ご意見番の意見

                                 
2007年6月

 

18.2007年6月1日(金) 無頼派作家・檀一雄
 
 今朝のNHKニュースの中で、福岡市能古島(のこのしま)に住むカナダ人の盲導犬の話題を伝えていた。一度その島を訪れたことがあるので、早速「JAPAN NOW観光情報協会」機関紙次号用にエッセイを書いた。檀一雄の旧宅を訪れたが、老朽化していて年内には取り壊してしまうらしい。牧歌的で静かな場所で、島人口も少なく島民は親切でお人好しばかりのようだが、そんなところに檀一雄は魅入られ住みついたようである。6年前にポルトガルのサンタ・クルスというところを訪れたが、ここも檀が1年半もの間住みつき、気持ちをリフレッシュして、帰国するや一気に‘火宅の人’を書き上げ脱稿したという。ここの人々との交流が檀を書く気にさせたようだ。都会にいないと書けないという作家もいるようだが、檀のように破天荒な無頼派作家には都会は肌が合わなかったのだろうか。


19.2007年6月2日(土) 精神一到?

 3日前に白鵬が横綱伝達式の際述べた口上「精神一到」について、寡聞にして真の意味を知らず、出所はどこかと思っていたが、何故かいつも論評するマス・メディアが一向に反応せず解らずじまいだった。今日三省堂編纂の「必携故事ことわざ辞典」で、朱子語録の「精神一到何事か成らざらん」から引用したと漸くわかった。そういえば納得がいった。まさにコロンブスの卵である。この諺はあまりにも有名であるが、いまのいままで「精神一統」だとばかり思っていたし、諺は諺として意味を成すのであって、諺から飛び出て「精神一到」の熟語だけが独立して意味を持って使用されるとは思いも寄らなかった。ところが、夜10時のTBS番組「ブロードキャスター」で、エッセイストの玉村豊男氏が、まったく私と同じ疑問を呈していた。つまり、この言葉は4文字熟語でなく、全体の諺の中の一部として使われている言葉だと述べていた。まさにわが意を得たりである。この辺りをマス・メディアはどう考えているのだろうか。


20.2007年6月3日(日) チェリスト誕生!

 今日はゼミの一年後輩がアマチュアオーケストラのチェリストとして、デビューし たのでゼミの仲間、先輩から後輩まで十数名挙って会場の浅草公会堂へ出かけた。元々音楽の素養があった人だが、3年間の特訓でよくぞここまでと、その努力に全員脱帽だった。かなり大きなオーケストラだったが、聞けば最年長だという。曲目は、ベートーベンの第一交響曲と、マーラーの交響曲‘巨人’だった。マーラーの曲は難しそうで吹奏楽器なんか苦戦している様子が分った。終わってから新進チェリストを囲んで、老舗「神谷バー」で懇親会。6夫人を交え和気藹々のうちに散会した。年に二度定期コンサートを開催するそうだが、次回はわれわれ素人にも分りやすい選曲をしてもらえると有難い。
 それにしても今日の浅草は暑かった。仲見世は見物客でごった返し、外人客とはとバスツアーの観光客が目についた。


21.2007年6月4日(月)  ヘリペア?

 ヘリコプターに関する話題2件。ひとつは、穂高小屋へ荷揚げしていたヘリコプターがまた墜落した。同じヘリ会社のヘりは2日前にも恵那山で墜落してパイロットが亡くなっている。急に突風が吹いてバランスを崩したようだ。山岳気象は怖い。ニュージーランドのマウント・クックをヘリ飛行したことがあるが、緊張感を強いられた記憶がある。学生時代に穂高小屋へも何度か立ち寄ったことがあるが、いまや荷揚げはほとんどヘリに頼っているようだ。われわれが登山していた頃は、「強力」が大きな荷を担ぎ上げていたものだ。我が家の愚息たちの家庭教師をやってくれたアルペンクラブの後輩もアルバイトに「強力」をやっていた。その彼も卒業を待たず、惜しくもカラコルム山塊で若い命を落としてしまった。ご両親とはいまでも交信しているが、好青年で、息子を良く看てくれた人懐っこい笑顔が懐かしい。
 もうひとつは、最近の大学生の保護者を「ヘリペア」と呼ぶのだそうだ。「ヘリペア」とは、ヘリコプター・ペアレントの略で、大学生の周辺を離れず近くを旋回しているのだそうである。なるほど、うまい表現だと思うが、頭だけは突出しているが、自分で何も出来ない親離れしていない大学生をずばり言い当てていると思う。親子揃って墜落しなければいいが・・・。



22.2007年6月5日(火) プーチン流

 今に始まったことではないが、ロシアのプーチン大統領がいよいよ本性を顕してきた。北方領土を返す意思がまったくないことを表明した。第二次世界大戦の結果、四島の帰属性がロシア側にある点では、疑問の余地がないと断言した。ついに来たかという印象である。ロシアという国はそういう国であることは、歴史的に国際紛争を追っていけば推測できる。私自身最近ロシアに関する講演が多いが、改めてロシアの横暴について私の考えを書かねばなるまい。もうひとつ、プーチンが言い出したことは、ロシア大統領の任期が四年では短いと言い出した。来年の大統領選挙に憲法改正をやてのけてでも出るのではないかと言われていたのを終始否定してきただけに、法衣の下に衣が見えた感じである。こんな理不尽な大統領と付き合わされるのは大変だ。残念ながら対抗できる政治家が日本 にはいないことが残念である。


