝る面白さだった。それが挨拶もぼそぼそと原稿を読みながら話していた。話が上手でないとは本人が冒頭に断わったし、昨年佐高信氏も講義の中でそう言っていた。それにしても落差が大き過ぎる。国弘氏も元気がなく、終始椅子にかけっぱなしだった。ただ一人元気だったのは大宅氏で、子どものころから父親・大宅壮一氏から幾種類もの新聞を読まされ、それぞれの新聞の書き方が違うことを教わり、それが父親から教わった最大の財産であると話していたのが印象的だった。
  いずれにしろ、原氏の良き人柄が偲ばれ、老若男女すべてのジャーナリストに尊敬され、敬愛されていると思わせるパーティだった。
  さて、先月末イスラエルの総選挙が行われ、右派が圧勝した。これでパレスチナ政策強硬派を軸とする右派連立政権が誕生した。首相にはリクード党首のネタニヤフ氏が復活し、外相には連立を組んだ「イスラエル我が家」のリーベルマン党首が就任した。現在小康状態を保っているパレスチナ和平にこれで軋みが出るのではないかと懸念された矢先に、案の定リーベルマン外相はパレスチナ和平会議を欠席すると言い出した。この様子からすると今後パレスチナ和平は混沌としてくるのではないか。
 総選挙以前には、アメリカがパレスチナ寄りの言動を起こすことはなかった。それが更に右傾化したわけだから、和平は遠のいたと言うべきだろう。唯一の和平への道は、ブッシュ政権からオバマ政権に替わったアメリカが、‘CHANGE’と「人権」を表に出してきたことである。オバマ政権がイスラエルに自制を促し、パレスチナ側の意向を少しでも汲み取ろうとの姿勢を見せれば、和平への道程はまったく可能性がないと諦めることもない。一にかかってアメリカの出方次第であろう。
691.4月4日(土) 北朝鮮今日はロケット発射せず。
 北朝鮮が人工衛星を打ち上げると発表してから、その報道の真偽を含め、マス・メディアは振り回されている。どうも科学衛星ではなくミサイル発射ではないかとの疑念が出てから、日韓米を主に世界中が北朝鮮に自制を促しているが、頑なな北朝鮮は一切聞く耳を持たず、一方的に今日4日から8日までの間に発射すると公表した。マス・メディアは今日その話題で持ちきりとなり、北朝鮮が11時過ぎに発射すると発表してから刻一刻と固唾を呑んで見守っているというのが、日本中の空気だった。その間に誤報が出て、その事実が分ると今度はその撤回に忙殺されるなど、日本中が上へ下への大騒ぎとなった。北朝鮮の行動は不可解で今日は取り止めたとも何とも言わずに、明日以降に打ち上げを延ばしたに過ぎない。それにしても誤報の出所では、何が原因でそんな無様な連絡をしたのか。自衛隊では当初発射と感知したらしい。しかし、これでは探知機の性能がまったく当てにならないではないか。
 明日以降また北朝鮮の我侭放題の他人騒がせが繰り返されるのかと思うとうんざりである。
  今年は天候が不順で桜が咲きそうになると急に寒くなって桜開花がのびのびになっていたために、桜の満開は遅れ気味で今日辺りがほぼ満開に近い。昨日観た「国際文化会館」の桜は実に見事だった。妻が花見に行きたいと言い出したのは実は近くの呑川縁の桜のことだが、思い切って「国際文化会館」へ花見を兼ねてランチに出かけた。やはりここは場所柄だろうか、普通のホテルとは趣が少々異なる。外人客も多いし、雰囲気が割合上品である。料金も比較的リーズナブルで、これからも偶にはここで食事をしてみたい。
 昨日国際文化会館からの帰途気がついたのだが、地下鉄・都営線の六本木駅が中々見つけにくい。日比谷線の六本木駅ならすぐ見つかるのだが、散々案内板に従って歩き回ったが、情けないことに辿り着けず遂に交番で尋ねた。おまわりさんが笑いながら、教えてくれた駅は直ぐ近くだった。随分同じように迷いかける尋ね人が多いようである。今日は帰りに鳥居坂を下り、南北線の麻布十番駅の入り口を入ったが、ここからプラットフォームまでが大変だった。長い地下道もさることながら、エスカレーターで下がったり、上がったり坂の地下を何路線かの地下鉄網が張り巡らされているので、相当地下深く上がったり下がったりしているわけで、こんなに地下が複雑になっているとは初めて知った
692.4月5日(日) 小学生時代の友と会う。
 とうとう北朝鮮がやってくれた。午前1133分北朝鮮は舞水端里(ムスダンリ)ミサイル基地から長距離弾道弾ミサイルを発射したのである。第一弾は日本海上に、第二弾は太平洋上に落下した。幸い日本国内にはロケットの断片や破損部分等は落ちなかった。ただ、これでことが済んだわけではない。多くの国から強い非難を浴びながら打ち上げを強行した。ミサイルは他国・日本上空を飛行したのである。当然日本は米韓とともに国連安保理へ北朝鮮の国連安保理決議に反するとして制裁採択を求める。しかし、恐らくロシアと中国は制裁には同意しないだろう。いずれにせよ舞台は国連の場へ移ることになる。
 今日卒業した幕張小学校の同期生会が海浜幕張のホテルで開かれた。昨年度古希を迎えて同級生は70歳になった。もうほとんどが現役を引退している。幕張小を卒業してから市川中学へ進んだ懐かしい仲間にも中学時以来会うことができた。みんな好いオッサン、オバハンになった。われわれが学んだ幕張小学校の創立は聞けば明治4年だという。これだけ歴史のある小学校はそんなにないと思う。今日出席してくれた恩師のおひとり、中台先生はあの時代は物はなかったが、生徒はみんな素朴で純情だったと仰ってくれた。今年83歳になるというのに、校歌斉唱にビアノを伴奏してくれた。幹事の話では、同期生会は今回を最後にしたいとのことだったが、内々に一寸早すぎるのではないか、せめて喜寿の年でよいのではないかとアッピールがあった。
 勝山小学校からこの幕張小学校へ転入したのは、5年生の2学期だった。ちょうど湯川秀樹博士が初めてノーベル賞をもらった時だった。担任だった湯浅和先生はとっくの昔に亡くなられた。今日も幹事の野口進くんから湯浅先生は良い先生だったと懐かしむ声を聞いた。まあ懐かしい友とも会えて良かった。出席者は68名だった。こどもの頃のイメージが温かく思い出されてきた。
 二次会には出ないで千葉市内に住んでいる、勝山小学校の同級生・笹生嵩夫くんにホテルに来てもらって二人だけの私的同窓会となった。家庭環境が似ていることもあって、勝山を去っても付かず離れずコミュニケーションを保ってきた間柄である。同じ5人兄弟で中々優秀な家族だったが、住友商事に勤めて海外経験も長かったようだ。先日の出版記念会に来てくれて、交流が復活する機縁となった。実にロンドンで会って以来である。これからも時折会おうと約束して別れた。
693.4月6日(月) 被害者の心情が分からない米国人ジャーナリスト
 日本時間で今朝国連安保理事会は緊急会合を開き、昨日打ち上げた北朝鮮の長距離弾道弾「テポドン2」の国連決議違反に関する日本の提案を協議したが、決議採択には至らず、引き続き協議を継続することになった。やはりロシアと中国の消極的な姿勢が採択に至らなかった最大の理由である。
 今度の「テポドン」事件には、マス・メディアが挙って過熱報道した。このこと自体が、或いは、北朝鮮の思う壷だったかも知れない。しかし、それにしても今朝の朝日新聞に載った東京駐在の外国人特派員の声の中で、42歳のファクラー・ニューヨークタイムス東京支局長の「ワシントンやソウルの冷静さに比べて日本は騒ぎすぎた。・・・・・北朝鮮に攻撃の意図がないことは分かっていたはず。バランスに欠け、パフォーマンスに負けたと言える」とのコメントほど日本人の神経を逆撫でした発言はないと思う。この支局長には核の恐ろしさがまったく分かっていない。被爆国日本が核に対して神経質になるのはある面で当たり前である。このコメントは、世界で初めての原爆投下国アメリカ国民の被爆国日本人に対する言葉とはとても信じられない。過去の戦禍を知らないベトナム戦争末期に生まれた世代の、大国主義、アメリカ一国主義がもたらした戦争を直視せず、反省もしない無神経な思考回路から生まれた発想である。こういう特派員を日本国内で取材活動に当たらせているマス・メディアの報道は決して公平ではなく、独りよがりの報道であると断じざるを得ない。
 時恰もヨーロッパを訪問中のオバマ大統領は、プラハでチェコ国民を前に核廃絶へ向けた新政策を打ち出した。包括的核実験禁止条約(CTBT)をアメリカが批准することを目指す意向を表明した。更に一歩踏み込んで広島・長崎への原爆投下を指す「核を使用した唯一の保有国としての道義的責任」に触れ、「核のない、平和で安全な世界をアメリカが追求していくことを明確に宣言する」とまで述べたのである。ここまで核被災者の気持を代弁した歴代のアメリカ大統領はいない。これでこそ核断絶へつながる第一歩と言ってもいい。
 オバマ大統領になって確かにアメリカは変わりつつある。ブッシュ前政権時代には自国主義を貫き他国の利にそっぽを向き、京都議定書の批准を拒み、CTBTの批准に賛意を示さず、多くの国々の顰蹙を買っていた大国アメリカが、オバマ大統領に代わって態度を‘CHANGE’させてきているのである。歓迎すべきオバマの言動である。早速日本の原爆被爆者団体はもろ手を挙げて歓迎している。その一方でこの空気をつかむことができないジャーナリストが現実に取材活動に当っているのは何とも嘆かわしい。
694.4月7日(火) 北朝鮮のミサイル発射騒ぎ
