2008 年2月

                        2632008年2月1日(金) 公務員にボーナス支給はおかしい。

 また、中国食品の不衛生ぶりが炙り出された。ここ数日、中国企業が生産した餃子を主とする冷凍食品を、日本のスーパーで購入した消費者が食中毒になったというニュースでマス・メディアの話題は持ちきりである。中国製食品の安全管理、衛生管理については、いまに始まったことではない。中国では品質管理が杜撰過ぎる。ただ、これだけ大きな事件になった過程で、日本の行政が手を拱いていたケースもあった。最初の食中毒が役所に報告されてから、発覚するまでに時間がかかり過ぎている点は、いわゆるお役所仕事の典型である。その他にも何枚かのFAXを送信したら、肝心なペーパーだけ送られていなかったなどというチョンボも公になった。これでもお役人は決められた給料をもらう権利があるのかと問いたい。間違った仕事をして広く国民に迷惑をかけた。
 この一事をもってしても、公務員に対する給与はもっと厳格に審査して、支払う必要のないものはカットすべきだと思う。以下に日ごろ思っている公務員の待遇に関する自論(持論)を書いてみた。
   給料とは違うボーナスは公務員に必要だろうか。どうも納得出来ない。ボーナスは公務員制度のありようから考えると馴染まないし、国民感情から考えても理解し難い。公務員が成績実績報酬であるボーナスを受け取るということは、公僕としての立場と職責を考えればどう考えてもおかしい。国民からは理解を得られないと思う。これまで慣例でボーナスが容認されてきただけに過ぎない。本来民間企業で事業が繁栄し、予想収益を上回る利益を上げた場合に、経営者側が労働者に対して、その労働の成果に報いて、利益の一部を臨時給与として労働者に還元するのが本来の目的である。予定の収益が得られなかったり、赤字の場合当然企業は従業員にボーナスを支給しない。それを考えると決められた業務を実行し、お役目を果たして住民サービスが充分に行き届いたからといって、それは当然の行為であり、民間企業が汗水たらして働いて目標額を上回る利益を生んだこと以上に評価されるものだろうか。決められた業務を行うことによって役所へ臨時収入があるわけではなし、営利目的の民間会社とは存在目的と意味が異なる役所が、ボーナスを公務員に支払うことは役所存在の精神と主旨に反していると思う。それが今まで役人にボーナスを支給することが当然のような理解のされ方は、少し歪んではいやしないか。それに最近のお役所仕事を見てみると、好待遇を受けている割に、責任を果たしていない。失敗して費用がかかると税金で補う。役人には羞恥心がないから、悪事を冒しても開き直る。話にならない。ボーナスがないと給与が減るという主張に対しては、年収額で民間企業の年収と比較調整して、それなりに見合う水準に修正して、月額給与以外支払わないということにすればよい。さらに役人の待遇はボーナスだけに限らず、民間に比べて断然良い。もろもろの付帯給与、好条件、退職後に得る各種の厚遇、すべて民間企業に比べて遥かに恵まれている。こういう国民からむしりとる福利は、断固取り上げるべきである。
   一番納得のいかない点は、役人が取り得、もらい得の卑しい考えが骨の髄まで浸み込んでいることだ。もらい損なうと文句を言い、働かない。だから、収賄事件を引き起こすのではないか。いずれにしても、友人の間でも役人に対する不満が溢れている。どうして、マス・メディアは給与を筆頭に、公務員の恵まれた待遇を追及の槍玉に挙げないのか不思議である。

                       2642008年2月2日(土) 小田実を追想する。

 いま小田実さんについてエッセイを書いている。小田さんには、著書「何でも見てやろう」の通読以来、考え方、行動、文章表現等々の面で大きな影響を受けた。特に、ついぞ参加しなかったが、べ平連の活動で周囲をぐんぐん引っ張っていく、あの情熱と行動力には脱帽だった。あれだけ、利他的なパフォーマンスをやれるということは、能力もさりながら精神的、宗教的に一途なものがないと難しいのではないかとさえ考えてしまう。敬服するのは、自らの行動が利己的な目的のために実行するのではなく、社会のため、一般市民のためという広い度量から生まれている純粋さである。それにしても実に惜しい人を失ったものである。
   先日玄順恵夫人からDVDを送っていただいたが、その1時間もののDVDを見ても、誠実な人柄が滲み出ている。若かったころ、そしてベトナム反戦運動をやっておられたころは、当時の政治家ともかなりやりあっていたが、近年表面的には、かつてのように政治的な運動面で目立つような活動はしていなかった。多分政治家と話し合っても時間の無駄以外の何物でもないということをしっかり悟ったのであろう。
  小田さんの文はいくつも読んだが、やはり「何でも見てやろう」が一番面白い。その中で、こういう文言がある。
 「ギリシャで、いやヨーロッパで、私がもっとも感動したものと言えば、私はためらわずにアテネのアクロポリスの丘をあげるだろう。私にとって、それがギリシャであり、またヨーロッパの、もっと大きく言えば『西洋』というものの、すくなくとも一つの根源であった・・・」
  この言葉に魅了され、私にとってもアクロポリスは憧れの地となった。初めてアクロポリスの丘を仰ぎ見た時は、小田さんに負けず劣らず感動した。その印象をエッセイにも書いた。以来、私はベトナム反戦運動ではいつも「ベ平連」の後ろを追うような活動だったが、その中心には常に小田さんがいた。
   いま憲法が改正されようという流れの中で小田さんのように、身を賭して「九条の会」を立ち上げ活動するような人はもう出てこないのではないか。惜しみても余りある、小田さんの死である。

                       2652008年2月3日(日) 千の風になって

 天気予報通り今朝からしんしんと雪が降っている。昼ごろには雨になるとの予報だったが、ついに降りやまず一日中降り続いていた。都内の積雪は3pだという。一昨年にこんな大量の積雪があったかなあと思うが、とにかく最近では珍しい。幸い日曜日というせいもあり、外を歩く人もあまり見かけないし、車もあまり通らない。我が家の庭に降り積もった雪景色も中々風情がある。やはり、日本庭園の引き立て役は松ノ木と灯篭、そして築地だろうか。
   さて、毎日曜朝に放映されるテレビ朝日の「題名のない音楽会」を機会があれば結構楽しんで見ている。昨年司会者だった羽田健太郎氏が亡くなってから、臨時にいろいろな著名人が司会進行役を務めている。この番組は良い企画で内容自体も素晴らしいが、毎回司会者が代わっていて常連としてはどうも気持ちが落ち着かず安定感がないような気がする。それが漸く4月から指揮者の佐渡裕氏が正司会者を務めることに決まりほっとしている。やはりこういうムード番組は、ある面で視聴者が聞きやすい番組構成と演出にはめることが大切で、それに視聴者が合わせて楽しむというスタイルを作り上げ、踏襲した方がよいように思う。佐渡裕も時折派出なパフォーマンスをやるので、今度はレギュラーとしてどういうショーを見せてくれるか、4月から楽しみにしている。
 今日の企画は「千の風になって」バージョンで、ミリオンセラーとなった「千の風になって」を、日本語作詞並びに作曲、そして最初の吹込みをやった作家・新井満、この曲を歌い一躍ブレークしたクラシック歌手・秋川雅史、ギタリストでギター曲に編曲した渡辺香津美、そして作曲家で千住式編曲をした臨時司会者・千住明がそれぞれ持ち味を出して名曲を披露した。
 新井満氏が言っていたが、死とか墓とか、とかくタブーとされる言葉を取り入れて歌っているので、イメージが暗くなりがちであるが、この曲にはいろんな歌い方があっていい、秋川の歌は、日本晴れの歌だと言っていた。なるほどと思っていると、確かに秋川の歌はテノール歌手らしく声量たっぷりに高音で歌っている。新井本人はと言うと、一番と二番を朗読して、それからじっくり落ち着いて歌っていた。3年前のペンクラブ総会だったと記憶しているが、その前座で新井氏がこの曲を披露され、歌ったときあまりにも上手なので驚いたことがある。それがこの名曲を生で聴いた最初である。その場でCDを購入し署名してもらったとき、新井氏に上手ですねと言ったら笑っておられた。中々聞かせる。個人的には、秋川より新井氏の方が歌い方としては曲に合っているし、上手なような気がする。
 あまり知られていない話だが、その時の新井満氏の説明によると、新潟の親しかった友人が奥さんを亡くされて、友人と子どもを励ますために作った曲だと言っておられた。歌には、ひとつひとつ歴史とか秘話があるものである。

                       266.2008年2月4日(月) 地球温暖化は雲のせい?

