2007年9月

                         1102007年9月1日(土) 不誠実で脳力低下の講談社

 昨日講談社の一社員から手紙が届いた。先日来同社野間佐和子社長に対して説明を求めていた質問に対して、代理として回答してきたものである。いままで私の3回の質問に対して、漸く間違いを認めた内容である。一件落着とほっとしているが、それにしても出版業界最大手の講談社にはまったく誠意が見られず、そのうえ社員のレベルの低さ、お粗末な対応には呆れ返った。 社長であった婿養子の夫の急死により、急遽社長職を継承した野間佐和子社長には、会社全体の経営はもちろん、現場の営業、管理がまったく分っておらず、ましてやリスク・マネジメントなんかまるで理解できていないようだ。大きなお世話であったが、私の質問は、最近同社発行のあるベストセラー書の表紙帯の言葉の使い方が間違っていると指摘したものだ。
 いかに講談社が会社としての体をなしていないか。第一に、外部の正しい指摘に対して長い間無視していたことである。卑しくも、間違っていたら謙虚に間違いは間違いと認めるべきである。第二に、社長宛の、しかも三度目は親展書留便に対して、漸く誰か分らぬ社員が一方的に詫びてきたことである。社長に成り代わって、返事を書くには、それなりの立場の人物がこういうわけで代理として返事を書いたと名乗るべきである。にも拘わらず、差出人は同社の学芸図書出版部の「淺川○人」というだけで、どういう立場にあって、どういう権限と責任を負った人物なのか一向に不明である。第三に、返事をくれた淺川○人氏なる人物が手紙を書きなれていないと見え、まったく手紙の書き方のイロハが分っていない。封書に講談社とあるが、アドレスが書いてない。受け取り拒否したら郵便局が困る。それに、文面をみると日付が漏れ、結語はあるが前文の起首が落ち、差出人の淺川氏の名前が2箇所あるが、いずれも読み取れない。最もおかしいと思ったのは、言い訳の中で、社内の一部から私の指摘の通りだとの声はあったが、読者(私も買おうと思ったが、こんな間違いを犯すようでは信用出来ないから買わなかっただけだが)から疑問が出なかったからそのままにしていたという。いずれ訂正したいということだが、いつ、どういう風に訂正し告知するのか明確に書かれていない。まったく中途半端であいまいである。この人は一体何を考えているのだろう。こんなイージーな考えと教養で出版に携わっているのは、不遜ではないか。少なくとも出版という人並み以上に教養と、知的レベルを求められる仕事に関わっている人物が、この程度の認識しかない。しかもそういう人物が社長の代行として返事を書いて、それを世襲社長が認めている。
  講談社というのは、もう少し歴史と伝統、そして出版業界の王者としてのプライドがあると思っていた。馬鹿らしくてこれ以上正論を突きつける気にもならない。聞くところによると、思い上がった講談社は永年保っていた出版業界トップの座を、今年2月決算期で、ついに小学館に譲ったという。至極当然だろうが、小学生の頃「少年クラブ」をむさぼり読んでいただけに、何とも寂しい気がしてならない。げに情けないのは、世襲経営者とボンクラ社員が働く、優良だった伝統企業だ。よほどしっかりしないと一気に会社は斜陽に向かうぞ。これまでの経営者や社員に対して申し訳ないという気持ちはないのか。

                        1112007年9月2日(日) 初めて文士劇を観る。

 小中陽太郎さんから文士劇のご案内をいただき、知研秋田事務局長と日比谷公会堂へ出かけた。この文士劇は、確か生前遠藤周作さんが熱心にやられていたように思う。文壇関係者と政治家の方々が、共演するユニークなもので一時はかなり話題になり、新聞等でも取り上げられていた。
 受付にいたら武士姿の小中さんに後ろから肩を叩かれた。「草奔崛起!高杉晋作と奇兵隊」と題して、小中さんの役柄は高杉晋作の兄貴分、周布政之助で見事な自決シーンを演じられた。文士はあまり知った人がいなかったが、政治家は呉越同舟で、かなり著名な自民、民主、国民新党ら国会議員と地方議員、学生、企業経営者等賑やかな顔ぶれだった。素人芝居だけに、時折トチったり、台詞を忘れたり、大砲の轟音と画面のタイミングが合わなかったり、政治家らしい台詞が出たり、終始笑い通しだった。台詞を覚えきれていない出演者が何人かいて団扇を読み続けた人、眼鏡をかけていた人などがお愛嬌だった。3時間はやや長いが、結構厭きずに楽しめた。終演後小中さんに楽屋を案内してもらった。生憎民主党藤田幸久代議士が席を外していたが、出来れば世襲議員制度について話をしてみたかった。
 その後秋田さんと開業間もない「ペニンシュラホテル」へ、見学がてらコーヒーでもと行ってみたら、千客万来でお茶を飲むための長い行列がロビー内に延々と続き、止むを得ず他店に入る。有楽町駅近くのカフェで時間をつぶした後に、ゼミ仲間と約束の銀座「ライオン」へ駆けつける。
 われわれ38年卒業組前後の仲間が12名集まった。一種の暑気払いであるが、気兼ねなく仲間同士で話しあえるのが、いつもながら楽しく、あっという間に時間が経ってしまう。今日の話題は、先日の日テレ番組「私は貝になりたい」で解説役を務められた小松隆二先生のお話を伺うことであり、いずれ来年学長を務めている「東北公益文科大学」と日本海、酒田市を訪ねようということである。先生から最新刊「公益の種と蒔いた人びと」をいただいた。
 もうひとつの話題は、6月にオーケストラのチェリストとしてデビューした、赤松晋さんの次回コンサートが11月に行われるとのことなので、みんなで応援に出かける決起集会の場になったことである。ゼミには、クラシックからタンゴまで音楽に詳しい仲間が多く、私のような軍歌派とは次元が違うが、まあ結構話しているだけで愉快である。いつまでもこういう学生仲間のフレンドリーな雰囲気を保ち続けたいと思う。

                        1122007年9月3日(月) 悪い奴ほどよく眠る。

 風前の灯の安倍内閣で、自らが組合長を務めている農業共済組合の補助金不正申請がばれて、遠藤農水相が大臣の職を辞することになった。またかという感じである。とにかく悪質である。大臣に就任して僅か1週間の早業?である。これまでの大臣短期在任記録のワースト2だそうだから、呆れ果てる。農水大臣は発足1年未満の安倍内閣になって4人目である。今度の若林新農水相は、前大臣が辞職するたびに臨時大臣を務めていたので、今回の正大臣を含めて安倍内閣で4度農水相を拝命していることになる。これはもうギネスブックものである。大量生産で、まるで大臣のための産業革命である。坂本外務政務官も不正疑惑で辞任、玉沢徳一郎代議士は事務所経費五重計上が明るみに出て自民党離党、まだまだありそうだ。おかしいのは職の辞任だけだが、議員職を辞めさせるべきではないか。そして、次の選挙では被選挙権停止というくらいのお灸をすえないと、この悪党集団の病癖は治りそうもない。
   さて、悪循環がまだ続いている。どん詰まりの年金問題で保険料横領がまた明るみに出た。自治体職員が懐に入れた保険金が約2億円というのだから恐れ入る。先日公表された社会保険庁職員の横領が1億余円だったから、現在判明しているだけで3億円強の保険金が役人にこっそり奪われていたことになる。しかし、これは案外氷山の一角で、まだまだ余罪がありそうだ。役人には罪の意識なんかまるでないようだ。これは社保庁に限らず、他の省庁でもあるのではないかと疑心暗鬼になってしまう。当然関係者から全額返してもらい、過去に遡って責任をとらせるべきである。
   かつて三船敏郎主演の「悪い奴ほどよく眠る」という映画がヒットしたが、「悪い政治家と役人ほどよく眠る」を製作公開したら、いまならヒット間違いなし。

                        1132007年9月4日(火) 瀬島龍三氏の功罪

 瀬島龍三氏が亡くなられた。戦後政財界でとかく話題になった人である。伊藤忠商事会長まで上りつめた人だから、日本経済の成功者とカリスマ的に崇める空気も根強い。中曽根首相時代には行財政改革に取り組み、当時の中曽根首相のブレーンとなった人であり、国鉄、電々公社、専売公社の分割民営化に貢献した人である。
   しかし、一方で関東軍参謀として戦前から終戦まで戦争と縁の深かった人でもあった。シベリアに11年間も抑留されていたこともカリスマ性を煽った。
   厚生省遺骨収集事業に関わっていたころ、日本遺族会の役員の方から瀬島氏の人となりをじっくり伺ったことがあったが、その頃からどうもこの人は、生き方において一般人とは違う考え方をする人だと思っていた。95歳で亡くなったのだから天寿を全うしたわけで、中曽根元首相がすぐ弔問にかけつけるほどの方であるが、一方で言を違える人も数多い。その筆頭は、太平洋戦争史に詳しい作家・半藤一利氏で、あれだけ戦争にかかわっていながら、自分の知っている戦争に関する歴史や、秘史を全く口外せず、真実をあの世へ持っていってしまったと極めて批判的である。鳥越俊太郎氏もそう言っていた。戦没者と遺族に対しても責任があると仰っている人もいた。
 私はこの人は戦争犯罪人だと思っている。私が生まれた昭和13年に陸大を首席で卒業し、以来陸軍の中枢部で作戦立案に関わっていた。つまり大東亜戦争を作戦面でリードしていた人である。もうこれは誰が何と言おうと戦争責任から逃れられない。しかも終戦の1ヶ月前に関東軍司令部へ配属され、ソ連と何か秘密事項を話し合っている。日本人シベリア抑留もソ連と瀬島氏との裏取引ではなかったかという識者もいるほどだ。極東軍事裁判でもソ連の証人になっていたとは、驚天動地の驚きである。何かが隠されている。瀬島氏は秘密を握りつぶしたまま逝ってしまった。ある面で戦争責任から逃げて、卑怯だと思う。
 関東軍参謀、伊藤忠元会長ということで、ヒーローのように扱っているが、こういう人が戦争を大きくし、犠牲者を多く生んだ原因を作ったのではないだろうか。騙されてはならないと思う。死者を鞭打つのではなく、もっと瀬島氏の功罪を追及し、はっきり検証すべきだと思う。