 一昨日の北朝鮮によるミサイル発射では、日本側にもいろいろな点で問題があった。誤探知だの、連絡ミスだのと言われているが、まず誤探知ということはない。誤探知ということは機器が間違って探知したことで、今回の場合機器が探知したのではなく、取り扱う人間が探知したものと誤解して通報したわけで、担当者の人為的なミスである。発射が成功したかどうかは、日米韓と北朝鮮の発表では正反対である。日米韓は完全に失敗したと言っている。ただ、前回の打ち上げに比べれば第二段階の落下点が伸びたのは進歩ではないかと述べている程度である。
 一方の北朝鮮は打ち上げに成功して衛星は地球を旋回して、金正日将軍賛歌を地球へ向かって流しているという。どこまで本当なのか分からないが、こういうよその国にお構いなしに自分らの都合だけでことを進める神経にはもううんざりである。馬鹿げたことをやって、日本を始め多くの国々へ迷惑をかけっぱなしという非常識に呆れるばかりである。しかも、朝鮮中央テレビは、日本のマス・メディアが揃って衛星打ち上げの成功を伝えたと放送した。ここまで嘘をついて自国民を騙している北朝鮮という国は、何を策しているのか。
 今日も国連では日本がアメリカとともに安保常任理事国であるロシアと中国と話し合ったようだが、同意を得られなかった。この線では解決しまい。つまり今のままでは決議違反として改めて北朝鮮を制裁決議することはどうも難しいのではないか。
 イタリア中部で大きな地震があった。アブルッツォ州の州都ラクイラで古い建物が多い歴史地区だそうだが、寡聞にして知らなかった。今日のニュースではすでに生き埋めになった人を含めて200人以上が亡くなったらしい。元々火山が多いイタリアは地震が多いが、この土地では過去に大きな地震はなかったようだ。これまで重要文化財として町の観光名所だった13世紀のロマネスク様式のサンタ・マリア・ディ・コレマッジオ聖堂も壁が崩れた。壊れた箇所を見ると、鉄筋が入っていない。10年前に遭遇したトルコ大地震の際に見た古い煉瓦造りの建物が崩壊したシーンを思い出す。それにしても自然災害とはいえ、もったいないとの感が拭えない。
695.4月8日(水) 社友会に出席
 小田急ホテルセンチュリー相模大野で今年も小田急社友会総会・懇親会が行われた。かなりの小田急OB会員が参加した。ひとつの会場だけでは収容しきれず、隣の宴会場を解放したくらいだから、少なくとも56百名の会員が参加したのではないかと思う。会場はいもを洗うような熱気のある雰囲気だった。会員諸兄姉の愛社精神の面目躍如たるところである。
 暫くぶりで会った人もいたし、一緒に仕事をした人もいたし、山仲間もいた。60歳の定年に達した時会員の資格を得たが、まだ働いていたこともあって出席しなかった。しかし、5年ほど前から毎年出席している。やはり一時期ともに会社のために働いた仲間と懐かしい思い出を話し合うのは楽しいものだ。
 今日は4月8日で、お釈迦様の誕生日として知られている。最近はそんな史実を知っている小学生はいないようだが、終戦の年に国民学校へ入学して1年生か、2年生の国語の教科書に次のような文章があった。‘今日は楽しい花祭り、お釈迦さまの誕生日、天上天下を指差してお立ちになっていらっしゃる。今日は楽しい花祭り’というような文言を習ったようにぼんやりと記憶している。それ以来おまじないのような、この文言が思い出されることがある。最近は4月8日についてマス・メディアでもほとんど報道しない。やっとNHKが「ニュースウォッチ9」の終わりの方で東大寺をバックに伝えた程度である。仏教徒が一番多い日本だからこそ、せめて開祖である釈迦の誕生をキリストやマホメットより以上にPRした方がよいのではないかと思う。
 今日政府は補正予算を発表した。その額は約15兆円だという。昨日は麻生首相が10兆円を考えていると言ったばかりである。随分簡単に増額したものである。必要な費用を積み上げていったらこの数字になったなどと気楽に言われても困る。1兆円という金額がどれだけの大金であるかということが本当に分かっているのだろうか。小泉政権時代は緊縮予算に押さえ込んでいたが、堰を切ったように予算の分取り合戦をやっているようである。財源はどうするのか。結局赤字国債に頼ることになる。これは次世代にツケを回すことになるわけだが、政治家はそんなことより直近に迫った総選挙のことしか頭にないようだ。政治家は、国家・国民のために将来にツケを回さないというより、現在の自分を売り込み、実績作りのために汗を流すのである。
696.4月9日(木) 地球温暖化は国境を変える。
 近年の地球温暖化現象で世界的に万年雪や氷河が融雪して地肌が顕われている。カナダやスイスの氷河を訪れるたびに、後退していく姿を目の当たりにして些かショックを受けていた。昨日の朝日夕刊と「報道ステーション」によると、これまでスイスとイタリア国境は氷河の尖端部分だったためにイタリアとスイスの国境にある氷河が年々消滅して国境が変わってしまったという。幸か不幸か、周辺に住民がいないために差し当たって大きな問題は生じていないが、いずれ正式に国境策定を行わなければならないらしい。 
 このように二つに分断する国境線があるところでは、判断基準、確定線の維持、相互の思惑、お互いの利益関係等々で紛争が耐えない。かねてから河川を国境線にしている二つの国では一方で汚染すれば対岸の国が汚染される。或いは、上流の国で川を汚染すれば下流の国がその被害を蒙る。一国だけの都合だけでは万事が納まらなくなっている。かつて、ドナウ川の上流国だった東ヨーロッパが経済の停滞から公害を垂れ流し、下流にある西ヨーロッパ諸国が被害を蒙り苦しんでいた実例がある。
 今日NHK「ニュースウォッチ9」は、メコン川で鯰が獲れなくなったことをドキュメント風に報告していた。昔からの漁民は近年の不漁に頭を痛め、このまま不漁が続けば漁師を辞めなければならないと深刻な表情で話していた。原因はメコンの遥か上流の中国におけるダム造成による汚れと水量の変化のようである。それが遥か下流で鯰がいなくなった原因である。
 日本の外交力の弱さは、歴史的に隣国と角突き合わせてバトルを行いながら、自国の権益確保のために折衝を行う機会が少なかったことが原因のひとつであろう。その意味では現在の日本は国境を接していないことから、国境紛争のようなトラブルがない。その要素がないことが、世界で外交力や政治力を発揮する点でむしろマイナスになっているのではないかと思う。
697.4月10日(金) 天皇・皇后ご成婚50周年
 今日は天皇・皇后ご成婚50周年記念日である。新聞でもテレビでも特別報道を流している。昭和341959)年のこの日パレードが進む最中に不届き者が馬車に飛びかかって取り押さえられた衝撃的なシーンが印象に残っている。それから20年以上を経て、その当時の厚生省が遺骨収集事業でお世話になっていた、国連信託統治領中部太平洋地区高等弁務官コールマン氏夫妻を日本に招待した時、皇居内の厩で厚生省課長とともに、古びたこの馬車に乗せてもらったことを感慨深く思い出す。
 天皇は即位して20年目になるが、殊のほか大東亜戦争戦没者への慰霊の気持が強いように見受けられる。1975年7月に初めて沖縄を訪問してひめゆりの塔で火炎瓶を投げられた。あれもショッキングな事件だった。その後戦後60年を迎えて2005年にはサイパン島へも慰霊訪問されている。今上天皇に戦争責任はまったくないが、昭和天皇の戦争責任については未だにきちんと議論をすることもなく、ウヤムヤのままである。昨日の朝日夕刊「『検証』昭和報道」の中で「日本人自身はなぜ戦争責任を語らないのか。外国人ジャーナリストの多くが抱いた疑問だ」と問題を投げかけられている。昭和天皇が崩御された時が、戦争責任を問う最後の機会だったという外国人は多い。結局「皇室にものを言うのには危険が伴う。まして戦争責任は追及しにくい」ということで結論は曖昧にされたままお蔵入りになった。
 昨年共同通信の原寿雄氏が、セミナーの中でジャーナリストとしては珍しく進んで触れた「昭和天皇には戦争責任があると思う」と述べられたことが、有識者の中で唯一の天皇の戦争責任追及論のように思う。
 ご成婚と時を同じくして大学生になったが、すでに安保条約改定を翌年に控えて入学した大学キャンパス内は騒然としていた。その中で同じフランス語クラスにいた、県立福島高校出身の渡辺勉くんを通して、湘南高ラグビー部の1年先輩だった清水丈夫さんから、日吉キャンパス内にオルグを組織しろと指令?を受けた。まだ2年間の浪人生活を終えたばかりで、これからのんびり大学生活を楽しもうと夢を描いていただけに、考えても見なかった不意の話にしばらく考えさせて欲しいと応えたことを懐かしく思い出す。清水さんは当時全学連書記長として全国学生運動の中心にいた。その先鋭な思想とリーダーシップ、そしてその存在感は並み居る全学連闘士の中でも圧倒的で、ひとり群を抜いていた。
 翌年、60年安保で日本中が熱気に包まれ、その中で、或いはその興奮を引きずったまま学生生活を送ることになった。私は安保闘争に最前線で戦うというほど積極的な姿勢が取れず、最初の内は大体上級生リーダーの尻に付いているというふがいない状態だった。その中で渡辺くんは安保、そしてその後の学生運動に身を挺して突っ込んでいき、次第に授業にも出席せず、ゼミの飯田先生も心配していた。結局次第に大学にも来ることが少なくなり、卒業もできなかったのではないか。今も動向が気になっている友人のひとりである。
 天皇・皇后ご成婚50周年に遅れること10年にして、われわれ夫婦も今年結婚40年を迎える。両陛下に比べれば何と気楽な平時であろうか。
