
2009年3月
657.3月1日(日) 活躍する日本ノルディック・スキーチーム
早春の候となった。庭の梅と椿が見事に開花して目を楽しませてくれる。
一昨日ノルディックスキー世界選手権複合団体で男子チームは14年ぶりに金メダルを獲得したが、今日はジャンプ団体で銅メダルを獲得した。女子ノルディックチームも先日世界選手権距離競技で、過去最高の4位入賞を飾っている。あまり期待されていなかっただけに、思いがけない活躍につい嬉しくなる。
5日からは野球のWBCが始まる。3年前の第1回大会に比べて大分熱が入っているように感じる。これが野球の世界選手権大会といえるかどうかは何とも言えないが、各国とも力を入れてきて大会自体が盛り上がってきたことは間違いない。日本チームもオープン戦の成績を見る限りまずまずの仕上がりのようなので期待したい。
夜のNHKスペシャル「プーチンのリスト」を見て、改めてロシア・ビジネスにおける生き残るための権謀術数の駆け引きに背中が冷える思いだった。中々よく取材された番組で、こういう政権の中枢まで入り込んで報道するドキュメンタリーは民間テレビでは中々お目にかかれない。やはりこういうじっくり取り組んだ取材番組では、NHKに一日の長がある。国家資本主義と呼ばれるように、ロシアでは民間企業でも政府の要望を聞き入れなければまず干され、挙句の果てには立ち行かなくなる。実質的には相変わらず国家管理がはびこっている。政府の方針に背いた経営を行えば、いずれは取り潰される。完全に国家管理経済体制である。共産社会時代と何にも変わっていない。これがロシア流自由主義だというのだから恐ろしくなる。番組は政権の中枢、企業秘密に近いところまでよくぞ食い込んだと感心する。明日後編が放映されるので、楽しみにしたい。
小沢民主党党首の発言は、今日は日経紙の社説が厳しい論調で取り上げていた。そしてこう切り捨てていた。「小沢氏は思い込みを捨て、日米関係、特に日米同盟の機能を虚心に勉強し直す必要がある」と。
658.3月2日(月) どうなる文化財の行方・・・。
この冬は暖冬だそうである。特に東日本では戦後2番目の暖かさだという。梅の開花は、都内では平年より21日も早い。この温暖化傾向は、今更始まったことではないし、日本だけに限ったことでもない。しかし、今後地球温暖化の傾向は一層速度を速めるだろう。温暖化によって氷雪は融解して海面が上昇する。低地帯は水没し、河川は氾濫する。スイス・アルプスやカナディアン・ロッキーで毎年氷河が後退していく状態を自分の目で確認しているから間違いない。各国の利害が対立して温暖化防止のためのコンセンサスがまとまらない現状では、どんなに逆立ちしてもこの温暖化傾向は止まらないだろう。
さて、数日前にパリで競売に付されたイブ・サン・ローランの遺品のうち、1860年の第二次アヘン戦争時に略奪された十二支にちなんだブロンズ像、ネズミとウサギの頭部像を39億円で落札した人物が中国人だったことが明らかになった。しかし、その中国人は落札したが、代金は支払うつもりはないと言っている。文化的な価値の高い銅像の所有権は中国政府にあると主張を崩さない。事実同作品はアヘン戦争の際北京侵攻で清朝の離宮「円明園」からフランスが略奪したもので、中国政府には返還を請求する権利があるとフランスに対して返還要求していた。
この種の問題は、植民地国家と統治国との間では充分あり得ることだ。イギリスやフランスがどれだけ植民地から多くの文化財を略奪して母国へ持ち帰ったか。ロンドンの大英博物館に展示されている作品のうち、どれだけイギリスが植民地から奪ったものが展示されているか。エジプトから持ち帰ったミイラに始まり、アテネのアクロポリスから剥がした看板、パリ・コンコルド広場に建つオベリスクもナポレオンがエジプト遠征の際持ち帰ったものだ。
言い出したらきりがないが、これはやはり本来の持ち主へ返すべきものだろう。どうしてもそれが難しいなら、レンタル契約を結んでレンタル料金を毎年支払うのが筋であると思う。
翻って日本の文化財はどうか。ボストン美術館でも、フィラデルフィア博物館でも沢山の、素晴らしい浮世絵が展示されている。しかも保管方法が良いのか、まったく傷もなく、品質も落ちていない。江戸文化がまさに所を得たと感じたくらいである。これらは惜しいが、二束三文で日本が売却したものであり、こればかりは買い戻すより仕方があるまい。
フランスと中国の間で、その所有権を巡って文化財の行方がどうなるか、当分の間話題がつきないようだ。
659.3月3日(火) 小沢民主党党首は真実を明らかにせよ!
昨日今年の暖冬説の記事があったが、今日は夕方になって一転雪が降り出してきた。しかも全国的である。桃の節句の降雪は、25年ぶりだそうである。ともかく日本の気象も政治と同じで一寸先は闇である。
さて、先日米第七艦隊発言で物議を醸した民主党小沢一郎党首に政治資金規正法違反の嫌疑で、今日東京地検が小沢党首の公設秘書を逮捕して政治団体事務所を家宅捜索した。政治家と金の問題はいつもついてまわり、政治家も自らを律していつも気をつけている筈であるが、それでもなお旧態依然である。
次の総選挙では政権交代が予想され、小沢氏は次期首相がほぼ約束されている。こんな重要な時期に明らかなイメージダウンであるスキャンダルが明るみに出たら、致命傷になりかねない。だんまりを決め込んでいる小沢氏に代わって、周辺からもれてくるのは「適法に処理している」の一点張りである。民主党の上層部からは、小沢党首を庇う発言しか出てこない。しかし、党内の一部にはこれでは選挙は戦えない、小沢党首辞任の声も出ている。この大事な時に検察が動いたということは、検察が確たる証拠を握った証しではないだろうか。金庫番である第一秘書が逮捕されたということには重いものがあると思っている。一方で民主党鳩山幹事長のごときは、総選挙が近づいたこの時期にこういう強制捜査の動きが出てくるのは、国策捜査で恣意的なものを感じると言っている。
嫌疑は西松建設から政治献金を受け取りながら、裏の手を使って個人の献金のように見せかけているとの疑惑である。小沢氏は田中角栄元首相の影響を強く受け、相も変わらず土建政治を踏襲している。西松建設は海外工事で得た10億円を日本に持ち込み、政治献金として政治家にばらまいていたのではないか、それによる見返りがあったのではないか、と憶測されている。もし、それが事実ならいわゆるあっせん収賄に当る。
小沢氏は選挙に強く、演説は巧くないのに中々リーダーシップの取り方がうまい。出身母体がばらばらの民主党内を纏め上げたのも小沢氏ならではだと思う。しかし、あの強権的な姿勢には、腰を引く人も多い。大学の後輩に当るが、あの威張りくさったやり方には以前から好意を抱けないままである。
それにしても、「沈黙は金」を誤解しているのか黙して語らぬでは、真実が分らず、疑念は深まるばかりである。一刻も早く説明責任を果たすべきである。さもないと寄り合い世帯の民主党は早晩空中分解するであろう。
660.3月4日(水) 税務申告を終える。
やったぁ!と些か大げさに言えば快哉を叫びたい気持である。ほっとした気持もある。毎日毎日重苦しい心情だった。今日玉川税務署へ出向き、何とか税務申告を済ませた。昨年までとは異なる個人事業主としての初めての申告なので、一昨年秋青色申告会会員となってこれまでに何度か講習を受け、初歩から学び今年に入ってからも、昨年一年間に亘って家計簿に記帳していた記録を振替伝票へ記入して、それを今度は総勘定元帳へ転記して締め切るというボリュームの多い作業だ。事務量が多くて大変だったが、どうしたらよいのか全体的なイメージが描けないことと、専門用語の使い方を知らないことがネックだった。それでも連日根を詰めて作業をした結果、昨日までにやっと締め切りの一歩手前まで到達することができた。
昨日青色申告会へ出向き、書類仕上げへ向けてのご指導をいただいた。大勢の人が押しかけると思っていたが、案外空いていたのは意外だった。午前だけでは時間が足りなかったので、比較的空いていたのを幸いに、午後も再訪することができて指導してもらい、何とか最終記入段階までこぎつけることができた。青色申告会事務局員からも昨日までの努力に対してお褒めの言葉をいただいた。
簿記に関してはまったく素人であるが、税理士の手を借りずに独力で書類作成を仕上げることができたのは、自分でもよくできた方だと思う。これで来年の予定もある程度計算できる。振り返ってみれば大変だったが、終えてみれば自分だけでやって良かったとつくづく思う。
集中して根を詰めたので、血圧も大分乱調気味だが、これからは多少なりとも安定することを願っている。
昨日公設秘書が逮捕された小沢民主党党首への説明責任を果たすようにとの要望に対して、午前中に小沢氏の記者会見が開かれた。
この記者会見で不信が取り除かれたのかとの問いに対しては、‘NO’と言わざるを得ない。小沢氏が、「すべて合法的にやっているのでまったく問題ない」と述べているが、東京地検が捜索に入ったのは、表面的には合法に見えても偽装工作、或いは迂回献金で実態としては違法なやり方だと見破ったからである。しかも、献金した西松建設側がその点を認めている。このままでは小沢氏への嫌疑も払拭することはできない。小沢氏はもっと本質的な論点と真実を包み隠さず語って周囲を納得させなげれば、一方的に国策操作だとか、国家権力の横暴だと主張したところで説得力がない。
