ご意見番の意見

2008年1月


           2322008年1月1日(火) 年の肇に高校ラグビー部OB会総会

 寒いと予想された年の肇の元旦だが、幸い快晴に恵まれ、それほど寒いというほどのことはない。日本海側では、ほとんど雪が降っている。平成も20年目に入った。今から19年前の1月7日昭和天皇が崩御され、戦争で血塗られた昭和時代は幕を下ろした。そして、小渕官房長官が「平成」の墨書を掲げて、年号を「平成」に決定したとテレビで発表したことが、随分印象に残っている。偶々7日は高校ラグビー決勝戦が行われる当日だった。結局天皇に弔意を表して決勝戦は行わないことになり、大阪工大高と茗渓学園、両校ともに優勝となった。
 恒例の湘南高ラグビー部OB会(SRC)総会が母校で開催され、現役、OBが多数集合して盛会裡に行われた。昨年会長職を辞したが、一会員としてどうしても縁は切れない。総会後にグランドで現役、OBが一体となって、練習、練習試合をやって汗を流す。14日に新人戦3回戦を控えているので、怪我を心配してOBとの練習試合は行わないことになった。OBチームの中では、同期の大島泰毅君や、1年先輩の武智昭さんが黄色いパンツをはいて若い連中と一緒になってやっているのには、いつもながら感心する。普段から鍛えているせいかも知れないが、69歳と70歳のおじんプレーヤーが大学生とともにプレイするのだからすごいと思わざるを得ない。武智さんのご家族は、奥さんをはじめ、娘さん3人、婿さん1人、お孫さん5人がおじいさんの活躍ぶりを見物しようとグランドまでやって来られた。その後は、現役とOBが一緒の懇親会を行う。昨年に続いて保護者が食事の準備をしてくれる。ありがたいことである。門田会長の挨拶の中で、顔を合わせたらお互いに挨拶を交わそうと現役諸君に呼びかけた。どうも近頃の子どもは、挨拶が満足に出来ないので、年の肇に一発かましたわけである。
 さて、今年はどんな年になるだろう。国際的には、相変わらず戦争、テロが勃発して多くの犠牲者が出るに違いない。外交も力を失い、アメリカは11月の大統領選挙を意識して国内向きの政治力を示すだろうが、紛争解決のための世界戦略は打ち出せないだろう。実質的なプーチン体制継続による、ロシアの政治的及び経済的戦略による西欧圏への影響、北京五輪を意識した中国の世界戦略、北朝鮮の核問題、等々難問山積である。経済は、サブ・プライム・ローン、原油価格の高騰、等により景気は一部を除き停滞するだろう。特に、日本は、政治・経済ともに停滞、外交は対米・対アジア、対テロに理念と展望がなく、防衛は安保、沖縄問題ですべて対米従属的である。日本経済は一向に上昇の気配が見えず、円高の影響がじわじわ出てくるのではないか。これで失業者が増え、消費税値上げでは堪らない。

           2332008年1月2日(水) 箱根駅伝の「往路優勝」って何だ?

 正月の風物詩は、今や箱根駅伝になった。かつてはこれに大学ラグビーがあった。それがラグビーの人気低迷につれ、ラグビーのTV中継も少なくなった。今日はその箱根駅伝で早稲田のまさかの「往路優勝」となった。最後の山登りで、昨年優勝の順天堂大選手がブレーキを起こし棄権となったが、実力があってもその日の選手の体調次第でどうなるか分からないところに、駅伝の妙味と面白さがある。
 ところで、「往路優勝」って何だろう? 話は分からないでもないが、片道ゴールはあくまで優勝のための最終ゴールへの一里塚に過ぎない。駅伝は片道で勝っても復路で敗れ、トータルで負けたのでは何にもならない。一日天下のぬか喜びである。以前は、片道1位をそんなに評価していなかったように思う。もし、「往路優勝」なんて制度を作るなら、二日目は時差をつけずに、全校一斉にスタートさせ「復路優勝」を設定し、2日間で最も早く走った大学に「総合優勝」という本当の優勝の栄誉を授与すべきだと思う。
 それにしても、全体に世の評価が甘くなったのではないか。最終結果は良くなくても途中まで頑張れば誉めましょうという姿勢である。優勝というのは、あくまで「総合優勝」しかない。そして各校ともそれを目指している。それが往路1位になったからと言って、カップまで授与するのは行き過ぎではないか。こんな評価をしていると「総合優勝」の価値も低下してしまうことが主催者には分からないのかなあ。
 NHK・BSの新春スペシャル対談で、昨年まで日本ハムの監督をしていたヒルマン氏と千葉ロッテ・マリーンズ監督ボビー・ヴァレンタイン氏のトーク番組があったが、実に二人の個性が表れていて面白かった。二人は、日本の野球のレベルを高く評価していて、起用法は異なるが、まず日本プロ野球のレギュラー選手はほとんどメジャーでも通用すると語っていた。二人が指摘したのは、野球ビジネスが日米でまったく異なり、日本の野球機構は野球界全体が活性化し、潤うビジネスを考えず、各球団が自由勝手に営業していると主張していた。興味があったのは、昨年引退した日本ハムの新庄剛志選手を、各チームでイベントに呼んで「新庄デー」と銘打ち、新庄のパフォーマンスを採り入れたショーをファンを交えてやって、利益を各チームで分配するようなことを考えたらどうかとの提案だった。すでに、ヒルマン監督もフロントに提案したらしいが、断られたと言っていた。
 また、ヴァレンタイン監督は、来年のパ・リーグ公式戦開幕試合に、ワールドチャンピョン・レッドソックスの公式戦開幕試合を日本でぶつけるナンセンスを非難していた。日本の野球ファンの目をメジャーに向ける愚策と言っていたが、確かにその通りで、二人のずばり物申す卓見はすっきりしていた。

           2342008年1月3日(木) 箱根駅伝のレース棄権は3チームも

 さいたま市に住む長男が、嫁と3人の孫が年末から里帰りしている嫁の実家へ迎えに行くと言って昨晩泊って、今朝車で奈良へ向かった。
 昨日から2日間、楽しみにしていた関東大学対抗箱根駅伝をたっぷり楽しんだ。この駅伝には教えられることも多いが、今どきのスポーツ選手の考え方や実態を知って、切歯扼腕することもある。レースは予想通り駒沢大が逆転して「総合優勝」を飾った。「往路優勝」の早稲田、「復路優勝」の駒沢大、そして本当の実力証明の「総合優勝」は、駒沢大という順当な結果に収まった。意外だったのは、昨日往路最終区間で棄権した昨年の優勝チーム・順天堂大、今日途中で棄権した大東文化大、そして最終区間のゴール手前で棄権してしまった優勝候補・東海大と、3つものチームが中途でレースを棄権したことだった。こんなことは今までなかったのではないか。精神論を説くつもりはないが、練習環境、待遇、コーチング、情報等すべての面で恵まれ、たとえ練習量が豊富で、充分体調管理に留意していても、当日になってコンディションが狂うということはあり得ることである。しかし、これだけ揃いも揃って強豪校が討ち死にするとなると、その裏には現代っ子の精神面の弱さとか、根性の欠如のような表に出ない弱さのほかに、指導法の間違いも隠されているのではないかとつい考えてしまう。スポーツ選手に限らず、政治家にしたって苦労知らずの人が多くなった。取り巻きがすべてお膳立てしてくれ、本人は言われるままに動く。まるでリモコン操作で動くロボットである。こういう人間は一旦艱難に出会うと自分で処理出来ずに、その場から逃げ出す傾向が強い。つい最近だって一国の総理大臣が自分でどうしてよいか分からなくなり、無責任にも職を投げ出してしまった例もある。まあケースは違うが、棄権したチームにも似たような内情があったのではないか。今年棄権した駅伝常連3チームの来年度の捲土重来を期して待つとでもするか。
 さて、2008年の国際的な大きな動向が予想しにくい。国内でも総選挙が予想される以外に、政治、経済の動きが読めない。世界経済もサブ・プライム・ローンの影響や、原油価格高騰の余波を受け、日本経済は停滞したままで、株価もあまりぱっとしないのではないかと考えると憂鬱になる。因みに、今日の日経紙上の大企業社長・会長21人による経済・株価予想をみると、全般的に春先は安く、年末に高くなると予想している。日経平均株価でも、春先は、14,00015,000円だが、夏以降は17,00019,000円を考えている人が多い。いま持っている株式はこのまま当分持ち続けるしかないようだ。
 今日もいろいろな方から年賀状をいただいた。年々可笑しな現象を見る。同じ人から複数の年賀状をいただき、その文面や、内容が異なっていることである。書かれた方は、同じ年賀状を2通も同じ人に差し出していることに気づいていないのだろう。中には高齢になったので来年以後は年賀状の交換を遠慮したいと書かれている例もある。また、ご高齢で健康を心配していた方から、今年はとうとう年賀状をいただかなかった。あんなに筆まめな方だったのに、やはり健康が優れないのだろうと心配である。これも時の流れというのだろうか。かつては、あんなに元気だったのにお年を召されて、やはり世間から身を引くような心境になるのだろうか。いずれ自分もそうなるのだが、その時自分はどういう心境になるだろうか。加齢と老いは間違いなくやってくる。

           2352008年1月4日(土) 東京証券市場は大波乱で今年の幕開け

 今日1月4日は、ビルマ(ミャンマー)の独立記念日である。1948年にイギリスから独立したが、その過程で大東亜戦争戦禍や、南機関による独立への支援活動を無視することは出来ない。もう大分前になるが、毎年のように、この日駐日ビルマ大使館で開催されるお祝いに招かれ楽しみに出かけた。1970年代には、南機関でアウン・サン将軍の同志として活躍された高橋八郎さんや、川島威伸さんもおられ、それにウ・チ・コー・コー大使やサン・テンさんのような親しいビルマ人もおられたので、ビルマの民族舞踏を楽しみ、ビルマ料理をご馳走になり、楽しい思い出を沢山もらった。
 そのビルマが、昨秋軍政の市民デモ鎮圧によって、世界中から非難を浴びていることが残念でならない。
 軍政はアメリカにおけるビルマ政府要人の資産凍結や、入国制限に対する対抗措置として、ビルマへの入国に際し空港でアメリカ人入国者全員にデポジットとして、約33万円を納めさせるとか、また国内向けには衛星テレビ視聴許可料を、一気に170倍に引き上げた(1月3日付朝日)。年間525円だった視聴料を9万円に値上げするもので、まずほとんどの契約者が支払えない桁外れの高額である。これは、衛星テレビを通して反政府的なニュースに国民が接するのを抑制しようとの明白な意図がありありで、あこぎなやり方はあの穏健で常識的なビルマ人のやることとは到底思えない。明らかに軍政による報道の自由の締め付けである。
 ところで、今日が仕事始めということであるが、早速ドカンと大砲を打ち込まれた。東京株式市場の大発会で、東証平均株価が一時765円の大幅な下げ幅となり、終値は616.37円安で東証平均株価14,691.41円で取引を終えた。大発会一日の値下がり幅としては過去最大だった。昨日アメリカで原油価格が[1バレル>100]を超えたことがすぐ効いた。昨年の今ごろは確か[1バレル>50]に値上がりして大騒ぎしていたが、早くもその高値の2倍となった。石油消費国日本としては、今後とも頭の痛いところだ。明日は少し反発すると思うが、このままの状態では、日本の株式市場はまったくお先真っ暗だ。
 いよいよアメリカ大統領選挙戦が火蓋を切った。大統領選挙最初の民主、共和党の党員集会がアイオワ州で行われ、民主党では序盤やや有利と見られていたヒラリー・クリントンがバラク・オバマ氏に敗れた。大きな差ではないが、ヒラリーはエドワーズ元上院議員にも敗れた。かなり接線が予想されてはいたが、実のところヒラリーが負けるとは意外だった。これで、この先の各州党員大会・予備選が面白くなってきた。特に、来月のスーパー・チューズデイの結果次第では、これまでと攻守ところを変えるターニングポイントになる可能性がある。共和党は、マイク・ハッカビー前アーカンソー州知事が勝った。新聞評によれば、オバマ氏はジリ貧のブッシュ政権からの「変化」を強調して、若者を中心に支持層を集めた。保守とリベラルに分裂したアメリカの「統合」を訴えたことも、911後の閉塞感にあえぐアメリカ国民にアッピールした。いずれにせよ、これから秋本番までに各陣営がどういう戦略で、流れを取り込んでいくのか、興味は尽きない。 