23.2007年6月6日(水) サミット開催

 サミット出席のため安倍首相がドイツへ飛び立った。ドイツ北部のハイリゲンダムというバルト海沿岸のリゾート地に世界のリーダーが集合して、地球温暖化を主要議題に話し合われるようだ。私はあまり期待していない。その最大の理由は、環境問題でアメリカが及び腰であることと、安倍首相のリーダーとしての力不足である。さらに、引っ掻き回 し男、プーチンの参加である。プーチンだけがまだ現地入りしていない。それで、むしろ厳戒態勢の治安対策に興味を持った。サミット会議場近くは網の目も潜り抜けられないような、厳重な警戒網を敷き、ドイツ治安部隊が最大級の防御ラインを固めている。そこに、あな懐かしや、入域する車の検査である。車の下にお盆のようなものを付けたポールを突っ込んで爆発物の検査をやっている。久しぶりに見た光景だが、かつて東西ドイツの国境だったベルリンのチェックポイント・チャーリーで何度か体験したことがある。相変わらずドイツでは、昔ながらの原始的なやり方でやっているなと可笑しくなった。

24.2007年6月7日(木) コムスン処分

  介護事業最大手のコムスンが事業所の新規指定や更新が認められなくなった。会社にとって致命的な処分で、厚労省の処分が取り消されない限り会社は消滅するしかないと思っていたところ、悪どい親会社は、処分を察知し役所の先回りをして、コムスンを別の企業に譲渡してしまった。これで処分を逃れようとの魂胆である。別の企業といったって、所詮同じグループ内企業であり、子会社だったのを孫会社にしたようなものである。コムスンの悪知恵には呆れるばかりである個人では先日自殺した農水大臣、企業ではコムスンが怪しいと感じていた。大体介護事業で金儲けをしようとは、品性を疑う。このコムスンの親会社、グッドウィル・グループの総帥は、バブル期にディスコ・ジュリアナ東京などを経営していた人物である。厚労省もコムスンを糾弾するばかりでなく、厚労省の主旨をよく噛み砕いて事業者をもっと厳格な審査の許に、当然ありうべき対応をとるべきではなかったか。介護事業を金儲けに利用されるなどとは、厚労省も恥ずべきであるし、コムスンこそ不届き千万である。処分すれば済むという問題ではない。コムスン事業所で世話をうけている人たちは実際途方に暮れている。

25.2007年6月8日(金) 厚労省はグジャグジャ

  何とも情けなくずさんな業務が続くものだ。このところ厚労省管轄の社会保険庁      年金未払い問題と昨日来のコムスン処分問題でマス・メディアは、社保庁の無責任ぶりを追求している。社保庁自体が、そもそも無責任というより、役所の体質であり、ほとんどの役人が怠け者で無責任なのではないか。一例を挙げると、どんなに来客があっても時間になると業務を停止してしまうことなど、その最たるものであろう。対外的な業務は絶対時間延長とか、休日の事業所オープンはない。民間では考えられない。かつての社会主義国家がそうだった。その挙句、社会主義崩壊、国家崩壊となってしまったではないか。       プーチン大統領もサミット開会前までぶつぶつ言っていたが、アメリカは「2050年までに排出温暖化ガス半減を真剣に検討する」との数値目標にしぶしぶ同意した。京都議定書を受け入れなかったアメリカの本心は、いまひとつわからないが、これを見たプーチンは表向き文句を言わなかった。だが、これから中国とインドの巨大温暖化ガス排出国が、これに異を唱えるのは明らかである。温暖化ガスを排出規制することは、地球規模的にみて絶対メリットがある。いまは国内向けに賛成しにくいだろうが、世界的に見てこれが流れである。どうせ中国やインドの首脳だってそのころには生きている保証はないので、世界中の人々に対して温暖化ガス半減の言質を与えた方が、国際的に喝采を浴びて得だと思うの     だが、少々無責任かな。
   

26.2007年6月9日(土) 天城山心中と第三次中東戦争   

ふたつの事件にまったく脈絡はない。朝日の土曜特集では、50年前の天城山心中事件を2面に亘り取り上げていた。あれは予備校生だった12月で、日本中が大騒ぎしていたのが思い出される。亡くなった男女は学習院大生で、二人の出自がとりわけマスメディアの興味を呼んだ。何年か前に、下関の浜辺を歩いていて偶々愛新覚羅社というところへ入り込んでしまったが、それが紹介されていてやはり愛新覚羅家の菩提社だと知った。当時は、大学受験で日夜受験勉強に勤しんでいたので、私には事件としてほんの一過性だったが、妙に気になる事件ではあっ
た。

  日経では、第三次中東戦争勃発40年の記事が載っていた。これこそ私には忘れられない出来事であった。いまでも鮮明に覚えている。黒い眼帯をかけたイスラエルのダヤン将軍の勝ち誇った顔は印象的で記憶に留まっている。その半年後、ひとりで戒厳令下にあったそれらの戦地へ実際に行ってみた。そこでいろんなことに出くわした。それらの出来事は拙著「現代・海外武者修行のすすめ」にも記した通りである。あの時イスラエルが奪い取った、ヨルダン川西岸とゴラン高原はいまもイスラエルが占領したままで返還されていない。むしろ原状復帰から乖離している。イスラエルとパレスチナの対立は一層深まり、和平より治安が重視されているのが実態である。私にとってあまり愉快な思い出ではなかったが、いま自由に講師などをやって旅の危機管理なんかを偉そうに喋っていられるのも、このときの苦い経験が随分生きているからだ。

27.2007年6月10日(日) 世襲議員容認は憲法に違反しないか?     