 月刊「選択」2月号の巻頭インタビューで、地球変動や惑星科学の分野で業績を挙げ60歳前であるが、紫綬褒章も受章されている、東京工業大学教授・丸山茂徳博士が「二酸化炭素温暖化主犯説に物申す」と突然これまでの世の通説や常識を覆すような反論を展開している。いまになって基本的に二酸化炭素と温暖化は切り離して考えるべきだというのが博士の言い分だ。
  この百年間は温暖化傾向にあったが、これは0.5℃に過ぎず、歴史上異常とは言えないという。1940年から80年に気温は下降しており二酸化炭素主犯説は間違っていると言う。数字の根拠は部外者には分からないが、博士はこうも言っている。「大気の気温を決める最大の要因は雲にあり、雲が1%多ければ気温は1℃下がる」。つまり雲の量を調整できればよいと考えている。あとは専門的な言葉の羅列になり、素人には理解出来ない。
 しかし、こんな大発想を突然しゃべられても困る。二酸化炭素の排出による地球温暖化はすでに国際的にも定着したテーマであり、科学的にも証明されていたのではなかったか。気がかりなのは、こんな大事な学説をいとも簡単に個人的に主張されて、それが正当であるかのごとく丸山説が一人歩きをしてしまわないかということだ。それでも丸山説が正しいならまだ良い。だが、それにしても学者の中で議論を発展させたうえで、大方の意見がそうだと納得したのなら受け入れることは出来るが、「選択」誌編集長のインタビューに応える形で、これまで耳にしたこともない異論を発表されることは、これまでの地球温暖化説に異を唱えるもので、ただ世間を混乱させるだけではないだろうか。丸山教授はその辺りをどうお考えになっておられるのだろうか。
 われわれは、これまで地球温暖化は二酸化炭素の排出量が増えたせいだと思い込まされてきた。それが、突如一雑誌のインタビューに応える形て従来の定説に反する持論を発表することは、一般人を当惑させるだけであり、今後の地球環境行政にも多大な影響を及ぼすものと思う。
 まずは、学会内で意見を一本化したうえで、改めて世間に正しい説を発表していただきたいものである。

                   2672008年2月5日(火) 冬山遭難の他愛ない原因

 一昨日から冬山で遭難騒ぎが連続している。もう7人全員が遭難だろうと悲観的に見られていた広島のケースは、今日になって全員無事だったことが確認された。まずは、ほっとしたところだが、全員が厳しい冬山の気象を舐めていたことは明らかで、相当きついお灸をすえる必要がありそうだ。だが、2日間雪山を食料なし、装備不十分、避難箇所なしで彷徨えば、まず遭難するだろうと考えるのが普通である。幸い彼らが助かったのは、山中にある廃屋に避難したおかげだった。しかし、マス・メディアはそんな決定的なアイテムを見逃していた。調べれば分かりそうなものを、廃屋の存在すら知らなかったのか報道していなかった。マス・メディアの調査力もこんな程度でお粗末に過ぎる。
 ところが、この遭難騒ぎより程度の低い事故があった。愛知大学生の体育実習で二人の女子学生が雪崩により栂池スキー場で遭難死したことである。大学当局もあまり深刻に捉えている様子が見えないが、非常任講師の引率者が禁止された地域へ、禁止を承知のうえで無謀にも入って行ったというのだから呆れた。地元の人たちもこの「掟破り」には一部では憤慨し、とても理解できないようだ。これが大学の授業の一環だというのだから、いまの大学というのは何を教えているのだろうか。授業以前にルールとか法の精神を教えた方がよい。学生のレベルも相当落ちているが、教授や講師陣の思考停止ぶりも似たり寄ったりだ。
 この愛知大学というのは、冬山遭難に関しては前科がある。私が学生時代の昭和38年1月、北アルプス・薬師岳で同大山岳部パーティ13名が集団遭難して世間を騒がせたことがある。頂上付近の太郎小屋に避難しているのではないかと、生存に一縷の望みを賭けていたが、捜索隊が辿り着いた時、小屋には誰もいなかった。朝日新聞社・藤木高嶺カメラマンが「太郎小屋には誰もいなかった」というノンフィクション小説を出版した。当時も大騒ぎだったが、いままた半世紀ぶりに大学の悪しき体質を露呈した。同じ過ちを繰り返すというのは、自分たちの行為を反省していないことと、ルールを犯しても他人の目にさえ触れなければかまわないと考える体質が学内に巣食っているからである。こういう体質を「救いようがない」という。
   この愛知大学というのは、戦前上海にあった東亜同文書院の流れと伝統を継承する大学で、中国関係ではなかなか良い資料を保管している点で一目置かれていた名門校だった。さぞや先駆者や大先輩はがっかりしていることだろう。 
 それにしても今冬、性懲りもなく同じような無反省な事故が他の大学でも起きなければ良いが・・・。

                   2682008年2月6日(水) アメリカ大統領選の行方が気になる。

 国内では1週間前に発覚した中国冷凍食品の餃子中毒事件で、両国捜査当局も現場立ち入り調査やら対応で大童の様子である。
 一方アメリカでは大統領選へ向けて各州の民主・共和両党の予備選やら、党員集会が重なる昨日が、スーパー・チューズデイとして日米のマス・メディアの注目もヒートアップしている。時差の関係で日本時間では今朝辺りから少しずつ情報が入って、出だしは民主党ではオバマ候補が勢いづいていた。夜のニュースでは、22州のうち21州が決定してオバマ氏が13州、ヒラリー・クリントン氏が8州を抑えた。普通に考えるとオバマ氏が優勢と見られるところだが、如何せむ、このアメリカの大統領選出方法は、すんなりとは理解できない。代議員と称する本番で投票権を有する人の獲得数が決め手になる。代議員の獲得数だとヒラリー氏が若干リードしている。いつもならこのスーパー・チューズデイの結果で、ある程度勝敗の帰趨が決まるのだが、民主党の場合はまだ予断を許さない。日米の評論家諸氏がみんなそう言っているから、当分決着はつかないだろう。共和党は、マケイン氏が他の二人の有力候補者を圧倒してこのまま優位を保って八月の党大会までには決定しそうだが、まだ当分目を話せない。
 それにしても今日も株価が大幅に下がった。NY株式市場の下落の影響が大きいようだが、日経平均が700円近くも下がった。今日の終値はまたも13,000円割れ直前である。日経平均で5,000円分の下げは、政治と行政の責任だというのが、日経誌の意見である。にもかかわらず日本政府の首脳は何と暢気なことだろう。質問されてもいつも通りはぐらかし、福田首相に至っては、記者に逆質問して憂さを晴らしているありさまだ。説明もなく、対策もない。無能無策の政治家が、道路特定財源を死守する時だけ元気を出す。世界経済は荒れ模様であるが、皮肉を言えば、日本は静かで本当に平和な国である。

                       2692008年2月7日(木) 寺島実郎氏出版記念講演会

 マス・メディアでもてもての寺島実郎・出版記念講演会の案内状をいただいたので、出かけた。会場の日本工業倶楽部ビルも、東京駅丸の内口前に建つ中々由緒のあるものらしく、鹿鳴館風で重厚な感じだ。こういう明治、大正期の建物はどんどん姿を消していく。銀座にある交詢社ビルだって、古めかしかったが中々趣のある雰囲気が気に入っていたが、いまは高層ビルに建て直されて単なるビルに変身してしまった。
 寺島氏は、単独で17冊目、共著も入れると25冊目というのだが、これだけ多忙を極めながら、いつも斬新な知識と資料を背に、新しい切り口でずばりと解説するところが小気味よく、それがマス・メディアに大受けするところだろう。私もいつも論理的に筋が通り、分析力に裏打ちされた寺島理論には感銘を受けているところである。講演に先立ち、3人のゲストがお祝いの挨拶をされた。最初は新著「脳力レッスンU」の発行元・岩波書店山口社長、次いで朝日新聞社・箱島元社長、三人目がアジア開発銀行等で活躍されたアーサー・ミッチェル氏だった。それぞれ個性的な挨拶の中で、寺島氏の類稀な調査力に感心しておられた。山口社長が解説された「脳力とは、物事の本質を考える力」になるほどと思った。前著「脳力レッスン」は、情けないことに購入しておきながらまだ読んでいないが、寺島氏の話を聞くと、充分な資料を集め、分析し、現地を調査して、寺島流理論を生み出していることに頷ける。
 寺島氏の講義で、事前に配られたレジュメと実際の話を併せ考えても、新聞やテレビでは教えてくれない数字がいくらでも出てくる。その中でも「大ロシア主義」とか、中国本土だけではなく、香港、台湾、シンガポールを含めて中国人社会全体を構成する「大中華圏」の捉え方と分析には、目から鱗である。そして、氏が強調したのは、「現場主義・現場感覚」と「国内の知的基盤の劣化」だった。寺島氏は自ら産官学を実践しているという。産は三井物産で、学は早大客員教授として、官は日本総合研究所会長としてやっているが、元気な時にやらなければならないと思っているのは、この知的基盤の強化であり、それは官的な財団のシンクタンクではなく、さりとて野村総合研究所のような民のシンクタンクでもない。それらは限界があるという。氏の狙いは、本来目指すべき制約のない、成果が上がる中立のシンクタンクである。ひもつきではない、ブルッキングス研究所のような組織を立ち上げたいとつい本音を漏らした。
 終わって会場を変え懇親会に移ったが、顔見知りの人もいて、知研関係者では久恒理事長、さがみ信金の石川均氏、エーザイの浅尾悦子氏、それにふるさとTVの角広志氏にもお会いした。多摩大学名誉学長・野田一夫先生には以前にもお会いしているが、寛いだところで冗談半分に、寺島氏の理論と弁舌は素晴らしいがお話する時の態度が少々お行儀が悪いですねと話したところ、なるほどと言って直接本人に話してみたらと仰った。感想を率直に話したまででそんな気はないので、それでおしまいにしたが、野田先生もとても洒脱で愉快な人である。
 帰り際に軍事評論家・アナリストの小川和久氏にお会いして立ち話をした。小川氏は1月にトラベル懇話会で旅行業界のお歴々を相手にお話をしたということだった。私も現役のころ2度ほど講演をした会である。小川氏は旅行が好きで、出張でもすべて自分で旅程を組むと言っておられた。テレビで見る通りとても感じのよい方だった。
 結構面白く有意義な出版記念会だった。やはりいま旬の人の集まりは活気があり、話題もあって楽しい。