698.4月11日(土) 朝礼暮改の首相に国民は振り回されている。
 5日に北朝鮮がミサイルを発射した後、一昨日最高人民会議を開き、暴君・金正日を最高権力者である軍事委員長に再選した。つまりミサイルは金正日の健康誇示(決して健康体には見えないが)と最高権力者就任の祝砲だったのである。ミサイル発射を北は人工衛星打ち上げ成功と言い続けているが、アメリカやロシアでさえ衛星軌道に乗っている形跡がなく失敗であると北の報道を真っ向から否定している。そんな大騒ぎの中で日本政府は、米韓とともに北朝鮮のミサイル発射は国連決議違反であると安保理事会で制裁決議をしようとしているが、常任理事国の中国とロシアが強硬に反対し報道機関に伝えるという程度の極力小さなプレッシャーに抑えようとしている。
  ところが、ここへ来てそのアメリカのスタンスも微妙に変化してきている。昨日アメリカは前日までの国連決議違反との主張を「チェンジ」して、拘束力のない国連議長声明に留めるのが妥当との考えを述べた。ついにアメリカも変質したのである。アメリカよ、お前もか、と言いたくなる。結局どこの国も自分の国の利益しか念頭にないのだ。アメリカは米中関係の停滞を警戒し、中国は北朝鮮の保護者、また北の地下資源開発支援国の立場を狙い、北朝鮮の地位とプライドに傷がつくことを避けようとしているのである。
 しからば、わが日本はどうするか。これがまたよく分からない。麻生首相は、国連制裁決議をしてもその主旨が充分世界に伝わらないのではあまり意味がないと言い出した。議長声明ぐらいでは、北朝鮮を制裁することにならない。それだからこそ、新たな制裁決議を要求すると言っていたのではなかったのか。そして前日まで北朝鮮の行為に対して断固抗議すると気色ばんでいた態度をガラッと変えたのである。昨日国連制裁決議提案を容認することを国会で決めたばかりではないか。アメリカが態度を変えると自国の立場、否自分の意見をいとも簡単に変えてしまう。
  この「麻生というおじさん」は、一体何者だ? 緊急経済対策の15兆円だって、10兆円の舌の根も乾かないうちに15兆円に嵩上げし、今や15兆円超にまでなっている。こんな朝令暮改のおじさんを総理大臣に頂いているわれわれ国民は、外から見ればアホに見えるに違いない。あ〜あ〜やんなっちゃった。あ〜あ〜驚いた
699.4月12日(日) ASEAN会議お流れに
 昨日タイのパタヤで開催予定だったASEAN会議が、会場内へデモ隊が乱入したために開催できなくなり、麻生首相、中曽根外相を始め各国首脳はヘリコプターで避難する有様だった。タイのアピシッド首相はタイ主催のすべての会議の延期を発表し、周辺一帯を一時的に非常事態宣言した。
 デモはタクシン元首相派によるアピシッド首相退陣を求めるものだった。ASEANは延期となったばかりか、当分開催の見込みが立たない。というのは、昨年12月にチェンマイで開催予定だったものが、内政の混乱で今回のパタヤ開催が先月決まったばかりで、僅か4ヶ月の間にビッグな国際会議が2度までも延期され、会議開催能力が問われているからである。これで、タイ現政権の権威は完全に失墜したばかりか、現首相の統治能力にも疑問符が付いた。ASEAN加盟国10カ国と日中韓のトップが参加する国際会議が、予想もされていたデモでいとも簡単に中止に追い込まれた前代未聞の不祥事にアピシッド政権の国際的な信用は大きく下落した。
 元々血の気の多いタイ人であるが、これほど自国の信用を失わせるような失態は滅多にあるものではない。日中韓の3首脳は、北朝鮮のミサイル発射問題も話し合う予定だったが、個別会談に譲ることになった。
 ところでタイの首相がアピシッド氏であることは迂闊なことに初めて知った。06年9月に外遊中の軍事クーデターでタクシン氏が失脚したことは大きなニュースとなった。その後08年2月にサマック政権が発足。それからたった半年余りの9月にソムチャイ氏が首相に就任した。そして、問題のバンコックの二つの空港占拠事件があって政権は崩壊し、昨年12月にアピシッド氏が首相に就任していたことが分かった。
 日本の首相交代劇だってその頻繁さに関しては、タイに一歩もひけを取らない、在任短期間の首相「CHANGE」劇である。これでは首相の名前なぞ覚えている間もない。
 日本でもこの事件を他山の石として、くれぐれも国際会議ボイコットなんかやらないでもらいたい。尤も今の日本にはこれほど元気のある行動的な若者がどれほどいることか、その点では安心できるのかも知れないとつい皮肉のひとつも言いたくなる。
 一方、国連安保理事会で、北朝鮮制裁を決議したいとの日本の要求は、安保常任理事国の間で意見がまとまらず、結局国連議長の北朝鮮非難声明に落ち着きそうな空気である。中ロも多少歩み寄ってきたが、どうも日本としてはすっきりしない。声明文では「ミサイル発射」とは明記せず、単なるロケット発射となってしまった。これでも北朝鮮にとっては不愉快極まりないようで、北朝鮮・国連代表は記者団から提示された文案を放り投げるほどカッカしている。どうも中国はこの剣幕に押されたのではないか。
 さて、今日の政治討論会を観ていると、15兆円にのぼる緊急経済対策を当然として、自慢げに語っている自民党代議士のノー天気ぶりには恐れ入る。彼らには今後この穴埋めをどうやって賄っていくのか、きちんと説明する責任がある。にも拘わらずその点にはまったく触れず仕舞いなのである。埋蔵金が15兆円以上隠されているようなことを平気で述べるのを聞いていると、しっかりしろと言ってやりたい。
 その中で与謝野財務相が、この後落ち着いたら当然消費税の値上げについて議論しなければならない(増税)と言ったことに、ある面で納得させられた。歳入より歳出が大幅に増えたので、今後その苦しみを国民が分担して背負わなければならないことは止むを得まい。そういう嫌なことは誰も語ろうとしない。
700.4月13日(月) バンコック市内に非常事態宣言
 このブログも連続して700回を数えることができた。まず健康だったことが続けられた原因だと思う。そして、継続しようとの前向きな意欲、好奇心が途切れなかったことが700回継続の最大の原因だと思っている。これから果たしていつまで続けられるのかは分からないが、気持が萎えない限りは、何としても続けていきたい。
 そのためには、やはりPCへ向かう意欲を維持することが大切なことだと思う。今日も個人的にPC教授を受講すべく教室へ出かけたが、習うことには限がない。一昨日は契約しているITコンサルと電話回線で会話しながら、デスクトップPCにはSCYPEをインストールしてもらっり、ノートPCではアンチウィルスのAGV7.58.5へ切り替えてもらった。SCYPEをインストールしてもらって、さてこれをどう有効に使うのかとんと分かっていない。そんな有様だから、課題はこの後どのように有効的にメリットを使えるかである。 
 さて、タイが荒れている。バンコック市内に非常事態宣言が出された。パタヤで開催予定のASEANが中止となり、この後の予定が立たない。その中止の原因となった、タクシン元首相派のデモ隊を排除するためである。ついに政府も堪忍袋の緒が切れたように、タクシン派の「反独裁民主同盟」に対して強制排除に踏み切った。確かに政府の対応は生温かった。デモ隊のなすがままだった。これが国際社会の嘲笑を浴びた。実際デモ隊を強制排除することをためらっていた政府は、その弱腰を衝かれデモ隊の思い通りに暴れられてしまった。どうもタイという国は、ぱっと火山が噴火したように国の節目となる場面でひと暴れする伝統がある。
 一度添乗員としてバンコックにいた時に戒厳令が発令され、当日の朝日夕刊第一面には戦車の写真が載っていた。外国のことではあるが、いつ日本にも火種が飛んでくるかは分かったものではない。だが、こればかりはお断りしたいものである。
 今日フィリッピン人夫妻がひとり娘を日本の親戚に預けたまま、成田空港から母国フィリッピンへ帰っていった。夫妻は強制送還によって母国へ帰国させられたものである。15年前に入国ビザ偽証で日本へ入国し、その後不法滞在容疑で国外追放処分となったが、13年前に日本で生まれたひとり娘、カルデロンのり子さんが日本語以外話せず、せめて独り立ちできるまで親子3人が日本で暮らせるように、再三東京入管に訴えていた。しかし、両親の国外追放により、親子離れ離れの生活を送ることになった。識者がコメントを述べていたが、この決定はあまりにも親子にとって冷たいものである。確かに法を犯した経緯はあるにせよ、まだ13歳の娘と国を隔てて生活を送らせるには、あまりにも情に欠ける仕置きと言ってもいい。
 法務省では、特例が前例になる恐れがあると言っているらしいが、前例になったとてよいではないか。不法行為に対してまったく情状酌量の余地を残さずに、法律的には不法滞在であるかもしれないが、真面目に市民生活を送っている親子を生木を裂くように別れさせて帰国させるようでは、反って立法の精神にも悖るのではないか。
 法律というものについて考えさせられた一件である。
701.4月14日(火) 小中陽太郎先生にインタビュー
 企画中の書物の取材で、小中陽太郎先生のお宅を訪問した。何度となくお邪魔しているが、今日はマストロヤンニと一緒の写真やニューヨーク・タイムスのベトナム反戦広告のコピーが飾られた書斎を中心に見せていただき、その後リビングルームでインタビューということになった。小中先生の活動については、すでにべ平連を中心とするベトナム反戦運動や、1967年の米空母イントレピッド水兵脱走事件、金大中救出活動などの平和運動、NHK時代のディレクターとしてそのお名前は広く知られているが、そうした活動と知的生産の源流について伺わせていただいた。