  昨日学生時代の友人と久しぶりに夕食を共にした。社保庁の年金問題が話題になった勢いで、いまの政治家の資質を酒の肴に盛り上がった。政治家の質が劣化した最大の原因のひとつは、世襲議員の存在にあるのではないかと考えている。2年前「知研フォーラム」に「どうして政治家の脳力と行動は劣化したか」(本HPの論稿・エッセイ421掲載)と題して拙稿の中で世襲議員の政治家としての資質とその選出について持論を開陳したが、私は立候補者が喩え選挙の洗礼を受けるにせよ、世襲で議員職を引き継ぐことは、いささか憲法の精神に触れるのではないかと考えていた。本来選挙に際しては、全立候補者が自由・平等の同じ条件の下に選挙民に選択を委ねることが基本である。世襲議員は、親や親戚の      地盤をそのまま引き継ぐわけで、この時点で他の候補者より圧倒的に有利となり、平等の主旨からすると由々しき問題を孕んでいると考えている。この疑念をクリアするためには、他の選挙区で立候補することを除き、一定の期間同一選挙区内で世襲議員の立候補を認めるべきではないと考えている。いまの安倍内閣閣僚の中の世襲議員の資質と品格を見てみれば、早や末期的と思うのは、私だけではないように思えるのだが・・・。

28.2007年6月11日(月) 桑田投手メジャーリーガーへ

  元プロ野球巨人軍の桑田真澄投手が挫折に耐え、今日から大リーガーに昇格し、早速ヤンキース戦で登板した。夕刊、テレビでも大きく報道され、39歳にして大リークへ挑戦した彼の努力と心意気を絶賛している内容だった。結果は2インニング投げてAロッドに2点本塁打を打たれ、失点2という成績だった。これが、良かったのか悪かったのかは何とも言えないが、桑田投手は「感謝、感謝、ただ野球の神様に感謝」と言って素直に喜びを表していた。問題は今後の投球だろう。スピードが140kmやっとでは、いかに投球術に長けていても生き抜いていくことは厳しい。もうひとつ気になったのは、彼の顔の表情である。あまり気迫とか闘争心が表に出ていないような印象を受けた。柔和な顔でニコニコして、そこには挑戦的で意思の強い感情が見えず、あまりにも愛想の良い表情は、この先レベルの高いメジャーリーガーとしてうまくやって行けるのかどうか、不安感が先に立つ。しかし、ひたむきさと努力には、つい応援したくなる。
 それにしても同期生清原和博選手は、去年に続きまだ怪我のリハビリに努めているのだろうか。清原!しっかりしろと言ってやりたい。
     

29.2007年6月12日(火) カナダのアメリカ対応策     

月刊「選択」6月号に伊藤光彦・和光大学教授の卓見が載っている。安倍内閣の対米お追従外交を皮肉った視点は、中々説得力がある。アメリカとカナダは、その国境線の安定ぶりで国際社会の模範とも言われているが、カナダとしては過去において強いアメリカに飲み込まれないよう、したたかな外交手段を講じてきた。アメリカとは違う国家としてのナショナル・アイデンティティを守り抜くため、死に物狂いの外交努力を注ぐというものだ。「アメリカとの関係を悪化させないため必死の外交努力をする。しかし、独自の路線は守る。それがカナダの生き方なのだ」ともいう。翻って日本の外交はどうだろうか。真のパートナーシップを構築するために、命がけの外交努力、外交交渉をやっているだろうか。
 
最近在京の外国メディアの間に、近年の日本外交は危ない橋を渡っているとの風評があるらしい。火種は安倍政権のNATOとの協力関係強化の取り組み方にある。このような大問題が日本では、国民の間で議論が澎湃として湧き上がらないことと、アメリカの意に易々と迎合し始めたことが、そもそも風評の出所らしい。それにしても、わが国の外交は本当の意味で外交と言えるのだろうか。

302007年6月13日(水)ドイツ・レストラン「カイテル」     

JAPAN NOW観光情報協会の6月「観光立国セミナー」は、いつもの会場から離れ、新宿のドイツ・レストラン「カイテル」で行った。軽いドイツ・ランチにワインをいただいた後で、オーナー・シェフ、ハルトムート・カイテルさんの流暢な日本語による、自己紹介と来日以来のシェフ体験を伺った。在日42年になる68歳のカイテルさんは、東京ヒルトン、京王プラザでシェフを務めた後、いまから22年前現在の地に「カイテル」をオープンした。日独異文化比較、日独ホテル勤務体系の違い、能力主義、上司との丁々発止のやり取り、等についてユーモアを交え、大変参考になる話を聞かせていただいた。これだけ広範に日独の違いを理解しているドイツ人も少ないと思うほど、日本人の性格をよく理解している。1時間近くに亘って、淀みなく話し続けるネタの蓄積は、並みの凡人ではない。両親が教育者というのも頷ける。料理でいくつもの勲章をいただいた腕前はもちろん一級品であるが、人を逸らさない話術も、また魅力的である。また、店内のインテリアもご自分でデザインされたとか、ぜひ一度は出かけて美味しいドイツ料理を召し上がってみては、いかがであろうか。年中無休というのも嬉しい。

  場所は靖国通り沿いの日神ビルとハナビシの路地を入って数軒先右側、
   ☆新宿区新宿5-6-433545057、ホームページ http://www.keitel.jp/