                       2702008年2月8日(金) 何と言っても健康が一番

 今日は健康に関する話題を3つ。
   両膝の炎症が回復途上で何とか良くなりつつあり、あと一息のところまできていながら先月の血液検査の結果は、炎症度数が再び悪化して松本先生ともどもがっくりして頭を痛めていた。
   しかし、自覚症状としては大分良くなり、一時は階段の昇降に往生していたのが、今ではほとんど心配がなくなっていた。ところが、2〜3日前から左膝だけ痛み出し、昨日から大分きつくなり、今朝になって階段の上り下りにも不自由するようになった。これはまずいと通院中の松本整形外科へ駆け込んだ。X線で診てもらったが、骨には異常がないとのことで、多分一時的な痛みだろうと湿布することになり、しばらく様子を見ることになった。
 それにしても少々情けない。かつては健康優良児だったムッシュ・コンドーはどこへ行った?
 偶々今朝NHK番組でプロスキーヤー・三浦雄一郎さんが75歳にして、今年再び最高齢でエベレストに挑戦する話を再放送していたが、両足に鉛の錘をつけリュックにも錘を入れて毎日30分から2時間、町を歩いて歩行訓練しているという。三浦さんほどではないにしろ、もっと鍛えないと体力、健康面でどんどん後退、老化していくのではないかと心配になってくる。それにしても三浦さんのチャレンジャー精神には脱帽だ。
 夜のNHK「プレミアム10」では、甲状腺癌により手術を受けた韓国人テノール歌手ゼー・チェンチョルさんの歌手としての復活を賭ける苦闘を紹介していたが、歌手にとって致命的な喉の手術を再三に亘って受け、リハビリで再起を期す様子を、力づける日本人音楽プロデューサーの美談を織り交ぜながら、ドイツと日本を舞台にドラマ風に構成していた。何年に一人というくらいのテノール歌手の美声に魅せられた、日本人プロデューサーの涙ぐましいほどのバックアップぶりと、挫けそうになる歌手に対する家族ぐるみの愛情で前向きに進もうとする歌手の努力、そしてその二人の誠実な友情も興味をそそる。
 結局人生で一番大事なことは、何と言っても「健康」であるということを改めて思い知らされる。

                   2712008年2月9日(土)  前日本遺族会会長・中井澄子さんご逝去

 昨日の朝刊訃報欄を見ていて、また一人印象深く、お世話になった方が亡くなられたことを知った。前日本遺族会会長・中井澄子さんである。享年90歳だった。
 1970年代の半ば、太平洋戦争戦没者遺骨収集事業に関して、日本政府が中部太平洋地区でお世話になっていた、当時の国連信託統治領マリアナ諸島の高等弁務官アダ・ギルバート夫妻を当時の厚生省が日本に招待した時、日本遺族会の婦人部長を務めておられた方で、その後日本遺族会初の女性会長を務められた。なかなか頭脳明晰な方で一際目立って存在感のある女性だった。
 その当時、たびたび厚生省や、日本遺族会へ伺っては多くの幹部の方に懇意にしていただいたが、中部太平洋地区の遺骨収集事業を毎年ご下命いただいていた関係で、ギルバート夫妻の羽田到着から見送りまでの間、ずっとつきっきりで行動を共にすることになった。当時の厚生省援護局丸山課長ともども都内観光から、一泊二日の箱根観光までずっとお供した。帰国前日になって九段会館で晩餐会が開かれ、その折始めて当時の日本遺族会・村上会長、中井婦人部長に紹介され、その席で通訳まがいのお手伝いをしたことを懐かしく思い出す。中井さんからは、その場で「ご苦労さまです」と慰労の言葉をかけていただいた。その後、サイパン出張の折に高等弁務官事務所を訪れ、ギルバート高等弁務官に直接記念写真を手渡しして喜ばれたことも懐かしい想い出である。
 財団法人日本遺族会のネットワークは全国の隅々まで行き渡り、政治的、且つ社会的に強固な組織は九段会館内にある事務局を中心にして、その組織は中央集権制になっており、幹部、並びに職員はほぼ男性中心に構成されている。奈良県の中井さんのような地方出身の女性が、会長職まで務められるのは空前絶後で極めて異例である。それだけ中井さんの能力と活躍ぶりは際立っていたのではないかと思う。言うべきことは毅然として主張される、大変芯の強い立派な方だった。お会いしたのはほんの数回であるが、いつも和服をお召しになっておられる素敵な女性だった。今でも印象に残っている女性のお一人である。心よりご冥福をお祈りしたい。       合掌                                                 
2722008年2月10日(日)  軍政ビルマがまた変なポーズを取っている。
 またまた始まったビルマ軍事政権のアドバルーンである。今年5月に国民投票を実施して憲法を制定し、2010年に複数政党による総選挙を実施すると国営テレビを通じて発表した。
 昨年秋の僧侶を含む一般市民の反政府デモで日本人ジャーナリストが殺害され、世間を大いに騒がせたが、デモを武力鎮圧した軍政は、その後まったく音なしの構えだった。強権政府が民主化運動を次々に弾圧してきたこれまでのやり方から推して、今回の思わせぶりのポーズは額面通りには受け取れない。実際1990年5月に行われた総選挙では、アウン・サン・スー・チー率いる国民民主連盟(NLD)が選挙で勝ったにも関わらず、言いがかりをつけ政権を民主化勢力に渡さず、逆に指導者のスー・チー女史を自宅に軟禁してしまったくらいである。
 海外のメディアも軍政のステートメントを懐疑的に見ている。基本的に民主化は一向に進められていないからである。それはニュース取材の方法でも分かる。ニュースソースは朝日、日経ともに現地特派員による取材であるが、いずれもラングーン(ヤンゴン)からではなく、バンコック駐在員からである。依然として軍政は、マス・メディアに入国査証を許可していない。そこにはどうしても政治的時差が生まれる。
 昨年暮れにニューヨークのマ・テン・チーさんから綿々と綴った手紙を受け取ったが、30年ぶりに帰国してがっかりしたと書いてあった。
  われわれビルマ・ファンにとっては、一刻も早く民主的な総選挙を実施して、民主国家・ビルマとして独り立ちして欲しい。
   一昨日左膝の痛みがひどくなり、かかりつけの整形外科で診てもらい一時的な痛みではないかということから、患部を湿布して温めないようにして2日間風呂にも入らなかった。実に不思議なことに昨日になって少し痛みが和らいできた。階段も片足で一歩一歩ゆっくり上っていたが、それも少しずつ回復し、片足を引きずりながらも左右を交互に上下出来るようになった。それが今日になってさらに具合が良くなり、大分痛みも消えて嬉しいことではあるが、なんだか変な感じである。随分単純だなとも思う。夕方になって痛みがほとんど消えた。しかし、どうもよく分からない。なぜこの一週間ばかり急に痛みが出て、先生に診てもらったとはいえ、患部に特別な処置を施したわけではない。湿布をしただけである。先生のお見立てでは、一時的な痛みというものがあるので、それかも知れないとは仰っていたが不思議だなあという感じである。でも、回復してきたのでほっとした。今夜は3日ぶりに風呂にも入った。年は取りたくないとつくづく思う。やれやれである。

                       2732008211日(月) 新岩国市長に米機動部隊受け入れ容認派

 昨日気になっていたビルマの民主化路線のポーズが、なぜこの時期に発表されたのかとの疑問に対して、早速今朝の朝日紙面に上智大学根本敬教授が「五輪を意識した中国の圧力」と説明している。北京五輪をスムーズに開催したい中国が、ビルマ軍政を支援しているとの国際的な非難の声を和らげる目的で、ビルマ軍事政権を説得し、譲歩を迫ったのではないかとの解説である。なるほどと頷ける。では、中国はもうひとつ批判を浴びている、スーダンのダルフールにおける虐殺事件はどう解決しようとしているのか。これには相変わらずだんまりを決め込んでいる。いま中国は、世界中で問題を起している。困ったことだ。
 昨日山口県岩国市長選挙が行われ、戦前の予想に反して岩国基地に米空母艦載機部隊を受け入れることを容認する新人、福田良彦・前代議士が、現職で反対派の井原勝介・現市長を破って当選した。これまで基地の街、岩国市は度々受け入れ容認か、反対かで揉めて、今回も移転問題の民意を問う、実に3回目の選挙である。選挙結果により、早晩機動部隊は受け入れられるだろう。しかし、この選挙の結果から今後の市政の難しさが予想される。全国的に高い関心を呼び、投票率も前回選挙(65.09%)を大幅に上回って76.26%に達したので、結果は民意に近いと思う。しかし、問題は獲得票が容認派(47,081票)、反対派(45,299票)、どちらへ転ぶか分からなかったくらい接近しており、市民の圧倒的な支持を得たわけではない。しかも、出口調査によれば新市長に投票した有権者のうち、移転容認は僅か3割だったようだ。市財政の困窮が補助金なしには、切り抜けられないことを知った市民が、已むに已まれず選択した苦しい決断だったのではないか。市民の意見は二分されたわけであり、今後市政運営は爆弾を抱えながら進めていくことになる。
 問題の根は深い。これまで圧倒的な勝利を治めてきた前市長としては、市民の支持を得られると多少楽観視していたかも知れない。だが、断は下された。「容認」と引き換えに新市長は、政府から止められていた補助金を受け取ることが出来るだろう。しかし、市を真っ二つに割った選挙結果により、市民から全面的な協力を得られるのか。今後新たに起こるであろう騒音問題は大丈夫か。また、どうやって市政を抜本的に建て直していくのか。着任早々重大な決断を迫られる。
 それより、今回のよろめき市政を仕掛けた張本人は、言うことを聞かない前市長に対して汚い術を使った日本政府である。アメとムチを目の前に見せて反対派を揺さぶる、政府の兵糧攻め手法である。補助金を機動部隊容認のご褒美に見せかけるなど、人の気持ちを秤にかける人非人的やり方である。是は是、非は非として、国家は一地方都市に対して、もう少し血の通った対応が考えられなかったものだろうか。