当分この不透明な西松献金問題は国会、政党、議員を取り巻いて青空が見えないのではないか。
661.3月5日(木) 小沢一郎・民主党党首風前の灯
小沢民主党党首・公設秘書の逮捕が、小沢氏と西松建設との怪しい関係を少しずつ炙り出している。小沢氏が昨日記者会見で弁明したことは表面的には問題ないように見えるが、ダミーの政治団体を通した迂回献金の疑いがあり、追い詰めていけるかどうかは、検察が今後どう証拠を積み重ねていくことができるかにかかっている。しかるに、小沢氏の国策操作との発言に対して、検察ではかなりの証拠を掴んだうえで強制捜査に踏み切ったと考えられていただけに、神経に障ったらしく憤慨している様子である。秘書は依然として否認しているが、西松建設側では資金提供を認めている状況から、小沢氏の立場は一段と厳しくなってきたようである。
さて、異例な出来事として、昨日国際刑事裁判所(ICC)は、スーダンのバシル大統領に対して人道の罪で逮捕状を発行した。容疑はダルフール紛争で軍や民兵組織による住民襲撃で約30万人を殺戮したとの疑いである。スーダンは大統領逮捕を拒絶し、中国政府も遺憾の意を表明した。中国の態度の背景には、中国にとって以前から産油国であるスーダンの石油に目がくらみ、スーダンへ無利子融資や債務帳消しで貸しを作っていることがある。スーダンの現政府が生き延びているのも、中国のおかげである。バシル大統領が海外へ出れば、ICC加盟国は大統領の身柄拘束に動く。バシル大統領はカタールのドーハで開催されるアラブ首脳会議に出席すると発言しているが、果たしてどうなるか。
夕刻日本輸入ワイン協会会長で山本博さんと仰る弁護士さんが、フランス政府からワインに関する賞をいただいたお祝いのパーティがレストラン‘ツキ・シュール・ラメール’で開かれ、小中陽太郎さんの紹介で出かけた。場所は高速道路の下で、あまり通行人のいない一角であるが、レストランの目の前にはレインボーブリッジと素晴らしい夜景を望むことができる。流石にワインに詳しい人たちばかりの中に入ると些か恥ずかしい気持もあるが、約150人のファンが駆けつけたのではないか。冒頭に山本さんにご挨拶したが、弁護士でありながら、ワインに詳しいばかりでなくワイン以外の著作も多く、翻訳も併せると実に39冊の本を世に出しているとは驚きである。
小中さん、酒ペンの山中さん、日本ペンの中川さんらとワインを酌み交わしながら四方山話をして雰囲気を楽しんだが、こういう雰囲気も中々洒落ていいものだと思った。
662.3月6日(金) 経営者の倫理観の欠如
日経夕刊紙によれば、リチャード・ワゴナーGM会長の昨年の年収が545万$(約5億4千万円)だという。多いか少ないかはその会社が得た利益によって公平に判断されるべきであろう。貢献度が高ければ、利益の中から応分の分け前を頂くことについて、是とすべきであると思う。会社経営のための利益計上は、民間会社が利益獲得を最大の目標にして、経営に直接関わらない株主と経営に直接関与する全社員が心をひとつにして前進した結果として得た収穫である。つまり、株主と役員を含む社員が力を合わせて獲得した果実である。この中で経営に携わった関係者が利益を分かち合うのは、至極当然のことだと思う。
しかし、問題は会社という一定の制限を伴う組織の中で行った営業活動の結果、利益どころか大きな損失を生んだ場合に、その補填を他人の支援に依頼し、なお社員の一部(役員)が世間一般常識とかけ離れた過大な報酬を得ることが果たして許されるだろうか。これが今回モラルが欠如した例として挙げたGM社と同社役員のケースである。
一昨年同会長はこれを上回る年収を得ていた。しかし、政府の支援を受けていなかった時であり、マス・メディアや国民からとやかく非難されることはなかった。ところが昨年のGM社は多額の政府支援を受けた。つまり国民の税金から一民間企業に対する赤字補填を行ったものである。その一方で、経営者が会社に与えた損失に頬かむりし、国民から支援を受けていながら法外の高給を得たのである。これは最早背任行為に近い。経営者としてあまりにも倫理観に欠けるパフォーマンスである。
今年再建に向かって努力しているGM社は、これまでに134億$の巨額の政府融資を受けている。GM社はまだ不十分として、更に32億$の追加支援を求めている。これではいつまで、どのくらい支援が必要なのか見当もつかない。
当初サブ・プライム・ローン問題が発生した時、アメリカ政府は民間企業の救済のために財政出動を行うということに対して自由主義経済の建前論を振りかざして政府支援論を封殺した。それが、少しずつ考え方を変えてきた。リーマン・ブラザースの破綻以降ケースバイケースで企業を支援するスタンスに変わりつつ。こうなると資本主義に基づく自由主義経済の存在意義が失われるのではないか。救済の理由が理解できないこともない。巨大企業が倒産したら、雇用問題を含めて副次的な問題が次から次へと発生し、新たに社会問題化する恐れがある。しかし、だからと言って経営者が高給をもらいながら困った時には、お上にお助け下さいと願うのはあまりにも虫が良すぎるし、モラルが欠如しているのではないか。考えてみると、どうも自分の都合だけしか考えないような経営者の倫理観の欠如が一番問題ではないかと思う。
さて、資本主義経済を近代経済学至上主義として高く評価し、資本主義経済論を教導し学生を中心に世に大きな影響を与えていた、前多摩大学学長・中谷巌教授がつい最近になって変節し、これまでの持論を否定しだした。恥ずかし気もなく変節の経緯を著書にして、堂々と開陳する、その一連の行為が波紋を呼んでいる。普通なら敗北を認めた以上「敗軍の将多くを語らず」と表舞台から静かに立ち去るのがジェントルマンの矜持であり、常識だと思う。
尊敬する河上肇教授は、社会主義的考えを放棄するよう責められ転向を強要された時、信念を曲げずに「没落宣言」を発表して静かに蟄居生活に入った。これこそ自分の信念を貫く学者としてのプライドである。中谷教授は転向しながら、綿々と時代の流れに迎合し、その道で再び飯を食おうとしている。河上肇とは人間の格が違う。昨年多摩大学で中谷教授の講義を受講した時は、その話はまったく出なかったが、一度じっくり変節論の骨子を拝聴したいものである。
663.3月7日(土) 世界遺産の評価は難しい。
NHKが3年前に視聴者からアンケート募集した「世界遺産ベスト30」番組が再放送された。どんな観光地がポピュラーかと興味を持って改めて見直してみた。5月に鎌倉で「世界遺産の旅」の講演を行うので、参考にしようとの気もある。ベスト30の中に私が訪れた観光地は、18箇所しかなかったが、このリストを見て感じたのは、全方位的に選んだわけではなく、投票した視聴者の限られた視界に入ってきた、個人的な好みや思い込みで選んでいるので、必ずしも公平ではないような気がする。例えば、ロシア、バルト三国、北・東・中欧、英仏独、中東、メキシコ、東南アジア、ギリシャ、トルコ、イラン、パキスタン等偉大な文化遺産を有する地域や国々からただの一ヶ所も選出されていないことではっきりしている。加えて30箇所のうちに自然遺産が13箇所もある。やはり人間の叡智が造り上げた文化遺産にもっとウェイトを置くべきではないかと思う。幸い1位のマチュピチュ、2位モン・サン・ミッシェル、3位イグアスの滝は、実際現場を訪れた感じでみて公平な選出だと考えているが、美とか文化に序列をつけるのはつくづく難しいものだと思う。それにしてもルクソールの王家の谷、敦煌、ポン・デュ・ガール、ペルセポリス、アクロポリス、プラハ、モヘンジョダロ、名峰スイスの山々などが入らないのはどうしてだろう。
過日「かんぽの宿」一括売却問題で、日本郵政に対して鳩山邦夫総務相がイチャモンをつけ、売却を取り止めさせて、契約を白紙に戻した。売却価格決定の過程に不明瞭さと疑義があることが、鳩山大臣に賛同する世論が大臣の強気に勢いをつけた。そして、今度は東京駅前の旧東京中央郵便局ビルの解体・建替工事に文句をつけた。このプロジェクトはもう走り出して解体へ踏み出してしまっている。確かに、文化的価値の高い建造物を土地の活用上メリットがあるからと言って、安易に高層ビルへ立て替えるのは、問題だと思う。しかし、それをまったく無視したわけでもあるまい。
鳩山大臣の行動は、むしろ筋を通すとか、文化遺産の保護とかときれいごとを言うより、自分の存在感とか権威をひけらかすパフォーマンスが大きいように思う。「・・・と言ってんだ」とか「文化が分らないからこうしてやってやってんだ」とか、思い上がった横柄な態度がミエミエで、鼻持ちならない。この傲慢さは政治家の最も嫌味な点でさえある。やはり所詮苦労知らずの世襲議員だなぁと思ってしまう。
664.3月8日(日) 麻生首相は何のために沖縄へ行ったのか?
