ご意見番の意見

2008年4月

                    3232008年4月1日(火) 政治の遅れ

 新年度を迎えた。かつて会社勤めの頃、特に営業部門を預かっていた頃は、何かにつけひとつの区切りの日として、向う一年間の営業方針を発表し、考え方と目標を事細かに伝え、併せて予・決算を説明した一日だった。
  国の歳入・歳出についても、国から得心の行くように説明してもらいたいものである。これからも相当無駄な費用が使われるのではないかと心配である。今後国民がしっかり税金の使われ方をチェックすることが大切だ。さもないと特定財源の中から健康チェアー購入費や観光旅行費用を福利厚生費として、当たり前のように浪費する役人に眼くらましを食わされ、彼らの良いようにつまみ食いされてしまう。
 過去一年間に日本の株式市場は下落し続け、この間何と日経平均が27.5%も落ちた。2002年度の27.7%に次ぐ大きさとなった。17,287円から12,525円にまで下がったというのだから、うんざりする。アメリカのサブ・プライム・ローンに始まるアメリカ経済の景気減速に影響されたわけだが、日本経済の先行きもまったく不透明である。日経紙によれば、日本の時価総額はGDPを下回る規模になったという。日本通のジェラルド・カーチス・コロンビア大教授は、日本の「政治の遅れ」を指摘しているが、遅れどころか明らかに停滞だと思う。責任はすべて責任を果たそうとしない政治家にある。
 案の定昨日で期限切れした暫定税率のうち、ガソリン税がなくなったので、市場では相当な混乱が起きている。ややこしいことに税込み仕入れのガソリンは旧料金、新規に無税で仕入れたガソリンは新料金として安く市場に出回る。目ざとい消費者はこの無税のガソリンを購入するために、安いスタンドを探し回っている。こんな面倒なことをやって、一体誰が得をするのか。営業車にガソリンを使う運送関係の事業者や、車の利用頻度が高い一般人が恩恵に浴する程度で、それ以外の人や団体は振り回されているのが実態である。気の毒なのは、個人経営のガソリンスタンドで、値下げのタイミングをどうすべきか、また値下げ幅をいくらにすべきか、他店の様子見をしながら、いらいらしているようだ。
   ここでは、政治家の力はまったく無力と言ってもいい。これだから、政治の遅れと糾弾され、国民の信用が益々なくなるのだ。 

                    3242008年4月2日(水) 映画「靖国 YASUKUNI」は公開中止?

 朝日夕刊に全面広告で映画「靖国YASUKUNI」が紹介されていた。昨日東京と大阪の映画館5館で予定されていた公開を中止した。案の定右翼の横ヤリや嫌がらせを恐れた興行主が、事前に難を避けたというところだろう。これには悪しき前例がある。実は、先日日教組大会を受け入れていたプリンスホテルが直前になって、やはり右翼の圧力を恐れて日教組に対して大会開催の返上を迫り、裁判所の決定にも背いて会場使用を断った。社会的な批判を受けるのは当然としても、映画館もプリンスホテルと同じ道を選んだということになる。結局「言論の自由」の封殺である。一番喜んでいるのは右翼だろう。これで脅せば話が通ると味をしめ、進歩的な催しに対して更に攻勢に出てくるのは間違いないだろう。危険な兆候である。
 この映画を観ていないので何ともいえないが、新聞報道によれば、公開したところで右翼にとっても大して問題になるストーリーではないという声が多い。
  そもそもこのように上映中止に至ったきっかけは、自民党稲田朋美代議士がこの映画に公的資金が助成されていることに疑問を呈して、国会議員向けに試写会が開かれたことがニュースとして騒がれたことにある。結局稲田代議士自身はこの映画自体は内容的に問題となるような映画ではなく、むしろこういう経過を辿って一般公開が中止になったことは心外であるようなコメントを出している。だが、この人は弁護士であるが、良識を疑いたくなる。本気でそう思うなら、問題をこじらせ損害を与えた人たちに対して、説明するなり謝罪するなりして火付け役としての責任を果たすべきではないか。今朝の朝日でもそう主張している。火をつけて大火災にしてしまいながらそのままトンズラするのでは、放火犯となんら変わらないではないか。このような世間の常識が分からないから、政治家はレベルが低いと揶揄もされ中傷もされるのだ。
 夕刊紙上の評論家田原総一朗氏と撮影した映画監督・李纓氏の対談記事を読むと、普段幾分右寄りの田原氏ですら、良い映画だったと誉めそやし「靖国をこれほど執拗に描いた映像は見たことがありません。よくぞここまで撮ってくれた、と思います」とまで言わしめている。田原氏がそこまで言うのだから、それなりの議論を提供する映画だろう。左右両方の立場の人が観て喧々諤々の論議をすれば良い。広告だからお愛想も必要だろうが、それにしても門前払いのような一方的な中止というのは、卑怯なやり方だと思う。ゼミのお祝い会の件で電話した大日本印刷㈱常務の池田博充くんも、えらく憤慨していた。
 何とか上映されるのを待ち、ぜひとも観てみたいものである。

                        3252008年4月3日(木) 桜と北京五輪開会式について

 桜も今が見ごろで、自宅近くの呑川の桜並木も例年通り華やかに咲き誇っている。先日訪ねて来られた証券会社の人が呑川の散歩道を花見しながらやって来たと言っていたが、この界隈の桜は特別有名というほどのことはないが、これほど続く桜並木の見事さはそう滅多にあるものでなく、一寸した隠れた桜名所である。せっかく満開であるので、妻と外食がてら往・復路を明るい花見と夜桜見物を楽しんだ。かつてはかなり酒が入って花見を楽しんでいるグループもあったが、今はまったく見当たらない。ライトアップも個人的なものを除いてなくなった。夜の花見が禁じられて昔のように騒がなくなったようだ。それにしても夜桜は日本の美だとつくづく感じ入った。
 さて、10日ほど前からチベットについて旅行記とデモ騒乱事件について書いているが、先日小中陽太郎氏からチベット滞在中に今度のデモに関連する、何か兆候のようなものを見なかったか、もし何かそれらしいものがあれば、それを膨らましてエッセイでも書いてみてはどうかと親切にアドバイスをいただいた。特段目立って異質なことはなかったと思っているが、それでもポタラ宮殿内に平時に拘わらず、多くの軍用車と非武装兵が集まったのは、何か不自然で不穏な気がしたのでそれについて旅行記の中で今書いているところだ。
  北京五輪開会式に出席を取りやめる例がヨーロッパでいくつか出てきた。今ギリシャから中国へ入った聖火は、最初の国としてカザフスタンへ入った。これからヨーロッパを回り、北米から南米、アフリカ、大洋州を経てアジアへ戻って来る。日本へもやってくる。先日オリンピアの地で行われた採火式で、中国五輪委員会代表の演説中に妨害行為があったために、聖火は厳戒体制の中でリレーされている。平和の象徴と言われた五輪が、スポーツとは無関係なチベットのデモにより、大揺れである。五輪不参加という政治的な意図が匂うような抗議活動は、五輪には馴染まないし、五輪不参加とか開会式欠席には賛成出来ない。
 現在中国政府の人権問題が五輪と絡まって、五輪がスポットライトを浴びているが、中国政府に対して五輪とは別途に、チベットの民主化と人権問題について世界中が懸念しているとのメッセージを各国が出すべき時であると思う。 

                        3262008年4月4日(金) 今のままでは年金問題は解決しない。

 福田政府が機能不全に陥っている。やること成すことすべてにおいて頓挫したり、停滞している。日銀総裁人事、暫定税率期限切れ、年金問題、等々に成果が見られない。ここまで酷い政権になるとは思いもよらなかった。
 今月から始まった高齢者国民健康保険のうち、後期高齢者と称する高齢者を対象にした健康保険は批判が強く、手順とやり方を変えるようだ。それにしても、「後期高齢者」という名前が75歳以上の対象者に対して冷淡過ぎやしないかとの声が挙がっている。「後期高齢者保険」という呼び名が、あまりにも冷たいというので、急遽「長寿医療保険」と名前を変えたが、法律は一義的にはあくまで前者が正式な呼び名だという。役所のやることは、相手のことを考えていないというひとつの典型である。
 なぜこういう思いやりのない名前を思慮分別なくつけるかと考えると、つまるところ役人は現場で苦労した経験がないから、相手の気持ちが理解出来ないからだという基本に行き着く。情けなくも彼らには人の心、ハートがない。年金がらみの厚労省、社保庁の熱の入らない好い加減な対応ぶりを散々見せられると、もうこの役所と役人どもに任せては、今日まで未解決の問題は今後も解決しないだろうし、新たな手抜きをやって、国民をまた騙すのではないかと疑心暗鬼になり、本当に心配になってくる。公僕なんて言葉はついぞ眼にしなくなったが、せめて国民の税金で自分たちだけは世の中を楽しもう、なんて愚かな考えだけは持たないようにしてもらいたいものである。
 それにしても役人は自分たちが犯した大失態、しかも国民に相当な負担を強いた大罪に対して、なぜ責任をとろうとしないのか。可笑しいではないか。これは何も年金だけの問題ではない。退職した一般役人に、彼らのせいで追い詰められた旧職場でボランティアとして働かすべきである。また、高級役人に対しては、退職金の返還を求めるべきである。