           2362008年1月5日(土) アメリカ大統領選挙とパリ・ダカ中止

 一日明けて今朝の新聞は、米大統領選挙党員集会の結果を大々的に報じている。大統領選指名争いにおける緒戦で、ヒラリー・クリントンが敗れた衝撃はかなり大きいようだ。キーワードは「変化」「希望」「脱ブッシュ」「統合」であり、そこに見られるのはブッシュ政治に対する批判、新しい風への期待と流れ、そして実行力への信頼ではないだろうか。日本と異なるリーダー選出の過程で、市民が意見を戦わせ合意を形成していく流れは、談合と投票だけの日本のそれとは確かに違う。若いオバマ氏の考え、人柄、行動、弁舌等が徐々に受け入れられ、支持者の間に彼の考えが浸透していく。一方で、日本スタイルは本日付「天声人語」氏によれば、「福田首相の口ぶりは評論家を思わせ、『ひとごと感』さえ漂う」。アメリカは原色の自己主張を塗り重ねた油絵だが、日本の政治風景は水墨画的であるとまでいう。日米の政治風土やメディア観は違うが、少なくとも弁論で切り結ぶ覚悟がなければ、どの国の有権者もついて来ないと厳しく断じている。
 まだ、先行きは不透明だが、オバマ氏が一気に活路を開くのか、はたまたヒラリーが巻き返すのか予断を許さない。3日後にニューハンプシャー州予備選挙があり、これでオバマ氏が勝ちを制するようだとオバマブームを巻き起こし、一気に突っ走るかもしれない。現在60歳のヒラリーはすでに既成候補者と見られ、NYタイムズ紙は「指名獲得は既定の流れだと示そうとする(クリントン陣営の)戦略はズタズタになった」とまで指摘している。失地回復を目指し、劇的な戦略の変更を考えざるを得ないヒラリー陣営にとっては、小さなつまずきであったかも知れないが、負けゲームへの大きな落とし穴になる可能性がある。
 60年代初めに若き無名?のJ・Fケネディが瞬く間に躍り出て指名を獲得し、そのまま米大統領まで上り詰めていったドラマが思い出されてくる。ニューハンプシャー州の予備選に続く、ニューヨーク州、カリフォルニア州など22州で予備選と党員集会が開催される、来月5日(火)の「スーパー・チューズデー」で、ある程度方向が決まるのではないか。世界の指導者を決めるイベントだけに、こればかりは単に他国の選挙と言って指をくわえて見ているわけにはいかない。当分の間、気がもめることである。
 さて、今日から開催の予定だった「パリ・ダカ」ラリーが昨日になって主催者側が急遽中止と発表した。だいぶ前からこんな環境破壊、住民虐待ラリーは中止すべきだと考えていたので当然だと納得したが、その中止の理由は「競技に対する直接的な危険がある」とテロを警戒するものだと苦渋を匂わせた。先月モーリタニア旅行中のフランス人家族4人が殺害され、容疑者がイスラム過激派と見られ、組織がラリーを妨害する恐れがあるからと初めて世界的ラリーの中止に踏み切った。
 日本人の間にも人気のあるラリーで、過去にも日本人レーサーが優勝し、そのひとりである増岡浩選手のごときは「残念でならない」と嘆いているが、自宅前でこんな埃っぽいラリーをやられる住民の気持ちを考えたことがあるだろうか。この凄まじいラリーの乱暴な走行ぶりを見て呆気にとられたことがある。言ってみれば、自動車の耐久レースであり、車メーカーの宣伝の場と化している。車を製造するメーカーの国で堂々とやるならともかく、貧しいアフリカにつけこんで大金をばらまき、特に今回問題になったモーリタニアを中心に何百台の車がガソリンを撒き散らし、埃を巻き上げ、砂塵をあげて、草木をなぎ倒し、道なき道を走りまわり、砂漠を壊し、住民を騒音と埃まみれ追いまくっている。ついに、パリで走れず、今年はリスボンからダカールまで走行する「リス・ダカ」計画だった。こんな気狂いじみた環境破壊で住民いじめのイベントは、「地球温暖化防止」、「地球環境保全」の今日、時代のテーマにそぐわない。もう止めるべきである。これを中止に追い込んだ「イスラム・マグレブ諸国のあるかいだ組織」(AQIM)に対して拍手、ハクシュ〜、改めて拍手である。

          2372008年1月6日(日) 国会議員削減と世襲議員について提言

 今年は、少し政治的な意見を提言しようと考えている。取り敢えず、提言したいことは2点ある。ひとつは、制度として国会議員の数を減らすことである。これによって付帯経費、特に衆参両議院事務局の経費を大幅に節減することが出来る。数字はまだ検討段階だが、国会議員数を半分に減らすことを目標にすればよいと思う。無駄な経費の節約というより、国会議員が真剣に国民のために働いてもらうよう国民が監視するためには、少数の方が細かく目が行き届く。また、議員削減のような荒療治も必要であり、国民の理解も得やすいのではないか。実際、現状の国会議員数は多すぎる。いまの不真面目な議員たちの奪税ぶりには、もう国民はうんざりしている。
 第二点として、現行制度を大きくいじるのではないが、問題の「世襲議員」を失くすことを制度上考えるべきではないかということである。見渡してみると、近年の総理大臣はほとんど「世襲議員」であり、国会議員も半数が「世襲議員」である。「大臣」と呼ばれる閣僚もほとんど「世襲議員」である。世襲でなければ国会議員にはなれないくらいである。大臣、また首相になるためにも、早く箔をつける意味で大臣を経験することが重要であり、そのためにはより早く議員になる必要がある。それには、「世襲議員」になることが早道である。一方で、こういう反対意見もある。たとえ「世襲議員」であっても有権者が自分の意志で投票し、結果的に当選することが出来るなら、順法精神に適っているし、法的に「世襲議員」を止めることは、逆に「自由」「平等」であるべき憲法の精神に反するとの至極当然の反論である。
 わたしはこの反論に対して敢えて反論したい。まず、「世襲議員」、それ自体は法の精神に反したり、矛盾するものではない。ただし、法はあくまで、自由と平等の上に成り立っている。その自由と平等という名の下に保護された「世襲議員」には、自由と平等を他人から奪う自由が無条件に担保されているのである。「世襲議員」がなぜ選挙に強く、当選することが出来るのか。これがこの問題の根源である。「世襲議員」には通常の選挙で勝てるような仕組みが付与され、すでに完成されているからである。はっきり言って、政治のために大切な人物本位とか、資質、政策、理念や哲学、志等は二の次である。選挙に勝つためには3つの必要条件があると言われている。曰く「地盤」「看板」「カバン」である。この中で最も強力なものが、「地盤」なのである。この地盤こそが、候補者にとって最も重要であり、これなしには現行体制で勝つのは中々難しい。この「地盤」を先代からすんなり継承することが出来るかどうかが、今後政治家としてやっていけるかどうかを決めるのである。すでに、獲得票数まで予測できる強力なシステムを引き継いだ時、政治家として、ひょっとすると一国の総理大臣となる幻想と可能性も得ることになる。
 この仕組みはどこかおかしくないだろうか。あまりにも理不尽だと思ったことはないだろうか。親が政治家なら容易に総理大臣へのパスポートが得られる。一般の有権者ではとても考えられないことである。どうして政治家の家に生まれた人間と普通の家庭に育った人間との間に、こんなに不平等で大きな格差があるのだろうか。
 ここでは、持論を提起しておきたい。政治家の家庭に生まれた場合は、そのまま「地盤」を継承して立候補すれば、並外れた「有利性」を享受出来る恩恵に浴している。これは、完全に憲法が保証する「自由」と「平等」に反している。端的に言えば、「世襲議員」制度?は、憲法の精神に反しているのである。では、どうすればこれを防止出来るか。国民一律に平等に取り扱えばよいのである。世襲を継承する立候補者から、一定期間有利な「地盤」を預かればよい。つまり、肉親からそっくり「選挙地盤」を引き継ぐやり方から、「地盤」における立候補、被選挙権行使を一時封印し、その代わり「地盤」を行使出来ない他の選挙区から、自由に立候補を認める制度に法改正することが望ましいと考えるがいかがだろうか。

           2382008年1月7日(月) 新風舎民事再生法申請報道にギョッ!