                        1142007年9月5日(水) 久しぶりに大型台風首都圏を直撃か。

久しぶりに台風が首都圏を直撃しそうな様相だ。台風9号が今日のところは八丈島近くまで近づいているが、都内は明日の夕方暴風圏に巻き込まれるらしい。いま真夜中12時を過ぎたところだが、外は雨と風がかなり強くなってきた。最近は天気図を正確に把握することが出来るので、精度が高まりほぼ予想通りやってくる。昔は、二百十日とか、二百二十日と呼んで、台風襲来確率の高い日を春分の日から起算していたものだ。いまではそんな情緒のある言葉も聞かれなくなって、防災記念日とか何とか、艶のない表現をするようになった。当時は掌握できる限りの情報を掴んで、不十分な気象図を素に全力を傾注して予報を発信していたものだが、今では、所謂「雲を掴む」気象衛星が雲の流れとスピードを瞬く間に把握してしまうので、予想もしやすくなったということだろう。これでは、気象がらみの俳句なんかはちょっと無理だと思う
 明日、明後日と外出するので、少々心配だ。

                        1152007年9月6日(木) JAPAN NOW 観光情報協会企画会議

 毎月恒例の企画会議に出席するため、断続的な降雨の中を麹町にある海事センタービルへ出かけた。以前膝を痛める前は、毎日代々木の事務局へ出勤していたが、その後はほとんど顔を出すこともなくなった。しかし、一応理事の末席を汚しているので、いつも献身的に活動される方々には申し訳ないと思っている。せめて読んで喜んでもらえる原稿を、定期観光情報紙へ書いてお役に立ちたいと思っている。
 冒頭に先月突然亡くなられた橋元雅司副理事長(元国鉄副総裁、元JR貨物社長)へ黙祷を捧げた。7月の企画会議には出席されていたので、突然の訃報に驚いている。あまりお話したことはなかったが、3年前一部九州新幹線に乗車して福岡を訪れた九州支部設立総会で、東海道新幹線を敷設する際に、資金集めに苦労され、世界銀行に掛け合った裏話をされたことが特に印象に残っている。大変懐の深い方だったように思う。ご冥福をお祈りする。
 企画会議の議題は、参加しなかった7月の白山市(石川県)シンポジウムの報告、9月以降の活動計画として、今月21日広島市内で開催予定の中国支部設立総会、11月札幌市で開催予定の北海道シンポジウム、来年予定される宮崎市の九州支部大会のスケジュールが松尾理事長と白澤事務局長から話された。すべてにはとても出られないが、精々宮崎大会へ参加して、序でに鹿児島で枕崎線西大山駅を訪れて、日本最南端の駅を制覇してみようかと気楽なことを考えている。
 私は雑談風に、先月の小田実さんの葬儀と追悼デモについて勝手なおしゃべりをした。
 ところで、今日も政治家のおカネに絡む問題で新聞、テレビが盛り上がっている。つい最近改造内閣の遠藤農水相が補助金不正受給で辞めたばかりだが、昨日から上川陽子少子化担当相、鴨下一郎環境相、丹羽雄哉自民党元総務会長らが続々と資金管理団体の帳簿を訂正している。曰く「単なる記載ミスなので、訂正する」とのことである。一向に悪びれる素振がない。加えて遠藤大臣の後釜に座った若林正俊新農水相も、遠藤前大臣と同じ悪さをやっている。彼ら、悪代官の金銭感覚は一体どうなっているんだろうか。
   夕方から夜半にかけて、予想通りかなり風雨が強まってきた。雨戸を打つ音がうるさいので、今夜は熟睡というわけにはいかないかも。

                        1162007年9月7日(金) 「ふるさとテレビ」創立2周年記念

 顧問を務めているNPO法人「ふるさとテレビ」の創立2周年記念行事の一環、シンポジウムと懇親会が永田町・憲政記念館で催された。著名な役員、顧問が綺羅星のごとく並ぶ中で面映い気がするが、中々面白そうな企画だったので出席した。
 オリックス会長・宮内義彦氏の基調講演と同時に、小泉純一郎前首相も講演を行う予定だったが、どういう行き違いか、小泉前首相の予定がつかなかったのか、急遽中止になった。しかし、事前にこれだけ大勢の参加者(500名超)に呼びかけておいて、小泉氏周辺に取り立てて緊急の用件、事態が発生した情報も伝わっておらず、不参加が判明した時点で万難を排して参加者へ「小泉氏欠席」の連絡をとったのか、運営管理上些か無責任の謗りは免れないと思う。それを期待して参加された方もおられ、冒頭から日出英輔理事長のお礼を兼ねた、お詫びになったのはお愛嬌を通り越して、少々お粗末に過ぎたと思う。それを救ったのが、この種の試みとしては予想外に有意義なシンポジウムであった。テーマは、「今、これから、ふるさとが面白い。ふるさとの元気を語ろう!」と題して、コーディネーターに練達の士、日本総合研究所会長・野田一夫氏、パネリストに元国土交通省事務次官・岩村敬氏、女優ジュディ・オングさん、ドトールコーヒー名誉会長・鳥羽博道氏、ANA総合研究所社長・浜田健一郎氏、前大分県知事・平松守彦氏、衆議院議員・藤井裕久氏らその道の錚々たるエキスパートばかりで、経験豊かな野田氏の巧みな誘導で中々興味のある味わい深い話、エピソードを聞くことが出来た。
   話に説得力があり、なるほどと思わせる話をしてくれたのは、平松氏、藤井氏、ジュディさん、鳥羽氏の四人で、はっきり言って岩村氏と浜田氏の話は大して面白くなく参考にもならなかった。やはり現場経験の少ない人の話は深みがなくて興味を起こさせない。平松氏は官僚上がりではあるが知事を6期も務めただけに、従来の陳情行政では駄目で地方分権をとの思いを率直に訴え、地元大分のために一品一村運動を実践させた実績と、地域を活性化させるための住民の前向きな意欲について語られた。藤井氏は自分の幼少時の戦争体験から、「平和」と「緑」がいかに大切か、また、ある程度の社会的地位にある人が、こどもの頃に感じた大事なことは、「環境」「母」「勉強しなさいと一度も言われなかったこと」と話されたことは、なるほどと納得出来るものだった。ジュディさんの応答は、見事だった。失礼ながら、これほど頭脳明晰な方とは思っていなかった。日本で育って台湾人としての家庭教育、故郷台湾へのノスタルジア、そして若い時期に外国から日本を見ることが自分のふるさとに思いを募らせることにつながると分りやすく説明してくれた。芸能界に生きる人の中では、元々頭のよい人だと思っていたが、これほどとは感じていなかった。鳥羽氏の幼少時とブラジルでの体験から、いまの政治家への失望感などもよく理解できた。
   隣のホールで行われた懇親会は、ごった返すような人ごみでそそくさとその場を後にしたが、野田氏の好リードで進行されたシンポジウムは、久しぶりに楽しく有意義で、印象深いものだった。

                        1172007年9月8日(土) ゆとり教育は見直されるか。

 先月末、文部科学省は中教審小学部会、並びに中学部会に対して学習指導要領の改訂を提示した。小学校で約40年ぶりに授業時間が増え、教科では五教科の授業が増え、5、6年生には英語授業を導入することになった。その代償としてゆとり教育の象徴である「総合学習」時間が減じる。中学校では、全体を増やし、五教科とともに保健体育が増える。小学校と同じように、いまやままっことなった「総合学習」時間数は当然減少される。
 それぞれに賛否両論はあるが、文科省は割合簡単に結論を出した。しかし、ことが教育問題だけに、それで充分なのかどうか、気になるところである。個人的な意見としては、あまりにも軌道修正が早過ぎると思っている。「総合学習」を採用したのは、2002年からで、まだその成果の善し悪しは現れていないと思う。あまりにも拙速過ぎるのではないか。「総合学習」を取り入れたことに対する評価、結果分析、反省等は公式にはなされていない。こんな中途半端でいい加減な感情論だけで、大事な教育の根幹が左右されるのでは、現場の教師や、保護者、こどもたちが戸惑うばかりでたまったものではない。「総合学習」時間数を減らすことの善し悪しを論ずるよりも、高々5年の実践で愛想尽かしをして「教育を短期的に考える」傾向を助長する関係者の見識を疑いたい。こういう人たちは、実は一番教育に関わってはならない人たちなのではないか。これに対して文部官僚の声はほとんど聞かれない。
   さらに、私の見解は細部的には、小学校の英語導入は必要ないと考えている。早く外国語に接して慣れるのは、確かによいかも知れない。しかし、その代わりに国語や他の教科を犠牲にして、英語を2年早くスタートしたからといって、必ずしも一人前にならない英語を採用したことによって、将来的にどれほど教育面でプラスになることか。それに教える教師の養成も間に合わないのではないか。いつか知研のセミナーで、ベストセラー書「国家の品格」の著者・藤原正彦先生が、絶対反対と言っておられたが、私もその通りだと思う。日本語が満足に出来ない奴に限って、そういう無茶なことを言う。
   昨日のシンポジウムで平松守彦・元大分県知事が、地方分権を力説しておられたが、私の経験上からいっても、教育行政だってアメリカやドイツでは、完全に地方に置かれ、州が変われば制度も異なる。その功罪までは承知していないが、教育は国が直接関わらない方が、スムーズだということを象徴しているのではないだろうか。
   学習指導要綱の改正で全体的に増加する、時間数を一週間の日程の中でどう調整し収めるのか。すでに一週間5日制が定着してしまっただけに、いまさら6日制に戻すわけにもいくまい。聞けば、毎日早朝授業とか、放課後補習授業とか、或いは夏休み短縮とか、角を矯めて牛を殺すようなことばかりやって、大騒ぎさせ、教育現場を混乱させて、官僚はこれっぽちも責任をとらない。まさに日本は「役人大天国」である。