                        3272008年4月5日(土) 韓国「済州四・三事件」発生六〇周年

  一昨日4月3日は、韓国では軍や警察による住民虐殺があった「済州四・三事件」発生から満六〇年に当る記念日だったそうだ。式典には1万人が集まった。この事件のことは寡聞にして知らなかった。今朝の朝日新聞によれば、犠牲者数が2万5千~3万人と推計される大虐殺事件である。ひとつの都市が地上から消された暗黒事件だ。難を逃れて日本へ脱出した人々も多く、約3千人が日本へ逃れ生活した。戦後間もない昭和23年当時のことで、日本も韓国も終戦直後の混乱状態の中で事件を注視する余裕はなかっただろう。自分自身まだ南房総の小学四年生へ進級したばかりのころで、両親の苦労も知らずに近所の同級生と山野を駆け巡っていたころである。
   米ソの対立が徐々に激しくなり、韓国内でも共産ゲリラによる宣撫工作が左右両勢力のしのぎを削るスパイ活動へ発展させ、2年後の朝鮮戦争勃発へと突き進んで行く。日本でも共産党の息がかかった労働組合の強大化により、右翼勢力や警察が共産勢力や労働組合幹部らを追い回していた時代だった。ちょうどその頃相次いで社会的事件が発生した。昭和24年に連続的に起きた、下山事件、松川事件、三鷹事件等一応の決着を迎えたと言われているが、現在でもその裁判に問題ありと言われ、最終的な決着はついていないように思う。子ども心にもそれらの大事件は強く印象に残った。
   それが、韓国ではこの「済州四・三事件」は風化していない。ことの始まりは、深夜左翼勢力、南朝鮮労働党党員らが、アメリカ軍政が進める南朝鮮だけの総選挙に反対して武装蜂起し、警察などを襲撃した。鎮圧のため朝鮮本土から警察や右翼団体が増派され、対立が激化して無関係の住民らが軍や警察に捕らえられ、激しい拷問を受けたり、処刑されたりした。
   金大中大統領、ノ・ム・ヒョン大統領の時代になって、やっと韓国政府は調査を始め、犠牲者遺族に公式謝罪した。長い間に亘ってベールに包まれていたのは、韓国では軍事政権が長期に亘って続いていたからである。歴史の汚点が解明されるのは、これからだろう。それにしても多くの犠牲者を生んだ、このような残虐な事件が戦後の混乱期の日本にはなかっただけでも救われる思いがする。

                        3282008年4月6日(日) 小金井雑学大学へ出講

  都内の小金井雑学大学で初めてお話した。テーマは昨夏の宇都宮市民大学と同じ「中高年のための海外旅行の愉しみかた」と題するもので、5060人ぐらいの熱心な中高年の人たちが受講してくれただろうか。会場は都立小金井工業高校で、JR武蔵小金井駅から徒歩で10分程度の場所にある。熱心なボランティアの方々が受付から万事お世話をしている。聞けば、先月の講演が丁度10周年に当り、今日は11年目最初の講演で、通算321回目だそうだ。実に光栄である。
  こういうボランティア団体は、事務局によほど人を得ないとうまく運営出来ないと思う。その意味でもこれだけ長い間開催されてきたということは、縁の下の力持ちの人たちの地道な努力が実を結んだ成果だと思う。学長の富永一矢さんは長い間俳優座の支配人を務めてこられた芝居に詳しい方で、事務局長の五十嵐京子さんは市会議員4期目でいただいた名刺に「小金井で元気に!」と訴えている。ほかに多くのスタッフ的な方々が協力して雑大を運営しておられる。
   最近の講演では、当たり前のようにパワーポイントを使用して分かりやすく話しているつもりだが、事前にスライド編集に少々凝って余計な時間をかけ過ぎている場合もあるかもしれない。大体70枚程度のスライドを編集し、これにイラストレーション効果設定などでスクリーン効果アップを狙って、内容の展開を進めている。自慢というわけではないが、私の場合はかなり珍しい写真もあるので、それを効果的に活用している。今日は時間の使い方に少々しくじって、時間が足りなくなってしまった。大体2時間分の内容を1時間10分程度にまとめなければいけなかったのに、欲張りすぎて最後には肝心な箇所をカットする羽目になってしまった。
   同じ内容で来週月曜日に市川市で行うので、もう少し工夫してみたいと考えている。
   終わってから西八王寺へ行き、八王子市内に住む近藤幸一さんに八王子名物の「釜飯」をご馳走になりながら、久しぶりに「近藤節」を聞いた。近藤さんも今年傘寿になるというのに元気で、こちらが嬉しくなる。相変わらず八王子市内の行事に参加しながら、活動している。益々のご活躍を祈念してやまない。

                        3292008年4月7日(月) 飯田ゼミお祝い会に出席

 飯田ゼミのお祝い会と称して、飯田鼎先生ご夫妻と小松隆二先生ご夫妻を中心に、ゼミ会員の個人的な慶事を祝うパーティを「飯田ゼミお祝い会」と称して、新宿のハイアット・リージェンシー東京で行った。妻を同伴して出かけ、五人の世話人の一人として、アイディア、会場手配、通信連絡等の裏方的な役割を務めた。肝心の飯田先生が疲労と31日に転倒された怪我の後遺症で欠席されると3日前にお電話をいただいた。遠路大阪から日帰りで出席された第一回生・佐竹正彬さんや同伴者を含め、出席者は42人に達したが、みんな飯田先生の欠席を残念に思いながらもご健康を心配しておられた。しかし、開学以来東北公益文科大学学長を7年間も勤めて、先月辞められた小松隆二先生の退職慰労会も兼ねているし、古希の会員がずらっと揃っていたので、慶事という主旨には適っていたのではないかと思う。初めてお会いした方もおられて、実に和気藹々で全体の雰囲気もよく楽しい2時間だった。まずは成功と言っても良いと思う。夜飯田先生へ報告がてらお電話したが、すでにお休みになっておられた。
 世界中の北京五輪参加問題へ波及したチベット騒乱事件は、開会式参加・不参加と聖火リレー妨害問題が重なって、ここ数日世界の耳目を集めている。昨日はロンドンで聖火ランナーが、多くの警官隊に厳重に守られながらも特攻隊的なゲリラ戦法で行進をストップさせられたり、神出鬼没のデモ隊に手を焼いているのが分かる。その聖火リレーが今日は、海を渡りパリ市内を走った。案の定パリ市内でも過激な妨害行為に行く手を遮られ、ついに一部では聖火の火を消して聖火隊はバスに乗ってトーチを運ぶ有様である。妨害行為それ自体は、やり過ぎだと思うが、確かに効果的でこの後アメリカへ渡りサンフランシスコでも前途多難を予想されている。この先どうなるのか予断を許さなくなってきた。中国政府は自分たちの立場に正当性ありと主張するだけで、妥協の姿勢はまったく見られず、このままでは混乱した事態は収まりそうもない。

                        3302008年4月8日(火) お釈迦様の誕生日は大荒れの一日

 今日はお釈迦さまの誕生日だが、最近はそんなことを知っている人も少なくなったようだ。知ったのは小学校低学年の教科書だったが、いつのころからか教科書から消えてしまったらしい。お釈迦様については、確か「今日は楽しい花祭り 天上天下を指差してお立ちになっていらっしゃる」なんて文言だったと思う。
  生憎お釈迦様にあやかった穏やかな一日とはならず、朝から雨が降り続き、時折強風も吹きつけたり、雷が鳴ったり寒くて気象も荒れた一日だった。全国各地でも相当被害が出た。春の嵐と呼ばれたが、日本の気候も穏やかではなくなり、日本人の性格も穏やかではなくなりつつある。おまけに鹿児島では桜島が噴火したり、大阪ではイノシシが出没して女性を傷つけた挙句に幼稚園で暴れ、近くの川で死んでいたという珍事件があった。そう言えば、今から54年前の中学卒業時に京都の松尾山で手負いのイノシシに追っかけられたことを思い出す。
  渋谷駅のハチ公の像が出来て60周年の儀式をやったようだ。最初の銅像は昭和9年に軍に徴用され処分され、昭和23年に2代目が作られた。初代、2代目を親子で制作したという。母は渋谷駅前でまだ生きていたハチ公がいつも同じ場所で待ち続けている姿をよく見たと生前言っていた。
 大揺れの北京五輪聖火リレーは昨日のパリ市内では、途中で消火してはバスに乗る異常な形でうやむやの内にパリの式典は終わった。最後は聖火リレーを打ち切りバスでトーチを運びゴールで受け取ることになったが、世界の報道通信は、これを最終的に打ち切りと伝え、中国のテレビでは無事に引き継いだと放送した。これから舞台はサンフランシスコへ移るが、すでにゴールデンゲート・ブリッジによじ登って反対をアッピールしている反対派がいる。そして、うかうかしていると26日には長野へやってくる。警察庁では漸く対策を練り始めたようだ。

                    3312008年4月9日(水) 日銀総裁やっと決まる!