 今朝の朝日を見てびっくりした。一面に4段抜きで「自費出版大手『新風舎』きょう再生法申請」とある。一瞬本当かな?との疑問が湧いた。しかし、日経夕刊でも、今日東京地裁に民事再生法の適用を申請したとある。確かに、昨夏「夕刊フジ」紙に自費出版した一部の著者が契約違反だとして新風舎を訴えて一部に波紋が広がった。信用を重視する出版業界にあって大きなイメージダウンである。にもかかわらず、その際も同社はきちんと訴訟の原因と経緯、そして経過を書面で連絡してくれた。対応は誠実で割合しっかりしていると思っていた。最大手とはいいながら、好い加減な対応しか出来ない講談社とは大違いである。実際、新風舎自体は、講談社を抑え2年続けて出版業界内で取扱高トップを維持し、評論家・江川詔子氏らはあまり問題視していなかった。強いて原因を探れば、この新興出版社の社長は作家であるだけに、あるいは経営全般を見る目に欠けていたか、目に見えないところで経理面にずさんな点があったのだろうか。負債総額は関連会社分を合せて25億円だそうだ。私自身は担当者とのコンタクトは切らさず、彼らもいろいろ情報を流してくれた。よいコミュニケーションを築いていたのに残念である。気になり午後になって新風舎へ電話したところ、明日債権者宛に説明会の案内状を郵送する手はずになっているとのことであった。ここはぜひ説明を聞いてみたいものである。
 それより何より、いま書き続けている「停年オヤジの海外武者修行」もまもなく脱稿して、近々前著「現代・海外武者修行のすすめ」に続いて、新風舎から上梓しようと思っていただけにショックだ。こればかりは、前著が正編、次回作品が続編となったセット書であり同一出版社でないと宣伝上もメリットが減殺される。幸い、印刷会社2社から支援を得たようでもあり、再生法は受理されるだろう。しかし、倒産企業と受け取られかねない民事再生法を申請したので、世間一般のイメージはあまり良くないと思う。すでに、今年上梓を予定している拙著の推薦文は旅行業界の大物氏にお願いしてご快諾をいただいている。知人の紹介で新風舎へ接触するようになったが、すっきりするためにも、ここは次の手を考えた方がよいのかも知れない。暫時思案のしどころである。

           2392008年1月8日(火) 法の目をかいくぐる政治家の錬金術

 長い間お世話になった方がまた亡くなられた。北九州市小倉にお住まいの折田夫實子さまのご遺族から、昨年12月にお亡くなりになったとのご挨拶状をいただいた。旧蝋いつも通りお歳暮をお贈りしたところ、折田さまからもお返しをいただいた。しかし、いつも手紙のやりとりがあったのに、今回はそれがなかった。それからまもなくして亡くなられたことになる。今年確か米寿ではないかと思う。このところややお疲れ気味で文通も途絶え、いただいた手紙の文面も乱れがちだったので、もしかしたらと健康状態を心配していた矢先だった。
 折田さまは日赤病院のご出身で、大東亜戦争下にビルマへ従軍看護婦として派遣され、厳しい戦地の体験をお持ちである。戦時中折田さまが勤務しておられた、ラングーンの元兵站病院(現ヤンゴン大学)、同じくモールメンの兵站病院跡へも戦没者の慰霊でご一緒したことがある。何度も一緒にビルマへ行ったが、もう慰霊巡拝の役目は充分果たしたのでこれ以上は結構というところで、お気持ちを切り替えられ欧米へ観光旅行へ行かれるようになった。折田さまの海外旅行にはいつもご一緒させていただいた。多分20回ほど音もしたと思う。国立東京第二病院(現国立東京医療センター)看護部長のころにも、顧客の救急関係でしばしば助けていただいて、ご恩は尽きない。存じ上げている方々が段々亡くなって寂しくなるが、いままた一番親しくしていただいた折田さまも他界されて、一段と寂しさがこみ上げてくる。折田さまのご冥福を心よりお祈り致したい。
 さて、国から補助金を受けた企業・団体が、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に巨額の献金をしている。どうしてこういうふざけたことが出来るのだろうか。政治家の腹黒さが見え見えではないか。勘ぐれば、自民党は企業にキックバック織り込み済みで関係省庁へ圧力をかけ補助金を出させ、一部を自らに還流させていることになる。
 政治資金規正法では、国から補助金交付決定通知を受けた法人が一年以内に政治献金することを「原則」禁止している。これは、献金は基本的に認めないということだ。政治家の悪賢いのは、これをどうやってカムフラージュしながら法の精神をかいくぐるかということに注力している。法律に「原則」条項を書き込み、原則外で法律をごまかそうとしている。さらに、「例外」規定を設け、常識的には当たり前のことを「例外」と見做そうとしている。もっと悪質なのは、期限付きのものに期限が過ぎたうえで運用しようとする巧妙な手口である。かくして、資金が枯渇すると与党自民党は、法律を作り、「原則」でごまかし、「例外」で処理し、「期限内」を期限外で運用して、法人経由で国民の税金を吸い取る。これに、政治家べったりの官僚が、規制を甘くして適法と言い、監督官庁の総務省は「例外の解釈が難しい」と逃げる。かくして、税金はどんどこどんどこ政治家へ還流されていく。
 これは何も与党自民党だけに留まらない。野党民主党だって12社から計1,039万円の献金を受けている。民主党は法律違反なら返金するなどとたわけたことを抜かしているが、所詮自民党と同じ穴のムジナであることを露呈したに過ぎない。どいつもこいつも根性が腐りきっている。
 6日付朝日朝刊によれば、抜け道はいくらでもあるようで、現金の献金に制約のあるJAのような団体のごときは、「寄付出来ないのでパーティ券を購入した」と広言している。06年には、補助金を受けた109の団体・企業から合計8億円近い献金があった。専門家は、強制力を持つ法整備やチェック機関の設置が必要とか、補助金を受けた企業は団体に対し、例外を設けず政治献金を禁止すべきだと述べているが、一の矢がダメなら二の矢を放つ、転んでもタダでは起きない政治家がこの程度の抵抗でおとなしくなるとも思えない。そもそも政治家なんて、もともと人間離れしているのだから。

           2402008年1月9日(水) あれっ!韓国の大火災事件はどうなった?

 一昨日夜韓国のソウル近郊利川?で倉庫が火災を起こし、有毒ガスが発生して30人が死亡し、倉庫内に閉じ込められている人が10人、行方不明者が10人という、大惨事が発生した。最終的に死者は50人を超えそうだ。テレビは興奮した現場実況により大々的に、吹き上げる猛火と巻き上がる煙、慌しい消防団員の動きを映し出していた。テレビでこれだけ生々しい大惨事を放映し、かつて50人以上の死者を出した地下鉄駅構内火災に匹敵する大事故と報道していた。行方不明者はどうなっただろうと心配していたが、不思議なことに一夜明けて昨日のマス・メディア、つまり新聞とテレビニュースでは、一切その後の経過、被害は報道されなかった。そして、今日どこのテレビ局からも、このニュースの続報はまったく伝えられていない。
 一方同じころ国内では、北九州市で水道工事中に3人が酸欠により死亡したことを大きく伝えていた。
 今夜11時過ぎになってやっとTBSが、爆発した火災現場で取材していた記者のPCから、煙が噴出し慌てて外へ持ち出したら、電気系統から火を出し爆発した。関連性があるのかどうか、これも不思議な事件である。そしてPC爆発事件の映像も映し出された。
 事故発生当初あれだけ派手に報道し、相当の死者を出した大火災のニュース報道を、マスコミ各社はぷっつんと絶ったのだ。世にも不思議な物語である。火災が実際に起きたことは、あの混乱した現場と仰々しいニュースの伝え方を見れば隠しようがない。それが、世上から消えてしまったかのようなのである。まったく雲をつかむような話である。しかも今日火災現場近くのPC爆発だけが断片的なニュースとして伝わってきた。何かしら背後に意図的なものを感じる。とても尋常ではない。燃え出した火災がなくなってしまったのである。いや、事件が隠されている可能性が高い。死者は闇の中で処理されているのかも知れない。あれだけ世界中のマス・メディアが追っていた大火災が、ある時を境にまったく何事もなかったかのごときフォローなのである。亡くなった人たちはどうなったのだろう。現場では大騒ぎになっているはずである。
 どうも日本のマス・メディアが揃いも揃ってこの奇怪な事件を追及し、報道しようとしない姿勢もおかしい。各社とも取材活動を止めてしまったらしいのは、特別な理由があるに違いない。ことによると韓国公安当局による厳しい報道管制があったのではないのだろうか。それにしても仮に韓国政府から圧力や規制を受けたにしても、事実を正確に伝えなければならないマス・メディアが自ら矛を収め、その権利と義務を放棄してしまうのでは話にならない。ジャーナリズムが報道の自由と、公正に伝える権利を放棄したことになる。日本国内の事件ではないので、よく分からないが、それにしても不可解である。マス・メディアが一斉に取材から手を引いたように見えるのは、まず国家がらみの機密に関する不幸な事件であると考えざるを得ない。韓国政府にとって都合の悪い、機密に触れるようなアイテムだと思う。いずれ何らかの形で実情は暴露されると思うが、それにしても大火災発生と隠蔽事件は、予測出来ない怪しげな展開になってきた。

           2412008年1月10日(木) 出版社のレベルダウンは必至

 昨日のテレビ、今朝の新聞で中堅出版社「草思社」が民事再生法の適用を申請したと伝えた。一昨日の新風舎に次ぐ出版社の倒産である。草思社の場合はかなり知られたヒット作品を世に送ったので、やや意外な感じがした。しかし、良い作品やヒット商品をいくら販売しても、所詮後が続かないとなると、当然のことながら経営的には苦しくなる。その点で経営者が中長期的な経営計画をきちんと立て、会社と社員が一体となって事業展開を図り、読者の信頼を得て永続的に事業を続けていく志と強固な体制を構築していけるかどうかという点で、いまの出版業界には危機感があまり感じられない。
 これまで、報道内容や、発行書籍の大きな表現上の間違いについて、世間に誤解を与えたり、惑わしてきたマス・メディアは数知れない。個人的にもこれまで「ワールド企画」「NHK」「講談社」「選択出版」に対して、事実誤認や表現の誤りを指摘し、確認し訂正する約束を取り付けてきたが、この内「ワールド企画」は間違いを認めた後、まもなくして倒産した。「NHK」は当方の主張する主旨と表現上の間違いを認め、一旦は訂正し正しい表現を採用した。にも関わらず、内部の頑固な「間違い至上主義者」の声に押されたのか、性懲りもなく元の木阿弥となり、現在では各地のNHKアナウンサーは、再び間違った表現、言葉遣いのまま国民に話しかけている。これなんか典型的なNHKの老醜というべきか、視聴者を舐めきり国民の先頭に立って日本語を乱し、日本の国語教育をミスリードしているのである。「講談社」も、伝統企業としてのプライドばかり高く、断固自社の間違いを認めなかった。しかし、論理的に正論を突いたらあっけなく間違いを認め、訂正すると約束した。昨夏のことである。しかし、いまだに約束した「訂正公表」は実行されていない。マス・メディアなんて所詮変幻自在の軽業師のようなもので、その場の風当たりをどう避けるかという一点だけを気にして、顧客とか消費者に対して心から悔い改めるなんてことは露ほども考えていない。
 さて、旧蝋月刊誌「選択」を出版する「選択出版」社と、同誌12月号が犯した大失態について話し合った。あろうことか、いま話題の主、ロシアの次期大統領と目されているメドベージェフ氏のブロマイド写真を他人と取り違える大チョンボをやったのである。こういうお粗末を仕出かしておいて、まったく反省も謙虚さもなく、世間に対して頬かむりしようとしている。
 昨暮当方が指摘した通り、メドベージェフ氏の写真は「取り違えたので訂正する」とのお詫びを1月号に公告すると文書による回答があった。しかるに、訂正文は発行された1月号のどこを探しても見当たらないのである。何のことはない。誤字で結んだ回答文書は、意図的な大言壮語の欺瞞だったのである。その回答文書には言い訳とともに、「購読者の方々のご意見は編集部一同真摯に取り組ませていただいております」との白々しいメッセージまで添えられていた。真っ赤な大嘘である。よくもまあこんな嘘っぱちを、誤りを指摘した顧客に言えるものだなあと開いた口が塞がらない。重大ミスをしゃあしゃあと見過ごし、大失態は世間に黙って隠してしまおうというのである。これでは、次期大統領にもなろうとするメドベージェフ氏に対しても失礼ではないか。もはやメドベージェフ氏に関するコメントや、評論は今後同誌上には書けまい。
 マス・メディアには、自分たちが世論を形成しているとの思い上がりやうぬぼれが強い。もううんざりである。こんな気持ちだから、顧客である購読者や、常識人の意見や指摘に対して謙虚で誠実な対応も取れない。加えて、スタッフはインテリが多いと一般的に信じられているが、どうしてどうして、知的レベルも彼らが意気込むほどのことはない。文面を見ても手紙の書き方のイロハが分かっていなかったり、誤字が多く、これでは日本のマス・メディアも衰退するのではないかと他人事ながらいささか気になるほどである。
 「新しい情報誌を創るんだという心意気が編集部から失われています」とは、「選択」1月号編集員氏の嘆きであるが、これではまるで他人事ではないか。自分たちの知的レベルが急ピッチで地盤沈下していることに全然気づいていない。これが現実の出版業界の知的レベルと常識である。