麻生首相が首相就任後初めて沖縄を訪れた。現在政府と沖縄県との間には、基地、米軍駐留、滑走路移転、等々の難問が山積している。喫緊の課題は、普天間(宜野湾市)及び辺野古(名護市)基地の海上沖合移設問題である。しかるに首相は仲井真弘多・沖縄県知事との会談では肝心な問題に一切触れず、二つの滑走路変更予定地の視察にも行かなかった。講演でも基地問題にまったく触れなかった。沖縄と言えば米軍基地とは切り離せない。しかも、海兵隊の2014年までのグアム移転計画と普天間基地の移転問題が暗礁に乗り上げている泥沼状態にある。それらは米軍再編成問題を絡めた微妙な難題であり、その近くまで来ていながら、その核心には触れようともせず、腫れ物に触るように及び腰だったとは、何を考えているのか、その馬鹿さ加減に呆れるばかりである。
地元沖縄では、首相は何の目的で沖縄へ来たのか理解できず、不信感と疑念は広がるばかりである。この辺りに首相周辺の政治オンチを感じざるを得ない。情けない。
日米安保条約と極東地域の安全問題から逃れられない日本政府の対応としては、とりわけ沖縄問題は慎重に、しかし熱意と誠意を持ってハイ・スピードで取り組まなければならない。一日も早く政府は地元沖縄と米軍を交渉相手に事態の前進と解決に向けて積極的に動くべきである。それにも関わらず現状は首相のノー天気な訪問を始めとして、浜田靖一・防衛大臣が就任以来いまだに沖縄を訪問していないという沖縄軽視を続けている有様である。首相にも、大臣にも真剣に沖縄問題を解決しようとの気持が見られないのだ。
戦後米軍に占領され続けた沖縄を、かつて日本政府は見捨てたのである。1972年漸く本土復帰となったが、沖縄には重い足かせがつけられていた。それが、米軍基地である。沖縄県民の願いを汲み取るべく基地の撤去、移転を、国は県民に約束してきた筈である。しかるに40年近くに亘って日本政府が確約した沖縄県民への約束は空手形のままなのである。現政府は沖縄県民に対して二度目の棄民をしようとしている。
政府の対応は、むしろ沖縄県民の意向とは反対の方向へ進んでいるのではないか。政府筋では、今や沖縄は「触らぬ神」になっているように思えてならない。そうでなければ、折角沖縄まで足を運んだ総理大臣が、日光・東照宮の「見ざる・聞かざる・言わざる」の猿の真似をするわけがない。「信用できないのはいつも総理大臣」というのではあまりにも切ない。
665.3月9日(月) 小沢氏も臭いが、二階経済産業相も怪しい。
小沢民主党代表の秘書が逮捕された一件で、民主党内も当初代表の説明を了としていたが、各方面からの批判を受け微妙に態度が変わってきた。特にイメージダウンにより総選挙を心配する声が出始めた一方で、党内で小沢代表の手法に批判的だった若手を中心とする党員が党首交代を考えるようになった。今朝の朝日世論調査によれば、小沢代表の説明に対して納得できないと答えた人が77%、小沢氏は代表を辞めるべきだと答えた人が57%もいる。確かに現状の淀んだ空気を払拭するには、清新で実行力のある岡田卓也副代表にでも代わった方が民主党の株は上がると思う。もう小沢氏は自分自身の不徳に腹を括り、潔く代表の座を降りた方が今後の自分のためにも、党のためにも有利に展開するに違いない。
そして、いずれ小沢代表への検察の事情聴取があるだろう。
ところで理解できない動きもある。小沢氏が西松建設、或いは関係団体から相当額の献金を受けたとの嫌疑がかかったが、西松建設側から献金を受けたのは、小沢氏だけに留まらない。その他の政治家の中でも二階俊博・経済産業大臣が受け取った金額は、1,000万円近い。この事実が表沙汰になるや、二階氏は受領した全額を返そうというのである。しかも献金ルートは迂回路を通った。二階氏への献金もまた西松建設OBが責任者を務める二つの政治団体を経由したものであり、それらがもうすでに解散して実体がないという。二階氏はいただいたお金をどこへ返そうというのだろうか。それに二階氏は「いちいち誰からいただいたかは分らない」と言っているが、これだけ多額の献金をいただいていた以上その発言は信用できない。しかも和歌山県出身の二階氏の地元のインフラ整備を西松建設が請け負ったり、二階氏の地元事務所と西松建設の営業所が同じビル内に同居していることは、充分疑心を抱かせる。
大体一旦受け取った政治献金(?)が嫌疑を受けそうだと判断して、問題が広がらないうちに早めに返してしまおうなどとどうしてそんなさもしい考えが出るのだろう。他にも怪しい自民党代議士が数人いる。彼らは普段から甘い蜜に手を出して、蜂に刺されてしまったのである。
小沢代表を始め、他の国会議員も相変わらず叩けば埃が出る身体である。この際、小沢氏は民主党代表を、二階氏は経済産業大臣を即刻辞めるべきである。
666.3月10日(火) 最近碌なことがない。
昭和20年の今日3月10日は東京空襲があった日で、10万人もの多数の犠牲者を生んだ日である。海外では、50年前チベットが中国によって「征服」され、中国の一自治区になった日である。このときから中国は社会主義の仮面を被った独裁強権国家となった。今日も反政府デモを警戒してチベット自治区には大勢の軍隊が送られているらしい。二つの歴史はいずれも悲しい傷跡として今も残っている。
昨日経済的にもひとつの壁というか、流れが強力になってやってきた。東証では日経平均株価が昨日26年ぶりに7,086円を示してバブル期以降の最安値を下回った。今日も前日に比べて更に下がって7,054円にまで下がり、安値を不気味に進行させている。このまま行くと早晩7,000円の大台を割るのではないかと憂慮されている。年初に比べても2,000円も下がっている。これでも一向に打つ手が出せない。政府から賢明な具体案が出てこない。
他方で、人権問題が絡んだ外国人在留問題と、北朝鮮拉致事件に関する報道も脚光を浴びてきた。
前者は不法滞在で国外退去処分が確定したフィリッピン人親子3人が改めて在留許可を求めたが、昨日の入国管理局の判断は、両親の在留は認めず、15歳の娘については改めて検討することになった。難しいのは、娘の人権問題と両親の悪質と云われる偽装入国のバランスをどう考えるかということである。罪は罪として罰するのか、そして無慈悲に罪のない娘をひとりぼっちにするのか。日本で生まれた娘に罪はない。娘がいなければ、両親だけを国外退去にすることで解決する。問題は、日本で生まれ、日本語しか話せない娘がまだ中学生で日本国籍も持っていないという現実である。娘のためには両親と別れさせるわけにはいかない。難しい判断である。
後者は、北朝鮮拉致事件の被害者田口八重子さんの息子と兄が、北朝鮮で田口さんから日本語を教えてもらっていた、大韓航空機墜落事故の犯人とされるキム・ヒョンヒ容疑者と明日プサンで対面するという生々しいドラマである。日韓の両メディアがフィーバーとなって万一の事態を恐れた警備当局では、現時点でキム・ヒョウンヒ容疑者の居場所を明らかにしていない。明日午前対面することになるが、罪もないのに北朝鮮の鬼畜のような行為によって母親から引き裂かれた田口さんの息子の心境は複雑だろう。自分の人生には夢も希望もないと思っていただろうが、多少なりとも母親につながる光が見つかるのではないかとの淡い期待が叶うことを祈りたい。
もう嫌な事件はあって欲しくない。それは、個人一人ひとりのことであろうと、国家的なことであろうと、早く解決して欲しいと思うのが普通だろう。それにしても事件を呼び込みそうな、政治資金規正法を出し抜こうとするトリックは、いかにとぼけようとも怪しいと想像されてしまう。今日も小沢民主党代表が記者会見に応じていたが、どうも信用できない。疑念の晴れない言い訳は何度言ってもその裏に嘘が隠されていることは明白である。麻生首相も酷いが、小沢代表もとても首相になどなってもらいたくないものだ。
667.3月11日(水) 日本人拉致被害者家族、キム・ヒョンヒと面会
北朝鮮に拉致された田口八重子さんの兄と長男が、今朝韓国・プサン市で大韓航空機爆破事件犯人のキム・ヒョンヒと対面した。厳重な警戒の下で初めて会った3人の感想は、お互いに感激して会えたことのプラス面を生き生きと語った。日本で3人の記者会見の様子を見た拉致事件被害者家族も、素直に喜びを表し一歩前進と受け止めていた。これが北朝鮮に少しでも真実を話させるきっかけになれば良いと願えども、現実は中々一筋縄では行かないようだ。
1987年の大韓航空機の爆破事件については、実行犯はキム・ヒョンヒと服毒自殺した北朝鮮籍の男によるもので北朝鮮政府の指令に基づくものだと言われているが、北朝鮮政府は事故は韓国政府のでっち上げで、北朝鮮はまったく関与していないと言い張っている。事故被害者遺族団もキム・ヒョンヒ犯人説に疑念を抱き、真犯人は他にいるのではないかと言う声もある。遺族はキム・ヒョンヒに対して対面を望んでいるが、キムは思惑を持って話そうとする遺族との話し合いを拒んでいる。そこへキムが無条件ながらも日本人拉致家族に会ったということに対して、韓国人遺族を始め、一部の韓国社会からも厳しい声が上がっている。こうなると手放しで「まずは良かった」と浮かれてはいられない。
さて秘書逮捕から一週間が経過した小沢民主党代表に対する献金問題であるが、西松建設以外にも清水建設、大林組、大成建設、戸田建設の四社から迂回ルートで多額の献金を受けていたことが明らかになった。ここまで暴露されて、小沢代表はまだ、捜査の進展と次の総選挙で民主党が勝てるかどうかを見極めて代表職の進退を最終判断するとの考えを示した。自分の行動の結論として議員生活40年でここまで辿り着いたので、しばらくは自分の主張を続けさせてほしいと民主党幹部会で述べた。ここまで民主党が力をつけてきたのには、小沢氏の強引なまでの手法が功を奏したとの思いがあるからだろうか、幹部は誰一人として小沢氏に異を唱えるものがいない。誰も猫の首に鈴をつけようとしないのだ。小沢氏の言わんとしているのは、疑いは疑いとして自分の思うところをやらせて欲しいと言っているのだ。よくもまあおめおめとこんな図々しいことを言えるものだ。