 日銀総裁人事が行き詰まっていたが、今日やっと総裁が決まった。前回総裁人事が否決された際副総裁として承認され、総裁代行を経て今日総裁決定の国会議決を得た。白川方明総裁の誕生である。われわれの生活に直接関わるわけではないが、近々開催されるG7会議に総裁空席ではいかにもみっともなかったが、何とかその愚だけは免れた。
 同時に提案された副総裁人事は否決された。候補者が元財務官だったというだけの理由で民主党が否決した。どうもすんなりとは行かない。結局民主党が何にでも反対する姿勢で臨むから、結論は最初から見えている。こういう話し合いの進め方をいつまで続けるつもりなのか。与党、野党に知恵者がいないようで、双方の意地の突っ張りあいになり、最終的に参議院でいつも否決される。福田総理も泣き言ばかり言わずに、もうちょっと押しの強さを見せるとか、理解を得られそうな妥協案を提案するとか出来ないものだろうか。まだ、他にも決めなければならない問題が山積している。年金あり、医療ありでこのまま推移すると、洞爺湖サミットまで何も決まらない。衆議院と参議院のねじれ現象がいつもネックになって、お互いに正論を主張したつもりで空疎な議論を展開している。制度的とか、議員制度のあり方とか、言い張っているが、詰まるところ、国会議員一人ひとりの資質と志の問題ではないかと思う。とにかく議員のレベルは、他の業界に比べても受け取っている給与から判定すれば低すぎる。自分の成すべきことは何かということが分かっていない。つまり自分の仕事が理解出来ていないのだから、話にならない。やはり、いまの議員一人ひとりのレベルアップをするために、どういう選出方法を考えたらよいか。もうそろそろ検討を始めてもよいのではないだろうか。とてもいつまでも待っていられない。

                        3322008年4月10日(木) 奇妙な五輪聖火リレー

 今日も朝から雨が降っている。桜は盛りを過ぎたので、影響を受けなかったようだが、今年は四月に入ってから雨の日が多い。今日はまた寒かった。
 JR中央線国分寺駅変電所の火災のために、朝6時過ぎから停まっていた電車が動きだしたのが午後3時過ぎだったから、何と50万人が影響を受けたらしい。入学式や、就職面接に出られなかった人も大分いたようだ。
 小田急社友会が恒例によって、「ホテルセンチュリー相模大野」で開催された。その途中で南武線も遅れていた。社友会は会社の同窓会で懐かしい元先輩や、元同僚にも会ったが、年々マンネリ化してきている。会の主旨と性格上仕方がないが、どうしてもワンパターンになりがちだ。それに、引退したひとばかりだから、地域社会の和がそのまま会場へ出てきた感じで、かつて仲良しだったグループと同じ地域の人たちの集まりのような印象を受けた。まあ昔の先輩や仲間との交流の場と考えれば、それなりの意味はあるのかも知れない。
 北京五輪の聖火リレーが何とかサンフランシスコで行われた。妨害行為が予想されていたせいで、最初の聖火ランナーが突然倉庫へ入って消えてしまい、ルートも変更させられて、誰も予想しない道路を走った。聖火リレーを見ようと当初のルートで待っていた人たちは、肩透かしを食ってしまった。賛成派と反対派の小競り合いがあったようだが、予定とは違った聖火リレーになってしまったが、まずは終了した。
 ところで、聖火リレーって何だ? 通過国でオリンピックの精神を伝え、祝ってもらうことであり、沿道で多くの人々から祝福してもらうことが大きな目的だと思う。ロンドン、パリを経て、今日のサンフランシスコの聖火リレーに至っては妨害阻止だけに全力で当って、聖火リレーを実施することだけを目標にするというのは、オリンピック精神に悖るのではないか。こそこそ隠れて行うような聖火リレーでは実施する意味がないのではないかと思うのだがどうだろう。まだまだ続く波乱の聖火リレーは、今後一体どういうことになるのだろうか。

                        3332008年4月11日(金) 映画「靖国」問題ぶり返す?

 「知研フォーラム」来月号にタイムリーなテーマ「チベットの旅とデモ騒乱事件」について書いていたが、漸く脱稿して今日八木哲郎・知研会長へ送信した。とりあえずほっとした。
 さて、先日来公開前に上映中止となり問題となっていた映画「靖国 YASUKUNI」は、その後各地の良心的な映画館が上映を検討し出して、解決へ向かうと思っていた矢先だった。ところが、昨日になって自民党・有村治子参議院議員が、映画の中心出演者の刀匠が映画場面で自分の出演部分を削って欲しいと申し出があったと述べ、また問題がぶり返している。刀匠は撮影を承諾してストーリーでも中心人物となっていたが、当初監督から聞いた映画の趣旨と実際に映画での取り上げられ方が異なっている不満を申し出ているらしい。この期に及んで自分の出演箇所をすべて削って欲しいと有村議員に言っているようだが、今ひとつ真意が読めない。マス・メディアの解説によれば、映画のストーリーはこの刀匠の刀作りの話がかなり大きなウェイトを占め、インパクトを与えているという。だとしたらこれを削除したらこの映画自体が成立しないのではないか。この期に及んでこういう理不尽あ我を通すとは人間的にも信用出来ない。もちろん李纓監督は納得していない。最初納得していながら、なぜここへ来て刀匠が変節したのかとまで言っている。監督に同情してしまう。刀匠の言い分は、筋論は別にしても製品の中身に苦情を言うのと同じでもう遅すぎるのだ。出来上がった製品のうち、一部の部品を使わせないと言っているようなものだ。
 それにしてもなぜ自民党議員は、先の稲田議員にしろ、今回の有村議員にしろこの映画にこだわり、物議を醸すようなことをやるのだろうか。有村議員は実際これからどのようにこの問題を解決しようとしているのだろうか。ただ、騒ぐだけ騒いで答えは関係者が出して下さいでは無責任も甚だしい。せっかく公開しようと思っていた各地の映画館も、もちろん刀匠出演部分をカットしたら欠陥商品になるので、その場合は上映しないだろう。刀匠の非難、或いは裁判沙汰を承知のうえで、このまま上映するより妙案はない。火を点けた、目立ちやがりの女性議員はこの問題をどう終息させるつもりなのか。答を聞きたいものである。

                        3342008年4月12日(土)  表現の自由が危ない!

 新宿でさがみ信用金庫の石川均さんに会い、6月に予定されている同金庫の研修について打ち合わせをした。図解について講義することになっているが、受講生がPCは使えないということと、時間的に3時間では少々足りないことを前提に当日までの準備と、当日の研修の進め方について話し合った。福島県の研修でも使う知研のマニュアルに沿って研修するが、テキスト用に数枚のレジュメのようなものを作ることにした。演習と実習に出来るだけ時間を割きたいと思っている。
 映画「靖国 YASUKUNI」上映問題がさらにヒートアップしてきた。今日の新聞によれば、さらに怪しげな動きがあるようで、ついに本家本元の靖国神社が、撮影された靖国神社のシーンを映画から削除するよう理不尽な要求を突きつけてきた。これでこの映画は、檜舞台と主役のシーンを削れとの申し出を受けたわけで、これでは映画どころか話にもならない。理由は神社境内の撮影許可手続きが守られていないということだが、どうも言いがかりをつけて結局全面上映中止へ持っていこうとの意図が読み取れる。ここに至って、一気に右翼の自民党国会議員と靖国神社が一体となって、上映を止めさせるよう動いてきたのだ。李纓監督も「作品が成立できなくなるように(議員が)働きかけているとしか受け取れない」と述べている。極めて危険な兆候である。この映画をきっかけに、政治家が介入して戦時中と同じ自由弾圧となり、翼賛体制化して来るのだ。当然民放連は反発している。政治家が毅然として、なすべきことをやらないうちに隙間が出来て外から狙われ、こういう右翼的で危険な動きがはびこるようになる。

                        3352008年4月13日(日) 地球温暖化の本当の原因は何だ?