                       2742008年2月12日(火) 酒好きの会「酒のペンクラブ」にご参加を

 午後月例のJAPAN NOW観光情報協会の観光セミナーで、前スイス政府観光局の鈴木光子氏の講演を伺った。生憎ご持参のパワーポイントが起動せず、いろいろ手を尽くしたが使用出来なかった。他人様の機器を使用する時は、よほど慎重に準備しないとこういうことも起こりうる。
 内容的には観光局内部で働いた人でないと分からないことや、気がつかない点について分かりやすく説明された。スイス人気質についても話されたが、中で感銘を受けたことは、何事においても国の政策はすべて住民投票の結果に基づいて動いているという点だった。
 私も2点質問した。ひとつは、トラックの高速道路料金がべらぼうに高いのは、EU発足時に外国籍の物流トラックがスイスを通り過ぎるだけで、スイス国内には公害を撒き散らしながらスイスに何の経済効果ももたらさないと、国民からも批判の声が上っていた。トラックの高い高速道路料金はそれを阻止するために、設定されたのではないかと確認した。
  もう一点は、スイス・モビリティ活動で、スイス国内に自動車道路以外にハイキング、サイクリング、マウンテン・バイク、ローラースケート、カヌーのルート作り、総延長16,400kmの計画があるとのことだったので、少し距離が多すぎるのではないかと質問した。結局スイス人にとってはそんなに長い距離ではないし、実現真近であると聞いて、スイス人の考え方と計画性に感心した次第である。
 夜は、「酒のペンクラブ」2月会合が溜池の「酒菜・おかず」で開かれた。最近会員になったばかりなので、初めて出席した先月に続いて参加した。この会には独特の雰囲気と持ち味があるようだ。立派な月刊紙「酒だより」も発行している。すでに創立以来30年になるという。一昔前の風流や典雅を愛する人たちが集まっている風情も感じられる反面、酔っ払って道路上に大の字になって仰向けに寝込んだり、立ちしょんべんしたり、今どき珍しく酒道における豪の者が多い。会の名前の通り文人が多いようで、出版社勤務の人、書店経営者、新聞記者、それに会社勤めの人、リタイアした人、揃ってお酒大好き、話大好き、人間好きな人たちが一ヶ月に一度東京のど真ん中で、会合と称して飲み比べ、味比べをやっているようである。言うならば無礼講である。溜池界隈の一寸気のきいたお店で、安い会費、持ち込み自由というのだから、今どき珍しい。全国の日本酒、焼酎、ウィスキーを偶々用立てることが出来た会員が持ち寄り、他の会員がこれをご馳走になるという趣向だ。前回は、キューバ産の蒸留酒を持参した女性もいた。それでいて飲みたい人はビールもやって会費が高々4,500円だから、時勢柄こういうお店を探す幹事さんも大変だなあと新人会員は率直に思う。中々ユニークな人が多くて話は楽しいし、安い銘酒は飲めるし、飲み場所を知らない、貧乏呑ん兵衛にはこんな有難い会はない。よろしかったらぜひ会員になることをお勧めしたい。

                       275.2008年2月13日(水) やっと判ったソウル市郊外倉庫大爆発事故

 今日も昼と夜に予定があった。昼は、「JAPAN NOW観光情報協会」の企画会議で、5月開催の同協会総会提案議題について検討する理事会の話し合い事項決定のための会議である。総会の準備のための準備のような会議で、昨年亡くなった橋元副理事長の後任推薦、新理事の紹介があった。
   夜は、新宿「隋園」で「知的生産の技術研究会」八木会長と杉沢幹事の決算書類の確認に秋田事務局長とともに立ち会う。高校の先輩である杉沢さんは、以前から親しくご交誼いただいているので、その後の八木会長主催の食事でも四人で気さくに話し合いながら楽しいひとときを過ごすことが出来た。秋田さんも知研女性事務局長として、平素より万般に亘り会長を助けて会の運営に尽力してくれている。献身的なボランティア活動で、会にとっては大変ありがたいことである。
   さて、先日来気になっていた韓国ソウル市郊外利川の倉庫大爆発事故について、元朝日記者のお二人に尋ねてみたところ、ご存じなかった。事故発生の1月7日夜のテレビニュースを見ていなかったなら知らないのは当然であるが、ニュースの内容を話したらお二人とも信じられないというのが第一声だった。実際一旦テレビで報道されたニュースが、ある時を境にぷっつんと遮断され、以後まったく伝えられないなんてことは、通信網が発達している今日、誰が聞いても信じられない話である。「JAPAN NOW観光情報協会」の事務所で、インターネットで検索したところ、「あった!」。記事が見つかった。朝鮮日報紙で報道されていた。すでに、50人が亡くなっていた。被害者への補償がこじれているとも書かれていた。そのWEBサイトの大事故に関して1月9日付本稿「ご意見番の意見」が掲載されていた。丁度おかしいと思った気持ちを書いたブログである。ご意見番も格が上がったものである。事実は事実として、事故は実際に発生していたのである。かつてNHK「私の秘密」で「事実は小説より奇なり」と高橋圭三アナが口を切って始まった番組があったが、まさに事実は奇である。
   では、どうして韓国では報道されていることが日本国内では報道管制が敷かれてと言ってもよい状態なのだろうか。何か隠された秘密があるような気がしてならない。なぜ日本のマス・メディアは追求しないのだろう。
   一昨日疑問が氷解しないままこの疑問について、朝日新聞「声」欄に投稿した。取り上げてくれるかどうか判らないが、マス・メディアとしては当然追求すべき問題だと思っている。
   話題を変えよう。昨日のアメリカ大統領選挙戦、民主党の候補者争いは、スーパー・チューズディ以降7つの州でオバマ候補がすべてクリントン候補を破り、ついに代議員獲得数でも逆転した。クリントン候補の1185票に対して、オバマ候補の獲得数は1208票となった。ここへ来てオバマ候補が一歩先んじた感がある。しかし、まだ予断を許さない。

                       2762008年2月14日(木) 悲しいかな、南大門消失

 3日前の夜、韓国ソウル市内の中心にある韓国歴史建造物の象徴的存在だった南大門が放火により焼失した。南大門は韓国国宝第一号で、消火作業の近くで心配そうに見つめる韓国人が焼け落ちた瞬間、泣き崩れるシーンが放映され、身につまされた。その前を何度か通ったことがあり、また韓国人のプライドでもあることを知っていただけに彼らの気持ちが痛いほどよく分かる。
 600年前に建造されたこの木造建築物は、いまも韓国の人々にとっては大切な文化財であり、国民の心のよりどころであっただけに惜しみても余りある。1950年に日本でも同じように、金閣寺が修行僧の放火によって焼失した。いずれも同時代の貴重な建造物だった。ただ、どうも解せないのは、これだけ大切なものがどうしてこんなに警備の手が薄く、簡単にホームレスが入り込み、放火されてしまうのか。なぜ防火用のスプリンクラーも設置されていなかったのか分からない。それに、消防と文化財保護担当者との縄張り争いのような両者の間に齟齬を来たしていたような憶測もあり、消火活動がスムーズに出来なかった点も指摘されている。それにしてもやはり管理が甘かったとしか言いようがない。消防士も悔し涙を流しながら、消火出来なかったことも悔しいが、国宝を失ったことがもっと悔しいと話していた。元ソウル市長で、次期韓国大統領の李明博氏も早速現地を訪れた。再建されるとのことだが、所詮本物ではない。同じところに同じ形をした、同じデザインの建物が建ってもそれは、はっきり言って偽物である。一旦失ったものは大きい、そして、永久に帰ってこない。国宝や重要文化財を管理する人は、こういうことも念頭に本腰を入れて防止策を講じて欲しいと思う。
 さて、昨日検察長官会同において、鳩山邦夫法相がまた呆れた発言をした。昨年鹿児島県警の捜査手法が冤罪だったとの決着がついていた事案を、蒸し返して冤罪と呼ぶべきではないと考えているというような発言をして、当事者、常識人を怒らせ、世間を呆れさせている。これほど失言・放言を繰り返す大臣、しかも法の番人である法務大臣はそう滅多にいない。大臣としてのセンス、資格がないし、本来大臣になってはいけない人だったのだ。つい最近も友人の友人はアルカイダだどととぼけた発言をして世間の顰蹙を買ったばかりである。
 現行の死刑制度についても、刑が確定したら自動的に刑を執行出来ないかと不謹慎な発言もしている。この人は苦労をまったく知らず、世の中のことが全然分かっていない。こういう人がトップにいる法務官僚もたまらない。もっと頭にきているのは、国民である。親から「選挙で当選する印籠」を世襲しただけの世襲議員はこれだから困る。いつも騒ぎを起すのは、世襲議員ばかりではないか。こんな放言・失言癖のある人は、また近いうちに放言をやりかねない。安倍首相に任命されたからといって、そのまま引き継いだ福田首相の任命権者としての責任が問われないわけではない。福田首相は一日も早く鳩山法相を罷免すべきである。 