はっきりしているのは、これだけ多額の献金を受けた中で、実際に西松がダム建設を受注しているし、その上で他の四社も公共工事を受注しているとすれば、これは完全に受託収賄罪に当る。田中角栄、竹下登、金丸信とほぼ同じトレースを歩んでいる。小沢氏は彼らの一派であったが、やはり朱に交われば赤くなる。まったくどうしようもない。
668.3月12日(木) 映画「シリアの花嫁」鑑賞
前から見たいと思っていた映画「シリアの花嫁」が岩波ホールで上映されている。今日飯田ゼミの佐藤博信さんから先日寄稿した吉祥寺雑学大学機関紙の原稿について相談したいとのことだったので、朝渋谷で会い話を聞いた。当初A4判4枚の条件だったが、私が提出したのは図解を入れると5枚だったので、1枚削除できないか、できれば図解を外してほしいとの話だった。ただ、図解を外すとテーマがまったく面白くなくなり、アピール度が弱くなるので、ここは本文を4枚から3枚に減らすということで折り合った。
その後「シリアの花嫁」を観たが、中々シリアスな映画である。フランス、ドイツ、イスラエル3ヵ国の合作映画だが、舞台設定がゴラン高原のある村の結婚式に絡んだストーリーで、家族、友人、警察、出入国管理官らのやりとりがほとんどで、部分的にはユーモアもあるが、終始重苦しい雰囲気の映画である。
実際どれだけの日本人が、第3次中東戦争後にイスラエルによってシリアから占領されたゴラン高原について知っているだろうか。ちょうどこの戦争直後にレバノンとヨルダンを訪れ、アラブとイスラエルの敵対関係を目の当たりにしただけに、一際関心が高い。不倶戴天の敵である、イスラエルとアラブの微妙な空気が流れる現場の雰囲気を理解するのは中々難しい。デモ行進とそれを阻止しょうと動く警察。イスラム少数派・ドゥルーズ派の花嫁、ヒロイン・モナはイスラエル占領地に住んでいるので、無国籍である。そのモナがゴラン高原の部落からシリアへ嫁いでいく中で、政治運動に関わった頑固な父、自分を理解してくれるが夫と不仲の姉、ロシア人医師と結婚した弁護士の兄、遊び人で商売人の兄らが、それぞれ故郷の実家で個人的事情とモナへの愛情を画面に映し出す。モナは会ったこともない映画スターの婚約者の許へ境界を越えて嫁いでいく。シリア側出入国管理の無理難題に翻弄される。最後に出た、モナの「もう二度と帰れない。でも私はこの境界を越える」とのテロップが重いメッセージを伝える。
669.3月13日(金) 西八王子「颯爽庵」で酒宴を楽しむ。
昨年の今日、鎌倉で3ヶ月前に旅行したチベットについて講演した。ところがちょうどその頃チベットでは、州都ラサを中心とするチベット民族居住区で中国の圧制に対する反対と、チベット民族自治権獲得のためのデモが起き、それは暴動へ発展していった。チベット民族自治のための戦いは、あっという間に各地に野火の如く広がり、一時は北京五輪開催が危ぶまれるほどだった。その後チベット自治区では中国軍によって自治獲得の運動は完全に封じ込まれてしまった。あの暴動直後の中国と中国人の世界における我が物顔のパフォーマンスにはうんざりし、反吐が出るほどだった。この様子を見て中国が嫌いになったという人を大勢知っている。他国で自国の正当性を言いたい放題振りかざし、世界中の顰蹙を買ったのはつい最近のような気がする。今も中国政府はチベットには本当の自治を与えていないようだし、チベット民族の自治なんか認める考えは毛頭ないようだ。中国が他国のことを考慮し精神的に自立するのはいつのことやら。
さて、今日は暦の上では、あまり縁起の良い日ではない。しかし、以前からの約束で、嬉しいことに昨年駒澤大学の公開講座を受けた時の講師のひとりである、菱山郁朗講師からもうひとりの受講者とともにご自宅へ食事に招かれた。菱山講師は日本テレビで政治部長や解説委員長を歴任され、ミュンヘン・サミットも取材されたり、フィリッピンのマルコス大統領への単独インタビューにも成功された、日本のマス・メディアの中でも傑出したジャーナリストのひとりである。首相経験者を始め、多くの政治家ともお付き合いを深めており、政界にも広く通じている。授業もマス・メディアの現場を踏んでいただけに、秘蔵のビデオを見せてくれては取材経験を話してくれ、それが随分勉強になった。
招かれたのは、JR西八王子駅近くの「颯爽亭」と称する、自宅とは一軒離れた角地にある風流な和風建物である。こういう民家風の日本家屋も久しぶりである。しばしば駒沢大学の学生たちを招いては、学生と交歓していると聞いた。永井荷風の「断腸亭」ならぬ、亡き父上お気に入りだった「颯爽庵」で談論風発したわけである。今話題の「小沢一郎」「中川昭一」「竹中平蔵」「岸恵子」「江川紹子」についても異論、反論、オブジェクションだった。コタツに足を突っ込みながら酒を酌み交わしたのも久しかった。遠慮することも、気兼ねすることもなくあっという間に愉快なひとときに、気がついたら4時間ほど経ってしまっていた。
腹がへったから軽くラーメンでも食べようと外出して、3人でそのままカラオケボックスへ飛び込んだ。ここで下手な軍歌をご披露して、すっかりリフレッシュして帰途につく。
すっかりいい気分になった一日だった。菱山先生、お世話になりました。ありがとうございます。
670.3月14日(土) 加藤周一氏と中谷巌氏
今朝NHKでアーカイブス「今をどう生きる‘知の巨人’加藤周一が残した言葉」を放映していた。加藤周一は昨年12月に亡くなって、その直後にいくつか追悼番組が放送され、その一部は観た。今日の番組を観て改めて加藤周一の終始一貫ぶれない姿勢に感銘を受けた。その中で加藤氏の強い信念を持った毅然とした言動が印象に残った。
ひとつは、東大医局に勤めていた頃に、アメリカと戦争をやっても勝てる筈がないことは明らかだと確信した。にも関わらず、そのアメリカと交戦して先行きが心配であると感じていた。しかし、戦後になって当時の学者が戦争情報を政府から知らされていなかったと他人事のように文句を言っていた。しかし、それは可笑しい。知りえた筈だというのが加藤氏の説明である。
もうひとつは、戦時中知識人(河上徹太郎も入っていた)が雑誌で座談会を行った時の言い分と戦後の発言ががらっと替わったが、彼らはそれを恥ずかしいとも思っていないという主旨のことを述べている。
加藤氏は多くの言葉を残しているが、それが悉く真理を突いている。信念が微動だにしないことである。6日の本稿に書き込んだように中谷巌氏とは大きな違いである。「中谷巌氏『転向』の波紋」との見出し記事が朝日朝刊の2/3頁を費やしている。氏の最近著「資本主義はなぜ自壊したのか」がベストセラーとなった話題性のゆえに取り上げられたのではなく、市場経済の行き過ぎ批判へ転向表明したことが賛否両論の波紋を広げたという点で記事になっているのである。一部に同情論もある。しかし、ほとんどが中谷氏の「転向」に厳しい意見をぶつけている。
松原隆一郎・東大教授は、「経済情勢が変わるくらいで立場を簡単に変えるべきではない。・・・時流を意識したとしか思えない」と極めて批判的である。これに対して当人の中谷氏は、批判を受けることは百も承知で、「人間は成長とともに意見を変えるもの」と確信犯的にシャーシャーとしている。一橋大学教授として名を成し、多摩大学学長を経て、現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長として著名な氏が、世の批判を承知のうえで、敢えて「転向」を表明することに何ら良心のかけらもなかったのだろうか。
671.3月15日(日) 知研総会で永年会員として感謝状を頂く
NPO「知的生産の技術研究会」総会がルーテル市ヶ谷センターで開催された。ここで開催された例会に出席するのは、初めてである。例年通り決算書、予算案、定款一部改正、来年度活動方針について久恒啓一理事長より報告がなされ、それぞれ承認された。遠方の仙台、名古屋、岡山からも会員が出席された。
久恒理事長は活動方針報告の中で、今年度は知研として久しぶりに出版プロジェクトを発足させ、年内に出版するということを話された。知研活性化へ向けた第一歩である。実際私自身編集スタッフのひとりとして、すでに部分的に走り出しているプロジェクトである。かつて知研から何冊かの書籍を発行したが、近年出版活動から遠ざかっている。会員の平均年齢が上がり会員数は減少傾向にある。この際知研の存在感を高め、より活性化のためにももっと知研の活動を外へ向かってPRすべきであると考えている。知研のような知的集団が停滞したままでは、知性の向上、社会の進歩も期待できない。そのくらいの意気込みを持って、今こそ知研が知的活動面で起爆剤となって活動することを誓いたい。
もうひとつの報告は、機関紙「知研フォーラム」を人材面、資金面、時代の要請等でウェブ中心の情報提供に切り替えるという方針である。現状は機関紙編集から発行、郵送まで一手に引き受けておられる八木哲郎会長に負担をかけ過ぎていることである。八木会長の負担軽減を考えるとこれも止むを得ない。しかし、ウェブだけの情報提供では、会員の投資効果感覚、手元に知研資料を持てない不満、知研としての記録、意見・提言・エッセイ等の発表の場の喪失、等々を考えると、平行して冊子の発行も検討する必要があるのではないかと問題提起をした。他の会員からも発行間隔が開いても冊子として知研の機関紙を発行することに意義があるとの提案がなされ、結局冊子の発行については改めて検討することになった。
その他の式次第としては新理事が選出された。東京支部・小林尚衛氏と岡山支部・定金章氏を新たに理事に選出した。私は20年以上長期会員として貢献したとの理由で、久恒理事長から感謝状をいただいた。感謝状なるものをいただいたのは、わが70年の人生で初めてである。実際に会員になったのは、昭和51年だったと記憶しているので、33年生であるが、残念ながら証拠がない。しかし、30年前の証拠品として、1979年10月開催セミナーの私宛案内ハガキを持参した。今年発足40周年の知研としては、ベテランの域に入るが、これからは従来に増して機関紙編集の面でできる限り協力したいと考えている。
総会後の会食には、気配りと行動力が売り物の秋田英澪子事務局長が近くの洒落た店を見つけて予約しておいてくれた。日曜で定休日のところを敢えて開店してもらった。リーズナブルな価格で楽しい場を提供してくれた。秋田さんの心配りと面倒見の良さには脱帽!
