このところ夏日や真夏日が訪れ、連日暑い日が続いていた。先日我が家の庭も植木職人が剪定など手入れをしたばかりだが、樹木も炎暑に疲弊しているところへ、幸いにも今日は朝から雨が降り、庭の樹木や植木も息を吹き返したようである。近年の気象予報は大分精密度を増し、かなり正確な予報を期待できる。
千葉・市川学園中1年生時に「物象」という特異な名前の理系授業で、気象と天気予報について学んだ時に、ラジオから聞ける気象情報から当時のミリバールmbar(現ヘストパスカルhPa)をキャッチして全国各地のmbarを書き取り、同じmbarの地点を線で結んで等圧線を描いて天気を予想したことがある。それが今ではそんな手間のかかることをせずとも、南方から流れて来る雲をカメラで捉え、雲の流れ行く方向と風を予測して気象情報として伝えているので、雲の塊さえしっかり把握できれば、天気予報もかなり正確に捉えることができる。それが最近の天気予報が正確に伝えられるようになった大きな要因であろう。
さて、昨晩NHKのアナザーストーリーで2年前に放映された番組の中から、異常な女性・阿部定を取り上げた「阿部定事件と昭和情事のさなかになぜ!?騒然!狂気か純愛か?」と題するドキュメントが再放送された。阿部定は、大人ならほとんどの人がその名を知っているだろう。この事件は公に出来るような事件ではなく、あまりにも猟奇的、かつ衝撃が強く破廉恥で、男女関係で定が好きな男と寝床を共にしている最中に相手の男の首を絞め殺したうえに、男の性器を切り取って持ち去るという前代未聞の事件が大きな新聞沙汰になって世間に悪評を撒き散らした。殺人の2日後に逮捕され、一時は懲役刑を宣告されながらも、紀元2千6百年記念の恩赦などもあり後年出獄して自由な身柄から、芸妓になったり、事実婚をしたり、おにぎり店を経営したり、世間では後ろ指を指されるような娼婦になったり、妾にもなった。
この衝撃的な猟奇事件が国民の関心を高めて、戦後映画になった。伝記物語として本も出版され、かなり世間で引っ張りだことなった。作家の坂口安吾が阿部定と対談もしたほど持て囃されたこともある。
多少なりとも阿部定に関心を抱いたのは、20年ほど前に、戦後になってから阿部定が千葉県鋸南町(旧勝山町)の勝山旅館に住み込みで働いていたことを知ってからである。実は、私たち家族は、父の勤務の関係で終戦直前の1945年3月に湘南鵠沼から当時勝山町と言われた鋸南町へ転居し、私は翌月勝山国民学校へ入学した。引っ越した当時は、まだ入居すべき社宅が空いておらず、しばらくの間家族で勝山町の旅館へ寄宿していた。当時勝山町には3軒の旅館があったが、私たちは稲松旅館に滞在していた。阿部定の勝山旅館とそれほどの距離は離れていなかった。だが、同じ時代かどうかも分からないが、すれ違ったことがあったのかどうか分からない。阿部定は1971年旅館にいくつかの置手紙を置いたまま黙って旅館を去り、そのまま今も行方知らずである。公的な死亡届は提出されておらず、戸籍も抹消された形跡もない。いまだ行方不明扱いだそうである。
ひとつ阿部定に感心していることは、教育は高等小学校を中退した程度であったが、勝山旅館に書き残した3通の手紙が、それぞれしっかりした文字できちんと書かれていたことである。すべてにおいてだらしない女性ではなかったようだ。
もう知り合いがほとんどいなくなった想い出の深い勝山町へ、懐かしさのあまり1度末弟と訪れてみようと以前から思いながら、今以ってその機会がない。あまり阿部定事件には触れたくないが、それでも関心を惹かれるのは、勝山町におけるすれ違いのせいだろうか。