近年地方都市に平仮名書きを採用する自治体が増えた。日本語は本来漢字自体が表意文字のため、平仮名になると意味不明になってしまう。この点を考えると、歴史的に由緒ある地方都市なら極めて残念な現象だと思う。
最初にその点を疑問に思ったのは、どうして埼玉県の県庁所在地「浦和市」は市名を変えて、そのうえ平仮名にまで変える必要があったのだろうかという疑問だった。それは都市同士の合併の話し合いに原因がある。埼玉県の県庁所在地は「浦和市」だった。それが2001年に近隣の大宮市、与野市と合併し、さいたま市となった。2005年には人形の街として知られる岩槻市も編入され、10行政区から成る人口130万人の大都市に変貌した。この合併の際、市の旧名を採用することが他の合併都市にとっては対等ではなく、第三者名として例え県名と同じでも平仮名にせざるを得なかったというのが実態のようである。
この都市同士の対等合併というのが、伝統ある都市名に拘ることからその抜け道として、平仮名に変更した。その一例として、最近母娘殺人事件などで注目された兵庫県「たつの市」の例がある。かつて漢字表現では「龍野市」と言われていたが、2007年3つの周辺町と合併して現在の平仮名書きの市となった。ただ、この平仮名によって旧龍野市のイメージが大分損なわれたように思っている。「龍野市」はかつて龍野城、武家屋敷があって江戸時代には城下町として栄え、播磨の小京都と言われたように今も情緒ある街の風情が残っている。三木露風の生まれ故郷で、童謡♪赤とんぼ♪の故郷としても知られているが、平仮名に変わって情緒あるイメージが消滅してしまったのは惜しいことである。地元の人々にとっては、合併の際の面子に拘ったがために、現実的に故郷の良さを失っていることをあまり気にしていないようで、少々残念な気がしている。
その個々の都市名変更の事情は別にして、これは「平成の大合併」による影響が大きい。政府主導により1999年から2010年にかけて、約3,200もの自治体が約1,700にまで約4割も減少した。現在平仮名やカタカナを含む市町村は、むつ市、いわき市、つくばみらい市、さいたま市、南アルプス市、など50以上も存在する。沖縄県コザ市のように、1974年に沖縄市に編入した逆の例もある。
総じて言えることは、古来の伝統や歴史的ないわれとは無関係に、利便性、馴染みやすさ、発音し易さ、などで割合安易に地名変更をやってしまうことではないかと思う。龍野城があった「龍野市」の市街に漂う城下町の雰囲気が、「たつの市」に変わったことによってイメージ的には何らの感傷も感じなくなったことが、少々気になる。名前が大事だと思うのは、個人の名前にしてもそうである。最近の赤ちゃんの命名を見ていると、その子の将来を考え成長を期待して名付けたと言う印象はあまりない。むしろその時の思い付きや、人気タレントの名を拝借したり、希少価値のあるような名前を軽い気持ちで安易に命名しているような気がする。最近の名前から、どっしりした重量感のようなものは感じなくなった。これもAI時代の影響によるものだろうか。