 著書「ラ・メール母」に描かれたように母上との情愛、幼児期に育った上海を強く意識したこと、特に開戦を体験したことが強烈な印象として残っていることを聞かせていただいた。NHK時代に名古屋で小田実さんとドラマ制作に関わったことや、伊勢湾台風も名古屋時代の思い出として印象に残っていると仰った。
 以前からお聞きしたいと考えていたのは、どういう経緯でフランス文学を専攻されたのかということだった。幼少時から身体が弱かったことから、読書に親しみ、長じてコワモテのヒットラー的ドイツよりリベラルなフランス文学に関心があったということと、仏映画の影響があったとも伺った。影響を受けた作家は、ジイド、マルロー、サルトル、カミュという話だった。現代の若者考や親しい作家についても話が及んだ。アイディアがひらめくのは列車内というのも意外だった。
 いずれにしろ楽しい話を沢山聞かせていただき、私以外に「知研」から秋田事務局長、若手会員の幅さんと遠島さん、そして出版社から担当者とカメラマンが参加されたが、インタビューを終ってからも寛いだ気分で奥様を交えて大いに話は盛り上がった。書物は年内にも出版される予定であるが、これから少しずつまとめていかなければならないのが当然とは言え少々億劫な気もする。帰ってからお宅へお礼の電話を差し上げたところ、小中先生からまとめるのは大変でしょうが、頑張ってと力づけられた。ご期待にお応えするよう全力を尽くしたい。
 予想されたことではあるが、半狂乱の北朝鮮は、国連安保理事会が北の‘ミサイル’発射を非難する議長声明を全会一致で採択し、再発射の自制を求めたことに対して猛烈に反発した。「国連安保理が我々の衛星打ち上げを論議したこと自体、許し難い犯罪行為」といつも通り自己流解釈によって非難し、今後絶対に6者協議に参加しないし、核開発を再開すると、手前勝手な論理で駄々っ子ぶりを発揮している。
  折も折、乾燥しきった日本列島に久しぶりに雨が降ってきた。しかし、長崎県平戸沖合では強風雨の中でまき網漁船が転覆し、22名の乗組員の内、12名の行方が分からない。徹夜で捜索するという。気の毒という以外に言葉もない。
702.4月15日(水) 二度目の決断は早い。
 JR渋谷駅でちょうど到着した山手線で代々木へ行こうとしたところ、日暮里駅で人身事故があったのでしばらく停車するとアナウンスがあった。またかとの思いとともに、すぐ‘change my mind’で東京メトロに乗って青山一丁目まで行き、都営地下鉄に乗り換えて代々木駅へ出て、何とか歯科と約束の時間に間に合ったが、先月28日に所沢へ出かけた時にも高田馬場駅で同じように人身事故が起き、渋谷から同じような対応で赤坂見附へ出て、新宿へ出た。それでも当座はどうすべきか迷った。しかし、二度目となると判断も早くなる。初めての時は迷い、二度目になると素早い決断ができる。
 北朝鮮が3年前のテポドン発射の際は、ぐずぐずしていて国連安保理からえらいお灸をすえられたが、今回の「ミサイル」発射では国連安保理は議長の発射非難声明を採択した。どうするかと思いきや、素早く反応した。所詮とんでもない対応であるが、核施設の無能力化作業を監視している国際原子力機関(IAEA)要員に国外退去を命じた。さらに監視用カメラの撤去も始める模様である。アメリカは当然反発しているが、いつもながらこの北朝鮮の瀬戸際外交に手を焼いている感じであり、北朝鮮との2国間協議に応じるのではないか。それでは結果的に北朝鮮の思う壷である。実に嫌な手を使う。この調子ではまだまだ北朝鮮に国際社会は振り回されるだろう。
 このところ天下の朝日新聞社が同社社員殺害事件の真犯人と名乗り出た実行犯と称する男の手記を載せた「週刊新潮」の記事にてんてこ舞いの対応をさせられている。1987年朝日新聞阪神支局が何者かに襲撃されひとりの支局員が殺害された。未解決事件のまま時効となった事件である。その事件の真犯人が名乗り出て、「週刊新潮」に今年1月から4回に亘って手記を公開した。朝日は、疑わしいとして訂正と謝罪を新潮社へ要求していた。にもかかわらず、新潮社は男の虚言を信じ、朝日の要求に対して応えようとしなかった。それが、明日発売の「週刊新潮」で誤報であったことを率直に認め、詫びることにした。
 果たしてこれでことが済むだろうか。同誌を読んでいないので、どんな説明になっているのか。読者を納得させるものか。朝日も承諾できるものだろうか。
 テレビでノンフィクション作家佐野真一は、本件で新潮社側はまったく裏づけをとっていない。報道であってはならないことだと厳しく新潮社を糾弾していた。マス・メディアの自滅だとまで言っていた。まったくその通りだと思う。どうして自分の首を絞めるようなことを新潮社はやってしまったのだろう。
703.4月16日(木) 多摩大リレー講座始まる。
 今日から本年度春季多摩大学「寺島実郎監修リレー講座・現代世界解析講座U」が始まった。昨年の第1回に続いて、今年4月多摩大学長に就任した寺島実郎氏監修の下に12回の講座からなる多摩地域の人々とともに歩むセミナーの開始である。今日は最初の講義であり、監修者の寺島実郎講師が主旨及び他の講師の紹介等を話されてから、ご自分の「2009年という時代―世界史的転換期として」と題する本題へ入っていった。
 今日の講義では、昨年来の世界的不況をアメリカ経済の挫折から今年の停滞、そして将来への分析を日本、その他の国々との比較の中で説明された。
 特に、アメリカ政府が景気刺激策、並びに企業倒産回避のために取った、金融、産業界への財政出動が自由主義経済を標榜していたアメリカは社会主義的だと、ロシアや中国辺りから皮肉られる有様だと話された。更に財政出動は国家財政を大きく赤字化させたが、それを何で埋め合わせるか。それにしても赤字のために米国債を発行して、買っているのが日本だと思っていたところ、何と中国が米国債を一番購入しているとは驚いた。この他にも、アメリカの財政基盤、金利政策、エネルギー政策、中国観等について突っ込んで分かりやすく解説された。さすがに現場で生きた情報を収集して講義に取り入れている話ぶりは、生々しく迫力がある。先月はアメリカ東海岸を歩き、来月はヨーロッパを見てくるという。そんな情報収集の旅で得られた知日派アメリカ人ロビイストの話が面白かった。寺島講師はあと2回講座を持つことになっているので、この先楽しみである。
 今日アメリカ・メジャーリーグで今シーズン初めて出場したマリナーズのイチロー選手が日本人選手最多安打を放った張本勲選手の通算3,085本に並んだ。それも満塁本塁打というのだから、やることが違う。やはり只者ではない。日本人スポーツマンの中でも海外で傑出した実績を残しているだけのことはある。
704.4月17日(金) 「週刊新潮」の低俗な虚報騒動
 昨日発売の「週刊新潮」がお詫びと称して、朝日新聞神戸支局襲撃実行犯に関する連載記事が虚報だったとの言い訳がましい自説、「『週刊新潮』はこうして『ニセ実行犯』に騙された」を恥ずかしげもなく10頁に亘って延々と書いている。今朝の朝日新聞社説はこの新潮社の対応に対してまったく納得していない。「週刊新潮」は、朝日の指摘に対して一度は反駁したにも拘らず、この期に及んで非を認めて降伏した。詳しく理由を説明していないことからも、すんなりとは謝りたくないのだろう。
  確かにこの「週刊新潮」早川清編集長の説明は、実行犯を名乗った男・島村征憲の刑務所内での取材から、島村の言い分を信じるまでに至った経緯、それが虚報であると判った経過を頁の大半を使ってくどくどと説明しているに過ぎない。どうして島村の言い分を事実だと認識するに至ったかの肝心な分析や証拠を見出した説明がない。その挙句虚報であると認めるに至った発表の内容が充分読者を納得させる説明になっていない。こんな程度の取材で「われ殺人事件の真犯人を取材せり」式の台詞で4回にも亘って関連記事を連載し、世間を偽り騒がせ、警察の鼻を明かしたつもりの有頂天な報道の仕方はいかにもガサツで軽薄以外の何者でもない。加えて、被害者である朝日新聞社や殺害された記者の遺族に対する配慮や説明が不十分であることが、説明文の随所に顕われている。
 新潮社では、今後はこの種の捏造記事がないよう注意すると言っているが、今回のお粗末な事態の責任をどのような形でとるのかまでは明言していない。次々号から編集長が交代するが、そのことは本件とは関係ないらしい。結局「大山鳴動してネズミ一匹出ず」のガセネタ記事になって、読者を騙し、マス・メディア全体の信用を失わせ、被害者である朝日と遺族に大変な迷惑をかけ、深い憤りをもたらしただけなのである。
 マス・メディアの報道なんて所詮その程度の軽いものだと思わせただけである。新潮社ような週刊誌の知的レベルだってこんなものなのだろう。それに、マス・メディアというのは自分の思うところ、信ずることは居丈高になって報道の権利とか、自由であると言いたてるが、一旦自らに非があったり、間違いがあるとそれを認めることに素直ではない。自分の犯した重大な罪を何とか逃れようとの気持が強いことがこの事件を通して透けて見えてきた。
 皮肉なことにマス・メディアの正義感、誠実さ、責任感、常識、知的レベルなどがよく分かった。
705.4月18日(土)  イチローはすごい!