                        1182007年9月9日 義母7回忌

 今日、9月9日を古くは重陽の節句といった。6年前に亡くなった妻護江の母・川手乙女の7回忌を、府中市多磨墓地で執り行った。宗派は曹洞宗で住職はわざわざ山梨県北杜市内の龍岸寺から来られた。施主の義兄夫婦、長男家族、長女に、近藤家ではわれわれ夫婦に長男家族5人を合わせて、14名だった。次男は新潟市に勤務していて、どうしても仕事の都合がつかず来られなかった。
 庭を隔てて隣に住んでいた義母が亡くなったのは、妻が外出中の午前中、次男に昼食用のおそばを届けに行かせたところ、顔色を変え戻って来るや、「おばあちゃんが死んでいるよ!」との声にすぐ駆けつけたところ、廊下で寝巻き姿のままうつ伏せに倒れ、口から異物を吐いていた。すぐに119番へ連絡したら救急車と検視官が来られ、死亡が確認された。前日までそのような気配はまったく見られず、慌ただしく逝ってしまった。
 優しく良い義母だったなあと懐かしく思い出す。特に、隣に住んで、二人の息子を可愛がってもらったので、余計に感謝の気持ちでいっぱいである。
 9月9日というと、昭和51年の今日、初めて文部省教員海外派遣団の添乗員として一ヶ月間欧米の学校、教育機関を訪問したことを思い出す。爾来20年以上に亘って文部省派遣団をお世話することになり、多くの国々を訪れ、自分自身も教育について沢山のことを勉強することが出来た。とりわけ教育施設を見学出来たことは、その後旅行業界人としての道を歩む上で、得ることが大きかった。特に、当時あまり訪問する機会のなかった社会主義国を訪れたことは、自分が学生時代から社会主義というものに関心を抱いていただけに、貴重な体験になった。ことに、ブルガリアの経済高校で、ブルガリア語で教えている経済学の授業を参観していても、マルクス経済学を教えているということが、何となく見当がついたものだ。
 私にとって、旅行業者として一歩大きく踏み出すきっかけになったのは、ひとつは、ビルマへの戦没者慰霊団であり、もうひとつは、この文部省教員派遣団である。その意味でも、今日がその文部省派遣団の第一回の出発日であったというのは、何か縁があるのかも知れない。
   序でに言えば、昭和51年9月9日という日は、中国の毛沢東主席が逝去された日でもある。

                        1192007年9月10日(月) 「鯰亭通信」を読む。

 いよいよ臨時国会が召集された。今朝シドニーから帰国したばかりの安倍首相にとっては、心身ともに疲れきったところで、正念場を迎えることになった。前日シドニーの記者会見で、来月末に期限切れとなるテロ対策特別措置法の延長に、職を賭して取り組むと強い決意を表明した。参議院選挙惨敗でも責任を取ろうとしなかった首相が、ねじれ国会の前途を憂慮したのか、中々潔い決断だと思ったが、「蛇の道は蛇」で、そう単純なものでもないらしい。各夕刊紙の論調や、TVキャスター、政治評論家の見方は、退路を断つ小泉流のやり方の二番煎じで、見え見えの手法と極めて評判が悪い。安倍首相ではもはや何をやっても賞味期限が切れたと見られているのだ。この先、テロ特措法の扱いは、対米関係も斟酌してどう取り扱うのか。興味が尽きない。 今日、会社でも、高校でも後輩の田渕守くんから、手紙に添えて、彼が中心になって発行している労働広報月刊紙「鯰亭通信」を郵送してきた。時折送ってくれる。相変わらず、腰が据わって正論と理念を、しっかりした論調と組版でまとめている。よくやっているなと感心する。田渕くんは共通の見解を有する同士と社内にサークルを結成して、働く者の立場から現場労働者の切実な声と、現場の実態を絶えることなく発信し続けている。同通信も今月号でもう135号になった。長い間、先頭に立って、会社の方針に対立する活動を継続しているので、彼に対する会社の評価と対応は厳しい。田渕くんも割り切って、以前から「生涯一現場労働者でありつづけよう」の姿勢を貫く考えを公言している。私は必ずしも全面的に彼の主張や、行動に賛成するものではないが、真面目で誠実な人柄と努力、そしてその考え方にかなり共鳴する点がある。会社勤めの傍ら、努力を積み重ねて「行政書士」「特定社会保険労務士」などの資格を取得するなど、そのポジティブな姿勢には敬服している。同僚のために筋の通った主張をしているだけに、会社から冷遇視されている田渕くんについ同情してしまう。好漢田渕くんのこれからの活躍を願ってやまない。
 9月7日付135号に目を通すと、瀬島龍三氏の死去に触れ、コメントを遠慮がちに書いている。田渕くんの父上もシベリア抑留者だったそうだが、そんなところからも「生涯一現場労働者」の道を選択したと書かれていた。シベリアについて黙して語らなかった瀬島氏の罪はやはり重い。

                    1202007年9月11日(火) あれから6年

 あの忌まわしいニューヨークの9.11テロから丁度6年の月日が流れた。あの日は義母通夜だった。葬儀場の待合室のTVで実況生中継されるおぞましい事件を目の当たりにして、愕然とし、しばし呆気にとられたことを思い出す。いま国会で問題になっているテロ特措法も、このテロ事件が引き金になった。ブッシュ米大統領が「これは戦争だ!アメリカに対する挑戦だ!アメリカに仕掛けられた戦争だ!」とTVを通してアメリカ国民に興奮気味に訴えた。あれから6年が経過して、国際社会にはテロ撲滅のためなら有無を言わせぬ強引な手法さえ許され、世界は戦争の脅威に晒されているのが実態である。今日のTVニュースは、6年前を回顧する番組が目白押しだった。とりわけ異常だと感じたのは、ニューヨーク市警が国産テロリストと名づけ、イスラム教徒で35歳未満、犯罪歴なし等の移民をほとんどテロ準備罪みたいな形で身柄を拘束してしまうことだ。アメリカも疑心暗鬼のうちに相当病魔に冒されたと見え、自由な国だった筈が不自由な国へどんどん突き進んでいる。
 先日亡くなった小田実さんがテロから僅か10日後に、こういう声明を発信している。
 「アメリカ合州国政府は、声高に『報復』を叫ぶ。『戦争』への準備を着々と進めつつ、要人テロを認め、さらには『核』による攻撃も辞さないと脅しをかける。少し待て。今、『自爆』テロの野蛮に対して、戦争によって『報復』する−これは、はたして文明がなすべきことか。
 殺されれば殺す。暴力と逆流する暴力の、果てることがない連鎖の中に20世紀はあった。いや、これまでの人類の歴史はあった。仕返しの『私刑』はまた仕返しの『私刑』を生み、『報復』は互いの間で無限に続く。文明とは、この無意味な『連続』にとどめを刺そうとする人類の意思のことではないのか」(アメリカ合州国の「報復戦争」に対する声明より抜粋−良心的軍事拒否国家日本実現の会)
 今年四月交通事故で亡くなったアメリカの著名なジャーナリスト、デヴィッド・ハルバースタムが、生前このテロを予測していたという。当然CIAは、予測していて何らかの術を打つ筈であったが、先手を打たれたというのが本当のところだったらしい。日本では、佐藤優が彼独特の勘と、彼の人脈から得たインテリジェンスにより予測していたと彼の著書にはある。自慢話めくが、私もある程度予感した一人である。私の場合は、過去の海外における反米テロを時系列的に辿っていった後で、テロの1年半前実際にタリバンの巣窟近くの、アフガンとパキスタン国境・カイバル峠を訪れ、国境周辺部落に立ち並ぶ銃砲店の異常な繁盛振りを目の前にして、9.11テロとは確信出来ないものの、近いうちに大きな反米テロが引き起こされる兆候と可能性を感じ取った。その予感については、テロの翌月旅行業界のセミナーで講師を依頼された際に、説明したことがある。
 こういう事件というのは、現場にその前兆らしい異様な空気が流れるもので、それをどうやって感じ取り、摘み取るかということが、一種の危機管理ではないかと思っている。つまり、何事も現場の臨場感に敏感であるか、そうでないかによって、場合によっては事故や事件を未然に防ぐことが出来ると思っている。私が時折講師として話す「旅のリスク・マネジメント」ではしばしばこの例を取り上げる。
 それにしてももう6年か。一向に世の中は落ち着かないなあ。