                       2772008年2月15日(金) 市川昆監督作品・映画「ビルマの竪琴」

 映画監督の市川昆氏が亡くなった。大変話題の多い監督だった。ヘビースモーカーとしても知られていた。監督をされた東京オリンピックの記録映画が、芸術か記録かと論議を呼んだことが懐かしい。凝り性の市川監督は、随分多くの名画を撮ったが、本人が納得しないともう一度同じ映画をリメイクして撮った。私自身どちらかというとあまり映画は観る方ではないが、市川監督が撮った2つの「ビルマの竪琴」だけは、いずれも観た。第一作はモノクロで安井昌二が水島上等兵を演じた。第二作はカラー映画で中井貴一が主演した。なぜ監督はこの映画を2度も撮ったのか。今朝の日経「春秋」によれば、「赤い土の色、僧侶たちの黄色い衣、金色に輝くパゴダをカラーで撮りたい」渇望を忘れられなかったからだそうだ。確かに赤、黄色、金色はビルマを象徴するカラーと言えば言える。しかし、監督が惚れこむほどビルマを表すのにカラーに魅力は感じない。私は、第一作のモノクロ映画の方が、ビルマの落ち着いた雰囲気をよく表していると思っている。
 映画は現地ロケを敢行したが、ビルマにおいては非現実的なシーンをいくつか撮っている。私自身かつてビルマへよく行っていた頃に、2つの点でビルマの人たちから教えられたことがあった。ひとつは、第一作で日本兵が土足のまま、ラングーンの象徴、シェ・タ・ゴン・パゴダ内を走り回るシーンで、あの光景はあり得ない。確かにあそこでは靴を脱がなければ、上へは上がれない。二つ目は、お坊さんが楽器を奏でることは絶対ないということだった。修行する僧侶が悦楽のための楽器なんか絶対に弾くことはないと強く言われた。小説の内容は、なかなか日本人の琴線に触れるストーリーで、戦後まもなく刊行されたこともあり、戦地に残る日本兵のことを考えると身に詰まらせられて、つい涙もろくなった時代性が背景にあった。原作者の竹山道郎氏は元一高の教授だったが、残念ながらビルマへ行ったことがなかった。それが、細かい点で整合性を欠く結果になってしまった。
 まあしかし、小説も映画も良かった。市川監督のご逝去でついビルマに話が行ってしまったが、国情が落ち着いたら再び行ってみたいと思っている。国民性が素晴らしく、懐かしい国である。

                   2782008年2月16日(土) 学習指導要領の改定

 文部科学省が、学習指導要領を改定する。09年度から段階的に移行して、小学校が11年度、中学校が12年度から全面実施する。「ゆとり教育」に対する懐疑的な声がかなり出ていたうえに、国際的にも日本の児童・生徒の学力低下がはっきりしてきたので、改定には大きな反対はないようだ。
 しかし、「ゆとり教育」が問題ありとするなら、当然精査して、まず不十分な箇所を補う方策を考えてみるのが、教育のような地道なアイテムにとっては最も大切ではないだろうか。徹底的に議論を重ね、時間をかけて解決していくことこそが、教育には大切だと思うが、ダメと断定してばっさり切ってしまう点は、とかく優柔不断の日本人にしては珍しい。これでは「ゆとり教育」は何だったのかということになる。少なくとも「ゆとり教育」が検討され、それを取り入れるために充分分析され、そのうえで新しい道へスタートしたはずだった。それを草木もなびくが如く、すべてアンチ「ゆとり教育」というのでは、徒に時間を浪費していただけだったということになる。現場の教師や、生徒のことを考えずに、統計結果だけを捉えて概念的に決めてしまうやり方は、どうだろうか? あれだけ「ゆとり教育」を大騒ぎして鳴り物入りでスタートさせていながら、10年足らずで方針転換だから、現場に関わっている教育者が一番苦労されているのではないだろうか。
 今度の改定では、授業時間数が確実に増える。特に、理数系の授業が大幅に増える。しかし、教師の数は充足されているのか。文系ならともかく理数系の教師の養成が大丈夫なのか、おいそれと充足出来るとも思えない。すると、従来の理数系の教師に負担がかかることになる。「ゆとり教育」で評判のよくなかった「総合的な学習」は、すでに授業時間数が減らされているらしい。授業時間が増える分は、「総合的な学習」が削られるようだ。
 そのほかには、数学で3.14を条件付きながら、3.1として計算してもよいなどと馬鹿げたことを言っていたが、案の定今後は再び3.14でなければならないということになった。
 最大の問題は、表向きは教育はもっとも大切と言っておきながら、本音としては金を稼がない文部行政は、政治家からは最も軽視されている。すべて文部官僚に任せ、事が起こればポーズとして動く。それが証拠には、一番長期的な戦略が求められる仕事であるにも関わらず、結論だけは短期的な即決を求めていることからもみてとれる。

                2792008年2月17日(日) 日本語の乱れ

 一昨日新潟から一時帰っていた次男が今日新潟へ戻った。やはりその土地に住んでいる人間から聞くとなるほどと思うことがある。一つはガソリン代について聞いた話だ。車がないと仕事にならないようだが、ガソリンの需要が多い地方都市なので、経済原則から言えば安くて当然である。ところが輸送費がかかるのか、逆にガソリン代はかなり高いらしい。やはりこういう問題は、現地に住んでみないと分からない。二つ目は、新潟は雪国であるだけに人々は雪に慣れ、雪について詳しく知っている。雪が降ってくるのを見て、この雪は積もるか、積もらないかを即断出来ると言って感心していた。
 今年は全国的に積雪が多く冬山の遭難者も多い。ところが、油断したのか航空機の人為的なミスが札幌・新千歳空港で起きた。日本航空機が離陸しようと滑走路を飛び立つ寸前に、同じ滑走路の前方で着陸したばかりの同じ日航機がまだ残っていた。雪で前方が見えなかったというパイロットの証言だが、札幌は冬になれば毎日雪が降るので、その対策は充分やっていたはずである。管制官のいう通り鸚鵡返しに繰り返せばよいのに、違う言い方をしたらしい。マニュアル通りに操作していなかった。これは、明らかに慣れからくる油断だ。幸い事故にはつながらなかったが、生命に関わる事故と連動しかねないだけに、航空会社は乗務員を再教育して、マニュアルの再点検を徹底して欲しい。
 昨日文科省による学習指導要領の改訂が発表されたが、国語については、適切に表現し正確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高める云々とある。皮肉なことに、今朝の日経紙最終頁のエッセイに作家・工藤美代子氏が「原宿はらはら」というテーマで、最近の原宿風景を描写していたが、近頃の女子中学生の服装と言葉遣いの乱れに呆れ果てていた。長い間住んで愛着もあり懐かしい原宿だが、とても住んでいられなくて最近引越ししたそうだ。
   今朝の「天声人語」にも最近の言葉遣いには、会話を弾ませる大切な熱を奪う言い回しが多いと嘆き、その例として「自分の中では・・・」とか、「わたし的には」、「〜かな、みたいな」という表現が間々見られると指摘している。文科省は精一杯やっているのだろうが、言葉の破壊に力を貸しているのは、間違いなくテレビ局だろう。あまりにも愚劣なバラエティ番組で低級な笑いを誘って、程度の低いタレントが程度の低い視聴者に迎合している。このまま日本語が破壊され続けると、日本の古典はいずれ外国語になってしまう。

                      2802008年2月18日(月) 寺島実郎氏定期講演会

 「知的生産の技術研究会」の定期講演に、顧問を務めておられる寺島実郎氏の講演をお願いした。毎年大体この時期の恒例として寺島講演会も定着して、毎年決まって聴講に来られる人もいる。昨日八木会長から受付の手伝いをして欲しいと依頼されたので、少々早めに会場のテラハウスへ出かけた。
 高校の先輩である天野武和さんと和田正温さんもお誘いしたら快く参加してくれた。やはり寺島人気で熱気が溢れ、会場には100名を超える受講者が待っておられた。寺島さんの講演は、7日に伺ったばかりだが、その時は前段に大勢のお祝いの挨拶やら、その後のパーティもあり、中に挟まった寺島さんご自身の講演はほんの30分程度だったので、何となく物足りなく消化不良の点があった。今日は、質問も交え2時間たっぷり時間をとってくれた。
 寺島さんの話は、相変わらず核心をずばりと突く小気味よさがあり、いまナウい話題を捉えては次から次へ関連づけて解説してくれて、聴く者を納得させてくれる。話に数字の裏づけが伴うので、とにかく説得力がある。講演時間がたっぷりだったおかげで、前回に比べ論点を掘り下げて、分かりやすく説明してくれた。
 前回同様中国の巨大さ、進展について、アメリカとの対比の中で日本がいつまでもアメリカの後追いでよいのかとの問題点を再び指摘された。
 いまの日本経済力低下を救うために、輸出に有利な円安誘導を唱える声があるが、過去湾岸戦争時に原油価格高騰を凌いで経済破滅を防止出来たのは、国内産業成長によって培われた底力と、外国経済の波を円高によって吸収したものであり、一概に円安、低金利がよいとは言い切れない。また、企業物価指数として素材原料と最終財の極端なギャップや、ワーキングプア、さらに失われた10年についても熱をいれて話された。
 今回特に力説していたのは、空海についてだった。昨年夏高野山のセミナーで講師を務めて、改めて空海を学んでいるという。空海が理工系の人だったとは初めて知った。
   日本国内には、科学で飯を食えない。そのようなプラットフォームが整備されていないと嘆いてもおられた。まだまだ書ききれないほど話されたが、受講者は私語もなく熱心に聴いておられた。ほとんどの人が満足されたのではないだろうか。終わってから、天野さん、和田さん、それに「JAPAN NOW」の杉さんに感想を尋ねたら、とても良かったと言っていた。こういう講演会は主催する方としても、やりがいがあって楽しい。