           2422008年1月11日(金) 政治家の怪しげな行動と登山家の潔い行動

 新テロ法と称される、補給支援特別措置法が衆議院を通過、成立した。参議院で否決された与党が伝家の宝刀である「3分の2以上の賛成」条項を使い、同法を衆議院で可決、成立させた。この条項を使って法案が成立したという記憶がどうしてもない。何と57年ぶりだそうである。何でも競艇か何かに関係する法案だったらしい。憲法に則っているとはいえ、政治家のやることは普通人の感覚とやっぱりずれている。法律、この場合は憲法であるが、認められているなら、試行するのに躊躇する必要はないとの見解のようだ。法律をその通り履行するだけだと大見得をきるなら、自分たちの都合を優先させることばかり考えずに、普段から徹底的に法律遵守を貫けと言いたい。驚いたことに、この重要な場に民主党党首の小沢一郎氏が採決直前に議場を退出していなかったのもふざけている。その理由が大阪府知事選の応援というのだから、救いようがない。やはり政治家の常識と判断力は少し狂っているし、その小沢の政治センスはてんでお話にならない。
 そんな折り、政治家たちの汚いパフォーマンスがまた炙り出された。3日前に政党各支部が国の補助金を受けた団体から政治献金を受けた非常識を非難したが、何と政党ばかりでなく、政治家個人、特に多くの閣僚が団体から怪しげな献金を受けていたことが判明した。呆れた連中である。16人の閣僚が甘い汁を吸っていたらしいが、これははっきり言って収賄ではないだろうか。懲りない彼らに鉄槌を浴びせる一番効果的な方法は、議員数を削減することだ。彼らの気持ちを背水の陣に追い込むことである。そして、徹底的に政治家の行動を監視することだ。それ以外に政治家につける薬はもうない。
 さて、エベレストへ初登頂したヒラリー卿が亡くなった。今朝のNHK「この人にトキメキ!」に今年5月世界最高齢でエベレスト登山を目指す、75歳のプロスキーヤー・三浦雄一郎氏が出演していた。その時点では、まだヒラリー卿の死を知らなかったようで、夕刊をみると、登頂後にヒラリー卿に挨拶することを楽しみにしていたので、落胆したと素直な気持ちを述べている。それにしてもこの人のチャレンジ精神には脱帽である。75歳にして自分の限界に挑む闘争心は、現場を知らない高級官僚や政治家には絶対見られないものである。現場の厳しさと価値を知っている人だけが、悟る現場から得る信念と行動である。
 先日絵画を購入したアルピニスト画家・芳野満彦さんから個展を麻布十番で開催しているとの案内状をいただいたので、六本木ヒルズ周辺を散策がてら妻と出かけた。芳野さんは数年前に脳梗塞で倒れたので、もう本格的な登山は諦めたようだが、相変わらず好々爺然として、気さくな感じの方である。このように達観された方も政治家にはいない。よく私のことを覚えていてくれて、先日購入した「マッターホルン快晴」と中川一政画伯のバラ画をわが居間の壁に並べて掛けた写真を差し上げたところ、喜んでいただいた。芳野さんも中川画伯を尊敬し、好きな画家だとのお話だった。ここでまた、ハガキ大のスケッチ原画を2枚買い求めた。これもそれぞれ気に入ったもので、二人の息子に宛ててメッセージを書いていただいた。こういうものに普段あまり興味を示さない二人の息子に上げようと思っている。

           2432008年1月12日(土) 山崎洋さんの話を聞く。

 セルビアのベオグラードで活動している友人、山崎洋さんが一時帰国した。駐日セルビア大使館で開かれた、近訳書「ブランコ・ヴケリッチ 日本からの手紙」の出版記念会に出席するためである。その出版記念会に合せて、渋谷のNPO「歴史文化交流フォーラム」が定例セミナーの一環として、今日山崎さんと元朝日新聞記者砂山清氏を招き、講演会を催した。数日前に山崎さんから、その企画について手紙で連絡があり、ゼミにも声をかけたところ須藤晃くんが参加してくれた。
 大体450人ぐらいの人たちが出席したが、ジャーナリスト、大学教授、海外留学者、海外生活者、旧東欧圏文化に関心のある人等々、真面目でインテリの人がほとんどだった。実際現地へ行った人もかなりおられた。代表者は法政大学国際文化学部・南塚信吾教授で、やはり東欧方面の研究者だった。
 山崎さんはジャーナリストとしての父親について、父上が残された多くの記事を通して得た情報を要約して話されたが、中々話が上手で1時間少々よどみなくポイントをついて飽きさせず、時にはジョークを交えて話された。あんな追い詰められた時代だったが、日本人と違って外国人特派員は、精神的に余裕のある取材をしていたことや、日本人記者が得られない情報を持っていたことが訳書からもよく覗える。父上の送信原稿には、日本の社会状況とか、日本人の実生活、日本の文化や伝統、日本人が野球好きだという話等をユーモアたっぷりに書いている。初めて山崎さんの話を聞いて、話の論点を整理してうまくまとめて話す人だということがよく分かった。最近になって父上の遺骨を預かってくれた神父のトレースを追って行った結果、遺骨が戦火に遭って消失した場所が判明したので、偶々明日13日が父上の命日に当たることでもあり、明日その地を訪れ追悼するつもりだと話していた。場所は三軒茶屋だそうである。
 一番驚いたのは、その後の立食パーティで佐々木(平井)和子さんという女性にお会いしたことだ。佐々木さんは60年安保闘争にも参加して、その後チェコ・プラハのカレル大学へ留学したが、それよりも早大生だったころ檄を飛ばしに度々早大キャンパスへやって来た全学連書記長だった清水丈夫さんをよく知っているとの話には本当にびっくりした。清水さんの奥さんも早大生で友人だったと聞いて、意外な縁を感じる。元同志のスタンフォード大・青木昌彦名誉教授の「私の履歴書」の内容もよくご存知で、青木氏の性格、行動についても批判的だった。参加された皆さんは、真面目な方ばかりでNPO組織でポジティブに勉強に励んでいる。向上心に富んだ方々ばかりで、良い出会いだった。
 今日午後、雨の中を国立競技場で大学ラグビー決勝戦が行われた。出かける時間の関係で前半戦しか見られなかったが、久しぶりに決勝戦へ進出した慶応は、やはり好敵手・早稲田に及ばず、後半ミスが出てノートライのまま26−6で敗れ、残念ながら8年ぶりの優勝は成らなかった。

          2442008年1月13日(日) 日本の実力は本当に下ったか?

 台湾の立法院選挙で与党民進党が大敗し、党首であり国家総統・陳水扁氏が党首の座を降りることになった。台湾は一院制であるが、全113議席のうち野党国民党が三分の二を超える81議席を獲得し、与党は三分の一をも下回る、僅か27議席に留まった。民進党が主張していた台湾独立構想は頓挫するだろうし、次の総統選には現職・陳水扁氏はもう立たないだろう。
 日本でも福田内閣の人気が低迷し、薬害肝炎被害者一律救済以外の法律は一切通過していない。政治が機能しなくなっている。情けないことに、支持率は高々30%台前半である。アメリカでもブッシュ政権の人気が低下する一方で、お隣の韓国では、昨年12月に野党の李民博氏が次期大統領に選出された。それにしても今年はかなりの国で政権交代が実現するかも知れない。相変わらず権力基盤が磐石なのは、ロシアのプーチンぐらいのものだろう。
 今朝テレビで政治討論を見ていたら、日本の経済力が一人当たりGDPで比較すると、10年前の世界2位からいまや18位にまで低下している。実際国民は感覚的にその通りに感じていると思う。だが、人々が感ずる気持ちはともかく、現実には新たな発明、開発があり、産業界は収益性が高いし、かなりインフラ整備も進んでいる。GDPによる比較論が正しいのか、また、対ドル円高、対ユーロ円安という一言で言えない原因もあったと思う。その中でやはり問題は、低金利政策が景気回復の足を引きずっているというのが衆目の一致するところだ。海外の投資家は日本の低金利に嫌気がさして、資金を引き上げるばかりである。全般的な原因として、何人かの識者が指摘しているように、結局日本はリーダー不在が国全体をリードしていくうえで、発展の障害になっている。これは、深遠には政治と教育に問題があると思う。さらに付け加えれば、日本の社会構造が足を引っ張っていると思っている。ただし、リーダー不在というのはその通りで、程度の低い全政治家にその最大の責任がある。政治家の動き方を見ていると、実に頼りない。制度と権威と慣例ですべてことを運び、一部の政治家を除いては専門的に勉強し、国の発展のため、国民の生活向上のために努力しようという政治家が見当たらない。政局の中の遊泳術ばかり巧みで、日本の政治の骨格を作り上げる気持ちがまるでない。対外的に日本の実力評価はどんどん下がっている。早く現在の国会議員を削減して、質の高い議員を国民が送り出すようにしないと日本は崩壊してしまう。
 今日は今冬で一番寒い一日となった。