 昨日は随分寒かったが、今日は一転して陽春のほのぼのとした温かさの中で玉川郵便局へもYシャツで出かけた。日本のプロ野球もWBC優勝にあやかり、盛り上がって開幕して間もない。サッカーJリーグや水泳日本選手権も華々しく、正にスポーツ・シーズンたけなわである。しかし、近年日本のプロ野球はMLBに押されて人気も今ひとつという感じである。
  一昨日イチロー選手が張本勲選手の達成した日本人生涯通算安打3,085本に並んで、アメリカ内だけでなく、日本国内でも号外まで出たくらい盛り上がった。昨日もまたヒットを1本打っていとも簡単に日本人最多安打記録を達成した。イチロー選手の記録は日本とアメリカで打った日米合計安打数であるが、張本選手の記録はすべて日本プロ野球界で放たれたものであり、日米間には年間試合数などいくつかの点で条件が違うので、簡単に比較することは難しい。
  しかし、一般には米メジャーリーグの方が日本のプロ野球界よりレベルが高いとされているので、イチロー選手の記録は張本選手の記録より価値が高いと見られている。
 その一方で本塁打記録は、王貞治選手の生涯本塁打は日本国内では868本で、ハンク・アーロン選手の755本を軽く抜いて世界一と言われているが、日本の野球を一段低いとみているアメリカ人は、必ずしも王選手の記録を最多本塁打とは認めていないようだ。だが、イチロー選手がこれから記録をどんどん伸ばして、メジャーリーガーに伍してMLB記録を塗り替えていけば、相対的に王選手の本塁打記録に対するアメリカ人の評価も上がってくるのではないだろうか。
 それにしてもアメリカ人選手の作った生涯通算最多安打はピート・ローズ選手の4,256本で、まだほど遠く、なお1,000本以上の差がある。評論家はローズ選手の記録をイチローが追い抜くのは可能で時間の問題と話しているが、果たしてどうか。
 ピート・ローズ選手といえば、メジャーリーグ選手団の一員として日本にもやってきて日本人の間でも人気が高かったが、あの猛烈なヘッドスライディングは迫力満点で度肝を抜かれたものである。晩年は野球賭博にはまって野球界を永久追放され、授けられたレッズの永久背番号を穢して晩節も汚してしまった。
 思い起こすと、かつては私にとってもピート・ローズは憧れの選手だった。一度彼のプレーを本場で見たくて観戦に行ったことがある。1980年9月に文部省教員海外派遣団の添乗員としてフィラデルフィアに滞在中に先生方を誘ってフィラデルフィア・フィリーズのホームスタジアムへ出かけた。レッズからフィリーズへ移籍2年目でローズの人気がまだ衰えないシーズンだったので、熱狂的なファンが「ピート」と声援していたが、私の耳に入ってくる声援は「ピー!」「ピー!」にしか聞こえず、その声援も煩かったことが懐かしい。
 昨日東京でパキスタン支援国会合が開かれ、約50カ国と国際機関が今後2年間に総額50億ドル()約5千億円)を上回る拠出を表明した。今年はオバマ政権が誕生早々イラクから早期に部隊を撤退させて、アフガニスタンへ増派すると表明していた。タリバーン掃討作戦を展開することを検討している。しかし、タリバーンがアフガンから国境線を乗り越えパキスタン領内へ進出してきた。これが問題である。パキスタン政府は思うようにタリバーンを鎮圧できずに、国境周辺でテロによってかく乱されている。
 今最大の要注意国はパキスタンである。私も訪れたことのある国境のカイバル周辺が最も危険で、流動的な状況にある。一昨日のNHK「クローズアップ現代」でも、アフガンとパキスタンの国境地帯に住む部族周辺が最も危ないと動画入りで報じていた。私が訪れた9年前でもかなり危険な匂いが充満していた。
 当分このトライバル・エリアから目を離すことができない。
706.4月19日(日) PC周辺機器を整備する。
 休日にもかかわらず、契約しているITコンサルタント事務所の小糸武彦さんにわざわざ自宅へ来てもらった。前々からPCハードディスクの万一の場合のメモリー消滅が少々気になっていた。特に、日常機能的に使用しているノートPC‘LET’S NOTE’で作成しているHPコンテンツのバックアップが気がかりだった。それが外付け機器を設置することによってバックアップしてもらえるとサジェストされ、外付け1・0 DATA・HD(レグザ)とPC内部にメモリモジュールをセットアップしてもらうことになった。
  もうひとつの目的は、3機のPCの内VAIOノートPCを1階のリビングに移して2階の書斎のVAIOデスクトップPCから無線でキャッチすることで1階でもインターネット検索をできるようにすることである。このために無線LANルータを取り付けてもらった。これなら家中どこに居てもインターネットを使用できる。妻もぜひ使いたいといっていたので、ちょうど良い。5時間ほど時間をかけてもらい、何とか計画通りセットアップしてもらった。これで安心してこれまで通り3機のPCを有効に使い分けることができる。PC周辺機器を整備してメンテナンスに極力万全を期すということはかなりの投資になるが、これも必要経費だろう。小糸さん、お世話になりました。
  さて、今日もテレビでは麻生首相の最近のご機嫌ぶりを皮肉っていた。小沢民主党代表の秘書逮捕事件以来民主党の地盤沈下と引き換えに、首相の支持率が回復したことがその最大の理由であろう。にも関わらず自分の政治力とリーダーシップで支持率が上がったと妙な勘違いをしている。自分自身の能力というものがよく分かっていない。新宿御苑の観桜会では、綺麗どころに囲まれてすっかりご機嫌になり、下手な和歌を披露したり、2016年オリンピックに立候補している東京会場視察のために来日しているIOC評価委員一行に対する迎賓館の歓迎会では、のりに乗って無神経にも、建物ができたのは日露戦争に勝った年だと当のロシア人委員にしゃべったり、その場の空気や、言って良いことか悪いことかの区別がまるでつかない。馬鹿丸出しである。
  先日河村官房長官が、総理は軽口が出るので、気をつけて欲しいとのコメントがあったばかりである。単純といえば単純なのかも知れないが、総理大臣たるものがあまり軽率で尻軽では困る。これから先が思いやられる。
707.4月20日(月) 万里の長城が伸びた。
 中国が「万里の長城」の全長をこれまでの6,350 kmから総延長8,851 kmに伸ばしたと公表した。2,500kmも増えた計算になる。理由は、従来の長さはレンガなどで造った人工壁だけだったが、これに崖などの天然の地形を利用した壁部分を加え双方を併せて「万里の長城」として確定したそうである。元々「万里の長城」は世界遺産の中でも、人類が造り上げた文化遺産の最も価値ある建造物のひとつであると考えている。実際八達嶺の現場に立ち、来し方を静かに振り返ると歴史がその巨大な建造物とダブって悠久の歴史と文化をイメージさせてくれる。
 それにしても月から見える地球上唯一の建造物と言われている(実際には見えないらしい)だけに、スケールもばかでかい。最近の写真などを見ると城の上は歩いている観光客で押し合いへし合いの混み具合で、ラッシュ時は大変である。確かにこの長城は一見の価値がある。それが、ここで城の長さが3割ほど伸びたのは、中国人らしい遠大な観光政策が秘められているのではないかと考えるのは、うがち過ぎだろうか。
 今日の日経夕刊「プロムナード」に作家清水義範氏が「ネット時代の出版ビジネス」と題して著作権に関する考えを書いている。グーグル社が主要図書館の蔵書を著作者の許諾なしにスキャンし、電子的データベースを作成して検索できるようにした。訴訟を起こしたアメリカの作家組合と出版協会が昨年グーグルと和解した。国際条約を結んでいる関係で日本にもその影響が及ぶ。日本の作家も和解に応じるか、どうかを応えるよう著作者個人へ宛てて、各協会や出版社から書状が届いていて、どうするか返事をしなければならない。この悩みを清水氏は書いている。