           2812008年2月19日(火) 中條高徳氏の気炎溢れるセミナー

 永田町の憲政記念館で、第2回「ふるさとテレビ」顧問セミナーが開かれた。先月の第1回は、当日になって喉が痛み出して参加出来ず、今日初めて出席した。講演会場でテーブルに着席してカレーライスを頂きながら、講演開始を待った。
 講師は、アサヒビール名誉顧問・中條高徳氏で日本の伝統、文化、しつけ等について、全国で元気のない現代人の心に「活」を入れておられる。日本は国家としての緊張感が足りないとも言われた。今年81歳とはとても思えない、張りのある声の通る元職業軍人である。
 主に「ふるさと」について話された。「ふるさと」と「戦争」について、ご自分の強い思いと信念をお持ちの方である。自分の存在、生活、人生の原点は、自分の「ふるさと」であることを忘れてはならないと強調された。「ふるさと」は母親の子宮であり、自分は十月十日間母の子宮で育ち、しかも自分が選ぶことなく育った場所であるとの強い気持ちについて熱っぽく話された。
   元職業軍人、そして元陸士60期生としての強いプライドと戦争観を持ち、「いかなる戦争においても国際法が適用されるべき」「勝者の論理が優先するのが戦争」と捉え、大東亜戦争について、また日本の敗戦についても持論を話された。職業軍人としては国家のために身を捧げることで国家に貢献する。国際法に則り、日本は止むを得ず戦争を始めた。敗戦は力が足りなかったからだと仰る。敗戦後、日本人にとって最大の願いは、国体の護持であったが、戦後処理、憲法制定はすべて勝者の思い通りになされた。しかし、日本人の気持ちは、アメリカが朝鮮戦争を朝鮮半島で戦うことによってマッカーサー司令官にも理解された。しかし、それはアメリカ政府にとっては不都合で危険思想であり、それによって結局マッカーサーは解任されたとのお説であった。
  また、人には強い縦軸がバックボーンにある。つまり、先祖であり、子孫である。この縦軸を通して日本固有の伝統、文化が継承されていく。これを壊してはならない。地域社会、隣組との関係は横軸であり、「恥」を知るのはこの横軸である。
   次のような話もされた。「言い分にはいつも正しいふたつの考えがある」とか、「時の正義」と言われる通り、正しいことも時代に合わないと正しいと見られないことがある。
 アサヒビールの経営者としては、戦後の企業分割のせいもあり、企業再生に苦渋を飲んだようだが、結果として「スーパードライ」のようなヒット商品を生み出し、結論として、「豊かさは人に気づきを忘れさせる」「勢いは勢いを呼び、勝ちは勝ちを呼ぶ」との哲学を得られたように感じたがどうだろうか。
 中條氏の話は必ずしもすべてが正しく、すべてが誰にも受け入れられるというわけではないが、いま日本人にとって一番大切な精神論を分かりやすく伝えるという点で、元軍人が日本の文化観を守りながら、戦後の経済界で自分を確立させた成功談について、その原因を熱の入った信念の吐露の中で披露してくれたと思う。81歳に負けてはいられない。

                   2822008年2月20日(水) 元上司との懐かしい昔話

 久しぶりに元上司とお会いして昼食をご馳走になり、その後のコーヒータイムを含め、5時間もの間話詰めだった。若かったころ経理時代の上司で、いろいろお世話になったのにわがままを言っては困らせてしまったことが気にかかっていた。かねがね一度お会いしたいと思っていたところ、一昨年秋電話をいただきご自宅へお邪魔して、懐かしい話に興奮して時の経つのも忘れて7時間ぐらい話し込んだような気がする。
 もともと経理という仕事が性に合わなくて、いやいやながら机に向かっていたようなので気持ちが集中出来るはずもなく、毎日職場でうっとうしい気分のまま過ごしていた。一大決心をして会社を辞めようと、海外留学を考えていたそんな時代の直属の上司である。辞表を提出した時に説得されたが、頑固に退職ばかり主張して上司をはじめ周囲を悩ませていた。結局1968年8月に「プラハの春」事件で、チェコ留学が吹っ飛んだことから、辞表を取り下げるというみっともない結末で幕引きをした。上司は、いまでもその当時私がこのまま仕事を続けるよう説得したことが、私のために良かったかどうかとのジレンマに陥るというが、個人的なわがままでそのような精神的な負担をかけたことを申し訳ないと思っている。経理時代は気が向かないままに、ちゃらんぽらんな仕事ぶりだったのではないかと、いま思い出すと反省しきりであるし赤面の至りでもある。でも、今になって振り返ってみると、その後経理を続けていたことが、天職と信じている旅行業に転職する結果となり、そこで自分が思うように精一杯やれたような気がする。サラリーマンとしては、必ずしも順風満帆と言うわけではなかったが、人生の勉強は充分することが出来たと思っている。それが今でも自分のエキスになっている。悩み深かった若気の至りで、ご迷惑をかけた元上司に対して今では思いのままを素直に話せることが嬉しい。上司も不出来な元部下と会って旅行談を聞くのが楽しみだと言ってくれている。ありがたいことである。これからも時々お会いして、人生が楽しいと思えるような話が出来るよう、自分自身ももっと研鑽を積みたいと思っている。

                   2832008年2月21日(木) 国際ペン・フォーラム前夜祭

 いつもなら日比谷の東京會舘で開かれる日本ペンクラブの月例会が、今月はペンの年間行事の一環として「世界P.E.N.フォーラム『災害と文化』」前夜祭を兼ねて、新宿・京王プラザホテルで開催された。件のフォーラムは明日から4日間代々木の全労済ホールで、自然災害に関係する劇、映画、各種の催しが行われる。各国からのゲストも参加した前夜祭は、江戸火消組による木遣りがあって中々威勢のいいものだった。ペンとしても力を入れ、意気込みのほどが感じられる。ただ、挨拶者が多いことと、スピーチが長いのでもう少し参会者の年齢等も考慮して端折るなり、カットするなりした方がよいと思う。実際会場でもそんな声が聞かれた。開会が午後6時で、セレモニーが延々1時間も続いていたのは少々興ざめである。
   小中陽太郎さんは無理しても来るとメール連絡をいただいていたが、姿を見せなかった。いま小田実さんについて書いておられるとのことだったので、忙しいのだと思う。阿刀田高会長、浅田次郎常務理事にはご挨拶したが、昨年週刊誌上で読んだ、浅田さんがモン・サン・ミッシェルで会った日本人若者カップルについて書かれたエッセイに関して尋ねてみた。
 モン・サン・ミッシェルのテッペンは中庭と回廊から成っているが、浅田さんが若いカップルからカメラのシャッターを押して欲しいと頼まれ、気安く引き受けたが、彼らが浅田さんだとはまったく気がつかなかったという。浅田さんにとってはそれが不満で愕然とされた。それを面白おかしく浅田さんはエッセイに書かれた。今日浅田さんに「彼らは分からなかったんでしょうかねぇ?」と、意地の悪い質問をしたところ、本気になって「本なんか読んでないんでしょう」と憮然としていた。それが失礼ながらまた面白い。程度が低い近頃の若者なんて所詮そんなものだろう。
 さて、一昨日明け方房総半島沖合いで、漁船が海上自衛隊イージス艦「あたご」と衝突して船体が真っ二つに割れ、乗り込んでいた父子が行方不明となった。防衛省、海上自衛隊の説明が明快でなく、疑念の目で見られている。今後相当問題になりそうな様相である。
 海外では、コソボ自治区がセルビアから独立を宣言し、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツが承認した。セルビアはもちろん、ロシアも強烈に反対している。
 アメリカ大統領選は民主党候補のつばぜり合いが、益々ヒートアップしている。オバマ候補が流れに乗って勢いをつけ、スーパー・チューズディ以降9連勝で、ついに獲得代議員数でもクリントン候補を圧倒した。このままオバマ候補の優位が保たれるか?
 ついに、キューバの象徴であった、カストロ議長がその座を退くという。81歳だから激職の議長職は少しハードだと思う。アメリカにとっては、実に好ましからざる人物だっただろうが、最早東西冷戦は終止符を打ち、キューバも旧ソ連という後ろ盾がなくなったので、カリスマ性は完全に失せた。われわれ安保世代にとっては、象徴的な人物である。キューバはこれからどんな道を辿るのだろう。

                   2842008年2月22日(金) 防衛省と海上自衛隊のお粗末

 心配していた通り、房総沖の漁船とイージス艦「あたご」の衝突原因の究明で上へ下への大騒ぎである。問題が段々大きくなってきた。もう4日間も行方不明になった漁船の乗組員父子の海上捜索で、地元の漁船が動員されている。少しずつ様子が分かってきたが、いまだに防衛省では「ただ今調査中」の一点ばりで、責任や原因を明言していない。「あたご」が漁船を発見した肝心の時刻が少しずつ修正されている。辻褄あわせをやっているとしか思えない。自衛隊の呆れた体質には、堂本千葉県知事や、20年前の「なだしお」事件の被害者の遺族からも批判の声が挙がっている。元海上自衛官や専門家に言わせれば、この状況下での衝突自体があり得ないという。防衛省の言い分にはいくつかの疑問点がある。漁船を視認した時刻、それが艦内に伝えられた後の措置と対応、漁船に対して警戒注意を発しなかったこと、自ら回避しようとの行動をとらなかったこと、等々で地元の漁業組合員に不信感を与えてしまった。防衛省はそれに対して、即応した的確な回答や対応をしていない。こういう公海上の事故に対してどうすべきかは、専門家や当事者でなければ分からないが、今回ばかりは防衛省と自衛隊サイドに過失があることが徐々に明らかになりつつある。
 それにしても国会質疑を聞いていると、防衛大臣の責任論ばかり追及しているが、いま辞めてどうするのか。漁業組合からもすぐ辞めるようなことはしないで、きちんとかたをつけろと言われているのだ。大臣が逃げたら、真相はもっと暗闇である。政治家というのは、政局だけで動くからピントが外れている。防衛省という官僚機構も内部崩壊しているが、政治家どもの馬鹿さ加減も一向に良くならない。
 だいたい行方不明者父子の捜索に、漁業組合の僚船が毎日仕事を休んで必至になって当っているのは、本来の主旨から言えばおかしいのではないか。いまごろになって海洋探査船を捜索活動に投入してきた。防衛省はすべて人任せで自分のミスで起した事故の責任すら解明出来ないでいる。対空ミサイルを打ち落とす性能は抜群と自慢たらたらで、杜撰な航行によって国民を犬死させたりして、こんな傲慢な「海軍」で、国家を守ることが出来るのか。