672.3月16日(月) 出版プロジェクト・チームのトレーニング
今年「知的生産の技術研究会」が予定している出版書の編集スタッフのうち6人が、インタビューの方法等についてレクチャーを受けるために「知研」久恒啓一理事長宅を訪問した。熱心な若手会員が3人も会社から半休をとって来てくれた。理事長宅のマンションは、居住スペースのほかに、屋外ガーデンスペースとそこに離れがあり、全体としてはかなり広い。所有スペースは110uもあるという。余計なお世話かも知れないが、夫婦二人で住むには充分なスペースではないだろうか。知の源泉である書斎を主に見せていただいた。図解関係の書類のほかにも、多くの資料をファイリングして分りやすく保存している。いろいろな分野で資料を蒐集したり、作成したりすると管理と保存を余程しっかりしないと不明になったり、散逸したりしてしまう。整理の仕方から几帳面な性格であることが察せられる。現在お勤めの多摩大学も4月から寺島実郎新学長の下で新体制に入るので、この機会に新しいウェブサイトをアップすることを考えておられるようで、作成等のために多くの資料を抱えておられる。
プロジェクトの打ち合わせは、最初に書斎で保存資料の整理方と理事長個人の人生プランについてじっくり話していただいた。その後リビングルームで理事長を囲んで、取材のポイント、話の聞き出し方、取材者の組み合わせ、等について話を伺わせてもらった。プロジェクトはスタートしたところだが、これからが胸突き八丁である。近々スケジュールの進め方について編集スタッフ同士で更に打ち合わせをして、プランを煮詰めていく必要があると思う。
今日理事長から伺った話の中で、ご自身が具体的な人生プランをかなり早くから決めて、ほぼそのスケジュール通りに歩んできたという話に感銘を受けた。30歳で将来の人生にかくも明確な目標設定ができるものなのか。自分自身のケースを振り返ってみると、29歳で辞表を提出してチェコへ留学する準備が整ったところに、世界を震撼させた「プラハの春」事件が勃発して、前途が見えなくなってしまった。暫し精神的に彷徨って自分の将来を見定めるなんてとても考えられなかった。
その点で久恒理事長の「30歳人生プラン設定」と、それを実行できる能力は、考えようによっては超人的で、滅多に真似できることではない。しかし、現実にそれをやってのけるというのは意思の強さと実行力、そのうえに幸運も見方した面もあるだろう。
それはそれとして、出版プロジェクトを遅滞なく、確実に前進させていかなければならない。
673.3月17日(火) 故吉岡攻さんの個展
麹町の海事センターで開かれたJAPAN NOW観光情報協会理事会に出席した。5月の総会に報告する定例の今年度決算書、及び来年度予算案、今年度活動方針について説明がなされ、全出席理事から了承された。不況の時勢にそぐわないくらい大きな黒字で、決算上はまったく問題ない。ある団体から相当額の寄付金をいただくことになり、それが決算上有利に寄与している。
5月に定例総会が開かれるが、まず問題になることはないだろう。
その後銀座へ移動。昨年12月急逝されたゼミの吉岡攻先輩が、生前趣味として描いた絵画をまとめて奥様が個展を開かれた。ゼミの仲間9人が集まり会場で拝見したが、とても素人が描いたものとは思えないほど雄大で魅力的な絵が展示されていた。ほとんどが海外で描いた海と山の絵だった。ビルマ、チベット、中国などの懐かしい絵が沢山あったが、商社員として忙しい仕事の合間によくもこれだけ素晴らしい絵を描くことができたのか不思議なくらいである。スケッチも良いが、やはり油絵に気に入ったものが多かった。それにしても昨年10月のゼミ例会で元気な姿を見せてくれ、海外旅行の話もした。奥様の話だと11月に食欲がないので、調べてもらったところ腎臓に末期癌が見つかった。発見されて僅か2ヶ月で亡くなられたという。あっと言う間の他界である。虚しいとしか言いようがない。71年の生涯だった。心よりご冥福をお祈りしたい。
その後「ライオン」で恒例の飲み会。利光さんが71歳の誕生日を迎えたので、事前に断ったうえでケーキを持ち込みお祝いした。あまり派手なお祝いではないが、みんなの気持が篭っているので充分ではないかと思う。
ゼミの親しい仲間は大体70歳前後になった。当然だが、やはり健康が一番大切だとつくづく思う。それに、生きがいをどれだけ感じて日々の生活を送っていけるかである。
それにしても気のおけない仲間との会話は楽しい。
674.3月18日(水) 景気はいつになったら回復するだろう。
景気が一向に回復しない中で政府が景気対策のために各界から建設的なご意見を伺おうと、「経済危機克服のための有識者会合」なるものを開催する。政府お気に入りの有識者83人が選ばれ、10人程度をグループとして今週いっぱいかけて順番に意見を聴こうというものだ。有識者ということになっているが、本当にそうだろうか。今朝の日経でも皮肉たっぷりに役所好みの人たちと書いている。一番疑問なのは、経営を立ち直らせた人とか、起業して成功した人というなら分るが、そうではない。学者、医者、派遣村の元村長というような人たちもいる。経済の実態を身をもって知った人たちではない。特に、今話題の「有識者」中谷巌氏が、早速呼ばれたのには驚いた。どうしてこの人が、こういう華やかに場に今更おめおめと出て来られるのだろう。自分の経済学が挫折したからと過去を捨て転向したばかりの人である。まったくプライドとか、羞恥心を持ち合わせていない学者がしゃしゃり出てくるのだ。頼まれて喜んでいる学者も学者だが、頼む方も頼む方だ。政府もこういう御用学者を重用しているようでは、とても不況からは脱出できないだろう。
血圧が上がり気味だったが、漸くここへ来て一時よりは下がってきた。それでもまだ上が140前後だから、決して下がったと言えるものではないし、安定したというわけでもない。森医師から、今日から夜も血圧を計ってみたらどうかと言われた。それでも先日税務申告を終えたせいだろうか、精神的に楽になったのか、それほど高くはならない。やはり精神面が一番血圧に堪えるようだ。
途中まで書いていた原稿を昨日と今日で一気に書き上げ、すぐ知研へ送信した。昨年11月に韓国・束草市で開催された国際シンポジウムに参加した時の様子を書いたものである。これは私自身が主催者から要請されて参加したというより、知研から派遣されて参加したものであるので、知研の記録として残しておきたいと思って、A4判7枚にきっちり書いた。少し遅きに失したが、それでも書き上げることができてほっとしている。昨年1月韓国・利川市で起きた不審な冷凍倉庫爆発事故のように、他にも書きたい原稿はあるがそれは次に回したい。
675.3月19日(木) アメリカの恥知らずの経営者
知研の出版プロジェクトについて秋田事務局長と打ち合わせる。これからのスケジュールの確認と作業分担を確定してメンバーにもより協力してもらう。若手は仕事を抱えているし、遠隔地のメンバーはそう簡単には集まれないので、いつでも打ち合わせするというわけにはいかない。せめて秋田さんと二人で参謀本部となってこのプロジェクトを支えていきたい。
オバマ大統領が、経営再建中のAIG役員に対するボーナス支給に怒りを表した。最も不愉快な事案と決め付けた一件である。それはそうだ。経営悪化で立ち行かなくなって政府の支援を受けた企業の経営者がボーナスを受け取るという非常識な行為にアメリカ国内でも厳しい非難の声が上がっている。先日もGM経営者が巨額のボーナスを、議会の指摘で返上したばかりである。GMの場合は確か月給1$という殊勝な支給にむしろ同情を得たくらいである。それが、AIGの場合は、むしろ開き直っている。契約社会の論理が先行して、契約を破棄されれば社員は世論の批判覚悟で訴訟を起こすリスクが高いとの見方もある。しかし、ボーナスの原資はどこから出されるのか、あまり考えられていない。議会で追求を受けたAIGのリディCEOは、人材流出を防ぐため支給せざるを得なかったとか、半額以上を任意で返還するよう求めたとか、何とも不誠実な答弁に終始している。ボーナスをもらった社員418名のうちすでに52人は退社しているという。つべこべ言わさずに取り上げたらよいのではないか。彼らには国民の税金から支援されているという認識がまったくない。果たして日本だったらどうか。日本人の対応の方がよほど毅然としていると思う。
NHK「ニュースウォッチ9」が、インドネシア・ビアク島のNPOによる遺骨収集作業の様子を伝えていた。われわれがこの政府事業をお手伝いしていた時は、民間人が遺骨収集に携わることはご法度とされていた。このNPOがかかわる理由は政府派遣の遺骨収集団が昭和59年からストップしたからだそうだ。戦死者が1万人に対して500人の遺骨しか故国へ帰っていない。遺族からは作業の継続を望む声が強いという。しかし、この事業を継続するかどうかの判断は難しい。遺族が次第に亡くなっていく中で、この事業も先細りが懸念されていた。かなり以前に時の厚生省が遺族の遺骨収集継続熱望の声に押されて、苦し紛れに「概了」という言葉を以って細々継続するとの見解を出したことがあった。「終了」という強い言葉を言い切れない厚生省に対して、当時のマス・メディアが皮肉っていたことがあった。これから厚労省は戦没者遺骨収集事業をどのように進め、いつまで続けようとしているのだろうか。かつて事業に参加したひとりとして、関心のあるところである。
676.3月20日(金) マス・メディアの中立とマス・メディアへの圧力
共同通信の原寿雄氏から先日近刊の岩波新書「ジャーナリズムの可能性」を送っていただき、お礼に拙著をお送りしたところ、その出版記念会の案内状をいただいた。まだ、途中までしか読んでいないが、その中に知人の阿部正義氏に触れた一項がある。阿部さんから企業のマス・メディアに対する圧力について情報をもらったそうである。それによるとトヨタ、パナソニック、キャノン等が自分らに対して不利な記事を報道したマス・メディアには、CM提供を意図的に差し控えるというものだ。営業妨害的行為であり、陰湿でそこまでやるとは思えないのだが、実際のところ本当らしい。一昨日阿部さんに会った時に、その話をした。