  実は私の許へも先日著作権を委託している日本文芸家協会から、書状が送付されてきた。先日取材した際小中陽太郎氏もこのことを話されていた。日本文芸家協会としては、グーグルとの和解を承諾しようとの考えだが、もし反対なら個人的にやって欲しい旨の主旨であった。協会とまったく同じ考えはとらずに、とりあえず協会と同じ「和解承諾」して、しかる後に協会とは別の考え方で、入金は遅れても構わないので、著作権料がいただけるならいただきたいと返信した。
 私のケースは、著作がないに等しいので、ほとんど問題はないが、多数の著作を抱えている作家、特にアメリカ人読者が好みそうな作品のある、村上春樹氏や、三島由紀夫氏遺族らはどう返答するのだろうか。
  それにしてもグーグルのやり方はあくどい。文学作品に著作権があるのは、ごく当たり前の話で、契約社会のアメリカで商売しているグーグルが著作権侵害を承知のうえで無断使用とはモラルに悖る。言語道断である。最近も道路上からカメラを回して住宅街を写して、それをインターネットで見られるような「ストリートビュー」なるシステムを公開して他人の家の中まで覗けるような無作法な画面を提供している。因みにわが家を検索したらカメラが家の前を走っていったが、幸い見られて恥ずかしいような光景は写っていなかった。しかし、近所で洗濯物を撮られていた家もあった。これも各家庭の許可を得ているわけではあるまい。グーグルのやり方は事前了解を得ずに土足で家の中へ入ってくる「ドロボー」と変わりない。こういうのを「自由」といって放置しておいて良いものだろうか。
708.4月21日(火) 人種差別反対世界会議は開催する意味があるか。
 昨日からジュネーブで始まった国連「人種差別反対世界会議」が冒頭から荒れ模様である。会議前から中東諸国のイスラエル言論攻撃が懸念されていたが、その空気を感じ取った西欧とアメリカは最初から会議に欠席した。
 奴隷解放、植民地解放、南アフリカのアパルトヘイトが解消されて、表面上人種差別がなくなっているはずの国際社会において、まだこの種の会議が開かれ、大もめにもめていること自体、人種差別政策が暗黙のうちに存在することを表している。
  今回は人種差別問題よりも中東和平を巡る場外乱闘が表面に出てきた。イスラエルとアラブ諸国との対立である。その最たるものは、早くから問題視されていたイランのアフマドネジャフ大統領のイスラエル非難である。「イスラエルの地図上からの消滅」発言のイラン大統領の登場に最初から嫌悪感を示した欧米諸国は出席せず、この会議の場でも「イスラエルは中東の人種差別主義の国」と発言したイラン大統領に呆れて、サルコジ仏大統領も途中退場する有様である。これほどの国際会議が対立は増すばかりで、今のところ何の成果も期待できず、空中分解しかねない。これでは最初から会議自体を開催する意味があるのか疑問符がつく。

 では、日本の立場はどうか。国際会議でいつも影のうすい日本もちゃんと参加している。アメリカべったりの日本は、イスラエル側に立つアメリカに同意するわけにもいかず、さりとてイランをサポートする立場に立つわけにもいかず、毎度のことながら中途半端なのである。
 それより真剣に考えなければならないことは、なぜこの種の国際会議に関する情報が日本では少なく、伝えられないのかという点である。結局外務省、マス・メディアを含めて相変わらずのノン・ポリなのである。
 「酒のペンクラブ」四月例会が赤坂見附の「海千」で開かれたが、いつもと違い、最初から大真面目でペーパーを配布されて、試飲するお酒を品評するのである。同じ銘柄でも原料の米が違うといって2種類味わったが、残念ながらあまり違いが分からない。「香り」「甘さ」「のどこし」と書かれた空欄にあとから後から廻ってくるお酒について書くのだが、ほとんど当てにはならない品評だったと思う。それよりこの「海千」の場所の良さはともかく、ビルの地下2階で万が一に火災でも発生したら逃げ場がないと感じた。いろいろな酒飲み場があるものだ。
709.4月22日(水) マルクス経済学者の死
 一昨日大内力・東大名誉教授が亡くなられた。享年90歳だった。われわれが学生のころ、農業経済の第一人者としてマルクス経済学会における存在は際立っていた。大内先生の講義はどこでも聴講したことはなかったが、父親の大内兵衛・元法政大学長の公開講義は法政大学の大教室まで出かけて静かに聴いたことがある。
 その時伺った大内兵衛・元学長の話の中で今なお記憶に残っているのは、歌手坂本九が好きだということと、財政投融資は一般会計予算を本妻とすれば、めかけのようなものだと財投めかけ論をはっきり述べたことである。よくもまあ大学内の公開講座でそんな下品なことを言えたものだと思う。しかし、その後購入した大内兵衛著「実力は惜しみなく奪う」の中に同じことが書かれていた。大内先生は本気でそう思い、そのように外部に言うことによって思うところを世間に啓蒙していたのだと思う。その頃より財政投融資の評判は極めて悪かった。大内兵衛先生の謦咳に触れることはなかったが、マルクス経済学者として生涯筋の通った学究生活を送られた。
 偶然と言おうか、今夕の日経紙「あすへの話題」に経済学者の佐和隆光氏がエッセイを書いている。私が生まれた昭和13年に治安維持法違反で大内兵衛・東大教授と有沢広巳助教授は揃って検挙されたが、戦後二人のマルクス経済学者は、吉田茂内閣に入閣を要望されたという。それほど両先生の理論は高い評価を受けていた。
 夕刊の記事からショックを受けたのは、28年ぶりに日本が貿易赤字に陥ったことである。戦後貿易立国として経済成長、国家繁栄を享受してきたが、その大きな要因は貿易黒字だった。戦後一時的に貿易収支がマイナスになったことはあるが、百年に一度の経済不況に影響され貿易赤字になるとは日本経済がかなり深部まで打ちのめされているということである。
 さて、これからどうすべきか。大内兵衛教授から現況に対するコメントをお聞きすることはできなくなってしまったが、変質学者の中谷巌・三菱経済研究所理事長からご高説を伺いたいところである。
710.4月23日(木) 中国経済の成長について
 17日に画家・安野光雅氏がNHK朝の番組で話していたことを今日の日経夕刊のエッセイに書いている。的を射た論旨に納得して、主旨を友人に書き送ったほど強く印象に残っている。
 こういう内容である。「誰が言い出したのか『今回の不況は百年に一度の不況だ』と盛んに言われている。こういった無責任な発言に私たちは非常に弱い。脅かされるだけで、その言い分の根拠がただせないが、百年といわず、わずか六十年余りさかのぼっただけで、恐るべき敗戦の日がそこにあったではないか」。実際その通りでどうして百年不況説が通説として拡がっていったのか。更に安野氏はこうも続けている。「あの時代と、不況と言われている今の世の中とくらべてみるといい。不況だというのに、新聞や雑誌の広告は旅行案内でいっぱい。食料は巷に満ちあふれ、着飾った男女が街を闊歩し、六十年前は米軍の車だけだったのに、売れていないはずの車で道路は渋滞している。テレビは飽食の料理とお笑い番組のない火はない」とまったくご指摘の通りである。
 今日発表された企業の08年度決算は軒並み赤字である。野村ホールディングス7,000億円、農林中金6,200億円、みずほFG5,800億円、中央三井800億円等々である。加えて昨日IMFが発表した今年度の成長率は、日本は先進諸国の中で最悪の−6.2%である。一方車販売が好調の中国は6.5%だと、多摩大学沈才彬(シン・サイヒン)教授が他の視点からの分析を併せて詳しく説明された。
 今日の多摩大学・現代世界解析講座は、今最も中国経済に精通している沈教授が担当された。テーマは「今後の中国経済の行方」だった。沈教授は軸足を日本に置いているが、中国江蘇省生まれで、中国社会科学院博士課程を修了後日本の大学で研究員として、中国経済の研究に携わっていただけに、日本人学者には及びもつかない発想と視点から実態を分析される。
 確かに日本人学者の視点とは異なる。例えば、中国経済のひとつの特徴として「『政変』には弱いが、外部危機には強い」と断言する。文化大革命の66年はGDP成長率−7.2%で、劉少奇国家主席が失脚した67年は−7.2%に、毛沢東が亡くなり四人組追放があった76年は−2.7%、華国峰主席失脚の81年は−5.2%と成長率が落ちている。それ故現政権交代が予定される2013年が要注意だと分析される。