312007年6月14日(木)信長と荒木村重の謀反

   毎朝、毎夕購読新聞の小説を愛読しているが、日経夕刊の連載「地の日天の海」が佳境に入って興味津々である。内田康夫の歴史小説を読むのは初めてだが、間口はそれほど広くない割りに、奥行きが深く話の先行きに期待を抱かせる内容である。それに、仏僧が時の為政者に関わる視点が面白い。出だしは、随風という坊主の修行から始まったが、いまや天下を争う戦国大名の城取り物語となって、いやがうえにも興味が増してきた。登場人物も信長、秀吉、光秀、家康、信玄、謙信ら多士済々である。信長の冷酷な戦いぶりと、部下の規律、敵敗残将兵への接し方、等が鋭い筆致で描かれているが、今更ながら信長の血も涙もない、冷血な性格には言葉もない。ここ数日間に亘る西国毛利藩討伐の途上で、謀反を起こした荒木村重が篭った摂津・有岡城の一件では、裏切った末逃げた村重に対する仕置きとして、降伏した城内の家来を含む、足軽、女どもに到るまで全員皆殺しにした残虐ぶりには、秀吉も恐れをなしたとされる。そのせいか元々人殺しを好まなかった秀吉は、播磨・三木城の兵糧攻めでは降伏した城主・別所長治を切腹させはしたが、ほかには誰一人として処刑せず、それが秀吉の株を大いに上げたと言われる。  
  それにしても比叡山仏僧、一向一揆衆、有岡城家来ら、これほどの残忍な虐殺を行った信長が、京都の公卿にはまったく手を下さなかったのは、公卿は常に為政者にべったりで、出世のために利用価値があり天下人になるには好都合であると考えていたからであると理解している。現代でもどこの組織にもありそうな話である。かつて私自身もそんな空気を、あるところで身近に実感として受け止めたことがある。それにしても信長は鋭く、怖い男だ。時折信長は反面教師だと感じることがあるが、この歴史小説はそんなことも思い起こさせてくれた。

322007年6月15日(金)年金問題にかかる経費は誰が負担するのか?

 いまニュースのほとんどが、年金問題と一昨日から表沙汰になった「NOVA」英会話教室の法令違反問題だ。「NOVA」も酷いが、その悪質さと影響度合いでは、国が国民を騙した年金問題がダントツだ。後から後から処理する以上に新たな疑惑や問題点が浮上して、とても処理が追いつかない。しかも直ぐには出来もしない難問を期限付きで解決しようと粋がるものだから、時間的な点もさることながら、投入する資金やマンパワーがどれだけかかるのか、見当もつかない。
   当然自ら腐った種を蒔き、畑を荒らしてしまったのだから、われわれとしては当然残業手当なしで働いているものと考えている。民間企業なら当たり前の話である。よもや税金というのではあるまい。そう考えるといま懸命に事後処理に取り組んでいる係員が少々気の毒に思えてくる。そこで、これでは現実にオーバーワーク気味の係員に対して応分の手当てを支給するのも止む無しとする。その基金の出所は、当然社保庁職員の一般手当てを一部割戻しさせ、またすでに辞めた上から下までの全職員から罪の大きさに比例して返納してもらうのである。それら戻し金をファンドとして、いま懸命に年金問題処理のために働いている職員の残業手当と、ソフト導入や通信費、その他にかかる費用に充てることにしてはどうか。そうでなければ、ただ働きをしてもらうより仕方があるまい。
  大体これだけ騒がれ、杜撰な取扱で世間に散々迷惑をかけ、過去にも箱物投資等で散財させた責任がある。にも関わらずその責任をとろうという声が大勢の現役・OB社保庁職員の中から上がってこないこと自体、責任感の欠如を表している。現職職員の残業まで国民が頭を痛めることになる。所詮役人なんて責任感とか義務感、公僕としての志なんてなく、決められた時間だけ事務所に座っているだけではないのか。
  マス・メディアももっと役人の仕事ぶりの検証とか、かかる余分な経費の原資等について、取り上げて欲しいものだ。

33.2007年6月16日(土)  サッカーとサルヴァドールの街角

  
今夕NHK「探検ロマン世界遺産」を見ていて、ブラジルの地方都市・サルヴァドールを懐かしく思った。バイア州の州都でブラジル第三の大都市ではあるが、決して豊かな街ではない。砂糖産業の労働者としてアンゴラから大勢の黒人が連れて来られ、それが今日のブラジル人のルーツにもなっている。
 22年前にステンレス・ミッションのお供で同地を訪れた時の印象は強烈だった。崖の上の世界遺産地区とその下の下町がエレベーターで結ばれているのも珍しかったが、何せ古い町でコロニアル風の建物群が残っている一方で、海岸線には白い砂浜が延々40kmも延びているのが地元の自慢だ。
 番組は2月のカーニヴァルを主に取り上げていたので、私の印象とは少々異なるが、私にはそこで見た子どもたちのサッカーのイメージがいまも頭に残っている。 街中の狭い路地、しかも傾斜した坂道で子どもたちがサッカーに遊び戯れていたのが強く印象に残っている。蹴ったボールが思うように真っ直ぐころがらない。傾斜を考えながらボールを蹴らないといけない。つまり状況に応じて考えながら蹴るのだ。小さい時から決して恵まれない環境でボールに触っていれば、状況に応じたボール捌きとか、身のこなし方が身についてくるものだ。ブラジル人サッカー選手の間に天才肌の選手が多い所以がこの辺りにあると見た。幼少時から恵まれた環境下で、サッカーを始める日本の子どもたちとは、技術や感性とか、ひらめきに生まれながら差が生じるのもやむを得まい。
 そういえば、かつて付き合っていた旧日本サッカーリーグ・日産チームのマリーニョ選手が、日本では子どもも大人も同じサイズのグランドで試合をするが、身体の発育に合せて小さい子は小さなスペースで戦った方が学ぶことが多いし、将来的にもプラスだと言っていたのも何となく理解できる。
 こうしてみると、日本がスポーツ面で中々世界に伍していけないのは、小さい時からの過保護と万事画一性、それに体育の指導のあり方にあるのではないかということに思い到った。