 低気圧の接近のせいか、急に寒さがぶり返してきた。今日なんか最高気温が摂氏10度と予想されていたように本当に寒かった。ゼミ仲間の須藤晃くんと自由が丘で待ち合わせて「天一」で天麩羅を食べ歩いて帰ったが、外套を着ていなかったので、その寒さは震える思いだった。どうも気象がおかしいというのは、最近みんなが当たり前のようによく口にするが、二酸化炭素の排出によって地球が温暖化傾向となり、地球も段々世紀末的になってきた。
 二酸化炭素が地球温暖化の元凶であることは、いまや誰しも認める世界の常識となっている。しかし、これに異論を唱える向きも現れたが、一体真実はどうなっているんだろう。新説を言い出したのは、そんじょそこらの学者でなく東京工大の丸山茂徳教授のような権威ある学者だから、ややこしくなる。丸山教授は二酸化炭素と温暖化は切り離すべき問題だと主張している。それなら、温暖化の原因は何だ、ということになるが、丸山教授は「大気の気温を決める最大の要因は雲」と言い、太陽の活動によって影響を受ける宇宙線が、その飛来量により雲の凝縮核となる。太陽の活動が活発なら宇宙線が地球内に入って来なくなるそうだ。結論的には、太陽が活発なら宇宙線が地球に入らなくなり雲が出来ない。すると温度は上がらないということになるらしい。しかし、こういう大事なことは、もっと公開で議論して国民を納得させて欲しいものだ。現状は国民のほとんどが、地球温暖化の主犯は二酸化炭素だと思い込んでいる。私もこの丸山学説は「選択」2月号によって初めて知ったが、いまだに丸山教授説に追随する学者も、学説も出ていない。ただ、世間を惑わすのだけは止めてもらいたい。マス・メディアも真剣に取り上げることをなぜか躊躇している。やはり追求するのが厄介なのだろう。最初に取り上げた「選択」誌自体、その後丸山学説に何のコメントも加えていないのもおかしい。これもひとつの無責任だろう。

                    3362008年4月14日(月) 活発な中高年の学習講座

 今朝テレビを見ていたら、JR京浜東北線が不通だというので、これから向かう千葉・市川へ行くルートを変更しなくてはいけない。東横線で渋谷へ出て山手線で品川乗換え、横須賀線で市川へ行こうと決めた。実際その通り行ったのだが、実は不通だったのは、京浜東北線だけでなく、連鎖反応したのか利用した東横線、山手線、横須賀線がそれぞれの事情で悉く遅れ、各駅では混雑がピークに達して人並みを掻き分けながら進むといった按配に、市川の会場へ着く前に疲れてしまった。予定より30分以上遅れたので、余裕をみておいてよかった。久しぶりの猛ラッシュに現役のころは、こんな地獄にも耐えたなあと感慨無量でもあった。それにしてもこんな連鎖は困ったものだ。
 市川へ出かけたのは、ゼミの先輩・柴田守さんに柴田さんが関わっている「NALC」というNPO団体の定期講演会でお話を依頼されたからだ。テーマは「シニアのための海外旅行の楽しみ方と危機管理」と題して、パワーポイントを使用してお話した。6日に小金井で話した内容とほぼ同じものだ。いま中高年の方々のこういったボランティアによる、学習講座が熱を帯びている。皆さん楽しそうに話を聞いてくれるのが嬉しい。それに目を輝かせて聴いていただけるとつい夢中になり、何とかお役に立ってもらおうという気にさせられる。こちらも事前に勉強するし、お互いに切磋琢磨するわけだし、いつものことながらこういう場が私には新鮮で向上心を駆り立ててくれる。
 今日また高校時代の友人がひとり亡くなった。柴田右一くんである。いろいろ関わって懐かしい思い出があるが、その一番は結婚して東林間のアパートに住んでいたころよく顔を会わせたことがある。確かお父さんが近くの東芝林間病院長だった。去年同窓会で会ったのが最後になってしまった。ご冥福を祈りたい。

                    3372008年4月15日(火) 高齢者が怒る「後期高齢者医療制度」

 今日から高齢者の年金天引き徴収が始まった。その「後期高齢者医療制度」の評判が頗る悪い。そもそもこの制度発足の発想と視点が良くない。高齢者に対する思いやりのない役人が考えたということが、随所に表れている。「後期高齢者」という言葉を何の抵抗もなく法律用語とする点は、いかに高齢者を邪魔者扱いしているか。これを最初に聞いたお年寄りは怒った。高齢者にかかる医療費が高いのは当然だろう。それを高い医療費を全体の保険料で賄うのは大変なので、高齢者からは医療費に見合った保険料をいただくというのが役所の基本的な考え方である。保険というのは、そういうものだろうか。相互扶助的要素もあるだろうし、お年寄りだってこれまできちんと法の定めに従って保険料を支払ってきた。それが、突然高齢者の医療費が高くつくので、応分の負担をということで、しかも年金から天引きしてしまうという乱暴なやり方にははらわたが煮えくりかえっていることだろう。はっきり言って、血も涙もないぼんくら役人の考えることだ。取れるところから、確実にいただくという弱いものいじめの典型だ。財政も苦しいというが、それなら役所がもっと襟を正して、自分たちの無駄使いを止めるとか、医療という大切なジャンルへ他の部署で使っている経費を回すとか、出来ないものだろうか。「年寄りの冷や水」という言葉があるが、こういうのは「役所の冷や水」というものではないか。
 今夕は「酒のペンクラブ」の集まりに有楽町の「爈端本店」へ出かける。この集会はいつも酒をくらって酒にまつわる話で盛り上がる。今月は会報に私も拙い一文を寄せた。いろいろな分野の人たちが、酒に関する薀蓄を傾ける。この店は大正年間に出来たそうで、戦災にも遭い、それを乗り越え今日まで続いてきた。しかし、内部は狭い部屋に出入り口は階段があるだけで、われわれの集まりは三階だったので、つい火災の最悪のケースを心配してしまう。店の亭主が挨拶に出て来られたが、こういう珍しいお店を紹介していただけるのも、会員の中に醸造会社の経営者が顔つなぎしてくれているからだ。ありがたい話である。帰り際一階を覗いたら外人がかなり入っていた。聞けば、彼らのガイドブックにこのお店が紹介されているという。

                        3382008年4月16日(水) ホームページ一部再構築中・・

 先日もこのブログに書いたが、いまHP上の写真による自分史をもう少しスマートに作り変えようと先日来取り組んでいる。もっと見やすくして、多くの写真を載せたいと思っている。あまり多くの写真を載せると容量不足の恐れが出てくるが、それでも個性的にしようと80枚ばかりの写真を集めた。それにしても今更ながら、逸失している写真が多いのにはがっかりした。
 このHPを作るために使っていたソフトは「ホームページビルダー10」だったが、PCインストラクターから沢山の写真を取り込み、そのHPを覗いた人が拡大写真を見られるようにするためには、「ホームページビルダー12」ソフトを使用しないと無理でしょうとのアドバイスだったので、先日そのソフトのバージョンアップ版を購入して、インストールして「12」へバージョンアップした。このところPC講習では毎日この新しい企画に取り組んでやっている。中々思うように行かず、案外細かい留意点があるのにすぐ忘れてしまったりして、ひとつのことにあまり沢山のことをやることは難しいと思った。
 昨日行われたイタリア総選挙の結果、与党が敗れてあの伊達男ベルルスコーニが首相に復帰する。首相としては3度目で、マス・メディアの権力を掌握した彼ほど、仕事が出来る男も少ないのではと思う。問題は、彼の人間性だろう。かつてイタリアへ行く度に、イタリア人にベルルスコーニは元気ですか?と訪ねるのが習慣みたいになっていた。それほどイタリア中から注目され、愛されている政治家はあまりいないのではないかと思っている。しかし、実際のところその能力はどうなのだろうか? 当分イタリアの政界が面白くなってきた。最初にして、最大の懸案は、左前のアリタリア航空をどうやって救うか?だそうである。