 それにしても中国経済の強さは驚くばかりである。世界の銀行ランキングでも1位から3位まで中国の銀行だそうである。その純利益計上額も中国銀行で、その額も桁外れである。外部危機に強いのも共産党一党支配の強みで対応が早いことだと言われた。ただし、問題がある。国民の間に溜った不満が一気に爆発する心配がある。そのひとつは都市と農村の格差問題であり、もうひとつは政府幹部の腐敗・汚職であると指摘された。いずれも日本では考えられないほど桁外れなのである。
 日中関係は、70年代の「日中友好」から90年代の「日中協力」を経て、現在は「日中融合」の時代に入ったと結ばれた。
 中国経済の驚嘆すべき底力について分かりやすく説明してくれた。
711.4月24日(金) フランス語の先生は森鴎外の孫だった。
 大学で必修科目の第二外国語にドイツ語ではなくフランス語を履修した。経済学部の学生としては、ドイツ語の方が一般的だと思う。それにも拘らず、入学前から敢えてフランス語を専攻しようと考えていたのは、将来世界各地を旅行する場合にドイツ語よりフランス語の方が広く通用し実利的だと感じたことと、フランス語がラテン系言語なので他のラテン語圏でも簡単な言葉なら意味が分かりそうだとの単純な考えだった。しかし、実際に旅行を生業とするようになり、フランス語を履修したおかげで随分助かったことがありフランス語を専攻して良かったと本心から思ったくらいである。
 実は、今日の日経夕刊紙に「鴎外自筆書簡に孫の命名由来」との記事が掲載されている。その孫こそ誰あろう、教養課程でフランス語を習った山田ジャク先生だった。優しい感じでユーモアに溢れた先生だった。当時成城学園に住んでおられた山田先生が、ある時小田急線が事故を起こしたので、われわれ学生は当然授業は休講だろうと思っていたら時間前に教室に来られて「休講と思ったでしょう。残念でした」と愉快そうに仰った。事故を知って早めに他の交通手段で日吉キャンパスへやって来られたのだそうである。愉快な先生でいつも微笑みを絶やさなかった。ご自分から鴎外の孫であるとは一度も仰らなかったが、噂は広がり、誰もがそう思っていたところ、もう一人のフランス語の木内先生が「秘密」を明かしてくれた。間違いなく文豪森鴎外の孫だったのである。鴎外の子孫には、外国語の名前をつけた人が多い。漢字の当て字を使用するが、外国人にありそうな名前を日本語にこじつける(?)のである。この山田先生のジャクも難しい漢字を当てる。鴎外は「世界通用ノ名トナル」と得意だった。とても読めない漢字で、画数が多くて覚えきれない。名前の由来書には「名トシテヨイ字ダトオモハレル」と記している。
 何年か前に北九州のJR小倉駅の近くの森鴎外記念館を見学したことがあるが、その折鴎外の家系図を前に担当者と話をして、そこに記載されていた山田ジャク先生に教わったと話したら、随分懐かしそうな顔をされたことがある。
 フランス語の実力はついていないが、おかげで文豪・森鴎外の孫にフランス語を習ったということも今となってはひとつの勲章である。後年山田先生は東大教授になられた。
712.4月25日(土) なぜ北朝鮮は強気でいられるのか。
 かなり前から政治的に中国が北朝鮮の立場を擁護する行動が目立ち、中国がどうしてここまで北朝鮮に肩入れしているのか、或いは遠慮するのか不可解に思うことが度々あった。北朝鮮の国際社会における瀬戸際外交には、各国が散々悩まされ迷惑を蒙っている。実は今朝の朝日新聞によれば、中国にもその北朝鮮に手出しできない事情があるようだ。中朝国境の中国吉林省延吉市では、北朝鮮との間にかなりもめごとがあるようだ。中国人が北朝鮮から脅されるというトラブルは日常茶飯事のようである。一番酷いのは、物資輸送に使われた中国の鉄道貨車やトラックが、北朝鮮に行ったきり帰ってこない。その数は昨年だけで何と貨車2〜3千両が未返却のまま、北朝鮮で利用されている。北朝鮮を怒らせると何をされるか分からないから抗議もできないと中国はまるで腫れ物に触るような対応である。中国が北朝鮮にこれほど気を遣うのは、北朝鮮の不安定化を恐れているからだと指摘している。体制が崩壊して大量の難民が流入すれば中国に悪影響を与えかねないし、仮に親米政権でも生まれたら国境を接している中国にとって脅威になりかねない。中国政府筋は高いコストがかかっても朝鮮半島の現状を維持するのが中国の国益に叶っていると言っている。北朝鮮は中国の足元を見ているのだ。結局手玉に取られているのは、中国なのである。これではまったく展望が開けない。
 今日息子家族がやってきた。3月22日に息子が走った東京マラソンの記録証がやっと大会事務局から送られてきたと見せてくれた。この記録証を見ていて面白いことに気がついた。完走者22,789人中5,297位、記録は3時間5814秒で目標の4時間を切った嬉しい走行だった。ところが、ネットタイムが参考として書いてある。3時間5418秒とある。約4分の差が不思議だったので、息子に聞いてみるとスタートの号砲が鳴ってから実際に走り出すまでの時間だそうである。スタート地点から走り出すまでに4分ものロスタイムがあったことになる。5kmごとのスプリットタイムも書かれている。2万人を超えるランナーの記録をここまで詳細にキャッチできるのはどうしてだろうと思い、また息子に聞くとシューズの中に入れられたチップがチェックポイントを通過する毎に感知して大会本部が数値を把握するらしい。たかがマラソンと思っていたが、IT技術の進歩ですごいものに替わってきている。
713.4月26日(日) ジョン万次郎記念館はいずこに?
ジョン万次郎がマサチューセッツ州フェアヘヴン市に到着したのは、5月7日ということになっている。今年はその到着日にこれまで改装して休館していたジョン万次郎記念館がオープンするという記事が載っていた。ジョン万次郎は妻の遠戚に当るので、関心は人一倍あるし、1976年に文部省教員海外派遣団の添乗員としてジョン万次郎記念館を訪れた時、記念館館長から歓迎されたことがあるので懐かしい気がする。
  いつも思うのだが、記念館のある場所がフェアヘヴンと書かれているが、正確には隣町の捕鯨の町ニュー・ベッドフォードである。マサチューセッツ湾に望む小さな漁師町で、海辺の漁師の家の屋上には突き出たような見張台がついていた。そこから遠洋へ出漁する夫が乗る捕鯨船を妻が手を振って見送ったと説明を受けた。万次郎が救助された捕鯨船のホイットフィールド船長の自宅が記念館になっている。ニュー・ベッドフォード市教育委員会のお世話で同市に約1週間滞在して、その間に学校訪問をしながら近郊を観光させてもらったことを思い出す。その時隣町のフェアヘヴン市へも行った。記念館の館長さんから遠戚の奥さんとまた一緒にお出でくださいと言っていただいたが、残念ながらその機会は未だに訪れない。その後しばらくして、当時皇太子だった現在の天皇・皇后両陛下が訪れた。中々静かな環境の中にある、瀟洒な2階建て木造住宅だった。
  昨日からメキシコの豚インフルエンザのニュースが流れている。どうやら拡大しそうな勢いである。昨日はメキシコ国内だけで60名の死者が発生したと言っていたが、今日になってその数は81名にまで増えた。アメリカでも11名が感染している。これまで日本国内では鳥インフルエンザは随分騒がれたが、豚というのは初めてではないだろうか。こうなると困るのは旅行者と旅行業者である。メキシコ方面のツアーをキャンセルしている旅行業者が多い。運が悪いとしか言いようがない。しかし、旅行業者の立場なら、敢えて火中の栗を拾う必要もあるまい。イージーにツアーをキャンセルして、豚インフルエンザが頭上を通り過ぎるのをじっと待つだけである。それにしてもこの種のニュースは旅行業者泣かせであるばかりでなく、多くの人を悩ませる。
714.4月27日(月) 出版2ヶ月で古書とは?