           2452008年1月14日(月) 父の七回忌に想う。

 父の七回忌を菩提寺・宝仙寺の太子堂で行った。改めて月日の経つのは早いものだと実感する。存命なら6月の誕生日で満百歳になるところである。昨日から次男が新潟から来ていて、長男は家族5人で大挙やってきた。晴れてはいるが外は格別に寒い。東京地方は最高気温が5.6℃で今年最低だそうである。
 施主の兄・紀男夫婦以下子ども夫婦、孫、ひ孫合わせて19人が参列した。当初は親戚にもお声をかけようとの気持ちがあったが、この寒い中をわざわざご年配の方々に遠路お越しいただくのが憚られたので、結局直系の親族だけで内々に済ませることにした。
 聞くところによれば、近年は家族だけでささやかに法事を行うことが多いという。亡くなった父も、いまは処分してしまった鵠沼の広い実家でひとり晩年を過ごした。母が割合早く他界したので、母が亡くなった直後は少々ショックを受け、取り乱したりしていたが、そのうちに立ち直って良い自然環境の中で、地域社会とも円満にお付き合いしながら静かで自由な生活を送っていた。近くに住む弟や妹がよく面倒を見てくれたお陰で、私には介護や世話の面で煩わしいと感じるようなことはなかった。生前の父は割合わがままだったが、明治生まれの男は昔気質の人が多く、それだけに生きていくうえで、戦争等により人知れず辛酸を嘗めたこともあったと思う。軍隊で北朝鮮の平城にも行ったし、会社では転勤も多く、母も大変だったと思う。
 私自身は性格的に父とあまり合う方ではなかったと思うが、何かにつけ困った時には、やはり一番頼りになる身近な人間として、相談することも多かった。
 一番印象に残っているのは、2年間も浪人して大学入試を前に、ダメだったらあと一年浪人したいと言った時、これ以上社会に出るのが遅れると取り返すのが大変だから、浪人は2年まででどこかに決めろと言われたことと、父の紹介で入社試験を受けていながら、面接試験で面接官が戸惑うような発言をした挙句に失敗して、自業自得のことをやったのだからもう面倒はみない。自分で就職先を探せと言われたことである。
 いずれも当然と言えば当然のことで、その後自分が何かを決断する時に、ふっと思い出すことがある。父も戦前戦後を通じて会社勤めも忙しかった中で5人の子どもを育てたので、現在と違って一人ひとりに過保護な育て方は出来なかったが、この年になってみると、やはり厳しさと愛情を持って接してくれたなあと感謝の気持ちが湧いてくる。心より父の冥福を祈っている。                              合掌

           2462008年1月15日(火) 酒のペンクラブ会合

 西新橋の「ひそか」で、酒好きの文士の集まり「酒のペンクラブ」の1月例会があった。以前に2回ほど参加したことがあるが、今回は先月号の機関紙「酒だより」に寄稿した縁もあって、11月の洞窟コンサートに参加した小中陽太郎さん、日経の西山貢さんからお誘いを受け出かけた「酒だより」も先月が第176号というから、随分長い歴史がある。酒だけを肴にして、いろいろ各地の酒、中にはキューバの地酒を持って来られ女性もいて、これほど酒を楽しみとして嗜む幸せな人たちの集まりは知らなかったが、文章作りのプロが集まって、持ち込んだ酒を飲みながら他愛なく楽しんでいる姿は、これまで知らなかった世界だけに面白い。これまで勤めていた会社と違って、思い思いに感じたことを他に気兼ねなく発言しているようで斬新な感じがする。新しい発想が生まれてきそうな気もする。
 終わって帰りに東横線沿線仲間の小中さんと大倉山の岡敬三さんとともに、小中さん馴染みの都立大学駅前のバーに立ち寄り、いろんな話を伺った。
 今日新風舎から拙著の引き取りについて社長名の書状を受け取った。この件について小中さんや岡さんからご意見を伺ったが、今後どうするか、次の出版も含め熟慮しないといけない。拙著については放っておいてもよいが、岡さんの経験に照らせば、新風舎に対して主張すべきは主張した方がよいようだ。

           2472008年1月16日(水) 人材不足で行き詰る日本社会

 昨年夏に起きたアメリカのサブ・プライム・ローンの破綻以来、アメリカ証券市場を中心に世界的な株安傾向が止まらない。日本の株式市場の下落も目を覆わんばかりである。今日の東京株式市場日経平均の終値は、対前日468.12円安で、4日連続して下がり、この4日間だけで1,000円を超える大幅の下落だった。昨年末以来でも日経平均は2,000円も下げている。日経平均がついに13,500円台になって、バブル経済崩壊期を思わせる勢いである。
 問題は、これだけ日本の株式市場が低迷して世界的に信用ががた落ちしている中で、政府首脳や、財務・金融当局は、相変わらず手を拱いているだけで、一向に新しい対策を打とうとしない。今年後半には株価は戻ると信じていると、保証のないおまじないを当てにしている馬鹿な大臣もいる。打開するには難しい局面であることは分かるが、このまま放置するだけでは国民の不安は解消しないし、金融当局には働く人は必要ないということになるのではないか。
 おりしも、オーストラリア近海で日本の捕鯨調査船が、NGOシー・シェパード船の追撃を受けて2人が強引に日本の調査船へ乗り込み、逆に取り抑えられたニュースがオーストラリアでは大きくマス・メディアに取り上げられ、スミス外相やギャレット環境相が日本を強く非難している。ギャレット環境相の如く、日本の主張はデタラメだと言うに至っては、いかに日豪首脳の間にコミュニケーションが欠けているかを如実に表している。これまで日本政府の外務省、農水省、環境省がいかに無能であったか、彼らは自分たちの任務、職務を何もやっていなかったのではないか。
 いまや政府職員の養成には、アメリカの大学、それもHYPS(ハーバード、イェール、プリンストン、スタンフォード)に派遣させて外交術、交渉術を学ばせることが、対外交渉上不可欠だと言われるようになっている。中国では年間8,000人をアメリカの大学へ留学させる計画だというが、日本では現状で80人だそうだから、いずれ中国あたりとマン・ツー・マンの交渉では勝負にならなくなってくる。こうして、日本は役人が海外のエリートに打ちのめされ、政治家は発育不全の世襲議員ばかりになって、国際社会の中で相手にされず、漂流するようになるのではないか。
 早くまともで、外国人と議論できる人材を養成しないと日本の将来は、外国の言いなりになる。

          2482008年1月17日(木) 阪神淡路大震災から13

 早いもので阪神淡路大震災から今日で13年になる。神戸ではいろいろな行事が行われたようだ。テレビでも神戸の様子をいろんな角度から伝えていたが、私には実体験がないので恐怖の臨場感は分からない。しかし、1999年8月にトルコで大地震に遭遇した時は現場にいて、腰を抜かさんばかりにびっくりした。阪神大震災だって、朝起きた時テレビ画面から煙の立ち上がる光景を見た時の驚きは、忘れようにも忘れられない。その晩のことだった。突然地球の裏側の、リオ・デ・ジャネイロの友人・アリンド・フルタードさんから電話があった。「神戸の震災をニュースで知った。セツオの家族は東京だから大丈夫だと思うが、神戸の友人は大丈夫か?」と知り合いの中に震災による被害者がいないかどうかを心配してくれて、わざわざ国際電話で尋ねてくれたものだ。神戸に知り合いはいないので、被害者はいないと伝えたら、安心して直ぐ電話を切ったが、こういうところまで細かく気を遣ってくれる外国人の友情に感激したものだ。
 午後、池袋にある東京交通短期大学を訪ねた。会社勤めのころに、部下として勤めてくれた桑原賢二さんから外部特別講師として講義してもらえないかと先日電話があり、その打ち合わせに出かけた。私が会社を辞めてから、彼はリストラされ、随分苦労したがこの短大に就職関係の業務ということで職を見つけ、現在では講義を持ち助教(一般的な准教授だと思う)として堂々活躍してくれている。喜んで引き受けることにしたが、こういう形で元の部下が頑張っている様子を見るのは嬉しいものである。彼の元気溌剌とした顔色を見ていると、水を得た魚のようである。日時は短大に委ねてあるが、彼のためにも期待に応えてあげて良い講義をしてあげたいと思う。
 夕方には、渋谷で山崎洋さんと再び会った。いつも日本に帰ってくるとお互いに旧交を温めながら、情報交換をしているが、山崎さんとの話はリベラルな話が中心になって、いろんな意味で触発される。聞けば、先日父上の遺骨を戦火で見失った場所が判明したとのことだったが、その場所、世田谷キリスト教会庭園で土を採取し、翌日富士霊園の両親の墓へ納めたそうである。波乱万丈の生涯を送られたご両親も喜んでおられるのではないだろうか。
 また、山崎さんから小田実さんに関する個人的な話も聞いた。1990年以前にミロシェビッチ大統領に対する反対デモがあった頃、ベオグラードで彼は小田さんを諌めたそうである。小田さんは一丁やるかと勢い込んでいたそうだが、山崎さんは、その当時のデモは学生主体でアメリカやNATOに支援されたものだから、これに労働者でも合流すれば基盤が出来るが、学生だけの反対デモではいずれ終息すると小田さんを止めたそうである。これも面白い話だ。山崎さんも小田さんを説教するんだから大したものだ。夕食は3時間以上に亘って日本酒とウナギで大いに盛り上がった。

           2492008年1月18日(金) 「選択」誌の訂正公告

 昨年12月以来、選択出版社との間で月刊誌「選択」12月号掲載の写真取り違いの件で立ち回りを演じていた。もちろん当方の写真ではなく、こともあろうに次期ロシア大統領と目されているメドベージェフ氏の写真を、別人の写真を使用した大失態について同社に指摘し、正式に訂正すべきではないかと申し入れを行った件である。それに対して編集部の名無しの権兵衛氏から1月号に訂正すると言ってきたが、その文言が1月号にどうしても見つからないことに対する不審を問い質した。
 今日になって漸く同誌編集長惠志泰成氏より署名入りの回答書を受け取った。返答の催促を含め、当方4通の手紙に対してやっと責任ある立場の人物から回答を得たというところだ。私が手紙を宛てた人物は編集人と称していて、ついに返事はもらえなかった。驚いたことに、業務の多忙もあるが、本職以外の大学の講義で返事を書く時間がなかった。また、3月一杯で退職する予定とのことだった。少々呆れている。こういう無駄なやりとりをしていると、会社の組織、人材、社員の能力、会社の責任感などが段々分かってくる。一応知りたいことの回答をもらったので、もうこれ以上当方の考えや、意見を言うつもりはない。1月号に訂正公告を掲載するとのことだった件については、掲載されていた。あまりの遠慮がちの訂正に当方が見落としていたのだ。しかし、読者の指摘に対しては真摯に対応するような掲載の仕方にはまるでなっていない。掲載はこうなっていた。「●前号82ページの写真はメドベージェフ会長ではなくメドベージェフ副社長のものでした」とあった。随分簡単なものである。しかも私が3回ほど全ページを見返して見つけられなかったほど小さな文字(フォントは記事の半分の大きさ)で欄外の下部に認められていた。こういう表現の仕方を真摯に反省というのだろうか。私にはとても理解出来ない。まあこういう一般人の理解では図れないところが出版業界の「常識」なのだろう。いずれにしろ、論理的に正論を伝えても責任逃れをしようとの本音がどうしても透けて見える。これは、今や日本社会が重症に陥っていてどうしようもないところまで来てしまった現実を、出版業界が示してくれたひとつのサンプルではないか。読者(消費者)から指摘された誤りは、出来るだけ早い内に謙虚に誤りと認め訂正することが求められるのではないか。こんな商道徳上当たり前のことが出版業界には出来ない。嘆かわしいことである。