                   2852008年2月23日(土) 初めて認められた陵墓立ち入り調査

 宮内庁が管理する神功皇后陵に考古学会・歴史学会の代表者が初めて墳丘の立ち入り調査をした。陵内に入り古墳の外周を歩きながら、測量図と実際の古墳の形を見比べ、写真を撮っただけだったが、初めて天皇・皇族クラスの墓と言われる「陵墓」へ立ち入りが認められたということ自体に意義がある。今回は立ち入ったというだけであるが、いままで認められていなかった内部への立ち入りが許されたことを評価したい。始めの一歩である。これからはもっと考古学的な調査が細部に亘って出来るような、実のある立ち入り調査を認めてもらいたい。
 それにしても情報公開の世の中で、宮内庁はどうしてこれまで陵墓への立ち入り調査を頑なに認めてこなかったのか。陵墓では、かりに発掘調査まで許されるなら相当価値のある考古学的な、また歴史的な遺跡、遺品が発見される可能性が高い。日本史上の新しい歴史的発見だって見出せる希望がある。こうした陵墓が日本国内には700箇所ほどあるという。史跡の宝庫ではないか。考古学者がよだれを流して流し目を送っているのがよく分かる。
 エジプトやインド、その他の陵墓には観光客ですら容易に見学することが出来る。日本では、現存する天皇家の出自にも関係する、遺品発見だけに慎重になるのも分かるが、あまりにも閉鎖的ではないだろうか。
 現在活動しているNPO「江戸城再建を目指す会」の目的は、国民の賛意を得て旧天守閣跡地へ当時のままの天守閣を再建することにあるが、皇居東御苑の天主跡は完全に空き地になって、しかも天皇ご一家がお住まいの吹上御所や、東宮御所とは大きく仕切られている。防犯上の問題点も見られないと思う。されど宮内庁には、天守閣再建について拒絶反応が強いようだ。宮内庁職員には、国の土地、つまりは国民の土地だとの意識がまったくなく、自分たちの土地だとの気持ちがあるようだ。
 とにかく宮内庁は一歩踏み出した。この動きがどこまで進展するのか。国民のためにも、考古学のためにも宮内庁はもっと英断を振るってもらいたい。

                   2862008年2月24日(日) 三浦和義、サイパンで逮捕

 驚いたことに三浦和義容疑者が、サイパンで逮捕された。もう多くの日本人の記憶の彼方に去ってしまった「ロス疑惑」銃撃事件の主役である。昨年四月に三浦はスーパーマーケットで万引事件を起こして逮捕され、ほんのつかの間話題になった。ロス疑惑事件は、1881年三浦がロスアンゼルスで妻を銃で殺害したとの容疑で逮捕、起訴されたが、日本では無罪となって一件落着となった筈であった。しかし、そもそもこの無罪判決も堂々身の潔白を証明して勝ち得た勝訴ではなかった。最高裁が高裁の無罪判決に対する検察側の上告を却下しつつも、「妻を殺害したと認めるには、なお合理的な疑いが残るとした高裁判決は是認できる」と述べたように、どうも奥歯にものが挟まったような「疑わしきは罰せず」で、自白や完全証拠がない点で幕引きせざるを得なかったとのあいまいな印象が残った。どうもすっきりした無罪放免とはいかない、いわくつきの事件だった。敢えて言えば、限りなくクロに近いグレイな事件だった。しかも三浦は事件直前にも知人の元女優による妻殴打事件を起し、殺人未遂罪で懲役6年の実刑により服役した前科がある。相当な悪党だ。いつも灰色でお騒がせの男だが、いままた身から出た錆で、日本の法律とは関係ないアメリカの司法当局により逮捕された。
 三浦のようなケースはあまりないと思うが、ロス警察から追求されている人間が、日本で解決したからと言って、事件を起したアメリカの自治領までのこのこ出かけていく神経もどうかしている。それにしても、アメリカの警察というのはどこまで執念深いのか。すでに当時の捜査官はいなくなっているらしい。それを未解決事件担当チームというプロジェクトが追っかけていて、油断してのこのこアメリカ領へ入り込んだところを御用とやったわけだ。しかし、「悪い奴ほどよく眠る」と言って、悪事を犯しながら大きな顔でのさばられたのでは敵わない。こういうワルは日本だろうと、外国だろうとどんどんしょっ引いて欲しいものだ。
 テレビで当時の映像を見ていて思い出したが、あの当時ロスの高速道路をバスで走っていてガイドに教えられ殺害現場を望見したことが何度かある。当時随分話題になり、マス・メディアの取材で連日大騒ぎをしていたが、もう27年も経ったと思うと感慨も一入である。週刊誌は喜ぶだろうが、こういう薄気味悪い事件はもう好い加減に願い下げにして欲しい。

                       2872008年2月25日(月) コソボ独立宣言

 一週間前にセルビアのコソボ自治区が独立を宣言して以来、各国のコソボ独立に対する賛否の駆け引きが露骨になり、先行きがどうなるのか分からなくなってきた。まず、国の一部が独立されるセルビアにとっては反対するのは当然として、国内に多数の異民族を抱えるロシアも強硬に反対を唱えだした。ロシアは国連常任国の立場を利用して、対抗措置まで持ち出しコソボの国連加盟、IMF加盟にも反対すると表明した。
   旧ユーゴスラヴィアはバルカン半島の火薬庫と言われたほど、過去に紛争の絶えなかった地域で、戦後しばらくはチトー大統領のカリスマ的なリーダーシップにより何とか一枚岩の形をとってきた。チトーは民族、宗教、言語それぞれが異なる国民をひとつの社会主義国家として巧妙にまとめてきた。それが、チトーの死後、社会主義体制が崩壊し、各民族が自治権を要求して独立を望み、結果的にバルカン半島は、クロアチア、スロベニア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、ヘルツェゴビナに分割されることになった。いままたセルビアからコソボ自治区が独立しようとしている。
 国際的には民族自決のスローガンの下に、独立を志向する流れが加速する一方で、必ずしも新たな独立を歓迎する空気が、世界的に流れているわけではない。そんな中にあって一筋縄で行かないのがコソボ独立である。独立するなら、旧ユーゴ崩壊の時がひとつのタイミングだったのではないか。しかし、コソボ問題はその時点でも民族抗争事件がありながら、独立まで突き進むことはなかった。
 独立国家として世界から認められるためには、国連の合意が必要である。アメリカやEU諸国はロシアが強く反対する安保理事会での解決を断念し、国連の枠外での独立を模索している。出来るだけ多くの国からコソボ独立の承認を得て、「コソボ共和国」の既成事実化を狙っている。
 今日までで独立承認は、米、英、仏、独、伊、オーストリア、豪、トルコ、台湾、承認予定国はベルギー、ポーランド、オランダ、ハンガリー、クロアチア、保留国はチェコ、ギリシャ、ポルトガル、スロバキア、中国、反対はロシア、キプロス、ルーマニア、スペイン、である。国内に独立爆弾を抱える国が揃って反対なのは当然であるが、チベットや台湾を抱える中国が態度を明確にしないのも不思議である。
 いずれベオグラードにいる山崎洋くんにセルビア住民として聞いてみたい。「知研フォーラム」に書いたエッセイ「巨人小田実を追想する」の中で、彼と小田実の関係について一寸触れた箇所があるので、近々送ろうと考えている。その際彼の本音をぜひ聞き出してみたい。