原氏の著作によれば、近年マス・メディアの公平性、中立性がかなり損なわれている。殊更読売グループの‘なべつね’こと渡辺恒雄氏の仕掛けによる、昨年の自民・民主の大連立構想の如きは、政治的に中立であるべきマス・メディアの有力者が介在するというより、主役となって舞台回しをやっている。言語道断の所業と容赦なく切り捨てている。それほど現在マス・メディアの中立性が危ぶまれているのだ。
そんな中でマス・メディアと企業との関係が益々不穏な間柄になってきたのではないか、と邪推されるような書き方を今朝の日経紙「春秋」で読んだ。「春秋」によれば、ニュース面に不景気に直面して最近大企業のトップ交代があまりにも目立つと指摘して、トヨタ、ソニー、スズキ、東芝、日立等々の社長交代を取り上げている。社長の最も重要な仕事は後継者育成であるとの論旨に対して、日立が元副社長で傍系会社会長を日立本社の社長に据えた。この人事に対して日経は極めて批判的である。特に、現社長よりも7歳も年長という点を撞いて庄山悦彦会長を厳しく追及している。日立は今期7千億円の最終赤字だという。「社長人事は恐ろしい」の言葉で締めくくっているが、これに対して日立が来期どの程度日経に広告を掲載するだろうか。下衆の勘ぐりだが、日立の日経紙への広告量を注視してみたい。
今日3月20日は春分の日で祭日だが、国内外であまり芳しい記念日ではない。14年前は、悪夢の地下鉄霞ヶ関駅オウム・サリン事件があった。6年前にはイラク戦争が勃発した。このニュースはウラジオストック空港の待合室のテレビで知った。新潟空港から新潟駅に到着したら、地元のテレビ局に開戦を知っているかどうかインタビューされた。アメリカは必ずイラクを攻撃すると確信していたので、特に驚かなかったと応えたが、あれからイラクは一気に泥沼と化した。今年8月にはイラクの駐留米軍がすべて撤退する。開戦以来数十万人のイラク人が命を落とし、米兵も4千人以上が死んだ。これほど多くの犠牲者を出したイラク戦争は一体何だったのか。
677.3月21日(土) 60年安保の回想
コースの中に盛りだくさんの名所を見せようという東京マラソンが明日開催されるが、横浜に住んでいる長男が出場するという。孫を連れてやってきた息子からパンフレット見せてもらったら確かに名前が載っていた。残業続きで普段からストレスが溜っているのではないかと心配していたが、本人はやる気満々なので安心している。東京マラソンには早くから照準を定めてトレーニングに励んでいたから、出る以上は精一杯走ってもらいたいと思っている。世界選手権の予選も兼ねた大レースであるが、息子は一般市民として出場申請をして、7倍の競争率をクリアして運良く選ばれた35,000人の一人として走るわけで、最後まで完走してくれることを望むばかりである。
16年ほど前に学生生活最後の記念にとホノルルマラソンに出場して、4時間11分の記録だったが、今度は何とか4時間の壁を破りたいと話していた。明日は午後になって天候が崩れそうで、些か気にかかるが「完走」「怪我なし」「4時間以内」を目標に走って欲しい。
あるNPO機関紙へ寄稿したが、中々編集長の方針と意見が合わない。原稿枚数はA4判で4枚までという制約に図解を加えたので、5枚になってしまった。それでは困ると人を介して図を削って欲しいと言ってきた。しかし、それでは私のタイトルの主旨にそぐわない。主題自体がまったく意味を成さない。それで図を残して原稿を3枚に減らすということで話し合いがつき、すでにその原稿を送付した。これで決着がついたと考えていたところ、一方的に図を削って元の4枚の原稿を活かしたいと校正原稿を送ってきた。当分の間結論が出ないかも知れない。
今日はNHKが真面目なテーマに取り組んだ番組がいくつかあった。その中で衛星第2の「日めくりタイムトラベル・昭和35年を解剖」が興味を惹いた。大学2年生でまさに60年安保の年だった。社会党の浅沼委員長刺殺事件があったのもこの年だったし、東大生・樺美智子さんが亡くなったのもこの時だった。実際懐かしい安保闘争関連フィルムを随所に見せてくれた。そこにかつての運動を回顧する元東大緑会委員長・葉山岳夫氏の姿が見られた。実に久しぶりの顔だった。あの頃の熱気が思い出されてきた。当時は学生も労働者も連帯感を持って一緒になって活動し、社会全体に正義感と高揚感があったような気がする。それに比べて今は、若者の間に熱情とロマンが感じられない。若者の無表情、虚無感、脱力感、無気力は社会の元気を失くす。学生には、もっと元気溌剌であって欲しい。
678.3月22日(日) 東京マラソンで息子が4時間を切る。
今日行われた第三回東京マラソンに出場した息子は、4時間以内で走行するとの目標をクリアして、3時間58分で完走したと連絡があった。ノルディック・スキー元世界王者の荻原健二・次晴兄弟(兄4時間2分、弟4時間18分)や、野球の古田敦也、金村義明父子、田尾安志夫妻、サッカーの本田泰人らの記録を上回った。38歳の息子に対しては少々親バカ過ぎるかも知れないが、‘でかした’と早速3人の子持ちである息子を誉めてやった。
19日夜群馬県渋川市内の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」の火災で、10人の入所者が亡くなった。この施設を運営するNPO法人は群馬県に有料老人ホームとしての届けを出していなかった。そして付属的な問題は、この施設が東京の墨田区から15人もの入所者を受け入れていたことである。都内では低所得者向けの高齢者施設に空きがない。逼迫した墨田区はやむを得ず、無認可の施設を住民に斡旋していた。
亡くなった人を含めて入所者は身体が不自由で、貧しい人が多く、身内への連絡がとれない状態で、身元が判明したのは、死者10人のうちたったの3人だけだという。ここに日本の社会福祉制度の根本的な不備がある。今朝の朝日のトップ記事と社説に取り上げられた火災だが、その社説の隣に年金制度に関する問題点が載っている。日経の一面「ザ厚労省」もまたしかりである。
つまり今の福祉制度は、経済の安定成長と、働く世代が増え続け年寄りが今ほど長生きしない人口動態が制度持続の前提である。今日ぶち当たっているこれらの問題をどうしたら良いのか。朝日は年金を支える人口が多くなることが絶対的に必要だと指摘している。そこで朝日は、最もイージーな対策は、受給開始年齢の引き上げだという。またかという感じである。60歳の受給開始が65歳に延びて、この間5年間の生活が問題になった。それが3年前にやっと高齢者再雇用法が執行されて、60歳から65歳までの再雇用が不十分ながらも法律で保証されたばかりである。このうえに再び受給開始を引き伸ばしてその間の生活保障の手立てを考え出さなければならない。それでもドイツでは2012年から段階的に現在の受給開始年齢65歳を67歳まで引き上げる。しかし、これでは財政負担は増すばかりだし、年寄りはますます居づらくなる。そして、日本では問題点を指摘する声は大きいが、答えを出すべき役人、専門家や学者からは一向に具体的で建設的なアイディアが提案されない。
679.3月23日(月) ‘火の用心’連続火災・・・老人ホーム、旧吉田茂邸、航空貨物機
昨朝大磯の旧吉田茂首相邸が全焼した。「惜しい」「勿体ない」というのが率直な感想である。大磯町民が一番残念がっている。私が鵠沼に住んでいた高校時代、吉田元首相はここに住んでいた。今の国道1号線が開かずの踏み切りでうんざりしたワンマン首相が立体交差化して渋滞を解消した、国道1号線がワンマン道路と呼ばれた原因もこの邸宅から首相官邸へ向かったことから名づけられた。総ヒノキ造りの数奇屋風和風建築で、敷地の広さもさることながら建坪数も並ではない。日米首脳会談も開かれた歴史的建造物で、神奈川県は近いうちに県立公園として整備を計画していた。それも頓挫してしまった。新聞では報道されなかったが、一時西武グループが所有して、その西武が奇妙ないきさつから手放さなければならなくなり、その行方が注目されていた。結局大磯町が一時管理して、その後神奈川県が整備して一般に公開の予定だった。
それにしても、このところ神奈川県内にある貴重な文化財が火災に遭うことが多い。藤沢市内の旧モーガン邸、今月は旧住友家俣野別邸、そして今回の旧吉田邸である。原因はまだはっきりしないようだが、みんな火の気がないところなので、放火によるものではないかと憶測されている。
さて、夕べから風が強かったが、今朝の雨戸を叩くような強風にはびっくりした。ところが、テレビを観たら成田空港で国際貨物機‘FEDEX’が着陸に失敗して炎上、操縦士2人が亡くなった。これが旅客機だったら大参事になったところだ。滑走路も閉鎖されて今朝から欠航が相次いで、まだ滑走路再開のメドが立たない。
テレビでは強風が原因の「ウィンドシア」という現象ということだったが、「ウィンド」は分るが、「シア」の意味がさっぱり分らない。テレビ局ではどこも「シア」の意味を説明してくれなかった。夕刊でやっと「ウィンドシアとは風向きが急に変わる現象」との説明が出ていたが、語源は解説されず分らない。テレビだけを観ていた人はついに分らずじまいだったのではないか。相変わらずマス・メディアは自分たちだけ分ればいいとのスタンスである。英語の辞書を見たがウィンドシアの単語は見つからなかった。
680.3月24日(火) 日本優勝!WBC2連覇
昨日成田空港で貨物機が着陸に失敗した原因とされる「ウィンドシア」がよく分らないと思っていたところ、今朝日経「春秋」氏が解説してくれた。「シアはshearとつづり、普通は複数形にして植木バサミのような大バサミを指す。転じて切断することやズレを意味し、ウィンドシアは風の速さや向きの変化・ズレをいう」 。これで意味することは何となく分ったが、マス・メディアは視点をもっと普通の人に合せるべきだろう。さもないとまたわけの分らない言葉が、周囲を飛び交い気がついたら国民が何もすることなく、お国にご奉公させられていたということに成りかねない。