           2502008年1月19日(土) 怖い高山病対策

 昨日の日経夕刊に「中国『秘境の旅』潜む危険」なる記事が掲載されていた。当初山深い奥地への旅のことではないかと思っていたら、副題に「高齢者らが高山病発症」と書かれていたので、ひょっとするとチベットを取り上げているのかも知れないと興味を持って目を通した。現地日本大使館の報告によれば、最近チベットを中心に高山病などで亡くなる日本人中高年旅行者が急増しているらしい。
 去年5月から10月までの僅か半年間に高山病などで死亡した日本人は、8人もいたというから驚いた。そのうち6人が60歳以上で、最高齢者は88歳だったというから怖い。やはり先日乗車した青藏鉄道が話題の中心になっている。この鉄道でチベットへ行く旅行者が増え続けている。チベット自治区は日本大使館に対して、旅行者が日程にもっと余裕を持つようにアドバイスしている。チベット旅行は基本的に高地旅行であり、高齢者の衰弱した肉体問題という以前に高山対策をないがしろにせず、予備知識を持たせることを求めているのだ。
 実際、先に参加したツアーでは毎日標高3,600m以上の土地を旅行したので、旅行会社では一人ひとりに毎日酸素缶1本とミネラルウォーター2本を配布して、それなりに旅行者に気を配っている。それでも19人の参加者のうち、6人が医者にかかったし、その中で5人が点滴を受けていた。添乗員に聞くと、今までのツアーでも参加者の約三分の一が医者にかかっていたというから、やはり普通のツアーとは大分違う。旅行会社としても、旅行者の健康問題を考慮すると、これまでのように健康管理は旅行者自身で気をつけるというだけでは済まないように思う。
 私自身体調を崩すということはなかったが、2つの点で今更ながら高地にいるということを再認識させられた。ひとつは、持参した血圧計で毎日計測していたが、血圧は若干高めという程度で特に問題になることはなかった。しかし、驚いたことに脈拍数が平常値の2倍に上がった。普段60前後の脈拍数が120近くにまで上がったのである。もうひとつは、外へ露出している肌の荒れ方が尋常ではなかったことだ。毎日ハンドクリームを塗っていたが、両手10本の指先がすべてひび割れ、あかぎれ状態になった。こんなことは今までなかった。いずれの異常な状態もチベットから北京へ到着した途端元へ戻った。滞在中は、酒と熱い湯は慎むように言われたが、賢明だったかも知れない。
 この計測した数値をグラフにして旅行会社に参考資料として提供して、今後のツアー手配と管理に役立ててもらいたいと思っている。それにしても、6875歳の賢明な知人はツアーにお誘いした時、行ってみたいが高山病が気になるので遠慮したいと言った。もし、参加していれば健康を害したかも知れず、止めた理由が納得出来る。

           2512008年1月20日(日) 何とかしてバカな政治家を追放しよう。

 一昨日通常国会が開幕した。福田首相の所信表明演説の評判があまり良くない。ねじれ国会で中々思うように政治が機能せず、つい野党・民主党に遠慮する意見しか「言わず」、「出来ず」で、世論の支持率も就任当初に比べてぐんと下がった。所信表明演説でもやたらに「国民のために・・・」という表現が目立つばかりで、言葉だけが宙に浮き本当に国民のことを考えているという気持ちがメッセージとして伝わってこない。国民に伝える政治家の伝達力が完全に衰えている。これでは「もうこれ以上は出来ません」とばかり無能ぶりをさらけ出し、政権を放り出した「長州のバカ殿様」、安倍晋三前首相と大して変わらないではないか。
 先日衆議院で与党が三分の二条項を使って新テロ法を採決した際、肝心の採決直前になって野党第一党の民主党小沢一郎党首が一票を投じることなく議場を去り、大阪府知事選の応援に駆けつけ物議を醸した。これを見ていると、焚き火をしていて火事になると慌てて逃げる子どもみたいで、この小沢という人間の無責任さには呆れるばかりだ。当然他政党や良識派の同党議員の間から批判的な声が上がり、罪の意識を感じた鳩山民主党幹事長が謝罪する一幕があった。民主党内もバラバラで分裂寸前を思わせる。それでいてご本人の小沢党首は、非難をまったく意に介さず居直り会見をして、新テロ法は国民のためにも、民主党のためにもそれほど重要とは思っていないと、この期に及んですごんで見せる。仮にそうだとするなら、新法案を国会に提案するまでもないではないか。ならば、それまでの新テロ法案騒ぎは何だったのかと問いたい。小沢氏の政治感覚とバランス感覚は少し狂っているのではないか。
 こういう国民を舐めきった国会議員と称するアホな「地方大名」が、大きな顔をするから政治がだめになり、国家が崩壊し、いずれ国民が路頭に迷うことになる。早いうちに、政局に明け暮れるばかりで理念のない、福田、小沢、町村、石破、両中川、麻生ら政界を牛耳る世襲議員連中を、何とかして締め出す方策を考えないと国民が、彼らの食い物にされるだけだ。

           2522008年1月21日(月) 心配な日本外交の将来

 「論座」2月号に中々秀逸な論文が載っている。戦後の日本外交が辿ったトレースと未来展望を分析したものだ。「日本外交を構想する」と題して、添谷芳秀慶大東アジア研究所長が寄稿したものである。論点は二つある。日本外交のスタンスに観念論が左右しているということと、日本の外交機軸は米中ロの谷間の存在ではなく、それらに捉われない、アセアン、豪州、韓国に軸足を置くべきであると提唱している。吉田外交の平和憲法による武力放棄を、何とか日米安保で下支えしてきた矛盾の経緯についても触れており、大筋で同感出来るもので内容的にも読み応えがある。
 これを読んでいると外交官は単なる職業外交官というわけではなく、政治力、先見性、教養、コミュニケーション力も持たなければ、国家の過ちに加担することになると示唆している。そのためには外交官は、平素から生きた正確な情報収集のために、現地の人と幅広く、ポジティブに接触する努力を怠ってはならない。
 どうも日本の外交官は、情報はパーティで入手するものだと思っている節がある。迫力も泥臭さもまるでない。特に地位が上がるにつれてそういう傾向がある。同誌上の「歴代の駐日英国公使1859-1972」書評欄にも書かれているが、「東京に駐在する外交官の中で日本の悪口ばかり言う人がいる。彼らはたいてい日本人の友人がいない」。これは、日本人外交官にとっても反面教師であって、引っ込み思案の日本人外交官には、プロトコールばかり気にして尊大なエリート意識が強い人が多く、現地の人たちとのコミュニケーションが少ない。その点では、賛否はあるが、ある面で外務ノンキャリア官僚の佐藤優氏のように、相手国の言葉を話せて酒も強く、どんな人とも対等に付き合い人脈を構築し、相手の懐に飛び込んで情報を手繰り寄せる、図太さがある面では必要である。場合によっては、「清濁合わせ呑む」度量も必要ではないか。
 日本の外交官は昇進の階段を昇るにつれて、自分の経歴に傷がつかないよう大胆な行動を慎む傾向がある。しかも、上に行くに従って赴任地における直近の勤務経験がない。情報を取るべき相手国の要人との間に緊密な人脈が構築されていない。自然情報収集は部下任せになる。これでは自分の直感や判断力が鈍って、独自の構想もまとまらないし、まったく外交面で力を発揮することは出来ないだろう。日本では一番重要な外交と防衛が弱々しいひよこなのだ。とても、したたかな一等国の外交官と太刀打ち出来るわけがない。日本には、まだ鎖国時代のトラウマが残っている。

           2532008年1月22日(火) どうなる株式市場の行方

 ここまで株安が進行するかと思うほど株式市場の低落傾向はひどい。昨日の東京株式市場の日経平均終値は、驚いたことに前週末比、五三五・三五円安の一三、三二五・九四円となり、二年三ヶ月ぶりの安値となった。それにも関わらず、今日も昨日に続き株価は下げ続け、対前日比七五二・八九円のダウンで、日経平均は何と一二、五七三・〇五円まで下がってしまった。私の経験上これまで一日でこれだけ下がったのを聞いたことがない。昨日と今日のたった2日間で一、二八八円も下げ、年初以来の値下げ幅は、実に二、七〇〇円を超えている。今日の夕刊各紙は申し合わせてように、東証一三、〇〇〇円割れをトップ記事で報道している。
 この惨状に対して、例によって福田首相の今日のコメントは「米経済の下ぶれリスクや金融資本市場の変動、原油価格の高騰などがわが国経済に与える影響を充分に注視していく必要がある」と、相変わらずノー天気で新たな金融政策を打ち出す気持ちはないようだ。もっとも昨日、この株安傾向に対して「福田政権になって具体的な金融政策が打ち出されないことが、原因のひとつではないかという専門家がいる」との質問を受けた首相は、「そういう専門家はいますか。いればお会いしたい」とまるで意に介していない。また、自民党伊吹幹事長も記者会見で「福田首相が経済・金融政策をよく分析していないとの声がありますが・・・」と同じような質問を受けて、「そういうあなたの分析がおかしい」と大物ぶり?を発揮している。また、担当の額賀財務相もいまは一喜一憂すべき時ではないとつれない応答である。
 いよいよこれでは日本の政治と金融政策はダメになるということを痛感する。いま咄嗟にどうすればよいかと聞かれれば考えあぐねてしまうが、大きな要因として、@米金融筋の信用不安、A外為市場の円高とドル安、があると言われている。そうだとするなら、当分この泥沼から抜け出ることは出来まい。多少株式を所有している身としては、これから先も気のもめることである。

           2542008年1月23日(水) ガソリン暫定税率はどうなるのか?