                    1212007年9月12日(水) 安倍首相ついに辞任

 ついにその時が訪れたと言うべきであろうか。国会の各党代表者質問がある筈と思い、午後1時からTVを見ようとスイッチを入れた途端、慌ただしく安倍総理辞任を報道していた。まさかと思ったが、お坊ちゃん総理は本当に職を放り出してしまった。9日シドニーでは、職を賭しても特措法を延長したいとブッシュ大統領に約束し、記者会見で大見得を切った。そして、一昨日臨時国会冒頭で総理大臣としての所信表明演説を行い、今日は鳩山民主党幹事長、麻生自民党幹事長、年金問題で自民党を追求している民主党長妻昭議員が代表質問をする予定であった。それが、突然‘僕や〜めた’と相成った。国会軽視、国民愚弄、のかつてない職の辞し方に、誰も彼もが呆気に取られている。一国の総理大臣ともあろう者が、こんな無思慮で無分別な行動をとって良いものだろうか。誰かが言っていた。試験日の朝になって、突然子どもが学校へ行くのが嫌になって止めたようなものだと。  自民党内もてんやわんやで、党内にも安倍首相に対する批判が強い。しかし、つまるところ議員内閣制の日本では、総理大臣は第一党である自民党議員の推薦によって決まるのだ。こんな人物を総理大臣に推薦した自民党議員も責任を感じてもらわなければいけない。結局安倍首相の首相としての器、資質がその地位に相応しくなかったということになる。安倍首相の出自は政治家としては、一見申し分のないものだ。しかし、考えてみると所詮安倍首相も世襲政治家である。お坊っちゃんで、苦労知らず、難事に際しては取り巻きがすぐ助け舟を出してくれる安穏な環境の中で、ぬくぬくと育ち、親や親戚から帝王学を教えられてきた。現場で生身の苦労を味わい、外部との交渉を自分で学んできたのかということになると、不十分だったと考えざるを得ない。今の日本の政治家への道が、あまりにも世襲に集中していることにも問題がある。彼ら世襲政治家が機能不全に陥っているのではないか。やはり、世襲政治家問題にメスを入れ、改善しなければ、またボンクラ総理が登場するような気がする。
 今日は朝から晩まで日本中大騒ぎで、TVは番組組み換え、新聞も全国的に号外を発行したらしい。国会会期中、国連総会開会、テロ特措法期限切れ、等々の切迫した問題を抱え、まったくな時間を送っている。やはり政治家ほど国民感情と乖離していて、気楽な稼業はない。

                        1222007年9月13日(木) 動き出した次期首相候補

 昨日の唐突な安倍首相の辞任劇で、マス・メディアはてんてこ舞いをしている。それにしてもわれわれ国民は、1年間相当程度の低い人物を総理大臣として担いでいたことになる。
 個人的に言えば、「美しい国」だとか、「戦後レジームからの脱却」とかの空虚な言葉を並べ立て、肝心の政策をやり遂げようとの意思が皆無だったとの印象が強い。職を賭するとまで公言した特措法期限延長を早々に諦め、局面を変えた方がよいとの勝手な解釈で政権を放り投げてしまったのだから、後始末が大変だ。問題山積の年金問題のうち、本来の年金改革より社保庁の不祥事による不明件数5千万件対応に追われ、来年3月までに解決すると危うい約束をしてみたり、空約束の文書だけを乱発している印象を国民に与えている。大体「美しい国へ」を読んでみれば分るが、祖父岸首相が強引に改定した安保条約を、国民の多くがなぜ安保改正に反対するかをよく調べもせずに、こんな立派な法律はないなどと言って、安保改正に反対した連中は、胡散臭いとまで決め付ける狭量な人物が、反対意見をも受け止めて反論しなければならない責任者の地位にいられるわけがない。安部首相に言わせれば、私のように安保反対に熱を上げた人間は、胡散臭いということになる。冗談じゃない。安倍さん、あなたの方がよほど胡散臭いじゃありませんか。
 今日何人かの次期総理候補が俎上に上がってきた。満点という人はいないだろうが、安倍首相ほど酷い後継者は、もう出て来ないだろう。せめてもの慰めとするか。

                        1232007年9月14日(金) インバウンドツアーへの期待

 小泉内閣時代に、海外からもっと観光客を呼び込もうと国土交通省が旗振りをして、官民一体となって地道に観光振興施策、‘VISIT JAPAN’キャンペーンを推進してきた。少しずつ効果が表れてきたようである。所属するNPO法人・JAPAN NOW観光情報協会もほんのささやかではあるが、広報、啓蒙活動の面でお手伝いしている。
 いま中国から大勢の観光客、ビジネス客が来訪しているが、その数もうなぎのぼりに増加している。しかし、その中で、インバウンド業務対応の遅れが指摘されている。かつて、僅かではあったが、インバウンド業務を取り扱い、自分自身も箱根の外人用パッケージツアーを企画した経験から、出来る範囲で何かお手伝いしてあげられればと考えていたところに、高校時代の同級生から中国人インバウンドに係る箱根ツアーの宿泊ホテル紹介を依頼された。中国人旅行者の取扱数が、最も多い旅行社のひとつで、都内では最近オープンしたばかりの「ペニンシュラーホテル」を起点に、日光ツアーでは「鬼怒川パークホテル」と交渉し、ほぼ順調だそうだ。箱根では、小田急の「箱根ハイランドホテル」と「山のホテル」を推薦した。今日両ホテルを経営する国際観光活ノ藤社長と面会し主旨説明をしたところだ。近々、中国系旅行社王社長、及び友人と、国際観光鰍ニの中を取り持つ予定にしているが、うまく行くことを願っている。
 政界は、次期首相が誰になるかで話題が持ちきりである。候補者も昨日最初に立候補した額賀財務相が、あっという間に降りてしまった。入れ替わって福田康夫元官房長官と、麻生幹事長が立候補を表明して、当初麻生氏有利との下馬評だったが、今日中に9派閥の内、ほぼ8派閥が雪崩を打つように福田氏支持と相成り、俄然福田氏優勢となった。いよいよ‘待ちに待った’派閥政治の復活である。福田氏は昔の派閥と今の政策研究グループは違うと否定してみせたが、ほとんど同じである。また福田氏得意の詭弁を弄している。早くも改革後退の気配を窺わせる。

                        1242007年9月15日(土) また世襲政治家が国のトップか?

 本来なら今日が敬老の日である。土、日と休日が続くので、17日(月)が敬老の日となった。個人的なことだが、39年前の今日、妻と見合いをした。翌年5月に結婚してあっという間に、自分が敬老と呼ばれるに相応しい年齢になり、来年は古希を迎える。
   年内に近藤家の菩提寺、宝仙寺の墓地の一隅に、本家の先祖と別れて新しい墓石を建てる話を進めている。昨日もその件でお寺さんと石屋さんと話し合った。先行きの準備として、それなりの生命保険はかけてあるし、借金もないし、葬儀についても次男のラグビー仲間でよく知っている中川くんが経営している葬儀屋が万事滞りなく手配をしてくれると思うので、大病さえしなければ、周囲に大きな負担をかけることもなく、この世とおさらばすることが出来る。
 まだまだ健康面で大きな心配はしていないし、知識欲だけは衰えないので、これからもポジティブに進んでいきたいと思う。  さて、自民党総裁、総理大臣選挙は、完全に後追いの福田康夫元官房長官が逆転リードして、自民党国会議員の約8割票を獲得したと報じられた。政治の世界というのは、普通の社会とは別の行動をとるようだ。23日の投票日までに論戦を展開するという。しかし、待てと言いたい。いやしくもいまは国会開会中である。華々しい論戦が戦わされている筈だった。この際首相を決めるために時間をかけるより、副首相該当者が首相職を代行して、国会論議を進めるべきではないだろうか。目前にテロ特措法期限切れや、年金問題が山積しているのに、何をやっているのかと問いたい。恒例の国連総会にも今年は出席しないという。日本の国際的な評価は下がるばかりだ。どうせ、安倍首相だって、次期首相だって、国民の審判を受けていないわけだから、極端に言えば、良識ある議員がワンポイントで舵取り役を務めて急場をしのげばよいのではないか。しかる後に、解散して国民の信を問う手順でよいと思う。いまのままでは、徒に時間を浪費するばかりだし、国際社会の評価は下がり、外の動きにとてもついていけない。
   それにしても政治屋の政局はどうなるのだろうか。また、世襲政治家がお山の大将になる様相でしらけてしまう。

                        1252007年9月16日(日) デンマークからメール

 自民党の次期総裁、つまりは総理への選挙立候補者は結局二人にしぼられ、福田康夫元官房長官と麻生太郎幹事長の一騎打ちとなった。昼過ぎの二人の所信表明演説を聴いていたが、予想通り何ら目新しさはなく、民主党と話し合い、調和路線を歩んでいくのだろう。私より2歳年長の福田と2歳若い麻生。横柄な福田か、下品な麻生か、人間的にはいかがかと思う二人の、あまり面白みのない決戦となった。
   ところで麻生氏は、地方で頑張っている例として、新潟中越沖地震で被害を受けた石川県加賀温泉の「加賀屋旅館」を、具体的に名前まで持ち出して、褒め称えていたが、NHK全国放送の所信表明演説で、一企業のPRをすることが果たして許されるのだろうか。失言が懸念される麻生氏だが、この件については、いつも政治家のあら捜しをするマス・メディアまでもが問題視しないのはどうも解せない。
 今日デンマークで公認ガイドをしているという女性から、メールをいただいた。偶々私のHPを見る機会があったそうで、遠くから意見を求めてこられた。15年旅行業に携わっておられるようだが、悩みがつきないようだ。知的財産を増やしながら旅を楽しむ欧米の旅行者に比べて、1時間以上博物館を見学する日本人は皆無と言っておられる。私が永年お世話していた「TOWN CLUB」の人たちなんか、文化、芸術に高い関心を持っておられた。だから、個人的にはそうでもないと思う。特に、彼女は年齢的に近い若い人を割合評価している反面、年配者の行動に対して手厳しい。どういう種類のグループをお世話したのかまでは、分らないが、彼女がまだ若いだけに若者に対して好意的で彼らを見る目が優し過ぎるのではないかと思う。私は、年配者の方がよほどまともだと思っているので、一応一般論を伝えた。外国で日本人旅行者をケアするのは、難しいし、気苦労が絶えないと思う。いずれ、もう少し時間が経てば、年配者の本当の姿も、若者の実像も分ってくると思う。いずれにしろ、真面目なガイドさんが落胆しないような、振る舞いを旅行者もするべきである。