今夕新宿で知研出版プロジェクトの主要スタッフが集まり定期的な打ち合わせを行った。私以外の6人は仕事を終えてから集まってくれた。取材の撮影、記録を担当している幅健一さんには鮮明なDVDを送ってもらい大助かりだったので、お礼の気持を込めて先日拙著「停年オヤジの海外武者修行」をお送りした。ところが幅さんはすでにアマゾンを通して拙著を申し込んでくれたので、私が送ったものとアマゾン本と2冊同時に届いたとメールをもらった。それでは別の拙著と取り替えてあげようと「新・現代海外武者修行のすすめ」に署名して持参した。幅さんからアマゾン本を受け取って裏表紙を見た途端びっくりした。何とそこには「恵存『向上心と好奇心』近藤節夫」と手渡して贈呈する場合と同じように墨書してあるではないか。差し上げた人の名が書いていない点から、すぐピンときた。これは、2月の出版記念会の際出席していただいたゲストに差し上げたものだ。自分の手元を離れた自著と再会するとは考えてもみなかった。差し上げてから僅か2ヶ月である。可能性はあるが、実際こうも簡単に、かつ偶然に手元を離れた著書と出会うなんてことがあるなんて考えてもみなかった。同じような経験がおありなのかどうか、今度小中陽太郎さんにお会いしたら聞いてみたい。
  しかし、珍しいことを知った反面ちょっとばかりショックでもある。せっかく差し上げた拙著をこうも簡単に手放されたことが何とも残念である。自分の思い込みもあるが、いつまでも大切に持っていただければ幸いであるとの気持を込めた「恵存」と書いたのもそういう願いだったからである。幅さんに聞いてみると古書の扱いだったようだ。購入価格は1,000円だったというから、定価1,400円から考えて、まだ価値はそれほど下がっていなかったことになる。それにしてもちょっとばかり悔しい。
  今日のプロジェクト会議は、主インタビューアが取材の原稿を書くことを確認したことと、原稿内容の方向性とまとめ方がはっきり決まっていないので、最初にインタビューした私が取りあえず取材記録を文章化してモデル文を書こうということになっており、もうじき脱稿できる。勿論久恒理事長と八木会長のアドバイスを得て推敲し、ひとつの形を造りあげるのである。責任重大である。
715.4月28日(火) バラマキ予算のツケをどうするのか。
 急速に豚インフルエンザの影響と警戒が広まっている。メキシコでは、すでに死者が149名に達したという。水際で食い止めようと日本も対策に動き出し、メキシコからの直行便の機内検査を入念に行ったり俄然警戒度を高めてきた。メキシコでこれだけ短期間に感染者が広がったのは、衛生観念の甘さが原因との指摘があった。
 世界規模の警戒と予防で各国とも感染防止に懸命である。世界保健機構(WHO)の見方も「フェーズ3」から「フェーズ4」というカテゴリーに引き上げられた。日本国内でも今日は厚生労働省から市町村の保健衛生担当部署に至るまでてんやわんやの大騒ぎである。
  この騒ぎの陰で大切な国会審議にスポットライトが当らない。これも心配である。今年度の補正予算(13兆9千億円)が昨日提出された。今月10日に追加経済対策(15兆4千億円)を決めたばかりである。本年度全体予算の内、国債新規発行が44兆円に達するという。不況対策として財政出動はある面で止むを得ないが、この金額はあまりにも突出していて些か異常と言わざるを得ない。税収比率が45%と過去最低だそうである。支出予算の内、半分以上を借金に頼るわけである。毎度のことながら緊急性を訴えているが、どうもそれだけではなさそうだ。あくまで景気を刺激するための緊急対策であるべきであるが、近づいている総選挙対策のためのバラマキになっているのがミエミエである。1兆円の予算がついた農林漁業では即効性があるとは思えない諸々の支出項目満載にうんざりである。教育予算にしても一般会計でなく緊急経済対策として学校教室の電子黒板なんて必要なのかどうか、間に合っているのに小中高にパソコンを購入させるのが緊急経済対策なのかどうか、トンチンカンな支出ばかりをてんこ盛りで経済不況を理由にして何でもかんでもばらまく神経は確かにおかしい。就任当初は期待していた与謝野財務相がどうも自民党幹部に追い詰められて、否応なく予算の大盤振る舞いをやったと思えてしようがない。しかし、このツケをどうするのか。国の借金はどんどん溜っていく。これを健全財政にしようとする意欲もビジョンもまったく見られないのだ。改善しようとの気持すら、政治家のパフォーマンスには見られないのが寂しい。一体全体国の行く末はどうなるのか。どうにも虚しい話である。
716.4月29日(水) 「昭和の日」が静かになった。
 「昭和の日」であるが、かつての天皇誕生日はとっくに卒業して平凡な祭日となった。しかし、それにしても昭和天皇の誕生日にその天皇に関するニュースがまったく聞こえてこないのは、ちょっと奇妙な感じである。2,3年前までは、どんな小さなものであれ、何か昭和天皇に関する情報を伝えたと思う。しかも今年は昭和天皇が亡くなってちょうど20年という節目の年でもある。
 最近一部のマス・メディアが昭和天皇の戦争責任について肯定的に触れた。天皇に関してはあまり干渉しないことがこれまで暗黙の了解となっていたと思う。特に、右寄りの人たちは、天皇の戦争責任に触れること自体を避けたいために、敢えて昭和天皇が話題になることを避けようとしている節がある。原寿雄著「ジャーナリズムの可能性」では、はっきり昭和天皇に戦争責任ありと断定している。存命中にうやむやにしてしまった昭和天皇の戦争責任は、今や時間的に取り返しはつかないが、やはりきちんと決着はつけるべきだというのが原氏の持論である。原氏の講義の際にも昭和天皇には戦争責任があると明言していた。徐々に天皇の戦争責任を追及する空気が盛り上がるのを避けようと、敢えてマス・メディアがニュースとして取り上げるのを避けたとするなら、これは右傾化の流れではないか。
  昨日本稿で補正予算のてんこ盛りについて触れたが、今朝の朝日「天声人語」でも黙っていられないと厳しい「天の声」を突きつけている。今年度国家予算は合わせて100兆円を超えて過去最高額となった。新規国債も44兆円で税収に匹敵する。「天の声」が批判しているのは、「100年に一度」の不況を政府の護符として、何でもありの政策決定は許せないというのである。ところが、今日からゴールデンウィークで日本の2大巨悪、政治家と官僚は仕事をしない。マス・メディアでこれだけ批判されても政治家は自分勝手にしかものを考えないのだろう。
  それに引き比べ、今日観たNHK「にっぽん紀行・高知93歳カツオ漁師支える89歳妻」には感動した。強欲な政治家と比べるのもどうかと思うが、この高齢で一艘のカツオ船に二人で乗船して、夫はカツオ釣りの様子を、妻は最近になって心配だからとただ傍で夫のやることを黙って見て支えている。息子や周囲からも船を降りるよう説得されるが、受け入れない。そのうえで、「年老いて船を降り船を売った漁師が次の年に亡くなった例が多い」と頑固に沖へ出る。結婚して70年の夫婦がお互いに支えあう姿は美しく見えた。政治家もこういう美しく支えあって仕事に夢中になる夫婦愛を見て少しは見習ってはどうか。
717.4月30日(木) 「フェーズ」って何だ?
 豚インフルエンザが猛威を振るいだした。新聞、テレビのニュースのトップ記事はすべてこの新型インフルエンザに関するものである。世界保健機構(WHO)は警戒水準を一昨日「フェーズ3」から「フェーズ4」へ上げたが、今日更にその一段階上の「フェーズ5」へ引き上げた。WHOの「フェーズ」分類は6つに分けられており、上から2番目の警戒水準になったのは、WHOの一地域に属する2カ国以上で新型による感染が継続している状態になったからである。一昨日メキシコにしか死者が出ていなかったのに、昨日ニューヨークで一歳児が亡くなったのを受けて水準を上げたわけである。世界中を挙げて大騒ぎである。
 ところでどうしてマス・メディアはこの「フェーズ」という言葉の詳しい解説をしてくれないのだろう。「フェーズ」なんて言葉の語源を知っている人がどのくらいいるだろう。もう一週間近く話題になっていながら、この期に及んでまだどの新聞でも、テレビでも解説してくれない。マス・メディアの人たちはその意味を知っているのだろうか。そんな言葉ぐらい誰でも知っていると思っているのだろう。こういう好い加減で思い上がったところが、メディアの頼りにならず許せない点である。止むを得ず、昨日インターネットで調べたら‘PHASE’というスペルだった。時期とか、段階だとか、或いは相というような意味で、これなら分かるが、これまで頭はPHAではなくFAから始まると思っていたのでまったく見当がつかなかった。マス・メディアの報道の役割というのはどうなっているのだろうか。
 先日グーグル社の書籍検索に関する諾否のアンケートが日本文芸家協会から送られ回答を郵送したが、これについて日本の作家や出版社も戸惑っている。昨日日経紙の記事や、今日のNHKニュースを見るとデジタル化の対象になっている4,300人の作家に送ったアンケートで、8割強の人が完全削除を求めたとあった。僅か293人がデジタル化と表示を容認して収益の分配を受けるという。私はその293人の中のひとりに入っている。若干和解を勧める協会の誘導質問に乗ってしまった形だが、私の場合は必ずしも文筆で食べているのではないので、真剣味が足りない回答になっていたようだ。大江健三郎のごときは、150冊もの著作があるので、当然グーグルへ削除を求めるのは頷ける。それにしてもグーグルの知的暴力には憤懣やる方ないが、判断が難しい問題である。