           2882008年2月26日(火) 二・二六事件は忘れられた。

 今日2月26日は、日本の近代史上忘れてはならない「二・二六事件」発生の日である。昭和十一年、昭和の暗い時代に軍部は中国大陸への侵略から大東亜戦争へ一直線に突き進んで行った。「二・二六事件」は、そのひとつのきっかけともなった青年将校によるクーデターである。
   まだ三十代の頃、松本清張の「昭和史発掘」シリーズを夢中になって読んだ。横浜のマンションに住んでいた時、同じフロアに事件当時の中国課長が年老いて住んでおられた。その後、陸軍航空隊の戦跡巡拝団をお世話する過程で多くの元軍人の方々とご交誼を深めさせてもらった。事件の主役だった安藤輝三陸軍大尉や栗原安秀同中尉らと士官学校で一緒に学んだ37期生山之口甫元第134師団参謀長とも何度かお話をした。しかし、山之口さんはついぞ肝心な点に触れるようなことはなかった。それは山之口さんにとってはとても耐えられることではなかったであろう。同期生処刑班のリーダーとさせられ、同期生を死地へ送る命令役を務めたのだから。個人的には静かな方ではあったが、眼光鋭く気の許せない人だという印象があった。時折きっとにらんだ鋭い目つきには、怖いような感じさえ抱いた。言動や所作の中に、さすがは職業軍人だと思うこともあった。職務とは言え、友を処刑した罪悪感と後悔に苛まれて生きていても辛いんだろうなと思った。それが山之口さんの口を重くさせていた。
 結局この五年後に日本は大東亜戦争へ一本道で突っ込み、460万人もの多くの犠牲者を生むことになった。そして終戦である。この終戦と原爆投下だけは、毎年欠かさず式典が行われ、そのニュースは全国に伝えられている。終戦記念日に東京武道館で天皇・皇后両陛下ご臨席の下に全国戦没者追悼式が行われ、全国各地で慰霊祭も行われマス・メディアによって大々的に伝えられる。
 しかるに、昨年の大東亜戦争開戦記念日について、ほとんどのマス・メディアは報道しなかった。この点について、12月8日付本稿でも批判的に意見を述べた。いままた「二・二六事件」について、新聞やテレビでは一向に報道しない。なぜだと問いたい。朝日夕刊のコラム「窓」―解説委員室から―というのがあるが、ここに「無言で語る是清碑」として関連記事が掲載されていた。だが、「二・二六事件」について直截的に書かれた記事ではない。事件当日、高橋是清は自邸を襲撃され非業の死を遂げる。その邸宅を遺族が都に寄贈していまそれが公園となっている。そこに石碑があるが、「昭和11年2月、にわかにこの自邸で亡くなられた」という趣旨のことしか刻まれていないそうだ。今日のこの日の「二・二六事件」の歴史や、真実と意味を伝えることをマス・メディアはサボタージュしているように見える。日ごろから自分たちに都合が悪くなると、言論に自由とか報道の自由の抑圧だと言っているが、関心が持たれないと報道しようとしない。いまのマス・メディアはぬくぬくとした環境の中で過保護になり、厳しい取材活動には顔を向けなくなった。情けない。
 とにかく近年史実をありのままに伝えることが少なくなった。理由はたくさんあるだろうが、マス・メディア側に研究心が足りずに書ききるだけの能力が欠如していること、真実を追究するというジャーナリズム魂が欠落していること、ジャーナリスト一人ひとりのレベル低下、その他諸々であるが、これではいずれ歴史が変わってくるのではないかと凡人は寂しく思う。

                   2892008年2月27日(水) 確定申告に相変わらずの不親切

 確定申告シーズンに入り、例年通り送付された書類と昨年の控えを手元に記入準備を始めたところ、どうも申告書類が違うようだ。よく見てみたら「書式B」が封入されている。来年からは個人事業主の申告をするので、その場合はそれでよいのだろうが、今年は例年通り「書式A」で申請する筈で、なぜ書類が間違って送付されてきたのか分からない。この書類では申告出来ない。所轄の玉川税務署へはいくら電話しても話し中で埒が明かず、止むを得ず国税庁税務相談室世田谷支所へかけてみるが、案の定ここもつながらない。いま最も多忙な時期の税務署だから分からないこともないが、何度トライしてもつながらない。これでは税務相談室の電話番号をPRする意味がない。何とか国税庁のHPから申告用紙「書式A」をダウンロードして下書きをしたが、このプリントを提出することが可能なのかどうかも聞けない。役所だからサービスの悪いのは、最初から諦めているが、電話回線を増やすなりして、簡単に問い合わせることは出来ないものか。山手線の電車の最前部と最後部に大きな四文字、「確定申告」と書き、車体にはe−Taxの広告を貼り付けて走っているが、もうちょっと納税意欲を喚起する気のきいた手段を考えたらどうか。お役人天国の国民無視、納税者軽視には文句を言う気にもならない。いつまで待っても役人につける薬は開発されないか。
 折も折今朝の日経紙は「なぜ日本は失敗し続けるのか」とのタイトルで「ニッポンの停滞・元凶は政治家」と糾弾し、「改正建築基準法による住宅着工大幅減など官僚の失敗」とも言及した英エコノミスト誌最新号を紹介した。政治家のお粗末さは百も承知ですよと言ってやりたいが、外国では日本の官僚のレベルダウンも気になるようで、外国の有力誌に批判的に書かれるとなるとお墨付きの「本物」だ。さも有りなむと思った。日本がいま成長出来ないのは、政治家と官僚(役人)が悪いことはいまや国際的にも認知されたわけだが、エコノミスト誌はさらに日本停滞の責任の一端は、増益を記録しながら賃金を引き上げない企業サイドにもあると厳しく指摘している。このようにニュートラルな立場から誰に対してもおもねることなく、何事にも遠慮せず報道する姿勢が大切で、その点日本のマス・メディアの身勝手、日和見的取材ではとてもエコノミスト誌には敵う筈もない。

                       2902008年2月28日(木) 壊れた日本の政治と外交

 一昨日国連のビルマ担当特使として活動する、ガンバリ国連事務総長特別顧問が日本に立ち寄った。日本政府はガンバリ氏がビルマの貧困支援プロジェクト「ナショナル・エコノミック・フォーラム」をプロモートしようとするのを、何とか主役ではなく補佐役としてお手伝いしようとしている。表立って行動するのではなく、少々お手伝いしてプロジェクトに関わったという実績とグラフィティが欲しいのである。
   昨日はNHKのインタビューに応じた、イランのアラグチ新駐日大使が日本に対して、アメリカへ日本独自の意見を述べてアメリカに助言して欲しい、日本にはそれが出来るはずだと注文をつけた。いままたイスラエルのオルメルト首相がこの時期に来日中である。何かの目的や意図を持って来ている筈である。自国が核を所有していながら、同じく核保有している北朝鮮を批判して拉致問題が行き詰まっている日本の賛意を得ようとの魂胆がミエミエである。みな自分の理念とか、哲学、信念、或いは利便のために独善的な行動をとる。当然国際外交はきれいごとではなく、打算的で功利的である。にも拘らず、そういう根源的で肝心なことが日本の政治家や外交官には分かっていない。日本のリーダーたるべき人たちの行動学はどこかおかしい。なぜ日本人として独自の考えで、多少強引でもイニシアチブを握って行動しようとしないのか。あくの強いロシア、中国、北朝鮮のパフォーマンスを反面教師として少しは学んではどうか。
 日本の周辺諸国を見てみると、将来が明るく見える国々は、自主的な外交を積極的に行っている。しかもトップがトップの考えで行動している。
   一方日本政府はどうか。はっきり言えることは、自ら動こうとしないということである。センスも行動力も情熱もない。そのうえ、どこの組織もヒエラルキーが出来ていて突出した行動が出来ないような仕組みになっていてがんじがらめである。いつも他国の動きを見て、付和雷同するか、傷がつかない無難な意見に同調する。だから、主体性とか、独自の考えがその行動に反映されることはない。自然と国際社会における日本の存在感自体が薄くなる。
   現状のままでいたら、日本の政治や外交はまったく力が出ないまま自滅し、内部崩壊してしまう。それは、政治が機能しなくなり、国内のすべての分野でしまりのないだらしのない状態、つまり法律はあるが無法社会のような社会になり、外交面では諸外国の言いなりで、国家間の話し合いはすべて相手国の言いなりになる恐れがある。
   ではどうすればよいか。アイディアはいくらでも考えられる。ただ、いまの日本、政治家がまったく機能不全に陥っている社会では受け入れてもらえないだろう。残念だが・・・。

                       2912008年2月29日(金) ホームページの一部変更プラン

 予定通り今日もパソコンの講習を受けに行った。毎週個人レッスンを受けるようになってからもう2年余が経った。PCに向かうことが日常業務となり、夢中になり過ぎて姿勢も悪くなり、健康にも良くないのではと妻は心配する。
   当初は自分が各種の講師を務めるに当り、何としてもパワーポイントのテクニックを学ぶ必要を痛感したのがきっかけだ。幸い近所に格好のPC教室を見つけ、約1年近くをパワーポイントの研修に充ててきた。ある程度出来るようになり、その後PC講師のアドバイスによってホームページ作りに取り組み出した。最初からいずれ自分の仕事を続けていくうえで、絶対自分のHPを持って上手に活用すべきだと考えていたが、HP作りなんか素人には無理で、いずれ外注して公開しようと思っていた。しかし、PC講師からHP作りはそれほど難しくないし、コンテンツが豊富だから自分の思うように個性的なHPを作った方がよいのではないかと励まされ、自前のHP作りをスタートさせることにした。
 昨年5月に、半製品ながらそのHPを何とか公開して友人や知人に見てもらっている。ほとんどお世辞だと思うが、結構誉めてくれる。つい猿も木に登る。当初目指した毎日書き込むブログ「ご意見番の意見」は、今日まで291日間書き続けている。大体ペースに慣れて、毎日自分の意見を公表出来ることに意欲と快感を憶えるようになった。ブログは、私なりに感じたことをいままで通り毎日書き続けていきたい。
 いま取りかかっているのは、「カメラ自分史」を作り直すことであるが、手元の記念的な写真を時系列的に並べて、自分自身プライバシーを含め、もっと広く分かってもらいたいと思っている。そのファイル作りで新しい技術的な方法が素人には難しく、一寸時間がかかりそうだ。ただ、自分の人生を写真で紹介することは文章だけでなく、外見を知ってもらえるので、何とか近いうちに友人たちに「ほうっ!」と感じてもらえるようなものにしたい。副題「ゆりかごから墓場まで」として、初節句から昨年12月に開眼法要した自分の生前墓や、祖父母あたりまで入れてみるつもりだ。どんなものになるか、自分でも楽しみになってきた。