342007年6月17日(日) 散歩と健康管理

あまり家の中に引き篭もっていると健康上よろしくないので、外出する予定のない日は努めて散歩するよう心がけている。幸い近所に散歩に適した「駒沢オリンピック公園」がある。公園まで徒歩で15分近くかかる。駒沢公園内を駒沢大学傍まで大きく一回りすると約20分かかる。これだと合計50分かかる。いま膝を痛めて通院中の医師からあまり無理しないで散歩するよう言われているし、50分コースだと多少疲れるので公園まで往復、そして半周して10分で丁度良いと思い、今日から40分コースを実行することにした。偶に孫を連れて出かけるが、今日は日曜日ということもあり、若いカップルが子ども連れで遊びにやってきたり、老人夫婦や外国人家族がゆっくり散歩を楽しんだり、中にはジョギングコースとサイクリングコースもあって、それぞれかなりの人が健康管理を心がけながら楽しんでいるようだ。ここのウォーキングは無理なく出来て、気分的にもリフレッシュできるので、これからも健康のためにも続けてみようと考えている。

352007年6月18日(月) 朝鮮総連ビル売却の行く末は?             

ここ数日怪しげな取引が話題になり、注目されている。朝鮮総連ビルが今日の裁判を前にアングラ取引で売買登記されていた。買主が何と元公安調査庁長官だというので、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっている。結局整理回収機構から起こされた裁判は、機構側の言い分通り、朝鮮総連が債務の内600億円以上の返済をすることになった。売買も不成立となり、二人の大物が絡んだ取引も謎を抱えたままである。公安調査庁と言えば、かつては左翼を取り締まる大元と見られていたが、その元ボスが総連とつるんでいたとは、狐につままれたようだ。
 そう言えば、60年安保の頃は、公安に目をつけられないようわれわれも気をつけていたものだが、時の変化というのは、正義とか真実なんか以上に、欲得      が絡んで立場を変えさせてしまうものなのだろうか。

362007年6月19日(火) 硫黄島の呼び方と温泉爆発

 ここへきて硫黄島の読み方を従来使われていた「いおうじま」から、昔の呼び名「いおうとう」に変えることになった。「変える」というより「戻す」ことになった。硫黄島はクリント・イーストウッド監督の映画で脚光を浴びたが、映画でも‘Iwojima’と呼ばれ、戦前の呼称「いおうとう」とは呼ばれなかった。私も戦後どういうわけか、ずっと「いおうとう」と言い続けていたが、いつの頃からか「いおうじま」と呼ぶようになってしまった。国土地理院の地図に「いおうじま」と表記され、マス・メディアも「いおうじま」と呼称するようになり、いつのまにかそれが当たり前となり定着してしまったのだ。そもそもアメリカが‘Iwojima’と呼ぶようになった経緯は、日本海軍の地図にそのように記載されていたからだと聞いて、不思議な気がしてならなかった。元来硫黄島は東京都小笠原村に所属していて、昔から小笠原島民は「いおうとう」と呼んでいたのにいつの間にか、帝国海軍によって呼称が変えられ寂しく感じていたそうだ。この度島民の希望が通り、正式に「いおうとう」に戻るそうでメデタシメデタシだ。   旧島民にしてみれば、やっと自分たちの故郷が自分たちの手に戻ったとの思いが強いようだ。占領軍により地名変更させられたのではなく、その点では幸いだったが、やはりその土地にふさわしい呼び名というのが一番すっきりするような気がする。
  夕方のニュースで渋谷のスパ温泉で爆発があり、3名の従業員が亡くなった。地下1,500mまで掘削して温泉を汲み上げていたので、漏れた天然ガスに引火して爆発したのだろうとの推測であるが、危ない危ない。最近では、地下100mごとに水温が23℃上昇するので、1,500mも掘れば温泉基準の25℃になり、あちらこちらで掘削作業が見られるようになったそうだ。つい天然ガスが噴出することもあるようで、温泉、温泉と騒ぎ立てるのもいいが、そこらじゅう穴だらけにした挙句、爆発というのでは住民もかなわない。

372007年6月20日(水) 年金疑惑隠蔽の上塗り

  呆れてものが言えない。後から後から年金問題の疑惑が噴出してくる。年金台帳を破棄してしまったので、突合せが出来ないと散々言っておきながら、何と破棄したのは一般国民の台帳だけで、自分たち公務員の台帳は完璧に保管していたのだという。それも隠していた。この悪質な役人根性は、この際徹底的に仕置きを加えないと直るまい。国民に年金を払わせていながら、役人は自分たちだけのための年金だと思っているのではないか。しかも、世間を騒がせた箱物投資、グリーンピアなどの福祉施設は国家公務員共済年金からは出資していなかったことも分った。過去の無駄使いは、自分たちの原資からは支出していなかったのだ。役人のバカどもは何を考えているのか。頭の良い?役人というのは、こういう姑息で、私利私欲にしか頭の良さを使わないのである。こうなったら、一旦すべての役人を解雇して、悪事を働いた役人には退職金も支払わない。真面目な人、誠実な人、公僕としての志を持った人だけを再雇用することにして、出直したらどうだろうか。
 あ〜腹が立つ。     

382007年6月21日(木) 福島県「図解」研修初日

  「知的生産の技術研究会」を通して福島県から毎年「図解」講師を依頼されているが、今日は2日間研修の第1日目である。今回は6年目9回目なので、おおよその見当はついているが事前に打ち合わせした段階では、これまで使用していたPCソフト‘VISIO’より、‘POWER POINT’を重視することになった。内容的には、演習を少々減らして講義を多くする。いつも感じることだが、この研修センターは設備も良いが、環境が抜群に良い。気持ちよく講義することが出来る。第1日目を終えた後の印象では、受講者のPCに関するレベルはかなりのものだ。講義をした後に演習として新規開業するホテルの営業方針を図解する作業をしてもらったが、3つのグループがそれなりにレベルの高い図解を作成してくれた。この調子だと、明日最後に作成してもらう予定の「私の仕事図」の完成図が楽しみだ。