 今週の天気予報で今日は「雪」が予想されていたが、案の定今朝起きたら外はしんしんと雪が降っていた。辺りは銀世界で最近では珍しい。やはり日本の風景は古来花鳥風月がよく馴染んでいると思う。その中でも雪景色は日本の雅とか、わび、寂びの表現にぴったりである。
 さて、今通常国会で議論される中心テーマが何が何だかさっぱり分からない。ガソリンの暫定税率か、年金、医療、景気なのか。
 ガソリンの暫定税率は奇妙なことに、すでに三四年間に亘り「暫定」が継続されている。本来ガソリン収入は税率云々より、それ自体が道路特定財源になっていることが、むしろ問題になっていた筈である。なぜガソリンだけ特別扱いしたのか。この特定財源は、いまや五兆六千億円の巨額に達していながら、一般会計に対する財政投融資と同じように国民の目にそれほど触れられていない。国民の目を逃れながら、地方の道路財源を主に、要らない箱物を作る財源ともなっている。隠し玉みたいなものだ。いま急に表舞台に飛び出したガソリン減税を、どうしようとしているのか。ガソリン税暫定税率を延長しようというのか。これだけマス・メディアが報道するなら、敢えて他の税法と一緒にセットで法案を通すことも問題ではないだろうか。暫定税率廃止を声高に国民に訴えている民主党内も賛否両論で、中には政府案に賛成の民主党員もぞろぞろ現れてきた。同じ党内で喧々諤々の議論を戦わすのなら結構であるが、そういう過程を省略して一方的に国民の人気稼ぎに夢物語を発表されても困る。もうひとつ、政府も他野党もガソリン税に関して、分かりやすい説明をする責任があるのではないだろうか。

           2552008年1月24日(木) 新聞連載小説は面白いか。

 新聞連載小説をある面で楽しみにしている。朝日と日経を購読しているので、朝夕刊を併せると毎日4つの連載を読んでいることになる。中には、興味津々で翌日の続きを期待して待つこともある。ところが、全然面白くもなくおかしくもなく、実にくだらないと思えるような連載もあって、根気強く毎日読み続けている内についにさじを投げ出してしまうものもあり、それぞれ千差万別、玉石混交である。
 朝日と日経の小説を読み比べてみると最近では、断然日経に軍配を上げたくなる。最近の朝日はどうしてこうもつまらない小説を、次から次へと連載するのか。選び出す眼力がなくなったのではないだろうか。選出する編集責任者の慧眼に衰えが見えるのだろうか。まだ読んでもいない作品を採用する根拠は何なのだろうか。つまらない小説は、一般にストーリー性がない。漫画的幼児的、荒唐無稽、面白くない、感動を呼ばない、話の筋に一貫性がない、深みがない、等々に大体途中でギブアップしてしまう。作者は割合今風の売れっ子なのに、どうしてこうもつまらないのだろう。作者の売り込みとか、最近のネームバリューに負けたのだろう。
 その点で日経の小説の方が面白い。ただ今朝刊に連載中で、明治時代に賭場の抗争の末に台湾に流れ落ち、故郷九州を想いながら働く主人公を、鉄火女の妻や周囲の人物像とともに描いた、北方謙三の「望郷の道」にしろ、或いは、亡くなった画家の絵をめぐり、未亡人と出版社のやりとりを画家の故郷を背景に情感を込めて描く、夕刊連載篠田節子の「薄暮」にしろ、話の設定もよく出来ていて骨太く、考えさせられ興味もそそられる。流石に大御所の作品である。
 一方、最近の朝日の連載小説は、何とか読んでいるという感じであるが、それでも今の朝夕刊の二つの作品は、つまらない。夕刊連載の長嶋有の「ねたあとに」は読むのを止めてしまった。朝刊島田雅彦の「徒然王子」も今のところあまり読みたいという意欲を掻き立ててくれない。先日連載を終えた夢枕獏の「宿神」が、前半の話の展開から後半に期待をさせてくれたのだが、「あっと驚く為五郎」式に一気に完結となってしまった。後半の重要ストーリーをカットしたからだ。平清盛と西行法師の友情という珍しい組み合わせや、清盛の成長過程で武士と僧侶、公家のからみがどんな展開になるか期待していたところ、あっという間に何十年の月日が流れ、西行は浄土寸前の年齢に達し、清盛はすでに死んだというあまりのスピーディな展開には、呆気にとられた。肝心要の箇所で、期待していた内容が欠け落ちていますよと言いたいところが、案の定今日の朝日夕刊によると作者は、この点を充分承知したうえで別途清盛編を書くという。「書ききれぬ部分が残ってしまった。それは、たとえば‘清盛編’とでも言うべき部分であり、もっとわかり表現するなら、世に言うところの『平家物語』まるまるひとつ分である。あの『平家物語』の中で、清盛と西行がどのように生きたのか。あらためて、これを朝日新聞社の雑誌『一冊の本』で、連載させていただけることになった」。冗談じゃない。これまで熱心に読んでくれた読者を愚弄しているようなものだ。最初から新聞社と作家がグルになって新刊本として売りつけようとしているのではないか。大朝日も大朝日なら、作家も何を考えているのか。えらくせこいご時勢になった。

           2562008年1月25日(金) 深海のロマン

 不思議なことが起こるものだなあと感じた。今日新聞やテレビでも好感を持って伝えられたニュースである。今から15年前に川崎市内の小学校開校120周年記念として全校児童一千名が手紙を風船につけて空へ飛ばした。そのうち一通の手紙が、驚いたことに海底1,000mから見つかった。しかも千葉県銚子市の漁船が底引き網で体調50cmほどのサメガレイを引き上げた時に、その背に針と糸が引っかかって付着していたというから手が込んでいる。
 まれに見る珍事で、釣り上げた漁師も、手紙を書いた当時一年生だった女児も驚いていた。女児は今や大学生に成長していて、自分の手紙がこういう形で戻ってきたことに感激していた。ちょっと好いニュースで各テレビ局でも再三繰り返して報道していた。
 それにしても15年前の手紙がほとんど劣化することもなく、文字もはっきり判読出来て書き手の元へ戻ってくるような奇跡が起きるとは想像出来ない。いろいろ想像するとイメージは止め処もなく広がっていく。専門家が解説していたが、獲れた魚の種類がよかったそうだ。鱗が粘着質であることが幸いしたらしい。見つかった場所が何と川崎市から遥かに離れた、銚子市の犬吠埼南東45km沖の水深1,000mというのだから、幸運に幸運が重なったとしか思えない。中々好い話である。
 一方、NHKの夜のニュースで、東京湾の深海の映像を見せてくれた。東京湾出入り口の深いところに約一千mの深海があり、そこに生息する珍しい魚介類を紹介していた。偶々女子児童の手紙と関連づけて何となく海のどこまでも広がる青い海のイメージが甦ってくる。NHKは今日から新しい会長が就任したが、こういう海や、先日放送された月から見た地球の映像のような、夢を抱かせる素晴らしい番組を放映してくれるよう望みたい。

           2572008年1月26日(土) 新風舎倒産劇にショック!

 自費出版大手・新風舎が倒産して少々がっかりしている。一旦は民事再生法を申請して再建を模索していたが、結局申請を取り下げ再建は叶わなくなった。拙著「現代・海外武者修行のすすめ」は、知人の紹介で新風舎にお願いした経緯もあるが、幸い増刷して次に第三刷をしようというところまで来ていた。次の作品「停年オヤジの海外武者修行」にしても、前著とセットでシリーズ物として共同の販促を考えていた。前著は、手前味噌だが内容的に割合高い評価をいただき、帯表紙には小中陽太郎氏の推薦文をいただいた。新宿三省堂書店では長い間平積を二段にして、著者紹介まで表に出して販売に協力してくれた。冒険作家・椎名誠氏はわざわざ丁重な書簡をくれ、「・・・いやはや本当に面白い!! ものすごい冒険家ですね。映画を見ているようですっかり没入しました。いまの日本の若者すべてに読ませたいと思いました。私もハップンしております」とまで言っていただいた。新風舎でも次回作品を期待してくれていただけに残念で、無念やるかたない気持ちである。
 そもそも今回の倒産劇は、自費出版した人とのトラブルによる裁判沙汰が大きく報道され、用を失墜し急激に営業不振に陥ったのが最大の原因である。しかし、経営者側もただ漫然としているだけ他に落ち度はなかったか。経営面でせっかく発売した売れ筋の良書の販促に全力を傾けなかった、営業会社としての怠惰な体質があったように思う。絵本や、詩集等で数々の良書を出版していただけに、実に惜しまれてならない。特に、力を入れて協力してくれた詩人の谷川俊太郎氏や、江川紹子氏は失望していると思う。
 残念だが、次の拙著上梓のために、改めて別の出版社に当たらなければならない。前著は絶版となるので、若干手元にキープしておきたいと考えていたところ、過日新風舎から連絡があり、在庫処分のため、定価の四掛けで販売するという。これが、民事再生法を申請していたころの話である。在庫は残り199冊しかないとのことだったので、全部引き取ることにした。そして、数日後民事再生法を取り下げた時点で破産となり、新風舎では四掛けから二掛けへプライスダウンしたと連絡をもらった。結局定価1,600円(税別)を、320円で引き取ることで合意した。そして、今日199冊を送り届けてきた。安く引き取れたのは有難いが、自著の価値も下がったような気がして、いささか複雑な気持ちである。

 今朝の日経紙の最終頁「文化」欄に、日経文化部多田明記者の「自費出版拡大のひずみ」−大手相次ぎ破綻、問われる信用−と題して、書籍販売数減少下にも関わらず自費出版ブームは過熱気味で、今後も同種のトラブル発生に注意するよう警告を発している。
 今回の破産騒ぎで私自身に物質的な損害は一切ない。しかし、気持ちよく新風舎とコミュニケーションを保持していただけに、降って沸いたようなハップニングはショックだった。気持ちを切り替えてそろそろ次の上梓に向けて動こうと思っている。

          2582008年1月27日(日) 小田実の最期の姿と葬儀を収めたDVD

 昨日は、幕張小学校の新年クラス会、今日は小田急山岳部OB会新年会で飲酒の機会が続いている。もっとも以前は、ほとんど毎日飲んでいたことを考えると、最近は飲む機会も、飲む量もぐっと減った。因みに昨年1年間で飲酒した日数は59日だったから、6日に一回飲んでいた計算になる。この程度なら年齢的に考えてもそれほど多いということはない。実際かかっている森内科医も、松本整形外科医も飲酒量をこれだけ減らしたことに、感心していただいているほどだ。そのお陰で検査のたびに数値はよくなっている。まああまり気を抜かず、この週一ペースを崩さずにやっていければと思う。
 昨日、丁重な書面に添えて一枚のDVDが配達されてきた。小田実さんの玄順恵夫人から郵送されてきたもので、書簡では小田さんのことを「人生の同行者」といい、小田さんが大切にしてきたものは、古代ギリシャ文学と思想、哲学だったと書いてあった。DVDは小田さんの葬儀を記録したものだった。葬儀の一部始終とワシントンにあるベトナム戦争戦死者記念碑が建立された際に、小田さんが訪れた時の回想シーンや、胃癌で聖路加病院へ入院していた時の映像をコンパクトに1時間分をまとめたもので、葬儀の最後の感動的なシーンも入っていた。小田さんを乗せた車が葬儀所を出る時、期せずして参列者から湧き上がった拍手である。また、最後の力を振り絞るようにベッドから、日本は「自由」「民主主義」「平和憲法」の三つを結んだ唯一の国であると強い口調で話し、当時の安倍首相の進める憲法改正の動きを強く警戒していた。実に小田さんらしい最期であったと思う。市販のDVDではないので、小田実さんの良い思い出になり、私にとってもお宝になる。