                        1262007年9月17日(月) 平和ボケしている場合ではない。

 今日は本来の15日から2日延びた敬老の日である。総務省の統計によれば、日本人人口の21.5%が65歳以上だそうだ。男性の65歳以上の比率は、18.8%だが、女性は実に24.1%で、ほぼ女性の4人に1人が「お年寄り」である。年々高齢化が進んでいる。こういう現状で、首相へ立候補した福田氏は、「若い世代に希望を、高齢者に安心を」と訴えている。高齢者が安心できる社会を作るには、当たり前のことだがお金がかかる。二人の候補者はそれぞれに自分ならこうすると政策と信念を披瀝した。それは、当然であるが、肝心要の財源については二人とも黙して語らず。特に、予算編成期になれば、必ず消費税値上げ議論が持ち上がるのは明らかである。それにも関わらず、二人のリッチな世襲候補者は、まったく消費税値上げについては触れず仕舞である。家業で政治をやっている人は、当然自分に都合が悪く嫌なことは言いたがらない。結局こういう政治家は信頼するに当らない。相変わらず暢気な日本である。
 戦火のイラクでは、与党である統一イラク同盟から、サドル師派が脱退した。いまのマリキ政権はいよいよ危なくなってきた。この不安定なイラク政権を支えているアメリカ政府はどう出るか。このまま進めば、16万8千人の現地兵力から3万人程度撤退させると考えていたブッシュ政権は、撤退計画を一部軌道修正せざるを得ないのではないか。国際的に多事多難なこんな時に、のんびり地方遊説をやって「讃岐うどんは東京で売れている」などと気楽なことを喋っているノーテンキぶりだ。こんなことで果たして大丈夫だろうか。

                        1272007年9月18日(火) 前途に光が見えない。

 二週間に一度近所の整形外科へ通院しているが、今日から頚椎を伸ばすプリーを数値12から14に上げた。従来より心もち強く引っ張られるという感じだが、さほどの違和感はない。このリハビリだけでももっと頻度を増やせばよいのだろうが、中々思うように時間がとれないので、診察してもらう時に一緒にリハビリをやってもらうことにしている。今日の診察は問診だけ。明後日の消化器の内視鏡検査に備えて、明日は食事管理が面倒だ。3月の大腸の内視鏡検査の際もうまくない検査食に往生したものだ。護江は今日、明日とコーラスの合宿で箱根へ出かけている。
 リオで行われている世界柔道女子48kg級で、谷亮子選手が金メダルを獲得した。「ママでも金」と言っていたが、子育てしながら有言実行するところは大したものである。今大会の日本勢は全く精彩がなかったが、これに勢いづいて、女子の塚田、男子の棟田が金を獲った。こういう明るいニュースがある一方で、暗いニュースは引きもきらない。
 東北地方の大雨で死者、行方不明者が出ているが、秋田では観測史上1時間当たり最高の雨量を計測したそうである。河川は氾濫し、家屋は損壊し、農作物は大きな被害を蒙っている。折角収穫間近かになって「あきたこまち」や「ひとめぼれ」が、打撃を受けそうである。
   悪い奴では、埼玉地検の検事が暴力団組長と取引していたことが発覚したり、京都では16歳の少女が父親である警察官を殺害したり、兵庫県の私立高校では、自殺した高校生を同級生が恐喝していたことが判明してその同級生が逮捕された。自然は荒れ、世の中は殺伐たる様相を呈してきた。悲しいニュースでは、長嶋巨人軍名誉監督夫人が急逝された。ヤクルトの古田監督が成績不振の責任をとり、今年限りで球団を辞めるという。
 首相候補者二人は、自民党国会議員へ挨拶回りだとか。地方が疲弊していることは事実であるが、これを強調し過ぎるあまり、今日の朝日朝刊第一面は「地方自民『公共事業を』」と出ていた。地方出身議員は、自分の票のため、地方への公共投資と地方税交付を強く訴えている。それは分らないでもないが、これでは‘百年河清を待つ’の類で、問題は一向に解決しない。むしろ、財政事情逼迫の折、一層国家財政をピンチに追い込むことになる。小泉改革ですら、あれだけ強引にやってもまだ道半ばで、必ずしも財政改革が成功したとは言い切れない。これを逆行させて、元の赤字財政へ戻すことは、果たして国民的合意を得られるのか。益々増える赤字を将来どうやって正常化するのか。福田、麻生両氏は長期スパンでこれにどう取り組み解決していくのか。ふたりの演説とパフォーマンスからは一向に答えが見えない。

                        1282007年9月19日(水) 教育改革はどうなるのか?

 不甲斐ない安倍政権下で、目玉のひとつである教育基本法は改正されたが、その中身とその実行性が問題だ。ゆとり教育は引っ込められ、授業時間数が増えることになり、道徳教育もどうなるのか今のところさっぱり分らない。徒に各委員が自説を主張しているような気がしてならない。中教審が学習指導要領の改定を巡り、道徳を教科として認めるかどうか、結論を出せないでいる。今朝の新聞に拠れば、日本の教育予算はOECDの中で、国民総生産(GDP)比で下から2番目だ。更に主要国の中で、日本は小中学校の1クラス生徒数が最多である。かつて、40人学級が目標とされていたが、今や日本の小学校の1クラス当たり生徒数は28.4人へ改善されたが、まだアメリカの23.1人、ドイツ22人よりかなり多い。アメリカや(西)ドイツの小学校を視察した時の印象では、もっと少なかったような気もするくらいである。その当時、これくらいの生徒数なら、担任教師も目が行き届くのではないかと思ったし、一緒に視察した先生方も少人数を羨ましがっていたほどである。
 振り返って自分自身の小学生時代は、40人前後だった。それが、私立の中学へ進学した途端、60人を超え、2年生時は同クラスに64人いた。当時の先生もさぞかし大変だったと思う。
 あれやこれやで教育改革も試行錯誤と朝令暮改を重ねつつ、安倍首相のお声がかりで教育再生会議等を立ち上げ、張り切っていた矢先に、突然首相辞任ではしごを外された感じの委員たちは戸惑うばかりである。
 後継首相には、最初にきちんとした後始末と、これから先の方向性を国民にはっきり確約してもらいたい。

                        1292007920日(木) 国は国会空転、私は内視鏡検査

 何だかよく分らないうちに、国連がらみでテロ特措法に絡む案件が国内外でいくつか問題になってきた。
   まず、国連安保理事会でアフガンの国際支援部隊の任務を延長する決議を採択した。その前文に(日本の)海上阻止活動へ謝意を表する文言が挿入された。棄権したロシアから一国の国内事情によって、特別の採択がなされたことに対する反発があり、ロシアは棄権に回った。また、他の国からもこれまで全会一致で決議されていたが、今回初めて棄権票を出し、その慣習が崩されたとの批判がある。一方国内では、自民党は民主党が求めていた国連のお墨付きを得たと言うし、民主党は後追いでとってつけたような条項によって左右されるものではないとのコメントを発表し、両党の対立にまったく歩み寄りはない。自民党が企んだのか、外務省が考えて行動したのか分らないが、アメリカに泣きついて外から特措法延長へ支援を求めるような、おかしなパフォーマンスには、なるほどとその手練手管に感心するが、筋道が間違っているのではないかと思う。
 それほど切羽詰っているテロ特措法の期限切れなのに、臨時首相も決めずに、ただ国会を空転させて、無駄な経費を使っている。国会は1日の休会で約3億円の無駄が発生するという。こんな中で普段は訪れもしない農村や中小工場を訪れてパフォーマンスを繰り返している二人の総裁候補者は、一体何を考えているのか。世界は日本の政治ごっこを呆れて眺めているのではないだろうか。
   さて、今日近くの東京医療センターで大腸、正確に言えば下部消化管の内視鏡検査を受けた。内視鏡検査はこれで5度目であるが、この総合病院は、かつては国立東京第二病院と呼ばれていた。行革により組織と名称が変わり建物も新しくなった。何よりすべてが衛生的で清潔感が感じられるのがいい。予約してあるので、時間前に行けばきちんと対応してくれ、安心してお尻へ管を入れてもらうことが出来る。昨年の検査時より、検査時間がかかっていい加減に勘弁してくれという気分になったが、こればかりはやむを得ない。点滴をすべて終えるまでに2時間半ぐらい費やした。
 一応自分自身を安心させるために毎年3月に人間ドックの検査を受け、念のために精密検査を受けた方がよいとの診断があれば、この国立の大病院で再検査してもらうことにしている。今日の検査は、3月のレントゲン及び大腸内視鏡検査の結果、肺と消化器を設備の整った病院で精密検査してもらった方がよいと、人間ドックの医師にアドバイスされたので、先日東京医療センター総合内科で相談のうえ、それぞれ精密検査を受けることにしたものだ。肺部分のレントゲン精密検査はすでに終え大丈夫とお墨付きをいただいた。今日は残りの消化器系の内視鏡検査を受けることにしたものである。結果は28日に伺って教えてもらうことになっている。多分大したことはないと思っている。
 内視鏡検査というのは、検査自体よりその前日と当日の食事管理が大変である。毎度のことで少しは慣れてきたが、指定の検査食だけしか食べられないのが、やはり辛い。昨日も一日中指定された食事と水だけなので、お腹は食べた感じがしない。そのうえ、昨夕から今朝まで下剤を大量に飲むので、トイレに行く回数が増え、だるい気分になる。何でも美味しく食べることが出来る健康の有難みを感じるのも、こんな時である。
 神経質になる必要はないが、せめて年1回の人間ドック検査だけは、高齢化社会の予防医学と自分自身の健康管理のために、このまま続けて行こうと思っている。