さて、今日最大のニュースはWBCで日本が韓国を延長線の末破り、3年前の優勝に次いで連覇を達成したことである。最初はあまり当てにしていなかったが、尻上りに調子が上がって実力的にはどこと対戦しても互角以上に戦えるようになっていた。選手も落ち着いてプレイしていたし、チームワークも良かった。これで当初はどうなることやら心配していた原監督のリーダーシップも折り紙つきとなった。9回裏に韓国に追いつかれた時は、東証日経平均株価が下がり、優勝が決まった時間には株価が最高額まで達するという嘘のような本当だ。テレビの視聴率も紅白歌合戦を上回るハイボルテージだったとか。WBC効果だろうか、日経平均は前日比272円も上昇した。
半蔵門・ふくおか会館で行われた酒のペンクラブ3月例会でも、締めはWBCの優勝を祝した三本締めだった。
ビッグニュース二番手は、逮捕され身柄を拘留中の民主党小沢一郎代表の公設第一秘書が起訴されたことである。小沢代表は夜になって記者会見を開いたが、涙を流しながらも代表職を辞めるとは言わなかった。本人としては悪いと思っていないのだろう。しかし、現実に側近である第一秘書が逮捕、起訴され、西松建設ほか他の建設会社から相当額の献金が成されていることは、西松社員が自白している点からも明白である。それでも自分流の理屈で黒を白と言って罪を逃れ、次の総選挙で民主党が第一党になった場合は、自ら総理大臣になろうというのである。国民としてはとても受け入れがたい。しかし、こういう押しの強さが政界では不思議でも、非常識でもない。政治家というのは、どうして国家、国民ためを考えず、私利私欲のためだけにしか動こうとしないのか。
681.3月25日(水) 小沢代表は辞任して、民主党は出直すべきだ。
昨日から今日にかけてWBC優勝フィーバーで日本中が沸き返った。都心では号外も出た。テレビも日本チームのナイスプレーを繰り返し放送してWBC優勝に酔いしれていた。野球好きで知られるあのキューバのカストロ前議長もイチローは世界で最高の打者だとべた褒めである。
MVPは松坂投手が手にしたが、ほかにも活躍した選手が沢山いた。原監督の指揮、選手掌握術も中々のものだった。原監督もMVPに値すると言った野球評論家もいたくらいである。
一方で民主党小沢一郎代表の企業献金弁解会見の評判は頗る評判が悪い。今朝の日経、朝日ともに社説でも一般記事でも取り上げて、説明責任を果たしていないと厳しい論調である。民主党内でも総選挙に悪影響を与えることを懸念する声が徐々に上がってきた。民主党内では猫の首に誰も鈴をつけないのだ。それが今日はあちらこちらから不満の声が上がり出した。党員の本音はほとんど小沢代表自らが、一日も早く身を引くことを願っているように見える。このままでは民主党は自浄能力がないと思われる。党の存在感を訴え、近代政党として地歩を固めて前進するには、喧々諤々の議論を公開で戦わせて、国民、つまり有権者に正直に党が考えていることと政策を訴えることだ。
これから民主党はどこへ向かうのか。このままではダメなことははっきりしている。小沢代表は今すぐにでも辞めるべきである。そして、ゼネコンとの金で汚れた関係を清算して清新なイメージで出直すことである。田中、金丸の古い自民党体質から脱却しないと小沢一郎も民主党も国民の支持を失うだろう。
682.3月26日(木) 映画「フロストXニクソン」の試写会に
小中陽太郎さんから半蔵門の東宝東和本社で映画「フロストXニクソン」の試写会があるとご案内をいただいたので、日本ジャーナリスト会議(JCJ)の紹介ということで試写会見学に出かけた。明後日から封切りのドキュメンタリードラマである。40席足らずの小さな試写室だったが、以前にやはり小中さんの紹介でビルマ派遣日本兵の映画の試写を新橋で観たことがあるが、そこも座席数はそんなものだった。ごく限られた人を対象にした試写会なので、あまり大規模な会場は必要ないのだ。
映画は1977年にアメリカで放映されたリチャード・ニクソン元大統領に対するインタビュー番組の映画化である。アメリカではエポック・メークで伝説的なトーク番組となり、4,500万人の国民が観た高視聴率番組となった。ニクソンはその3年前の1974年8月アメリカの歴史上自ら辞任した初の大統領という不名誉な称号をもらってしまった。その辞任の時、丁度カイロにいてこのニュースをテレビで知って驚いたものだが、ニクソンは大統領として進んでウォーターゲート事件の隠蔽工作をやった自らの罪を認めず、国民にも謝罪せず、その後を継いだフォード大統領の「訴追せず」で、偽証罪と証拠隠滅罪が不問に付された。正義感の強いひとりのジャーナリストがこれを大統領としての権力乱用と不正だとして著書で告発した。
辞任3年後のこのインタビューでニクソンが、イギリス人のニュースキャスター、デビッド・フロストの挑発に乗って「いかなる不正も大統領なら許される」と答えたことが致命傷となり、罪を認め、テレビの前で国民に謝罪する結果となり、政治家として再出発を目指していたニクソンは再起不能に追い込まれた。
なかなか工夫を凝らした映画で、舞台は大きく動かず、ほとんど室内で熱の入ったトークに終始しているので、事件の歴史と背景を知らないと精神的に疲れるし、ストーリーも分りにくいと思う。アメリカの陪審員制度に焦点に当てた、かつての名画「12人の怒れる男たち」の舞台設定に似ている。ハリウッド映画がお得意とする恋愛シーンがほとんどないのも珍しい。
確かに力作であり、ニクソンのずる賢い性格や、現職を退いた後の目標を失った人生、を微妙に描いていてなるほどと思わせるところがあり、これはこれで結構面白い。映画化以前に舞台化されたようだし、日本人には記憶の彼方へ行ってしまったウォーターゲート事件だが、アメリカのジャーナリズムにとっては警鐘を鳴らす事件だったということが窺える。中々の問題作だと思う。
683.3月27日(金) 北朝鮮はミサイルを撃つか。
先日北朝鮮が来月4日から8日の間に、人工衛星を打ち上げ最初の第一弾を秋田県沖合いに、そして第二弾を日本本土を通り越して太平洋上へ落とすと発表したが、日米韓からは衛星ではなく、長距離弾道ミサイル「テポドン2」ではないかと疑われている。
日本上空を通過するので、万が一にも日本国内へ落下することを想定して今日安全保障会議で、ミサイルが日本の領土、領海に落下する場合に備え、自衛隊法に基づいて「弾道ミサイル破壊措置命令」を初めて発令することになった。早速防衛大臣の命を受けて自衛隊部隊が地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)を積んでぞろぞろ落下予想地点へ動き出した。
どうして平時にこういう馬鹿なことをやるかと言えば、勿論北朝鮮の他国の迷惑を顧みないやりたい放題の爆弾攻撃に対する防衛のためである。いくら理を説いても、聴く耳を持とうとしない理不尽な北朝鮮では、すべてが虚しい。嫌な予感だが、先の戦争前夜に似てきているような感じである。あの戦争の記憶はそれほどあるわけではない。しかし、現実に父親が入営中の部隊へ見舞いに行ったり、灯火管制で電灯の光を落としたり、目の前で米空軍機が列車を銃撃する光景を我が家の二階から見ていたり、空襲警報のサイレンが鳴るたびに防空壕へ避難したり、それなりに戦争感覚は体感として味わっている。だが、海外の戦地で元日本兵の方々から直接悲惨な話を伺ったことが一番利いたと思っている。そんなことにならないために、開戦の恐れのあることには有言無言で反対してきたつもりである。
折も折、今日一枚のハガキが届いた。講演会「戦後日本共産党史(45〜60年)の諸問題」の案内である。どこで私の連絡先を知ったのだろうか。終戦から安保までやろうというのだ。テーマから推して主催者は共産党系統の組織ではないかと思っている。こういうところが共産党の目ざといところだし、細かく国民の気持に目配りしているところでもある。主催者をはっきり表記しない点が気にかかるが、社会運動資料センターではないかと推察する。どんな形式で会を進めるのか面白そうなので行ってみようかなと思っている。
それはさておき、北朝鮮ギャングには参るなぁ。将来北朝鮮国民に負の遺産として残されることははっきりしているが、その国民が気の毒にも何も知らされていない。
今日の夕刊には昨夕観た映画「フロストXニクソン」の広告と映画評が大きく掲載されていた。かなり話題になりそうである。
684.3月28日(土) 映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」鑑賞
2007年に若松孝二監督がメガホンをとった映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」の映写が財団の主催により所沢市民文化センターで行われた。ぜひ観たいと思いながら、見逃していた映画であるし、偶々早稲田出版の大塚靖敏編集長の勧めもあり、初めて公営の所沢文化施設へ出かけた。西武鉄道・航空公園駅から広い道路が一直線に伸びて、都市計画がきちんと整備され、目指す施設までの街頭風景は清潔で緑の多い理想的な東京の郊外都市という雰囲気である。
期待していた映画は3時間10分の長編で、あの世間を震撼させた事件をリアルに見せてくれた。ついあの時代を思い出していた。60年安保から続いた学生運動の延長線上に引き続き起きた東大安田講堂篭城事件、70年安保、全学連の分裂、の1カット・シーンであるが、1972年2月10日間に亘って雪の降る山中で展開された機動隊と連合赤軍の攻防は、まさに当時の昂揚感の演出、そして分裂を繰り返す学生運動が瓦解する端緒となった事件である。かなり事実に立脚して描かれているが、当時問題になった連合赤軍内部のリンチ、虐殺のおぞましいシーンは少々気の弱い人には見ていられないのではないか。殺し合いとなった赤軍のメンバーもほとんどが有名国立大学生で、「革命を目指す」の一念で突っ走り、結果的に無残な結末となった。今でも思い出すことができる学生たち、塩見孝也、森恒夫、坂東国男、植垣康博、坂口弘、田宮高麿、吉野雅邦、永田洋子、重信房子、金子みちよらの名前が懐かしかった。