                        3392008年4月17日(木) 多摩大学公開講座始まる。

 多摩大学で今日から寺島実郎監修リレー講座が始まった。別途「現代世界解析講座」の二枚看板もあって、世界の現状と潮流を学んでもらうための、中々気合の入った好企画だと思う。前評判がよく社会人向きの定数はすぐ一杯になり、追加して280名、これに今年の新入学生400名を加えて大講堂に溢れんばかりの聴講生が耳を傾ける中で開講された。第一回は近日多摩大学長に就任される寺島講師ご自身が担当され、この講座の主旨について説明され、本題に入った。
 「21世紀に入って7年間の世界潮流の変化について」と題していつも通り抱負な統計資料を駆使して、独特の寺島流弁舌で口火を切った。7年間の世界経済の成長、中華圏の進出、中国貿易量の伸び、対中貿易と対米貿易の逆転、物流の流れの変化、東日本港湾の空洞化、ロシアの外貨準備高、アメリカの海岸線と内陸部との違い等について、統計と実感を通して持論を解析された。
 寺島講師の経済分析には、海外に散在する三井物産戦略研究所等から集めた膨大な統計資料を精査、分析したうえで、ご自身世界経済の最前線、重要地域を歩き、実態と臨場感に触れ、理論を肉付けして構築する一貫性が貫かれている。だから、説得力があり、現場を見て得た一次情報を下敷きに理論構築しておられる。寺島講師の話を聴講するのは、今年に入ってから3度目だが、いつもながら明快で気風のいい話ぶりに感嘆しきりである。
 冒頭主旨説明で、この講座の二つの狙いとして、①(平成生まれの)学生に時代のダイナミズムを知って欲しい、②創立20周年記念企画、を挙げられた。
 来週以降も有名講師の話を聞ける学生も幸せである。
 「知的生産の技術研究会」から八木会長、秋田事務局長、高橋茂人さん、小林尚衛さん、大分から永留浩さんが出席された。終わって次回講師の久恒啓一多摩大教授ご夫妻を囲んで食事をした。久恒教授も宮城大学を辞めて4月から多摩大へ移られた。11年間の仙台生活や、宮城大学時代の悲喜こもごもの内輪話を伺った。この講座シリーズも、知研の集まりも知的興味を刺激してくれる。こういう機会に巡り合えるのは幸せだと思う。
 これから毎週続く公開講座であるが、ぜひ聞いてみたいと思っていた講師が続々登場するので大いに楽しみにしている。
 それにしても、多摩大学には悪いが、ロケーションが少々不便である。永山駅からスクールバスで行ったのだが、スクールバスの停留所が中々分からず、駅近くで3回も人に尋ねる有様だった。この次来る時は近所に駐車スペースを見つけて、何とか車で来ようと思っている。

                        3402008年4月18日(金) 航空自衛隊の輸送活動は憲法違反

 昨日名古屋高裁で歴史的な判断が下された。航空自衛隊がバグダットに多国籍軍を空輸することが、憲法第九条一項に違反するとの画期的な判決だった。いままで憲法に抵触していると裁判を起してもそのすべてが却下されている。中には土俵にも上げてもらえず、取り下げるケースもあった。同種の訴訟で違憲判断が示されたのは初めてである。この結果は大きい。これは裁判員制度が始まろうとしている矢先に、一般に難しいと考えられている裁判制度についても別の問題を提起してくれた。というのは今回の裁判でも角度を変えたり、内容の骨子に強弱のつけ方次第ではどちらにもとれる微妙な判決だったからだ。結論は原告敗訴である。だが、原告側は実質的な勝訴という。基本線では原告の主張が認められたということだろう。一方、被告は勝訴のため、同じ理由で最高裁へ上告出来ない。他方原告は主張が認められたと受け止め控訴しないという。原告側と政府被告側の受け止め方はまったく対極にある。これだから裁判は難しい。こんなケースはほとんどないと思うが、これからスタートする裁判員制度の中で、果たして素人が論理的に考えて判断を下せるだろうか。いかに訓練を受けて研修を積んでも一朝一夕に判断を下せるような知識が身につくわけではない。裁判員制度の難しさと怖さを改めて考えた。
 ともかく航空自衛隊の多国籍軍輸送は、憲法違反との断が下された。このことがよほど納得出来ないのか、政府首脳は引き続き輸送活動を継続する方針だそうだ。さらに、石破防衛大臣に至っては、適法だと思うとまで語り、従来通り自衛隊の活動を続けるという。司法を尊重していない姿勢が露骨である。
   民主国家の基本である、三権分立の意味や法律の遵守が国を代表するトップ政治家には分かっていないばかりか、法律破りを平気で広言している。これはひとつの犯罪ではないだろうか。罪人が国を支配する。日本も段々酷くなる。

                    3412008年4月19日(土) 温故知新の意味

 昨日小田実の「何でも見てやろう」五度目を読み終わって、改めて小田の好奇心と行動力に感嘆する。40年前に書かれたものなので、時代の空気や背景も変わり現状認識からすればかなりずれている点も見られるが、見方と視点は相変わらず瑞々しい。いまも変わらず私の怠惰と無気力を鼓舞してくれる大きなエネルギー源である。
 今日は阿川弘之の新潮新書「大人の見識」を読んだが、最後のトピック「温故知新」について阿川流の解説を読み、改めてそういう意味だったのかとひとり納得した。孔子の言葉である「温故知新」の書が、小学校の校長室に掲額されていて、当時の担任教師がその意味を分かりやすく説明してくれ、それ以来度々口誦んでいた。当時から「古きを尋ね、新しきを知る」という意味だと教えられたが、この「尋ねる」の言葉を「温ねる」と書き換えたのは、ただ尋ねるのではなく、温めて尋ねる、伝えるような気持ちが篭っているということのようだ。何でも吉川幸次郎の師、狩野直喜の「論語」に次のように書かれているそうだ。
 「温とは、肉をとろ火でたきつめて、スープをつくること。歴史に習熟し、そこから煮つめたスープのような知恵を獲得する。その知恵で以て新シキを知ル」
 「温故知新」は私の好きな言葉のひとつであるが、何となく温かい感じのする言葉であり、教訓的な言葉でもある。いままで何となく「古いものを辿って行けば、新しいものが見えてくる」程度にしか考えていなくて、それでも意味にそれほど差はなかったが、やはり本当の意味を知ると言葉にも説得力が出てくるような気がする。今日は阿川弘之先生のおかげで得をしたような気がしている。

                    3422008年4月20日(日) 増長する中国人の独りよがりな言行

 一昨日長野市の善光寺が、北京五輪聖火リレーのスタート地点となることを辞退した。偉いお坊さんが記者会見でその理由について、①混乱の未然防止と、②同じ仏教徒としてのチベットに対する配慮があると述べた。長野市聖火リレー実行委員会はこれを受け入れ、リレーコースは変更されることになった。理由はいろいろ考えられるが、善光寺としては当初はこれほど大きな騒ぎにならず、むしろスタート地点に推されたことを名誉に思い、観光宣伝になるぐらいに思っただろうが、昨今の騒ぎで、万が一のハップニングを恐れて辞退を決めたのだろう。
 いま世界各地で行われている聖火リレーはオリンピック精神にもとるもので、本来の主旨からかなり逸脱している。厳重な警備体制の中、沿道の人々から声援を受けることもなく、サンフランシスコのように忽然と聖火隊が姿を隠すなんてのは、もう聖火リレーの邪道でしかない。これではリレーを行う意味がない。今回の聖火リレーは、中国のメンツもあるだろうから、本来の姿から外れて安全第一に実行するにしても、次回ロンドン大会ではその前に祝福されない行事を行う是非を考えてもらいたい。
 それにしても善光寺の辞退の理由のひとつ、同じ仏教徒としてのチベットに対する配慮というのは、中国に対する強いインパクトになると思う。具体的に仏教徒に対する弾圧であるということを初めて世論に訴えたからだ。
 一方中国側は、近日予定される胡錦濤・国家主席の訪日に傷をつけぬようことを荒立てることはしないが、胸にずしんと来ている筈である。だが、すでにリレーの終わったフランスとアメリカに対しては、中国国内で中国国民を巻き込んだ全国的なデモにまで発展させている。
 中国に展開しているフランス系スーパー、カルフールに対して不買運動を働きかけたり、アメリカではCNNのコメンテーターによる中国非難の発言に対して、謝罪を要求したり、いまの中国ナショナリズムは恐れを知らない。私の知っている中国の友人たちは、みな穏やかで優しい人たちばかりだった。中国人はいつの間に他人の言い分は聞かず、激しく自己主張だけを繰り返す、傲慢な国民になってしまったのだろうか。