                        1302007年9月21日(金) アメリカ言いなりの政府と公金泥棒の役所

 昨晩のテレビ朝日「報道ステーション」で、テロ特措法による海上自衛艦のインド洋における支援活動で、自衛艦の給油がイラク攻撃にも利用されていたという日米双方の証言を紹介していた。充分ありうることで、海上自衛艦の給油活動がインド洋以外にも、アラビア海とアフリカのソマリア北方海域だとすれば、給油を受けた米艦がアフガンのテロ支援だけの目的だとは到底考えられない。当然イラク戦争にも加担したのではないかという疑いをこれまでも拭いきれないでいた。
   これらの疑問に対して政府は、いままで精々20万ガロン程度の給油では、インド洋からイラクまでは無理があると突っぱねてきたが、実は20万ガロンではなく、80万ガロンだということが明らかにされ、いよいよ逃げられなくなった。実際海自補給艦「ときわ」から給油を受けた米補給艦「ペコス」を通じて、米空母「キティホーク」へ給油され、そこから飛び立った米軍艦載機がイラク国内を攻撃している。これはもう間接攻撃で、日本がイラク戦争に加担していることは明らかである。オイル・ロンダリングという手法のイラク戦争参戦である。テロ特措法の目的外使用の可能性が大いにある。「キテイホーク」を率いるモフィット少将が、自衛艦から燃料補給を受けたと証言し、論理的にもその方が筋は通っている。また、日本の市民団体「ピースデポ」や、自民党国防族議員までもがその可能性を言い出した。そこへ無理だと言っていたことが、無理ではないと分ったからには、最早申し開きは出来まい。日本政府はアメリカから騙されていたわけだ。安保改定時からアメリカのやり方はいつもこうだ。これに対して日本は何も言わず、言えず、アメリカの要望を黙って受け入れているだけである。この海上阻止活動だけでも、すでに約600億円を投じている。この先、アメリカからどういう説明を受け、特措法をどう取り扱うのか、20万ガロンと虚偽報告した当時の官房長官・福田氏にしろ、麻生氏にしろ、はっきり態度を決めてもらいたい。とても国連安保理事会の謝意で、国連のお墨付きを得たなどと納得している場合ではない。
   さて、社会保険庁の年金問題は、益々泥沼化して、今日3度目の新たな職員の横領、着服事件が明らかになった。その数は33都市で101件、金額にして2兆4千4百億円に上がるというから、もうこの世の話ではない。酷いものだ。しかし、これだけ後から後から判明する職員のあくどい横領、盗人行為を見ていると、公僕たちは悪事をやることを何とも 思っていない。ばれたらお互いに庇いあい、何とかウヤムヤにしてしまおうという魂胆がありありである。推測するに、これはもう厚労省とか、社保庁だけの問題ではなく、他の中央省庁を含め全国の地方自治体でも、悪徳役人の公金横領や着服の可能性があるのではないかと疑わざるを得ない。国民の現金を取り扱っている役所は、この際すべて調査してみる必要があるのではないかと思う。

                        1312007年9月22日(土) テロ特措法はザル法だ!

 どうも釈然としない感じがする。一昨日「報道ステーション」で伝えられたテロ特措法に絡む、海上自衛艦の海上阻止活動が、アフガンのための支援活動だけでなく、はっきりとイラクで戦闘中のアメリカ艦に給油していたと新たな証言が現れた。
   今日の朝日夕刊トップ記事にペルシャ湾で作戦展開している米空母「エンタープライズ」のホートン艦長とのインタビューが掲載されている。艦長は、前職「ジュノー」艦長当時、イラク作戦に関わり、海上自衛艦から燃料と食料の供給を受けたと明言した。同艦は、対テロ戦争の後に、イラク戦争開戦により両作戦に参画するようになった。こうなると、もともと日本の自衛艦から給油された燃料を、ふたつの作戦活動に使用することはあり得ることである。実際ホートン艦長がふたつの作戦に関わったと証言したのである。
   問題は、アメリカ政府がこの点について、日本政府に対して何らの事前の連絡も、了解もなく、日本の法律外の行動を独自に行っていたことである。日本政府は、アメリカの意図するままに利用され、協力させられ、騙されていたことになる。由々しきことである。折も折り、特措法成立当時の内閣官房長官が明日自民党総裁に選ばれるかも知れない、福田康夫氏である。しかもこの御仁は、そういう噂が出た時、その噂を断固否定し、後になって嘘だとばれるような苦しい言い訳をこじつけていたのである。実情は福田氏も知らされていなかったようである。これは、日本政府はもちろん、福田氏にとっても決して名誉なことではない。アメリカ政府からおちょくられていたのだ。断固アメリカ政府へ抗議すべきである。
 アメリカは日本の善意を出し抜き、利用出来るだけ利用している。幼稚で、インテリジェンスに欠ける日本政府は騙され、それでなお特措法の延長を何が何でもやってアメリカのご機嫌をとろうとしている。どこまで未成熟でお人好しなのか。民主党党首・小沢一郎氏が言うように、アメリカと対峙して、両者の言い分を言い合い、お互いが納得したうえで行動するようでないと、また日本は舐められ、最後には世界中から仲間外れにされるばかりである。
 福田氏、麻生氏は、特措法期限切れに際して、ともにアメリカに対して主張すべきは主張する気概をお持ちだろうか。いささか気がかりである。

                        1322007年9月23日(日) 自民党総裁に福田康夫氏

 今日午後行われた自民党総裁選挙は、予想された通り元官房長官・福田康夫氏が対抗馬の幹事長・麻生太郎氏を386VS 141票の大差で破り自民党総裁の椅子を射止めた。安倍首相があのように無責任な形で首相の座を放り投げ、目の前に問題が山積している時だけに、明後日国会で首相指名され、次期首相に就任してもこれから大変な苦労を強いられるだろう。
 早速記者会見を拝見した。そつがなく、党内から評価された「バランス感覚」が随所に発揮され、確かに無難ではあるが面白味に欠ける答弁だった。特に、気になったのは、記者の質問に対して歯切れの良い率直な回答がまったくなかったことである。すべて、これから考えるというもので、立候補から時間が少なかったとはいえ、首相という日本のリーダーになろうという政治家が、国民に対して何ら具体的なメーセージを送れなかったのは、少々情けないのではないか。大体国のリーダーたるものが、バランス感覚で評価されるということ自体、恥ずかしいことである。現在のように多事多難な時に総理大臣を務める以上、すぐにでも国民にヴィジョンとか、力強い施政方針を語るのが首相の最初の仕事ではないか。
 年金、消費税値上げ、テロ特措法延長、北朝鮮拉致、内閣・党新人事等については、どれひとつとして明快に答えることはなかった。また、教育再生、美しい国日本、憲法改正、靖国参拝等については、記者団から質問がなかったせいもあり、まったく触れず仕舞いだった。小泉、安倍路線を踏襲すると言いながら、彼らの看板政策でもあった重要課題について、マス・メディアが追求しなかったのも怠慢の謗りを免れないが、首相になるつもりなら、自ら進んで語るべきではないか。
   父親も首相だったのは、憲政史上初めてだそうだが、その点では典型的な世襲代議士であり、父福田赳夫元首相がかつて「こどものために資産は残さない」と言っておきながら、結果的に「総理大臣への近道」という資産を残した。七光りを継承したリッチマン福田康夫氏は、当面ワンポイントと見られているが「世襲の美味しい味」を知っているだけに、政治を家業としてゆくゆくは子息に世襲させる腹積もりのようで、今後どれだけ国民のために、全身全霊を傾けることが出来るのか、これから当分の間監視する必要がある。