          2592008年1月28日(月) 高島市長と話す。スハルト元大統領死去

 「構想日本」の懇親会が帝国ホテル系のグランドアーク半蔵門であり、予定より早めに出かけた。1997年に現代表の加藤秀樹慶大教授を中心に創設され、各界へ積極的に意見を発信して政界、地方自治体に少しずつ影響力を強めている。ニュートラルな立場から問題点に切り込んでいくので、好意的な意見が多かったり、事業仕分け等で効果の表れた分野では評価される半面、反対派の人からは抵抗も多いのではないかと思う。加藤代表には新年の挨拶をした。代表は細い身体にも関わらず、日ごろからかなりエネルギッシュに活動されておられるので、そのパワーには敬服する。存じ上げなかったが、昨年から財団法人・東京財団会長もされておられるという。日本財団の下部組織である。
 着席スタイルでブッフェ形式の会場だったが、右隣は沖縄4区選出の西銘恒三郎自民党代議士、左隣は48歳の若い海東英和・滋賀県高島市長だった。琵琶湖畔の高島市は「構想日本」の事業仕分けに熱心に取り組んでおり、大分成果も出ているようだ。東海道沿線ではないので、一般にはあまり馴染みのある都市ではないが、合併当初は歳入50億円、歳出300億円で完全に再建団体間違いなしだったが、歳出削減に努め、近年ようやく光が見えてきたとの話だった。江戸時代の陽明学者・中江藤樹の出身地で、今年は生誕400年を迎え、記念行事が開催されるという。小学5年の学芸会で幼少期の中江藤樹に母親からの手紙を届ける飛脚役を演じたことがあり、その話で盛り上がった。国松前滋賀県知事が遺骨収集で出かけるときに度々お会いしたが、市長も国松氏にはお世話になったと話していた。市長とは、少々時間はかかるが高島市の紹介PR図を作成すると約束した。その他にも大勢の方々とお話出来て、中々実りのある懇親会だった。
 さて、インドネシアのスハルト元大統領が亡くなった。86歳である。もちろん実際にお会いしたことはないが、印象に残る世界的な政治家のひとりである。
 初めてインドネシアを訪れた1966年、スハルト氏はインドネシア国軍の最高位にあった。しかし、その前年9月国軍による当時のスカルノ政権に対するクーデターを計画したのは、別人ウントン中佐だった。一時は流れがウントン氏へ傾きかけたが、軍を掌握していたスハルト氏が巻き返しスカルノを傀儡大統領の座へ追いやり、68年3月自ら大統領の実権を握った。私自身インドネシアで随分危ない経験もしたこともあり、その後インドネシア政界の動きから目を逸らさず注視していた。ついに戦後一貫して長期政権を維持していたスカルノ大統領は、まもなく失脚した。汚職と不正蓄財の代名詞だった「建国の父」スカルノ大統領の晩年は惨めなものだった。清廉潔白を謳い汚職の追放を旗印にスカルノ大統領を追放した軍人スハルト氏が、いままた同じような道を辿った。共産党員を含め相当数の虐殺の罪でも、世界中から糾弾されていた。ついにスハルト氏の罪が裁かれることはなかった。発展途上国にありがちな典型的な権力者交代の構図である。
 初めての海外旅行でまだ若かった当時、スカルノ贔屓のマスコミ報道に乗せられ、一時スカルノ大統領をインドネシア独立の功労者として尊敬すらしていたが、現地でその評判と実態を見聞すると、大違いであることを悟らされ、少なからずショックを受けたことがある。あれが、現地で「YK」=空気が読めないとダメ、つまり臨場感が分からないと実態も分からないと悟ったきっかけとなった。その意味では、スカルノとインドネシアは臨場感の大切さを教えてくれた反面教師と言えるのかもしれない。

           2602008年1月29日(火) ふるさとテレビ・セミナーと椎名誠関連記事

 ふるさとテレビの顧問を対象に、第1回セミナーが開催されると連絡をもらった時は偶々チベット旅行中だったが、すぐにチベットからメールで連絡し出席するつもりだった。ゲストスピーカーは軽妙なトークで人気の塩川正十郎元財務相である。実は塩川氏は挨拶されなかったが、昨夕の構想日本にも出席されていた。かつて文部大臣を務めておられたころ、大臣室でお会いしたことがある。
 塩川氏の話を楽しみにしていたが、今朝起きたら喉が痛く呑み込むと違和感があるので、事務局へキャンセルの連絡をしてかかりつけの森医院で診てもらった。大したことはないとのことで3日分の薬をもらって、血圧も診てもらった。血圧は大分安定してきたが、ここ数日外出し酒が入っただけで、簡単に風邪らしいものにとりつかれるとはいささか情ない。
 昨日から作家・椎名誠へのインタビュー記事「人生の贈りもの」が朝日夕刊に連載されている。ところどころに思い当たることがあって興味深い。椎名家は私たちと同じころ幕張へ引っ越してきて、兄の研二くんが同じクラスに編入した。とはいっても研二くんの方が若干早かったので、彼の方が席順は前だった。野球好きで何となく家庭環境が似ているせいもあり親しくなった。
 3年前のペンクラブ総会で誠さんと幕張について懐かしい話になり、共通の話題に笑ったものだ。あの当時度々椎名くんの家に遊びに行ったが、確かに彼の家にチビがいた。考えてみるとそのチビか椎名誠だったことになる。6歳年下である。誠さんも随分有名人になって、いまや売れっ子作家になった。研二くんは、26日のクラス会にも来なかった。以前はよく出席したのにどういうわけか最近はほとんど顔を見せない。60年前は私立ブームのはしりで、家庭的に余裕があれば誰も彼もが幕張小学校を卒業すると地元の幕張中学校(遠くて電車でなければ通学出来なかった)を敬遠して、私立中へ進学するのが流行りだった。クラスから市川学園へ進学したのが自分を含めて4人いた。研二くんは、どういうわけか千葉の先の四街道にある聖書農学園中学へ進学した。その後中央大学へ進み、今ではアパートを持って割合気楽な生活を送っているようだ。弟があれだけ世界中を旅行して冒険作家として名を売っているのに、兄は飛行機がまるきしダメだと言って遠方へは旅行しないと面白いことを言っていた。みんな懐かしい連中だが、もうあまり会うこともないのが寂しい。「人生の贈りもの」の続きを楽しみにしている。

          2612008年1月30日(水) ふざけた話3つ

 その第一は、ハンドボールの北京オリンピック決定戦の対韓国戦再選である。昨日女子チームが3421で敗れ、今日男子チームも2825で破れ、5月の最終戦で五輪出場最後のチャンスを賭けることになった。大騒ぎで再選が実現したが、そのあおりを食ってサッカーの国際試合、対ボスニア・ヘルツェゴヴィナ戦にはマス・メディアの目が注がれなかった。
 そもそも今回のハンドボールの紛糾原因は、中東の笛と称される中東チームに贔屓するレフェリーの八百長によって、日本と韓国が試合をメチャクチャにされ、国際ハンドボール協会に提訴して再戦決定を得たものだ。しかし、アジア連盟の役員がほとんど中東諸国出身者で占められ、思うように意見が通らない。ここに問題の病根がある。なぜ各国が平等の権限を持てる連盟に出来なかったのか。いままで抱いていた不満や不信をそのまま放置していたから、今回のような茶番劇になる。とばっちりを食らうのは、プレイする選手たちである。日本の協会役員ももっと毅然とした態度をとるべきである。
 第二は、相変わらず国会の猿芝居である。今日ミエミエの「つなぎ法案」を委員会で可決して、国会で決議するかと思ったら、あっという間に与野党が衆参両議長斡旋案を呑み、自民党提出のはずの「つなぎ法案」を取り下げるという。えらく時間をとり、国会の審議をストップさせ、法案を可決して取り下げるという滅多に見られない芸当を演じることによって、また先行きが不透明になった。いつまでこんな政局がらみの田舎芝居をやっているのか。政治家は口では、国民のためと言いながら、自分たちだけのためにしか動かない。
 昨年9月に安倍首相が、辞表を提出した際政治が空転し、副首相が代行者としていれば政治が動いたことを自覚していながら、いまも副首相を置いていないのが良い例だ。「喉元過ぎれば暑さを忘れる」の類で一向に反省が反省になっていない。こういう馬鹿な政治家たちは、もう必要ない。一気に半減させれば、真面目に仕事をするようになり財政削減にも効果がある。政治家の数が多すぎるのが、政治が停滞する原因だ。政治家の数を減らそう。
 第三に、また中国からの輸入食品で食中毒者が出た。複数個所で複数の家族が災難に遭った。中国がすべていけないということではないが、あまりにも国家として甘い。国が甘いから、関係者の反応も感覚も鈍い。惚けたり、見当違いの言い訳をしている。日本政府が中国政府にきちんと食の安全管理について、注文をつけるべきである。

           2622008年1月31日(木) コンテナ・ターミナル見学

 「JAPAN NOW観光情報協会」による東京コンテナ・ターミナルの見学会が行われた。一般人が簡単に入れる場所でないので、出来れば一度見学してみたいと思っていた。
 品川駅港南口からバスで20分程度の大井埠頭にある日本郵船東京コンテナ・ターミナルで、ビデオで概略を知ったうえで、ビル屋上から目前に広がる日本郵船専用のコンテナ専用船のヤードを見下ろしながら、担当者の説明を受けた。丁度ヨーロッパ航路のアクエリエス号が入港するところで、しばらく見ていたが、ガントリー・クレーンは活躍すれど、ほとんど人影が見えない。
 作業の大部分は徹底してコンピューター化されている。船舶自体は完全にIT化され、極端にマンパワーが省力化されている。
 早速白沢事務局長よりJN情報紙に見学記を書くよう厳命されたが、500字以内というのはとても無理だ。もう少し字数を増やすよう頼んだら、700字以内という。これとて無理な話。まあ、とにかく書いてみた。これでも800字になった。以下は推敲前の初稿である。
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コンテナ・ターミナルなんて、刑事ものか、ヤクザもののテレビ場面でしか見たことがない。しかし、今や海外との物流取引の一大拠点となったコンテナ・ターミナルをぜひ見てみたいものだと思っていた矢先、1月31日午後JN協会による見学会が実施され、松尾理事長以下27名の会員が参加した。
 JR品川駅から貸切バスに乗って約20分で、日本郵船・東京コンテナ・ターミナルビルへ到着。会議室で20分間のビデオ観賞によって事前研修をすませる。日本コンテナ・ターミナル社の文谷嘉宏課長の案内で4階レベルの屋上へ出て説明を受けた。その後質疑があった。目の前に広がるコンテナ船専用コンテナ・ヤード(総面積275,400u)と二つのバース(停泊場所)を見下ろすと、かなりの数のコンテナが整然と置かれている。丁度ヨーロッパ航路7万トン級のコンテナ船アクエリエス号が7号バースに接岸する瞬間だった。
 波止場で立ち働く港湾労働者の姿は見えず、本船荷役とヤード・オペレーションはすべてターミナル内のTOPSシステムによりオペレートされている。船上のコンテナは現場労働者の手を煩わすことなく、コンピューター制御によりトラックまで運ばれる。極力マンパワーを排除している。聞けば、入港したあの巨大な船舶にも僅か20名程度の船員しか乗船せず、3交代制で徹底した省力化により人手はほとんど要しないそうだ。
 かつては、埠頭も国が管理して入港順に各バースに接岸していたようだが、今では船会社別に固有のバースを管理しながら、自社船舶の荷役業務を行っている。
 見学後の質疑応答を通して推測されたことだが、海運会社にとっては長い冬の時代を潜り抜け、近年は中国貿易の拡大発展に伴い飛躍的に物流量が増え、コンテナ・ターミナルの需要も増大している。その地道な仕事場に光を当てる、有意義な見学会だった。