上映後小休憩を経て、若松監督、主演した永田洋子役・並木愛枝、森恒夫役・地曳豪、坂東国男役・大西信満が主催者を交えてトークをやってくれた。若松監督の狙いはこの事件を反権力の視点で描きたかったそうだ。それ以前に他の監督があさま山荘を取り扱った映画が二作品(ひとつは原田真人監督「突入せよ!あさま山荘事件」)あったが、すべて権力サイドから撮っている。これは真実とは言えない、自分なら反権力の立場から撮ると決めた。それがこの映画である。実際機動隊員が射殺された場面は、スクリーンに見られなかった。しかし、警官が殺されたことが警察側を結束させ、執念となって山荘へ突入し、5人のメンバーを検挙した画期的なエポックと経緯からすると、この場面も取り入れた方が公平で、真実に近いのではないかと思う。実際警官が射殺された時は、連合赤軍もひどいことをすると憤慨したくらいである。
当時の雰囲気は割合表現されていたと思う。やや疲労感を感じたが、久しぶりに学生運動史も思い出した。でもあの頃の熱気はもう見られない。監督も言っていた。今の学生にはその元気はないと。
帰りに若松監督に「60安保」へ誘ってくれたラグビー部の先輩で、全学連書記長だった清水丈夫さんをご存知か尋ねてみた。名前は知っているが、直接は知らない。むしろ委員長だった唐牛健太郎を良く知っていると話してくれたが、派手好みの唐牛らしいなと感じた。
685.3月29日(日) 大相撲は本当に八百長がなかったのか。
2年前の「週刊現代」の大相撲八百長事件連載記事に関して日本相撲協会が発行元・講談社に対して起こした名誉毀損訴訟で、26日「週刊現代」側が敗訴し、4,300万円の支払いと記事を取り消す広告の掲載を命じられた。確たる具体的な証拠がなく杜撰な調査と憶測で日本相撲協会や所属の横綱・朝青龍らの名誉を傷つけたというものである。本当に八百長がなかったのかどうか、これまでの相撲協会の疑問だらけの対応を見ていると首を傾げざるを得ない。誰も裁判の結果が正しいとは思っていないのではないだろうか。
一方、敗訴した講談社の姿勢も指摘されるように杜撰である。2年前にある書物の広告文表現の件で質問した時、まったく鼻も引っかけられなかった。しかし、その後論理を尽くして疑問を述べたらようやく手紙で応えてくれた。その時大手出版社である講談社ともあろうものが、その説明の稚拙さと非常識さに恐れ入ったことがある。しかも、手紙の書き方がまったくなってなかった。つまり、副部長職にある人物の寄越した手紙が、手紙の体をなしていなかったのである。手紙の書き方のイロハも知らないのには呆れたほどである。よくこれでビジネスができると驚いた。この程度の常識しかない出版社と、すべてに次元の低い相撲協会の似たもの同士が角突き合わせていては、埒が明くはずがない。どっちもどっちだと感じた次第である。
所詮高みの見物と決め込むしかない。八百長相撲は関係ないとばかりに盛況の大相撲春場所は今日が千秋楽で、横綱白鵬が全勝優勝を飾った。
今日の「NHKスペシャル・沸騰都市のそれから、バブル崩壊後のドバイ〜」を観ていて面白いことに気がついた。世界経済不況の影響を受けたドバイから、お金がどんどん流失している。1年前まで新しいビルが後から後から建設されていたが、資本の流失により今や工事はストップしたままである。石油資本家が随分損失を出した。アメリカ経済の破綻から、大きな影響を蒙った典型である。他方で、イランはアメリカの経済制裁を受けていたことが、反ってその影響から逃れることができたという不可思議さがある。また、アラブでは資金の貸借に利息を支払わないために、借入金が多くても利息支払いの厳しさから逃れられる。儲かれば配当金を支払う。しかし、現在儲からないので配当金は支払わないで済む。さらに、バングラディッシュのような世界最貧国では投資物件もなかったために経済不況の波をかぶることなく、昔通りにただ貧しいだけという実態である。
ケインズ経済学では、これらの国々は対象にはなっていなかったのか、或いは死角だったのだろうか。そんなことは考えてもいなかったが、いずれも負の効用である。レアケースであるが、こんなこともあるのかと気づかされた次第である。
686.3月30日(月) 知研プロジェクトの取材始める。
今年の「知的生産の技術研究会」の出版プロジェクトがスタートして、今日は初めてのインタビューである。22名の知識人のうち、今日インタビューにお応えいただくのは評伝作家・北康利先生で、現在売れっ子作家として大童の活躍である。わざわざ出版社までお越しいただき、知研からは八木哲郎会長、久恒啓一理事長、秋田英澪子事務局長、カメラマン兼記録員として幅健一さんが出向き、主たる質問者として私自身が当った。事前に21項目の質問事項を提案していたところ、一問一答でなく、この質問事項に沿って応えましょうとの申し出があったので、喜んで受け入れることにした。
両親の出身地、兵庫県三田市は今話題の白洲次郎を生んだ。予想していたことであるが、ご自身は元来「読むこと」「書くこと」が好きで、亡父へのオマージュ、町おこし、評伝作家が少ないとの理由から自然に郷土史家として歩き出した。白洲次郎についても2冊の著書がある。人生訓として「一望を照らす」と述べていたように、ひとつの道に秀でた、社会にインパクトを与えた人に惹かれると話された。それが、松下幸之助であり、福沢諭吉であり、白洲次郎なのだろう。影響を受けた人物として、司馬遼太郎の「竜馬が往く」がパワーを得られたと仰っていた。
当初予定の1時間を2時間近くにまで伸ばしてもらい、几帳面に丁寧に流れるように話していただいた。さすがに東大弁論部で鍛えられただけのことがある。
印象的だったのは、@若い人の適性を伸ばす、A商売とは経営学より人間学である、B物事をイーグルアイで観る、C和魂和才、D早め早めの時間管理、E家族への思いやり、等々である。
他にも随分参考になることや有益なことを話していただいたが、それをしっかりした文章としてまとめていかなければならない。しかも読ませる文章でなければならないし、北先生の話された要点を外さないことが肝要である。できるだけ早く文章化したいと思っている。取材を終えて八木会長の案内で出版社から日本橋の「たいめいけん」へ向かい、名物のオムレツをいただいた。つい世界遺産として人気のフランス「モン・サン・ミッシェル」の参道沿いの伝統あるオムレツ屋を思い出した。
北先生の取材はいろいろ学ぶことが多かったし、楽しかった。チームワークで仕事をやるのは楽しいものだ。全員の気持も大いに高揚して、人へのインタビューの面白さをみんなで実感したのではないかと思う。まだ、スタートしたばかりだが、編集スタッフとしてはこれから約20名の方に取材する。順調に行かないこともあると思う。幸い若い人たちも情熱をもって取り組んでくれるので、彼らにとって良い自己啓発のための教訓となり、逞しい人材として育って欲しいという願いがある。知研力を発揮して立派な実績を造り上げたいものである。
夜取材を予定している小中陽太郎先生から、月曜と火曜ならいつでも都合がつけられると有難いご連絡をいただいた。
687.3月31日(火) 真っ赤っかの平成20年度を送る。
今日は平成20年度の最終日である。中小・零細企業は言うに及ばず、大手民間企業の決算も軒並み赤字という散々たる有様である。 昨年まで飛ぶ鳥を落とす勢いだったトヨタもついに減配の憂き目を見ることになったらしい。東証日経平均株価も昨年度末の12,525円が、35%も下がって今日の終値は8,109円だった。資産が目減りしてどこの年金資金運用も大変なようだ。まだまだ当分の間明るい兆しが望めない。専門家ですら、来年度の日経平均が10,000円台にまで戻るとの予想が80%、極端に5,000円まで下がるとの予想が20%である。政府も補正予算を組んだり、景気対策を考えているが、一向に景気は上向かない。失業率は4.9%にまで上がり、非正規雇用者の失業者数は増加する一方である。雇用問題は最大の社会問題となりつつある。
一方、アメリカでは不況の象徴であるGM社の役員が多額の賞与を受け取ることで、オバマ大統領以下アメリカ国民から猛烈に顰蹙を買ったが、ワゴナー会長はGM社が政府の補助金を受ける条件のひとつとして、経営責任を取って会長職を辞することになった。鵜の目鷹の目の国民は、ワゴナー会長から目を逸らさず、会長の退職慰労金がどうなるかを厳しく監視している。
さて、今年も駒沢大学マス・コミュニケーション研究所の公開講座に参加を申し込んだ。木曜日の講座に関心があったのだが、すでに申し込んだ多摩大学の現代世界解析講座(毎週木曜日開催)と日時がダブってしまうので、‘CHANGE’ my mindして金曜日の「現代広告論」と出版関係の講座を受講することにした。4月から毎週3時限大学で講座を聴くことができる。大いに楽しみにしている。
自分の名前「近藤」の「近」の文字には「しんにゅう」がある。「しんにゅう」のある漢字には、1点の「しんにゅう」と2点の「しんにゅう」の二通りがある。なぜ単純に統一することができないのかという議論がつい最近専門家の間であった。近藤の近は1点で、今までずっとこれで通してきた。ところが、戦前は近も2点だったそうで、漢字の母国中国に倣ったらしい。日本でも本来は2点が正しかった。それが戦後、当用漢字の字体を決めた時に簡略な1点を採用してしまった。今となってはどっちを使用するのか、どちらとも言えないらしい。2点を使用した漢字の方が圧倒的に多いらしいが、今更「近」は2点だといわれてもちょっと馴染まない。思わぬところで、自分の名前をつらつら考えることになった。どうするのかと思ったら、いろいろな意見を参考に文化審議会国語分科会の漢字小委員会で再検討され、今秋修正案が公表されるという相変わらずのんびりした役所的対応である。