                        1332007年9月24日(月) 懐かしい国・ビルマのデモ

 ビルマ(現ミャンマー)の様子がいよいよおかしくなってきた。この国は大分前から、強権的な軍事政権が民主化の芽を摘み取り、鎖国的で専制的な軍事独裁国家に成り下がってしまった。国連から経済制裁を受け国民の生活状態は最貧国のレベルにまで下がってしまった。かつては、戦時賠償という償いの気持ちもあって、日本との貿易もまずまずの線であったが、いまやそれもない。戦時中の従軍兵士のビルマへの熱い想いを永年傍で見てきただけに、それを考えると切ない気持ちに捉われる。報道の自由を希望するジャーナリストの常駐を現政権は歓迎せず、ほとんどのマス・メディアの取材は、一旦緩急あれば、隣国タイのバンコックからおっとり刀で駆けつける状態である。
 しばらく鳴りを潜めていた市民のデモが、今度ばかりは大きく広がってきた。ラングーン(現ヤンゴン)におけるデモ参加者は、昨日2万人、今日はついに10万人に達したそうである。大きな暴動にならなければよいがと願う。今度のデモの中心はやはり仏僧である。一般市民は弾圧を恐れて集団行動にさえ加わらなかったが、今日は僧侶のデモに勇気づけられ参加した模様である。民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんが自宅に軟禁されたのはいつになるだろう。2003年5月に自宅前に姿を見せてから、4年4ヶ月ぶりの写真が今朝の新聞に公開された。
 個人的にビルマへの思いは格別に強い。随分この国に関わって仕事をしてきた。それも印象深いツアーばかりで、加藤隼戦闘隊の戦没者慰霊団を初めて結成して以来、航空隊の慰霊団で何度も訪れた。他の国とは異なるお国柄で、旅行システムの違いや手配の仕方の違いで随分戸惑わされ、ビルマ流手配方式を一からすべて見よう見真似で独自にマスターして乗り切ってきた。そのおかげで、その後陸軍航空隊慰霊団や、国家事業である戦没者遺骨収集等の尊い仕事を厚生省から取り扱わせていただいた。まさにビルマさまさまである。数えてみるとビルマへ出かけた回数も1970年以来23回に達する。これまで知り合った優しいビルマの人たちとの交流は忘れがたく、いまでも縁が切れない。あんなに素晴しい人間性のビルマ人が、どうして世界中から非民主国家として非難され、敬遠されるようになってしまったのだろうか。世界に比類ない優しいビルマの人たちが気の毒で堪らない。 1980年6月号「セリングツアーズ」誌に、ビルマの旅行事情について寄稿した(ホームページ上に掲載)。いま読み返してみて、懐かしい思いが尽きない。当時のビルマはまだ独裁政権ではなかったが、穏やかな市民がいる反面、強面の軍人もいた。軍事独裁政権への素地はあったのだ。しかし、貧しいながらも人々は温和で優しく、刺々しい空気は微塵もなかった。最後にビルマを訪れてから、もう7、8年も訪れていない。ビルマの将来が気がかりでならない。近々ビルマの友人に手紙を出してみよう。

                        1342007年9月25日(火) 太田道灌公江戸城築城550年記念

 太田道灌公が江戸城を築いてから今年で550年になる。昭和11年7月26日に道灌公没後450年祭に際して、東京市がその遺徳を偲び皇居東御苑外堀に「追憶の碑」を建立した。そのまま70年が経過して、碑は充分な手が加えられずに汚れたままになっていた。最近になってその碑を洗い清め、記念すべきこの年に、その傍に記念の標を立てることになり、今日その除幕式を行った。その碑に、居城について謳った‘吾庵は松原つつき海ちかく富士の高嶺を軒端にぞ見る’と当時の江戸の情景を彷彿とさせる和歌が、歌人らしい鋭い観察眼で表現され刻字されている。
 石川雅巳千代田区長、高山肇千代田区議会議長、高木茂千代田区観光協会会長、太田道灌家18代目当主太田資暁氏、江戸城再建を目指す会丹羽晟会長、同小竹直隆理事長を始め、関係者数十人が参列した。
 その後に、東京駅前・丸ビル大ホールで「江戸天下祭」ウィークの行事の一環として、「太田道灌シンポジウム」が開催されたので参加した。「『スーパースター』道灌の素顔にせまる」と題して、道灌に所縁の深い前記太田資暁氏、長塚幾子伊勢原市長、太田道灌公菩提寺・静勝寺高崎忠道住職をパネリストに、コーディネーターを東京新聞編集委員田中哲男氏が務め、約1時間半に亘って興味深い話を聞かせてくれた。
 シンポジウムを通して私自身これまで知らなかった道灌公に関する新しい知識を得ることが出来し、疑問も大分氷解した。ひとつは、鎌倉の扇谷上杉家の家老であった道灌が、なぜ江戸に築城する必要性があったのか、との疑問に対する答えである。太田氏の説明で大筋を理解することが出来た。もうひとつは、道灌が神奈川県伊勢原市で、主君の上杉定正に謀殺された経緯である。これまで、太田道灌といえば、江戸城を築城した業績と、教養ある歌人として知られていた。しかし、幼少のころより才知に優れ、兵法に強く、挙句の果ては、疑い深い主君に疑念を抱かせるほどの切れ者であったこと、また伊勢原と縁の深い武将であったことなどは、それほど知られてはいないように思う。主君に尽くしてその主君から討たれるという悲劇は、後の世の判官贔屓の江戸市民から愛されたという。
 江戸城再建を目指す会の会員としては、いささか不勉強で迂闊ではあったが、今日道灌に関して新たな知識を仕入れることが出来たことは良かった。残された文献や、資料はそれほど多くないが、これからもう少し太田道灌公について勉強してみようという気を起こさせてくれるシンポジウムであった。

                    1352007年9月26日(水) 福田内閣発足。しかし、ビルマの政情が心配だ。

 昨日衆参両議院で首班指名選挙の結果、参議院に優先する衆議院で指名された自民党福田康夫新総裁が、内閣法により内閣総理大臣に決定した。今日任命式と認証式を終えて正式に福田康夫氏が、わが国の第91代首相に就任した。昨日すでに閣僚が決まったが、ほとんどが留任で変わり映えのしない、皮肉を言えば、実に実直な福田氏らしい布陣となった。
 安倍前首相のご乱心に始まり、その後首相代理を置かなかった危機管理能力と国政の停滞、国民無視は、日本人はおろか世界中の失笑を買った。前途にいろいろ問題を抱えているが、今回醜態を曝け出した、国家の統治者が欠けるという事態だけは、止めてもらいたい。どこの組織でもトップがいない組織なんてない。中央政府だけ、トップなしでいられるのは、政治家の無能と国民の寛容心のおかげである。しかし、こんな馬鹿な事態は二度とあってはならない。
 日本の政治が迷走している間に心配していたビルマ情勢が一層険悪になってきたようである。例によって内政不干渉宣言をした中国を除き、国連人権委員会、及びほとんどの加盟国が非難したり、追加経済制裁をほのめかしている中で、ブッシュ米大統領が、ミャンマーと呼ばずにビルマと敢えて呼んでいたのが、印象に残った。この国に愛着を抱く人は、現軍事政権が改名したミャンマーという呼称を好まず、元のビルマと呼んでいる。旧日本軍人は例外なくビルマと呼び、私もビルマと呼んでいる。今日、遂に軍はデモ隊に対して催眠銃を使用し、すでに5名の死者を出したという。この先どうなるのだろうか。心配でならない。 昨日の太田道灌公の「追憶の碑」儀式の記事が毎日新聞外のマス・メディアに紹介されたと、わざわざ「江戸城再建を目指す会」鈴木武朗理事がFAXを送って下さった。    

                    1362007年9月27日(木) ご先祖の墓石脱魂の儀式

 檀家である中野の宝仙寺墓地で、古い先祖の墓石の脱魂の儀式を行った。近藤家の墓を守っているのは、明暦年間の初代から数えて兄が八代目に当る。私は次男なので、本家を継ぐわけではないが、出来ればこの墓の空いている場所に自分の墓を建立したいと考えていた。兄弟の了解もとりつけたので、昨年から話し合いを始めたが、時間が割けなくなって、しばらく頓挫していた。 今日午後宝仙寺の僧侶に、古いご先祖の墓石二基にお経をあげていただき、ご先祖の魂を抜いていただいた。この後立ち会ってくれた石屋さんに、魂を抜いた墓石を処分していただくことになる。私の生前墓は、十二月に完成するということなので、それを待って整備された近藤家の墓地内に建立し、儀式を行うことにした。
 こういう儀式は初めての経験なので、戸惑うことがあるが、自分の人生にとってひとつのけじめであり、残る家族に先行きの心配をかけないためにも必要なことである。幸い地理的にも近くて交通も便利なので、将来的にも息子たち子孫が参拝に来れなくてお墓を粗末にするようなこともあるまい。お墓を建立した途端、安心してぽっくり逝かないようこれからも健康管理に気をつけなければいけない。
 さて、気にかかっているビルマ情勢だが、お坊さんのデモ隊に業を煮やした国軍が、お坊さんの寝込みを襲い、宿泊所からお坊さんを拘束して、連れ去ってしまった。何とも荒っぽい兵士たちである。これでは益々収拾がつかなくなる。
 各国ともにビルマ情勢を憂慮して、ビルマ政府に過激な行動や弾圧を慎むよう圧力をかけていたが、毎度のことながら中国とロシアが国連の制裁決議に反対して、効果の薄い安保理議長の非公式声明に留まってしまった。
 今日になって軍政府の締め付けは、軍隊がデモ隊に発砲し、ついに日本人カメラマンが死亡する極めて危険な事態となった。朝刊、夕刊、テレビの報道番組は軒並み、ビルマ情勢を伝えている。明日以降も当分の間ビルマから目が離せなくなった。

                    1372007年9月28日(金) ビルマと日本相撲協会はどうなる?