392007年6月22日(金) JRはもっと安全に配慮を

福島県研修の受講生は、期待通り素晴しい「私の仕事図」を作成し、発表してくれた。POWER POINTを初めて使用した人も見劣りすることなく、分りやすい図を描いてくれた。自分たちで学んだものを他の図解作成でも生かせてもらえると嬉しい。
 福島から新幹線で東京までは順調に帰ってきたが、その後電車が停まっているというアナウンスだったので、いつものコースを変えて帰宅した。そうしたら、JR武蔵野線で朝から数時間も電車が動かなかったために、関係の路線ではもっと混乱を来たしていた。架線が切断してしまったらしい。エアセクションという停車してはならない場所で電車が停まったために、架線が過熱して切れてしまったようだ。運転士が注意信号の見落としだったと反省していたが、絶対停車していけない箇所で赤信号が点灯するというのも、考えてみれば無茶な話で、運転士には同情の余地がある。常識的に考えてみて、こんな綱渡りみたいな状況で長い間事故が起こらないと考える方がむしろおかしい。それにしても最近JRもこの種の事故が多すぎるが、会社経営が軌道に乗り出した途端事故が増えたというのは、慢心以外の何物でもない。見かけは順調のようだが、国鉄清算事業団に残した債務     は税金だが、まだ沢山残っているはずだ。気を引き締めるべきだ。   

402007年6月23日(土) 沖縄慰霊の日             

昭和20年沖縄米軍上陸により大勢の住民が亡くなり、中には集団自決に追い込まれた島民も多数いた。その日から数えて今日で62年目を迎えることになった。時恰も文部科学省は教科書検定により、その集団自決が陸軍による強制的なものではなかったと書き換えようとしている。これほど非常識で理不尽なことがあろうか。これまでずっと集団自決が当然のように言われ、沢山の証言もあり、それを国民が事実と受け止めていたことが、教科書から陸軍が強制したとの表現を突如削除しようというのである。当然沖縄県民の怒りは収まらず、 県議会は陸軍の強制ありとの従来の考えを主張し国へ抗議した。こればかり      は、どうみても沖縄県民の言う通り、軍によって集団自決へ追い込まれたということは動かしようもない事実である。それを否定するような暴論はこれまでどこからも出ていなかった。にも拘らず安倍反動内閣は、意図的にこじつけによって「ある」ものを「ない」として、学校教科書の中で嘘を教えようと考え出した。国民を敵に回すような、決して得にもならない愚をよくも実施しようとするものだ。これは、脳軟化症気味の安倍総理だけの考えではなく、側用人のラジカルな知恵者が、坊ちゃん育ちで脇の甘い総理を丸め込んだ結果としか思えない。かつて、沖縄返還闘争に多少関わって、デモや集会にも何度か参加したが、あの頃の盛り上がった空気を思い起こしながら、真剣だった当時の労働者の精悍な顔を思い起こすと、たるんだ安倍総理の顔がやけに頼りなく見えてくる。

412007年6月24日(日) 年金保険料ネコババ発覚

  また、嫌な事件が発覚した。何とこれまで収めていた年金保険料を受け取った職員が横領していたというのである。酷いものだ。どこまでぬかる泥濘ぞと言わんばかりに、引きもきらず後から後から不祥事が表沙汰になる。これに対して社保庁現職員とOBらから一向に謝罪とか、事情説明が為されないのは、一体どういうわけだ。お互いに庇いあって、国民の批判の嵐が通り過ぎるのをじっと堪え忍んでいるという状況である。国民は徹頭徹尾役人からバカにされているのだ。こうなったら受給対象者で、いま年金を受け取っている公務員の年金支給を中止したらどうか。そのくらいの罪状に値すると思うのだが・・・・。
  北海道のミートホープ事件も最低。豚肉を牛肉と偽証するのは当たり前で、悪さ悪さのパワーアップである。社長が隠し果せなくなると開き直っている。どう対応するのか、いまだに会社側から何の説明もない。
  一昨日JRの慢心を本稿で糾弾したら、今日名古屋へ下る新幹線が東京駅出発後に突然信号故障でストップしたと品川駅のプラットフォームで聞かされ   た。幸い5分少々の遅れで発車した。するとまもなくある車両のトイレを修理していたが、結局それは使えず、他のトイレを使用して欲しいとのアナウンスがあった。始発東京駅を出て間もない内に、信号故障、トイレ不都合とよくもまあこんな状態で乗客サービスを行えるものだと呆れた。官も民もドロボーと無責任のオンパレードである。
  さて、名古屋グランドホテルにチェックインして、久しぶりにふたりの美人従姉妹に会い夕食を共に楽しんだ。ふたりとも元気で、ひとりは大正生まれ、もうひとりは来年喜寿と言っていた。やっぱり肉親の気安さで、気楽に話せるのが何といってもいい。明日の話でも、ひとつ高校生を元気づけてやろう。