                        3432008年4月21日(月)食糧は大丈夫か? 日本の農政

 福田首相の支持率が急低下している。最近の言動を見ていれば、ある程度予測出来るが、朝日新聞の世論調査によれば、支持率はついに25%となり安倍前首相退任前の26%を下回ってしまった。
 支持率下降の最大の理由はお粗末な国会運営であり、後期高齢者医療制度に見る通り思いやりのない政策が効いている。お年寄りの受けが意外に良かった福田首相だが、ついにお年寄りからも見放されてしまった。このほかにもガソリン税の暫定税率を思う通りに延長出来ず、法案がまったく国会を通過しない。福田首相は就任以来何ひとつとして国の進展に貢献しなかったことになる。こういう無能な首相を総裁に選んだ自民党と、同じように政局で妥協しようとしない民主党への不信感が一緒になって福田首相の足を引っ張ったと思われる。
 これから再び暫定税率の復活と、特定財源の一般財源化という難問が浮上する。この二つとも国民は支持しないので、果たして腰の弱い福田首相がこの厳しいハードルを越えることが出来るのかどうか。
 国会が停滞し、医療問題を含めて国家事業に混乱が生じている間に、食糧不足問題がクローズアップされてきた。元々日本の食糧自給率は39%で自然災害や、世界の景気次第で食糧が不足する可能性が指摘されていた。シンクネット「構想日本」でも食糧についてセミナーを行った折り、出席したことがある。その時出席した三国某有名シェフが「日本人は自給率39%の深刻さが分かっていない。それは、仮に世界的な災害が発生して外国との物資の交流が止まった場合、日本国民の39%しか生き残れず、他の61%は餓死するという意味だ」と述べて、受講者を納得させてくれた。その餓死しそうな状態が訪れるかも知れない。
 今日のTV報道番組で、食糧生産国が収穫物の囲い込みと称して、国内に食糧の備蓄を始めて他国へ輸出しなくなったそうだ。ヴェトナムで主力生産物の米の輸出を手控え出した。こうなると日本は弱い。6割以上の食糧をどうやって手に入れるのか。田んぼや畑は、長い間休耕地となってすぐには生産を再開することが出来ない。今になって国の米の減反政策の失敗が俎上に上がってきた。役人には知恵は出て来るまい。
 国家に農政がないとは言われてきたが、ことここに至って国家政策の大きな失敗が問題になりかねない事態となってきた。いつもツケを払わされるのは国民である。何も解決出来ない福田首相に果たしてこの大問題を解決することが出来るだろうか。

                        3442008年4月22日(火) 狭窄な中国ナショナリズム

 相変わらず北京五輪聖火リレーに関する話題が後を絶たない。聖火は昨日はマレーシア、今日はインドネシアを走っている。チベットに対する中国の非民主的統治に対してチベット人や、世界中の人権団体から反発の声が挙がり、それが今日の中国への非難の集大成となっている。それにも関わらず中国が、チベットは中国の一部でチベット問題は内政問題であるとか、タライ・ラマ14世がチベットの独立を煽っているとか同じ主張を繰り返しては、自国の一方的な立場を広言しているだけである。それが、北京五輪開催への懸念となり、聖火リレー反対・妨害の動きを招いている。
 今朝の共同通信によれば、チベット自治区当局はラサ郊外のセラ寺の僧侶400人の身柄を拘束したという。3月14日の最初のデモ直前に反政府抗議デモを計画したことが拘束の理由だそうだが、チベット人民から敬愛されている僧侶を、しかもチベット仏教徒修行の場、セラ寺にいた僧侶を力づくで連行して、弾圧のイメージを与えたら中国政府の主張も信用されなくなり、中国にとっても不利なのではないか。先日も中国政府は今後チベット僧に対する愛国教育を徹底すると公表したが、お坊さんに教育を施すなんてこと自体、中国政府は思い上がってはいないだろうか。それに、僧侶に対して愛国教育をできるような人材が充分いるのだろうか。
  昨年セラ寺を訪れた時、さほど多くの僧侶はいなかったが、信心深いチベット仏教徒がマニ棒を回しながらお念仏を唱えて、寺の周囲をぐるぐる歩いていた素朴な光景を思い出す。
 フランスについてはスーパー・カルフールの不買運動にまで発展した、中国人の反仏デモに対して手を焼いているようだ。中国政府もこのままでは国家の評判を落としかねないと認識したのか、メディアを通じてようやく国民に自制を求めるようになった。
 日本では長野で聖火リレーが行われる今月26日には、出発地を辞退した善光寺が今回のデモ騒ぎで亡くなった住民の追悼法要を営むことを決めた。これに対して中国政府、或いは中国人は反発するだろうか。自分たちだけの都合だけを主張する中国ナショナリズムの勃興には、いささか興ざめであるし、自国のことしか念頭にない短絡的な狭窄志向を何とか冷却させる方法はないものか。

                        3452008年4月23日(水) 慶応義塾創立150周年行事に参加

 今年は母校・慶応義塾創立150周年に当るが、その記念行事の一環として、今日イベント「社中の絆」が東京ディズニーシー(TDS)で開かれた。妻とともに初めて車でTDSへ出かけた。車で行けば割合簡単に、しかも大分早く着くことが出来る。TDSは、東京ディズニーランド(TDL)とは似て非なるもので、入場者の年齢層もやや上だろうか。遊戯施設もTDLに比べれば少ないように見受けられた。幸い平日のせいか、いろんな乗り物に乗ることが出来た。その点ではテーマパークを充分堪能することが出来た。
  TDLは、オリエンタルランド初代社長が義父と学生時代から親しかったご縁もあり、オープンの前後にそれぞれ一回家族連れで訪れたことがある。しかし、それ以後行ったことはなかったし、TDSに至ってはオープン以来今日までついぞ訪れる機会がなかった。
  TDLもオープンしてから25周年記念ということだが、もうそんなに経ったのかと感慨も一入である。今日4月23日が慶応義塾創立記念日というのも不思議な縁を感じる。
 一般客と一緒に入場していたが、夜7時を迎え暗くなってから正面前の大きな池の周囲を懐中電灯のトーチをもったOB、塾生が取り囲み、慶応だけのイベントが行われた。船の乗ったフリーの内田恭子アナの司会により、安西祐一郎塾長の挨拶、続いてOB代表と応援団長の挨拶、幼稚舎の学童を船の上から紹介して、花火を打ち上げ、火山を噴火させ、「若き血」を唄ってあっという間にセレモニーは終了した。時間にして30分もかからなかった。なんともあっけない。それでも参加者が2万人だというから慶応義塾社中としての連帯感は幾分かでも味わえたし、その動員力とエネルギーには脱帽である。ほんの僅かな時間ではあったが、仮にも学問の府の創立記念行事であり、アカデミック色を失くしては本末転倒である。よくタレントを呼んで派手なエンターテイメントなんかを企画するケースがあるようだが、はっきり言って邪道である。静かで上品な中にきれいに切り上げる方がむしろスマートではないかと思う。なんだか物足りないと思った参加者がいたと思うが、個人的にはデコデコしさを控えて、さっと切り上げた今日の「社中の絆」は、慶応らしくて良かったと思う。

                        3462008年4月24日(木) 久恒啓一教授、いよいよ多摩大で講義

 先週に続いて多摩大学のリレー講座、第二回講義が開催された。今日は所属するNPO法人「知的生産の技術研究会」理事長でもある久恒啓一・多摩大教授の最初の講義だ。
 テーマは「現代世界のつかまえ方」-図解思考のすすめ-と題して、専門の図解について持論を解説された。20頁を超えるボリュームのあるレジュメを配布され、その中に前回の寺島講義のメモと、過去の寺島論文を図解化した図が含まれていて、寺島講師との長い交流による敬愛の気持ちを窺わせる。初めて図解を目の当たりにした受講者もいると思うので、多くの図解例は良い資料となり、きっと関心を持ってもらえると思う。敢えて希望を言うなら、資料の中でアンケート分析のように統計数字を取り入れた資料は、もう少し年代の新しいものを取り入れた方がよいと思う。
   例えば、「職業生活において重要な能力と大学で身につけた能力」のグラフ比較は、各質問項目が年齢によってかなり差が出るだけに、1991年の統計では、すでに20年近く経っているので、もう少し直近の統計を採用しないとグラフが現実とは乖離するのではないかと感じた。
   講義としては、説得力のある内容をユーモアたっぷりに話されたので、先週同様満座の受講者にもストンと胸に納まったのではないかと思っている。
 先週は陸の孤島の意識があったので、今日は車で出かけた。事前に見当をつけていた多摩市立陸上競技場がカーナビで検出出来なかったが、何とかやってきた陸上競技場の隣に多摩市立武道館があり駐車場もあったので、そこへ停めさせてもらった。
 先日申し込んでおいた駒沢大学マス・コミュニケーション研究所の公開講座は、今日書類一式を送ってきた。こちらは12月までの間毎週火、水、木、金の四日制なので、とても全部というわけにはいかない。講義要綱などをよく調べて、聞いてみたい授業を選択したいと思っている。