 20日に東京医療センターで受診した、大腸の内視鏡検査の結果を、今日専門医から説明を受けた。いつも感心するのだが、大腸の映像が局部的にきれいに写っている。その写真を一コマ一コマパソコンで説明していただけるので、大変分りやすい。検診結果は、それほど心配するには及ばないということで、やれやれ一安心である。ただ、毎回内視鏡検査の度に、「憩室」が多いと指摘される。今日も実際に「憩室」を見せてくれたうえに、小さなポリープもひとつ教えてくれた。ポリープは良性なので、現時点では心配は要らないとの所見だった。血圧についても相談したが、普段から測るようにしないと本当の血圧が分らないとの説明に納得。実は、11月にチベットへ行こうと張り切っているが、少々血圧が上がり気味なので、海抜5,000mを超えることがちょっと気になっていた。もう少し時間をかけて考えてみようと思う。
 心配していたビルマ情勢が、いよいよ風雲急を告げてきた。昨日射殺されたカメラマン、長井健司さんは当初流れ弾に当ったと報道されたが、実は近距離から治安部隊に狙われて胸を撃たれたという。ブッシュ大統領は怒るし、欧米のマス・メディアは非難轟々だし、日本もソフトに抗議した。今日のマス・メディアはビルマ情勢一辺倒で、北朝鮮の各施設稼動停止を求めるための6カ国協議もどこへやら、影が薄い感じである。日本の旅行会社も予定のツアーをほとんど取り消した。品川のビルマ大使館の前では、在日ビルマ人が民主化と軍政反対で気勢をあげている。かつて、何度もお邪魔したところだし、懇意にしていただいた駐日大使、ウ・チ・コー・コーさんとの思い出も多い。
   ラングーン(現ヤンゴン)の街頭も随分映像に映り、シュエダゴン・パゴダやスーレイ・パゴダも懐かしい。しかし、各社とも常駐の特派員を置いておらず、主にニュース源はロイターの配信なので、各テレビ局の映像も似たり寄ったりで臨場感が乏しい。その映像や記事についても、軍政はジャーナリストを追放しようとしているし、インターネット回線の停止措置をとったとのことで、これから臨場感のある現場の映像やレポートが消えていくのではないだろうか。後ろにいる中国、ロシア、インドの支援と対応がいやらしい。今日の新聞切り抜きは大きなもので、12枚になった。
   大相撲で6月に一人の犠牲者を出した。入門間もない17歳の力士を稽古?で殺してしまった。嘘がばれて数日前から行過ぎた稽古と問題になっていたが、ビール瓶で額を殴った時津風親方にしても、北の湖理事長以下の相撲協会幹部にしても、ほとんど他人事で無関心に近く、きちんと説明していない。仮にもひとりの若い命を奪ってしまったのだ。まったく無責任であり、こんないい加減な親方日の丸の財団組織なんか解散させるべきだ。本件についても、遺族はただ泣き寝入りするしか術がないように見える。朝青龍の謹慎問題にしても、師匠の高砂親方の未熟な指導と対応が問題になったばかりではないか。また、同じようにお粗末で手際の悪い対応を繰り返している。
   今日、北の湖理事長が渡海文部科学大臣にいやいやながら謝罪したが、謝る相手を間違えてやしませんか。最初に謝罪すべき相手は、17歳の青年力士の両親であり、遺族ではないのか。こんな常識もなく思いやりに欠ける、文科省掌下の財団法人・日本相撲協会は、解散して出直し、運営を民間のマネジメント会社へ任せた方がよほどすっきりする。

                    1382007年9月29日(土) ビルマ情勢はいよいよ難しくなった。

 ビルマの騒擾が世界的な関心を呼んでいる。今日も日本の高村外相が国連総会で、ビルマを手厳しく非難し、ビルマのニャン・ウィン外相に対してカメラマン殺害の件で直接抗議し、陳謝された。国連もビルマ担当特使をビルマへ派遣することになった。それにしてもこれだけ報道管制が敷かれていながら、カメラマン長井さんの殺害シーンがリアルに写されているのは、極めて珍しい。高村外相が至近距離からの射殺だと憤慨したのも頷ける。
 日本のビルマに対する批判がやや弱いのは、中国の対ビルマ戦略を意識しているからに他ならない。いま中国は、世界中で資源エネルギーを買い漁っていて、アフリカではスーダンのインフラ整備や、石油掘削に対する経済援助に伴う支援は群を抜いている。それだけならまだしも、ダルフールにおけるスーダン政府の住民弾圧、虐殺行為に加担して世界中の顰蹙を買っている。  一方アジアでは、その中国が軍事独裁国のビルマに対して、経済支援を連綿と継続中である。実は、中国にはひとつの戦略的な狙いがある。隣国ビルマの豊富な天然ガスを始めとする鉱物資源に目をつけているからだ。中国は陸続きに石油輸送用のパイプラインの建設を進めている。日本に対するビルマの対応は悪くはなかったが、民主化に逆行する政策を打ち出してから、日本は経済援助を人道的支援だけに制限した。以来、両国関係は以前ほど良くなくなった。これに対して、中国は他国の批判などあまり眼中になく、自国の利のみを考えている。ここで、中国がビルマ擁護の立場に立ち、日本が国連の経済制裁に加わったら、益々日本との外交関係が疎遠になり、ビルマ国内のエネルギー開発において遅れをとるのではないかとの懸念が日本側にはある。 さあどうするか。外交手腕に疑問符の福田首相のお手並み拝見である。
 明日で、今年度上半期も終わりとあって、NHK朝のドラマ「どんど晴れ」が終わった。朝食をとりながら日課のように毎朝結構楽しませてもらった。重要場面で民話の子、「座敷わらし」がすっと出てくる。また、主役・夏美の弟の名を「智也」というが、おかしなもので、偶々朝日新聞夕刊の連載小説が、荻原浩作「愛しの座敷わらし」といって、登場人物にも弟役で「智也」が登場する。作者同士が示し合わせたわけでもなく、偶然の一致かも知れないが、こんなことも同時並行して起こるのかなあと不思議な感じがする。
 このところあまり良好な関係ではない、NHKと朝日新聞のコラボレーションが面白い。

                    1392007年9月30日(日) 沖縄の「集団自決強制」を教科書から削除

 昨日、戦争末期の沖縄戦における「集団自決強制」に関する削除について、歴史教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が宜野湾市で開かれた。独自に集会を開いた先島諸島の自治体を除く、全36市町村の首長が参加した。主催者の予想を遥かに超える11万人もの県民が参加した。同時開催された、宮古、石垣の郡民大会にも6千人が参加したという。
 ことの始まりは、高校日本史の教科書において、沖縄戦で住民の集団自決に関する記述で、文部科学省が「日本軍に強制された」の表現に修正意見をつけ、今年3月にその記述を削除していたことが明らかになったことにある。文科省の言い分の根拠は、ひとつは、「軍の命令があった」とする意見と否定する資料がある。もうひとつは、自決を命じた元軍人と遺族が否定したというものである。
 これまでに、自決を命じた元軍人や、集団自決の現場にいた多くの人が、すでに集団自決の悲惨な事実を証言している。それに当時の戦況下ではよほど強制的な命令でもなければ、これほど残酷な自決などは有り得なかったとの現実味を帯びた声がいくらもある。客観的な状況からしても、有り得たとする方が自然であろう。また、事実としても命令による集団自決自体は現実に起きた。例えば、昭和203月下旬から4月にかけて、大集団自決と称せられる事件として、渡嘉敷島(300人以上)、座間味島(約130人)、伊江島(100人以上)、読谷村(約80人)がある。多くの人々が寄り添う集団には、強いリーダーがいた筈であり、そのリーダーが軍人、またはその命令履行者であったことは明らかである。それを一件もなかったかのような表現にして歴史を改ざんしようというのか。これこそ、事実を隠蔽し、歪曲することになり、後世に汚点を残しはしないだろうか。
 なぜ文科省は、敢えて強い反対の声があるのを承知のうえで、「軍の命令による集団自決は有り得なかった」という表現に拘るのか。文部官僚には、戦争や戦闘現場の経験者はいない。ましてや、遠く離れた沖縄戦の悲惨な場面を体感として知っている者は皆無である。一方戦場となった沖縄の人々には、家族を亡くし、戦闘場面を目にした人たちも大勢いる。忘れたくても忘れられない残像なのである。ひとつは、ここに文部官僚と御用学者、そして戦争体験者である沖縄人との間に、前者の仕事上恣意的に出される結論と後者の本音及び真実の間に横たわる決定的な温度差がある。
   昨日会場には、予想の2倍以上の11万人以上の人々がほとんど全島からやって来た。これはもう完全に沖縄の、否国民の世論である。案の定、執筆者の中からも記述訂正の声が挙がってきた。
 一般的に世の中が安定してくると、右傾化の流れになる。いまわが国が安定しているとは、必ずしも思えないが、それでも周辺諸外国を見回してみればいい方だ。右傾化を志向するのが時の流れなら、それも止むを得ない。しかし、事実を隠蔽することは、国が率先してやってもらっては困る。もう散々国は国民を騙してきたのだから。
 さて、ビルマは好ましからざる方向で、連日のデモ騒ぎが収束しつつある。新聞の見出しでは、「軍政、デモ制圧宣言」「デモ、散発的に」「民主化機運、また封殺―軍事政権揺るがず」「ミャンマー市民沈黙」と書かれ、またもや軍事政権側の勝利という結果に終わりそうで残念だ。民主化はまた、遠のいた。その最大の理由は、ビルマ人の温和な性格から推して、騒ぎを起こすような気持ちなんか元々なかったからである。止むに止まれず立ち上がったが、厳しい弾圧で死傷者が出るとこれ以上の被害者を出したくないというビルマ人らしい温和な気質が災いして、思い切って壁を乗り越えられない。そのうえ、武器は一切持たず、武力ではとても政権に対抗出来ない。ともかくこれで、また軍政による圧制、軍上層部の贅沢、そして市民の貧窮は続き、当分先の展望は開けないだろう。ビルマ国民に同情の念を禁じえないし、ビルキチの私にとっても辛い。