422007年6月25日(月) 修学旅行生への講話

  今秋海外修学旅行へ向かう三重県立亀山高校2年生約280名に対して、事前研修に当るスピーチをすることになった。ほんの限られた50分程度だったので、充分分り易く話すには必ずしも充分な時間ではなかったが、言わんとすることを漠然とではあっても分ってくれれば嬉しい。ソウルへ3泊4日の旅程なので、過去における日本と韓国の交流、国際感覚を身につけること、自分の立ち位置を知ること、臨場感の大切さ、臨場感でテロを予知した話などを話したつもりではあるが、どの程度分ってもらえただろうか。みんな割合大人しくお行儀良く聞いてくれた。時折生徒が退屈そうな素振りを見せると、興味を引きそうな話題に転じることによって、生徒の関心を呼び戻すことを繰り返しながらやってみた。廊下で立ち話をした女生徒、校内で会うと気軽に挨拶してくれた生徒、案外礼儀正しいのにいまどきの高校生のイメージが少し良くなった。坂倉満校長とは、今から26年前文部省の教員海外派遣団で、ルーマニア、ザルツブルグ、インディアナポリスの教育機関視察を1ヶ月に亘りご一緒した。その後崩壊したチャウシェスク政権、気丈な女性ガイド・シモナさん、インディアナポリスの養豚場見学、いまも続いている同窓会<シモナ会>のこと等々、当時の視察団の昔話に懐かしい思いがした。先生のご子息はその視察団でウィーン滞在中に誕生されたということを初めて知った。先生にとっては張り切って打ち込んでおられた時代だったわけである。今日学校が抱える問題点等も伺うことができて、私にとっても意義深い一日だった。生徒たちには、生涯思い出に残る修学旅行を楽しんでもらいたいと願っている。

432007年6月26日(火) 役人のパフォーマンス             

今月末に支給される国家公務員の夏季ボーナスを総理始め各大臣、並びに社保庁長官が全額返納し、全社保庁職員に支給額から一部自発的返納を希望すると公表した。政治家のパフォーマンスは、迫り来る参議院議員選挙を意識していることはまず間違いない。案の定野党各党から、責任逃れのパフォーマンスだと批判を浴びている。
   それはともかく、どうして公務員の責任感はこうも欠如していて低劣なのか。依然として自分たちが犯した詐欺行為に対して何の痛痒も感じていないことがよく読み取れる。ボーナス云々なんて本来話題になること自体おかしい。ボーナスというのは、著しい業績に対するご褒美であり報奨である。社保庁がやったことは業績を上げるどころか、逆に役所ぐるみで談合して手を抜き業績を下げた反社会的行為なのである。その過程で仕事をサボリ、国民を騙し、不祥事を隠していた。どだいボーナスなんて支給される理由はまったくない。普通の民間企業では当たり前のことが、なぜ頭の良い役人には分らないのだろうか。いつまでもこの体質が消えないから国民の同情も沸いてこないのである。しかも、親方日の丸感覚で、努力に関係なく、業績の如何に拘わらず、役人はボーナスはもらえるものだと勘違いしている、この図々しい‘霞ヶ関のなまけもの’は、OBも含めていまだに国民が納得できる謝罪の気持ちを表していない。はっきり言いたい。役人の皆さんはボーナスではなく、普段いただいている給料を返上しなさい。今はボーナスなんていただけると思ってはいけない。当分我慢するべきなのだ。これは、現職もOB(年金を一時ストップする)も同じである。ボーナスは国民が納得するまで、支給しない。月給は支給した内の一部を返納することが国民の不満を和らげる、当面とるべき態度である。それでなければ、とても許すことができない。今朝の朝日新聞に依れば、国民の92%がまだ怒っているという。      
   今日かつて勤めていた会社の山岳部先輩OBの告別式に参列した。仕事上の接点はほとんどなかったが、去る4月にお会いした時、今年の11月に傘寿の祝いをやるから、絶対出席してくれと言われ、その場で手帳に予定を書き込んだところだ。この人も人生を、山、旅、ゴルフに、とりわけ後半生をエンジョイして逝かれた。家庭にも恵まれ幸せな人生だったと思う。その席で、別の先輩から年齢を重ねたら仕事をどんどん減らさないと身体に効いてくるから、ペースダウンしろとアドバイスをいただいた。私の場合仕事とは異なり、むしろ労働量は増えている。しかし、中々先輩の言われる通り、そうできないのが凡人の辛いところである。

442007年6月27日(水) 従軍慰安婦問題は何が問題か?

  何とも情けない話である。アメリカ議会の下院外交委員会で旧日本軍による従軍慰安婦問題につき、日本政府は非を認め謝罪すべきだと採決された。しかも圧倒的多数によるものである。よく考えてみると何か割り切れない。アメリカには直接無関係な事案で、日本とアジア諸国に拘わる問題をアメリカ議会が審議するというのもおかしな話で、明らかに内政干渉の感がある。この点について、1月にこの問題が浮上した時から、私は理解しがたいと思っていた。アメリカが問題視しているのは、日本軍がアジアの女性を強制収用した、自由を抑圧した、政府が事実を隠蔽しようとしている、日本の対応は全女性を冒涜し      ている、この行為と意見に対して日本政府がきちんと謝罪していない、等々である。理解できる点もあることはあるが、それにしてもアメリカの言い分は自己中心的で、翻って自分たちの行為はまったくモラルに反していないと胸を張って堂々主張できるのかと問いたい。
   それにしても、本件に関しては、日本の政治家たちと外交官、取り巻き連の、アメリカ側の主張に対する認識度合いの甘さと、対応の悪さが露呈されている。まったく自らの立脚点から正論、持論を開陳する気配がまったく窺えないのである。木で鼻をくくる感覚で受け止めていたことと、日ごろよりアメリカの声を収集していなかったことで、怠慢の謗りは免れず、中途半端に有志議員らがワシントン・ポスト紙へ意見広告を掲載して、逆にアメリカ人を怒らせ、火に油を注いでしまった。これから日米間の大きな外交問題に発展する兆しも見える。毎度のことながら日本の政治家の資質が最大のアキレス腱である。普段から現場の声を聞く姿勢を欠いているから、実情がまったく分らない。それが安倍首相のコメントに一番よく表れている。アメリカ議会の意見なので、コメントする必要はないし、アメリカ議会には多くの議案があって、これもそのひとつだと思うなどとまっ      たくノー天気なのである。はっきり言えば無能なのである。こんな首相では、この先どれだけ難しい外交問題を惹起させられるのか、また対外的に日本人はどれほど恥をかかされるのか。お先真っ暗である。あ〜嫌だ、嫌だ。