                    3472008年4月25日(金) 国民のために働かない役人

 蛇の目ミシンの旧経営陣が、仕手集団の恐喝に屈して会社に損害を与えたとして、株主から訴訟を起された差し戻し審判で、東京高裁は「上場企業の取締役として稚拙で社会常識とかけ離れた対応」と断罪し、元社長ら五人に583億円という途方もない金額の賠償を命じた。
 一方、西武鉄道は有価証券報告書の虚偽記載発覚による株価下落で損失を蒙ったとして、個人株主から訴えられていたが、西武もまた東京地裁から2億3千万円の支払いを命じられた。
 少々厳しいが、これが罪を犯した時に支払うべき代償である。いずれも一昨日と昨日下された判決である。会社の経営姿勢が問われたケースと会社が株主を騙した犯罪に対する、ともに常識的な判決である。近年株主によって訴訟を起されるケースが増え、経営者にも真剣に株主の意向に応える経営のあり方が求められている。
 翻って政治家や、官庁、地方自治体、公的団体役職員の、平素の仕事ぶりと罪を犯した時の対応はどうか。公僕たる彼らは国民から仕事を委託されて正確に誠実に業務をまっとうする義務があり、それを求められている。ところが、政治家や役人は使命感がないままに、私利私欲に駆られ国家と国民に大きな損失を与えている。それどころか、通常の給料のほかにボーナスを保証され、天下りをして高い年金を得て、人生の終着駅まで甘い汁を吸い続けている。最近の厚労省と社会保険庁の好い加減で杜撰な仕事ぶりは目に余る。後から後から手抜きというか、余罪と呼ぶべきか不祥事がぞろぞろ出てくる。自分たちの怠慢と手抜きで、仕事量が増えていることに対して反省の色はまったくなく、仕事量が多くて手に負えないとの泣きごとまで入る。ならば、この不始末の片棒を担いだOBたちを引きずり出して手伝わせればよいと思うのだが、そういう発想はまったくない。十年一日の如く、反省もなく、責任も取らないのが役人である。こんな気楽な商売はない。どうして役人にはこう悪い奴ばかりいるのか。
   昨日茨城県国民健康保険団体連合会は、ひとりの競艇狂いの職員によって三年間に十億円をつまみ食いされていたことを公表した。毎日百万円ずつ着服されて三年の間職場の誰も気づかなかったというのだから、開いた口が塞がらない。こんな弛緩した内部組織では、今後も金庫の管理は出来ないだろう。どこまで本気なのか、上司は自ら減給するとポーズをとっているが、組織の職員は高々140名で年間の人件費総額が9億円(一人当たり平均年棒640万円だからかなり高いが)というのだから、全職員が一年間無給で働いても足りない。それにしても誰も気がつかず、本人の手紙の告白によって初めて明るみに出たというのだから、組織の管理体制はデタラメでまるでなっていない。職員の人事管理はないに等しい。役人の無責任と無反省ぶりには、ただあきれるばかりである。
   政治家についても、先月一杯で期限が切れたばかりのガソリン税の暫定税率の復活を目指して、いままた与党議員が暗躍している。与野党の同じ国会議員同士が一ヶ月間に国民に大きな影響を与えるガソリン価格を上げたり下げたりさせて、販売者と消費者に迷惑をかける愚をもう一度やってみようとのパフォーマンスである。悪評だらけの後期高齢者医療制度にしてもそうだ。福田首相は説明が不味かったなどと言っているが、そんな次元の話ではないと思うのだが・・・。まだまだある。いま役人天国・日本は、ぐうたら役人と何もしない政治家のせいで無駄と迷惑、無恥と奢りだらけだ。

                        3482008年4月26日(土) 北京オリンピック聖火リレー無事終わる。

 今月初めから北京五輪の聖火リレーが、世界各地で妨害やコース変更等により大きな騒ぎになっているが、今日長野市内でその聖火リレーが厳戒警備体制の中行われた。先日出発地の善光寺が場所提供を辞退したために、日本でも一部に論争が起きていた。その善光寺ではチベット仏教徒へのシンパシーから、今回の騒動で亡くなったチベット人と中国人を追悼する儀式を行った。
   ギリシャ・オリンピアの採火式を妨害した「国境なき記者団」事務局長も昨日来日したが、善光寺の追悼式に参加して表立って聖火リレーにアクションを起すようなことはなかった。昨日中国・新華社が中国政府はダライ・ラマ14世側と話し合いに応じてもよいと発表したことが幸いしたのか、今日は小競り合いがあったり、リレーを妨害する人が出たり、6人の逮捕者と4人の負傷者は出たが、全体的に大きな混乱はなく終了してやれやれだった。
 今回の聖火リレーについて長野市民の気持ちとしては、やりきれないものがあったと思う。安全優先は理解できるが、聖火リレーの厳しい警備は五輪の友好精神とは相容れないもので、こういう聖火リレーは残念だという声が圧倒的だった。沿道のファンから温かく迎えられ、友好の実を挙げることが目的の筈だったが、聖火とファンとの間に垣根を作られランナーも周囲の警察や、中国から派遣された二人のフレームアテンダントによってコントロールされ、彼らが心から望んだオリンピック精神の発揮ということにはならなかった。
 それにしても、この馬鹿騒ぎはどうしたことか。こんな聖火リレーになるなら、次のロンドン大会は聖火リレーの廃止を含めて全面的に検討した方がよい。当初予想されたことではなかったにしても、これだけ世界中で物議を醸し、聖火リレー実施国に対して多大の迷惑をかけて本来の主旨とかけ離れたのでは聖火リレーを行う意味がない。
 聖火隊は、今晩次の目的地、韓国へ向かった。「一難去ってまた一難」とならなければいいが・・・。

                        3492008年4月27日(日) 新書の衝動買い

 さぼりがちの日課の散歩を、いつもの駒沢公園ではなく自由が丘駅に向かいそのまま書店に立ち寄った。多摩大学の次回公開講座では、酒井啓子講師が専門のイラク問題を話されるので楽しみにしているが、いままで酒井講師の著書に目を通していないので、時間的にはちょっと間に合わないが、できる限り事前研修しておこうと書店で書を探してみた。売れっ子学者で、話題の講師でもあるのですぐに見つかったが、つい衝動買いで新書を4冊も購入してしまった。いま話題のチベット関係書は探してみたが、見つからなかった。
 酒井講師の著書は、岩波新書「イラク・戦争と占領」、同「イラクは食べる-革命と日常の風景-」の2冊で、後者は5日前に第一刷発行だから、まだほやほやである。パラパラとめくったばかりだが、なかなかユニークな内容で面白そうだ。ほかに、ロシア関係の新書を2冊求めた。「ロシア・闇と魂の国家」(文春新書)と「インテリジェンス-武器なき戦争」(幻冬舎新書)でいずれも対談形式の内容になっており、2冊とも外務省休職中の佐藤優が対談を行っている。前者の対談相手は亀山郁夫・東京外語大学長で「カラマーゾフの兄弟」の分かりやすい新訳書で一躍有名になったロシア文学家であり、後者の対談相手は元NHKキャスターの手嶋龍一・慶大教授である。いずれも最近のロシア事情に精通している専門家の対談で、きっと内容的にも興味深いものと思われる。
 時も時、いま福田首相がロシアを訪問中で、プーチン大統領とメドベージェフ次期大統領とも会談した。ロシアという国はまったくおかしな国で、憲法の規定により、来月には大統領を辞めるプーチンが、メドベージェフ次期大統領の下で首相を務める。腹のうちは大統領から首相職を罷免されないよう身分保障として、与党の党首を兼ねるというから自分の地位を守るためのウルトラCカードを切ったことになる。
 福田首相がこの時期にわざわざプーチンに会いに行ったのは、洞爺湖サミットの前にロシアに仁義を切りに行ったのだろう。首脳会談の内容は、東シベリアの油田共同開発と北方領土問題解決に向けた話し合いを継続するというものである。前段の話はともかく、懸案の領土問題は愁眉を開くことができるだろうか。領土的野心の強いロシアが、話し合いに応じること自体、前段の話を自国優位に取り込むための単なるポーズだと思っている。