452007年6月28日(木) 「構想日本」フォーラムと世界遺産

  月例のフォーラムに参加した。「『美しい日本』について話そう」というテーマを、日本文化専攻の文化功労者、中西進氏と、日本の各界各層を分析した「犬と鬼」の作者で、東洋文化研究家、アレックス・カー氏の対談形式で行われた。いつもながら「構想日本」のセミナーはアカデミックで、濃密な内容で面白い。中西氏が安倍首相の著書「美しい国へ」について文化論ではないと論評。一般的にそれぞれの日本文化論は画一化していて、成熟しておらず、非生産的であると指摘された。カー氏は、文化と自然の破壊のスライドをパワーポイントで紹介しながら、京都や日本の古都の文化と伝統を守ることに汗を流していると説明された。伝統的な「もの」がなくなりつつあることを残念に思い、京都市内に会社を設立して町家の保存に力を入れているそうだ。更に、日本では先端技術を誤解している、美しさこそがパワーになると持論を述べた。両氏ともにほとんど意見が一致していたが、文化はその土地の風土に根ざしているかどうかが鍵で、その原点は教育だという点において、両氏は同感であると述べられた。    
  100年余り前に発掘されていたミイラが、エジプトの第18王朝ハトシェプスト女王のものだと判明した。ツタンカーメン王以来の大発見だという。つい疑ってしまうのだが、最新の科学技術でDNA検査に基づいて綿密に調査したので間違いあるまい。それにしても、いまから3500年前のエジプト王朝最盛期のファラオの遺体とあらば、世界中の考古学者は言うに及ばず、庶民にとっても大きな関心事である。私自身来世生まれ変わったら、考古学者になりたいと思っているくらいだから、人一倍興味がある。2度ばかりルクソールのハトシェプスト葬祭殿を訪れた時の驚きと陶酔感はいまもはっきり覚えている。
   今夕のニュースで「石見銀山」の世界遺産登録が正式決定したと報じていた。登録されれば、観光的には潤うだろうが、先ほどカー氏によって世界遺産・熊野古道の登山道が一部パイプ製で修理されていると指摘されたばかりだ。おざなりの保存や対応では手に負えない面もいずれ出てくるので、事務局も喜んでばかりはいられない。社保庁を反面教師にして、しっかり管理してほしいものだ。

462007年6月29日(金) 公安調査庁とは人を騙すところ?

昨日元公安調査庁長官が詐欺罪で逮捕された。これには呆れ返った人が多かったのではないか。現職の公安調査庁職員も呆気にとられたようだが、検察庁はやる気満々で大物OBに手心を加えたとの批判を恐れ、一気呵成にお縄頂戴まで持って行った。元日弁連会長まで絡んで、偽装売買工作をしたり、それも一時は朝鮮総連側が抜け道として仕掛けたと言われたが、こともあろうに検察のトップ近くまで上り詰めた人物が、敗訴確実で建物を競売にかけられる相手の弱みにつけこんで、朝鮮総連本部ビルを騙し取ろうとしたアコギぶりには開いた口が塞がらない。まるで一級品のヤクザのやることだ。こんな人間が悪と不正を厳しく取り締まる高検検事長を務めていたとは、信じられない思いである。しかし、正義の仮面を被っていても、悪党のやることは所詮‘頭隠して尻隠さず’を曝け出すことになった。
   連日マス・メディアで報道される社会全般のモラル低下を地で行っているように、拝金主義、極悪非道の殺人事件、政治資金のごまかし、強行採決の国会運営、等々身の回りから、正義や倫理感がなくなってしまうのではないかと考えると空恐ろしい。

472007年6月30日(土) 政治というのは家業か?

TBSの「ブロードキャスター」で榊原英資早大教授が、亡くなった宮沢喜一元首相について、政治家を宮沢家の家業としなかったことが印象的だと話していたが、私には榊原氏の発言自体が印象に残った。家業となると妻、息子、娘、親戚が政治に関わるようになり、辞めた時どうしても一番関係の深い人が、事情を知っているだけに世襲するようになると話していた。政治家の世襲については、かねてからおかしい、解釈次第では国民は等しく平等であるとの憲法の精神に抵触すると思っていたが、家業という見方は言いえて妙だと思った。旨味のある家業なら廃業しないわけだ。道理で世襲政治家が流行るわけである。
   先日長男夫婦から父の日のプレゼントとして、読書カードをもらったので、 奮発して「共産主義が見た夢」と「ロシア革命史」を近くの書店へ注文していた。今日書店から入荷したとの連絡があったので、受け取りに行った。いずれも新聞評論で読んでみたいと思ったリチャード・パイプス・ハーバード大名誉教授の著書である。両書とも社会主義、共産主義を批判的な視点で書いたものだと思う。その証に「共産主義が見た夢」の文頭に「ソビィエト体制にかんする最大の慰めは、それが失敗に終わったということである・・・」というマルカム・マガリッジの辛辣な言葉を引用している。目次を見ただけでいずれも面白そうでこれから読むのが楽しみだ。ただ、2冊併せて7,350円は少々お高い。