                        3502008年4月28日(月) 政治家の二枚舌

 昨日投票が行われた衆議院山口二区補選で民主党平岡秀夫氏が大差をつけて自民党候補者・山本繁太郎氏を破り当選した。補選とは言え、全国的に注目されていた選挙である。福田首相になって初めての国政選挙であり、全党を挙げて応援していた。自民党にとっては時期的にタイミングが悪く、内容的にも極めて不都合な三点セットが足を引っ張った。暫定税率の復活、年金問題、そして後期高齢者医療制度である。どれをとっても自民党にとって説明の難しい問題だった。結局これらの問題から逃げようとしたことが、選挙民の印象を悪くしたようだ。自民党首脳陣にとってはこの敗北は痛い。山口県は過去には圧倒的に自民党が票を獲得していたから、今後この敗北による退潮傾向は雪崩現象となって、全国に広まるのではないかと懸念されている。
 政治家の不誠実さを露骨に表すのが、選挙後の敗軍の将による弁明である。従来自民党選挙参謀は幹事長が取り仕切っていた。それが、福田首相になってから、党三役の幹事長職の中から、選挙部門だけを独立させて選挙対策委員長と名づけ、幹事長職からうま味だった選挙対策関係職をはずしてしまった。今回の補選で選挙委員長だった古賀誠氏は、負けた悔しさから、民意を反映していないと恨み節を述べていたが、責任のある地位にある者が、軽々しく言ってもらいたくない弁明である。選挙に負けた悔しさから、選挙民の審判を信用しないなら選挙制度自体成立しなくなる。これでは選挙を行う意味がないのではないか。まるで、ビルマの軍政が1988年の総選挙で負けた直後に、反対勢力、国民民主連盟(NLD)指導者のアウン・サン・スー・チーさんに対して、政治が未熟で国家統治に不安があると勝手な言い分を押し付け、選挙結果を受け入れず、政権を渡さず、挙句の果てにスー・チーさんを監禁、幽閉した所業とどこか似ている。古賀氏の抗弁は、世界中から非難されているビルマ軍政の非民主化とかわるところがない。
   そもそもこの補選は、自民党の前職を航空基地の街・岩国市の市長選挙に立候補させ空席になったために行われた。その市長選では、現職市長を破り自民党候補者が新市長となった。いままで航空基地対策で、前市長の要求に苦しんだ自民党としては、勝ったとばかりに新市長と市に対して、ご祝儀の補助金を拠出するようになり、直後には古賀氏は「民意はわが党にあった」と、得意満面で市民を持ち上げていたものだった。それが、今回攻守ところを変え、補選で敗れるやこの言葉が出ることは、二枚舌を使って住民を舐めているとしか思えない。節操がなさ過ぎる。これだから政治家は信用できない。 

                        3512008年4月29日(火) 胸を打つ尺八の音色

 会社の同僚だった鯉江徹さんが、中途退職されて趣味の竹道を歩み始め、腕を磨いて鯉江丈山と名乗って尺八・都山流一門の総帥・師匠になったのはかなり前のことだ。その鯉江さんが支部長を務める日本尺八連盟東京支部主催による本年度の関東演奏大会が、今日日比谷公会堂で開かれた。毎年招待券を送っていただくので、後半部で演奏の「岩清水」「六段の調」「磯馴松(尺八合奏)」に見当をつけ午後になってから出かけた。
 尺八だけに留まらず、お琴と三味線の合奏は整然として演奏され、そのハーモニーは見事なものだった。特に「岩清水」は独奏で、尺八の染み透る音色が耳に心地よく胸に響いてくる。「六段の調」では大勢の尺八演奏者、謡曲、お琴、三味線がいいハーモニーとなって、和楽もよいものだなあとつくづく思う。
 鯉江さんとの思い出で最も印象深いのは、30年以上も前にビルマ各地の戦跡地をともに陸軍航空慰霊団の添乗員として訪ねた時のことだ。その時旧戦跡地で戦没者に対する慰霊祭を行い、鈴木崇之・元第五飛行師団参謀長の詩吟朗詠に合わせて、鯉江さんが粛々と尺八を伴奏された姿が目に焼きついている。寂しい原野に流れる尺八の音色は、参加した戦友の涙を誘った。その時参加された方が、あの時の尺八の音色がいつまでも忘れられないと言っておられたのが、特に印象に残っている。
 その行きがけに自由が丘駅前で自民党の佐藤ゆかり衆議院議員が、中川秀直前幹事長の応援を得て大勢の聴衆を前に演説していたが、解散・総選挙真近と睨んで早くも選挙演説を始めたのだろうか。佐藤代議士は、前回岐阜で自民党から出て、非公認候補者だった野田聖子代議士に敗れ、比例代表で復活した。しかし、次回の選挙では自民党は野田を公認し、佐藤は東京四区で引退する小杉隆・元文相に代わって立つらしい。自民党内のお家の事情は複雑のようだが、いくら知名度が高いからと言って岐阜で出た人が、急に東京から出てもそうは問屋がおろさないと思う。民主党の手塚氏との一騎打ちが面白そうだ。
   自民党は山口県の補選で敗れたが、このうえガソリン税の暫定税率を恥じも外聞もなく明日衆議院で再可決して復活させようと考えている。これでまた自民党の人気は下がると思うが、もっと不真面目なのは、政治家が法律の変更を軽率に考えすぎていることだ。明日暫定税率が復活したら、またガソリン料金が上がり、今月下げたガソリン料金が来月から再び上がることになる。理由は分からなくもないが、そのやり方が国民不在であまりにもお粗末だ。ガソリン・スタンドでは、この一ヶ月間このために振り回されている。結局いまの国会議員は、国民に迷惑をかけるために職に就いているようなものだ。最近の代議士の行動を見ているとあまりにも不真面目で、やはり、現国会議員を全員総入れ替えしなければだめだ。

                        3522008年4月30日(水) また始まった政治家と役人の国民いじめ

 すったもんだした挙句に、先月末決まったガソリン料金暫定税率撤廃を復活させるべく、自民党は衆議院本会議で法案を提出した。民主党議員が欠席したことにより、出席議員の三分の二の賛成を得て、暫定税率復活が決定し、明日からガソリン料金に再び税金が上乗せされることになり、1㍑当り30円前後値上がりする見込みである。
 ひどいものである。国会議員は自らの機能不全により、僅か1ヶ月の間にガソリン料金を上下させる混乱を引き起こしていながら、国民に対して謝罪する気持ちをまったく見せず、「地方によって必要な道路は作らないと地方経済は沈滞するばかりである」と悪びれず尤もらしい持論を述べている。しかし、国民に対して分かりやすい説明が、あまりにも不足しているのではないか。国民がある程度納得できる丁寧な解説と、その理由を政府は説明する責任がある。いまの状態は、ガソリン税は必要なんだ、国民は我慢してほしいと自己主張するだけで、弱いものいじめをやって政治家の無能と無責任を曝け出しているだけではないか。
 政治家がダメなら、役人のデタラメも言ってやろう。今晩二つのTV報道番組で、食品売り場からバターが消えつつあることを特集していた。全国のスーパーや食品売り場で、食事に欠かせないバターが払底している状態を伝えていた。何たる農政の失態か。確か去年か一昨年、酪農農家が牛乳の消費量減少で在庫がだぶつき、橋から川へ投げ捨てて、相当の牛乳を廃棄処分にしていたが、そのツケが早くもやって来た。バターの原料である牛乳が足りないために、バターを作れないというお粗末ぶりである。余ったからと言って、ただ前後の見境もなく牛乳を川へ廃棄してしまったのである。酪農農家も涙ながらに、もう少し真剣に農政に取り組んでもらいたいと訴えていた。農政の大元締めである農林水産省の、甘い需要予測と魂のない国策によってもたらされた大失態である。もちろん農水省には誰も責任をとる職員はいないだろう。これから先当分不足するバターをどうやって手に入れるのか。海外でも中国が、若者の需要増大で10年前に比べ、バターの消費量が40倍に増えているという。
 さあ、どうする。バターと言えば、「大砲とバター」に象徴されるように、戦争に使用される大砲よりも、日常生活ではバターの方がずっと大切である、ということを戦後日本人は骨の髄まで学んだ筈だった。そのバターがないという。米の減反政策と同じ愚を再び犯している。バター生産は最低2年間元へ戻らない。米はほとんど戻りそうもない。この農政の失敗はどう辻褄を合わせるのか。もうこうなったら、役人は必要ない。政策決定は、専門の学者や経済人がやって、実務はアウトソーシングしたらどうか。
 スイスからヤスコ・シュランツさんが母親の世話のために一時帰国中で、今日4年ぶりにお会いしたが、相変わらず元気そうでほっとした。企画したスイス方面のツアーが好評だったのも彼女のおかげである。インテリで親切でパワーフルな女性である。企画したスイスのツアーが好評だったのも、彼女のおかげである。待ち合わせの時間を間違えて迷惑をかけてしまったが、スイス人の性格とか、スイスの生活レベルの話を聞いて考えさせられた。日本とは歴史的にもすべての面で異なる国であるが、凡人の国・ニッポンは、賢人の国・スイスから少しは学んではどうか。